(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-02
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】アルミニウム合金を用いた曲げ成形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22F 1/053 20060101AFI20220203BHJP
C22C 21/10 20060101ALI20220203BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220203BHJP
【FI】
C22F1/053
C22C21/10
C22F1/00 604
C22F1/00 612
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 630Z
C22F1/00 640A
C22F1/00 640E
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
(21)【出願番号】P 2018031400
(22)【出願日】2018-02-24
【審査請求日】2020-12-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000100791
【氏名又は名称】アイシン軽金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114074
【氏名又は名称】大谷 嘉一
(72)【発明者】
【氏名】吉田 朋夫
(72)【発明者】
【氏名】柴田 果林
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/060117(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/169962(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/165086(WO,A1)
【文献】特開平10-168553(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00 - 21/18
C22F 1/04 - 1/057
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下全て質量%で、Zn:6.0~8.0%,Mg:1.50~3.50%,Cu:0.20~1.50%,Zr:0.10~0.25%,Ti:0.005~0.05%,Mn:0.3%以下,Sr:0.25%以下であって、残部がAlと不可避的不純物からなるアルミニウム合金の鋳造ビレットを用いて、
押出材を押出加工するステップと、前記押出加工直後に平均速度
50~500℃/min
の範囲で前記押出材の温度が200℃以下になるまで冷却するステップと、
前記冷却された押出材を
一週間以内に、温度140~260℃の範囲にて加熱時間30~120secの予備加熱処理を行うステップと、前記予備加熱処理された押出材を用いて曲げ成形を行うステップと、前記曲げ成形された製品を人工時効処理するステップと、を有することを特徴とするアルミニウム合金を用いた曲げ成形品の製造方法。
【請求項2】
前記アルミニウム合金はMn+Zr+Srの合計量が0.10~0.50%の範囲であることを特徴とする請求項1記載のアルミニウム合金を用いた曲げ成形品の製造方法。
【請求項3】
前記鋳造ビレットは平均結晶粒径が250μm以下であることを特徴とする請求項2記載のアルミニウム合金を用いた曲げ成形品の製造方法。
【請求項4】
前記曲げ成形品は引張強さ480MPa以上で、かつ、0.2%耐力460MPa以上であることを特徴とする請求項3記載のアルミニウム合金を用いた曲げ成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強度及び耐食性に優れたアルミニウム合金製の曲げ成形品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Al-Zn-Mg系,Al-Zn-Mg-Cu系等の7000系アルミニウム合金は、高強度の製品が得られるものの、押出加工性に劣る。
また、曲げ加工等を行うと、耐応力腐食割れ性が充分でなく、耐食性の改善が要求されていた。
【0003】
そこで、特許文献1,2等においては、遷移元素であるMn,Cr,Zr等を添加することで、押出加工における押出材の再結晶深さを抑制したり、再結晶粒の大きさを抑制することが行われている。
しかし、遷移元素の中でもCrは押出加工時の焼入れ感受性が強く、押出直後の冷却が(ダイス端焼入れと称される)水冷等による高速冷却でないと、充分な高強度を得ることができず、冷却時に押出材の断面形状が変形したり、ソリが生じやすい問題があった。
また、曲げ加工時に割れが発生しやすい問題もあった。
特許文献1においては、溶体化温度にまで復元熱処理をしているので、耐応力腐食割れ性にも問題が生じやすい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国特開2014-145119号公報
【文献】日本国特許第2928445号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、高強度でありながら耐食性に優れたアルミニウム合金を用いた曲げ成形品の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係るアルミニウム合金を用いた曲げ成形品の製造方法は、以下全て質量%で、Zn:6.0~8.0%,Mg:1.50~3.50%,Cu:0.20~1.50%,Zr:0.10~0.25%,Ti:0.005~0.05%,Mn:0.3%以下,Sr:0.25%以下であって、残部がAlと不可避的不純物からなるアルミニウム合金の鋳造ビレットを用いて、押出材を押出加工するステップと、前記押出加工直後に平均速度500℃/min以下で冷却するステップと、前記冷却された押出材を所定の時間内に、温度140~260℃の範囲にて加熱時間30~120secの予備加熱処理を行うステップと、前記予備加熱処理された押出材を用いて曲げ成形を行うステップと、前記曲げ成形された製品を人工時効処理するステップと、を有することを特徴とする。
【0007】
本発明において、アルミニウム合金はMn+Zr+Srの合計量が0.10~0.50%の範囲であることが好ましい。
【0008】
本発明において、鋳造ビレットは平均結晶粒径が250μm以下であるのが好ましい。
このような鋳造ビレットは、50mm/min以上の鋳造速度にてビレットを鋳造することで冷却速度が速くなり、組織の結晶粒径が小さくなる。
【0009】
アルミニウム合金の化学成分を選定した理由は以下のとおりである。
(1)Zn
Zn成分は、アルミニウム合金の押出性の低下を抑えつつ、高強度化を図るのに有効である。
しかし、添加量が8.0%を超えると、耐応力腐食割れ性が低下する原因の1つになるので、Zn:6.0~8.0%の範囲とした。
(2)Mg
Mg成分は、押出材の高強度化を図るのに最も有効であるが、添加量が多いと押出性が低下し、曲げ成形性にも劣るようになるため、Mg:1.50~3.50%の範囲がよい。
後述するCu成分の影響も受けるが、耐力(0.2%耐力)を480MPa以上に確保するには、Mgの添加量2.0%以上が好ましい。
さらに好ましくは、2.5%以上である。
(3)Cu
Cu成分は、アルミニウムとの固溶効果により強度向上が期待できるものの、局部電位差による一般腐食の恐れが生じ、押出加工性,曲げ加工性が低下するので、Cu:0.20~1.50%の範囲が好ましい。
耐力500MPa以上を確保するにはMgの影響を受けるが、0.5%以上、好ましくは0.75%以上、さらには1.0%以上が好ましい。
(4)Zr,Mn
Zrは遷移元素の1つであるが、押出加工直後の冷却を空冷で行うことができ、500℃/min以下、さらには100℃/min~300℃/minの冷却速度にあっても押出加工時に押出材表面の再結晶深さを抑制することができる。
これにより、耐応力腐食割れ性,高強度の確保がしやすくなる。
Mn成分も遷移元素の1つであり、押出加工時の再結晶深さを抑制することが期待され、Mnを0.30%以下の範囲にて添加してもよい。
添加する場合には、Mn:0.10~0.30%の範囲が好ましい。
これに対してCr成分は、ダイス端焼入れに対して焼入れ感受性が強くなり、水冷等の高速冷却が必要になることから、本発明においては、Cr成分は含まれない方がよい。
含まれるとしても不可避的不純物として、0.05%以下に抑えるのがよい。
(5)Sr
Sr成分は、ビレットを鋳造する際に結晶粒の粗大化を抑制し、押出加工時に押出材の表面での再結晶を抑制することができる。
本発明においてSr成分は必須成分ではないが、0.25%以下の範囲で添加してもよい。
Sr成分が0.25%を超えると、Srを核とする晶出物が粗大化する恐れがある。
添加する場合には、0.03~0.25%の範囲がよい。
また、Mn+Zr+Srの合計量が0.10~0.50%の範囲にするがよい。
(6)Ti
Ti成分は、ビレットを鋳造する際に結晶粒の微細化に有効であり、Ti:0.005~0.05%の範囲で添加するのがよい。
(7)他の成分
本発明において、上記以外の成分は不可避的不純物としてできるだけ少なく抑えるのがよい。
特にFe,Siは、ビレットの鋳造時に混入されやすい成分であり、Fe:0.2%以下、Si:0.1%以下に抑制するのが好ましい。
Fe,Siの量が多くなると、強度低下や耐応力腐食割れ性及び曲げ成形性が悪くなる。
【0010】
次に、製造プロセスについて説明をする。
(1)上記にて説明した化学組成からなるアルミニウム合金の溶湯を調整し、円柱状のビレットを鋳造する。
鋳造方法としては、フロート式鋳造法や、ホットトップ鋳造法等の連続鋳造法を採用し、鋳造速度を50mm/min以上になるように冷却速度を設定する。
(2)鋳造された円柱状のビレットは、470~530℃の温度にて、2~24時間の均質化処理(HOMO処理)を行う。
(3)押出加工は、直接押出機,間接押出機等が用いられる。
ビレットを400~500℃の温度に予熱し、押出加工を行う。
押出機のダイス(金型)から押し出されてくる押出材は、500~580℃の高温になっている。
そこで、押出直後に冷却することで、焼入れ処理を行うことができる。
これを一般的に、ダイス端焼入れと称する。
本発明においては、50~500℃/minの冷却速度にて充分な焼入れを行うことができるので、ファン冷却等の空冷にて行うことができる。
これにより、従来の水冷に比較して、押出材に歪みやソリ等の変形が生じるのを抑えることができ、冷却設備も簡単になる。
ここで、冷却速度は押出材の温度が200℃以下になるまでの冷却速度をいう。
(4)上記のように押出加工された押出材は、次に製品形状に合せて、あるいは製品にする前の予備形状に曲げ成形を行う。
曲げ成形は、プレス曲げ加工,ベンダー曲げ加工等の各種方法が採用される。
この曲げ成形の際に押出材を昇温速度1.8℃/sec以上,予備加熱温度140~260℃,予備加熱時間30~120secの予備加熱処理を行って曲げ成形を行う。
(5)次に、人工時効処理を行う。
人工時効処理は、所定の加熱処理を行うことで、アルミニウム合金中に溶けている元素を析出物として析出させ、高強度にすることをいう。
本発明において、7000系のアルミニウム合金に適用される人工時効処理条件を採用することができる。
本実施例にては、1段目:90~120℃,1~24時間、及び2段目:130~180℃,1~24時間の2段時効処理を行った。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る曲げ成形品に用いるアルミニウム合金は、良好な焼入れ性を有し、空冷にて引張強さ480MPa以上,0.2%耐力460MPa以上の高強度を得ることができる。
耐応力腐食割れ性にも優れる。
また、本発明に係る製造プロセスを用いることで、曲げ成形性に優れ、高強度,耐応力腐食割れ性に優れた曲げ成形品が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】評価に用いたアルミニウム合金の化学組成を示す。
【
図2】評価に用いたビレットの結晶粒径及び製造条件を示す。
【
図4】(a)は曲げ性の試験方法を示し、(b)は変位-荷重曲線の比較例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
アルミニウム合金の化学組成を各種調整し、製造プロセスを比較しながら試験及び評価した結果を以下説明する。
図1の表に、本発明の実施例1~55に係るアルミニウム合金の化学組成と、比較例56~62に係るアルミニウム合金の化学組成を示す。
比較例57は、Zn成分が5.43%と本発明の下限6.0%未満のものである。
比較例58~62は、Cu成分が本発明の上限1.50%を超えるものである。
比較例61は、さらにCr成分が0.26%添加されたものである。
【0014】
図2に、製造条件等を示す。
図1の表に示したそれぞれのアルミニウム合金の溶湯を用いて、ホットトップ鋳造により円柱ビレットを鋳造した。
鋳造速度は、50mm/min以上の70~80mm/minで連続鋳造し、次に480~520℃の均質化処理をした。
鋳造ビレットの平均結晶粒径の測定結果を
図2の表中「ビレット結晶粒径」の欄に記載した。
この平均結晶粒径は、鋳造ビレットからサンプルを切り出し、表面を鏡面研磨仕上げを行い、次にケラー試薬にてエッチング処理し、光学顕微鏡により測定した。
【0015】
このようにして製造されたビレットを400~500℃に予熱し、押出加工をした。
この際に、押出直後にダイス端焼入れとして500℃/min以下の冷却条件として、空冷を行った。
その際の冷却速度を、
図2の表中に「冷却速度」として示した。
【0016】
上記で得られた押出材を、
図2の表中に示した予備加熱温度まで1.8℃/sec以上の速度で昇温し、表中に示した予備加熱時間の間保持した後に、曲げ成形した。
この予備加熱は、押出材の曲げ成形時に生ずる応力歪みを低減するのが目的であり、曲げ形状そのものに制限はない。
例えば、弓形形状に曲げ加工を行う等が例として挙げられる。
なお、本発明に係るアルミニウム合金は、自然時効硬化材料であるため、押出加工後、約1週間以内に曲げ成形を行うのが好ましい。
次に、
図2の表に示した熱処理条件にて、2段時効による人工時効処理を行った。
【0017】
上記のようにして得られた曲げ成形品から試験片を切り出し、各種評価を行った結果を
図3の表に示す。
評価項目及び評価方法は、次のとおりである。
(1)機械的性質
日本工業規格JIS-Z2241に基づいて、5号の引張試験片を作製し、JIS規格に準じた引張試験機にて引張試験を行った。
表中、T1引張強さ,T1耐力(0.2%),T1伸びは、人工時効処理前のT1材の値であり、T5引張強さ,T5耐力(0.2%),T5伸びは、人工時効処理後のT5材の値である。
本発明においては、自動車部品,構造材等の製品を対象としたので、その機械的性質の目標値を表中に参考値として示した。
(2)SCC性(耐応力腐食割れ性)
耐力に対して80%の応力を試験片に負荷した状態で、次の条件を1サイクルとして720サイクル実施し、割れが発生しなかったものを目標達成とし、それ以下のものは割れが発生したサイクル数を表中に示した。
<1サイクル>
3.5%NaCl水溶液中に25℃,10min浸漬し、その後に25℃,湿度40%中に50min放置し、その後に自然乾燥する。
(3)小R曲げ(曲げ性)
本発明に係るアルミニウム合金を用い、製造プロセスを経て得られた製品は、小さなR形状に曲げ(小R曲げ)ても割れが発生しにくい特性を有している。
そこで、
図4(a)に示した試験方法で、曲げ試験を行った。
板厚2mmで20mm×150mmの大きさの試験片1を切り出し、間隔7mmの治具2の上に載置し、先端R=1.5mmの断面半円状のパンチ3で負荷を与えた。
このような曲げ条件では、曲げ先端部の伸び率は約30%となる。
図4(b)にその時の変位(s)を横軸にとり、荷重(f)を縦軸にとった変位-荷重曲線が得られる。
グラフ中曲線(a)は、曲げ先端に割れが発生した場合であり、割れが生じると荷重が急降下している。
これに対して、割れが発生しないものは、曲線(b)のように材料にねばりがあり、曲げに伴い徐々に荷重が降下した。
その割れの有無の評価結果を表中「小R曲げ」の欄に示した。
(4)表面再結晶深さ
押出材の断面を鏡面研磨仕上げし、3%NaOH水溶液にてエッチングを行い、光学顕微鏡により押出表面からの再結晶組織の厚みを測定した。
【0018】
評価結果を考察すると、以下のとおりである。
実施例1~55は、全ての目標をクリアしていた。
比較例56は、アルミニウム合金の化学組成が本明細書にて設定した範囲に納まっているので、引張強さ,耐力,SCC性のいずれも目標を達成していた。
しかし、この比較例は、押出加工後に約9日間放置してあったものであり、自然時効が進んだためと思われるが、小R曲げ試験にて割れが発生した。
このことから、優れた曲げ性も確保するには、押出加工後7日間以内に曲げ成形を行うのが好ましい。
比較例57~62は、SCC性が目標未達であった。
比較例58~62は、小R曲げにて割れが発生した。
比較例59,61,62にて、SCC性が未達なのは、Cu成分が上限を超えているからであり、その中でも比較例61はCr成分が0.26%含有しているものであり、耐力が446MPaと低い値であった。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明に用いられたアルミニウム合金は、高強度で耐応力腐食割れ性に優れるので、高い強度や耐食性が必要な自動車部品,機械の構造部材等、広い分野に適用できる。
また、本発明のプロセスによれば、耐曲げ割れ性にも優れた製品が得られる。