(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-02
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】ダイヤモンド層及び硬質材料層を有するボデーのコーティング
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20220203BHJP
C23C 16/27 20060101ALI20220203BHJP
C23C 14/35 20060101ALI20220203BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20220203BHJP
B23B 27/20 20060101ALI20220203BHJP
B23C 5/16 20060101ALI20220203BHJP
【FI】
C23C14/06 M
C23C16/27
C23C14/35 Z
B23B27/14 A
B23B27/20
B23C5/16
(21)【出願番号】P 2018525453
(86)(22)【出願日】2016-11-25
(86)【国際出願番号】 EP2016078912
(87)【国際公開番号】W WO2017089597
(87)【国際公開日】2017-06-01
【審査請求日】2019-10-17
(31)【優先権主張番号】102015120676.5
(32)【優先日】2015-11-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】509338824
【氏名又は名称】セメコン アーゲー
(74)【代理人】
【識別番号】100106312
【氏名又は名称】山本 敬敏
(72)【発明者】
【氏名】ボルツ ステファン
(72)【発明者】
【氏名】レンメル オリヴァー
(72)【発明者】
【氏名】ライエンデッカー アントニウス
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-152424(JP,A)
【文献】特表2011-518950(JP,A)
【文献】特表2002-540970(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0069709(US,A1)
【文献】特表2013-532227(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
C23C 16/27
C23C 14/35
B23B 27/14
B23B 27/20
B23C 5/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボデー(10)を形成する基材(22)と、
前記基材(22)上に設けられて1~40μmの厚さを有する非導電性のダイヤモンド層(24)と、
前記ダイヤモンド層(24)の外側ゾーンへの金属原子の注入又は拡散により形成されて炭素及び少なくとも一つの金属元素を含むと共に2~80nmの厚さを有する導電性の接着層(32)と、
前記接着層(32)の外側に設けられて少なくとも一つの金属元素及び少なくとも一つの非金属元素を含む硬質材料層(26)と、
を備えた、コーティングされたボデー。
【請求項2】
前記接着層(32)における少なくとも一つの金属元素の濃度は、前記基材(22)からの距離と共に増加する勾配を有する、
ことを特徴とする請求項1に記載のコーティングされたボデー。
【請求項3】
前記接着層(32)の前記金属元素又は複数の金属元素は、Ti及びCrを含む群から選択される、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のコーティングされたボデー。
【請求項4】
前記接着層(32)は、Ti及びCから成る、
ことを特徴とする請求項1ないし3いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項5】
前記接着層(32)は、5~40nmの厚さを有する、
ことを特徴とする請求項1ないし4いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項6】
前記接着層(32)における金属元素の全ての濃度は、前記基材(22)からの距離と共に増加する勾配を有する、
ことを特徴とする請求項2ないし5いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項7】
前記接着層(32)は、前記硬質材料層(26)の一つ以上の金属元素を含む、
ことを特徴とする請求項1ないし6いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項8】
前記ダイヤモンド層(24)と前記硬質材料層(26)の間
でかつ前記接着層(32)と前記硬質材料層(26)の間には、遷移層(33)が設けられ、
前記遷移層は、少なくとも一つの金属元素と、少なくとも一つの非金属元素を含む、
ことを特徴とする請求項1ないし7いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項9】
前記遷移層(33)は、元素Si,V,W,Ti,Cr,C,又はNの少なくとも一つを含む、
ことを特徴とする請求項
8に記載のコーティングされたボデー。
【請求項10】
前記遷移層(33)は、Ti-N,Ti-C-N,Ti-C,Cr-C,Cr-C-N,又はCr-Nを含む、
ことを特徴とする請求項
8又は9に記載のコーティングされたボデー。
【請求項11】
前記遷移層(33)における少なくとも一つの非金属元素の濃度は、前記遷移層(33)の厚さ方向に沿って変化する、
ことを特徴とする請求項8ないし
10いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項12】
前記ダイヤモンド層(24)は、100nmよりも小さい粒径を有するナノ結晶ダイヤモンドから成る、少なくとも一つの副層(30)を有する、
ことを特徴とする請求項1ないし
11いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項13】
前記ダイヤモンド層(24)は、100nmよりも大きい粒径を有するダイヤモンドから成る、少なくとも一つの副層(28)を有する、
ことを特徴とする請求項1ないし
12いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項14】
前記ダイヤモンド層(24)は、二種類の副層(28,30)を含み、
前記二種類の副層(28,30)は、ダイヤモンド結晶の粒径及び/又は体積分率に関して異なる、
ことを特徴とする請求項
12又は13に記載のコーティングされたボデー。
【請求項15】
前記ダイヤモンド層(24)は、二種類の副層(28,30)を含み、
前記二種類の副層(28,30)は、交互に連続して複数層に配置されている、
ことを特徴とする請求項
12ないし14いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項16】
前記ダイヤモンド層(24)の最も外側の副層(30)は、100nmよりも小さい粒径を有するナノ結晶ダイヤモンドから成る、
ことを特徴とする請求項
12ないし15いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項17】
前記ダイヤモンド層(24)の最も内側の副層(28)は、100nmよりも大きい粒径を有するダイヤモンドから成る、
ことを特徴とする請求項
12ないし16いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項18】
前記ダイヤモンド層の最も内側の副層(28)は、3μmよりも小さい厚さを有する、
ことを特徴とする請求項
17に記載のコーティングされたボデー。
【請求項19】
前記硬質材料層(26)は、一つ以上の金属元素及び一つ以上の非金属元素により形成され、
前記金属元素又は複数の金属元素は、Al,Siを含む群、及びIUPAC(1988)による周期表の4~6族の元素から選択され、
前記非金属元素又は複数の非金属元素は、B,C,N,及びOを含む群から選択される、
ことを特徴とする請求項1ないし
18いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項20】
前記硬質材料層(26)は、一つ又は複数の副層により形成され、
少なくとも一つの副層は、Ti-Al-N,Ti-N,Ti-C-N,Ti-Al-C-N,Ti-Al-Si-N,Ti-S-N,Al-Cr-N,Al-Cr-Si-N,及び/又はTi-Bから成る、
ことを特徴とする請求項1ないし
19いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項21】
前記硬質材料層(26)は、少なくとも一つの非ドープ又は金属ドープのDLC副層を含む、
ことを特徴とする請求項1ないし
20いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項22】
前記基材(22)と前記ダイヤモンド層(24)の間には、金属中間層(34)が設けられ、
前記金属中間層は、元素Cr,W,及び/又はTiの原子から成る、
ことを特徴とする請求項1ないし
21いずれか一つに記載のコーティングされたボデー。
【請求項23】
非導電性のダイヤモンド層(24)が、CVD処理により、ボデー(10)を形成する基材(22)上に設けられ、
前記ダイヤモンド層(24)の表面に金属イオンが注入及び/又は拡散されるようにHIPIMSの金属イオンエッチングにより前処理されて、前記ダイヤモンド層(24)上に導電性の接着層(32)が生成され、
少なくとも一つの金属元素を含む硬質材料層(26)が、PVD法によって、前記接着層(32)の上に設けられる、
ことを特徴とするボデーをコーティングする方法。
【請求項24】
前記ダイヤモンド層(24)の表面は、前記HIPIMSの金属イオンエッチングの際に、Tiイオンを用いて処理される、
ことを特徴とする請求項
23に記載の方法。
【請求項25】
前記硬質材料層(26)は、少なくとも一つのマグネトロンカソードが前記HIPIMSにしたがって操作される、マグネトロンスパッタリングにより設けられる、
ことを特徴とする請求項
23又は24に記載の方法。
【請求項26】
前記ダイヤモンド層(24)が設けられる前に、中間層(34)が前記基材(22)に設けられ、
前記中間層(34)は、少なくとも一つのマグネトロンカソードが前記HIPIMSにしたがって操作される、マグネトロンスパッタリングにより設けられる、
ことを特徴とする請求項
23ないし25いずれか一つに記載の方法。
【請求項27】
前記ダイヤモンド層(24)が設けられる前に、中間層(34)が前記基材(22)に設けられ、
前記中間層(34)が設けられる前に、前記基材(22)は、イオンが前記HIPIMSにしたがって操作される少なくとも一つのマグネトロンカソードにより生成される、イオンエッチングにより前処理される、
ことを特徴とする請求項
23ないし26いずれか一つに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーティングされたボデー(被覆体)及びボデーをコーティングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特性を改善するために、ボデー又はボデーの一部に表面コーティングを設けることが知られている。特に、摩耗に晒される工具及び部品のために、機能表面にコーティングを設けることが知られている。
【0003】
摩耗に対する保護は、例えば、機能表面に適用されたボデーによって達成することができる。多結晶ダイヤモンド(PCD)で形成された焼結体(焼結ボデー)の使用が知られている。例えば、USP5,833,021では、PCD要素が円筒状の硬質金属ボデーの切削面上に焼結されたアースオーガーのための切削要素が開示されている。寿命を延ばすために、硬質材料層がPCD表面にさらに設けられる。コーティング材料として提案される材料は、TiN,TiC,TiCN,TiAlCN,TiAlN,B4C,CrN,CrC,ZrC,又は、遷移金属又は、珪化物、アルミナイド、ホウ化物、炭化物、窒化物、酸化物、金属の炭窒化物を形成するために、シリコン、アルミニウム、ホウ素、炭素、窒素、又は酸素と結合されるIV族の金属の一つである。PCDの表面は、選択的エッチング又は、反応金属を用いた処理により、例えば、レーザースパッタリング、イオン衝撃、プラズマエッチングにより、前処理することができる。その層は、CVD,MOCVD,PVD,スパッタリングにより設けることができる。コーティングとPCD層の間において熱膨張係数に大きな差がある場合、熱膨張係数を徐々に変化させるために、中間層を設けることができる。
【0004】
DE102010006267A1には、PCDボデー、すなわち、金属バインダ材料を用いて焼結処理により製造され、合成的に形成されて非常に堅固に結合されたダイヤモンド結晶を備えた工具のための方法及び層システム(層系)が開示されている。PCDのベースボデーは、一般的に硬質金属基材に適用される。PCDの表面は、高エネルギー及びパルス金属イオンビームにより活性化され、又、金属イオンエッチングにより前処理される。反応的に作用する炭化物を形成する金属ベース層が、例えばCr,Tiを含んで設けられ、次に接着促進層、次に硬質材料カバー層、例えばTiAlNが設けられる。それぞれの遷移層が、個々の層の間に配置される。
【0005】
一方、CVD法は、薄いコーティングを形成するために知られており、これらは、化学気相成長を必要とし、固体が気相から基材の表面に堆積させられる。CVD法により、基材の表面に異なる層及び層システムを形成することができる。このような関係において、合成ダイヤモンド層は、炭素及び水素を含む雰囲気から堆積されて、特別な役割をなす。
【0006】
ダイヤモンドコーティングは、特に、摩耗に晒される部品や工具の機能表面に使用することでかなりの利点がある。それらは、化学的に実質上不活性であり、非常に高い硬度を有する。しかしながら、幾つかのケースでは、例えば、ダイヤモンドでコーティングされた機能表面を備える工具の場合、問題が存在する。高温において、層の酸化が生じ得る。例えば、鉄含有鋳造材料の機械加工の際に、化学的摩耗が起こり得る。
【0007】
他の種類のコーティングは、PVDコーティング法により形成され、複数の層がそれらの間に堆積される。種々のPVD処理、特に、電気アーク蒸着やスパッタリングが知られており、それを用いて、特に硬質材料層を基材上に堆積することができる。
【0008】
USP5,543,210には、硬質金属又はセラミック材料のボデー、さらにダイヤモンド層、及び、窒化クロム、炭化クロム、又はクロム炭窒化物から成る層を備えた切削工具が開示されている。ダイヤモンド層は、コーティングされたボデーと直接接触するか、又は、金属又は耐摩耗性材料の層によりボデーから離隔されることができる。ダイヤモンド層の厚さは、1~20μm、好ましくは4~15μmであり、クロムコーティング層の厚さは、0.1~5μmである。ダイヤモンド層の粒径(粒子サイズ)は、好ましくは3~10μmである。ダイヤモンド層は、既知のCVD又はPVDコーティング法を用いて形成することができる。クロムコーティング層は、既知のCVD又はPVD法、好ましくはイオンプレーティングにより設けることができる。
【0009】
JP2003-145309には、硬質金属からなるベースボデーを有する、ダイヤモンドでコーティングされた切削工具が開示されている。約20μmの厚さを有するダイヤモンド層が、マイクロ波CVD装置において設けられる。0.3μmの厚さのTiN層が、アークイオンプレーティングによって設けられ、約4μmの厚さのTiAlN層が、さらに設けられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】US5,833,021
【文献】DE102010006267A1
【文献】US5,543,210
【文献】特開2003-145309号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、特に摩耗に晒される工具及び部品のために有利な特性を有するコーティングされたボデー及びボデーをコーティングする方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この目的は、請求項1に係るコーティングされたボデーと、請求項24に係る方法により達成される。本発明の有利な実施形態は、従属請求項において示されている。
【0013】
本発明のコーティングされたボデーは、ボデーを形成する基材と、基材上に設けられた非導電性のダイヤモンド層と、ダイヤモンド層の外側ゾーンへの金属原子の注入又は拡散により形成されて炭素及び少なくとも一つの金属元素を含むと共に2~80nmの厚さを有する導電性の接着層と、接着層の外側に設けられて少なくとも一つの金属元素及び少なくとも一つの非金属元素を含む硬質材料層を備えている。
本発明のボデーをコーティングする方法によれば、非導電性のダイヤモンド層がCVD処理によりボデーを形成する基材上に設けられ、ダイヤモンド層の表面に金属イオンが注入及び/又は拡散されるようにHIPIMSの金属イオンエッチングにより前処理されて、ダイヤモンド層上に導電性の接着層が生成され、少なくとも一つの金属元素を含む硬質材料層がPVD法によって接着層の上に設けられる。
【0014】
コーティングされていないボデーを形成する基材は、好ましくは、工具、又は、摩耗に晒される部品、例えば軸受部品のベースボデーである。特に好ましくは、特に限定される切削部を備えた切削工具である。基材の材料は、例えば、鋼、HSS鋼、焼結硬質材料、焼結窒化ホウ素、焼結ダイヤモンド材料、サーメット、又はセラミックである。好ましくは、コバルト含有マトリックス材料に焼結炭化タングステン粒子を備えた硬質金属の基材が使用される。
【0015】
本発明のコーティングされたボデーは、さらに、ダイヤモンド層、すなわち、層体積の少なくとも75%がダイヤモンド結晶からなる、好ましくは90%、より好ましくは95%からなる層を有する。その層は、少なくとも、ボデーの表面の一部に、特に工具の機能表面に設けられる(適用される)。好ましくは、ダイヤモンド層は、少なくとも機能表面上において、連続的であるか又は取り囲まれている。ダイヤモンド層は、例えば、上記の基材材料に直接配置されることができ、あるいは、一つ以上の中間層が基材材料とダイヤモンド層の間に配置されることができる。特に、鋼により形成された基材の場合、中間層は好ましい。硬質金属基材の場合、例えば、層接着に好ましくない基材の成分である例えばコバルトを、例えば化学的前処理を使用して全体的に又は部分的に取り除くことができる。中間層の場合、このような化学的前処理は省略することができる。
【0016】
ダイヤモンド層は、CVD処理で、特に好ましくはホットフィラメント処理で堆積させることができる。本発明に係るコーティングされたボデーの場合、ダイヤモンド層は、1~40μm、好ましくは2~20μmの厚さを有する。
【0017】
ダイヤモンド層の上には、すなわち、ダイヤモンド層よりさらにボデーの外側において、本発明にしたがって硬質材料層が配置される。“硬質材料層”という言葉は、特に高い硬度の材料、例えば、Al,Siを含む群(グループ)から選択される金属及びIUPAC(2013)による周期表の4~6族(グループ)の金属のホウ化物、炭化物、窒化物から成る層を意味すると理解される。硬質材料は、非ドープ又は金属ドープされたDLC、アルミナ、立方晶窒化ホウ素(cBN)、及び炭化ホウ素(B4C)を含む。
【0018】
硬質材料層とダイヤモンド層の間には、一つ又はそれ以上の層を設けることができる。特に、本発明に係るコーティングされたボデーの場合、ダイヤモンド層に対する硬質材料層の接着を向上させるために、2~80nmの厚さを有する接着層が設けられる。
【0019】
本発明によれば、硬質材料層は、少なくとも一つの金属元素と、少なくとも一つの非金属元素を含む。特に、それは、一つ以上の金属元素と、一つ以上の非金属元素により構成され得る。この場合、好まれるのは組成物であり、それにおいては、一つの金属元素又は複数の金属元素が、Al,Siを含む群、及びIUPAC(1988)による周期表の4~6族の元素から選択される。金属元素として特に好ましいものは、Tiである。非金属元素は、例えば、B,C,N,及びOを含む群から、好ましくはC及びNを含む群から選択することができ、特に好ましくは、Nが、ただ一つの非金属元素として設けられる。
【0020】
硬質材料層は、一つの層として又は複数の副層(サブレーヤ)として形成されることができ、互いに重ねて配置された異なる複数の副層は、組成及び/又は構造において互いに異なることができる。
【0021】
以下の説明において、層の組成は、化学化合物(合成物)又は相としてか、又は、材料系として、直接的に呼ばれる。ここで、材料系は、その中に含まれる原子を列挙して明示され、連続する元素の対がハイフンで区切られ、最初に金属元素が、次に非金属元素が示される。この場合、好ましくは、金属元素及び非金属元素は、それらの割合(原子パーセント)に対応する順序で連続的に現される。材料系の明示は、化学化合物に対応することができるが、この規則は全てのケースにおいて固守されない。例えば、材料系Ti-Cは、硬質材料化合物TiCを含むか又は完全にそれから成り、一方、材料系Ti-Bは、硬質材料化合物TiB2を含むか又はそれから成り、材料系Cr-Cは、例えば、硬質材料化合物Cr23C6,Cr7C3、及び好ましくはCr3C2の混合物であることができる。
【0022】
全体の硬質材料層又は複数の層の少なくとも1つの副層は、好ましくは、Ti-Al-N,Ti-N,Ti-C-N,Ti-Al-C-N,Ti-Al-Si-N,Ti-Si-N,Al-Cr-N,Al-Cr-Si-N,Ti-Ta-N,Ti-Bを含む群から選択される材料系から成ることができる。また、硬質材料層の一つ以上の副層は、金属ドープが無いか又は好ましくは金属ドープされたDLCから成ることができる。硬質材料層は、好ましくは、それぞれの材料系中に、例えば、金属窒化物又は金属炭化物中に形成された硬質材料化合物を高い割合で含む。
【0023】
個々の副層の厚さは、例えば、ナノメートル範囲内であり、好ましくは0.5~30nm、より好ましくは0.5~15nm、特に好ましくは0.5~5nmである。一つの実施形態において、硬質材料層は、ナノ多層構造を有し、すなわち、それは、完全に上記の範囲の厚さを有する個々の副層から成る。他の実施形態においては、全ての又は個々の副層の厚さは、マイクロメートルの範囲内であってもよい。したがって、例えば、Ti-Al-Nの1~2μmの厚さの層は、1~2μmの厚さのTi-Si-Nの被覆層により、酸化から十分保護され得る。
【0024】
PVD処理における硬質材料層の好ましい生成において、層は、CVD処理により生成される層とは異なって、圧縮応力を有し、ハロゲンによる汚染はない、結果となる。特に好ましくは、スパッタリング処理で生成された硬質材料層であり、これは、電気アーク蒸着により生成された層とは対照的に、飛沫がない。
【0025】
硬質材料層の全体の厚さは、好ましくは、マイクロメートルの範囲である。好ましくは、硬質材料層の厚さは、ダイヤモンド層の厚さよりも小さく、例えば、少なくとも20%小さく、好ましくは少なくとも40%小さく、特に好ましくは少なくとも60%小さい。硬質材料層の全体の厚さは、好ましくは1~12μm、より好ましくは2~6μmとすることができる。
【0026】
ダイヤモンド層の上に硬質材料層を備えた本発明の層構造は、特に工具としての使用の際に、実質的な利点をもたらすことができる。例えば、Ti-Al-N,Ti-Al-Cr-N,Cr-N,及びAl2O3のような耐酸化硬質材料層は、ダイヤモンド層と酸素の接触を低減又は防止することができ、例えば、コーティングされたボデーが工具として使用されるとき、高温においてさえもダイヤモンド層の酸化は低減され又は完全に防止される。また、硬質材料層又はその一つ以上の副層をSiでドープすることで、耐酸化性を向上させることができる。このような層の例としては、Ti-Si-N,Ti-Al-Si-N,Cr-Al-Si-N、又は、例えば、Ti-Al-N及びTi-Si-Nから成る副層を交互配置にする多層構造である。同様の利点が、Fe,Co,及び/又はNiを含む材料、特に鋼や鉄含有鋳造材料を加工するために、本発明に係る構造を備えた工具を使用する際に生じる。ダイヤモンド層の上に本発明により設けられた硬質材料層は、特に、硬質材料層が、窒化物、炭化物、又は炭窒化物の形態、例えばTi-Al-N又はAl-Ti-Cr-Nのようなものであるならば、ダイヤモンド層を化学的摩耗から少なくとも部分的に保護することができる。
【0027】
一般的に、ダイヤモンド層及びその外側に配置された硬質材料の層構造は、非常に高い硬度と高弾性率を有するダイヤモンド層が、その上に設けられる硬質材料層にとって非常に安定した硬い構造を形成するため、有利である。この配置が、“卵殻効果”、すなわち、重い機械的負荷の下でのPVD層の破壊(breakthrough)を妨げるように機能することができる。
【0028】
また、例えば、ダイヤモンド層の形態における基礎構造(土台)は、例えばコーティングされたボデーが切削工具として使用されるとき、PVD層及び基材の熱負荷を減少させることが可能である。結果として、PVD層の寿命を増加させることができ、基材の塑性変形及び切削刃の変位を減少又は回避することができる。熱応力の低減は、ダイヤモンド層の良好な熱伝導率により達成することができる。これは、2100W/Kmの天然ダイヤモンドの極めて高い熱伝導率までの値に達することができる。
以下により詳細に説明するように、ダイヤモンド層の層構造に応じて、その層構造は、異なる構造のダイヤモンドの複数の副層で構成することができ、又、それは熱伝導率の低い値をもたらすこともできる。熱伝導率の低減は、個々のダイヤモンド結晶の粒界に起因する。特に、ナノ結晶ダイヤモンド層又は副層の場合、多数の粒界が低い熱伝導率をもたらし、しかしながら、硬質材料層において熱的条件に有利な影響を有する。好ましくは、120W/Kmを超える平均熱伝導率が、ダイヤモンド層において達成され、好ましくは200W/Kmより高く、特に好ましくは500W/Kmより高い。熱伝導率は、かなり温度に依存することが認められ、与えられた値は、室温における熱伝導率として理解されるべきである。
【0029】
本発明に係る層構造は、粗さの点で特に有利である。多くの場合、ダイヤモンド層の表面の粗さは避けることができない。何故ならば、基材とダイヤモンド層の間の界面領域において一定の粗さが必要とされ、それが噛み合い(インターロッキング)をもたらし又より良好な接着を可能にするためである。しかしながら、ダイヤモンド層の外側表面の過度な粗さは、摩擦の増加、機械加工されるワークにおける不良な表面品質を導き得る。硬質材料層がダイヤモンド層の粗さを補償するならば、硬質材料層は、その生成後直ちに又は少なくとも使用の際に、その粗さを減少させる助けになる。使用に際して、ダイヤモンドよりも小さい硬さの硬質材料層は、ダイヤモンド層の粗さピークにおいてより速く摩損し一方で粗さの谷を持続する傾向にある、ことが有利である。したがって、硬質材料層は、ダイヤモンド層の表面の平坦化を引き起こすことができる。
【0030】
減少した表面粗さは、工具の機能面について特に重要である。ドリル、ミーリングカッター等の工具を用いた材料の機械加工において、平滑な表面により、発生するノイズが大幅に低減される。例えば、粗いダイヤモンドでコーティングされた切削刃をもつドリルを用いて繊維複合材料を機械加工する際に、大きなキーキー音のようなノイズが生じ得る。外側に硬質材料層を有する本発明に係るドリルを用いる場合、発生するそのノイズをかなり低減することができる。
【0031】
ダイヤモンド層で在り得る粗さを平滑化するために、平均粗さ(mean roughness depth)Rzとして計量されたダイヤモンド層の粗さに基づいて、硬質材料層の厚さを選択することが好まれ得る。例えば、硬質材料層の厚さは、ダイヤモンド層の粗さRzの半分とダイヤモンド層の粗さRzの二倍の間で選択され得る。
【0032】
作製されたボデーの外側方面の特性は、実際には比較的に軟質の硬質材料層、例えば、金属ドープされたDLCのような金属から成る硬質材料層、又は、滑り特性を向上させることができ又潤滑層の貯留部として機能する粗さの谷を埋めることができるMoS2のような潤滑層により、向上させることができる。関係する工具は、ドライ加工のために特に有利である。前述の潤滑層の熱安定性が十分でない場合には、Ti-C-N又はTi-Al-C-Nのような層材料がより適している。
【0033】
異なる層の組合せにおけるさらなる利点は、異なる層応力により達成され得る。一般的に、工具基材の上にCVDにより生成されたダイヤモンド層は、ダイヤモンド材料と基材材料の異なる熱膨張係数に主として起因する圧縮応力を有する。PVD法、特にスパッタリング法により生成された硬質材料層も、コーティングを行なう際のイオン衝撃に起因する圧縮応力を有する。コーティング温度、互いに調和された材料及び厚さを適切に選択することで、硬質材料層によって、ダイヤモンド層に生じる応力を低減することができる、アレンジメント(配置)を達成することができる。
【0034】
二つの非常に異なる層から成る本発明に係る層システムは、摩耗検出のために有利に利用することができる。特に、明るく色が強烈な硬質材料層、例えば、Ti-N又はCr-Nが、工具として使用される際に、殆ど薄黒く又摩耗の場合に部分的に黒鉛化されたダイヤモンド材料から明確に浮かび上がることができ、それにより、その摩耗がたやすく認識できるものとなる。
【0035】
本発明にしたがって設計された工具は、特に、切削及び機械加工のために使用することができる。特別な利点は、例えば、複合材、好ましくは繊維強化複合材料の機械加工の際に生じ、そこでは、Ti-Si-N,Ti-Bから成る層及びTi-Al-N及びTi-Si-Nから成る複数の副層から成る層が有利である。また、切削、好ましくはアルミニウム-シリコン合金の機械加工のために、本発明に係る構造を有する工具は、それらが層としてTi-Bを含む場合に特に有利であることが見い出された。さらなる適用は、例えば、鋼又は鉄含有鋳造合金を機械加工するための切削工具、又は、ドライ機械加工のための切削工具である。
【0036】
本発明のさらなる進展によれば、ダイヤモンド層は、少なくとも主として、すなわち、層体積の50パーセントを超える程度まで、好ましくは層体積の80%を超える程度まで、100nmより小さい粒径(粒子サイズ)を有するナノ結晶ダイヤモンドから成る、少なくとも一つの副層を有することができる。例えば、ダイヤモンド層は、完全にナノ結晶ダイヤモンドの一つの層か成ることができ、又は、ダイヤモンドの幾つかの副層を設けることができ、そこで、複数の副層の材料は、例えば、粒径及び/又は層体積に対するダイヤモンド結晶の体積分率に関して異なる。
【0037】
100nm未満、好ましくは50nm未満、特に好ましくは10nm未満の粒径を有するナノ結晶ダイヤモンドは、非常に平滑な層を形成することができる。CVD処理において異なる操作状態の間で切り換えることにより、ナノ結晶ダイヤモンド層を生成する方法が、例えば、WO2004/083484A1に記載されている。生成方法及び得られた層に関する当該公報の内容は、参照することにより明快にここに受け入れられる。
【0038】
また、ダイヤモンド層は、少なくとも主として100nmを超える粒径を有するダイヤモンドから成る少なくとも一つの副層を含むことができる。簡単化のために、そのようなダイヤモンド層又は多層ダイヤモンド層内のそのような副層は、ここではマイクロ結晶(微結晶)ダイヤモンドとして呼ばれる。これは、ナノ結晶ダイヤモンドと区別されるものである。好ましくは、このようなマイクロ結晶ダイヤモンドから成るダイヤモンド層又はダイヤモンド副層は、500nmよりも大きい粒径、より好ましくは1μm以上の粒径を有する。
【0039】
特に好まれるのは、多層ダイヤモンド層、特に、主としてナノ結晶ダイヤモンドから成る少なくとも一つの副層及び主としてマイクロ結晶ダイヤモンドから成る少なくとも一つの副層から成るような層である。この場合、二つの副層は、ダイヤモンド結晶の粒径及び体積分率において異なっている。特にナノ結晶ダイヤモンドの小さい粒径の場合、体積分率に対する粒界の割合は、より高くなる。したがって、完全にナノ結晶ダイヤモンドから成る層は、sp3結合ではない高い割合の炭素を含む。また、ナノ結晶層は、低い粗さを有し、他方、マイクロ結晶層は良好な熱伝導性を有する。ナノ結晶構造の層及びマイクロ結晶構造の層を有する多層の層(多層膜)は、亀裂伝播を低くする。
【0040】
例えば、2~12の副層を有する多層のダイヤモンド層が好ましい。
【0041】
複数の副層がダイヤモンドの粒径及び含有量などの種々のパラメータにおいて互いに異なるもので形成された多層のダイヤモンド層は、出願人によるWO00/60137に開示されている。そこに開示されたその生成方法及びそれにより得られる層構造は、参照することにより明快にここに受け入れられる。
【0042】
多層のダイヤモンド層において、副層、好ましくは、ダイヤモンド層におけるそれぞれの個々の副層が、例えば1~5μmの厚さを有することができる。各々の副層が0.25~2.5μmの範囲内の厚さを有する多層構造が好ましい。特に好ましくは、0.5~1.5μmの範囲内の非常に薄い副層を有する構造である。
【0043】
非常に幅広い範囲の連続する複数の副層が、多層のダイヤモンド層内に形成されることができる。好まれる構造では、二つのタイプの副層が連続して交互に配置され、例えば、主としてナノ結晶ダイヤモンドから成る第1タイプの副層Aと、主としてマイクロ結晶ダイヤモンドから成る第2タイプの副層Bとが、ABAB...の形態の交互構造で連続して配置される。
【0044】
異なる副層を備えたダイヤモンド層の層構造において、好ましくは、ダイヤモンド層の最も外側の副層は、主としてナノ結晶ダイヤモンドから成る。このアレンジメント(配置)では、特に平滑な層表面が達成される。同時に、好ましくは、基材又は中間層と接触しているダイヤモンド層の最も内側の副層は、少なくとも主としてマイクロ結晶ダイヤモンドから成る。ダイヤモンド層のマイクロ結晶副層は、より良好な接着性を有することが見い出された。特に、ダイヤモンド層の最も内側の副層は、3μm未満の、特に好ましくはさらに小さい、例えば、2μm未満の、さらには1.2μm未満の厚さを有することが好ましい。
【0045】
好ましい実施形態では、ダイヤモンド層は、電気的に非導電性である。これは、非ドープダイヤモンド層での、又は、例えば、0.05at‐%(原子パーセント)未満のボロンを用いた非常に低いドープでの場合である。
【0046】
硬質材料層は、好ましくはPVD法により、特に好ましくはマグネトロンスパッタリングにより、ダイヤモンド層上に直接堆積させられることができる。
【0047】
本発明のコーティングされたボデーに設けられた接着層に加えて、ダイヤモンド層と硬質材料層の間には遷移層を設けることができる。接着層又は遷移層は、ダイヤモンド層及び/又は硬質材料層と直接接触していることができるが、それらの構造及び/又は組成においては、硬質材料層及び/又はダイヤモンド層と異なる。特に、接着層は、遷移層及び/又は硬質材料層よりも小さい割合の硬質材料化合物を有することができる。
【0048】
炭素及び少なくとも一つの金属元素を含む接着層は、本発明のコーティングされたボデーにおいて、ダイヤモンド層と硬質材料層の間に設けられる。特に、接着層は、ダイヤモンド層に直接隣接することができる。特にTi及びCrを含む群から選択された、一つ又はそれ以上の金属元素が、接着層に設けられることができる。接着層の少なくとも一つの金属元素は、好ましくは、硬質材料層又は遷移層の元素とすることができる。
【0049】
本発明の方法によれば、接着層は、ダイヤモンド層の外側ゾーンにおける金属原子の注入によって形成される。本発明の方法によれば、これは、HIPIMSエッチング法により成し遂げられ、金属イオンがダイヤモンド層の表面に注入される。
【0050】
接着層は、例えば、少なくとも元素Ti及びCを有することができる。特に好ましくは、接着層は、Ti,Cr又は両方の元素を含み、ダイヤモンド層上に直接形成される。好ましくは、接着層は、主としてTi及びCを有し、すなわち、50at‐%を超える量、好ましくは90at‐%を超える量を有し、特に好ましくは、接着層は、Ti及びCから成る。また、接着層は、硬質材料化合物TiCを含むことが好ましい。
【0051】
本発明のコーティングされたボデーにおいて、接着層は、2~80nm、好ましくは5~40nmの厚さを有する。好ましくは、接着層における少なくとも一つの金属元素、好ましくは全ての金属元素の濃度が、基材からの距離と共に増加する勾配を有し、したがって、金属含有量が外側に進むにつれて増加する。例えば、接着層は、Ti及び/又はCrの濃度が基材からの距離と共に増加する勾配を有することが好ましく、それにより、ダイヤモンド層と直接接触するTi及び/又はCrの濃度は比較的低いが、好ましくは連続的に増加する。これにより、ダイヤモンド層と硬質材料層又は遷移層の間における良好な遷移が、特に構成成分としてTi及び/又はCrを有する硬質材料層又は遷移層の場合に、設けられる。
【0052】
接着層によって、ダイヤモンド層における良好な固定(投錨)を達成することができる。これは、硬質材料層又は遷移層への遷移のために有益である。さらに、ダイヤモンド層は、金属元素の混入により導電性を有し、それでその後のスパッタリング法が容易に使用され得る。接着層の外側は、好ましくは、硬質材料化合物、例えば、TiC又はCr3C2により主として形成される。
【0053】
ダイヤモンド層と硬質材料層の間又は接着層と硬質材料層の間の遷移層は、例えば、少なくとも一つの金属元素と一つの非金属元素を含むことができる。遷移層は、好ましくは、硬質材料層と組成が異なる。
【0054】
遷移層は、例えば、少なくとも一つの、好ましくは複数の元素、Si,V,W,Ti,Cr,C又はNを含むことができる。好ましくは、それは、非金属元素としてC及び/又はN、及び金属元素としてTi及び/又はCrを含む。特に好ましくは、金属元素の一つとして又は単一の金属元素としてTiを含む遷移層が好ましい。
【0055】
例えば、遷移層は、Ti-N,Ti-C,Ti-C-N,Cr-C,Cr-C-N,又はCr-Nを含むことができ、又は、殆ど又は全てがそのものから成ることができる。Ti-Cは、特に好ましい。これらの材料系は、ダイヤモンド層又は接着層から硬質材料層への良好な遷移を成し遂げるために特に適していることが見い出された。遷移層は、好ましくは、主として硬質材料化合物から成り、好ましくは70vol‐%(体積パーセント)以上の程度、特に好ましくは90vol‐%以上の程度で構成される。好ましくは、遷移層における硬質材料化合物の割合は、接着層におけるよりも高い。
【0056】
遷移層は、例えば、0.1~2μm、好ましくは0.5~1.5μmの厚さを有する。
【0057】
好ましい実施形態では、遷移層又は接着層の厚さ、又は、接着及び遷移層の厚さの合計は、ダイヤモンド層の粗さに応じて選択され得る。好ましくは、この厚さは、ダイヤモンド層の表面粗さRzの値よりも小さくすることができる。したがって、層における剪断面が、例えば機械加工のために工具として使用する際に、特に回避され得る。
【0058】
遷移層の構造及び組成は、厚さを通して一定で均質とすることができる。しかしながら、組成は厚さを通して変化することが好ましい。好ましくは、遷移層における非金属元素の濃度は変えることができる。これにより、炭素の濃度はダイヤモンド層により近くてより高く、一方、非金属の濃度は硬質材料層により近くてより高い、ことが好ましい。さらに、遷移層における非金属元素の濃度は、例えば、段階的な(graduated)TiCNの副層がTiCの副層とTiNの副層の間に配置されるという点で、厚さの一部に亘って又は遷移層の全体の層厚さに亘って連続的に変わるように、変化させることができる。
【0059】
遷移層は、炭素、窒素、及び少なくとも一つの金属元素を含む少なくとも一つの副層を有することができる。特に、遷移層は、炭素、窒素、及び一つ以上の金属元素を備えた第1副層と、基材からさらに遠ざけられた金属元素の窒化物から成る第2副層を含むことができる。遷移層は、これにより、唯一の金属元素としてTi(例えば、Ti-C,好ましくはTi-C-N又はTi-N)を有する、又は、唯一の金属元素としてCr(例えば、炭化クロム、特にCr2C3,Cr-C-N,又はCr-N)を有する、又は、金属元素としてTi及びCrの両方を有する、ことが好ましい。
【0060】
好ましくは、接着層は、例えば、外側領域においてダイヤモンド層内に注入及び又は拡散された硬質材料層又は遷移層の一つ以上の金属元素の原子、例えば、Cr,Al,及びTiの元素の少なくとも一つ、特に好ましくはTiの原子により形成され得る。原子の注入及び励起は、特に、十分なバイアス電圧を用いたイオン前処理で可能であり、それを通して、イオン化された原子が基材としてのダイヤモンド層に向けて加速され、そこに注入及び/又は拡散される。注入及び/又は拡散は、ダイヤモンド層と硬質材料層の間又はダイヤモンド層と遷移層の間の界面領域として特に有利な接着層をもたらす。その方法に関しては、硬質材料層又は遷移層を設ける前にHIPIMS金属イオンエッチングによって、ダイヤモンド層の表面を前もって処理することが好ましい。これにより、良好な機械的特性及び良好な接着性を備えた、特に緻密な層結合が達成される。HIPIMS金属イオンエッチングは、接着層の形成が可能となるように、特に、表面に近いダイヤモンド層の領域におけるイオンの有利な注入、拡散、及び活性化を可能にする。金属イオンエチングのために、一つ以上のマグネトロンカソードが、HIPIMSの電極として作動させられ得る。HIPIMS(高出力インパルスマグネトロンスパッタリング)、又HPPMS(高出力パルスマグネトロンスパッタリング)は、非常に短く、非常に高エネルギーのパルスで、少なくとも一つのマグネトロンカソードの動作を提供し、それで、高い電離密度(イオン密度)が達成される。0.1未満のパルス持続時間とパルス休止時間との低い比率、すなわち、パルス休止時間がパルス持続時間の10倍以上の比率が、HIPIMS動作の特徴である。HIPIMSによるマグネトロンカソードの動作のための装置及び方法は、例えば、出願人によるWO2009/132822A2に開示されている。動作モード、電極の構成、ここで述べられた定義、特にHIPIMS又はHPPMSに関して、動作は、この動作モードにおけるイオンエッチング及びイオン注入に関する情報と同様に、明快にここに受け入れられる。
【0061】
ダイヤモンド層へのイオンの注入及び/又は拡散、及び/又はダイヤモンド層の原子化(atomizing)により、金属炭化物を形成することができる。例えば、Tiイオンを用いて、チタンが炭化チタン(TiC)に反応し、段階的な接着層が生じる。
【0062】
帯電又はアーク放電が非導電性のダイヤモンド層上で生じないように、バイアス電圧の注意深い選択が、マグネトロンスパッタリングによるコーティングの場合と同様に、イオンエッチングの場合においても有効である。一方、導電層の場合において、例えば1000Vのバイアス電圧が選択されることができ、非導電性のダイヤモンド層の場合において、例えば、200~400V、好ましくは250~350Vの低いバイアス電圧が、少なくとも処理の始めにおいて推奨される。上述のバイアス電圧は、基材に負極を有するものと理解されるべきである。導電性の接着層が形成された後に、マグネトロンスパッタリングは、導電性の基材と同様に継続され得る。例えばホウ素を用いたダイヤモンド層のドープは、それで電導性が達成され得るものであり、それ故に必要ではない。したがって、ホウ素によるコーティング装置の汚染(コンタミネーション)及びダイヤモンド層でのホウ素の影響は避けられる。
【0063】
一実施形態において、炭化物層、例えばTiC層は、炭素含有反応性ガスを加えることにより、遷移層の第1副層としてダイヤモンド層上に反応的に生成することができる。そして、窒素含有反応性ガスに変えることにより、窒化物層、例えばTiN層が、遷移層の第2副層として堆積されることができる。ここでは、炭窒化物中間層を介して炭化物副層から窒化物副層までの、例えば、Ti-C-Nの中間副層を介してTi-CからTi-Nまでの、段階的な遷移(移行)が好ましい。上述の硬質材料層のほぼ全て、特にTi-Al-Nのような窒化物層は、最外の窒化物副層、特にTi-Nを備えるように形成された遷移層に設けられることができる。
【0064】
Tiの使用に替えて、Crを使用することができる。そして、Tiの一例としてまさに上述したように、例えば、最初にCrイオンが、ダイヤモンド層に注入及び/又は拡散されることができる。これは、例えば、Cr含有硬質材料層の場合に有効である。
また、TiとCrの組合せも可能である。Ti,W,Taのような金属は、個々に又は
組み合わせて使用することができる。
【0065】
特に好ましくは、硬質材料層は、マグネトロンスパッタリングを用いて設けられることができ、そこでは、好ましくは、少なくとも一つのマグネトロンカソードが、HIPIMS法にしたがって操作される。この場合、硬質材料層は、もっぱら一つ以上のHIPIMSのカソードを用いて、又は、HIPIMSのカソードが他のカソード、例えば硬質材料層を設けるべくDC操作でのUBMのカソードと一緒に用いられて、生成されることができる。
【0066】
また、HIPIMS法は、基材とダイヤモンド層の間に中間層を生成するために使用することができる。ここで、中間層は、HIPIMSコーティングによって及び/又は少なくとも一つのHIPIMSカソードとさらなるカソードを同時に作動させることによって、完全に生成されることができる。代替的に又は追加的に、基材は、イオンエッチングによって、中間層が設けられる前に前処理されることができ、そこでは、イオンが、HIPIMS法にしたがって操作される少なくとも一つのマグネトロンカソードにより生成される。
【0067】
HIPIMS金属イオンエッチングによるダイヤモンド層の前処理とその後に続く硬質材料層の生成又は先の中間層の生成との両方は、好ましくは、特に、従来的に個別に選択的に操作され得る複数の不均衡マグネトロンを備えた、マルチカソードマグネトロンスパッタリング装置において、又は、HIPIMSによって、成し遂げられることができる。したがって、HIPIMS金属イオンエッチングによる接着層の本発明による生成は、少なくとも一つのマグネトロンカソードがHIPIMS動作モードにおいて操作されるという点において成し遂げられることができる。そのため、層の成長は殆どないか又は僅かに起こり得ることであり、接着層の生成は、ダイヤモンド層の最上のゾーンを変質(変態)させることにより成し遂げられる。前処理は、ダイヤモンド表面の活性化、金属原子の注入又は拡散、及び金属炭化物の形成を導く。この場合、ダイヤモンド層それ自身は、小さい割合に原子化(atomized)されることができる。他方において、CH4又はC2H2のような炭素含有ガスが、付加的に供給されることができる。
【0068】
また、少なくとも一つのマグネトロンカソードが、硬質材料層又は中間層を続けて生成する場合に、HIPIMS操作モードにおいて操作されることができる。金属イオンエッチングによる前処理とは対照的に、より高い層の割合がこの場合では求められる。このため、アルゴン又はクリプトンのような不活性ガスが、好ましくは、反応性ガスに加えて導入される。
【0069】
マルチカソードマグネトロンスパッタリング装置において、個々のカソードは、HIPIMS動作モードにおいて、部分的に従来的に及び部分的に、混交する動作において、操作されることができる。
【0070】
アークイオンプレーティング(AIP)のようなアークベースのPVD法と比較して、スパッタリング法の場合は、層内において飛沫(小滴)が生じない。しかしながら、層内へのスパッタリングガスの僅かな混入が生じる。層内における不活性ガスの割合は、例えば、一般的に0.1~0.5原子パーセントの間となり得る。
【0071】
HIPIMS法により生成された硬質材料層内の不活性ガスの割合の低減は、例えば、HIPIMSカソードの数又は出力を増加させることにより達成され得る。好ましくは、コーティングの間、一定でないバイアス電圧が基材に適用されるよりもむしろ、HIPIMSパルスと同期するバイアスパルスを好ましくは有するパルスにされたバイアス電圧が適用されることで、低減が達成され得る。このような同期するバイアスパルスを備えたHIPIMS法は、WO2014/154894A1に開示されており、それは、ここで明快に参照される。層内における不活性ガスの割合は、特に、HIPIMSパルスに同期するが一時的にオフセット(相殺)するバイアスパルスで、HIPIMSパルスの間において金属イオン密度が特に高くなる時に適用されるバイアス電圧によって、例えば、0.01~0.1原子パーセントまで低減することができる。硬質材料層は、この方法では、例えば、生成のタイプに依存して、0.01~0.5原子パーセントの不活性ガスの割合を有することができる。
【0072】
HIPIMSのパラメータの典型的な値は、例えば、平均出力がターゲット表面に関して2.27~22.7W/cm2であり、これは、例えば440cm2の表面をもつ各々のターゲットのために1000~10,000Wの出力を意味する。HIPIMS法で好ましく使用されるパルス持続時間は、例えば、10~200μsである。HIPIMSパルスは、好ましくは、例えば100~10,000Hzの周波数で生成され得る。コーティングチャンバにおいて好まれる圧力の値は、例えば、100~1000mPaである。
【0073】
同期バイアスパルスを使用する好ましい場合において、1000Hz以上のHIPIMS周波数の場合に、同一周波数がバイアスパルスとして選択される。1000Hz以下で、一時的にオフセットして操作されるHIPIMSカソードの数がNの場合、N倍の周波数がバイアスパルスとして好ましい。より効果的に金属イオンを捕えるために、バイアスパルスのオフセットは、例えば、最大で200μsのパルス長さの場合に10~120μsとされ得る。バイアス電圧は、例えば、10~1200Vとすることができる。
【0074】
基材とダイヤモンド層の間の中間層としては、金属中間層が好ましい。これは、特に好ましくは、少なくとも、主として元素Cr,W及び/又はTiの原子から構成され得る。この実施例は、出願人によるWO2011/135100に開示されており、その事については、ここに明快に受け入れられる。
【0075】
本発明の実施形態は、図面を参照しつつ以下により詳細に記載される。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態に係るコーティングされた工具の側面図である。
【
図2】
図2は、第1実施形態に対応する層構造の概略断面図である。
【
図3】
図3は、第2実施形態に対応する層構造の概略断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0077】
図1は、シャンク12及び切削部14を備えた
工具10、ここではエンドミルカッター
を示す側面図である。切削部14は、主刃16と端刃18を含む。両者は、工具10の機能表面を形成する。
【0078】
例示的な実施形態では、工具10の基材としてのコーティングされていないボデーは、硬質材料、特に、コバルトを母体とする焼結炭化タングステン粒子から成る。少なくとも切削部14には、以下に説明する層構造を有するコーティングが設けられている。
【0079】
図2は、
コーティングされたボデーとしての第1実施形態に係る
工具10の層構造20の概略断面図である。硬質金属基材22は、その下側領域において、部分的に示されている。示された実施例では、ダイヤモンド層24が基材
22上に直接配置されている。硬質材料層26は、ダイヤモンド層24の上に形成されている。
【0080】
示された実施例において、ダイヤモンド層24は、マイクロ結晶ダイヤモンドの副層28とナノ結晶ダイヤモンドの副層30が交互に配置された複数の副層から成る。マイクロ結晶ダイヤモンドの副層28は、基材22上に直接配置され、ナノ結晶ダイヤモンドの副層30は、前記副層28の上方に配置され、同じように続いている。ダイヤモンド層24の最も外側の副層30は、ナノ結晶の副層である。
【0081】
硬質材料層26は、ダイヤモンド層24の上に配置され、両層の間には、接着層32と遷移層33が形成されている。
【0082】
示された実施例において、硬質材料層26は、Al-Ti-Cr-Nから成る単一層である。
【0083】
実施例において、接着層32は、Ti-C層の形態をなし、Ti原子がHIPIMSエッチングによりダイヤモンド層24の表面に注入及び/又は拡散されている。
【0084】
遷移層33は、反応的に堆積されたTiCの内側硬質材料副層と、反応的に堆積されたTiNの外側副層と、これらの間のTiCNの遷移ゾーンを有する(不図示)。
【0085】
図示された層構造20にしたがって切削部14上にコーティングを備えた工具10は、繊維強化複合材、アルミニウムーシリコン合金、鋼又は鉄を含む鋳造合金を機械加工するのに、特に適していることが見い出された。Al-Ti-Cr-Nの硬質材料層26は、ダイヤモンド層24に堅固に固定されている。硬質材料層26が存在することで、硬質のダイヤモンド層24は、機械加工される材料と直接接触するのを絶たれ、化学的摩耗が最小とされる。ダイヤモンド層24の残りの粗さは、硬質材料層26により平滑化される。上記材料の機械加工の際に、熱負荷は、ダイヤモンド層24の良好な熱伝導により制限される。
【0086】
工具10を製造するために、ダイヤモンド層24は、十分な前処理に続けて、例えばWO00/60137に記載されたように、ホットフィラメントCVD処理において、硬質金属基材22に設けられる。ナノ結晶副層30は、WO2004/083484A1に記載された方法を使用して生成され得る。
【0087】
ダイヤモンド層24上においては、接着層32が、ダイヤモンド層24の表面に形成される。これは、PVDシステム内において行われる。基材の加熱及び中間周波数領域のパルスを用いたArイオンでのイオンエッチングの後に、ダイヤモンド層24の表面は、先ず、HIPIMSにより、例えば、WO2009/132822A2に記載された装置において、生成されるTiイオンを用いたイオンエッチングにより処理される。この処理において、HIPIMSを介して操作されるマグネトロンカソードのTiターゲットから生成されるTiイオンは、約300Vのバイアス電圧により工具10に向けて加速され、そしてダイヤモンド層24の表面に導入される。
【0088】
約30分後に、約20nmの厚さのTi-Cの電導性の接着層が形成される。この形成は、高エネルギー及び高反応性のTiイオン又は原子の拡散により及び/又はTiイオンの注入により成し遂げられてもよい。その反応は、ダイヤモンド層24の材料のスパッタ及び励起された炭素原子によりさらに促進される。XPSを用いた分析によれば、Ti-C接着層が硬質材料化合物TiCを含むことが示された。この処理によって、ドープされていないダイヤモンド層の形態において予め非電導性であった表面は、導電性となり、又、さらなるスパッタリング処理を用いてより簡単に処理されることができる。
【0089】
プロセスガスとしてアルゴン、及び炭素含有反応ガス、例えばC2H2を加えることを通して、又、バイアス電圧を低減させることを通して、TiC層が最初に堆積されるという点において、遷移層33が形成される。
【0090】
続いて、炭素含有ガスの供給が連続的に減少され、一方で、窒素が反応性ガスとしてその量が増加するように供給される。これにより、外側のTiN副層が形成され、又、TiCNが遷移層33の内側と外側の副層の間に形成される。これにより、遷移層33内において、非金属元素N,Cの両方が厚さ方向において変化する濃度を有し、基材から上方に向かう方向において、炭素の含有量が基材から連続的に減少し、又、窒素の含有量が連続的に増加する。
【0091】
次に、Al-Ti-Cr-Nの硬質材料層26が、窒素の供給下で、反応性のマグネトロンスパッタリングによって、接着層32に設けられる。
【0092】
図3は、第2実施形態に係る層構造40を概略図である。第1実施形態に係る層構造20と同様に、これは、基材22上にダイヤモンド層24と、ダイヤモンド層24上に硬質材料層26を含む。
【0093】
第1実施形態とは対照的に、ダイヤモンド層24の構造は、単一の層である。接着層32(不図示)は、ダイヤモンド層24と硬質材料層26の間に配置されているが、遷移層33は設けられていない。
【0094】
第2実施形態に係る層構造40は、さらに、基材22の表面に形成されかつ基材22とダイヤモンド層24の間に配置された中間層34の存在により、第1実施形態に係る層構造20と異なる。中間層34は、主として、Crから成る金属中間層である。
【0095】
図3に示される層構造40の生成において、先ず、中間層34が、少なくとも一つのCrターゲットを備えたマグネトロンスパッタリング処理において生成される。そして、このように形成された中間層34は、層構造20のために記載されたように、先ずダイヤモンド層24が設けられ、続けて、接着層32及び硬質材料層26が設けられる。