(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-24
(45)【発行日】2022-02-01
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
C23C 18/34 20060101AFI20220125BHJP
F16C 17/04 20060101ALI20220125BHJP
F16C 33/10 20060101ALI20220125BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20220125BHJP
F16C 33/14 20060101ALI20220125BHJP
【FI】
C23C18/34
F16C17/04 Z
F16C33/10 Z
F16C33/12 Z
F16C33/14 Z
(21)【出願番号】P 2017184112
(22)【出願日】2017-09-25
【審査請求日】2020-09-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100205833
【氏名又は名称】宮谷 昂佑
(72)【発明者】
【氏名】藤田 哲
(72)【発明者】
【氏名】植田 晃茂
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開平01-121584(JP,A)
【文献】特開昭62-045915(JP,A)
【文献】特開平02-191891(JP,A)
【文献】特開平06-025898(JP,A)
【文献】特開昭51-147431(JP,A)
【文献】特開昭54-102237(JP,A)
【文献】国際公開第03/098718(WO,A1)
【文献】特開2010-163665(JP,A)
【文献】特開平05-029517(JP,A)
【文献】特開2007-308801(JP,A)
【文献】特開2000-343644(JP,A)
【文献】特開昭64-032087(JP,A)
【文献】特開2007-162069(JP,A)
【文献】"Effect of heat treatment on electroless ternary nickelcobaltphosphorus alloy",Journal of Applied Electrochemistry,2002年,Vol.32,p.439-446
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 18/00-18/54
F16C 17/00-17/26
F16C 33/00-33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の上に形成された中間層と、前記中間層の上に形成されたNi-P-Coめっき皮膜と、を有する摺動部材であって、
前記Ni-P-Coめっき皮膜は、Coを3.4質量%以上10.0質量%未満、Pを0.05質量%以上5.0質量%以下含有し、かつ残部がNi及び不可避的不純物からなり、
前記Ni-P-Coめっき皮膜の弾性率が80GPa以上160GPa以下であ
り、
前記Ni-P-Coめっき皮膜のビッカース硬度がHV650以上HV850以下であることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記基材がアルミニウム又はアルミニウム合金である、請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記基材は、遷移金属元素を含有するAl-Si系合金であり、かつロックウェル硬度がHRB80以上である、請求項1に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記Ni-P-Coめっき皮膜の厚さが3μm以上30μm以下である、請求項1~
3のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項5】
前記中間層は、厚さが1μm以上5μm以下である、請求項1~
4のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項6】
前記中間層は、Ni-Pめっき皮膜である、請求項1~
5のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項7】
前記摺動部材がコンプレッサ用ベーンである、請求項1~
6のいずれか一項に記載の摺動部材。
【請求項8】
前記摺動部材が内燃機関の動弁機構のバルブリテーナーである、請求項1~
6のいずれか一項に記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni-P-Coめっき皮膜を有する摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
カーエアコン用コンプレッサ等は、シリンダ等の相手材と、該相手材と摺動する摺動面を有するベーン等の摺動部材を有しており、軽量化を目的として、相手材と摺動部材にはアルミニウム合金が用いられることが多い。ところが、摺動面ではアルミニウム合金同士が直接摺動し、摺動部材と相手材との間で摩耗や焼付きが生じるという問題がある。この対策として、摺動部材の表面にめっき皮膜を被覆することによって、アルミニウム合金同士が直接摺動するのを回避している。
【0003】
例えば、カーエアコン用のロータリー型コンプレッサ用ベーンにおいては、アルミニウム合金の基材の表面にNiめっき皮膜を被覆することによって、アルミニウム合金同士が直接摺動するのを回避している。Niめっき皮膜としては、例えば、Pを含有し、残部がNi及び不可避的不純物からなる無電解Ni-Pめっき皮膜や、Bを含有し、残部がNi及び不可避的不純物からなる無電解Ni-Bめっき皮膜や、P及びBを含有し、残部がNi及び不可避的不純物からなる無電解Ni-P-Bめっき皮膜や、P、Co、及びWを含有し、残部がNi及び不可避的不純物からなる無電解Ni-P-Co-Wめっき皮膜などが挙げられる。
【0004】
無電解Ni-Pめっき処理は、一般にめっき浴が安定しているので、高速での皮膜形成に適しており、工業的にも広く利用されている。特許文献1では、P含有量が8~10%の無電解Ni-Pめっき皮膜をベーンの外表面やシリンダブロックの内周面に形成した後、熱処理によって皮膜の硬度をHV700~800に高めることが提案されている。
【0005】
また、無電解Ni-Bめっき処理によれば、無電解Ni-Pめっき処理に比べて高い硬度を有する皮膜を得ることができることが知られている。特許文献2では、熱処理を施さなくともHV850以上のビッカース硬度を有する無電解Ni-Bめっき皮膜が提案されている。また、特許文献3では、基材の硬度に影響を与えない温度域での熱処理によってHV800以上の硬度が得られる無電解Ni-P-Bめっき皮膜が提案されている。
【0006】
また、特許文献4では、室温(25℃)から高温(200~400℃)の温度域で高い硬度を示す無電解Ni-P-Co-Wめっき皮膜が提案されている。特許文献4では、Ni-Pめっき皮膜に対して、Coを1質量%以上50質量%以下の範囲で添加することで高温硬度の向上を図るとともに、Wを1質量%以上20質量%以下の範囲で添加することで高温硬度に悪影響を与えることなく、室温硬度を向上させることができることが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭64-32087号公報
【文献】特開2015-30885号公報
【文献】特開平8-158058号公報
【文献】特開2007-162069号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1では、熱処理を施す前のNi-Pめっき皮膜の硬度はHV550程度であり、実用的に要求されるHV650~850の硬度を得るには200℃以上の高温域での熱処理が必要となる。しかし、このような高温域での熱処理は、基材として熱処理硬化型アルミニウム合金や樹脂を用いる場合、基材の強度を低下させてしまう。そのため、実際のカーエアコン用のロータリー型コンプレッサ用ベーンにおける皮膜には高温域での熱処理が施されておらず、皮膜の硬度はHV550程度にしか到達していないのが現状である。このように皮膜の硬度が低いと、ベーンとして十分な耐摩耗性が得られない。
【0009】
また、特許文献2では、熱処理を施さなくともHV850以上の高い硬度を有する無電解Ni-Bめっき皮膜が得られ、特許文献3では、基材の硬度を著しく低下させることのない温度域での熱処理によってHV800以上の高い硬度を有する無電解Ni-P-Bめっき皮膜が得られるが、特許文献2、3のようにBを含むめっき処理には以下のような問題がある。すなわち、Bを含むめっき処理では、還元剤としてホウ水素化ナトリウムやジエチルアミンボランやジメチルアミンボランなどのホウ素化合物を含むめっき液が用いられる。これらのホウ素化合物は、取扱いが難しく、めっき液に添加すると安定性を損なう。例えば、ホウ水素化ナトリウムは、酸性水溶液中で加水分解し、BH4
-とNi2
+が結合して難溶性塩が生じるため、強アルカリ液にしか適用できない。また、ジエチルアミンボランは水に難溶性の物質である。また、ジメチルアミンボランは、pH5以下の低pH環境では加水分解反応による自己分解を起こすので、めっき皮膜の形成に関与しない還元剤の消費が生じてしまう。このように、Bを含むめっき処理では、還元剤の取扱いが難しいので、めっき液の管理が困難となる。また、還元剤の分解に伴って、摺動部材の表面以外でもNiが析出し、このNiがめっき液中を漂って摺動部材の表面に付着すると、その表面には凸部が形成され、粗さ不良が発生してしまうので、所望の表面粗さを有する摺動部材を安定的に得ることができない。
【0010】
また、特許文献4では、摺動特性に優れた摺動部材を得るべく、Ni-Pめっき皮膜に対してCoとWを添加することで、皮膜の硬度を高めているものの、カーエアコン用のロータリー型コンプレッサ用ベーンのように、局所的な荷重が加わる高負荷環境下で使用される摺動部材にこの皮膜を適用することを想定すると、摺動部材の耐摩耗性をさらに向上させることが求められる。
【0011】
そこで本発明は、上記課題に鑑み、Bを含まないめっき皮膜によって耐摩耗性をさらに向上させた摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討したところ、摺動部材の弾性率が低いと、摺動部材が相手材に押し付けられた際に摺動部材の変形が大きくなるため、相手材との摺動面積が大きくなり、結果として摺動部材の摩耗量が増えることから、高い弾性率を有する皮膜を被覆した摺動部材は高い耐摩耗性を有するのではないかという着想を得た。そして、本発明者らは、高い弾性率を有する皮膜を開発すべく鋭意検討した結果、低P型のNiめっき皮膜に所定量のCoを添加すると弾性率が高くなることを知見した。そして、この皮膜で基材の表面を被覆した摺動部材を作製したところ、摺動部材の耐摩耗性が向上することを確認し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
本発明は、上記知見に基づいて完成されたものであり、その要旨構成は以下のとおりである。
(1)基材と、前記基材の上に形成されたNi-P-Coめっき皮膜と、を有する摺動部材であって、
前記Ni-P-Coめっき皮膜は、Coを3.4質量%以上10.0質量%未満、Pを0.05質量%以上5.0質量%以下含有し、かつ残部がNi及び不可避的不純物からなることを特徴とする摺動部材。
【0014】
(2)前記基材がアルミニウム又はアルミニウム合金である、上記(1)に記載の摺動部材。
【0015】
(3)前記基材は、遷移金属元素を含有するAl-Si系合金であり、かつロックウェル硬度がHRB80以上である、上記(1)に記載の摺動部材。
【0016】
(4)前記Ni-P-Coめっき皮膜の弾性率が80GPa以上160GPa以下である、上記(1)~(3)のいずれか一つに記載の摺動部材。
【0017】
(5)前記Ni-P-Coめっき皮膜のビッカース硬度がHV650以上HV850以下である、上記(1)~(4)のいずれか一つに記載の摺動部材。
【0018】
(6)前記Ni-P-Coめっき皮膜の厚さが3μm以上30μm以下である、上記(1)~(5)のいずれか一つに記載の摺動部材。
【0019】
(7)前記基材と前記Ni-P-Coめっき皮膜との間に、厚さが1μm以上5μm以下の中間層をさらに有する、上記(1)~(6)のいずれか一つに記載の摺動部材。
【0020】
(8)前記摺動部材がコンプレッサ用ベーンである、上記(1)~(7)のいずれか一つに記載の摺動部材。
【0021】
(9)前記摺動部材が内燃機関の動弁機構のバルブリテーナーである、上記(1)~(7)のいずれか一つに記載の摺動部材。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、Bを含まないめっき皮膜によって耐摩耗性をさらに向上させた摺動部材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】各発明例および比較例について、(A)は、Ni-P-Coめっき皮膜におけるCo含有量と擬弾性率との関係を示し、(B)は、Ni-P-Coめっき皮膜におけるCo含有量とビッカース硬度との関係を示し、(C)は、Ni-P-Coめっき皮膜におけるCo含有量と摩耗深さとの関係を示すグラフである。
【
図2】(A)は、摩擦摩耗試験に用いた2ピン式のテストピースの模式図であり、(B)は、擬弾性率および硬度の測定に用いる、テストピースから切り出したサンプル片の模式図であり、(C)は、該テストピースを用いた2ピン式のピンオンディスク試験機の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の摺動部材の一実施形態を説明する。本実施形態の摺動部材は、基材と、該基材の上に形成されたNi-P-Coめっき皮膜と、を有する。
【0025】
本実施形態における基材は、純アルミニウム、アルミニウム合金、アルミ複合材料、マグネシウム合金や樹脂などの軽量材であれば、その合金系や材質は特に限定されない。アルミニウム合金としては、例えば、2000系、4000系、6000系、7000系などのアルミニウム系合金や、ADC10、ADC12、ADC14、A390などの高Siアルミニウム合金が挙げられる。アルミ複合材料としては、原料粉末のアトマイズ粉末に窒化珪素やアルミナなどのセラミックス粒子を混合させることにより、複合化したものが挙げられる。また、カーエアコン用のロータリー型コンプレッサにおける摺動部材のように、150℃程度の高温環境下、かつ高負荷の摺動環境下で作動する摺動部材や、内燃機関の動弁機構に用いられる摺動部材のように、高温高面圧での摺動環境下で作動する摺動部材には、公知の急冷凝固アルミニウム合金を基材として用いることが好ましい。急冷凝固アルミニウム合金は、Fe、Ni、Mn等の遷移金属元素や多量のSiを含有するため、高い強度を有し、かつ熱負荷にも強いという特性を有する。この急冷凝固アルミニウム合金は、公知の急冷凝固法を用いて作製することができる。すなわち、Fe、Ni、Mn等の遷移金属元素や多量のSiを含有するAl-Si系合金溶湯をエアアトマイズ法などのアトマイズ法により急冷凝固して得た粉末を圧縮成形して圧粉体とし、この圧粉体を熱間押出し法により固化させて押出材とした後に、この押出材に溶体化処理および時効処理を施すことによって、ロックウェル硬度がHRB80以上に調整されたAl-Si系合金の基材を作製することができる。
【0026】
本実施形態におけるNi-P-Coめっき皮膜は、Coを3.4質量%以上10.0質量%未満の範囲で含有する。Co含有量が3.4質量%未満または10.0質量%以上となると、皮膜の弾性率が低く、摺動部材として十分な耐摩耗性が得られない。このように本実施形態では、Ni-P-Coめっき皮膜中のCo含有量を3.4質量%以上10.0質量%未満にすることが重要である。すなわち、摺動部材の耐摩耗性を向上させるには、従来のように皮膜の硬度を高めるだけでは不十分であり、皮膜の弾性率も高めることが重要である。そして、皮膜中のCo含有量を上記範囲に調整すると皮膜の弾性率が高くなることに起因して、摺動部材の耐摩耗性が向上するので、優れた摺動特性を有する摺動部材が得られるのである。なお、皮膜の弾性率をさらに高めるには、Co含有量を4.6質量%以上8.2質量%以下とすることが好ましく、さらに5.5質量%以上7.3質量%以下とすることがより好ましい。
【0027】
本実施形態におけるNi-P-Coめっき皮膜は、Pを0.05質量%以上5.0質量%以下の範囲で含有する。P含有量が0.05質量%未満となると、めっき液中の還元剤の量が不足するため、めっき処理が困難になる。また、P含有量が5質量%を超えると、皮膜の結晶性が非晶質となって硬度が著しく低下し、摺動部材として十分な耐摩耗性が得られなかったり、基材としてAl-Si系合金を用いる場合には、合金中の初晶Siの影響により、皮膜に異常摩耗が発生したりする。
【0028】
本実施形態におけるNi-P-Coめっき皮膜における残部は、Ni及び不可避的不純物からなる。このように本実施形態では、皮膜中にBが含まれない。そのため、めっき液中の還元剤にもBが含まれないので、めっき液の管理が容易となり、また摺動部材の製造時にその表面に粗さ不良が発生しにくく、所望の表面粗さを有する摺動部材を安定的に得ることができる。なお、Ni-P-Coめっき皮膜には、硬質粒子を分散させることができる。
【0029】
以下では、本実施形態の摺動部材におけるNi-P-Coめっき皮膜の特性を説明する。
【0030】
本実施形態において、Ni-P-Coめっき皮膜の弾性率は、Ni-P-Coめっき被膜中のCo含有量を3.4質量%以上10.0質量%未満にしたことによって、80GPa以上160GPa以下、あるいは80GPa以上120GPa以下とすることができる。皮膜の弾性率を80GPa以上とすることによって、摺動部材として十分な耐摩耗性を得ることができる。なお、詳細は後述するが、本明細書における「弾性率」は、公知のナノインデンテーション法を用いて測定される擬弾性率を意味する。
【0031】
本実施形態のNi-P-Coめっき皮膜のビッカース硬度は、HV650以上HV850以下である。ビッカース硬度がHV650以上であれば、摺動部材として十分な耐摩耗性を得ることができ、HV850以下であれば皮膜が脆くならず、基材から剥離するおそれもない。なお、本実施形態のNi-P-Coめっき皮膜は、低P型のNi-Pめっきをベースとするため、200℃以上のような高温域での熱処理を施さなくとも、めっきのままで実用的に要求されるHV650以上HV850以下という硬度を有する。
【0032】
本実施形態において、Ni-P-Coめっき皮膜の厚さは、3μm以上30μm以下とすることが好ましい。3μm以上であれば、摺動部材を長期間使用しても基材が露出するおそれがなく、30μm以下であれば、めっき処理において皮膜の析出時間を抑制することができるので、生産性が悪化するおそれがないからである。
【0033】
続いて、本実施形態の摺動部材の作製方法を、無電解Niめっき処理によりNi-P-Coめっき皮膜を作製する場合を例として説明する。なお、本発明におけるNi-P-Coめっき皮膜は、上記の組成を満足するものであれば、無電解Niめっき処理により作製されるものに限定されず、公知の電解Niめっき処理により作製されるものでもよい。
【0034】
本実施形態の摺動部材は、基材の上に無電解Niめっき処理によりNi-P-Coめっき皮膜を形成することで作製することができる。無電解Niめっき処理によれば、カーエアコン用のロータリー型コンプレッサ用ベーンや、内燃機関の動弁機構のバルブリテーナーのように基材が複雑な形状を有する場合であっても、均一な膜厚を有する皮膜を形成することができる。本実施形態における無電解Niめっき処理は、皮膜におけるCo含有量が3.4質量%以上10.0質量%未満、P含有量が0.05質量%以上5.0質量%以下、かつ残部がNi及び不可避的不純物となるように、めっき液におけるCo濃度、P濃度、及びNi濃度を公知の方法で適宜調整することによって行うことができる。なお、めっき処理の処理時間は、皮膜の厚さが3μm以上30μm以下となるように適宜調整することができ、具体的には20分~3時間とすることが好ましい。
【0035】
また、皮膜の密着性を向上させる観点から、前処理として公知のダブルジンケート処理を行った後に、上記無電解Niめっき処理を行うことが好ましい。ダブルジンケート処理では、脱脂処理、アルカリエッチング処理、混酸処理、亜鉛置換処理、硝酸処理、再亜鉛置換処理をこの順で行う。なお、亜鉛は、その後の無電解Niめっき処理によりNiに置換されるので、皮膜に残存しない。
【0036】
このようにして、本実施形態の摺動部材を作製することができる。
【0037】
本実施形態の摺動部材は、例えばコンプレッサが備える摺動部材として使用することができ、特にカーエアコン用コンプレッサのベーンのように摺動面が曲率を有する摺動部材として有用であり、ベーンの耐摩耗性がさらに向上する。
【0038】
また、本実施形態の摺動部材は、内燃機関が備える摺動部材としても使用することができ、特に、内燃機関の動弁機構のバルブリテーナーのように複雑な形状を有する摺動部材として有用である。ここで、内燃機関の動弁機構は、バルブスプリングと、該バルブスプリングと摺動する摺動面を有するバルブリテーナーとを備える。そして、一般に、アルミニウムが用いられるバルブリテーナーには、表面に硬質アルマイト処理が施されており、その表面硬度はHV300程度となっている。一方で、バルブスプリングには、表面にチッカ処理が施された鉄系材料が用いられており、その表面硬度はHV1000程度となっている。そのため、バルブスプリングとバルブリテーナーとが摺動すると、表面硬度の低いバルブリテーナーのほうが摩耗するという状況が発生してしまう。特に、スポーツ二輪の分野では、エンジンの高回転化に対する要求が高く、バルブスプリングの表面硬度が今後も高まる傾向にあり、この状況が顕在化することが考えられる。このような状況において、本実施形態の摺動部材をバルブリテーナーとして使用すれば、バルブリテーナーの耐摩耗性がさらに向上する。
【0039】
但し、本実施形態の摺動部材は、摺動部分を有する機械部品であれば、カーエアコン用コンプレッサのベーンや内燃機関の動弁機構のバルブリテーナーに限定されない。
【0040】
以上、本実施形態を例にして、本発明の摺動部材を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されず、特許請求の範囲において適宜変更を加えることができる。
【0041】
基材にめっき処理を施す際に、Coを含むめっき液が基材に含まれる元素により汚染されるのを抑制するために、基材とNi-P-Coめっき皮膜との間に中間層を設けてもよい。中間層としては、例えば公知の無電解または電解Niめっき処理により作製される安価なNi-Pめっき皮膜を適宜選択することができる。なお、中間層の厚さは1μm以上5μm以下とすることが好ましい。
【0042】
基材がアルミニウム合金のように熱処理可能なものである場合には、Ni-P-Coめっき皮膜を形成した摺動部材に公知の熱処理を施すことによって、皮膜中の結晶成長を促進させて、皮膜の硬度をHV700~1000に高めることもできる。熱処理の雰囲気は、作業性およびコスト等を考慮し、空気、不活性ガス、還元性ガス等から任意に選択することができる。熱処理の温度は、基材の耐熱性および要求される皮膜の硬度を考慮する必要があり、150℃~400℃の範囲とすることが好ましい。基材を熱処理硬化型アルミニウム合金とする場合、熱処理の温度は、基材の強度を著しく低下させないように150℃~200℃の範囲とすることが好ましい。熱処理の時間は、熱処理の温度、所望の硬度、基材の耐熱性および生産性を考慮して適宜決定することができ、30分以上2時間以下とすることが好ましい。このような熱処理は、例えばシリコーンオイル浴に摺動部材を浸漬することによって行うことができる。
【実施例】
【0043】
(発明例1~7及び比較例1~3)
発明例1~7および比較例1~3として、以下に説明する方法で、基材の上に無電解Niめっき処理によりNi-P-Coめっき皮膜が形成された2ピン式のテストピースをそれぞれ3つずつ得た。まず、遷移金属元素を含有するAl-Si系合金溶湯を、エアアトマイズ法により急冷凝固して得た粉末を冷間静水圧プレスで圧縮成形して圧粉体とし、これを熱間押出し法により固化させて押出材とした。この押出材に対して、溶体化処理および時効処理(T6)を施して、硬度をHRB95に調整して、
図2(A)に示す2ピン式のテストピース(基材)を得た。ここで、テストピースの表面粗さは、Ra=0.13~0.16μmとした。なお、テストピースには、R20mmの曲率を有する曲面が形成されている。
【0044】
続いて、前処理として、テストピースにダブルジンケート処理を施した。すなわち、アルカリ脱脂剤(UA-68:上村工業(株)製)を用いてテストピースの表面に付着した油分を除去した後に、アルカリエッチング剤(AZ-102:上村工業(株)製)を用いてテストピースの酸化皮膜を除去し、さらに酸化皮膜を除去する際に生じたスマット(Al(OH)3等)をジスマット剤(AZ-201:上村工業(株)製)及び硝酸水溶液(SG=1.38)を含有する水溶液を用いて除去した。その後、テストピースを亜鉛置換液(LEA-10:上村工業(株)製)に浸漬し、テストピースの表面に亜鉛皮膜を形成した後に、テストピースを硝酸水溶液(SG=1.38)に浸漬して、この亜鉛皮膜を除去した。その後、テストピースを上記亜鉛置換液に再度浸漬して、テストピースの表面に亜鉛皮膜を形成した。
【0045】
続いて、前処理後のテストピースを90℃の中P型のNi-P系のめっき液(KTY-3標準液:上村工業(株)製)に浸漬することで、無電解Niめっき処理によって、テストピースの表面に厚さが2μmで、P含有量が10質量%のNi-Pめっき皮膜を中間層として形成した。続いて、中間層を形成した後のテストピースを、皮膜の成分組成が表1の組成となるように公知の方法でNi濃度、P濃度、及びCo濃度を調整しためっき液に浸漬することで、中間層の上に厚さが20μmのNi-P-Coめっき皮膜を形成した。なお、表1の各元素の含有量は、得られたNi-P-Coめっき皮膜を蛍光X線分析法により測定することで得られたものである。また、前処理および無電解Niめっき処理の各工程間において、テストピースの表面は十分に水洗されており、薬液の混合は生じていない。
【0046】
(比較例4)
比較例4として、上記と同様の方法で前処理したテストピースを、皮膜の成分組成が表1に示す組成となるように公知の方法でNi濃度およびP濃度を調整しためっき液に浸漬することで、無電解Niめっき処理によって、厚さが22μmのNi-Pめっき皮膜を形成した。
【0047】
(比較例5)
比較例5として、上記と同様の方法で中間層を形成したテストピースを、皮膜の成分組成が表1の組成となるように公知の方法でNi濃度、P濃度、及びB濃度を調整しためっき液に浸漬することで、無電解Niめっき処理によって、厚さが20μmのNi-P-Bめっき皮膜を形成した。
【0048】
(評価方法)
各発明例および比較例において、皮膜の擬弾性率および硬度を測定し、またテストピースの耐摩耗性を評価した。
【0049】
<擬弾性率の測定>
各発明例および比較例において、Niめっき皮膜の擬弾性率をナノインデンテーション法にて測定した。すなわち、ダイナミック微小硬度測定装置(DUH-211:島津製作所製)を用いて、ステージの上に載置したテストピースに三角錐型のダイヤモンド圧子(稜間角115°)を押し込むことで得られた「荷重-変位曲線」から擬弾性率を算出した。なお、荷重は490mNとし、負荷速度は35.0mN/sとし、負荷保持時間は10sとし、除荷保持時間は5sとした。また、ダイヤモンド圧子の弾性率は1.14GPaであり、ポアソン比は0.07であった。また、上記の算出において、テストピースのポアソン比は0.336とした。測定結果を表1及び
図1(A)に示す。なお、
図2(B)に示すように、テストピースを長手方向に垂直な平面で切断してサンプル片を得た後に、このサンプル片を樹脂に埋めて、その断面を鏡面研磨してから、上記測定を行った。
【0050】
<硬度の測定>
各発明例および比較例において、Niめっき皮膜の硬度をビッカース硬度計(HM-220D:ミツトヨ製)にて測定した。測定条件は、荷重を50gfとし、負荷保持時間を30sとした。測定結果を表1及び
図1(B)に示す。なお、
図2(B)に示すように、テストピースを長手方向に垂直な平面で切断してサンプル片を得た後に、このサンプル片を樹脂に埋めて、その断面を鏡面研磨してから、上記測定を行った。
【0051】
<耐摩耗性の評価>
各発明例および比較例に対して、
図2(C)に示す2ピン式のピンオンディスク試験機を用いて耐摩耗性を評価した。具体的には、6m/sで回転するディスクに、テストピースのR20mm面を荷重700Nで30分間押し付けた後、テストピースのR20mm面の摩耗深さを測定して、耐摩耗性を評価した。評価結果を表1及び
図1(C)に示す。摩耗深さが小さいほど、耐摩耗性が優れていると判断することができる。なお、
図2(C)に示すディスクは、14%SiのA390材を使用しており、表面粗さはRz=2.0μmである。また、試験中、テストピースとディスクとの接触面には滴下ノズル(不図示)より公知の冷凍機油を5ml/minで滴下した。
【0052】
【0053】
(評価結果の説明)
表1及び
図1(B)に示すように、皮膜中のCo含有量は硬度には影響を及ぼさず、発明例1~7及び比較例1~3のいずれもビッカース硬度はHV680~685程度でほぼ一定であった。ところが、Co含有量が3.4質量%未満の比較例1,2,4とCo含有量が10.0質量%以上の比較例3では、擬弾性率が80GPaを下回っていたので、摩耗深さが3.0μm以上となっており、良好な耐摩耗性が得られなかった。一方で、Co含有量が3.4質量%以上10.0質量%未満の発明例1~7では、擬弾性率が80GPa以上となったので、摩耗深さを3.0μm未満に抑えることができ、Co含有量が5.5質量%以上7.3質量%以下の発明例3~5では、擬弾性率が100GPa以上となっていたので、摩耗深さを2.5μm以下に抑えることができ、より顕著に耐摩耗性が向上した。このことから、摺動部材の摺動特性、具体的には耐摩耗性を向上させるには、皮膜の硬度に着目しただけでは不十分であり、皮膜の弾性率にも着目することが重要であることがわかる。なお、一般に硬度が高く耐摩耗性に優れるとされるBを含む比較例5でも、表1に示すように摩耗深さは3.0μmとなっており、発明例1~7より耐摩耗性が劣っていた。これは、比較例5では、P系還元剤とB系還元剤の2種類の還元剤を使用するので、Ni-P-Coめっき皮膜に比べて、皮膜中の不可避的不純物の種類が多くなり、これが耐摩耗性に影響を与えているものと推察される。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によれば、Bを含まないめっき皮膜によって耐摩耗性をさらに向上させた摺動部材を得ることができる。当該摺動部材は、コンプレッサ部品のベーン、ローター、及びシリンダや、動力伝達部品の変速クラッチ、オートマチック変速装置及び歯車、エンジン部品のピストンリング、ピストンロッド、カムシャフト、バルブリテーナー及びバルブ、軸受部品の球面ベアリング、工具類などに適用することができる。