(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-28
(45)【発行日】2022-02-07
(54)【発明の名称】細胞の再プログラミングを誘導する組成物、及び該組成物を用いた多能性細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20220131BHJP
C07K 14/195 20060101ALI20220131BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20220131BHJP
A61K 35/74 20150101ALI20220131BHJP
C07K 14/245 20060101ALN20220131BHJP
A61P 35/00 20060101ALN20220131BHJP
【FI】
C12N5/071 ZNA
C07K14/195
C12N15/09 Z
A61K35/74 D
C07K14/245
A61P35/00
(21)【出願番号】P 2017551898
(86)(22)【出願日】2016-11-15
(86)【国際出願番号】 JP2016083874
(87)【国際公開番号】W WO2017086329
(87)【国際公開日】2017-05-26
【審査請求日】2019-10-07
(31)【優先権主張番号】P 2015223656
(32)【優先日】2015-11-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100102015
【氏名又は名称】大澤 健一
(72)【発明者】
【氏名】太田 訓正
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 尚文
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-529558(JP,A)
【文献】国際公開第2013/008803(WO,A1)
【文献】太田 訓正,乳酸菌による多能性細胞の創造,日本乳酸菌学会誌,2014年03月17日,Vol. 25, No. 1,pp. 13-17
【文献】Cric. Res.,2013年,Vol. 112, No. 3,pp. 562-574
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C07K 1/00-19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳類動物由来の接着系の体細胞を再プログラミングする物質として、グラム陰性菌又はグラム陽性菌由来の30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つのタンパク質を含む細胞の再プログラミング誘導組成物であって、該タンパク質は、一つのタンパク質分子として該組成物中に含まれており、30Sリボソームタンパク質そのものの一部として含まれる場合は除かれることを特徴とする組成物。
【請求項2】
前記タンパク質は、グラム陰性菌由来の30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つのタンパク質である請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記接着系の体細胞が、ヒト由来の皮膚細胞又はがん細胞である請求項1又は2に記載の組成物
【請求項4】
前記タンパク質は、単離され精製されたタンパク質である請求項1~3のいずれか一つに記載の組成物。
【請求項5】
前記タンパク質が組換えタンパク質である請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
インビトロで、哺乳類動物由来の接着系の体細胞に、グラム陰性菌又はグラム陽性菌由来の30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つのタンパク質を接触させることにより、該細胞の再プログラミングを誘導する方法であって、該タンパク質は、一つのタンパク質分子として存在し、30Sリボソームタンパク質そのものの一部として含まれている場合は除かれることを特徴とする方法。
【請求項7】
前記タンパク質は、グラム陰性菌由来の30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つのタンパク質である請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記接着系の体細胞が、ヒト由来の皮膚細胞又はがん細胞である請求項6又は7に記載の方法。
【請求項9】
前記タンパク質は、単離され精製されたタンパク質である請求項6~8のいずれか一つに記載の方法。
【請求項10】
前記タンパク質は組換えタンパク質である請求項6~9のいずれか一つに記載の方法。
【請求項11】
グラム陰性菌又はグラム陽性菌由来の30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つのタンパク質を含む、単離された哺乳類動物由来の接着系の体細胞から多能性細胞を製造するための培地であって、該タンパク質は、一つのタンパク質分子として該培地中に含まれており、30Sリボソームタンパク質そのものの一部として含まれる場合は除かれることを特徴とする培地。
【請求項12】
前記タンパク質は、グラム陰性菌由来の30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つのタンパク質である請求項
11に記載の培地。
【請求項13】
前記接着系の体細胞が、ヒト由来の皮膚細胞又はがん細胞である請求項
11又は12に記載の
培地。
【請求項14】
前記タンパク質は、単離され精製されたタンパク質である請求項11~13にいずれか一つに記載の培地。
【請求項15】
前記タンパク質が組換えタンパク質である請求項11~14のいずれか一つに記載の培地。
【請求項16】
請求項1~5のいずれか一つに記載の組成物、及び動物細胞培養用培地からなる培地キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の再プログラミングを誘導する組成物に関する。本発明はまた、該組成物を用いて細胞の再プログラミングを誘導して多能性細胞を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
さまざまな種類の細胞に変化する能力(多能性)を持つ細胞として、ES細胞及びiPS細胞が開発されてきた。しかしながら、ES細胞は、受精卵を利用することによる倫理的な問題がある。また、ES細胞をもとに作製した分化細胞や臓器を患者に移植しても、免疫系はこれらを非自己と認識し攻撃する可能性がある。iPS細胞は、ES細胞のこれらの問題はクリアできるが、一方、iPS細胞を標準化するための技術はまだ開発途上にあり、加えて、細胞の癌化の問題を完全には払拭できていない。
【0003】
胚幹細胞(ES)様細胞を作製する方法として、らい菌であるマイコバクテリウム・レプラエ菌又はその成分を用いた再プログラミング法が提案されている(特許文献1)。
【0004】
また、本発明者により、乳酸菌や納豆菌を、体細胞に感染させて、体細胞から多能性細胞を製造する方法(特許文献2、非特許文献1)や、100kDaより大きい分子量を有するタンパク質成分を体細胞に接触させて多能性細胞を製造する方法(特許文献3)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】米国特許出願公開US2006/0222636A1号明細書
【文献】国際公開公報WO2013/008803号公報
【文献】国際公開公報WO2014/167943号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Ohta et al, PLoS ONE 7(12):e51866, 2012.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、細胞の再プログラミングを誘導する同定された物質を含む組成物を提供することである。本発明の目的はまた、該組成物を用いて、再生医療への応用において安全性が高い多能性細胞、及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、リボソームの構成成分である、特定の30Sリボソームタンパク質が、細胞分化を終えたヒ卜皮膚細胞を再プログラミングし、ES細胞やiPS細胞のように細胞塊を形成できることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、以下の発明の態様が提供される。
[1]哺乳類動物(例えば、ヒト、マウス)由来の細胞を再プログラミングする物質として、30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つの30Sリボソームタンパク質を含む細胞の再プログラミング誘導組成物。
[2]前記30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15は、単離され精製された30Sリボソームタンパク質S2、単離され精製された30Sリボソームタンパク質S8、及び単離され精製された30Sリボソームタンパク質S15である上記[1]に記載の組成物。
[3]細胞を再プログラミングする物質として、30Sリボソームタンパク質S2を含む上記[1]又は[2]に記載の組成物。
[4]前記哺乳動物由来の細胞が、ヒト由来の皮膚細胞又はがん細胞である上記[1]~[3]のいずれか一つに記載の組成物。
[5]前記30Sリボソームタンパク質が組換えタンパク質である上記[1]~[4]のいずれか一つに記載の細胞の組成物。
[6](生体内又は単離された)哺乳類動物(例えば、ヒト、マウス)由来の体細胞に、30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つの30Sリボソームタンパク質を接触させることにより、該細胞の再プログラミングを誘導する方法。
[7]前記30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15は、単離され精製された30Sリボソームタンパク質S2、単離され精製された30Sリボソームタンパク質S8、及び単離され精製された30Sリボソームタンパク質S15である上記[6]に記載の方法。
[8]細胞を30Sリボソームタンパク質S2と接触させることを特徴とする上記[6]又は[7]に記載の方法。
[9]前記体細胞が、ヒト由来の細胞である上記[6]~[8]のいずれか一つに記載の方法。
[10]前記30Sリボソームタンパク質が組換えタンパク質である上記[6]~[9]のいずれか一つに記載の方法。
[11]前記[6]~[10]のいずれか一つの方法により製造された多能性細胞。
[12]30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つの30Sリボソームタンパク質を含む、単離された哺乳類動物由来の体細胞から多能性細胞を製造するための培地。
[13]前記30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15は、単離され精製された30Sリボソームタンパク質S2、単離され精製された30Sリボソームタンパク質S8、及び単離され精製された30Sリボソームタンパク質S15である上記[12]に記載の培地。
[14]30Sリボソームタンパク質S2を含む、上記[12]又は[13]に記載の培地。
[15]前記30Sリボソームタンパク質が組換えタンパク質である上記[12]~[14]のいずれか一つに記載の培地。
[16]上記[1]~[5]のいずれか一つに記載の組成物、及び動物細胞培養用培地からなる培地キット。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、体細胞への遺伝子の導入及び強制発現を用いることなく、体細胞を再プログラミングできる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例4で調製した精製30Sリボソームタンパク質S2と一緒に培養したHDF細胞(培養3日後)を示す。Aは、コントロールのHDF細胞であり、Bは、RpsBタンパク質で誘導した細胞塊である。
【
図2】実施例5で調製した精製30Sリボソームタンパク質S8又はS15と一緒に培養したHDF細胞を示す。Aは、RpsHタンパク質で誘導した細胞塊であり、Bは、RpsOタンパク質で誘導した細胞塊である。
【
図3】30Sリボソームタンパク質S2,S8又はS15とともに培養して作製した細胞塊を、脂肪細胞(カラムA)、骨芽細胞(カラムB)、又は軟骨細胞(カラムC)へと分化誘導した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を、例示的な実施態様を例として、本発明の実施において使用することができる好ましい方法及び材料とともに説明する。
なお、文中で特に断らない限り、本明細書で用いるすべての技術用語及び科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者に一般に理解されるのと同じ意味をもつ。また、本明細書に記載されたものと同等又は同様の任意の材料及び方法は、本発明の実施において同様に使用することができる。
また、本明細書に記載された発明に関連して本明細書中で引用されるすべての刊行物及び特許は、例えば、本発明で使用できる方法や材料その他を示すものとして、本明細書の一部を構成するものである。
【0013】
本発明において、「細胞を再プログラミング誘導する」とは、哺乳類動物の体細胞又はがん細胞、例えば、上皮細胞を、再プログラミングを誘導する物質として30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つの30Sリボソームタンパク質を含む組成物と接触させることにより、細胞を、ES細胞やiPS細胞と同様の、種々の細胞に分化する能力を有する多能性細胞へと形質を変換させることをいう。ここで接触とは、細胞を、上記30Sリボソームタンパク質のいずれか又は複数又は全てと接触できる状態におくことを意味し、その態様は特に制限されないが、好ましくは、体細胞が生存する環境(例えば、培地)中に上記の30Sリボソームタンパク質を存在させることにより、それらが体細胞に作用できる状態におくことを言う。
【0014】
本発明で用いることができるリボソームタンパク質であるS2、S8及びS15は、リボソームの30Sサブユニットを構成する21種類のリボソームタンパク質のうちの3つである。本発明において用いることができる30Sリボソームタンパク質S2は、配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。本発明において用いることができる30Sリボソームタンパク質S8は、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。本発明において用いることができる30Sリボソームタンパク質S15は、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質である。本発明で用いることができるリボソームタンパク質は、例えば、遺伝子改変技術を用いて、30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、又は30Sリボソームタンパク質S15のアミノ酸配列をコードするDNAを大腸菌等の宿主に形質転換して発現させることにより製造できる。さらに、発現させたリボソームタンパク質は、周知の技術を用いて単離・精製することができる。
【0015】
本発明において用いることができる30Sリボソームタンパク質はまた、配列番号1、配列番号2、又は配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質の一部のアミノ酸が置換・欠失・変異したものでかつ再プログラミング誘導活性を有するものである。このようなタンパク質は、遺伝子改変技術を用いて、30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、又は30Sリボソームタンパク質S15のアミノ酸配列をコードするDNA配列の一部を改変したDNAを作製し、それを大腸菌等の宿主に形質転換して発現させることにより製造できる。このような技術は周知であり、該技術を適宜変更して用いることにより行うことができる。具体的には、配列番号1、配列番号2、又は配列番号3に示されるアミノ酸配列と、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上、特に好ましくは99%以上の同一性を有し、細胞を再プログラミング誘導する活性を有するタンパク質を意味する。細胞を再プログラミング誘導する活性の確認は、そのようなタンパク質を用い、例えば、本発明の実施例に示された方法と同様にして確認できる。本発明において用いることができる30Sリボソームタンパク質は、好ましくは、30Sリボソームタンパク質S2である。
【0016】
なお、本明細書において「30リボソームタンパク質S2を含む」とは、一つのタンパク質分子として30リボソームタンパク質S2を含むことを意味し、30Sリボソームそのものの一部として含まれる場合は除かれることを意味する。30リボソームタンパク質S8及び30リボソームタンパク質S15についても同様である。
【0017】
哺乳類動物の体細胞への30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つの30Sリボソームタンパク質を含む組成物(以下、特に断りのない限り或いは文脈において区別して記載していない限りは、単に「30Sリボソームタンパク質」という)の接触においては、細胞の前処理を行うこともできる。例えば、接着系の体細胞を用いる場合は、体細胞を前処理して細胞の支持体(例えば、培養皿や細胞培養支持体)から細胞を剥離しておくのが好ましい。
30Sリボソームタンパク質を接触させる際の細胞の前処理としては、例えば、消化酵素処理、具体的にはトリプシン処理、又は、市販の細胞剥離液、例えば非酵素系の細胞剥離液による処理をあげることができるが、トリプシン処理が好ましい。
【0018】
本発明で用いる30Sリボソームタンパク質が由来する生物としては、特に限定されない。これに限定されないが、例えば、グラム陽性菌、グラム陰性菌、菌類をあげることができる。グラム陽性菌としては、例えば、乳酸菌、ブドウ球菌、ブドウ球菌近縁種、枯草菌(納豆菌)などをあげることができる。グラム陰性菌としては、例えば、大腸菌、緑膿菌近縁種、根粒菌(植物共生菌)をあげることができる。菌類としては、例えば、酵母、キノコ、カビをあげることができる。
【0019】
本発明で再プログラミングの誘導又は多能性細胞の製造のために用いる体細胞の種類は特に限定されず、任意の体細胞を用いることができる。即ち、本発明で言う体細胞とは、生体を構成する細胞のうち生殖細胞以外の全ての細胞を包含し、分化した体細胞でもよく、一部分化が進んだ未分化の幹細胞でもよい。例えば、これに制限されないが、上皮細胞、内皮細胞、線維芽細胞(皮膚細胞等)、腸細胞、肝細胞、脾細胞、膵細胞、腎細胞、毛細胞、筋肉細胞、脳細胞、肺細胞、脂肪細胞、及び胃粘膜細胞等の分化した細胞、神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の一部分化が進んだ体性幹細胞、組織前駆細胞をあげることができる。これらの細胞は、一般に、接着系細胞として分類されている。体細胞の由来は、哺乳動物であれば特に限定されないが、好ましくはマウスなどのげっ歯類、又はヒ卜などの霊長類であり、特に好ましくはヒ卜又はマウスである。また、ヒ卜の体細胞を用いる場合、胎児、新生児又は成人の何れの体細胞を用いてもよい。
【0020】
本発明の方法で製造される多能性細胞を再生医療など疾患の治療に用いる場合には、該疾患を患う患者自身から分離した体細胞を用いることが好ましい。また、本発明では細胞としてがん細胞を用いることができる。がん細胞に、30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つの30Sリボソームタンパク質を接触させることによって、がん細胞から非がん細胞を製造することができる。本発明において、体細胞又はがん細胞に、30Sリボソームタンパク質を接触させる工程は、インビトロでまた生体内で行ってもよいが好ましくはインビトロで行うことができる。
【0021】
本発明でいう多能性細胞とは、所定の培養条件下において自己複製能を有し、また所定の分化誘導条件下において多種の細胞(外胚葉系の細胞、中胚葉系の細胞、又は内胚葉系の細胞など)への多分化能を有する細胞(このような細胞のことは、幹細胞とも称する)のことを言う。
本発明の方法により誘導された多能性細胞は、所定の培養条件下において自己複製能を有するが、iPS細胞のように無限増殖性を有することはないという特徴を有する。
本発明の方法により誘導された多能性細胞はまた、自己の細胞と差が無く、多能性付与によってがん化のリスクが高まることはないという特徴を有する。
【0022】
本発明に従い30Sリボソームタンパク質を体細胞に接触させて多能性細胞を製造する場合、メチル-β-シクロデキストリンの存在下で、リボソーム分画を体細胞に接触させることによって、細胞塊形成効率を高めることができる。
【0023】
本発明においては、細胞培養用の通常の培地を用いて、30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つの30Sリボソームタンパク質の存在下において体細胞の培養を、例えばこれに限定されないが、1日以上、好ましくは数日以上(例えば、2日以上又は3日以上)培養を行うことにより、本発明の多能性細胞又は非がん細胞(がん細胞を再プログラミングして非がん化した細胞)を製造できる。また、多能性細胞を製造及び培養するための培養期間の上限は特に制限がなく、目的に応じて適宜選択できる。このような培地は特に制限されず、ES細胞やiPS細胞等の培養に用いることができる任意の培地を用いることができ、例えば、これに制限されないが、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、イーグル最少必須(EME)培地、イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)、アルファ-最少必須培地(α-MEM)、RPMI 1640、Ham-F-12、MCDB、及びそれらの改変培地をあげることができる。培地は、製造した多能性細胞のその後の使用や誘導効率の観点より、無血清培地が好ましく、さらには、必要に応じて、各種の成長因子、サイト力イン、ホルモンなど、例えば、FGF-2、TGFβ-1、アクチビンA、ノギン(Nanoggin)、BDNF、NGF、NT-1、NT-2、NT-3等のヒ卜ES細胞の増殖・維持に関与する成分、を添加してもよい。30Sリボソームタンパク質を含んだこのような培地も本発明の一部である。また、分離された多能性細胞の分化能及び増殖能は、ES細胞について知られている確認手段を利用することにより確認することができる。
【0024】
本発明の方法において用いる30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つの30Sリボソームタンパク質は、大腸菌等の宿主に発現させた後に単に抽出した混合物の状態、粗精製したもの、又は、単離・精製したもののいずれであってもよく、上記いずれかの30Sリボソームが含まれていれば特に制限されないが、好ましくは粗精製又は精製されたものであり、更に好ましくは精製されたものである。培養において培地に添加する本発明の30Sリボソームタンパク質の濃度は、本発明の目的を達するかぎり特に制限がないが、例えば、下限は、1μg/ml以上、好ましくは10μg/ml以上、更に好ましくは50μg/ml以上をあげることができる。濃度の上限は、経済的な観点及び培養系に不都合がない濃度であれば特に制限がなく選択できる。
【0025】
本発明の方法で製造される多能性細胞及び非がん細胞の用途は特に限定されず、各種の試験・研究や疾病の治療などに使用することができる。例えば、本発明の方法により得られた多能性細胞をレチノイン酸、EGFなどの増殖因子、又はグルココルチコイドなどで処理することにより、所望の分化細胞(例えば神経細胞、心筋細胞、肝細胞、膵臓細胞、血球細胞など)を誘導することができ、そのようにして得られた分化細胞を患者に戻すことにより自家細胞移植による幹細胞療法を達成することができる。
【0026】
本発明の多能性細胞を用いて治療を行うことができる中枢神経系の疾患としてはパーキンソン病、アルツハイマー病、多発性硬化症、脳梗塞、脊髄損傷などが挙げられる。パーキンソン病の治療のためには、多能性細胞をドーパミン作動性ニューロンへと分化しパーキンソン病患者の線条体に移植することができる。ドーパミン作動性ニューロンへの分化は、例えば、マウスのストローマ細胞株であるPA6細胞と本発明の多能性細胞を無血清条件で共培養することで進めることができる。アルツイハイマー病、脳梗塞、脊髄損傷の治療においては本発明の多能性細胞を神経幹細胞に分化誘導した後に、傷害部位に移植することができる。
【0027】
また、本発明の多能性細胞は、肝炎、肝硬変、肝不全などの肝疾患の治療に用いることができる。これら疾患を治療するには、本発明の多能性細胞を肝細胞あるいは肝幹細胞に分化し移植することができる。本発明の多能性細胞をアクチビンA存在下で5日間培養し、その後肝細胞増殖因子(HGF)で1週間程度培養することで肝細胞あるいは肝幹細胞を取得することができる。
【0028】
さらに本発明の多能性細胞はI型糖尿病などの膵臓疾患の治療に用いることができる。I型糖尿病の場合には、本発明の多能性細胞を膵臓β細胞に分化させ、膵臓に移植することができる。本発明の多能性細胞を膵臓β細胞に分化させる方法は、ES細胞を膵臓β細胞に分化させる方法に準じて行うことができる。
【0029】
さらに本発明の多能性細胞は虚血性心疾患に伴う心不全の治療に用いることができる。心不全の治療には、本発明の多能性細胞を心筋細胞に分化させた後に傷害部位に移植することが好ましい。本発明の多能性細胞は胚様体を形成させる3日前よりノギンを培地中に添加することで、胚様体形成後2週間程度で、心筋細胞を得ることができる。
【0030】
また、本発明によれば、がん細胞に、30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つの30Sリボソームタンパク質を接触させることによって、がん細胞から非がん細胞を製造することができる。従って、本発明で用いられる30Sリボソームタンパク質を含む組成物は、抗がん剤として有用である。
さらに本発明により提供される30Sリボソームタンパク質S2、30Sリボソームタンパク質S8、及び30Sリボソームタンパク質S15からなる群から選ばれる少なくとも一つの30Sリボソームタンパク質を含む組成物は、分化した細胞やがん細胞などの異常分化を起こした細胞を再プログラミングできるので、医薬品や化粧品への添加物として用いることができる。
医薬品として用いる場合は、医薬上許容可能な担体とともに患者に投与される。医薬品として用いる組成物にはさらに、安定化剤、保存剤、等張化剤などを含有させることができる。本発明の医薬組成物の投与方法については、特に制限はないが、局所投与又は非局所投与のいずれでも実施できる。局所投与の場合、注射器等の手段で直接投与することができる。非局所投与の場合、たとえば静脈内投与で行うことができる。
【0031】
以下の実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって限定されるものではない。
【実施例】
【0032】
実施例1:細胞の再プログラミング活性の測定
細胞の再プログラミング活性の測定は、細胞塊形成活性を測定することにより行った。 10cmシャーレでHDF細胞(Human Dermal Fibroblasts, CELL APPLICATIONS,INC. Cat No.106-05a)をFibroblast Growth Medium(CELL APLLICATION INC.)で培養した。10mlのCMF(Ca2+ Mg2+フリーバッファー)で細胞を洗浄し、0.1%トリプシン溶液(1mM EDTA含)を1ml加えて全体にいきわたらせた。細胞を、CO2インキュベーター(37℃)に5分間入れた後、トリプシン阻害溶液(CELL APLICATION INC.)3mlを加え懸濁し、細胞数をカウントした。あらかじめ96 well plateに試験サンプル(5又は20μg)を入れ、5x104 の細胞を100μLの培地に懸濁し、それを加えた。細胞をそのまま37℃、5%CO2インキュベータ中で培養した。数日後に、細胞塊の形成を確認した。
【0033】
実施例2:組み換え大腸菌からの各種リボソームタンパク質バッチ精製
ナショナルバイオリソースプロジェクトNBRP E.coli strain(http://www.shigen.nig.ac.jp/ecoli/strain/)の、大腸菌AG1株の全遺伝子をHis-tag付加ベクターにクローニングしたASKA(-)ライブラリーからリボソームタンパク質遺伝子を発現する株を購入し、21種類の株について以下の実験を行った。各種株にクローニングされたリボソームタンパク質遺伝子の情報を以下の表に示す。
【0034】
【0035】
21種類の大腸菌株を用いてタンパク質の発現を行った。大腸菌からの発現タンパク質の精製はNBRPで指示されている方法に従った。実際には、各大腸菌をLB培地100mLで培養し、増殖期にIPTGを終濃度1mMで添加し、2時間培養することでタンパク質合成を誘導した。大腸菌を遠心集菌後、PBS 1mLに懸濁し、超音波破砕で融解させ、遠心上清を粗精製サンプルとして回収した。
次いで、粗精製サンプルにHis-tagタンパク質結合レジン(cOmplete resin;Roche)を添加し、タンパク質を製造元が指示する方法に従って精製した。イミダゾールの濃度は、洗浄バッファーは5mMで、溶出バッファーは250mMで用い、1mlの溶出サンプルを得た。溶出したサンプルは、限外ろ過膜(3,000 MW Amicon ultra;Millipore)を用いて50μLに濃縮した。得られた各サンプルのタンパク質濃度を、Protein assay(Biorad)によって測定した。
【0036】
実施例3:各種リボソームタンパク質の細胞塊形成活性の測定
実施例2で得られた各種リボソームタンパク質サンプルを用い、実施例1の方法に従い細胞塊形成活性を測定した。具体的には、各サンプルについて、5μgのタンパク質を各ウェルに添加し、細胞塊形成活性を測定した。実験は複数回行った。
その結果、RpsB(30Sリボソームタンパク質S2)をコードする遺伝子を発現するJW0164株、RpsH(30Sリボソームタンパク質S8)をコードする遺伝子を発現するJW3268株、RpsO(30Sリボソームタンパク質S15)をコードする遺伝子を発現するJW3134株、からのサンプルに細胞塊形成活性が確認された。一方、他の株からのサンプルでは細胞塊は形成されなかった。
【0037】
実施例4:30Sリボソームタンパク質S2(RpsB)の大量発現と高純度精製
JW0164(RpsBを発現する大腸菌)を培養して、精製した30Sリボソームタンパク質S2を、以下のようにして得た。培養方法は実験2と同じ方法で行った。ただし培養スケールを1Lにした。培養後、大腸菌を集菌、破砕し、上清30mlを回収した。次いで、FPLCシステム(acta prime;GE healthcare)にcOmplete resin column 1 mL(Roche)を接続し、下記の条件でタンパク質を精製した。
結合バッファー:PBS;洗浄バッファー:PBS+5 mM imidazole;溶出バッファー:PBS+250 mM imidazole、
Fraction volume:1 mL;Elution volume:20 mL;total 20 tubes。
各フラクションのタンパク濃度を測定し、最も濃度が高いフラクションを1μg/μLの濃度に調整した。20μgのタンパク質をウェルに添加後、実施例1の方法に従って、細胞塊形成活性を確認した。
その結果、
図1に示すように、実施例3で確認したJW0164-rpsBの細胞塊形成能を再現できた。
【0038】
実施例5:30Sリボソームタンパク質S8(RpsH)及びS15(RpsO)を用いた細胞塊形成
実施例4と同様にして、JW3268(RpsHを発現する大腸菌)とJW3134(RpsOを発現する大腸菌)を用いて、30Sリボソームタンパク質S8(RpsH)及び30Sリボソームタンパク質S15(RpsO)を調製し、それらの細胞塊形成能を確認した。その結果、
図2に示すように、JW3268-rpsH、及びJW3134-rpsOの細胞塊形成能を再現できた。
【0039】
実施例6:形成細胞塊からの分化誘導
本発明者らは既に、スクロース濃度勾配超遠心を用いて乳酸菌から精製した乳酸菌由来の30Sリボソームの分画が、細胞塊形成活性を有し、さらに、形成された細胞塊が、脂肪細胞、骨細胞、軟骨細胞に分化誘導されることを確認している(国際特許出願PCT/JP2015/063457号公報)。以下のようにして、本発明により30Sリボソームタンパク質を用いて作製した細胞塊も、種々の細胞に分化誘導されること確認した。
JW0164-rpsBタンパク質、JW3268-rpsHタンパク質、及びJW3134-rpsOタンパク質を用いて細胞塊を作製した。2週間後に、脂肪細胞、骨芽細胞、軟骨細胞に分化誘導をうながす培養液(GIBCO;A10072-01,A10070-01,A10071-01)に交換し、さらに2週間培養した。
その結果、
図3に示すように、各々のタンパク質を用いて作製した細胞塊は、Oil Red O染色(脂肪)、Alizarin Red S染色(骨)、Alcian Blue染色(軟骨)により染色され、細胞の分化が確認できた。
【0040】
上記の記載は、本発明の目的及び対象を単に説明するものであり、添付の特許請求の範囲を限定するものではない。添付の特許請求の範囲から離れることなしに、記載された実施態様に対しての、種々の変更及び置換は、本明細書に記載された教示より当業者にとって明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明は、体細胞の再プログラミングを誘導する組成物として、さらには、体細胞から多能性細胞を製造する方法として有用である。また、本発明の組成物及び方法は、医療分野(創薬研究、並びに医薬品の安全性、有効性及び副作用の試験)、疾患研究(難病の原因解明、治療法や予防法の開発)、再生医療(神経、血管、臓器の機能修復)、並びに食品分野において有用である。
【配列表】