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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-01
(45)【発行日】2022-02-09
(54)【発明の名称】車両の駆動力制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60L 15/20 20060101AFI20220202BHJP
【FI】
B60L15/20 S
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2017187443
(22)【出願日】2017-09-28
(65)【公開番号】P2019062705
(43)【公開日】2019-04-18
【審査請求日】2020-08-11
(73)【特許権者】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】100090033
【弁理士】
【氏名又は名称】荒船 博司
(74)【代理人】
【識別番号】100093045
【弁理士】
【氏名又は名称】荒船 良男
(72)【発明者】
【氏名】守屋 史之
(72)【発明者】
【氏名】家永 寛史
【審査官】清水 康
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/075812(WO,A1)
【文献】特開2009-273274(JP,A)
【文献】特開2007-245845(JP,A)
【文献】特開2005-204436(JP,A)
【文献】特開2016-088381(JP,A)
【文献】特開平09-284911(JP,A)
【文献】特開2007-276674(JP,A)
【文献】特開2002-227679(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 1/00 - 3/12
B60L 7/00 - 13/00
B60L 15/00 - 58/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
それぞれ異なる駆動系統を駆動する複数の駆動源を備える車両に搭載され、前記複数の駆動源の動作を制御する車両の駆動力制御装置であって、
前記複数の駆動源に出力させる総駆動力を当該複数の駆動源に配分する配分比率の許可範囲を設定する許可範囲設定手段と、
前記複数の駆動源が前記配分比率の許可範囲内の各駆動力で駆動されている状態において、当該複数の駆動源のうちの一の駆動源の出力を制限する場合、当該一の駆動源の出力を減少させつつ当該一の駆動源を除く他の駆動源の出力を増加させて、総駆動力を維持させる駆動力維持手段と、
前記駆動力維持手段による前記他の駆動源の出力の増加に伴って前記配分比率が前記許可範囲内から外れる場合に、前記一の駆動源における前記許可範囲の下限を維持させつつ総駆動力を減少させる駆動力減少手段と、
を備えることを特徴とする車両の駆動力制御装置。
【請求項2】
前記駆動力減少手段は、前記配分比率が前記許可範囲の下限の所定範囲内まで至った後に、前記配分比率が当該許可範囲の下限に近づくに連れて総駆動力を次第に減少させることを特徴とする請求項1に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項3】
前記駆動力減少手段は、総駆動力の時間変化率が略一定となるように当該総駆動力を減少させることを特徴とする請求項2に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項4】
前記駆動力維持手段は、前記一の駆動源の出力を所定の出力上限値以下に制限する場合、前記出力上限値よりも所定値だけ低い値まで当該一の駆動源の出力を減少させることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項5】
前記車両の走行状態を検知する検知手段を備え、
前記許可範囲設定手段は、前記走行状態に基づいて、所要の走行安定性が得られる前記配分比率の範囲として前記許可範囲を設定することを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の車両の駆動力制御装置。
【請求項6】
前記複数の駆動源が、前輪の動力を発生させる前輪モータと、後輪の動力を発生させる後輪モータとから構成されていることを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載の車両の駆動力制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の駆動源を有する車両の駆動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電気自動車またはハイブリッド電気自動車の分野において、複数の駆動源から複数の車輪へ個別に動力を伝達して走行する車両(以下、独立駆動車両という。)が提案されている。このような車両では、運転操作に応じた要求駆動力或いは要求トルクを出力する際、複数の駆動源にどのように動力を配分するか自由度が生じる。
【0003】
このような独立駆動車両において、駆動源としてモータ等が採用されている場合、その発熱(温度)などの状態に応じてこの駆動源の出力を制限する必要が生じる。
このとき、出力が制限された一の駆動源の出力を単純に減少させると、図6に実線の矢印で示すように、この一の駆動源に対応する車輪への駆動力のみが制限されて、各車輪への駆動力の配分比率が変化してしまい、車両の走行安定性が低下してしまう。
他方、車両の走行安定性を維持するために、駆動力の配分比率を維持しつつ一のモータの出力を減少させると、図6に破線の矢印で示すように、出力制限が不要な他の駆動源の出力も低下させることになり、車両の総駆動力が大きく低下してしまう。
【0004】
そこで、例えば特許文献1,2に記載の技術では、出力制限された一の駆動源の出力を減少させる際に、この減少させた出力分だけ他の駆動源の出力を増加させて、車両の総駆動力を維持させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2009-247205号公報
【文献】特開2005-204436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、単純に車両の総駆動力を維持させつつ一の駆動源の出力を減少させただけでは、図6に一点鎖線の矢印で示すように、駆動力の配分比率が所望の走行安定性を得られる範囲から外れてしまうおそれがある。
【0007】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたもので、一の駆動源の出力を制限する場合に、車両の総駆動力の急激な低下を抑制しつつ走行安定性を維持させることができる車両の駆動力制御装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、
それぞれ異なる駆動系統を駆動する複数の駆動源を備える車両に搭載され、前記複数の駆動源の動作を制御する車両の駆動力制御装置であって、
前記複数の駆動源に出力させる総駆動力を当該複数の駆動源に配分する配分比率の許可範囲を設定する許可範囲設定手段と、
前記複数の駆動源が前記配分比率の許可範囲内の各駆動力で駆動されている状態において、当該複数の駆動源のうちの一の駆動源の出力を制限する場合、当該一の駆動源の出力を減少させつつ当該一の駆動源を除く他の駆動源の出力を増加させて、総駆動力を維持させる駆動力維持手段と、
前記駆動力維持手段による前記他の駆動源の出力の増加に伴って前記配分比率が前記許可範囲内から外れる場合に、前記一の駆動源における前記許可範囲の下限を維持させつつ総駆動力を減少させる駆動力減少手段と、
を備えることを特徴とする。
【0009】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の車両の駆動力制御装置において、
前記駆動力減少手段は、前記配分比率が前記許可範囲の下限の所定範囲内まで至った後に、前記配分比率が当該許可範囲の下限に近づくに連れて総駆動力を次第に減少させることを特徴とする。
【0010】
請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の車両の駆動力制御装置において、
前記駆動力減少手段は、総駆動力の時間変化率が略一定となるように当該総駆動力を減少させることを特徴とする。
【0011】
請求項4に記載の発明は、請求項1~3のいずれか一項に記載の車両の駆動力制御装置において、
前記駆動力維持手段は、前記一の駆動源の出力を所定の出力上限値以下に制限する場合、前記出力上限値よりも所定値だけ低い値まで当該一の駆動源の出力を減少させることを特徴とする。
【0012】
請求項5に記載の発明は、請求項1~4のいずれか一項に記載の車両の駆動力制御装置において、
前記車両の走行状態を検知する検知手段を備え、
前記許可範囲設定手段は、前記走行状態に基づいて、所要の走行安定性が得られる前記配分比率の範囲として前記許可範囲を設定することを特徴とする。
【0013】
請求項6に記載の発明は、請求項1~5のいずれか一項に記載の車両の駆動力制御装置において、
前記複数の駆動源が、前輪の動力を発生させる前輪モータと、後輪の動力を発生させる後輪モータとから構成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
請求項1に記載の発明によれば、複数の駆動源のうちの一の駆動源の出力を制限する場合、まず、この一の駆動源の出力が減少されつつ当該一の駆動源を除く他の駆動源の出力が増加されて、総駆動力が維持される。そして、このときの他の駆動源の出力の増加に伴って駆動力の配分比率が許可範囲内から外れる場合には、一の駆動源における許可範囲の下限が維持されつつ総駆動力が減少される。
したがって、一の駆動源の出力を制限する場合に、車両の総駆動力の急激な低下を抑制しつつ、駆動力の配分比率を許可範囲内に保持して走行安定性を維持させることができる。
【0015】
請求項2に記載の発明によれば、配分比率が許可範囲内から外れないよう、一の駆動源における許可範囲の下限が維持されつつ総駆動力が減少される際には、配分比率が許可範囲の下限の所定範囲内まで至った後に、配分比率が当該許可範囲の下限に近づくに連れて総駆動力が次第に減少される。
これにより、車両の総駆動力を減少させるときの急激な低下(変化)を抑制することができ、車両の乗員の違和感を低減することができる。
【0016】
請求項3に記載の発明によれば、配分比率が許可範囲の下限の所定範囲内まで至って総駆動力が次第に減少されるときに、その時間変化率が略一定となるように総駆動力が減少される。
これにより、車両の総駆動力を減少させるときの急激な低下を、より一層抑制することができる。
【0017】
請求項4に記載の発明によれば、一の駆動源の出力を所定の出力上限値以下に制限する場合に、この一の駆動源の出力が、出力上限値に略一致するように制御されるのではなく、出力上限値よりも所定値だけ低い値まで減少される。
これにより、出力を制限する一の駆動源の出力を極力抑えることができ、当該一の駆動源の発熱に伴うさらなる出力上限値の低下を抑制することができる。
【0018】
請求項5に記載の発明によれば、検知手段に検知された車両の走行状態に基づいて、所要の走行安定性が得られる配分比率の範囲としてその許可範囲が設定されるので、配分比率を許可範囲内に保持することで、より確実に走行安定性を維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】実施形態における車両の概略構成を示す構成図である。
図2】実施形態における駆動力配分処理の流れを示すフローチャートである。
図3】駆動力配分処理における駆動力の配分比率の一例を示すグラフである。
図4】駆動力配分処理における駆動力の配分比率の一例を示すグラフである。
図5】駆動力配分処理における駆動力の配分比率の一例を示すグラフである。
図6】従来の駆動力配分における駆動力の配分比率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照して説明する。
【0021】
<構成>
まず、本実施形態に係る車両1の構成について説明する。図1は、車両1の概略構成を示す構成図である。
【0022】
この図に示すように、車両1は、前輪2と後輪3とを互いに独立してモータ駆動させる電気自動車(EV:Electric Vehicle)である。具体的に、車両1は、左右の前輪2、左右の後輪3、前輪モータ11、後輪モータ12、前輪トランスミッション13、後輪トランスミッション14、EVCU(Electric Vehicles Control Unit)20、及びセンサ群(31~39)を備える。これらのうち、前輪モータ11及び後輪モータ12は、本発明に係る複数の駆動源の一例に相当する。また、前輪2及び前輪トランスミッション13と、後輪3及び後輪トランスミッション14とは、本発明に係る複数の駆動系統の一例に相当する。
【0023】
本実施形態に係る車両1の駆動力制御装置(以下、単に「駆動力制御装置」という。)100は、車両1に搭載されて前輪モータ11及び後輪モータ12の動作を制御する装置であり、特に、これら前輪モータ11及び後輪モータ12の一方が出力を制限された(出力を減少させる必要が生じた)場合でも好適な駆動力配分が可能なものである。この駆動力制御装置100は、上述した構成のうち、EVCU20とセンサ群(31~39)とを含んだ部分に相当する。
【0024】
前輪モータ11及び後輪モータ12は、EVCU20からの指令に基づいて前後輪の駆動系統を個別に駆動する。具体的には、前輪モータ11が前輪トランスミッション13を介して左右の前輪2を駆動させ、後輪モータ12が後輪トランスミッション14を介して左右の後輪3を駆動させる。より詳しくは、前輪モータ11及び後輪モータ12の各々に対応した図示しない駆動回路が、EVCU20からの指令に応じてバッテリの電力を変換して前輪モータ11及び後輪モータ12へ出力し、前輪モータ11及び後輪モータ12が、この電力に基づいて動力を発生させる。
【0025】
EVCU20は、車両1を統合制御するものである。具体的に、EVCU20は、本実施形態においては、車両1に与えられる要求駆動力が、左右の前輪2の駆動力と、左右の後輪3の駆動力とに適切に配分されるように、指令を出力する。要求駆動力は、例えば乗員の運転操作(例えばアクセル操作量を表すアクセルセンサ35のセンサ信号)によって車両1に与えられる。EVCU20は、駆動力の配分が実現されるように、前輪モータ11及び後輪モータ12の各々に目標出力(目標トルク)の指令を出力する。
【0026】
センサ群は、車両1の走行状態を検出するセンサとして、例えば、前後加速度センサ31と、左右加速度センサ32と、ヨーレートセンサ33と、車輪速センサ34とを含む。前後加速度センサ31は、車両1の前後方向の加速度を検出する。左右加速度センサ32は、車両1の左右方向の加速度を検出する。ヨーレートセンサ33は、車両1のヨーレートを検出する。車輪速センサ34は、左右の前輪2及び左右の後輪3の各々の車輪速(回転速度)を検出する。
【0027】
また、センサ群は、乗員の運転操作を検出するセンサとして、アクセルセンサ35と、操舵角センサ36と、ブレーキセンサ37とを含む。アクセルセンサ35は、乗員のアクセル操作量を検出する。操舵角センサ36は、乗員のハンドル操作量を検出する。ブレーキセンサ37は、乗員のブレーキ操作量を検出する。
さらに、センサ群は、前輪モータ11及び後輪モータ12の出力制限を検知するセンサとして、前輪モータ11の温度計38と、後輪モータ12の温度計39と、上述した車輪速センサ34とを含む。
【0028】
<駆動力配分処理>
続いて、駆動力制御装置100が要求駆動力を前輪モータ11及び後輪モータ12に配分する駆動力配分処理について説明する。
図2は、この駆動力配分処理の流れを示すフローチャートであり、図3図5は、駆動力配分処理における前輪モータ11及び後輪モータ12への駆動力の配分比率の一例を示すグラフである。
【0029】
駆動力配分処理は、車両1が走行モードの際に、数ミリ秒など短い周期で繰り返し実行される。
この駆動力配分処理が開始されると、図2に示すように、まずEVCU20は、センサ群(31~39)の各センサ値を取得する(ステップS1)。これらのうち、例えばアクセルセンサ35のセンサ値は、前輪モータ11及び後輪モータ12が出力すべき駆動力の総計である要求駆動力として入力される。
【0030】
次に、EVCU20は、要求駆動力の配分比率(要求駆動力を前輪モータ11及び後輪モータ12に配分するその比率)の基準となる基準比率を決定する(ステップS2)。基準比率は、例えば車両1の走行状態に応じて、高い走行安定性が得られる要求駆動力の配分比率として決定される。
【0031】
具体的に、このステップS2では、まずEVCU20は、車両1の荷重配分に応じたベース基準比率を算出する。ベース基準比率は、例えば勾配のない道路を直進して走行する際に、走行安定性が最も高くなる理想的な駆動力の配分比率である。車両1の荷重配分は、取得された複数のセンサ値のうち、前後加速度と左右加速度の値に基づいて算出される。
次に、EVCU20は、操舵角に対応した基準比率の変化量と、道路勾配に対応した基準比率の変化量とを各々算出する。操舵角は、操舵角センサ36の出力値から取得され、道路勾配は、例えばアクセル操作量と車速の変化量との関係から推定される。EVCU20は、操舵角及び道路勾配の各々と基準比率の変化量との関係を示すデータテーブルを予め記憶しており、これらのデータテーブルを用いて操舵角及び道路勾配から基準比率の変化量を算出する。
そして、EVCU20は、操舵角及び道路勾配に対応した基準比率の各変化量をベース基準比率に統合させて、基準比率を算出する。
【0032】
こうして求められた基準比率は、車両の荷重配分と、走行状態を表す個々の補正パラメータ(操舵角および道路勾配)とに対応して、高い走行安定性を実現する理想的な配分比率となる。ただし、走行状態を表す補正パラメータは操舵角と道路勾配に限定されず、理想的な駆動力の配分比率に影響を与えるパラメータであれば、他のパラメータを用いて同様の補正処理を行ってもよい。
【0033】
次に、EVCU20は、車両1の走行状態に基づいて、要求駆動力の配分比率の許可範囲を設定する(ステップS3)。許可範囲は、要求駆動力の配分比率として選択可能な比率の範囲を示すものであり、車両の走行安定性を妨げない配分比率の範囲として設定される。
【0034】
具体的に、このステップS3では、まずEVCU20は、取得された複数のセンサ値に基づいて、車両1の走行状態を表す複数のパラメータの値を算出する。複数のパラメータとしては、例えば、車速、スリップ率、前後加速度、横加速度、アンダーステア度合、オーバーステア度合、ブレーキ操作量などが含まれる。これら複数のパラメータは、走行安定性の必要度に影響を与えるパラメータである。
次に、EVCU20は、算出された複数のパラメータの各値と個別に対応した上限側許容幅および下限側許容幅の幅長を算出する。ここで、上限側許容幅とは、走行安定性を妨げない範囲で前輪2への駆動力の配分比率を高くできる許容幅であり、下限側許容幅とは、走行安定性を妨げない範囲で後輪3への駆動力の配分比率を高くできる許容幅である。個々のパラメータの値と、上限側許容幅及び下限側許容幅との関係は、これらが互いに対応付けられたデータテーブル又は関数の形式で予め記憶されている。これらの関係は、走行安定性の必要度が高くなれば許容幅が小さくなり、走行安定性の必要度が低くなれば許容幅が大きくなるような対応関係である。EVCU20は、これらのデータテーブル又は関数を用い、複数のパラメータの各々について上限側許容幅と下限側許容幅とを算出する。
なお、車両1の挙動に乱れのない走行状態においては、上限側許容幅と下限側許容幅とは同じ大きさになる。しかし、アンダーステア傾向時或いはオーバーステア傾向時などの車両1の挙動に乱れが生じた走行状態においては、上限側許容幅と下限側許容幅とは同じ大きさにならない。例えばアンダーステア傾向が弱く現れた場合、前輪2の駆動力の比率を高めるとアンダーステア傾向を助長してしまう。そのため、前輪2への駆動力の配分比率を高くできる許容幅は、後輪3への駆動力の配分比率を高くできる許容幅よりも小さくなる。したがって、アンダーステア度合に応じた上限側許容幅は下限側許容幅よりも小さく設定される。一方、オーバーステア度合に応じた上限側許容幅は、アンダーステア度合の場合とは反対に、下限側許容幅よりも大きく設定される。
【0035】
複数のパラメータの各々に対応した複数の上限側許容幅と複数の下限側許容幅とを算出したら、EVCU20は、これらの中から最小の上限側許容幅と、最小の下限側許容幅とを抽出する。そして、EVCU20は、これら最小の上限側許容幅及び下限側許容幅を基準比率に付加して、配分比率の許可範囲を算出する。これにより、複数のパラメータの全てに関して所要の走行安定性が得られる配分比率の許容幅を求めることができる。
【0036】
次に、EVCU20は、配分比率の許可範囲内で、前輪モータ11及び後輪モータ12に駆動力を配分する(ステップS4)。本実施形態では、図3に示すように、配分比率Rが、上限側許容限界PL1から下限側許容限界PL2までの許可範囲DR内における所定の理想配分比率DRi(例えば上述の基準比率)とされるものとする。
なお、本実施形態では、この時点では、前輪モータ11及び後輪モータ12のいずれも出力が制限されていないものとする。前輪モータ11及び後輪モータ12のいずれかが出力制限を受けて、その出力上限値が設定されていた場合には、配分比率Rが当該出力上限値以下の範囲で設定される。
【0037】
次に、EVCU20は、前輪モータ11及び後輪モータ12のいずれかが出力を制限され、これに伴って当該モータの現状の出力値を減少させる必要があるか否かを判定する(ステップS5)。
ここで、前輪モータ11及び後輪モータ12の出力制限要因としては、モータ温度や車速等が挙げられる。例えば、モータ温度が所定の閾値以上であった場合、モータの出力はこのモータ温度に応じた制限値以下に制限される。また車速についても、所定値以上のときにモータの最大トルクが制限される場合がある。
そこで、EVCU20は、ステップS1で取得された複数のセンサ値のうち、前輪モータ11及び後輪モータ12の各温度と車速等とに基づいて、各モータの出力上限値を取得し、前輪モータ11及び後輪モータ12の出力値の減少要否を判定する。
【0038】
ステップS5において、前輪モータ11及び後輪モータ12のいずれの出力値も減少させる必要がないと判定した場合(ステップS5;No)、EVCU20は、上述のステップS1へ処理を移行する。
【0039】
一方、ステップS5において、前輪モータ11及び後輪モータ12のいずれかの出力値を減少させる必要があると判定した場合には(ステップS5;Yes)、EVCU20は、出力減少が必要な一方のモータの出力値を出力上限値に対応させて減少させるとともに、他方のモータの出力値を増加させて、総駆動力(前輪モータ11及び後輪モータ12の合計出力)を維持させる(ステップS6)。
【0040】
以下、本実施形態においては、後輪モータ12の出力が制限されたものとする。
この場合、ステップS6では、図4(a)に示すように、EVCU20は、後輪モータ12の出力上限値Fに対応させて当該後輪モータ12の出力値を減少させつつ、この減少させた分だけ前輪モータ11の出力値を増加させることで、総駆動力を維持させる。
これにより、出力上限値Fの低下に対応させて単純に後輪モータ12の出力のみを減少させる場合と異なり、総駆動力の急激な低下を抑制することができる。
【0041】
なお、このときには、後輪モータ12の出力値は、出力上限値Fに略一致させてもよいし、図4(b)に示すように、出力上限値Fよりも所定値だけ低い値としてもよい。出力上限値Fよりも低い出力値とした場合には、後輪モータ12の発熱がより抑えられるため、さらなる出力上限値Fの低下が抑制される。
【0042】
次に、EVCU20は、上述のステップS6での配分比率Rの変更に伴って、配分比率Rが許可範囲DR内から外れるか否かを判定する(ステップS7)。つまり、出力制限された一方のモータの出力上限値Fが、総駆動力を維持させつつ当該一方のモータの出力値を減少させたときの許可範囲DRの限界の出力値以下まで下がるか否かが判定される。
すなわち、本実施形態では、例えば図5(a)に示すような配分比率Rを示すグラフにおいて、後輪モータ12の出力上限値Fが、後輪モータ12の出力値を減少させるときの総駆動力一定ライン(一点鎖線で図示)と、上限側許容限界PL1(後輪モータ12における許可範囲DRの下限)との交点よりも下まで下がるか否かが判定される。
そして、配分比率Rは許可範囲DR内から外れないと判定した場合(ステップS7;No)、EVCU20は、上述のステップS1へ処理を移行する。
【0043】
一方、ステップS7において、配分比率Rが許可範囲DR内から外れると判定した場合には(ステップS7;Yes)、EVCU20は、配分比率Rの許容限界を維持させつつ総駆動力を減少させる(ステップS8)。
本実施形態では、図5(a)に示すように、上述のステップS6での配分比率Rの変更によって、総駆動力が維持されつつ配分比率Rが上限側許容限界PL1(後輪モータ12における許可範囲DRの下限)まで到達する。そして、その後に、この上限側許容限界PL1が維持されつつ、前輪モータ11及び後輪モータ12の両方の出力が減少されて、総駆動力が減少される。
これにより、許可範囲DR内での配分比率Rを保って車両1の走行安定性を維持しつつ、出力上限値Fに対応させて後輪モータ12の出力値を減少させることができる。
【0044】
なお、このときには、図5(b)に示すように、配分比率Rが許容限界(上限側許容限界PL1)の付近まで至った後に、配分比率Rが許容限界に近づくに連れて総駆動力を次第に(緩やかに)減少させるようにしてもよい。この場合、総駆動力の時間変化率が略一定となるように当該総駆動力を減少させることが好ましい。これにより、総駆動力の急激な低下を抑制して、ユーザ(車両1の乗員)の違和感を低減することができる。
【0045】
次に、EVCU20は、駆動力配分処理を終了させるか否かを判定し(ステップS9)、終了させないと判定した場合には(ステップS9;No)、上述のステップS1へ処理を移行する。そして、車両1の走行状態の検出とそれに基づく駆動力の配分等とが順次繰り返される。
一方、例えば車両1が停止するなどにより駆動力配分処理を終了させると判定した場合には(ステップS9;Yes)、EVCU20は、駆動力配分処理を終了させる。
【0046】
<効果>
以上のように、本実施形態の駆動力制御装置100によれば、後輪モータ12の出力を制限する場合、まず、この後輪モータ12の出力が減少されつつ前輪モータ11の出力が増加されて、総駆動力が維持される。そして、このときの前輪モータ11の出力の増加に伴って駆動力の配分比率Rが許可範囲DR内から外れる場合には、後輪モータ12における許可範囲DRの下限である上限側許容限界PL1が維持されつつ総駆動力が減少される。
したがって、一の駆動源の出力を制限する場合に、車両1の総駆動力の急激な低下を抑制しつつ、駆動力の配分比率Rを許可範囲DR内に保持して走行安定性を維持させることができる。
【0047】
また、配分比率Rが許可範囲DR内から外れないよう、上限側許容限界PL1が維持されつつ総駆動力が減少される際には、配分比率Rが上限側許容限界PL1の所定範囲内まで至った後に、配分比率Rが当該上限側許容限界PL1に近づくに連れて総駆動力を次第に減少させることが好ましい。
これにより、車両1の総駆動力を減少させるときの急激な低下(変化)を抑制することができ、車両1の乗員の違和感を低減することができる。
【0048】
また、配分比率Rが上限側許容限界PL1の所定範囲内まで至って総駆動力が次第に減少されるときには、その時間変化率が略一定となるように総駆動力を減少させることが好ましい。
これにより、車両1の総駆動力を減少させるときの急激な低下を、より一層抑制することができる。
【0049】
また、後輪モータ12の出力を出力上限値F以下に制限する場合に、この後輪モータ12の出力は、出力上限値Fに略一致するように制御されるのではなく、出力上限値Fよりも所定値だけ低い値まで減少される。
これにより、出力を制限する後輪モータ12の出力を極力抑えることができ、当該後輪モータ12の発熱に伴うさらなる出力上限値Fの低下を抑制することができる。
【0050】
また、センサ群に検知された車両1の走行状態に基づいて、所要の走行安定性が得られる配分比率Rの範囲としてその許可範囲DRが設定されるので、配分比率Rを許可範囲DR内に保持することで、より確実に走行安定性を維持することができる。
【0051】
<変形例>
なお、本発明を適用可能な実施形態は、上述した実施形態に限定されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【0052】
例えば、上記実施形態では、複数の駆動源として前輪モータ11と後輪モータ12とを適用した例を示した。しかし、複数の駆動源は、モータに限られず、例えば前輪の動力をエンジン(内燃機関)が発生させ、後輪の動力をモータが発生させるなどのように、エンジンを含んでいてもよい。すなわち、車両は、電気自動車(EV:Electric Vehicle)、ハイブリッド自動車(HV:Hybrid Vehicle)、ハイブリッド電気自動車(HEV:Hybrid Electric Vehicle)、燃料電池自動車(FCV:Fuel Cell Vehicle)としてもよい。
【0053】
また、上記実施形態では、前輪2と後輪3とで駆動力を配分する例を示した。しかし、前後左右の個々の車輪ごと、或いは、2つの後輪と、左前輪と、右前輪との3組の車輪ごとなど、駆動力を配分する車輪の組み合わせは適宜変更可能である。
さらに、複数の駆動系統に対応する駆動源の数量の組合せも特に限定されない。例えば、前輪モータ11を1つ、後輪モータ12を2つとしてもよい。
【0054】
また、上記実施形態では、駆動系統として前輪トランスミッション13及び後輪トランスミッション14を含むものを示したが、トランスミッションは無くても良く、例えばトランスミッションに代わる動力伝達機構が設けられていてもよい。
【0055】
また、上記実施形態では、基準比率に影響する複数種類のパラメータとして、操舵角と道路勾配とを示したが、これらに限られず、他の走行状態を表わすパラメータが含まれていてもよい。また、上記実施形態では、許可範囲の許容幅に影響する複数種類のパラメータとして、車速、スリップ率、前後加速度、等々のパラメータを示したが、他の走行状態を表わすパラメータが含まれていてもよい。また、これらのうち2つのパラメータをまとめた関数値を1つのパラメータとして扱ってもよい。
【0056】
また、上記実施形態では、駆動力の配分比率Rの許可範囲DRを、基準比率に許容幅を加えて計算した例を示したが、許可範囲の計算の仕方は、この方法に限られない。
例えば、走行状態に応じて走行安定性が高まる配分比率Rの範囲を、許可範囲として直接求めるようにしてもよい。具体的には、車速などが所定条件となっている場合において、前輪駆動力:後輪駆動力の比率が例えば9:1~1:9の範囲内を許可範囲DRとすることが考えられる。また、基準となる上限側許容限界PL1及び下限側許容限界PL2を定めておき、これらを車速などの走行状態に基づいて変化させることで、許可範囲DRを変化させたりしてもよい。
【0057】
また、上記実施形態では、前輪モータ11及び後輪モータ12のいずれかが出力制限を受けた場合に、その出力上限値が設定されることとしたが、この出力上限値は各モータの温度や車速等に基づいて常時設定されることとしてもよい。
【0058】
また、上記実施形態では、EVCU20が各種制御を行うこととしたが、この制御主体はEVCUに限定されない。例えば、他のECU(Electric Control Unit)が各種制御を行うこととしてもよいし、センサ群からの出力が他のECUに入力されて当該他のECUがセンサ値をEVCU20に出力することなどとしてもよい。
具体的には、MCU(Motor Control Unit)が、前輪モータ温度計38及び後輪モータ温度計39から取得した前輪モータ11及び後輪モータ12の各温度等に基づいて、前輪モータ11及び後輪モータ12それぞれの出力上限値を設定することとしてもよい。そして、このMCUから出力される各モータの出力上限値に基づいて、EVCU20が各モータを駆動制御することなどとしてもよい。
【符号の説明】
【0059】
1 車両
2 前輪
3 後輪
11 前輪モータ
12 後輪モータ
20 EVCU
38 前輪モータ温度計
39 後輪モータ温度計
100 駆動力制御装置
R 配分比率
DR 許可範囲
PL1 上限側許容限界
PL2 下限側許容限界
F 出力上限値
図1
図2
図3
図4
図5
図6