(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-02
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】アクリル酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 51/09 20060101AFI20220203BHJP
C07C 69/54 20060101ALI20220203BHJP
C07C 67/00 20060101ALI20220203BHJP
C07C 57/055 20060101ALI20220203BHJP
【FI】
C07C51/09
C07C69/54 Z
C07C67/00
C07C57/055 B
(21)【出願番号】P 2020134807
(22)【出願日】2020-08-07
(62)【分割の表示】P 2018531171の分割
【原出願日】2016-12-21
【審査請求日】2020-08-26
(32)【優先日】2015-12-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】504421730
【氏名又は名称】ピュラック バイオケム ビー. ブイ.
(74)【代理人】
【識別番号】100085545
【氏名又は名称】松井 光夫
(74)【代理人】
【識別番号】100118599
【氏名又は名称】村上 博司
(72)【発明者】
【氏名】バスティアーン ジェイ. ブイ. フェルクイール
(72)【発明者】
【氏名】ジャン ファン クリーケン
(72)【発明者】
【氏名】フェデリック ジー. テラデ
(72)【発明者】
【氏名】エリザベス ボウマン
(72)【発明者】
【氏名】ジースベルト ジェリッツェン
(72)【発明者】
【氏名】ジョス ウィルティング
【審査官】中島 芳人
(56)【参考文献】
【文献】特許第6748719(JP,B2)
【文献】特表2010-510274(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0078004(US,A1)
【文献】米国特許第02527645(US,A)
【文献】米国特許第02013648(US,A)
【文献】国際公開第2015/016217(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/172540(WO,A1)
【文献】西独国特許第01191367(DE,B)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 51/
C07C 69/
C07C 67/
C07C 57/
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸オリゴマー又はポリマーからアクリル酸及び/又はアクリル酸と乳酸とのエステルを製造する方法であって、
a.乳酸オリゴマー又はポリマーを含む反応混合物を、アクリル酸及び/又はアクリル酸と乳酸とのエステルを生成する反応条件に付す工程であって、該反応混合物が、ブロミド源及び/又はクロリド源から選択されるハライド源、及び任意成分としての酸、を含み、該酸が存在する場合に、該酸は、pKa2.0以下の酸及び上記反応条件下で分解してpKa2.0以下の酸を生成する化合物からなる群から選択される、該反応混合物の水分含有量が1重量%未満である、上記工程と、
b.アクリル酸及び/又はアクリル酸と乳酸とのエステルを生成するのに十分な時間、該反応混合物を上記反応条件下に保つ工程と
を含み、
前記ハライド源が正に荷電したリン又は窒素原子と負に荷電した塩素又は臭素イオンとを含む有機ハライド塩を含む、前記方法。
【請求項2】
前記反応混合物が、pKa2.0以下の酸及び上記反応条件下で分解してpKa2.0以下の酸を生成する化合物からなる群から選択される酸を含まない、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記反応混合物が、pKa2.0以下の酸及び上記反応条件下で分解してpKa2.0以下の酸を生成する化合物からなる群から選択される酸を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
pKa1.0以下の酸が使用される、請求項1及び請求項3
に記載の方法。
【請求項5】
有機酸が使用される、請求項3
に記載の方法。
【請求項6】
前記反応条件下で分解してpKa1.5以下の酸を生成する化合物が使用され、該化合物が、2-ブロモプロピオン酸及び/又は3-ブロモプロピオン酸から選択される、請求項1及び請求項3~
4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記反応条件下で分解してpKa1.0以下の酸を生成する化合物が使用され、該化合物が、2-ブロモプロピオン酸及び/又は3-ブロモプロピオン酸から選択される、請求項1及び請求項3~
5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記反応混合物の水分含有量が0.1重量%未満である、請求項1~
7の
いずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記ハライド源と、ラクチドとして計算される乳酸オリゴマー又はポリマーとのモル比が10:1~0.5:1の範囲にある、請求項1~
8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記酸と、ラクチドとして計算される乳酸オリゴマー又はポリマーとのモル比が0.3:1~0.6:1の範囲にある、請求項1及び請求項3~
9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記酸と、ラクチドとして計算される乳酸オリゴマー又はポリマーとのモル比が0.1:1~0.5:1の範囲にある、請求項1及び請求項3~
10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記反応混合物が、溶媒をさらに含む、請求項1~
11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記反応混合物が、極性非プロトン溶媒をさらに含む、請求項1~
12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
反応温度が概して50℃以上である、請求項1~
13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
反応温度が概して100℃以上である、請求項1~
14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
反応温度が概して400℃以下である、請求項1~
15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
反応温度が概して300℃以下である、請求項1~
16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
反応温度が概して250℃以下である、請求項1~
17のいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
反応温度が概して125~225℃である、請求項1~
18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
アクリル酸の収率が最大となるように実施される、請求項1~
19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
アクリル酸と乳酸とのエステルの収率が最大となるように実施される、請求項1~
20のいずれか1項に記載の方法。
【請求項22】
反応中又は反応後に反応混合物からアクリル酸及び/又はアクリル酸と乳酸とのエステルが回収される、請求項1~
21のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
反応中に反応混合物からアクリル酸が蒸留される反応性蒸留プロセスの形態で実施される、請求項22に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アクリル酸及び関連製品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アクリル酸は多くの材料の出発材料である。例えば、アクリル酸を重合させるとポリアクリル酸が形成されるが、これは、おむつその他の衛生製品に使用されるだけでなく、洗剤、織物及びコーティングのような用途にも使用される。メチルアクリレートは、織物に使用するのに適したアクリル酸繊維に変換できる。アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチルその他のアクリル酸エステルなどのアクリル酸エステルは、コーティング、接着剤、インキなどに使用される。
【0003】
従来、アクリル酸は、エチレン及びガソリン生産の副生物であるプロペンから製造されてきた。環境上の理由から、再生可能な資源からアクリル酸を製造することが望まれている。さらに、最近のガソリン生産の発展に伴って、副生物としてのプロピレン生成量が減っており、近年プロピレン価格は上昇しつつある。
【0004】
これに関する一つの可能性は、乳酸の環状二量体であるラクチドである。乳酸は、再生可能な資源の発酵によって得ることができる。そこで、ラクチドはアクリル酸製造の魅力的な出発点である。ラクチドを出発物質として用いる一つの利点は、アクリル酸への変換が転位反応であり、水の除去を必要としないことである。
【0005】
米国特許第8207371号明細書には、触媒存在下での環状エステルの(メタ)アクリル酸への変換によって(メタ)アクリル酸を製造する方法が記載されており、触媒は、炭素原子数1~10のカルボン酸のアルカリ金属又はアルカリ土類金属塩、炭酸塩、水酸化物、酸化物、ハロゲン塩又は亜硫酸塩から選択される。この文献には、実施例が一つ含まれており、テトラメチルグリコリドをα-ヒドロキシ酪酸のカリウム塩の存在下でメタクリル酸に変換している。
【0006】
国際公開第2006/124899号には、ラクチドからアクリル酸への変換を生じさせる触媒にラクチドを接触させることによってアクリル酸を製造する可能性について記載されている。触媒は、次のような非常に一般的な用語で記載されている:「本方法に適した触媒は、酸性無機化合物及び酸性有機化合物のような酸性触媒を包含する。酸性触媒の例としては、鉱酸、アルミナ、チタニア、シリカ、ジルコニア、ケイ酸塩ゼオライト、アルミノシリケート、酸性ポリマー樹脂などが挙げられる。有用な鉱酸としては、硫酸又はリン酸のような酸が挙げられる。酸性樹脂触媒の例としては、NAFION(商標)樹脂(DuPont社(米国デラウェア州ウィルミントン)から市販)及び酸性DOWEX(商標)樹脂(Dow Chemical社(米国ミシガン州ミッドランド)から市販)のような市販の化合物が挙げられる。本方法に適した触媒には、塩基性無機化合物及び塩基性有機化合物のような塩基性触媒が包含される。塩基性触媒の例としては、金属水酸化物、金属酸化物、アミンなどが挙げられる。本方法に適した触媒には、金属リン酸塩、金属カルボン酸塩、硝酸塩、硫酸塩、モリブデン酸塩のような中性化合物も包含される。」。この文献には実施例が全く含まれていない。
【0007】
米国出願公開第2012/0078004号は、触媒存在下でラクチドを酢酸と反応させて2-アセトキシプロピオン酸を生成させ、次いで2-アセトキシプロピオン酸を熱分解工程に付してアクリル酸と酢酸とを生成させることによって、ラクチドをアクリル酸に変換することが記載されている。このエネルギー要求量の多い多段階プロセスはあまり魅力的ではない。
【発明の概要】
【0008】
当技術分野では、乳酸オリゴマー又はポリマーからアクリル酸を高収率で効率的に製造できる方法が必要とされている。本発明は、かかる方法を提供する。
【0009】
今回、本発明に係る方法によって、アクリル酸と乳酸とのエステルを効率的に得ることもできることが判明した。この化合物は、樹脂、コーティング、接着剤、インキなどに使用できる。
【0010】
従って、本発明は、乳酸オリゴマー又はポリマーからアクリル酸及び/又はアクリル酸と乳酸とのエステルを製造する方法であって、
・乳酸オリゴマー又はポリマーを含む反応混合物を、アクリル酸及び/又はアクリル酸と乳酸とのエステルを生成する反応条件に付す工程であって、該反応混合物が、ブロミド源及び/又はクロリド源から選択されるハライド源、及び任意成分としてpKa2.0以下の酸及び上記反応条件下で分解してpKa2.0以下の酸を生成する化合物からなる群から選択される酸を含み、該反応混合物の水分含有量が1重量%未満である、上記工程と、
・アクリル酸及び/又はアクリル酸と乳酸とのエステルを生成するのに十分な時間、該反応混合物を上記反応条件下に保つ工程と
を含む方法に関する。
【0011】
今回、ブロミド源及び/又はクロリド源を、任意には特定の酸と組合せて、使用すると、高い収率が得られるように作業でき、かつ比較的簡単に実施できる方法が得られることが判明した。本発明の方法の利点の一つは、比較的安価な均一触媒を用いて液相で実施できることである。本発明に係る方法のその他の利点及びその実施形態は、明細書の以下の記載から明らかになろう。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る方法は、pKa2.0以下の酸及び反応条件下で分解してpKa2.0以下の酸を生成する化合物からなる群から選択される酸を添加して実施してもよいし、或いは添加せずに実施してもよい。追加の酸を全く加えない場合、概して、アクリル酸の収率は低くなるが、異なる生成物分布が得られることが判明した。例えば副生物が減り、アクリル酸の純度が高まる。
【0013】
本発明の一実施形態では、本方法は、pKa2.0以下の酸及び反応条件下で分解してpKa2.0以下の酸を生成する化合物からなる群から選択される酸を添加せずに実施され、反応混合物の水分含有量は1重量%未満である。この実施形態では、3-ブロモプロピオン酸の量を、アクリル酸生成量の11%未満に保つことができることが判明した。2-ブロモプロピオン酸の量は、アクリル酸生成量の5%未満に保つことができた。
【0014】
好ましくは、かかる方法は、臭化マグネシウム及び/又は臭化アルミニウムをハライド源として用いて実施される。これらの触媒を使用すると、良好なアクリル酸収率を呈しながらも、2-ブロモプロピオン酸(2BrPA)及び3-ブロモプロピオン酸(3BrPA)の生成量が比較的少ないからである。臭化マグネシウム及び/又は臭化アルミニウムをハライド源として使用すると、30%超のアクリル酸収率を得ることができ、一方、2-ブロモプロピオン酸の量は、アクリル酸生成量の3%未満に保つことができ、3-ブロモプロピオン酸の量は、アクリル酸生成量の11%未満に保つことができた。
【0015】
pKa2.0以下の酸及び反応条件下で分解してpKa2.0以下の酸を生成する化合物からなる群から選択される酸を添加すると、アクリル酸の収率を高めることができる。
【0016】
本発明は、乳酸オリゴマー又はポリマーの変換に適している。好適な出発材料としては、乳酸の環状二量体であるラクチド、ラクチド以外の他の乳酸オリゴマー、及びポリ乳酸が挙げられる。本明細書において、ラクチドという用語は、乳酸の環状二量体をいい、他の乳酸オリゴマー(又はオリゴ乳酸)という用語は、ラクチド以外の乳酸オリゴマーであって数平均分子量がラクチドの数平均分子量以上で3000g/モル未満であるものをいい、ポリ乳酸(PLA)という用語は、3000g/モル以上の分子量を有する乳酸ポリマーをいう。PLAの分子量の上限としては、1000000g/モルの値を挙げることができる。
【0017】
ラクチド、ラクチド以外の乳酸オリゴマー及びPLAは市販されており、ここでこれ以上説明する必要はない。材料はバージン材料であってもよいし、廃棄材料であってもよい。特にPLAの場合、廃棄材料の使用は魅力的な選択肢となり得る。
【0018】
本発明に係る方法では、ブロミド源及び/又はクロリド源が使用される。ブロミド源又はクロリド源のいずれかを使用することもできるし、これら2種類の組合せを使用することもできる。無論、1種類のブロミド源又はクロリド源を使用することもできるが、様々なブロミド又はクロリド源の混合物を使用することもできる。以下、ブロミド源又はクロリド源をハライド源として示すこともある。
【0019】
一般に、ブロミド源は活性の観点から好ましいことがあり、クロリド源は入手性の観点から魅力的であることがある。
【0020】
本発明において、ハライド源は、有機ハライド源又は無機ハライド源であってもよい。
【0021】
無機ハライド源の例は、酸又は無機塩である。具体例として、KBr、NaBr、CuBr、FeBr2、FeBr3、NiBr2、LiBr、MgBr2、AlBr3、ZnBr2が挙げられる。
【0022】
有機ハライド源は、好ましくは有機ハライド塩、特に正に荷電したリン又は窒素原子と負に荷電した塩素又は臭素イオンとを含む塩である。
【0023】
好適なハライド塩の例は以下の通りである。
・式R1R2R3R4PXの有機ホスホニウムハライド塩(式中、XはCl又はBrであり、R1、R2、R3及びR4は、独立に、炭素原子数1~10のアルキル、アリール、アリールアルキル及びアルキルアリールから選択されるもの、特にフェニル又はアルキルである。)、例えば、テトラフェニルホスホニウムブロミド、テトラブチルホスホニウムブロミドなど。
・イミダゾリウムハライドであって、イミダゾリウム環の少なくとも1つの窒素原子、好ましくは両方の窒素原子が、独立に、炭素原子数1~10のアルキル、アリール、アリールアルキル及びアルキルアリールから選択される置換基R1及びR2、特にC1~C4アルキルで置換されているもの、例えば、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムブロミドなど。
・ピリジニウムハライド塩であって、ピリジニウム環の窒素原子が、炭素原子数1~10のアルキル、アリール、アリールアルキル及びアルキルアリールから選択される置換基R1、特にC1~C4アルキルで置換されているもの、例えば1-ブチルピリジニウムブロミド又は1-ブチルピリジニウムクロリドなど。
【0024】
上述の塩のピリジニウム環及びイミダゾリウム環は、任意には、炭素原子数1~10のアルキル、アリール、アリールアルキル又はアルキルアリールで置換されていてもよい。
【0025】
有機アンモニウムハライド塩、例えば、式R1R2R3R4NX(式中、XはCl又はBrであり、R1、R2、R3及びR4は、独立に、炭素原子数1~10のアルキル、アリール、アリールアルキル及びアルキルアリールから選択されるもの、特にフェニル又はアルキルである。)の化合物、例えばテトラブチルアンモニウムブロミドを使用することもできる。ピロリジニウムハライド塩の使用も想定され、同様に、テトラメチルアルソニウムブロミド又はテトラエチルアルソニウムブロミド或いは対応するクロリドなどのアルキルアルソニウムブロミド又はクロリドのような、その他のオニウムハライドの使用も想定される。
【0026】
様々な種類のハライド源の組合せも、無論、使用できる。
【0027】
本発明の一実施形態では、塩化物又は臭化物に加えてヨウ素化合物が使用される。
【0028】
上述の通り、本発明では、pKa2.0以下の酸及び反応条件下で分解してpKa2.0以下の酸を生成する化合物からなる群から選択される酸を使用し得る。
【0029】
酸を使用する場合、pKa1.5以下、特に1.0以下の酸を使用するのが好ましい。好適な酸は、有機酸及び無機酸を包含する。好適な無機酸としては、HBr、HCl、HNO3、H2SO4、H3PO3及びH3PO4が挙げられる。酸がHBr又はHClである場合、該化合物はブロミド源としても酸としても作用できる。無機酸での問題は、反応混合物の水分含有量を1重量%未満とすることである。これらの無機酸をこのような低い水分含有量で用意するのは難しいこともある。従って、pKaが2.0以下、特に1.5以下、さらに特には1.0以下の有機酸が好ましいと考えられる。かかる酸の例としては、メタンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸及びトリフルオロ酢酸が挙げられる。
【0030】
反応条件下で分解して酸を生成する化合物を使用する場合、得られる酸のpKaは1.5以下、特に1.0以下であるのが好ましい。この種の好適な化合物には、2-ブロモプロピオン酸及び3-ブロモプロピオン酸があるが、これらは反応条件下で分解してHBrとアクリル酸を生成する。
【0031】
本発明の方法における反応混合物は、水分含有量が1重量%未満である。これは、水の存在はラクチド又はPLA出発物質の加水分解をもたらし、プロセスの収率に悪影響を与えるからである。反応混合物の水分含有量が0.5重量%未満、特に0.1重量%未満であるのが好ましい。当業者には明らかであろうが、水分含有量は、出発成分中に存在する水分を制御するとともに、他の手段を介して系に入る水の量を制限することによって調節することができる。
【0032】
各種成分間の比は広い範囲で変更し得る。
【0033】
ラクチド(或いはラクチドとして表現される他の乳酸オリゴマー又はPLA)の量が1に設定される場合、ハライド源の量は10~0.1の間で変更し得る。換言すれば、ハライド源とラクチドとのモル比は、10:1~0.1:1の範囲とし得る。大量のハライド源を使用する場合、それは部分的には反応体として、部分的には溶媒として作用する。限られた量のハライド源しか使用しない場合、反応速度が極めて遅くなりかねない。そこで、ハライド源とラクチドとのモル比を10:1~0.5:1とするのが好ましいことがある。
【0034】
酸とラクチドとのモル比は、一般に0.01:1~1:1の範囲である。酸の量が少なすぎると、反応速度が低くなりすぎて魅力的な商業運転ができなくなってしまうことがある。酸の量を多くしても、反応速度はそれ以上向上しなくなり、低下してしまうことさえある。酸とラクチドとのモル比を0.1:1~0.5:1とするのが好ましいことがある。0.3:1~0.6:1のモル比で最適のアクリル酸収率を得ることができることが判明した。
【0035】
上記において、比はラクチドの量で表される。オリゴ乳酸又はポリ乳酸を出発物質として使用する場合、モル比はラクチド換算量として計算すべきである。これは、オリゴ乳酸又はPLAのモル数にオリゴ乳酸又はPLAの平均分子量を乗じ、その値をラクチドの分子量(144)で除すことによって行うことができる。
【0036】
反応混合物はさらに溶媒を含んでいてもよい。溶媒の利点は、固体出発乳酸オリゴマー又はポリマーを溶解させることによって反応速度を増加させることができることである。溶媒は、以下の要件を満足すべきである。すなわち、出発乳酸オリゴマー又はポリマー、ハライド源及び酸が溶媒に可溶でなければならず、溶媒は、出発物質、中間体又は反応生成物との反応などによって、反応に悪影響を与えるものであってはならない。好適な溶媒は、一般に、スルホラン、ジクロロメタン、テトラヒドロフラン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド及びアセトンなどを始めとする極性非プロトン性溶媒の群から選択される。適切な溶媒を選択することは当業者が適宜なし得る事項の範囲内である。
【0037】
溶媒の量は、以下の事項を全般的に考慮して決まる。最小量は、各種成分が溶解し、反応条件下で適切な粘度を有する反応混合物を得るのに必要な量によって決まる。最大量は、反応混合物の希釈度が高すぎて反応速度が低下する量によって決まる。一般に、使用する場合の溶媒の量は、反応混合物の10~90重量%をなす。
【0038】
本発明の方法の反応条件は広い範囲で選択し得る。
【0039】
反応温度は、一般に20℃以上、特に50℃以上、さらに特には100℃以上である。一般に反応温度が高いほど、高い反応速度をもたらす。反応温度が高すぎると、副生物の生成及び不要なエネルギー消費をもたらしかねない。反応温度は、一般に400℃以下、特に300℃以下、さらに特には250℃以下である。125~225℃の反応温度が特に好ましい。
【0040】
反応圧力は、本発明の方法には重大でない。反応は、高圧、例えば10~100barの範囲で実施できることが判明した。一方、大気圧下又は大気圧よりも若干高い圧力、例えば1~10barの範囲でも良好な結果が得られている。プロセス経済性の観点から、1~5barの範囲の圧力での作業が好ましいこともある。一方、1bar未満の圧力での作業は、アクリル酸の除去を行うのに魅力的なものとなり得る。この実施形態では、圧力を0.1bar未満とするのが好ましいことがある。
【0041】
反応時間は、特に、反応温度、ハライド源の種類と量及び酸の種類と量に応じて、広い範囲で変更し得る。一般に、反応時間は15分間以上、特に30分間以上である。反応時間が長いほど、アクリル酸の収率が高まる。従って、反応時間は1時間以上、特に2時間以上であるのが好ましいことがある。48時間を超える反応時間は、経済的に魅力がないので、概して避けられる。反応時間は、24時間以下、特に20時間以下であるのが好ましい。
【0042】
本発明に係る方法は、反応条件に応じて、アクリル酸及び/又はアクリル酸と乳酸とのエステルを生成する。アクリル酸と乳酸とのエステルは中間生成物であるので、変換に有利な条件は、アクリル酸と乳酸とのエステルよりもアクリル酸の生成に有利であると考えられる。これらの条件には、高い反応温度及び長い反応時間がある。所望の生成物の収率を最大にする反応条件を選択することは、当業者が適宜なし得る事項の範囲内である。
【0043】
本方法は、回分式又は連続式で実施することができる。処理の観点から、連続プロセスが好ましいと考えられる。連続プロセスにおいて、滞留時間は、反応を適切な収率で実施するのに十分な時間と、装置の不必要な占有を避けることとのバランスである。適切な滞留時間を選択することは、当業者が適宜なし得る事項の範囲内である。
【0044】
本発明に係る方法では、出発成分、ハライド源及び酸を含む反応混合物を反応条件に付して、所望量のアクリル酸及び/又はアクリル酸と乳酸とのエステル酸生成物が得られるまで混合物を反応させる。
【0045】
これを如何に実施すべきかを決定することは当業者が適宜なし得る事項の範囲内であり、これ以上の説明は要しない。
【0046】
アクリル酸及び/又はアクリル酸と乳酸とのエステルは、一般に、反応中又は反応後に反応混合物から回収される。これは、例えば、蒸留又は抽出によって実施できる。
【0047】
一実施形態では、本発明に係る方法は、反応蒸留プロセスの形態で実施される。この実施形態では、本発明に係る方法は、反応中に生成するアクリル酸が反応中に反応混合物から蒸留されるような温度及び圧力条件下で行われる。この実施形態は、反応がアクリル酸の製造を目的とする場合に特に魅力的である。
【0048】
以下の実施例によって本発明を例証するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0049】
実施例1
2mmolの(S,S)-ラクチド、ブロミド源及びメタンスルホン酸を、撹拌子を備えたガラスジャーインサートに入れ、オートクレーブ内に入れた。ブロミド源とメタンスルホン酸とのモル比は6:1であった。ブロミド源とラクチドとのモル比は5:1であった。ブロミド源1g当たり1mlの量のスルホランを溶媒として使用した。オートクレーブを閉じ、50barのN2で加圧し、撹拌下で加熱マントルを用いて所要温度に16時間の反応時間加熱した。反応が完了したら、オートクレーブを氷浴中に10~30分間入れてから、オートクレーブを排気して開けた。生成物は1H-NMRを用いて分析した。
【0050】
ブロミド源はテトラフェニルホスホニウムブロミド(PPh4Br)又はテトラブチルアンモニウムブロミド(TBAB)であった。結果を以下の表1に示す。いずれの場合も転化率は100%であった。収率はモル収率であり、出発ラクチドに対する百分率として表す。
【0051】
表中、AAはアクリル酸を表す。C2又は化合物2は、以下の式のアクリル酸と乳酸とのエステルを表す。
【化1】
【0052】
エステル類は、以下の式の化合物の群を表す。
【化2】
【0053】
従って、化合物2はエステルではあるが、この群には含まれない。2BrPAは2-ブロモプロピオン酸を表す。3BrPAは3-ブロモプロピオン酸を表す。m.b.は物質収支を表す。
【0054】
【0055】
表1から、反応温度を上昇させると、アクリル酸の生成が増加し、化合物2又は他のエステルよりもアクリル酸に対する選択性が増すことが分かる。反応温度が高くなりすぎると、表で記載していない他の生成物が得られる。実施例1.3に示す状況では、AAは少量しか得られていない。しかし、異なるブロミド源を選択するか或いは各種成分間の比を選択すると、この温度でもっと多量のAAを得ることができた。
【0056】
実施例2
本実施例では、AAの生成を経時的に観察した。
温度175℃でPPh4Brをブロミド源として用いて、実施例1に記載の通り反応を行った。ブロミド源とメタンスルホン酸とのモル比は6:1であった。ブロミド源とラクチドとのモル比は5:1であった。結果を表2に示す。Convは%単位のラクチド転化率を表す。
【0057】
【0058】
これらの結果は、反応時間が長いほど、AAの生成量が増加することを示す。
【0059】
実施例3
本実施例では、様々な無機ブロミド源の使用の効果について検討する。反応は次の通り行った。磁気撹拌子を備えた反応フラスコに、400mg(2.78mmol)のラクチド、0.28mmolのMBrx、5.80g(13.8mmol)のテトラフェニルホスホニウムブロミド、222mg(150μl、2.31mmol)のメタンスルホン酸及び7.50g(6mL、62.4mmol)のスルホランを加え、大気窒素ラインに接続しながら175℃(油浴温度)に加熱した。20時間後に試料を採取した。結果を表3に示す。
【0060】
【0061】
実施例4
本実施例では、追加のブレンステッド酸を使用せずに、様々なブロミド源の使用の効果について検討する。磁気撹拌子を備えた反応フラスコに、400mg(2.78mmol)のラクチド、0.28mmolのMBrx、5.80g(13.8mmol)のテトラフェニルホスホニウムブロミド及び7.50g(6mL、62.4mmol)のスルホランを加え、大気窒素ラインに接続しながら175℃(油浴温度)に加熱した。20時間後に試料を採取した。結果を表4に示す。
【0062】
【0063】
これらの結果は、追加の酸の非存在下ではアクリル酸収率は概して低いが、追加の酸の非存在下では様々なブロミド源で良好なアクリル酸収率を得ることができることを示す。例えば、臭化マグネシウム及び臭化アルミニウムは良好なアクリル酸収率を示しつつ、追加の酸を使用した同じブロミド源の方法(実験3.5及び3.6参照)と比較して、2-ブロモプロピオン酸(2BrPA)及び3-ブロモプロピオン酸(3BrPA)の生成量が比較的少ない。
【0064】
実施例5
本実施例では、系におけるメタンスルホン酸の使用量の効果について検討する。試験は、それぞれ0、40、80及び160モル%のメタンスルホン酸、及び臭化マグネシウムをブロミド源として使用して、実施例3に記載の通り、実施した。20時間後に試料を採取した。結果を表5にまとめる。
【0065】
【0066】
これらの結果は、追加の酸の最適量が約40モル%であったことを示している。
【0067】
実施例6
本実施例では、2-ブロモプロピオン酸(2BrPA)又は3-ブロモプロピオン酸(3BrPA)を系に添加する効果について検討した。反応条件下で、これらの化合物はアクリル酸とHBrに分解し、HBrは強酸として作用する。試験は実施例1に記載の通り実施した。反応温度は150℃であり、反応時間は16時間であった。ブロミド源とラクチドとの比は5:1であった。反応圧力は50barであった。TBABをブロミド源として用いた結果を表6aに示し、PPh4Brをブロミド源として用いた結果を表6bに示す。BrPAの添加量は、ラクチドの量を基準に計算した当量として表す。
【0068】
【0069】
【0070】
表6a及び6bの結果は、2BrPA及び3BrPAの使用がラクチドからのアクリル酸の製造に良好な結果をもたらすことを示している。
【0071】
実施例7
様々な種類の酸の影響について検討した。試験は実施例1に記載の通り実施した。反応温度は150℃であり、反応時間は16時間であった。ブロミド源とラクチドとの比は5:1であった。ブロミド源はPPh4Brであった。反応圧力は50barであった。ブロミド源1g当たり1mlの量のスルホランを溶媒として使用した。結果を表7に示す。酸の量は、ラクチドを基準に計算した当量として表す。TFAはトリフルオロ酢酸を表す。LAは乳酸を表す。
【0072】
【0073】
表7から、この実験条件下で、強酸(pKa2.0未満)であるトリフルオロ酢酸及びホスホン酸がアクリル酸の生成をもたらしたのに対して、シュウ酸及び酢酸はアクリル酸生成をもたらさなかったことが分かる。
【0074】
実施例8
本実験では、溶媒の存在の影響について検討した。試験は実施例1に記載の通り実施した。反応温度は150℃であり、反応時間は16時間であった。ブロミド源とラクチドとの比は5:1であった。ブロミド源はPPh4Brであった。反応圧力は50barであった。スルホランを溶媒として用いた。結果を表5に示す。溶媒の量は、スルホランの体積(ml)をPPh4Brの質量(g)で除したものとして表す。
【0075】
【0076】
実施例9
本実施例では、クロリド源を使用することの有効性について検討した。実施例1に記載の通り試験を行った。反応温度は150℃であり、反応時間は16時間であった。クロリド源はテトラフェニルホスホニウムクロリド(PPh4Cl)であった。クロリド源とラクチドとの比は5:1であった。反応圧力は50barであった。PPh4Cl 1g当たり1mlの量のスルホランを溶媒として使用した。結果を表9に示す。
【0077】
【0078】
本例から、クロリド源を使用すると、アクリル酸及びアクリル酸と乳酸とのエステルも得られることが分かる。
【0079】
実施例10
本実施例では、出発物質としてのオリゴ乳酸及びポリ乳酸の使用について検討した。出発物質の特性を表10aに示す。
LA単位に対するHOMsの当量は、(mmol単位のポリマー又はオリゴマーの量で除したmmol単位のメタンスルホン酸の量)に重合度を乗じたものを表す。
オリゴラクチド中の1分子当たりのLA単位の平均数はNMRを用いて決定した。2種類のPLA、すなわち市販の真新しいPLA及び堆肥可能な刃物の形態のPLAを使用した。
【0080】
【0081】
各種の基材を以下のように処理した。100mgの基材、0.58mmolのメタンスルホン酸、3.47mmolのテトラフェニルホスホニウムブロマイド及び1.5mlのスルホランを、撹拌子を備えたガラスジャーインセットに入れ、オートクレーブ内に入れた。全ての実験でブロミド源とラクチド単位との比は2.5~2.6であった。オートクレーブを閉じ、50barのN2で加圧し、撹拌下で加熱マントルを用いて温度150℃に16時間の反応時間加熱した。反応が完了したら、オートクレーブを氷浴中に30分間入れてから、オートクレーブを排気して開けた。結果を表10bに示す。
【0082】
【0083】
表10bにおいて、/は未測定を表す。C2及びC3は以下の化合物を表す。C2はアクリル酸と乳酸とのエステルである。C3はアクリル酸と乳酸二量体とのエステルである。
【0084】
【0085】
表10bから、ラクチドだけでなく、オリゴ乳酸及びポリ乳酸も、本発明の方法によるアクリル酸及びアクリル酸と乳酸とのエステルの製造における出発物質として役立つことが分かる。
【0086】
実施例11
本実験では、圧力条件の影響について検討した。オートクレーブ内の実験では、0.69mmolのラクチド(100mg)、0.58mmolのメタンスルホン酸、3.47mmolのテトラフェニルホスホニウムブロミド(1.49g)及び1.5mlのスルホランを使用した。シュレンク反応器及びフラスコ内の反応については、量を2倍にした。結果を表11に示す。
【0087】
【0088】
オートクレーブ中で、オートクレーブを室温で表記の圧力にすることにより、50barの圧力が得られる。反応温度において、圧力は60bar以上であった。実施例8.2では、オートクレーブは加圧しなかった。これを室温で閉じ、反応温度に加熱した。反応温度でのオートクレーブ内の圧力は約3barであった。シュレンク反応器及び反応フラスコでは、圧力は大気圧であった。本実施例は、アクリル酸を得るために圧力が重要でないことを示す。
【0089】
実施例12
本実施例では、反応蒸留装置でのラクチドからのアクリル酸の製造について以下の通り検討した。丸底フラスコに、400mgのラクチド(2.78mmol)、150.2mLのメタンスルホン酸(2.31mmol)、5.82gのテトラフェニルホスホニウムブロミド(13.9mmol)及び6mlのスルホランを導入した。フラスコを収集フラスコに接続し、アセンブリをクーゲルロール装置に組み込んだ。反応混合物を175℃にして反応蒸留を開始させ、生成したアクリル酸を第2のフラスコに蒸留した。反応はアルゴン下大気圧で4時間実施した。収集フラスコは0℃に保った。反応後、反応フラスコの内容物を分析したところ、42mgのアクリル酸を含んでいた(収率11%)。収集フラスコの内容物を分析したところ、84mgのアクリル酸を含んでいた(収率22%)。