(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-21
(45)【発行日】2022-01-31
(54)【発明の名称】建設機械
(51)【国際特許分類】
G05B 23/02 20060101AFI20220124BHJP
E02F 9/26 20060101ALI20220124BHJP
【FI】
G05B23/02 302V
E02F9/26 Z
(21)【出願番号】P 2019068750
(22)【出願日】2019-03-29
【審査請求日】2020-11-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000005522
【氏名又は名称】日立建機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001829
【氏名又は名称】特許業務法人開知国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】古川 翔
【審査官】山村 秀政
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-023489(JP,A)
【文献】特開平06-187030(JP,A)
【文献】特開2015-088173(JP,A)
【文献】特開2005-179929(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 23/02
E02F 9/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油圧ポンプと、
前記油圧ポンプによって駆動される油圧アクチュエータと、
演算機能を有するコントローラと、
前記コントローラの演算結果を出力する報知装置と、
前記油圧アクチュエータの操作を指示する操作指示装置から出力される情報または前記建設機械の姿勢情報、および前記建設機械の動作状態を示す特徴量を取得するセンサを備えた建設機械において、
前記コントローラは、
前記建設機械の正常時の動作を模擬するシミュレーションモデルである正常時モデルと、前記特徴量の異常に対する要因の情報とを記憶しており、
前記建設機械の動作中に、前記センサで取得した姿勢情報または前記操作指示装置から出力される情報を前記正常時モデルに入力することにより、前記特徴量の理論値である理論特徴量を算出し、
前記センサで検出した特徴量である実測特徴量と前記理論特徴量との比較結果に基づいて、前記実測特徴量に異常があるか否かを判定し、
前記実測特徴量に異常があると判定した場合に、前記異常の要因を特定するために
、前記アクチュエータの流量に違いが発生する再生制御が適用される既定動作と前記再生制御が適用されない既定動作
の実施を促す指示を前記報知装置に出力する
ことを特徴とする建設機械。
【請求項2】
請求項1に記載の建設機械において、
前記コントローラは、
前記理論特徴量に対する前記実測特徴量の乖離率を算出し、
前記乖離率が所定の閾値を超過した場合に、前記実測特徴量に異常があると判定する
ことを特徴とする建設機械。
【請求項3】
請求項1に記載の建設機械において、
前記コントローラは、
前記特徴量の異常の種別ごとに、前記異常に対する要因と、前記要因を有する前記建設機械の動作を模擬するシミュレーションモデルである異常時モデルに既定動作
を行わせて取得した理論特徴量の傾向とを対応づけた複数のマトリクスを記憶しており、
前記実測特徴量に異常があると判定した場合に、前記複数のマトリクスのうち前記実測特徴量の異常に対応する特定のマトリクスを選択し、
前記建設機械に既定動作を行わせて取得した前記実測特徴量の傾向と、前記特定のマトリクスにおける特定の要因に対する理論特徴量の傾向とが一致した場合に、前記特定の要因の情報を前記報知装置に出力する
ことを特徴とする建設機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油圧ショベル等の建設機械に関する。
【背景技術】
【0002】
油圧ショベルに代表されるような建設機械はさまざまな建設現場、土木現場などで使用されており、作業をなるべく中断させないためにも故障や異常を事前に診断したり、故障した際は迅速な修理をしたりすることが求められる。そこで、稼働中の建設機械から得られる特徴量に基づいて異常を判定するシステムの開発が進んでいる。ショベルの異常判定方法を開示する先行技術文献として、例えば特許文献1がある。
【0003】
特許文献1には、ショベルを運転して、ある既定動作を行っている期間に、前記ショベルから得られた着目物理量の検出値の時間変化を表す複数の参照波形が準備されており、複数の前記参照波形ごとに、複数の特徴量が求められており、前記ショベルと同一型式の評価対象ショベルの異常の有無を、前記参照波形に基づいて判定する方法であって、(a)前記評価対象ショベルを運転し、前記既定動作と類似の動作を行っている期間に、前記評価対象ショベルから得られる前記着目物理量を検出し、検出値の時間変化である評価波形を取得する工程と、(b)前記評価波形の前記特徴量を求め、複数の前記参照波形の各々の複数の前記特徴量を要素とする複数の参照ベクトルの平均ベクトルと、前記評価波形の前記特徴量を要素とする評価ベクトルとの対比結果に基づいて、前記評価対象ショベルの異常の有無を判定する工程とを有するショベルの異常判定方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の異常判定方法は、判定精度を確保するために、予め同一機種のショベルで多数の参照波形を取得しておく必要がある。しかしながら、油圧ショベルの中には市場に出ている台数が少ない機種や仕様のものがあり、そのような台数の少ない油圧ショベルから多数の参照波形を取得することは困難である。そのため、特許文献1に記載の異常判定方法は、市場に出ている台数が少ない油圧ショベルには適していない。
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、市場に出ている台数の多寡に関わらず、機体の稼働中に異常を検知しかつ当該異常の要因を特定することが可能な建設機械を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は、油圧ポンプと、前記油圧ポンプによって駆動される油圧アクチュエータと、演算機能を有するコントローラと、前記コントローラの演算結果を出力する報知装置と、前記油圧アクチュエータの操作を指示する操作指示装置から出力される情報または前記建設機械の姿勢情報、および前記建設機械の動作状態を示す特徴量を取得するセンサを備えた建設機械において、前記コントローラは、前記建設機械の正常時の動作を模擬するシミュレーションモデルである正常時モデルと、前記特徴量の異常に対する要因の情報とを記憶しており、前記建設機械の動作中に、前記センサで取得した姿勢情報または前記操作指示装置から出力される情報を前記正常時モデルに入力することにより、前記特徴量の理論値である理論特徴量を算出し、前記センサで検出した特徴量である実測特徴量と前記理論特徴量との比較結果に基づいて、前記実測特徴量に異常があるか否かを判定し、前記実測特徴量に異常があると判定した場合に、前記異常の要因を特定するために、前記アクチュエータの流量に違いが発生する再生制御が適用される既定動作と前記再生制御が適用されない既定動作の実施を促す指示を前記報知装置に出力するものとする。
【0008】
以上のように構成した本発明によれば、建設機械の動作状態を示す特徴量の実測値(実測特徴量)と理論値(理論特徴量)との比較結果に基づいて、実測特徴量に異常があるか否かが判定され、実測特徴量に異常があると判定された場合に、その異常の要因を特定するために必要な既定動作を促す指示が報知装置に出力される。これにより、オペレータまたはサービス員は、建設機械の動作中に、建設機械の異常および当該異常の要因を特定することができる。
【0009】
また、本発明は、建設機械の機種や仕様に応じて構築した正常時モデルおよび異常時モデルを用いて異常判定および要因判定を行うため、他の建設機械で取得したデータを必要としない。これにより、市場に出ている台数が少ない建設機械にも本発明を適用することが可能となる。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る建設機械よれば、市場に出ている台数の多寡に関わらず、機体の稼働中に異常を検知しかつ当該異常の要因を特定することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施の形態に係る油圧ショベルの側面図である。
【
図2】
図1に示す油圧ショベルに搭載された油圧駆動システムの概略構成図である。
【
図3】本発明に関わる作業フローの(段階1)の作業手順を示したフローチャートである。
【
図4】本発明に関わる作業フローの(段階2)の作業手順を示したフローチャートである。
【
図5】本発明に関わる作業フローの(段階3)の作業手順を示したフローチャートである。
【
図6】
図2に示すコントローラの機能ブロック図である。
【
図7】アーム速度の実測値(実測特徴量)の時系列波形とアーム速度の理論値(正常時の理論特徴量)の時系列波形とを重ねて示した図である。
【
図8】アーム速度が正常時よりも遅くなる異常の想定要因と、その想定要因を有する油圧ショベルが既定動作を行った場合に取得されるアームシリンダのボトム側平均流量の傾向とを対応付けたマトリクスである。
【
図9】アームシリンダのボトム側の油漏れを想定要因とした場合の段階1の作業手順を示したフローチャートである。
【
図10】アームシリンダのボトム側の油漏れを模擬した異常時モデルを示した図である。
【
図11】アーム再生弁の固着を想定要因とした場合の段階1の作業手順を示したフローチャートである。
【
図12】既定動作1を1サイクル行ったときのアームシリンダのボトム側平均流量に関して、異常時の油圧ショベルで取得した実測特徴量と異常時モデルで取得した理論特徴量と正常時モデルで取得した理論特徴量とを並べて示した図である。
【
図13】既定動作2を1サイクル行ったときのアームシリンダのボトム側平均流量に関して、異常時の油圧ショベルで取得した実測特徴量と異常時モデルで取得した理論特徴量と正常時モデルで取得した理論特徴量とを並べて示した図である。
【
図14】既定動作1,2を1サイクル行ったときのアームシリンダのボトム側平均流量に関して、正常時の油圧ショベルで取得した平均流量と異常時の油圧ショベルで取得した平均流量とを重ねて示した図である。
【
図15】アームシリンダボトム側流量の平均流量に関して、異常時の油圧ショベルで取得した実測特徴量と異常時モデルで取得した理論特徴量とを大きさ順に並べ替えて示した図である。
【
図16】ブーム下げ速度が正常時よりも遅くなる異常の想定要因と、その想定要因を有する油圧ショベルが既定動作を行った場合に取得されるブームシリンダのロッド側平均流量の傾向とを対応付けたマトリクスである。
【
図17】フロント装置を駆動する油圧シリンダのボトム側圧力が正常時よりも低くなる異常の想定要因と、その想定要因を有する油圧ショベルが既定動作を行った場合に取得される各油圧シリンダのボトム側圧力の傾向とを対応付けたマトリクスである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態に係る建設機械として油圧ショベルを例に挙げ、図面を参照して説明する。なお、各図中、同等の部材には同一の符号を付し、重複した説明は適宜省略する。
【0013】
図1は、本発明の実施の形態に係る油圧ショベルの側面図である。
【0014】
図1に示すように、油圧ショベル100は、左右一対の走行装置1,2を備えた走行体3と、走行体3の上に取り付けられた旋回体4と、一端が旋回体4に回転自在にピン結合されたブーム5と、一端がブーム5に回転自在にピン結合されたアーム6と、一端がアーム6に回転自在にピン結合されたバケット7を備えている。ブーム5、アーム6、およびバケット7は、フロント装置101を構成している。旋回体4上には、運転室8、エンジンや油圧ポンプを格納する機械室9、カウンタウエイト10等が設けられている。
【0015】
走行装置1,2は走行モータ11,12により駆動され、旋回体4は旋回モータ13により駆動される。ブーム5はブームシリンダ14,15により駆動され、アーム6はアームシリンダ16により駆動され、バケット7はバケットシリンダ17により駆動される。ブームシリンダ14,15、アームシリンダ16、およびバケットシリンダ17の伸縮方向移動量により、ブーム5、アーム6、およびバケット7の姿勢が決定される。
【0016】
図2は、油圧ショベル100に搭載された油圧駆動システムの概略構成図である。なお、
図2では、ブームシリンダ14,15およびアームシリンダ16の駆動に関わる部分のみを示し、その他のアクチュエータの駆動に関わる部分は省略している。
【0017】
図2において、油圧ポンプ21の吐出油路22は、メインリリーフ弁23を介してタンク24に接続されている。ブーム方向制御弁25は、油圧ポンプ21からブームシリンダ14,15に供給される圧油の方向および流量を制御する。アーム方向制御弁26は、油圧ポンプ21からアームシリンダ16に供給される圧油の方向および流量を制御する。
【0018】
ブームシリンダ14,15のボトム側とアームシリンダ16のボトム側とはアーム再生油路27を介して接続されており、アーム再生油路27にはブームシリンダ14,15のボトム側から排出される作動油のうちアームシリンダ16のボトム側に供給する作動油の流量を制御するアーム再生弁28が設けられている。また、図示は省略するが、ブームシリンダ14,15のボトム側とロッド側とはブーム再生油路を介して接続されており、ブーム再生油路にはブームシリンダ14,15のボトム側から排出される作動油のうちブームシリンダ14,15のロッド側に供給する作動油の流量を制御するブーム再生弁が設けられている。
【0019】
方向制御弁25,26のパイロット受圧部には、パイロット圧を検出する圧力センサ31~34がそれぞれ設けられている。ブームシリンダ14,15およびアームシリンダ16のボトム側油路には、圧力センサ35,36および流量センサ(図示せず)がそれぞれ設けられている。ブームシリンダ14,15およびアームシリンダ16には、ストロークセンサ41,42がそれぞれ設けられている。
【0020】
コントローラ60は、モード切替スイッチ61の操作に応じて、油圧ショベル100の異常診断を行う。具体的には、各センサの検出結果に基づいて異常の有無を判定し、異常有りと判定した場合はその要因を特定し、異常情報および要因情報をモニタ62に出力する。
【0021】
本発明に関わる作業フローを大きく3つの段階(段階1、段階2、段階3)に分けて説明する。
【0022】
図3は、段階1の作業手順を示したフローチャートである。
図3に示すフローは、油圧ショベル100で発生し得る異常の種別ごとに行われる。以下、各ステップを順に説明する。
【0023】
ステップSA1で、異常の想定要因をリストアップする。
【0024】
ステップSA2で、ステップSA1でリストアップした想定要因を模擬した異常時モデル200を作成する。
【0025】
ステップSA3で、異常時モデル200において異常の程度を表すパラメータを設定する。
【0026】
ステップSA4で、異常の要因を特定するために必要な既定動作を異常時モデル200で実施する。
【0027】
ステップSA5で、異常時モデル200で既定動作を実施した際の特徴量(異常時の理論特徴量)を算出する。
【0028】
ステップSA5で、想定要因と既定動作とステップSA5で算出した異常時の理論特徴量とを対応付けたマトリクスを後述するコントローラ50の記憶部53(
図6に示す)に記憶させる。
【0029】
図4は、段階2の作業手順を示すフローチャートである。以下、各ステップを順に説明する。
【0030】
図4は、段階2の作業手順を示すフローチャートである。段階2では、通常作業を行っている油圧ショベル100で実測特徴量の時系列データを取得し、正常時モデル51で算出した理論特徴量の時系列データと比較することにより、異常の有無を判定する。以下、各ステップを順に説明する。
【0031】
ステップSB1で、異常診断データ取得モードの開始が指示されたか否か(モード切替スイッチ61がONであるか否か)を判定する。ステップSB1でモード切替スイッチ61がONである(YES)と判定された場合は、ステップSB2へ進む。ステップSB1でモード切替スイッチ61がOFFである(NO)と判定された場合は、ステップSB1へ戻る。
【0032】
ステップSB2で、実機搭載センサ(圧力センサ、ストロークセンサ、流量センサ等)から油圧ショベル100の操作情報および姿勢情報、ならびに油圧ショベル100の動作状態を示す特徴量の実測値(実測特徴量)を取得する。
【0033】
ステップSB3で、油圧ショベル100の操作情報または姿勢情報を正常時モデル51に入力し、特徴量の理論値(正常時の理論特徴量)を算出する。
【0034】
ステップSB4で、異常診断データ取得モードの終了が指示されたか否か(モード切替スイッチ61がOFFであるか否か)を判定する。ステップSB4でモード切替スイッチ61がOFFである(YES)と判定された場合は、ステップSB5へ進む。ステップSB4でモード切替スイッチ61がONである(YES)と判定された場合は、ステップSB2へ戻る。
【0035】
ステップSB5で、ステップSB2で取得した実測特徴量の時系列データとステップSB3で取得した正常時の理論特徴量の時系列データとを比較する。
【0036】
ステップSB6で、正常時の理論特徴量に対する実測特徴量の乖離率が所定の閾値以上であるか否かを判定する。ここでの所定の閾値は、オペレータが油圧ショベルの操作中に何らかの異常を感じるが、どのアクチュエータに異常があるか判別できない程度の乖離率(例えば5%)に設定されている。
【0037】
ステップSB6で乖離率が閾値以上である(YES)と判定された場合は、異常の要因を特定するために必要な既定動作を記憶部53のマトリクスから抽出し(ステップSB7)、段階3へ移行する。
【0038】
ステップSB6で乖離率が閾値未満である(NO)と判定された場合は、異常無しと判定し(ステップSB8)、異常診断を終了する。
【0039】
図5は、段階3の作業手順を示すフローチャートである。段階3では、油圧ショベル100に既定動作を行わせて取得した実測特徴量と記憶部53に記憶されている異常時の理論特徴量とを比較することにより、異常の要因を特定する。以下、各ステップを順に説明する。
【0040】
ステップSC1で、段階2のステップSB7で抽出された既定動作の1つを促す指示をモニタ62に出力する。
【0041】
ステップSC2で、オペレータが既定動作を実施したか否かを判定する。ステップSC2でYESと判定された場合は、ステップSC3へ進む。ステップSC2でNOと判定された場合は、ステップSC2へ戻る。
【0042】
ステップSC3で、段階2のステップSB7で抽出された既定動作のうち未実施の既定動作があるか否かを判定する。ステップSC3でYESと判定された場合は、他の既定動作(未実施の既定動作の1つ)を促す指示をモニタ62に出力し(ステップSC4)、ステップSC2へ戻る。ステップSC3でNOと判定された場合は、ステップSC5へ進む。
【0043】
ステップSC5で、既定動作時の実測特徴量と記憶部53に記憶されている異常時の理論特徴量とを比較し、異常の要因を特定する。
【0044】
ステップSC6で、異常情報および要因情報をモニタ62に出力する。
【0045】
【0046】
図6において、コントローラ50は、正常時モデル51と、異常判定部52と、記憶部53と、要因判定部54とを有する。
【0047】
正常時モデル51は、油圧ショベル100の正常時の動作を模擬したシミュレーションモデルであり、実機搭載センサ31~36,41,42から得られる油圧ショベル100の操作情報または姿勢情報に基づき、油圧ショベル100の動作状態を示す特徴量の理論値(理論特徴量)を算出し、異常判定部52に出力する。
【0048】
異常判定部52は、正常時モデル51で算出した理論特徴量と、実機搭載センサ31~36,41,42で取得した油圧ショベル100の特徴量(実測特徴量)とを比較し、その結果に基づいて油圧ショベル100に異常があるか否かを判定する。異常判定部52は、油圧ショベル100に異常があると判定した場合、その情報をモニタ62に出力する。
【0049】
記憶部53は、異常の想定要因とその想定要因を有する油圧ショベルが既定動作を行った場合に取得される実測特徴量の傾向とを対応付けたマトリクス(後述)を記憶している。
【0050】
要因判定部54は、記憶部53に記憶されているマトリクスを参照し、実機搭載センサ31~36,41,42から得られる実測特徴量に基づいて異常の要因を特定し、その情報をモニタ62に出力する。また、要因判定部54は、異常の要因を特定するために必要な動作(既定動作)が未実施の場合は、その既定動作の操作指示をモニタ62に出力する。
【0051】
図7は、油圧ショベル100が再生制御が適用される動作を行った時に取得されたアーム速度の実測値(実測特徴量)の時系列波形と、正常時モデル51により得られた理論値(正常時の理論特徴量)の時系列波形とを重ねて示した図である。ここで、再生制御とは、ブームシリンダ14,15から排出される作動油をアーム再生弁28を介してアームシリンダ16に供給することにより、アームシリンダ16を増速させる制御である。
【0052】
図7に示す例では、アーム速度の実測値(実測特徴量)がアーム速度の理論値(正常時の理論特徴量)に比べて小さくなっている。このとき、アーム再生弁28のスプールを切り替える電磁弁も正常に動作していることが分かっていることから、アーム再生弁28の不良が異常の要因として考えられる。しかしながら、アームシリンダ16のボトム側に接続されているホースに油漏れが生じた場合でもアーム6の速度が遅くなるため、この時点では異常の要因を1つに絞ることができない。そのため、アーム速度が遅くなることが予測される既定動作を必要に応じて行い、その際に得られた実測特徴量と異常時モデル200に既定動作を行わせて取得した理論特徴量とを比較することにより、異常の要因を特定する。
【0053】
図8は、アーム速度が正常時よりも遅くなる異常の想定要因と、その想定要因を有する油圧ショベルが既定動作を行った場合に取得されるアームシリンダ16のボトム側平均流量の傾向とを対応付けたマトリクスである。
【0054】
図8において、既定動作1は、ブーム5を最大限上げた状態でブーム5の操作は行わずにアーム引き操作を行う動作(再生制御が適用されない動作)であり、アーム6がフルダンプ状態からフルクラウド状態まで移行するまでの動作を1サイクルとする。また、既定動作2は、ブーム5を最大限上げた状態でブーム上げ操作を行うと同時にアーム引き操作をフルレバーで行った場合の動作(再生制御が適用される動作)であり、アーム6がフルダンプ状態からフルクラウド状態までに移行するまでの動作を1サイクルとする。
【0055】
図8に示すマトリクスM1によれば、既定動作1,2を行ったときのアームシリンダ16のボトム側平均流量(実測特徴量)と、異常時モデル200に既定動作1,2を行わせて取得したアームシリンダ16のボトム側平均流量(異常時の理論特徴量)とを比較することにより、アーム速度が正常時よりも遅くなる異常の要因が、3つの想定要因(アームシリンダ16のボトム側の油漏れ、アーム再生弁28の固着、アームシリンダ16のボトム側の油漏れ+アーム再生弁28の固着)のうちのいずれか1つに特定される。
【0056】
図9は、アームシリンダ16のボトム側の油漏れを想定要因とした場合の段階1の作業手順を示したフローチャートである。以下、各ステップを順に説明する。
【0057】
ステップSD1で、アームシリンダ16のボトム側の油漏れを想定要因とする。
【0058】
ステップSD2で、アームシリンダ16のボトム側の油漏れを模擬した異常時モデル200を作成する。
図10にアームシリンダ16のボトム側の油漏れを模擬した異常時モデル200を示す。ここでの異常時モデル200は、アーム方向制御弁36とアームシリンダ16のボトム側とを接続する油路71で油漏れが起きたことを想定したシミュレーションモデルであり、正常時モデル51において油路71をタンク24に接続する漏れ油路72を追加し、この漏れ油路72に可変絞り弁73を設置し、油漏れの程度に応じて可変絞り弁73の絞り量(パラメータ)を調整したものとする。
【0059】
図9に戻り、ステップSD3で、可変絞り弁73の絞り量(異常時モデル200のパラメータ)を3通り(程度小、程度中、程度大)に設定する。
【0060】
ステップSD4で、パラメータ設定後の異常時モデル200で既定動作1,2を実施する。
【0061】
ステップSD5で、既定動作1,2を実施した異常時モデル200におけるアームシリンダ16のボトム側平均流量(異常時の理論特徴量)を算出する。
【0062】
ステップSD6で、ステップSD5で算出したアームシリンダ16のボトム側平均流量(異常時の理論特徴量)を想定要因(アームシリンダ16のボトム側の油漏れ)および既定動作1,2と対応付けて記憶部53に記憶させる。
【0063】
図11は、アーム再生弁28の固着を想定要因とした場合の段階1の作業手順を示したフローチャートである。以下、各ステップを順に説明する。
【0064】
ステップSE1で、アーム再生弁28の固着を想定要因とする。
【0065】
ステップSE2で、アーム再生弁28の固着を模擬した異常時モデル200を作成する。ここでの異常時モデル200は、正常時モデル51においてアーム再生弁28のスプール移動量を所定の値に固定したものとする。
【0066】
ステップSE3で、アーム再生弁28のスプール移動量を3通り(正常時の0%、30%、50%)に設定する。
【0067】
ステップSE4で、パラメータ設定後の異常時モデル200で既定動作1,2を実施する。
【0068】
ステップSE5で、既定動作1,2を実施した異常時モデル200におけるアームシリンダ16のボトム側平均流量(異常時の理論特徴量)を算出する。
【0069】
ステップSE6で、ステップSD5で算出したアームシリンダ16のボトム側平均流量(異常時の理論特徴量)を想定要因(アーム再生弁28の固着)および既定動作1,2と対応付けて記憶部53に記憶させる。
【0070】
図12は、既定動作1を1サイクル行ったときのアームシリンダ16のボトム側平均流量に関して、油圧ショベル100の異常時の実測特徴量と異常時モデル200の理論特徴量と正常時モデル51の理論特徴量とを並べて示した図である。
図12に示す例では、平均流量の実測値(実測特徴量)が正常時の平均流量の理論値(理論特徴量)よりも小さく、油漏れを想定した異常時モデル200から得られた理論特徴量の範囲内にある。このことから、アームシリンダ16のボトム側平均流量が低くなる異常の要因がアームシリンダ16のボトム側の油漏れであると推測される。
【0071】
図13は、既定動作2を1サイクル行ったときのアームシリンダ16のボトム側の平均流量に関して、油圧ショベル100の異常時の実測特徴量と異常時モデル200の理論特徴量と正常時モデル51の理論特徴量とを並べて示した図である。
図13に示す例では、油圧ショベル100のアームシリンダ16のボトム側平均流量の実測値(実測特徴量)が異常時の理論特徴量の範囲未満となっている。このことから、アームシリンダ16のボトム側平均流量が低くなる異常の要因がアーム再生弁28の不良に限られないことが推測される。
【0072】
図14は、既定動作1,2を1サイクル行ったときのアームシリンダ16のボトム側平均流量に関して、正常時の油圧ショベルで取得した平均流量と異常時の油圧ショベルで取得した平均流量とを重ねて示した図である。
【0073】
図14に示すように、アームシリンダ16のボトム側の油漏れのみを要因とする異常の場合は、既定動作1と既定動作2とで正常時の平均流量に対する異常時の平均流量の減少率に差は生じない。一方、アームシリンダ16のボトム側の油漏れ+アーム再生弁28の固着を要因とする異常の場合は、既定動作1と既定動作2とで平均流量の減少率に差が生じる。従って、
図8のマトリクスM1で示したように、既定動作1における平均流量の減少率と既定動作2における平均流量の減少率との差分が所定の閾値αより小さい場合は、アームシリンダ16のボトム側の油漏れが要因と特定され、閾値α以上である場合は、アームシリンダ16のボトム側の油漏れ+アーム再生弁28の固着が要因と特定される。
【0074】
図15は、アームシリンダ16のボトム側流量の平均流量に関して、実測特徴量と異常時モデル200の理論特徴量とを大きさ順に並べ替えて示した図である。
【0075】
図15に示す例では、実測値(実測特徴量)が程度小の油漏れを想定した異常時モデル200の理論特徴量よりも小さく、かつ程度中の油漏れを想定した異常時モデル200の理論特徴量よりも大きいため、油漏れの程度は小程度から中程度であるとみなすことができる。この情報をモニタ62に出力することにより、オペレータは油漏れの程度を把握することが可能となる。
【0076】
図16は、ブーム下げが正常時よりも遅くなる異常の想定要因と、その想定要因を有する油圧ショベルが既定動作を行った場合に取得されるブームシリンダ14,15のロッド側平均流量の傾向とを対応付けたマトリクスである。
【0077】
図16において、既定動作3はブーム再生が適用される動作(例えばブーム最上げの状態から外部負荷のない状態でブーム下げを行う動作)とし、既定動作4はブーム再生が適用されない動作(例えばジャッキアップ動作)とする。
【0078】
図16に示すマトリクスM2によれば、既定動作3,4を行ったときのブームシリンダ14,15のボトム側平均流量(実測特徴量)と、異常時モデル200に既定動作3,4を行わせて取得したブームシリンダ14,15のボトム側平均流量(異常時の理論特徴量)とを比較することにより、ブーム速度が正常時よりも遅くなる異常の要因が、3つの想定要因(ブームシリンダ14,15のボトム側の油漏れ、ブーム再生弁の固着、ブームシリンダ14,15のボトム側の油漏れ+ブーム再生弁の固着)のうちのいずれか1つに特定される。
【0079】
図17は、フロント装置101を駆動する油圧シリンダ14~17のボトム側圧力が正常時よりも低くなる異常の想定要因と、その想定要因を有する油圧ショベルが既定動作を行った場合に取得される油圧シリンダ14~17のボトム側圧力の傾向とを対応付けたマトリクスである。
図17において、既定動作5はブーム上げ単独動作であり、既定動作6はアーム引き単独動作であり、既定動作7はバケットクラウド単独動作である。
【0080】
図17に示すマトリクスM3によれば、油圧ショベル100が既定動作5を実施した時のブームシリンダ14,15のボトム側圧力が異常時の理論特徴量の範囲内にあり、既定動作6を実施した時のアームシリンダ16のボトム側圧力が異常時の理論特徴量の範囲内にあり、既定動作7を実施した時のバケットシリンダ17のボトム側圧力が異常時の理論特徴量の範囲内にある場合、メインリリーフ弁23の固着が異常の要因と特定される。
【0081】
マトリクスM3において、既定動作5~7における異常時の理論特徴量は、メインリリーフ弁23の油漏れを想定した異常時モデル200に既定動作5~7を行わせることで求められる。ここでの異常時モデル200は、正常時モデル51において油圧ポンプ21から吐出される作動油の一部をタンク24に排出する漏れ油路を追加し、この漏れ油路に可変絞り弁を設置し、油漏れの程度に応じて可変絞り弁の絞り量(パラメータ)を調整したものとする。既定動作5における異常時の理論特徴量は、異常時モデル200に既定動作5を行わせることで算出されるブームシリンダ14,15のボトム側圧力である。既定動作6における異常時の理論特徴量は、異常時モデル200に既定動作6を行わせることで算出されるアームシリンダ16のボトム側圧力である。既定動作7における異常時の理論特徴量は、異常時モデル200に既定動作7を行わせることで算出されるバケットシリンダ17のボトム側圧力である。
【0082】
フロント装置101を駆動する油圧シリンダ14~17のボトム側圧力が正常時よりも低くなる異常の要因をメインリリーフ弁23の不良と特定するためには、油圧ショベル100が既定動作5~7を行ったときの油圧シリンダ14~17のボトム側圧力を測定する必要があるが、既定動作5~7(ブーム上げ単独動作、アーム引き単独動作、バケットクラウド単独動作)は通常作業で頻繁に行われているため、オペレータは異常診断時に追加で既定動作を実施する必要がない。このように、通常作業で頻繁に行われる動作を既定動作とすることにより、異常診断に係る工数を削減することが可能となる。
【0083】
本実施の形態では、油圧ポンプ21と、油圧ポンプ21によって駆動される油圧アクチュエータ11~17と、演算機能を有するコントローラ50と、コントローラ50の演算結果を出力する報知装置62と、油圧アクチュエータ11~17の操作を指示する操作指示装置から出力される情報または油圧ショベル100の姿勢情報、および油圧ショベル100の動作状態を示す特徴量を取得するセンサ31~36,41,42を備えを備えた油圧ショベル100において、コントローラ50は、油圧ショベル100の正常時の動作を模擬するシミュレーションモデルである正常時モデル51と、前記特徴量の異常に対する要因の情報とを記憶しており、油圧ショベル100の動作中に、前記センサで取得した姿勢情報または前記操作指示装置から出力される情報を正常時モデル51に入力することにより、前記特徴量の理論値である理論特徴量を算出し、前記センサで検出した特徴量である実測特徴量と前記理論特徴量との比較結果に基づいて、前記実測特徴量に異常があるか否かを判定し、前記実測特徴量に異常があると判定した場合に、前記異常の要因を特定するために必要な既定動作を促す指示を報知装置62に出力する。
【0084】
また、コントローラ50は、前記理論特徴量に対する前記実測特徴量の乖離率を算出し、前記乖離率が所定の閾値を超過した場合に、前記実測特徴量に異常があると判定する。
【0085】
また、コントローラ50は、前記特徴量の異常の種別ごとに、前記異常に対する要因と、前記要因を有する油圧ショベル100の動作を模擬するシミュレーションモデルである異常時モデル200に既定動作を行わせて取得した理論特徴量の傾向とを対応づけた複数のマトリクスM1~M3を記憶しており、前記実測特徴量に異常があると判定した場合に、複数のマトリクスM1~M3のうち前記実測特徴量の異常に対応する特定のマトリクスを選択し、油圧ショベル100に既定動作を行わせて取得した前記実測特徴量の傾向と、前記特定のマトリクスにおける特定の要因に対する理論特徴量の傾向とが一致した場合に、前記特定の要因の情報を報知装置62に出力する。
【0086】
以上のように構成した本実施の形態によれば、油圧ショベル100の動作状態を示す特徴量の実測値(実測特徴量)と理論値(理論特徴量)との比較結果に基づいて、実測特徴量に異常があるか否かが判定され、実測特徴量に異常があると判定された場合に、その異常および要因の情報が報知装置62に出力される。これにより、オペレータは、油圧ショベル100の動作中に、油圧ショベル100の異常および当該異常の要因を把握することができる。なお、本実施の形態では、モニタ62を介して異常情報および要因情報をオペレータに報知する構成としたが、通信装置を介して遠隔にいるサービス員に報知する構成としても良い。
【0087】
また、本実施の形態に係る油圧ショベル100は、油圧ショベル100の機種や仕様に応じて構築した正常時モデル51および異常時モデル200を用いて異常判定および要因判定を行うため、他の油圧ショベルで取得したデータを必要としない。これにより、市場に出ている台数が少ない油圧ショベルにも本発明を適用することが可能となる。
【0088】
また、コントローラ50は、特定のマトリクスに規定されている複数の既定動作のうち油圧ショベル100が現時点までに実施していない未実施の既定動作が存在する場合に、前記未実施の既定動作の操作指示を報知装置62に出力する。これにより、オペレータは、特徴量の異常の要因を特定するために必要な既定動作を漏れなく実施することができる。
【0089】
なお、本実施の形態においては、油圧ショベル100の特徴量として、ブーム5およびアーム6の速度、油圧シリンダ14~17のボトム側圧力を測定し、油圧ショベル100の異常診断を行っているが、速度を測定するアクチュエータは特に限定されず、例えばバケット7や旋回の速度、走行モータ11,12の回転数を測定することにより異常診断を行ってもよい。また、圧力を測定する箇所は特に限定されず、例えばポンプ圧等を測定することにより、ポンプ等周辺の故障判定を行ってもよい。さらに、走行モータ11,12や旋回モータ13の動作状態を示す特徴量を測定するセンサを追加し、当該特徴量の異常に対応するマトリクスを新たに記憶部63に記憶させることにより、旋回操作や走行操作に伴う異常の検出および要因の特定が可能となる。
【0090】
以上、本発明の実施の形態について詳述したが、本発明は、上記した実施の形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施の形態は、本発明を分かり易く説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。
【符号の説明】
【0091】
1,2…走行装置、3…走行体、4…旋回体、5…ブーム、6…アーム、7…バケット、8…運転室、9…機械室、10…カウンタウエイト、11,12…走行モータ(油圧アクチュエータ)、13…旋回モータ(油圧アクチュエータ)、14,15…ブームシリンダ(油圧アクチュエータ)、16…アームシリンダ(油圧アクチュエータ)、17…バケットシリンダ(油圧アクチュエータ)、21…油圧ポンプ、22…吐出油路、23…メインリリーフ弁、24…タンク、25…ブーム方向制御弁、26…アーム方向制御弁、27…アーム再生油路、28…アーム再生弁、31~36…圧力センサ、41,42…ストロークセンサ、50…コントローラ、51…正常時モデル、52…異常判定部、53…記憶部、54…要因判定部、61…モード切替スイッチ、62…モニタ(報知装置)、71…油路、72…漏れ油路、73…可変絞り弁、100…油圧ショベル(建設機械)、101…フロント装置、200…異常時モデル。