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特許7016360トルク伝達を最適化させた時計用エスケープメント
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-27
(45)【発行日】2022-02-21
(54)【発明の名称】トルク伝達を最適化させた時計用エスケープメント
(51)【国際特許分類】
   G04B 15/14 20060101AFI20220214BHJP
【FI】
G04B15/14 A
G04B15/14 B
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019525883
(86)(22)【出願日】2017-11-16
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-12-12
(86)【国際出願番号】 EP2017079518
(87)【国際公開番号】W WO2018091616
(87)【国際公開日】2018-05-24
【審査請求日】2020-09-30
(31)【優先権主張番号】01521/16
(32)【優先日】2016-11-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CH
(73)【特許権者】
【識別番号】502383535
【氏名又は名称】リシュモン アンテルナシオナル ソシエテ アノニム
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100154003
【弁理士】
【氏名又は名称】片岡 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】アレクシス ヘラウド
(72)【発明者】
【氏名】ヴァレンティン モリーナ
【審査官】榮永 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】スイス国特許発明第702689(CH,B)
【文献】特開2013-186078(JP,A)
【文献】スイス国特許発明第9351(CH,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 15/00 - 15/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
時計用のエスケープメント(1)であって,
・対応する回転軸線(5)周りで回動可能に取付けられ,駆動源により駆動可能とされ,複数の歯(7)を備えるエスケープメントホイール(3)と,
・対応する回転軸線(11)周りで旋回可能に取付けられ,入口側パレット(13)及び出口側パレット(15)を備えるアンクル(9)と, を備え,各パレット(13,15)は,エスケープメントホイール(3)を抑止するように配置された休止面(13a,15a)と,エスケープメントホイール(3)と相互作用して,エスケープメントホイール(3)からの衝撃力を,振動するように配置された規制部材に伝達するための衝接面(13b,15b)を備え,前記アンクル(9)は,規制部材の制御下でエスケープメントホイールを周期的に解放するように配置されているエスケープメントにおいて,
少なくとも1つの前記衝接面(13b,15b)は,前記衝接面(13b,15b)における少なくとも1つの部分の上で,そして前記エスケープメントホイール(3)及び前記衝接面(13b,15b)の間の各接触点(C’)において,前記衝接面(13b,15b)の接線が,前記エスケープメントホイール(3)及びアンクル(9)の間の中心接続線(12)に次の関係式を満足する角度(αorientation)で交差する形状とされ:
【数1】


ここに,
【数2】


及び
【数3】


であり,全ての角度はラジアンで表示され,更に,
・ αorientation は,前記接線及び前記中心接続線(12)の間の角度,
・ αは,前記接触点(C’)及び前記エスケープメントホイールの回転軸線(5)を接続する線と,前記中心接続線(12)との間の角度,
・ COFは,前記エスケープメントホイール(3)及び前記衝接面(13b,15b)の間の摩擦係数の三角法におけるタンジェント,
・ Rは,前記エスケープメントホイールの回転軸線(5)と,前記接触テントとの間の距離±10%,
・ Cは,前記アンクル(9)及び前記エスケープメントホイール(3)の間のトルク比,
・ Lは,前記中心接続線(12)の長さであることを特徴とする,エスケープメント。
【請求項2】
請求項1に記載のエスケープメント(1)であって,前記入口側パレット(13)の衝接面(13b)が凸面である,エスケープメント。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のエスケープメント(1)であって,前記出口側パレット(15)の衝接面(15b)が凹面である,エスケープメント。
【請求項4】
請求項1~3の何れか一項に記載のエスケープメント(1)であって,前記衝接面(13b,15b)の各々における少なくとも一部の形状が前記関係を満足するエスケープメント。
【請求項5】
請求項1~4の何れか一項に記載のエスケープメント(1)であって,前記エスケープメントホイール(3)が,凸面状の衝接面(7b)を有する歯(7)を含む,エスケープメント。
【請求項6】
時計用のエスケープメント(1)であって,
・対応する回転軸線(5)周りで回動可能に取付けられ,駆動源により駆動可能とされ,複数の歯(7)を備えるエスケープメントホイール(3)と,
・対応する回転軸線(11)周りで旋回可能に取付けられ,入口側パレット(13)及び出口側パレット(15)を備えるアンクル(9)と,を備え,各パレット(13,15)は,エスケープメントホイール(3)を抑止するように配置された休止面(13a,15a)と,エスケープメントホイール(3)と相互作用して,エスケープメントホイール(3)からの衝撃力を,振動するように配置された規制部材に伝達するための衝接面(13b,15b)を備え,前記アンクル(9)は,規制部材の制御下でエスケープメントホイールを周期的に解放するように配置されているエスケープメントにおいて,
前記歯(7)の各々に含まれる衝接面(7b)の少なくとも1つの部分上で,前記衝接面(7b)と,前記パレット(13,15)の少なくとも1つとの間の各接触点(C’)において,前記衝接面(7b)の接線が,前記エスケープメントホイール(3)及びアンクル(9)の間の中心接続線(12)に対して,次の関係式を満足する角度(αorientation)で交差する形状とされ:
【数4】


ここに,
・ αorientationは,前記接線及び前記中心接続線(12)の間の角度,
・ αは,前記接触点(C’)及び前記エスケープメントホイールの回転軸線(5)を接続する線と,前記中心接続線(12)との間の角度,
・ Seuilは,前記エスケープメントホイール(3)及び前記アンクル(9)の間のリフトオフしきい値,
・ Rは,前記エスケープメントホイールの回転軸線(5)及び前記接触点の間の距離±10%,
・ Cは,前記アンクル(9)及び前記エスケープメントホイール(3)の間のトルク比,
・ Lは,前記中心接続線(12)の長さであることを特徴とする,エスケープメント。
【請求項7】
求項1~6のいずれかに記載のエスケープメント(1)であって,前記エスケープメントホイール(3)は,凸面状の衝接面(7b)を有する歯(7)を含む,エスケープメント。
【請求項8】
請求項6又は7に記載のエスケープメント(1)であって,前記Seuilの値は,前記パレット(13,15)のビーク部上での衝接時の前記エスケープメント(3)上における前記アンクル(9)の速度比の一時導関数である,エスケープメント。
【請求項9】
請求項1~4,6~8の何れか一項に記載のエスケープメント(1)。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載のエスケープメント(1)を備える時計用ムーブメント。
【請求項11】
請求項10に記載のムーブメントを備える時計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,時計製造の技術分野に関する。本発明は,特に,トルク伝達を最適化させたエスケープメントに関する。
【背景技術】
【0002】
伝統的なエスケープメント,例えばスイス式アンクルエスケープメント,英国式アンクルエスケープメント,ダニエルズ式エスケープメント等は,エスケープメントホイールを間欠的に抑止し,かつ,ホイールが解放されたときにエネルギを,回転する輪列から規制部材に伝達するアンクルを含む。規制部材,例えばバランスホイール及びヒゲゼンマイの振動は,アンクルを作動させてエスケープメントを周期的に解放させ,規制部材に再び衝接力を作用させてその振動を持続させる。
【0003】
そのために,アンクルは少なくとも2つのパレットを含み,その一方(入口側パレット)はエスケープメントホイールの回転方向に見て上流側に配置され,他方(出口側パレット)は下流側に配置される。規制部材の各半振動に際して,エスケープメントホイールと係合しているパレットが持ち上げられてエスケープメントホイールを解放し,パレット上に配置された衝接面により衝接力を規制部材に伝達する。これと同時に,他方のパレットがエスケープメントホイールの軌跡内まで変位してこれを抑止する。そして,他方のパレットについてサイクルを再開させる。
【0004】
典型的に,衝接面は平面により構成されている。これらの単純な形態は,製造が容易である反面,トルク伝達が衝接を通じて変動し,これはエスケープメントの性能に対して致命的である。
【0005】
更に,このような平面状の衝接面は,特にパレット上における衝接から歯の上における衝接への移行を行う際,しばしばパレットのリフトオフを生じさせ,これもエスケープメントの性能に妥協を強いるものである。
【0006】
特許文献1:スイス国特許第702689号明細書は,出口側パレット及び/又は入口側パレットが衝接面を有するエスケープメントを記載しており,その衝接面は,衝接段階の全過程において,歯及びパレットの衝接面が相互の接触点で形成する角度が最大でも7°となるように湾曲している。これにより,平坦な衝接面に関する改善は確かに達成されるが,選択された形態は,トルク伝達における変動を除去し得るものではない。モデル化による研究の結果,エスケープメントの角度に対してアンクル及びエスケープメントの間のトルク比の導関数が数回に亘って符号を変えること,並びに,このトルク比がパレットの凹部に沿って25%~35%のオーダで変動することが判明した。これに加えて,衝接面の開始点における凸部は,現行の製造プロセスに由来する全く通常の曲率半径を有しており,何ら最適化されたものではない。
【0007】
従って,本発明の課題は,上述した欠点の少なくとも一部を解消することである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】スイス国特許第702689号明細書
【発明の概要】
【0009】
そのため,本発明は,時計用のエスケープメントに関する。このエスケープメントは,対応する回転軸線周りで回動可能に取付けられ,駆動源により駆動可能とされ,複数の歯を備えるエスケープメントホイールを備える。
【0010】
エスケープメントは,更に,対応する回転軸線周りで旋回可能に取付けられ,入口側パレット及び出口側パレットを備えるアンクルを備える。各パレットは,エスケープメントホイールを抑止するように配置された休止面と,エスケープメントホイールと相互作用して,エスケープメントホイールからの衝撃力を,振動するように配置された規制部材に伝達するための衝接面を備える。アンクルは,規制部材の制御下でエスケープメントホイールを周期的に解放するように配置されている。
【0011】
本発明において,少なくとも1つの衝接面,好適には各衝接面は,衝接面における少なくとも1つの衝接面上で,そしてエスケープメントホイール及び衝接面の接触点で見たときに,衝接面の接線が,エスケープメントホイール及びパレットフォークの間の中心接続線に次の関係式を満足する角度で交差する形状とされている。
【数1】

ここに,
【数2】

及び
【数3】


である。また,全ての角度はラジアンで表示され,更に,
・ αorientation は,前記接線及び前記中心接続線の間の角度,
・ αは,前記接触点及び前記エスケープメントホイールの回転軸線を接続する線と,前記中心接続線との間の角度,
・ COFは,前記エスケープメントホイール及び前記衝接面の間の摩擦係数の三角法におけるタンジェント(通常の表記では tan(μ)),
・ Rは,前記エスケープメントホイールの回転軸線と,前記接触点との間の距離±10%,
・ Cは,前記アンクル及び前記エスケープメントホイールの間のトルク比(Canchor/Cwheel),
・ Lは,前記中心接続線の長さである。
【0012】
このような構成とすれば,エスケープメントホイールとアンクルとの間のトルク伝達が改善され,これは衝接段階におけるトルク伝達が一定であるためである。この一定のトルク伝達により,エスケープメントの性能が最大化され,規制部材に対する阻害要件が最小化される。発明者らの研究により,特許文献1に開示されている前記のパレット形態は,上述した関係を満足するものではなく,トルク伝達が実質的に一定ではないことが判明した。これは,主として(専らではないが),歯及びパレットの衝接面間の角度が,当該面間において一定であり,最大でも7°(好適には5°以下)であるからである。
【0013】
従来のジオメトリを有するエスケープメントに上記数式を適用すれば,上記関係を満足する各面の部分につき,入口側パレットの衝接面は凸面,出口側パレットの衝接面は凹面である。
【0014】
好適には,各衝接面における少なくとも1つの部分が前記関係を満足し,その結果として,各パレットにおけるトルク伝達は一定である。
【0015】
好適には,エスケープメントホイールは,凸面状の衝接面を有する歯を含む。これにより種々の段階の間の移行が円滑となり,パレットがサイクルの間にホイールから持ち上がるのを防止することができる。
【0016】
同一の目的から,本発明はエスケープメントに関するものであり,そのエスケープメントは,回転軸線周りで回動可能に取付けられ,駆動源により駆動可能とされたエスケープメントホイールを備え,そのエスケープメントホイールは複数の歯を備える。エスケープメントは,更に,回転軸線周りで旋回可能に取付けられたアンクルを備え,そのアンクルは,入口側パレット及び出口側パレットを備える。各パレットは,エスケープメントホイールを抑止するように配置された休止面と,エスケープメントホイールと相互作用し,エスケープメントホイールからの衝撃力を,振動するように配置された規制部材に伝達するための衝接面を備え,アンクルは,規制部材の制御下でエスケープメントホイールを周期的に解放するように配置されている
【0017】
本発明によれば,前記歯の各々に含まれる衝接面の少なくとも1つの部分上で,前記衝接面と,パレットの1つ(特に,パレットの1つにおける下流側ビーク部)との間の各接触点において,前記衝接面の接線が,エスケープメントホイール及びアンクルの間の中心接続線に対して,次の関係式を満足する角度(αorientation)で交差する形状とされている。
【数4】

【0018】
上式において,
・ αorientationは,前記接線及び前記中心接続線の間の角度,
・ αは,前記接触点及びエスケープメントホイールの回転軸線を接続する線と,前記中心接続線との間の角度,
・ Seuilは,エスケープメントホイール及びアンクルの間の,例えば実験又はモデル化により選択されるリフトオフしきい値,
・ Rは,エスケープメントホイールの回転軸線及び前記接触点の間の距離±10%,
・ Cは,アンクル及びエスケープメントホイールの間のトルク比,
・ Lは,前記中心接続線の長さである。
【0019】
このような構成とすれば,パレットが,「パレット上での衝接」として知られている段階から「歯上での衝接」段階に移行する際に,歯からのパレットのリフトオフを排除することができる。これは,典型的な形態の歯により発生される強力な加速が減少するからである。パレットが常に歯との接触状態を維持し,リフトオフが生じないため,エスケープメントホイールからアンクルへのトルク伝達,従ってエスケープメントの性能が向上する。前掲の特許文献1は,顕著に湾曲させ得るエスケープメントホイールの歯を包括的に開示しているとは言え,これは上記のごとく特定される特定の形態に対応するものではない。更に,前述したように歯の形態とパレットの形態の組み合わせは,休止面及び衝接面の間における歯の移行の間,特にリフトオフを生じやすく,従って上述した数式に基づく場合に一定ではあり得ない。
【0020】
この数式を,通常のジオメトリを有するエスケープメントに適用すれば,エスケープメントホイールの歯における衝接面は凸面となる。
【0021】
好適には,Seuilの値は,パレットのビーク部上での衝接時のエスケープメント上におけるアンクルの速度比の一時導関数の関数である。代案として,この値は,任意に設定することもできる。
【0022】
好適には,本発明に係るエスケープメントは,上述した最適化の各々,すなわちパレットの衝接面に関する最適化と,エスケープメントホイールの歯の衝接面に関する最適化とを備える。
【0023】
本発明は,上述したエスケープメントを備える時計用ムーブメント,並びにそのようなムーブメントを備える時計に関するものでもある
【図面の簡単な説明】
【0024】
本発明は,図面を参照して例示的に挙げられる実施形態についての以下の記載を読めば,より容易に理解することができる。
図1】本発明に係るエスケープメントの線図的な平面図である。
図2】エスケープメントホイールの歯及び入口側パレットの拡大図である。
図3】出口側パレットの拡大図である。
図4】アンクル及びエスケープメントホイールの接触点のモデル化を線図的に示す説明図である。
図5】衝接段階における入口側パレットの衝接面のプロファイルの接線の変化を誇張して示す説明図である。
図6】衝接段階における出口側パレットの衝接面のプロファイルの接線の変化を誇張して示す説明図である。
図7】衝接段階における入口側パレットの衝接面のプロファイルの接線の変化を,角度及び時間の関数として示す説明図である。
図8】衝接段階における出口側パレットの衝接面のプロファイルの接線の変化を,角度及び時間の関数として示す説明図である。
図9】衝接段階におけるエスケープメントホイールの歯の衝接面のプロファイルの接線の変化を誇張して示す説明図である。
図10】衝接段階におけるエスケープメントホイールの歯の衝接面のプロファイルの接線の変化を示すグラフである。
図11】衝接段階におけるエスケープメントホイール上でのアンクルの速度比の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1は,本発明に係るエスケープメント1を示す。このエスケープメント1は,朴パレットが規制部材に衝接力を作用させるのに関与するスイス式アンクルエスケープメントの全体形態を具体化したものである。
【0026】
周知のとおり,エスケープメントは,ここでは図示しない動力源により駆動されるように配置される。その動力源は,例えば,輪列(同様に図示せず)によりエスケープメントに動的に結合されたヒゲゼンマイ又は電気モータで構成することができる。
【0027】
エスケープメント3は,アーバ(図示せず)上に回動可能に配置されており,その幾何学的軸線は参照符号5で表されている。図示の実施例において,エスケープメントホイール7の各歯は,エスケープメントホイール3が抑止されているときにパレットと相互作用する上流面7aと,衝接面とを含んでいる。しかしながら,本発明は他の形態,例えば尖鋭歯を有する形態(英国式アンクルエスケープメント)や,あまり一般的でない形態のエスケープメントホイールにも適用可能である。
【0028】
エスケープメントホイール3の歯7は,理論的な回転軸線11周りで回動するアンクル9と既知の態様で相互作用する。図示の実施例において,この理論的な軸線11はアーバ(図示せず)と一致しているが,特許文献1に記載されている「吊下げ式」又は他の適宜形式のアンクルとすることも可能である。エスケープメントホイール5の回転軸線5とアンクルの回転軸線とを結ぶ線は,中心接続線12を画定する。
【0029】
図示のアンクル9の全体構成は,伝統的なものである。この点につき,アンクル9は,回転軸線11から出発し,フォーク9cにおいて終止するロッド9aを含む。このフォークは,詳細な説明を必要としない既知の態様で規制部材(図示せず)と相互作用して規制部材を周期的に振動させる。更に,一対のアーム9bが回転軸線11の両側からロッド9aに対して略垂直な方向に延在し,かつ,パレット13,15において終止する。言うまでもなく,本発明の枠内において,あまり一般的ではない他の形状のアンクルも使用することができる。
【0030】
各パレット13,15は,エスケープメントホイールを周期的に抑止し,かつ解放するように配置されており,エスケープメントホイールは順次にパレット13,15の一方により抑止され,次いで他方により再び抑止される。
【0031】
図1において右側に示されているパレット13は,矢印で示すエスケープメントホイール3の回転方向に見て上流側に配置された入口側パレットであり,下流側に配置されるパレット15は出口側パレットである。
【0032】
図示の実施例において,パレット13,15はアンクル9と一体であるが,本発明は,アーム9bに取り付けられたパレットにも適用可能である。各パレットト13,15は,周知のとおり,それぞれの休止面13a,15a及びそれぞれの衝接面13b,15bを含む。休止面13a,15aは,休止段階においてエスケープメントホイール3を抑止するものであり,衝接面13b,15bは,衝接段階の間に歯7と協働して衝接力をアンクルに,従って規制部材に伝達するものである。各歯7は,パレット13,15の休止面13a,15aと相互作用する休止ビーク部7cと,傾斜した衝接面7bとを含む。上流側面7a及び衝接面7bの間に位置する休止ビーク部7cと,この衝接面7bは,アンクルへの衝接力伝達に貢献するものである。
【0033】
上述した形式の典型的なエスケープメントにおいて,休止面13a,15aは典型的には平坦面であり,その角度は,休止段階において,休止面13a,15a間の接触により生じる力Fが,パレット13又は15をエスケープメント3との係合状態に維持しようとする成分を含むように選択される。すなわち,力Fは,入口側パレット13の係合状態ではアンクルを反時計方向(図1の配置において)に,そして出口側パレット15の係合状態では時計方向に旋回させようとするトルクを,アンクル9の回転軸線11周りで発生させる。
【0034】
典型的なエスケープメントにおいて,パレット13b,15bも衝接面は典型的には平坦面であり,衝接の間にエスケープメントホイール3からアンクル9に伝達されるトルクの低下を生じさせる。このトルク変動は非効率的であって,エスケープメント1の性能を制約するものである。
【0035】
その結果,本発明は,パレット13,15の衝接面13b,15bの形態,並びにエスケープメントホイール3の歯7の衝接面7bの形態に関するものである。パレットの機能面13a,13b,15a,15bが平坦でなく,又は少なくとも平坦である必要がないため,「~の平面」との用語に代えて「~面」との用語が使用される。
【0036】
図4は,パレットの衝接面の解体を計算するために使用することのできるモデルを示す線図である。同図には,入口側パレットの衝接面とエスケープメントホイールの歯との間の接触面C’,エスケープメント3,並びに中心接続線12の幾何学的相互関係が示されている。
【0037】
エスケープメントホイール3が入口側パレット13に作用させる力Fにより,衝接段階を通じて一定のトルクを発生するためには,入口側パレット13の衝接面13bと中心接続線12との間の角度αorientationは,衝接段階の各点において,力の分析から得られる次の関係式を満たす必要がある:
【数5】
ここに,
【数6】

であり,更に,
【数7】

である。
【0038】
角度αorientationを規定する関係式には,現実的な製造交差を反映させるべく,±10%の公差,好適には±7%の公差,より好適には±5%の公差,あるいは±3%又は±2%の公差を加えることができる。
【0039】
上記関係式において,全ての角度はラジアンで表されている。αは,前記接触点及びエスケープメントホイール3の回転軸線を結ぶ線と,前記中心接続線12との間で数学的に規定される角度である。すなわち,この角度は入口側パレット13の衝接段階で減少するものであり,これはエスケープメントホイール3が回転する際に接触点C’が中心接続線12に向けて接近移動するからである。COFは,エスケープメントホイール及び衝接面の間の摩擦係数の三角法におけるタンジェント(通常の表記では tan(μ)),Rはエスケープメントホイールの回転軸線と前記接触点との間の距離に,現実的な製造交差を反映させるべく±10%の公差,好適には±7%の公差,より好適には±5%の公差,あるいは±3%又は±2%の公差を加えた値,Cはアンクルのトルクとエスケープメントホイールのトルクとの間のトルク比Canchor/Cwheel,Lは中心接続線12の長さである。
【0040】
R値及び角度αorientationの公差に鑑み,本発明が一群の可能な曲線を包含することに留意されたい。これは製造交差に基づく不可避的なものであり,その理由は,数学的に完全な曲線を反復継続的に製造することが極めて困難だからである。
【0041】
これと同一の関係は,ジオメトリが類似しており,接触点C’が中心接続線12の反対側に位置する出口側パレット15についても成立する。
【0042】
図5は,衝接段階における入口側パレット13の衝接面13bの角度αorientationの変化を誇張して示す。エスケープメントホイール3が回転して接触点C’が円弧上を前進すると,上述した理由から,角度αが減少する際に角度αorientationが増加することは明白である。図7は,この増加を接触点C’の角度の経時的な関数α(t)として示す。これにより複数の場所について計算される角度αorientationの値は,接線を規定するために使用することができ,これらの接線は,入口側パレット13の全長の少なくとも一部分に亘る衝接面13bの形態を規定するように,滑らかに組み合わせることができる。この部分は,例えば,衝接面13bの全長の少なくとも20%,少なくとも40%,少なくとも50%,少なくとも60%,あるいは少なくとも80%又は90%まで拡張することができる。これらの図面に基づき,衝接面13bが凸面となることは明白である。
【0043】
同様に,図6は,衝接段階における出口側パレット15の衝接面15bの角度αorientationの変化を誇張して示す。エスケープメントホイール3が回転して接触点C’が円弧上を前進する際に,角度αorientationが減少することは明白である。図8は,この減少を接触点C’の角度αの関数として示す。実際に,移動の過程において,αは中心接続線から離れる方向に移動し,又は三角法の見地から厳密に負であり,従ってα(t)は移動の過程において減少する。この場合にも,これにより計算される角度αorientationは接線を規定するために使用することができ,これらの接線は,出口側パレット15の全長の少なくとも一部分に亘る衝接面15bの形態を規定するように,滑らかに組み合わせることができる。この部分は,例えば,衝接面15bの全長の少なくとも20%,少なくとも40%,少なくとも50%,少なくとも60%,あるいは少なくとも80%又は90%まで拡張することができる。出口側パレット15の場合,角度αは対応する衝接段階の間に増加する。これは,接触点C’が中心接続線12から離れる方向に移動するからである。これらの図面に基づき,衝接面15bが凹面となることは明白である
【0044】
上記に基づいて,パレットにおける衝接面13b,15bの形態を決定することができ,その際には衝接段階におけるパレット13,15との接触点の変化を規定するエスケープメントホイール3の歯7の衝接面7bの形態も考慮に入れるものとする。
【0045】
上記のごとく決定されたパレット13,15の形態を既知の形態のエスケープメントホイールと組み合わせて使用する場合でも,衝接面7bの形態は,エスケープメントホイールからのパレットの持ち上がりが回避されるように適合させるのが有利である。
【0046】
本質的に,従来のエスケープメントの場合,エスケープメントホイール3の歯7がパレットの休止面13a,13bからその衝接面13b,15bへの移行(歯7パレットの衝接面13b,15bと相互作用するために「パレット上での衝接」として知られている。)を行う際には,エスケープメントホイール3及びアンクル9の加速が生じる。更に,衝接段階の後半部において,歯が下流側のビーク部13c,15cと相互作用(歯7と相互作用するのがパレットの下流側ビーク部13c,15cであるために「歯上での衝接」として知られている)すると,より強力な第2の加速が生じる。これらの加速が課題であれば,パレット13,15はエスケープメントホイール3から分離し,その結果としてこれら2つの要素間での接触が中断されかねない。
【0047】
エスケープメントホイール3の歯7における衝接面7bのプロファイルは,図4に示したものと同一のモデルに基づいて決定することができ,これにより衝接面7bから下流側ビーク部7dへの移行の間における持ち上がりを防止するものである。
【0048】
エスケープメントホイール3と,パレットの一方における衝接面13b,15bとの間の接触部のジオメトリに応じて,アンクルのトルクとエスケープメントホイールのトルクとの間におけるトルク比Cは,角度αの関数として以下のように計算することができる。
【数8】
【0049】
ここに,αorientationは,接触点C’における歯7の衝接面7bの接線と,中心接続線12との間に形成される角度であり,他の変数はパレット13,13の衝接面13b,15bとの関連で上述したとおりである。リフトオフを防止するため,トルク比Cは,予め定められたしきい値(後記参照)を下回る値とする必要がある。
【0050】
歯上での衝接段階の間,すなわち下流側ビーク部13c,15cがエスケープメントホイール3の歯7の衝接面7bと接触すると,
【数9】

が成立し,ここにCは,このビーク部の変化に際してのトルク比,Seuilは,実験又はモデル化により,あるいは任意に選択されるリフトオフしきい値である。より実用的な表現によれば,エスケープメントホイール3上でのアンクル9の速度比の一時導関数であるしきい値は,例えばモデル化により規定することができる。パラメータSeuilは,エスケープメントホイール3のジオメトリによるある程度の影響を受けるものであるが,モデル化によれば,分離点として0.01を超えない値,好適には0.005を超えない値,あるいは任意の値が一般的に適用可能であることが判明した。
【0051】
従って,
【数10】

が成立し,更に,
【数11】

が成立する。
【0052】
この関係式において,角度αorientationには,現実的な製造交差を反映させるべく,±10%の公差,好適には±7%の公差,より好適には±5%の公差,あるいは±3%又は±2%の公差を加えることができる。R値及び角度αorientationの公差に鑑み,本発明が一群の曲線を包含することに留意されたい。これは製造交差に基づく不可避的なものであり,その理由は,数学的に完全な曲線を反復継続的に製造することが極めて困難だからである。
【0053】
すなわち,角度αが衝接段階の間に増加すると,角度αorientationも概ね線形的に増加する。従って,歯7の衝接面7aは,図9に誇張して示すように凸面である。角度αの関数としての角度αorientationの変化を図10に示す。
【0054】
この場合にも,パレット13,15におけると同様に,角度αorientationを数カ所について計算することにより,衝接面7aのプロファイルを上述した態様で決定することができる。
【0055】
図11は,通常のエスケープメント(「Rv標準プロファイル」)及び本発明に係るエスケープメント(「Rv湾曲プロファイル」)につき,エスケープメントホイール3上におけるアンクル9の抑止解除時及び衝接時のトルク比の比較結果を示す正規化されたグラフである。このグラフは,歯7の衝接面7a上での衝接段階の間における一定トルクの伝達を担保する衝接面13a,13bの形態に基づく効果と,エスケープメントホイール3の歯7の湾曲プロファイルに基づく効果の両者を示すものである。
【0056】
一定トルクの伝達に関する限り,グラフにおける「パレット上での衝接」と表記された部分を参照すれば,通常のエスケープメントにおいて,速度比「Rv標準プロファイル」は上述した理由からこの段階を通じて減少する。他方,本発明に係るエスケープメントにおいてはトルク比が一定に維持されるため,速度比「Rv湾曲プロファイル」は一定に維持される。このグラフから,表面上での衝接段階の間に関数「Rv湾曲プロファイル」の積分値が「Rv標準プロファイル」の積分値よりも大きいこと,従って衝接のこの段階の間にアンクルにはより大きなエネルギが伝達されることも明白である。実際に,上述したSeuil値は,歯上での衝接の間における「Rv湾曲プロファイル」の線についての所望の傾きを考慮して決定することができ,これは角速度比に一時導関数に対応する。
【0057】
このグラフは,エスケープメントホイール3の歯7の衝接面7bの湾曲形状の効果も示すものである。この表面7bが湾曲しているため,速度比の曲線の傾きは,通常の「Rv標準プロファイル」における傾きよりも相当に小さな傾きである。これにより,リフトオフを回避することができる。
【0058】
エスケープメントホイール3の歯7の衝接面7bの形態が真直ぐである場合,対応する曲線は,垂線との交差部が正規化値800を示すまで「Rv湾曲プロファイル」の曲線に従った後,衝接段階が終了するまで「Rv標準プロファイル」の曲線と組み合わされる。
【0059】
エスケープメントホイール3の歯7の衝接面7bの上記プロファイルは,ここではパレット13,15の最適化された形態との組み合わせとして示されているが,既知のパレット,例えば標準的な平坦面を有するパレットに適用することもできる。
【0060】
計算によれば,パレット13,15の衝接面13b,15bに形態に基づいて性能が2~3ポイント向上すること,並びにエスケープメントホイール3の歯7の衝接面7bに形態に基づいて性能が2~3ポイント向上することが確認された。従って,これら二通りの最適化を組み合わせれば,エスケープメントの性能を4~6ポイント向上させることができる。
【0061】
上述したアンクル9及び/又はエスケープメントホイール3は,例えば,LIGA,3D印刷,マスキング及び材料シートからの食刻,ステレオリソグラフィ―等の微細加工プロセスにより製造することができる。適当な材料は,例えば,単結晶,多結晶又は非晶質金属(例えば,鋼,ニッケル燐,真鍮等)や,シリコン,その酸化物,窒化物又は炭化物,全ての形態におけるアルミナ,ダイヤモンド(ダイヤモンドライクカーボンを含む)等の非金属から選択することができ,これらの非金属材料は,単結晶又は多結晶とすることができる。これら全ての材料は,他の硬質材料及び/又は減摩材料,例えばダイヤモンドライクカーボン,アルミナ又はシリカで被覆することができる。
【0062】
これらの湾曲プロファイルを使用すれば,そのプロファイルをパレット13,15及びエスケープメントホイール3に適用した場合に,エスケープメントホイールの性能を5%オーダで改善することができる。
【0063】
本発明を特定の実施形態について上述したが,特許請求の範囲に規定される本発明の技術的範囲を逸脱することなく,付加的な変形を行うことも想定の枠内である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11