IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 池上通信機株式会社の特許一覧

特許7017367パラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム
<>
  • 特許-パラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム 図1
  • 特許-パラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム 図2
  • 特許-パラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム 図3
  • 特許-パラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム 図4
  • 特許-パラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム 図5
  • 特許-パラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム 図6
  • 特許-パラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム 図7
  • 特許-パラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-31
(45)【発行日】2022-02-08
(54)【発明の名称】パラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム
(51)【国際特許分類】
   H04B 11/00 20060101AFI20220201BHJP
   H04B 7/0413 20170101ALI20220201BHJP
【FI】
H04B11/00 D
H04B7/0413
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2017207077
(22)【出願日】2017-10-26
(65)【公開番号】P2019080227
(43)【公開日】2019-05-23
【審査請求日】2020-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000209751
【氏名又は名称】池上通信機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145470
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 健一
(72)【発明者】
【氏名】井戸口 勇介
【審査官】鴨川 学
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-208334(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0008463(US,A1)
【文献】特開2007-228175(JP,A)
【文献】国際公開第2008/059985(WO,A1)
【文献】特開平02-253800(JP,A)
【文献】特開2005-244445(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04B 11/00
H04B 7/0413
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のパラメトリック送波器と、送信する単一のベースバンド信号をASK変調した周波数fの変調波、周波数f の搬波を前記パラメトリック送波器に1次波として送波させる送信回路と、前記パラメトリック送波器によって送波された1次波と、当該1次波により生じる結合波である前記1次波の周波数の差音(f-f)と、和音(f+f)を2次波として受波可能とする複数のパラメトリック受波器と、前記パラメトリック受波器が受波した1次波及び/又は2次波をベースバンド信号に変換する受信回路と、を備えることを特徴とするパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム。
【請求項2】
前記2次波は、前記1次波である搬送波と変調波が、水中の非線形性による歪みで自己復調されることにより生じる変調波の包絡線情報を含んだ差音(f-f)と、和音(f+f)であることを特徴とする請求項1記載のパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム。
【請求項3】
前記受信回路は、前記パラメトリック受波器が受波した1次波及び/又は2次波について包絡線検波を行い、当該1次波及び/又は2次波が含む包絡線情報を取り出すことで、前記1次波及び/又は2次波をベースバンド信号に変換するものであることを特徴とする請求項2記載のパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水中での音響通信の通信品質を向上させるパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、海中における無線通信技術は、AUV(Autonomous Underwater Vehicle)を用いた沈没船探査や、深海生物調査、海底調査・地質調査、海底資源探査などに役立っている。本国においては、水深700~1800m地点に海底熱水鉱床や、マンガン団塊、メタンハイドレートの存在が確認されており、探査と探索、開発が進められている。
【0003】
また、探査には、海中における伝搬減衰が電波や可視光より小さい音波を用いるSONAR(SOund Navigation And Ranging)が使用される。このSONARを用いた探査方法には、数百kHzの音波を用いて海底地形を測定するサイドスキャンソナーや、透過性の高い数十kHzの音波を用いて海底下の地層を測定するサブボトムプロファイラがある。このうち、サブボトムプロファイラは、低い周波数の音波を狭いビームで放射するために、パラメトリック方式が用いられている。
【0004】
このパラメトリック方式を利用した技術については、例えば、特許文献1に開示されている技術は、2周波の音波を同時に音場媒質に送波した時、音場媒質の非線形特性によって音波同士が相互作用を起こし、前記2周波の和と差の周波数成分を発生し、この場合の差の周波数成分が極めて鋭い指向性を有する音波となるパラメトリック効果を利用している。
【0005】
また、特許文献2には、超音波を送信する超音波送波器と、該超音波送波器を周波数fで励振する励振信号の生成回路と、該励振信号を該励振信号の周波数fに比して充分低い繰り返し周波数fのパルス列でパルス変調するパルス変調回路と、該パルス変調された変調信号を上記超音波送波器に導いて超音波信号を送信する送信器と、上記超音波送波器と同方向に指向して配置され、周波数fで到来する超音波信号を受信する超音波受波器とを具備してなるパラメトリック探知装置が開示されている。
【0006】
さらに、特許文献3には、超音波信号の伝搬媒体の非直線性によるパラメトリック効果より発生する2つの高い周波数の差の低い周波数を受信し、この2つの受信信号を合成することにより目標物を探知するアクティブソーナ方式が開示されている。また、特許文献4に開示されているように、水底埋没物探査装置にパラメトリック方式による送波器と受波器を設ける技術も知られている。
【0007】
またさらに、特許文献5には、音響を用いた埋設物検出方法において、パラメトリックアレイよりなる音響センサの送波器に異なる2つの周波数の信号を印加し、音波の伝播する媒質中において前記周波数の差の周波数を有する音響ビームを形成し、前記音響ビームのビーム方向を変化させて走査し、前記音響ビームの埋設物からの反射音を検出して埋設物を検出することを特徴とする埋設物検出方法が開示されている。
【0008】
さらに、特許文献6には、音波の非線形効果を利用したパラメトリック送波器と、このパラメトリック送波器からの音波を受波する受波器を備えたソナーであって、2つの周波数の1次波信号をそれぞれ特定の高速符号で変調して前記パラメトリック送波器へ出力する送信回路と、前記受波器より検出された信号と前記送信回路の同一の高速符号との相関積分により、前記送波器より出力され被検出物より反射した信号を求める受信回路を備えたことを特徴とするパラメトリック拡散ソナーが開示されている。
【0009】
ところで、パラメトリック方式を用いた技術に、パラメトリックスピーカがある。馴染みがあるものとしては、超指向性スピーカが知られており、狭い範囲に音波を放射することができ、その鋭い指向性は、伝搬媒質の非線形性により実現できるものである。なお、音波は微小な振幅であれば伝搬媒質の非線形性は無視できるが、振幅が大きくなると非線形現象が現れることが知られており、このような音波を有限振幅音波と呼ぶ。
【0010】
1次波として有限振幅音波を2つの周波数成分f、fで放射すれば、各々の高調波の他に、和音f+fや、差音f-fといった結合波が1次波のビーム内に2次的に発生する(2次波)。一般的に、周波数が低ければ指向性は広くなるが、パラメトリックスピーカでは、1次波のビームに沿って2次波が生成されるため、周波数が低い差音を鋭い指向性で放射することができる。
【0011】
1次波のビーム上に2次波の仮想音源が伝搬方向に存在すると捉えられるため、このような2次的に発生する仮想的な縦型アレイのことをパラメトリックアレイと呼ぶ。2次波は、1次波の伝搬に伴い振幅が増し、この作用は1次波の振幅が音波吸収や拡散により減衰するまで持続する。
【0012】
一般的に2次波の生成効率は1%と言われているが、2次波のうち差音は、1次波に比べ周波数が低いため音波吸収が小さく、1次波が減衰しても遠方まで伝搬する性質を持つ。このような性質から、海底探査以外にも特定の領域に音を伝えるオーディオスポットといった利用や、超音波医療などに応用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開昭59-147257号公報
【文献】特開昭63-204180号公報
【文献】特開昭64-47986号公報
【文献】特開平4-13988号公報
【文献】特開平5-223923号公報
【文献】特開平9-211109号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、上記従来からの技術は、無線通信への応用はされていない。近年では、海中通信ネットワークの構築に向けた音響通信技術の関心も高まっているが、音響は電波に比べて使用可能な帯域が狭いことや、伝搬路が厳しい時間選択性と、周波数選択性を持つことから、通信速度の高速化や、信頼性の向上が難しいとされている。
【0015】
これに対し、地上の無線通信で広く使われるOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)や、MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)といった通信や、信頼性を向上させる技術を適用することも考えられる(例えば、国際特許公開公報WO2008/059985参照)。
【0016】
本発明は、上述の課題を解決するためのもので、パラメトリック方式と、MIMO通信技術を相適用し、水中(海中など)における音響通信の通信品質や、信頼性を向上させることができるパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上述の課題に対応するため、本発明は、以下の技術的手段を講じている。
即ち、請求項1記載の発明は、複数のパラメトリック送波器と、送信する単一のベースバンド信号をASK変調した周波数fの変調波、周波数f の搬波を前記パラメトリック送波器に1次波として送波させる送信回路と、前記パラメトリック送波器によって送波された1次波と、当該1次波により生じる結合波である前記1次波の周波数の差音(f-f)と、和音(f+f)を2次波として受波可能とする複数のパラメトリック受波器と、前記パラメトリック受波器が受波した1次波及び/又は2次波をベースバンド信号に変換する受信回路と、を備えることを特徴とするパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムである。
【0018】
また、請求項2記載の発明は、請求項1記載のパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムであって、前記2次波は、前記1次波である搬送波と変調波が、水中の非線形性による歪みで自己復調されることにより生じる変調波の包絡線情報を含んだ差音(f-f)と、和音(f+f)であることを特徴としている。
【0019】
さらに、請求項3記載の発明は、請求項2記載のパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムであって、前記受信回路は、前記パラメトリック受波器が受波した1次波及び/又は2次波について包絡線検波を行い、当該1次波及び/又は2次波が含む包絡線情報を取り出すことで、前記1次波及び/又は2次波をベースバンド信号に変換するものであることを特徴としている。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、パラメトリック方式と、MIMO通信技術を相適用することにより、水中においても音響通信の通信速度の高速化や、通信の信頼性の向上を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明に係るパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムの実施形態における構成概略図である。
図2】本発明に係るパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムの実施形態によるシミュレーションにおけるMIMOシミュレーション諸元を示した表である。
図3】本発明に係るパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムの実施形態によるシミュレーションにより評価したBER特性を示したグラフである。
図4】本発明に係るパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムの実施形態によるシミュレーションにより評価したチャネル容量を示したグラフである。
図5】本発明に係るパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムの実施形態によるシミュレーションにおける2次波生成効率を考慮した各波の伝搬損失の差を表したグラフである。
図6】本発明に係るパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムの実施形態によるシミュレーションにおける2次波生成効率を考慮した各波の伝搬損失を表したグラフである。
図7】2×2MIMOシステムモデルを示した構成概略図である。
図8】本実施形態において採用されるパラメトリック方式の一連の流れを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係るパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムの実施形態について図面を参照しながら説明する。図1は、本発明に係るパラメトリック方式を用いた水中音響MIMO通信システムの実施形態における構成概略図である。符号については、10が水中音響MIMO通信システム、12がパラメトリック送波器、14が送信回路、16がパラメトリック受波器、18が受信回路を示している。
【0023】
まず、本実施形態における水中音響MIMO通信システム10は、複数のパラメトリック送波器12と、送信するベースバンド信号をASK変調した周波数fの信号を変調波として、さらに、周波数fの信号を搬送波として、それぞれパラメトリック送波器12に1次波として送波させる送信回路14を備えている。なお、上記周波数は、f<fの関係である。
【0024】
さらに、パラメトリック送波器12に送波された1次波と、当該1次波により生じる結合波である1次波の周波数の差音(f-f)と、和音(f+f)を2次波として受波可能とする複数のパラメトリック受波器16と、パラメトリック受波器16が受波した1次波及び/又は2次波をベースバンド信号に変換する受信回路18を備えている。
【0025】
続いて、本実施形態における水中音響MIMO通信システム10について詳細に説明する。まず、本実施形態における水中音響MIMO通信システム10は、水中(海中など)にて用いられるもので、図1に示すように、送波側(図中、左側)と受波側(図中、右側)との間で、音波によるMIMO通信システムを採用しているものである。
【0026】
送波側では、送信回路14が、送波するベースバンド信号をASK変調することで周波数fの信号を変調波とし、さらに、周波数fの信号を搬送波とする処理を行い、パラメトリック送波器12にこれらを1次波として送波させる。なお、図中、パラメトリック送波器12は、2つとなっているが、これは本発明を限定するものではない。
【0027】
次に、パラメトリック送波器12から送波された1次波(搬送波fと、変調波f)は、水中の非線形性の歪みにより自己復調し、変調波の包絡線情報を含んだ1次波の周波数の差音(f-f)と、和音(f+f)が、2次波(結合波)として、1次波のビームに沿って発生することになる。なお、周波数が低い差音は、特に鋭い指向性で放射できることになる。そして、パラメトリック送波器12から所定の距離に設置されるパラメトリック受波器16が、1次波及び/又は2次波を受波し、受波した1次波及び/又は2次波について包絡線検波を行い、それらの包絡線情報を受信回路18が取り出すことで、1次波及び/又は2次波をベースバンド信号に変換する。
【0028】
ここで、本実施形態において採用される海中におけるMIMO通信システムについて説明していく。MIMO通信システムにおいて複数のパラメトリック送波器12から送信された複数の異なる信号は、海面や海底、浮遊物によって反射や散乱することによるマルチパスフェージングの影響を受ける。
【0029】
異なるフェージングの影響を受けた各々の送信信号は、通信路で多重化される。この多重化された通信路のことをストリームと呼ぶ。受信側では、パラメトリック受波器16によって受信した複数の多重化された信号を分離することで元の信号を取り出すことができるようになっている。
【0030】
ここで、図7に示すような送波器70からN個の信号s(j=1, ..., Nt)を送信するシステムを考えてみる。このとき、送信信号ベクトルは、次式(数1)で表される。
【0031】
【数1】
【0032】
各送信信号はチャネル係数hi,jが乗算され、受波器72にてN個の受信信号r(i=1, ..., Nr)が得られる。このとき、次式(数2)の受信信号ベクトルは、次式(数3)と表される。
【0033】
【数2】
【0034】
【数3】
【0035】
ここで、次式(数4)は、雑音ベクトルであり、また、次式(数5)はチャネル行列であり、次式(数6)と表される。
【0036】
【数4】
【0037】
【数5】
【0038】
【数6】
【0039】
続いて、本実施形態におけるパラメトリック方式の一連の流れを図8に示す。パラメトリック方式では、1次波として周波数fである変調波と、周波数fである搬送波を大音量で放射する。音波が大振幅であれば、伝搬媒質への応力と歪みの関係が非線形となる。
【0040】
非線形過程における音速cは、次式(数7)で表される。ここで、cは微小振幅における音速で、βは非線形係数であり、水の場合は、β=3.5となる。
【0041】
【数7】
【0042】
また、次式(数8)は、粒子速度であり、pは音圧、Zは媒質密度ρとcで表される比音響インピーダンスである。uの振幅をUとすれば、正のピークでは、次式(数9)となるから、cより早く伝搬し、負のピークでは、次式(数10)となるからcより遅く伝搬する。
【0043】
【数8】
【0044】
【数9】
【0045】
【数10】
【0046】
この音速の違いにより、伝搬した距離に伴って波面の傾きが垂直に近づいていき、衝撃波が形成される。このときの距離は、衝撃波面形成距離と呼ばれ、次式(数11)で表される。
【0047】
【数11】
【0048】
ここで、Mは、U/cで表されるマッハ数、kは、ω/cで表される波数であり、ωは、各周波数である。この波形の歪みにより高調波が生じるが、それと同時にそれぞれの周波数間における差音と、和音の成分も生成されることになる。
【0049】
差音と和音のうち、1次波の周波数の差音f-f、和音f+fが2次波として利用される。1次波の変調方式には振幅変調が多く用いられており、1次波の包短線が、2次波の波形として現れる。従って、音声データを振幅変調して1次波を生成し、2次波のうち差音の包短線情報が空間で復調されることで、可聴領域に音声を再現することができる。
【0050】
本実施形態では、包短線が変化するデジタル変調方式であるASK(Amplitude-Shift Keying)変調を1次波の変調に用いて、1次波と2次波の包短線情報をデータとして復調するものである。
【0051】
次に、図1に示すように、2次波は、伝搬媒質の非線形性により1次波を送信した後に遅れて生成されるため、MIMOにおけるチャネルを1次波を放射した後と、2次波が生成された後について考える必要がある。2次波生成前の1次波のチャネル行列をH(1)とすれば、次式(数12)で表される。
【0052】
【数12】
【0053】
送波器からの送信信号数と、受波器での受信信号数の関係は変化していないことから、従来のMIMOにおけるHと同じ行列サイズで表される。次に、2次波生成後のチャネル行列H(2)を次式(数13)のように置く。
【0054】
【数13】
【0055】
これは、各パスで1次波に加えてN-1個の2次波が生成され、1次波と2次波を合わせたN個の信号が伝搬することを表している。2次波は、2次波生成前のチャネルの影響を受けた1次波から、伝搬媒質の非線形性により1次波の波形が歪むことで生成される。また、1次波と2次波は、周波数が大きく異なることから、異なるフェージングを受けると考えられるため、各波のチャネル係数が異なっている。
【0056】
2次波生成前後のチャネル情報を含んだチャネル行列をH(1,2)とすれば、次式(数14)のように表される。
【0057】
【数14】
【0058】
ここで、H(1,2)の各ベクトルは、H(1)とH(2)のパス毎のチャネルの積として、次式(数15)のように表される。
【0059】
【数15】
【0060】
そして、各パスでN個の信号が伝搬することで、N×N個の信号が受信される。このとき、次式(数16)の受信信号ベクトルは、次式(数17)と表される。
【0061】
【数16】
【0062】
【数17】
【0063】
1次波の周波数をf、fとしたとき、2次波の周波数は、その差音f-fと、和音f+fの周波数で生成される。ある距離lで音波が伝搬した場合、周波数により減衰の大きさが異なってくる。海中における伝搬損失dは、次式(数18)として、拡散損失pを持つ項と、吸収減衰aを持つ項で表される。
【0064】
【数18】
【0065】
ここで、吸収減衰aは、Thorpの経験式より、周波数fを用いて次式(数19)で表される。
【0066】
【数19】
【0067】
この式は、水温4℃、塩分35‰、水素イオン指数pH8、水深1000mの条件で導出される。本実施形態でのシミュレーションにおいては、1次波と2次波の差音と和音の伝搬損失を求め、1次波の伝搬損失との差を求めることで、各波の信号電力を表現するために使用する。
【0068】
続いて、MIMOシステムにおけるチャネル推定の方法として、MMSE(Minimum Mean Square Error)法を用いる。MMSEでは、等化器出力に含まれる干渉及び雑音成分の電力を最小化する。
【0069】
【数20】
【0070】
上式(数20)の目的関数を最小化する次式(数21)の受信ウェイトは、次式(数22)となる。
【0071】
【数21】
【0072】
【数22】
【0073】
ここで、[ ]はエルミート転置、γはSNR(Signal to Noise power Ratio)を表す。MMSEは干渉成分とともに雑音成分の影響を同時に抑えるため、SINR(Signal to Interference and Noise power Ratio)が最大化する。そのため、低SNR時において特性が改善される傾向がある。このとき、次式(数23)の推定送信信号は、次式(数24)となる。
【0074】
【数23】
【0075】
【数24】
【0076】
続いて、MIMOシステムのシミュレーション諸元を図2に示す。また、シミュレーションにより評価したBER特性及びチャネル容量をそれぞれ、図3図4に示す。本シミュレーションでは、距離lに応じて、Thorpの経験式より1次波の伝搬損失ddBと、2次波の差音と和音の伝搬損失ddB、ddBを求め、その差であるd-d、d-d、d-ddBを電力として表す。
【0077】
図4図5より、本シミュレーションにおける距離l=0.1,1.0kmの電力差では、2×2MIMOシステムの理論値よりもBER特性、チャネル容量が劣化していることが分かる。ただし、l=4.0km以上では改善し、2×4MIMOシステムの理論値に近づいている。
【0078】
ここで、2次波生成効率を考慮した各波の伝搬損失の差d-d、d-d、d-dを表した図6を見ると、距離l=5.0kmに近づくにつれて、1次波と2次波の差音の差d-ddBが0dBに近づいていることが分かる。これは、差音が1次波よりも低い周波数であるため伝搬減衰が小さくなるからである。そのため、距離l=4.0km以上では、差音と1次波の電力差が小さくなり、2×4MIMOシステム程度の性能になる。
【0079】
一方で、距離l=4.0km未満では、2次波の差音、和音ともに電力が小さくなるため、性能の向上に寄与せず、2×2MIMOシステム程度の性能になる。また、2次波の和音は、いずれの場合も電力が小さいため、性能向上には寄与しないと考えられる。
【0080】
本シミュレーションによれば、距離lが長くなると差音と1次波の電力差が縮まることにより、2×2MIMOシステムより性能が改善することが確認できた。しかし、図6によれば、距離l=5.0km地点での1次波と差音の減衰は、おおよそ-56dBと非常に大きくなる。従って、海中での伝搬において、伝搬減衰以外にも特性劣化に繋がる要因が多く存在するために、性能を改善できる所要SNRを満たすことが難しくなることに注意が必要である。
【産業上の利用可能性】
【0081】
本発明に係るパラメトリック方式を用いた水中音響MIMOシステムは、水中(海中など)において音響通信の通信品質や、信頼性を確保させる必要があるデジタル通信システムの構築に好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0082】
10 水中音響MIMO通信システム
12 パラメトリック送波器
14 送信回路
16 パラメトリック受波器
18 受信回路
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8