(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-31
(45)【発行日】2022-02-08
(54)【発明の名称】電極合剤、電極合剤の製造方法、電極構造体、電極構造体の製造方法および二次電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/131 20100101AFI20220201BHJP
H01M 4/525 20100101ALI20220201BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20220201BHJP
H01M 4/1391 20100101ALI20220201BHJP
【FI】
H01M4/131
H01M4/525
H01M4/62 Z
H01M4/1391
(21)【出願番号】P 2018094081
(22)【出願日】2018-05-15
【審査請求日】2020-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 民人
(72)【発明者】
【氏名】青木 健太
(72)【発明者】
【氏名】小林 正太
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 宏
【審査官】冨士 美香
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/003443(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/056974(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00-4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
集電体上に設けられる電極活物質と、該電極活物質を該集電体に結着するためのバインダー組成物とを含有し、
上記バインダー組成物は、フッ化ビニリデンと、下記式(1)
【化1】
(式中、R
1、R
2およびR
3は、それぞれ独立に水素原子、塩素原子、フッ素原子、炭素数1~6のアルキル基または炭素原子1~6のフッ素置換アルキル基である。)
で表される単量体との共重合体を含有し、
上記バインダー組成物中の塩素量が1000ppm以下であり、
上記電極活物質は、下記式(2)
Li
1+xMO
2 ・・・(2)
(Xは、-0.15<X≦0.15を満たす数である。Mは、NiまたはNiを含む2種以上の元素群であって、Niを含む2種以上の元素群である場合には、Niを55mol%以上含む。)
で表されるリチウム金属酸化物を含み、
上記リチウム金属酸化物を水で抽出した際の該水のpHが11.3よりも大きいことを特徴とする電極合剤
(ただし、ホウ酸エステルを含む電極合剤を除く)。
【請求項2】
上記共重合体における、上記式(1)で表される単量体に由来する構成単位が0.40mol%以上であることを特徴とする請求項1に記載の電極合剤。
【請求項3】
上記バインダー組成物は、上記共重合体とは異なるフッ化ビニリデン系重合体を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の電極合剤。
【請求項4】
溶媒を含んでいる、請求項1~3のいずれか1項に記載の電極合剤。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の電極合剤の製造方法であって、
フッ化ビニリデンと、下記式(1)
【化2】
(式中、R
1、R
2およびR
3は、それぞれ独立に水素原子、塩素原子、フッ素原子、炭素数1~6のアルキル基または炭素原子1~6のフッ素置換アルキル基である。)
で表される単量体との共重合体と、電極活物質とを混練する工程を含み、
上記電極活物質は、下記式(2)
Li
1+xMO
2 ・・・(2)
(Xは、-0.15<X≦0.15を満たす数である。Mは、NiまたはNiを含む2種以上の元素群であって、Niを含む2種以上の元素群である場合には、Niを55mol%以上含む。)
で表されるリチウム金属酸化物を含み、
上記リチウム金属酸化物は、水で抽出した際の該水のpHが11.3よりも大きいものであることを特徴とする電極合剤の製造方法。
【請求項6】
集電体と、該集電体上に設けられた電極合剤層とを備えており、
上記電極合剤層は、請求項1~4のいずれか1項に記載の電極合剤を用いて形成された層である、電極構造体。
【請求項7】
集電体と、該集電体上に設けられた電極合剤層とを備えており、
上記電極合剤層は、バインダー組成物および電極活物質を含む層
(ただし、ホウ酸エステルを含む電極合剤層を除く)であり、
上記バインダー組成物は、フッ化ビニリデンと、下記式(1)
【化3】
(式中、R
1、R
2およびR
3は、それぞれ独立に水素原子、塩素原子、フッ素原子、炭素数1~6のアルキル基または炭素原子1~6のフッ素置換アルキル基である。)
で表される単量体との共重合体を含有し、
上記バインダー組成物中の塩素量が1000ppm以下であり、
上記電極活物質は、下記式(2)
Li
1+xMO
2 ・・・(2)
(Xは、-0.15<X≦0.15を満たす数である。Mは、NiまたはNiを含む2種以上の元素群であって、Niを含む2種以上の元素群である場合には、Niを55mol%以上含む。)
で表されるリチウム金属酸化物を含み、
上記電極合剤層を水で抽出した際の該水のpHが11.3よりも大きいことを特徴とする電極構造体。
【請求項8】
請求項4に記載の電極合剤を集電体表面に塗布して乾燥させることによって該集電体表面上に塗膜を形成する工程と、
上記塗膜に熱処理を施す工程とを含むことを特徴とする電極構造体の製造方法。
【請求項9】
請求項6または7に記載の電極構造体を備えていることを特徴とする二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極合剤に関し、さらに詳細には、リチウムイオン二次電池用の電極合剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年電子技術の発展はめざましく、小型携帯機器の高機能化が進み、これらに使用される電源には小型・軽量化(高エネルギー密度化)が求められている。高いエネルギー密度を有する電池として、リチウムイオン二次電池等に代表される非水電解質二次電池が広く使用されている。
【0003】
リチウムイオン二次電池の電極は、例えば、電極活物質および必要に応じて加えられる導電助剤等の粉末状電極材料にバインダー(結着剤)を混合し、適当な溶媒に溶解ないし分散して得られるスラリー状の電極合剤(以下、電極合剤スラリーともいう)を集電体上に塗布し、溶媒を揮散して電極合剤層として保持された構造を形成することにより得られる。
【0004】
リチウムイオン二次電池における高エネルギー密度化の手法として、電極における正極活物質自身の充放電容量を高める手法が用いられている。正極活物質の充放電容量を高める手法としては、例えば、正極活物質としてニッケル含有化合物を用いられることが知られている。また、ニッケル比率を高めた電極活物質を用いることで、放電容量を向上させることができることが知られている。
【0005】
しかしながら電極活物質中のニッケル比率が高まると、電極合剤スラリーがゲル化しやすくなるという問題があった。
【0006】
そこで、電極合剤スラリーのゲル化の抑制を目的とした電極合剤がこれまでに開発されている。このような電極合剤の一例として、極性基含有フッ化ビニリデン系重合体、塩素原子含有フッ化ビニリデン系重合体、電極活物質および有機溶剤を含有する非水電解質二次電池用負極合剤が知られている(特許文献1)。また、正極活物質として、ニッケルを含有する特定組成のリチウム含有複合酸化物を使用し、正極のバインダーとして、ポリフッ化ビニリデンとフッ化ビニリデン-クロロトリフルオロエチレン共重合体とを含有するものも提案されている(例えば、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2010/074041号
【文献】特開2014-7088号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1および2に記載の何れの技術も、バインダー組成物として、塩素原子を含むフッ化ビニリデン系重合体を用いている。塩素化合物は化学的に安定ではあるものの、適切な処理がなされないとダイオキシン等、環境負荷への影響が大きい。そのため、近年、各種産業界において塩素原子を含まないような材料設計が求められており、リチウムイオン二次電池においても、塩素原子を含まない材料が求められる。
【0009】
そこで、本発明は上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、ニッケル含量の高い電極活物質を用いていてもスラリーのゲル化が抑制された、新規な電極合剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る電極合剤は、上記課題を解決するために、集電体上に設けられる電極活物質と、該電極活物質を該集電体に結着するためのバインダー組成物とを含有し、
上記バインダー組成物は、フッ化ビニリデンと、下記式(1)
【0011】
【0012】
(式中、R1、R2およびR3は、それぞれ独立に水素原子、塩素原子、フッ素原子、炭素数1~6のアルキル基または炭素原子1~6のフッ素置換アルキル基である。)
で表される単量体との共重合体を含有し、
上記電極活物質は、下記式(2)
Li1+xMO2 ・・・(2)
(Xは、-0.15<X≦0.15を満たす数である。Mは、NiまたはNiを含む2種以上の元素群であって、Niを含む2種以上の元素群である場合には、Niを55mol%以上含む。)
で表されるリチウム金属酸化物を含み、上記リチウム金属酸化物を水で抽出した際の該水のpHが11.3よりも大きいという構成を有している。
【0013】
また、本発明に係る電極合剤の製造方法は、上記課題を解決するために、フッ化ビニリデンと、下記式(1)
【0014】
【0015】
(式中、R1、R2およびR3は、それぞれ独立に水素原子、塩素原子、フッ素原子、炭素数1~6のアルキル基または炭素原子1~6のフッ素置換アルキル基である。)
で表される単量体との共重合体と、電極活物質とを混練する工程を含み、
上記電極活物質は、下記式(2)
Li1+xMO2 ・・・(2)
(Xは、-0.15<X≦0.15を満たす数である。Mは、NiまたはNiを含む2種以上の元素群であって、Niを含む2種以上の元素群である場合には、Niを55mol%以上含む。)
で表されるリチウム金属酸化物を含み、上記リチウム金属酸化物は、水で抽出した際の該水のpHが11.3よりも大きいものであるという構成を有している。
【0016】
また、本発明に係る電極構造体の一態様は、上記課題を解決するために、集電体と、該集電体上に設けられた電極合剤層とを備えており、上記電極合剤層は、上述の電極合剤を用いて形成された層であるという構成を有している。
【0017】
また、本発明に係る電極構造体の別の態様は、上記課題を解決するために、集電体と、該集電体上に設けられた電極合剤層とを備えており、
上記電極合剤層は、バインダー組成物および電極活物質を含む層であり、上記バインダー組成物は、フッ化ビニリデンと、下記式(1)
【0018】
【0019】
(式中、R1、R2およびR3は、それぞれ独立に水素原子、塩素原子、フッ素原子、炭素数1~6のアルキル基または炭素原子1~6のフッ素置換アルキル基である。)
で表される単量体との共重合体を含有し、上記電極活物質は、下記式(2)
Li1+xMO2 ・・・(2)
(Xは、-0.15<X≦0.15を満たす数である。Mは、NiまたはNiを含む2種以上の元素群であって、Niを含む2種以上の元素群である場合には、Niを55mol%以上含む。)
で表されるリチウム金属酸化物を含み、上記電極合剤層を水で抽出した際の該水のpHが11.3よりも大きいという構成を有している。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る電極合剤によれば、ニッケル含量の高い電極活物質を用いていても保存時のスラリーのゲル化が抑制された、新規な電極合剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態に係る電極構造体の断面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る二次電池の分解斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係る電極合剤、およびその利用の一実施形態について説明する。
【0023】
〔電極合剤〕
本実施形態に係る電極合剤は、集電体上に設けられる電極活物質と、該電極活物質を該集電体に結着するためのバインダー組成物とを含有してなるものであり、バインダー組成物は、特定のフッ化ビニリデン共重合体を含有する。また、電極活物質は、下記式(2)で表されるリチウム金属酸化物を含むものであり、
Li1+xMO2 ・・・(2)
(Xは、-0.15<X≦0.15を満たす数である。Mは、NiまたはNiを含む2種以上の元素群であって、Niを含む2種以上の元素群である場合には、Niを55mol%以上含む。)
当該リチウム金属酸化物を水で抽出した際の水のpHが11.3よりも大きいものである。
【0024】
(バインダー組成物)
本実施形態におけるバインダー組成物は、電極活物質を集電体上に結着するための結着剤として用いられるものである。バインダー組成物は、フッ化ビニリデンと、下記式(1)で表される単量体との共重合体であるフッ化ビニリデン共重合体を含有するものである。
【0025】
【0026】
式(1)において、R1、R2およびR3は、それぞれ独立に水素原子、塩素原子、フッ素原子、炭素数1~6のアルキル基または炭素原子1~6のフッ素置換アルキル基である。環境負荷への影響を考慮すれば、水素原子または炭素数1~6のアルキル基であることが好ましい。さらに重合反応の観点から、R1、R2またはR3は立体障害の小さな置換基であることが望まれ、水素または炭素数1~3のアルキル基が好ましく、水素またはメチル基であることがより好ましい。
【0027】
本実施形態におけるフッ化ビニリデン共重合体は、式(1)で表される単量体に由来する構成単位が0.40~10.00mol%であることが好ましく、0.50~7.00mol%であることがより好ましく、0.60~4.00mol%であることが特に好ましい。また、フッ化ビニリデンに由来する構成単位を、90.0~99.6mol%有することが好ましく、93.0~99.5mol%有することがより好ましく、96.0~99.5mol%有することが特に好ましい。式(1)で表される単量体に由来する構成単位が0.40mol%以上である場合、式(1)で表される単量体に由来する構成単位の電極合剤スラリー内で占める割合が小さくなり過ぎず、電極合剤スラリーのゲル化を抑制する効果を得ることができる。また、式(1)で表される単量体に由来する構成単位が10.00mol%以下である場合、電極合剤スラリーの粘度が高くなり過ぎず、電極合剤スラリーの塗工が困難になることを防ぐことができる。とりわけ、本実施形態のフッ化ビニリデン共重合体を用いることにより、より長い時間保存していた場合でも、電極合剤スラリーのゲル化を抑制する効果を得ることができる。
【0028】
なお、フッ化ビニリデン共重合体のフッ化ビニリデン単位の量、および式(1)で表される単量体単位の量は、共重合体の1H NMRスペクトル、または中和滴定により求めることができる。
【0029】
本実施形態におけるフッ化ビニリデン共重合体は、フッ化ビニリデンおよび式(1)で表される単量体以外の他の単量体の成分を有していてもよい。例えば、フッ化ビニリデンと共重合可能なフッ素系単量体もしくはエチレンおよびプロピレン等の炭化水素系単量体、または、式(1)と共重合可能な単量体が挙げられる。フッ化ビニリデンと共重合可能なフッ素系単量体としては、フッ化ビニル、トリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレン、ペルフルオロメチルビニルエーテルに代表されるペルフルオロアルキルビニルエーテル等を挙げることができる。式(1)と共重合可能な単量体としては、(メタ)アクリル酸および(メタ)アクリル酸メチルに代表される(メタ)アクリル酸アルキル化合物等が挙げられる。なお、他の単量体は、1種単独で用いてもよく、2種以上を用いてもよい。
【0030】
フッ化ビニリデン共重合体が上述した他の単量体を有する場合には、他の単量体単位を0.01~10mol%有することが好ましい。
【0031】
本実施形態におけるフッ化ビニリデン共重合体は、フッ化ビニリデンと、式(1)で表される単量体とを従来公知の方法で重合させることによって得ることができる。重合方法については、特に限定されるものではないが、例えば、懸濁重合、乳化重合および溶液重合等の方法を挙げることができる。これらの中でも、後処理の容易さ等から、重合方法は、水系の懸濁重合または乳化重合であることが好ましい。また、重合に用いるフッ化ビニリデンおよび式(1)で表される単量体は、それぞれ既に周知の化合物であり、一般の市販品を用いてもよい。
【0032】
本実施形態におけるフッ化ビニリデン共重合体は、GPC(ゲルパミエーションクロマトグラフィー)で測定して求めた重量平均分子量が、5万から150万の範囲である。
【0033】
本実施形態におけるフッ化ビニリデン共重合体のインヘレント粘度ηiは、0.5dl/g~5.0dl/gであることが好ましく、1.0dl/g~4.5dl/gであることがより好ましく、1.5dl/g~4.0dl/gであることがさらに好ましい。インヘレント粘度が上記の範囲であれば、電極合剤スラリー固形分低下による生産性の悪化を防ぎ、電極合剤を塗工する際に電極の厚みムラを発生させることなく、電極作製を容易に行える点で好ましい。インヘレント粘度ηiは、重合体80mgを20mlのN,N-ジメチルホルムアミドに溶解して、30℃の恒温槽内でウベローデ粘度計を用いて次式により求めることができる。
【0034】
ηi=(1/C)・ln(η/η0)
上記式においてηは重合体溶液の粘度、η0は溶媒であるN,N-ジメチルホルムアミドの粘度、Cは0.4g/dlである。
【0035】
本実施形態に係るバインダー組成物は、求められる効果を損なわない限り、他のフッ化ビニリデン系重合体を含んでいてもよい。バインダー組成物に含め得る他のフッ化ビニリデン系重合体としては、フッ化ビニリデン単独重合体、およびフッ化ビニリデンと、フッ化ビニリデンと共重合可能な他の単量体とのフッ化ビニリデン共重合体が挙げられる。なお、ここでの他の単量体とは、上記式(1)で表される単量体には包含されない単量体である。このような他の単量体としては、上述したフッ化ビニリデンと共重合可能なフッ素系単量体、エチレンおよびプロピレン等の炭化水素系単量体、および(メタ)アクリル酸アルキル化合物等が挙げられる。また、他の単量体としては、極性基含有化合物であってもよい。極性基含有化合物としては、例えば、カルボキシル基、エポキシ基、またはスルホン酸基等を含む化合物が挙げられ、中でもカルボキシル基を含む化合物であることが好ましい。具体的には、例えば、2-カルボキシエチルアクリレート、2-カルボキシエチルメタクリレート、アクリロイロキシエチルアクリル酸、およびアクリロイロキシプロピルコハク酸等を挙げることができる。
【0036】
他のフッ化ビニリデン系重合体を含む場合、バインダー組成物に含まれる重合体全体に占める、式(1)で表される単量体に由来する構成単位を含むフッ化ビニリデン共重合体の割合は、10重量%以上であることが好ましく、30重量%以上であることがより好ましい。また、バインダー組成物に含まれる重合体全体における、式(1)で表される単量体に由来する構成単位の含有量が0.10mol%以上であることが好ましく、0.20mol%以上であることがより好ましく、0.30mol%以上であることがさらに好ましい。バインダー組成物における、式(1)で表される単量体に由来する構成単位を含むフッ化ビニリデン共重合体の含有量、および、バインダー組成物における、式(1)で表される単量体に由来する構成単位の含有量を上記の範囲とすることにより、電極合剤スラリーのゲル化を抑制する効果を好適に得ることができる。
【0037】
また、本実施形態に係るバインダー組成物は、環境への負荷を考慮して、塩素原子を含んでいない重合体を用いても電極合剤スラリーのゲル化が抑制されるように開発されたものである。したがって、本実施形態におけるバインダー組成物中の塩素量は、少ないことが望ましく、具体的には、1000ppm以下であることが好ましく、500ppm以下であることがより好ましく、300ppmであることが特に好ましい。
【0038】
バインダー組成物中の塩素量は、JIS K 7229に準拠し、バインダー組成物をフラスコ中の酸素雰囲気下で燃焼させ、発生した燃焼ガスを吸収液に吸収させ、この液をイオンクロマトグラフにかけて検量線法によって塩素濃度を算出することができる。
【0039】
(電極活物質)
本実施形態における電極活物質は、下記式(2)で表されるリチウム金属酸化物を含むものである。
Li1+xMO2 ・・・(2)
式(2)において、Xは、-0.15<X≦0.15を満たす数である。
【0040】
Mは、NiまたはNiを含む2種以上の元素群である。MがNiを含む2種以上の元素群である場合には、Mに含まれるNi以外の元素としては、例えば、Co、Mn、Ti、Cr、Fe、Cu、Zn、Al、Ge、Sn、Mg、Ag、Ta、Nb、B、P、Zr、Ca、SrおよびBaなどが挙げられる。なかでも、Co、MnおよびAlが好ましい。MがNiを含む2種以上の元素群である場合に、Mに含まれるNi以外の元素は、これらのうちの1種のみであってもよく、2種以上であってもよい。リチウム金属酸化物がNiを含有することは、容量密度を高めることによって二次電池を高容量化できる点において好ましい。またリチウム金属酸化物が、Niに加えて、さらにCo等を含有することは、充放電過程での結晶構造変化が抑えられることによって安定なサイクル特性を示す点において好ましい。
【0041】
式(2)で表されるリチウム金属酸化物におけるNiは、電極活物質において容量向上に寄与する成分である。よって、MがNiを含む2種以上の元素群である場合には、Mを構成する全元素数を100mol%としたとき、Niの割合は、55mol%以上が好ましく、60mol%以上であることが好ましく、70mol%以上であることがより好ましい。
【0042】
本実施形態における特に好ましいリチウム金属酸化物として、例えば下記式(3)
LiNiY1N1Y2O2・・・(3)
(式中、N1は、CoまたはMnを示し、0.55≦Y1<1、0<Y2<0.55である。)
で表される二元リチウム金属酸化物、または、下記式(4)
LiNiY1CoY2N2Y3O2・・・(4)
(式中、N2は、MnまたはAlを示し、0.55≦Y1<1、0<Y2<0.55、0<Y3<0.55であり、かつY1/(Y1+Y2+Y3)≧0.55である。)で表される三元リチウム金属酸化物が挙げられる。
【0043】
三元リチウム金属酸化物は、充電電位が高く、かつ優れたサイクル特性を有することから、本実施形態における電極活物質として特に好ましく用いられる。
【0044】
本実施形態における二元リチウム金属酸化物の組成は特に限定されるものではなく、その組成として、例えば、Li1.0Ni0.8Co0.2O2を挙げることができる。
【0045】
また、本実施形態における三元リチウム金属酸化物の組成は特に限定されるものではなく、その組成として、例えば、Li1.00Ni0.6Co0.2Mn0.2O2(NCM622)、Li1.00Ni0.83Co0.12Mn0.05O2(NCM811)、およびLi1.00Ni0.85Co0.15Al0.05O2(NCA811)を挙げることができる。
【0046】
さらに、本実施形態における電極活物質は、異なる複数種類のリチウム金属酸化物を含んでいてもよく、例えば、組成の異なるLiNiY1CoY2MnY3O2を複数含んでいてもよいし、LiNiY1CoY2MnY3O2とLiNiY1CoY2AlY3O2とを含んでいてもよい。
【0047】
さらに、本実施形態におけるリチウム金属酸化物は、リチウム金属酸化物1gに対し、超純水49gを加え、10分間撹拌したのち、当該水のpHを測定した際の当該水のpHが11.3を超えるものである。当該水のpHの上限値は特に限定されない。一般に、電極合剤に添加される電極活物質にはアルカリ性物質が付着しており、その量が多くなると、得られる電極合剤スラリーはゲル化する傾向にある。そして、電極活物質中のニッケル含量が多くなるほど、付着するアルカリ性物質は多くなる。すなわち、水で抽出した際のpHが高くなる。そのため、放電容量を高めるために電極活物質としてニッケル含量の大きなリチウム金属酸化物を用いようとすると、電極合剤スラリーがゲル化しやすくなってしまう。本実施形態の電極合剤では、このような電極活物質を用いた場合であっても、電極合剤スラリーのゲル化が抑制されている。
【0048】
本実施形態において、電極活物質は、式(2)で表されるリチウム金属酸化物の他に、例えば不純物および添加剤等を含んでいてもよい。また、電極活物質に含まれる不純物および添加剤等の種類は特に限定されるものではない。
【0049】
(溶媒)
本実施形態における電極合剤は、溶媒を含んでいてもよい。溶媒は水であってもよく、非水溶媒であってもよい。非水溶媒としては、例えば、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、ジメチルホルムアミド、N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N,N-ジメチルスルホキシド、ヘキサメチルフォスフォアミド、ジオキサン、テトラヒドロフラン、テトラメチルウレア、トリエチルホスフェイト、トリメチルフォスフェイト、アセトン、シクロヘキサン、メチルエチルケトン、およびテトラヒドロフラン等が挙げられる。これらの溶媒は電極合剤に1種または2種以上含まれていてもよい。溶媒は、バインダー組成物に添加されていてもよく、バインダー組成物とは別に添加されたものであってもよい。
【0050】
(他の成分)
本実施形態における電極合剤には、必要に応じて他の成分が含まれていてもよい。他の成分としては、例えば、導電助剤および顔料分散剤等が挙げられる。
【0051】
導電助剤は、電極合剤を用いて形成される電極合剤層の導電性を向上させる目的で添加するものである。導電助剤としては、例えば、天然黒鉛(鱗片状黒鉛等)、人造黒鉛、黒鉛微粉末および黒鉛繊維等のグラファイト類、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、チャンネルブラック、ファーネスブラック等のカーボンブラック類、炭素繊維、およびカーボンナノナノチューブ等の炭素材料が挙げられる。また、NiおよびAl等の金属繊維等の導電性繊維類、金属粉末類、導電性金属酸化物、ならびに有機導電性材料等も挙げられる。
【0052】
また、顔料分散剤としては、例えば、ポリビニルピロリドン等を挙げることができる。
【0053】
本実施形態において、上述した他の成分は、電極合剤100重量部に対して、0~10重量部、好ましくは0~5重量部である。
【0054】
以上のように、本実施形態の電極合剤は、塩素原子を含んでいないフッ化ビニリデン共重合体を用いられているため、環境への負荷が低減している。そのうえで、ニッケルの含量の多い電極活物質を用いた場合であっても、電極合剤スラリーのゲル化を抑制することができる。とりわけ、比較的長い時間保存した場合であっても、電極合剤スラリーのゲル化が抑制されている。さらに、本実施形態の電極合剤によれば、電極活物質等の固形分が保存期間中に沈降して堆積することを抑制することができる。保存期間中の沈降が抑制されることで、固形分濃度が変化することを防ぐことができ、これにより、電極合剤の粘度上昇を防ぐことができる。その結果、電極構造体を作製する際のハンドリング性が低下することを防ぐことできる。
【0055】
(電極合剤の製造方法)
本実施形態における電極合剤は、フッ化ビニリデンと、式(1)で表される単量体とを共重合して得られるフッ化ビニリデン共重合体と、電極活物質とを混練することにより製造することができる。電極合剤の製造において、必要に応じて溶媒および他の成分を混練してもよく、その方法は特に限定されるものではない。また、混練する際の各種成分の添加の順序は特に限定されるものではない。さらに、溶媒を添加する場合には、先に電極活物質および溶媒を撹拌混合し、それからフッ化ビニリデン共重合体を加えてもよい。
【0056】
本実施形態における電極合剤は、電極活物質に含まれるリチウム金属酸化物として、水で抽出した際の水のpHが11.3よりも大きいものであるリチウム金属酸化物を用いることにより、製造されるものである。
【0057】
(電極合剤のスラリー粘度)
本発明の電極合剤を用いた場合に、電極合剤スラリーのゲル化をどの程度抑制できるかについては、電極合剤のスラリー粘度によって判別することができる。なお、本明細書において、「ゲル化」とは、例えば、電極合剤スラリーを40℃、窒素雰囲気下、96時間保存した後に、当該電極合剤スラリーをミキサーを用いて30秒間撹拌した際に、電極合剤スラリーが均一なペースト状にならず、固形物が存在しているために、スラリー粘度が測定不可能な状態を指す。なお、固形物とは、目開き2.36mmのメッシュにスラリーを通し、1時間放置後、メッシュ上部に残るものを指す。また、ミキサーは特に限定されず、例えば(株)シンキー製 あわとり練太郎 ARE310(自転800rpm、公転2000rpm)を用いることができる。
【0058】
〔電極構造体〕
続いて、本実施形態の電極合剤を用いて形成される電極構造体の一実施形態について、
図1を参照しながら説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る電極構造体の断面図である。
【0059】
図1に示すように、電極構造体10は、集電体11、電極合剤層12aおよび12bを有する。
【0060】
集電体11は、電極構造体10の基材であり、電気を取り出すための端子である。集電体11の材質としては、鉄、ステンレス鋼、鋼、アルミニウム、ニッケル、およびチタン等を挙げることができる。集電体11の形状は、箔または網であることが好ましい。本実施形態において、集電体11としては、アルミニウム箔とすることが好ましい。
【0061】
集電体11の厚みは、5~100μmであることが好ましく、5~20μmであることが好ましい。
【0062】
電極合剤層12aおよび12bは、本実施形態の電極合剤からなる層である。電極合剤層12aおよび12bの厚みは、10μm~1000μm、より好ましくは20~250μm、さらに好ましくは20~150μmである。
【0063】
本実施形態における電極合剤層は、上述の電極合剤を用いて形成される。そのため、本実施形態における電極合剤層についても、JIS K 5101-16-2に規定される抽出方法で常温(25℃)抽出した際に、当該水のpHが11.3を超えるものとなっている。pHの測定方法は、具体的には、電極合剤層を集電箔から剥がし、それを試料とする以外は、上述したリチウム金属酸化物のpHの測定方法と同様の方法で測定を行うものである。
【0064】
なお、電極構造体10は、
図1に示すように集電体11の上下面に電極合剤層12a、12bが形成されているが、これに限定されるものではなく、集電体11のいずれか一方の面に電極合剤層が形成されているもの、すなわち、電極合剤層12aおよび12bのいずれか一方が形成された電極構造体であってもよい。
【0065】
電極構造体10は、例えばリチウム二次電池の正極として用いることができる。
【0066】
次に、電極構造体の製造方法について説明する。
【0067】
本実施形態の電極構造体10は、フッ化ビニリデン共重合体と、リチウム金属酸化物と、溶媒と、を含むスラリー状の電極合剤(電極合剤スラリー)を集電体11の表面に塗布して乾燥させることによって、集電体11表面に塗膜を形成する工程と、塗膜に熱処理を施す工程とを経ることによって得ることができる。
【0068】
電極合剤スラリーの塗布方法としては、公知の方法を用いることができ、バーコーター、ダイコーターまたはコンマコーター等を挙げることができる。
【0069】
集電体11の上下面に塗布された電極合剤スラリーを乾燥させる際の乾燥温度としては、50~170℃、好ましくは50~150℃とすることができる。
【0070】
なお、本実施形態では、電極合剤スラリーを集電体11の上下面に塗布することで電極合剤層を形成する方法について説明したが、本実施形態の電極構造体の製造方法はこれに限定されず、電極合剤を集電体の少なくとも一方の面に塗布すればよい。
【0071】
〔二次電池〕
本実施形態の二次電池は、本実施形態の電極構造体を含む非水電解質二次電池である。本実施形態の二次電池について、
図2を参照しながら説明する。
図2は、本実施形態に係る二次電池の分解斜視図である。
【0072】
図2に示すように、二次電池100は、正極1および負極2の間にセパレータ3を配置積層したものを渦巻き状に巻き回した発電素子が、金属ケーシング5中に収容された構造を有する。正極1は、
図1における電極構造体10に対応する。
【0073】
セパレータ3としては、ポリプロピレン、ポリエチレン等の高分子物質の多孔性膜等の公知の材料を用いればよい。この他、二次電池100において用いられる部材は、本分野において通常用いられるものを適宜用いることができる。
【0074】
なお、二次電池100は円筒形電池であるが、もちろん本発明における二次電池100はこれに限定されるものではなく、例えばコイン形、角形またはペーパー形等の他の形状の二次電池であってもよい。
【0075】
〔まとめ〕
以上のとおり、本発明の電極合剤は、集電体上に設けられる電極活物質と、該電極活物質を該集電体に結着するためのバインダー組成物とを含有し、バインダー組成物は、フッ化ビニリデンと、上述の式(1)で表される単量体との共重合体を含有し、上記電極活物質は、下記式(2)
Li1+xMO2 ・・・(2)
(Xは、-0.15<X≦0.15を満たす数である。Mは、NiまたはNiを含む2種以上の元素群であって、Niを含む2種以上の元素群である場合には、Niを55mol%以上含む。)
で表されるリチウム金属酸化物を含み、上記リチウム金属酸化物を水で抽出した際の該水のpHが11.3よりも大きい構成である。
【0076】
また、本発明の電極合剤は、上記バインダー組成物中の塩素量が1000ppm以下であることが好ましい。
【0077】
また、本発明の電極合剤は、上記共重合体における、上記式(1)で表される単量体に由来する構成単位が0.40mol%以上であることが好ましい。
【0078】
また、本発明の電極合剤の一態様では、上記バインダー組成物は、上記共重合体とは異なるフッ化ビニリデン系重合体を含む構成である。
【0079】
また、本発明の電極合剤は、溶媒を含んでいることが好ましい。
【0080】
本発明に係る電極合剤の製造方法は、フッ化ビニリデンと、上述の式(1)で表される単量体との共重合体と、電極活物質とを混練する工程を含み、上記電極活物質は、上述の式(2)で表されるリチウム金属酸化物を含み、上記リチウム金属酸化物は、水で抽出した際の該水のpHが11.3よりも大きいものである。
【0081】
本発明に係る電極構造体の一態様は、集電体と、該集電体上に設けられた電極合剤層とを備えており、上記電極合剤層は、上述の電極合剤を用いて形成された層である。
【0082】
本発明に係る電極構造体の別の態様は、集電体と、該集電体上に設けられた電極合剤層とを備えており、上記電極合剤層は、バインダー組成物および電極活物質を含む層であり、上記バインダー組成物は、フッ化ビニリデンと、上述の式(1)で表される単量体との共重合体を含有し、上記電極活物質は、上述の式(2)で表されるリチウム金属酸化物を含み、上記電極合剤層を水で抽出した際の該水のpHが11.3よりも大きい構成である。
【0083】
本発明に係る電極構造体の製造方法は、上述の電極合剤を集電体表面に塗布して乾燥させることによって該集電体表面上に塗膜を形成する工程と、上記塗膜に熱処理を施す工程とを含む。
【0084】
本発明に係る二次電池は、上述の電極構造体を備えている。
【0085】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例】
【0086】
以下に示すように、様々なバインダー組成物を用いて、電極合剤、電極構造体を作製し、電極合剤スラリーの粘度変化、および固形分濃度変化の確認試験を行った。具体的な実施例の説明の前に、リチウム金属酸化物のpHの測定、スラリー粘度の算出、および固形分濃度変化試験の各方法について説明する。
【0087】
(リチウム金属酸化物のpH測定)
電極活物質であるリチウム金属酸化物のpHは、リチウム金属酸化物を水で常温(25℃)抽出したときの水のpHとした。リチウム金属酸化物の水への抽出はJIS K 5101-16-2に規定される抽出方法で行った。具体的には、リチウム金属酸化物の重量の50倍量の超純水にリチウム金属酸化物を入れ、マグネチックスターラーにて回転数:600rpmで10分間撹拌を行い、その溶液を(株)堀場製作所製pHメーターMODEL:F-21を用いてpH測定を行った。
【0088】
(インヘレント粘度ηiの算出)
インヘレント粘度ηiを算出するために、重合体80mgを20mlのN,N-ジメチルホルムアミドに溶解することによって重合体溶液を作製した。この重合体溶液の粘度ηを、30℃の恒温槽内においてウベローデ粘度計を用いて測定した。そして、インヘレント粘度ηiを、当該粘度ηを用いて下記式によって求めた。
【0089】
ηi=(1/C)・ln(η/η0)
上記式においてηは重合体溶液の粘度、η0は溶媒のN,N-ジメチルホルムアミドの粘度、Cは0.4g/dlである。
【0090】
(スラリー粘度の測定)
電極合剤のスラリー粘度は、東機産業(株)製 E型粘度計 RE-550 MODEL:R、RC-550を用いて、25℃、せん断速度2s-1で測定を行った。なお、粘度は、スラリーを測定装置に仕込んでから60秒待機し、その後ローターを回転させることで測定を行った。また、ローターの回転開始から300秒後の値を初期スラリー粘度とした。25℃、窒素雰囲気下、所定時間(24時間または120時間)放置後のスラリー粘度を測定し、保存後スラリー粘度とした。
【0091】
(固形分濃度変化の測定)
作製した電極合剤スラリーをポリプロピレンチューブ(φ12×75mm)に、チューブ下部から5cmの高さまで流し込み、25℃20%RH環境下で24時間保管した。保管後、チューブ下部から高さ1cmまでの電極合剤スラリーを採取し、アルミカップに入れて秤量し、採取した電極合剤スラリーの重量を測定した。そのアルミカップを110℃、2時間加熱して溶媒を除去した後、秤量することで、採取した電極合剤スラリーの固形分量を測定した。ここで得られた乾燥前後の重量から下部固形分濃度(NVA)を算出した。仕込電極合剤スラリーの初期固形分濃度(NVB)に対する下部固形分濃度(NVA)の割合(NVA/NVB)を、指標として算出した。NVA/NVBの値が大きい程、保存中に電極活物質が容器下部に沈み、堆積しやすいことを表している。
【0092】
(フッ化ビニリデンおよびコモノマーの構成単位量)
重合体粉末の1H NMRスペクトルを下記条件で求めた。
【0093】
装置:Bruker社製。AVANCE AC 400FT NMRスペクトルメーター
測定条件
周波数:400MHz
測定溶媒:DMSO-d6
測定温度:25℃
重合体のフッ化ビニリデンに由来する構成単位の量、およびコモノマーに由来する構成単位の量を、1H NMRスペクトルから算出した。具体的には、主としてコモノマーに由来するシグナルと、主としてフッ化ビニリデンに由来する2.24ppmおよび2.87ppmに観察されるシグナルとの積分強度に基づき算出した。
【0094】
コモノマーとしてアクリル酸に由来する構造を有するコモノマーを用いた場合には、重合体におけるアクリル酸に由来する構造を含む構成単位の量を0.03mol/lの水酸化ナトリウム水溶液を用いた中和滴定により求めた。より具体的には、重合体0.3gをアセトン9.7gに約80℃で溶解した後、3gの純水を加えることで被滴定溶液を調製した。指示薬として、フェノールフタレインを用い、室温下、0.03mol/lの水酸化ナトリウム水溶液を用いて中和滴定を行った。
【0095】
〔実施例1〕
(バインダー組成物の調製)
内容量2リットルのオートクレーブに、イオン交換水900g、ヒドロキシプロピルメチルセルロース0.4g、ブチルペルオキシピバレート2g、フッ化ビニリデン396g、およびアクリル酸の初期添加量0.2gの各量を仕込み、50℃に加熱した。重合中に圧力を一定に保つ条件で、アクリル酸を含む1重量%アクリル酸水溶液を反応容器に連続的に供給した。得られた重合体スラリーを脱水、乾燥してフッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)を得た。アクリル酸は、初期に添加した量を含め、全量4gを添加した。
【0096】
(電極合剤の調製)
電極活物質としてのNCA811に導電助剤としてカーボンブラック(SP:Timcal Japan社製 SuperP(登録商標)、平均粒子径:40nm、比表面積:60m2/g)を加え、粉体混合を行った。一方、フッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)をN-メチル-2ピロリドン(以下、NMP)に溶解し、5重量%濃度のフッ化ビニリデン溶液を作製した。NCA811およびカーボンブラックの混合物に対し、フッ化ビニリデン溶液を2回に分けて添加し、混練をおこなった。具体的には、固形分濃度変化の測定では固形分濃度が84.2重量%となるように、スラリーの粘度変化測定では固形分濃度が81.5重量%となるようにフッ化ビニリデン溶液を添加し、2000rpmで2分間1次混練を行った。次いで、残りのフッ化ビニリデン溶液を添加して、固形分濃度変化の測定では固形分濃度が72.0重量%となるように、スラリーの粘度変化測定では固形分濃度が75重量%となるようにし、2000rpmで3分間2次混練を行うことで、電極合剤を得た。得られた電極合剤における電極活物質、カーボンブラック、およびフッ化ビニリデン共重合体の重量比は、固形分濃度変化の測定ではこの順で、100:2:1、スラリーの粘度変化測定ではこの順で、100:2:2である。電極合剤の組成を表1に示す。
【0097】
(電極構造体の作製)
得られた電極合剤を、厚み15μmのアルミ箔上にバーコーターで塗布し、これを110℃で30分間、さらに130℃で2時間加熱乾燥して、乾燥状態における電極合剤の目付け量がおよそ200g/m2の電極構造体を作製した。
【0098】
(スラリー粘度変化および固形分濃度変化の測定)
得られた電極合剤に関し、スラリー粘度および固形分濃度変化について測定を行った。結果を表2に示す。
【0099】
〔実施例2〕
フッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)を、フッ化ビニリデンとアクリル酸との共重合体であるフッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)と、フッ化ビニリデンとアクリロイロキシプロピルコハク酸との共重合体であるフッ化ビニリデン共重合体(VDF/APS)とのブレンドに変更した以外は、実施例1と同様にして電極合剤を調製し、電極構造体を作製した。フッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)と、フッ化ビニリデン共重合体(VDF/APS)との重量比は、5:5である。
【0100】
本実施例におけるフッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)は、実施例1におけるフッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)と同様のものを使用した。
【0101】
フッ化ビニリデン共重合体(VDF/APS)は、次のように調製した。内容量2リットルのオートクレーブに、イオン交換水1096g、メトローズ90SH-100(信越化学工業(株)製)0.2g、50wt%ジイソプロピルペルオキシジカーボネート-フロン225cb溶液2.2g、フッ化ビニリデン426g、およびアクリロイロキシプロピルコハク酸の初期添加量0.2gの各量を仕込み、26℃まで1時間で昇温した。その後、26℃を維持し、6wt%アクリロイロキシプロピルコハク酸水溶液を0.5g/minの速度で徐々に添加した。得られた重合体スラリーを脱水、乾燥してフッ化ビニリデン共重合体(VDF/APS)を得た。アクリロイロキシプロピルコハク酸は、初期に添加した量を含め、全量4gを添加した。
【0102】
得られた電極合剤に関し、スラリー粘度および固形分濃度変化について測定を行った。結果を表2に示す。
【0103】
〔実施例3〕
フッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)を、実施例1のフッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)と、フッ化ビニリデン単独重合体(PVDF)とのブレンドに変更した以外は、実施例1と同様にして電極合剤を調製し、電極構造体を作製した。フッ化ビニリデン単独重合体(PVDF)としては、株式会社クレハ製のKF#7200を用いた。フッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)と、フッ化ビニリデン単独重合体(PVDF)との重量比は、5:5である。
【0104】
得られた電極合剤に関し、スラリー粘度および固形分濃度変化について測定を行った。結果を表2に示す。
【0105】
〔比較例1〕
フッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)を、実施例2のフッ化ビニリデン共重合体(VDF/APS)に変更した以外は、実施例1と同様にして電極合剤を調製し、電極構造体を作製した。
【0106】
得られた電極合剤に関し、スラリー粘度および固形分濃度変化について測定を行った。結果を表2に示す。
【0107】
〔比較例2〕
フッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)を、実施例2のフッ化ビニリデン共重合体(VDF/APS)に変更し、電極活物資をLi1.00Ni0.52Co0.20Mn0.30O2(NCM523)に変更した以外は、実施例1と同様にして電極合剤を調製し、電極構造体を作製した。
【0108】
得られた電極合剤に関し、スラリー粘度について測定を行った。結果を表2に示す。
【0109】
〔比較例3〕
フッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)を、実施例2のフッ化ビニリデン共重合体(VDF/APS)と、フッ化ビニリデンとクロロトリフルオロエチレンとの共重合体であるフッ化ビニリデン共重合体(VDF/CTFE)とのブレンドに変更した以外は、実施例1と同様にして電極合剤を調製し、電極構造体を作製した。フッ化ビニリデン共重合体(VDF/APS)と、フッ化ビニリデン共重合体(VDF/CTFE)との重量比は、5:5である。
【0110】
フッ化ビニリデン共重合体(VDF/CTFE)は、次のように調製した。内容量2リットルのオートクレーブに、イオン交換水1040g、メチルセルロース0.4g、ジイソプロピルパーオキシジカーボネート1.6g、酢酸エチル2g、フッ化ビニリデンg372、およびクロロトリフルオロエチレン28gを仕込み、28℃で懸濁重合を行った。重合完了後、重合体スラリーを脱水し、脱水した重合体スラリーを水洗し、再度重合体スラリーを脱水した後に、80℃で20時間乾燥してフッ化ビニリデン共重合体(VDF/CTFE)を得た。
【0111】
得られた電極合剤に関し、スラリー粘度について測定を行った。結果を表2に示す。
【0112】
【0113】
【0114】
表2に示されるように、バインダー組成部にフッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)を用いた電極合剤では、5日保存した後であっても、電極合剤スラリー粘度の増加が抑えられていた。一方、バインダー組成部にフッ化ビニリデン共重合体(VDF/APS)を用いた電極合剤では、短い期間(1日間)の保存であれば、電極合剤スラリー粘度の増加は抑えられていたが、より長い期間(5日間)保存した場合には、スラリー粘度の増加が観察された。
【0115】
また、同じ電極活物質(NCA811)を用いた場合、フッ化ビニリデン共重合体(VDF/AA)を用いた電極合剤では、一定時間保存後の固形分濃度変化が抑えられていることが観察された。
【産業上の利用可能性】
【0116】
本発明は、リチウムイオン二次電池に利用することができる。
【符号の説明】
【0117】
1 正極
2 負極
3 セパレータ
5 金属ケーシング
10 電極構造体
11 集電体
12a,12b 電極合剤層