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  • 特許-急性腎不全の検出方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-24
(45)【発行日】2022-02-15
(54)【発明の名称】急性腎不全の検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20220207BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20220207BHJP
   C07K 14/705 20060101ALN20220207BHJP
   C07K 16/28 20060101ALN20220207BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
G01N33/53 D
C07K14/705
C07K16/28
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2017208083
(22)【出願日】2017-10-27
(65)【公開番号】P2019078722
(43)【公開日】2019-05-23
【審査請求日】2020-10-21
(73)【特許権者】
【識別番号】504224153
【氏名又は名称】国立大学法人 宮崎大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池田 正浩
(72)【発明者】
【氏名】園田 紘子
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-175630(JP,A)
【文献】特開2013-007698(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0320390(US,A1)
【文献】Mahdi Salih, et al., ,"Urinary extracellular vesicles and the kidney: biomarkers and beyond",Am J Physiol Renal Physiol,American Physiological Society,2014年06月01日,306(11),F1251-F1259
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体の血液サンプルのアクアポリン1の量を測定する工程を含む、急性腎不全の検出方法。
【請求項2】
前記血液サンプルに含まれるエクソソームに存在するアクアポリン1を測定することを特徴とする請求項1記載の急性腎不全の検出方法。
【請求項3】
近位尿細管における障害を検出することを特徴とする請求項1記載の急性腎不全の検出方法。
【請求項4】
被検体の血液サンプルのアクアポリン1の量を測定する工程と、
被検体の血液サンプルのアクアポリン1の量を、健常検体の血液サンプルのアクアポリン1の量と対比する工程とを含み
被検体の血液サンプルのアクアポリン1の量が、健常検体の血液サンプルのアクアポリン1の量と対比して統計学的に有意に少ないときに、被検体が急性腎不全に罹患していることを示す請求項1記載の急性腎不全の検出方法。
【請求項5】
被検体がヒトである、請求項1記載の急性腎不全の検出方法。
【請求項6】
アクアポリン1の測定が、アクアポリン1に特異的に結合する抗体及び/又はその断片を用いた免疫学的測定法により行われる、請求項1記載の急性腎不全の検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、急性腎不全の簡易診断に利用できる急性腎不全の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
急性腎不全(ARF)は、ヒトでは死亡率が50%を超える重篤な疾患で、急激な糸球体濾過量(GFR)の低下と窒素代謝物の体内蓄積に特徴付けられる症候群の総称である。現在のところ特異的な治療薬は無く、また、軽度な急性腎不全における早期診断方法も確立していない。ARFは、出血などによって腎血流量の低下が原因となる腎前性ARF、尿細管細胞死を伴う腎実質性ARF、および尿路閉塞による腎後性ARFの3つに分類される。この中で、腎実質性ARFの発症原因としては、腎が一時的な虚血に陥り、その後血流が再開することによっておきる腎虚血再灌流(IR)傷害および薬物などによる尿細管への直接傷害が重要であり、急性尿細管壊死が引き起こされる。また、壊死した尿細管上皮細胞は基底膜から脱落し、尿細管閉塞の原因ともなる。
【0003】
一方、水分子を透過させる膜タンパク質分子として発見されたアクアポリン(AQP)は、現在ではAQPタンパク質分子ファミリーに属する分子種として、水分子のみを透過させる“アクアポリン”(AQP0、AQP1、AQP2、AQP4、AQP5、AQP8)、水分子だけでなくグリセロールなどの中性子も一部透過させる“アクアグリセロポリン”(AQP3、AQP7、AQP9)、水分子以外にも陰イオンを透過させるAQP6、輸送される物質が明らかにされていないAQP10、AQP11およびAQP12の13種類の分子種が報告されている。“アクアポリン”に属する分子種は、目の水晶体、腎臓、脳、涙腺などに分布し、そこで水分代謝を調節し、“アクアグリセロポリン”は脂肪細胞に分布して脂質代謝に関与していることが明らかにされている。
【0004】
腎臓においては、近位尿細管およびヘンレの細い下行脚の上皮細胞にAQP1が、近位尿細管の上皮細胞にAQP11が、近位直尿細管(特にS3segment)の上皮細胞にAQP7が、集合管の主細胞にAQP2、AQP3、およびAQP4が、集合管のα間在細胞にAQP6が、近位尿細管および集合管の上皮細胞にAQP8が、それぞれ部位特異的に発現していることが知られている。AQP1は近位尿細管上皮細胞の管腔側および基底側の両方の細胞膜に発現しており、それぞれの膜における水輸送に関与していると考えられている。AQP2は集合管主細胞の細胞内小胞に発現しており、バソプレシンによって細胞が刺激されると、その小胞が管腔側膜に移動してそこでの発現量が増加し、水分の再吸収が促進する。AQP3およびAQP4は主細胞の基底側の細胞膜に発現しており、AQP2によって細胞内に輸送された水を血管へ輸送すると考えられている。AQP6は集合管のα間在細胞の細胞質内に発現しており、その局在と陰イオンを透過させることから小胞の酸性化に関与しているのではないかと推察されている。AQP8と新規アクアポリンであるAQP11はそれぞれが発現している上皮細胞の細胞質に、AQP7は近位直尿細管の刷子縁に発現していることが報告されているが、それらの腎における役割は不明のままである。また、AQP1が欠損しているヒトでは尿の濃縮障害が、AQP11のノックアウトマウスでは嚢胞腎がおこることが報告されている。
【0005】
ARFの原因は多岐に亘っている。また、原因によって、或いは同じ原因でも病期によって障害される腎臓内の部位が異なる。障害部位によって治療選択が異なることから、腎臓内でどの部位が障害されているかを的確に把握することは、臨床上強く求められている。
【0006】
現在、慢性腎不全(CKD)やARFの診断は、病態の経過を考慮しながら、血中クレアチニン値や血中尿素窒素値などの腎障害を検出するバイオマーカーを指標に行われている。しかしながら、これらのバイオマーカーは、腎疾患であれば増加するもので、腎における障害部位に関する情報を提供するものではない。腎の障害部位を特定するためには、現在、腎生研材料(腎の組織片)を用いて病理学的に診断する(バイオプシー)ことが行われている。しかし、生研材料を得るためには、手術が必要で、そのために、出血のリスクや入院など、患者に対する負担は相当に大きい。また、生研診断を実施できる病院も限られている。したがって、低侵襲性に腎臓の障害部位を描出できるバイオマーカー(リキッドバイオプシーバイオマーカー)を発見することは、世界的に強く求められている。
【0007】
これまでに、尿を用いて腎臓の障害部位を描出する試みは行われてきた(例えば特許文献1)。しかし、尿を一定時間集める必要、保存期間中における尿中物質の分解、そして獣医療の場合、イヌ、ネコ、ウシなどの動物が期待通りに排尿しないために、尿の採材が困難なことなどを考えると、尿中バイオマーカーの使用は、かなり制約を受ける。従って、一般診療における採血の頻度を考えると、血液バイオマーカーで腎臓の障害部位を描出できることは理想的である。しかし、腎臓の障害部位を描出できる血液バイオマーカーは知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第5162751号
【非特許文献】
【0009】
【文献】Ikeda M, Prachasilchai W, Burne-Taney MJ, Rabb H, Yokota-Ikeda N. (2006). Ischemic acute tubular necrosis models and drug discovery: a focus on cellular inflammation. Drug Discov Today. 11, 364-370.
【文献】Nielsen S, Frokiaer J, Marples D, Kwon TH, Agre P, Knepper MA. (2002). Aquaporins in the kidney: from molecules to medicine. Physiol Rev. 82, 205-244.
【文献】Pisitkun T, Shen RF, Knepper MA. (2004). Identification and proteomic profiling of exosomes in human urine. Proc Natl Acad Sci U S A. 101, 13368-13373.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
現在のところ血液サンプルを用いて急性腎不全を検出できるバイオマーカーは同定されておらず、当該バイオマーカーに基づく急性腎不全の早期診断も確立していない。そこで、本発明は、血液サンプルに含まれる急性腎不全に関連するバイオマーカーを同定し、これを利用して急性腎不全を検出する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述した目的を達成するため、本発明者らが鋭意検討した結果、血液サンプルに含まれる急性腎不全に関連するバイオマーカーを探索したところ、アクアポリン1タンパク質が血液サンプルに含まれる急性腎不全に関連するバイオマーカーとして有用であることを見出し、以下の発明を完成するに至った。本発明は以下の発明を包含する。
【0012】
(1)被検体の血液サンプルのアクアポリン1の量を測定する工程を含む、急性腎不全の検出方法。
(2)前記血液サンプルに含まれるエクソソームに存在するアクアポリン1を測定することを特徴とする(1)記載の急性腎不全の検出方法。
(3)近位尿細管における障害を検出することを特徴とする(1)記載の急性腎不全の検出方法。
(4)被検体の血液サンプルのアクアポリン1の量を測定する工程と、被検体の血液サンプルのアクアポリン1の量を、健常検体の血液サンプルのアクアポリン1の量と対比する工程と、被検体の血液サンプルのアクアポリン1の量が、健常検体の血液サンプルのアクアポリン1の量と対比して統計学的に有意に少ないときに、被検体が急性腎不全に罹患していると判断する工程とを含む(1)記載の急性腎不全の検出方法。
(5)被検体がヒトである(1)記載の急性腎不全の検出方法。
(6)アクアポリン1の測定が、アクアポリン1に特異的に結合する抗体及び/又はその断片を用いた免疫学的測定法により行われる(1)記載の急性腎不全の検出方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、血液サンプル中のアクアポリン1の量に基づいて急性腎不全を検出することができる。したがって、本発明を適用することによって、急性腎不全のより簡便且つ高精度な診断に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本実施例で行ったウエスタンブロットにおける電気泳動写真である。
図2】糖鎖AQP1、糖鎖なしAQP1及び総AQP1について定量した結果を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1. 被検体
本発明において「被検体」とは急性腎不全を発症しうる動物であれば限定されないが、ヒトが特に好ましい。ヒト以外の被検体としては、例えば、サル、チンパンジー等の非ヒト霊長類や、イヌ、ウシ、マウス、ラット、モルモット等の他の哺乳類が挙げられる。ヒト以外の動物を被検体とした場合に得られる情報(判定結果)は、当該非ヒト動物の急性腎不全の診断にも利用され得るが、むしろそれをヒトの急性腎不全の診断法の確立に利用できる点で有用である。特許第5162751号における図1に示しているように、アクアポリン1のアミノ酸配列は種を超えて保存性が高い。また、ラットなどの疾患モデル動物で見られた尿中アクアポリン排泄量の変化が、患者においても見られることが報告されている。よって、非ヒト動物での実験結果はヒトに対しても外挿可能であると言える。
【0016】
2. 試料
本発明では被検体からの血液サンプルを試料として用いる。血液サンプルとしては、特に限定されず、全血、血漿及び血清の何れでも良い。特に、血液サンプルとしては、エクソソーム(エキソソームとも呼称される)を含む画分を含むことが好ましい。エクソソームは、細胞分泌性の細胞小器官の一つであり、直径50nm~150nm程度の膜小胞を意味する。
【0017】
エクソソームを含む画分としては、特に限定されず、血漿から回収することもできるし、血清から回収することもできる。なかでも、エクソソームを含む画分としては血漿から回収することが好ましい。
【0018】
血漿は、被検体から採取した血液にヘパリンNa、ヘパリンLi、EDTA-2Na、EDTA-2K及びクエン酸Na等の抗凝固剤を所定の最終濃度となるように混合し、その後、例えば1000~1200×gで20~30分間4℃で遠心分離し、上清を回収することで準備することができる。また、血清は、被検体から採取した血液を氷上に所定時間(例えば、30~60分、数時間でもよい)放置し、血清と血餅に分離した後、例えば4℃、3000~5000rpmで数分から十数分遠心分離し、血清画分のみを回収することで準備することができる。
【0019】
これら血漿或いは血清からエクソソーム画分を回収するには、特に限定されず、従来公知の方法を適宜適用することができる。エクソソーム画分を回収する方法としては、超遠心分離法を適用した方法を挙げることができる。超遠心分離法としては、ショ糖密度勾配液、ショ糖クッション溶液を組み合わせた方法を挙げることができ、比較的に低密度であるエクソソームを、他の小胞体等の粒子から分離することができる。より具体的に、定法に従って調製した血漿を1000×gで30分間遠心する。遠心分離後の上清を回収し、プロテアーゼ阻害剤を加えた後、17,000×gで45分間遠心する。その後、上清を回収し、200,000×gで1時間遠心する。これにより得られた沈査をエクソソーム画分として回収することができる。
また、市販の試薬キットを用いてエクソソーム画分を回収することもできる。
【0020】
3. アクアポリン1
本明細書においてアクアポリン1とは、典型的にはアクアポリン1の成熟体または完全体であり、糖鎖修飾されたアクアポリン1分子も包含される。糖鎖の種類、結合位置などは限定されない。アクアポリン1のアミノ酸配列は被検体の動物種により若干異なる。一例として、配列表には配列番号1としてイヌ (Canis familiaris) 由来アクアポリン1を、配列番号2としてウシ (Bos taurus) 由来アクアポリン1を、配列番号3としてヒト (Homo sapiens) 由来アクアポリン1を、配列番号4としてラット (Rattus norvegicus) 由来アクアポリン1を、配列番号5としてマウス (Mus musculus) 由来アクアポリン1を、それぞれ示す。
【0021】
4. 抗アクアポリン1抗体
アクアポリン1の測定は、アクアポリン1に特異的に結合し得る抗体を用いて行われることが好ましい。このような抗体としては、測定しようとする動物種のアクアポリン1又はその部分配列を含むポリペプチドを抗原として用い、常法により作成された抗体を好適に使用できる。
【0022】
抗体はポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい。また抗体はアクアポリン1に特異的に結合し得る限り断片として使用することもできる。抗体の断片としては、例えば、Fab断片、F(ab)’2断片、単鎖抗体(scFv)等が挙げられる。
【0023】
モノクローナル抗体は例えば次の手順で作成することができる。すなわち、先ず、上記の抗原を、動物に対して、抗原の投与により抗体産生が可能な部位にそれ自体あるいは担体、希釈剤とともに投与する。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。用いられる動物としては、例えば、サル、ウサギ、イヌ、モルモット、マウス、ラット、ヒツジ、ヤギなどの哺乳動物が挙げられる。抗血清中の抗体価の測定は常法により行うことができる。
【0024】
抗原を免疫された動物から抗体価の認められた個体を選択し最終免疫の2~5日後に脾臓またはリンパ節を採取し、それらに含まれる抗体産生細胞を骨髄腫細胞と融合させることにより、モノクローナル抗体産生ハイブリドーマを調製することができる。融合操作は既知の方法、例えば、Nature 256: 495 (1975)記載の方法に従い実施することができる。融合促進剤としては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)などが挙げられる。骨髄腫細胞としては、例えば、NS-1、P3U1、SP2/0などが挙げられる。
【0025】
モノクローナル抗体の選別は、公知あるいはそれに準じる方法に従って行なうことができるが、通常はHAT(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジン)を添加した動物細胞用培地などで行なうことができる。選別および育種用培地としては、ハイブリドーマが生育できるものならばどのような培地を用いても良い。ハイブリドーマ培養上清の抗体価は、抗血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。
【0026】
モノクローナル抗体の分離精製は、通常のポリクローナル抗体の分離精製と同様の、例えば塩析法、アルコール沈殿法、等電点沈殿法、電気泳動法、イオン交換体(例DEAE)による吸脱着法、超遠心法、ゲルろ過法、抗原結合固相またはプロテインAあるいはプロテインGなどを用いた特異的精製法による免疫グロブリンの分離精製法に従って行なうことができる。
【0027】
一方、ポリクローナル抗体は例えば次の手順で作成することができる。すなわち、ポリクローナル抗体は、例えば、抗原とキャリアーとの複合体をつくり、上記のモノクローナル抗体の製造法と同様に哺乳動物に免疫を行ない、該免疫動物から活性型ハプトグロビン対する抗体含有物を採取して、抗体の分離精製を行なうことにより製造できる。ポリクローナル抗体の作成に使用する抗原はモノクローナル抗体の作成におけるのと同様である。抗原とキャリアーとの複合体を形成する際に、キャリアーの種類および抗原とキャリアーとの混合比は、キャリアーに架橋させた抗原に対して抗体が効率良くできれば、どの様なものをどの様な比率で架橋させてもよい。キャリアーとしては、例えば、ウシ血清アルブミン、ウシサイログロブリン、キーホール・リンペット・ヘモシアニン等が用いられる。また、抗原とキャリアーのカップリングには、種々の縮合剤を用いることができるが、グルタルアルデヒドやカルボジイミド、マレイミド活性エステル、チオール基、ジチオビリジル基を含有する活性エステル試薬等が用いられる。
【0028】
抗原とキャリアーとの複合体は、免疫される動物に対して、抗体産生が可能な部位にそれ自体あるいは担体、希釈剤とともに投与される。投与に際して抗体産生能を高めるため、完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与してもよい。投与は、通常約2~6週毎に1回ずつ、計約3~10回程度行なうことができる。用いられる動物としては、モノクローナル抗体作成の場合と同様の哺乳動物が挙げられる。ポリクローナル抗体は、上記の方法で免疫された動物の血液、腹水など、好ましくは血液から採取することができる。抗血清中のポリクローナル抗体価の測定は、上記の血清中の抗体価の測定と同様にして測定できる。ポリクローナル抗体の分離精製は、上記のモノクローナル抗体の分離精製と同様の手順で行なうことができる。
【0029】
5. アクアポリン1の量の評価方法
本発明の方法は、被検体からの血液サンプルのアクアポリン1の量を評価する工程を含むが、アクアポリン1の絶対的な量を測定する必要はなく、対照となる血液サンプルのアクアポリン1の量との相対的な関係を明らかにできれば評価としては十分である。
【0030】
アクアポリン1の量の評価方法としては、典型的には、上記の抗アクアポリン1抗体を用いた免疫学的測定法が挙げられる。免疫学的測定法としては、特に制限はなく、従来公知の方法、例えば酵素免疫測定法(EIA法)、ラテックス凝集法、免疫クロマト法、ウエスタンブロット法、放射免疫測定法(RIA法)、蛍光免疫測定法(FIA法)、ルミネッセンス免疫測定法、スピン免疫測定法、抗原抗体複合体形成に伴う濁度を測定する比濁法、抗体固相膜電極を利用し抗原との結合による電位変化を検出する酵素センサー電極法、免疫電気泳動法などを採用することができる。これらの中でもEIA法またはウエスタンブロット法が好ましい。なお、EIA法には、競合的酵素免疫測定法や、サンドイッチ酵素結合免疫固相測定法(サンドイッチELISA法)等が包含される。
【0031】
ウエスタンブロット法を本発明の免疫学的測定法として採用する場合、例えば次のようにして血液サンプルのアクアポリン1を検出することができる。ドデシル硫酸ナトリウム含有ポリアクリルアミドゲル上に検体たる血液サンプル由来タンパク質試料を添加し、一定の電圧をかけて電気泳動を行い、泳動によりゲル上で分離されたタンパク質をPVDF(ポリビリニデンジフルオライド)膜のようなブロッティング用膜に電気的に転写し、この膜をスキムミルク等でブロッキング処理した後に、上記抗アクアポリン1抗体を膜と反応させ、次いで化学発光物質、蛍光物質、あるいは酵素(西洋ワサビパーオキシダーゼ等)で標識した二次抗体を結合させ、更に標識物質に応じた検出操作を行う。膜上にアクアポリン1が存在する場合には検出することができる。なお、ウエスタンブロット法による具体的な検出方法は後記実施例に記載されている。
【0032】
特に本発明の方法では、血液サンプル中のアクアポリン1の量を、対照となる血液サンプルのアクアポリン1の量との相対的な関係(すなわち、アクアポリン1量が多いか少ないか)を求めている。したがって、血液サンプル間でアクアポリン1の量を比較する際には、比較する血液サンプルに含まれるタンパク質総量を略同量とするか、タンパク質総量に基づいてアクアポリン1の量を補正することが好ましい。
【0033】
また、本発明の方法では、エクソソーム中のアクアポリン1の量を測定する場合、比較する血液サンプルに含まれるエクソソーム総量を略同量とするか、エクソソーム量の指標に基づいてアクアポリン1の量を補正することが好ましい。ここで、エクソソーム量の指標としては、エクソソーム内部に存在するエクソソームのマーカー分子として知られているAlixタンパク質やTSG101タンパク質を挙げることができる。すなわち、これらAlixタンパク質やTSG101タンパク質の量に基づいて、比較する血液サンプル中のエクソソームが略同量であることを確認したり、測定したアクアポリン1の量を補正したりすることが好ましい。
【0034】
6. 診断方法
本発明では血液サンプル中のアクアポリン1の量を測定し、同量の減少を指標として急性腎不全を診断する。
【0035】
本発明において「診断」とは、典型的には、被検体が急性腎不全に罹患しているか否かの判定(狭義の診断)を意味するが、これには限定されず、急性腎不全の重症度の判定、治療の効果の判定、および治療後に急性腎不全を再発する危険性が存在するか否かの判定をも包含する概念(広義の診断)である。実施例に示すように血液サンプル中のアクアポリン1の量は早期の急性腎不全においても顕著に減少することから、本発明の方法は急性腎不全の早期診断に有用であるといえる(なおこの場合、「診断」は狭義の意味で用いられる)。
【0036】
また、実施例に示すように、血液サンプル中のアクアポリン1の量は、近位尿細管に障害を有する急性腎不全においても顕著に減少することから、本発明の方法は近位尿細管に障害を有する急性腎不全の診断に有用であるといえる。言い換えると、血液サンプル中のアクアポリン1の量が減少した場合、急性腎不全のうち近位尿細管の障害を疑うことができる。
【0037】
被検体が急性腎不全に罹患しているか否かの判定の際には、健常検体の血液サンプル中のアクアポリン1量を基準とすることができる。治療の効果の判定の際には、治療前の被検体における血液サンプル中のアクアポリン1量を基準値とすることもできる。本発明では、対比対象となるこれらの検体を「対照検体」と称する。
【0038】
本発明の方法では、典型的には、被検体の血液サンプルのアクアポリン1量を測定し、当該量と、対照検体の血液サンプル中のアクアポリン1量とを対比し、前者が後者より少ないときに、被検体が急性腎不全に罹患している若しくは近位尿細管に障害がある、あるいは対照検体と比較してより重度の急性腎不全患者であると判断する。
【0039】
対照検体の血液サンプル中のアクアポリン1量の測定は、被検体の血液サンプル中のアクアポリン1量の測定と同様の手順で行うことができる。対照検体の血液サンプル中のアクアポリン1量は、被検体の採血のたびに測定してもよいし、事前に測定しておいてもよい。
【0040】
本発明の方法では、被検体の尿サンプル(特許第5162751号)ではなく、血液サンプルのアクアポリン1の量を測定している。被検体が急性期腎不全に罹患している場合、排尿障害に起因して排尿量が少ない場合がある。この場合、尿サンプルを採取することが困難でありアクアポリン1の量を正確に測定できないことが考えられる。また、被検体がヒトを除く動物である場合、血液の採取に比べて尿の採取は著しく困難である。このように、本発明の方法はアクアポリン1の量を高精度に且つ簡便に測定でき、急性腎不全の正確且つ迅速な診断に寄与することができる。
【0041】
7. 診断薬又は診断用キット
本発明はまた、アクアポリン1に特異的に結合し得る抗体を含む、急性腎不全の診断薬に関する。
【0042】
本発明の診断薬は、必要な試薬とともにキット化することもできる。例えば診断キットには、抗アクアポリン1抗体、標識化された二次抗体、検出のための試薬等の必要な構成要素が含まれ得る。
キットには更に、緩衝液、洗浄液、使用説明書等が含まれていてもよい。
【0043】
これらの診断薬又は診断キット中の抗体は、本明細書に開示する、血液サンプル中のアクアポリン1の量を指標とした急性腎不全の診断方法のために使用される。
【実施例
【0044】
1. 実験手順
本実施例では、近位尿細管を特異的に障害するモデルを、腎を虚血再灌流することによって作製した。実際には、9週齢雄性SDラットの右腎を摘出し、その7日後に、左腎を虚血再灌流して作製した。対照群には、右腎を摘出後、上記の虚血再灌流処置の代わりに、左腎のみの腎門部を露出した操作を加えたものを用いた。虚血再灌流7日後に、採血を実施した。血液検査の結果(表1)から、今回の処置により腎不全が生じていることを確認した。
【0045】
【表1】
【0046】
また採血した全血サンプルから以下の手順に従ってエクソソーム分画を単離した。まず、被検体から採取した血液にヘパリンNaを所定の最終濃度(5 U/mL)となるように混合し、その後、1000×gで20分間遠心分離し、上清を回収することで血漿を調製した。次に、得られた血漿を1000×gで30分間遠心して上清を回収し、プロテアーゼ阻害剤を加えた後、17,000×gで45分間遠心した。その後、この上清を200,000×gで1時間遠心することにより、沈査をエクソソーム画分として回収した。
【0047】
得られたエクソソーム分画を用いて以下の手順に従って、アクアポリン1タンパク質をウエスタンブロット法で定量解析した。なお、アクアポリン1タンパク質は、糖鎖修飾を受けたもの(糖鎖AQP1)とそうでないもの(糖鎖なしAQP1)が知られている。本実施例では、それぞれを定量した場合とそれらを合わせた(総AQP1)場合の両方を行った。
【0048】
まず、各サンプルは4×サンプルバッファー(0.5 M Tris-HCl、8% SDS、50% glycerol、0.01% bromophenol blue、0.2 M DTT)と混合し、37℃で30分間インキュベートしてタンパク質サンプルとしてSDS-PAGEを行い、ゲル内のタンパク質はセミドライタイプ(KS-8460、マリソル、Tokyo)のブロッティング装置を用いてpolyvinylidene difluoride(PVDF)膜に転写した。転写後、TBS中にてローテーターで振盪しながら洗浄(15分、2回)し、5%スキムミルク、Tween-20を含むTBS(5% SM TTBS)でブロッキング(オーバーナイト、4℃)した。ブロッキング後、1.6% SM TTBSで1:100に希釈した1次抗体(抗アクアポリン1抗体、Santa Cruz社製、カタログ番号SC-20810)を60分間反応させた(室温)。反応後、TTBSで1次抗体を洗浄(5分間、2回)し、1.6% SM TTBSで1:1000に希釈した2次抗体(抗ウサギIgG抗体)を反応させた後、TTBSで洗浄(5分間、4回)し、最後にTBS(10分間、1回)で洗浄した。バンドの可視化はSuperSignal(登録商標) West Femto Maximam Sensitivity Subatrate(PIERCE社、IL)を用いて発光させ、ImageQuant LAS 4000mini(GEヘルスケア・ジャパン社)によって撮影し、附属のソフトウェアを用いて分子量25kDa付近のバンドから糖鎖なしAQP1を、分子量30~37 kDaの範囲のバンドから糖鎖AQP1を定量した。
【0049】
また、本実施例では、エクソソームのマーカータンパク質であるAlixタンパク質及びTSG101についてもウエスタンブロット法により解析した。これらAlixタンパク質及びTSG101については、それぞれabcam社製抗Alix抗体(カタログ番号ab186429)およびabcam社製抗TSG101抗体(カタログ番号ab25011)を使用した。
【0050】
2.実験結果
図1にウエスタンブロット法による解析結果を示した。また、図1に示したSDS-PAGEの電気泳動写真に基づいて糖鎖AQP1、糖鎖なしAQP1及び総AQP1をそれぞれ定量した結果を図2に示した。なお、図1に示したように、エクソソームのマーカータンパク質であるAlixタンパク質及びTSG101タンパク質の量は、対照群と虚血再灌流処置群との間で有意な差が認められなかった。したがって、今回のサンプルはほぼ同量のエクソソームを含んでいたことが確認できた。
【0051】
図1及び2に示した結果から、本実施例で作製した近位尿細管障害を有する急性腎不全モデルにおいては、血中エクソソームに含まれるアクアポリン1の量が有意に減少していることが明らかとなった。
【0052】
本実施例の結果から、血液中のアクアポリン1の量を測定するだけで、近位尿細管障害を検出できることが示された。そのため、生研診断など患者の痛みを伴う診断方法を使わずとも、本発明を適用することで近位尿細管障害を診断することができ、慢性腎不全や急性腎不全の病態を把握できることが示唆された。
図1
図2
【配列表】
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