(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-01
(45)【発行日】2022-02-09
(54)【発明の名称】天然樹脂を含む樹液の劣化抑制方法
(51)【国際特許分類】
A01G 23/10 20060101AFI20220202BHJP
C09F 1/00 20060101ALI20220202BHJP
【FI】
A01G23/10
C09F1/00
(21)【出願番号】P 2021007691
(22)【出願日】2021-01-21
【審査請求日】2021-06-30
(31)【優先権主張番号】P 2020007761
(32)【優先日】2020-01-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520026504
【氏名又は名称】及川 秀悟
(73)【特許権者】
【識別番号】520026515
【氏名又は名称】李 福律
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】特許業務法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】及川 秀悟
(72)【発明者】
【氏名】李 福律
【審査官】吉田 英一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/107824(WO,A1)
【文献】韓国登録特許第10-1052932(KR,B1)
【文献】宮腰哲雄,漆と高分子,高分子,日本,公益社団法人高分子学会,2007年08月,Vol. 56, No. 8,pp. 608 - 612
【文献】熊野谿従,ウルシオールの反応性からみた天然漆材料の特徴,Jasco Report,日本,日本分光株式会社,1991年02月25日,Vol. 33, No. 2,pp. 15 - 29
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09F 1/00
A01G 23/10
JSTPlus(JDreamIII)
JMEDPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹木に樹液採取口を設けること、及び
樹液採取口から樹液を採取する際に炭酸ガス処理すること
を含
み、
炭酸ガス処理は、炭酸ガス発生剤を樹液採取口に接触させる処理である、
天然樹脂を含む樹液の劣化抑制方法。
【請求項2】
樹液を採取する際にさらに空気接触遮断処理を行う、請求項1記載の劣化抑制方法。
【請求項3】
樹木がウルシ科植物の樹木である、請求項1又は2記載の劣化抑制方法。
【請求項4】
樹木に樹液採取口を設けること、
樹液採取口から樹液を採取する際に炭酸ガス処理すること、及び
樹液から天然樹脂塗料を得ること
を含
み、
炭酸ガス処理は、炭酸ガス発生剤を樹液採取口に接触させる処理である、
天然樹脂塗料の生産方法。
【請求項5】
樹液を採取する際にさらに空気接触遮断処理を行う、請求項
4記載の生産方法。
【請求項6】
樹液を
0℃以下で低温処理して保存後に天然樹脂塗料を得る、請求項
4又は
5記載の生産方法。
【請求項7】
低温処理が、ドライアイス処理及び凍結乾燥処理の少なくともいずれかである、請求項
6記載の生産方法。
【請求項8】
樹木がウルシ科植物の樹木である、請求項
4~
7のいずれか1項記載の生産方法。
【請求項9】
天然樹脂塗料が漆である、請求項
4~
8のいずれか1項記載の生産方法。
【請求項10】
樹木の樹液採取口を設ける部位を選択する樹液採取口選択手段、及び
樹液採取口から採取された樹液を、炭酸ガスを供給しながら回収する、樹液回収手段
を有する天然樹脂を含む樹液の採取システム。
【請求項11】
樹液回収手段は、炭酸ガスを供給しかつ空気接触を遮断しながら樹液を回収する、請求項
10記載の
採取システム。
【請求項12】
樹液採取口選択手段が選択した選択部位の樹皮に傷をつけ樹液採取口を取り付ける樹皮採取口取付手段をさらに有する、請求項
10又は
11記載の採取システム。
【請求項13】
樹木がウルシ科植物の樹木である、請求項
10~
12のいずれか1項記載の採取システム。
【請求項14】
天然樹脂を含む樹液が、漆の原料である、請求項
10~
13のいずれか1項記載の採取システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然樹脂を含む樹液の劣化抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
樹木の樹液に含まれる天然樹脂は、塗料、画材等様々な用途に用いられている。国産の天然樹脂として、漆が古来用いられてきた。漆の国内生産量は、需要量に対し3%程度と非常に少量であり、輸入に頼らざるを得ないのが現状である。漆は、ウルシ科植物から採取された樹液を加工して製造され、古来からの伝統的な手法による生産が続けられている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ウルシ科植物の樹液は採取時ラッカーゼによる酸化によってメラニン化し固形化しやすく、そのため収率が非常に悪いと言う問題がある。しかし、これまで特にその改善策は見出されていなかった。
【0004】
本発明は、ウルシ科植物等の天然樹脂の劣化を抑制し、天然樹脂の品質の向上と採取の効率化を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下を提供する。
〔1〕樹木に樹液採取口を設けること、及び
樹液採取口から樹液を採取する際に炭酸ガス処理すること
を含む、天然樹脂を含む樹液の劣化抑制方法。
〔2〕樹液を採取する際にさらに空気接触遮断処理を行う、〔1〕記載の劣化抑制方法。
〔3〕樹木がウルシ科植物の樹木である、〔1〕又は〔2〕記載の劣化抑制方法。
〔4〕天然樹脂を含む樹液を低温処理することを含む、天然樹脂を含む樹液の保存方法。
〔5〕低温処理が、ドライアイス処理及び凍結乾燥処理の少なくともいずれかである、〔4〕記載の保存方法。
〔6〕樹木に樹液採取口を設けること、
樹液採取口から樹液を採取する際に炭酸ガス処理すること、及び
樹液から天然樹脂塗料を得ること
を含む、天然樹脂塗料の生産方法。
〔7〕樹液を採取する際にさらに空気接触遮断処理を行う、〔6〕記載の生産方法。
〔8〕樹液を低温処理して保存後に天然樹脂塗料を得る、〔6〕又は〔7〕記載の生産方法。
〔9〕低温処理が、ドライアイス処理及び凍結乾燥処理の少なくともいずれかである、〔8〕記載の生産方法。
〔10〕樹木がウルシ科植物の樹木である、〔6〕~〔9〕のいずれか1項記載の生産方法。
〔11〕天然樹脂塗料が漆である、〔6〕~〔10〕のいずれか1項記載の生産方法。
〔12〕樹木の樹液採取口を設ける部位を選択する樹液採取口選択手段、及び
樹液採取口から採取された樹液を、炭酸ガスを供給しながら回収する、樹液回収手段
を有する天然樹脂を含む樹液の採取システム。
〔13〕樹液回収手段は、炭酸ガスを供給しかつ空気接触を遮断しながら樹液を回収する、〔12〕記載のシステム。
〔14〕樹液採取口選択手段が選択した選択部位の樹皮に傷をつけ樹液採取口を取り付ける樹皮採取口取付手段をさらに有する、〔12〕又は〔13〕記載の採取システム。
〔15〕樹木がウルシ科植物の樹木である、〔12〕~〔14〕のいずれか1項記載の採取システム。
〔16〕天然樹脂を含む樹液が、漆の原料である、〔12〕~〔15〕のいずれか1項記載の採取システム。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、天然樹脂の品質の向上と採取の効率化、すなわち大量生産が期待される。また、高品質な天然樹脂、例えば漆の安定的供給、及び品質基準を確立でき、ブランド化、商品への発展的利用も期待される。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、漆の大量生産の阻害要因の解決(炭酸ガスの有用性:実施例1及び比較例1の結果)を示す図である。
【
図2】
図2は、漆の大量生産の阻害要因の解決(ドライアイスの有効性(上段:実施例2の結果);ドライアイスとSO
2ガス(抗酸化剤)の有用性比較(下段:実施例2及び比較例2の結果))を示す図である。
【
図3】
図3は、漆の大量生産の阻害要因の解決(凍結乾燥の効果(上段:実施例3の結果))を示す図である。
【
図4】
図4は、漆の大量生産に向けての提案(漆の木の構造(上段);良質の漆樹液採取が難しい原因(下段))を示す図である。
【
図5】
図5は、漆の大量生産に向けての提案(医療用超音波機器による、師部の厚さの正確な測定(上段);酸化されていない漆樹液は流動性をもつ(下段))を示す図である。
【
図6】
図6は、漆の大量生産に向けての提案(空気接触なしで漆樹液を大量に連続的に採取する方法(上段);柔軟性のあるテフロン(登録商標)チューブ(下段))を示す図である。
【
図7】
図7は、漆の大量生産に向けての提案(カンナの構造及び超音波装置の概図(上段);半自動漆採取機(案)(下段))を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
〔天然樹脂を含む樹液の劣化抑制方法〕
天然樹脂を含む樹液の劣化抑制方法は、
樹木に樹液採取口を設けること(以下、工程(I)と言うことがある)、
樹液採取口から樹液を採取する際に炭酸ガス処理すること(以下、工程(II)と言うことがある)
を含む。
【0009】
(工程(I):樹木に樹液採取口を設ける工程)
樹木は、樹皮から天然樹脂を含む樹液を分泌する樹木であれば特に限定されない。樹木の種類としては、例えば、ウルシ科植物、ゴムノキ、バルサム樹(例、バルサムモミ、カナダツガ)、マツ科植物(例、マツ属植物)、ボスウェリア属植物、ラワン属植物、アカシア属植物等が挙げられ、ウルシ科植物が好ましい。原産地は特に限定されず、日本国内原産、外国原産の樹木のいずれでもよい。
【0010】
樹液採取口は、樹皮から樹液を採取するための採取口であり、通常は、樹皮と樹木内部の樹液存在部位とを連通するように設けられる。樹皮採取口を設けるには、通常の用具(例えば、カンナ)を用いてもよく、さらに、樹木の樹液採取口を設ける部位を選択するための装置(例えば、超音波機器)を用いることが好ましい。樹木がウルシ科植物の場合、樹液は師管部(師部)に存在する。篩管部(篩部)は樹皮に近接して存在し、その内側の木材部には水分が存在する。木材部を破損すると水分が樹液と混合し、樹液の品質の劣化を招く(
図4)。本発明においては、樹液採取口を設ける際に予め師部の厚さを測定することが好ましい。これにより、木管部(例えば、師部よりも内側の部位)を破損せずに、樹皮から師部までの範囲に切り込みを設けることができ、樹液の品質の劣化を抑制できる(
図5)。切り込みのパターン(漆掻きパターン)は、例えば、水平タイプ、Vタイプ、卵型タイプが挙げられるが、特に限定されない。
【0011】
(工程(II):樹液を採取する工程)
炭酸ガス処理は、樹液採取口から樹液を採取する際に炭酸ガスと接触させる処理である。例えば、炭酸ガス発生剤(好ましくは、酸素吸収機能も有するもの)、ドライアイス等の炭酸ガス発生剤を樹液採取口に接触させることが挙げられる(
図1~2)。
【0012】
炭酸ガス処理の際、さらに空気接触遮断処理を行うことが好ましい。樹液採取口から樹液を採取する際に空気(大気)と接触させないようにする処理である。例えば、樹液採取口に柔軟性を有し非通気性の樹液採取管(例、樹液採取口に対応する穴を設けたテフロン製チューブ)を、樹液採取口と樹液採取管の間に通気可能な空間が生じないよう取り付け(例えば、チューブ内に芯棒を格納した状態で樹皮に取り付け、穴を樹液採取口に対応する位置に調整したのち芯棒を抜き、チューブを固定する:
図6)、樹液採取管にさらに、炭酸ガス発生剤を収容する容器を取り付け、樹液採取管に炭酸ガスを送入することが挙げられる(
図6~7)。
【0013】
工程(I)と(II)は通常はこの順に行うが、同時に行ってもよい。また、工程(I)及び(II)以外の処理(例えば、天然樹脂の劣化抑制のための他の処理)を行ってもよい。
【0014】
〔天然樹脂を含む樹液の保存方法〕
天然樹脂を含む樹液の保存方法は、天然樹脂を含む樹液を低温処理することを含む。
低温処理は、通常は0℃以下であり、好ましくは-30℃以下、より好ましくは-60℃以下、更に好ましくは-70℃以下である。低温処理の方法としては、例えば、ドライアイス処理、凍結乾燥処理が挙げられる。低温処理により、劣化しやすい樹液(例えば漆科植物の樹液)も、品質を低下させることなく長期間保存することができる。
【0015】
〔天然樹脂塗料の生産方法〕
天然樹脂塗料の生産方法は、工程(I)及び(II)のほかに、さらに樹液から天然樹脂塗料を得ることを含む。工程(I)及び(II)については、上述したのと同様である。天然樹脂塗料としては、樹液から加工可能な塗料であればよく特に限定されない。例えば、漆、ゴム(ラテックス、天然ゴム)、バルサム(例、カナダバルサム)、松脂、乳香、アカシア樹脂、ダンマル樹脂が挙げられ、漆が好ましい。漆は、後処理の有無等により、生漆、くろめ漆、黒漆等各種に分類され、また有油系及び無油系、国産及び輸入品に分類されるが、特に限定されない。樹液から天然樹脂塗料を得る方法は、それぞれの塗料に応じた加工方法を適宜選択すればよい。樹液から天然樹脂塗料を得る際には、上述のように樹液を低温処理することが好ましい。これにより、樹液の保存性を高め、安定供給でき、天然樹脂塗料としての用途を広げることができる。
【0016】
〔天然樹脂を含む樹液の採取システム〕
天然樹脂塗料の採取システムは、
樹木の樹液採取口を設ける部位を選択する樹液採取口選択手段、及び
樹液採取口から採取された樹液を、炭酸ガスを供給しながら回収する、樹液回収手段、
を有する。さらに、樹液採取口選択手段が選択した選択部位の樹皮に傷をつけ樹液採取口を取り付ける樹皮採取口取付手段を有していてもよい。
【0017】
(樹液採取口選択手段)
樹液採取口選択手段は、高品質の樹液を採取できる部位を選択することができる手段が好ましく、超音波装置がより好ましい。これにより、樹木中の樹液が存在する部位をより正確に測定できるためである。超音波装置は、超音波を照射し、エコーを映像化できる装置であればよい。
【0018】
(樹液回収手段)
樹液回収手段は、樹液採取口に取り付けられる樹液採取管などが挙げられる。樹液採取管に炭酸ガス発生剤を収容する容器を取り付けることで炭酸ガスを供給できる。また、樹液拐取は空気接触を遮断して行うことが好ましい。例えば、樹液採取管として非通気性の素材のものを用いることが挙げられる。
【0019】
(樹皮採取口取付手段)
樹皮採取口取付手段は、従来より使用されてきた用具(例、カンナ等の切刃)のほか、樹液採取口選択手段が特定した部位の位置情報を読み取り(好ましくは自動的に読み取り、より好ましくは超音波装置により自動的に読み取り)、切り込みを入れる切断装置でもよい。これにより、樹皮に適切に切り込みを入れ樹液を適切に採取でき、また、樹液の連続採取を実現でき、半自動又は自動での連続採取の実現も期待される(
図7)。
【実施例】
【0020】
実施例1(炭酸ガス発生ボックスを利用した炭酸ガス処理)
ヤマウルシの樹木(韓国の山地に産生)から採取した樹木片を採取後ただちに、炭酸ガス発生剤(アネロパックケンキ、三菱ガス化学社製)と共にボックス(アネロパック角型ジャー、三菱ガス化学社製)に収容した。10日経過後に、樹木片断面を観察した。(
図1)。
【0021】
比較例1(未処理コントロール)
実施例1において、炭酸ガス発生剤と共にボックスに収容する代わりにビニールバック(炭酸ガス発生剤なし)に収容したほかは、同様に行った(
図1)。
【0022】
比較例1では、表面に近い層が黒色となったのと比較して、実施例1では、わずかに褐色となるにとどまっていた(
図1)。
【0023】
比較例2(未処理コントロール)
ウルシの樹木から採取した樹木片を採取後ただちに、SO
2ガス処理を行った。24時間経過後に、樹木片断面を観察した(
図2)。SO
2ガスは、従来から用いられる抗酸化剤の1つである。
【0024】
比較例2では、24時間後には表面に近い層が黒色となっていた(
図2)。
【0025】
実施例2(ドライアイスを利用した炭酸ガス処理)
ウルシの樹木から採取した樹木片を採取後ただちに、ドライアイスボックスに72時間収容した。その後、室温かつ湿度50%の条件下に移し、72時間保管した。樹木片断面を観察したところ、メラニン合成が再生していた。この結果は、ウルシ科植物の樹液中のラッカーゼ及びウルシオールがドライアイス処理によりダメージを受けないことを示していた(
図2)。
【0026】
実施例1~2及び比較例1~2の結果から、本発明において炭酸ガス処理を行うことにより、ウルシ科植物からの樹液採取時におけるメラニンの生成および固形化が抑制され得るので、高品質の漆を採取できることが明らかである。
【0027】
実施例3(凍結乾燥処理)
ウルシの樹木から採取した樹木片を採取後ただちに24時間真空凍結乾燥した。その後室温かつ湿度50%の条件に移し、凍結乾燥終了直後、12時間後及び72時間後に、樹木片断片を観察した。凍結乾燥直後は表面に近い層はわずかに褐色となった程度であったが、12時間後及び72時間後には、メラニン合成が再生していた。この結果は、ウルシ科植物の樹液中のラッカーゼ及びウルシオールが凍結乾燥処理によりダメージを受けないことを示していた(
図3)。
【0028】
実施例2~3の結果から、本発明においてドライアイス処理、凍結乾燥処理等の低温処理を行うことにより、ウルシ科植物からの樹液を長期保存できることが明らかである。