(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-04
(45)【発行日】2022-02-15
(54)【発明の名称】馬尿酸類分析用の分離カラム、馬尿酸類分析用の液体クロマトグラフ、及び馬尿酸類の分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 30/88 20060101AFI20220207BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20220207BHJP
G01N 30/26 20060101ALI20220207BHJP
B01J 20/283 20060101ALI20220207BHJP
G01N 27/62 20210101ALN20220207BHJP
【FI】
G01N30/88 E
G01N30/72 C
G01N30/26 A
B01J20/283
G01N27/62 X
G01N27/62 V
(21)【出願番号】P 2018076740
(22)【出願日】2018-04-12
【審査請求日】2021-03-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】591159251
【氏名又は名称】信和化工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100205981
【氏名又は名称】野口 大輔
(72)【発明者】
【氏名】山口 忠行
(72)【発明者】
【氏名】藤村 大樹
(72)【発明者】
【氏名】大槻 秀幸
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特開平07-225225(JP,A)
【文献】特開2010-037261(JP,A)
【文献】特開平07-113797(JP,A)
【文献】MATSUI Hisao et al.,High-performance liquid chromatographic separation of urinary hippuric and o-, m- andp-methylhippuric acids with a β-cyclodextrin-bonded column,Journal of Chromatography,1989年,496,P189-193
【文献】CYCLOBOND Series HPLC Column Operating Instructions,Product_Information _Sheet,Sigma-Aldrich Co.[オンライン],2006年,P1-3,https://www.sigmaaldrich.com/deepweb/assets/sigmaaldrich/marketing/global/documents/126/456/t706018.pdf,[検索日 2019.03.01]
【文献】SAITO Takeshi et al.,Simultaneous detection of hippuric acid and methylhippuric acid in urine by empore disk and gas chromatography-mass spectrometry,Journal of Pharmaceutical and Biomedical Analysis,2002年,P365-370
【文献】SAKAI Tadashi et al.,Simultaneous determination of hippuric acid and o-, m- and p-methylhippuric acids in urine by high-performance liquid chromatography,Journal of Chromatography,1983年,276,P182-188
【文献】LI Xuemei et al.,Design of a ruthenium(III) immobilized affinity material based on a β-cyclodextrin-functionalized poly(glycidyl methacrylate-ethylene dimethacrylate) monolith for the enrichment of hippuric acid,Journal of Separation Science,2017年06月26日,40,P3696-3702
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00 -30/96
B01J 20/281-20/292
G01N 27/60 -27/92
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリカ基材にβ-シクロデキストリンが123μmol/g以上化学結合されてなる充填剤が充填された分離カラムと、
移動相を前記分離カラムへ送液するための移動相送液部と、
前記移動相送液部から前記分離カラムに向かって流れる移動相中に
m-メチル馬尿酸及びマンデル酸を含む試料を注入する試料注入部と、
前記分離カラムの下流に接続され、前記分離カラムからの溶出液中の成分を検出するための検出器と、を備え
、前記試料中のm-メチル馬尿酸とマンデル酸とを互いに分離して分析するための液体クロマトグラフ。
【請求項2】
前記シリカ基材に化学結合されているβ-シクロデキストリンは272μmol/g以下である、請求項1に記載の液体クロマトグラフ。
【請求項3】
前記移動相はリン酸水又はギ酸水とアセトニトリルからなるものである、請求項
1又は2に記載の液体クロマトグラフ。
【請求項4】
前記検出器は質量分析計を含む、請求項
3に記載の液体クロマトグラフ。
【請求項5】
請求項
1に記載の液体クロマトグラフを用い、
少なくともm-メチル馬尿酸とマンデル酸を含む試料のクロマトグラフィー分析を行な
って前記試料中のm-メチル馬尿酸とマンデル酸とを互いに分離して分析する分析方法。
【請求項6】
前記クロマトグラフィー分析において使用する移動相はリン酸水又はギ酸水とアセトニトリルからなるものである、請求項
5に記載の分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、馬尿酸類分析用の分離カラム、馬尿酸類分析用の液体クロマトグラフ、及び馬尿酸類の分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
トルエン及びキシレンは塗料や接着剤の溶剤として多量に使用されており、作業による中毒例や青少年のシンナー遊びによる中毒例が報告されている。国内では労働衛生基準法に基づき、有機溶剤業務に従事する作業者に対して有機溶剤の曝露指標の尿中代謝物(トルエンは馬尿酸、キシレンはメチル馬尿酸)を測定する特殊健康診断が義務付けられており、これら尿中代謝物測定は臨床検査会社においてHPLC-UV法による検査が行なわれている。
【0003】
世界の臨床検査市場は2020年に704億USD(7兆2000億円)に達すること、並びに2015年からの年平均成長率が2.4%で推移していくことが株式会社富士経済から報告されている。日米欧3極市場は装置の更新需要が殆どだが、新興国(東欧、ロシア、中国、南米、アフリカ)は検査環境が整備途上であることから、装置の新規導入を含めた検査体制の強化が加速し、今後も臨床検査市場を牽引していくことが予想されている。
【0004】
国内には大手臨床検査会社(SRL、BML、LSIメディエンス、ファルコバイオシステムズ、江東微生物研究所、保健科学研究所)などが尿中代謝物分析を請け負っている。これら臨床検査会社は、分析業務の効率化や生産性向上を目的として超高速LCシステムの導入や、新規分析法の採用などを盛んに行なっている。これらの尿中代謝物測定は臨床検査会社においてHPLC-UV法による検査が行われている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
HPLC-UV法による検査では、C18カラムを分離カラムとして用い、リン酸緩衝液とアセトニトリルからなる液を移動相とする逆相分析が実施されている。しかし、このような逆相分析では、馬尿酸、o-メチル馬尿酸、m-メチル馬尿酸、p-メチル馬尿酸、マンデル酸といった分析対象成分の全てを分離することができなかった。
【0006】
そこで、シクロデキストリンを含有する液を移動相として用いる分析も実施されている。しかし、シクロデキストリンや緩衝液は塩として析出しやすいため、分離カラムや装置のトラブルの原因となり得る上、質量分析計を用いた分析を行なうことができないという問題があった。
【0007】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、シクロデキストリンを含有する移動相を用いることなく馬尿酸類の分離・分析を可能にすることを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る馬尿酸類分析用の分離カラムは、シリカ基材にβ-シクロデキストリンが123μmol/g以上化学結合されてなる充填剤が充填されたものである。本発明者らは、分離カラムの充填剤として、シリカ基材にβ-シクロデキストリンを123μmol/g以上化学結合させたものを用いることにより、シクロデキストリンを含有する移動相を用いなくても、馬尿酸、o-メチル馬尿酸、m-メチル馬尿酸、p-メチル馬尿酸、マンデル酸分離の分離が可能であることを確認している。したがって、本発明に係る分離カラムを用いれば、シクロデキストリンを含有する移動相を用いることなく馬尿酸類の分離・分析が可能となる。
【0009】
また、本発明者らが実施した実験では、シリカ基材へのβ-シクロデキストリンの化学結合量が多いほど馬尿酸類の分離が向上することが確認されている。一方で、同実験では、シリカ基材へのβ-シクロデキストリンの化学結合量が多いほど、各成分の分離カラムからの溶出時間が長くなることも確認されている。多数の検体の検査を効率よく行なうためには、1検体の分析に要する時間を短くする必要があり、1検体の分析に要する時間は5分以内、より好ましくは4分以内であることが理想的である。
【0010】
本発明者らは、前記シリカ基材に化学結合されているβ-シクロデキストリンを272μmol/g以下に調整することで、分析対象成分である馬尿酸類、すなわち馬尿酸、o-メチル馬尿酸、m-メチル馬尿酸、p-メチル馬尿酸、マンデル酸の全てを4分以内に分離カラムから溶出させて検出できることを確認している。すなわち、馬尿酸類の高速分析を達成するという観点でいえば、本発明に係る分離カラムの分離剤は、シリカ基材にβ-シクロデキストリンを123μmol/g以上、272μmol/g以下で化学結合させたものであることが好ましい。
【0011】
本発明に係る馬尿酸類分析用の液体クロマトグラフは、上述の分離カラムと、移動相を前記分離カラムへ送液するための移動相送液部と、前記移動相送液部から前記分離カラムに向かって流れる移動相中に試料を注入する試料注入部と、前記分離カラムの下流に接続され、前記分離カラムからの溶出液中の成分を検出するための検出器と、を備えたものである。シリカ基材にβ-シクロデキストリンが123μmol/g以上化学結合されてなる充填剤が充填された分離カラムを用いるため、シクロデキストリンを含有する移動相を用いることなく、馬尿酸類の分離・分析を行なうことができる。
【0012】
本発明に係る馬尿酸類の分析方法は、上述の液体クロマトグラフを用いて、馬尿酸、o-メチル馬尿酸、m-メチル馬尿酸、p-メチル馬尿酸、マンデル酸のうちの少なくとも2つの成分を含む試料のクロマトグラフィー分析を行なうというものである。
【0013】
本発明では、移動相としてシクロデキストリンや緩衝液を含まない液、例えば、リン酸水又はギ酸水とアセトニトリルからなるものを用いることができる。これにより、塩の析出に起因したカラムや装置のトラブルの発生を防止することができる。
【0014】
また、上記のように移動相としてシクロデキストリンや緩衝液を含まない液を用いることで、質量分析計を検出器として用いることが可能となる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の分離カラムは、シリカ基材にβ-シクロデキストリンが123μmol/g以上化学結合されてなる充填剤が充填されたものであるので、シクロデキストリンを含有する移動相を用いることなく馬尿酸類の分離・分析を行なうことが可能となる。
【0016】
本発明の液体クロマトグラフは、シリカ基材にβ-シクロデキストリンが123μmol/g以上化学結合されてなる充填剤が充填された分離カラムを用いるため、シクロデキストリンを含有する移動相を用いることなく、馬尿酸類の分離・分析を行なうことができる。
【0017】
本発明の分析方法は、シリカ基材にβ-シクロデキストリンが123μmol/g以上化学結合されてなる充填剤が充填された分離カラムを用いてクロマトグラフィー分析を行なうため、シクロデキストリンを含有する移動相を用いることなく馬尿酸類の分離・分析を行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】馬尿酸類分析用の液体クロマトグラフの一実施例を概略的に示す構成図である。
【
図2】分離カラム充填剤のシリカ基材へのβ-シクロデキストリンの化学結合量と馬尿酸類の分離度との関係を示すクロマトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る馬尿酸類分析用の分離カラム、液体クロマトグラフ及び馬尿酸類の分析方法について、図面を用いて説明する。
【0020】
図1は、馬尿酸類分析用の液体クロマトグラフの流路構成の一例である。
【0021】
この実施例の液体クロマトグラフは、送液ポンプ4、6、ミキサ8、試料注入部10、分離カラム12、紫外線吸光度検出器(UV)14、及び質量分析計(MS)16を備えている。送液ポンプ4はリン酸水又はギ酸水を送液するためのものであり、送液ポンプ6はアセトニトリルを送液するためのものである。送液ポンプ4、6により送液される液はミキサ8において混合され、ミキサ8の下流に接続された分析流路2を流れるように構成されている。
【0022】
分析流路2上には、上流側から順に、試料注入部10、分離カラム12、UV14及びMS16が設けられている。送液ポンプ4、6は分析流路2を通じて分離カラム12に移動相を送液するための移動相送液部を構成するものである。試料注入部10は送液ポンプ4、6からなる移動相送液部により分離カラム12へ送液される移動相中に試料を注入するためのものである。試料注入部10により注入される試料は、馬尿酸、o-メチル馬尿酸、m-メチル馬尿酸、p-メチル馬尿酸、マンデル酸のうちの少なくとも2つの成分を含むものである。
【0023】
分離カラム12は、シリカ基材にβ-シクロデキストリンが123μmol/g以上化学結合されてなる充填剤が充填された馬尿酸類分析用の分離カラムである。当該分離カラム12により、馬尿酸、o-メチル馬尿酸、m-メチル馬尿酸、p-メチル馬尿酸、マンデル酸のすべての成分を分離することができる。
【0024】
分離カラム12の下流に、UV14及びMS16が、分離カラム12で分離した成分を検出するための検出器として接続されている。この液体クロマトグラフでは、シクロデキストリンや緩衝液を含有しない液を移動相として使用するため、分析系内での塩の析出が生じない。そのため、MS16を用いた分析が可能である。なお、MS16は必須の構成要素ではないため、検出器としてUV14のみが設けられていてもよい。
【0025】
図2は、上記液体クロマトグラフの分離カラム12の充填剤のシリカ基材へのβ-シクロデキストリンの化学結合量と馬尿酸類の分離度との関係についての検証結果を示すクロマトグラムである。同図(A)はシリカ基材に化学結合されたβ-シクロデキストリンの量を58μmol/gにした場合、(B)はシリカ基材に化学結合されたβ-シクロデキストリンの量を123μmol/gにした場合、(C)はシリカ基材に化学結合されたβ-シクロデキストリンの量を207μmol/gにした場合、(D)はシリカ基材に化学結合されたβ-シクロデキストリンの量を272μmol/gにした場合である。
【0026】
この検証では、内径3mm、長さ100mmの分離カラムを用いた。当該分離カラムに充填された充填剤のシリカゲルの粒子径は約2.2μmである。0.1%リン酸水とアセトニトリルを9:1の割合で混合した液を移動相として用い、流量を0.8mL/min、分離カラム12の温度(カラムオーブンの設定温度)を40℃とした。各クロマトグラム(A)~(D)はUV14にて230nmの波長の光の吸光度を測定して得られたものである。各クロマトグラム(A)~(D)のピークのうち「*」はクレアチニン、「1」はo-メチル馬尿酸、「2」は馬尿酸、「3」はm-メチル馬尿酸、「4」はマンデル酸、「5」はp-メチル馬尿酸である。
【0027】
図2を見れば、シリカ基体へのβ-シクロデキストリンの化学結合量が多くなるほど、「1」のo-メチル馬尿酸、「2」の馬尿酸、「3」のm-メチル馬尿酸、「4」のマンデル酸、「5」のp-メチル馬尿酸の分離が向上していることがわかる。すなわち、シリカ基体へのβ-シクロデキストリンの化学結合量を多くするほど、馬尿酸類の分離度が向上する。
【0028】
また、シリカ基体へのβ-シクロデキストリンの化学結合量が58μmol/gのときはピーク1と2、ピーク3と4が結合しており、o-メチル馬尿酸と馬尿酸、m-メチル馬尿酸とマンデル酸が分離されていない。一方で、シリカ基体へのβ-シクロデキストリンの化学結合量が123μmol/gのときは1~5の5本のピークが現れており、馬尿酸類が分離されている。したがって、シリカ基体へのβ-シクロデキストリンの化学結合量を123μmol/g以上に調整することで、移動相中にシクロデキストリンを含有させなくても馬尿酸類の分離・分析を行なうことが可能であることがわかる。
【0029】
また、上記のように、シリカ基体へのβ-シクロデキストリンの化学結合量を多くするほど馬尿酸類の保持力が高まるが、保持力の向上によって測定対象成分が分離カラム12から溶出するまでの時間も長くなる。高効率に分析を行なうためには、全測定対象成分が検出されるまでの時間は5分以内、より好ましくは4分以内が理想的である。
図2の検証データによれば、シリカ基体へのβ-シクロデキストリンの化学結合量が272μmol/gのときに、馬尿酸類のうち分離カラム12からの溶出が最も遅いp-メチル馬尿酸が4分以内に検出されており、シリカ基体へのβ-シクロデキストリンの化学結合量が272μmol/g以下であれば高速分析を実現できることがわかる。
【0030】
なお、
図2の検証では、移動相としてリン酸水とアセトニトリルの混合液を用いているが、リン酸水に代えてギ酸水を用いても同様の結果が得られる。
【符号の説明】
【0031】
2 分析流路
4,6 送液ポンプ
8 ミキサ
10 試料注入部
12 分離カラム
14 紫外線吸光度検出器(UV)
16 質量分析計(MS)