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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-27
(45)【発行日】2022-02-21
(54)【発明の名称】歯周炎治療薬及び歯周炎治療用組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 39/395 20060101AFI20220214BHJP
   A61P 1/02 20060101ALI20220214BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220214BHJP
【FI】
A61K39/395 D
A61P1/02
A61P43/00 111
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018529851
(86)(22)【出願日】2017-07-21
(86)【国際出願番号】 JP2017026481
(87)【国際公開番号】W WO2018021188
(87)【国際公開日】2018-02-01
【審査請求日】2020-06-26
(31)【優先権主張番号】P 2016146593
(32)【優先日】2016-07-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100126882
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 光永
(72)【発明者】
【氏名】山口 洋子
(72)【発明者】
【氏名】大島 光宏
【審査官】山村 祥子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/067614(WO,A1)
【文献】特開昭62-148426(JP,A)
【文献】特開2003-066039(JP,A)
【文献】OHSHIMA M. et al.,TGF-β Signaling in Gingival Fibroblast-Epithelial Interaction,J Dent Res,2010年,Vol.89,No.11,p.1315-1321,ABSTRACT、1318ページ「Effect of Inhibitors on Gel Degradation」の欄、1319ページ左欄10-15行
【文献】KHODO SN et al,Deleting the TGF-βreceptor in proximal tubules impairs HGF signaling,Am J Physiol Renal Physiol,2016年01月,Vol.310,p.F499-F510,Abstract,F504右欄9-17行、F505左欄18-22行, Fig.8
【文献】YANTI et al.,Effects of Panduratin A Isolated from Kaempferia pandurata RoxB. on the Expression of Matrix Metallo,Biological and Pharmaceutical Bulletin,2009年,Vol.32,No.1,p.110-115
【文献】ALTMAN LC, et al.,Neutrophil-mediated damage to human gingival epithelial cells,Journal of Peridontal Research,1992年,Vol.27, No.1,p.70-79
【文献】Cell Biology International Reports,1992年,Vol.16,No.9,p.917-926
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 45/00
A61K 39/395
A61K 31/7088
A61K 31/7105
A61P 1/02
A61P 43/00
A61K 48/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝細胞増殖因子(HGF)中和抗体を有効成分として含有する歯周炎治療薬。
【請求項2】
請求項1に記載の歯周炎治療薬及び薬学的に許容可能な担体を含む歯周炎治療用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯周炎治療薬及び歯周炎治療用組成物に関する。本願は、2016年7月26日に、日本に出願された特願2016-146593号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
成人の約8割が罹患しているとされる歯周病は、歯肉炎と歯周炎に分けられる。歯肉炎は細菌を原因とする疾患であり、治療することができる。一方、歯周炎は最終的に歯が抜け落ちてしまう疾患であり、有効な治療法が確立されていない。
【0003】
従来、歯周炎は口腔常在菌による感染症であると考えられ、菌を除去する治療が続けられてきた。しかしながら、抜歯の約40%が歯周炎によるものであり、歯周炎の克服にはまだまだ長い道のりが残されている(例えば、非特許文献1を参照)。
【0004】
ところで、コラーゲンは細胞組織を支えるタンパク質であり、皮膚や骨等の生体組織の形成において重要な役割を果たしている。コラーゲンは、歯周組織の形成にも関与しており、歯肉及び歯根膜組織のコラーゲン線維が炎症によって破壊されると、歯と歯槽骨との結合組織性付着が喪失し、歯の脱落が起こる。発明者らは以前に、歯周組織におけるコラーゲンの分解をインビボに近い条件で、インビトロにおいて評価することができる三次元培養系を開発した(特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第5679140号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】大島 光宏、山口 洋子、歯周炎薬物治療のパラダイムシフト、Folia pharmacologica Japonica 141(6)、314-320、2013.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、歯周炎を効果的に治療することができる歯周炎治療薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は以下の通りである。
(1)肝細胞増殖因子(HGF)シグナル阻害剤を有効成分として含有する歯周炎治療薬。
(2)前記HGFシグナル阻害剤が、HGF特異的結合物質、HGF発現阻害剤、HGF活性化酵素特異的結合物質、HGF活性化酵素発現阻害剤、HGF活性化酵素阻害剤、c-Met特異的結合物質、c-Met発現阻害剤及びc-Met阻害剤からなる群より選択される、(1)に記載の歯周炎治療薬。
(3)(1)又は(2)に記載の歯周炎治療薬及び薬学的に許容可能な担体を含む歯周炎治療用組成物。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、歯周炎を効果的に治療することができる歯周炎治療薬を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】(a)~(d)は、歯肉線維芽細胞のコラーゲンゲル三次元培養系を説明する図である。
図2】(a)~(h)は、実験例1においてインキュベートした各コラーゲンゲルを撮影した写真である。
図3】(a)及び(b)は、実験例1におけるコラーゲンゲルの薄切切片のヘマトキシリン・エオジン染色の結果を示す顕微鏡写真である。
図4】実験例2におけるコラーゲンの定量結果を示すグラフである。
図5】(a)及び(b)は、実験例3においてインキュベート後回収した各コラーゲンゲルを撮影した写真である。
図6】(a)~(f)は、実験例4においてインキュベートした各コラーゲンゲルを撮影した写真である。
図7】(a)及び(b)は、実験例4におけるコラーゲンゲルの薄切切片のヘマトキシリン・エオジン染色の結果を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[コラーゲンゲル三次元培養系]
まず、発明者らが以前に開発した、歯肉線維芽細胞のコラーゲンゲル三次元培養系について図1(a)~(d)を参照しながら説明する。この培養系は、歯周組織におけるコラーゲンの分解に対する被験物質の影響をインビトロにおいて評価することができ、インビボに近い結果を得ることができるものである。
【0012】
まず、図1(a)に示すように、コラーゲンゲルの中に歯周炎患者由来の歯肉線維芽細胞及び被験物質を添加し、シャーレに注ぐ。続いて、37℃で30分インキュベートし、コラーゲンゲルを硬化させる。続いて、硬化したコラーゲンゲル上に歯周炎患者由来の歯肉上皮細胞を播種し、一晩インキュベートする。
【0013】
続いて、図1(b)に示すように、シャーレからコラーゲンゲルを剥がして浮かせる。この際、コラーゲンゲルを浮かべる培地中にも被験物質を添加する。続いて、5日間浮遊培養を継続する。この間に、歯肉線維芽細胞と歯肉上皮細胞との相互作用により産生される各種因子によってコラーゲンゲルが分解され収縮する。また、培地中に添加した被験物質によっては、上記の歯肉線維芽細胞及び歯肉上皮細胞の活動に影響を与え、その結果コラーゲンゲルの分解量が変化する。
【0014】
続いて、図1(c)に示すように、浮遊培養5日目に、残存するコラーゲン量を定量する。あるいは、この段階でゲルを籠の上に載せて表面を空気に曝して、歯肉上皮細胞の重層化を行ってもよい。
【0015】
続いて、図1(d)に示すように、10%ホルマリン中にゲルを入れて固定する。このゲルは、パラフィン包埋して薄切切片を作製し、各種染色及び顕微鏡観察することができる。
【0016】
以上のようにして、歯肉線維芽細胞をコラーゲンゲル三次元培養することができる。また、コラーゲンの分解に対する被験物質の影響を評価することができる。
【0017】
[歯周炎治療薬]
1実施形態において本発明は、HGFシグナル阻害剤を有効成分として含有する歯周炎治療薬を提供する。
【0018】
発明者らは、上述したコラーゲンゲル三次元培養系を用いて、歯周炎患者の歯周組織におけるコラーゲン分解に影響を与える物質をスクリーニングした。その結果、実施例において後述するように、HGFシグナル阻害剤が、コラーゲンゲル三次元培養系におけるコラーゲンの分解を顕著に抑制することを見出した。この結果は、インビボにおいても、HGFシグナル阻害剤が、歯周炎患者の歯周組織におけるコラーゲンの分解を顕著に抑制することを示す。
【0019】
したがって、本実施形態の歯周炎治療薬によれば、歯周炎を効果的に治療することができる。現在、歯周炎の有効な治療法は確立されていないが、本実施形態の歯周炎治療薬によれば、生物学的な根拠に基づいた分子標的薬による歯周炎の治療が可能となる。
【0020】
HGFのシグナルは次のようにして伝達される。まず、HGFのプロフォーム(1本鎖型)が、HGFアクチベーター、ウロキナーゼ、カテプシンG等のセリンプロテアーゼ(HGF活性化酵素)により活性化されて2本鎖型となる。続いて、HGFがその受容体であるc-Metに結合してc-Metの2量体が形成される。続いて、c-Metの細胞内ドメインのチロシン残基の自己リン酸化を起点として一連のシグナルが伝達される。
【0021】
HGFシグナル阻害剤としては、上記の一連のシグナル伝達経路をいずれかの段階で遮断する物質であれば特に制限されず用いることができる。HGFシグナル阻害剤としては、例えば、HGF特異的結合物質、HGF発現阻害剤、HGF活性化酵素特異的結合物質、HGF活性化酵素発現阻害剤、HGF活性化酵素阻害剤、c-Met特異的結合物質、c-Met発現阻害剤、c-Met阻害剤等が挙げられる。
【0022】
(特異的結合物質)
HGF特異的結合物質としては、上述したHGFのプロフォームに特異的に結合し上述したHGF活性化酵素によるHGFの活性化を阻害するもの、HGFに特異的に結合しHGFとc-METとの結合を阻害するもの、HGFに特異的に結合しc-METの下流へのシグナル伝達を遮断するもの等が挙げられる。
【0023】
また、HGF活性化酵素特異的結合物質としては、上述した、HGFアクチベーター、ウロキナーゼ、カテプシンG等のHGF活性化酵素に特異的に結合しHGFの活性化を阻害するもの等が挙げられる。
【0024】
また、c-Met特異的結合物質としては、c-Metに特異的に結合しHGFとc-METとの結合を阻害するもの、c-Metに特異的に結合しc-METの下流へのシグナル伝達を遮断するもの等が挙げられる。
【0025】
ここで、特異的結合物質としては、抗体、抗体断片、アプタマー等が挙げられる。抗体は、例えば、マウス等の動物に、HGFタンパク質、HGF活性化酵素、c-Metタンパク質又はそれらの断片を抗原として免疫することによって作製することができる。あるいは、例えば、ファージライブラリーのスクリーニングにより作製することができる。抗体断片としては、Fv、Fab、scFv等が挙げられる。上記の抗体は、モノクローナル抗体であることが好ましい。また、市販の抗体であってもよい。
【0026】
アプタマーとは、標的物質に対する特異的結合能を有する物質である。アプタマーとしては、核酸アプタマー、ペプチドアプタマー等が挙げられる。標的ペプチドに特異的結合能を有する核酸アプタマーは、例えば、systematic evolution of ligand by exponential enrichment(SELEX)法等により選別することができる。また、標的ペプチドに特異的結合能を有するペプチドアプタマーは、例えば酵母を用いたTwo-hybrid法等により選別することができる。
【0027】
より具体的なHGF特異的結合物質としては、例えば、ヒト化抗体(型式「AV299」、別名「フィクラツズマブ(ficlatuzumab)」、アベオ・オンコロジー社)、ヒト抗体(型式「AMG102」、別名「リロツムマブ(rilotumumab)」、アムジェン社)、特開2006-149302号公報に記載された核酸アプタマー等が挙げられる。
【0028】
また、より具体的なHGF活性化酵素特異的結合物質としては、例えば、国際公開第2011/049868号に記載された抗HGFアクチベーター(HGFA)抗体等が挙げられる。HGF活性化酵素特異的結合物質は、HGFを活性化する、ウロキナーゼ、カテプシンG等に対する特異的結合物質であってもよい。
【0029】
また、より具体的なc-Met特異的結合物質としては、例えば、国際公開第2012/014890号に記載された核酸アプタマー、c-Metの競合的阻害剤(型式「NK4」、クリングルファーマ株式会社)等が挙げられる。なお、NK4はHGFに対する競合的アンタゴニストである。
【0030】
(発現阻害剤)
発現阻害剤としては、例えば、siRNA、shRNA、miRNA、リボザイム、アンチセンス核酸、低分子化合物、HGFやc-Metの発現を阻害する因子等が挙げられる。これらの発現阻害物質を生体に投与することにより、HGF、HGF活性化酵素、c-Metの発現を阻害することができる。その結果、HGFシグナルを阻害し、歯周炎を治療することができる。
【0031】
siRNA(small interfering RNA)は、RNA干渉による遺伝子サイレンシングのために用いられる21~23塩基対の低分子2本鎖RNAである。細胞内に導入されたsiRNAは、RNA誘導サイレンシング複合体(RISC)と結合する。この複合体はsiRNAと相補的な配列を持つmRNAに結合し切断する。これにより、配列特異的に遺伝子の発現を抑制する。
【0032】
siRNAは、センス鎖及びアンチセンス鎖オリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、例えば、適当なアニーリング緩衝液中、90~95℃で約1分程度変性させた後、30~70℃で約1~8時間アニーリングさせることにより調製することができる。
【0033】
shRNA(short hairpin RNA)は、RNA干渉による遺伝子サイレンシングのために用いられるヘアピン型のRNA配列である。shRNAは、ベクターによって細胞に導入し、U6プロモーター又はH1プロモーターで発現させてもよいし、shRNA配列を有するオリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機で合成し、siRNAと同様の方法によりセルフアニーリングさせることによって調製してもよい。細胞内に導入されたshRNAのヘアピン構造は、siRNAへと切断され、RNA誘導サイレンシング複合体(RISC)と結合する。この複合体はsiRNAと相補的な配列を持つmRNAに結合し切断する。これにより、配列特異的に遺伝子の発現を抑制する。
【0034】
miRNA(microRNA、マイクロRNA)は、ゲノム上にコードされ、多段階的な生成過程を経て最終的に約20塩基の微小RNAとなる機能性核酸である。miRNAは、機能性のncRNA(non-coding RNA、非コードRNA:タンパク質に翻訳されないRNAの総称)に分類されており、他の遺伝子の発現を調節するという、生命現象において重要な役割を担っている。特定の塩基配列を有するmiRNAを生体に投与することにより、HGF、HGF活性化酵素、c-Metの発現を阻害することができる。
【0035】
リボザイムは、触媒活性を有するRNAである。リボザイムには種々の活性を有するものがあるが、RNAを切断する酵素としてのリボザイムの研究により、RNAの部位特異的な切断を目的とするリボザイムの設計が可能となっている。リボザイムは、グループIイントロン型、RNasePに含まれるM1RNA等の400ヌクレオチド以上の大きさのものであってもよく、ハンマーヘッド型、ヘアピン型等と呼ばれる40ヌクレオチド程度のものであってもよい。
【0036】
アンチセンス核酸は、標的配列に相補的な核酸である。アンチセンス核酸は、三重鎖形成による転写開始阻害、RNAポリメラーゼによって局部的に開状ループ構造が形成された部位とのハイブリッド形成による転写抑制、合成の進みつつあるRNAとのハイブリッド形成による転写阻害、イントロンとエクソンとの接合点でのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、スプライソソーム形成部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、mRNAとのハイブリッド形成による核から細胞質への移行抑制、キャッピング部位やポリ(A)付加部位とのハイブリッド形成によるスプライシング抑制、翻訳開始因子結合部位とのハイブリッド形成による翻訳開始抑制、開始コドン近傍のリボソーム結合部位とのハイブリッド形成による翻訳抑制、mRNAの翻訳領域やポリソーム結合部位とのハイブリッド形成によるペプチド鎖の伸長阻止、核酸とタンパク質との相互作用部位とのハイブリッド形成による遺伝子発現抑制等により、標的遺伝子の発現を抑制することができる。
【0037】
siRNA、shRNA、miRNA、リボザイム及びアンチセンス核酸は、安定性や活性を向上させるために、種々の化学修飾を含んでいてもよい。例えば、ヌクレアーゼ等の加水分解酵素による分解を防ぐために、リン酸残基を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネート等の化学修飾リン酸残基に置換してもよい。また、少なくとも一部をペプチド核酸(PNA)等の核酸類似体により構成してもよい。
【0038】
より具体的なHGF発現阻害剤としては、例えば、HGF特異的なsiRNA、shRNA、リボザイム又はアンチセンス核酸、miR-1991-3p、miR-26a、バルプロ酸、トランスフォーミング増殖因子(TGF)-β等が挙げられる。
【0039】
また、より具体的なHGF活性化酵素発現阻害剤としては、例えば、HGF活性化酵素特異的なsiRNA、shRNA、miRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸等が挙げられる。
【0040】
また、より具体的なc-Met発現阻害剤としては、例えば、c-Met特異的なsiRNA、shRNA、miRNA、リボザイム若しくはアンチセンス核酸等が挙げられる。
【0041】
(HGF活性化酵素阻害剤)
HGF活性化酵素阻害剤とは、HGFのプロフォーム(1本鎖型)を活性化して2本鎖型に変化させる酵素を阻害する物質である。具体的なHGF活性化酵素阻害剤としては、例えば、HGFアクチベーターインヒビター タイプ-1、HGFアクチベーターインヒビター タイプ-2、HGF活性化酵素に対する抗体(例えば、抗HGFA抗体)等が挙げられる。
【0042】
(c-Met阻害剤)
c-Met阻害剤とは、c-Metの下流のシグナル伝達を遮断する低分子化合物である。具体的には、例えば、PHA665752(CAS番号:477575-56-7)、Quercetin(CAS番号:117-39-5)、MSC2156119J(CAS番号:1100598-30-8)、Tivantinib(CAS番号:905854-02-6)、XL880(CAS番号:849217-64-7),PF-02341066(CAS番号:877399-52-5)、漢方方剤の一種である麻黄湯等が挙げられる。
【0043】
以上に例示したようなHGFシグナル阻害剤を、歯周炎治療薬として用いることができる。
【0044】
[歯周炎治療用組成物]
1実施形態において、本発明は、上述した歯周炎治療薬及び薬学的に許容可能な担体を含む歯周炎治療用組成物を提供する。
【0045】
本実施形態の歯周炎治療用組成物は、経口的に使用される剤型又は非経口的に使用される剤型に製剤化されていてもよい。経口的に使用される剤型としては、例えば錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤等が挙げられる。非経口的に使用される剤型としては例えば注射剤、軟膏剤、貼付剤等が挙げられる。
【0046】
薬学的に許容される担体としては、通常製剤に用いられるものを特に制限なく用いることができ、例えば、滅菌水、生理食塩水等の溶媒;ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴム等の結合剤、結晶性セルロース等の賦形剤;アルギン酸等の膨化剤等が挙げられる。
【0047】
歯周炎治療用組成物は添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、ステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤;ショ糖、乳糖、サッカリン等の甘味剤;ペパーミント、アカモノ油等の香味剤;ベンジルアルコール、フェノールの安定剤;リン酸塩、酢酸ナトリウム等の緩衝剤;安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等の溶解補助剤;酸化防止剤;防腐剤;界面活性剤;乳化剤等が挙げられる。
【0048】
歯周炎治療用組成物は、上記の薬学的に許容される担体及び添加剤を適宜組み合わせて、一般に認められた単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0049】
注射剤用の溶媒としては、例えば生理食塩水、ブドウ糖、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム等の補助薬を含む等張液が挙げられる。注射剤用の溶媒は、エタノール等のアルコール;プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等のポリアルコール;ポリソルベート80(商標)、HCO-50等の非イオン性界面活性剤等を含有していてもよい。
【0050】
患者への投与は、例えば、歯肉への局所投与が挙げられる。好ましい剤型としては、注射剤、軟膏剤、貼付剤等が挙げられる。歯周炎治療用組成物の投与量は、患者の体重や年齢、投与方法などにより変動するが、当業者であれば適当な投与量を適宜選択することが可能である。
【0051】
例えば歯周炎治療用組成物の剤型が注射剤であり、患者が成人(体重約60kg)である場合の1日あたりの投与量としては、例えば、部位あたり約1μg~1mgの有効成分(上述した歯周炎治療薬)を局所投与することが挙げられる。歯周炎治療用組成物の投与は、上記の量を1回で投与してもよいし、複数回に分けて投与してもよい。
[その他の実施形態]
【0052】
1実施形態において、本発明は、HGFシグナル阻害剤の有効量を、治療を必要とする患者に投与する工程を含む、歯周炎の治療方法を提供する。
【0053】
1実施形態において、本発明は、歯周炎の治療のためのHGFシグナル阻害剤を提供する。
【0054】
1実施形態において、本発明は、歯周炎治療薬を製造するためのHGFシグナル阻害剤の使用を提供する。
【0055】
上記の各実施形態において、HGFシグナル阻害剤としては、上述したものが挙げられる。
【実施例
【0056】
次に実験例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実験例に限定されるものではない。
【0057】
[実験例1]
コラーゲンゲル三次元培養系を用いて、歯周炎患者由来の歯肉線維芽細胞によるコラーゲンの分解に対するHGF中和抗体の影響を検討した。
【0058】
(歯肉線維芽細胞の調製)
歯周外科手術の際に切除され不要となった歯肉片由来の組織を細切後、組織片を細胞培養プレートの底に静置した。続いて、組織片から外生した細胞を第1代として継代培養を行い、ヒト歯肉線維芽細胞を得た。
【0059】
得られた歯肉線維芽細胞は、一度上述したコラーゲンゲル三次元培養系で培養してコラーゲン分解能を観測し、コラーゲンゲルを極度に分解する(コラーゲンゲルが分解されて収縮した)歯肉線維芽細胞を選別して実験に使用した。コラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞としては、直径35mmのコラーゲンゲルが直径3mm程度まで収縮した歯肉線維芽細胞を選別した。
【0060】
また、コラーゲンゲルの分解能が低い歯肉線維芽細胞(以下、「ノーマルな歯肉線維芽細胞」という場合がある。)を対照に用いた。直径35mmのコラーゲンゲルの収縮が直径10mm程度までに留まった歯肉線維芽細胞をノーマルな歯肉線維芽細胞として用いた。
【0061】
なお、発明者らの過去の検討により、歯周炎患者の歯肉からは、コラーゲンゲル三次元培養系で培養した場合に、コラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞が得られることが分かっている。一方、健常者の歯肉からはコラーゲンを極度に分解する歯肉線維芽細胞は得られないことが分かっている。
【0062】
(歯肉上皮細胞の調製)
歯周外科手術の際に切除され、不要となった歯肉片をDispase処理した後、結合組織部分から剥離した上皮組織を細切し、組織片をプレートの底に静置した。続いて、組織片から外生した細胞を第1代として継代培養を行い、ヒト歯肉上皮細胞を得た。
【0063】
(コラーゲンゲルの調製)
セルマトリックスtypeI-A(新田ゼラチン)、5×DMEM、再構成用緩衝液(新田ゼラチン)を混合し、コラーゲン混合溶液を作製した。このコラーゲン混合溶液に、HGF中和抗体(型式「AB-294-NA」、R&D社)を終濃度20μg/mLとなるように添加した。
【0064】
また、比較のために、被験物質を含まない試料(対照)、HGF(型式「100-39」、ぺプロテック社)を終濃度25ng/mL及び50ng/mLとなるようにそれぞれ添加した試料も作製した。
【0065】
続いて、これらのコラーゲン混合溶液に、上述したコラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞を混合し、細胞密度2.5×10個/ウェルとなるように6ウェルプレートに播種した。続いて、37℃で30分間インキュベートしてコラーゲンゲルを硬化させた。
【0066】
続いて、上述した歯肉上皮細胞をトリプシン処理により分散させた後、上記のコラーゲンゲル上に2×10個/ウェルずつ播種し、単層の上皮細胞の層を形成させた。
【0067】
また、比較のために、コラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞の代わりに、上述したノーマルな歯肉線維芽細胞を使用した点以外は上述したものと同様のコラーゲンゲルも作製した。
【0068】
(コラーゲンゲルのインキュベート)
続いて、作製した各コラーゲンゲルを37℃でインキュベートし、24時間後にコラーゲンゲルをプレートから剥がし、ゲルを浮遊させた(培養1日目)。培地には上述したものと同濃度の各被験物質(HGF中和抗体及びHGF)を添加した。続いて、37℃でコラーゲンゲルの浮遊培養を継続し、浮遊培養開始後5日目にコラーゲンゲルを観察した。
【0069】
図2(a)~(h)は浮遊培養開始後5日目の各コラーゲンゲルを撮影した写真である。図2(a)~(h)において、各ウェルの中に浮遊している塊がコラーゲンゲルである。図2(a)~(d)は、コラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞を含むコラーゲンゲルの結果である。また、図2(e)~(h)は、ノーマルな歯肉線維芽細胞を含むコラーゲンゲルの結果である。
【0070】
また、図2(a)及び(e)は、被験物質を含まない試料(対照)の結果であり、図2(b)及び(f)はHGFを終濃度25ng/mLとなるように添加した試料の結果であり、図2(c)及び(g)はHGFを終濃度50ng/mLとなるように添加した試料の結果であり、図2(d)及び(h)はHGF中和抗体を終濃度20μg/mLとなるように添加した試料の結果である。
【0071】
その結果、コラーゲンゲルにHGFを終濃度50ng/mL添加することにより(図2(c))、対照(図2(a))と比較して明らかにコラーゲンの分解が促進されることが明らかとなった。
【0072】
また、コラーゲンゲルにHGF中和抗体を終濃度20μg/mL添加することにより、(図2(d))、対照(図2(a))と比較してコラーゲンの分解が顕著に抑制されることが明らかとなった。この結果は、HGFシグナル阻害剤が、インビボにおいても歯周炎患者の歯周組織におけるコラーゲンの分解を抑制することを示す。
【0073】
一方、図2(e)~(h)においては、いずれのコラーゲンゲルにおいても差は認められなかった。この結果は、ノーマルな歯肉線維芽細胞を含むコラーゲンゲルにHGF又はHGF中和抗体を添加しても、コラーゲンの分解に差が生じないことを示す。
【0074】
(コラーゲンゲルの薄切切片の顕微鏡観察)
続いて、図2(a)及び図2(d)のコラーゲンゲルをパラホルムアルデヒド固定後パラフィン包埋して薄切切片を作製した。続いて、これらの薄切切片をヘマトキシリン・エオジン染色して顕微鏡観察した。図3(a)及び(b)は、ヘマトキシリン・エオジン染色の結果を示す顕微鏡写真である。図3(a)は、対照である図2(a)のコラーゲンゲルの薄切切片の染色結果を示す写真である。また、図3(b)は、HGF中和抗体を添加した図2(d)のコラーゲンゲルの薄切切片の染色結果を示す写真である。
【0075】
その結果、図3(a)に示すように、対照のコラーゲンゲルでは、細胞がコラーゲンを分解し、細胞の周りに空隙が形成されている様子が観察された。図3(a)中、空隙を矢頭で示す。これに対し、図3(b)に示すように、HGF中和抗体を添加したコラーゲンゲルでは、細胞の周りに空隙はほとんど認められなかった。この結果は、HGFシグナル阻害剤が、歯周炎患者の歯周組織におけるコラーゲンの分解を抑制することを更に支持するものである。
【0076】
[実験例2]
実験例1と同様のコラーゲンゲル三次元培養系を用いて、歯周炎患者由来の歯肉線維芽細胞によるコラーゲンの分解に対するHGF中和抗体の影響を検討した。本実験例では、分解されずに残存したコラーゲンの定量を行った。
【0077】
(コラーゲンゲルの調製)
セルマトリックスtypeI-A(新田ゼラチン)、5×DMEM、再構成用緩衝液(新田ゼラチン)を混合し、コラーゲン混合溶液を作製した。このコラーゲン混合溶液に、HGF中和抗体(型式「AB-294-NA」、R&D社)を終濃度20μg/mLとなるように添加した。また、比較のために、被験物質を含まない試料(対照)も作製した。
【0078】
続いて、これらのコラーゲン混合溶液に、実験例1と同様の、コラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞を混合し、細胞密度2.5×10個/ウェルとなるように6ウェルプレートに播種した。続いて、37℃で30分間インキュベートしてコラーゲンゲルを硬化させた。
【0079】
続いて、実験例1と同様の歯肉上皮細胞をトリプシン処理により分散させた後、上記のコラーゲンゲル上に2×10個/ウェルずつ播種し、単層の上皮細胞の層を形成させた。
【0080】
また、比較のために、コラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞の代わりに、実験例1と同様のノーマルな歯肉線維芽細胞を使用したコラーゲンゲルも作製した。
【0081】
(コラーゲンゲルのインキュベート)
続いて、作製した各コラーゲンゲルを37℃でインキュベートし、24時間後にコラーゲンゲルをプレートから剥がし、ゲルを浮遊させた(培養1日目)。試験群の培地には上述したものと同濃度のHGF中和抗体を添加した。続いて、37℃でコラーゲンゲルの浮遊培養を継続した。
【0082】
(残存コラーゲンの定量)
浮遊培養開始後5日目にコラーゲンゲルを回収し、ゲル中のコラーゲン残量を定量した。回収したゲルを熱処理によって可溶化し、コラーゲンを定量した。コラーゲンの定量には、市販のキット(商品名「Sircol Soluble/Insoluble Collagen Assay Kit」、バイオカラー社製)を使用した。
【0083】
図4は、定量したコラーゲン量を示すグラフである。図4中、「PAF」はコラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞をコラーゲンゲル中に播種したコラーゲンゲルの結果を示し、「nonPAF」は、ノーマルな歯肉線維芽細胞をコラーゲンゲル中に播種したコラーゲンゲルの結果を示す。
【0084】
その結果、コラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞を播種したコラーゲンゲルにおいて、ノーマルな歯肉線維芽細胞をコラーゲンゲル中に播種したコラーゲンゲルよりも顕著なコラーゲンゲルの分解が認められた。また、対照(HGF中和抗体を添加しなかった群)のコラーゲンゲルと比較して、HGF中和抗体を添加したコラーゲンゲルでは、コラーゲンゲルの分解が顕著に抑制された。
【0085】
[実験例3]
実験例1と同様のコラーゲンゲル三次元培養系を用いて、歯周炎患者由来の歯肉線維芽細胞によるコラーゲンの分解に対するHGF中和抗体の影響を、DNAマイクロアレイを用いたトランスクリプトーム解析により検討した。
【0086】
(コラーゲンゲルの調製)
セルマトリックスtypeI-A(新田ゼラチン)、5×DMEM、再構成用緩衝液(新田ゼラチン)を混合し、コラーゲン混合溶液を作製した。このコラーゲン混合溶液に、HGF中和抗体(型式「AB-294-NA」、R&D社)を終濃度20μg/mLとなるように添加した。また、比較のために、被験物質を含まない試料(対照)及び、HGF(型式「100-39」、ぺプロテック社)を終濃度50ng/mLとなるように添加した試料も作製した。
【0087】
続いて、これらのコラーゲン混合溶液に、実験例1と同様の、コラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞を混合し、細胞密度2.5×10個/ウェルとなるように6ウェルプレートに播種した。続いて、37℃で30分間インキュベートしてコラーゲンゲルを硬化させた。コラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞として、2種類の細胞を使用した(以下、「PAF1」、「PAF2」という。)。
【0088】
続いて、実験例1と同様の歯肉上皮細胞をトリプシン処理により分散させた後、上記のコラーゲンゲル上に2×10個/ウェルずつ播種し、単層の上皮細胞の層を形成させた。
【0089】
(コラーゲンゲルのインキュベート)
続いて、作製した各コラーゲンゲルを37℃でインキュベートし、24時間後にコラーゲンゲルをプレートから剥がし、ゲルを浮遊させた(培養1日目)。試験群の培地には上述したものと同濃度のHGF中和抗体を添加した。続いて、37℃でコラーゲンゲルの浮遊培養を継続した。
【0090】
(残存コラーゲンの定量及びRNAの調製)
浮遊培養開始後5日目にコラーゲンゲルを回収し、質量を測定した。図5(a)及び(b)は回収したコラーゲンゲルの写真である。図5(a)は上述したPAF1を用いた結果を示し、図5(b)は上述したPAF2を用いた結果を示す。図5(a)及び(b)中、「対照」は対照のコラーゲンゲルであることを示し、「HGF」はHGFを添加したコラーゲンゲルであることを示し、「HGF中和抗体」はHGF中和抗体を添加したコラーゲンゲルであることを示す。また、下記表1に、各コラーゲンゲルの質量を測定した結果を示す。
【0091】
【表1】
【0092】
その結果、実験例1の結果と同様に、対照のコラーゲンゲルと比較して、HGFを添加したコラーゲンゲルでは、コラーゲンゲルの分解が顕著に促進された。更に、HGF中和抗体を添加したコラーゲンゲルでは、コラーゲンゲルの分解が顕著に抑制された。この結果は、HGFシグナル阻害剤が、インビボにおいて歯周炎患者の歯周組織におけるコラーゲンの分解を抑制することを更に支持するものである。
【0093】
続いて、市販のRNA抽出キット(ambion社)を用いて、回収した各コラーゲンゲルからRNAを抽出した。続いて、対照のコラーゲンゲルから抽出したRNA及びHGF中和抗体を添加したコラーゲンゲルから抽出したRNAを試料として、DNAマイクロアレイ(型式「Human Genome U133 Plus 2.0 Array」、Affymetrix社)を用いたトランスクリプトーム解析により、遺伝子発現の変動を解析した。なお、コラーゲンゲル全体からRNAを抽出したため、上皮細胞と線維芽細胞の遺伝子が混在した状態での解析である。その結果、HGF中和抗体を添加することにより、下記表2に示す遺伝子の発現量が顕著に低下したことが明らかとなった。また、HGF中和抗体の添加により発現上昇した遺伝子もいくつか認められたが、その発現上昇の程度は概ね低かった。
【0094】
【表2】
【0095】
表2に示すように、HGF中和抗体の添加により、IL1A及びIL1Bの発現が顕著に低下した。IL1A及びIL1Bは、線維芽細胞のマトリックスメタロプロテアーゼ(MMPs)の産生を誘導することが知られている。また、発明者らは以前に、IL-1βや歯肉上皮細胞に由来するIL-1αが歯根膜及び歯肉線維芽細胞のコラゲナーゼ産生(主にMMP-1)を促進することを明らかにしている。また、IL-1α、IL-1β共に線維芽細胞のHGF産生を誘導することが知られている。したがって、HGF中和抗体の添加によって、IL1A及びIL1Bの発現が顕著に低下したことは、HGFシグナル阻害剤が歯周炎治療薬として有効であることを更に支持するものである。
【0096】
また、表2に示すように、HGF中和抗体の添加により、PLAUの発現が顕著に低下した。PLAUの遺伝子産物であるウロキナーゼ型プラスミノゲン活性化因子(uPA)は、プラスミノゲンをプラスミンに活性化することを通じて数多くのMMPsの活性化に関与している。更にuPAは、1本鎖型のHGFのプロフォームを2本鎖の活性型に変換する役割も有している。したがって、HGF中和抗体の添加によって、PLAUの発現が顕著に低下したことは、HGFシグナル阻害剤が歯周炎治療薬として有効であることを更に支持するものである。
【0097】
また、表2に示すように、HGF中和抗体の添加により、各種癌マーカーや浸潤促進因子等の癌関連遺伝子の発現が顕著に低下した。具体的には、KRT6A、S100A12、YWHAZ、CSTA、LAMA3、LAMB3、LAMC2、EMP1、CCND2、CEACAM6、CTSV、MMP10、KLK7、HBEGF、RIOK3、FGFBP1、MALAT1の発現が顕著に低下した。発明者らは、以前に、歯周炎原因細胞であると考えられる歯周炎関連線維芽細胞(PAFs)が、癌関連線維芽細胞と類似の遺伝子を高発現することを明らかにしている。したがって、HGF中和抗体の添加によって、癌関連遺伝子の発現が顕著に低下したことは、HGFシグナル阻害剤が歯周炎治療薬として有効であることを更に支持するものである。
【0098】
また、表2に示すように、HGF中和抗体の添加により、変形性関節症や関節リウマチに関連する、MMP10、AREGの発現が顕著に低下したことが明らかとなった。特に、AREGは関節リウマチとの関連からも歯周炎の増悪因子として注目に値するものである。したがって、HGF中和抗体の添加によって、AREGの発現が顕著に低下したことは、HGFシグナル阻害剤が歯周炎治療薬として有効であることを更に支持するものである。
【0099】
また、表2に示すように、HGF中和抗体の添加により、従来歯周炎との関連が報告されている、SERPINEB2、F3、VEGFAの発現が顕著に低下したことが明らかとなった。中でもVEGFA受容体の1つであるFLT1は、発明者らが歯周炎の原因候補遺伝子として以前に見出したものである。したがって、HGF中和抗体の添加によって、SERPINEB2、F3、VEGFAの発現が顕著に低下したことは、HGFシグナル阻害剤が歯周炎治療薬として有効であることを更に支持するものである。
【0100】
[実験例4]
本発明の歯周炎治療薬をヒトに臨床応用する前に、サルを用いた実験を行うことが必要となる。そこで、実験例1と同様のコラーゲンゲル三次元培養系を用いて、歯周炎を自然発症したサル由来の歯肉線維芽細胞によるコラーゲンの分解に対するHGF中和抗体の影響を検討した。なお、サルの歯肉上皮細胞は培養が困難であるため、歯肉上皮細胞としてはヒトの歯肉上皮細胞を使用した。
【0101】
(歯肉線維芽細胞の調製)
歯周炎を自然発症したサル(Macaca fascicularis、霊長類医科学研究センター飼育)の安楽死個体由来の歯肉片の組織を細切後、組織片を細胞培養プレートの底に静置した。続いて、組織片から外生した細胞を第1代として継代培養を行い、サル歯肉線維芽細胞を得た。
【0102】
得られた歯肉線維芽細胞は、一度上述したコラーゲンゲル三次元培養系で培養してコラーゲン分解能を観測し、コラーゲンゲルを極度に分解する(コラーゲンゲルが分解されて収縮した)歯肉線維芽細胞を選別して実験に使用した。コラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞としては、直径35mmのコラーゲンゲルが直径3mm程度まで収縮した歯肉線維芽細胞を選別した。
【0103】
(コラーゲンゲルの調製)
セルマトリックスtypeI-A(新田ゼラチン)、5×DMEM、再構成用緩衝液(新田ゼラチン)を混合し、コラーゲン混合溶液を作製した。このコラーゲン混合溶液に、HGF中和抗体(型式「AB-294-NA」、R&D社)を終濃度20μg/mLとなるように添加した。また、比較のために、被験物質を含まない試料(対照)及び、HGF(型式「100-39」、ぺプロテック社)を終濃度50ng/mLとなるように添加した試料も作製した。
【0104】
続いて、これらのコラーゲン混合溶液に、コラーゲンゲルを極度に分解するサル歯肉線維芽細胞を混合し、細胞密度2.5×10個/ウェルとなるように6ウェルプレートに播種した。続いて、37℃で30分間インキュベートしてコラーゲンゲルを硬化させた。
【0105】
続いて、実験例1と同様にして調製したヒト歯肉上皮細胞をトリプシン処理により分散させた後、上記のコラーゲンゲル上に2×10個/ウェルずつ播種し、単層の上皮細胞の層を形成させた。ヒト歯肉上皮細胞として、2種類の細胞を使用した(以下、「SAF1」、「SAF2」という。)。
【0106】
(コラーゲンゲルのインキュベート)
続いて、作製した各コラーゲンゲルを37℃でインキュベートし、24時間後にコラーゲンゲルをプレートから剥がし、ゲルを浮遊させた(培養1日目)。試験群の培地には上述したものと同濃度のHGF中和抗体を添加した。続いて、37℃でコラーゲンゲルの浮遊培養を継続した。
【0107】
(残存コラーゲンの観察)
図6(a)~(f)は浮遊培養開始後5日目の各コラーゲンゲルを撮影した写真である。図6(a)~(c)は上述したSAF1を用いた結果を示し、図6(d)~(f)は上述したSAF2を用いた結果を示す。
【0108】
また、図6(a)及び(d)は、被験物質を含まない試料(対照)の結果であり、図6(b)及び(e)はHGFを終濃度50ng/mLとなるように添加した試料の結果であり、図6(c)及び(f)はHGF中和抗体を終濃度20μg/mLとなるように添加した試料の結果である。
【0109】
その結果、コラーゲンゲルにHGFを終濃度50ng/mL添加することにより(図6(b)及び(e))、対照(図6(a)及び(d))と比較してコラーゲンの分解が促進されたことが明らかとなった。特にSAF1を使用した場合において、コラーゲンの分解が促進された傾向が認められた。
【0110】
また、コラーゲンゲルにHGF中和抗体を終濃度20μg/mL添加することにより、(図6(c)及び(f))、対照(図6(a)及び(d))と比較してコラーゲンの分解が顕著に抑制されることが明らかとなった。この結果は、歯周炎自然発症サルモデル由来の歯肉線維芽細胞を用いた場合においても、歯周炎患者由来の歯肉線維芽細胞を用いた場合と同様に、HGFシグナル阻害剤が、歯周組織におけるコラーゲンの分解を抑制することを示す。
【0111】
(コラーゲンゲルの薄切切片の顕微鏡観察)
続いて、図6(a)及び(c)のコラーゲンゲルをパラホルムアルデヒド固定後パラフィン包埋して薄切切片を作製した。続いて、これらの薄切切片をヘマトキシリン・エオジン染色して顕微鏡観察した。
【0112】
図7(a)及び(b)は、ヘマトキシリン・エオジン染色の結果を示す顕微鏡写真であり、それぞれ図6(a)及び(c)のコラーゲンゲルに対応する。図7(a)は被験物質を含まない試料(対照)の結果であり、図7(b)はHGF中和抗体を終濃度20μg/mLとなるように添加した試料の結果である。
【0113】
その結果、図7(a)に示すように、対照のコラーゲンゲル及びHGFを添加したコラーゲンゲルでは、細胞がコラーゲンを分解し、細胞の周りに空隙が形成されている様子が観察された。これに対し、図7(b)に示すように、HGF中和抗体を添加したコラーゲンゲルでは、細胞の周りに空隙はほとんど認められなかった。
【0114】
以上の結果から、歯周炎を発症したサルにおいても、歯周炎患者と同様にコラーゲンゲルを極度に分解する歯肉線維芽細胞が存在することが明らかとなった。また、サルにおいても、ヒトと同様に、HGFシグナル阻害剤が、歯周組織におけるコラーゲンの分解を抑制することが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明によれば、歯周炎を効果的に治療することができる歯周炎治療薬を提供することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7