(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-04
(45)【発行日】2022-02-15
(54)【発明の名称】耐高温塩害特性に優れたフェライト系ステンレス鋼板及び自動車排気系部品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220207BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20220207BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20220207BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20220207BHJP
F01N 13/16 20100101ALI20220207BHJP
F01N 13/14 20100101ALI20220207BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/54
C22C38/58
C22C38/60
F01N13/16
F01N13/14
(21)【出願番号】P 2018064003
(22)【出願日】2018-03-29
【審査請求日】2020-12-11
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 篤剛
(72)【発明者】
【氏名】吉澤 俊希
(72)【発明者】
【氏名】西村 航
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-169943(JP,A)
【文献】特開2007-092163(JP,A)
【文献】特開2016-183415(JP,A)
【文献】特開2003-213376(JP,A)
【文献】特開2004-083972(JP,A)
【文献】特表2013-508596(JP,A)
【文献】特開2006-063938(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
F01N 13/16
F01N 13/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.0200%以下、
N:0.0200%以下、
Si:0.30%以上、4.00%以下、
Mn:0.01%以上、0.40%以下、または、0.80%以上、2.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.0014%以下、
Cr:13.0%以上、23.0%以下、
Ni:0.01%以上、0.40%以下、
Cu:0.01%以上、0.10%未満、
Nb:0.20%以上、0.60%未満、
Ti:0.001%以上、0.270%以下、
Al:0.002%以上、0.200%以下、
V:0.01%以上、0.20%以下、
B:0.0001%以上、0.0050%以下、
O:0.0050%以下、
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ、下記(i)~(iv)式を満たす組成を有することを特徴とする耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
Nb+Ti+0.4Si≧0.630 ・・・式(i)
Cr+10Si≧17.0 ・・・式(ii)
0.0110≦C+N≦0.0270 ・・・式(iii)
Al/O≧1.2 ・・・式(iv)
但し、式中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【請求項2】
質量%にて、更に
Y:0.001%以上、0.20%以下、
REM:0.001%以上、0.20%以下、
Ca:0.0002%以上、0.0030%以下、
Zr:0.01%以上、0.30%以下、
Hf:0.001%以上、1.0%以下、
Sn:0.002%以上、1.0%以下、
Mg:0.0002%以上、0.0030%以下、
Co:0.01%以上、0.30%以下、
Sb:0.005%以上、0.50%以下、
Bi:0.001%以上、1.0%以下、
Ta:0.001%以上、1.0%以下、
Ga:0.0002%以上、0.30%以下、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
強制冷却機構により塩分付着が促進されている
環境において自動車排気系部材に使用される請求項1または請求項2に記載の耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
自動車排気系部材の周囲を断熱材で覆う断熱構造が適用されることにより塩分付着が促進されている
環境において自動車排気系部材に使用される請求項1または請求項2に記載の耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項5】
請求項1または請求項2に記載の耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を用いた自動車排気系部材と、それを強制冷却する強制冷却機構とを備えた自動車排気系部品。
【請求項6】
請求項1または請求項2に記載の耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を用いた自動車排気系部材と、その周囲を断熱材で覆う断熱構造とを備えた自動車排気系部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温強度や耐酸化性が必要な自動車排気系部材に使用することに最適な耐熱性ステンレス鋼において、特に耐高温塩害性に優れた塩分付着が促進される構造の自動車排気系用フェライト系ステンレス鋼板及び自動車排気系部品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の排気マニホールド、フロントパイプ及びセンターパイプなどの排気系部材は、エンジンから排出される高温の排気ガスを通すため、排気系部材を構成する材料には耐酸化性、高温強度、熱疲労特性など多様な特性が要求される。
【0003】
従来、自動車排気系部材には鋳鉄が使用されるのが一般的であったが、排ガス規制の強化、エンジン性能の向上、車体軽量化などの観点から、ステンレス鋼製の排気マニホールドが使用されるようになった。排気ガス温度は、車種によって異なり、近年では750~850℃程度が多いが、更に高温に達する場合もある。このような温度域で長時間使用される環境において高い高温強度、耐酸化性を有する材料が要望されている。
【0004】
ステンレス鋼の中でオーステナイト系ステンレス鋼は、耐熱性や加工性に優れているが、熱膨張係数が大きいために、排気マニホールドのように加熱・冷却を繰り返し受ける部材に適用した場合、熱疲労破壊が生じやすい。
【0005】
フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて熱膨張係数が小さいため、熱疲労特性に優れている。また、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて、高価なNiをほとんど含有しないため材料コストも安く、汎用的に使用されている。但し、フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて、高温強度が低いために、高温強度を向上させる技術が開発されてきた。さらに、耐酸化性、成形性、製造性、更なる低コスト化の観点からも様々な技術の開発がされてきた。
【0006】
例えば、SUS430J1L(Nb添加鋼)、Nb-Si添加鋼、SUS444(Nb-Mo添加鋼)があり、Nb添加を基本に、Si、Moの添加によって高温強度を向上させるものであった。
【0007】
一方、車体下部に位置するセンターパイプ等の部材は排気系部材の中でも温度はやや低い部材であるが、路面凍結防止のため散布される融雪塩や海水に由来される塩分が付着し易く高温塩害が懸念される。高温塩害とは高温酸化環境において塩分が付着することで高温腐食が促進される現象である。これらの車体下部に位置する部品においては耐高温塩害性を重視した技術が開発されてきた。
【0008】
しかし近年では排気系の設置構造の変化や、新たな部品が付属されることで排気マニホールドやフロントパイプのような排気系の中でも高温に位置する部材においても塩分が付着する場合が生じている。具体例を2つ挙げる。1つめは排ガスの高温化に対して、ファン設置や通気性の改善により排気系を強制空冷する場合である。一例を
図2(A)に示す。この自動車排気系部材1を強制空冷する強制冷却機構3は排気系部材への塩分付着を促進する要因となる。強制冷却機構は主に近年普及が加速しているターボ搭載車において適用される場合がある。2つめはコンバーター等の排ガス浄化部品及びその前の排気系の周囲を断熱材で覆う断熱構造を設け、排ガス温度を上げることで触媒反応を促進する場合である。一例を
図2(B)に示す。自動車排気系部材1に被覆する断熱材7はウール状セラミックス等が使用され、保水しやすくなる。そのため断熱材で覆うことは塩分も保持しやくなり、排気系への塩分付着を促進する。断熱材の適用は主に今後の普及が期待されるHCCI(予混合圧縮自動着火)で燃焼するエンジンの排気系に適用される場合がある。
【0009】
さらに、これらの強制冷却機構または断熱構造を使用することによって通常の部材が曝される環境より湿度の高い環境となる。強制冷却機構では部品に水分を巻き上げる環境では常に水分を吹き付けることとなり、断熱構造を使用する場合は断熱材をカバーで覆うために水蒸気が籠る環境となる。そのため、高温塩害環境は塩分付着とともに酸化環境に水蒸気酸化が伴う従来とは異なる環境となる。
【0010】
つまり、強制冷却機構または断熱構造を適用する場合、排気マニホールドやフロントパイプ等の上流の部材には新たに耐高温塩害性を必要とするようになるだけでなく、従来とは異なる水蒸気酸化を伴う環境の耐高温塩害性が必要となった。すなわち、強制冷却機構や断熱構造が適用される自動車排気系部材は従来の自動車排気系部材とは異なる新たな用途として開発が必要となった。
【0011】
高温塩害に対する技術として、特許文献1には、Mo、Wを添加することで耐高温塩害性を改善する技術が開示されている。しかし、Mo、Wは高価な元素であり、素材コストの増加を招く。また、耐高温塩害性には水蒸気酸化も伴う環境は考慮されていない。
【0012】
特許文献2には、Alの添加量を調整し耐高温塩害性を改善する技術が開示されている。しかし、Al濃度が質量%で0.5超~7.0%であり、通常のフェライト系ステンレス鋼より極度に高く、製造性や加工性などを損なう可能性がある。また、耐高温塩害性には水蒸気酸化も伴う環境は考慮されていない。
【0013】
特許文献3には、N、V、Alの添加量を調整し耐高温塩害腐食性を改善する技術が開示されている。しかし、V濃度が質量%で0.30~0.60%であり、通常のフェライト系ステンレス鋼より極度に高く、製造性などを損なう可能性がある。また、耐高温塩害性には水蒸気酸化も伴う環境は考慮されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特開平6-136488号公報
【文献】特許第3903853号公報
【文献】特開2010-53421号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上記のように自動車排気系に強制冷却機構または断熱構造を適用する場合、排気マニホールドやフロントパイプ等の上流の部材においても新たに耐高温塩害性を付与することが必要となるだけでなく、従来とは異なる水蒸気酸化を伴う環境の耐高温塩害性が必要となった。しかし、従来の耐高温塩害性改善技術では高価なMo、Wを添加もしくは、Al、V等を通常のフェライト系ステンレス鋼より極度に高く添加する必要があった。また、水蒸気酸化を伴う高温塩害は検討されていなかった。
【0016】
即ち、本発明の目的はMo、W添加や極度なAl、V添加に頼らず排気マニホールドとして耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板及び自動車排気系部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するために、本発明者らはフェライト系ステンレス鋼の耐高温塩害性に及ぼす各種成分の影響を鋭意検討した。その結果、耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼を発明するに至った。なお、高温塩害は水蒸気酸化を伴う環境にも対応する。
【0018】
すなわち、上記課題を解決することを目的とした本発明の要旨は、以下のとおりである。
(1)質量%で、
C:0.0200%以下、
N:0.0200%以下、
Si:0.30%以上、4.00%以下、
Mn:0.01%以上、0.40%以下、または、0.80%以上、2.00%以下、
P:0.040%以下、
S:0.0014%以下、
Cr:13.0%以上、23.0%以下、
Ni:0.01%以上、0.40%以下、
Cu:0.01%以上、0.10%未満、
Nb:0.20%以上、0.60%未満、
Ti:0.001%以上、0.270%以下、
Al:0.002%以上、0.200%以下、
V:0.01%以上、0.20%以下、
B:0.0001%以上、0.0050%以下、
O:0.0050%以下、
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ、下記(i)~(iv)式を満たす組成を有することを特徴とする耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
Nb+Ti+0.4Si≧0.630 ・・・式(i)
Cr+10Si≧17.0 ・・・式(ii)
0.0110≦C+N≦0.0270 ・・・式(iii)
Al/O≧1.2 ・・・式(iv)
但し、式中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
(2)質量%にて、更に
Y:0.001%以上、0.20%以下、
REM:0.001%以上、0.20%以下、
Ca:0.0002%以上、0.0030%以下、
Zr:0.01%以上、0.30%以下、
Hf:0.001%以上、1.0%以下、
Sn:0.002%以上、1.0%以下、
Mg:0.0002%以上、0.0030%以下、
Co:0.01%以上、0.30%以下、
Sb:0.005%以上、0.50%以下、
Bi:0.001%以上、1.0%以下、
Ta:0.001%以上、1.0%以下、
Ga:0.0002%以上、0.30%以下、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする(1)に記載の耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(3)強制冷却機構により塩分付着が促進されている環境において自動車排気系部材に使用される(1)または(2)に記載の耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
(4)自動車排気系部材の周囲を断熱材で覆う断熱構造が適用されることにより塩分付着が促進されている環境において自動車排気系部材に使用される(1)または(2)に記載の耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板。
【0019】
(5)(1)または(2)に記載の耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を用いた自動車排気系部材と、それを強制冷却する強制冷却機構とを備えた自動車排気系部品。
(6)(1)または(2)に記載の耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を用いた自動車排気系部材と、その周囲を断熱材で覆う断熱構造とを備えた自動車排気系部品。
【0020】
また、上記本発明で、下限の規定をしないものについては、不可避的不純物レベルまで含むことを示す。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、強制冷却機構や断熱構造が適用され塩分付着が促進される自動車排気系部材として使用される耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】表1の本発明例A~T及び表2の比較例e~iについて、750℃加熱、飽和NaCl水溶液浸漬を含み、更に水蒸気酸化も伴う環境における高温塩害試験後の腐食減量に及ぼすSiとNb+Tiの影響を示した図である。
【
図2】自動車排気系部品の一例を示す図であり、(A)は強制冷却機構を備えたもの、(B)は断熱構造を備えたものである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0024】
まず、本発明のフェライト系ステンレス鋼の鋼組成の限定理由について説明する。ここで、鋼組成についての「%」は質量%を意味する。
【0025】
(C:0.0200%以下)
Cは、成形性と耐食性を劣化させ、高温強度の低下をもたらす元素であり、0.0200%以下とする。また、過度な添加による耐酸化性や耐粒界腐食性の低下を考慮すると、上限は0.0150%とすることが望ましい。但し、過度な低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限は0.0010%とすることが望ましい。
【0026】
(N:0.0200%以下)
NはCと同様、成形性と耐食性を劣化させ、高温強度の低下をもたらす元素であり、0.0200%以下とする。また、過度な添加による耐酸化性や耐粒界腐食性の低下を考慮すると、上限は0.0150%とすることが望ましい。但し、過度な低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限は0.0030%とすることが望ましい。
【0027】
(Si:0.30%以上、4.00%以下)
Siは、脱酸剤として添加される元素であるとともに、耐酸化性を改善する元素である。また、Siは耐高温塩害性を改善する重要な元素である。Si添加によりFeやCrの酸化物の下にSi酸化物が形成され、これが補助皮膜として働き耐高温塩害性を改善する。Moを含有しない本発明において、耐高温塩害性を発現するためには0.30%以上のSi添加を必要とする。しかし、過度な添加は加工性の低下を招くため、4.00%以下とする。また、精錬コストや製造性を考慮すると、下限は0.50%とすることが望ましく、上限は3.50%が望ましい。より望ましくは、0.80~2.90%の範囲である。
【0028】
(Mn:0.01%以上、0.40%以下、または、0.80%以上、2.00%以下)
Mnは、脱酸剤として添加される元素であり、0.01%以上添加する。また、Mnは酸化速度やスケール剥離性に影響を与え、その点から耐高温塩害性にも影響を及ぼす。添加量が増えるとスケールの保護性が低下し酸化速度が上がる。これにより高温塩害が低下する。しかし、一定以上の添加量になってくると耐スケール剥離性が改善される。これにより耐高温塩害性も改善する。つまり、耐高温塩害性が低下する範囲があり、これを避けるためには、0.40%以下、または、0.80%以上とする必要がある。しかし、過度な添加は均一伸びの低下を招くため、2.00%以下とする。また、精錬コスト、熱間加工性や耐食性を考慮すると、0.10~0.40%、または、0.85~1.50%の範囲が望ましい。より望ましくは、0.15~0.35%、または、0.90~1.20%の範囲である。
【0029】
(P:0.040%以下)
Pは、製鋼精錬時に主として原料から混入してくる不純物であり、含有量が高くなると、靭性や溶接性が低下するため、その含有量は少ないほど良いため、0.040%以下とする。また、製造性を考慮すると、上限は0.035%とすることが望ましい。但し、過度な低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限は0.01%とすることが望ましい。
【0030】
(S:0.0014%以下)
Sは、製鋼精錬時に主として原料から混入してくる不純物であり、耐食性を劣化させる。また、耐スケール剥離性を低下させることによって耐高温塩害性も低下させる。したがって、0.0014%以下とする。また、製造性を考慮すると、上限は0.0010%とすることが望ましい。但し、過度な低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限は0.0003%とすることが望ましい。
【0031】
(Cr:13.0%以上、23.0%以下)
Crは、耐食性および耐酸化性を向上する元素であるとともに、耐高温塩害性を改善する元素でもあり、13.0%以上添加する。しかし、過度な添加は加工性の低下や靭性の劣化を招くため、23.0%以下とする。また、高温強度、高温疲労特性や原料コストを考慮すると、下限は13.5%とすることが望ましく、上限は20.0%が望ましい。より望ましくは、14.0~18.5%の範囲である。
【0032】
(Ni:0.01%以上、0.40%以下)
Niは、耐食性を向上させる元素であるとともに、高温強度及び靭性を向上させる効果もある。しかし、過度な添加は成型性の低下を招く。したがって、0.01~0.40%の範囲とする。また、原料コストを考慮すると、上限は0.30%とすることが望ましい。より望ましくは、0.05~0.20%の範囲である。
【0033】
(Cu:0.01%以上、0.10%未満)
Cuは、耐食性向上や高温強度向上に有効な元素である。しかし、耐酸化性の低下を招くので、Nb添加により高温強度が確保されているのであれば極力添加は避けたい元素でる。したがって、0.01~0.10%未満の範囲とする。望ましくは、0.03~0.07%の範囲である。
【0034】
(Nb:0.20%以上、0.60%未満)
Nbは、固溶強化及び析出物微細化強化により高温強度を向上させるとともに、CやNを炭窒化物として固定し、耐食性、耐酸化性を向上させる元素であり、0.20%以上添加する。しかし、過度な添加は均一伸びの低下や穴広げ性の劣化を招くため、0.60%未満とする。また、溶接部の粒界腐食性、製造性、原料コストを考慮すると、下限は0.26%とすることが望ましく、上限は0.55%が望ましい。より望ましくは、0.30~0.52%の範囲である。
【0035】
(Ti:0.001%以上、0.270%以下)
Tiは、C,N,Sと結合して耐食性、耐粒界腐食性、深絞り性の指標となるr値を向上させる元素であり、0.001%以上添加する。しかし、過度な添加は均一伸びの低下や粗大なTi系析出物の形成による穴広げ加工性の低下を招くため、0.270%以下とする。また、表面疵の発生や靭性を考慮すると、下限は0.003%とすることが望ましく、上限は0.220%が望ましい。より望ましくは、0.005~0.160%の範囲である。
【0036】
(Al:0.002%以上、0.200%以下)
Alは、脱酸元素として添加されるとともに、耐酸化性を改善する元素であり、0.002%以上添加する。しかし、過度な添加は均一伸びの低下や靭性の低下を招くため、0.200%以下とする。また、精錬コスト、表面疵の発生や溶接性を考慮すると、下限は0.010%とすることが望ましく、上限は0.150%が望ましい。より望ましくは、0.015~0.130%の範囲である。
【0037】
(V:0.01%以上、0.20%以下)
Vは、高温強度を向上させる元素である。しかし、過度な添加は析出物の粗大化による高温強度の低下や熱疲労寿命の低下を招く。したがって、0.01~0.20%の範囲とする。また、製造性を考慮すると、上限は0.15%とすることが望ましい。より望ましくは、0.02~0.10%の範囲である。
【0038】
(B:0.0001%以上、0.0050%以下)
Bは、高温強度や熱疲労特性を向上させる元素である。しかし、過度な添加は熱間加工性の低下や鋼表面の表面性状の低下を招く。したがって、0.0001~0.0050%の範囲とする。また、製造性や成型性を考慮すると、上限は0.0030%とすることが望ましい。より望ましくは、0.0003~0.0015%の範囲である。
【0039】
(O:0.0050%以下)
Oは、不可避的に含まれる不純物であり、気泡や介在物による表面疵の原因となる。したがって、0.0050%以下とする。また、製造性を考慮すると、上限は0.0040%とすることが望ましい。但し、過度な低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限は0.0003%とすることが望ましい。ここで、OはT.Oを意味する。
【0040】
次に、式(i)~(iv)について説明する。
【0041】
耐高温塩害性向上にはSi酸化物の形成が最も有効であり、その効果を活かすためには各酸化物を形成するCr、Nb、Tiとのバランスが重要となる。スケール層として形成するCr酸化物はその直下でSi酸化物の形成を促進する。Nb酸化物はCr酸化物の直下に形成し、Ti酸化物は母材内部で酸化し、いずれもSi酸化物が不足する場合に補助的な効果を発現する。本発明者らはこれらの効果を見出し、式(i)および(ii)を得た。
Nb+Ti+0.4Si≧0.630 ・・・式(i)
Cr+10Si≧17.0 ・・・式(ii)
【0042】
また、耐高温塩害性にC、N、Al、Oの添加量のバランスが影響する。C、NはTi、Nb、Crと炭窒化物を形成し耐高温塩害性を低下させる。本発明者らはこの効果を見い出し、式(iii)の上限を0.0270とした。しかし、過度に低減することは精錬コストの増加に加え、結晶粒粗大化や強度低下の原因にもなる。これを考慮し式(iii)の下限は0.0110とした。また、鋼中のOに対してAlが一定量以上ある場合はスケール剥離を抑制することで耐高温塩害性を改善することを見い出し、式(iv)を得た。
0.0110≦C+N≦0.0270 ・・・式(iii)
Al/O≧1.2 ・・・式(iv)
但し、式中の元素記号は、当該元素の含有量(質量%)を意味する。
【0043】
加えて、本発明では、必要に応じて選択的に、Y、REM、Ca、Zr、Hf、Sn、Mg、Co、Sb、Bi、Ta、Gaの1種または2種以上を添加することにより、特性を更に向上させることができる。
【0044】
(Y:0.001%以上、0.20%以下)
Yは、鋼の清浄度を向上し、耐銹性、熱間加工性を向上するとともに、耐酸化性、耐高温塩害性も改善する元素であり、必要に応じて0.001%以上添加する。しかし、過度の添加は合金コストの上昇と製造性の低下を招くため、上限を0.20%とする。
【0045】
(REM:0.001%以上、0.20%以下)
REM(希土類元素)は、鋼の清浄度を向上し、耐銹性、熱間加工性を向上するとともに、耐酸化性、耐高温塩害性も改善する元素であり、必要に応じて0.001%以上添加する。しかし、過度な添加は合金コストの上昇と製造性の低下を招くため、上限を0.20%とする。REMは、スカンジウム(Sc)とランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で添加しても良いし、混合物であっても良い。
【0046】
(Ca:0.0002%以上、0.0030%以下)
Caは、脱硫を促進する元素であり、必要に応じて0.0002%以上添加する。しかし、過度な添加は水溶性の介在物であるCaSの生成による耐食性の低下を招くため、上限を0.0030%とする。
【0047】
(Zr:0.01%以上、0.30%以下)
Zrは、耐食性、耐粒界腐食性、高温強度、耐酸化性を向上する元素であり、必要に応じて0.01%以上添加する。しかし、過度な添加は加工性、製造性の低下を招くため、上限を0.30%とする。
【0048】
(Hf:0.001%以上、1.0%以下)
Hfは耐食性、耐粒界腐食性、高温強度、耐酸化性を向上する元素であり、必要に応じて0.001%以上添加する。しかし、過度な添加は加工性、製造性の低下を招くため、上限を1.0%とする。
【0049】
(Sn:0.002%以上、1.0%以下)
Snは、耐食性と高温強度を向上する元素であり、必要に応じて0.002%以上添加する。しかし、過度の添加は靭性、製造性の低下を招くため、上限を1.0%とする。
【0050】
(Mg:0.0002%以上、0.0030%以下)
Mgは、脱酸元素として添加させる場合がある他、スラブの組織を微細化させ、成型性を向上する元素であり、必要に応じて0.0002%以上添加する。しかし、過度な添加は耐食性、溶接性、表面品質の低下を招くため、上限を0.0030%とする。
【0051】
(Co:0.01%以上、0.30%以下)
Coは、高温強度を向上する元素であり、必要に応じて0.01%以上添加する。しかし、過度な添加は靭性、製造性の低下を招くため、上限を0.30%とする。
【0052】
(Sb:0.005%以上、0.50%以下)
Sbは、高温強度を向上する元素であり、必要に応じて0.005%以上添加する。しかし、過度な添加は溶接性、靭性の低下を招くため、上限を0.50%とする。
【0053】
(Bi:0.001%以上、1.0%以下)
Biは、冷間圧延時に発生するローピングを抑制し、製造性を向上する元素であり、必要に応じて0.001%以上添加する。しかし、過度な添加は熱間加工性の低下を招くため、上限を1.0%とする。
【0054】
(Ta:0.001%以上、1.0%以下)
Taは、高温強度を向上する元素であり、必要に応じて0.001%以上添加する。しかし、過度な添加は靭性、製造性の低下を招くため、上限を1.0%とする。
【0055】
(Ga:0.0002%以上、0.30%以下)
Gaは、耐食性と耐水素脆化特性を向上する元素であり、必要に応じて0.0002%以上添加する。しかし、過度な添加は加工性の低下を招くため、上限を0.30%とする。
【0056】
次に、本発明における耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法について説明する。
【0057】
本発明の鋼板の製造方法については、フェライト系ステンレス鋼を製造する一般的な工程を採用できる。一般に、転炉又は電気炉で溶鋼とし、AOD炉やVOD炉などで精練して、連続鋳造法又は造塊法で鋼片とした後、熱間圧延-熱延板の焼鈍-酸洗-冷間圧延-仕上げ焼鈍-酸洗の工程を経て製造される。必要に応じて、熱延板の焼鈍を省略してもよいし、冷間圧延-仕上げ焼鈍-酸洗を繰り返し行ってもよい。これら各工程の条件は一般的条件で良く、例えば熱延加熱温度1000~1300℃、熱延板焼鈍温度900~1200℃、冷延板焼鈍温度800~1200℃等で行うことが出来る。但し、本発明は製造条件を特徴とするものではなく、その製造条件は限定されるものではない。そのため、熱延条件、熱延板厚、熱延板焼鈍の有無、冷延条件、熱延板及び冷延板焼鈍温度、雰囲気などは適宜選択することが出来る。また、仕上酸洗前の処理は一般的な処理を行って良く、例えば、ショットブラストや研削ブラシなどの機械的処理や、溶融ソルト処理や中性塩電解処理などの化学的処理を行うことができる。また、冷延・焼鈍後に調質圧延やテンションレベラーを付与しても構わない。更に、製品板厚についても、要求部材厚に応じて選択すれば良い。また、この鋼板を素材として電気抵抗溶接、TIG溶接、レーザー溶接などの通常の排気系部材用ステンレス鋼管の製造方法によって溶接管として製造しても良い。
【0058】
本発明の自動車排気系部品は、
図2(A)に示すように、上記本発明のフェライト系ステンレス鋼板を用いた自動車排気系部材1と、それを強制冷却する強制冷却機構3とを備えている。
図2(A)においては、冷却ファン4の送風口5からの冷却空気流11が自動車排気系部材1(排気マニホールド2)を強制空冷する。このような、排気マニホールド2やフロントパイプのような排気系の中でも高温に位置する自動車排気系部材1を強制空冷する強制冷却機構3は排気系部材への塩分付着を促進する要因となる。このような自動車排気系部品において、自動車排気系部材1として上記本発明のフェライト系ステンレス鋼板を用いることにより、十分な耐高温塩害性が付与されることとなる。
【0059】
本発明の自動車排気系部品はまた、
図2(B)に示すように、上記本発明のフェライト系ステンレス鋼板を用いた自動車排気系部材1と、その周囲を断熱材7で覆う断熱構造6とを備えている。
図2(B)に示す断熱構造6においては、自動車排気系部材1(排気マニホールド2)の外周を断熱材7で覆い、断熱材カバー8で保護している。断熱材7はウール状セラミックス等が使用され、保水しやすくなる。そのため断熱材で覆うことは塩分も保持しやくなり、排気系への塩分付着を促進する。このような自動車排気系部品において、自動車排気系部材1として上記本発明のフェライト系ステンレス鋼板を用いることにより、十分な耐高温塩害性が付与されることとなる。
【実施例】
【0060】
以下、実施例により本発明の効果をより明らかなものとする。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することができる。
【0061】
表1、2に示す成分組成を有する供試材(本発明例A~T,比較例a~o)を真空溶解炉で溶製して30kgインゴットに鋳造した。得られたインゴットは厚さ4.5mmの熱延鋼板とした。熱間圧延の加熱条件は、1200℃であった。熱延板焼鈍は、1000℃とした。アルミナブラストで脱スケール処理した後、冷間圧延にて1.5mmの厚さの板とし、1100℃保持の仕上焼鈍を実施した。このようにして得られた冷延焼鈍板から、高温塩害試験用として厚さ1.5mm×幅20mm×長さ50mmで全面P600湿式研磨仕上げした試験片を作製した。
【0062】
【0063】
【0064】
(高温塩害試験)
表1の本発明例A~Tおよび表2の比較例a~oを供試材として用い以下の高温塩害試験を実施した。高温塩害試験としては試験片を加熱、冷却、塩水浸漬、乾燥のサイクルを20サイクル実施した後の腐食減量を評価した。加熱条件は、温度を750℃、保持時間を130分とした。冷却条件は、温度を常温、保持時間を30分とした。塩水浸漬条件は、塩水を飽和NaCl水溶液、温度を常温、浸漬時間を30分とした。乾燥条件は、温度を50℃、保持時間を30分とした。加熱、冷却、乾燥の雰囲気は露点40~50℃の空気中とした。高温塩害試験前と高温塩害試験で生成した腐食生成物を除去した後の試験片の重量差を測定し、これを高温塩害試験前の試験片表面積当りの値としたものを腐食減量とした。高温塩害試験後の試験片表面の腐食生成物の除去としては、試験片を沸騰15質量%くえん酸2水素アンモニウム水溶液に20分浸漬し、水洗した後ブラッシングをすることを数回繰り返すことで実施した。このようにして得られた高温塩害試験の腐食減量を用いて、耐高温塩害性を評価した。腐食減量が150mg/cm2以下であれば、耐高温塩害性は良好とした。
【0065】
式(i)~(iv)の値、及び上記の高温塩害試験における腐食減量の測定結果を表3に示す。また、鋼中のSi含有量を横軸、「Nb+Ti」含有量を縦軸として、高温塩害試験腐食減量の評価結果を
図1に示す。図中の破線は、式(i)の等号における直線を示している。
【0066】
【0067】
本発明例A~Tは成分組成が適正範囲内であり、更に、式(i)~(iv)を満足しており、耐高温塩害性は良好である。
【0068】
比較例aはSiが適正範囲の下限を外れ、比較例bはMnが不適な範囲内であり、比較例cはSが適正範囲の上限を外れ、比較例dはCrが適正範囲の下限を外れ、耐高温塩害性が不十分である。
【0069】
比較例e~oは個別の成分組成は適正範囲内であるが、e~iは式(i)を満足せず、j、kは式(ii)を満足せず、l、mは式(iii)を満足せず、n、oは式(iv)を満足せず、耐高温塩害性が不十分である。
【0070】
なお、加熱温度を650℃、700℃、800℃等で実施した場合や、塩水を飽和CaCl2水溶液にした場合や、雰囲気を乾燥大気にした場合においても本発明鋼の耐高温塩害性は良好であった。これより、本発明例は様々な高温塩害環境で優れた耐高温塩害性を示すと考えられる。
【0071】
これらから明らかなように、本発明で規定する個別の成分組成を有し、式(i)~(iv)を満足する鋼は耐高温塩害性に優れていることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明によれば、耐高温塩害性を必要とする排気マニホールドやフロントパイプといった用途に耐高温塩害性に優れたフェライト系ステンレス鋼板を提供することができる。具体的な用途としては強制冷却機構により塩分付着が促進されている自動車排気系部品や、自動車排気系の周囲を断熱材で覆う断熱構造が適用されることにより塩分付着が促進されている自動車排気系部品である。これらの部品を可能とすることで、これら部品が適用されるターボ搭載車やHCCI(予混合圧縮自動着火)燃焼するエンジン車の普及を促進し、自動車の燃費改善および環境負荷の低減に寄与できる。
【符号の説明】
【0073】
1 自動車排気系部材
2 排気マニホールド
3 強制冷却機構
4 冷却ファン
5 送風口
6 断熱構造
7 断熱材
8 断熱材カバー
10 排気ガス
11 冷却空気流