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特許7019093立方晶窒化硼素焼結体、及び、その製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-03
(45)【発行日】2022-02-14
(54)【発明の名称】立方晶窒化硼素焼結体、及び、その製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/5831 20060101AFI20220204BHJP
   B23B 27/14 20060101ALN20220204BHJP
   B23B 27/20 20060101ALN20220204BHJP
   B23P 15/28 20060101ALN20220204BHJP
【FI】
C04B35/5831
B23B27/14 B
B23B27/20
B23P15/28 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021503616
(86)(22)【出願日】2020-07-17
(86)【国際出願番号】 JP2020027900
(87)【国際公開番号】W WO2021010473
(87)【国際公開日】2021-01-21
【審査請求日】2021-01-21
(31)【優先権主張番号】P 2019133024
(32)【優先日】2019-07-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】濱 久也
(72)【発明者】
【氏名】岡村 克己
(72)【発明者】
【氏名】石井 顕人
(72)【発明者】
【氏名】久木野 暁
【審査官】小川 武
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-141672(JP,A)
【文献】特開2019-065513(JP,A)
【文献】特開2013-234237(JP,A)
【文献】特開2006-169080(JP,A)
【文献】特開2007-070148(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/00-35/84
B23B 27/14,27/20
B23P 15/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
20体積%以上80体積%未満の立方晶窒化硼素粒子と、20体積%超80体積%以下の結合相と、を備える立方晶窒化硼素焼結体であって、
前記結合相は、周期律表の第4族元素、第5族元素、第6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、窒素、炭素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物、及び、前記化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含み、
TEM-EDXを用いて前記立方晶窒化硼素粒子と前記結合相との界面に垂直な方向に、前記立方晶窒化硼素粒子から前記結合相にわたって炭素含有量を測定した場合、前記結合相の炭素含有量の平均値よりも炭素含有量の大きい第1領域が存在し、前記第1領域内に前記界面が存在し、かつ、前記第1領域の長さは0.1nm以上10nm以下であり、
前記第1領域の炭素含有量の最大値と、前記結合相の炭素含有量の平均値との差は、0.3原子%以上5原子%以下である、立方晶窒化硼素焼結体。
【請求項2】
前記立方晶窒化硼素粒子の含有割合は、35体積%以上75体積%未満である、請求項1に記載の立方晶窒化硼素焼結体。
【請求項3】
前記第1領域の長さは、0.1nm以上5nm以下である、請求項1又は請求項2に記載の立方晶窒化硼素焼結体。
【請求項4】
請求項1から請求項のいずれか1項に記載の立方晶窒化硼素焼結体の製造方法であって、
立方晶窒化硼素粉末に有機物を付着させて、有機物付着立方晶窒化硼素粉末を作製する工程と、
前記有機物付着立方晶窒化硼素粉末と結合材粉末とを混合して、混合粉末を調製する工程と、
前記混合粉末を焼結して、立方晶窒化硼素焼結体を得る工程と、を備え、
前記混合粉末は、20体積%以上80体積%未満の前記有機物付着立方晶窒化硼素粉末と、20体積%超80体積%以下の前記結合材粉末とを含み、
前記結合材粉末は、周期律表の第4族元素、第5族元素、第6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、窒素、炭素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とを含む、立方晶窒化硼素焼結体の製造方法。
【請求項5】
前記有機物付着立方晶窒化硼素粉末を作製する工程は、前記立方晶窒化硼素粉末と、前記有機物とを、超臨界水に投入する工程を含む、請求項に記載の立方晶窒化硼素焼結体の製造方法。
【請求項6】
前記有機物付着立方晶窒化硼素粉末を作製する工程は、プラズマ処理により前記立方晶窒化硼素粉末に前記有機物を付着させる工程を含む、請求項に記載の立方晶窒化硼素焼結体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、立方晶窒化硼素焼結体、及び、その製造方法に関する。本出願は、2019年7月18日に出願した日本特許出願である特願2019-133024号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
切削工具等に用いられる高硬度材料として、立方晶窒化硼素焼結体(以下、「cBN焼結体」ともいう。)がある。cBN焼結体は、通常、立方晶窒化硼素粒子(以下、「cBN粒子」ともいう。)と結合相とからなり、cBN粒子の含有割合によってその特性が異なる傾向がある。
【0003】
このため、切削加工の分野においては、被削材の材質、要求される加工精度等によって、切削工具に適用されるcBN焼結体の種類が使い分けられる。例えば、立方晶窒化硼素(以下、「cBN」ともいう。)の含有割合の低いcBN焼結体(以下、「low-cBN焼結体」ともいう。)は、焼入鋼等の切削に好適に用いることができる。
【0004】
例えば、特開平11-268956号公報(特許文献1)には、電子顕微鏡による組織観察で、立方晶窒化硼素が30~70面積%である組成を示す立方晶窒化硼素基超高圧焼結材料から構成された切削チップが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平11-268956号公報
【発明の概要】
【0006】
本開示の立方晶窒化硼素焼結体は、20体積%以上80体積%未満の立方晶窒化硼素粒子と、20体積%超80体積%以下の結合相と、を備える立方晶窒化硼素焼結体であって、
前記結合相は、周期律表の第4族元素、第5族元素、第6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、窒素、炭素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物、及び、前記化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含み、
TEM-EDXを用いて前記立方晶窒化硼素粒子と前記結合相との界面に垂直な方向に、前記立方晶窒化硼素粒子から前記結合相にわたって炭素含有量を測定した場合、前記結合相の炭素含有量の平均値よりも炭素含有量の大きい第1領域が存在し、前記第1領域内に前記界面が存在し、かつ、前記第1領域の長さは0.1nm以上10nm以下である、立方晶窒化硼素焼結体である。
【0007】
本開示の立方晶窒化硼素焼結体の製造方法は、上記の立方晶窒化硼素焼結体の製造方法であって、
立方晶窒化硼素粉末に有機物を付着させて、有機物付着立方晶窒化硼素粉末を作製する工程と、
前記有機物付着立方晶窒化硼素粉末と結合材粉末とを混合して、混合粉末を調製する工程と、
前記混合粉末を焼結して、立方晶窒化硼素焼結体を得る工程と、を備え、
前記混合粉末は、20体積%以上80体積%未満の前記有機物付着立方晶窒化硼素粉末と、20体積%超80体積%以下の前記結合材粉末とを含み、
前記結合材粉末は、周期律表の第4族元素、第5族元素、第6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、窒素、炭素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とを含む、立方晶窒化硼素焼結体の製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、本開示のcBN焼結体をSEMで観察して得られた反射電子像の一例を示す画像である。
図2図2は、図1の反射電子像を画像処理ソフトに読み込んだ画像である。
図3図3は、上の画像は反射電子像であり、下の画像は該反射電子像から得られた濃度断面グラフである。
図4図4は、黒色領域及び結合相の規定方法を説明するための図である。
図5図5は、黒色領域と結合相との境界を説明するための図である。
図6図6は、図1の反射電子像を二値化処理した画像である。
図7図7は、第2画像の一例を模式的に示す図である。
図8図8は、元素ライン分析の結果を示すグラフの一例である。
図9図9は、第2画像の一例である。
図10図10は、元素マッピング分析の結果に基づく元素分布の一例であり、炭素の分布状態を示す画像である。
図11図11は、元素ライン分析の結果を示すグラフの一例である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示が解決しようとする課題]
近年、機械部品の急速な高機能化に伴い、機械部品となる被削材の難削化が加速している。これに伴い、切削工具の短寿命化によるコスト増という問題が顕在化している。このため、low-cBN焼結体のさらなる改良が望まれる。
【0010】
本開示は、工具の材料として用いた場合に、工具の長寿命化を可能とする立方晶窒化硼素焼結体、及び、その製造方法を提供することを目的とする。
[本開示の効果]
【0011】
本開示の立方晶窒化硼素焼結体は、工具の材料として用いた場合に、工具の長寿命化を可能とすることができる。
【0012】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
(1)本開示の立方晶窒化硼素焼結体は、
20体積%以上80体積%未満の立方晶窒化硼素粒子と、20体積%超80体積%以下の結合相と、を備える立方晶窒化硼素焼結体であって、
前記結合相は、周期律表の第4族元素、第5族元素、第6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、窒素、炭素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物、及び、前記化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含み、
TEM-EDXを用いて前記立方晶窒化硼素粒子と前記結合相との界面に垂直な方向に、前記立方晶窒化硼素粒子から前記結合相にわたって炭素含有量を測定した場合、前記結合相の炭素含有量の平均値よりも炭素含有量の大きい第1領域が存在し、前記第1領域内に前記界面が存在し、かつ、前記第1領域の長さは0.1nm以上10nm以下である。
【0013】
本開示の立方晶窒化硼素焼結体は、工具の材料として用いた場合に、工具の長寿命化を可能とすることができる。
【0014】
(2)前記立方晶窒化硼素粒子の含有割合は、35体積%以上75体積%未満であることが好ましい。これによると、立方晶窒化硼素焼結体は、工具の材料として用いた場合に、工具の更なる長寿命化を可能とすることができる。
【0015】
(3)前記第1領域の長さは、0.1nm以上5nm以下であることが好ましい。これによると、立方晶窒化硼素焼結体は、工具の材料として用いた場合に、工具の更なる長寿命化を可能とすることができる。
【0016】
(4)前記第1領域の炭素含有量の最大値と、前記結合相の炭素含有量の平均値との差は、0.3原子%以上5原子%以下であることが好ましい。これによると、立方晶窒化硼素焼結体は、工具の材料として用いた場合に、工具の更なる長寿命化を可能とすることができる。
【0017】
(5)本開示の立方晶窒化硼素焼結体の製造方法は、上記の立方晶窒化硼素焼結体の製造方法であって、
立方晶窒化硼素粉末に有機物を付着させて、有機物付着立方晶窒化硼素粉末を作製する工程と、
前記有機物付着立方晶窒化硼素粉末と結合材粉末とを混合して、混合粉末を調製する工程と、
前記混合粉末を焼結して、立方晶窒化硼素焼結体を得る工程と、を備え、
前記混合粉末は、20体積%以上80体積%未満の前記有機物付着立方晶窒化硼素粉末と、20体積%超80体積%以下の前記結合材粉末とを含み、
前記結合材粉末は、周期律表の第4族元素、第5族元素、第6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、窒素、炭素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とを含む。
【0018】
上記製造方法によれば、工具の材料として用いた場合に、工具の長寿命化を可能とすることができる立方晶窒化硼素焼結体を製造することができる。
【0019】
(6)前記有機物付着立方晶窒化硼素粉末を作製する工程は、前記立方晶窒化硼素粉末と、前記有機物とを、超臨界水に投入する工程を含むことが好ましい。これによると、表面に有機物が均一に付着した有機物付着立方晶窒化硼素粉末の作製が容易となる。
【0020】
(7)前記有機物付着立方晶窒化硼素粉末を作製する工程は、プラズマ処理により前記立方晶窒化硼素粉末に前記有機物を付着させる工程を含むことが好ましい。これによると、表面に有機物が均一に付着した有機物付着立方晶窒化硼素粉末の作製が容易となる。
【0021】
[本開示の実施形態の詳細]
【0022】
本発明者らはまず、より長寿命化が可能なcBN焼結体を完成させるべく、low-cBN焼結体における結合相の原料として、周期律表の第4族元素、第5族元素、第6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、窒素、炭素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物、及び、該化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む結合材粉末を用いることとした。これは、本発明者らのこれまでの研究により、このような結合材粉末を用いた場合に、cBN粒子に対する結合相の結合力が特に高く、結果的に、優れたcBN焼結体が得られることを知見しているためである。
【0023】
本発明者らは、cBNの含有量の少ないlow-cBN焼結体において、cBNの高い機械的強度を活かすためには、結合相とcBN粒子との結合力を更に高めることが重要であると考え、検討を行った。その結果、以下(a)~(c)の知見を得た。
【0024】
(a)cBN粒子と結合相との界面に存在する微量の炭素が焼結時に混入する酸素を低減させる。
(b)上記酸素は結合力を低下させるため、該酸素を低減させることで、cBN粒子と結合相との結合力を高め得る。
(c)一方、cBN粒子と結合相との界面に存在する炭素の量が多過ぎると、焼結が阻害され、cBN焼結体が低密度となり、cBN焼結体の特性が変化する傾向がある。
【0025】
上記の知見から、本発明者らは、cBN粒子と結合相との界面に存在する炭素により、cBN粒子と結合相との結合力を顕著に高め、かつ、cBN焼結体の特性を低下させないためには、cBN粒子と結合相との界面における炭素の量及び分布が重要であると考察した。上記の知見及び考察を踏まえ、本発明者らは鋭意検討の結果、本開示を完成させた。
【0026】
以下に、本開示の立方晶窒化硼素焼結体、及び、その製造方法の具体例を、図面を参照しつつ説明する。本開示の図面において、同一の参照符号は、同一部分又は相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、必ずしも実際の寸法関係を表すものではない。
【0027】
本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0028】
本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるべきではない。例えば「TiAlN」と記載されている場合、TiAlNを構成する原子数の比はTi:Al:N=0.5:0.5:1に限られず、従来公知のあらゆる原子比が含まれる。このことは、「TiAlN」以外の化合物の記載についても同様である。本実施形態において、チタン(Ti)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)などの金属元素と、窒素(N)、酸素(O)、炭素(C)などの非金属元素とは、必ずしも化学量論的な組成を構成している必要がない。
【0029】
<第1の実施形態:立方晶窒化硼素焼結体>
本開示の立方晶窒化硼素焼結体は、20体積%以上80体積%未満の立方晶窒化硼素粒子と、20体積%超80体積%以下の結合相と、を備える立方晶窒化硼素焼結体であって、結合相は、周期律表の第4族元素、第5族元素、第6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、窒素、炭素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物、及び、該化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含み、TEM-EDXを用いて立方晶窒化硼素粒子と結合相との界面に垂直な方向に、立方晶窒化硼素粒子から結合相にわたって炭素含有量を測定した場合、結合相の炭素含有量の平均値よりも炭素含有量の大きい第1領域が存在し、第1領域内に前記界面が存在し、かつ、第1領域の長さは0.1nm以上10nm以下である。
【0030】
本開示の立方晶窒化硼素焼結体は、20体積%以上80体積%未満の立方晶窒化硼素粒子と、20体積%超80体積%以下の結合相と、を備える。すなわち、本開示の立方晶窒化硼素焼結体は、いわゆるlow-cBN焼結体である。なお、cBN焼結体は、原材料、製造条件等に起因する不可避不純物を含み得る。本開示の立方晶窒化硼素焼結体において、cBN粒子の含有割合、結合相の含有割合、及び、不可避不純物の含有割合の合計は、100体積%となる。
【0031】
本開示の立方晶窒化硼素焼結体において、cBN粒子の含有割合、及び、結合相の含有割合の合計の下限は、95体積%以上、96体積%以上、97体積%以上、98体積%以上、99体積%以上とすることができる。本開示の立方晶窒化硼素焼結体において、cBN粒子の含有割合、及び、結合相の含有割合の合計の上限は、100体積%以下、100体積%未満とすることができる。本開示の立方晶窒化硼素焼結体において、cBN粒子の含有割合、及び、結合相の含有割合の合計は、95体積%以上100体積%以下、96体積%以上100体積%以下、97体積%以上100体積%以下、98体積%以上100体積%以下、99体積%以上100体積%以下、95体積%以上100体積%未満、96体積%以上100体積%未満、97体積%以上100体積%未満、98体積%以上100体積%未満、99体積%以上100体積%未満とすることができる。
【0032】
cBN焼結体におけるcBN粒子の含有割合(体積%)及び結合相の含有割合(体積%)は、走査電子顕微鏡(SEM)(日本電子社製の「JSM-7800F」(商品名))付帯のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)(Octane Elect(オクタンエレクト) EDS システム)を用いて、cBN焼結体に対し、組織観察、元素分析等を実施することによって確認することができる。
【0033】
cBN粒子の含有割合(体積%)の測定方法は下記の通りである。まず、cBN焼結体の任意の位置を切断し、cBN焼結体の断面を含む試料を作製する。断面の作製には、集束イオンビーム装置、クロスセクションポリッシャ装置等を用いることができる。次に、上記断面をSEMにて5000倍で観察して、反射電子像を得る。反射電子像においては、cBN粒子が存在する領域が黒色領域となり、結合相が存在する領域が灰色領域又は白色領域となる。
【0034】
次に、上記反射電子像に対して画像解析ソフト(三谷商事(株)の「WinROOF」)を用いて二値化処理を行う。二値化処理後の画像から、測定視野の面積に占める暗視野に由来する画素(cBN粒子に由来する画素)の面積比率を算出する。算出された面積比率を体積%とみなすことにより、cBN粒子の含有割合(体積%)を求めることができる。
【0035】
二値化処理後の画像から、測定視野の面積に占める明視野に由来する画素(結合相に由来する画素)の面積比率を算出することにより、結合相の含有割合(体積%)を求めることができる。
二値化処理の具体的な方法について、図1図6を用いて説明する。
【0036】
図1は、cBN焼結体をSEMで観察して得られた反射電子像の一例である。該反射電子像を画像処理ソフトに読み込む。読み込んだ画像を図2に示す。図2に示されるように、読み込んだ画像において、任意のラインQ1を引く。
【0037】
ラインQ1に沿って、濃度断面図の計測を行い、GRAY値を読み取る。ラインQ1をX座標とし、GRAY値をY座標としたグラフ(以下、「濃度断面グラフ」ともいう。)を作製する。cBN焼結体の反射電子像と、該反射電子像の濃度断面グラフを図3に示す(上の画像が反射電子像であり、下のグラフが濃度断面グラフである)。図3において、反射電子像の幅と濃度断面グラフのX座標の幅(23.27μm)とは一致している。従って、反射電子像におけるラインQ1の左側端部から、ラインQ1上の特定の位置までの距離は、濃度断面グラフのX座標の値で示される。
【0038】
図3の反射電子像においてcBN粒子が存在する黒色領域を任意に3箇所選ぶ。黒色領域は、例えば、図4の反射電子像において、符号cの楕円で示される部分である。
【0039】
該3箇所の黒色領域のそれぞれのGRAY値を濃度断面グラフから読み取る。該3箇所の黒色領域のそれぞれのGRAY値は、図4の濃度断面グラフにおいて、符号cの楕円で囲まれる3箇所の各部分におけるGRAY値の平均値とする。該3箇所のそれぞれのGRAY値の平均値を算出する。該平均値をcBNのGRAY値(以下、Gcbnともいう。)とする。
【0040】
図3の反射電子像において灰色で示される結合相が存在する領域を任意に3箇所選ぶ。結合相は、例えば、図4の反射電子像において、符号dの楕円で示される部分である。
【0041】
該3箇所の結合相のそれぞれのGRAY値を濃度断面グラフから読み取る。該3箇所の結合相のそれぞれのGRAY値は、図4の濃度断面グラフにおいて、符号dの楕円で囲まれる3箇所の各部分におけるGRAY値の平均値とする。該3箇所のそれぞれのGRAY値の平均値を算出する。該平均値を結合相のGRAY値(以下、Gbinderともいう。)とする。
【0042】
(Gcbn+Gbinder)/2で示されるGRAY値を、黒色領域(cBN粒子)と結合相との界面のGRAY値と規定する。例えば、図4の濃度断面グラフにおいて、黒色領域(cBN粒子)のGRAY値GcbnはラインGcbnで示され、結合相のGRAY値GbinderはラインGbinderで示され、(Gcbn+Gbinder)/2で示されるGRAY値はラインG1で示される。
【0043】
上記の通り、濃度断面グラフにおいて、黒色領域(cBN粒子)と結合相との界面を規定することにより、黒色領域(cBN粒子)と結合相との界面におけるX座標及びY座標の値を読み取ることができる。界面は任意に規定することができる。例えば、図5の上部の反射電子像では、界面を含む部分の一例として、符号eの楕円で囲まれる部分が挙げられる。図5の反射電子像において、黒色領域(cBN粒子)と結合相との界面は、例えば符号eの楕円で示される部分である。図5の下部の濃度断面グラフにおいて、上記の符号eの楕円に相当する黒色領域(cBN粒子)と結合相との界面は矢印eで示される部分である。該矢印eの先端は、GRAY値の濃度断面グラフと、GRAY値(Gcbn+Gbinder)/2を示すラインG1と、の交点の位置を示す。該矢印eのX座標及び矢印eの先端のY座標の値が、黒色領域(cBN粒子)と結合相との界面におけるX座標及びY座標の値に該当する。
【0044】
黒色領域(cBN粒子)と結合相との界面におけるX座標及びY座標の値を閾値として二値化処理を行う。二値化処理後の画像を図6に示す。図6において、点線で囲まれる領域が、二値化処理が行われた領域である。なお、二値化処理後の画像は、明視野と暗視野の他に、二値化処理前の画像において白色であった領域に対応する白色領域(明視野よりも白い箇所)を含んでいてもよい。
【0045】
図6において、測定視野の面積に占める暗視野に由来する画素(cBN粒子に由来する画素)の面積比率を算出する。算出された面積比率を体積%とみなすことにより、cBN粒子の含有割合(体積%)を求めることができる。
【0046】
図6において、測定視野の面積に占める明視野に由来する画素(結合相に由来する画素)の面積比率を算出することにより、結合相の含有割合(体積%)を求めることができる。
【0047】
cBN焼結体中のcBN粒子の含有割合は、35体積%以上75体積%未満が好ましく、50体積%以上75体積%以下がより好ましい。
【0048】
cBN焼結体中の結合相の含有割合は、25体積%超65体積%以下が好ましく、25体積%以上50体積%以下がより好ましい。
【0049】
《cBN粒子》
cBN粒子は、硬度、強度、靱性が高く、cBN焼結体中の骨格としての役割を果たす。cBN粒子のD50(平均粒径)は特に限定されず、例えば、0.1~10.0μmとすることができる。通常、D50が小さい方がcBN焼結体の硬度が高くなる傾向があり、粒径のばらつきが小さい方が、cBN焼結体の性質が均質となる傾向がある。cBN粒子のD50は、例えば、0.5~4.0μmとすることが好ましい。
【0050】
cBN粒子のD50は次のようにして求められる。まず上記のcBN粒子の含有割合の求め方に準じて、cBN焼結体の断面を含む試料を作製し、反射電子像を得る。次いで、画像解析ソフトを用いて反射電子像中の各暗視野(cBN粒子に相当)の円相当径を算出する。5視野以上を観察することによって100個以上のcBN粒子の円相当径を算出することが好ましい。
【0051】
次いで、各円相当径を最小値から最大値まで昇順に並べて累積分布を求める。累積分布において累積面積50%となる粒径がD50となる。なお円相当径とは、計測されたcBN粒子の面積と同じ面積を有する円の直径を意味する。
【0052】
《結合相》
結合相は、難焼結性材料であるcBN粒子を工業レベルの圧力温度で焼結可能とする役割を果たす。また、鉄との反応性がcBNより低いため、高硬度焼入鋼の切削において、化学的摩耗及び熱的摩耗を抑制する働きを付加する。また、cBN焼結体が結合相を含有すると、高硬度焼入鋼の高能率加工における耐摩耗性が向上する。
【0053】
本開示のcBN焼結体において、結合相は、周期律表の第4族元素、第5族元素、第6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、窒素、炭素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物(以下、「結合相化合物」ともいう。)、及び、該化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む。
【0054】
ここで、周期律表の第4族元素は、例えば、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)及びハフニウム(Hf)を含む。第5族元素は、例えば、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)及びタンタル(Ta)を含む。第6族元素は、例えば、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)及びタングステン(W)を含む。以下、第4族元素、第5族元素及び第6族元素に含まれる元素を「第1金属元素」とも記す。
【0055】
上記の第1金属元素と窒素とを含む化合物(窒化物)としては、例えば、窒化チタン(TiN)、窒化ジルコニウム(ZrN)、窒化ハフニウム(HfN)、窒化バナジウム(VN)、窒化ニオブ(NbN)、窒化タンタル(TaN)、窒化クロム(CrN)、窒化モリブデン(MoN)、窒化タングステン(WN)、窒化チタンジルコニウム(TiZrN)、窒化チタンハフニウム(TiHfN)、窒化チタンバナジウム(TiVN)、窒化チタンニオブ(TiNbN)、窒化チタンタンタル(TiTaN)、窒化チタンクロム(TiCrN)、窒化チタンモリブデン(TiMoN)、窒化チタンタングステン(TiWN)、窒化ジルコニウムハフニウム(ZrHfN)、窒化ジルコニウムバナジウム(ZrVN)、窒化ジルコニウムニオブ(ZrNbN)、窒化ジルコニウムタンタル(ZrTaN)、窒化ジルコニウムクロム(ZrCrN)、窒化ジルコニウムモリブデン(ZrMoN)、窒化ジルコニウムタングステン(ZrWN)、窒化ハフニウムバナジウム(HfVN)、窒化ハフニウムニオブ(HfNbN)、窒化ハフニウムタンタル(HfTaN)、窒化ハフニウムクロム(HfCrN)、窒化ハフニウムモリブデン(HfMoN)、窒化ハフニウムタングステン(HfWN)、窒化バナジウムニオブ(VNbN)、窒化バナジウムタンタル(VTaN)、窒化バナジウムクロム(VCrN)、窒化バナジウムモリブデン(VMoN)、窒化バナジウムタングステン(VWN)、窒化ニオブタンタル(NbTaN)、窒化ニオブクロム(NbCrN)、窒化ニオブモリブデン(NbMoN)、窒化ニオブタングステン(NbWN)、窒化タンタルクロム(TaCrN)、窒化タンタルモリブデン(TaMoN)、窒化タンタルタングステン(TaWN)、窒化クロムモリブデン(CrMoN)、窒化クロムタングステン(CrWN)、窒化モリブデンクロム(MoWN)を挙げることができる。
【0056】
上記の第1金属元素と炭素とを含む化合物(炭化物)としては、例えば、炭化チタン(TiC)、炭化ジルコニウム(ZrC)、炭化ハフニウム(HfC)、炭化バナジウム(VC)、炭化ニオブ(NbC)、炭化タンタル(TaC)、炭化クロム(Cr)、炭化モリブデン(MoC)、炭化タングステン(WC)を挙げることができる。
【0057】
上記の第1金属元素と硼素とを含む化合物(硼化物)としては、例えば、硼化チタン(TiB)、硼化ジルコニウム(ZrB)、硼化ハフニウム(HfB)、硼化バナジウム(VB)、硼化ニオブ(NbB)、硼化タンタル(TaB)、硼化クロム(CrB)、硼化モリブデン(MoB)、硼化タングステン(WB)を挙げることができる。
【0058】
上記の第1金属元素と酸素とを含む化合物(酸化物)としては、例えば、酸化チタン(TiO)、酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化ハフニウム(HfO)、酸化バナジウム(V)、酸化ニオブ(Nb)、酸化タンタル(Ta)、酸化クロム(Cr)、酸化モリブデン(MoO)、酸化タングステン(WO)を挙げることができる。
【0059】
上記の第1金属元素と炭素と窒素とを含む化合物(炭窒化物)としては、例えば、炭窒化チタン(TiCN)、炭窒化ジルコニウム(ZrCN)、炭窒化ハフニウム(HfCN)を挙げることができる。
【0060】
上記の第1金属元素と酸素と窒素とからなる化合物(酸窒化物)としては、例えば、酸窒化チタン(TiON)、酸窒化ジルコニウム(ZrON)、酸窒化ハフニウム(HfON)、酸窒化バナジウム(VON)、酸窒化ニオブ(NbON)、酸窒化タンタル(TaON)、酸窒化クロム(CrON)、酸窒化モリブデン(MoON)、酸窒化タングステン(WON)を挙げることができる。
【0061】
アルミニウムを含む結合相化合物としては、例えば、窒化アルミニウム(AlN)、窒化チタンアルミニウム(TiAlN、TiAlN、TiAlN)、硼化アルミニウム(AlB)、酸化アルミニウム(Al)を挙げることができる。
【0062】
上記の結合相化合物由来の固溶体とは、2種類以上のこれらの化合物が互いの結晶構造内に溶け込んでいる状態を意味し、侵入型固溶体や置換型固溶体を意味する。
【0063】
結合相化合物は、1種類を用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0064】
結合相は、上記の結合相化合物の他に、他の成分を含んでいてもよい。他の成分を構成する元素としては、例えば、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、レニウム(Re)を挙げることができる。
【0065】
cBN焼結体に含まれる結合相の組成は、例えば、XRD(X線回折測定、X-ray Diffraction)及びEDX(エネルギー分散型X線分光法、Energy dispersive X-ray spectrometry)により特定されうる。
【0066】
《TEM-EDXによる分析》
本開示のcBN焼結体は、TEM-EDX(透過型電子顕微鏡(TEM)付帯のエネルギー分散型X線分光法(EDX))を用いて、cBN粒子と結合相との界面に垂直な方向に、cBN粒子から結合相にわたって炭素含有量を測定した場合に、下記(1)~(3)の条件を満たすことを特徴とする。
(1)結合相の炭素含有量の平均値よりも炭素含有量の大きい第1領域が存在する。
(2)第1領域内に界面が存在する。
(3)第1領域の長さは0.1nm以上10nm以下である。
【0067】
TEM-EDXによる分析は、次のようにして実施される。まず、cBN焼結体からサンプルを採取し、アルゴンイオンスライサーを用いて、サンプルを30~100nmの厚みに薄片化して切片を作製する。次いで、当該切片をTEM(透過型電子顕微鏡、日本電子社製の「JEM-2100F/Cs」(商品名))にて50000倍で観察することにより、第1画像を得る。
【0068】
第1画像において、cBN粒子と結合相との界面を任意に選択する。なお、第1画像において、cBN粒子は黒色領域として観察され、結合相は白色領域又は灰色領域として観察され、界面は白色領域又は灰色領域として観察される。
【0069】
次に、選択された界面が、画像の中央付近を通るように位置決めを行い、観察倍率を200万倍に変更して観察することにより、第2画像を得る。得られた第2画像(100nm×100nm)において、界面は、画像の一端から、画像の中央付近を通って、該一端に対向する他の一端に伸びるように存在することとなる。
【0070】
次に、第2画像に対し、EDXによる元素マッピング分析を実施し、炭素の分布を分析する。
【0071】
元素マッピング分析の結果、界面を含み、界面に沿うように、炭素の濃度が高い領域が観察された場合には、当該第2画像において、界面に垂直な方向に炭素含有量を測定する。具体的な測定方法は下記の通りである。
【0072】
まず、第2画像において、界面の伸長する伸長方向(炭素の濃度が高い領域が伸長する伸長方向)を確認し、該伸長方向に垂直な方向に、元素ライン分析を実施する。ここで、界面の伸長方向に対して垂直な方向とは、伸長方向の接線に対して90°±5°の角度で交差する直線に沿う方向を意味する。そのときのビーム径は0.3nm以下とし、スキャン間隔は0.1~0.7nmとする。
【0073】
元素ライン分析の結果から、結合相の炭素含有量の平均値、及び、該平均値よりも炭素含有量の大きい第1領域の長さを算出する。ここで結合相の炭素含有量における炭素とは、結合相化合物を構成する炭素とともに、結合相化合物に含まれない遊離炭素を含む。具体的な算出方法について、図7及び図8を用いて説明する。
【0074】
図7は、第2画像の一例を模式的に示す図である。図7では、立方晶窒化硼素粒子1と結合相2とが隣接して界面3を形成している。界面3の伸長方向に対して垂直方向(伸長方向の接線に対して90°±5°の角度で交差する直線に沿う方向)(図7の矢印Aで示される方向)に沿って、元素ライン分析を実施する。また、界面の伸長方向に対して垂直な方向は、サンプルの断面においてcBN粒子と結合相との界面(境界線)に垂直、かつ、該断面に平行な方向である。
【0075】
図8は、元素ライン分析の結果を示すグラフの一例である。該グラフにおいて、横軸(X軸)は界面からの距離(nm)を示し、縦軸(Y軸)は炭素含有量(原子%)を示す。なお、横軸(X軸)の「X=0」は界面を示し、横軸(X軸)の値が「-」(マイナス)で示される場合は、その絶対値が界面からの距離に相当する。
【0076】
例えば、図7における界面3と元素ライン分析の方向(矢印A)との交点Bは、界面3との距離が0である。よって、交点Bは、図8のグラフにおいてX=0となり、X=0における縦軸(Y軸)の値が交点Bにおける炭素含有量となる。
【0077】
図7における交点Bから、元素ライン分析の方向(矢印A)に沿う、cBN粒子1側への距離は、図8のグラフにおいて、横軸(X軸)の正の数値として示される。一方、図7における交点Bから、元素ライン分析の方向(矢印A)に沿う、結合相2側への距離は、図8のグラフにおいて、横軸(X軸)の負の数値として示される。
【0078】
本明細書において、結合相の炭素含有量の平均値は、cBN焼結体の断面において、cBN粒子と結合相との界面から結合相側に20nm離れた距離の仮想の線を線L1とし、cBN粒子と結合相との界面から結合相側に30nm離れた距離の仮想の線を線L2とした場合に、線L1と線L2との間の領域における結合相の炭素含有量の平均値を意味する。本明細書では、結合相の炭素含有量の平均値は、元素ライン分析の結果を示すグラフから算出される値である。
【0079】
例えば、図8のグラフでは、横軸(X軸)が-20nmから-30nmの範囲(aで示される範囲、界面からの距離が20nm以上30nm以下の範囲)における炭素含有量の平均値が、結合相の炭素含有量の平均値となる。
【0080】
図8のグラフにおいて、上記で算出された平均値よりも、炭素含有量が大きい領域(bで示される範囲)が、結合相の炭素含有量の平均値よりも炭素含有量の大きい第1領域に相当する。第1領域が存在する場合は、立方晶窒化硼素焼結体は上記(1)の条件(結合相の炭素含有量の平均値よりも炭素含有量の大きい第1領域が存在する。)を満たすこととなる。
【0081】
図8のグラフにおいて、上記の第1領域(bで示される範囲)の横軸(X軸)の範囲が、X=0を含む場合、立方晶窒化硼素焼結体は上記(2)の条件(第1領域内に界面が存在する。)を満たすこととなる。
【0082】
図8のグラフにおいて、上記の第1領域(bで示される範囲)の横軸(X軸)の範囲の長さ(Dで示される長さ)が0.1nm以上10nm以下の場合、立方晶窒化硼素焼結体は上記(3)の条件(第1領域の長さは0.1nm以上10nm以下である。)を満たすこととなる。
【0083】
6視野の第1画像において上述の分析を繰り返し実施し、1視野以上において、上記(1)~(3)を満たすことが確認された場合、当該cBN焼結体は、本開示のcBN焼結体であるとみなす。
【0084】
上述の分析に関し、理解を容易とするために、図9図11を用いてさらに詳述する。図9は、第2画像の一例である。図9において、黒色領域がcBN粒子に相当し、白色領域が結合相に相当し、白色領域又は灰色領域が界面に相当すると考えられる。
【0085】
ここで、第2画像において、界面に相当すると考えられる白色領域又は灰色領域の幅(図9においては略上下方向)が10nmを超える場合には、第1画像に戻り、他の一の界面を再選択する。白色領域又は灰色領域の幅が10nmを超える場合には、該白色領域又は灰色領域が「cBN粒子と結合相との界面」に相当するとは言い難いためである。
【0086】
図9に示す第2画像に対し、EDXによる元素マッピング分析を実施した結果が図10であり、炭素の分布状態を示す。元素マッピング分析において、炭素が存在している位置は淡色を示す。このため、図10において、濃色を呈する領域は、炭素が存在しない(又はごくわずかに存在する)領域であり、その色味が淡くなるほど、炭素が多く存在する領域となる。
【0087】
図10において、炭素が存在する領域(以下、「炭素含有領域」ともいう。)は、界面を含み、かつ、界面に沿って存在していることが分かる。
【0088】
図10に示す画像内に示される実線は、炭素含有領域の伸長方向(図10においては左上から右下方向)に対する垂直方向(図10においては左下から右上方向)に、元素ライン分析を実施した結果である。これをグラフ化したものが図11に示される。図11のグラフにおいて、元素ライン分析を実施した距離(nm)は横軸、元素ライン分析結果から算出される、スポットにおける炭素含有量、硼素含有量、窒素含有量、チタン含有量、酸素含有量、アルミニウム含有量、珪素含有量(原子%)の値は縦軸として示される。
【0089】
図11を参照し、界面を含む領域において、炭素含有量(原子%)のピークが観察されている。当該ピークが観察される部分が「第1領域」であり、当該ピークの長さDが「第1領域の長さ」となる。
【0090】
《作用効果》
本開示のcBN焼結体は、工具の材料として用いた場合に、工具の長寿命化を可能とすることができる。この理由は、本開示のcBN焼結体では、cBN粒子と結合相との界面に存在する炭素の量及び分布が適切に調整されていることにより、cBN粒子と結合相との結合力が高められているためと推察される。
【0091】
cBN焼結体において、第1領域の長さが10nmを超える場合には、工具の長寿命化を可能とすることができない。この理由は、下記の通りと推察される。焼結前のcBN粒子の表面に存在する炭素量が多すぎる場合に、cBN焼結体において第1領域の長さが10nmを超えてしまう。焼結前のcBN粒子の表面に存在する炭素量が多すぎる場合、cBN粒子内に過剰な遊離炭素が存在することにより、cBN粒子と結合相との間の結合力の低下が引き起こされる。
【0092】
また、cBN粒子と結合相との界面に存在する炭素量が多すぎると、焼結が阻害され、cBN焼結体が低密度となり、cBN焼結体の特性が低下し、工具寿命が短くなると考えられる。
【0093】
cBN焼結体において、第1領域の長さが0.1nm未満の場合にも、工具の長寿命化を可能とすることができない。この理由は、下記の通りと推察される。焼結前のcBN粒子の表面に存在する炭素量が少なすぎる場合に、cBN焼結体において第1領域の長さが0.1nm未満となる。この場合、炭素による、焼結時に結合力を低下させる酸素の除去効果が十分でなく、cBN粒子と結合相との結合力が不十分となる。
【0094】
本開示のcBN焼結体は、第1領域の長さが0.1nm以上5nm以下であることが好ましい。この場合、cBN焼結体は、工具の材料として用いた場合に、工具の更なる長寿命化を可能とすることができる。
【0095】
本開示のcBN焼結体は、第1領域の炭素含有量の最大値と、結合相の炭素含有量の平均値との差は、0.3原子%以上5原子%以下であることが好ましい。これによると、立方晶窒化硼素焼結体は、工具の材料として用いた場合に、工具の更なる長寿命化を可能とすることができる。ここで、第1領域の炭素含有量の最大値、及び、結合相の炭素含有量の平均値は、cBN焼結体の元素ライン分析の結果を示すグラフから算出される値である。
【0096】
第1領域の炭素含有量の最大値と、結合相の炭素含有量の平均値との差は、1.0原子%以上4.0原子%以下がより好ましく、2.0原子%以上3.0原子%以下が更に好ましい。
【0097】
上記の第1領域の炭素含有量の最大値は、0.1原子%以上10原子%以下が好ましく、5.0原子%以上10原子%以下がより好ましい。これによると、cBN焼結体のさらなる長寿命化が可能となる。
【0098】
上記の結合相の炭素含有量の平均値は、0.1原子%以上10原子%以下が好ましく、1.0原子%以上5.0原子%以下がより好ましい。これによると、cBN焼結体のさらなる長寿命化が可能となる。
【0099】
<第2の実施形態:cBN焼結体の製造方法>
本開示のcBN焼結体の製造方法について説明する。本開示のcBN焼結体の製造方法は、第1の実施形態に記載のcBN焼結体の製造方法であり、立方晶窒化硼素粉末(以下、「cBN粉末」ともいう。)に有機物を付着させて、有機物付着立方晶窒化硼素粉末(以下、「有機物付着cBN粉末」ともいう。)を作製する工程(以下、「作製工程」ともいう。)と、有機物付着立方晶窒化硼素粉末と結合材粉末とを混合して、混合粉末を調製する工程(以下、「調製工程」ともいう。)と、混合粉末を焼結して、立方晶窒化硼素焼結体を得る工程(以下、「焼結工程」ともいう。)と、を備える。
【0100】
上記の混合粉末は、20体積%以上80体積%未満の有機物付着立方晶窒化硼素粉末と、20体積%超80体積%以下の結合材粉末とを含む。上記の結合材粉末は、周期律表の第4族元素、第5族元素、第6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、窒素、炭素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とを含む。以下、各工程について詳述する。
【0101】
《作製工程》
本工程は、cBN粉末に有機物を付着させて、有機物付着cBN粉末を作製する工程である。
【0102】
cBN粉末とは、cBN焼結体に含まれるcBN粒子の原料粉末である。cBN粉末は、特に限定されず、公知のcBN粉末を用いることができる。cBN粉末のD50(平均粒径)は特に限定されず、例えば、0.1~12.0μmとすることができる。
【0103】
cBN粉末に有機物を付着させる方法としては、超臨界水を用いる方法、及びプラズマ処理を実施する方法等が挙げられる。
【0104】
(超臨界水を用いる方法)
超臨界水を用いる方法について説明する。当該方法においては、例えば、cBN粉末と有機物とを超臨界水に投入する工程が実施される。これにより、有機物付着cBN粉末を作製することができる。なお本明細書において、超臨界水とは、超臨界状態又は亜臨界状態の水を意味する。
【0105】
cBN粉末と有機物とを超臨界水に投入する方法としては、例えば、有機物を溶解させた超臨界水に、cBN粉末を投入する方法が挙げられる。これによれば、cBN粉末と超臨界水との接触により、cBN粉末の表面が清浄化される。また、清浄化された表面(以下、「清浄面」ともいう。)を有するcBN粉末と有機物との接触により、有機物が清浄面に付着する。
【0106】
超臨界水を用いて本工程を実施する場合、用いられる有機物は、アミン又は炭素数が5以上の炭化水素化合物が好ましい。なかでも、ヘキシルアミン、ヘキシルニトリル、パラフィン、ヘキサンがより好ましく、ヘキシルアミンがさらに好ましい。本発明者らは、これらの有機物を用いた場合に、cBN焼結体におけるcBN粒子の脱落が飛躍的に低減されることを確認している。
【0107】
(プラズマ処理を実施する方法)
プラズマ処理を実施する方法について説明する。当該方法においては、プラズマ処理により立方晶窒化硼素粉末に有機物を付着させる工程が実施される。例えば、プラズマ発生装置内において、cBN粉末を、炭素を含む第1ガス雰囲気に曝した後、アンモニアを含む第2ガス雰囲気下に曝す方法が挙げられる。第1ガスとしては、CF、CH、C等を用いることができる。第2ガスとしては、NH、N及びHの混合ガス等を用いることができる。
【0108】
これによれば、cBN粉末が第1ガス雰囲気下に曝されることにより、cBN粉末の表面がエッチングされて清浄面が形成され、かつ該清浄面に炭素が付着する。引き続き、炭素が付着されたcBN粉末が第2ガス雰囲気下に曝されることにより、該炭素がアンモニアにより終端される。これにより、結果的に、炭素と窒素を含む有機物が清浄面に付着することとなる。
【0109】
以上のように、超臨界水を用いる方法及びプラズマ処理を実施する方法のいずれかにより、有機物付着cBN粉末を作製することができる。本工程においては、超臨界水を用いる方法を採用することが好ましい。cBN粉末に付着する有機物の均一化が容易であり、もって有機物付着cBN粉末の均一化が容易なためである。
【0110】
本工程において、cBN粉末の平均粒子径は特に制限されない。高強度であり高耐摩耗性及び高耐欠損性を兼ね備えるcBN焼結体を形成する観点からは、cBN粉末の平均粒子径は0.1~10μmが好ましく、0.5~5.0μmがより好ましい。
【0111】
プラズマ処理を利用して本工程を実施する場合、付着される有機物としては、アミン等が挙げられる。
【0112】
cBN粉末に付着する有機物の好ましい量は、cBN粉末の粒径により変化する。例えば、有機物としてヘキシルアミンを用いる場合、平均粒子径が1~10μmのcBN粉末に対しては、質量基準で0.1~3000ppmのヘキシルアミンを用いることが好ましい。また、平均粒子径が0.1~1μmのcBN粉末に対しては、質量基準で0.1~1000ppmのヘキシルアミンを用いることが好ましい。このような場合に、所望するcBN焼結体が効率的に製造される傾向がある。有機物付着cBN粉末に付着した有機物の量は、例えばガスクロマトグラフ質量分析法により測定することができる。
【0113】
《調製工程》
本工程は、有機物付着cBN粉末と、結合材粉末とを混合して、混合粉末を調製する工程である。有機物付着cBN粉末は、上述の作製工程により得られた有機物付着cBN粉末であり、結合材粉末は、cBN焼結体の結合相の原料である。
【0114】
上記結合材粉末は、次のようにして調製することができる。まず、周期律表の第4族元素、第5族元素、第6族元素及びアルミニウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、窒素、炭素、硼素及び酸素からなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とを含む化合物(以下、「結合材化合物」ともいう。)を準備する。結合材化合物は、1種類を用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。当該結合材化合物を湿式のボールミル、湿式のビーズミル等で粉砕することにより、結合材粉末が調製される。
【0115】
有機物付着cBN粉末と、結合材粉末との混合割合は、混合粉末中の有機物付着cBN粉末の割合が20体積%以上80体積%未満、かつ、結合材粉末の割合が20体積%超以上80体積%以下となるように調製する。
【0116】
なお、混合粉末中の有機物付着cBN粉末と、結合材粉末との混合割合は、該混合粉末を焼結して得られるcBN焼結体におけるcBN粒子と、結合相との割合と実質的に同一となる。有機物付着cBN粉末中の有機物の体積は、cBN粉末に対して極めて小さいためである。したがって、混合粉末中の有機物付着cBN粉末と、結合材粉末との混合割合を制御することにより、cBN焼結体中のcBN粒子と結合相との割合を、所望の範囲に調製することができる。
【0117】
有機物付着cBN粉末と、結合材粉末との混合方法は特に制限されないが、効率よく均質に混合する観点から、ボールミル混合、ビーズミル混合、遊星ミル混合、及びジェットミル混合等を用いることができる。各混合方法は、湿式でもよく乾式でもよい。
【0118】
有機物付着cBN粉末と、結合材粉末とは、エタノール、アセトン等を溶媒に用いた湿式ボールミル混合により混合されることが好ましい。また、混合後は自然乾燥により溶媒が除去される。その後、熱処理により、表面に吸着した水分等の不純物を揮発させ表面を清浄化する。この際、cBN粉末に付着する有機物が熱処理により分解されるが、表面には炭素が均一に残存し表面改質が実現される。これにより、混合粉末が調製される。
【0119】
結合材粉末は、上記の結合材化合物の他に、他の成分を含んでいてもよい。他の成分を構成する元素としては、例えば、ニッケル(Ni)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、レニウム(Re)等を挙げることができる。
【0120】
《焼結工程》
本工程は、混合粉末を焼結してcBN焼結体を得る工程である。本工程において、混合粉末が高温高圧条件下に曝されて焼結されることにより、cBN焼結体が製造される。
【0121】
具体的には、まず、第1工程として、混合粉末を容器に充填して真空シールする。次に、第2工程として、超高温高圧装置を用いて、真空シールされた混合粉末を焼結処理する。焼結条件は特に制限されないが、5.5~8GPa及び1500℃以上2000℃未満で、5~120分が好ましい。特に、コストと焼結性能とのバランスの観点から、6~7GPa及び1600~1900℃で、5~60分が好ましい。
【0122】
本工程においては、混合粉末の作製段階で脱ガス熱処理を実施していない場合には、第1工程により、有機物付着cBN粉末に付着した有機物が分解されて、cBN粉末表面に炭素として残存する。混合粉末の作製段階で脱ガス熱処理が実施される場合には、有機物由来の炭素がcBN粉末表面に残存する。第2工程において、該炭素は有機物付着cBN粉末の表面に留まる。このため、第2工程に供される有機物付着cBN粉末の表面には、炭素が偏在せず、ほぼ均一に存在することとなる。このような有機物付着cBN粉末を含む混合粉末が第2工程を経ることにより、cBN焼結体が製造される。
【0123】
《作用効果》
本開示のcBN焼結体の製造方法によれば、工具の材料として用いた場合に、工具の長寿命化を可能とすることができるcBN焼結体を製造することができる。その理由は、有機物付着cBN粉末の表面にほぼ均一に存在する炭素が触媒機能を発揮し、これにより、cBN粒子と結合相との界面におけるネックグロスの発生が促進され、結果的に、cBN粒子と結合相との界面における結合力に優れたcBN焼結体が得られるためと推察される。
【0124】
したがって、本開示のcBN焼結体の製造方法によれば、low-cBN焼結体であっても、cBN粒子の脱落が抑制された、長寿命化が可能なcBN焼結体を製造することができる。
【0125】
なお、従来のlow-cBN焼結体の製造方法において、結合材粉末に炭素を含有させた場合、炭素はcBN粒子の表面に均一に存在することはなく、cBN粒子間に偏析することとなる。
【0126】
<第3の実施形態:工具>
本開示の立方晶窒化硼素焼結体は、工具の材料として用いることができる。工具は、基材として上記cBN焼結体を含むことができる。また工具は、基材となるcBN焼結体の表面に被膜を有していてもよい。
【0127】
工具の形状及び用途は特に制限されない。例えばドリル、エンドミル、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップ、クランクシャフトのピンミーリング加工用チップなどを挙げることができる。
【0128】
また、本実施形態に係る工具は、工具の全体がcBN焼結体からなるもののみに限らず、工具の一部(特に刃先部位(切れ刃部)等)のみがcBN焼結体からなるものも含む。例えば、超硬合金等からなる基体(支持体)の刃先部位のみがcBN焼結体で構成されるようなものも本実施形態に係る工具に含まれる。この場合は、文言上、その刃先部位を工具とみなすものとする。換言すれば、cBN焼結体が工具の一部のみを占める場合であっても、cBN焼結体を工具と呼ぶものとする。
【0129】
本実施形態に係る工具によれば、上記cBN焼結体を含むことから、長寿命化が可能となる。
【実施例
【0130】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0131】
<試料1>
《作製工程》
まず、有機物付着cBN粉末を作製した。具体的には、まず、超臨界水合成装置(株式会社アイテック社製、「MOMI超mini」)を用いて、以下の条件下で超臨界水を作製した。
圧力:35MPa
温度:375℃
流速:2ml/min
【0132】
次に、超臨界水中におけるヘキシルアミンの濃度が5重量%となるように、ヘキシルアミンの原液を上記装置内に連続投入し、さらに、超臨界水中におけるcBN粉末の量が10重量%となるように、平均粒子径が2μmのcBN粉末を上記装置内に連続投入した。このときのヘキシルアミンの投入速度は2ml/minに設定した。これにより、cBN粉末と有機物(ヘキシルアミン)とが、超臨界水に投入された。
【0133】
上記の超臨界水処理を100分間継続した後、装置内を常温常圧に戻した後、得られたスラリーを全量回収した。同スラリーを遠心分離(10000rpm、5分間)し、cBN粉末に付着していない余剰のヘキシルアミンを分離した。分離後の濃縮スラリーを乾燥し、超臨界水処理後の粉末(すなわち、有機物付着cBN粉末)約20gを回収した。
【0134】
以上により、有機物付着cBN粉末が作製された。作製された有機物付着cBN粉末をガスクロマトグラフ質量分析法に供したところ、cBN粉末に対して質量基準で20.0ppmのヘキシルアミンが存在する(付着している)ことが確認された。
【0135】
《調製工程》
結合材粉末を下記の手順で準備した。チタン(Ti)粉末、アルミニウム(Al)粉末、炭化チタン(TiC)粉末を37:22:41(重量%)で混合し、真空雰囲気下で1500℃、30分熱処理を実施して、概略TiAlC組成の結合材化合物を得た。該結合材化合物をボールミル法により、平均粒径0.5μmまで粉砕し第1結合材粉末を作製した。また、第2結合材粉末として炭窒化チタン(TiCN)粉末を準備した。第2結合材粉末と第1結合材粉末とを、重量比で1:3で混合し、結合材粉末を得た。
【0136】
有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末35:65の比率で配合し、エタノールを用いた湿式ボールミル法により均一に混合した。その後、表面の水分等の不純物除去のために真空下、900℃で脱ガス熱処理を実施した。脱ガス熱処理後の有機物付着cBN粉末をオージェ電子分光法で分析したところ、表面に炭素が残存していることが確認された。以上により、混合粉末が調製された。
【0137】
《焼結工程》
次に、得られた混合粉末を焼結することにより、cBN焼結体を作製した。具体的には、混合粉末を、Ta製の容器に充填して真空シールし、ベルト型超高圧高温発生装置を用いて、6.5GPa、1700℃で15分間焼結した。これにより、cBN焼結体が作製された。
【0138】
<試料2>
作製工程において、ヘキシルアミン投入速度を1ml/minとし、調製工程において、有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末60:40の比率で配合した以外は試料1と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0139】
<試料3>
作製工程において、ヘキシルアミン投入速度を2ml/minとし、調製工程において、有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末70:30の比率で配合した以外は試料1と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0140】
<試料4>
作製工程において、ヘキシルアミン投入速度を3ml/minとし、調製工程において、有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末70:30の比率で配合した以外は試料1と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0141】
<試料5>
作製工程において、ヘキシルアミン投入速度を0.1ml/minとし、調製工程において、有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末20:80の比率で配合した以外は試料1と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0142】
<試料6>
作製工程において、ヘキシルアミン投入速度を3ml/minとし、調製工程において、有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末79:21の比率で配合した以外は試料1と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0143】
<試料7>
作製工程において、ヘキシルアミン投入速度を4ml/minとし、調製工程において、有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末30:70の比率で配合した以外は試料1と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0144】
<試料8>
作製工程において、ヘキシルアミン投入速度を4ml/minとし、調製工程において、有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末79:21の比率で配合した以外は試料1と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0145】
<試料9>
作製工程において、超臨界水を用いる方法に代えて、プラズマ処理を用いた以外は、試料1と同じ製法で作製した。作製工程は、プラズマ改質装置(Dienner社製、低圧プラズマ装置FEMTO)のチャンバー内にcBN粉末をセットし、真空度:30Pa、電力:1500W、周波数:13.56MHzの条件でCFガスを導入して30分処理した。続いて、NHガスを導入して30分処理した。これにより、炭素及び窒素が導入された、有機物付着cBN粉末を作製した。
【0146】
<試料10>
作製工程において、CFガス導入後の処理時間を60分に変更した以外は、試料9と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0147】
<試料11>
作製工程において、NHガス導入後の処理時間を15分に変更した以外は、試料9と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0148】
<試料12>
調製工程において、有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末50:50の比率で配合した以外は試料9と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0149】
<試料13>
調製工程において、有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末15:85の比率で配合した以外は試料1と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0150】
<試料14>
調製工程において、有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末80:20の比率で配合した以外は試料1と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0151】
<試料15>
作製工程を行わず、cBN粉末と結合材粉末とを、体積%でcBN粉末:結合材粉末85:15の比率で配合した以外は試料1と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
<試料16>
調製工程において、有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末30:70の比率で配合した以外は試料1と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
<試料17>
調製工程において、有機物付着cBN粉末と結合材粉末とを、体積%で有機物付着cBN粉末:結合材粉末75:25の比率で配合した以外は試料1と同じ製法でcBN焼結体を作製した。
【0152】
[評価]
《cBN粒子及び結合相の含有割合》
試料1~試料17のcBN焼結体について、cBN粒子及び結合相のそれぞれの含有割合(体積%)を走査電子顕微鏡(SEM)付帯のエネルギー分散型X線分析装置(EDX)を用いて測定した。具体的な測定方法は第1の実施形態に記載されているため、その説明は繰り返さない。結果を表1の「cBN粒子含有割合(体積%)」、「結合相含有割合(体積%)」の欄に示す。
【0153】
測定の結果、試料1~試料17のcBN焼結体において、cBN焼結体中のcBN粒子及び結合相のそれぞれの含有割合は、有機物付着cBN粉末(試料15ではcBN粉末)及び結合相粉末の合計(体積%)(すなわち、混合粉末)における有機物付着cBN粉末(試料15ではcBN粉末)及び結合材粉末のそれぞれの含有割合を維持していることが確認された。
【0154】
《結合材の組成》
試料1~試料17のcBN焼結体について、結合相の組成をXRD(X線回折測定)及びICP用いて測定した。具体的な測定方法は第1の実施形態に記載されているため、その説明は繰り返さない。
【0155】
測定の結果、試料1~試料17のcBN焼結体の結合相において、チタン(Ti)、アルミニウム(Al)、炭素(C)及び窒素(N)が存在することが確認された。
【0156】
《第1領域の長さ、第1領域の炭素含有量の最大値、及び、結合相の炭素含有量の平均値》
試料1~試料17のcBN焼結体について、第1領域の長さ(以下、「第1領域の長さ」ともいう。)、第1領域の炭素含有量の最大値、及び、結合相の炭素含有量の平均値を、TEM-EDXによる元素マッピング分析及び元素ライン分析により測定した。具体的な測定方法は第1の実施形態に記載されているため、その説明は繰り返さない。なお、サンプルの厚みは50nmとし、EDXにおけるビーム径は0.2nmとし、スキャン間隔は0.6nmとした。
【0157】
試料1~試料17のサンプルの各々において、任意に抽出された6つの領域について、第1領域の長さ、第1領域の炭素含有量の最大値、及び、結合相の炭素含有量の平均値の測定を行った。
【0158】
試料1~試料14、試料16及び試料17では、各サンプルの6視野の全てにおいて、第1領域が存在し、該第1領域内に界面が含まれることが確認された。6視野の結果の平均値を表1の「第1領域の長さ(nm)」、「第1領域の炭素含有量の最大値M2(原子%)」、及び、「結合相の炭素含有量の平均値M1(原子%)」欄に示す。
【0159】
試料15では、第1領域が確認されなかった。このため、表1の「第1領域の長さ(nm)」、「第1領域の炭素含有量の最大値M2(原子%)」、及び、「結合相の炭素含有量の平均値M1(原子%)」欄には「-」と記載されている。
【0160】
《切削試験》
試料1~試料17のcBN焼結体を用いて切削工具(基材形状:CNGA120408、刃先処理T01215)を作製した。これを用いて、下記の切削条件下で切削試験を実施した。
切削速度:170m/min.
送り速度:0.2mm/rev.
切込み:0.16mm
クーラント:DRY
切削方法:断続切削
旋盤:LB400(オークマ株式会社製)
被削材:SKD11
【0161】
切削距離0.2km毎に刃先を観察し、欠けの量を測定した。欠けの量は、切削前の刃先稜線の位置からの摩耗による後退幅として測定した。欠けの量が0.02mm以上となる時点の切削距離を測定した。なお、切削距離が長いほど、切削工具の寿命が長いことを意味する。結果を表1の「切削距離(km)」欄に示す。
【0162】
【表1】
【0163】
[考察]
試料1~試料12のcBN焼結体の製造方法は、実施例に該当する。試料1~試料12のcBN焼結体は実施例に該当する。試料1~試料12のcBN焼結体を用いた工具は、切削距離が長く、工具寿命が長かった。
【0164】
試料13のcBN焼結体の製造方法は、混合粉末中の有機物付着cBN粉末の含有割合が20体積%未満であり、比較例に該当する。試料13のcBN焼結体は、cBN粒子の含有割合が20体積%未満であり、比較例に該当する。試料13のcBN焼結体を用いた工具は、切削距離が短く、工具寿命が短かった。
【0165】
試料14のcBN焼結体の製造方法は、混合粉末中の有機物付着cBN粉末の含有割合が80体積%以上であり、比較例に該当する。試料14のcBN焼結体は、cBN粒子の含有割合が80体積%以上であり、比較例に該当する。試料14のcBN焼結体を用いた工具は、切削距離が短く、工具寿命が短かった。
【0166】
試料15のcBN焼結体の製造方法は、有機物付着cBN粉末を用いておらず、比較例に該当する。試料15のcBN焼結体は、第1領域が確認されず、比較例に該当する。試料15のcBN焼結体を用いた工具は、切削距離が短く、工具寿命が短かった。
試料16のcBN焼結体は、第1領域の長さが0.1nm未満であり、比較例に該当する。試料16のcBN焼結体を用いた工具は、切削距離が短く、工具寿命が短かった。
試料17のcBN焼結体は、第1領域の長さが10nm超であり、比較例に該当する。試料17のcBN焼結体を用いた工具は、切削距離が短く、工具寿命が短かった。
【0167】
以上のように本開示の実施の形態及び実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態及び実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
【0168】
今回開示された実施の形態及び実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態及び実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、及び範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0169】
1 立方晶窒化硼素粒子、2 結合相、3 界面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
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図11