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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-25
(45)【発行日】2022-02-02
(54)【発明の名称】切削シミュレーション方法および装置
(51)【国際特許分類】
   G05B 19/4069 20060101AFI20220126BHJP
【FI】
G05B19/4069
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2017196099
(22)【出願日】2017-10-06
(65)【公開番号】P2019070916
(43)【公開日】2019-05-09
【審査請求日】2020-09-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1)刊行物名 2017年春季大会学術講演会講演予稿集 発行日 2017年5月22日 発行所 公益社団法人自動車技術会 該当頁 第2548頁~第2552頁 2)刊行物名 Proceedings of the ASME 2017 12th International Manufacturing Science and Engineering Conference 発行日 2017年5月26日 発行所 ASME(AMERICAN SOCIETY OF MECHANICAL ENGINEERS) 該当頁 MSEC2017-2777(p.1-5) 3)刊行物名 2017年度精密工学会秋季大会学術講演会講演予稿集 発行日 2017年9月12日 発行所 公益社団法人精密工学会 該当頁 第999頁~第1000頁
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000822
【氏名又は名称】特許業務法人グローバル知財
(72)【発明者】
【氏名】西田 勇
(72)【発明者】
【氏名】白瀬 敬一
【審査官】木原 裕二
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-356804(JP,A)
【文献】特開2011-212223(JP,A)
【文献】特開2016-162149(JP,A)
【文献】特開2008-287456(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/0054433(US,A1)
【文献】工具切れ刃形状および被切削形状のボクセルモデルによるラジアスエンドミルの切削力シミュレーション,自動車技術会論文集,VoL.49,N0.1January 2018,日本,2018年01月,107-111
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G05B 19/18 - 19/416
G05B 19/42 - 19/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被削材を微小なボクセルが配置されたボクセルモデルで表現する切削シミュレーション方法において、
工作機械の工具切れ刃の形状を微小間隔の3次元の点群で表現し、
前記ボクセルモデルにおける配置位置に対応して各ボクセルに固有のインデクスを付与し、
工具中心軸と前記点群とを結ぶ直線群の1つの移動量が前記ボクセルモデルのボクセルと外接する球の直径以下となる前記工具切れ刃の微小回転角毎に、前記直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行い、微小時間および微小空間の分解能で前記被削材の除去量を予測することを特徴とする切削シミュレーション方法。
【請求項2】
前記干渉判定は、工具の回転軸と直交する平面で分割された微小薄板要素毎に、工具中心軸と前記点群を結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して判定することを特徴とする請求項に記載の切削シミュレーション方法。
【請求項3】
前記被削材の除去量は、各々の前記微小薄板要素における前記干渉判定により算出した前記インデクスのボクセルの個数を合算したボクセル数とボクセルサイズに基づき算出することを特徴とする請求項に記載の切削シミュレーション方法。
【請求項4】
前記ボクセルモデルは、最小ボクセルサイズのボクセルで表現されることを特徴とする請求項1~の何れかに記載の切削シミュレーション方法。
【請求項5】
前記ボクセルモデルは、第1の最小ボクセルサイズの第1のボクセルで表現され、前記干渉判定により算出されたインデクスの第1のボクセルは、更に第2の最小ボクセルサイズの第2のボクセルで表現され、配置位置に対応して各々の第2のボクセルに固有のインデクスを付与することを特徴とする請求項1~の何れかに記載の切削シミュレーション方法。
【請求項6】
前記工具切れ刃の形状が切削加工中に静的又は動的に変形する場合には、
前記変形に応じて、前記点群を変更することを特徴とする請求項1~の何れかに記載の切削シミュレーション方法。
【請求項7】
前記工具切れ刃の微小回転角毎に、予測した前記被削材の除去量に基づき、前記工具の切削力または切削トルクを、更に予測することを特徴とする請求項1~の何れかに記載の切削シミュレーション方法。
【請求項8】
請求項の切削シミュレーション方法を用いて、工作機械の工具の切削力または切削トルクを予測し、
予測した切削力または切削トルクに応じて、前記工作機械の切削加工指令を変更し、工具経路を再生成することを特徴とする切削力適応制御方法。
【請求項9】
請求項の切削シミュレーション方法を用いて、工作機械の工具の切削力または切削トルクを予測し、
予測した切削力または切削トルクに応じて、前記工作機械の工具送り速度と工具回転速度の少なくとも何れかを増減することを特徴とする切削力適応制御方法。
【請求項10】
被削材が微小なボクセルが配置されたボクセルモデルで表現され、前記ボクセルモデルにおける配置位置に対応して各ボクセルに固有のインデクスが付与された被削材データと、
前記工作機械の工具切れ刃の形状が3次元の点群で表現された工具切れ刃形状データと、
前記被削材データ、前記工具切れ刃形状データ、および、前記被削材と前記工具切れ刃の位置データを用いて、工具中心軸と前記点群とを結ぶ直線群の1つの移動量が前記ボクセルモデルのボクセルと外接する球の直径以下となる前記工具切れ刃の微小回転角毎に、前記直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行う干渉判定部と、
干渉判定部で算出されたボクセル数とボクセルサイズに基づき、微小時間および微小空間の分解能で前記被削材の除去量を予測する除去量予測部、
を備えたことを特徴とする切削シミュレータ装置。
【請求項11】
前記工具切れ刃の微小回転角毎に、予測した前記被削材の除去量に基づき、前記工具の切削力を予測する切削力予測部を更に備えたことを特徴とする請求項10に記載の切削シミュレータ装置。
【請求項12】
請求項10又は11の切削シミュレータ装置がコンピュータで構成され、前記装置に搭載されるプログラムであって、
前記干渉判定部と前記除去量予測部として、コンピュータを機能させるための切削シミュレータプログラム。
【請求項13】
リアルタイムに工作機械の工具経路を生成する工具経路生成部を有し、切削加工パラメータで制御され、前記工作機械に対して切削加工中に切削加工指令を動的に変更して逐次出力する逐次指令部を備えた適応制御システムであって、
被削材が微小なボクセルが配置されたボクセルモデルで表現され、前記ボクセルモデルにおける配置位置に対応して各ボクセルに固有のインデクスが付与された被削材データと、
前記工作機械の工具切れ刃の形状が3次元の点群で表現された工具切れ刃形状データと、
前記被削材データ、前記工具切れ刃形状データ、および、前記被削材と前記工具切れ刃の位置データを用いて、工具中心軸と前記点群とを結ぶ直線群の1つの移動量が前記ボクセルモデルのボクセルと外接する球の直径以下となる前記工具切れ刃の微小回転角毎に、前記直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行う干渉判定部と、
干渉判定部で算出されたボクセル数とボクセルサイズに基づき、微小時間および微小空間の分解能で前記被削材の除去量を予測する除去量予測部、
前記工具切れ刃の微小回転角毎に、予測した前記被削材の除去量に基づき、前記工具の切削力を予測する切削力予測部と、
予測した切削力から算出した切削トルクに応じて、前記切削加工パラメータを動的に変更する切削加工パラメータ変更部、
を備え前記切削加工パラメータに応じて、前記工具経路を再生成し、前記切削加工指令を動的に変更することを特徴とする切削力適応制御システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械加工の分野における切削加工プロセスの切削シミュレーション方法および装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
工作機械による切削加工の加工効率を向上させるためには、加工状況を把握し切削条件を適切に設定することが重要となる。加工状況を把握する一つの指標として切削力が挙げられる。切削力はその時の加工状態を表し、また加工面の精度に影響する工具や被削材の変形量を予測するための有用な情報である。従来から、切削力を推定する研究が行われ、これまでに多くの切削力モデルが提案されており、近年では非常に精度の高い切削力シミュレーションが行えるようになってきている。しかし、こうした切削力モデルは工具の切れ刃と被削材の幾何学的な関係に基づいて作成した数学モデルであり、加工形態が変化する場合にはそれに応じた数学モデルを作成しなければならず、様々な加工状況のシミュレーションを行うには、かなりの労力が必要であるといった問題がある。また、加工中の被削材の形状変化が複雑になって、工具の切れ刃と被削材の接触状況が一様でなくなると数学モデルで表現することが難しく、切削力の予測が難しいという問題点もある。
【0003】
また、例えばエンドミルのように複雑な切れ刃形状をした工具では、加工時の切削力を予測するには、切込み、送り、切削速度などの基本的な加工条件以外に、工具の変形、摩耗、被削材の特性など、切削現象に関するあらゆる影響因子を考慮した切削力モデルを作成しなければならないにもかかわらず、切削現象は、力学的に見れば高ひずみ速度下での連続的な破壊現象であり、きわめて複雑な物理現象であるため、あらゆる因子を考慮してモデル化することは困難であり、影響の大きい支配的な因子のみに注目して、切削現象を近似的に定式化することが行われているのが実状である。
【0004】
従来からエンドミル加工の切削力を予測する種々の切削力モデルが提案されており、平均切削力モデル (Average Rigid Force, Static Deflection Model)、瞬間切削力モデル (Instantaneous Rigid Force Model)、瞬間切削力モデル/静変形モデル (Instantaneous Rigid Force, Static Deflection Model)、工具変形を考慮した瞬間切削力モデル (Instantaneous Force with Static Deflection Feedback Model)、および、切り屑再生効果を考慮した瞬間切削力モデル/動変形モデル (Regenerative Force, Dynamic Deflection Model)といった5種類のモデルに主に分類されている。
上記5種類の切削力モデルのうち、瞬間切削力モデルでは、工具切れ刃と被削材の干渉量から比較的容易に現実的な切削力の計算を行うことができる。瞬間切削力モデルでは、エンドミルのねじれ刃による複雑な切削機構が考慮され、現実的な切削力の計算をすることが可能であり、また、エンドミルを工具回転軸方向に沿って微小薄板要素に分割して個々の要素ごとに微小切削力を計算し、微小切削力を力の方向を考慮しながら足し合わせることによって、工具全体の切削力を求めることができる。
工具切れ刃と被削材の干渉量を算出するために、3次元CADのソリッドカーネルを用いて被削材の形状変化を再現する方法、Z-Mapモデル(Z軸データに限定した2次元配列)を用いて工具軸方向からの被削材の表面形状を推定して工具との干渉量を推定する方法、被削材の3次元形状を小さな立方体(ボクセル)の集合で表現するボクセルモデルを用いて工具との干渉量を推定する方法、さらにボクセルモデルに工具との距離属性を追加して高精度な推定を行う方法などが提案されている。
【0005】
これらの中でも、ボクセルモデルを用いて離散的に切削現象をシミュレーションする方法(以下、“切削シミュレーション方法”という)では、工具と被削材間の干渉を検出し、複雑な加工形状を簡便に表現することが可能である(例えば、特許文献1、非特許文献1を参照)。
ボクセルモデルを用いた工具と被削材間の干渉判定は、図22に示すように工具1刃当たりの送り量ごとに工具中心を移動させ、工具が新しい位置に移動するごとに工具領域内部に存在するボクセルを探索して、工具と被削材との干渉量を算出する。このとき、工具中心軸に対する各ボクセルの距離Lおよび各ボクセルを包含する球の半径rと工具半径Rとの大小を比較することによって、工具領域内部のボクセルを判定する。
【0006】
従来の切削シミュレーション方法では、工具1刃当たりの送り量ごとに解析を行うことから、工具軌跡を円弧で近似している。そのため、例えばボールエンドミルを工具として用いた際に発生する削り残し(カスプ)がある被削材の表面形状を正しく表現することができず、また、工具1刃当たりの送り量の途中で変化する工具の摩耗や撓みによる静変形や、振動や外部応力による動変形を考慮することが困難であるといった問題がある。
【0007】
また、従来の切削シミュレーション方法では、シミュレーション精度を向上する際に必要となる計算機メモリの総量と、多数のボクセルと工具切れ刃との間での干渉判定の高速化が大きな課題である。ボクセルモデルのデータ量の節約のため、オクトツリ(octree)表現を導入して計算機メモリの消費を抑える方法が知られている。このオクトツリ表現では、工具と干渉したボクセルに対して、各辺2等分により8分割(オクトツリ:8分木)し、立方体の1辺の長さが分割前の1/2となるボクセルに分割する処理を繰り返すことにより、ボクセルの総数を抑制しながら微細な被削材表面形状を表現するものである。
【0008】
オクトツリ表現によるボクセルと工具切れ刃との間での干渉判定は、図23(1)に示すように、被削材を大きいサイズのボクセルで表現しておき、全てのボクセルから工具切れ刃と干渉しているボクセルを探索し、干渉判定されたボクセルに対して、図23(2)に示すように1辺の長さが1/2となるように分割して、分割したボクセルに対して再度工具切れ刃と干渉しているボクセルを探索し、図23(3)に示すように更に1辺の長さを1/2に分割してボクセルを探索し、これらの処理を繰り返すことにより、微細な被削材表面形状の表現を可能とし、切削シミュレーションの精度(分解能)を向上している。
しかしながら、オクトツリ表現による切削シミュレーション方法では、段階的にボクセルサイズを小さくするため、より微細な被削材表面形状を表現する場合に干渉判定の繰り返し処理が多くなる点、工具切れ刃と干渉しているボクセルを各階層で探索する必要がある点が問題であり、シミュレーション処理時間の観点で大きな被削材を高精度に表現することが困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2016-162149号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】白瀬敬一 他、「自律加工実現のための加工除去領域のボクセル表現とボクセル情報を参照した工具モーション制御」、日本機械学会論文集79巻808号(2013-12)、47~56頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述の如く、従来の切削シミュレーション方法では、工具1刃当たりの送り量ごとに、工具切れ刃と被削材の干渉量を算出し実切込み厚さを計算して、切削力の推定を行っている。この場合、工具1刃当たりの送り量の間では切削状態は変化しないことが前提である。このため、実際、振動や工具の撓みや変形などが原因となり、送り量の間に切削状態が変化する場合には、工具軌跡の近似誤差が発生するといった問題があった。
【0012】
また、使用工具が工具軸を回転軸とした回転体形状として被削材との干渉判定を行っており、工具が円柱形状で表現できるスクエアエンドミルや球形状で表現できるボールエンドミルなどの工具に限定される傾向があり、工具軌跡を円弧で近似していることから、カスプがある被削材の表面形状を正しく表現することが困難であった。
【0013】
さらに、オクトツリ表現による切削シミュレーション方法では、段階的にボクセルサイズを小さくするため、より微細な被削材表面形状を表現する場合に繰り返し処理が多く、工具切れ刃と干渉しているボクセルを各階層で探索することから、シミュレーション処理時間の観点で大きな被削材を高精度に表現することが困難であった。
【0014】
切削加工において、加工時の工具切れ刃にかかる負荷評価や、加工後の被削材の仕上げ面の評価は有効であり、それらを精度に良く評価するためには、加工中の被削材の除去量を精緻に計算する必要がある。また、計算に伴う処理時間の高速化が必要である。
【0015】
かかる状況に鑑みて、本発明は、工具1刃当たりの送り量の間における切削状態の変化に追従でき、工具軌跡の近似誤差を解消して、被削材の除去量を予測し、同時に計算に伴う処理時間の高速化を図ることができる切削シミュレーション方法および装置を提供することを目的とする。また、工具1刃当たりの送り量の間における切削状態の変化に追従でき、微小時間および微小空間の分解能で、工具の切削力または切削トルクを予測できる切削力適応制御方法および切削力適応制御システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決すべく、本発明の切削シミュレーション方法は、被削材を微小なボクセルが配置されたボクセルモデルで表現する切削シミュレーション方法において、工作機械の工具切れ刃の形状を微小間隔の3次元の点群で表現し、ボクセルモデルにおける配置位置に対応して各ボクセルに固有のインデクスを付与し、工具切れ刃の微小回転角毎に、工具中心軸と工具切れ刃の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行い、微小時間および微小空間の分解能で被削材の除去量を予測する。
【0017】
本発明の方法では、被削材をボクセル形状表現する従来の切削シミュレーション方法を拡張して、工具切れ刃の形状を微小間隔の点群で離散的に表現し、工具1刃当たりの送り量ごとの解析ではなく、工具切れ刃の微小回転角ごとの解析を行って、微小時間および微小空間の分解能で切削現象のシミュレーションを行い、切削加工プロセス中の工具の静変形や動変形を考慮して被削材の除去量を予測する。
本発明の方法によれば、工具切れ刃の微小回転角毎に、ボクセルとの干渉判定を行い、微小時間および微小空間の分解能で被削材の除去量を予測することで、工具1刃当たりの送り量の間における切削状態の変化に追従でき、工具軌跡の近似誤差を解消できる。また、ボクセルモデルにおける配置位置に対応して各ボクセルに固有のインデクスを付与し、工具中心軸と工具切れ刃の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行うことにより、除去量の予測計算に伴う処理時間の高速化を図ることができる。ボクセルのインデクスは、ボクセルモデルにおける配置位置に対応して各ボクセルに付与された固有の識別子である。
【0018】
ここで、工具切れ刃の微小回転角は、工具中心軸と工具切れ刃の点群とを結ぶ直線群の1つの移動量がボクセルモデルのボクセルと外接する球の直径以下となる回転角である。ボクセルと外接する球の直径以下とするのは、微小回転角が1つの微小ボクセルをスキップするような大きな移動量にならない回転角にするためである。別の表現をすれば、工具切れ刃先端の移動量が最小ボクセルの1辺の距離以下になる回転角である。直線群の1つの移動量が、立方体のボクセルの1辺の長さ、立方体やそれを構成する面の対角線の長さ、ボクセルに内接する円の半径となるように、回転角が設定されてもよい。
【0019】
また、干渉判定は、工具の回転軸と直交する平面で分割された微小薄板要素毎に、工具中心軸と工具切れ刃の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して判定する。ボクセルのインデクスは、ボクセルモデルにおける配置位置に対応して各ボクセルに付与された固有の識別子であり、工具の回転軸と直交する平面で分割された微小薄板要素毎に、工具中心軸と工具切れ刃の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して、3次元形状における被削材と工具の干渉を判定する。工具の回転軸と直交する平面で分割された微小薄板要素毎に、判定することにより、工具の切れ刃の軸方向の形状の違いに対応して、被削材と工具の干渉を判定できる。
【0020】
そして、被削材の除去量は、各々の微小薄板要素における干渉判定により算出したインデクスのボクセルの個数を合算したボクセル数とボクセルサイズに基づき算出する。ボクセルのインデクスを算出することで、除去したボクセル数、すなわち被削材の除去量を算出できる。
【0021】
ボクセルモデルは、最小ボクセルサイズのボクセルで表現されること、すなわち、はじめから最小サイズのボクセルでボクセルモデルを表現することにより、オクトツリ表現の場合のような干渉判定の繰り返し処理がなく、除去量算出処理の高速化を実現できる。
【0022】
また、ボクセルモデルは、第1の最小ボクセルサイズの第1のボクセルで表現され、干渉判定により算出されたインデクスの第1のボクセルは、更に第2の最小ボクセルサイズの第2のボクセルで表現され、配置位置に対応して各々の第2のボクセルに固有のインデクスを付与することでも構わない。
ボクセルサイズを2階層に分け、第1の最小ボクセルサイズのボクセルを更に分割した第2の最小ボクセルサイズのボクセルからなるボクセルモデルを用いて、切削シミュレーションを行ってもよい。例えば、計算機やプログラムの制約によって、はじめから最小ボクセルサイズで表現することが困難な場合がある。大きなサイズの被削材を微小なボクセルサイズで表現する場合で、例えば、1mの立方体形状の被削材を1μmのボクセルサイズで表現する場合、10×10×10=1018の数のインデクスの配列が必要となる。このような場合、計算機やプログラムの配列数の制約によって、実現できず、その場合には、ボクセルサイズを2階層や、必要に応じて3階層に分けざるを得ないのである。
【0023】
また、工具形状が切削加工中に静的又は動的に変形する場合には、変形に応じて、工具切れ刃の形状を表現した3次元の点群を変更することが好ましい。振動や工具の撓みや変形などにより、工具送り量の間に切削状態が変化する場合においても、切削状態の変化に追従でき、工具軌跡の近似誤差を解消できる。
【0024】
本発明の切削シミュレーション方法において、工具切れ刃の微小回転角毎に、予測した被削材の除去量に基づき、工具の切削力または切削トルクを、更に予測することが好ましい。切削力センサを用いず、加工中の切削負荷(切削力あるいは切削トルク)を、予測した被削材の除去量に基づき予測する。これにより、予測した切削トルクに応じて切削条件を逐次変更することにより適応制御を行うことができる。
【0025】
次に、本発明の切削力適応制御方法について説明する。
本発明の切削力適応制御方法は、上述した本発明の切削シミュレーション方法を用いて、工作機械の工具の切削力または切削トルクを予測し、予測した切削力または切削トルクに応じて、工作機械の切削加工指令を変更し、工具経路を再生成する。
本発明の切削力適応制御方法によれば、切削加工中にリアルタイムで工具の切削力を予測し、予測した切削力から算出した切削トルクに基づいて、工作機械に対する切削加工指令を修正し、修正された切削加工指令を工作機械に逐次出力して適応制御を行うことができる。また、修正された切削加工指令をフィードバックして、工作機械の工具経路を再生成することができる。ここで、切削加工指令は、工具移動指令、工具送り速度、工具送り停止指令、工具交換指令、主軸回転速度など対象とする工作機械を操作するための指令を意味する。
【0026】
また、本発明の切削力適応制御方法は、上述した本発明の切削シミュレーション方法を用いて、工作機械の工具の切削力または切削トルクを予測し、予測した切削力または切削トルクに応じて、工作機械の工具送り速度と工具回転速度の少なくとも何れかを増減することでもよい。
【0027】
次に、本発明の切削シミュレータ装置について説明する。
本発明の切削シミュレータ装置は、下記の1)~4)から構成される。
1)被削材が微小なボクセルが配置されたボクセルモデルで表現され、ボクセルモデルにおける配置位置に対応して各ボクセルに固有のインデクスが付与された被削材データと、
2)工作機械の工具切れ刃の形状が3次元の点群で表現された工具切れ刃形状データと、
3)被削材データ、工具切れ刃形状データ、および、被削材と工具切れ刃の位置データを用いて、工具切れ刃の微小回転角毎に、工具中心軸と工具切れ刃の形状の3次元の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行う干渉判定部と、
4)干渉判定部で算出されたボクセル数とボクセルサイズに基づき、微小時間および微小空間の分解能で被削材の除去量を予測する除去量予測部。
【0028】
また、本発明の切削シミュレータプログラムは、コンピュータで構成され、装置に搭載されるプログラムであって、上記3)の干渉判定部と上記4)の除去量予測部として、コンピュータを機能させるためのプログラムである。
【0029】
ここで、微小回転角は、工具中心軸と工具切れ刃の形状の3次元の点群とを結ぶ直線群の1つの移動量がボクセルモデルのボクセルと外接する球の直径以下となる回転角である。干渉判定部では、工具の回転軸と直交する平面で分割された微小薄板要素毎に、工具中心軸と点群を結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して判定する。除去量予測部では、被削材の除去量は、各々の微小薄板要素において、干渉判定部で算出したインデクスのボクセルの個数を合算したボクセル数とボクセルサイズに基づき算出する。
ボクセルモデルは、はじめから最小ボクセルサイズのボクセルで表現されることが好ましい。また、ボクセルモデルは、第1の最小ボクセルサイズの第1のボクセルで表現され、干渉判定部で算出されたインデクスの第1のボクセルは、更に第2の最小ボクセルサイズの第2のボクセルで表現され、配置位置に対応して各々の第2のボクセルに固有のインデクスを付与することでもよい。
さらに、工具形状が切削加工中に静的又は動的に変形する場合には、変形に応じて、工具切れ刃の形状の3次元の点群を変更することが好ましい。そして、除去量予測部では、工具切れ刃の微小回転角毎に、予測した被削材の除去量に基づき、工具の切削力または切削トルクを、更に予測することでもよい。
【0030】
次に、本発明の切削力適応制御システムについて説明する。
本発明の切削力適応制御システムは、リアルタイムに工作機械の工具経路を生成する工具経路生成部を有し、切削加工パラメータで制御され、工作機械に対して切削加工中に切削加工指令を動的に変更して逐次出力する逐次指令部を備えた適応制御システムであって、下記(a)~(f)を備え 切削加工パラメータに応じて、工具経路を再生成し、切削加工指令を動的に変更する。
【0031】
(a)被削材が微小なボクセルが配置されたボクセルモデルで表現され、ボクセルモデルにおける配置位置に対応して各ボクセルに固有のインデクスが付与された被削材データと、
(b)工作機械の工具切れ刃の形状が3次元の点群で表現された工具切れ刃形状データと、
(c)被削材データ、工具切れ刃形状データ、および、被削材と工具切れ刃の位置データを用いて、工具切れ刃の微小回転角毎に、工具中心軸と工具切れ刃の形状の3次元の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行う干渉判定部と、
(d)干渉判定部で算出されたボクセル数とボクセルサイズに基づき、微小時間および微小空間の分解能で被削材の除去量を予測する除去量予測部と、
(e)工具切れ刃の微小回転角毎に、予測した被削材の除去量に基づき、工具の切削力を予測する切削力予測部と、
(f)予測した切削力から算出した切削トルクに応じて、切削加工パラメータを動的に変更する切削加工パラメータ変更部。
【0032】
上記(a)~(d)については、上述の本発明の切削シミュレータ装置の説明と同様であり、割愛する。リアルタイム性のある微小時間とは、コンピュータに対して、ジョブの実行が命令された時に、命令されたジョブの処理を終わらせる時間であり、数ナノ秒~数ミリ秒などである。切削加工パラメータは、工具回転速度や工具送り速度であり、切削加工中の切削負荷をフィードバッグして、工具回転速度や工具送り速度を増減することにより、シミュレーションで予測される切削負荷(切削力あるいは切削トルク)に応じて速度を増減するといった適用制御を行うことが可能になる。また、予測した切削力あるいは切削トルクに応じて、工作機械用CNC(Computerized Numerical Control)装置の切削加工パラメータを動的に変更することもできる。
【発明の効果】
【0033】
本発明の切削シミュレーション方法および装置によれば、工具1刃当たりの送り量の間における切削状態の変化に追従し、工具軌跡の近似誤差を解消して、被削材の除去量を予測でき、また、被削材をはじめから微小なボクセルで表現して離散的に除去量を算出することにより、除去量算出処理時間の高速化を図ることができるといった効果がある。
また、本発明の切削力適応制御方法および切削力適応制御システムによれば、工具1刃当たりの送り量の間における切削状態の変化に追従し、微小時間および微小空間の分解能で、工具の切削力または切削トルクを予測できるといった効果がある。
【0034】
すなわち、本発明によれば、切削加工において除去量を短時間で精微に算出でき、切削加工における切削力の推定、切削加工における仕上げ面形状の推定、および、工具の撓み変形などを考慮したこれらの推定を高精度に行うことができる。
切削加工において、従来、実際に試し削りをして加工条件の良し悪しを判断していたが、本発明によって、事前にシミュレーションを行い、高精度で仕上げ面形状の推定を行い、加工条件の良し悪しを予測できることから、生産効率が増大するといった効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0035】
図1】工具切れ刃の微小回転角ごとのボクセル除去についての説明図
図2】微小薄板要素ごとの工具切れ刃のボクセル除去についての説明図
図3】被削材ボクセルモデルのインデクスについての説明図
図4】被削材ボクセルモデルの除去量の推測方法についての説明図
図5】工具切れ刃と干渉しているボクセルの検出方法の説明図
図6】実施例1の切削シニュレーション方法のフロー図
図7】実施例3における加工形状を示す図
図8】瞬間切削力モデルにおける微小薄板要素についての説明図
図9】ボクセルモデルを用いた切削加工の途中プロセスの被削材のイメージ
図10】切削加工の途中プロセスにおける切削力の推定結果を示すグラフ
図11】切削力の測定結果と推定結果の比較グラフ(1)
図12】切削力の測定結果と推定結果の比較グラフ(2)
図13】切削シミュレーション装置の機能ブロック図
図14】切削力適応制御システムの機能ブロック図
図15】ボールエンドミルの瞬間切削力モデルの説明図
図16】ラジアスエンドミルの瞬間切削力モデルの説明図
図17】ラジアスエンドミルを斜めに姿勢を変化させた様子の説明図
図18】工具の撓みについての説明図
図19】工具の撓み変形の計算モデルの説明図
図20】変形量の算出処理フロー図
図21】実加工により測定した加工形状と予測した加工形状の比較図
図22】従来のボクセルモデルを用いた工具と被削材間の干渉判定の説明図
図23】オクトツリ表現によるボクセルと工具切れ刃との間での干渉判定の説明図
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
以下、本発明の実施形態の一例を、図面を参照しながら詳細に説明していく。なお、本発明の範囲は、以下の実施例や図示例に限定されるものではなく、幾多の変更及び変形が可能である。
【実施例1】
【0037】
本発明の切削シミュレーション方法は、工具1刃当たりの送り量ごとの解析ではなく、工具切れ刃の微小回転角ごとに解析を行うことで、微小時間および微小空間分解能で切削現象のシミュレーションを行う。
図1を参照して、本発明の切削シミュレーション方法における工具切れ刃の微小回転角ごとのボクセル除去について説明する。本発明の切削シミュレーション方法では、被削材の立体形状を、微小なボクセルが配置されたボクセルモデルで表現した被削材モデルを、工具切れ刃の微小回転角ごとに除去されるボクセルを算出する。図1(1)~(6)は、それぞれ2刃を有する切削工具を軸方向(Z方向)から見た模式図であり、工具切れ刃の微小回転によって除去されるボクセルを示している。ここで、図1における被削材モデルは、XY平面におけるボクセルを示す。図1(1)に示すように、工具切れ刃が微小回転し1つのボクセルと干渉して切削除去した後、図1(2)に示すように、工具切れ刃が更に微小回転し2つのボクセルと干渉して切削除去している。工具切れ刃が微小回転する間に、工具切れ刃の工具軸は、工具送り速度に応じてX方向に移動している。そのため、図1(1)における工具軸の位置から図1(2)における工具軸の位置に移動することによって、工具切れ刃と被削材モデルの距離が縮まり、干渉して切削除去するボクセルの量が増えている。また、図1(3)に示すように、工具切れ刃が更に微小回転すると、工具切れ刃と被削材モデルの距離が更に縮まるが、工具切れ刃のその時点の位置によって切れ刃先端が干渉して切削除去できるボクセルは異なり、1つのボクセルと干渉して切削除去している。そして、図1(4)に示すように、更に微小回転すると、180°反対側の工具切れ刃が被削材モデルに接近し、図1(5)に示すように、更に微小回転すると工具切れ刃が2つのボクセルと干渉して切削除去し、更に微小回転すると、図1(6)に示すように、工具切れ刃が3つのボクセルと干渉し切削除去する。このように、本発明の切削シミュレーション方法では、工具切れ刃の微小回転角毎に、被削材モデルのボクセルの干渉判定を行って除去量を予測することにより、微小時間および微小空間の分解能で工具切れ刃が干渉して切削除去する被削材のボクセルを算出して、被削材の除去量を予測する。
【0038】
また、本発明の切削シミュレーション方法では、図2に示すように、工具を工具軸方向に沿って、微小薄板要素に分割して、微小薄板要素ごとに工具中心と工具切れ刃を結ぶ線分上に存在するボクセルを判定して、工具と被削材との干渉量を算出する。
ここで、工具切れ刃の移動量がボクセルサイズより大きい場合は、除去されるべきボクセルがスキップされる問題が生じるため、1つの移動量がボクセルサイズより小さくする。工具切れ刃の微小回転角は、例えば、工具切れ刃の円周部の移動量が解析に使用するボクセルの1辺の長さと等しくなるように設定する。
【0039】
この場合、工具軸の回転速度をSmin-1、工具半径(工具回転中心から切れ刃先端までの長さ)をRmm、被削材モデルに使用する最小ボクセルサイズをVmmとすると、1解析ステップ当たりの処理時間tstepsecは、下記式1から求められる。
本発明の切削シミュレーション方法では、工具軸の回転速度と工具半径と最小ボクセルサイズに基づいて設定される処理時間に回転する工具切れ刃の回転角ごとに除去する最小ボクセルの除去量の予測によって、工具切れ刃の軌跡に忠実なシミュレーション解析が可能となるだけでなく、工具切れ刃の形状が特殊な場合や工具姿勢が非一様に変化する加工の解析が可能となる。本発明の切削シミュレーション方法では、工具軸の回転速度と工具半径と最小ボクセルサイズに基づいて設定される処理時間ごとの除去量の予測によって、切削状態の変化に追従でき、工具軌跡の近似誤差を解消して、被削材の除去量を予測できるのである。
【0040】
【数1】
【0041】
例えば、工具軸の回転速度S=2000(min-1)、工具半径R=3mm、最小ボクセルサイズV=0.012mmとすると、1解析ステップ当たりの処理時間tstepsecおよびその時の回転角度θは次の通りになる。
処理時間tstep=V/(S×R×2π)/60
=0.012/(3×2000×2π)/60=
=0.00006/π=0.0000191(sec)
回転角度θ=360°×2000/60× 処理時間tstep
=360×2000/60×0.0000191=0.229°
【0042】
上述の如く、ボクセルモデルを用いた従来の切削シミュレーション方法では、シミュレーションの精度を向上する際に必要となる計算機メモリの総量と、多数のボクセルと工具切れ刃との間での干渉判定の高速化が大きな問題である。また、従来の切削シミュレーション方法では、ボクセルモデルにオクトツリ表現を導入してメモリの消費を抑えているが、オクトツリ表現では1個のボクセルを8等分に分割して小さなボクセルとし、これを多階層にすることで微細な形状を表現しているため、大きな被削材を高精度に表現し、実用的な加工形状のシミュレーションを行うには計算時間の短縮化が問題である。
図3に示すように、本発明の切削シミュレーション方法では、被削材モデルを初めから最小サイズの最小ボクセルでボクセルモデルを表現して、各最小ボクセルにインデクスを付与して規則的に整列する。これにより、位置座標からボクセルのインデクスを特定することが可能となる。例えば、最小サイズの最小ボクセルの1辺の長さがVμmで、x軸方向にn個のボクセルが整列している場合、xμm、yμmの位置に相当するボクセルのインデクスIは、下記式2から求めることができる。
【0043】
【数2】
【0044】
工具切れ刃と干渉しているボクセルを検出する際には、図4(1)に示すように、工具切れ刃ベクトルを最小ボクセルの1辺の長さで分割し、分割した要素の工具回転中心に近い位置の座標から上記式2より、干渉しているボクセルのインデクスを算出する。図4(2)に示すように、分割した各要素で求まったインデクスに相当するボクセルが除去対象のボクセルとして検出できる。これにより、被削材モデルの最小ボクセル全てを走査して干渉しているボクセルを探索するための繰り返し処理が不要となり、処理時間が短縮できる。
【0045】
しかしながら、被削材モデルを初めから最小ボクセルで表現する場合、ボクセルに対応する変数の配列の数が膨大になるといった問題がある。例えば、1辺が1mの立方体形状の被削材を1辺の長さが1μmのボクセルで表現する場合、1018個の配列が必要となる。しかし、計算機プログラムの制約で、1つの変数で確保できる配列数は10個に制限されている場合には、1018個の配列が必要となる被削材のボクセルモデルを表現することが不可能である。
【0046】
そこで、被削材モデルを2階層のボクセルサイズで表現することにより、上記の問題に対処する。例えば、1辺が1mの立方体形状の被削材を1辺の長さが1mmのボクセル(第1のボクセル)で表現することで、被削材のボクセルモデルを10個の配列で表現できる。そして、工具切れ刃と干渉している第1のボクセルを、1辺の長さが1μmのボクセル(第2のボクセル)で表現して解析を行うことも可能である。
工具切れ刃と干渉しているボクセルの検出では、図5に示すように、まず工具切れ刃ベクトルと干渉している第1のボクセルを検出し、次に、検出された第1のボクセルと工具切れ刃ベクトルとの交点を算出する。そして、算出した交点を結ぶ線分を第2のボクセルの1辺の長さで分割し、上記式2に示すやり方を行い、被削材モデルの最小ボクセルの干渉判定を行って、除去対象のボクセルを検出する。
その際、第1のボクセルの位置だけオフセットされているため、工具切れ刃ベクトルを分割した各要素の位置座標から第1のボクセルの原点の座標を引くことにより、上記式2と同様に除去対象のボクセルのインデクスを算出する。ここで、第1のボクセルと第2のボクセルの1辺の長さは任意に設定することが可能であり、被削材の大きさとシミュレーションの精度(分解能)に適した値を設定することができる。
【0047】
図6は、切削シミュレーション方法の処理フローの一例を示している。切削シミュレーション方法では、まず、被削材モデルを最小ボクセルのボクセルモデルで表現し、ボクセルモデルにおける配置位置に対応し 各最小ボクセルにインデクスを付与する。また、工具切れ刃の形状を3次元の点群で表現する。工具切れ刃先端の移動量が最小ボクセルの1辺の距離になる回転角だけ工具切れ刃を回転させる。そして、図4(2)に示すように、工具中心軸と工具切れ刃先端とを結ぶ直線と重なる最小ボクセルのインデクスを算出し、被削材モデルの最小ボクセルの除去量を予測する。工具は回転しながら送り速度で移動することから、工具切れ刃の回転軸を送り速度に応じて移動させる。これを工具経路の終点に到達するまで繰り返し行う。
【実施例2】
【0048】
本発明の切削シミュレーション方法の有効性を確認するために、実加工用の工具経路を用いて、オクトツリ表現による干渉判定を行う切削シミュレーション方法との処理時間の比較を行った。本発明の切削シミュレーション方法では、被削材をはじめから最小ボクセルサイズに設定して解析するものであり(以下、インデクス法という)、一方、オクトツリ表現による干渉判定を行う切削シミュレーション方法では、初期ボクセルサイズを1mmに設定し、最小ボクセルサイズになるまで繰り返し解析するものであり(以下、Octree法という)、それぞれの切削シミュレーションの処理時間を比較した。
【0049】
インデクス法では、工作機械の工具切れ刃の形状を微小間隔の3次元の点群で表現し、被削材をはじめから最小ボクセルサイズに設定し、ボクセルモデルにおける配置位置に対応して各ボクセルに固有のインデクスを付与し、工具切れ刃の微小回転角毎に、工具中心軸と工具切れ刃の形状の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行っている。
一方、Octree法では、工作機械の工具切れ刃の形状を微小間隔の3次元の点群で表現し、被削材をはじめは初期ボクセルサイズに設定し、各ボクセルに固有のインデクスを付与せず、工具切れ刃の微小回転角毎に、工具中心軸と工具切れ刃の形状の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルの干渉判定を行い、工具切れ刃と干渉したボクセルに対して、各辺2等分により8分割し、立方体の1辺の長さが分割前の1/2となるボクセルに分割する処理を、最小ボクセルサイズになるまで繰り返す。
【0050】
比較に用いた切削シミュレーションの条件は次の通りである。切削シミュレーションは、3軸制御加工での切削加工であり、切削加工に用いた工具は、直径5mmのスクエアエンドミルで、10×10×10mmの立方体の被削材に対して角辺10mmの距離を直線で1パスだけ加工したものである。また、切削方向は、被削材に対して右側を工具が通り切削するアップカットで行った。詳細な切削条件を下記表1に示す。
【0051】
【表1】
【0052】
初期ボクセルサイズを1mmとし、最小ボクセルサイズを250μm、125μm、62.5μm、31.25μm、15.625μm、および、7.8125μmの2階層から7階層までの6通りの場合におけるOctree法とインデクス法のそれぞれの処理時間を算出した。算出結果を下記表2に示す。ここで、使用した計算機のCPUの仕様は、Intel Xeon (登録商標)3.5GHz(論理プロセッサ数:8コア)である。
【0053】
【表2】
【0054】
上記表2の結果によれば、Octree法の処理時間は、最小ボクセルサイズが初期ボクセルサイズの6階層の15.625μmまでは、インデクス法の解析計算よりも若干速かったが、7階層の7.8125μmになると、Octree法はインデクス法の約3倍の処理時間がかかっている結果となった。さらに階層数を大きくし、微小ボクセルサイズで切削シミュレーションを行うとすると、処理時間の差は大きくなると推察できる。つまり、初期ボクセルサイズが1mmで、最小ボクセルサイズが5μmの場合のように、1辺の分割数が200(>2=128)になれば、7階層(=1/2)での比較でインデクス法がOctree法よりも処理時間が速いので、それ以上になることから処理時間で相当な差異となり、インデクス法が有利である。
【実施例3】
【0055】
本発明の切削シミュレーション方法において、ボクセルサイズを2階層に分け、第1の最小ボクセルサイズのボクセルを更に分割した第2の最小ボクセルサイズのボクセルからなるボクセルモデルを用いて、切削シミュレーションを行う場合の精度(分解能)と計算時間の関係性について説明する。具体的には、実加工用の工具経路を用いて3軸制御加工でのシミュレーションを行った結果を示し、本発明の切削シミュレーション方法の精度(分解能)と計算時間の関係性について説明する。
3軸制御加工でのシミュレーションにおいて、切削加工に用いた工具は、直径4mmのスクエアエンドミル(荒加工)およびボールエンドミル(仕上げ加工)であり、また、加工前の被削材形状は、50×50×30mmの直方体であり、加工形状はドーム形(ドームの高さ:10mm)である。
【0056】
第1のボクセルの1辺の長さを5mmとし、第2のボクセルの1辺の長さを、200μm、100μm、50μmと変化させて、1台の計算機による直列計算と2台の計算機による並列計算との処理時間を比較した。使用した計算機のCPUの仕様は、Intel Xeon (登録商標)3.5GHz(論理プロセッサ数:8コア)である。図7に第2のボクセルの1辺の長さを100μmとしたときに得られた加工形状を示す。下記表3に第2のボクセルの1辺の長さ(最小ボクセルサイズ)を変化させた際の解析ステップの総数、処理時間および1解析ステップ当たりの処理時間を示す。
【0057】
【表3】
【0058】
上記表3の結果によれば、処理時間は、第2のボクセルの1辺の長さによらず、計算機の直列計算より並列計算の方が短くなっていた。これは、本発明の切削シミュレーション方法では、工具切れ刃と干渉するボクセルを検出する際の繰り返し処理の1回当たりの処理時間が、計算機の並列計算のためのオーバーヘッドよりも長く、計算機の並列計算の場合に処理時間が短いということを示している。
【0059】
また、上記表1の結果によれば、第2のボクセル(最小ボクセルサイズ)の1辺の長さが1/2になると、解析ステップの総数が2倍になっている。これは、工具切れ刃の微小回転角を工具外周部での切れ刃移動量が第2のボクセルの1辺の長さと等しくなるように決定しているからである。また、第2のボクセルの1辺の長さ(最小ボクセルサイズ)が1/2になると、1解析ステップ当たりの処理時間が2倍になっている。これは、工具切れ刃が被削材と干渉しているボクセルを検出する際に、工具の微小薄板要素における工具切れ刃ベクトルを第2のボクセルの1辺の長さで分割して解析を行うため、第2のボクセルの1辺の長さ(最小ボクセルサイズ)が1/2になると、工具切れ刃ベクトルの分割数が2倍になるためである。
つまり、第2のボクセルの1辺の長さ(最小ボクセルサイズ)が1/2になると、解析ステップ数が2倍になり、1解析ステップ当たりの処理時間が2倍となるため、合計の処理時間は4倍となっている。
【実施例4】
【0060】
本発明の切削力適応制御方法では、工具切れ刃と被削材の干渉量の解析に、上述の本発明の切削シミュレーション方法を用い、干渉量(実切込み厚さ)から切削力を予測する計算には、従来の瞬間切削力モデルを用いる。瞬間切削力モデルでは、図8に示すように、工具回転中心の工具軸zに沿って微小薄板要素に分割して、個々の薄板要素ごとに微小切削力を計算する。この微小切削力を力の方向を考慮しながら足し合わせて、工具に作用する切削力を求める。微小切削力は各薄板要素の切れ刃先端に作用すると仮定し、切れ刃に垂直な面内(xy平面内)での加工を2次元切削状態で近似する。それぞれの薄板要素に作用する切削力の接線方向成分dF、半径方向成分dF、軸方向成分dFは、下記式3~式5により表される。
【0061】
【数3】
【0062】
ここで、Kte、Kre、Kae、Ktc、Krc、Kacは予備実験から得られる切削係数であり、h(θ,z)は工具半径方向の実切込み厚さ、dzは工具軸方向に分割した微小薄板要素の厚さである。つまり、工具半径方向の実切込み厚さh(θ,z)が求まれば、切削力を算出することができる。h(θ,z)のzは、工具先端から工具軸方向に沿った距離、すなわち、微小薄板要素における工具位置を表している。h(θ,z)のθは、工具切れ刃先端と工具軸とを結ぶ直線の回転角を示している。図8に示す工具は4刃を有するスクエアエンドミルであり、各切り刃に加わる切削力を算出し、工具全体にかかる切削トルクを求めることができる。
各微小薄板要素における工具切れ刃ベクトルでの除去対象ボクセルの個数は、本発明の切削シミュレーション方法によって算出されるが、各軸方向の干渉量(実切込み厚さの各軸成分)は、除去対象ボクセルの個数とボクセルの1辺の長さの積から計算する。実切込み厚さh(θ,z)は、x方向成分h、y方向成分h、z方向成分hを用いて、下記式6で表すことができる。なお、h、h、hは、それぞれ絶対座標系のx、y、z方向での値である。
【0063】
【数4】
【0064】
本発明の切削力適応制御方法の有効性を検証するために、スクエアエンドミルを用いた切削加工実験を行い、切削力の測定結果とシミュレーション結果を比較した。切削条件および切削力シミュレーション条件を下記表4に示す。加工実験では立て形マシニングセンタを用いて切削加工を行い、加工中の切削力を、水晶圧電式多成分動力計(日本キスラー社製;KISLER 9257B)を用いて測定した。
【0065】
【表4】
【0066】
予備実験で決定した切削係数を下記表5に示す。図9に、本発明の切削力適応制御方法におけるボクセルモデルを用いた切削加工の途中プロセスA~Dの被削材モデルのイメージ、図10にそれらの切削力の推測結果を示す。
【0067】
【表5】
【0068】
図9,10におけるA~Dの各イメージと切削力の推測結果は、加工途中の被削材と工具切れ刃ベクトルの関係を示しており、工具1刃当りの送り量ごとの解析ではなく、工具切れ刃の微小回転角ごとに解析を行っていることを示している。加工中の工具切れ刃の静変形や動変形も考慮できる。
【0069】
図11図12は、それぞれ工具送り速度が400mm/分と200mm/分における切削力の測定結果と推定結果を示すグラフである。図11は、工具送り速度が400mm/分における切削力の測定結果と推測結果のグラフである。また、図12は、工具送り速度が200mm/分における切削力の測定結果と推測結果のグラフである。また、それぞれのグラフでは、切削力のx方向成分をdF、y方向成分をdF、z方向成分をdFに分けてプロットしている。各図において、点線でプロットしたF(Meas.)、F(Meas.)およびF(Meas.)は切削力の測定結果を、実線でプロットしたF(Esti.)、F(Esti.)およびF(Esti.)は切削力の推測結果を示している。
それぞれの結果において、測定結果と推測結果の波形はよく一致していた。この結果から、本発明の切削力適応制御方法を用いた切削力の予測が高精度に行われていることが確認できた。
【実施例5】
【0070】
本発明の切削シミュレーション装置について詳細に説明する。図13は、切削シミュレーション装置の機能ブロック図の一例を示している。
切削シミュレータ装置1は、被削材データ11と、工具切れ刃形状データ12と、被削材と工具切れ刃の位置データ13、これらのデータ11~13を入力する干渉判定部14と、除去量予測部15から構成される。具体的には、本発明の切削シミュレータ装置は、コンピュータで構成され、データ11~13はメモリに記憶され、干渉判定部14と除去量予測部15としてコンピュータを機能させるプログラムが搭載されている。
被削材データ11は、被削材が微小なボクセルが配置されたボクセルモデルで表現され、ボクセルモデルにおける配置位置に対応して各ボクセルに固有のインデクスが付与されたデータである。工具切れ刃形状データ12は、工作機械の工具切れ刃の形状が3次元の点群で表現されたデータである。干渉判定部14は、データ11~13を用いて、工具切れ刃の微小回転角毎に、工具中心軸と工具切れ刃の形状の3次元の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行う。除去量予測部15は、干渉判定部14で算出されたボクセル数とボクセルサイズに基づき、微小時間および微小空間の分解能で被削材の除去量を予測する。これにより、除去量を精度良く予測することで、加工処理による形状面を精度よく再現できる。
また、本発明の切削シミュレーション装置では、さらに、図13中の点線で示すように、切削力予測部16を備えることが可能であり、除去量予測部15において予測したボクセルの除去量から工具の切削力を推定することもできる。これにより、切削加工プロセスにおける工具の切削力を精度よく予測し、工具に過度の負担がかからないように、工具の回転速度や送り速度を調整することができる。
【実施例6】
【0071】
本発明の切削力適応制御システムについて詳細に説明する。図14は、本発明の切削力適応制御システムの機能ブロック図を示している。
図14に示すように、切削力適応制御システムは、リアルタイムに工作機械の工具経路を生成する工具経路生成部を有し、切削加工パラメータで制御され、工作機械に対して切削加工中に切削加工指令を動的に変更して逐次出力する逐次指令部を備えたシステムであり、下記(a)~(f)を備え 切削加工パラメータに応じて、工具経路を再生成し、切削加工指令を動的に変更する。
【0072】
(a)被削材が微小なボクセルが配置されたボクセルモデルで表現され、ボクセルモデルにおける配置位置に対応して各ボクセルに固有のインデクスが付与された被削材データ
(b)工作機械の工具切れ刃の形状が3次元の点群で表現された工具切れ刃形状データ
(c)被削材データ、工具切れ刃形状データ、および、被削材と工具切れ刃の位置データを用いて、工具切れ刃の微小回転角毎に、工具中心軸と工具切れ刃の形状の3次元の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行う干渉判定部
(d)干渉判定部で算出されたボクセル数とボクセルサイズに基づき、微小時間および微小空間の分解能で被削材の除去量を予測する除去量予測部
(e)工具切れ刃の微小回転角毎に、予測した被削材の除去量に基づき、工具の切削力を予測する切削力予測部
(f)予測した切削力から算出した切削トルクに応じて、切削加工パラメータを動的に変更する切削加工パラメータ変更部
【0073】
切削力適応制御システムは、製品の形状データ(CADデータ)を入力すると、CADデータに基づき加工プロセスを策定し、工具経路生成部が工作機械の工具経路を生成する。工具経路生成部は、切削力予測部の切削力予測に基づいて工具経路を修正する。逐次指令部は、工具送り速度などの指令データをNCマシンに送る。
切削加工パラメータ変更部では、例えば、切削力あるいは切削トルクが、継続加工は危険と判断される閾値を超える場合に工具送り速度を0(ゼロ)とし工具を停止したり、切削力あるいは切削トルクが、略0(ゼロ)の場合に、工具送り速度を許容範囲の最大値に変更する。
また、切削加工パラメータ変更部では、切削力から算出した工具変形量に応じた適応制御を行うことができる。例えば、工具の撓みによって被削材の加工面に誤差が生じる場合に、工具の撓みの変形量を打ち消すように切込み量や工具の傾きのパラメータを変更し制御し、工具の撓みによる加工面の誤差を低減して、意図した加工面を得るようにできる。
【0074】
切削力適応制御システムは、NCマシンの工具に作用する切削力を計測するのではなく、被削材を微小なボクセルが配置されたボクセルモデルで表現して、切削シニュレーション装置内の干渉判定部で、工具切れ刃の微小回転角毎に、工具中心軸と工具切れ刃の形状の3次元の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行い、除去量予測部で、干渉判定部で算出されたボクセル数とボクセルサイズに基づき、微小時間および微小空間の分解能で被削材の除去量を予測する。そして、切削力予測部で、工具切れ刃の微小回転角毎に、予測した被削材の除去量に基づき、工具の切削力を予測する。切削加工パラメータ変更部で、予測した切削力から算出した切削トルクに応じて、切削加工パラメータを動的に変更し、切削力の予測結果に基づく適応制御を行う。
切削力適応制御システムでは、事前に用意されたプログラムによる指令ではなく、工具経路を実時間で生成し、加工中に指令を動的に変更することができる逐次指令により切削加工を行う。
【実施例7】
【0075】
本実施例では、工具としてボールエンドミルを用いた場合における切削シミュレーション方法について説明する。図15は、ボールエンドミルの瞬間切削力モデルを示している。
ボールエンドミルは、図15(1)に示すように、スクエアエンドミルと異なり、工具軸方向の位置によって工具切れ刃先端までの距離が異なるが(要素A,Bを参照)、スクエアエンドミルと同様に、図15(2)に示すように、工具を工具軸に沿って微小薄板要素に分割して、個々の要素ごとに微小切削力を計算する。そして、この微小切削力を力の方向を考慮しながら足し合わせて、工具に作用する切削力を求める。微小切削力は各薄板要素の切れ刃先端に作用すると仮定し、切れ刃に垂直な面内での加工を2次元切削状態で近似する。
ボールエンドミルの場合、それぞれの薄板要素の切れ刃先端に作用する切削力の接線方向成分dF、半径方向成分dF、軸方向成分dFは、下記式7~式9により表される。ここで、dSは微小薄板要素の球面に沿った切れ刃の長さを表し、dbは工具軸方向に分割した微小薄板要素の厚さを表す。h(θ,z)のθは、工具切れ刃先端と工具軸とを結ぶ直線の回転角を示している。
【0076】
【数5】
【0077】
ここで、Kte、Kre、Kae、Ktc、Krc、Kacは予備実験から得られる切削係数であり、h(θ,z)は工具半径方向の実切込み厚さ、dzは工具軸方向に分割した微小薄板要素の厚さである。工具半径方向の実切込み厚さh(θ,z)が求まれば、切削力を算出することができる。h(θ,z)のzは、工具先端から工具軸方向に沿った距離、すなわち、微小薄板要素における工具位置を表している。
各微小薄板要素における工具切れ刃ベクトルでの除去対象ボクセルの個数は、本発明の切削シミュレーション方法で検出される。各軸方向の干渉量(実切込み厚さの各軸成分)は、除去対象ボクセルの個数とボクセルの1辺の長さの積から計算する。実切込み厚さh(θ,z)は、x方向成分h、y方向成分h、z方向成分hを用いて、上述の式6で表すことができる。
【実施例8】
【0078】
本実施例では、工具としてラジアスエンドミルを用いた場合における切削シミュレーション方法について説明する。ラジアスエンドミルの場合、 図16(1)に示すように、切れ刃のコーナー部をボールエンドミルの瞬間切削力モデルを適用し、それ以外の切れ刃をスクエアエンドミルの瞬間切削力モデルを適用することにより、切削力の予測を行うことができる。
また、ラジアスエンドミルの場合でも、ボールエンドミルやスクエアエンドミルと同様に、図16(2)に示す瞬間切削力モデルを用い、微小薄板要素毎に、各切れ刃(図の場合は4刃)の微小回転角ごとに、最小ボクセルのボクセルモデルで表現された被削材モデルとの干渉判定を行い、最小ボクセルの除去量を予測し、切削力を推測する。
図16(3)に示すように、ラジアスエンドミルの工具姿勢を斜めに傾けて切削する場合であっても、工具切れ刃の形状を工具座標系(xa、ya、za)の3次元の点群で表現し、一方で、被削材のボクセルモデルを絶対座標系(x、y、z)の最小ボクセルで表現し、工具姿勢の傾き角θを用いて、それぞれの座標系を対応させる。例えば、工具軸が絶対座標系(x、y、z)のz軸からx軸方向に角度θだけ傾く場合には、工具半径Rは、x軸方向にはR・cosθ、y軸方向にはR、z軸方向にはRsinθとして工具切れ刃先端とボクセルとの干渉判定を行う。
【実施例9】
【0079】
本実施例では、ラジアスエンドミルの工具を斜めにして用いた場合においても、切削シミュレーション方法が実施できることについて説明する。
図17に示すように、ラジアスエンドミルをZX平面においてθが15°,30°,45°および60°になるようにそれぞれ斜めにして用い、ラジアスエンドミルの姿勢を変化させた場合で、X方向に沿って被削材を切削加工する際に、工具切れ刃の微小回転角ごとの切削力の推定精度を確認した。推定結果は実測した切削力波形とよく一致しており、ラジアスエンドミルのような複雑な工具の形状であって、かつ、工具姿勢を斜めに傾けて切削を行った場合であっても、本発明の切削シミュレーション方法が有用であることが確認できた。
【実施例10】
【0080】
工具切れ刃の形状が切削加工中に静的又は動的に変形する場合について説明する。
本発明の切削シミュレーション方法では、工作機械の工具切れ刃の形状を微小間隔の3次元の点群で表現し、工具切れ刃の微小回転角毎に、工具中心軸と切れ刃の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行い、被削材の除去量を予測する。
そのため、工具切れ刃の形状が切削加工中に静的又は動的に変形する場合、その変形に応じて、上記の3次元の点群を変更することで、変形による誤差を解消して、被削材の除去量を精度よく予測することができる。
【0081】
例えば、切削加工プロセス中に、工具切れ刃が摩擦熱により変形する場合には、温度による切れ刃の変形後の形状データを予めデータ化しておき、温度センサで切れ刃の温度を測定し、或は、被削材の切削量や切削時間などから切れ刃の温度を推測して、切れ刃形状に関して切削開始からの経時変化を、微小間隔の3次元の点群にフィードバックして、形状の経時変化を反映させて、工具切れ刃の微小回転角毎に、工具中心軸と切れ刃の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行い、被削材の除去量を予測する。
【0082】
この他、カメラを用いる工具位置測定装置など、工具の高速回転中における工具長や工具径を測定できる装置を用いて、切削加工プロセス中の工具長や工具径、工具の揺れを測定し、工具長や工具径の経時変化や、工具の揺れの経時変化を反映させて、工具切れ刃の微小回転角毎に、工具中心軸と切れ刃の点群とを結ぶ直線群と重なるボクセルのインデクスを算出して干渉判定を行い、被削材の除去量を予測する。
工具を工作機械に取り付ける毎、被削材の加工に入る前、被削材の切削加工の終了毎、或は、一定個数の被削材の加工毎、それぞれのタイミングで工具の長さ、工具径、工具中心位置などを測定する。その場合、想定していたよりも、工具の長さ、工具径、工具中心位置が異なっている場合には、被削材の加工に大きな影響を与えることになる。本発明の切削シミュレーション方法では、想定していた工具切れ刃の三次元の点群が異なるものになり、シミュレーション結果に大きな影響を与える。このような場合、測定により判明した想定値からのズレ量に応じて、工具切れ刃の3次元の点群の位置を変更することにより、より正確なシミュレーションを行うことができる。
【0083】
また、工具切れ刃の変形は、切削加工中に生じる工具の撓みによっても生じる。工具の撓みとは、加工力によって工具が弾性変形することであり、切削加工では工具切れ刃に作用する切削力により形状が変形する。切削加工においては回転する工具の中心軸の変形も該当する。加工誤差は、工具の撓みによる変形と共に、工作機械や工作物の変位にも影響するが、工作物や工作機械の剛性よりも工具自体の剛性が小さい場合には、工具の撓みが加工誤差の主な原因となる。エンドミル加工では、断続切削により変動する切削3分力の影響を受け、工具中心軸の振れ回りが生じるため、加工面の理想形状に対して波形状の加工誤差が生じることになる。
【0084】
エンドミル加工では、工具21の送り方向(切削方向22)に対して、被削材(図示せず)から切削方向22と反対向きの応力23を受けて工具が撓む。図18に示すように、この工具の撓みFは、工具径Dが0.5倍になると16倍になり、工具の長さL(工具の突き出し長さ)が2倍になると8倍になることが知られている。このため、一般的に、工具は太く短い形状となるものを選定するのであるが、複雑な形状加工においては、必ずしもそのような工具を選定できるわけではなく、そのため工具の撓みによる加工誤差は少なからず存在する。本発明の切削シミュレーションでは、工具切れ刃の微小回転角毎に、工具の変形に応じて、工具切れ刃の3次元の点群を変更することにより、変形による誤差を解消して、被削材の除去量を精度よく予測することができる。
【0085】
エンドミル加工における工具の撓み変形について、図19(1)に示すように、工具にかかる分布荷重が作用する片持ち梁の変形として算出する例を説明する。各微小薄板要素における変形量は図に示すように、工具にP~Pの荷重が加わっている場合、vの変形量は下記式10で算出することができる。また、工具ホルダの静変形は、図19(2)に示すように、荷重変位試験で実験的に求めた剛性kと加工中に発生する切削力の水平方向成分(半径方向成分dFおよび接線方向成分dF)から算出している。下記式10において、a,a,aは、それぞれ荷重P,P,Pが作用する点の工具先端からの距離であり、b,b,bは、それぞれ荷重P,P,Pが作用する点の工具支点からの距離である。また、Eは、工具の素材のヤング率である。
【0086】
【数6】
【0087】
工具の静変形を考慮する場合、工具および工具ホルダの変形量によって実切込み厚さが変化する。このため、これらの変形量を無視して算出した切削力から変形量を求め、この変形量に伴う実切込み厚さの変化をフィードバックして切削力を算出し直す。変形量を考慮した実切込み厚さによって算出される切削力と、算出された切削力から求められる変形量を考慮して切削力が等しくなるまで繰り返し計算することにより、工具および工具ホルダの変形量を決定することができる。繰り返し計算の処理フローを図20に示す。
先ず変形量を無視して切削力Fを算出し、その切削力Fによる変形量δを算出する。次に、変形量δを考慮した実切込み厚さによって算出される切削力F´を算出し、切削力F´から求められる変形量δ´を算出する。そして、変形量δが変形量δ´より小さい場合には、切削力Fが過大に計算されていることになるため、切削力Fを小さくして再計算する。反対に、変形量δが変形量δ´より大きい場合には、切削力Fが過小に計算されていることになるため、切削力Fを大きくして再計算する。変形量δと変形量δ´が略等しくなるまで、計算を繰り返して、工具および工具ホルダの変形量を決定する。
【0088】
エンドミル加工における工具の撓み変形について、上述の片持ち梁の変形として算出し、本発明の切削シミュレーション方法によって、工具切れ刃の3次元の点群と重なるボクセルの除去量を予測して切削力を算出し、その切削力による変形量を算出し、図20のフローに示す繰り返し計算の処理によって、最終的に工具切れ刃の変形量を決定し、工具切れ刃の3次元の点群を変更して除去量を予測する。シミュレーションで予測した加工形状と、実加工により測定した加工形状を比較して、本発明の切削シミュレーション方法の有効性を確認した。切削条件および切削力シミュレーション条件を下記表6に示す。
【0089】
【表6】
【0090】
図21に実加工により測定した加工形状と予測した加工形状の比較図を示す。図21(1)は測定した加工形状であり、図21(2)は本発明の切削シミュレーション方法で予測した加工形状である。エンドミル工具の半径方向6.0mmの切り込みに対し、実加工では、工具および工具ホルダが変形して加工誤差が生じて、測定した加工形状では5.951mmの切り込みとなっていた。切削シミュレーションでの予測した加工形状では5.950mmの切り込みと予測されており、工具撓みによる変形により生じた加工誤差の様子が、精度良く表現できていることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明は、切削加工プロセスに用いる工作機械、自律加工を行う工作機械に有用である。
【符号の説明】
【0092】
1 切削シミュレーション装置
2 被削材モデル
3 工具軸
4 工具切れ刃
5 除去されるボクセル
6 薄板要素
7 工具切れ刃先端
11 被削材データ
12 工具切れ刃形状データ
13 被削材と工具切れ刃の位置データ
14 干渉判定部
15 除去量予測部
16 切削力予測部
21 工具
22 切削方向
23 応力
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23