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特許7018510優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-02
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220203BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20220203BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20220203BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/58
C21D8/02 B
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020534613
(86)(22)【出願日】2018-12-21
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-02-25
(86)【国際出願番号】 KR2018016539
(87)【国際公開番号】W WO2019125083
(87)【国際公開日】2019-06-27
【審査請求日】2020-07-29
(31)【優先権主張番号】10-2017-0178858
(32)【優先日】2017-12-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコ
【氏名又は名称原語表記】POSCO
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】特許業務法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ユ,スン-ホ
(72)【発明者】
【氏名】ジョン,ヨン-ジン
(72)【発明者】
【氏名】キム,ヨン-ウー
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-092155(JP,A)
【文献】特表2016-505094(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第102517509(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、炭素(C):0.29~0.37%、シリコン(Si):0.1~0.7%、マンガン(Mn):0.6~1.6%、リン(P):0.05%以下(0は除く)、硫黄(S):0.02%以下(0は除く)、アルミニウム(Al):0.07%以下(0は除く)、クロム(Cr):0.1~1.5%、モリブデン(Mo):0.01~0.8%、バナジウム(V):0.01~0.08%、ボロン(B):50ppm以下(0は除く)、コバルト(Co):0.02%以下(0は除く)を含み、更に、ニッケル(Ni):0.5%以下(0は除く)、銅(Cu):0.5%以下(0は除く)、チタン(Ti):0.02%以下(0は除く)、ニオブ(Nb):0.05%以下(0は除く)及びカルシウム(Ca):2~100ppmからなるグループから選択された1種以上をさらに含み、残部Fe及びその他の不可避な不純物からなり、
前記Cr、Mo及びVは下記[数1]を満たし、
微細組織は90面積%以上のマルテンサイトを含み、
前記マルテンサイトは、平均パケットのサイズが30μm以下であることを特徴とする優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼。
[数1]
Cr×Mo×V≧0.005
(但し、上記Cr、Mo及びVの含量は重量%である。)
【請求項2】
前記耐摩耗鋼は、ヒ素(As):0.05%以下(0は除く)、スズ(Sn):0.05%以下(0は除く)及びタングステン(W):0.05%以下(0は除く)からなるグループから選択された1種以上をさらに含む、ことを特徴とする請求項1に記載の優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼。
【請求項3】
前記耐摩耗鋼は、残留オーステナイト及びベイナイトのうち1種以上を10%以下さらに含む、ことを特徴とする請求項1に記載の優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼。
【請求項4】
前記耐摩耗鋼は、マルテンサイトのKAMが0.45~0.8である、ことを特徴とする請求項1に記載の優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼。
【請求項5】
前記耐摩耗鋼は、硬度が460~540HBであり、-40℃での衝撃吸収エネルギーが47J以上である、ことを特徴とする請求項1に記載の優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼。(但し、前記HBは、ブリネル硬さ計で測定された鋼の表面硬度を示す。)
【請求項6】
前記耐摩耗鋼は、硬度(HB)と衝撃吸収エネルギー(J)が、下記[数2]を満たす、ことを特徴とする請求項1に記載の優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼。
[数2]
HB×J≧25000(但し、前記HBはブリネル硬さ計で測定された鋼の表面硬度、Jは-40℃での衝撃吸収エネルギー値を示す。)
【請求項7】
重量%で、炭素(C):0.29~0.37%、シリコン(Si):0.1~0.7%、マンガン(Mn):0.6~1.6%、リン(P):0.05%以下(0は除く)、硫黄(S):0.02%以下(0は除く)、アルミニウム(Al):0.07%以下(0は除く)、クロム(Cr):0.1~1.5%、モリブデン(Mo):0.01~0.8%、バナジウム(V):0.01~0.08%、ボロン(B):50ppm以下(0は除く)、コバルト(Co):0.02%以下(0は除く)を含み、更に、ニッケル(Ni):0.5以下(0は除く)、銅(Cu):0.5%以下(0は除く)、チタン(Ti):0.02%以下(0は除く)、ニオブ(Nb):0.05%以下(0は除く)及びカルシウム(Ca):2~100ppmからなるグループから選択された1種以上をさらに含み、残部Fe及びその他の不可避な不純物からなり、前記Cr、Mo及びVは下記[数1]を満たす鋼スラブを1050~1250℃の温度範囲で加熱する段階と、
前記加熱された鋼スラブを950~1050℃の温度範囲で粗圧延して粗圧延バーを得る段階と、
前記粗圧延バーを850~950℃の温度範囲で仕上げ熱間圧延して熱延鋼板を得る段階と、
前記熱延鋼板を常温まで空冷した後、880~930℃の温度範囲で在炉時間1.3t+10分~1.3t+60分(t:板厚)間再加熱する段階と、
前記再加熱された熱延鋼板を150℃以下まで水冷する段階と、
前記水冷された熱延鋼板を350~600℃の温度範囲まで昇温した後、1.3t+5分~1.3t+20分(t:板厚)間熱処理する段階と、を含み、
微細組織は90面積%以上のマルテンサイトを含み、
前記マルテンサイトは、平均パケットのサイズが30μm以下である耐摩耗鋼が得られることを特徴とする優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼の製造方法。
[数1]
Cr×Mo×V≧0.005
(但し、前記Cr、Mo及びVの含量は重量%である。)
【請求項8】
前記鋼スラブは、ヒ素(As):0.05%以下(0は除く)、スズ(Sn):0.05%以下(0は除く)及びタングステン(W):0.05%以下(0は除く)からなるグループから選択された1種以上をさらに含む、ことを特徴とする請求項に記載の優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼の製造方法。
【請求項9】
前記水冷時に冷却速度は2℃/s以上である、ことを特徴とする請求項に記載の優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高硬度の耐摩耗鋼及びその製造方法に係り、より詳しくは、建設機械などに使用されることができる高硬度の耐摩耗鋼及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
建設、土木、鉱産業、セメント産業など、多くの産業分野において使用される建設機械、産業機械の場合、作業時の摩擦による摩耗の発生が著しく、耐摩耗特性を示す素材を適用することが必要である。
【0003】
一般に、厚鋼板の耐摩耗性と硬度は互いに関係があり、摩耗が懸念される厚鋼板においては、硬度を高める必要がある。より安定的な耐摩耗性を確保するためには、厚鋼板の表面から板厚の内部(t/2近傍、t=厚さ)にわたって均一な硬度を有すること(すなわち、厚鋼板の表面と内部において同程度の硬度を有すること)が求められる。
【0004】
通常、厚鋼板において高硬度を得るためには、圧延後にAc3以上の温度で再加熱してから焼入れする方法が広く使用されている。一例として、特許文献1では、C含量を高め、CrとMoなどの硬化性能向上元素を多量添加することで、表面硬度を増加させる方法を開示している。しかし、極厚物鋼板を製造するためには、鋼板の中心部に硬化性能を確保するために、より多くの高硬化性能元素を添加することが求められ、Cと高硬化性能合金を多量に添加することにより、製造コストが上昇し、溶接性及び低温靭性が低下するという問題がある。
【0005】
したがって、硬化性能を確保するために、高硬化能性合金の添加が不可避な状況下で、高硬度を確保することにより耐摩耗性に優れるだけでなく、高強度及び高衝撃靭性を確保することができる方案が求められている実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開1986-166954号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の一側面は、耐摩耗性に優れると共に、高強度及び高衝撃靭性を有する高硬度の耐摩耗鋼及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一実施形態は、重量%で、炭素(C):0.29~0.37%、シリコン(Si):0.1~0.7%、マンガン(Mn):0.6~1.6%、リン(P):0.05%以下(0は除く)、硫黄(S):0.02%以下(0は除く)、アルミニウム(Al):0.07%以下(0は除く)、クロム(Cr):0.1~1.5%、モリブデン(Mo):0.01~0.8%、バナジウム(V):0.01~0.08%、ボロン(B):50ppm以下(0は除く)、コバルト(Co):0.02%以下(0は除く)を含み、更に、ニッケル(Ni):0.5%以下(0は除く)、銅(Cu):0.5%以下(0は除く)、チタン(Ti):0.02%以下(0は除く)、ニオブ(Nb):0.05%以下(0は除く)及びカルシウム(Ca):2~100ppmからなるグループから選択された1種以上をさらに含み、残部Fe及びその他の不可避な不純物からなり、上記Cr、Mo及びVは下記[数1]を満たし、微細組織は90面積%以上のマルテンサイトを含む、優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼を提供する。
[数1]
Cr×Mo×V≧0.005
(但し、上記Cr、Mo及びVの含量は重量%である。)
【0009】
本発明の他の実施形態は、重量%で、炭素(C):0.29~0.37%、シリコン(Si):0.1~0.7%、マンガン(Mn):0.6~1.6%、リン(P):0.05%以下(0は除く)、硫黄(S):0.02%以下(0は除く)、アルミニウム(Al):0.07%以下(0は除く)、クロム(Cr):0.1~1.5%、モリブデン(Mo):0.01~0.8%、バナジウム(V):0.01~0.08%、ボロン(B):50ppm以下(0は除く)、コバルト(Co):0.02%以下(0は除く)を含み、更に、ニッケル(Ni):0.5以下(0は除く)、銅(Cu):0.5%以下(0は除く)、チタン(Ti):0.02%以下(0は除く)、ニオブ(Nb):0.05%以下(0は除く)及びカルシウム(Ca):2~100ppmからなるグループから選択された1種以上をさらに含み、残部Fe及びその他の不可避な不純物を含み、上記Cr、Mo及びVは下記[数1]を満たす鋼スラブを1050~1250℃の温度範囲で加熱する段階と、上記加熱された鋼スラブを950~1050℃の温度範囲で粗圧延して粗圧延バーを得る段階と、上記粗圧延バーを850~950℃の温度範囲で仕上げ熱間圧延して熱延鋼板を得る段階と、上記熱延鋼板を常温まで空冷した後、880~930℃の温度範囲で在炉時間1.3t×10分~1.3t+60分(t:板厚)間再加熱する段階と、上記再加熱された熱延鋼板を150℃以下まで水冷する段階と、上記水冷された熱延鋼板を350~600℃の温度範囲まで昇温した後、1.3t+5分~1.3t+20分(t:板厚)間熱処理する段階と、を含む、優れた硬度と衝撃靭性を有する耐摩耗鋼の製造方法を提供する。
[数1]
Cr×Mo×V≧0.005
(但し、上記Cr、Mo及びVの含量は重量%である。)
【発明の効果】
【0010】
本発明の一側面によると、厚さが60mm以下でありながら、高硬度及び優れた低温靭性を有する耐摩耗鋼を提供する効果がある。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。まず、本発明の合金組成について説明する。以下で説明する合金組成の含量は重量%である。
【0012】
炭素(C):0.29~0.37%
炭素(C)は、マルテンサイト組織を有する鋼において、強度と硬度を増加させるのに効果的であり、硬化性能を向上させるために有効な元素である。上述の効果を十分に確保するためには、0.29%以上添加することが好ましいが、もし、その含量が0.37%を超えると、溶接性及び靭性を阻害するという問題がある。したがって、本発明では、上記Cの含量を0.29~0.37%に制御することが好ましい。上記C含量の下限は、0.295%であることがより好ましく、0.3%であることがさらに好ましく、0.305%であることが最も好ましい。上記C含量の上限は、0.365%であることがより好ましく、0.36%であることがさらに好ましく、0.355%であることが最も好ましい。
【0013】
シリコン(Si):0.1~0.7%
シリコン(Si)は、脱酸と固溶強化に伴う強度向上に有効な元素である。上記のような効果を有効に得るためには、0.1%以上添加することが好ましいが、その含量が0.7%を超えると、溶接性が劣化するため好ましくない。したがって、本発明では、上記Siの含量を0.1~0.7%に制御することが好ましい。上記Si含量の下限は、0.12%であることがより好ましく、0.15%であることがさらに好ましく、0.18%であることが最も好ましい。上記Si含量の上限は、0.65%であることがより好ましく、0.60%であることがさらに好ましく、0.50%であることが最も好ましい。
【0014】
マンガン(Mn):0.6~1.6%
マンガン(Mn)は、フェライトの生成を抑制し、Ar3の温度を下げることで、焼入れ性を効果的に上昇させて鋼の強度及び靭性を向上させる元素である。本発明では、厚物材の硬度を確保するために、上記Mnを0.6%以上含有することが好ましいが、その含量が1.6%を超えると、溶接性を低下させるという問題がある。したがって、本発明では、上記Mnの含量を0.6~1.6%に制御することが好ましい。上記Mn含量の下限は、0.62%であることがより好ましく、0.65%であることがさらに好ましく、0.70%であることが最も好ましい。上記Mn含量の上限は、1.63%であることがより好ましく、1.60%であることがさらに好ましく、1.55%であることが最も好ましい。
【0015】
リン(P):0.05%以下(0は除く)
リン(P)は、鋼中に不可避に含有される元素であると共に、鋼の靭性を阻害する元素でもある。したがって、上記Pの含量をできるだけ下げて0.05%以下に制御することが好ましい。但し、不可避に含有される水準を考慮して0%を除く。
【0016】
硫黄(S):0.02%以下(0は除く)
硫黄(S)は、鋼中にMnS介在物を形成して鋼の靭性を阻害する元素である。したがって、上記Sの含量をできるだけ下げて0.02%以下に制御することが好ましい。但し、不可避に含有される水準を考慮して0%を除く。
【0017】
アルミニウム(Al):0.07%以下(0は除く)
アルミニウム(Al)は、鋼の脱酸剤として溶鋼中の酸素含量を下げるのに効果的な元素である。このようなAlの含量が0.07%を超えると、鋼の清浄性を阻害するという問題があるため、好ましくない。したがって、本発明では、上記Alの含量を0.07%以下に制御することが好ましく、製鋼工程時の負荷、製造コストの上昇などを考慮して0%は除く。
【0018】
クロム(Cr):0.1~1.5%
クロム(Cr)は、焼入れ性を増加させて鋼の強度を増加させ、硬度の確保にも有利な元素である。上述の効果を得るためには、0.1%以上のCrを添加することが好ましいが、その含量が1.5%を超えると、溶接性に劣り、製造コストを上昇させる原因となる。上記Cr含量の下限は、0.12%であることがより好ましく、0.15%であることがさらに好ましく、0.2%であることが最も好ましい。上記Cr含量の上限は、1.4%であることがより好ましく、1.3%であることがさらに好ましく、1.2%であることが最も好ましい。
【0019】
モリブデン(Mo):0.01~0.8%
モリブデン(Mo)は、鋼の焼入れ性を増加させ、特に、厚物材の硬度向上に有効な元素である。上述の効果を十分に得るためには、0.01%以上のMoを添加することが好ましいが、上記Moも高価な元素であって、その含量が0.8%を超えると、製造コストが上昇するだけでなく、溶接性に劣るという問題がある。したがって、本発明では、上記Moの含量を0.01~0.8%に制御することが好ましい。上記Mo含量の下限は、0.03%であることがより好ましく、0.05%であることがさらに好ましい。上記Mo含量の上限は、0.75%であることがより好ましく、0.7%であることがさらに好ましい。
【0020】
バナジウム(V):0.01~0.08%
バナジウム(V)は、熱間圧延後、再加熱時にVC炭化物を形成することで、オーステナイト結晶粒の成長を抑制し、鋼の焼入れ性を向上させるため、強度及び靭性を確保するのに有利な元素である。上述の効果を十分に確保するためには、0.01%以上添加することが好ましいが、もし、その含量が0.08%を超えると、製造コストを上昇させる要因となる。したがって、本発明では、上記Vの含量を0.01~0.08%に制御することが好ましい。上記V含量の下限は、0.03%であることがより好ましく、0.05%であることがさらに好ましい。上記V含量の上限は、0.07%であることがより好ましく、0.06%であることがさらに好ましい。
【0021】
ボロン(B):50ppm以下(0は除く)
ボロン(B)は、少量の添加でも鋼の焼入れ性を有効に上昇させるため、強度を向上させるのに有効な元素である。但し、その含量が過剰になると、むしろ鋼の靭性及び溶接性を阻害するという問題があるため、その含量を50ppm以下に制御することが好ましい。上記B含量は、40ppm以下であることがより好ましく、35ppm以下であることがさらに好ましく、30ppm以下であることが最も好ましい。
【0022】
コバルト(Co):0.02%以下(0は除く)
コバルト(Co)は、鋼の焼入れ性を増加させるため、鋼の強度と共に硬度の確保に有利な元素である。但し、その含量が0.02%を超えると、鋼の焼入れ性が低下する恐れがあり、高価な元素であるため、製造コストを上昇させる要因となる。したがって、本発明では、0.02%以下のCoを添加することが好ましい。上記Co含量は、0.018%以下であることがより好ましく、0.015%以下であることがさらに好ましく、0.013%以下であることが最も好ましい。
【0023】
本発明の耐摩耗鋼は、上述の合金組成以外にも、本発明で目標とする物性の確保に有利な元素をさらに含むことができる。例えば、ニッケル(Ni):0.5%以下(0は除く)、銅(Cu):0.5%以下(0は除く)、チタン(Ti):0.02%以下(0は除く)、ニオブ(Nb):0.05%以下(0は除く)、バナジウム(V):0.05%以下(0は除く)及びカルシウム(Ca):2~100ppmからなるグループから選択された1種以上を含むことができる。
【0024】
ニッケル(Ni):0.5%以下(0は除く)
ニッケル(Ni)は、一般に、鋼の強度と共に靭性を向上させるのに有効な元素である。但し、その含量が0.5%を超えると、製造コストを上昇させる原因となる。したがって、上記Niを添加する場合、0.5%以下添加することが好ましい。上記Ni含量は、0.48%以下であることがより好ましく、0.45%以下であることがさらに好ましく、0.4%以下であることが最も好ましい。
【0025】
銅(Cu):0.5%以下(0は除く)
銅(Cu)は、鋼の焼入れ性を向上させ、固溶強化により鋼の強度及び硬度を向上させる元素である。但し、このようなCuの含量が0.5%を超えると、表面欠陥を発生させ、熱間加工性を阻害するという問題があるため、上記Cuを添加する場合は0.5%以下添加することが好ましい。上記Cu含量の上限は、0.45%であることがより好ましく、0.43%であることがさらに好ましく、0.4%であることが最も好ましい。
【0026】
チタン(Ti):0.02%以下(0は除く)
チタン(Ti)は、鋼の焼入れ性向上に有効な元素であるBの効果を最大化する元素である。具体的に、上記Tiは、窒素(N)と結合してTiN析出物を形成させてBNの形成を抑制することで、固溶Bを増加させて焼入れ性の向上を最大化することができる。但し、上記Tiの含量が0.02%を超えると、粗大なTiN析出物が形成されるため、鋼の靭性に劣るという問題がある。したがって、本発明では、上記Tiの添加時に0.02%以下添加することが好ましい。上記Ti含量は、0.019%以下であることがより好ましく、0.018%以下であることがさらに好ましく、0.017%以下であることが最も好ましい。
【0027】
ニオブ(Nb):0.05%以下(0は除く)
ニオブ(Nb)は、オーステナイトに固溶されてオーステナイトの硬化性能を増大させ、Nb(C、N)などの炭窒化物を形成するため、鋼の強度の増加及びオーステナイト結晶粒の成長を抑制するのに有効である。但し、上記Nbの含量が0.05%を超えると、粗大な析出物が形成され、これは脆性破壊の起点となるため、靭性を阻害するという問題がある。したがって、本発明では、上記Nbの添加時に0.05%以下添加することが好ましい。上記Nb含量は、0.045%以下であることがより好ましく、0.04%以下であることがさらに好ましく、0.03%以下であることが最も好ましい。
【0028】
カルシウム(Ca):2~100ppm
カルシウム(Ca)は、Sとの結合力がよく、CaSを生成するため、鋼材の厚さの中心部に偏析するMnSの生成を抑制する効果がある。また、上記Caの添加により生成されたCaSは、多湿な外部環境下で腐食抵抗を高める効果がある。上述の効果を得るためには、2ppm以上の上記Caを添加することが好ましいが、その含量が100ppmを超えると、製鋼操業時にノズル詰まりなどを誘発させるという問題があるため、好ましくない。したがって、本発明では、上記Caの添加時に、その含量を2~100ppmに制御することが好ましい。上記Ca含量の下限は、2.5ppmであることがより好ましく、3ppmであることがさらに好ましく、3.5ppmであることが最も好ましい。上記Ca含量の上限は、80ppmであることがより好ましく、60ppmであることがさらに好ましく、40ppmであることが最も好ましい。
【0029】
これに加えて、本発明の耐摩耗鋼は、ヒ素(As):0.05%以下(0は除く)、スズ(Sn):0.05%以下(0は除く)、タングステン(W):0.05%以下(0は除く)からなるグループから選択された1種以上をさらに含むことができる。
【0030】
上記Asは、鋼の靭性向上に有効であり、上記Snは、鋼の強度及び耐食性向上に有効である。また、Wは焼入れ性を増加させるため、強度を向上させると共に、高温での硬度向上に有効な元素である。但し、上記As、Sn及びWの含量がそれぞれ0.05%を超えると、製造コストが上昇するだけでなく、むしろ鋼の物性を損なう恐れがある。したがって、本発明では、上記As、Sn又はWをさらに含む場合、その含量をそれぞれ0.05%以下に制御することが好ましい。
【0031】
本発明の残りの成分は鉄(Fe)である。但し、通常の製造過程では、原料又は周囲の環境から意図しない不純物が混入されることがあるため、これを排除することはできない。これらの不純物は、通常の製造過程における技術者であれば、誰でも分かるものであるため、そのすべての内容を本明細書では特に言及しない。
【0032】
一方、本発明の耐摩耗鋼において、前述の合金成分のうち、Cr、Mo及びVは、下記[数1]を満たすことが好ましい。もし、下記[数1]を満たさない場合は、本発明が得ようとする硬度と低温衝撃靭性を同時に確保することが困難である。
[数1]
Cr×Mo×V≧0.005
(但し、上記Cr、Mo及びVの含量は重量%である。)
【0033】
本発明の耐摩耗鋼の微細組織は、マルテンサイトを基地組織として含むことが好ましい。より具体的に、本発明の耐摩耗鋼は、面積分率で、90%以上(100%を含む)のマルテンサイトを含むことが好ましい。上記マルテンサイトの分率が90%未満であると、目標レベルの強度及び硬度を確保し難くなるという問題がある。一方、本発明の耐摩耗鋼の微細組織は、さらに残留オーステナイト及びベイナイトのうち1種以上を10%以下含むことができ、これにより、低温衝撃靭性をより向上させることができる。本発明において、上記マルテンサイト相は焼戻しマルテンサイト相を含み、このように焼戻しマルテンサイト相を含む場合、鋼の靭性をより有利に確保することができる。一方、上記マルテンサイトの分率は95面積%以上であることがより好ましい。
【0034】
また、本発明では、上記マルテンサイトの平均パケットサイズが30μm以下であることが好ましい。上記のようにマルテンサイトの平均パケットサイズを30μm以下に制御することで、硬度と靭性を同時に向上させることができる。上記マルテンサイトの平均パケットサイズは、20μm以下であることがより好ましく、15μm以下であることがさらに好ましく、10μm以下であることが最も好ましい。一方、上記マルテンサイトの平均パケットサイズは、小さいほど物性の確保に有利であるため、本発明では、上記マルテンサイトの平均パケットサイズの上限について特に限定しない。ここで、マルテンサイトのパケットとは、結晶方位が同一であるラス及びブロックマルテンサイトの群集を意味する。
【0035】
また、本発明のマルテンサイトのKAMは0.45~0.8であることが好ましい。上記KAMは転位密度を計るための指標である。上記KAMは0~1 の値を有し、1に近づくほど転位密度が高くなると解される。本発明では、上記KAMが0.45未満の場合、低い転位密度により十分な硬度を確保することが困難となる可能性があり、0.8を超える場合には、低温靭性の確保が困難となり得る。
【0036】
上述のように提供される本発明の耐摩耗鋼は、460~540HBの表面硬度を確保するとともに、-40℃の低温で47J以上の衝撃吸収エネルギーを有する効果がある。
【0037】
また、本発明の耐摩耗鋼は、硬度(HB)と衝撃吸収エネルギー(J)が下記[数2]を満たすことが好ましい。本発明では、高硬度の他に、低温靭性特性を向上させることを特徴とするが、そのためには、下記[数2]を満たすことが好ましい。すなわち、表面硬度だけが高く衝撃靭性に劣って[数2]を満たさないか、又は衝撃靭性には優れるものの表面硬度が目標値に達せず、[数2]を満たさない場合には、最終目標とする高硬度及び低温靭性特性を保証することができなくなる。
[数2]
HB×J≧25000
(但し、上記HBはブリネル硬さ計で測定された鋼の表面硬度、Jは-40℃での衝撃吸収エネルギー値を示す。)
【0038】
以下、本発明の耐摩耗鋼の製造方法について詳細に説明する。
【0039】
まず、鋼スラブを1050~1250℃の温度範囲で加熱する。上記スラブの加熱温度が1050℃未満であると、Nbなどの再固溶が十分でない。一方、その温度が1250℃を超えると、オーステナイト結晶粒が粗大化して不均一な組織が形成される恐れがある。したがって、本発明では、上記鋼スラブの加熱温度が1050~1250℃の範囲を有することが好ましい。
【0040】
記加熱された鋼スラブを950~1050℃の温度範囲で粗圧延して粗圧延バーを得る。上記粗圧延時に、その温度が950℃未満であると、圧延荷重が増加して相対的に弱圧下されるため、スラブの厚さ方向の中心まで変形が十分に伝達されず、空隙のような欠陥が除去されない恐れがある。一方、その温度が1050℃を超えると、圧延と同時に再結晶が生じた後、粒子が成長するようになるため、初期のオーステナイト粒子が過度に粗大になる恐れがある。
【0041】
上記粗圧延バーを850~950℃の温度範囲で仕上げ熱間圧延して熱延鋼板を得る。上記仕上げ熱圧延温度が850℃未満であると、2相域圧延となり、微細組織中にフェライトが生成される恐れがある。一方、その温度が950℃を超えると、最終組織の粒度が粗大になって低温靭性に劣るという問題がある。
【0042】
その後、上記熱延鋼板を常温まで空冷した後、880~930℃の温度範囲で在炉時間1.3t+10分(t:板厚)以上で再加熱する。上記再加熱は、フェライトとパーライトで構成された熱延鋼板をオーステナイト単相に逆変態させるためのものであって、上記再加熱温度が880℃未満であると、オーステナイト化が十分に行われず、粗大な軟質フェライトが混在するようになるため、最終製品の硬度が低下するという問題がある。一方、その温度が930℃を超えると、オーステナイト結晶粒が粗大になって焼入れ性が高くなる効果はあるが、鋼の低温靭性に劣るという問題がある。上記再加熱時の在炉時間が1.3t+10分(t:板厚)未満であると、オーステナイト化が十分に行われず、後続する急速冷却による相変態、すなわち、マルテンサイト組織が十分に得られなくなる。一方、上記再加熱時に在炉時間の上限は、1.3t+60分(t:板厚)であることが好ましい。1.3t+60分(t:板厚)を超える場合、オーステナイト結晶粒が粗大になって焼入れ性が強くなる効果はあるが、それにより低温靭性に劣るという問題がある。
【0043】
上記再加熱された熱延鋼板を板厚の中心部(例えば、1/2t地点(t:板厚(mm))を基準として150℃以下まで水冷する。上記水冷速度は、2℃/s以上であることが好ましい。上記冷却速度が2℃/s未満であるか、冷却終了温度が150℃を超えると、冷却中にフェライト相が形成されたりベイナイト相が過剰に形成される恐れがある。本発明において、上記冷却速度の上限は特に限定せず、通常の技術者であれば、設備の限界を考慮して適宜に設定することができる。一方、上記水冷時の冷却速度は、5℃/s以上であることがより好ましく、7℃/s以上であることがさらに好ましい。
【0044】
上記冷却された熱延鋼板を350~600℃の温度範囲まで昇温した後、1.3t+20分(t:板厚)以内に熱処理する。上記焼戻し温度が350℃未満であると、焼戻しマルテンサイトの脆化現象が発生し、鋼の強度及び靭性に劣る恐れがある。一方、その温度が600℃を超えると、再加熱及び冷却によって高くなったマルテンサイト内の転位密度が急激に減少し、結果として硬度が目標値に対して低下する恐れがあるため好ましくない。また、上記焼戻し時間が1.3t+20分(t:板厚)を超えると、やはり急速冷却後に発生したマルテンサイト組織内の高い転位密度が低くなり、結果として硬度が急激に低下するようになる。なお、上記焼戻し時間は、1.3t+5分(t:板厚)以上でなければならない。焼戻し時間が1.3t+5分(t:板厚)未満となる場合、鋼板の幅と長さ方向に均一に熱処理されず、結果として位置ごとに物性の偏差をもたらし得る。一方、上記熱処理の後には、空冷処理を行うことが好ましい。
【0045】
上記のような工程条件を経た本発明の熱延鋼板は、60mm以下の厚さを有する厚鋼板であってもよく、より好ましくは5~50mm、さらに好ましくは5~40mmの厚さを有してもよい。
【0046】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。但し、下記の実施例は、本発明の例示として、より詳細に説明するためのものであり、本発明の権利範囲を限定するためのものではないことに留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載された事項と、これにより合理的に類推される事項によって決定されるものである。
【0047】
(実施例)
下記表1の合金組成を有する鋼スラブを用意した後、上記鋼スラブに対して下記表2の条件で鋼スラブ加熱-粗圧延-熱間圧延-冷却(常温)-再加熱-水冷-焼戻しを施して熱延鋼板を製造した。上記熱延鋼板に対して微細組織、KAM及び機械的物性を測定した後、下記表3に示した。
【0048】
この際、上記微細組織は、任意のサイズに試片を切断して鏡面を製作した後、ナイタールエッチング液を用いて腐食させてから、光学顕微鏡と電子走査顕微鏡を活用して厚さ中心の1/2t位置を観察した。
【0049】
また、KAMはEBSDを通じて200μm×200μmの面積について分析した。そして、硬度及び靭性は、それぞれブリネル硬さ試験機(荷重3000kgf、10mmタングステン圧入口)及びシャルピー衝撃試験機を用いて測定した。この際、表面硬度は、板の表面を2mmミリング加工した後、3回測定したものの平均値を使用した。また、シャルピー衝撃試験の結果は、1/4t位置で試片を採取した後、-40℃で3回測定したものの平均値を使用した。
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】
【0052】
【表3】
【0053】
上記表1乃至3から分かるように、本発明の提案する合金組成と[数1]、並びに製造条件を満たす発明例1乃至7の場合には、本発明の微細組織とKAMを満たすことはもちろん、優れた硬度と低温衝撃靭性を確保していることが分かる。
【0054】
一方、本発明の提案する合金組成又は[数1]を満たしておらず、製造条件も満たしていない比較例1、2、3、4、5、8、9の場合は、本発明が目標とする硬度と低温衝撃靭性のレベルに達していないことが分かる。
【0055】
また、比較例6、7の場合には、本発明の提案する製造条件は満たしているものの、合金組成及び[数1]を満たしておらず、優れたレベルの硬度及び低温衝撃靭性が確保できていないことが分かる。
【0056】
比較例10及び11の場合には、本発明の提案する合金組成と[数1]を満たしているものの、焼戻し処理を行わないか、又は製造条件のうち再加熱温度を満たしていない場合であって、本発明が目標とする硬度と低温衝撃靭性のレベルに達していないことが分かる。
【0057】
また、比較例1乃至11のいずれも、本発明の提案するKAMの範囲を外れていることから、本発明が目標とする硬度と低温衝撃靭性のレベルに達していないことが確認できる。