(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-27
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】細胞接着基材の作製方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20220128BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20220128BHJP
C12N 5/07 20100101ALI20220128BHJP
C12N 1/04 20060101ALI20220128BHJP
C12N 11/08 20200101ALI20220128BHJP
【FI】
C12M1/00 C
C12M3/00 A
C12N5/07
C12N1/04
C12N11/08
(21)【出願番号】P 2017246740
(22)【出願日】2017-12-22
【審査請求日】2020-07-29
(73)【特許権者】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(72)【発明者】
【氏名】祐村 恵彦
【審査官】原 大樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-067987(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0255594(US,A1)
【文献】特開2004-290111(JP,A)
【文献】国際公開第2018/182044(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
C12N
MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/CAplus(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(a)~(c)を順次備えることを特徴とする細胞接着基材の作製方法。
(a)
表面が親水化処理された細胞培養基板上に2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)
とメタクリル酸ブチルからなる共重合体を塗布する工程;
(b)MPC
とメタクリル酸ブチルからなる共重合体を塗布した
前記細胞培養基板上に所定の形状の孔を有するマスクを載せる工程;
(c)マスクを載せた
前記細胞培養基板をプラズマ処理する工程;
【請求項2】
2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)と
メタクリル酸ブチルからなる共重合体が、以下の式(II)で示される化合物であることを特徴とする請求項
1に記載の細胞接着基材の作製方法。
(式(II)中、m、nは各構成単位のモル比を示すための数字であり、モル比でm/n=70/30~90/10である。)
【請求項3】
細胞培養基板がガラス製であることを特徴とする請求項1
又は2に記載の細胞接着基材の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞接着領域と非細胞接着領域とを備えた細胞接着基材の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カバースリップやシャーレなどの培養基板表面上の指定した微小領域にのみ培養細胞を接着又は配列させる技術が現在世界中で研究が進められている。この技術を使えば、細胞の運動、細胞の増殖、細胞死、細胞の分化制御などの観察が可能となるほか、細胞に対する薬剤の効果確認が容易となる。
【0003】
培養基材表面上に培養細胞を接着又は配列させる技術としては、例えば、基板と、前記基板表面に設けられたポリエチレングリコール層と、前記ポリエチレングリコール層上に配置された細胞外マトリクスを含む、細胞固定化用基板が提案されている(特許文献1参照)。また、光触媒の作用により細胞の接着性が変化する細胞接着性変化材料でカバースリップをコートして、マスクを入れて光照射することでパターン化した接着領域を作製する方法が提案されている(特許文献2参照)。
【0004】
一方、親水性表面の作製に関し、基盤材料を低温ガスプラズマ中で処理することにより、前記基盤材料に親水性表面を形成することからなる細胞培養基盤作製方法が提案されている(特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-187072号公報
【文献】特開2004-344025号公報
【文献】特開平6-303963号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1に記載の方法では、ポリエチレングリコールを用いており、ポリエチレングリコールでは細胞接着を完全に阻害できないという問題があった。さらに、マイクロパターン形成にはインクジェット印刷技術が必要となり、基板の作製は非常に煩雑で、かつ基板自体が高価になるという問題もあった。
【0007】
また、上記特許文献2に記載の方法では、一時的に細胞を基材上に固定することは可能であるが、光触媒の作用により細胞の接着性が変化するという特殊な細胞接着性変化材料を用いる必要があり高価となるほか、長時間細胞が接着領域に維持することが難しいという問題があった。そのため、例えば運動性の細胞を観察する場合に、細胞が顕微鏡視野から出てしまい、同じ細胞を長時間観察し続けることができないという問題があった。
【0008】
さらに、上記特許文献3に記載の方法は、細胞が接着することは可能であるものの、細胞接着能力が低いという問題があった。
【0009】
そこで、本発明の課題は、簡便かつ低コストで作製でき、基材上の指定した領域にのみ細胞接着が可能な細胞接着基材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行うなかで、基板上に非細胞接着性の2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)の重合体を塗布し、その上面の特定の領域を、微細孔を有するマスクをしたうえでプラズマ処理をすることで、プラズマ処理された領域、すなわちマスクをしていない微細孔領域のみにおいて細胞接着が可能な基板を作製することが可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
(1)以下の工程(a)~(c)を順次備えることを特徴とする細胞接着基材の作製方法。
(a)細胞培養基板上に2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)の重合体を塗布する工程;
(b)MPCの重合体を塗布した細胞培養基板上に所定の形状の孔を有するマスクを載せる工程;
(c)マスクを載せた細胞培養基板をプラズマ処理する工程;
(2)2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)の重合体が、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)とブチル(メタ)アクリレートからなる共重合体であることを特徴とする上記(1)記載の細胞接着基材の作製方法。
(3)2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)とメタクリル酸ブチルの共重合体が、以下の式(II)で示される化合物であることを特徴とする上記(1)又は(2)記載の細胞接着基材の作製方法。
式(II)中、m、nは各構成単位のモル比を示すための数字であり、モル比でm/n=70/30~90/10である。)
(4)細胞培養基板がガラス製であることを特徴とする上記(1)~(3)のいずれか記載の細胞接着基材の作製方法。
(5)細胞培養基板の表面が親水化処理されていることを特徴とする上記(1)~(4)のいずれか記載の細胞接着基材の作製方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、所望の形状又は大きさの領域のみで細胞が培養可能な基材を簡便かつ低コストで作製可能となる。また、マスクの形状又は大きさは自在に変えることができるため、所望の形状や大きさで細胞を培養して細胞シートを作製することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明における細胞接着基材の作製方法の概略を示す図である。
【
図2】細胞非接着領域をCellMask Orangeで染色する場合のイメージを示す図である。
【
図3】(a)本発明の細胞接着基材の作製方法によってパターン状に接着領域を作製した培養基材上に細胞性粘菌を含む培養液を載せて、その後培養液を吸引して除去した直後の写真、及び(b)24時間ほど培養後の最後の2時間の動画像を平均化した写真である。
【
図4】(a)市販の線状の細胞接着性制御パターンを有する細胞接着基材を用いて、上記と同様に前記細胞接着基材上に細胞性粘菌を含む培養液を載せて、その後培養液を吸引して除去した直後の写真、及び(b)2時間ほど培養した状況の写真である。
【
図5】(a)細胞粘菌の代わりにアフリカミドリザルの培養細胞であるCos1細胞を用いて、
図3と同様に前記細胞接着基材上に該細胞を含む培養液を載せて、その後培養液を吸引して除去した直後の写真、及び(b)24時間ほど培養した状況の写真である。
【
図6】(a)マスクの孔としてダイヤ型とし、マスクの孔に沿った形状の細胞シートを作製した結果、(b)マスクの孔としてスペード型とし、マスクの孔に沿った形状の細胞シートを作製した結果を示す図である。
【
図7】蛍光色素(CellMask Orange)で細胞非接着領域を染色して蛍光顕微鏡で観察した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1は、本発明における細胞接着基材の作製方法の概略を示す図である。カバースリップに所定の形状の孔(
図1では四角)を有するマスクを載せ、プラズマ処理を行う。その結果、プラズマ処理を行った領域(マスクの孔の領域)は細胞接着領域、プラズマ処理を行っていない領域(マスク領域)は細胞非接着領域としてパターン化が可能となる。
【0015】
また、
図2に示すように、CellMask Orangeのような蛍光を発する色素を用いれば、細胞接着領域と細胞非接着領域を区別することが容易となる。
【0016】
本発明における細胞培養基板の材質としては、細胞を培養でき、細胞を顕微鏡で観察できるものであればよく、顕微鏡観察をする上で透過性の観点から、ガラス、石英、セラミック、サファイナなどの透明無機材料や、ポリスチレン、ポリプロピレン、ポリメタクリルアクリルアミドなどの高分子化合物を好適に挙げることができる。また、細胞培養基板の形状としては特に制限されず、カバースリップ形状、シャーレ形状、ボトムディッシュ形状などを挙げることができる。
【0017】
上記細胞培養基板は油などの表面の汚れを除去し、その後のMPCなどの重合体の塗布において細胞培養基板と上記重合体との接着性を高めるために親水化処理されていてもよく、親水化処理としては、プラズマ処理や、酸又はアルカリ処理や、有機溶媒処理を挙げることができる。
【0018】
本発明における細胞の種類としては原生生物、動物細胞、植物細胞、細菌、酵母を例示することができる。
【0019】
原生生物としては、細胞性粘菌、アメーバ、藻類、繊毛虫を例示することができ、細胞性粘菌としては、キイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)の細胞を好適に例示することがでる。動物細胞を用いる場合、由来としてはヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ウマ、ブタ、イヌなどの哺乳動物由来を挙げることができ、細胞の種類としてはプライマリー細胞、細胞株、受精卵、神経細胞などの哺乳動物細胞を例示することができる。動物細胞を用いる場合には、接着性細胞でも浮遊性細胞でもよいが、接着性細胞を好適に例示することができる。また、植物細胞としては、ニコチアナ・タバカム、シロイヌナズナ由来の細胞を例示することができる。細菌としては、大腸菌、古細菌、マイコプラズマを例示することができる。なお、細胞や細菌としては、細胞壁溶解酵素などで細胞壁を分解したプロトプラストであることが好ましい。
【0020】
本発明における2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)の重合体としては、次の式(I)に示すMPC単量体からなる単重合体であっても、MPC単量体とMPC以外の単量体からなる共同重合体であってもよい。
【0021】
【0022】
MPC以外の単量体としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、ステアリル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート等のアルキル(メタ)アクリレートや、ベンジル(メタ)アクリレート、フェノキシエチル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、ポリプロピレングリコールモノ(メタ)アクリレート、ポリテトラメチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、ポリプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ポリテトラメチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、ポリプロピレングリコールポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、メタクリル酸ナトリウム、2-ヒドロキシ-3-メタクリロイルオキシプロピルトリメチルアンモニウムなどを挙げることができ、ブチル(メタ)アクリレートを好適に挙げることができる。なお、上記「(メタ)アクリレート」とは、アクリレート又はメタクリレートを意味する。2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)とブチル(メタ)アクリレートとの共重合体の例を以下の式(II)に示す。
【0023】
【0024】
式(II)中、m、nは各構成単位のモル比を示すための数字であり、モル比でm/n=70/30~90/10である。)
【0025】
本発明のマスクの材質としては、ポリイミド、アルミニウム、ナイロンなどを挙げることができる。マスクの孔は細胞を培養したい領域に合わせて任意の大きさ、形状とすることができる。
【0026】
上記「細胞培養基板上に2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)の重合体を塗布する工程」におけるMPC重合体の塗布方法としては特に制限されないが、MPC重合体をエタノールなどの有機溶媒に溶解し、かかる溶解液を、スピンコーターなどの回転式塗布装置を用いて細胞培養基板上に塗布する方法を挙げることができる。
【0027】
上記「マスクを載せた細胞培養基板をプラズマ処理する工程」におけるプラズマ処理時間としては特に制限されないが、10~60秒、好ましくは20~40秒を挙げることができる。MPC上では細胞が接着しないが、上記プラズマ処理によって細胞が接着できるようになる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの
例示に限定されるものではない。
【0029】
1.培養基材の作製
ガラスボトムディッシュ(D11130H、松浪硝子工業社製)を真空デバイス(PB-1:真空デバイス社製)により、真空引きを1分、その後プラズマ処理(第一プラズマ処理)を30秒間行い、基材表面を親水処理した。プラズマ処理後、スピンコーターを用いて、0.5%のLipidure-CM5206(登録商標)(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリンとブチル(メタ)アクリレートの共重合体:日油株式会社)を含むエタノール溶液10μLをカバースリップ上に塗布した。乾燥後、塗布面の上から後述の幅の孔を持ち、厚さ5-15μmのアルミニウム又はポリイミドからなるマスク(松陽産業社製)を載せた。次いで、マスクを載せた上記ガラスボトムディッシュの上面から真空デバイス(PB-10:真空デバイス社製)で30秒間プラズマ処理(第二プラズマ処理)して培養基材を作製した。このプラズマ処理により、プラズマ処理された領域は細胞接着領域となり、プラズマ処理されていない領域(マスクを載せた領域)は細胞非接着領域とした。なお、コントロールとして、第二プラズマ処理なしの培養基材を作製した。
【0030】
2.細胞性粘菌の接着
上記で作製した培養基材上に、細胞性粘菌キイロタマホコリカビ(Dictyostelium discoideum)1~2×10
6Cells含むHL5培養液2mLを載せて10分以上22℃で静置した。マスクは多数の円形細孔を有するものを用いた。その後培養基材上の培養液を吸引して培養基材に付着しなかった細胞を含む培養液を除去し、さらに1時間、22℃で培養した。培養液を吸引して除去した直後、又はその後引き続き24時間ほど培養した培養基材を位相差顕微鏡で観察した。培養液を吸引して除去した直後の画像、及び24時間培養後の最後の2時間の動画像を平均化した画像をそれぞれ
図3(a)、(b)に示す。
【0031】
図3(a)、(b)に示すように、細胞性粘菌は細胞接着領域に接着し、培養24時間培養後もマスクされていない細胞接着領域のみに接着して培養されていることが確認された。したがって、本発明を用いれば培養する細胞が細胞接着領域にとどまることから細胞の運動を制限できる。また、顕微鏡視野の大きさの接着領域を用意すれば,運動性の細胞を観察する場合に運動領域を制限できるので、細胞が顕微鏡視野から出ることなく長時間細胞の観察を続けることや、細胞運動の軌道を人為的に制御したうえで細胞の行動解析を行うことができる。これにより、細胞周期の全過程の細胞内の分子の動態を追跡することが可能となる。なお、図では示していないが、コントロールの培養基材では、細胞性粘菌が接着せず、培養液を吸引すると培養基材に細胞は残らなかった。
【0032】
3.市販の細胞接着基板との比較
市販の線状の細胞接着性制御パターンを有する細胞接着基板「CytoGraph(登録商標)」(大日本印刷社製)上にHL5培養液で培養した細胞性粘菌(1×10
6個を載せて10分以上22℃で静置した。制御パターンは幅10μmであった。その後、培養基材上の培養液を吸引して除去し、さらに1時間、22℃で培養した。培養液を吸引して除去した直後、又はその後引き続き2時間培養した培養基材を位相差顕微鏡で観察した。培養液を吸引して除去した直後の画像、及び2時間培養した状況の動画像を平均化した画像をそれぞれ
図4(a)、(b)に示す。
【0033】
図4(a)、(b)に示すように、細胞性粘菌を載せた直後は細胞性粘菌が細胞接着性制御パターン領域に接着しているが、その後2時間経過後に、細胞接着性制御パターン以外の領域にも移動していることが確認された。
【0034】
4.Cos1細胞の培養
細胞性粘菌と同様にアフリカミドリザルの培養細胞であるCos1細胞でも培養を行った。マスクは直径100μmの多数の円形細孔を有するもの(松陽産業社製)を用いた以外、上記細胞性粘菌の場合と同様の方法でプラズマ処理及び細胞培養(24時間培養)を行った。結果を
図5(a)、(b)に示す。
【0035】
図5(a)、(b)に示すように、細胞性粘菌だけでなく動物細胞においても細胞接着領域のみに接着して培養していることが確認された。また、マスクの孔を任意の形状とすることで細胞接着領域の形状を自由に設計し、任意の領域で細胞を培養できることが確認された。かかる結果から、例えば、
図5(a)のように円形の大きな孔を有するマスクを用いれば,この円形の接着領域内に限定して,細胞の運動などを長時間調べることが可能となる。
【0036】
なお、さらに24時間培養し、増殖が進んで細胞が接着領域に接着しきれないほどの数になった場合には、これらの細胞は基材には接着できずに浮遊した状態となった。しかしながら、浮遊細胞は吸引して除去することで接着領域に接着した細胞を観察可能であった。
【0037】
5.様々な形状のCos1細胞シートの作製
マスクにおいて、幅600μmのダイヤ形やスペード形の孔を有する以外は、上記と同様の方法でプラズマ処理及び細胞培養を行った。結果を
図6(a)、(b)に示す。
【0038】
図6(a)、(b)に示すとおり、孔の形状に従って、すなわち孔の形状に沿った接着領域内に細胞が増殖し、孔の形状に沿った細胞シートを形成していること、及び非細胞接着領域には細胞が移動していないことが明らかとなった。このように、本発明を用いれば、任意の形状の細胞シートを作製することが可能となることが確認された。
【0039】
6.非接着領域の染色
上記で用いたLipidureはリン脂質類似構造を有するので、リン脂質に結合すると赤い蛍光を発する蛍光色素で染色することができる。上記「1.培養基材の作製」と同様の方法で培養基材を作製し、かかる培養基材上にCellMask Orange(MolecularProbe社製)を加え得て1分、22℃経過後に蛍光顕微鏡で観察した結果を
図7に示す。なお、CellMask Orangeはリン脂質に結合すると赤い蛍光を発する色素である。
【0040】
図7から明らかなように、Lipidureにおけるプラズマ処理されていな非接着領域のみが蛍光顕微鏡で観察すると赤く染色されていた。かかる方法により、細胞接着領域と非接着領域の区別がつきやすく、細胞観察をより視認しやすくすることが可能となる。また、細胞のトラッキングを行う場合に、観察対象の細胞や接着領域を探しやすくすることが可能となる。
【0041】
7.まとめ
上記結果により、本発明を用いれば、培養基材上に細胞接着領域を多数配置することで「細胞マイクロアレイ」を作製することも可能となる。薬剤の効果を調べるために、従来は96well培養器を用い、それぞれのwellに細胞を接種し、そこに薬剤を投入していた。しかしながら、96wellの培養器に細胞を接種する操作は時間がかかり煩雑であった。一方、シャーレなどの培養基材上に「細胞マイクロアレイ」を形成することができれば、96well培養器を使うことなく一度に薬剤の効果を調べることが可能となる。
【0042】
また、本発明を用いれば、「細胞マイクロアレイ」間の細胞のシグナル伝達を細胞間の接着なしで調べることが出来る。細胞同士が接着している場合、細胞接着を通した細胞間コミュニケーションと外液を介した拡散性のサイトカインのような細胞間コミュニケーションとを区別するのは困難である。一方で、本発明では非接着領域には細胞が無いために、非接着領域で細胞を隔てた場合には、確実に細胞同士が非接着となり、細胞接着の影響を除外して細胞間コミュニケーションを調べることができる。
【0043】
このほか、本発明を用いれば任意の形状、大きさで細胞シートを作製可能であることから、細胞をバイオセンサー、バイオリアクター、人工臓器、再生医療としても利用可能になる。加えて、接着領域のみに細胞が接着することから、実験に必要な細胞数(特に幹細胞等の貴重な細胞種)を最小限とすることや、投与する薬剤を必要最小限の量で足りるというメリットを有するほか、細胞に薬剤が作用しやすくなるため、薬剤の効果検証やスクリーニングとしても有用である。