(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-04
(45)【発行日】2022-02-15
(54)【発明の名称】伸縮性コラーゲンシート
(51)【国際特許分類】
A61L 27/24 20060101AFI20220207BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20220207BHJP
C12N 5/07 20100101ALI20220207BHJP
【FI】
A61L27/24
C12M3/00 A
C12N5/07
(21)【出願番号】P 2018035618
(22)【出願日】2018-02-28
【審査請求日】2020-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2017038778
(32)【優先日】2017-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000203656
【氏名又は名称】多木化学株式会社
(72)【発明者】
【氏名】河上 貴宏
(72)【発明者】
【氏名】前田 竜
(72)【発明者】
【氏名】山口 勇
【審査官】藤代 亮
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/084507(WO,A1)
【文献】特開2013-094161(JP,A)
【文献】特開2016-069783(JP,A)
【文献】特開2016-077411(JP,A)
【文献】特開2017-149814(JP,A)
【文献】特許第6570119(JP,B2)
【文献】特許第6570120(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/24
C12M 3/00
C12N 5/07
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
伸縮性コラーゲンシートを構成するコラーゲンが、水性溶媒の存在下で、γ線照射、電子線照射、UV照射及びプラズマ照射のうち少なくとも1種によって架橋処理された再フィブリル化コラーゲンフィブリルであって、
上記再フィブリル化コラーゲンフィブリルは略規則性をもって配向したものであり、
上記再フィブリル化コラーゲンフィブリルの配向方向を第1方向とし、上記伸縮性コラーゲンシート平面上において第1方向との直角方向を第2方向としたときに、
少なくとも1日間20℃のリン酸緩衝生理食塩水中に完全に浸漬させた後の湿潤状態の上記伸縮性コラーゲンシートが、第1方向及び第2方向のそれぞれに伸縮性を有し、且つ、第2方向の伸長率が第1方向の伸長率よりも大きい伸長異方性を有するものであ
り、
伸長異方度=(第2方向の伸長率)/(第1方向の伸長率)の式から求められる伸長異方度が、3以上である、
伸縮性コラーゲンシート。
【請求項2】
以下の工程を含む請求項1記載の伸縮性コラーゲンシートの製造方法。
略規則性をもって配向した再フィブリル化コラーゲンフィブリルによって構成された未架橋のコラーゲンシートを、その上面及び下面を押圧した状態で、水性溶媒の存在下、γ線照射、電子線照射、UV照射及びプラズマ照射のうち少なくとも1種によって架橋処理する工程。
ただし、前記略規則性をもって配向した再フィブリル化コラーゲンフィブリルによって構成された未架橋のコラーゲンシートは、以下の工程A又は工程Bを含む製造方法によって製造されたものである。
工程A:可溶化コラーゲン水溶液中のコラーゲン分子に配向性を付与しながら、可溶化コラーゲン水溶液を吐出しシート状に展延する方法によって得られたシート状物を、所定のイオン強度とpHを有する水溶液と接触させることによって再フィブリル化させる工程。
工程B:可溶化コラーゲン水溶液中のコラーゲン分子に配向性を付与しながら、可溶化コラーゲン水溶液をシート状に吐出する方法によって得られたシート状物を、所定のイオン強度とpHを有する水溶液と接触させることによって再フィブリル化させる工程。
【請求項3】
請求項1記載の伸縮性コラーゲンシートに細胞を播種する播種工程と、この細胞を培養する培養工程とを含む細胞培養方法。
【請求項4】
前記培養工程が、前記伸縮性コラーゲンシートを伸縮運動させながら細胞培養することを含む、請求項
3記載の細胞培養方法。
【請求項5】
請求項1記載の伸縮性コラーゲンシートを用いた医用材料。
【請求項6】
請求項1記載の伸縮性コラーゲンシートを用いた細胞培養装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、伸縮性コラーゲンシートに関する。
【背景技術】
【0002】
コラーゲン材料は、細胞培養用材料、医療用材料等の生体関連分野において利用されている。多くのコラーゲン材料において、出発原料として用いるのは可溶化コラーゲン水溶液であり、可溶化コラーゲン水溶液中ではコラーゲン分子がバラバラに存在していると考えられている。
【0003】
可溶化コラーゲン水溶液を適度なイオン強度及びpHとすると、コラーゲン分子が会合して再フィブリル化(「線維化」とも称される)したコラーゲンフィブリル(「線維化コラーゲン」とも称されるが、本発明では「再フィブリル化コラーゲンフィブリル」と称する)を取得できることが知られている。再フィブリル化コラーゲンフィブリルは、生体内に存在するコラーゲンフィブリルと同様に、コラーゲン分子が会合しD周期(約67nm)を有する構造が再現される。
【0004】
ところで、可溶化コラーゲン水溶液に適当な緩衝液を添加して再フィブリル化させるだけでは、得られる再フィブリル化コラーゲンフィブリルは、方向性に秩序性が無い、即ち無配向なものとなることが知られている。
【0005】
特許文献1には、細胞担体及び医療用材料としての用途に適用するための伸縮性コラーゲン成形体に関する技術が開示されている。
【0006】
特許文献2には、骨格筋の筋芽細胞の培養足場として用いる伸縮性を有するひも状コラーゲンの集合体に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2005-334625号公報
【文献】特開2008-72967号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載の伸縮性コラーゲン成形体は、無配向な再フィブリル化コラーゲンフィブリルによって構成されたものである。これは、可溶化コラーゲン水溶液に適当な緩衝液を単に添加して再フィブリル化させているためであり、再フィブリル化コラーゲンフィブリルに配向性を付与する操作を行っていないことによる。
【0009】
また、特許文献1の実施例では、可溶化コラーゲン水溶液に化学架橋剤である1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド・塩酸塩を含む緩衝液を添加して再フィブリル化と架橋をほぼ同時に行わせることによってコラーゲンゲルを得、このコラーゲンゲルを80℃の湯に浸漬する操作を行っている。このとき、コラーゲンゲルが収縮し、およそ2分後に収縮が止まり、これにより伸縮性コラーゲン成形体が得られたことが記載されている。そして、この伸縮性コラーゲン成形体を2日間の骨芽細胞培養に供し、骨芽細胞が高密度で接着した旨が記載されている。しかし、伸縮性付与のために実施した80℃の湯への浸漬は、コラーゲンの変性を引き起こしている可能性がある。このように、特許文献1に記載の伸縮性コラーゲン成形体は、生体親和性向上の観点から改善の余地があるものであった。
【0010】
特許文献2に記載の伸縮性を有するひも状コラーゲンの集合体は、可溶化コラーゲン水溶液中に2本のプラチナ製ワイヤーを配置し、このワイヤーに正負の直流電圧を印加し、溶液中のコラーゲン分子を電気泳動により負に印加したワイヤーに凝集させ、このゲル状のコラーゲン分子を大気中で半乾燥させて得たものである。したがって、コラーゲンの形態はコラーゲン分子の集合体であって、再フィブリル化コラーゲンフィブリルではない。生体親和性向上の観点からは、再フィブリル化コラーゲンフィブリルで構成されている方が好都合である。
【0011】
ところで、体組織の中には伸長異方性を有する組織、例えば、筋肉、神経、腱、靭帯等があることが知られており、そのような組織を構成する細胞の培養に適した足場材料が要望されていた。
【0012】
本発明は、生体親和性が高く、細胞培養基材として用いることができ、伸縮性及び伸長異方性を有するコラーゲン材料の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討した結果、意外にも略規則性をもって配向した再フィブリル化コラーゲンフィブリルによって構成されたコラーゲンシートの上面及び下面を押圧した状態で架橋処理することによって、上記課題を解決するコラーゲン材料が得られることを見出し、かかる知見に基づき本発明を完成させたものである。
【0014】
本発明は以下のとおりである。
[1]伸縮性コラーゲンシートを構成するコラーゲンが、水性溶媒の存在下で、γ線照射、電子線照射、UV照射及びプラズマ照射のうち少なくとも1種によって架橋処理された再フィブリル化コラーゲンフィブリルであって、上記再フィブリル化コラーゲンフィブリルは略規則性をもって配向したものであり、上記再フィブリル化コラーゲンフィブリルの配向方向を第1方向とし、上記伸縮性コラーゲンシート平面上において第1方向との直角方向を第2方向としたときに、少なくとも1日間20℃のリン酸緩衝生理食塩水中に完全に浸漬させた後の湿潤状態の上記伸縮性コラーゲンシートが、第1方向及び第2方向のそれぞれに伸縮性を有し、且つ、第2方向の伸長率が第1方向の伸長率よりも大きい伸長異方性を有するものである、伸縮性コラーゲンシート。
[2]以下の工程を含む上記[1]記載の伸縮性コラーゲンシートの製造方法。
略規則性をもって配向した再フィブリル化コラーゲンフィブリルによって構成された未架橋のコラーゲンシートを、その上面及び下面を押圧した状態で、水性溶媒の存在下、γ線照射、電子線照射、UV照射及びプラズマ照射のうち少なくとも1種によって架橋処理する工程。
[3]前記略規則性をもって配向した再フィブリル化コラーゲンフィブリルによって構成された未架橋のコラーゲンシートが、以下の工程A又は工程Bを含む製造方法によって製造されたものである、上記[2]記載の伸縮性コラーゲンシートの製造方法。
工程A:可溶化コラーゲン水溶液中のコラーゲン分子に配向性を付与しながら、可溶化コラーゲン水溶液を吐出しシート状に展延する方法によって得られたシート状物を、所定のイオン強度とpHを有する水溶液と接触させることによって再フィブリル化させる工程。
工程B:可溶化コラーゲン水溶液中のコラーゲン分子に配向性を付与しながら、可溶化コラーゲン水溶液をシート状に吐出する方法によって得られたシート状物を、所定のイオン強度とpHを有する水溶液と接触させることによって再フィブリル化させる工程。
[4]上記[1]記載の伸縮性コラーゲンシートに細胞を播種する播種工程と、この細胞を培養する培養工程とを含む細胞培養方法。
[5]前記培養工程が、前記伸縮性コラーゲンシートを伸縮運動させながら細胞培養することを含む、上記[4]記載の細胞培養方法。
[6]上記[1]記載の伸縮性コラーゲンシートを細胞培養基材として用い、細胞培養することによって形成された移植用材料。
[7]上記[1]記載の伸縮性コラーゲンシートを用いた医用材料。
[8]上記[1]記載の伸縮性コラーゲンシートを用いた細胞培養装置。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の伸縮性コラーゲンシートの伸縮性を説明するための模式図である。
【
図2】走査電子顕微鏡像(倍率10,000倍)であり、(a)は実施例1の伸縮性コラーゲンシートであり、(b)は比較例1の架橋線維化コラーゲン膜である。
【
図4】実施例の伸長率測定における経時的な引張荷重の変化を示したグラフである。
【
図5】実施例1の伸縮性コラーゲンシートの伸び具合を示した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、好ましい実施形態に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能である。
なお、本発明において、数値範囲に関する「数値1~数値2」という表記は、数値1を下限値とし数値2を上限値とする、両端の数値1及び数値2を含む数値範囲を意味し、「数値1以上数値2以下」と同義である。
【0017】
[伸縮性コラーゲンシート]
本発明の伸縮性コラーゲンシートは、伸縮性コラーゲンシートを構成するコラーゲンが、水性溶媒の存在下で、γ線照射、電子線照射、UV照射及びプラズマ照射のうち少なくとも1種によって架橋処理された再フィブリル化コラーゲンフィブリルであって、上記再フィブリル化コラーゲンフィブリルは略規則性をもって配向したものであり、上記再フィブリル化コラーゲンフィブリルの配向方向を第1方向とし、上記伸縮性コラーゲンシート平面上において第1方向との直角方向を第2方向としたときに、少なくとも1日間20℃のリン酸緩衝生理食塩水(PBS)中に完全に浸漬させた後の湿潤状態の上記伸縮性コラーゲンシートが、第1方向及び第2方向のそれぞれに伸縮性を有し、且つ、第2方向の伸長率が第1方向の伸長率よりも大きい伸長異方性を有するものである。
【0018】
(架橋)
本発明の伸縮性コラーゲンシートは、再フィブリル化コラーゲンフィブリルが、水性溶媒の存在下で、γ線照射、電子線照射、UV照射及びプラズマ照射のうち少なくとも1種により架橋が施されたものである。以下、これらの架橋を総称するときは「照射架橋」という。
【0019】
ここで、本発明の伸縮性コラーゲンシートを特定するにあたって、架橋処理の規定を設けた理由を説明する。コラーゲンの架橋法として、物理的架橋法と化学的架橋法が知られている。物理的架橋法の代表例として、照射架橋と熱脱水架橋があり、化学的架橋法の代表例として、水溶性化学架橋剤又は気化能を有する化学架橋剤による架橋がある。以下、架橋法を問わず、架橋されたコラーゲンを「架橋体」と称する。
【0020】
まず、物理的架橋法について、照射架橋によって得られた架橋体と、熱脱水架橋によって得られた架橋体とは、架橋体同士を見比べても外観的な違いを見出すことは極めて困難であり、また、分析によってもいずれの架橋法によって架橋されたものかを区別することは極めて困難である。
【0021】
次に、照射架橋によって得られた架橋体と、化学的架橋法によって得られた架橋体とは、架橋体同士を見比べても外観的な違いを見出すことは極めて困難である。化学的架橋法のうち、化学的架橋剤として、例えば、グルタルアルデヒドやポリエポキシ化合物(エチレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル等)を用いた場合は、化学的架橋剤がコラーゲンと結合して架橋反応が起きるために、化学的架橋剤を検出できれば、両者の判別は可能である。しかし、化学的架橋剤として1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド・塩酸塩等のコラーゲンと結合しないタイプのものを用いたときには、架橋体を分析しても化学的架橋剤の痕跡を見出すことはほぼ不可能である。
【0022】
また、架橋されていないコラーゲン(以下「未架橋体」と称する)と架橋体との区別も極めて困難である。例えば、分析によって未架橋体と架橋体の違いを見出すことは、特に照射架橋体においては架橋点の多寡の違いしかないため、極めて困難である。未架橋体は架橋体よりも一般に強度的に弱く、水中保存安定性も低い傾向があるが、それら物理的傾向の違いが架橋処理の有無に起因したものであることを立証することも極めて困難である。
【0023】
以上の区別の困難性から、本発明の伸縮性コラーゲンシートが照射架橋によって架橋されたものであることを発明特定事項としたのである。
【0024】
ところで、水性溶媒の存在下で照射架橋された架橋体の一特性は、例えば、特許第5633880号公報に記載されているように、細胞培養環境や生体内環境において分解し難いというものである。例えば、この架橋体をダルベッコリン酸緩衝生理食塩水(D-PBS)中に37℃で5日間浸漬した場合の溶解率が10質量%以下であるとき、この架橋体が上記特性を有するといえる。尚、溶解率とは、D-PBS中への架橋体からの溶出成分の質量の、浸漬前の架橋体の質量に対する割合(%)である。溶解率は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPS)によってD-PBS中の溶出成分の分子量分布を測定する方法、又はD-PBS中の溶出成分の質量を測定する方法によって評価できる。本発明の伸縮性コラーゲンシートの溶解率も10質量%以下である。
【0025】
架橋処理に適用する水性溶媒としては、水を含んでおり、本発明の伸縮性コラーゲンシートにおいて架橋が施された再フィブリル化コラーゲンフィブリルが得られる限りにおいて限定されるものではなく、例えば、水、生理食塩水、緩衝液、緩衝生理食塩水、酸性塩水溶液、中性塩水溶液、アルカリ性塩水溶液等が挙げられ、これらに有機溶媒を添加した混合溶媒でもよい。好適な一形態は、可溶化コラーゲン水溶液から再フィブリル化コラーゲンフィブリルを得るために用いた水溶液と同様の水溶液を水性溶媒として選択することである。当該水溶液のpHについては、例えば3~10の範囲内でコラーゲンの種類(酸可溶化コラーゲン、酵素可溶化コラーゲン、アルカリ可溶化コラーゲン等)に応じて適宜設定することが好ましい。一例として、酵素可溶化コラーゲンについては、pH6~8の範囲の緩衝液、緩衝生理食塩水、中性塩水溶液等を用いることが好ましい。なお、再フィブリル化コラーゲンフィブリルを比較的溶解し易い水性溶媒であっても、この水性溶媒への浸漬及び架橋処理を短時間でおこなう場合には使用可能である。好適な水性溶媒として、緩衝液及び緩衝生理食塩水を例示でき、具体例は、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、酢酸緩衝液、炭酸緩衝液、クエン酸緩衝液、PBS、D-PBS、トリス緩衝生理食塩水、HEPES緩衝生理食塩水等である。
【0026】
照射架橋は、γ線照射、電子線照射、UV照射及びプラズマ照射のうち1種だけを実施してもよいし、2種以上を組み合わせて実施してもよい。また、1種の照射架橋を2回以上実施してもよい。照射架橋を例えば2回実施するときは、1回目で低架橋度、2回目で高架橋度が得られるように設定することが好ましい。また、2種以上を組み合わせて実施するときは、基本的には架橋度が低い照射法の後に架橋度が高い照射法を実施することが好ましく、例えば、UV照射後にγ線照射する組合せである。好適には、透過力が高く、均一に架橋させることができるγ線照射によって照射架橋を1回で行う方法である。特に、γ線照射による架橋処理では、照射線量を適宜設定することによって、高強度な伸縮性コラーゲンシートを得ることもできる。γ線照射では、線量率が固定の線源を用い、照射時間等の条件を適宜設定することにより、所定の照射線量を簡便に得ることができる。例えば、コバルト60線源を用いる場合、照射線量5~75kGyで架橋処理を行うことができる。照射線量として、好ましくは5~50kGyであり、より好ましくは10~50kGyであり、さらに好ましくは15~30kGyである。さらに、照射条件を適宜設定すれば架橋処理と同時に滅菌処理を行うことができる。そのため、架橋処理中及び架橋処理後の密封状態を保つようにすることで、滅菌済み製品として、そのまま市場に流通させることも可能である。
【0027】
(再フィブリル化コラーゲンフィブリル)
前述のように、可溶化コラーゲン水溶液中では、3本のポリペプチド鎖によって3重らせん構造が形成されたコラーゲン分子がバラバラに存在しているが、これに適当な緩衝液を添加し可溶化コラーゲン水溶液を適度なイオン強度及びpHとすることによって、D周期を有する再フィブリル化コラーゲンフィブリルを取得することができる。本発明の伸縮性コラーゲンシートの任意の場所を例えば倍率10,000倍の走査電子顕微鏡で観察したときに、ファイバー状構造体で構成されたものであることが確認できれば、コラーゲンの形態が再フィブリル化コラーゲンフィブリルであると判断することができる。なお、再フィブリル化コラーゲンフィブリルが水性溶媒の存在下で照射架橋されたものかの判断については、前述の架橋処理で説明したとおりであり、顕微鏡等による観察では困難である。また、再フィブリル化コラーゲンフィブリルがD周期を有することの確認は一般に走査電子顕微鏡では容易とは言えないが、再フィブリル化コラーゲンフィブリルの一部分にでもD周期が確認されれば、再フィブリル化コラーゲンフィブリル全体がD周期を有すると判断しても概ね差し支えない。
【0028】
(配向性)
再フィブリル化コラーゲンフィブリルが略規則性をもって配向した形態は、本発明の伸縮性コラーゲンシートを全体として観察したときに、大部分の再フィブリル化コラーゲンフィブリルが略平行に配列している状態を意味するものであり、一部の再フィブリル化コラーゲンフィブリルが不規則に存在することが許容されるのは云うまでもない。ここで、「略平行」とは、全く平行はもとより、実質的に平行と認められるものを含む意図である。配向度の測定方法の一例は、本発明の伸縮性コラーゲンシートの任意の場所における10,000倍の走査電子顕微鏡像を、旭化成エンジニアリング株式会社製の画像解析ソフト「A像くん(登録商標)」で解析し、配向度を半値幅法により算出するものである。当該配向度の最大値は1であり、値が大きいほど一定方向を向いていることを示す。好適範囲は、0.5~1の範囲である。上記範囲内であれば、略規則性をもって配向している状態と云うことができる。配向度の範囲は、より好ましくは0.6~1の範囲であり、さらに好ましくは0.7~1の範囲である。
【0029】
(伸縮性)
本発明の伸縮性コラーゲンシートの伸縮性を調べるときは、本発明の伸縮性コラーゲンシートを少なくとも1日間20℃のPBS中に完全に浸漬させた上で、湿潤状態を保持した条件下で調べる。湿潤状態を保持した条件下とすることにより、コラーゲンシートが柔軟になり、よって伸縮性の評価に適することとなる。浸漬期間は、1日間以上の期間において適宜設定すればよい。また、静置状態で浸漬すればよいが、必要に応じて気泡除去のための操作等を行ってもよい。本発明の複合体が予めPBS中で保管されていれば、液温を20℃に設定して1日間保管する。また、本発明の伸縮性コラーゲンシートがPBS以外の溶媒中で保管されていれば、20℃のPBS中に移して1日間完全に浸漬させる。
【0030】
本発明の伸縮性コラーゲンシートにおける伸縮性について、
図1の模式図を用いて説明する。伸縮性コラーゲンシート12において、再フィブリル化コラーゲンフィブリル15が矢印18の方向に配向している。ここで、矢印18の方向の決定には厳密さは必要でなく、再フィブリル化コラーゲンフィブリル全体の配向方向を勘案し、そこから導き出される妥当性のある方向を採用すればよい。矢印18は第1方向であり、矢印31は矢印18と平行な方向である。第2方向は、伸縮性コラーゲンシート平面上において矢印18(矢印31)と直角方向となる矢印52である。
【0031】
本発明において、伸縮性を有することの意味は、本発明の伸縮性コラーゲンシートに適当な外力を加えて伸長させた場合に、当該外力をゼロにすれば元の形状に戻ろうとして収縮することをいう。本発明の伸縮性コラーゲンシートは、矢印31(第1方向)及び矢印52(第2方向)の方向に伸長することができ、よって伸長した分に対して収縮することができる。なお、矢印31及び矢印52を除く方向にも伸縮性を有することを排除するものではない。また、本発明の伸縮性コラーゲンシートは、矢印52(第2方向)の伸長率が矢印31(第1方向)の伸長率よりも大きいという伸長異方性を有する。ここで、伸長率は、所定方向における伸縮性コラーゲンシートの長さをL0とし、当該方向に0.5mm/秒の速度で伸長させ、最大応力を示したときの伸縮性コラーゲンシートの長さをL1としたときに、伸長率(%)=(L1-L0)/L0×100の式によって求められるものである。
【0032】
第2方向の伸長率は、第1方向の伸長率よりも大きければ、特に限定されることはない。好適な一形態においては、第2方向の伸長率は30%以上である。好ましくは50%以上であり、より好ましくは70%以上であり、さらに好ましくは100%以上であり、さらにより好ましくは200%以上であり、特に好ましくは300%以上であり、特により好ましくは400%以上である。
【0033】
伸長異方度は、伸長異方度=(第2方向の伸長率)/(第1方向の伸長率)の式から求める。好適な一形態においては、伸長異方度は3以上である。好ましくは5以上であり、より好ましくは10以上であり、さらに好ましくは20以上であり、さらにより好ましくは30以上である。
【0034】
第2方向の伸長率と伸長異方度の組み合わせについては、特に限定されるものではないが、好例として挙げられるのは次のとおりである。即ち、第2方向の伸長率が30%以上且つ伸長異方度が3以上、第2方向の伸長率が30%以上且つ伸長異方度が5以上、第2方向の伸長率が50%以上且つ伸長異方度が3以上、第2方向の伸長率が50%以上且つ伸長異方度が5以上、第2方向の伸長率が50%以上且つ伸長異方度が10以上、第2方向の伸長率が100%以上且つ伸長異方度が3以上、第2方向の伸長率が100%以上且つ伸長異方度が5以上、第2方向の伸長率が100%以上且つ伸長異方度が10以上、第2方向の伸長率が100%以上且つ伸長異方度が20以上、第2方向の伸長率が200%以上且つ伸長異方度が3以上、第2方向の伸長率が200%以上且つ伸長異方度が5以上、第2方向の伸長率が200%以上且つ伸長異方度が10以上、第2方向の伸長率が200%以上且つ伸長異方度が20以上、第2方向の伸長率が300%以上且つ伸長異方度が3以上、第2方向の伸長率が300%以上且つ伸長異方度が5以上、第2方向の伸長率が300%以上且つ伸長異方度が10以上、第2方向の伸長率が300%以上且つ伸長異方度が20以上、第2方向の伸長率が300%以上且つ伸長異方度が30以上、第2方向の伸長率が400%以上且つ伸長異方度が3以上、第2方向の伸長率が400%以上且つ伸長異方度が5以上、第2方向の伸長率が400%以上且つ伸長異方度が10以上、第2方向の伸長率が400%以上且つ伸長異方度が20以上、第2方向の伸長率が400%以上且つ伸長異方度が30以上、である。
【0035】
ところで、
図1では、本発明の伸縮性コラーゲンシートの形状として、これを垂直方向から見たときの平面形状において長方形で図示したが、長方形に限定されるものではない。一例として、円形、楕円形、三角形、正方形、菱形、台形、ダンベル形等が挙げられる。
【0036】
(その他物性)
本発明の伸縮性コラーゲンシートは、前記伸縮性を有する範囲内であれば、シート厚、密度は特に限定されることはない。シート厚は、本発明の伸縮性コラーゲンシートを少なくとも1日間20℃のPBS中に完全に浸漬させた湿潤状態において、任意の5箇所で測定した厚さの平均値である。シート厚は、例えば、10~1000μmの範囲であることが好ましい。より好ましくは50~500μmの範囲であり、さらに好ましくは100~300μmの範囲である。なお、シート厚の測定方法は特に限定されず、マイクロメータ、ノギス等の既知の測定手段が用いられ得る。
【0037】
また、密度は、伸縮性コラーゲンシートを構成するコラーゲンの密度を意味する。よって、本発明の伸縮性コラーゲンシートがその他構成要素を含有しているときは、可能な限りその他構成要素が除去された状態で密度を測定することが好ましい。密度の算出は、本発明の伸縮性コラーゲンシート中のコラーゲンの重量を伸縮性コラーゲンシートの体積で割る。ここで、当該体積は、本発明の伸縮性コラーゲンシートを少なくとも1日間20℃のPBS中に完全に浸漬させた湿潤状態において測定することによって求めたものである。密度の具体値として、例えば、100mg/cm3以上であることが好ましい。より好ましくは150mg/cm3以上であり、さらに好ましくは200mg/cm3以上である。
【0038】
本発明の伸縮性コラーゲンシートの平面及び断面は、平滑であってもよいし、微細な凹凸を有したものであってもよい。例えば、平面において培養細胞に好適な微細な凹凸を有することは好ましい形態の1つである。
【0039】
[製造方法]
本発明の伸縮性コラーゲンシートの好適な製造方法は、以下の工程を含むものである。即ち、略規則性をもって配向した再フィブリル化コラーゲンフィブリルによって構成された未架橋のコラーゲンシート(以下「シートA」と称する)を、その上面及び下面を押圧した状態で、水性溶媒の存在下、γ線照射、電子線照射、UV照射及びプラズマ照射のうち少なくとも1種によって架橋処理する工程である。
【0040】
シートAにおいて、「略規則性をもって配向した再フィブリル化コラーゲンフィブリル」は、本発明の伸縮性コラーゲンシートと同様に、シートAを全体として観察したときに、大部分の再フィブリル化コラーゲンフィブリルが略平行に配列している状態を意味するものであり、前記伸縮性コラーゲンシートに関する説明をシートAにも適用することができる。また、水性溶媒及び架橋処理は、前記伸縮性コラーゲンシートで説明したとおりである。
【0041】
ここで、シートAの上面及び下面を押圧した状態で、水性溶媒の存在下で照射架橋したときに起きていると推測される作用について以下に述べる。
シートAは未架橋であるため、シートAを水性溶媒の存在下となるように設定すると、水性溶媒によってシートAが膨潤する。しかし、シートAの上面及び下面を押圧した状態とすることによって、膨潤を防止することができる。さらに、適当な押圧力を加えることにより、隣接する再フィブリル化コラーゲンフィブリル同士の距離を近くすることができ、よって密接箇所数を増やすことにつながり、架橋密度を高くすることが可能となる。これにより、高強度のシートが得られるとともに、再フィブリル化コラーゲンフィブリルが略規則性をもって配向しているために、再フィブリル化コラーゲンフィブリルの長軸方向のずれによる第1方向の伸長率よりも、再フィブリル化コラーゲンフィブリル同士を引き離す方向である第2方向の伸長率が大きくなる。
【0042】
本発明の伸縮性コラーゲンシートが得られるのであれば、シートAの押圧力については特に制限はなく、適宜設定すればよい。好適な一形態は、本発明の伸縮性コラーゲンシートにおいて所定の強度を備えるように、シートAを押圧することである。本発明の伸縮性コラーゲンシートが好適に備えるべき所定の強度の範囲については、以下で説明する方法(強度測定法)により測定された最大応力が1MPa以上となるものであることが好ましい。当該強度の上限については特に制限はされることはないが、例えば、30MPaであるが、20MPa、さらには10MPaであっても構わない。
(強度測定法)
まず伸縮性コラーゲンシートを
図3(a)に示すダンベル形に加工する。簡便には、ダンベル形の型で打ち抜く。
図3(a)のダンベル形を言葉で説明すると、長辺20mm、短辺10mmの長方形を基本形とした場合に、四隅の角を位置aとし、長辺上の位置aから5mmの位置を位置bとし、長辺上の位置aから7.5mmの位置を位置cとし、位置cを中心とする半径2.5mmの円弧上の点であって位置cを起点とし短辺に平行に2.5mm長方形の内側に入った点を位置dとしたきに、ダンベル形は、長辺上の位置aから5mmの位置(位置b)までの線分(線分ab)、位置bから上記円弧上を通って位置dまでの円弧、長辺に平行に位置d同士を結んだ線分、及び短辺、によって囲まれるものである。
図3(b)は、ダンベル形において位置a~dを示したものである。
加工にあたっては、第1方向がダンベル形の長辺方向(
図3(a)における縦方向)と平行となるようにする。
ダンベル形を長辺方向が鉛直方向となるようにし、
図3(c)における符号75で示した網掛け部、即ち、短辺と線分abで囲まれた部分、をそれぞれプローブで把持し、下方のプローブを固定した状態で、上方のプローブを引張速度0.5mm/秒で鉛直上方向に移動させ、最大応力を測定する。最大応力は、最大応力=最大引張荷重÷強度測定供試前の断面積、の式によって求める。なお、強度の測定にあたっては、ダンベル形を湿潤状態とした条件下で測定する。測定に用いる好適なダンベル形は、伸縮性コラーゲンシートを少なくとも1日間20℃のPBS中に完全に浸漬させた後、湿潤状態を保持させながらダンベル形に加工したもの、又は、伸縮性コラーゲンシートをダンベル形に加工した後、ダンベル形を少なくとも1日間20℃のPBS中に完全に浸漬したもの、である。
【0043】
本発明の伸縮性コラーゲンシートが得られるのであれば、シートAを押圧するタイミングについては特に制限は無く、適宜押圧操作を行えばよい。水性溶媒によるシートAの膨潤を効果的に抑制するという観点からは、水性溶媒の存在下とする前に押圧状態とすることが好ましい。
【0044】
シートAの上面及び下面を押圧した状態とするには、押圧部材を用いることが好ましい。押圧部材は、所望の押圧力が得られるように、部材の形状を適宜選択・設計することが好ましい。押圧部材の材質は、コラーゲンとの相性や架橋方法を勘案して適宜選択すればよい。例えば、コラーゲンが付着し難い材質や照射架橋に対する耐久性の高い材質を選択することも好ましい態様の1つである。材質の具体例として、樹脂材料が挙げられる。例えば、アクリル樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン、ABS樹脂、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリアミド、スチロール樹脂、シリコーン樹脂、ウレタン樹脂、フェノール樹脂、エポキシ樹脂等が挙げられる。これらのうち好例はウレタン樹脂、シリコーン樹脂等であり、特に好ましくはウレタン樹脂である。押圧部材のシートAと接触する面については、特に限定されることはなく、例えば、平滑状、網目状、微細な凹凸状等であっても構わない。また、通水性又は通気性を有する押圧部材を用いることも好ましい態様の1つである。
【0045】
水性溶媒の存在下での照射架橋の具体的方法は、前記のとおりである。水性溶媒の存在下で照射架橋を行ったときの作用機序については定かではないが、照射(γ線等)により発生した水のラジカルがコラーゲンの未架橋部分に作用し、これによって架橋反応を開始又は進行させると推測される。よって、架橋を目的とする部位には、水性溶媒の流動性が少なくとも分子レベルで確保されている状態とすることが好ましく、それに適した通水性を有する押圧部材を選択することが望ましい。水性溶媒の量は、特に限定されず、シートAの外形や大きさに応じて調整すればよい。例えば、少なくともシートAの表面全体が水性溶媒で覆われる状態であり、好適には、シートAが水性溶媒に完全に浸漬した状態である。また、シートAが水性溶媒に完全に浸漬していない状態、例えば、シートAの一部が水性溶媒に浸漬していない場合であっても、当該部分における浸潤性が確保できていれば、シートAが水性溶媒に浸漬した状態と言える。本願明細書では、以上例示したようなシートAに対する水性溶媒の状態を含めて、「水性溶媒の存在下」と称するものである。水性溶媒の量は適宜設定すればよいが、例えば、シートAの容量に対して、2倍以上であることが好ましく、5倍以上であることがより好ましく、10倍以上であることがさらに好ましい。
【0046】
(シートAの製造方法)
シートAの製造方法は、シートAが得られるのであれば特に限定されることはない。好適な製造方法は、次の工程A又は工程Bを含むものである。
・工程A:可溶化コラーゲン水溶液中のコラーゲン分子に配向性を付与しながら、可溶化コラーゲン水溶液を吐出しシート状に展延する方法によって得られたシート状物を、所定のイオン強度とpHを有する水溶液と接触させることによって再フィブリル化させる工程。
・工程B:可溶化コラーゲン水溶液中のコラーゲン分子に配向性を付与しながら、可溶化コラーゲン水溶液をシート状に吐出する方法によって得られたシート状物を、所定のイオン強度とpHを有する水溶液と接触させることによって再フィブリル化させる工程。
【0047】
工程Aと工程Bの相違点は、シート状物を得るための操作だけである。以下の説明では、特に断らない限り、工程Aと工程Bを一緒に説明する。
【0048】
可溶化コラーゲン水溶液としては、3重らせん構造を有する水溶性のコラーゲンが溶解したものであることが好ましく、当該コラーゲンとして、コラーゲンの抗原決定基であるテロペプタイドが除去されたアテロコラーゲンが特に好ましい。また、コラーゲンのタイプについては特に制限はないが、生体内での存在量が多いI型が好ましい。尚、可溶化コラーゲン水溶液中にペプチド、アミノ酸、ゼラチン等が含まれていても構わないが、それらは極力排除されていることが好ましい。
【0049】
可溶化コラーゲン水溶液は、哺乳類、魚介類、鳥類、爬虫類等の生物原料のコラーゲン含有組織から公知の方法によって取得することができるものである。特に、ヒトとの共通のウイルスを有さない魚類から調製した可溶化コラーゲン水溶液が好適である。魚類由来の可溶化コラーゲン水溶液としては、各種用途への適用性の観点から変性温度が比較的高いものが好ましく、そのような魚種の好例として、オレオクロミス属が挙げられる。オレオクロミス属の中でも中国から東南アジアにかけて食用として主力に養殖されており、入手が容易であるティラピアが特に好ましい。
【0050】
ここで、魚鱗を原料とし、酵素を用いてコラーゲンを可溶化処理する方法について、特許第4863433号公報及び特許第5692770号公報に記載の方法を簡単に紹介する。その方法は、酸によって脱灰した鱗をペプシン等のプロテアーゼを用いて処理することによりコラーゲンをアテロ化し、必要に応じて精製処理を行うものである。精製処理には、例えば、塩析の他に、特許第5522857号公報に記載のpHが7以下の活性炭を用いる方法を適用することができる。
【0051】
可溶化コラーゲン水溶液中のコラーゲン濃度については、吐出した可溶化コラーゲン水溶液が吐出形態を保持できる濃度であることが好ましい。具体的には、0.3~40質量%の範囲が好ましく、より好ましくは1~20質量%の範囲である。濃度が高くなるほどコラーゲンフィブリルが略規則性をもって配向し易くなる傾向がある。高濃度化は、公知の方法によって行えばよく、例えば、遠心分離、透析等の方法を挙げることができる。また、コラーゲンの凍結乾燥体等の固形のコラーゲンを所定の濃度となるように溶解して可溶化コラーゲン水溶液を調製してもよい。
【0052】
可溶化コラーゲン水溶液の吐出方法は、可溶化コラーゲン水溶液中のコラーゲン分子に配向性を付与することができれば特に制限はなく、公知の方法を用いてもよい。好適には、吐出の過程において層流を生じさせるような方法を用いることである。層流を生じさせるためには、可溶化コラーゲン水溶液の濃度、粘度等の条件に応じて、流路の大きさ、流速等の条件を適宜設定することが好ましい。例えば、一定の長さを有した狭隘部を緩速で通過させる方法が好ましく、狭隘部の具体例の一例はノズル、注射針等である。吐出口の形状についても適宜設定することが好ましい。特に工程Bでは、Tダイを用いることが好ましい。
【0053】
可溶化コラーゲン水溶液を例えば面状の吐出面に吐出する場合は、(1)吐出面を固定し、吐出口を吐出面に沿って吐出方向と逆方向に移動させる、(2)吐出口を固定し、吐出方向と同じ方向に吐出面を移動させる、(3)吐出口を吐出面に沿って吐出方向と逆方向に移動させ、且つ吐出方向と同じ方向に吐出面を移動させる、等の方法を用いることができる。このとき、吐出面は水平に設置してもよいし、必要に応じ斜めに設置してもよい。吐出面は平面である必要はなく、曲面であってもよい。また、吐出口と吐出面とは離れていてもよいし、接触していてもよい。可溶化コラーゲン水溶液が吐出面に載ったときの衝撃で配向性が損なわれるときは、吐出口と吐出面とを接触させることも好ましい態様の1つである。
【0054】
工程Aにおける展延方法については、吐出した可溶化コラーゲン水溶液の配向性を損なわないように広げ延ばすことができれば特に制限はなく、例えば、上記(1)~(3)のいずれかの方法で吐出した可溶化コラーゲン水溶液に対し、ロール、板、棒等の展延用部材を用いてシート状に成形する方法が挙げられる。具体的な方法として、例えば、棒状に吐出した可溶化コラーゲン水溶液に対し、板状の展延用部材を可溶化コラーゲン水溶液の上方向から適当な力で押しつける操作、棒状吐出の可溶化コラーゲン水溶液の棒が存在する面と平行であって棒の向きと直角方向に展延用部材を押し動かす操作、また、可溶化コラーゲン水溶液の吐出方向と順方向又は逆方向に展延用部材を押し動かす操作等の操作によってシート状に成形する方法を例示することができる。展延用部材にはコラーゲンが付着し難い材質を選択することが好ましい。また、用途に悪影響のない範囲で展延用部材にPEG等の高分子化合物を塗布することにより、コラーゲンの付着防止を図ってもよい。
【0055】
吐出及び展延の一連の方法については、上記以外にも例えば金属材料の圧延方法に依拠した方法を用いてもよい。具体的には、可溶化コラーゲン水溶液を鉛直下向きに吐出し、これを水平に設置した回転方向が逆の2本のロールの間に落下させて延伸する方法である。
【0056】
なお、工程Aには、可溶化コラーゲン水溶液を棒状に吐出したものを複数本平行に並べて、これを展延用部材で押し広げて棒同士を一体化させながら1枚のシート状物を得る方法、及びこの方法と同じ技術的範疇に属する方法も含まれる。
【0057】
工程Bは、可溶化コラーゲン水溶液中のコラーゲン分子に配向性を付与しながら、可溶化コラーゲン水溶液をシート状に吐出できれば特に限定されることはなく、例えば、公知のシート成形装置を用いることも好ましい態様の1つである。
【0058】
次に、得られたシート状物を、所定のイオン強度とpHを有する水溶液と接触させることによって再フィブリル化させる。当該水溶液としては、再フィブリル化させることができれば特に限定されることはない。とりわけ、再フィブリル化を円滑に進めるために、無機塩の水溶液を用いることが好ましい。好例は、生理食塩水、緩衝液、緩衝生理食塩水、酸性塩水溶液、中性塩水溶液、アルカリ性塩水溶液等である。当該水溶液のpHについては、例えば3~10の範囲内でコラーゲンの種類(酸可溶化コラーゲン、酵素可溶化コラーゲン、アルカリ可溶化コラーゲン等)に応じて適宜設定することが好ましい。一例として、酵素可溶化コラーゲンについては、pH6~8の範囲の緩衝液、緩衝生理食塩水、中性塩水溶液等を用いることが好ましい。緩衝液と緩衝生理食塩水の具体例として、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液、酢酸緩衝液、炭酸緩衝液、クエン酸緩衝液、PBS、D-PBS、トリス緩衝生理食塩水、HEPES緩衝生理食塩水等を挙げることができる。
【0059】
シート状物と所定のイオン強度とpHを有する水溶液との接触方法は、コラーゲンを再フィブリル化させることができれば特に限定はなく、例えば、シート状物を当該水溶液に浸漬する方法、当該水溶液をシート状物に散布する方法などが挙げられる。再フィブリル化が起きることは、透明又は半透明なシート状物が白濁してくることによって視覚的に観察することができる。接触方法、接触時間等の条件を適宜設定して、白色を呈するまでシート状物を十分に再フィブリル化させることが望ましい。
【0060】
ここで、可溶化コラーゲン水溶液として特に魚類由来の可溶化コラーゲン水溶液を用いたときの利点について説明する。
魚類由来の可溶化コラーゲンは哺乳類由来の可溶化コラーゲンに比べて再フィブリル化速度が速いという特性を一般に有するため、魚類由来の可溶化コラーゲン水溶液を用いたときは再フィブリル化の過程を短時間で終了させることができる、即ち、透明又は半透明なシート状物が白濁し白色を呈するまでの時間が短いということである。
再フィブリル化がゆっくり進行すれば、再フィブリル化コラーゲンフィブリルの配向度の低下につながる種々の要因(例えば、ゲル内の分子運動、温度変化等)の影響を受け易くなる。そのため、再フィブリル化速度の速い魚類由来の可溶化コラーゲン水溶液を用いることはより好ましい材料選択である、と云うことができる。
【0061】
(その他構成要素)
本発明の目的が阻害されない限り、使用目的に応じて、本発明の伸縮性コラーゲンシートに、その他構成要素として各種添加剤が配合されてもよい。その他構成要素の例として、フィブリン、トロンビン、ゼラチン、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、アルギン酸等が挙げられる。
【0062】
本発明の伸縮性コラーゲンシートを用いた用途の一分野は、細胞培養分野である。本発明の伸縮性コラーゲンシートは細胞培養基材として利用することができる。細胞培養の実施には、本発明の伸縮性コラーゲンシートに細胞を播種する播種工程と、この細胞を培養する培養工程とを含む細胞培養方法を用いることが好都合である。細胞の種類は、特に限定されることはなく、即ち、伸縮性を有する細胞だけでなく伸縮性を有さない細胞も適用可能である。培養液、培養環境等の培養条件は、培養細胞に適した条件に設定すればよい。
【0063】
本発明の伸縮性コラーゲンシートを用いた細胞培養方法の一形態は、前記培養工程において、細胞が播種された伸縮性コラーゲンシートを伸縮運動させながら細胞培養するものである。当該形態は、特に伸縮性を有する細胞の培養に適した方法である。
【0064】
本発明の伸縮性コラーゲンシートを用いた用途の別分野は、例えば、生体内での使用を目的とした医用材料である。医用材料として、例えば、再生医療用の足場材料、移植用材料、美容整形材料、創傷被覆材、癒着防止材、薬物輸送担体等が例示できるが、これらに限定されるものではない。移植用材料に関する態様としては、本発明の伸縮性コラーゲンシートをそのまま用いる方法の他に、例えば、本発明の伸縮性コラーゲンシートを細胞培養基材として用いて細胞培養を行い、培養細胞を含む基材をそのまま移植用材料としたものが挙げられる。
【0065】
本発明の伸縮性コラーゲンシートを用いた細胞培養装置の好適な一形態は、本発明の伸縮性コラーゲンシートを伸縮させながら細胞培養できる機構を有した装置である。好例は、本発明の伸縮性コラーゲンシートの所定位置を把持し機械的外力によって伸縮させるものである。
【実施例】
【0066】
以下に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれによって制限されるものではない。
【0067】
(可溶化コラーゲン水溶液)
ティラピアの鱗から製造された多木化学(株)製「セルキャンパス FD-08G」(凍結乾燥品)をpH3のHCl溶液に溶解し、コラーゲン濃度1.1質量%の無色透明な可溶化コラーゲン水溶液を調製した。以下、当該可溶化コラーゲン水溶液を「可溶化コラーゲン水溶液A」と称する。
上記と同様にして、コラーゲン濃度15質量%の可溶化コラーゲン水溶液を調製した。以下、当該可溶化コラーゲン水溶液を「可溶化コラーゲン水溶液B」と称する。
【0068】
〔実施例1〕
可溶化コラーゲン水溶液Bは吸引により15mlシリンジに充填した。シリンジの先端に長さ約2cmの筒を取り付け、平坦なポリスチレン板上に可溶化コラーゲン水溶液Bを吐出方向と逆方向に移動させながら吐出した。続いて、プラスチック製の棒を用いて展延して、厚み約1mmのシート状物を得た。尚、プラスチック製の棒は吐出方向と順方向に押し動かした。
次に、ポリスチレン板ごとD-PBS中に静かに浸漬し、一晩室温で静置し、コラーゲンを再フィブリル化させた。得られた再フィブリル化シート状物は、白色を呈したものであった。
再フィブリル化シート状物の上面及び下面をあらかじめD-PBSに浸漬した2枚のポリウレタンスポンジ(押圧部材)で挟んで押圧した状態とし、この状態のままD-PBS中に投入して、25kGyのγ線を照射することにより、コラーゲンシートを得た。
当該コラーゲンシートを20℃のPBS中に移し、1日間当該PBS中に完全に浸漬させた。これを取り出し、湿潤状態を保持させたままで伸縮性を手で調べた。その結果、第1方向及び第2方向のそれぞれにおいて、伸長性及び元の形状に戻る収縮性、即ち、伸縮性を有しており、且つ、第2方向の伸長程度が第1方向の伸長程度よりも大きい伸長異方性を有していたことより、本発明の伸縮性コラーゲンシートであった。湿潤状態における当該伸縮性コラーゲンシートの平面視の大きさは、縦63mm、横20mmであった。当該伸縮性コラーゲンシートのシート厚(湿潤状態における任意の5箇所を測定した厚さの平均値)は280μmであった。また、密度は220mg/cm3であった。なお、密度は、当該伸縮性コラーゲンシート中のコラーゲンの重量を上記シート厚と湿潤状態におけるコラーゲンシートの面積から求めた体積で除することによって求めた。
【0069】
〔比較例1〕
可溶化コラーゲン水溶液Aの9容量部と10倍濃い濃度に作製したD-PBSの1容量部とを混合し、この混合液をシリコン製の成形器(縦40mm×横30mm、高さ2.5mm)に注入し、水分の蒸発を防ぐためにスライドグラスで上面を覆い、25℃・12時間保持して線維化コラーゲンゲルを得た。当該線維化コラーゲンゲルを、エタノール/水の容量比が50/50の混合液(以下、50/50のように表記する)、70/30、90/10、100/0に順次浸漬して、脱塩・脱水した後、膜の上下面をポリスチレン板で覆い、側面のみから脱媒させることにより乾燥させて線維化コラーゲン膜を得た。次に、当該線維化コラーゲン膜をD-PBSに浸漬した状態で、25kGyのγ線照射を行うことにより、架橋線維化コラーゲン膜を得た。
架橋線維化コラーゲン膜を20℃のPBS中に移し、1日間当該PBS中に完全に浸漬させた。これを取り出し、湿潤状態を保持させたままで伸縮性を手で調べた。その結果、いずれの方向においても伸縮性は有していたが、伸長度合いはいずれの方向でも同程度であり、伸長異方性を有さないものであった。実施例1と同様にして測定した架橋線維化コラーゲン膜の膜厚は184μmであり、密度は150mg/cm3であった。
【0070】
(配向度の測定)
実施例1の伸縮性コラーゲンシートと比較例1の架橋線維化コラーゲン膜のそれぞれについて、倍率10,000倍の走査電子顕微鏡像を旭化成エンジニアリング株式会社製の画像解析ソフト「A像くん(登録商標)」で解析し、配向度を半値幅法により算出した。
その結果、配向度は、実施例1では0.778、比較例1では0であった。実施例1の伸縮性コラーゲンシートは、その配向度が0.5~1の範囲内であったことより、略規則性をもって配向している状態と云えるものであった。また、比較例1の架橋線維化コラーゲン膜は配向性が全くない状態、即ち無配向状態と云えるものであった。
図2は、倍率10,000倍の走査電子顕微鏡像であり、
図2(a)は実施例1の伸縮性コラーゲンシートであり、
図2(b)は比較例1の架橋線維化コラーゲン膜である。
図2(a)によっても実施例1の伸縮性コラーゲンシートは略規則性をもって配向していることが確認できる。また、
図2(b)からは、比較例1の架橋線維化コラーゲン膜には配向性が全くないことが確認できる。
【0071】
(伸長率の測定)
伸長率の測定には、Stable Micro Systems製の「TEXTURE ANALYSER TA.XT.plus」を用い、プローブとして「Mini Tensile Grips A/MTG」を用いた。
実施例1の伸縮性コラーゲンシートから
図3(a)に示したダンベル形2個を加工した。具体的には、実施例1の伸縮性コラーゲンシートを少なくとも1日間20℃のPBS中に完全に浸漬させた後、
図3(a)における長辺方向(縦方向)を伸長方向とし、この長辺方向と第1方向が平行となるように加工したダンベル形(以下「ダンベル形1」という)と、この長辺方向と第2方向が平行となるように加工したダンベル形(以下「ダンベル形2」という)である。なお、
図3(c)における符号75で示した網掛け部は、プローブで把持した部分である。また、ダンベル形の長辺方向が鉛直方向となるように設置した。
伸長率の測定において、
図3(c)における符号77で示した部分の長さ、即ち、プローブで把持した網掛け部を除いた中央部分の長さをL
0とした(ただし、L
0の長さは把持の仕方により変化する)。符号77で示した部分を伸長させて最大応力を示したときの長さをL
1とした。なお、伸長にあたっては、下方のプローブを固定した状態とし、上方のプローブを引張速度0.5mm/秒で鉛直上方向に移動させた。伸長率の測定は、ダンベル形1とダンベル形2のそれぞれについて実施した。伸長率は、伸長率(%)=(L
1-L
0)/L
0×100の式によって求めた。なお、伸長率の測定中は湿潤状態を保持させた。
比較例1の架橋線維化コラーゲン膜についても同様にダンベル形に加工したものを用いて伸長率を測定した。ただし、比較例1の架橋線維化コラーゲン膜は配向性を有さないため、任意の方向(方向A)と、方向Aに直角な方向(方向B)の2つの方向でダンベル形に加工した。
なお、最大応力は、最大応力=最大引張荷重÷伸長率測定供試前の断面積、の式から求めた。
伸長率の測定結果を表1に示した。
また、
図4に、経時的な引張荷重の変化を示したグラフを掲載した。横軸は時間(秒)であり目盛り間隔は20秒、縦軸は引張荷重(g)であり目盛り間隔は25gである。
【0072】
【0073】
表1より、実施例1において、第2方向の伸長率が第1方向の伸長率よりも大きい伸長異方性を有するものであった。実施例1における伸長異方度は、伸長異方度=(第2方向の伸長率)/(第1方向の伸長率)の式より、43.6と計算された。
【0074】
図5は、実施例1の伸縮性コラーゲンシートの伸び具合を示した写真である。写真中の定規の目盛りについて、例えば「50」は5cmを示す。
図5(a)は、第2方向をダンベル形の長辺方向と平行にしたものを長辺方向の両端部分をそれぞれピンセットで挟んで保持した状態のものである。なお、
図5(a)ではまだ伸長させていない。
図5(b)は、
図5(a)の状態から手動により第2方向と平行な方向に伸縮性コラーゲンシートを伸長させたものである。この段階では、まだ最大応力を示すには至っていない。ちなみに、同一辺上のダンベル部開始点2点間の長さについての伸長率を計算したところ、伸長率は105%であった。
【符号の説明】
【0075】
12 伸縮性コラーゲンシート、15 再フィブリル化コラーゲンフィブリル、18 再フィブリル化コラーゲンフィブリルの配向方向、31 第1方向、52 第2方向、75 プローブで把持した部分、77 プローブで把持した網掛け部を除いた中央部分の長さ