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特許7015067結晶相定量分析装置、結晶相定量分析方法、及び結晶相定量分析プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-25
(45)【発行日】2022-02-02
(54)【発明の名称】結晶相定量分析装置、結晶相定量分析方法、及び結晶相定量分析プログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2055 20180101AFI20220126BHJP
【FI】
G01N23/2055 320
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019535610
(86)(22)【出願日】2018-05-18
(86)【国際出願番号】 JP2018019359
(87)【国際公開番号】W WO2019031019
(87)【国際公開日】2019-02-14
【審査請求日】2020-07-27
(31)【優先権主張番号】P 2017154292
(32)【優先日】2017-08-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】110000154
【氏名又は名称】特許業務法人はるか国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】虎谷 秀穂
(72)【発明者】
【氏名】室山 知宏
【審査官】越柴 洋哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-178203(JP,A)
【文献】特開2013-122403(JP,A)
【文献】特開2008-070331(JP,A)
【文献】国際公開第2017/149913(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料の粉末回折パターンより前記試料に含まれる結晶相を定量分析する、結晶相定量分析装置であって、
前記試料の粉末回折パターンを取得する粉末回折パターン取得手段と、
前記試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得する定性分析結果取得手段と、
前記複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数を取得するフィッティング関数取得手段と、
前記複数の結晶相それぞれに対する前記フィッティング関数を用いて、前記試料の前記粉末回折パターンに対して全パターンフィッティングを実行し、フィッティング結果を取得する、全パターンフィッティング手段と、
前記フィッティング結果に基づいて、複数の結晶相の重量比を計算する重量比計算手段と、
を備え、
前記複数の結晶相それぞれに対する前記フィッティング関数はそれぞれ、全パターン分解によって得られる積分強度を用いる第1フィッティング関数、観測又は計算による積分強度を用いる第2フィッティング関数、観測又は計算によるプロファイル強度を用いる第3フィッティング関数からなる群から選択される1のフィッティング関数であり、
前記重量比計算手段は、IC公式を用いて、重量分率を計算する、
ことを特徴とする結晶相定量分析装置。
【請求項2】
請求項に記載の結晶相定量分析装置であって、
前記複数の結晶相に対して、前記第1乃至第3フィッティング関数のうち、2種類以上のフィッティング関数が選択される、
ことを特徴とする結晶相定量分析装置。
【請求項3】
試料の粉末回折パターンより前記試料に含まれる結晶相を定量分析する、結晶相定量分析方法であって、
前記試料の粉末回折パターンを取得する粉末回折パターン取得ステップと、
前記試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得する定性分析結果取得ステップと、
前記複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数を取得するフィッティング関数取得ステップと、
前記複数の結晶相それぞれに対する前記フィッティング関数を用いて、前記試料の前記粉末回折パターンに対して全パターンフィッティングを実行し、フィッティング結果を取得する、全パターンフィッティングステップと、
前記フィッティング結果に基づいて、複数の結晶相の重量比を計算する重量比計算ステップと、
を備え、
前記複数の結晶相それぞれに対する前記フィッティング関数はそれぞれ、全パターン分解によって得られる積分強度を用いる第1フィッティング関数、観測又は計算による積分強度を用いる第2フィッティング関数、観測又は計算によるプロファイル強度を用いる第3フィッティング関数からなる群から選択される1のフィッティング関数であり、
前記重量比計算ステップでは、IC公式を用いて、重量分率を計算する、
ことを特徴とする結晶相定量分析方法。
【請求項4】
試料の粉末回折パターンより前記試料に含まれる結晶相を定量分析する、結晶相定量分析プログラムであって、
コンピュータを、
前記試料の粉末回折パターンを取得する粉末回折パターン取得手段と、
前記試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得する定性分析結果取得手段と、
前記複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数を取得するフィッティング関数取得手段と、
前記複数の結晶相それぞれに対する前記フィッティング関数を用いて、前記試料の前記粉末回折パターンに対して全パターンフィッティングを実行し、フィッティング結果を取得する、全パターンフィッティング手段と、
前記フィッティング結果に基づいて、複数の結晶相の重量比を計算する重量比計算手段と、
して機能させ、
前記複数の結晶相それぞれに対する前記フィッティング関数はそれぞれ、全パターン分解によって得られる積分強度を用いる第1フィッティング関数、観測又は計算による積分強度を用いる第2フィッティング関数、観測又は計算によるプロファイル強度を用いる第3フィッティング関数からなる群から選択される1のフィッティング関数であり、
前記重量比計算手段は、IC公式を用いて、重量分率を計算する、
ことを特徴とする結晶相定量分析プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の粉末回折パターンに基づき試料に含まれる結晶相を定量分析する結晶相定量分析装置、結晶相定量分析方法、及び結晶相定量分析プログラムに関する。
【0002】
試料が、複数の結晶相を含む混合物試料である場合、試料の粉末回折パターンは、例えばX線回折装置を用いる測定によって得られる。ある結晶相の粉末回折パターンは、その結晶相に固有であり、当該試料の粉末回折パターンは、試料に含まれる複数の結晶相それぞれの粉末回折パターンを、含有量に基づいて足し合わせた粉末回折パターンになる。なお、本明細書において、結晶相とは、結晶質の純物質固体であって、化学組成と結晶構造を有している。
【0003】
定性分析は、試料にどのような結晶相が存在しているかを分析したものである。定量分析は、試料に含まれる複数の結晶相がどのような量比で存在するかを分析したものである。ここで、定量分析を行う前提として、試料に含まれる結晶相の定性分析がすでになされているものとする。
【0004】
非特許文献1及び非特許文献2に、本発明において用いられるIC公式(Intensity-Composition formula)が記載されている。以下に、IC公式を説明する。粉末試料にK個(Kは2以上の整数)の結晶相が含まれているとし、そのk番目(kは1以上K以下の整数)の結晶相のj番目(jは1以上の整数)の回折線の積分強度をIjkとする。Bragg-Brentano幾何学に基づいた光学系を持つX線粉末回折の場合、試料の粉末回折パターンにおける各回折線(k番目の結晶相のj番目の回折線)の積分強度Ijkは、次に示す数式1により与えられる。
【0005】
【数1】
【0006】
数式1において、Iは入射X線強度であり、Vはk番目の結晶相の被照射体積(irradiated volume)であり、Qは入射X線強度、光の速度などの物理定数、及び光学系パラメータを含む定数であり、μは粉末試料の線吸収係数(linear absorption coefficient)であり、Uはk番目の結晶相の単位胞体積(unit cell volume)であり、mjkは反射の多重度(multiplicity of reflection)であり、Fjkは結晶構造因子(crystal structure factor)である。Gjkは、ローレンツ-偏向因子Lpjk(Lorentz-polarization factor:Lp因子)及び受光スリット幅に関する因子(sinθjk)を用いて、次に示す数式2で定義される。
【0007】
【数2】
【0008】
なお、上記数式2は、回折側に一次元検出器を置いた光学系を仮定した場合であり、回折側にモノクロメータを配した光学系では形式が異なることは言うまでもない。
【0009】
被照射体積に相当するk番目の結晶相の重量因子(W)は、被照射体積にk番目の結晶相の物質密度d(=Z/U)を乗じることにより、W=Vとして計算される。被照射体積は、V=W/(Z)となり、数式1は次に示す数式3に変換される。なお、Zは式数(the number of chemical formula unit)であり、Mは化学式量(chemical formula weight)である。
【0010】
【数3】
【0011】
数式3の両辺にGjkを乗じ、k番目の結晶相に対して足し合わせをすると、次に示す数式4が得られる。
【0012】
【数4】
【0013】
ここで、Nはk番目の結晶相の回折線の個数である(よって、jは1以上N以下の整数となる)。Nは、理想的にはk番目の結晶相の回折線の総数である。しかしながら、実際には観測される粉末回折パターンの2θの範囲は有限である。それゆえ、和とは合計(sum)を意味し、Nはユーザが選択する2θの範囲における回折線の本数であってもよい。2θの範囲は、定量分析を行うのに必要な本数の回折線が十分に含まれていればよい。また、実際には存在しているにもかかわらず、必要に応じて、和に含まれない回折線があってもよい。
【0014】
数式4の右辺の括弧内は、Patterson関数の原点におけるピークの高さに相当する。ピークの高さをそのピークの積分値で近似すれば、その量は、化学式単位(chemical formula unit)内の個々の原子に属する電子の個数(njk)を二乗して足し合わせ量に比例する。そこで、比例定数をCとすると、次に示す数式5が成り立つ。
【0015】
【数5】
ここで、N はk番目の結晶相の化学式単位内の原子の総数である。また、物質パラメータaを以下に示す数式6で定義する。
【0016】
【数6】
【0017】
ここで、物質パラメータaは結晶相(物質)に特有の物理量である。それゆえ、物質パラメータを結晶相因子と呼んでもよい。さらに、パラメータSを以下に示す数式7で定義する。
【0018】
【数7】
【0019】
重量因子Wにより、試料に含まれるK個の結晶相の重量比を計算することが出来る。ここで、K個の結晶相の重量比を、W:W:・・・:Wとして計算してもよく、また、K個の結晶相のうち一部の結晶相を選択して、それらの重量比を求めてもよい。さらに、試料が非晶質成分を含んでおらず、試料に含まれる結晶相のすべてを定性分析している場合、試料全体を相対的に、kについて1~Kまでの和ΣWで表すことが出来る。よって、k番目の結晶相の重量分率wは、次に示す数式8で表すことができる。
【0020】
【数8】
【0021】
数式4を、重量因子Wに関して変換し、数式5、数式6、及び数式7を代入すれば、数式8より、重量分率wは、次に示す数式9で計算される。なお、数式9がIC公式である。
【0022】
【数9】
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0023】
【文献】Hideo Toraya,"A new method for quantitative phase analysis using X-ray powder diffraction: direct derivation of weight fractions from observed integrated intensities and chemical compositions of individual phases",J. Appl. Cryst.,2016年,No.49,1508-1516頁
【文献】Hideo Toraya,"Quantitative phase analysis using observed integrated intensities and chemical composition data of individual crystalline phases: quantification of materials with indefinite chemical compositions",J. Appl. Cryst.,2017年,No.50,820-829頁
【文献】Alexander, L. E. & Klug, H. P.,Anal. Chem.,1948年,No.20,886-889頁。
【文献】Chung, F. H.,"Quantitative Interpretation of X-ray Diffraction Patterns of Mixtures. I. Matrix-Flushing Method for Quantitative Multicomponent Analysis",J. Appl. Cryst.,1974年,No.7,519-525頁
【文献】Chung, F. H.," Quantitative Interpretation of X-ray Diffraction Patterns of Mixtures. II. Adiabatic Principle of X-ray Diffraction Analysis of Mixtures”,J. Appl. Cryst.,1974年,No.7,526-531頁
【文献】Werner, P.-E., Salome, S., Malmros, G., and Thomas, J. O.,"Quantitative Analysis of Multicomponent Powders by Full-Profile Refinement of Guinier-Hagg X-ray Film Data",J. Appl. Cryst.,1979年,No.12,107-109頁
【文献】Hill, R. J. and Howard, C. J.,"Quantitative Phase Analysis from Neutron Powder Diffraction Data Using the Rietveld Method",J. Appl. Cryst.,1987年,No.20,467-474頁
【文献】Toraya, H. and Tsusaka S.,"Quantitative Phase Analysis using the Whole-Powder-Pattern Decomposition Method. I. Solution from Knowledge of Chemical Compositions",J. Appl. Cryst.,1995年,No.28,392-399頁
【文献】Smith, D. K., Johnson, G. G. Jr., Scheible, A., Wims, A. M., Johnson, J. L. and Ullmann, G.,"Quantitative X-Ray Powder Diffraction Method Using the Full Diffraction Pattern",Power Diffr.,1987年,No.2,73-77頁
【文献】Scarlett, N. V. Y. and Madsen, I. C.,"Quantification of phases with partial or no known crystal structure",Powder Diffraction,2006年,No.21,278-284頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
IC公式(数式9)に示す物質パラメータaは結晶相(物質)に特有の物理量である。それゆえ、物質パラメータを結晶相因子と呼んでもよい。物質パラメータaは、定性分析により結晶相の化学組成が特定されていれば求まる。また、試料に化学組成が不確定な結晶相(不確定結晶相)が含まれる場合であっても、かかる物質の物質パラメータaを推定することが出来る場合がある。
【0025】
IC公式(数式9)に示すパラメータSは測定(観測)によって求められる物理量である。数式7に示す通り、各回折線の積分強度Ijkが測定より求まれば、パラメータSは求まる。定性分析により、試料に含まれるK個の結晶相が特定されており、各結晶相の粉末回折パターンのピーク位置(2θ)は既知であれば、粉末回折パターンに出現する複数の回折線を、K個の結晶相のいずれに属するのか判別することが出来る。また、2以上の回折線が重畳する重畳回折線が存在する場合は、重畳回折線の積分強度を例えば等しく分配したりや体積分率に応じて分配することにより、各結晶相のパラメータSを簡便な方法で計算することができる。
【0026】
しかし、さらに精度高く、定量分析を行うためには、試料の観測粉末回折パターンに計算粉末回折パターンをフィッティングすることにより、パラメータSを高い精度で取得するのが望ましい。X線粉末回折法を用いる定量分析技術として、WPPF(Whole-Powder Pattern Fitting:全パターンフィッティング)法がある。WPPF法では、観測される試料の粉末回折パターン全体に対して、計算パターンを、通常、最小二法を用いてフィッティングすることにより各種パラメータを最適化している。以下に、WPPF法のうち、主だったものを説明する。
【0027】
非特許文献3に記載の通り、精度の高い方法として内部(及び外部)標準法が知られている。また、データベース化されたRIR(Reference Intensity Ratio)値と最強ピーク強度の比から結晶相の重量比を求める簡易定量法が知られている。RIR値を用いるRIR定量法については、非特許文献4及び非特許文献5に開示されている。測定角度範囲内の全プロファイル強度を用いるリートベルト法が知られている。リートベルト法を用いる定量法については、非特許文献6及び非特許文献7に開示されている。さらに、個々の結晶相の観測積分強度に乗じるスケール因子から定量する全パターン分解(Whole-Powder Pattern Decomposition:WPPD)法が知られている。全パターン分解法を用いる定量法については、非特許文献8に開示されている。また、試料の粉末回折パターン(からバックグラウンド強度を除去したもの)を、プロファイル強度としてそのままフィッティングして定量分析を行う全パターンフィッティング(Full-Pattern Fitting)法が、非特許文献9に開示されている。
【0028】
内部(及び外部)標準法は、試料に含まれる複数の結晶相それぞれの単一結晶相の試料の入手と検量線の作成が求められるので、汎用性と迅速性に欠けるという問題がある。RIR値を用いるRIR定量法では、データベース化されたRIR値が必要とされる。リートベルト法では、粉末試料に含まれる複数の結晶相の結晶構造パラメータが必要とされる。全パターン分解法では、単一結晶相の試料の入手が求められる。複数の結晶相のうち一部の結晶相に対して構造パラメータが得られない場合に適用できるリートベルト法として、構造パラメータが得られない結晶相に対してRIR値を用いる方法、又はPONKCS法などが知られている。PONKCS法については非特許文献10に開示されている。しかし、いずれの方法でも、構造パラメータが得られない場合RIR定量法では実測RIR値が、又はPONKCS法では単一結晶相の試料もしくはそれに近い試料が、それぞれ参照データとして求められる。
【0029】
従来において、実験的に求まる検量線(内部標準法)、RIR値、結晶構造パラメータ(リートベルト法)など、結晶学的なデータが必要である。しかしながら、より簡便な方法で、試料の粉末回折パターンに対して全パターンフィッティングを施すことにより定量分析を可能とする、結晶相定量分析法が望まれる。
【0030】
本発明はかかる課題を鑑みてなされたものであり、複数の結晶相を含む試料の定量分析をより簡便に行うことが出来る結晶相定量分析装置、結晶相定量分析方法、及び結晶相定量分析プログラムの提供を、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0031】
(1)上記課題を解決するために、本発明に係る結晶相定量分析装置は、試料の粉末回折パターンより前記試料に含まれる結晶相を定量分析する、結晶相定量分析装置であって、前記試料の粉末回折パターンを取得する粉末回折パターン取得手段と、前記試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得する定性分析結果取得手段と、前記複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数を取得するフィッティング関数取得手段と、前記複数の結晶相それぞれに対する前記フィッティング関数を用いて、前記試料の前記粉末回折パターンに対して全パターンフィッティングを実行し、フィッティング結果を取得する、全パターンフィッティング手段と、前記フィッティング結果に基づいて、複数の結晶相の重量比を計算する重量比計算手段と、を備え、前記複数の結晶相それぞれに対する前記フィッティング関数はそれぞれ、全パターン分解によって得られる積分強度を用いる第1フィッティング関数、観測又は計算による積分強度を用いる第2フィッティング関数、観測又は計算によるプロファイル強度を用いる第3フィッティング関数からなる群から選択される1のフィッティング関数であることを特徴とする。
【0032】
(2)上記(1)に記載の結晶相定量分析装置であって、前記重量比計算手段は、IC公式を用いて、重量分率を計算してもよい。
【0033】
(3)上記(1)又は(2)に記載の結晶相定量分析装置であって、前記複数の結晶相に対して、前記第1乃至第3フィッティング関数のうち、2種類以上のフィッティング関数が選択されてもよい。
【0034】
(4)本発明に係る結晶相定量分析方法は、試料の粉末回折パターンより前記試料に含まれる結晶相を定量分析する、結晶相定量分析方法であって、前記試料の粉末回折パターンを取得する粉末回折パターン取得ステップと、前記試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得する定性分析結果取得ステップと、前記複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数を取得するフィッティング関数取得ステップと、前記複数の結晶相それぞれに対する前記フィッティング関数を用いて、前記試料の前記粉末回折パターンに対して全パターンフィッティングを実行し、フィッティング結果を取得する、全パターンフィッティングステップと、前記フィッティング結果に基づいて、複数の結晶相の重量比を計算する重量比計算ステップと、を備え、前記複数の結晶相それぞれに対する前記フィッティング関数はそれぞれ、全パターン分解によって得られる積分強度を用いる第1フィッティング関数、観測又は計算による積分強度を用いる第2フィッティング関数、観測又は計算によるプロファイル強度を用いる第3フィッティング関数からなる群から選択される1のフィッティング関数であってもよい。
【0035】
(5)本発明に係る結晶相定量分析プログラムは、試料の粉末回折パターンより前記試料に含まれる結晶相を定量分析する、結晶相定量分析プログラムであって、コンピュータを、前記試料の粉末回折パターンを取得する粉末回折パターン取得手段と、前記試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得する定性分析結果取得手段と、前記複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数を取得するフィッティング関数取得手段と、前記複数の結晶相それぞれに対する前記フィッティング関数を用いて、前記試料の前記粉末回折パターンに対して全パターンフィッティングを実行し、フィッティング結果を取得する、全パターンフィッティング手段と、前記フィッティング結果に基づいて、複数の結晶相の重量比を計算する重量比計算手段と、して機能させ、前記複数の結晶相それぞれに対する前記フィッティング関数はそれぞれ、全パターン分解によって得られる積分強度を用いる第1フィッティング関数、観測又は計算による積分強度を用いる第2フィッティング関数、観測又は計算によるプロファイル強度を用いる第3フィッティング関数からなる群から選択される1のフィッティング関数であってもよい。
【発明の効果】
【0036】
本発明により、複数の結晶相を含む試料の定量分析をより簡便に行うことが出来る結晶相定量分析装置、結晶相定量分析方法、及び結晶相定量分析プログラムが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1】本発明の実施形態に係る結晶相定量分析装置の構成を示すブロック図である。
図2】本発明の実施形態に係る結晶相定量分析方法を示すフローチャートである。
図3】本発明の実施形態に係る結晶相定量分析方法の例に用いる試料を示す図である。
図4】本発明の実施形態に係る試料の観測粉末回折パターン及び計算粉末回折パターンを示す図である。
図5】Albiteを単成分とする試料の観測粉末回折パターンに対する全パターン分解の結果を示す図である。
図6】Kaoliniteを単成分とする試料の観測粉末回折パターンからバックグラウンド強度を除去した観測粉末回折プロファイル形状を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、図面は説明をより明確にするため、実際の態様に比べ、寸法、形状等について模式的に表す場合があるが、あくまで一例であって、本発明の解釈を限定するものではない。また、本明細書と各図において、既出の図に関して前述したものと同様の要素には、同一の符号を付して、詳細な説明を適宜省略することがある。
【0039】
図1は、本発明の実施形態に係る結晶相定量分析装置1の構成を示すブロック図である。当該実施形態に係る結晶相定量分析方法は、当該実施形態に係る結晶相定量分析装置1によって実行される。すなわち、当該実施形態に係る結晶相定量分析装置1は、当該実施形態に係る結晶相定量分析法を用いて、簡便に試料の定量分析を行うことが出来る装置である。
【0040】
当該実施形態に係る結晶相定量分析装置1は、解析部2と、情報入力部3と、情報出力部4と、記憶部5と、を備えている。結晶相定量分析装置1は、一般に用いられるコンピュータによって実現され、図示しないが、ROM(Read Only Memory)やRAM(Random
Access Memory)をさらに備えており、ROMやRAMはコンピュータの内部メモリを構成している。記憶部5は記録媒体であり、半導体メモリ、ハードディスク、又は、その他の任意の記録媒体によって構成されていてもよい。ここで、記憶部5は、コンピュータの内部に設置されているが、コンピュータの外部に設置されていてもよい。また、記憶部5は、1つの単体であっても、複数の記録媒体であってもよい。結晶相定量分析装置1は、X線回折装置11及び入力装置13に接続されている。X線回折装置11は、粉末形状である試料に対して、X線回折測定により、当該試料のX線回折データを測定し、測定されたX線回折データを、結晶相定量分析装置1の情報入力部3へ出力する。入力装置13は、キーボードやマウス、タッチパネルなどによって実現される。情報入力部3はX線回折装置11及び入力装置13に接続されるインターフェイスなどである。解析部2は、情報入力部3より、当該X線回折データを取得し、当該X線回折データに前処理を施して、試料の粉末回折パターンを生成する。ここで、前処理は、データの平滑化、Kα2成分の除去などの処理をいう。解析部2で生成される当該粉末回折パターンは、記憶部5に入力され、保持される。なお、X線回折装置11が解析部(データ処理部)を備え、X線回折装置11の解析部が測定されるX線回折データに前処理を施すことにより試料の粉末回折パターンを生成して、結晶相定量分析装置1の情報入力部3へ試料の粉末回折パターンを出力してもよい。解析部2は、記憶部5(又は情報入力部3)より、当該試料の当該粉末回折パターンを取得し、当該粉末回折パターンに基づき、当該試料に含まれる結晶相を定量分析し、分析結果として、定量分析された結晶相の重量比を情報出力部4へ出力する。情報出力部4は、表示装置12に接続されるインターフェイスなどであり、表示装置12へ結晶相の重量比を出力し、表示装置12において定量分析の分析結果の表示が行われる。
【0041】
図2は、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法を示すフローチャートである。結晶相定量分析装置1の解析部2は、粉末回折パターン取得部21、定性分析結果取得部22、フィッティング関数取得部23、全パターンフィッティング部24、及び重量比計算部25を備えており、これらは、以下に説明する結晶相定量分析方法の各ステップを実行する手段である。また、当該実施形態に係る結晶相定量分析プログラムは、コンピュータを、各手段として機能させるためのプログラムである。
【0042】
[ステップS1:粉末回折パターン取得ステップ]
試料の粉末回折パターンを取得する(S1:粉末回折パターン取得ステップ)。試料の粉末回折パターンは、記憶部5に保持されている。又は、前述の通り、X線回折装置11が解析部(データ処理部)を備え、測定される試料のX線回折データに前処理を施して試料の粉末回折パターンを生成し、試料の粉末回折パターンを結晶相定量分析装置1の情報入力部3へ出力してもよい。結晶相定量分析装置1の解析部2は、記憶部5(又は情報入力部3)より当該試料の粉末回折パターンを取得する。粉末回折パターンは、横軸がピーク位置を示す回折角2θであり、縦軸が回折X線の強度を示すスペクトルである。ここで、回折角2θは、入射X線方向と回折X線方向とのなす角度である。なお、X線回折装置11により測定される試料のX線回折データが情報入力部3に入力されるか、記憶部5に保持されていてもよい。この場合は、解析部2が、情報入力部3又は記憶部5より、試料のX線回折データを取得し、試料のX線回折データに前処理を施して、試料の粉末回折パターンを生成する。
【0043】
[ステップS2:定性分析結果取得ステップ]
試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得する(S2:定性分析結果取得ステップ)。解析部2が、ステップS1により取得した試料の粉末回折パターンの回折線(ピーク)の位置と強度より、結晶相を同定する。すなわち、定性分析により、試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得する。ここで、結晶相の情報は、その化学組成と、その結晶相が結晶構造の異なる多形を有している場合にはその多形に関する情報と、当該結晶相の粉末回折パターンの複数のピーク位置と、を含んでいる。当該結晶相の粉末回折パターンの複数のピーク位置における強度を、さらに含んでいてもよい。
【0044】
ステップS1にて取得した試料の粉末回折パターンのピーク位置及びピーク強度により、解析部2が試料の定性分析を行って、試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得している。しかし、これに限定されることはなく、情報入力部3が、入力装置13より、試料の定性分析の結果である試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得してもよい。
【0045】
[ステップS3:フィッティング関数取得ステップ]
試料に含まれる複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数を取得する(S3:フィッティング関数取得ステップ)。ステップS1により取得される試料の粉末回折パターンと、ステップS2により取得される複数の結晶相の情報とに基づいて、複数の結晶相それぞれの粉末回折パターンに対して、第1乃至第3フィッティング関数の群より選択される1のフィッティング関数を用いてフィッティングを実行することをユーザが決定する。ユーザは、入力装置13を用いて、複数の結晶相それぞれに対して用いるフィッティング関数を入力する。解析部2が、情報入力部3より、入力装置13に入力される、複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数を取得する。
【0046】
以下、第1乃至第3フィッティング関数について説明する。試料の粉末回折パターンy(2θ)が、バックグラウンド強度y(2θ)backとK個の結晶相それぞれの粉末回折パターンy(2θ)との重ねあわせとみなすことができる場合、試料の粉末回折パターンy(2θ)は、次に示す数式10で表される。
【0047】
【数10】
【0048】
各結晶相の粉末回折パターンy(2θ)は、様々な表記があり、それがフィッティング関数となる。第1フィッティング関数は、Pawley法に基づく全パターン分解によって得られる積分強度を用いており、次に示す数式11で表される。
【0049】
【数11】
【0050】
ここで、P(2θ)jkはプロファイル形状を記述する規格化されたプロファイル関数である。P(2θ)は、例えばpseudo-Voigt関数など、[-∞,+∞]で定義される関数が使用されるが、実際には、各回折線のピーク位置の前後のみで値を持つと考えて差し支えない。
【0051】
第2フィッティング関数は、外部から入力される観測又は計算による積分強度を用いており、次に示す数式12で表される。
【0052】
【数12】
【0053】
ここで、Scはスケール因子であり、Ijk=ScI’jkで定義される。積分強度のセットである{I’jk}は、k番目の結晶相の単相試料に対して別途測定(又は計算)された積分強度のセットであってもよく、結晶構造パラメータの関数であってもよい。フィッティングにおいて、積分強度セット{I’jk}を固定し、その代わりにスケール因子Scを精密化することとなる。
【0054】
第3フィッティング関数は、外部から入力される観測又は計算によるプロファイル強度であり、次に示す数式13で表される。
【0055】
【数13】
【0056】
ここで、Sckは第2フィッティング関数と同様にスケール因子である。y(2θ)’はk番目の結晶相の単相試料に対して別途測定(又は計算)されたプロファイル強度であってよく、結晶構造パラメータに基づいてフィッティングの時にその場で計算されてもよい。フィッティングにおいて、プロファイル強度y(2θ)’を固定し、その代わりにスケール因子Scを精密化することとなる。
【0057】
ユーザは、試料の粉末回折パターンと、複数の結晶相の情報とに基づいて、複数の結晶相それぞれの粉末回折パターンに対して、第1乃至第3フィッティング関数のいずれを用いてフィッティングを行うか決定する。第1フィッティング関数は、結晶相の結晶性が高く結晶の対称性が比較的高い場合に、選択するのが望ましい。これに対して、結晶の対称性が低く、多数のピークから成る複雑な回折パターンを呈する結晶相に対しては、第2又は第3フィッティング関数を用いるのが望ましい。特に、結晶性が低く、ピークプロファイルが崩れている場合には、第3フィッティング関数を用いるとよい。
【0058】
[ステップS4:全パターンフィッティングステップ]
ステップS3により取得される複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数を用いて、試料の粉末回折パターンに対して全パターンフィッティングを実行し、その結果を取得する(S4:全パターンフィッティングステップ)。ここで、全パターンフィッティングに用いるフィッティング関数は数式10であり、数式10に記載されるk番目の結晶相のフィッティング関数y(2θ)は、第1乃至第3フィッティング関数のいずれかである。
【0059】
第1フィッティング関数を用いる場合、プロファイルの形状を計算するのに必要なモデルのパラメータは、(a)半値幅(FWHM)を決めるパラメータ、(b)プロファイルの形状を決めるパラメータ、及び(c)k番目の結晶相の格子定数である。なお、第1フィッティング関数を用いる場合、積分強度Ijkの初期値は不要である。
【0060】
第2フィッティング関数を用いる場合、プロファイルの形状を計算するのに必要なモデルのパラメータは、第1フィッティング関数を用いる場合と同様に、上記(a)乃至(c)を含むが、事前に決められた積分強度のパラメータと、スケール因子とを、さらに含む。前述の通り、フィッティングにおいて積分強度のパラメータは固定されることとなる。
【0061】
第3フィッティング関数を用いる場合、プロファイルの形状を計算するのに必要なモデルのパラメータは、バックグラウンド強度を差し引いた観測又は計算によるプロファイル関数y(2θ)のデータと、スケール因子である。前述の通り、フィッティングにおいてプロファイル関数y(2θ)は固定されることとなる。
【0062】
なお、第1乃至第3フィッティング関数のいずれを用いる場合であっても、数式10に記載の通り、バックグラウンド強度y(2θ)backのパラメータが必要となる。これらパラメータがフィッティングにより最適化され、その結果が取得される。
【0063】
[ステップS5:重量比計算ステップ]
ステップS4により取得されるフィッティング結果に基づいて、複数の結晶相の重量比を計算する(重量比計算ステップ)。
【0064】
第1フィッティング関数を用いる場合は、数式7を用いて、積分強度Ijkにより、k番目の結晶相のパラメータSを計算する。
【0065】
第2フィッティング関数を用いる場合は、次に示す数式14を用いて、スケール因子Sc及び積分強度I’jkにより、k番目の結晶相のパラメータSを計算する。
【0066】
【数14】
【0067】
第3フィッティング関数を用いる場合は、次に示す数式15を用いて、k番目の結晶相のパラメータSを計算する。
【0068】
【数15】
【0069】
以下、数式15の導出について説明する。数式2で定義されるGjkは、回折角2θに対する連続関数G(2θ)とみなすことができ、G(2θ)を数式11の両辺に乗じて、有限の2θ範囲[2θ,2θ]で積分すると、次に示す数式16を得る。なお、該積分の積分値をYとする。ここで、2θ範囲は、前述の通り定量分析を行うのに必要な本数の回折線が十分に含まれていればよい。
【0070】
【数16】
【0071】
前述の通り、プロファイル関数P(2θ)jkは、各回折線のピーク位置の前後のみで値を持つとしてよく、それに乗じられるG(2θ)は、その範囲では一定の値を持つとみなしても大きな差異は生じない。また、プロファイル関数P(2θ)jkは規格化されており、∫P(2θ)jkd(2θ)=1である。よって、Yは、数式7に示すパラメータSと等しいとみなしてよい。よって、数式13と数式16により、数式15が導かれる。
【0072】
前述の通り、物質パラメータaは、定性分析により結晶相の化学組成が特定されていれば求まり、また、試料に化学組成が不確定な結晶相(不確定結晶相)が含まれる場合であっても、かかる物質の物質パラメータaを推定することが出来る場合がある。よって、物質パラメータaと、ステップS4により取得されるフィッティング結果より求まるパラメータSと、を用いて、k番目の結晶相の重量因子Wを計算する。
【0073】
よって、重量因子Wを用いて、試料に含まれる複数の結晶相の重量比を計算することが出来る。また、数式8又はIC公式(数式9)を用いて、k番目の結晶相の重量分率wを計算することができる。
【0074】
以下、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法を用いて、混合物試料に対して定量分析をおこなう実施例を説明する。
【0075】
図3は、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法の例に用いる試料を示す図である。図3に示す通り、当該試料は、3種の造岩鉱物(である結晶相)からなる混合物試料を用いている。当該試料は、セラミックス原料にも使用される風化花崗岩の組成比を模したものであり、各結晶相の重量分率wは、図3に示している。
【0076】
ステップS1において、試料の観測粉末回折パターンを取得する。図4は、当該実施形態に係る試料の観測粉末回折パターン及び計算粉末回折パターンを示す図である。図4に示すダイヤモンド◆のシンボルが、観測粉末回折パターンである。2θが10°~80°の範囲で測定をしている。なお、計算粉末回折パターンについては後述する。
【0077】
ステップS2において、試料に含まれる複数の結晶相の情報を取得する。ここでは、図3に示す通り、試料には3種の結晶相(A、B、及びC)が含まれており、それぞれの結晶相の化学組成も明らかになっている。
【0078】
ステップS3において、試料に含まれる複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数を取得する。ここでは、図3に示す通り、ユーザが、結晶相AであるQuartzに対するフィッティング関数には第1フィッティング関数を、結晶相BであるAlbiteに対するフィッティング関数には第2フィッティング関数を、結晶相CであるKaoliniteに対するフィッティング関数には第3フィッティング関数を、それぞれ選択する。そして、ユーザは入力装置13を用いて、結晶相A乃至Cそれぞれに対して用いるフィッティング関数を入力し、解析部2が、結晶相A乃至Cそれぞれに対するフィッティング関数を取得する。
【0079】
結晶相AであるQuartzは、結晶構造の対称性が比較的高い。それゆえ、全パターン分解をする際に他の成分が存在してもフィッティングが容易であるので、ユーザは、結晶相Aに対して用いるフィッティング関数に、第1フィッティング関数を選択する。この場合、積分強度パラメータ{IjA}は、すべてフィッティング時に最適化される。
【0080】
結晶相BであるAlbiteは、長石の1種であり、三斜晶系で結晶の対称性が低い。例えば、2θが5°~80°の範囲に810本の回折線が存在することが知られている。ユーザは、結晶相Bに対して用いるフィッティング関数に、第2フィッティング関数を選択する。Albiteを単成分とする試料に対してすでに行われている全パターン分解により得られる、観測積分強度のセット{IjB}が取得される。この場合、事前に取得される観測積分強度のセットを積分強度パラメータ{I’jB}とし、これにスケール因子を乗じたものがプロファイル強度の計算に用いられる。
【0081】
図5は、Albiteを単成分とする試料の観測粉末回折パターンに対する全パターン分解の結果を示す図である。図5に、観測粉末回折パターンがダイヤモンド◆のシンボルで示されている。2θが10°~80°の範囲で測定をしている。全パターン分解の結果である計算粉末回折パターンが、観測粉末回折パターンに重ねて実線で示されている。さらに、観測粉末回折パターンから、観測粉末回折パターンから内挿される回折パターンに基づく全パターン分解の結果、を減じて得られる残余回折パターンが、観測粉末回折パターンの下方に示されており、観測粉末回折パターンに全パターン分解が精度よくフィッティングできていることを示している。
【0082】
結晶相CであるKaoliniteは、粘土鉱物の1種であり、長石等が風化・変性して形成されたものである。Kaoliniteは、結晶性が低いことで知られている。それゆえ、Kaoliniteの観測粉末回折パターンが有する複数のピークのうち、ピークが広がり隣り合うピークが重畳しあうものが多く、明確な回折プロファイル形状となっていない。明確な回折プロファイル形状を前提とする全パターン分解法の適用を困難にしている。それゆえ、ユーザは、結晶相Cに対して用いるフィッティング関数に、第3フィッティング関数を選択する。Kaoliniteを単成分とする試料の観測粉末回折パターンからバックグラウンド強度を除去したものが、観測プロファイル強度y(2θ)として取得される。この場合、事前に取得される観測プロファイル強度を観測プロファイル強度y’(2θ)とし、これにスケール因子を乗じたのものが、プロファイル強度の計算に用いられる。
【0083】
図6は、Kaoliniteを単成分とする試料の観測粉末回折パターンからバックグラウンド強度を除去した観測粉末回折プロファイル形状を示す図である。2θが5°~80°の範囲で測定をしている。図6に示す通り、Kaoliniteの観測粉末回折プロファイル形状は、互いに癒着する様相となるものが多い。
【0084】
ステップS4において、複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数を用いて、試料の粉末回折パターンに対して全パターンフィッティングを実行し、その結果を取得する。ここで、結晶相A乃至Cに対するフィッティング関数は、図3に示す通り、それぞれ第1乃至第3フィッティング関数である。全パターンフィッティングの結果である計算粉末回折パターンが、図4に示されている。図4には、結晶相A乃至Cそれぞれに対応する3本の計算粉末回折パターン(計算プロファイル強度)が記載されており、それぞれ、曲線A乃至Cとして図4に示されている。図4に示す通り、3本の計算粉末回折パターンは、観測粉末回折パターンと高い精度で適合している。
【0085】
ステップS5において、ステップS4により取得されるフィッティング結果に基づいて、複数の結晶相の重量比を計算する。ここでは、重量分率wを求めており、その結果は、図3に示されている。図3に示す通り、試料における各結晶相の秤量値(設計値)は、それぞれ50%、39.97%、及び10.03%である。これに対して、各結晶相の分析値に関して、結晶相Aの重量分率wが51.23%(差分+1.23%)であり、結晶相Bの重量分率wが39.12%(差分-0.85%)であり、結晶相Cの重量分率w C が9.65%(差分-0.38%)であり、各結晶相の秤量値に対して、高い精度で定量分析が実現している。以上、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法を用いて、混合物試料に対して定量分析をおこなう実施例を説明した。
【0086】
以上、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法について説明した。当該実施形態に係る結晶相定量分析方法により、第1乃至第3フィッティング関数を用いてフィッティングをする際に、入力するパラメータさえ決定できればフィッティングを実行することができ、さらに、定性分析により試料に含まれる複数の結晶相の物質パラメータaが特定又は推定できれば、定量分析を実現することができている。
【0087】
当該実施形態に係る結晶相定量分析方法において、試料が複数の結晶相を含む場合に、複数の結晶相に対するフィッティング関数は、第1乃至第3フィッティング関数のいずれであってもよく、試料の粉末回折パターンに対するフィッティング関数が、第1乃至第3フィッティング関数のうち、1種類、2種類、又は3種類のフィッティング関数からなるいずれの場合であっても、試料の粉末回折パターンに対して、全パターンフィッティングを実行し、複数の結晶相の重量比を計算することができる。
【0088】
特に、従来の定量分析方法において、第1乃至第3フィッティング関数のうち、2種類以上のフィッティング関数を同時に用いて、試料の粉末回折パターンに対して全パターンフィッティングを実行することが非常に困難であった。これに対して、当該実施形態に係る結晶相定量分析方法では、前記第1乃至第3フィッティング関数のうち、2種類以上のフィッティング関数が選択されてもよい。2種類又は3種類のフィッティング関数を同時に用いて、全パターンフィテッィングを実行することが出来ており、格別な効果を奏している。
【0089】
当該実施形態に係る結晶相定量分析方法では、ユーザが試料の回折パターンより、試料に含まれる複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数が、第1乃至第3のフィッティング関数のうち、いずれが相応しいかユーザが判断しているが、これに限定されることはない。解析部2自らが自動的に判断して、複数の結晶相それぞれに対するフィッティング関数を決定し、その結果を取得してもよい。
【0090】
当該実施形態において、全パターンフィッティングを実行する対象となる試料の粉末回折パターンは、バックグラウンド強度を含むものであり、それゆえ、フィッティング関数にもバックグラウンド強度を含んでいるが、これに限定されることはない。前処理においてバックグラウンドの除去が施され、全パターンフィッティングを実行する対象となる試料の粉末回折パターンがバックグラウンド強度を含んでいなくてもよい。この場合、フィッティング関数はバックグラウンド強度を含まない。
【0091】
以上、本発明の実施形態に係る結晶相定量分析装置、結晶相定量分析方法、及び結晶相定量分析プログラムについて説明した。本発明は、上記実施形態に限定されることなく、広く適用することが出来る。例えば、上記実施形態における粉末回折パターンは、X線回折測定によって得られたものであるが、これに限定されることはなく、中性子回折測定など他の測定によるものであってもよい。また、粉末回折パターンに含まれる回折線の判別や、重畳又は近接する回折線の強度の分配など、必要に応じて様々な近似が考えられる。上記実施形態における結晶相定量分析方法では、複数の結晶相の重量比を計算しているが、かかる重量比に基づいてモル比など他の量比を計算していてもよい。



図1
図2
図3
図4
図5
図6