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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-31
(45)【発行日】2022-02-08
(54)【発明の名称】溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/244 20140101AFI20220201BHJP
   B23K 26/00 20140101ALI20220201BHJP
   B23K 26/26 20140101ALI20220201BHJP
   B23K 26/28 20140101ALI20220201BHJP
【FI】
B23K26/244
B23K26/00 N
B23K26/26
B23K26/28
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018197704
(22)【出願日】2018-10-19
(65)【公開番号】P2020062682
(43)【公開日】2020-04-23
【審査請求日】2020-01-28
【審判番号】
【審判請求日】2021-03-29
(73)【特許権者】
【識別番号】391002498
【氏名又は名称】フタバ産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】小林 亨
【合議体】
【審判長】河端 賢
【審判官】貞光 大樹
【審判官】見目 省二
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-183970(JP,A)
【文献】特開2001-71286(JP,A)
【文献】特開2017-225999(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K26/00-26/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
上板の表面にレーザー光を照射することにより、前記上板と前記上板に重ね合わされた下板とを溶接する工程を備え、
前記溶接する工程は、
往復又は循環する軌跡を含む連続した補助溶接軌跡を形成する工程と、
前記補助溶接軌跡の形成後、溶接進行方向に対して交差すると共に複数の折り返し点を有する主溶接軌跡を形成する工程と、
を有し、
前記補助溶接軌跡は、徐々に径が大きくされた複数の円弧が連結された渦巻き状である、溶接方法。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接方法であって、
前記主溶接軌跡は、
前記補助溶接軌跡から連続する初期領域と、
前記初期領域よりも前記溶接進行方向側に設けられ、前記初期領域よりも折り返しのピッチが大きい主領域と、
を有する、溶接方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の溶接方法であって、
前記溶接する工程は、前記主溶接軌跡の形成後、前記レーザー光の照射を停止し、その後に再照射を行う工程をさらに有する、溶接方法。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の溶接方法であって、
前記上板と前記下板とは、前記溶接進行方向と平行な視点で水平方向に対して傾斜して配置される、溶接方法。
【請求項5】
請求項4に記載の溶接方法であって、
前記主溶接軌跡を形成する工程では、鉛直方向上側の前記折り返し点近傍の領域において前記レーザー光によって与えられるエネルギー量が、鉛直方向下側の前記折り返し点近傍の領域において前記レーザー光によって与えられるエネルギー量よりも大きくされる、溶接方法。
【請求項6】
請求項5に記載の溶接方法であって、
前記主溶接軌跡を形成する工程では、鉛直方向上側の前記折り返し点近傍の領域における溶接速度が、鉛直方向下側の前記折り返し点近傍の領域における溶接速度よりも小さくされる、溶接方法。
【請求項7】
請求項6に記載の溶接方法であって、
前記主溶接軌跡を形成する工程では、前記レーザー光を照射したまま、前記鉛直方向上側の前記折り返し点近傍の領域において前記レーザー光の移動を一定時間停止させる、溶接方法。
【請求項8】
上板の表面にレーザー光を照射することにより、前記上板と前記上板に重ね合わされた下板とを溶接する工程を備え、
前記溶接する工程は、
往復又は循環する軌跡を含む連続した補助溶接軌跡を形成する工程と、
前記補助溶接軌跡の形成後、溶接進行方向に対して交差すると共に複数の折り返し点を有する主溶接軌跡を形成する工程と、
を有し、
前記上板と前記下板とは、前記溶接進行方向と平行な視点で水平方向に対して傾斜して配置され、
前記主溶接軌跡を形成する工程では、鉛直方向上側の前記折り返し点近傍の領域において前記レーザー光によって与えられるエネルギー量が、鉛直方向下側の前記折り返し点近傍の領域において前記レーザー光によって与えられるエネルギー量よりも大きくされる、溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接を行う金属部材にレーザー光を照射し、金属部材同士を溶接する方法において、渦巻き状に照射を行う技術が公知である(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2015/129231号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
2枚の金属板を一定の溶接長で溶接する場合、上述のように渦巻き状の溶接のみで板同士の隙間を十分に充填しながら溶接を行うことは難しく、良好な溶接ができないおそれがある。
【0005】
本開示の一局面は、上板と下板との溶接品質を高められる溶接方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の一態様は、上板の表面にレーザー光を照射することにより、上板と上板に重ね合わされた下板とを溶接する工程を備える溶接方法である。溶接する工程は、往復又は循環する軌跡を含む連続した補助溶接軌跡を形成する工程と、補助溶接軌跡の形成後、溶接進行方向に対して交差すると共に複数の折り返し点を有する主溶接軌跡を形成する工程と、を有する。
【0007】
このような構成によれば、補助溶接軌跡において溶融金属を生成し、主溶接軌跡に供給することができる。その結果、主溶接軌跡における溶融金属の不足による隙間の発生を抑制しつつ、主溶接軌跡によって板同士の隙間を充填しながら溶接できる。その結果、溶接品質を高めることができる。
【0008】
本開示の一態様では、補助溶接軌跡は、円形状であってもよい。このような構成によれば、溶融金属の溜りが形成されやすくなるため、容易かつ確実に溶融金属を主溶接軌跡に供給できる。
【0009】
本開示の一態様では、主溶接軌跡は、補助溶接軌跡から連続する初期領域と、初期領域よりも溶接進行方向側に設けられ、初期領域よりも折り返しのピッチが大きい主領域と、を有してもよい。このような構成によれば、溶融金属を主溶接軌跡の始点近傍で有効活用しつつ、主溶接軌跡を形成する工程の時間短縮を図ることができる。
【0010】
本開示の一態様では、溶接する工程は、主溶接軌跡の形成後、レーザー光の照射を停止し、その後に再照射を行う工程をさらに有してもよい。このような構成によれば、溶接の終点で徐冷を行うことができる。その結果、溶接の終点での凝固割れを抑制できる。
【0011】
本開示の一態様では、上板と下板とは、溶接進行方向と平行な視点で水平方向に対して傾斜して配置されてもよい。このような構成によれば、製品及び治具の設計裕度を高める
ことができる。
【0012】
本開示の一態様では、主溶接軌跡を形成する工程では、鉛直方向上側の折り返し点近傍の領域においてレーザー光によって与えられるエネルギー量が、鉛直方向下側の折り返し点近傍の領域においてレーザー光によって与えられるエネルギー量よりも大きくされてもよい。このような構成によれば、溶融金属が垂れ落ちやすい鉛直方向上側の折り返し点近傍で鉛直方向下側の折り返し点近傍より多くのエネルギー量を与えることによって、下側の折り返し点近傍での過剰な溶融を抑えつつ、上側の折り返し点近傍での溶融金属の不足を補うことができる。
【0013】
本開示の一態様では、主溶接軌跡を形成する工程では、鉛直方向上側の折り返し点近傍の領域における溶接速度が、鉛直方向下側の折り返し点近傍の領域における溶接速度よりも小さくされてもよい。このような構成によれば、容易かつ確実に折り返し点近傍でのエネルギー量を調整できる。
【0014】
本開示の一態様では、主溶接軌跡を形成する工程では、レーザー光を照射したまま、鉛直方向上側の折り返し点近傍の領域においてレーザー光の移動を一定時間停止させてもよい。このような構成によれば、鉛直方向上側の折り返し点近傍における溶接速度を容易かつ確実に小さくできる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、実施形態の溶接方法で用いる溶接装置のフロー及びブロック図である。
図2図2Aは、図1の溶接方法における溶接部の模式的な斜視図であり、図2Bは、図1の溶接方法における溶接部の模式図である。
図3図3Aは、補助溶接軌跡の模式図であり、図3Bは、図3Aとは異なる実施形態の補助溶接軌跡の模式図であり、図3Cは、主溶接軌跡の模式図である。
図4図4は、溶接進行方向とエネルギーレベル又は溶接速度との関係を示す模式図である。
図5図5は、溶接の終了点での時間とエネルギーレベル又は温度との関係を示す模式図である。
図6図6は、実施形態の溶接方法のフロー図である。
図7図7は、低ピッチ主溶接軌跡形成処理のフロー図である。
図8図8は、高ピッチ主溶接軌跡形成処理のフロー図である。
図9図9は、溶接部の模式的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本開示が適用された実施形態について、図面を用いて説明する。
[1.第1実施形態]
[1-1.構成]
本実施形態の溶接方法は、上板の表面にレーザー光を照射することにより、上板と上板に重ね合わされた下板とを溶接する溶接工程を備える。
【0017】
本実施形態の溶接方法では、図1に示す溶接装置10を用いて溶接が行われる。
溶接装置10は、発振器12と、ミラー13と、モーター14と、制御部15とを備えている。
【0018】
また、本実施形態の溶接方法では、上板3と下板2とは、溶接進行方向(図1中紙面垂直方向)と平行な視点で水平方向に対して傾斜して配置されている。つまり、上板3及び下板2は、溶接進行方向と平行なロール軸を中心に水平面から離間するように回転された
状態にある。上板3及び下板2の水平方向に対する傾斜角(つまりロール角)αは、0°超90°未満である。
【0019】
発振器12は、下板2に重ねられた上板3の表面(つまり母材表面)にエネルギーを与えるレーザー光を生成させる。レーザー光の供給源としては、例えば炭酸ガス(CO)が使用できる。ミラー13は、発振器12が生成したレーザー光の進路を変更し、上板3の表面に照射する。モーター14は、ミラー13に取り付けられ、ミラー13の角度を変えるように構成されている。
【0020】
制御部15は、上板3の表面におけるレーザー光の照射位置とエネルギー量とを調整する。つまり、制御部15は、モーター14を介してミラー13の角度を変えることで、レーザー光の照射位置を調整する。また、制御部15は、発振器12の出力を変えることで、レーザー光のエネルギー量を調整する。
【0021】
以下、溶接装置10の具体的な調整手順について説明する。
図1に示すように、まず、プログラム内で作業者がレーザー出力と溶接速度とを直接溶接装置10に入力する(ステップS1)。
【0022】
ステップS1と並行して、溶接位置を作業者が目視で決定して溶接装置10にティーチングすることによって、プログラム内で溶接位置を自動作成させる(ステップS2)。また、溶接位置を作業者が数値入力で決定する(ステップS3)。
【0023】
制御部15は、ステップS2及びステップS3での入力を元に座標系を作成する(ステップS4)。なお、ステップS2とステップS3とは、どちらか一方のみを選択して実行してもよい。
【0024】
ステップS1の入力(つまりレーザー出力及び溶接速度)と、ステップS4の座標系とに基づき、制御部15は、モーションコントローラーによって溶接装置10の全体の動作パターンを作成する(ステップS5)。
【0025】
制御部15は、ステップS5で作成した動作パターンに基づいて、発振器12にレーザー出力を指令する(ステップS6)。また、制御部15は、ミラー13及びモーター14によって構成される加工ヘッドに、照射位置を指令する(ステップS7)。なお、ステップS6とステップS7とは連動している。
【0026】
<溶接構造>
溶接装置10による溶接により、図2Aに示す溶接構造1が得られる。溶接構造1は、2枚の金属板同士が厚み方向に溶接されたものである。溶接構造1は、下板2と、上板3と、主要溶接部4と、溶接ビード6とを備える。
【0027】
溶接構造1の用途としては、金属板同士を溶接する用途であれば特に限定されない。溶接構造1は、例えば、インパネリインフォースメント等の自動車部品におけるブラケットの取り付け構造に好適に使用できる。
【0028】
下板2の材質としては、例えば、鉄、鋼等の鉄合金、アルミニウム、アルミニウム合金などが挙げられる。下板2の厚みは特に限定されない。上板3の材質は、下板2の材質として例示したものが挙げられる。上板3と下板2とは同一の材質であってもよいし、異なる材質であってもよい。
【0029】
上板3は、一部が下板2の一方の表面2A(図2A中の上面)に重ね合わされている。
上板3は、下板2との重ね合わせ領域Oにおける平均厚みが1mm以下の薄板である。なお、上板3は全体が下板2に重ね合わされていてもよい。また、上板3の重ね合わせ領域O以外での平均厚みは1mmを超えてもよい。
【0030】
主要溶接部4は、溶接部のうち、下板2及び上板3を構成する金属がレーザー光による入熱によって溶融し、凝固したものである。主要溶接部4の周囲には溶接ビード6が形成される。図2Bに示すように、主要溶接部4は、円形部4Aと、波状部4Bとを含む。
【0031】
主要溶接部4の円形部4Aは、図3Aに示すレーザー光の補助溶接軌跡41に基づく部位である。主要溶接部4の波状部4Bは、レーザー光の主溶接軌跡42に基づく部位である。
【0032】
本実施形態の溶接方法における溶接工程は、補助溶接軌跡41を形成する補助溶接軌跡形成工程と、主溶接軌跡42を形成する主溶接軌跡形成工程と、主溶接軌跡42の形成後、レーザー光の照射を停止し、その後に再照射を行う再照射工程とを有する。
【0033】
<補助溶接軌跡形成工程>
本工程では、主溶接軌跡形成工程の前に、往復又は循環する軌跡を含む連続した1本又は複数本の補助溶接軌跡41を形成する。本実施形態では、図3Aに示すように、循環する軌跡である円形状の補助溶接軌跡41を形成する。なお、「円形状」とは、周方向に沿って縮径又は拡径する渦巻き状を含む概念である。
【0034】
例えば、レーザー光照射の開始地点Sから溶接進行方向Lに沿って一定の径で半円をまず描き、次に、やや径を大きくした半円を開始地点Sに向かって描き、さらに径を大きくした半円を溶接進行方向Lに沿って描くことで円形状の補助溶接軌跡41が形成される。
【0035】
このように循環する軌跡の位置をずらすことで、ブローホールが発生することを抑制できる。また、軌跡を円形状とすることで、溶融金属の溜りCが形成されやすくなるため、主溶接軌跡42へ溶融金属を好適に供給できる。
【0036】
補助溶接軌跡41は、図3Bに示すように、四角形状であってもよい。また、補助溶接軌跡41は、四角形以外の多角形状であってもよい。さらに、補助溶接軌跡41は、一定の方向に往復する線状の軌跡であってもよい。
【0037】
<主溶接軌跡形成工程>
本工程では、補助溶接軌跡41の形成後、溶接進行方向Lに対して交差すると共に複数の折り返し点を有する主溶接軌跡42を形成する。
【0038】
主溶接軌跡42は、図3Aに示すように、補助溶接軌跡41の終点Q3が始点となる。つまり、主溶接軌跡42は、補助溶接軌跡41と連続して形成される。図3Cに示すように、主溶接軌跡42は、溶接進行方向Lに対して交差する方向で、溶接進行方向Lと平行な中心線Mを跨ぐようにして折り返すように構成されている。
【0039】
本実施形態では、主溶接軌跡42は、三角波形状が連続したものである。なお、主溶接軌跡42は、三角波形状の頂上部が滑らかに折り返す形状やサイン波形状も採用できる。
主溶接軌跡42は、上板3における下板2とは反対側の表面3A(図2A中の上面)に、レーザー光を溶接進行方向Lに対しウィービングさせながら照射することで形成されている。
【0040】
主溶接軌跡42は、補助溶接軌跡41から連続する初期領域42Aと、初期領域42A
よりも溶接進行方向L側に設けられる主領域42Bとを有する。主領域42Bの折り返しのピッチP2は、初期領域42Aの折り返しのピッチP1よりも大きい。
【0041】
ここで、「折り返しのピッチ」とは、各軌跡における1周期(つまり1波長)の溶接進行方向Lに沿った長さを意味する。具体的には、折り返しのピッチは、各軌跡が中心線Mと交差する複数の交点のうち、隣接する3つの交点のうち最も離れた2つの交点間の距離である。
【0042】
このように初期領域42AのピッチP1が主領域42BのピッチP2よりも小さいことで、図3Aに示すように、溶融金属の溜りCと主溶接軌跡42の鉛直方向上側の折り返し点Q1との距離が小さくなる。その結果、溜りCから折り返し点Q1に溶融金属を供給し易くなる。また、補助溶接軌跡41と初期領域42Aとが一体的に構成される。
【0043】
本実施形態では、初期領域42Aにおける主溶接軌跡42は、2つの折り返し点Q1,Q2を含む1周期分の長さである。つまり、初期領域42Aの溶接進行方向Lの長さは、初期領域42Aの折り返しのピッチP1と等しい。
【0044】
主領域42Bにおける主溶接軌跡42は、複数の周期を有する。主領域42Bは、初期領域42Aの終点Q4から溶接の終了点Fまでを含む領域である。本実施形態では、主領域42Bの溶接進行方向Lの長さは、主領域42Bの折り返しのピッチP2の整数倍である。
【0045】
本実施形態では、鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍の領域R1においてレーザー光によって与えられるエネルギー量が、鉛直方向下側の折り返し点Q2近傍の領域R2においてレーザー光によって与えられるエネルギー量よりも大きくされる。
【0046】
具体的には、鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍の領域R1における溶接速度が、鉛直方向下側の折り返し点Q1近傍の領域R2における溶接速度よりも小さくされる。換言すれば、鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍の領域R1におけるレーザー光の照射時間が、鉛直方向下側の折り返し点Q2近傍の領域R2におけるレーザー光の照射時間よりも大きくされる。
【0047】
これにより、図4に示すように、主溶接軌跡42の鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍において与えられるエネルギー量が、鉛直方向下側の折り返し点Q2において与えられるエネルギー量よりも大きくされる。
【0048】
このように折り返し点近傍において溶接速度を変える方法として、タイマーが使用できる。つまり、レーザー光を照射したまま、鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍の領域においてレーザー光の移動を一定時間停止させることで、鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍の領域R1における溶接速度を、鉛直方向下側の折り返し点Q1近傍の領域R2における溶接速度よりも小さくできる。
【0049】
タイマーによるレーザー光の停止時間としては、例えば、0.01秒以上1秒以下とすることができる。なお、レーザー光の移動が停止している間、レーザー光の出力が変更されてもよい。
【0050】
また、本実施形態では、折り返し点Q1,Q2近傍の領域R1,R2において与えられるエネルギー量は、折り返し点Q1,Q2近傍以外の領域において与えられるエネルギー量よりも小さい。これにより、折り返し点Q1,Q2での過度の溶け込みによる穴あきを抑制できる。
【0051】
具体的には、図4に示すように、鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍の領域R1における溶接速度及び鉛直方向下側の折り返し点Q1近傍の領域R2における溶接速度が、領域R1,R2以外の領域における溶接速度よりも大きくされる。
【0052】
<再照射工程>
本工程では、溶接の終了点Fにおいて、レーザー光の照射を停止し、その後に終了点Fに対しレーザー光の再照射を行う。
【0053】
照射を停止してから再照射までの間隔としては、例えば、0.05秒以上2秒以下とすることができる。また、再照射時間としては、例えば、0.05秒以上2秒以下とすることができる。
【0054】
再照射時のレーザー光の出力は、例えばデフォーカス等によって溶接時(つまり、主溶接軌跡42の形成時)の出力から変更してもよいが、溶接時と同じ出力とすることが好ましい。
【0055】
図5に示すように、時間T1でレーザー光の照射を停止し、時間T2で再照射を行うことで、終了点における冷却完了期間が時間T3から時間T4まで延長される。つまり、終了点が徐冷され、凝固割れが抑制される。
【0056】
<制御>
以下、図6のフロー図を参照しつつ、溶接装置10が本実施形態の溶接方法を実現するために実行する処理について説明する。
【0057】
まず、溶接装置10は、発振器12及びモーター14を用いて補助溶接軌跡41を形成する(ステップS10)。補助溶接軌跡41の形成後、溶接装置10は、図7の低ピッチ主溶接軌跡形成処理を実行する(ステップS20)。
【0058】
低ピッチ主溶接軌跡形成処理では、溶接装置10は、まず溶接のピッチを低ピッチ(つまり、初期領域42Aの折り返しピッチP1)に設定する(ステップS110)。
【0059】
次に、溶接装置10は、照射位置の領域を確認し、折り返し点Q1,Q2近傍にあるか否かを判定する(ステップS120)。現在の照射位置が折り返し点Q1,Q2近傍にある場合(S120:YES)、溶接装置10は、溶接速度を高速モードに切り替える指令、又は高速モードを維持する指令を行う(ステップS130)。
【0060】
一方、照射位置が折り返し点近傍以外にある場合(S120:NO)、溶接装置10は、溶接速度を低速モードに切り替える指令、又は低速モードを維持する指令を行う(ステップS140)。
【0061】
溶接装置10は、照射位置が折り返し点Q1に到達するまで、溶接速度の制御を繰り返す(ステップS150)。折り返し点Q1に到達後、溶接装置10は、レーザー光を照射したまま、タイマーにより折り返し点Q1で一定時間停止する(ステップS160)。
【0062】
一定時間経過後、溶接装置10は、再び低ピッチで溶接しながら折り返し点Q1,Q2近傍か判定を行い(ステップS170)、高速モード(ステップS180)及び低速モード(ステップS190)の切り替えを行う。溶接装置10は、照射位置が初期領域42Aの終点Q4に到達した時点で低ピッチ主溶接軌跡形成処理を終了する(ステップS200)。
【0063】
低ピッチ主溶接軌跡形成処理の終了後、溶接装置10は、図8の高ピッチ主溶接軌跡形成処理を実行する(ステップS30)。
高ピッチ主溶接軌跡形成処理では、溶接装置10は、まず溶接のピッチを高ピッチ(つまり、主領域42Bの折り返しピッチP2)に設定する(ステップS210)。
【0064】
次に、溶接装置10は、照射位置の領域を確認し、折り返し点Q1,Q2近傍にあるか否かを判定する(ステップS220)。現在の照射位置が折り返し点Q1,Q2近傍にある場合(S220:YES)、溶接装置10は、溶接速度を高速モードに切り替える指令、又は高速モードを維持する指令を行う(ステップS230)。
【0065】
一方、照射位置が折り返し点近傍以外にある場合(S220:NO)、溶接装置10は、溶接速度を低速モードに切り替える指令、又は低速モードを維持する指令を行う(ステップS240)。
【0066】
溶接装置10は、照射位置が折り返し点Q1に到達するまで、溶接速度の制御を繰り返す(ステップS250)。折り返し点Q1に到達後、溶接装置10は、レーザー光を照射したまま、タイマーにより折り返し点Q1で一定時間停止する(ステップS260)。
【0067】
一定時間経過後、溶接装置10は、再び高ピッチで溶接しながら折り返し点Q1,Q2近傍か判定を行い(ステップS270)、高速モード(ステップS280)及び低速モード(ステップS290)の切り替えを行う。溶接装置10は、照射位置が主溶接軌跡42の1周期ごとの終点Q5に到達した時点で高ピッチ主溶接軌跡形成処理を終了する(ステップS300)。
【0068】
高ピッチ主溶接軌跡形成処理の終了後、溶接装置10は、軌跡が溶接の終了点Fに到達したか判定する(ステップS40)。終了点Fに到達していない場合(S40:NO)、溶接装置10は、高ピッチ主溶接軌跡形成処理を繰り返す。
【0069】
終了点Fに到達した場合(S40:YES)、溶接装置10は、レーザー光の照射を停止する(ステップS50)。一定時間経過後、溶接装置10は、レーザー光を再照射する(ステップS60)。
【0070】
<溶接構造の断面>
本実施形態の溶接方法によって得られる溶接構造の断面を図9に示す。図9は、紙面右側が鉛直方向上方に位置するように傾斜して溶接した溶接構造を表している。なお、図中の矢印はレーザーの照射方向である。
【0071】
図9の溶接構造では、主要溶接部4内には空隙(つまりブローホール)は存在しない。また、主要溶接部4を構成する溶融金属5は、鉛直方向下方側に対し、鉛直方向上方側に多く形成されている。つまり、重力で垂れ落ちる溶融金属を補うように鉛直方向上側において溶融金属が多く生成されている。
【0072】
溶融金属5は、上板3を貫通すると共に、下板2の内部及び上板3とは反対側の表面2B(図9中の下面)まで到達している。上板3と下板2とは、上板3の内面と下板2の内面とに溶接された主要溶接部4を介して、厚み方向に溶接されている。
【0073】
上板3における下板2とは反対側の表面3A(つまり溶接面)と、上板3における主要溶接部4の露出面4Cとは、連続している。つまり、主要溶接部4の長手方向(つまり溶接進行方向)と垂直な断面において、上板3と主要溶接部4との接続部分には厚み方向の段差が存在しない。なお、主要溶接部4の長手方向は、ウィービングの進行方向(つまり
ウィービングの中心を結んだ線と平行な方向)である。
【0074】
主要溶接部4の露出面4Cは、上板3の厚み方向に窪んだ凹状に湾曲している。換言すれば、露出面4Cは、上板3の表面3Aにおいて溶融金属5によって隔てられた2つの端の間に架け渡され、これらの端同士を滑らかに接続している。
【0075】
また、図9に示すように、上板3内の主要溶接部4は、上板3の表面3Aから厚み方向内側に向かって(つまり下板2に近づくにつれて)拡幅している。ただし、上板3内の主要溶接部4は拡幅していなくてもよい。
【0076】
さらに、下板2内の主要溶接部4は、下板2の表面2Aから厚み方向外側に向かって(つまり上板3から離間するにつれて)縮幅している。下板2から露出した主要溶接部4の底面4Dは、上板3における主要溶接部4の露出面4Cよりも厚み方向と垂直な方向の幅が小さい。
【0077】
図9に示すように、上板3の下板2と対向する表面3B(図9中の下面)と、下板2の表面2Aとの間には、重ね合わせ方向の隙間Dが存在する。この隙間Dが大きすぎると、溶接強度が不十分となるおそれがある。なお、上板3と下板2との間の隙間Dは必ずしも存在しなくてもよい。
【0078】
[1-2.効果]
以上詳述した実施形態によれば、以下の効果が得られる。
(1a)補助溶接軌跡41において溶融金属を生成し、主溶接軌跡42に供給することができる。その結果、主溶接軌跡42における溶融金属の不足による隙間の発生を抑制しつつ、主溶接軌跡42によって板同士の隙間を充填しながら溶接できる。その結果、溶接品質を高めることができる。
【0079】
(1b)主溶接軌跡42が、初期領域42Aと、初期領域42Aよりも折り返しのピッチが大きい主領域42Bとを有することで、溶融金属を主溶接軌跡42の始点近傍で有効活用しつつ、主溶接軌跡42を形成する工程の時間短縮を図ることができる。
【0080】
(1c)溶接の終点でレーザー光の照射を停止し、その後に再照射を行うことによって、溶接の終点で徐冷を行うことができる。その結果、溶接の終点での凝固割れを抑制できる。
【0081】
(1d)上板3及び下板2が傾斜配置されることで、製品及び治具の設計裕度を高めることができる。
(1e)溶融金属が垂れ落ちやすい鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍で鉛直方向下側の折り返し点Q2近傍より多くのエネルギー量を与えることによって、下側の折り返し点Q2近傍での過剰な溶融を抑えつつ、上側の折り返し点Q1近傍での溶融金属の不足を補うことができる。
【0082】
(1f)レーザー光を照射したまま、鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍の領域R1においてレーザー光の移動を一定時間停止させることで、鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍における溶接速度を小さくして、容易かつ確実に折り返し点Q1近傍でのエネルギー量を調整できる。
【0083】
[2.他の実施形態]
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は、上記実施形態に限定されることなく、種々の形態を採り得ることは言うまでもない。
【0084】
(2a)上記実施形態の溶接方法において、溶接速度の代わりに、又は溶接速度と組み合わせて、レーザー光の出力又はレーザー光のフォーカスを制御することで、鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍において与えられるエネルギー量を、鉛直方向下側の折り返し点Q2近傍において与えられるエネルギー量よりも大きくしてもよい。
【0085】
また、折り返し点Q1における溶接速度の調整において、必ずしもレーザー光の移動を一定時間停止させなくてもよい。つまり、溶接速度を小さくする制御によって、折り返し点Q1における溶接速度を調整してもよい。
【0086】
さらに、鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍の領域R1に与えられるエネルギー量を他の領域に与えられるエネルギー量よりも大きくする代わりに、鉛直方向下側の折り返し点Q2近傍の領域R2に与えられるエネルギー量を他の領域に与えられるエネルギー量よりも小さくしてもよい。
【0087】
(2b)上記実施形態の溶接方法において、上板3及び下板2は必ずしも傾斜配置されなくてもよい。
また、主溶接軌跡形成工程で、鉛直方向上側の折り返し点Q1近傍の領域R1において与えられるエネルギー量は、必ずしも、鉛直方向下側の折り返し点Q2近傍の領域R2において与えられるエネルギー量よりも大きくされなくてもよい。
【0088】
(2c)上記実施形態の溶接方法において、主溶接軌跡42は、必ずしも初期領域42Aと主領域42Bとを有しなくてもよい。つまり、主溶接軌跡42は、折り返しのピッチが一定であってもよい。
【0089】
(2d)上記実施形態の溶接方法において、再照射工程は必須の工程ではなく、省略されてもよい。
【0090】
(2e)上記実施形態の溶接方法において、折り返し点Q1,Q2近傍の領域R1,R2において与えられるエネルギー量は、必ずしも折り返し点Q1,Q2近傍以外の領域において与えられるエネルギー量よりも小さくなくてもよい。
【0091】
(2f)上記実施形態における1つの構成要素が有する機能を複数の構成要素として分散させたり、複数の構成要素が有する機能を1つの構成要素に統合したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加、置換等してもよい。なお、特許請求の範囲に記載の文言から特定される技術思想に含まれるあらゆる態様が本開示の実施形態である。
【符号の説明】
【0092】
1…溶接構造、2…下板、2A,2B…表面、3…上板、3A,3B…表面、
4…主要溶接部、4A…円形部、4B…波状部、4C…露出面、4D…底面、
5…溶融金属、6…溶接ビード、10…溶接装置、12…発振器、13…ミラー、
14…モーター、15…制御部、41…補助溶接軌跡、42…主溶接軌跡、
42A…初期領域、42B…主領域。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9