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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-28
(45)【発行日】2022-02-07
(54)【発明の名称】昆虫誘引剤
(51)【国際特許分類】
   A01N 37/02 20060101AFI20220131BHJP
   A01M 1/02 20060101ALI20220131BHJP
   A01P 19/00 20060101ALI20220131BHJP
【FI】
A01N37/02
A01M1/02 A
A01P19/00
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2017035502
(22)【出願日】2017-02-08
(65)【公開番号】P2018127437
(43)【公開日】2018-08-16
【審査請求日】2020-02-02
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】521116602
【氏名又は名称】合田 慈子
(72)【発明者】
【氏名】藤原 伸介
(72)【発明者】
【氏名】合田 慈子
【審査官】安藤 倫世
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-501366(JP,A)
【文献】国際公開第2008/062613(WO,A1)
【文献】特開2001-233709(JP,A)
【文献】国際公開第2008/062612(WO,A1)
【文献】合田慈子,酢酸菌培養液の飛翔昆虫誘因性,関西学院大学2016年度修士論文,2016年,http://hdl.handle.net/10236/00026496
【文献】Naoki, A. et al.,Polyamines in brown rice vinegar function as potent attractants for the spotted wing drosophila,Journal of Bioscience and Bioengineering,2016年08月31日,Vol. 123, No. 1,pp. 78-83
【文献】YIH-SHEN, H. et al.,Attractants for Synanthropic Flies: Evaluation of Chemical Attractants and Coattractants Against the Eye Gnat Hippelates collusor (Dipera-Chloropidae),Environmental Entomology,1975年10月,Vol. 4, No. 5,pp. 769-773
【文献】David C. R. et al.,VOLATILES ATTRACTIVE TO THE MEXICAN FRUIT FLY(DIPTERA:TEPHRITIDAE)FROM ELEVEN BACTERIA TAXA,Florida Entomologist,1998年09月,Vol. 81, No. 4,pp. 497-508
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 37/02
A01M 1/02
A01P 19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
日経テレコン
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒酢及びアルカリ水溶液を含む、ハエ類誘引剤の製造キットであって、
少なくとも前記黒酢と前記アルカリ水溶液とが反応不能な隔離状態になっており、使用時に前記黒酢と前記アルカリ水溶液との隔離状態を解消された状態の混合液のpHが4.5から6.5となるハエ類誘引剤の製造キット。
【請求項2】
上記アルカリ水溶液が、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムの中から一つ以上が選択され水溶液としたものである、請求項1に記載のハエ類誘引剤の製造キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飛翔昆虫を効果的に捕獲できる昆虫誘引剤に関するものである。特に、捕虫器のトラップ液に適切な昆虫誘引剤に関するものであり、有効成分として酢類を使用する昆虫誘引剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
農業分野で猛威を振う害虫として著名なものに、オウトウショウジョウバエ(Drosophila susukii)がある。2008年ころ、原産地の東アジアから欧州や北米に侵入し、これら諸国で現在も甚大な被害をもたらしている。オウトウショウジョウバエは成熟前のブルーベリーやイチゴ等の若い果実に産卵するので、寄生された果実は収穫前の段階で著しい損傷を受ける。経済的損失も著しく、北米で年間5億ドル、南欧で300万ユーロに上ると言われている。
オウトウショウジョウバエを防除するには、他の病害虫と同様に、発見次第に迅速な殺虫剤の散布が必要となる。しかし、薬剤散布の回数や散布の時期によっては、出荷時の残留農薬の点で、市場から収穫物の受け入れを拒否される事態も起こり得る。
近年の残留農薬に対する消費者の安全意識の高まりから、一般的な殺虫剤ではなく生物農薬等に関心が高まり、更にはヒトに安全にオウトウショウジョウバエを駆除できる多様な捕虫器が開発・市販されている。そのため、捕虫器に使用する捕虫液(トラップ液)も、色々なものが使用され、あるいは市販されている。また、捕虫液の改良研究が行われ、ワインビネガーやワイン、ビールの組合せなどが検討されるなど、多くの研究が発表されている(非特許文献1)。
【0003】
これまでの研究の結果、ワインビネガーやワインの中に、ショウジョウバエに誘引作用のある物質が幾つか見出されている。特に酢類の主成分である酢酸には強い誘引効果のあることが知られている(特許文献1、2)。また、アセトインやジアセチルにも強い誘引効果があることが報告されている(非特許文献2、3)。現在では、酢類の含有する酢酸やアセトイン等の誘引性物質を利用し、農業用の害虫捕虫器や家庭用のコバエ捕虫器(例えば、コバエホイホイ(登録商標)等)の誘引剤として、酢類が使用されている(特許文献3~5)。更に、農業領域での害虫発生状況のモニター装置等でも誘引剤として実用化されている。
最近の気候の温暖化により、日本でも害虫の発生が多くなっており、害虫の駆除のために、生物農薬を始めとする、安全な農薬が試みられている。その中でも、ショウジョウバエ等の飛翔昆虫を捕虫器で捕獲して防除することは、農薬を使わない新たな昆虫駆除方法として注目を集めている。この方法は、ヒトに対する毒性の強い殺虫剤を使用しない方法であり、簡便でヒトへの安全性の極めて高いものである。そこで、この昆虫の捕獲・防除方法の効率を高めるために、新たな安全な誘引剤の開発が求められている。特に、ヒトに安全な酢類を中心とする新たな誘引剤の開発が期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第4536223号
【文献】特許第5248654号
【文献】再表2008-062613号
【文献】再表2008-062612号
【文献】特開2013-154170号
【文献】特開2001-233709号
【非特許文献】
【0005】
【文献】赤坂直紀 2015年博士論文「代謝改変酢酸菌を利用した機能性食酢の開発」http://hdl.handle.net/10236/13861
【文献】Y.Ishii et al、Effective Trappingof Fruit Fiies with Cultures of Metabolically Modified Acetic Acid Bacteria」、Applied and Environmental Microbiol.2015年、81(7)、pp.2265-2273
【文献】K.QIAN et al,Identification of Volatile Compounds From a Food-Grade Vinegar Attractive to House Flies(Diptera:Muscidae)J.Econ.Entomol.106(2):979-987(2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、食酢等の酢類を用いて、産業用(農業等)・家庭用に誘引効果が高く、かつ安全で不快臭の少ない昆虫誘引剤及び誘引キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、昆虫の誘引素材として酢酸菌の培養上清(酢類)を用いた研究を行ってきた(非特許文献1)。その中で、昆虫の誘引性には、培養上清から揮発する揮発成分組成の影響が大きいことに着目し、培養上清の液性(pH)と揮発成分組成の変化を検討した。その結果、培養上清の液性(pH)が変化すれば、揮発成分組成が変化し、その影響で、昆虫の捕虫効果が変動することを見出した。
本発明者らは、酢類のpH変化による捕虫効果の主な変動原因として、酢類の液性が酸性から中性に変化すると約4%前後の高濃度を占める酢酸が蒸散し難くなることを見出した。例えば、酢類そのものであれば、酢酸臭が顕著であるが、液性が中和されて行くと、酢酸臭が弱くなり、pH6.5では酢酸臭がしなくなることを見出している。このように酢類の液性によって揮発成分組成が変化し、それを反映して、捕虫効果が変化することを見出した。
そこで、本発明者らは、GC-MSを使用して、食酢の液性(pH)変化と揮発成分組成の変化を確認すると、図1のようにpHが6.5になれば、揮発成分の中には酢酸がほぼ消失し、臭いの官能変化と対応していることが示された。
【0008】
なお、食酢の液性が中性となり、酢酸が中和されると酢酸の蒸散がなくなるので、ショウジョウバエ等への昆虫誘引効果が消失すると考えられた。しかし、予想外にも食酢の液性が中性付近になると、食酢そのものより捕虫効果が増大することが見出された。
そこで本研究者らは、更に検討を進め、食酢の液性(pH)と捕虫効果(捕虫数)の相関性を検討した。その結果、図3図5に示されるように、pHが4.5~6.5の範囲であれば、食酢そのものよりも2~4倍という高い誘引効果を示すことが明らかとなった。本発明者らは、上記知見により、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
本発明の要旨は、下記に示す通りである。
(1)pHを4.5から6.5に調整した酢類からなる昆虫誘引剤。
(2)pHを5.5から6.5に調整した、上記(1)に記載の酢類からなる昆虫誘引剤。
(3)上記酢類がワインビネガー、リンゴ酢、米酢の中から一つ以上が選択されるものである、上記(1)又は(2)に記載の酢類からなる昆虫誘引剤。
(4)上記米酢が、黒酢である上記(3)に記載の酢類からなる昆虫誘引剤。
(5)上記昆虫が、バエ類であることを特徴とする、上記(1)~(4)のいずれかに記載の酢類からなる昆虫誘引剤。
【0010】
(6)酢類及びpH調節剤を含む、上記(1)に記載の昆虫誘引剤を得るための昆虫誘引剤の製造キットであって、
少なくとも前記酢類と前記pH調整剤とが反応不能な隔離状態になっており、使用時に前記酢類と前記pH調節剤との隔離状態を解消された状態の混合液のpHが4.5から6.5となる昆虫誘引剤の製造キット。
(7)上記酢類がワインビネガー、リンゴ酢、米酢の中から一つ以上が選択されるものである、上記(6)に記載の昆虫誘引剤の製造キット。
(8)上記米酢が、米黒酢である上記(7)に記載の昆虫誘引剤の製造キット。
(9)上記pH調節剤が、アルカリ水溶液である、上記(6)~(8)のいずれかに記載の昆虫誘引剤の製造キット。
(10)上記アルカリ水溶液が、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウムの中から一つ以上が選択され水溶液としたものである、上記(9)に記載の昆虫誘引剤の製造キット。
【0011】
(11)pHを4.5から6.5に調整した酢類を用いる昆虫誘引方法。
(12)pHを5.5から6.5に調整した、上記(11)の酢類を用いる昆虫誘引方法。
(13)上記酢類がワインビネガー、リンゴ酢、米酢の中から一つ以上が選択されるものである、上記(11)又は(12)に記載の酢類を用いる昆虫誘引方法。
(14)上記米酢が、黒酢である上記(13)に記載の酢類を用いる昆虫誘引方法。
(15)上記昆虫が、バエ類であることを特徴とする、上記(11)~(14)のいずれかに記載の酢類を用いる昆虫誘引方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の昆虫誘引剤は、市販の酢類(無調整の場合のpHは3~4)を用いて、簡便かつ確実な方法で酢類の液性(pH)を中性付近のpH4.5~6.5に調整することによって作製することができ、しかも昆虫誘引効果が、調整前の市販の酢類より2~4倍の向上した製剤である。本発明の誘引剤は、酢酸を主な誘引性物質とする既存の誘引剤とは異なり、pHを制御して酢酸の蒸散を押え、より誘引性の高い揮発成分組成を作製できたところに特徴がある。しかも、2週間以上、安定した誘引性を示すことも特徴である。本発明の昆虫誘引剤の上記特徴に基づき、果実を食害するミバエ等の飛翔昆虫の捕虫剤として、安全かつ安価で、長期にわたって有効な誘引剤を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】黒酢SのpH調整液(pH3.2、5.5、6.5)の3種の揮発成分のGC-MSの結果を表した図である。pH3.2(無調整)では、揮発成分中に大量の酢酸の存在が認められる。pHが中和され、pHが中性付近の5.5になれば、揮発成分中の酢酸濃度が大きく減少している。pH6.5では、揮発成分中の酢酸濃度はほとんど消失したような状態になっている。一方、中性物質のアセトインは、pHが酸性の3.2でも、中性の6.5でも、揮発成分中のアセトイン濃度は変化していない。従って、pH6.5のpH調整液の揮発成分組成は、アセトイン等の中性物質が増加したものとなっており、pH3.2の場合の揮発成分組成とは全く異なったものとなっている。
図2】黒酢SのpH調整液(pH3.2、4.5、5.5、6.5、7.5、8.5)の6種の捕虫効果(昆虫捕虫数)の経時変化を表した図である。pH調整液(pH6.5)では、捕虫器設置後の6~7日目になると捕虫数が増加している。これは揮発成分組成の変化を反映していると考えられる。この組成変化は、外来の微生物の混入による2次発酵に基づくものか、あるいは忌避物質が蒸散して消失することに基づくものと考えられる。
図3】黒酢SのpH調整液における、捕虫容器設置後の8日目の捕虫数をグラフ化して表した図である。pH4.5~6.5のpH調整液は、黒酢S(無調整)よりも、昆虫の捕虫効果(捕虫数)が2~4倍増大することが示されている。
図4】黒酢Sの5倍希釈液を用いて、図1と同様の6種のpH調整液を作製し、捕虫効果の経時的変化を表した図である。
図5】黒酢Sの5倍希釈液のpH調整液における、捕虫容器設置後の8日目の捕虫数をグラフ化して表した図である。pH4.5~6.5のpH調整液は、黒酢S(無調整)よりも、昆虫の捕虫効果(捕虫数)が2.5~3倍増大することが示されている。
図6】黒酢Sの10倍希釈液を用いて、図1と同様の6種のpH調整液を作製し、昆虫の捕虫効果の経時的変化を表した図である。図2図4のように、pH4.5~6.5のpH調整液は、黒酢S(無調整)よりも、捕虫効果(捕虫数)が2~4倍増大することが示されている。しかし、pH調整液(pH6.5)の捕虫器設置後の6~7日目での捕虫効果(昆虫捕虫数)の急速な増加は抑制されている。これは、黒酢Sが10倍に希釈されたことにより、揮発成分の蒸散濃度が低下したことによると考えられる。捕虫実験を2週間実施したが、捕虫引効果(捕虫数)は変化なく継続していた。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の「酢類」とは、醸造酢(食酢)、醸造酢を含有する合わせ酢、又はこれらの希釈水溶液のことであり、液性(pH)がpH3~4の範囲にあるものをいう。酢類としては、特に限定されるものではないが、市販の食酢を使用することができる。好ましいものとしては、例えばワインビネガー、リンゴ酢等の果実酒、例えば米酢、米黒酢、黒酢(香酢)、大麦黒酢等の穀物酢が挙げられる。より好ましいものとしては、米黒酢としては黒酢S(マルカン酢製)、黒酢としては、鎮江香酢を挙げることができる。酢類の希釈水溶液の希釈倍率が上がれば揮発成分の濃度が低下し昆虫誘引効果(捕虫効果)が低下するので、目的に応じて適宜調整することができる。少なくとも、酢類の希釈水溶液が上記液性pH3~4の範囲にあればよい。
本発明の「pHを4.5~6.5に調整」とは、酢類の当初の液性(pH3~4)をアルカリ水溶液で中和し、液性をpH4.5~6.5に調節することをいう。本発明の昆虫誘引剤として、酢類のより好ましい液性は、pH5.0~6.5であり、より好ましくは、5.5~6.5を挙げることができる。
本発明の「アルカリ水溶液」とは、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム等の水酸化アルカリ金属、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム等の炭酸アルカリ金属などのアルカリ金属化合物を溶解させた水溶液のことをいう。使用するアルカリ水溶液のアルカリ濃度としては、中和による希釈を避けるために、高濃度が望ましい。例えば10Mのアルカリ水溶液で大きく中和し、微調整を5Mアルカリ水溶液、1Mアルカリ水溶液で行うことができる。好ましいアルカリ水溶液としては、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液が挙げられ、より好ましいものとしては、水酸化ナトリウム水溶液を挙げることができる。
本発明の「昆虫」とは、飛翔性の有害昆虫のことであり、例えばミバエ、ショウジョウバエ等の小型の果実バエ、例えばイエバエ、クロバエ等の大型ハエ、蚊や蛾、ガガンボ等を挙げることができる。なお、本発明の昆虫誘引剤は、図3図5に示されるように、ショウジョウバエ等のコバエや、イエバエのような大型ハエのようなハエ類を捕獲することに効果的なものとなっている。従って、好ましい昆虫としては、ハエ類を挙げることができる。
【0015】
本発明の「誘引剤」とは、酢類のpH調整液に、適宜、目的に応じて必要な試剤を添加した製剤のことをいう。例えば、微生物の混入とその増殖を避けるために、抗生物質のアンピシリンとカナマイシンをそれぞれ1000倍、2000倍希釈になる様に添加することができる。あるいは、抗真菌剤を適宜希釈して添加することができる。更には、アルコール又はアルコールを含んだ酒類を添加することができる。添加可能な酒類としては、ビールや日本酒、ウイスキーなど、エタノールを含有する所望のものを添加することができる。あるいは、昆虫の誘引性物質として、公知な化合物を適宜添加することができる。本発明では、より好ましくは、例えばアセトイン、ジアセチル、アセトン等のケトン化合物、酢酸エチル等のエステル化合物、フェネチルアルコール、3-メチル-1-ブタノール等のアルコール化合物等の中性の誘引物質を添加することができる。
また、本発明の誘引剤は、飛翔昆虫の誘引効果(捕虫効果)が安定に持続する。このことは、酢類の含有する昆虫誘引物質には、pH4.5~6.5の液性で蒸散し易く、含有量も微量ではないものがいくつか含有されていると考えられる。従って、上記のアセトイン等の誘引性物質を添加することによって、さらに誘引効果(捕虫効果)を安定に持続させることができる。
なお、誘引剤の形状は、特に限定されないが、水溶液であっても良く、取り扱いを容易にするために、ゲル化剤を添加してゲルとしてもよく、多孔質の紙又は織布、不織布等のスポンジ状のものに含浸させてもよい。上記ゲル化剤としては、周知の天然系のもの、合成系のものが用いられ、とくに水系のゲル化剤が望ましい。天然系のゲル化剤としては、カラギーナン、ゼラチン、膠、寒天、アラビアガムなどがあり、合成系のゲル化剤としては、アクリル系吸水性高分子、ポリビニルアルコール、ポリウレタン、カルボキシメチルセルロース(CMC)、CMCのナトリウム塩等がある。昆虫誘引剤中におけるゲル化剤の配合割合は、好ましくは0.01~10w/v%であり、より好ましくは0.1~1.0w/v%である。上記紙又は織布、不織布等のスポンジ状のものとしては、特に限定はなく市販の紙又は織布、不織布等を使用することができる。
本発明の昆虫誘引剤を殺虫目的に使用する場合には、本発明の誘引剤に殺虫活性成分を含んでいてもよい。この殺虫活性成分の具体例としてはダイアジノン、マラチオン,アセフェート、エトフェンプロックス、エキスリン、d-レスメトリン、dl-レスメトリン、ペルメトリン、サイフェノトリン、サイパーメスリン、アレスリン、ピナミンフォルテ、バイオアレスリン、フタルスリン、セビン、オンコル、バイゴン、メトプレン、ハイドロプレン、ピリプロキシフェン、フェノキシカルブ、メトキサシジアゾン、ヒドラメチルノン、ホウ酸、スルフルラミド、アドマイヤー、メタアルデヒド、ヘキサフルムロンなどが挙げられこれらに限定されるものではない。昆虫誘引剤中における殺虫活性成分の配合割合は、好ましくは0.05~30w/v%であり、より好ましくは0.1~20w/v%である。
【0016】
本発明の「製造キット」とは、酢類(pH3~4)と、アルカリ水溶液又は水酸化アルカリ金属と水のキットを有する誘引キットであって、少なくとも上記酢類と上記アルカリ水溶液又は水酸化アルカリ金属と水のキットが反応不能な隔離状態とされており、使用時に上記酢類と、上記アルカリ水溶液又は水酸化アルカリ金属と水のキットとの隔離状態を解消可能とされているものである。
本発明の製造キットの含有成分は、上記の昆虫誘引剤と同一であり、各成分の配合割合も上記の昆虫誘引剤の各成分の配合割合と同一である。本発明の製造キットにより、pHメーターなど、特別な機器の助けを借りなくても、農業の現場や家庭の場において、簡便に本発明の誘引剤を作製することができる。
本発明の「昆虫誘引方法」とは、本発明の昆虫誘引剤を用いて、それを保有する捕虫器等を農場又は家庭の庭や台所に設置して害虫を誘引し除去する方法のことである。捕虫器の種類、構造には特に限定はなく、市販の捕虫器や自作した捕虫器を使用することもできる。本発明の昆虫誘引剤は、ハエ類の誘引効果が高いことから、本発明の昆虫誘引方法も、ハエ類の誘引方法として使用することができる。
【0017】
【実施例
【0018】
以下に実施例を掲げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例のみに限定されるものではない。
【0019】
(実施例1)酢類のpH調整による誘引剤の作製
(1)試剤
・酢類:黒酢S(マルカン酢製)
・水酸化ナトリウム水溶液(10M/L、5M/L)
(方法)
300mLビーカーに200mLの黒酢Sを加え、捕虫実験中に別の菌が増殖するのを防ぐためアンピシリンとカナマイシンをそれぞれ1000倍、2000倍希釈になる様に添加した。pHメーター(堀場製作所,F22)を使用しスターラー撹拌下に10M水酸化ナトリウム水溶液でpH8.0付近に調整した。その後、5M水酸化ナトリウム水溶液で微調整を行い、pH8.5に調整した。
同様にして、pH7.5、6.5、5.5、4.5のpH調整液を作製した。
【0020】
(試験例1)誘引剤の捕虫実験
(1)材料
・捕虫トラップ液:実施例1のpH調整液と黒酢S原液の計5種。
・捕虫容器:ビクター・フライマグネット(ウッドストリーム社)の捕虫ボトル
粘着シート(11cm×20cm)を捕虫ボトル内部に設置。
(2)方法
上記捕虫ボトルに、上記捕虫トラップ液を200mL加えて、地上約1.5mに懸架した。捕虫容器6個を7~8m間隔で設置し、野外捕虫実験を行った(9月26日から10月4日の期間)。捕虫容器の粘着シートに捕捉された昆虫の種類と個数を、ジョウジョウバエ、大型ハエ、蚊、蛾に分類して計測した。
(3)結果
pH調整液6種の8日間の昆虫捕虫数の推移を図1で示した。なお、捕捉容器設置後の8日目の捕捉昆虫の種類と数を以下の表1と図2に示した。
【0021】
【表1】
【0022】
上記表1と図3に示されるように、黒酢Sにおいては、原液よりも、pH4.6~6.5の範囲のpH調整液の誘引性が高く、捕虫効果が、黒酢S原液の2~4倍に増加することが示された。
なお、pH調整液(pH6.5)では、捕虫器設置後の6~7日目になると捕虫数が増加している。これは揮発成分組成の変化を反映していると考えられる。この原因として、pH6.5で蒸散し易い揮発成分の中で、昆虫が忌避するような成分が蒸散消失したからなのか、より誘引性が高い揮発成分組成になったのかについては明確ではない。
【0023】
(実施例2)酢類希釈液(5倍、10倍)のpH調整による誘引剤の作製
(1)試剤
・酢類:黒酢S(マルカン酢製)
・水酸化ナトリウム水溶液(10M/L、5M/L)
(方法)
300mLビーカーに40mLの黒酢Sと160mLの滅菌水を加え、スターラーで撹拌し、5倍希釈液を作製する。次いで10M水酸化ナトリウム水溶液でpH8.0付近に調整した。その後、5M水酸化ナトリウム水溶液で微調整を行い、pH8.5に調整した。
同様にして、5倍希釈液のpH7.5、6.5、5.5、4.5のpH調整液を作製した。
なお、10倍希釈液のpH調整液は上記と同様にして作製した。
【0024】
(試験例2)酢類希釈液(5倍、10倍)の誘引剤の捕虫実験
実施例2の各6種のpH調整液を使用し、試験例1と同様に野外捕虫実験を行った(5倍希釈:10月11日から10月20日の期間、10倍希釈:10月24日から11月2日の期間)。
pH調整液6種の9日間の昆虫捕虫数の推移を図1で示した。なお、捕捉容器設置後の8日目の捕捉昆虫の種類と数を以下の表2と図4(5倍希釈液)、表3と図6(10倍希釈液)に示した。
【0025】
【表2】
【0026】
上記表2に示されるように、黒酢Sを5倍に希釈しても、pH4.6~6.5の範囲のpH調整液の誘引性が黒酢Sの5倍希釈液(無調整)よりも高く、捕虫効果が2.5~3倍に増加することが示された。
【0027】
【表3】
【0028】
上記表3に示されるように、黒酢Sの10倍希釈液でも、pH4.6~6.5の範囲のpH調整液の誘引性が黒酢Sの10倍希釈液(無調整)よりも高く、捕虫効果が2~4倍に増加することが示された。
なお、図2(原液)、図4(5倍希釈液)、図6(10倍希釈液)を対比すると、図6(10倍希釈液)では、pH調節液(pH6.5)の捕虫効果の急激な増加は抑制されている。この希釈効果から、上記の6~7日目の急速な誘引効果の増加は、揮発成分組成の中の昆虫忌避成分の濃度が希釈により低下した可能性が示唆された。
更に、捕虫実験期間を延長し、合計2週間の実験を行ったが、昆虫の捕虫効果は安定して維持されていた。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の酢類のpH調整誘引剤(pH4.5~6.5)は、酢類よりも2~4倍の強い昆虫誘引効果を示し、簡便かつ安全な昆虫誘引剤となっている。しかも、誘引効果が安定に長続きすることが示された。従って、本発明の昆虫誘引剤は、産業用(農業等)・家庭用に、簡便に使用でき、誘引効果が高く、しかも不快臭の少ない昆虫誘引剤が新たに提供できるようになった。更には、本発明の昆虫誘引剤は、既知の誘引剤や既知の殺虫成分と組合わすことが可能であり、新たな農業害虫の駆除方法を提供できるようになった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6