(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-31
(45)【発行日】2022-02-08
(54)【発明の名称】転がり機械要素の疲労診断方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/72 20060101AFI20220201BHJP
【FI】
G01N27/72
(21)【出願番号】P 2021527344
(86)(22)【出願日】2020-02-05
(86)【国際出願番号】 JP2020004419
(87)【国際公開番号】W WO2020255476
(87)【国際公開日】2020-12-24
【審査請求日】2021-06-30
(31)【優先権主張番号】P 2019111728
(32)【優先日】2019-06-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000811
【氏名又は名称】特許業務法人貴和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 大輔
(72)【発明者】
【氏名】小野 晃一朗
【審査官】小澤 瞬
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-194433(JP,A)
【文献】特開2008-032672(JP,A)
【文献】特開2014-055941(JP,A)
【文献】特開2013-160561(JP,A)
【文献】特開2008-032677(JP,A)
【文献】特開2013-076617(JP,A)
【文献】特開2009-198251(JP,A)
【文献】特開2014-219329(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2003/0070492(US,A1)
【文献】特開2020-024172(JP,A)
【文献】特開2019-184540(JP,A)
【文献】小熊規泰,軸受の残存疲労寿命予測 第1報:X線回折法の適用,KOYO Engineering Journal,2002年,No.161
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 13/04
G01N 27/72 - G01N 27/9093
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁性体材料製の軌道面を有する構成部品を備えた、転がり軸受または直動装置からなる、転がり機械要素の疲労の進行状態を診断する方法であって、
準備工程と、前記転がり機械要素の磁場情報の変化に基づいて、前記転がり機械要素の疲労状態を診断する診断工程
とを備え、
前記診断工程は、前記構成部品の近傍に配置した磁気センサにより前記構成部品の磁場情報を測定する、測定工程を備え、
前記磁場情報は、前記構成部品の軸方
向および径方向の磁束密度であり、
前記診断工程は、前記構成部品の使用開始前における磁束密度に相当する基準磁束密度から、前記測定工程で測定した前記磁束密度への変化量を算出する、変化量算出工程を備え、
前記診断工程は、前記転がり機械要素と同型の試験用転がり機械要素を利用して、X線測定により予め求めておいた該試験用転がり機械要素の疲労進行度と、前記転がり機械要素と同型の試験用転がり機械要素を利用して予め求めておいた、該試験用転がり機械要素の構成部品の軸方
向および径方向の磁束密度の変化量との相関を示す判定データを利用して、前記変化量算出工程で算出した前記磁束密度の前記変化量から、前記転がり機械要素の疲労進行度を判定する、判定工程を備
え、
前記準備工程は、前記判定データを求めるための工程であり、
試験前後における前記試験用転がり機械要素の前記構成部品の軸方向および径方向の磁束密度の変化量を求める、第1準備工程と、
試験後の前記試験用転がり機械要素の疲労進行度を求める、第2準備工程と、
前記第2準備工程で求めた前記疲労進行度と、前記第1準備工程で求めた前記軸方向の磁束密度の変化量および前記径方向の磁束密度の変化量との相関を示す、前記軸方向の磁束密度の変化量と前記径方向の磁束密度の変化量とを2軸とする座標上に前記疲労進行度をマッピングした判定マップにより構成される、前記判定データを作成する、第3準備工程と、を備える、
転がり機械要素の疲労診断方法。
【請求項2】
前記基準磁束密度は、前記構成部品のうちで、円周方向に関して非負荷圏に対応する部分おける磁束密度、または、前記構成部品のうちで、円周方向に関して負荷圏に対応する部分における使用開始前の磁束密度であり、および、前記測定工程で測定する磁束密度は、前記構成部品のうちで、円周方向に関して負荷圏に対応する部分における磁束密度である、請求項
1に記載の転がり機械要素の疲労診断方法。
【請求項3】
前記転がり機械要素を分解することなく診断する、請求項1~
2のいずれかに記載の転がり機械要素の疲労診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受や直動装置などの転がり機械要素の疲労診断方法、より具体的には、深溝玉軸受などの玉軸受、円筒ころ軸受、円錐ころ軸受、球面(自動調心)ころ軸受などのころ軸受を含む、転動体の軌道面を有する転がり軸受、あるいは、転動体の軌道面を有する構成部品を備えた直動装置などの転がり機械要素における、磁性体材料製の軌道面の状態を非分解で診断するための疲労診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種機械装置の回転支持部には、玉軸受やころ軸受などの転がり軸受や直動装置が組み込まれている。たとえば、転がり軸受は、互いに同軸に配置された1対の軌道輪である外輪および内輪と、複数の転動体とを備えている。外輪は、内周面に外輪軌道を有しており、内輪は、外周面に内輪軌道を有している。複数の転動体は、外輪軌道と内輪軌道との間に転動自在に配置されている。転がり軸受は、たとえば、外輪をハウジングに対して内嵌し、内輪を回転軸に対して外嵌することで、ハウジングの内側に回転軸を回転自在に支持する。
【0003】
転がり軸受の運転時には、外輪軌道や内輪軌道の軌道面上を転動体が繰り返し通過するため、荷重の負荷圏においては、鋼などの磁性体材料製の軌道面は転動体から繰り返し負荷を受ける。このため、時間の経過とともに、軌道面の表面下では、材料組織(金属組織)、残留応力、硬度などにそれぞれ変化が生じ、転がり疲労が進行する。このような転がり疲労が進行すると、軌道面の表面下に亀裂が発生し、はく離に至る場合がある。はく離が生じると、転がり軸受の運転時に発生する異音や振動が大きくなるだけでなく、最終的に、軌道輪にひびや割れが発生する可能性がある。このような事情は、軌道輪の全周に負荷がかかる使用態様で使用される転がり軸受、および、転動体の軌道面を有する構成部品を備えた直動装置でも同様である。
【0004】
このような事情に鑑みて、特開2012-42338号公報(特許文献1)などには、はく離などの損傷に起因して発生する振動を監視することで、転がり軸受の異常を検知する技術が記載されている。このような従来技術によれば、軌道輪にひびや割れが発生し、転がり軸受が使用できなくなる以前に、交換を促すなどの措置を採ることが可能になる。ただし、損傷が生じてから異常を検知するため、たとえば、転がり軸受が組み込まれた設備の稼働中に異常が検知された場合には、転がり軸受の交換作業のために設備を停止させなければならなくなる可能性がある。一方、損傷が生じるよりも前に疲労の進行状態を把握することができれば、設備を稼働していない時間に交換作業を行うことが可能になる。このような事情から、損傷が生じるよりも前に疲労の進行状態を把握することが求められている。
【0005】
特公昭63-34423号公報(特許文献2)や特開2009-041993号公報(特許文献3)などには、X線を利用して、転がり軸受を構成する軸受部品の材料組織中に含まれるマルテンサイトの半価幅および残留オーステナイト量を測定することで、転がり軸受の疲労進行度を診断する技術が記載されている。このようなX線を利用した診断方法によれば、軸受部品に損傷が生じるよりも前に疲労の進行状態を把握することが可能になる。
【0006】
しかしながら、X線を利用した診断方法は、人体へのX線の影響を考慮して、外部から遮蔽された空間で実施する必要がある。診断に用いるX線回折装置は、大型であるとともに、床に据え置く形態が一般的である。このため、X線を利用した診断方法は、診断対象となる転がり軸受が組み込まれた設備を備えた工場などの現場で行うことが困難であり、場所的な制約を受ける。また、軸受部品の表面に対してX線を照射するのに、転がり軸受を分解する必要があるため、診断に要する工数が多くなる。さらに、金属組織などの変化は、軸受部品の表面下で進行するため、多くの場合で、軸受部品を切断する必要がある。このため、診断後の転がり軸受を使用できないといった不都合が生じる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2012-42338号公報
【文献】特公昭63-34423号公報
【文献】特開2009-041993号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、転がり機械要素を分解することなく、かつ、転がり機械要素の構成部品に損傷が生じるよりも前に該構成部品の疲労の進行状態を把握することができる、転がり機械要素の疲労診断方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の発明者らは、転がり軸受や直動装置などの転がり機械要素の鋼などの磁性体材料製の軌道面の表面下では、転動体が軌道面を繰り返し通過することで、時間の経過とともに軌道面の材料組織(金属組織)が変化することに着目した(以下、この組織変化を本明細書では「疲労」とも呼称する)。転がり機械要素の軌道面の表面下に生じる材料組織の変化は、同時に磁性の変化を伴うものであり、転がり機械要素の使用前後(疲労前後)で、異なる磁場を発生させ、磁束密度が変化するという知見を得た。そして、磁束密度(磁場)の変化量は、転がり機械要素の疲労の進行度合と相関があるという知見を得た。さらに、磁束密度の変化のうち、転がり機械要素の軸方向および径方向の磁束密度の変化量が、疲労の進行状態(材料組織の変化具合)と相関があるという知見を得た。本発明は、このような知見に基づき、鋭意検討の結果完成されたものである。
【0010】
本発明の一態様にかかる転がり機械要素の疲労診断方法は、転がり機械要素の疲労の進行状態を診断する方法であって、前記転がり機械要素の磁場情報の変化に基づいて、前記転がり機械要素の疲労状態を診断する診断工程を備える。
【0011】
前記転がり機械要素としては、転動体から負荷を受ける鋼などの磁性体材料製の軌道面を有する構成部品である軌道輪を備えた、玉軸受やころ軸受などの転がり軸受、あるいは、転動体から負荷を受ける磁性体材料製の軌道面を有する構成部品を備えた、リニアガイドやボールねじなどの直動装置が挙げられる。
【0012】
前記磁場情報として、前記軌道面を有する構成部品の磁場情報を採用することができる。この場合、前記診断工程は、磁気センサ(磁場測定器)を、前記構成部品の近傍に配置して、前記構成部品の前記磁場情報を測定する、測定工程を備えることができる。前記構成部品の近傍とは、たとえば、前記構成部品が軌道輪である場合には、該軌道輪の軸方向側方または径方向側方とすることができる。また、前記構成部品が直動装置の構成部品である場合には、該構成部品の径方向側方とすることができる。
【0013】
前記測定工程で測定した前記磁場情報に対応する磁束密度の値と、該磁束密度の値に設定されている閾値とを比較して、前記転がり軸受の疲労状態を診断することができる。
【0014】
前記磁場情報として、前記構成部品の軸方向または/および径方向の磁束密度を採用することができる。
【0015】
前記診断工程は、前記構成部品の使用開始前における磁束密度に相当する基準磁束密度から、前記測定工程で測定した前記磁束密度への変化量を算出する、変化量算出工程を備えることができる。
【0016】
前記基準磁束密度として、前記構成部品のうちで、円周方向に関して非負荷圏に対応する部分おける磁束密度、または、前記構成部品のうちで、円周方向に関して負荷圏に対応する部分における使用開始前の磁束密度を採用することができる。前記測定工程で測定する前記磁束密度として、前記構成部品のうちで、円周方向に関して負荷圏に対応する部分における磁束密度を採用することができる。
【0017】
前記診断工程は、前記転がり機械要素と同型の試験用転がり機械要素を利用して、X線測定により予め求めておいた該試験用転がり機械要素の疲労進行度と、前記転がり機械要素と同型の試験用転がり機械要素を利用して予め求めておいた、該試験用転がり機械要素の構成部品の軸方向または/および径方向の磁束密度の変化量との相関を示す判定データを利用して、前記変化量算出工程で算出した前記磁束密度の前記変化量から、前記転がり機械要素の疲労進行度を判定する、判定工程を備えることができる。
【0018】
本発明の一態様にかかる転がり機械要素の疲労診断方法は、前記判定データを求めるための準備工程をさらに備えることができる。該準備工程は、前記試験用転がり機械要素を対象に試験を行う工程であり、第1準備工程から第3準備工程を備えることができる。
【0019】
第1準備工程は、試験前後における前記試験用転がり機械要素の前記構成部品の軸方向または/および径方向の磁束密度の変化量を求める工程である。第2準備工程は、試験後の前記試験用転がり機械要素の疲労進行度を求める工程である。第3準備工程は、第2準備工程で求めた前記疲労進行度と、第1準備工程で求めた前記磁束密度の変化量との相関を示す判定データを作成する工程である。
【0020】
第2準備工程において、前記試験前後における前記試験用転がり機械要素を構成する前記構成部品のマルテンサイト半価幅の減少量を利用して、前記疲労進行度を求めることができる。
【0021】
第1準備工程において、前記磁束密度の変化量を軸方向および径方向の両方で求め、前記判定データを、前記疲労進行度と、前記軸方向の磁束密度の変化量および前記径方向の磁束密度の変化量との相関を示すデータにより構成することができる。この場合には、前記判定データを、前記軸方向の磁束密度の変化量と前記径方向の磁束密度の変化量とを2軸とする座標上に、前記疲労進行度をマッピングした、あるいは、前記疲労進行度に応じて区分けをした、判定マップにより構成することができる。
【0022】
本発明の一態様にかかる転がり機械要素の疲労診断方法は、前記判定データを、前記疲労進行度と、前記軸方向または径方向のいずれかの前記磁束密度の変化量との相関を示すデータにより構成することができる。
【0023】
本発明の一態様にかかる転がり機械要素の疲労診断方法は、前記転がり機械要素を分解することなく診断することができる。
【0024】
本発明に使用できる転がり機械要素の疲労診断システムは、磁気センサと、算出部と、記憶部と、判定部とを備える。
【0025】
前記磁気センサは、診断対象となる転がり機械要素の構成部品の軸方向または/および径方向の磁束密度を測定可能である。
【0026】
前記算出部は、前記構成部品の使用開始前における磁束密度に相当する基準磁束密度から、前記磁気センサによって測定された前記磁束密度への変化量を算出可能である。
【0027】
前記記憶部は、前記転がり機械要素と同型の試験用転がり機械要素を利用して、X線測定により予め求めておいた該試験用転がり機械要素の疲労進行度と、前記転がり機械要素と同型の試験用転がり機械要素を利用して予め求めておいた、該試験用転がり機械要素の構成部品の軸方向または/および径方向の磁束密度の変化量との相関を示す、判定データを記憶する。
【0028】
前記判定部は、前記記憶部に記憶された前記判定データに基づき、前記算出部により算出された前記磁束密度の変化量から、前記転がり機械要素の疲労進行度を判定する。
【発明の効果】
【0029】
本発明の転がり機械要素の疲労診断方法は、転がり機械要素の疲労に伴う組織変化が磁束密度(磁場)の変化を伴う点に着目した技術である。磁場の変化が現われる部位ではその周囲に磁力線が生じる。よって、本発明の転がり機械要素の疲労診断方法によれば、転がり機械要素を分解していない非分解状態であっても、転がり機械要素に対してその磁力線を把握できる磁気センサを用いることにより磁束密度の変化を測定することできる。これにより、転がり機械要素の疲労状態を非分解で診断することが可能となる。
【0030】
本発明の転がり機械要素の疲労診断方法によれば、転がり機械要素の破損前に、転がり機械要素の疲労状態を非分解で把握できるため、転がり機械要素を定期的に交換するなど、効率的かつ安全に転がり機械要素および該転がり機械要素を備える装置を稼動することが可能となる。また、本発明の転がり機械要素の疲労診断方法によれば、測定面に対して磁気センサを接触あるいは近接させるだけで磁束密度の変化を測定可能であるため、メンテナンスの時間が大幅に解消されるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図1】
図1(A)は、本発明
に関する参考例の疲労診断システムの概略斜視図であり、
図1(B)は、
参考例の疲労診断システムのブロック図である。
【
図2】
図2は、
参考例の疲労診断方法の対象となる転がり機械要素であるころ軸受の1例の部分切断斜視図である。
【
図3】
図3は、
図2に示したころ軸受の使用態様の1例を説明するための概略側面図である。
【
図4】
図4(A)は、
図2に示したころ軸受を構成する外輪から発生する磁力線を説明するための概略側面図であり、
図4(B)は、
図4(A)のX-X断面図である。
【
図5】
図5は、
参考例の疲労診断方法の実施状況(測定工程)の1例を示す、概略図である。
【
図6】
図6は、
参考例の疲労診断方法の実施状況(測定工程)の別例を示す、概略図である。
【
図7】
図7は、
参考例における、
図2に示したころ軸受の構成部品である軌道輪の軸方向側面から磁場を測定した試験結果の1例を示すグラフである。
【
図8】
図8は、本発明の実施の形態の第
1例の疲労診断システムのブロック図である。
【
図9】
図9は、第
1例の疲労診断方法の各工程を示すフローチャートである。
【
図10】
図10(A)は、第
1例における、磁気センサにより転がり機械要素(ころ軸受)の構成部品である軌道輪の磁束密度を測定する測定工程を示す側面図であり、
図10(B)は、
図10(A)のY-Y断面図である。
【
図11】
図11は、第
1例の疲労診断方法の実行工程を説明するためのフローチャートである。
【
図12】
図12は、第
1例における、疲労進行度をX軸とし、軸方向の磁束密度の変化量をY軸とした二次元座標上に、試験用軸受の算出値をプロットした散布図である。
【
図13】
図13は、第
1例における、疲労進行度をX軸とし、径方向の磁束密度の変化量をY軸とした二次元座標上に、試験用軸受の算出値をプロットした散布図である。
【
図14】
図14は、第
1例における、径方向の磁束密度の変化量をX軸とし、軸方向の磁束密度の変化量をY軸とした二次元座標上に、算出値である磁束密度の変化量をプロットした散布図であり、かつ、疲労進行度に応じたマッピングを施した二次元マップである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明にかかる転がり機械要素の疲労診断方法と、該疲労診断方法に用いる疲労診断システムの一実施形態について、図面を適宜参照しつつ説明する。なお、図面は模式的なものである。そのため、厚みと平面寸法との関係、比率などは現実のものとは異なることに留意すべきであり、図面相互間においても、互いの寸法の関係や比率の異なる部分が含まれている。また、以下に示す実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、本発明は、以下に示す実施の形態における、構成部品の材質、形状、構造、配置などにより、限定されることはない。
【0033】
[
参考例]
本発明
に関する参考例について、
図1(A)~
図7を用いて説明する。
【0034】
[疲労診断システムの全体構成]
図1(A)および
図1(B)に、
参考例の疲労診断システムを示す。疲労診断システム1は、磁気センサ(磁場測定器)3と、情報処理装置により構成された診断装置4とを備える。本
参考例では、転がり機械要素として、転がり軸受を診断対象としている。以下、診断対象となる転がり軸受2について説明を行った後、本
参考例の疲労診断システム1について説明を行う。
【0035】
〈転がり機械要素(転がり軸受)〉
転がり軸受2としては、深溝型、アンギュラ型などの玉軸受、円すいころ軸受、円筒ころ軸受、ニードル軸受、自動調心ころ軸受などの転がり軸受が挙げられ、その種類(軸受形式)や大きさは問われない。本参考例の疲労診断システム1は、疲労の進行状態に応じて変化する転がり機械要素の磁場情報、より具体的には、転がり機械要素のうちの軌道面を有する構成部品の磁束密度(磁場)を測定して診断を行うものであるから、少なくとも、転がり軸受2のうちの構成部品、すなわち、本参考例では軌道輪であり、磁束密度の測定対象である外輪5は、磁性体材料製である必要がある。磁性体材料としては、軸受鋼を含む鋼、その他の鉄、コバルト、およびニッケルのうちの少なくとも1種を含む合金などの強磁性体材料を挙げることができるが、本発明は、磁性体材料として常磁性体材料あるいは反磁性体材料を用いた構成部品を含む転がり機械要素に広く適用可能である。
【0036】
転がり軸受2は、
図2に示すように、それぞれが円環状の1対の軌道輪である外輪5および内輪6と、複数の転動体7とを備えている。外輪5は、内周面に外輪軌道8を有しており、内輪6は、外周面に内輪軌道9を有している。複数の転動体7は、外輪軌道8と内輪軌道9との間に転動自在に配置されている。転動体7は、保持器10により転動自在に保持されており、円周方向に関して等間隔に配置されている。図示の例では、転動体7として、円すいころを使用している。転がり軸受2は、必要に応じて、シール部材をさらに備えることもできる。
【0037】
軸受部品である外輪5、内輪6、および転動体7は、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)に代表される軸受鋼、中炭素鋼、浸炭鋼などの鉄系合金(鋼)製で、ズブ焼き入れ、浸炭焼き入れ処理、浸炭窒化焼き入れ処理などの熱処理が施されており、磁性を有している。
【0038】
転がり軸受2は、たとえば、外輪5をハウジングに対して内嵌し、内輪6を回転軸に対して外嵌することで、ハウジングの内側に回転軸を回転自在に支持する、内輪回転式の使用態様で使用することができる。あるいは、転がり軸受2は、外輪5を回転体に対して内嵌し、内輪6を固定軸に対して外嵌することで、固定軸の周囲に回転体を回転自在に支持する、外輪回転式の使用態様で使用することもできる。
【0039】
本
参考例では、次のような原理に基づき、転がり軸受2の疲労状態を診断する。転がり軸受2を、
図3に示すように、内輪回転式の使用態様で使用し、内輪6を外嵌した回転軸17に下向きのラジアル荷重Frが加わるとすると、転動体7の荷重分布を斜格子模様で示すように、転がり軸受2を構成する外輪5のうち、下側部分(斜格子模様が付された範囲)が負荷圏となり、それ以外の部分が非負荷圏となる。このため、外輪軌道8の軌道面のうち、負荷圏に存在する部分の表面下では、疲労により金属組織が変化すると同時に磁性が変化する。具体的には、非磁性層である残留オーステナイトの分解と、マルテンサイト組織のひずみの緩和が生じる(磁壁移動が容易になる)。したがって、転がり軸受2の使用前後(疲労前後)で、外輪5の磁性の変化に応じて、外輪5の磁束密度(磁場)が変化することになる。また、磁束密度の変化量は、疲労の進行具合と相関があることから、磁束密度の変化量を利用して、転がり軸受2の疲労状態を診断することが可能になる。
【0040】
外輪軌道8に生じる磁力は、非負荷圏に比べて負荷圏で高くなるため、外輪5の周囲には、
図4(A)および
図4(B)に矢印で示すように、磁束密度に応じた磁力線が発生する。このため、外輪5の近傍(軸方向側方または径方向外方)に磁気センサ3を配置することで、転がり軸受2を分解しなくても、外輪5の磁束密度を測定することが可能になる。具体的には、
図4(A)に示すように、外輪5には、外輪軌道8が備えられた内周面側だけでなく、外周面側にも磁力線が現れる。このため、外輪5の径方向外方(外周面側)から磁束密度の変化(磁場変化)を測定することができる。さらに、
図4(B)に示すように、磁力線は、外輪5の軸方向側面(端面)からも発生するため、外輪5の軸方向側方からも、外輪5の磁束密度の変化を測定することができる。これにより、転がり軸受2の疲労状態を、転がり軸受2を分解することなく診断することが可能になる。
【0041】
〈磁気センサ〉
磁気センサ3は、磁束密度(磁場)を計測する計測器であり、
図1(A)および
図1(B)に示すように、本体部15と、プローブ12とを有する。本体部15は、箱型に構成されており、手で持ち運び可能で、かつ、計測値を表示可能である。プローブ12は、本体部15に対し、信号線16を介して接続されている。プローブ12の端部には、感磁部11を有する。感磁部11の内部には、磁束密度に比例した電圧を出力するホール素子が備えられている。プローブ12の内部には、ホール素子の出力電圧から磁束密度を計測する処理部13がパッケージ化されている。
【0042】
プローブ12は、磁束密度に比例した電圧を出力するホール素子の出力電圧から磁束密度を計測可能である。プローブ12の内部には、外部出力部14も備えられている。外部出力部14は、処理部13による磁束密度の計測結果を、信号線16を介して、本体部15に出力可能である。本体部15は、処理部13による磁束密度の計測結果を、外部の診断装置4に出力可能である。本参考例の疲労診断システム1は、基準となる磁石などの磁場発生手段が不要であるため、このような磁場発生手段を備えていない。なお、磁気センサ3として、3軸方向の磁場情報を測定することができる3軸磁気センサを使用することにより、3軸方向の結果を組み合わせた磁場情報を取得することも可能である。
【0043】
[疲労診断方法]
本
参考例の疲労診断方法では、
図5に示すように、転がり軸受2の負荷圏側に、磁気センサ3を構成する感磁部11を配置する。このような位置に感磁部11を配置する理由は、転がり軸受2は、負荷圏側において、外輪軌道8の軌道面の表面下(表面およびその内部を含む部分)に生じる疲労により磁場を生じ、磁界分布に変動を生じさせるという知見に基づいている。また、このように、外輪軌道8の軌道面の表面下に生じる磁場の強度(磁束密度の大きさ)は、自然に存在する外部磁場よりも十分に大きい。
【0044】
感磁部11は、外輪軌道8の軌道面の表面下の磁場変動を検知して、外輪軌道8の軌道面の表面下の疲労を検出できる。転がり軸受2の疲労部分を診断するためには、診断対象となる転がり軸受2の使用前の状態を基準(標準)とする必要がある。
【0045】
転がり軸受2の測定部に対する感磁部11の配置位置は、転がり軸受2の周囲のスペースに応じて調整することができる。感磁部11は、転がり軸受2の測定面に接触する程度、あるいは、転がり軸受2の残留磁場の影響を受けない程度の距離だけ、外輪5から離隔させるとよい。本参考例では、感磁部11と外輪5との対向距離を、たとえば2mmとすることができる。
【0046】
なお、疲労の診断ではなく、軌道輪を構成する鋼材に発生したき裂などを検出する場合には、き裂の発生していない基準となる検体(転がり軸受)を別途用意し、き裂の発生の有無を、基準となる検体の測定値をもとに判断する必要がある。
【0047】
これに対し、本参考例の疲労診断方法では、転がり軸受2の疲労部を診断するため、転がり軸受2の使用中も品質に変化がない(疲労が生じない)箇所があれば、その位置を転がり軸受2の使用前の状態に相当する基準(標準)を示す位置とすることができる。たとえば、本参考例の疲労診断方法では、外輪軌道のうちで転動体から負荷がかかる負荷圏と、外輪軌道のうちで転動体から負荷がかからない非負荷圏との、それぞれの磁場情報の測定結果を比較することにより、外輪軌道の疲労状態を診断することができる。具体的には、転がり軸受2の外輪5がハウジングなどに固定され、外輪5にラジアル方向の荷重がかかるような使用態様においては、負荷圏の反対側が非負荷圏となるので、この非負荷圏の位置を基準位置とすることができる。
【0048】
本
参考例の疲労診断方法では、転がり機械要素の診断に際して、磁気センサにより取得された磁場情報から得られる磁束密度の値と、該磁束密度の値に設定されている閾値とを比較して、疲労状態を診断することができる。具体的には、
図6に示すように、磁気センサ3と同様の構成を有する、2つの磁気センサ3X、3Yを用意する。磁気センサ3X、3Yのそれぞれの感磁部11を、外輪5の軸方向側面または外周面もしくは内周面に対して対向させるように配置する。磁気センサ3Xの感磁部11を対向させる面と、磁気センサ3Yの感磁部11を対向させる面とを、互いに同種の面とする。
【0049】
図6に示す例では、第1の磁気センサ3Xの感磁部11は、外輪5の負荷圏の磁束密度を測定するために、外輪5の外周面のうち、円周方向に関して負荷圏に対応する位置に対向配置されている。これに対し、第2の磁気センサ3Yの感磁部11は、非負荷圏の磁束密度を測定するために、外輪5の外周面のうち、円周方向に関して非負荷圏に対応する位置に対向配置されている。このように、非負荷圏側にも感磁部11を配置することで、非負荷圏側を基準位置とすることができる。すなわち、非負荷圏に配置した磁気センサの磁場情報を、基準磁束密度(転がり軸受2の使用前の状態に相当する磁束密度)として利用することができる。
【0050】
これにより、たとえば、磁気センサ3Xにより取得された磁場情報から得られる磁束密度の値と、磁気センサ3Yにより取得された磁場情報から得られる磁束密度の値(基準値)との差が、予め設定されている当該差に関する閾値と比較することにより、転がり軸受2の疲労状態を診断することができる。
【0051】
一方、転がり軸受2の軌道輪の全周に負荷がかかる使用態様の場合(たとえば、外輪が回転する場合)、軌道輪の全周が疲労するため、診断対象となる転がり軸受に、疲労状態を診断するための基準位置を設定することはできない。このような使用態様の場合には、転がり軸受2の周囲に存在する場所のうち、転がり軸受2の使用によっても磁場の変化が起きない場所を基準位置として設定することができる。あるいは、転がり軸受2の周囲に存在する空中(空間)に、磁場の変化を起こす磁性体などが存在しない場合には、該空中を基準とすることもできる。すなわち、磁気センサの感磁部を空中に向け配置して測定される磁場情報から得られる磁束密度の値を基準値とすることができる。このように、転がり軸受を構成する軌道輪あるいは転動体から負荷を受ける軌道面を有する直動装置の構成部品の全周が負荷圏となる使用態様においては、転がり軸受あるいは当該構成部品以外の磁場変化を受けない場所を基準とすることができる。この場合には、転がり機械要素の使用前における磁場の状態を0リセットしておく必要がある。
【0052】
本参考例の転がり機械要素の疲労診断方法においては、診断対象となる転がり軸受や直動装置などの転がり機械要素自体の磁場の状態を適切に把握するためには、磁気センサによる測定(診断)前に、脱磁や着磁などを行わないことが望ましい。たとえば、磁気センサは、軌道輪あるいは軌道面を有する構成部品が負荷を受けることで変化する軌道輪あるいは構成部品自体の磁束密度を測定するため、脱磁や着磁により磁場状態が変化すると正確な診断を行うことができなくなるためである。なお、疲労診断を行う際に、磁気センサを固定する必要はない。作業者が、磁気センサを手に持って、転がり軸受の軌道輪あるいは直動装置の構成部品に沿って全周にわたり測定することもできる。ただし、高い診断精度が必要である場合には、磁気センサを所定値に固定して診断することが望ましい。
【0053】
[参考実施例]
参考例の磁気センサ3を用いた転がり軸受2の疲労診断方法の参考実施例について説明する。
【0054】
本実施例では、転がり軸受2として、機能評価を完了した深溝玉軸受を診断対象とした。深溝玉軸受は、内輪と外輪と転動体と保持器とに分解せずに、深溝玉軸受全体として診断(測定)に用いた。診断に際しては、図示しない試験用シャフトを、機能評価が完了した後の転がり軸受2の内輪6に挿入した。また、図示しない試験用ハウジングに対して、転がり軸受2の外輪5を固定するとともに、図示しない軸受押さえ蓋を、転がり軸受2の軸方向側面側から試験用ハウジングに設置した。
【0055】
試験用ハウジングに固定した外輪5の軸方向側面に、磁気センサ3を構成するプローブ12を接触あるいは近接させて、外輪5の軸方向側面の磁束密度を測定した。なお、試験完了後の磁場特性を測定するため、測定前に転がり軸受2に対して脱磁や着磁は行っていない。
【0056】
磁気センサ3のプローブ12は、感磁部11を外輪5の軸方向側面に対向させるようにして、軸受押さえ蓋上に設置した。この状態で、負荷圏および非負荷圏が存在する外輪5の磁束密度を、磁気センサ3により測定した。本実施例では、軸受押さえ蓋の周方向に関して90度ずつ間隔をあけた4箇所位置(0°、90°、180°、270°の位置)にて、磁束密度(磁極の方向とその強さ)を測定した。具体的には、負荷圏の中央部を180°の位置とし、負荷圏の中央部に対して直径方向反対側に位置する対面側を、基準となる0°の位置とした。0°の位置から円周方向に関して一方側に90°ずれた位置を、90°の位置とし、0°の位置から円周方向に関して他方側に90°ずれた位置を、270°の位置とした。
【0057】
図7に、本実施例の測定結果を示す。具体的には、外輪5について、4等配した0°、90°、180°および270°のそれぞれの位置で、測定面に対する深さ方向の磁束密度を測定し、それらの測定結果を、0°の位置における磁束密度を基準として、それぞれの差の値を求めた。その結果を
図7に示す。
図7に示した測定結果から、180°の位置に対応する負荷圏での磁束密度が、0°の位置に対応する非負荷圏での磁束密度(基準磁束密度)と比較して、最も大きく変化していることが理解される。
【0058】
同様にして、外輪の軌道面に摩耗や変色が認められる転がり軸受を診断対象として、外輪の軸方向側面側から磁束密度を測定したところ、純粋な疲労の結果と比較して、大きな磁場の変化が現れることが確認された。この理由は、軌道面に摩耗や変色を引き起こす原因となる金属同士の接触は、疲労による材料変化よりも大きな磁場変化を生じさせ、磁束密度の測定値として大きく表れたものと考えられる。
【0059】
このような試験に基づく知見により、本参考例の疲労診断方法を適用することにより、軌道輪の軸方向側面または周面からの磁束密度の測定により、転がり機械要素の疲労状態を非分解で把握できるだけでなく、転がり機械要素の構成部品の損傷の有無並びにその損傷の程度、あるいはその損傷が生じた原因(たとえば、摩耗や変色を引き起こすスキューか否か)を把握できることがわかる。
【0060】
以上のように、本参考例の転がり機械要素の疲労診断方法によれば、転がり軸受2の外輪5の軸方向側面または周面から、外輪5の磁場情報を磁気センサ3で測定し、磁気センサ3で取得された外輪5の磁場情報の変化に基づいて、転がり軸受2の外輪5の疲労状態を診断することが可能となる。このため、転がり軸受2を非破壊とすることはもちろんのこと、転がり軸受2を非分解の状態において、転がり軸受2の疲労状態を診断することができる。また、磁場情報を把握することで転がり軸受2の疲労部分を検出することができる。また、転がり軸受2の疲労部分だけでなく、摩耗などの損傷部分も検出することが可能である。
【0061】
また、本参考例の転がり機械要素の疲労診断方法によれば、転がり軸受2が破損する前に、転がり軸受2を構成する外輪5の疲労状態を把握することができるため、たとえば、磁場情報に対応する磁束密度の値に閾値を予め設定し、該閾値と、取得された外輪5の磁場情報から得られた磁束密度の値とを比較して、転がり軸受2の疲労状態を診断することができる。これにより、転がり軸受2を定期的に交換する時期を、より適切に判断することが可能になり、より効率的かつ安全に、転がり軸受2および該転がり軸受2を備えた装置を稼働することが可能になる。これらについては、本参考例の転がり機械要素の疲労診断方法を、軌道面を有する構成部品を備えた直動装置に適用した場合も同様である。
【0062】
[
実施の形態の第1例]
本発明の実施の形態の第
1例について、
図8~
図14を用いて説明する。
【0063】
[疲労診断システムの全体構成]
本例の疲労診断システム1aは、診断対象となる転がり軸受2の疲労の進行状態を診断するもので、磁気センサ3aと、診断装置4aとを備える。疲労診断システム1aは、X線回折装置に比べて十分に小型に構成されており、持ち運び可能である。診断対象となる転がり軸受2の構成については、参考例と同様であるため、転がり軸受2に関する説明は省略する。本例でも、転がり機械要素として転がり軸受に本発明を適用した場合について説明する。具体的には、転がり軸受2の構成部品である、外輪および内輪では、磁性体材料として、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)に代表される軸受鋼が用いられている。ただし、本例の疲労診断システムおよび疲労診断方法も、構成部品としてその他の磁性体材料を用いた転がり軸受や、軌道面を有する構成部品を備えた直動装置などに、広く適用することが可能である。
【0064】
本例では、次のような原理に基づき、転がり軸受2の疲労状態を診断する。
参考例で説明したように、転がり軸受2を、
図3に示すように、内輪回転式の使用態様で使用し、内輪6を外嵌した回転軸17に下向きのラジアル荷重Frが加わるとすると、転がり軸受2の使用前後(疲労前後)で、外輪5の磁束密度(磁場)が変化する。磁束密度の変化は、負荷圏に存在する部分の磁性体材料の材料組織が変化することに起因して生じるものであるから、転がり軸受2の使用前後における磁束密度の変化量と、材料組織の変化度合との間には相関がある。材料組織の状態は、X線測定によって把握できるため、転がり軸受2の使用前後における磁束密度の変化量と、X線を利用した診断方法により求められる疲労進行度(材料組織の変化度合)との相関を予め求めておく。これにより、転がり軸受2の使用前後における磁束密度の変化量から、X線を利用した診断方法を実施した場合に求められる疲労進行度を推定することが可能になる。本例では、このような原理に基づき、転がり軸受2の疲労状態を判定する。
【0065】
本例の疲労診断システム1aは、
図8に示すように、磁気センサ3aと、診断装置4aとを備える。
【0066】
〈磁気センサ〉
磁気センサ3aは、1方向ないし複数方向の磁束密度(磁場)を測定可能な計測器であり、接続ケーブル18を介して、診断装置4aに接続されている。本例では、磁気センサ3aを1つだけ備えているが、複数備えることもできる。
【0067】
磁気センサ3aは、検出部と、回路(駆動回路や処理回路などを含む)と、検出部と回路が実装される基板とにより構成される。検出部は、MI素子、ホール素子、ホールIC、MR素子、GMR素子、AMR素子、TMR素子などの磁気検出素子から構成される。本例では、検出部として、MI素子を使用し、磁気センサ3aを、3方向の磁束密度を測定可能なMIセンサとしている。MIセンサは、アモルファスワイヤの磁気インピーダンス効果を利用した磁気センサである。このようなMIセンサでは、駆動回路により、高周波パルス電流を検出部(アモルファスワイヤ)に励磁し、検出部に生じた誘導起電力を検出回路によって検出する。
【0068】
磁気センサ3aは、軌道輪である外輪5または内輪6の近傍に配置され、外輪5または内輪6の磁束密度(磁場の方向および強さ)を測定する。磁気センサ3aを、外輪5または内輪6のいずれの近傍に配置するかは、転がり軸受2の使用態様に応じて決定する。たとえば、負荷圏と非負荷圏とが発生する軌道輪では、負荷圏において疲労が進行しやすいため、このような軌道輪のうち、円周方向に関して負荷圏に対応する部分(好ましくは負荷圏の円周方向中央に位置する最大負荷位置)の近傍に、磁気センサ3aを配置することが好ましい。
【0069】
本例では、磁気センサ3aとして、3方向の磁束密度を測定可能なMIセンサを使用するため、磁気センサ3aにより、転がり軸受2の軸方向、径方向、および周方向に関する磁束密度を、高精度に同時に測定することができる。ただし、疲労診断には、3方向の測定値のうち、疲労進行度との間に相関が認められる、転がり軸受2の軸方向と径方向とのうちの少なくとも一方の磁束密度を利用することで十分である。
【0070】
磁気センサ3aは、実行工程において、転がり軸受2の使用後(疲労後、現在)の磁束密度(M1)の測定に利用するとともに、転がり軸受2の使用開始前(疲労前、新品状態)の磁束密度に相当する基準磁束密度(M0)の測定にも利用する。なお、準備工程においても、磁気センサ3aまたは磁気センサ3aと同型のセンサを使用することが好ましい。
【0071】
〈診断装置〉
診断装置4aは、転がり軸受2の疲労進行度を判定する機能を有している。診断装置4aは、データを入力するための入力部19と、データを記憶するための記憶部20と、磁束密度の変化量を算出するための算出部21と、転がり軸受2の疲労進行度を判定するための判定部22と、判定結果を出力するための出力部23とを備えている。
【0072】
診断装置4aの入力部19には、磁気センサ3aの出力信号が接続ケーブル18を介して入力される。具体的には、診断装置4aには、転がり軸受2の使用前後における2種類の磁束密度(M0、M1)が入力される。磁気センサ3aから入力された信号は、必要に応じて、処理可能なデータに変換(たとえばアナログデータからディジタルデータに変換)し、その種類ごとに分別して記憶部20に記憶する。また、診断装置4aの入力部19には、準備工程で予め求めておいた、磁束密度の変化量と疲労進行度との相関を示す判定データを入力し、記憶部20に記憶しておく。
【0073】
算出部21は、転がり軸受2の使用開始前の磁束密度に相当する基準磁束密度(M0)と、転がり軸受2の使用後の磁束密度(M1)との差(M1-M0)を求めることで、使用前後における転がり軸受2の磁束密度の変化量(C)を算出する機能を有する。算出した磁束密度の変化量(C)は、記憶部20に記憶する。
【0074】
判定部22は、記憶部20に記憶された判定データに基づき、算出部21が算出した転がり軸受2の磁束密度の変化量(C)から、転がり軸受2の使用後の疲労進行度を判定(推定)する。たとえば、判定データが関数で表されている場合には、関数中の変数に磁束密度の変化量(C)を代入することで、疲労進行度を求める。また、判定データが、疲労進行度に応じて区分けされた判定マップで表されている場合には、磁束密度の変化量(C)が該判定マップ上のどのエリアにプロットされるかを判定することで、疲労進行度を求める。さらに、判定データが、閾値(数値)で表されている場合には、磁束密度の変位量と閾値との大小関係を比較(判定)することで、疲労進行度を求める。
【0075】
出力部23は、判定部22が求めた転がり軸受2の疲労進行度を、たとえばディスプレイに数値で視覚的に表示したり、または、スピーカなどにより聴覚的に出力したりする。また、疲労進行度に応じて、「使用継続可能」、「交換準備(在庫確認)」、「要交換」などといった判定結果を併せて表示(出力)することもできる。
【0076】
診断装置4aは、たとえばパーソナルコンピュータ(情報処理装置)により構成することができ、プログラムを実行することで、上述した各機能を実行する。なお、診断装置4aに、磁束密度の変化量と疲労進行度との相関を示す判定データを求める機能を持たせることも可能である。
【0077】
[疲労診断方法]
本例の疲労診断システム1aを用いて、転がり軸受2の疲労診断を行う方法を説明する。本例では、
図9に示すように、転がり軸受2の疲労診断を行うにあたり、準備工程と、実行工程とを実行する。なお、本例の疲労診断方法では、本発明の疲労診断方法における診断工程に相当する実行工程は、必須の工程であり、準備工程は任意的である。
【0078】
〈準備工程〉
本例における準備工程は、転がり軸受2と同型の複数の試験用軸受を利用して、判定データを求めるために行う工程であり、通常、転がり軸受2が組み込まれた設備を備えた工場などの現場で行うのではなく、X線回折装置などを備えた別の施設で行う。このような準備工程は、転がり軸受2の疲労診断を行う際に、毎回行う必要はなく、1回だけ実施すれば足りる。本例では、準備工程は、次の第1準備工程(Sp1)と、第2準備工程(Sp2)と、第3準備工程(Sp3)とを備える。なお、準備工程を実施する前に、試験用軸受には脱磁処理を施しておく。
【0079】
図9に示す疲労診断方法の各工程のうちの第1準備工程(S
p1)では、磁気センサ3aを利用して、試験前後における試験用軸受の軸方向または/および径方向の磁束密度をそれぞれ測定し、その変化量を求める。試験は、試験用軸受を試験装置に組み込んで、該試験用軸受を、転がり軸受2と同じ使用態様および同じ条件(荷重条件、潤滑条件、回転数など)で、所定時間または軸受が損傷するまで運転することにより行う。このような試験前後に、試験用軸受を分解することなく、軌道輪の同じ位置の磁束密度を磁気センサ3aにより測定する。具体的には、軌道輪のうちで、円周方向に関して負荷圏に対応する部分(好ましくは負荷圏の周方向中央位置)の磁束密度を測定する。このために、磁気センサ3aを、軌道輪のうちで、円周方向に関して負荷圏に対応する部分の近傍に配置し、磁気センサ3aの検出部を、軌道輪の軸方向側面または周面に、当接または近接対向させる。なお、試験後の試験用軸受には、磁束密度の測定前に、脱磁処理は行わない。
【0080】
試験前の試験用軸受の磁束密度の値は、たとえば、試験後に、磁気センサ3aにより、軌道輪のうちで、円周方向に関して非負荷圏に対応する部分を測定した値により代用することも可能である。この場合には、本例における準備工程を省略することが可能である。
【0081】
第1準備工程(Sp1)では、試験用軸受ごとに、試験前の磁束密度と試験後の磁束密度とをそれぞれ求め、試験前後における磁束密度の変化量(差分)を求める。
【0082】
第2準備工程(Sp2)は、第1準備工程(Sp1)と並行して実施し、X線回折装置を用いたX線測定により、試験後の試験用軸受の疲労進行度を求める。具体的には、試験前および試験後にそれぞれ、試験用軸受を構成する軌道輪のうちで、磁気センサ3aにより磁束密度を測定するのと同じ位置(負荷圏に対応する部分)にX線を照射し、X線回折スペクトルを得ることにより、軌道面の金属組織(材料組織)の状態を把握する。この際、試験後の測定で、X線照射が測定面に届かないなどの事情があれば、必要に応じて軌道輪を切断して測定する。そして、X線回折スペクトルから、試験前後におけるマルテンサイト半価幅の減少量を求める。
【0083】
X線測定では、マルテンサイト半価幅の減少量だけでなく、残留オーステナイトの減少量、残留応力の値を測定することもできる。このため、下記(1)式を利用して、疲労進行度(%)を求める。
疲労進行度(%)=k×(マルテンサイト半価幅の減少量+a×残留オーステナイトの減少量)・・・(1)
上記(1)式中、kは軸受使用環境により定まる係数であり、aは金属材料により定まる係数である。
【0084】
疲労進行度は、上記(1)式とは別に、下記(2)式を利用して求めることもできる。
疲労進行度(%)=60×マルテンサイト半価幅の減少量・・・(2)
【0085】
上記(1)式および上記(2)式から求められる疲労進行度(%)は、値が大きくなるほど、疲労が進んでいることを意味する。なお、上記(2)式は、残留オーステナイトの減少量が考慮された計算式であり、疲労進行度を求める際に利用できるが、疲労進行度をより精度良く求める必要がある場合には、上記(1)式を利用することが好ましい。
【0086】
第3準備工程(S
p3)では、第2準備工程(S
p2)で求めた疲労進行度と、第1準備工程(S
p1)で求めた磁束密度の変化量との相関を示す判定データを求める。具体的には、第1準備工程(S
p1)で、試験用軸受の軸方向および径方向の磁束密度の変化量を求めた場合には、疲労進行度と、軸方向の磁束密度の変化量および径方向の磁束密度の変化量との相関を示す、マップや表、関係式、閾値などの判定データ(データベース)を求める。判定データをマップとする場合には、軸方向の磁束密度の変化量と径方向の磁束密度の変化量とを2軸とする座標上に、疲労進行度をマッピングした二次元の判定マップとすることができる。判定マップを作成するには、まず、
図14に示すように、径方向の磁束密度の変化量をX軸とし、軸方向の磁束密度の変化量をY軸とした座標を作成し、算出値である磁束密度の変化量を、該座標上にプロットする。次に、座標上のそれぞれのプロットと疲労進行度とを、プロットの形状や色、大きさなどを疲労進行度に応じて異ならせる(グループ分けする)ことで関連付けする(紐付けする)。これをもとに、座標上におけるグループごとのプロット位置の偏りに着目し、座標を疲労進行度に応じて区分けして、疲労進行度の判定範囲を定める。すなわち、座標上に疲労進行度に対応した判定エリアを設定する。具体的には、座標上に、疲労進行度が80%未満のエリアと、疲労進行度が80%以上100%未満のエリアと、疲労進行度が100%以上のエリアなどを設定する。
【0087】
これに対し、第1準備工程で、試験用軸受の軸方向または径方向のいずれかの方向の磁束密度の変化量のみを求めた場合には、疲労進行度と、前記いずれかの方向の磁束密度の変化量との相関を示す、マップや関係式、表、閾値などの判定データを求める。
【0088】
上述したような判定データ(マップや表、関係式など)は、転がり軸受2の形式や大きさ、材質、使用条件などによって異なるものになるため、診断対象とする転がり軸受2に応じて、判定データを用意しておく。別な言い方をすれば、同じ仕様の転がり軸受2に対して複数回診断を行う場合には、判定データは、診断を行うごとに作成する必要はなく、最初の1回だけ作成しておけば足りる。
【0089】
〈実行工程〉
実行工程は、転がり軸受2を対象として疲労診断を行う工程(診断工程)であり、準備工程とは異なり、転がり軸受2が組み込まれた設備を備えた工場などの現場で行う。本例では、実行工程は、次の測定工程(S
a1)と、変化量算出工程(S
a2)と、判定工程(S
a3)とを備え、
図11に示すように行う。
【0090】
測定工程(S
a1)では、転がり軸受2を設備から取り外し、転がり軸受2を分解せずに、軌道輪の近傍に配置した磁気センサ3aにより、転がり軸受2の軸方向または/および径方向の磁束密度を測定する。具体的には、
図10に示すように、磁気センサ3aを、転がり軸受2の軌道輪のうちで、円周方向に関して負荷圏に対応する部分(好ましくは負荷圏の周方向中央位置)の近傍に配置し、磁気センサ3aの検出部を、軌道輪の軸方向側面または周面に、当接または近接対向させる。図示の例では、磁気センサ3aを、転がり軸受2を分解することなく、外輪5の負荷圏の周方向中央位置の近傍に配置し、磁気センサ3aの検出部を外輪5の軸方向側面に近接対向させている。そして、転がり軸受2の軸方向または/および径方向の磁束密度(M
1)を求める。磁気センサ3aの出力信号は、接続ケーブル18を介して診断装置4aに入力される。
【0091】
変化量算出工程(Sa2)では、診断装置4aの算出部21により、転がり軸受2の使用開始前の磁束密度に相当する基準磁束密度(M0)から、測定工程(Sa1)で測定した磁束密度(M1)への変化量(C)を算出する。
【0092】
基準磁束密度(M0)は、転がり軸受2の使用態様(負荷圏の発生範囲)などに応じて、次の(A)~(D)のいずれかの方法により測定し、記憶部20に記憶しておくことができる。
【0093】
(A)磁気センサ3を、新品状態の転がり軸受2の軌道輪のうちで、測定工程(Sa1)での磁束密度(M1)の測定位置と同じ位置(負荷圏となる位置)に配置し、転がり軸受2の使用前に予め測定しておく。
【0094】
(B)磁気センサ3aを、使用後の転がり軸受2の軌道輪のうちで、円周方向に関して非負荷圏に対応する部分(たとえば最大負荷位置の直径方向反対側)に配置し、測定工程(Sa1)に前後して、または測定工程(Sa1)と同時に測定する。
【0095】
(C)磁気センサ3aを、転がり軸受2と同型の参照用軸受(基準軸受)の軌道輪の近傍に配置して測定する。
【0096】
(D)磁気センサ3aを、転がり軸受2から離れた、磁場の変化を受けない周辺位置(たとえば空間)に配置して測定する。
【0097】
なお、基準磁束密度(M
0)を、測定工程(磁束密度(M
1))と同時に測定する場合には、
図6に示した例のように、2つの磁気センサ3aを用いて2種類の磁束密度を同時に測定することができる。また、上記(B)の方法を採用する場合には、たとえば、磁気センサ3aを固定し、軌道輪を回転させる(1周させる)ことで、軌道輪の1周分の磁束密度を測定し、その中から2つの磁束密度(M
0、M
1)を求めることができる。反対に、軌道輪を固定し、磁気センサ3aを軌道輪に沿って1周させながら磁束密度を測定することもできるが、測定精度を確保する面からは、磁気センサ3aを固定して測定することが好ましい。
【0098】
判定工程(S
a3)では、判定部22により、記憶部20に記憶された判定データに基づき、算出部21が算出した磁束密度の変化量(C)から、転がり軸受2の疲労進行度を判定(推定)する。具体的には、磁束密度の変化量(C)と判定データとの照合を行うことで、転がり軸受2の使用前後における磁束密度の変化量(C)から、X線を利用した診断方法を実施した場合に求められる疲労進行度の値を推定する。この際、照合を行う判定データは、測定工程において測定した磁束密度の方向(軸方向または/および径方向)と、同方向の磁束密度の変化量をもとに求めたものを利用する。たとえば、測定工程において、軸方向(または径方向)の磁束密度のみを求める場合には、判定データは、軸方向(または径方向)の磁束密度と疲労進行度との相関を示すものを利用する。判定データが、
図14に示すような判定マップであり、疲労進行度が80%未満のエリアと、疲労進行度が80%以上100%未満のエリアと、疲労進行度が100%以上のエリアとに区分けされた判定マップである場合には、転がり軸受2の使用前後における磁束密度の変化量(C)が、判定マップ中のどのエリアにプロットされるかを判定することで、当該エリアの疲労進行度が、転がり軸受2の疲労進行度であると推定する。
【0099】
上述のようにして転がり軸受2の疲労進行度の値を推定したならば、診断装置4aの出力部23により、判定部22が求めた転がり軸受2の疲労進行度を、たとえばディスプレイに視覚的に表示したり、または、スピーカなどにより聴覚的に出力したりする。また、判定された疲労進行度に応じて、「使用継続可能」、「交換準備(在庫確認)」、「要交換」などといった判定結果を併せて表示することもできる。
【0100】
本例の疲労診断システム1aおよび疲労診断方法によれば、軸受部品に損傷が生じるよりも前に疲労の進行状態を把握できるとともに、転がり軸受2を分解せずに疲労の診断を行うことができる。すなわち、本例では、転がり軸受2の使用前後における磁束密度の変化量を求めることで、X線を利用した診断方法を実施した場合に求められる疲労進行度を推定することが可能になる。このため、転がり軸受2を構成する軸受部品に、はく離などの損傷が生じるよりも前に、転がり軸受2の疲労の進行状態を把握することが可能になる。したがって、設備を稼働していない時間に転がり軸受2の交換作業を行ったり、転がり軸受2を定期的に交換したりするなど、効率的かつ安全に設備を稼働することができる。また、転がり軸受2の疲労診断は、転がり軸受2が組み込まれた設備を備えた工場などの現場で行うことができ、その場で、判定結果を知ることができるため、転がり軸受2の疲労状態に応じた早期の対応が可能になる。
【0101】
本例では、転がり軸受2の疲労の進行状態を把握するために、転がり軸受2を分解する必要がないため、X線を利用した診断方法を行う場合に比べて、診断(メンテナンス)に要する工数を少なくできる。さらに、X線を利用した診断方法のように、軸受部品を切断する必要がなく、非破壊で診断を行えるため、診断後の転がり軸受2を再度設備に組み込んで使用することも可能になる。
【0102】
磁気センサ3aは、疲労による金属組織の変化に起因して変わる磁束密度を測定するだけであり、疲労診断にあたって、転がり軸受2に外部から電圧などを加える必要はない。また、判定データを作成するのに利用する、軸方向または/および径方向の磁束密度の値は、信号処理を行わずに、磁気センサ3aの出力値として得られるため、判定データを作成するのに要する演算処理が簡単で済む。
【0103】
[実施例]
本例において、判定データを作成するために行った準備工程の実施例について説明する。本実施例では、試験用軸受として、円すいころ軸受(型番:HR32017XJ)を72個用意した。そして、72個の試験用軸受を対象に、内輪回転式の使用態様にて、強制潤滑給油により各部を潤滑しながら、回転軸(内輪)を1500min-1で回転させ、かつ、回転軸に対し試験荷重として、ラジアル荷重Frを61740N(6300kgf)負荷するとともに、アキシャル荷重Faを18620N(1900kgf)負荷する試験を行った。なお、試験用軸受(HR32017XJ)は、外径が130mm、内径が85mmであり、軸受部品(外輪、内輪、および円すいころ)はいずれも高炭素クロム軸受鋼製であった。
【0104】
72個の試験用軸受のうち、32個の試験用軸受については、試験開始から、1時間、24時間、48時間、96時間、250時間、1000時間経過後に、試験用軸受を試験装置から取り外し、試験用軸受を分解することなく、磁束密度の値を測定した。
【0105】
これに対し、40個の試験用軸受については、上記試験を実施する前に、潤滑油(ISO-VG10)の中に、鉄粉(硬さ870Hv、大きさ150μm以下、質量0.3g)を混入し、1分間だけ上記試験と同じ条件下で運転することで、軌道面に圧痕を付けてから、上記試験を実施した。圧痕を付けた後の上記試験では、潤滑油に鉄粉が混入していない条件下で、軸受が損傷するまで運転を継続した。その後、試験用軸受を試験装置から取り外し、試験用軸受を分解することなく、磁束密度の値を測定した。
【0106】
磁束密度の測定には、東京理学検査株式会社製(型番BE90A1E)の磁気センサを用いた。
図10と同様に、磁気センサによる測定位置は、最も疲労が進行しやすい負荷圏の円周方向中央位置とし、外輪の軸方向側面に検出部を近接対向させて測定した。測定のタイミングは、試験開始前と試験終了後とし、それぞれ同じ測定位置にて磁束密度を測定した。また、試験前後における磁束密度の変化量は、試験終了後の磁束密度の値から試験開始前の磁束密度の値を減ずることで求めた。
【0107】
試験前後における試験用軸受の疲労進行度を、X線回折装置(株式会社リガク製)を用いたX線測定により求めた。具体的には、試験開始前と試験終了後に、外輪軌道の軌道面のうち、磁気センサによる測定位置と同じ位置にX線を照射し、X線回折スペクトルを得た。そして、該X線回折スペクトルから、前記(2)式を用いて、試験前後におけるマルテンサイト半価幅の減少量を求めた。疲労進行度は、試験時間が長くなるほど大きくなる傾向があり、また、軌道面に圧痕を付けた試料は、試験時間に関係なく、大きな値となった。
【0108】
図12は、疲労進行度をX軸とし、試験前後における軸方向の磁束密度の変化量をY軸とした座標上に、試験用軸受ごとに求められた算出値をプロットした散布図を示している。
図12から、疲労進行度が大きくなるほど、軸方向の磁束密度の変化量が大きくなることが確認できる。このため、疲労進行度と軸方向の磁束密度の変化量との相関を示す関係式(近似直線、近似曲線など)を求めれば、該関係式を判定データとして利用することができる。
【0109】
また、
図12には、プロットの形状を、疲労進行度に応じて異ならせて表示している。具体的には、疲労進行度を3グループに分け、疲労進行度が80%未満のグループのプロットを丸形とし、疲労進行度が80%以上100%未満のグループのプロットを三角形とし、疲労進行度が100%以上のグループのプロットを四角形として表示している。ここで、座標上におけるグループごとのプロット位置の偏りに着目すると、
図12から、疲労進行度を判定するための閾値を見出す(求める)ことができる。すなわち、
図12においては、おおよそ、軸方向の磁束密度の変化量がMxよりも大きくなると、疲労進行度が80%以上になり、軸方向の磁束密度の変化量がMxよりも小さくなると、疲労進行度が80%未満になる。そこで、Mxを閾値として利用することで、軸方向の磁束密度の変化量がMxよりも大きい場合には、疲労進行度が80%以上であると判定し、軸方向の磁束密度の変化量がMxよりも小さい場合には、疲労進行度が80%未満であると判定することができる。
【0110】
図13は、疲労進行度をX軸とし、試験前後における径方向の磁束密度の変化量をY軸とした座標上に、試験用軸受ごとに求められた算出値をプロットした散布図を示している。
図13から、疲労進行度が大きくなるほど、径方向の磁束密度の変化量が大きくなることが確認できる。このため、疲労進行度と径方向の磁束密度の変化量との相関を示す関係式(近似直線、近似曲線など)を求めれば、該関係式を判定データとして利用することができる。
【0111】
図13も、
図12と同様に、プロットの形状を、疲労進行度に応じて(3つのグループごとに)異ならせて表示している。ここで、座標上におけるグループごとのプロット位置の偏りに着目すると、
図13からも、疲労進行度を判定するための閾値を見出す(求める)ことができる。すなわち、
図13においては、おおよそ、径方向の磁束密度の変化量がMyよりも大きくなると、疲労進行度が100%以上になり、径方向の磁束密度の変化量がMyよりも小さくなると、疲労進行度が100%未満になる。そこで、Myを閾値として利用することで、径方向の磁束密度の変化量がMyよりも大きい場合には、疲労進行度が100%以上であると判定し、径方向の磁束密度の変化量がMyよりも小さい場合には、疲労進行度が100%未満であると判定することができる。
【0112】
図14は、径方向の磁束密度の変化量をX軸とし、軸方向の磁束密度の変化量をY軸とした座標上に、試験用軸受ごとに求められた算出値である磁束密度の変化量をプロットした散布図を示している。
図14も、
図12および
図13と同様に、疲労進行度に応じて(3つのグループごとに)プロットの形状を異ならせて表示している。このような
図14からは、第1象限に、疲労進行度が100%以上のグループのプロットが集中しており、第2象限に、疲労進行度が80%以上100%未満のグループのプロットが集中しており、第3象限に、疲労進行度が80%未満のグループのプロットが集中していることを見出すことができる。そこで、座標上に疲労進行度をマッピングすることで、二次元の判定マップとして利用する。すなわち、第1象限を疲労進行度が100%以上のエリアとし、第2象限を疲労進行度が80%以上100%未満のエリアとし、第3象限を疲労進行度が80%未満のエリアと設定することができる。また、疲労進行度と、軸方向の磁束密度の変化量および径方向の磁束密度の変化量との相関を示す関係式(近似直線、近似曲線など)を求め、該関係式を判定データとして利用することもできる。
【0113】
本実施例では、上述したように、疲労進行度と軸方向の磁束密度の変化量との相関を示す判定データ、疲労進行度と径方向の磁束密度の変化量との相関を示す判定データ、および、疲労進行度と、軸方向の磁束密度の変化量および径方向の磁束密度の変化量との相関を示す判定データといった、3種類の判定データを求めることができる。そこで、このような判定データを、診断装置4aの記憶部20に予め記憶しておき、現場での転がり軸受2の診断に利用する。必要となる診断精度(診断情報)に応じて、どの判定データを利用するかを決定することができる。具体的には、高い診断精度が必要な場合には、
図14に示した、疲労進行度と、軸方向の磁束密度の変化量および径方向の磁束密度の変化量との相関を示す判定データ(二次元の判定マップ)を利用する。また、いずれの判定データを利用する場合にも、実際にX線による測定を行わずに、X線を利用した診断方法を実施した場合に求められる疲労進行度を推定することが可能になる。
【0114】
上述した本発明の実施の形態及び参考例の各例は、矛盾を生じない限り、適宜組み合わせて実施することができる。
【0115】
本発明の転がり機械要素の疲労診断方法は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しなければ種々の変形が可能である。たとえば、参考例の疲労診断方法では、負荷圏とその他の部位との相対比較となるため、必ずしも軌道輪を一周させる必要はなく、たとえば、負荷圏とその対面の非負荷圏とを比較するだけでもよい。また、負荷圏の変化を捉えられる手法であれば、対比する対象が非負荷圏でなくともよい。
【0116】
本発明の実施の形態及び参考例の各例では、転がり軸受を診断対象とした疲労診断方法を説明したが、本発明の転がり機械要素の疲労診断方法は、これに限定されず、その診断の作用機序からも明らかなように、転がり軸受または直動装置などの転がり機械要素自体の磁場情報の変化に基づいて、当該転がり機械要素の疲労状態、並びに、当該転がり機械要素の構成部品の損傷の有無、損傷の程度、および損傷の原因を診断することが可能である。具体的には、本発明の診断方法を、リニアガイドやボールねじなどの直動装置に適用することが可能である。また、本発明の診断方法は、転がり機械要素の構成部品が、強磁性体材料製の場合のみならず、常磁性体材料製あるいは反磁性体性材料製である場合にも、磁気センサにより磁場情報の変化を取得することが可能である以上、適用可能である。
【0117】
転がり軸受を診断対象とする場合には、単列の転がり軸受に限らず、複列の転がり軸受を対象にすることができる。また、ラジアル軸受に限らず、スラスト軸受を対象にすることもできる。
【符号の説明】
【0118】
1、1a 疲労診断システム
2 転がり軸受
3、3a、3X、3Y 磁気センサ
4、4a 診断装置
5 外輪
6 内輪
7 転動体
8 外輪軌道
9 内輪軌道
10 保持器
11 感磁部
12 プローブ
13 処理部
14 外部出力部
15 本体部
16 信号線
17 回転軸
18 接続ケーブル
19 入力部
20 記憶部
21 算出部
22 判定部
23 出力部