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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-04
(45)【発行日】2022-02-15
(54)【発明の名称】TIG溶接方法及びTIG溶接装置
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/067 20060101AFI20220207BHJP
【FI】
B23K9/067
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2019516885
(86)(22)【出願日】2017-11-29
(86)【国際出願番号】 JP2017042888
(87)【国際公開番号】W WO2018207392
(87)【国際公開日】2018-11-15
【審査請求日】2020-08-26
(31)【優先権主張番号】P 2017094044
(32)【優先日】2017-05-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000161367
【氏名又は名称】株式会社アマダウエルドテック
(73)【特許権者】
【識別番号】390014672
【氏名又は名称】株式会社アマダ
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(72)【発明者】
【氏名】阿部 正行
(72)【発明者】
【氏名】石川 日吉
【審査官】黒石 孝志
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/104746(WO,A1)
【文献】特開2014-104498(JP,A)
【文献】特開2014-172071(JP,A)
【文献】特開2015-202505(JP,A)
【文献】特開2018-187662(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00 - 9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
トーチ電極を支持する直進可動部を下降方向に駆動して、前記トーチ電極を被溶接材に向けて下降移動させる第1の工程と、
前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触した直後に前記直進可動部の駆動を停止する第2の工程と、
前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触している状態で、前記トーチ電極および前記被溶接材を含む閉回路への初期通電のため、オフ状態にある溶接電源のスイッチをオン状態に切り換えて、前記トーチ電極と前記被溶接材との間の印加電圧を零ボルトとした状態で第1の電流を流す第3の工程と、
前記トーチ電極を上昇移動させるために前記直進可動部を上昇方向に駆動する第4の工程と、
前記トーチ電極の先端が前記被溶接材から離れる分離のタイミングとして、前記トーチ電極と前記被溶接材との間のギャップに生じる電圧の立ち上がりのエッジを検出する第5の工程と、
前記分離のタイミングを検出するのと同時または即時に前記閉回路に流す電流を前記第1の電流から本通電のための第2の電流に切り換える第6の工程と、
を有し、
前記被溶接材の線径が1mm以下であるとき、前記第1の電流を1.5A以上で5A未満の電流値とし、前記第2の電流を5Aを超える電流値とする
IG溶接方法。
【請求項2】
前記第2の電流を流す通電時間が前記第4の工程中に終了する請求項1に記載のTIG溶接方法。
【請求項3】
前記第4の工程において前記トーチ電極の先端が前記被溶接材から設定離間距離だけ離れた設定離間位置で前記直進可動部を駆動する直進駆動部の駆動を停止する第7の工程と、
前記設定離間位置で前記トーチ電極を一時的に静止させる第8の工程と、
をさらに有し、
前記第2の電流を流す通電時間が前記第8の工程中に終了する
請求項1に記載のTIG溶接方法。
【請求項4】
前記第3の工程を第4の工程の開始の直前に開始する、請求項1に記載のTIG溶接方法。
【請求項5】
前記第1の電流の立ち上がりのスロープと前記第2の電流の立ち上がりのスロープとを連続させる請求項4に記載のTIG溶接方法。
【請求項6】
トーチ電極を着脱自在に装着して保持するトーチボディと、
前記トーチボディを支持してその軸方向と平行な方向で直進移動可能に設けられる直進可動部と、
被溶接材に対して前記トーチ電極を下降移動または上昇移動させるために前記直進可動部を駆動する直進駆動部と、
前記トーチ電極と前記被溶接材とを含む閉回路に所定の電流を流すための溶接電源と、
前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触している状態から前記トーチ電極を上昇移動させたときに、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材から離れる分離のタイミングとして、前記トーチ電極と前記被溶接材との間のギャップに生じる電圧の立ち上がりのエッジを検出して分離タイミング検出信号を発生する電圧検出回路と、
前記直進駆動部および前記溶接電源を制御するための制御部と、
を備え、
前記制御部は、
前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触している状態で前記閉回路への初期通電のため、オフ状態にある前記溶接電源のスイッチをオン状態に切り換えて、前記トーチ電極と前記被溶接材との間の印加電圧を零ボルトとした状態で第1の電流を流すように前記溶接電源を制御し、
前記初期通電を開始してから所定時間後に、前記トーチ電極の上昇移動を開始するように前記直進駆動部を制御し、
前記電圧検出回路からの前記分離タイミング検出信号を受け取ると、それと同時または即時に、前記閉回路に流す電流を前記第1の電流から本通電のための第2の電流に切り換えるように前記溶接電源を制御し、
前記被溶接材の線径が1mm以下であるとき、前記第1の電流を1.5A以上で5A未満の電流値とするよう前記溶接電源を制御し、前記第2の電流を5Aを超える電流値とするよう前記溶接電源を制御する
TIG溶接装置。
【請求項7】
前記直進可動部上で前記トーチボディは外力を受けないときは荷重のバランスがとれた状態で軸方向に移動可能に支持され、
前記直進可動部に対する前記トーチボディの相対的な動きまたは位置関係を監視し、前記トーチボディの相対的な下降移動に応じて、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材から離れる分離のタイミングを検出する分離検出部をさらに備える
請求項6に記載のTIG溶接装置。
【請求項8】
前記電圧検出回路は微分回路を有する請求項6または7に記載のTIG溶接装置。
【請求項9】
前記トーチ電極の下降移動において前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触するタッチのタイミングを検出してタッチタイミング検出信号を発生するタッチ検出部をさらに備え、
前記制御部は、前記タッチ検出部からの前記タッチタイミング検出信号を受け取ると、直ちにまたは所定時間後に前記初期通電を開始するように前記溶接電源を制御する
請求項6または7に記載のTIG溶接装置。
【請求項10】
前記直進可動部上で前記トーチボディは外力を受けないときは荷重のバランスがとれた状態で軸方向に移動可能に支持され、
前記タッチ検出部は、前記直進可動部に対する前記トーチボディの相対的な動きまたは位置関係を監視し、前記トーチボディの相対的な上昇移動に応じて前記タッチのタイミングを検出する
請求項9に記載のTIG溶接装置。
【請求項11】
トーチ電極を着脱自在に装着して保持するトーチボディと、
前記トーチボディを支持してその軸方向と平行な方向で直進移動可能に設けられる直進可動部と、
被溶接材に対して前記トーチ電極を下降移動または上昇移動させるために前記直進可動部を駆動する直進駆動部と、
前記トーチ電極と前記被溶接材とを含む閉回路に所定の電流を流すための溶接電源と、
前記トーチ電極の下降移動において前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触するタッチのタイミングを前記トーチ電極の先端から離れた場所で検出してタッチタイミング検出信号を発生するタッチ検出部と、
前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触している状態から前記トーチ電極を上昇移動させたときに、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材から離れる分離のタイミングを前記トーチ電極の先端から離れた場所で検出して第1の分離タイミング検出信号を発生する分離検出部と、
前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触している状態から前記トーチ電極を上昇移動させたときに、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材から離れる分離のタイミングとして、前記トーチ電極と前記被溶接材との間のギャップに生じる電圧の立ち上がりのエッジを検出して第2の分離タイミング検出信号を発生する電圧検出回路と、
前記直進駆動部および前記溶接電源を制御するための制御部と、
を備え、
前記制御部は、
前記タッチ検出部からの前記タッチタイミング検出信号を受け取ると、直ちにまたは所定時間後に初期通電を開始するように前記溶接電源を制御し、
前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触している状態で前記閉回路への初期通電のため、オフ状態にある前記溶接電源のスイッチをオン状態に切り換えて、前記トーチ電極と前記被溶接材との間の印加電圧を零ボルトとした状態で第1の電流を流すように前記溶接電源を制御し、
前記初期通電を開始してから所定時間後に、前記トーチ電極の上昇移動を開始するように前記直進駆動部を制御し、
前記制御部が、前記分離検出部からの前記第1の分離タイミング検出信号または前記電圧検出回路からの前記第2の分離タイミング検出信号を受け取ると、それと同時または即時に、前記閉回路に流す電流を前記第1の電流から本通電のための第2の電流に切り換えるように前記溶接電源を制御し、
前記被溶接材の線径が1mm以下であるとき、前記第1の電流を1.5A以上で5A未満の電流値とするよう前記溶接電源を制御し、前記第2の電流を5Aを超える電流値とするよう前記溶接電源を制御する
TIG溶接装置。
【請求項12】
前記直進可動部上で前記トーチボディは外力を受けないときは荷重のバランスがとれた状態で軸方向に移動可能に支持され、
前記タッチ検出部は、前記直進可動部に対する前記トーチボディの相対的な動きまたは位置関係を監視し、前記トーチボディの相対的な上昇移動に応じて前記タッチのタイミングを検出し、
前記分離検出部は、前記直進可動部に対する前記トーチボディの相対的な動きまたは位置関係を監視し、前記トーチボディの相対的な下降移動に応じて前記分離のタイミングを検出する
請求項11に記載のTIG溶接装置。
【請求項13】
前記タッチ検出部および前記分離検出部は、前記直進可動部に対する前記トーチボディの相対的な動きまたは位置関係を監視するために共通の光センサを有する、請求項12に記載のTIG溶接装置。
【請求項14】
前記トーチ電極は、マイナス(-)形状、長方形状、フラット形状のいずれかの先端面を有する請求項6または請求項11に記載のTIG溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タッチスタート方式のTIG溶接方法およびTIG溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、小型電気部品の端子部材同士の接合あるいは端子部材と導線との接合には、非消耗型のトーチ電極を使用するTIG溶接法が多く用いられている。
【0003】
非消耗型のトーチ電極を使用するTIG溶接法において、アーク放電を開始する手法には、スタート時に高周波放電により絶縁破壊を起こしてアークに移行させる高周波発生方式と、スタート時だけトーチ電極と母材つまり被溶接材との間に通常10kV以上の高電圧を印加して絶縁破壊を起こしアークに移行させる直流高電圧印加方式と、高周波を使わずにトーチ電極を被溶接材に接触させて通電を開始した後に引き離してアーク放電を発生させるタッチスタート(またはリフトスタート)方式の3種類がある。高周波発生方式や直流高電圧印加方式は、高周波または高電圧を発生する高圧電源を必要とするために溶接機のコストが高くつくことや、高周波または高電圧のノイズが当該電気回路の電気部品や周囲の電子機器に悪い影響を及ぼすことが、溶接現場で嫌がられる場合がある。この点、タッチスタート方式は、高周波電源や高圧電源を使用しないため、溶接機のコストを下げることができるうえ、高周波ノイズの問題がない。タッチスタート方式は、トーチ電極と被溶接材が離れる際に瞬時にアークが発生する方式で、アークが安定して発生するメリットがあるが、一方ではアークスタートに際してトーチ電極が被溶接材に対して接触することが必須条件となるため、タクトタイムがかかる。タクトタイム短縮のために単純に溶接電流を上げると、アーク発生時にトーチ電極と被溶接材との間で溶着が生じてしまう可能性がある。
【0004】
このため、従来技術のタッチスタート方式は、トーチ電極を被溶接材に接触させて通電を開始した後に、スタート電流または初期電流を流したままトーチ電極の先端を被溶接材から引き離して初期電流の下でアークを生成し、かつ初期電流の下で離間距離を増大させ、設定離間位置で初期電流から本通電に切り換えるように制御している(特許文献1,2)。
【0005】
より詳しくは、従来のタッチスタート方式においては、トーチ電極と被溶接材とが接触した状態の下で、溶接電源をオンにして、トーチ電極および被溶接材を含む閉回路に初期通電の初期電流を流す。この時、トーチ電極が被溶接材に接触しているので、初期電流の大きさに関係なくアークはまだ発生しない。この場合の初期電流は、トーチ電極が被溶接材に接触している短絡状態の間はもちろん、トーチ電極が被溶接材から分離してアークが発生した後もトーチ電極と被溶接材との離間距離が一定値以上に達するまで継続的にアークおよび被溶接材に供給されるもので、通常5~20A(アンペア)程度に設定されている。
【0006】
上記のようにしてタッチスタートの初期通電を開始して初期電流が安定してから、トーチ電極の先端を被溶接材から設定離間距離だけ引き離す動作を行う。この引き離し動作は、往動(下降移動)時の移動距離から逆算して直進可動部を所定距離(下降移動延長量+設定離間距離)だけ上昇移動させるか、あるいはプランジャ等からなるロック手段によりトーチボディを直進可動部に固定して設定離間距離に相当する所定距離だけ直進可動部を上昇移動させて完了し、その上昇移動先の停止位置でトーチ電極を静止させる。通常、引き離し動作には100ms(ミリ秒)以上の時間を要しており、この引き離し動作が開始された瞬間からトーチ電極と被溶接材のギャップには初期電流に応じた微弱なアークが生成される。
【0007】
こうしてトーチ電極を設定離間位置まで引き上げ、トーチ電極および被溶接材に流す電流をそれまでの初期電流から本通電用の主電流に切り換える。主電流の電流量は、被溶接材を確実に溶かすのに必要十分なパワーないしエネルギーのアークを生成するように、スタート電流の電流量よりも一段と多めに、通常30A以上に設定されている。
【0008】
このようにトーチ電極を設定離間距離だけ被溶接材から引き離し、最適なアーク長の下で本通電用の主電流に応じたパワーないしエネルギーのアークに所定時間に亘り被溶接材を晒すことにより、所望の溶接品質(接合強度、外観仕上がり)を得るようにしている。
【0009】
また、タッチスタート方式の原理は、トーチ電極の先端部と被溶接材との間での閉回路形成をした上で、トーチ電極の先端部と被溶接材とが離間されることにより発生するアークを溶接に用いるために安定的に形成することを狙ったものであるが、タッチスタート方式の溶接装置において、一般的には、トーチ電極の先端部と被溶接材との閉回路の形成と離間の検出とを、トーチ電極自体に微弱電流をかけておき、トーチ電極と被溶接材が離間する際の電圧値又は電流値の変化によりアークの発生を認識する方法(例えば特許文献3,4)により行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2014-172071号公報
【文献】特開2015-128787号公報
【文献】特開2000-176641号公報
【文献】特開平6-55269号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
近年における電子部品の小型化の進展は著しく、それに伴ってTIG溶接装置においても、熱容量の小さい微小な被溶接材(たとえば断面形状が3mm×1mm以下の板材や、線径1mm以下の線材)を扱う場面が増えてきている。通常、溶接品質の管理は、主電流による溶接(本通電)により被溶接材が受けるエネルギー量をもって行われる。ところが、従来のTIG溶接装置において、熱容量の小さい微小な被溶接材について上記のようなタッチスタート方式のアーク溶接を行うと、初期通電の初期電流および本通電の主電流を如何様に調整または制御しても、初期電流の影響により被溶接材が不所望に溶けすぎて良好な溶接品質が得られない、あるいは、アークスタート直後の初期電流の影響により被溶接材自体が溶け落ちてしまうため、溶接品質の管理を適切に行うことができなかった。さらには、アークの横飛び(アークが近傍の他のワークに飛び火する現象)、アークの失火(初期電流の下で発生するアークによって微細なワークが溶け落ちる現象を防止するために初期電流の電流値を小さくするとアークが発生しなくなる現象)等も起こりやすい。これらのことが現実の課題となっている。
【0012】
また、従来のタッチスタート方式においては、被溶接材からトーチ電極の先端に向かって形成されるアークがトーチ電極の先端部(テーパ部)を越えてその上方の側面(柱状胴部)まで這い上がる現象が生じることがある。この現象は、被溶接材から生じた溶接ヒュームがトーチ電極の周囲にまとわりついてトーチ電極に溶接ヒュームが付着する一因とも考えられ、すなわち、トーチ電極の寿命を縮める要因であるとも考えられる。このため、這い上がり現象が顕著に観察される場合には、溶接結果が不良になる可能性が高まるため、溶接現場では忌避されている。本発明者らは、タッチスタート方式のアーク溶接においてトーチ電極の胴体側面へのアークの這い上がり現象を抑止する方法を検討してきた。
【0013】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、タッチスタート方式によるTIG溶接を、溶接不良の原因となる望ましくない現象(トーチ電極へのアークの不所望な這い上がり等)を起こさずに安定確実に行い、特に熱容量の小さな被溶接材に対しても適切なアーク溶接を施し、良好な溶接品質を得ることができるTIG溶接方法およびTIG溶接装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の第1の観点におけるTIG溶接方法は、トーチ電極を支持する直進可動部を下降方向に駆動して、前記トーチ電極を被溶接材に向けて下降移動させる第1の工程と、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触した直後に前記直進可動部の駆動を停止する第2の工程と、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触している状態で、前記トーチ電極および前記被溶接材を含む閉回路への初期通電のため、オフ状態にある溶接電源のスイッチをオン状態に切り換えて、前記トーチ電極と前記被溶接材との間の印加電圧を零ボルトとした状態で第1の電流を流す第3の工程と、前記トーチ電極を上昇移動させるために前記直進可動部を上昇方向に駆動する第4の工程と、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材から離れる分離のタイミングとして、前記トーチ電極と前記被溶接材との間のギャップに生じる電圧の立ち上がりのエッジを検出する第5の工程と、前記分離のタイミングを検出するのと同時または即時に前記閉回路に流す電流を前記第1の電流から本通電のための第2の電流に切り換える第6の工程とを有し、前記被溶接材の線径が1mm以下であるとき、前記第1の電流を1.5A以上で5A未満の電流値とし、前記第2の電流を5Aを超える電流値とする。
【0015】
本発明の第1の観点におけるTIG溶接装置は、トーチ電極を着脱自在に装着して保持するトーチボディと、前記トーチボディを支持してその軸方向と平行な方向で直進移動可能に設けられる直進可動部と、被溶接材に対して前記トーチ電極を下降移動または上昇移動させるために前記直進可動部を駆動する直進駆動部と、前記トーチ電極と前記被溶接材とを含む閉回路に所定の電流を流すための溶接電源と、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触している状態から前記トーチ電極を上昇移動させたときに、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材から離れる分離のタイミングとして、前記トーチ電極と前記被溶接材との間のギャップに生じる電圧の立ち上がりのエッジを検出して分離タイミング検出信号を発生する電圧検出回路と、前記直進駆動部および前記溶接電源を制御するための制御部とを備え、前記制御部は、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触している状態で前記閉回路への初期通電のため、オフ状態にある前記溶接電源のスイッチをオン状態に切り換えて、前記トーチ電極と前記被溶接材との間の印加電圧を零ボルトとした状態で第1の電流を流すように前記溶接電源を制御し、前記初期通電を開始してから所定時間後に、前記トーチ電極の上昇移動を開始するように前記直進駆動部を制御し、前記電圧検出回路からの前記分離タイミング検出信号を受け取ると、それと同時または即時に、前記閉回路に流す電流を前記第1の電流から本通電のための第2の電流に切り換えるように前記溶接電源を制御し、前記被溶接材の線径が1mm以下であるとき、前記第1の電流を1.5A以上で5A未満の電流値とするよう前記溶接電源を制御し、前記第2の電流を5Aを超える電流値とするよう前記溶接電源を制御する。
【0016】
上記第1の観点においては、タッチスタート方式で初期通電を開始してトーチ電極と被溶接材とを含む閉回路に初期通電用の第1の電流を流した後に、直進可動部を上昇移動させるときにトーチ電極が被溶接材から分離したタイミングをアーク溶接の開始のタイミングと擬制したうえで、分離のタイミングを検出するのと同時または即時に第1の電流から本通電用の第2の電流に切り換えるので、被溶接材がアーク発生後に初期通電用の第1の電流に晒される時間を可及的に低減させて、本通電用の第2の電流によるアークに晒されるように制御することができる。
【0017】
本発明の第2の観点におけるTIG溶接装置は、トーチ電極を着脱自在に装着して保持するトーチボディと、前記トーチボディを支持してその軸方向と平行な方向で直進移動可能に設けられる直進可動部と、被溶接材に対して前記トーチ電極を下降移動または上昇移動させるために前記直進可動部を駆動する直進駆動部と、前記トーチ電極と前記被溶接材とを含む閉回路に所定の電流を流すための溶接電源と、前記トーチ電極の下降移動において前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触するタッチのタイミングを前記トーチ電極の先端から離れた場所で検出してタッチタイミング検出信号を発生するタッチ検出部と、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触している状態から前記トーチ電極を上昇移動させたときに、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材から離れる分離のタイミングを前記トーチ電極の先端から離れた場所で検出して第1の分離タイミング検出信号を発生する分離検出部と、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触している状態から前記トーチ電極を上昇移動させたときに、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材から離れる分離のタイミングとして、前記トーチ電極と前記被溶接材との間のギャップに生じる電圧の立ち上がりのエッジを検出して第2の分離タイミング検出信号を発生する電圧検出回路と、前記直進駆動部および前記溶接電源を制御するための制御部とを備え、前記制御部は、前記タッチ検出部からの前記タッチタイミング検出信号を受け取ると、直ちにまたは所定時間後に初期通電を開始するように前記溶接電源を制御し、前記トーチ電極の先端が前記被溶接材に接触している状態で前記閉回路への初期通電のため、オフ状態にある前記溶接電源のスイッチをオン状態に切り換えて、前記トーチ電極と前記被溶接材との間の印加電圧を零ボルトとした状態で第1の電流を流すように前記溶接電源を制御し、前記初期通電を開始してから所定時間後に、前記トーチ電極の上昇移動を開始するように前記直進駆動部を制御し、前記制御部が、前記分離検出部からの前記第1の分離タイミング検出信号または前記電圧検出回路からの前記第2の分離タイミング検出信号を受け取ると、それと同時または即時に、前記閉回路に流す電流を前記第1の電流から本通電のための第2の電流に切り換えるように前記溶接電源を制御し、前記被溶接材の線径が1mm以下であるとき、前記第1の電流を1.5A以上で5A未満の電流値とするよう前記溶接電源を制御し、前記第2の電流を5Aを超える電流値とするよう前記溶接電源を制御する。
【0018】
上記第2の観点においては、タッチスタート方式で初期通電を開始してトーチ電極と被溶接材とを含む閉回路に初期通電用の第1の電流を流した後に、直進可動部を上昇移動させるときにトーチ電極が被溶接材から分離したタイミングをアーク溶接の開始のタイミングとして擬制した上で、同時又は即時に本通電に切り換えるので、被溶接材がアーク発生後に初期通電用の第1の電流に晒される時間を可及的に低減して、本通電用の第2の電流によるアークに晒されるように制御することができる。さらに、トーチ電極と被溶接材との間のタッチおよび分離の検出をトーチ電極の先端から離れて位置するタッチ検出部および分離検出部でそれぞれ行うので、溶接箇所で生じる熱からトーチ電極と被溶接材とのタッチおよび分離の検出系並びにこれらを伴う制御系を保護して精緻に制御することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明のTIG溶接方法またはTIG溶接装置によれば、上記のような構成および作用により、タッチスタート方式によるTIG溶接を安定確実に行い、特に熱容量の小さな被溶接材(たとえば断面形状が3mm×1mm以下の板材や線径2mm以下の線材)については、初期通電によるアークの発生を可及的に低減ないし無効にするので、初期通電によるアークによる不所望の被溶接材の溶け込みおよびトーチ電極側面へのアークの這い上がり現象が排除された適切なアーク溶接が施され、良好な溶接品質を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の一実施形態におけるTIG溶接装置の全体構成を示すブロック図である。
図2A】上記TIG溶接装置における溶接ヘッド部の構成およびTIG溶接動作における一段階(トーチが待機位置にある時)の各部の状態を示す部分断面図である。
図2B】上記TIG溶接動作における一段階(トーチ電極の先端が被溶接材に接触する直前)の状態を示す一部断面側面図である。
図2C】上記TIG溶接動作における一段階(トーチ電極の先端が被溶接材に接触している時)の各部の状態を示す一部断面側面図である。
図2D】上記TIG溶接動作における一段階(トーチ電極の先端が被溶接材から分離した直後)の各部の状態を示す一部断面側面図である。
図2E】上記TIG溶接動作における一段階(終了間際)の各部の状態を示す一部断面側面図である。
図2F】上記TIG溶接動作における一段階(終了直後)の各部の状態を示す一部断面側面図である。
図3】実施形態における各制御方式のシーケンスを示すタイミング図である。
図4A】実施形態の第1の制御方式における制御手順を示すフローチャート図である。
図4B】実施形態の第2の制御方式における制御手順を示すフローチャート図である。
図4C】実施形態の第3の制御方式における制御手順を示すフローチャート図である。
図5】比較例の制御方式のシーケンスを示すタイミング図である。
図6】トーチ電極の一例を示す部分斜視図である。
図7】別の一実施例におけるタッチ/分離検出部の構成を示す一部断面正面図である。
図8】更に別の実施例におけるタッチ/分離検出部の構成を示す一部断面正面図である。
図9A】比較例の制御方式におけるアーク発生状態(アーク這い上がり現象あり)を示す図である。
図9B】実施形態の制御方式におけるアーク発生状態(アーク這い上がり現象なし)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付図を参照して本発明の好適な実施形態を説明する。
[装置全体及び各部の構成]
【0022】
図1に、本発明の一実施形態におけるTIG溶接装置の全体構成をブロック図で示す。このTIG溶接装置は、システム的には、トーチ電極10を保持するトーチボディ12と、トーチ電極10ないしトーチボディ12に所要の用力を供給する用力供給系14と、トーチボディ12の直下で被溶接材Wの位置合わせを行う位置合わせ機構16と、トーチ電極10ないしトーチボディ12をその軸方向(一般的には鉛直または縦方向)で直進移動させる直進移動機構18と、タッタート方式においてトーチ電極10が被溶接材Wにタッチしたタイミングおよびトーチ電極10が被溶接材Wから分離したタイミングを検出するタッチ・分離検出部15と、システム全体および各部(特に用力供給系14、位置合わせ機構16および直進移動機構18)を制御する制御部20とを有している。
【0023】
トーチボディ12は、たとえば銅または真鍮等の導体または樹脂等の絶縁体からなる筒状体として構成され、たとえば棒状のタングステン電極からなるトーチ電極10を着脱自在に挿入し、そのトーチノズル12aよりトーチ電極10の先端部を突出させてトーチ電極10を保持する。
【0024】
用力供給系14は、トーチ電極10と被溶接材Wとの間にアークACを生成するための電流を供給する溶接電源22と、アークACの生成中に被溶接材W付近にシールドガスまたはアシストガスを供給するガス供給部24とを含んでいる。
【0025】
溶接電源22は、直流の定電流源、好ましくは高速の電流切り替え機能を有するインバータ制御の定電流源を有している。溶接電源22の正極の出力端子(+)は電気ケーブル26および接触子27を介してステージ28上の被溶接材Wに電気的に接続され、負極の出力端子(-)は電気ケーブル30を介してトーチボディ12内のトーチ電極10に電気的に接続される。トーチ電極10と被溶接材Wとが物理的に接触している時、あるいはトーチ電極10と被溶接材Wとの間でアーク放電が生じている時は、溶接電源22、トーチ電極10および被溶接材Wの間に閉回路が形成される。
【0026】
ガス供給部24は、窒素ガス、酸素ガス等のシールドガスまたはアシストガスを可撓ホース等のガス管33を介して一定の流量でトーチボディ12に供給するように構成されている。トーチボディ12に供給されたシールドガスは、トーチボディ12のトーチノズル12aより被溶接材Wに向けて噴出するようになっている。
【0027】
位置合わせ機構16は、被溶接材Wを載置するステージ28の内部または周囲に設けられ、ステージ28を水平方向(X方向,Y方向)、鉛直方向および回転方向の4軸方向で移動させることができるステージ移動機構(図示せず)を有している。また、位置合わせ機構16またはステージ28は、ステージ28上で被溶接材Wをメカニカルにあるいはバキューム吸引力によって固定するための固定手段や、被溶接材Wをクランプする場合は、クランプ電極(図示せず)のクランプ動作に追従して被溶接材Wをステージ28上で摺動させるためのコンプライアンス・デバイス等を備えることもできる。
【0028】
直進移動機構18は、トーチボディ12を支持してその軸方向と平行な方向(縦方向)で昇降移動(直進移動)可能に設けられる溶接ヘッドとしての直進可動部32と、被溶接材Wに対してトーチ電極10を下降(前進)移動または上昇(後退)移動させるために直進可動部32を同方向に直進駆動する直進駆動部34とを含んでいる。直進駆動部34は、図示省略するが、駆動源たとえば電気モータと、この電気モータの回転駆動力を直線的な昇降移動の駆動力に変換する運動変換機構と、その昇降移動の駆動力を直進可動部32に伝える伝動機構とを備えている。
【0029】
タッチ・分離検出部15は、後述するように好ましくは直進駆動部34に搭載され、トーチ電極10の先端から離れた(または隔離された)場所に位置して、タッチスタート方式におけるトーチ電極10と被溶接材Wとの間のタッチおよび分離のタイミングを検出するように構成されている。タッチ・分離検出部15の具体的な構成および作用は、後に詳しく説明する。
【0030】
図2Aに、この実施形態における直進可動部32の構成を示す。この直進可動部32は、たとえば樹脂または金属からなる剛性の断面L形の板体またはベース部材40を有しており、このベース部材40の垂直平板部40aの背後で直進駆動部34(図1)の伝動機構に連結部材42を介して結合されている。
【0031】
ベース部材40上で、垂直平板部40aの前面(トーチボディ12と対向する面)には、たとえば樹脂等の絶縁体からなる略直方体形状の多用途支持部44が固着されている。多用途支持部44の上面には、たとえば銅等の導体からなる中空ブロック構造の用力中継部46が取り付けられている。多用途支持部44の両側面には、支点の軸48を介して左右一対のバランスアーム50が鉛直面内で回転可能に取り付けられている。用力中継部46およびバランスアーム50回りの構成については、後に詳しく説明する。
【0032】
ベース部材40上で、その水平平板部40bの先端部(垂直平板部40aと反対側の端部)には、トーチボディ12を鉛直方向で案内するための円筒状のトーチガイド52が設けられている。このトーチガイド52の内側には、上下方向に一定のスペースまたは中間部を挟んで2つのリニアブッシュ54H,54Lが設けられている。トーチボディ12は、両リニアブッシュ54H,54Lの案内により正確に鉛直方向で直進移動することができる。
【0033】
トーチガイド52の中間部には、多用途支持部44と対向する位置に開口部56が形成されている。そして、トーチボディ12の中間部の側面には、開口部56を介して外に露出するように、たとえば銅等の導体からなる中空ブロック構造の用力導入部58が取り付けられている。この用力導入部58は、トーチボディ12内の導電路を介してトーチ電極10に電気的に接続されている。
【0034】
用力導入部58の上面には一対の上流側ガス導入ポート60が設けられている。さらに、用力導入部58の背面(トーチボディ12と向き合う面)には、トーチボディ12内のガス流路に接続する下流側ガス導入ポート(図示せず)が設けられている。用力導入部58の内部は中空のガス室またはガス通路になっており、上流側ガス導入ポート60と下流側ガス導入ポートとは連通している。
【0035】
一方、多用途支持部44上の用力中継部46には、その両側面に一対の下流側ガス中継ポート62が設けられている。この下流側ガス中継ポート62と用力導入部58のガス導入ポート60との間には、空中でアーチ形に延びる変位または変形可能な樹脂製の架橋型チューブ64が架けられている。さらに、用力中継部46および用力導入部58の互いに向き合う面(正面)の間に、空中でアーチ形に延びる変位または変形可能な帯状シートの架橋型導体66が架けられている。この帯状シートの架橋型導体66は、たとえば厚さ0.05mmの極薄の銅シートを複数枚(たとえば9枚)重ねて構成されている。
【0036】
用力中継部46の上面には、導電性の上流側ガス中継ポート68が設けられている。このポート68には、溶接電源22(図1)からの電気ケーブル30およびガス供給部24(図1)からのガス管33を収容する用力供給ケーブル70の終端コネクタ72が着脱可能に接続される。この場合、用力供給ケーブル70内のガス供給ライン(ガス管)33が上流側ガス中継ポート68のガス通路に接続されるだけでなく、用力供給ケーブル70内の溶接電流供給ライン(電気ケーブル)30が用力中継部46の本体に電気的に接続される。用力中継部46の内部は中空のガス室またはガス通路になっており、上流側ガス中継ポート68と下流側ガス中継ポート62とは連通している。
【0037】
用力供給ケーブル70は比較的重いケーブルであるが、上記のように用力中継部46で終端するので、その重量はベース部材40にかかり、トーチ電極10およびトーチボディ12を合わせたトーチ13には全くかからない。トーチ13には架橋型チューブ64および架橋型導体66の重量がかかる。これら架橋型チューブ64および架橋型導体66は、用力供給ケーブル70に比して格段に軽量であり、しかもそれぞれの空中姿勢がアーチ形で一定なので、トーチ荷重に変動を来たすことは殆どない。
【0038】
上記のような多用途支持部44上の用力中継部46およびトーチボディ12側の用力導入部58回りの用力供給系統において、ガス供給部24(図1)より送出されるシールドガスは、用力供給ケーブル70(ガス管33)→用力中継部46(上流側ガス中継ポート68→下流側ガス中継ポート62)→架橋型チューブ64→用力導入部58(上流側ガス導入ポート60→下流側ガス導入ポート)→トーチボディ12→トーチノズル12aと繋がるガス流路を上記の順に流れるようになっている。また、溶接電源22より送出される溶接電流は、用力供給ケーブル70(電気ケーブル30)→用力中継部46(導電性ブロック)→架橋型導体66→用力導入部58(導電性ブロック)→トーチボディ12→トーチ電極10と繋がる電流経路を上記の順または逆の順(逆方向)に流れるようになっている。
【0039】
バランスアーム50は、剛体たとえばステンレス鋼からなり、屈曲部50a、第1アーム部50bおよび第2アーム部50cを有し、全体が“ヘ”字状に形成されている。屈曲部50aは、支点の軸48により多用途支持部44の両側面の前部に回転可能に取り付けられる。第1アーム部50bの先端部には、トーチボディ12の側面に固着されているピン74と嵌合する横長の軸受76が設けられている。トーチガイド52の側面には、上下方向に移動可能なピン74を通すための縦長の開口部(図示せず)が形成されている。
【0040】
一方、第2アーム部50cの先端部には、たとえばステンレス鋼からなる直方体形状のバランスウエイト80がボルト82によって取り付けられている。このバランスウエイト80の重量を調整するために、たとえば板片状の重量加算用ウエイト84をボルト86によってバランスウエイト80に着脱可能に取り付けてもよい。ベース部材40の水平平板部40bには、バランスウエイト80が通れる大きさの開口部88が形成されている。
【0041】
バランスアーム50においては、第1アーム部50bの先端部に取り付けられているトーチ13回りの総重量つまりトーチ荷重により図2Aにおいて反時計方向の重量モーメントが作用する一方で、第2アーム部50cの先端部に取り付けられているバランスウエイト80の重量により図2Aにおいて時計方向の重量モーメントが作用する。
【0042】
ここで、トーチ側の重量モーメントがバランスウエイト80側の重量モーメントを少し(たとえばトーチ荷重に換算して10~30g重)だけ上回るように、バランスウエイト80の重量が設定ないし調整される。このようにトーチ側の重量モーメントをバランスウエイト80側の重量モーメントより大きく設定することで、トーチ13に外力が加わらないときは、図2Aに示すようにバランスウエイト80の上面が多用途支持部44の下面(ストッパ)に当接する。この状態で、バランスアーム50は静止し、溶接ヘッド上でトーチ13が一定(基準)の高さ位置に保持される。
【0043】
なお、トーチ13のピン74とこれに嵌合している第1アーム部50bの軸受76は、トーチ13の鉛直方向の直進移動とバランスアーム50の回転移動とを相互に変換するためのクランク機構を構成している。
【0044】
多用途支持部44は中空の筐体またはブロックとして構成され、その中に開口(図示せず)を介してトーチ13の用力導入部58と対向する電磁ソレノイドたとえばプランジャソレノイド90が固定して取り付けられている。このプランジャソレノイド90のプランジャ92が前進移動すると、その先端が用力導入部58の側面(対向面)に大きな押圧力で当接して、プランジャソレノイド90と用力導入部58が物理的に一体化(結合)し、ひいてはトーチ13とベース部材40とが物理的に一体化(結合)するようになっている。この一体化の状態で、直進駆動部34が直進可動部32を昇降移動させると、トーチボディ12も直進可動部32と一体に昇降移動するようになっている。
【0045】
上記のように、この実施形態のTIG溶接装置においては、溶接ヘッドを構成する直進可動部32に支点の軸48を介してバランスアーム50を鉛直な面内で回転可能に取り付け、バランスアーム50の第1アーム部50bの先端部にトーチボディ12を結合し、第2アーム部50cの先端部にバランスウイト80を取り付ける構成により、トーチ13側の重量モーメントとバランスウエイト80側の重量モーメントとのバランスを調整するだけで、トーチ荷重を非常に小さい荷重(たとえば30g重以下)に軽減することができる。
【0046】
さらに、このTIG溶接装置においては、直進可動部(溶接ヘッド)32上に、タッチスタート方式においてトーチ電極10の先端と被溶接材Wとの間のタッチのタイミングおよび分離のタイミングを検出するためのタッチ分離検出部15を設けている。このタッチ分離検出部15は、図2Aに示すように、バランスアーム50の適当な箇所(たとえば下端部)に一体に取り付けられた板片状の遮光部材Fと、この遮光部材Fを挟むように対向して同一の高さ位置に配置される発光素子EDおよび受光素子PDとを有している。発光素子EDおよび受光素子PDは協働して光センサを構成し、発光素子EDが受光素子PDに向けて光ビームPを射出し、受光素子PDが光ビームPを受光するか否かに応じて値の異なるたとえばHレベル/Lレベルの2値信号を出力するようになっている。発光素子EDおよび受光素子PDの高さ位置は調整可能に構成されている。
【0047】
タッチ分離検出部15(図1)は、受光素子PDの出力信号を信号処理する回路を有し、受光素子PDの出力信号がHレベルからLレベルに変化した時に、トーチ電極10の先端が被溶接材Wにタッチしたタイミングを示すタッチタイミング検出信号MSを出力し、受光素子PDの出力信号がLレベルからHレベルに変化した時に、トーチ電極10の先端が被溶接材Wから分離したタイミングを示す分離タイミング検出信号MSを出力するようになっている。
【0048】
この実施形態では、ステージ28に対する直進可動部32またはトーチ13の相対的な高さ位置および昇降移動距離を測定するための位置センサとして、たとえば図2Aに示すようなリニアスケール101が設けられている。このリニアスケール101は、ステージ28に固定された鉛直方向に延びる目盛部103と、この目盛部103の目盛を光学的に読み取るためにベース部40に取り付けられた目盛読取部105とを有している。目盛読取部105の出力信号は、制御部20に与えられる。
【0049】
さらに、このTIG溶接装置は、トーチ電極10と被溶接材Wとの間の電圧V(特にその立ち上がり)を検出するための電圧検出回路38(図1)を備えている。この電圧検出回路38は、タッチスタートの通電中にトーチ電極10が被溶接材Wから分離した時に両者間のギャップに生じる電圧Vの立ち上がりのエッジを検出し、その立ち上がりエッジのタイミング(分離のタイミング)を表す出力信号KSを制御部2に与えるように構成されている。電圧検出回路38は、電圧Vの立ち上がりのエッジを正確かつ高速に検出するために、好ましくは微分回路を備えている。
【0050】
図1において、制御部20は、マイクロコンピュータ、メモリおよび各種インタフェース等を含むほか、アナログ式またはディジタル式のタイマを内蔵または外付けで備えており、図示の各部だけでなく不図示の起動スイッチ、入力装置および表示装置等とも接続されており、メモリに蓄積または格納した所定のプログラムにしたがって装置内の各部の動作および全体のシーケンスを制御する。
[装置全体の動作及び作用]
【0051】
以下、図2A図2F図3図4A図4Cを参照して、この実施形態におけるTIG溶接装置およびTIG溶接方法の作用を説明する。
【0052】
図2A図2Fは、実施形態(第1の制御方式)によるTIG溶接動作の各段階における溶接ヘッド内の各部の状態を示す。図3は、この実施形態の各制御方式によるTIG溶接動作のシーケンスを示す。図4A図4Cは、各制御方式における制御部20の制御手順を示す。
【0053】
なお、図2A図2Fにおいて、一例として示す被溶接材Wは、小型精密電子部品パッケージ等のワーク本体100から突出する短冊状の端子部材102に細い被覆線104を巻き付けて、この巻き付け部を被溶接部としている。寸法的には、たとえば、端子部材102の幅が約1mm、厚さが約0.2mmであり、被覆線104の太さは約0.05mmである。端子部材102の根元付近に着脱可能に装着される接触子27は、電気ケーブル26を介して溶接電源22の正極端子(+)に接続されている。
【0054】
この実施形態の第1の制御方式(図3図4A)によれば、制御部20は、図3の時点tで起動信号を入力すると、先ず初期化を行い(ステップS101)、その初期化の中で今回のTIG溶接に用いる各種条件の設定値をメモリから読み出して所定のレジスタにセットする。これらの条件には、初期電流Iおよび主電流Iの電流値、初期通電時間Tおよび本通電時間T等が含まれる。
【0055】
次いで、制御部20は、直進駆動部34を制御して、それまで待機位置で静止していた直進可動部32に下降移動を開始させる(ステップS102)。この場合、初期状態では、直進可動部32上でバランスアーム50は図2Aに示すような状態で静止しており、バランスアーム50の下端の遮光部材Fは光ビームPの光路からわずかに上方に退避している。これにより、発光素子EDからの光ビームPは遮光部材Fの下をかすめるように通過して受光素子PDに入射し、受光素子PDの出力信号はHレベルになっている。図2Bに示すように、直進可動部32上の各部の状態は、トーチ電極10の先端が被溶接材Wにタッチする寸前まで維持される。
【0056】
一方、制御部20の制御の下で、溶接電源22は出力のスイッチSWをオフ状態に維持している。ガス供給部24は、直進可動部32およびトーチ1を下ろす途中で、シールドガスの供給を開始する。上記のように、ガス供給部24より用力供給ケーブル70(ガス管33)を介して溶接ヘッド(直進可動部)32に送られてきたシールドガスは、用力中継部46→架橋型チューブ64→用力導入部58→トーチボディ12→トーチノズル12aの各ガス流路を通ってトーチノズル12aの噴射口より被溶接材Wに向けて噴射される。
【0057】
そして、図2Cに示すように、トーチ電極10の先端が被溶接材Wに当接(タッチ)すると、トーチ電極10が被溶接材Wから反作用を受けることにより、バランスアーム50が図の時計方向に回動して、遮光部材Fが光ビームPの光路に進入し、発光素子EDからの光ビームPを遮断する。すると、受光素子PDの出力信号がそれまでのHレベルからLレベルに変わって、タッチ分離検出部15(図1)がタッチタイミング検出信号MSを発生し、この信号MSを受けて制御部20はトーチ電極10の先端が被溶接材Wにタッチしたタイミング(図3の時点t)を認識または検出する(ステップS103)。
【0058】
制御部20は、上記のようにしてタッチのタイミング(時点t)を検出すると、直進駆動部34を制御して、即時に直進可動部32の下降移動を停止させる(ステップS104)。次いで、溶接電源22のスイッチSWをそれまでのオフ状態からオン状態に切り換え、溶接電源22に初期通電のための所定の初期電流IO を出力させる(ステップS105)。この初期通電では、溶接電源22の直流電圧源Eの正極出力端子→電気ケーブル26→被溶接材W→トーチ電極10→トーチボディ12→用力導入部58→架橋型導体66→用力中継部46→用力ケーブル77(電気ケーブル30)→直流電圧源Eの負極出力端子の電流経路(閉回路)で、直流の初期電流Iが流れる。
【0059】
初期電流Iの設定電流値は任意の値であり、この実施形態のように被溶接材Wが熱容量の小さい微小なワークである場合は、初期電流Iの電流量はかなり少なめに設定される。タッチ状態にある限り、トーチ電極10と被溶接材Wは電気的に短絡しているので、初期電流Iが流れても、両者間の印加電圧Vは零ボルトである。
【0060】
この実施形態におけるタッチスタート方式は、初期電流Iによる被溶接材の不所望な溶け込みを排することを目的とするもので、初期電流Iの設定値は通常よりも小さい値に設定される。その設定値はトーチ電極と被溶接材との間で微弱なアークが立ち上がらせるものであればよく、通常は5A程度に設定される。5Aの初期電流Iは一般的なタッチスタート方式としては小さい値であるが、被溶接材が微小、例えば線径が1mm以下であって、アークスタート時の微弱な初期電流による被溶接材の溶け込みの影響が大きいと考えられる場合には、初期電流Iをさらに小さな値、たとえば2Aに設定してもよい。一方で、初期電流Iをさらに低い値にしてもよいが、たとえば1A程度に設定した場合には、被溶接材が微小な場合であっても、初期電流Iが小さすぎて初期の微弱なアークも安定的に発生しない場合が多い。したがって、初期電流Iは1.5A以上、好ましくは2A以上に設定することが好ましい。
【0061】
この第1の制御方式においては、このような微小な初期電流Iによる場合であっても、アークの立ち上がり時における初期電流Iの影響により被溶接材Wが不所望に溶け過ぎることを回避した上で、瞬時に切り替えられた本通電用の主電流Iによってアークを制御することが可能である。
【0062】
タイマが初期通電の設定時間T 0 を計時してタイムアップすると(ステップS106)、制御部20は、通電状態を維持したまま、直進駆動部34を介して直進可動部32に上昇移動を開始させる(ステップS107)。直進可動部32が上昇移動を開始すると、トーチ13も一緒に上昇移動を開始し、トーチ電極10の先端が被溶接材Wから分離する。そうすると、図2Dに示すように、トーチ電極10が被溶接材W側からの反作用を受けなくなり、バランスアーム50が初期状態に戻る方向すなわち図の反時計方向に回動して、遮光部材Fが光ビームPの光路から上方に退避し、発光素子EDからの光ビームPが受光素子PDに届くようになる。そうすると、受光素子PDの出力信号がそれまでのLレベルからHレベルに変わり、タッチ分離検出部15(図1)が分離タイミング検出信号MSを発生し、この信号MSを受けて制御部20はトーチ電極10の先端が被溶接材Wから分離したタイミング(図3の時点t)を認識または検出する(ステップS108)。
【0063】
そして、制御部20は、この分離のタイミング(時点t)を検出するのと同時または即時に、溶接電源22を制御して上記閉回路を流れる電流をそれまでの初期電流Iから本通電用の主電流Iに切り換える(ステップS109)。この本通電では、主電流Iがあらかじめ設定された電流値であらかじめ設定された時間(T)だけアークACおよび被溶接材Wに供給される。この場合、通電状態でトーチ電極10の先端が被溶接材Wから分離するや否や両者間に生じるギャップに即時にアークACが発生し、このアークACが導電路となって閉回路の一部を形成する。
【0064】
主電流Iの電流値および本通電時間(T)は、被溶接材Wの熱容量等に依存して設定される。この実施例のように熱容量の小さい微小な被溶接材Wに対しては、主電流Iの電流値は、スタート電流Iの電流量(たとえば5A)よりも一段と大き目の値(たとえば10A)に設定される。また、本通電時間Tはたとえば数10msに設定される。
【0065】
この実施形態では、上記のようにして分離のタイミング(時点t)を検出するのと同時または即時に初期電流Iから主電流Iへの切り換えを行うが(ステップS108→S109)、溶接電源22等のハードウェア上の応答速度に応じて切換えに若干(たとえば5ms)のディレイが生じることもある。しかし、この種のディレイは、TIG溶接の作用に特に影響を来すものではなく、ハードウェアの改良によって可及的に零に近づけられる。ソフトウェア的または意図的なディレイを設けないことが非常に重要である。
【0066】
こうしてトーチ電極10の先端が被溶接材Wから分離するや否や両者間に生じるギャップに本通電用の主電流IによるアークACが発生し、トーチ電極10の上昇移動している最中に、被溶接材Wは主電流Iの電流量に応じたパワーないしエネルギーのアークACに晒されて、期待通りに溶ける。この場合、トーチ電極10の上昇移動つまり離間距離の増大に伴ってアーク長が変化するが、被溶接材Wの熱容量ないしサイズが小さいので、主電流Iの電流量が適切に制御される限り、溶接品質への影響は少ない。
【0067】
制御部20は、本通電時間Tがタイムアップすると(ステップS110)、溶接電源22をオフして通電を止める(ステップS111)。主電流Iが切られると、その瞬間にアークACは消滅する。アークACが消滅すると、被溶接材Wの溶け込み部分が大気中の自然冷却によってすぐに凝固する。
【0068】
この後、制御部20は、ガス供給部24をオフし、直進可動部32が所定位置(たとえば初期位置)に到達したところで直進駆動部34を制御して直進可動部32の上昇動作を停止させる(ステップS112)。
【0069】
上記のように、この第1の制御方式においては、タッチスタート方式で初期通電を開始した後、直進可動部32を上昇移動させる際にトーチ電極10の先端が被溶接材Wから分離するのと同時(時点t)に初期通電から本通電への切換えを行い、分離のタイミング(t)からあらかじめ設定された本通電時間Tが経過した時点でアーク溶接を終了する。かかる技法により、熱容量が小さくて微弱なアークでも溶けやすい被溶接材Wに対しても適切なアーク溶接を施し、良好な溶接品質を得ることができる。また、アーク這い上がり、アーク横飛び(アークが近傍の他のワークに飛び火する現象)、アーク失火等の溶接不良を効果的に防止することができる。
【0070】
この点に関して、一般的なタッチスタート方式は、トーチ電極が被溶接材にタッチした後に、(A1)トーチ電極を被溶接材に接触させた状態(短絡状態)で初期通電を開始する→(A2)トーチの上昇移動を開始する→(A3)トーチ電極が被溶接材から分離する→(A4)微弱なアークが発生する→(A5)初期通電および微弱なアークを維持したままトーチの上昇移動を継続する→(A6)一定の離間距離を確立する→(A7)初期電流を本通電の主電流に切り換える、という一連の工程(A1)~(A7)からなっている。上述した第1の制御方式は、工程(A3)から工程(A4)~(A6)をスキップして工程(A7)に移行するところにその特異な制御思想があり、従来一般のタッチスタート方式とは異なる特殊なタッチスタート方式といえる。
【0071】
なお、タッチ状態の下で直進可動部32においてプランジャソレノイド90を作動させてトーチボディ12を直進可動部32のベース部材40と一体化し、タッチスタートの後にトーチ電極10を直進可動部32と一体に上昇移動させることも可能である。しかし、タッチ状態の下でプランジャソレノイド90のプランジャ92を用力導入部58の側面(対向面)に大きな押圧力で当てると、トーチボディ12、トーチ電極10等を介して被溶接材Wに余計な圧力が加わり、熱容量の小さい微小な被溶接材Wに対して望ましくない損傷、変形を与えるおそれがある。さらに、直進可動部32を上昇移動させた時にトーチ電極10の先端が被溶接材Wから分離したタイミング(t)を正確に検出することも困難である。
【0072】
この実施形態では、上記のように、タッチ分離検出部15が、直進可動部32に対するトーチ13の相対的な動きまたは位置関係をバランスアーム50を介して光学的に監視し、バランスアーム50が静止状態から時計方向に動き始めて遮光部材Fが光学センサ(ED/PD)の光ビームPの光路に入ったタイミングをタッチのタイミング(t)として検出し、バランスアーム50が静止状態から反時計方向に動き始めて遮光部材Fが光学センサ(ED/PD)の光ビームPの光路から抜けたタイミングを分離のタイミング(t)として検出するようにしている。つまり、直進可動部32に対するトーチ13の相対的位置関係が、タッチのタイミング(t)が検出されるときと分離のタイミング(t)が検出されるときとで一致するように設定されている。タッチ分離検出部15は、トーチ電極10の先端から十分離れた(または隔離された)場所に設けられ、アークACの熱をまったく受けずに動作するので、精緻なタイミング検出動作を正確に行うことができる。
【0073】
この実施形態では、制御部20が、電圧検出回路38を介して分離のタイミング(t)を検出することも可能となっている。タッチスタートの通電中にトーチ電極10が被溶接材Wから分離した時に両者の間にギャップが生じることにより、両者間の印加電圧Vがそれまでの零ボルトから溶接電源22の出力に応じたピーク値まで一定または不定のレートで立ち上がる。このため、電圧Vが一定の基準値まで立ち上がった時点を検出する方法によれば、実際の分離のタイミング(t)から相当遅れたタイミングを検出することになる。この実施形態では、電圧検出回路38が微分回路を有し、電圧Vの立ち上がりの変化を微分することにより、実際の分離のタイミング(t)を遅延なく検出することができる。
【0074】
第2の制御方式(図3図4B)は、上述した第1の制御方式の基本的な制御思想を踏襲しつつ(ステップS201~S212)、タッチスタート後に直進可動部32を設定距離Hだけ上昇移動させ(ステップS210)、つまりトーチ電極10の先端が被溶接材Wから設定離間距離Hだけ離れる位置まで上昇移動させて一時的に停止させ(図3の時点t)、その停止期間中に本通電時間Tをタイムアップさせる(ステップS213~S214)。この第2の制御方式は、熱容量の大きい被溶接材に対するTIG溶接に好適に適用することができる。
【0075】
第3の制御方式(図3図4C)も、上記第1の制御方式の基本的な制御思想を踏襲しつつ(ステップS301~S304,S308~S313)、初期通電をタッチのタイミング(t)から一定期間Tの経過後に開始して分離のタイミング(t)の直前に限定し(ステップS305)、初期通電時間(T)を可及的に短い時間に設定する(ステップS306~S307)点に特徴がある。この場合は、初期電流Iの立ち上がりのスロープと本通電の主電流Iの立ち上がりのスロープとを連続させ、通電電流を零アンペアから主電流Iのピーク値まで最短に立ち上げることができる。この場合、主電流Iの立ち上がりにアップスロープ制御をかけてよく、立ち下がりにダウンスロープ制御も好適に用いてよい。この第2の制御方式は、熱容量のきわめて小さい被溶接材に対するTIG溶接に好適に適用することができる。
【0076】
図5に、従来の制御方式に相当する比較例のシーケンスを示す。図示のように、比較例の制御方式は、タッチスタート方式においてトーチ電極の先端が被溶接材から分離した後しばらくしてから、典型的には図5に示すように設定離間位置まで引き上げてから通電電流を初期電流から本通電の主電流に切り換え、トーチ電極を設定離間位置に静止させた状態での通電時間(本通電時間)を管理するものである。しかしながら、このような制御方式によれば、被溶接材の熱容量が小さい場合には、本通電に移行する前に初期電流のアークによって被溶接材Wが不所望かつ不定に溶けてしまい、結果的にも所期の溶接品質が得られない。
【0077】
さらには、この実施形態と比較例とは、図9Aおよび図9Bに示すように、アーク這い上がり現象の有無に関して作用上の顕著な相違がある。比較例の制御方式によれば、図9Aに示すように、トーチ電極の先端が被溶接材から分離して離間する際に被溶接材からトーチ電極の先端に向かって形成される初期電流によるアークがトーチ電極の柱状胴部の側面まで這い上がる現象が生じやすい。このようなアーク這い上がり現象は、被溶接材に対するアークの集中性および安定性を大きく低下させる。これに対して、この実施形態(たとえば上記第1の制御方式)によれば、アークが最初から本通電の主電流の下で生成されるため、図9Bに示すように、アークの這い上がりが発生せず、トーチ電極の先端と被溶接材の端部との間に集中性のよいアークが安定に生じる。
[他の実施形態又は変形例]
【0078】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、上述した実施形態は本発明を限定するものではない。当業者にあっては、具体的な実施態様において本発明の技術思想および技術範囲から逸脱せずに種々の変形・変更を加えることが可能である。
【0079】
たとえば、微小サイズの被溶接材W(W,W)に対しては、図6の(a)に示すようなマイナス(-)形状または長方形状の先端面を有するトーチ電極10や、図6の(b)に示すようなフラット状の先端面を有するトーチ電極を好適に使用することができる。これらの場合、トーチ電極10の中心軸が被溶接材Wの中心部から少し横にずれても、トーチ電極10の先端面が被溶接材Wの頂面に当接するので、確実に被溶接材W(W,W)の中心部付近にアークを集中させることができる。また、タッチスタート方式において、分離のタイミングを検出するのと同時または即時に電流を本通電に切り替えることでトーチ電極への側面へのアークの這い上がりを防ぎ、確実に被溶接材W(W,W)の中心部付近にアークを集中させることができる。
【0080】
図7に、上記した実施形態において直進可動部(溶接ヘッド)32上に設けられる荷重バランス機構およびタッチ分離検出部15の別の実施例を示す。図中、図2A図2Fのものと同様の構成または機能を有する部分には、同一の参照符号を用いている。なお、溶接電流供給系およびガス供給系は図示省略している。
【0081】
この実施例における荷重バランス機構は、直進可動部32の本体110とトーチボディ12に固定された水平の連結棒112との間に圧縮コイルばね114と引張コイルばね116とを並列に配置する。ここで、圧縮コイルばね114のばね荷重は、棒ねじ118およびナット120を含む第1のトーチ荷重調整部122によって調整可能であり、引張コイルばね116のばね荷重は棒ねじ124およびナット126を含む第2のトーチ荷重調整部128によって調整可能である。
【0082】
トーチボディ12には、連結棒112等の付属物も含めたトーチ13全体の重量(自重)L13と、圧縮コイルばね114のばね荷重L114とが足し合わさったZ方向の下向きの荷重が加わる一方で、引張コイルばね116のばね荷重L116がZ方向の上向きに加わる。Z方向の下向きの荷重を正方向とし、トーチボディ12に加わる全合成荷重をTLとすると、TL=L13+L114-L116である。ここで、L13は略一定であるから、上記のように第1および第2のトーチ荷重調整部122,128によりL114,L116を可変調整することにより、被溶接材Wの特性に合わせて全合成荷重TLを任意に調整することができる。
【0083】
この実施例におけるタッチ分離検出部15は、連結棒112と反対側(図の左側)で水平に延びる横棒130と本体110との間に設けられる。より詳細には、横棒130の先端部には、鉛直上方に延びる遮光部材Fが取り付けられている。この遮光部材Fの周囲には、本体110に固定された発光素子EDおよび受光素子PDが同一の高さ位置で対向して配置されている。
【0084】
かかる構成においては、トーチ電極10の先端が被溶接材(図示せず)にタッチした時に、被溶接材側からの反作用によってトーチ13(トーチ電極10およびトーチボディ12)が直進可動部32の本体110に対して相対的に上方に移動して、図7に示すように遮光部材Fが発光素子EDからの光ビームPを遮断し、受光素子PDの出力信号がそれまでのHレベルからLレベルに変わる。その後、トーチ電極10の先端が被溶接材から分離すると、被溶接材側からの反作用が解除されることによって、トーチ13が直進可動部32の本体110に対して相対的に下方に移動して、遮光部材Fが光ビームPの光路から下方に退避し、受光素子PDの出力信号がそれまでのLレベルからHレベルに変わる。
【0085】
このように、この実施例におけるタッチ分離検出部15は、直進可動部32の本体110とこれに圧縮コイルばね114および引張コイルばね116を介して結合されているトーチ13との間の相対的な動きまたは位置関係を光学的に監視して、タッチスタート方式におけるタッチのタイミングおよび分離のタイミンングを検出するようにしている。
【0086】
なお、タッチ分離検出部15において、タッチのタイミングを検出するための光学センサと分離のタイミングを検出するための光学センサとを別個独立に設ける構成も可能である。
【0087】
図8に、タッチ分離検出部15に関する更に別の実施例を示す。この実施例は、荷重バランス機構にバランスアーム50およびバランスウイト80を用いる上述の実施例(図2A図2F)において、タッチ分離検出部15の遮光部材Fをアーム状の支持部材140を介してトーチボディ12に取り付けるとともに、遮光部材Fの直下でベース部材40(水平平板部40b)上に光学センサ(発光素子ED/受光素子PD)を配置する。
【0088】
この場合、タッチスタートにおいて、トーチ電極10の先端が下降して被溶接材Wに当接するまでは、遮光部材Fの先端が発光素子EDと受光素子PDと間で水平に伝搬する光ビームPより高い位置にあり、受光素子PDの出力信号はHレベルになっている。そして、トーチ電極10の先端が被溶接材Wに当接すると、これと略同時に光ビームPが遮光部材Fの先端によって遮断または遮光され、受光素子PDの出力信号がHレベルからLレベルに変わる。その後、初期通電が終了して直進可動部32の上昇によりトーチ電極10の先端が被溶接材から分離すると、これと略同時に遮光部材Fの先端が光ビームPの光路から上方に退避し、受光素子PDの出力信号がLレベルからHレベルに変わる。
【0089】
また、図示省略するが、異なる高さ位置に2組の光センサ(ED/PD),(ED/PD)を配置し、配置(検出)位置が高い方の第1の光センサ(ED/PD)によってタッチと分離のタイミングを検出し、配置(検出)位置が低い方の第2の光センサ(ED/PD)によって初期通電開始のタイミングを取得する構成とすることも可能である。この方式は、トーチ電極10の先端が被溶接材Wに当接した後もさらにトーチボディ12を下降させて被溶接材Wに十分大きな加圧力を加えて初期通電を行う場合に好適である。
【符号の説明】
【0090】
10 トーチ電極
12 トーチボディ
15 タッチ分離検出部
20 制御部
22 溶接電源
18 直進移動機構
32 直進可動部
34 直進駆動部
38 電圧検出回路
W 被溶接材
図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図2E
図2F
図3
図4A
図4B
図4C
図5
図6
図7
図8
図9A
図9B