(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-04
(45)【発行日】2022-02-15
(54)【発明の名称】ビタミンD代謝物の選択的測定法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20220207BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20220207BHJP
G01N 30/06 20060101ALI20220207BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20220207BHJP
G01N 30/00 20060101ALI20220207BHJP
G01N 1/10 20060101ALI20220207BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N30/72 C
G01N30/06 E
G01N30/88 C
G01N30/00 B
G01N1/10 F
(21)【出願番号】P 2017202693
(22)【出願日】2017-10-19
【審査請求日】2020-07-20
(73)【特許権者】
【識別番号】504125458
【氏名又は名称】株式会社あすか製薬メディカル
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】宮代 好通
(72)【発明者】
【氏名】笹本 英彦
【審査官】越柴 洋哉
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2005/0261250(US,A1)
【文献】特開2016-197110(JP,A)
【文献】国際公開第2012/067090(WO,A1)
【文献】特開2015-215320(JP,A)
【文献】国際公開第2014/061723(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62-27/70,27/92
G01N 30/00-30/96
B01J 20/281-20/292
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中に含まれるビタミンD代謝物を検出及び/又は定量する方法であって、
ア.試料中に存在するビタミンD代謝物に4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンを反応させる工程と、
イ.工程アで得られた反応物を、官能基がC18でかつ固定相の残存シラノールがエンドキャッピング処理されていないODSカラムを用いる液体クロマトグラフ-質量分析(LC-MS)に供する工程と
を含む、方法。
【請求項2】
試料を免疫精製する工程を含まない、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ビタミンD代謝物が、25-ヒドロキシビタミンD
3、25-ヒドロキシビタミンD
2、24,25-ジヒドロキシビタミンD
3、24,25-ジヒドロキシビタミンD
2、1α,25-ジヒドロキシビタミンD
2、1α,25-ジヒドロキシビタミンD
3、3-エピ-25-ヒドロキシビタミンD
3、3-エピ-25-ヒドロキシビタミンD
2、25-ヒドロキシビタミンD
3-3-サルフェートからなる群から選択される少なくとも1つである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
工程アの前に、試料について、以下:
i)有機溶媒による除タンパクを行うこと、
ii)液液抽出による抽出を行うこと、及び
iii)固相抽出カラムによる精製を行うこと
からなる群より選択される少なくとも1つの処理を行うことを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
工程iii)の精製が、逆相-イオン交換ミックスモード固相抽出カラムを用いる精製である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
LC-MSが、LC-MS/MSである、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
1α,25-ジヒドロキシビタミンD
3の前駆イオンが、574.5±0.5又は623.5±0.5の質量/電荷比を有するイオンを含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
1α,25-ジヒドロキシビタミンD
3の前駆イオンが、574.5±0.5の質量/電荷比を有する、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
1α,25-ジヒドロキシビタミンD
3の断片イオンが、314.0±0.5の質量/電荷比を有するイオンを含む、請求項6~8のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料中に含まれるビタミンD代謝物を、液体クロマトグラフ-質量分析計(LC-MS)を用いて同定及び/又は定量する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ビタミンDは、ビタミンD受容体を介して生体内カルシウム濃度を調節する作用を有する、生理学的に必要不可欠な脂溶性ビタミンである。ビタミンDは、くる病、骨粗鬆症及び骨軟化症等の骨代謝疾患、並びに、認知症、うつ病、糖尿病、多発性硬化症、小児ビタミンD欠乏症、大腸がん、及び心血管疾患などの様々な疾患と密接な関係があると考えられている。したがって、ビタミンD量を把握することは、疾患の解明や薬理効果の判定などに有用である。
【0003】
ビタミンDは、動物由来のビタミンD3と植物由来のビタミンD2との2種類に主に大別される。ビタミンD3は、動物では、皮膚において、紫外線により7-デヒドロコレステロールから光化学的に合成される。ビタミンD3は、肝臓で代謝されて25-ヒドロキシビタミンD3に変換され、血中のビタミンD結合蛋白と結合して、血中を循環する。
【0004】
25-ヒドロキシビタミンD3は、血中に存在する最も高濃度なビタミンD3代謝物の1つである。25-ヒドロキシビタミンD3は、腎臓において、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3に変換される。
【0005】
1α,25-ジヒドロキシビタミンD3は、最も大きな生理学的作用を有するビタミンD3代謝物であると考えられている。1α,25-ジヒドロキシビタミンD3は、腎疾患や慢性肉芽腫症による高カルシウム血症の診断に用いられるなど、ビタミンD3の生理学的作用を直接評価したり、病態を診断したりする上で、非常に重要なビタミンD3代謝物である。また、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3は、副甲状腺での副甲状腺ホルモンの合成や分泌において、ネガティブフィードバックとして働き、生命の維持においても非常に重要な役割を有している。
【0006】
腎臓において代謝されなかった25-ヒドロキシビタミンD3は、肝臓において代謝されて、24,25-ジヒドロキシビタミンD3や23,25-ジヒドロキシビタミンD3に変換される。これらは、更に代謝されてカルシトロン酸に変換され、尿中に排泄される。24,25-ジヒドロキシビタミンD3は、間葉系幹細胞において骨芽細胞の分化を誘導する作用を有していると考えられており、ビタミンD3の体外への排泄に関係しているだけではなく、生理学的作用も有していることが知られている。
【0007】
ビタミンD2は、植物由来のビタミンDであることから、動物においては、食餌によって体内に吸収される。ビタミンD2は、ビタミンD3と同様の代謝を受け、ビタミンD3と同様の生理学的作用を示すことが示唆されている。ビタミンD2の生理学的作用の強さは、ビタミンD3と比較して同程度又はそれ以下と言われている。ビタミンD2は、食餌によるビタミンDの補充目的の点で、重要視されている。
【0008】
試料中に含まれるビタミンDの量と病態との関連を精査するには、ビタミンD代謝物を網羅的かつ正確に測定することが求められる。ヒトにおいて、臨床の現場では、血中の25-ヒドロキシビタミンD3と25-ヒドロキシビタミンD2との総和(「トータル25-ヒドロキシビタミンD」とも言われる。)及び1α,25-ジヒドロキシビタミンD3は、免疫学的測定法を用いてそれぞれ測定されている。しかしながら、トータル25-ジヒドロキシビタミンDの測定において、免疫学的測定法では25-ヒドロキシビタミンD3と25-ヒドロキシビタミンD2とを区別して測定することはできない。また、免疫学的測定法では、ビタミンD代謝物を網羅的に把握するためには、それぞれの代謝物を個別に測定する必要があるので、必要とされる試料の量は多くなる。しかしながら、新生児及び小児並びに動物実験に用いられるラット及びマウスなどの血液は、多量に採取することが困難であるから、免疫学的測定法ではビタミンD代謝物を網羅的に測定することはできない。よって、このような試料中のビタミンD代謝物を網羅的に把握し、精確に定量するためには、少ない試料量でも、ビタミンD代謝物を網羅的かつ精確に測定できる方法が必要である。
【0009】
ビタミンD代謝物を網羅的に測定する方法としては、LC-MSによる測定法が知られている。また、特異的で高感度なビタミンD測定法としては、クックソン型誘導体化試薬である4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンを用いる方法が報告されている(非特許文献1、特許文献1)。誘導体化を用いたこの方法では、25-ヒドロキシビタミンD3や25-ヒドロキシビタミンD2等のビタミンD代謝物の測定が可能である。しかしながら、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3は、4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンによる誘導体化後に、C18カラムを用いて分析を行った場合、試料中の共雑物によって測定が妨害され、目的物の正確な濃度測定を行うことができない(非特許文献2、3)。1α,25-ジヒドロキシビタミンD3を測定しているとの報告もあるが(非特許文献4、5)、クロマトパターンから判断するに、これらの報告では共雑物も含めて1α,25-ジヒドロキシビタミンD3として測定をしていると考えられる。この試料中の共雑物を除き、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3を選択的に測定する方法として、免疫精製を行う方法が報告されている(特許文献2、非特許文献6、7)。しかしながら、これらの報告では、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3と選択的に反応する抗体が用られており、25-ヒドロキシビタミンD3に代表されるその他のビタミンD代謝物は、抗体の交差性によって捕捉されるため、十分な回収率を得ることができず、ビタミンD代謝物を網羅的かつ高感度に測定することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2015-166740号公報
【文献】特表2011-505014号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】Clin. Chim. Acta., 403, 145-151 (2009)
【文献】Anal. Bioanal. Chem., 391, 1917-1930 (2008)
【文献】Anal. Biochem., 418, 126-133 (2011)
【文献】Anal. Chem., 82, 2488-2497 (2010)
【文献】Anal. Bioanal. Chem., 398, 779-789 (2010)
【文献】Clin. Chem., 57, 1279-1285 (2011)
【文献】Clin. Chem., 58, 1711-1716 (2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、試料中に含まれるビタミンD代謝物を、LC-MSを用いて網羅的かつ高感度に測定できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、試料中に含まれるビタミンD代謝物に4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンを反応させること、及び、得られた反応物を、官能基がC18でかつ固定相の残存シラノールがエンドキャッピング処理されていないODSカラムを用いる液体クロマトグラフ-質量分析(LC-MS)に供することにより、試料中に存在するビタミンD代謝物を、LC-MSを用いて網羅的かつ高感度に検出及び/又は定量できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
よって、本発明は、特に、以下のものを提供する。
[1] 試料中に含まれるビタミンD代謝物を検出及び/又は定量する方法であって、
ア.試料中に存在するビタミンD代謝物に4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンを反応させる工程と、
イ.工程アで得られた反応物を、官能基がC18でかつ固定相の残存シラノールがエンドキャッピング処理されていないODSカラムを用いる液体クロマトグラフ-質量分析(LC-MS)に供する工程と
を含む、方法。
[2] 試料を免疫精製する工程を含まない、[1]に記載の方法。
[3] 前記ビタミンD代謝物が、25-ヒドロキシビタミンD3、25-ヒドロキシビタミンD2、24,25-ジヒドロキシビタミンD3、24,25-ジヒドロキシビタミンD2、1α,25-ジヒドロキシビタミンD2、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3、3-エピ-25-ヒドロキシビタミンD3、3-エピ-25-ヒドロキシビタミンD2、25-ヒドロキシビタミンD3-3-サルフェートからなる群から選択される少なくとも1つである、[1]又は[2]に記載の方法。
[4] 工程アの前に、試料について、以下:
i)有機溶媒による除タンパクを行うこと、
ii)液液抽出による抽出を行うこと、及び
iii)固相抽出カラムによる精製を行うこと
からなる群より選択される少なくとも1つの処理を行うことを含む、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 工程iii)の精製が、逆相-イオン交換ミックスモード固相抽出カラムを用いる精製である、[4]に記載の方法。
[6] LC-MSが、LC-MS/MSである、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7] 1α,25-ジヒドロキシビタミンD3の前駆イオンが、574.5±0.5又は623.5±0.5の質量/電荷比を有するイオンを含む、[6]に記載の方法。
[8] 1α,25-ジヒドロキシビタミンD3の前駆イオンが、574.5±0.5の質量/電荷比を有する、[7]に記載の方法。
[9] 1α,25-ジヒドロキシビタミンD3の断片イオンが、314.0±0.5の質量/電荷比を有するイオンを含む、[6]~[8]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0015】
従来、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3等のビタミンD代謝物をLC-MSを用いて測定する際には、クロマトグラム上で夾雑物による干渉を受け、正確に1α,25-ジヒドロキシビタミンD3等のビタミンD代謝物を測定することが不可能であった。
しかしながら、本発明によれば、夾雑物と1α,25-ジヒドロキシビタミンD3等の目的とするビタミンD代謝物とを分離することが可能となる。
したがって、本発明によれば、試料中に存在するビタミンD代謝物を、LC-MSを用いて網羅的かつ高感度に検出及び/又は定量できる。そして、好ましい実施態様によれば、免疫精製を行わなくても、試料中に存在するビタミンD代謝物を網羅的かつ高感度に検出及び/又は定量できる。
特に、本発明によれば、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3の検出及び/又は定量を、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3以外のビタミンD代謝物と同時に行うことが可能であるから、ビタミンD代謝物の中でも最も生理学的作用が強いと考えられている1α,25-ジヒドロキシビタミンD3と、これ以外のビタミンD代謝物とを含め、ビタミンD代謝物を網羅的かつ高感度に測定することができる。
また、本発明によれば、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3とこれ以外のビタミンD代謝物とを、少量の試料からでも同時に把握することができることから、新生児や小児等の血液を多量に採取することが困難な被験体からの試料であっても、被験体のビタミンD環境を網羅的に把握することができるので、疾病の診断や病態の評価に非常に有効な手段が得られる。更に、本発明は、ラットやマウスなどの実験動物にも適用できることから、病態の解明や新薬の開発に有効な手段となる。
特に、本発明においては、試料の免疫精製が必須ではないことから、ビタミンD代謝物のみならず、4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンと反応できるその他広範囲の化合物(例えば、7-デヒドロコレステロール)も同時に分析することが可能であり、ビタミンD代謝物以外にも、病態の評価・解明に必要な様々な物質を網羅的に把握することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、ACQUITY UPLC HSS C18 SBカラム、ACQUITY UPLC HSS C18カラム又はACQUITY UPLC BEH C18カラムを用いて1α,25-ジヒドロキシビタミンD
3の4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオン誘導体を測定した際のクロマトグラムである(実施例1)。
【
図2】
図2は、ACQUITY UPLC HSS C18 SBカラムを用いて1α,25-ジヒドロキシビタミンD
3、25-ヒドロキシビタミンD
3、3-エピ-25-ヒドロキシビタミンD
3、25-ヒドロキシビタミンD
2及び24,25-ジヒドロキシビタミンD
3のそれぞれの4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオン誘導体を測定した際のクロマトグラムである(実施例1)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一実施態様では、試料中に含まれるビタミンD代謝物を検出及び/又は定量する方法であって、
ア.試料中に存在するビタミンD代謝物に4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンを反応させる工程と、
イ.工程アで得られた反応物を、官能基がC18でかつ固定相の残存シラノールがエンドキャッピング処理されていないODSカラムを用いる液体クロマトグラフ-質量分析(LC-MS)に供する工程と
を含む、方法を提供する。
【0018】
本発明の好ましい実施態様では、上記方法は、試料を免疫精製する工程を含まない。
【0019】
本明細書における「試料」とは、特に限定されるものではなく、生物由来、環境由来又は工業製品由来など、どのような由来の試料であってもよい。
生物由来の試料としては、例えば、ヒトを含む動物の、体液(例えば、血液(全血、血清、血漿など)、唾液、涙液、汗、尿、胆汁など)、糞、組織、細胞、細胞培養液、及び、これらから得られる又は臓器から得られる調製物(例えば、ホモジネート)、並びに植物の抽出物などの生物に関連する試料を挙げることができる。生物由来の試料は、天然のものであっても、人工的に作製されたものであってもよい。中でも、生物由来の試料としては、ヒトを含む動物の血液、唾液、尿、組織、生体細胞が好ましい。
環境由来の試料としては、例えば、土壌、汚水、廃水、河川水、海水などの環境から得られる試料が挙げられる。環境由来の試料は、環境から得られたそのままのものでも、何らかの処理を行った後のものであってもよい。中でも、環境由来の試料としては、廃水、河川水が好ましい。
工業製品由来の試料としては、食料品、医薬品などが挙げられる。中でも、工業製品由来試料としては、医薬品が好ましい。
上記試料は、本明細書中に記載される方法を実施するに際し、その実施がしやすいように、適宜、希釈や濃縮をしたり、可溶化可能な溶媒に溶解するなどしたりしてもよい。
【0020】
本明細書における「ビタミンD代謝物」とは、ビタミンD2又はビタミンD3に水酸基が結合したり硫酸抱合やグルクロン酸抱合するなどして、生合成経路及び/又は代謝経路によって形成される任意の代謝化合物を意味する。そのような代謝化合物としては、例えば、25-ヒドロキシビタミンD3、25-ヒドロキシビタミンD2、24,25-ジヒドロキシビタミンD3、24,25-ジヒドロキシビタミンD2、1α,25-ジヒドロキシビタミンD2、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3、3-エピ-25-ヒドロキシビタミンD3、3-エピ-25-ヒドロキシビタミンD2、25-ヒドロキシビタミンD3-3-サルフェートなどの生体内又は自然界に存在するビタミンD代謝物を挙げることができる。好ましい実施態様では、ビタミンD代謝物は、25-ヒドロキシビタミンD3、25-ヒドロキシビタミンD2、24,25-ジヒドロキシビタミンD3、24,25-ジヒドロキシビタミンD2、1α,25-ジヒドロキシビタミンD2、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3、3-エピ-25-ヒドロキシビタミンD3、3-エピ-25-ヒドロキシビタミンD2、25-ヒドロキシビタミンD3-3-サルフェートからなる群から選択される少なくとも1つである。
【0021】
本明細書において、「ビタミンD代謝物を検出及び/又は定量する」との表現と「ビタミンD代謝物を測定する」との表現とは、明らかに違うことを示していないか又は文意に反しない限り、相互交換可能に用いられる。
【0022】
本明細書における「4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオン」とは、CAS登録番号4233-33-4の下記式(I)に示す化合物である。
【0023】
【0024】
上記工程アでは、試料中に存在するビタミンD代謝物に4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンを反応させる。
具体的な反応条件は、試料に応じて適宜最適な条件を設定すればよく、試料中のビタミンD代謝物を4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオン誘導体化できる条件であれば特段限定されない。例えば、試料と4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンとは、アセトニトリル、酢酸エチル、アセトン、ジクロロメタン、テトラヒドロフラン等の不活性溶媒中で反応させることができる。反応は、-10℃乃至80℃の範囲内の温度で行うことができ、5℃乃至40℃の範囲内の温度で行うことが好ましい。反応に使用する4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンの量は、特に制限されるものではないが、一般に、測定に使用する試験管一本あたり、0.01乃至0.5mL程度を使用すればよく、0.025乃至0.1mL程度を使用するのが好ましい。
【0025】
上記工程イでは、工程アで得られた反応物を、官能基がC18でかつ固定相の残存シラノールがエンドキャッピング処理されていないODSカラムを用いる液体クロマトグラフ-質量分析(LC-MS)に供する。
【0026】
本明細書における「官能基がC18でかつ固定相の残存シラノールがエンドキャッピング処理されていないODSカラム」とは、オクタデシルシリル(Octa Decyl Silyl)基(C18H37Si)で表面が修飾されたシリカゲルが固定相として充填されたカラム(ODSカラム)であって、固定相の残存シラノールに対して所謂エンドキャッピング処理を行っていないカラムを意味する。エンドキャッピング処理は、ODSカラムの分野で周知の技術事項であるが、簡単に説明すると以下のような処理である。ODS充填剤は、通常、シリカゲルのシラノール基にオクタデシルシラン化合物を反応させて作製されるが、シリカゲル表面の全てのシラノール基が反応するわけではない。そして、残存するシラノール基が、塩基性化合物のピークをテーリングさせたり、吸着させたりする。そこで、残存シラノール基にトリメチルモノクロルシラン等のシラン化合物を結合させることが「エンドキャッピング処理」と呼ばれている。例えば、市販のカラムの場合、エンドキャッピング処理が行われているカラムには、通常、その旨がカタログや仕様説明書などに明記されている。したがって、本明細書における「官能基がC18でかつ固定相の残存シラノールがエンドキャッピング処理されていないODSカラム」とは、上記のようなエンドキャッピング処理がされていないカラムを意味する。官能基がC18でかつ固定相の残存シラノールがエンドキャッピング処理されていないODSカラムは、発明の実施に際し自己で作製してもよいし、既製品として種々上市されているものを使用してもよい。本発明で使用されるエンドキャッピング処理されていないODSカラムとしては、官能基がC18でかつ固定相の残存シラノールがエンドキャッピング処理されていないものであれば特段限定されるものではないが、例えば、ACQUITY UPLC HSS C18 SBカラム、ZORBAX SB-C18カラム、YMC-Pack ODS-ALカラム、XSelect HSS C18 SBカラムなどが挙げられ、好ましくはACQUITY UPLC HSS C18 SBカラムである。
そして、本発明の特徴の一つは、後述するLC-MSの液体クロマトグラフを、官能基がC18でかつ固定相の残存シラノールがエンドキャッピング処理されていないODSカラムで行うことである。
【0027】
本明細書における「LC-MS」とは、液体クロマトグラフと質量分析とを組み合わせた装置を用いて行う分析方法を表し、液体クロマトグラフ部と質量分析部とはそれぞれ、1つであっても、複数が結合したものであってもよい。LC-MSの中でも、質量分析部が複数結合したタンデム型の質量分析を用いるLC-MS/MSが好ましい。LC-MSにおけるイオン化は、例えば、大気圧化学イオン化法、ESI、大気圧光イオン化法などが挙げられるが、中でも、正イオン検出ESIを用いることが好ましい。
【0028】
また、質量分析部としては、例えば、磁場型、四重極型、飛行時間型のものなどが挙げられるが、定量性が良く、ダイナミックレンジが広く、直線性が良好なことから、四重極型を使用することが好ましい。
【0029】
イオンの検出方法としては、目的とするイオンのみを選択的に検出する選択イオンモニタリングや、1つ目の質量分析部で精製したイオン種のうち1つを前駆イオンとして選択し、2つ目の質量分析部で、その前駆イオンの開裂によって生じるプロダクトイオンを検出する、選択反応モニタリング(SRM)などが挙げられる。中でも、選択性が増し、ノイズが減ることによって、シグナル/ノイズ比が向上することから、SRMが好ましい。
【0030】
本明細書における「前駆イオン」とは、MS/MSにおいて、1つ目の質量分析部で選択されるイオンを意味する。前駆イオン(precursor ion)は、本技術分野で、親イオン、分子量関連イオン、プロトン化分子とも呼ばれている。
本発明の方法を、LC-MS/MSを用いて行う場合、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3の前駆イオンが、574.5±0.5又は623.5±0.5の質量/電荷比を有するイオンを含むことが好ましく、574.5±0.5の質量/電荷比を有するイオンを含むことが特に好ましい。
【0031】
本明細書における「断片イオン」とは、MS/MSにおいて、2つ目の質量分析部で、前駆イオンの開裂によって生じるプロダクトイオン(product ion)を意味する。MS/MSでは、断片イオンが2つ目の質量分析部で分離され検出される。
本発明の方法を、LC-MS/MSを用いて行う場合、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3の断片イオンが、314.0±0.5の質量/電荷比を有するイオンを含むことが好ましい。
【0032】
LC-MSで使用する移動相としては、試料をLC-MSに適した状態に可溶化可能な溶媒であれば特段限定されるものではなく、例えば、LC-MSで移動相として使用されることが知られている溶媒を用いることができる。例えば、そのような移動相となる溶媒としては、メチルアミン、ギ酸、酢酸、ギ酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、重炭酸アンモニウム、アセトニトリル、及びメタノール、並びにこれらいずれか2種以上の混和物が挙げられる。移動相には、必要に応じてグラジエントをかけてもよい。目的とするビタミンD代謝物が1α,25-ジヒドロキシビタミンD3である場合、移動相としてギ酸又はメチルアミンとアセトニトリルとを必要に応じてグラジエントをかけて使用することが好ましい。
【0033】
試料中に存在するビタミンD代謝物に4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンを反応させる前に、試料について、以下:
i)有機溶媒による除タンパクを行うこと、
ii)液液抽出による抽出を行うこと、及び
iii)固相抽出カラムによる精製を行うこと
からなる群より選択される少なくとも1つの処理を行ってもよい。試料にこのような処理を行うと、一層効果的又は効率的に、ビタミンD代謝物を検出及び/又は定量することができる。
【0034】
上記i)の有機溶媒による除タンパクを行う際の具体的な手法は特段限定されるものではなく、試料に応じて適宜、具体的な手法や有機溶媒を選択することができる。そのような手法としては、例えば、有機溶媒を添加後、振盪した後に遠心分離し、有機溶媒層を分取するなどの手法が挙げられる。使用される有機溶媒としては、例えば、酢酸エチル、アセトニトリル、ジエチルエーテル、メタノール、エタノール、アセトンなどが挙げられ、中でも、アセトニトリルが好ましい。
【0035】
上記ii)の液液抽出による抽出を行う際の具体的な手法は特段限定されるものではなく、試料に応じて適宜、具体的な手法や抽出溶媒を選択することができる。そのような手法としては、例えば、有機溶媒を添加後、振盪した後に遠心分離し、有機溶媒層を分取するなどの手法が挙げられる。使用される抽出溶媒としては、酢酸エチル、アセトニトリル、ジエチルエーテル、メチル-tert-ブチルメチルエーテル、ヘキサン、並びにこれらいずれか2種以上の混和物などが挙げられ、中でも、メチル-tert-ブチルメチルエーテルとヘキサンとの混和物が好ましい。
【0036】
上記iii)の固相抽出カラムによる精製を行う際の具体的手法は特段限定されるものではなく、試料に応じて適宜、具体的な手法や抽出溶媒を選択することができる。そのような手法としては、例えば、簡易カラムクロマトグラフィーなどが挙げられる。固相抽出(SPE)用のカラムとしては、C18固相抽出カラム、逆相-陰イオン交換ミックスモードポリマーの固相抽出カラム、逆相-陽イオン交換ミックスモードポリマーの固相抽出カラム、順相固層抽出カラムなどが挙げられ、市販されているものを使用することもできる。充填剤の分離モードには、逆相、順相、分配、イオン交換、分子ふるい、アフィニティーなどが挙げられるが、中でも、逆相、順相又はイオン交換、或いはそれらのミックスモードを用いるのが好ましい。特に、逆相-イオン交換ミックスモード固相抽出カラムを用いる精製を行うことが好ましい。逆相-陰イオン交換ミックスモードポリマーの固相抽出カラムとしては、ウォーターズ社製のOasis(登録商標)MAX、サーモフィッシャーサイエンティフィック社のHyperSep(登録商標)Retain AX、シグマアルドリッチ社のSupel-Select SAX SPE、フェノメネクス社のStrata-X-Aなどが挙げられる。
【実施例】
【0037】
以下の実施例は、本発明をより詳細に説明するものであるが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0038】
[実施例1]
ヒト血清由来の試料中のビタミンD代謝物(1α,25-ジヒドロキシビタミンD3、25-ヒドロキシビタミンD3、3-エピ-25-ヒドロキシビタミンD3、25-ヒドロキシビタミンD2、24,25-ジヒドロキシビタミンD3)の測定
【0039】
1. ビタミンD代謝物を含む試料の作製
試験管にヒト血清0.2mLを加え、アセトニトリル溶液で2mLにし、5分振とう後遠心分離し、得られた溶媒を留去した。残渣に、1M水酸化ナトリウム水溶液1mL、メチル-tert-ブチルエーテル/ヘキサン(2:8)を加え、5分間振とう後、水層を凍結分離し、そして、残存する溶媒を減圧下で留去した。残渣をアセトニトリル0.5mLで溶解した後、精製水1mLを加え、予めメタノール3mL、精製水3mLでコンディショニングしたOasis(登録商標)MAXカートリッジ(ウォーターズ社)に負荷した。0.2M水酸化ナトリウム水溶液1mL、精製水2mL、40%アセトニトリル1mLで洗浄後、アセトニトリル/メチル-tert-ブチルエーテル(6:4)1mLで1α,25-ジヒドロキシビタミンD3、25-ヒドロキシビタミンD3、3-エピ-25-ヒドロキシビタミンD3、25-ヒドロキシビタミンD2及び24,25-ジヒドロキシビタミンD3を溶出し、溶出液を遠心エバポレーターで留去し、ビタミンD代謝物を含む試料を作製した。
【0040】
2. 4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオンでのビタミンD代謝物の誘導体化
前項1.で得られたビタミンD代謝物を含む試料に、4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオン1mgのアセトニトリル溶液0.05mLを加え、よく振り混ぜた後、室温で1時間放置し、試料中に含まれるビタミンD代謝物を4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオン誘導体化した。反応後、反応液に酢酸エチル/ヘキサン/酢酸(15:35:1)を0.5mL加え、よく振り混ぜた後に、予めアセトン3mL、ヘキサン3mLでコンディショニングしたInertSep(登録商標)SIカートリッジへ負荷した。カートリッジカラムを、ヘキサン1mL、アセトン/ヘキサン(40:60)2mLで洗浄した後、アセトン/ヘキサン(80:20)で4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオン誘導体を溶出し、溶出液を減圧下で留去した。残留物を40%アセトニトリル0.1mLで溶解し、ビタミンD代謝物の4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオン誘導体を含む溶液とした。
【0041】
3. 4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオン誘導体を含む溶液のLC-MS測定
上記2.で得られたビタミンD代謝物の4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオン誘導体を含む溶液0.02mLを、下記表1に示す条件でLC-MS測定に供した。
また、分析カラムをACQUITY UPLC HSS C18 SBカラムから、ACQUITY UPLC HSS C18カラム又はACQUITY UPLC BEH C18カラムに変更しての同一試料の測定も行った。
結果を
図1及び
図2に示す。
【0042】
【0043】
官能基がC18でかつ固定相の残存シラノールがエンドキャッピング処理されていないODSカラムであるACQUITY UPLC HSS C18 SBカラムを用いてLC-MSによって試料を測定した場合、3.76minに1α,25-ジヒドロキシビタミンD
3のピークが観察された(
図1の上段のクロマトグラム)。
一方、官能基がC18でかつ固定相の残存シラノールがエンドキャッピング処理されているODSカラムである、ACQUITY UPLC HSS C18カラム、又はACQUITY UPLC BEH C18カラム(非特許文献2及び非特許文献5と同じ分析カラム)を用いてLC-MSによって試料を測定した場合、それぞれ3.57min付近及び3.42min付近に夾雑物由来のピークがあることによって、1α,25-ジヒドロキシビタミンD
3のピークを同定することはできなかった(
図1の中段及び下段のクロマトグラム)。
【0044】
更に、エンドキャッピング処理されていないカラムであるACQUITY UPLC HSS C18 SBカラムを用いてLC-MSで測定した場合には、1α,25-ジヒドロキシビタミンD
3以外に、25-ヒドロキシビタミンD
3、3-エピ-25-ヒドロキシビタミンD
3、25-ヒドロキシビタミンD
2及び24,25-ジヒドロキシビタミンD
3も同定することができた(
図2)。
【0045】
[実施例2]
1α,25-ジヒドロキシビタミンD3及び25-ヒドロキシビタミンD3の同時定量の再現性
【0046】
試験管に、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3(1、50、又は1600pg/50μL)及び25-ヒドロキシビタミンD3(0.01、0.5、又は16ng/50μL)の両方を含むアセトニトリル溶液50μLを添加し、アセトニトリルで2mLにして、QC(Quality Control)試料を作製した。QC試料に、内部標準(1α,25-ジヒドロキシビタミンD3-d6及び25-ヒドロキシビタミンD3-d6を各200pg/50μL)を加え、実施例1と同様にしてLC-MS測定に供して、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3及び25-ヒドロキシビタミンD3の同時測定の再現性を試験した。
なお、検量線試料は、試験管に、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3(1、5、10、100、500、又は2000pg/50μL)及び25-ヒドロキシビタミンD3(0.02、0.1、0.2、2、10、又は40ng/50μL)の両方を含むアセトニトリル溶液50μLを添加し、アセトニトリルで2mLにして、作製した。
結果を表2及び表3に示す。
【0047】
【0048】
【0049】
これらの結果から明らかなように、本発明に従う測定方法によれば、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3及び25-ヒドロキシビタミンD3の同時測定時の真度及び精度は良好であり、再現性よくこれらを同時測定可能であることが分かる。
また、これらの結果から、本発明に従う測定方法によれば、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3は1pg/tube、25-ヒドロキシビタミンD3は0.01ng/tubeというそれぞれが非常に低い濃度でも、これらの化合物を定量できることが分かる。
【0050】
[実施例3]
移動相として、0.1%ギ酸溶液/アセトニトリルの代わりにメチルアミン/アセトニトリルを使用して、ビタミンD代謝物の4-フェニル-1,2,4-トリアゾリン-3,5-ジオン誘導体のLC/MS測定を行う。この場合、Anal. Bioanal. Chem., 398, 779-789 (2010)のTable 1の記載を考慮すると、1α,25-ジヒドロキシビタミンD3の前駆イオンは、623±0.5の質量/電荷比を有する。
【0051】
以上の実施例の結果から明らかなように、本発明は、ビタミンD代謝物それぞれを検出及び/又は定量することが可能であるだけではなく、これらを網羅的かつ高感度に検出及び/又は定量することが可能である。