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特許7019920α,β-不飽和ケトンへの置換基導入方法及びそれを利用したプロスタグランジン類の合成方法。
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-07
(45)【発行日】2022-02-16
(54)【発明の名称】α,β-不飽和ケトンへの置換基導入方法及びそれを利用したプロスタグランジン類の合成方法。
(51)【国際特許分類】
   C07C 405/00 20060101AFI20220208BHJP
【FI】
C07C405/00 507T
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2017150745
(22)【出願日】2017-08-03
(65)【公開番号】P2019026622
(43)【公開日】2019-02-21
【審査請求日】2020-03-04
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】510108858
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立長寿医療研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100118706
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 陽
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 正昭
(72)【発明者】
【氏名】古山 浩子
【審査官】伊佐地 公美
(56)【参考文献】
【文献】SUZUKI, M. et al.,Tetrahedron,1990年,Vol. 46,pp. 4809-4822,第4810頁第28-33行、第4811頁第1-7行、第4817頁第1-35行、等
【文献】GOODING, O. W. et al.,The Journal of Organic Chemistry,1993年,Vol. 58,pp. 3681-3686,第3682頁左欄第11-17行、第3683頁右欄第5-8行、Table I
【文献】CHEN, H.-J. et al.,Organic Letters,2015年,Vol. 17,pp. 592-595,第594頁左欄第15-19行
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
CAplus/REGISTRY(STN)
CASREACT(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
α,β-不飽和ケトンのα位の炭素及びβ位の炭素に置換基を導入してプロスタグランジン類を合成する方法であって、
アルキルリチウムと、アルケニル基のビニル位にスズが結合したトリアルキルアルケニルスズとを混合する第1工程と、
該第1工程の混合物とジアルキル亜鉛とを混合する第2工程と、
該第2工程の混合物とα,β-不飽和ケトンとを混合する第3工程と、
該第3工程の混合物とトリフルオロメタンスルホナート化合物とを混合する第4工程と、
を備え、
前記α,β-不飽和ケトンはプロスタグランジンの部分構造を有するγ-シロキシ-シクロペンテノンであり、
前記トリアルキルアルケニルスズのアルケニル基はプロスタグランジン類のω側鎖となり、
前記トリフルオロメタンスルホナート化合物の炭素鎖構造部はプロスタグランジン類のα側鎖となることを特徴とするプロスタグランジン類の合成方法。
【請求項2】
前記第4工程においてヘキサメチルリン酸トリアミド(HMPA)を共存させないことを特徴とする請求項1に記載のプロスタグランジン類の合成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α,β-不飽和ケトンのα位の炭素及びβ位の炭素に、任意の置換基をワンポットで導入することができる方法、及びそれを利用したプロスタグランジン類の合成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
α,β-不飽和ケトンの電子吸引基を置換した共役構造を特徴とする反応は、ソフトな求核剤(例えば安定なカルバニオン、アルキルリチウムあるいはグリニャール試薬と銅塩から調整される有機銅試薬等)によるβ位への攻撃を受け易く(いわゆるマイケル付加)、様々な化合物の炭素骨格形成反応として利用価値が高い。
【0003】
もしも、α,β-不飽和ケトンにおけるアルケンの二重結合(すなわちα位の炭素及びβ位の炭素)に任意の置換基を導入することができれば、さらに様々な有用化合物を合成することが可能となる。例えば、プロスタグランジン(PG)類は、下記化学構造式で示されるように、α,β-不飽和ケトンの一種である4-ヒドロキシ-2-シクロペンテン-1-オンのα位及びβ位に、α鎖置換基とω鎖置換基が導入された構造を有している。このため、α,β-不飽和ケトンのα位及びβ位へ任意の置換基を導入できれば、様々なプロスタグランジンを合成することが可能となる。
【0004】
【化1】
【0005】
【化2】
【0006】
プロスタグランジン(PG)は生体の恒常性の維持にはたらく超微量生理活性物質であり、末梢系に加え、睡眠や発熱、痛みや神経保護など中枢系の作用も示し、大きな注目を集めている。しかしながら、天然物におけるPG類の含有量は極めて微量であり、天然物から採取することは困難である。このため、1969年にCoreyによりコーリーラクトンを経由する天然型PGの合成ルートが報告されて以来、多くの合成研究がなされている。
【0007】
それらの合成研究の中でも、本発明者らが世界で初めて開発した、シクロペンテノン化合物の5員環部位にα-側鎖とω-側鎖部位をワンポット内で連結して一挙にPG全炭素骨格へと導く「3成分連結法」は、工程数を劇的に減らすことのできる理想的な合成方法であり、PG合成の最良の機軸反応と称されている(非特許文献1、2)。
【0008】
【化3】
【0009】
3成分連結法は、上記化学式に示すように、まず、ω側鎖構造をもつ有機銅錯体と、4-ヒドロキシ-2-シクロペンテン-1-オンとの1,4-付加反応を行う。そして、生成物を取り出すことなく、系内で生じた金属エノラートのα側鎖構造をもつハロゲン化合物(過剰量を使用)との反応を、塩素化有機スズ化合物およびヘキサメチルリン酸トリアミド(HMPA)存在下、THF中、同一反応容器内で連続的に行う方法である。この3成分連結法によれば、天然PG類を短行程で合成することができ、さらには化学的に安定な人工PGであるイソカルバサイクリンの合成をも達成されている。
【0010】
また、この3成分連結法の改良法として、有機銅錯体の替りに有機亜鉛アート錯体を用いることにより、銅などの重金属や毒性の強い塩素化有機スズ化合物を使用しない方法も開発されている(非特許文献3、4)。
【0011】
そして、さらには、この方法を利用して15R-TIC(脳内に特異的に発現するIP2受容体リガンド)が創製され、新たなPG類の脳PET研究も拓かれている(非特許文献5~7)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【文献】Suzuki, M.; Yanagisawa, A.; Noyori, R. J. Am. Chem. Soc. 1985, 107, 3348-3349.
【文献】Suzuki, M.; Yanagisawa, A.; Noyori, R. J. Am. Chem. Soc. 1988, 110, 4718-4726.
【文献】Morita, Y.; Suzuki, M.; Noyori, R. J. Org. Chem. 1989, 54, 1785-1787.
【文献】Suzuki, M.; Morita, Y.: Koyano, H.; Koga, M.; Noyori, R. Tetrahedron 1990, 46, 4809-4822.
【文献】Suzuki, M.; Kato, K.; Noyori, R.; Watanabe, Y.; Takechi, H.; Matsumura, K.: Langstrorn, B.; Watanabe, Y. Angew. Chem., Int. Ed. Eng. 1996 ,35, 334-336.
【文献】Suzuki, M.; Kato, K.; Watanabe, Y.; Satoh. T.: Matsumura, K.; Watanabe, Y.; Noyori, R. Chem. Commun. 1999, 307-308.
【文献】Suzuki, M.; Doi, H.; Hosoya, T.; Langstrom, B.; Watanabe, Y. Trends Anal.Chem, 2004, 23, 595-607.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、上記従来の3成分連結法によるPG合成では、過剰量のα側鎖ハロゲン化合物を過剰量使用しなくてはならないという問題があり、また収率についてもさらなる向上が求められていた。また、上記従来の3成分連結法では触媒に毒性の強い重金属を用いたり、添加剤に発がん性が危惧されるHMPAを用いたりするという問題もあり、化学合成プロセスのグリーン化が必要という社会的な要請に反するものとなっていた。
【0014】
本発明は、上記従来の課題に鑑み成されたものであり、α,β-不飽和ケトンのα位及びβ位への置換基の導入方法であって、3成分連結法によるプロスタグランジン類の合成に利用可能であるのみならず、合成に必要な各3成分のいずれについても導入基の大過剰の使用量を必要とせず、また、触媒に毒性の強い重金属を用いたり、生体に対する毒性の強い溶媒あるいは添加剤を用いたりすることがなく、one-pot操作により高収率で合成するができるα,β-不飽和ケトンへの置換基導入方法、及びそれを利用したプロスタグランジン類の合成方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決するために、上記従来の3成分連結法における収率低下の原因について検討した。その結果、α,β-不飽和ケトンへの1,4付加が行われた後、生じたエノラートのアルキル過程において、その塩基性によるアルキル化ケトンとの間の水素交換反応の進行によりプロトン移動が起こり、その結果、複数の副生成物が生じることが収率低下の原因ではないかと推測した(下記化学式参照)。
【0016】
【化4】
【0017】
そして、第2段階目の反応でこの水素交換反応が起こらないようにするための方法として、ジアルキル亜鉛を使用してリチウムエノラート構造を修飾することが効果的であることを見出した。さらには、α位の炭素への置換基導入のための求電子剤として、優れたアニオン脱離基を有しているトリフルオロメタンスルホナート化合物を用いることにより、1,4-付加反応を司る亜鉛アート錯体を含め3つの成分が、ほぼ化学量論的に反応することを見出した。以上の反応は、触媒に毒性の強い重金属を用いたり、生体に対する毒性の強い添加剤を用いたりすることがなく、one-pot操作により高収率でα,β-不飽和ケトンへのα位の炭素及びβ位の炭素へ置換基を導入することができる。このため、上記従来の課題を全て解決することとなる。
【0018】
すなわち、本発明のα,β-不飽和ケトンへの置換基導入方法は、α,β-不飽和ケトンのα位の炭素及びβ位の炭素に置換基を導入する方法であって、
アルキルリチウムと、アルケニル基のビニル位にスズが結合したトリアルキルアルケニルスズとを混合する第1工程と、
該第1工程の混合物とジアルキル亜鉛とを混合する第2工程と、
該第2工程の混合物とα,β-不飽和ケトンとを混合する第3工程と、
該第3工程の混合物とトリフルオロメタンスルホナート化合物とを混合する第4工程と、を備えることを特徴とする
【0019】
また、本発明のプロスタグランジン類の合成方法は、本発明のα,β-不飽和ケトンへの置換基導入方法を用いることを特徴とする。
【0020】
前記α,β-不飽和ケトンはシクロペンテノン誘導体であり、前記トリアルキルアルケニルスズのアルケニル基をプロスタグランジン類のω側鎖への導入基とし、前記トリフルオロメタンスルホナート化合物の炭素鎖構造部をプロスタグランジン類のα側鎖への導入基とすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明のα,β-不飽和ケトンへの置換基導入方法では、下記化学式に示すように、まず、アルキルリチウムと、アルケニル基のビニル位にスズが結合したトリアルキルアルケニルスズとを混合する(第1工程)。これにより、相当するビニルリチウムが生成する。そして、第1工程の混合物とジアルキル亜鉛とを混合し、亜鉛-リチウムのハイブリッド型アート錯体を生成させる(第2工程)。さらに、第2工程の混合物とα,β-不飽和ケトンとを混合する(第3工程)。これにより、α,β-不飽和ケトンにビニル置換基のα位の炭素にビニル置換基が結合する(すなわち1,4付加が起こる)。そして最後に、第3工程の混合物とトリフルオロメタンスルホナート化合物とを混合することにより、α,β-不飽和ケトンのβ位の炭素に置換基が結合する(第4工程)。このとき、水素交換反応は生じ難く、副生成物はほとんど生じない。こうしてα,β-不飽和ケトンのα位の炭素及びβ位の炭素へ異なる置換基が導入される。
【0022】
【化5】
【0023】
本発明のα,β-不飽和ケトンへの置換基導入方法は、プロスタグランジン類の合成に利用することができる。例えば、下記化学式に示すようにしてシクロペンテノン誘導体(5)にω鎖及びα鎖を導入して、5,6-デヒドロ-PGE2誘導体(8)を合成することができる。
【0024】
【化6】
【0025】
こうして合成した5,6-デヒドロPGE2誘導体(8)は、天然PG類の一般的合成法の鍵中間体となる。その例を以下に示す(詳細については非特許文献1,2,及び4参照)。
【0026】
【化7】
【0027】
また、5,6-デヒドロPGE2誘導体(8)を鍵中間体として、化学的に安定な人工PGであるイソカルバサイクリンを合成することもできる(下記合成ルート参照)。
【0028】
【化8】
【0029】
人工的に合成されたイソカルバサイクリンは、優れた血栓抑制作用を有し、しかも安定で、医薬品、特に抗血栓治療剤として期待されている化合物であって、同じく血栓抑制作用を示すプロスタサイクリン(別名プロスタグランジンI2)の安定性を改善する研究により見出された化合物である。このイソカルバサイクリンは、従来、先に記載したCorey合成法の中間体(Coreyラクトンと別称)より誘導され、多工程合成は避けられなかった。これに対して、本発明のα,β-不飽和ケトンへの置換基導入方法を利用して、上記合成ルートに示すにより、劇的に短い工程で合成することが可能となり、トータルの収率も飛躍的に向上する。
【0030】
以下に本発明を具体的に実施した実施例について詳述する。
(実施例1)
実施例1では、3成分連結法による5,6-デヒドロPGE2誘導体合成への適用として、下記化学反応式に従って、プロスタグランジン類化合物8を合成した。この5,6-デヒドロPGE2誘導体は天然PG類の一般的合成法および化学的に安定な人工PGであるイソカルバサイクリンを合成する鍵中間体となりうる。以下、詳細に述べる。
【0031】
【化9】
【0032】
反応中間体あるいは反応活性種は水や空気に対して極めて不安定であるため、無水条件下で十分に冷却して反応が行えるように、アルゴン気流下で行なった。3方コック、エノンおよびジメチル亜鉛を加えるための蛇菅、α鎖およびω鎖を加えるための口が備え付けられたアンプルを3成分連結法の反応容器として使用した。各反応基質はステンレス製カニュラを用いてアルゴン圧により、各反応試薬はガスタイトシリンジを用いて反応溶液に加えた。
【0033】
(S,E)-3-(tert-ブチルジメチルシロキシ)-1-(トリブチルスタニル)-1-オクテン(6, 266 mg, 0.500 mmol)のTHF溶液(1.5 mL)を50 mLアンプルに加えた。-85 ℃(液体窒素/メタノール)に冷却したのち、n-ブチルリチウム(1.55 Mヘキサン溶液,0.323 mL, 0.500 mmol)を加え、この温度で1時間かくはんしてビニルリチウムを調整した。この混合溶液にジメチル亜鉛(1.0 Mヘキサン溶液,0.50 mL, 0.50 mmol)を-85 ℃に冷却した蛇菅から加えた。10分間かくはんした後、(R)-4-(tert-ブチルジメチルシロキシ)-2-シクロペンテノン(5, 106 mg, 0.500 mmol)のTHF溶液(1.5 mL)を-85 ℃に冷却した蛇菅から10 分間かけて加え、THF(1.0 mL)で蛇菅をリンスした。この混合溶液をこの温度で1時間かくはんしている間に、プロパギルトリフラート(7)を次の手順にしたがって調製した。
【0034】
2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルピリジン(170 mg, 0.83 mmol)を別の二口の丸底フラスコに加え、フラスコ内をアルゴン気下にした。7-ヒドロキシ-5-ヘプチン酸メチル(117 mg, 0.600 mmol)のジエチルエーテル溶液(1.0 mL)を加えた。この混合溶液を-21 ℃(NaCl/氷)に冷却し、無水トリフルオロメタンスルホン酸(139μL, 0.83 mmol)のジエチルエーテル溶液(1.0 mL)を加えた。この温度で15分間かくはんした後、-78 ℃(ドライアイス/アセトン)に冷却した。ヘキサン(5.0 mL)を加えて5 分間かくはんし、析出した塩を10 mmの厚さのセライトで濾過し、濾液をアルゴン気下-78 ℃に冷却した30 mL二口の丸底フラスコに採取した。このセライトをヘキサン(8 mL)およびジエチルエーテル(1 mL)で洗浄し、集めた濾液は、1,4-付加反応が完結するまで-78 ℃に冷却した。
【0035】
こうして調整したトリフラート体7のヘキサンージエチルエーテル溶液を、1,4-付加反応生成物を含む50 mLアンプル菅に-78 ℃で加えた。この混合溶液を2時間かくはんした後、飽和NH4Cl水溶液で反応を止めた。得られた溶液をジエチルエーテル(3 × 5 mL)で抽出し、集めた有機層を水(10 mL)および飽和食塩水(10 mL)で洗浄し、Na2SO4で乾燥した。エバポレーターで濃縮した後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶離液:ヘキサン: 酢酸エチル 20:1)で溶出し、目的とする8(260.5 mg, 88%収率)を無色油状物として得た。
δH (400 MHz; CDCl3) -0.02, 0.04, 0.05, and 0.06 (s each, 12H, 4 CH3Si), 0.85~0.88 (m, 21H, 2 (CH3)3CSi and CH3), 1.19~1.51 (m, 8H, 4 CH2), 1.73~2.79 (m, 12H, 5 CH2 and 2 CH), 3.65 (s, 3H, CH3O), 4.06~4.12 (m, 2H, 2 CHO), 5.48~5.66 (m, 2H, vinyl);
δC (100 MHz; CDCl3) -4.75, -4.63, -4.58, -4.25, 14.07, 16.72, 18.06, 18.19, 18.23, 22.64, 24.12, 25.08, 25.78 (3C), 25.90 (3C), 31.85, 32.78, 38.48, 47.77, 51.53, 51.81, 52.94, 72.65, 73.07, 77.23, 80.85, 128.01, 136.94, 173.70, 213.96.
【0036】
(実施例2)
実施例2では、下記化学反応式に従い、プロスタグランジン類化合物10を合成した。プロスタグランジン類化合物10は、イソカルバサイクリンの合成と同様な操作により、(15R)-16-m-tolyl-17,18,19,20-tetranorisocarbacyclin(15R-TIC)に導くことが可能である。この15R-TICは、脳内プロスタサイクリン(IP2)受容体に結合し、脳神経保護作用を示す創薬化合物である以下、その合成手順について詳細に述べる。
【0037】
【化10】
【化11】
【0038】
(R,E)-3-[(tert-butylmethylsilyl)oxy]-4-[(3-methyl)phenyl]-1-tributylstannyl-1-butene(9)(1.85 g, 3.27 mmol)のTHF溶液(10 mL)を100 mLアンプルに加えた。-78 ℃(ドライアイス/アセトン)に冷却したのち、n-ブチルリチウム(1.56 Mヘキサン溶液, 2.10 mL, 3.27 mmol)を加え、この温度で1時間かくはんしてビニルリチウムを調整した。この混合溶液にジメチル亜鉛(1.0 Mヘキサン溶液, 3.3 mL, 3.3 mmol)を加えた。10分間かくはんした後、蛇菅付きフラスコを-98~-90℃(液体窒素/メタノール)に冷却し、(R)-4-(tert-ブチルジメチルシロキシ)-2-シクロペンテノン(5)(675 mg, 3.18 mmol)のTHF溶液(20 mL)を、シリンジポンプを用いて2時間かけて加え、THF(1.0 mL)で蛇菅をリンスした。この混合溶液をこの温度で30分間かくはんしている間に、7-ヒドロキシ-5-ヘプチン酸メチル(745 mg, 4.77 mmol)から対応するプロパギルトリフラート体(7)を実施例1の場合と同様にして調製した。
【0039】
調整したプロパギルトリフラート体(7)のTHF溶液(15 mL)を1,4-付加反応生成物を含む100 mLアンプル菅に-78 ℃で加えた。この混合溶液を1時間かくはんした後、飽和NH4Cl水溶液(10 mL)で反応を止めた。得られた溶液をジエチルエーテル(3 x 10 mL)で抽出し、集めた有機層を水(30 mL)および飽和食塩水(30 mL)で洗浄し、Na2SO4で乾燥した。エバポレーターで濃縮した後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶離液:ヘキサン: 酢酸エチル 15:1と9:1)で溶出し、目的とするプロスタグランジン類化合物(10)(1.58 g, 79%収率)を無色油状物として得た; δH (400 MHz; CDCl3) -0.27 (s, 3H, CH3), -0.17 (s, 3H, CH3), -0.06 (s,3H, CH3), -0.01 (s, 3H, CH3), 0.75 (s, 9H, 3CH3), 0.82 (s, 9H, 3CH3), 1.70~1.73 (m, 2H, CH2), 2.07~2.18 (m, 4H, 2CH2), 2.25 (s, 3H, CH3), 2.35 (dd, 2H, J = 7.5, 14.8 Hz, CH2), 2.54~2.73 (m, 5H, 2CH2 and CH), 3.60 (s, 3H, OCH3), 3.96~4.08 (m, 1H, CH), 5.44 (dd, 1H, J = 8.0, 15.5 Hz, vinyl), 5.60 (dd, 1H, J = 5.9 15.4 Hz, vinyl), 6.89-6.94 (m, 3H, aromatic), 7.06~7.10 (m, 1H, aromatic).
【0040】
(実施例3)
実施例3では、下記化学反応式に従って、プロスタグランジン類化合物12を合成した。この化合物も、プロスタグランジン類化合物10と同様、イソカルバサイクリンの合成法と同様な操作を経て15-deoxy-16-(m-tolyl)-17,18,19,20-tetranorisocarbacyclin (15-deoxy-TIC)へ導くことが可能である。この15-deoxy-TICは、脳内プロスタサイクリン(IP2)受容体に結合し、脳神経保護作用を示す創薬化合物である。以下、12の合成手順について詳細に述べる。
【化12】
【化13】
【0041】
(E)-4-[(3-methyl)phenyl]-1-tributylstannyl-1-butene(11)(2.76 g, 6.34 mmol)のTHF溶液(25 mL)を200mLアンプルに加えた。-78℃(ドライアイス/アセトン)に冷却したのち、n-ブチルリチウム(1.51Mヘキサン溶液,4.21 mL, 6.34 mmol)を加え、この温度で1時間かくはんしてビニルリチウムを調整した。この混合溶液にジメチル亜鉛(1.0 Mヘキサン溶液,6.1 mL, 6.1 mmol)を加えた。-30 °Cで10分間かくはんした後、蛇菅付きフラスコを-98~-90 ℃(液体窒素/メタノール)に冷却し、(R)-4-(tert-ブチルジメチルシロキシ)-2-シクロペンテノン(5)(1.27 g, 6.00 mmol)のTHF溶液(36 mL)を、シリンジポンプを用いて2時間かけて加え、THF(5 mL)で蛇菅をリンスした。この混合溶液をこの温度で30分間かくはんしている間に、7-ヒドロキシ-5-ヘプチン酸メチル(1.39 g, 8.93 mmol)から対応するプロパギルトリフラート体(7)を実施例1の場合と同様にして調製した。
調整したトリフラート体(7)のTHF溶液(15 mL)を1,4-付加反応生成物を含む200 mLアンプル菅に-78℃で加えた。この混合溶液を1時間かくはんした後、飽和NH4Cl水溶液(10 mL)で反応を止めた。得られた溶液をジエチルエーテル(3 x 10 mL)で抽出し、集めた有機層を水(30 mL)および飽和食塩水(30 mL)で洗浄し、Na2SO4で乾燥した。エバポレーターで濃縮した後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶離液:ヘキサン: 酢酸エチル 10:1)で溶出し、目的とするプロスタグランジン類化合物(12)(2.56 g, 86%収率)を無色油状物として得た。
【0042】
<評 価>
上記実施例1~3の結果から、有機亜鉛アート錯体による1,4-付加反応で生じたエノラート種は、反応残渣としてジメチル亜鉛を反応系に含み、クリーンなアルキル化の妨げとなるプロトン交換反応を完全に抑制するのみならず、α側鎖トリフラート体に対して十分な反応性を有し、添加剤を加えることなく化学量論的にほぼ1:1:1で結合するワンポット反応が実現できることが分かった。
【0043】
また、15R-TICおよび15-deoxy-TICの非天然型ω側鎖を用いて「3成分連結法」を行い、炭素骨格を合成した後、公知のイソカルバサイクリンの合成法に従って二環状構造を構築すれば、15R-TICおよび15-deoxy-TIC類の直裁的合成法が完成する。これまで報告されている合成法(従来の3 成分連結法およびCorey lactone経由の方法)では、15R-TIC: 22段階; 15-deoxy-TIC: 26段階、および15R-TIC: 27段階; 15-deoxy-TIC: 29段階であったのに対し、本発明の方法に繋げれば9段階という極めて短い工程数で合成することができる。
【0044】
-シクロペンタノンリチウムエノラート(1)のメチル化反応-
α,β-不飽和ケトンへの置換基の1,4付加反応後のα位へのアルキル化においては、水素交換反応によって異性化したり、副生成物が生じたりすることを防ぐことが重要なポイントとなる。どのような試薬や添加物を用いれば、α,β-不飽和ケトンへの1,4付加後のアルキル化反応において副反応を抑制することができるかを見出すための、THF中におけるシクロペンタノンリチウムエノラート(1)のメチル化反応(下記化学式参照)をモデルとして試験を行い、モノメチル化物(2)以外にジメチル化物(3)及び(4)がどの程度副生成物として生成するかを調べた。以下にその試験の内容を詳述する。
【0045】
【化14】
【0046】
THF中、シクロペンタノンのリチウムエノラートを様々なメチル化剤(試験1~4ではヨウ化メチル、試験5~7ではメチルトリフラート)を用い、様々な添加剤を添加してメチル化を行った(表1参照)。
【0047】
【表1】
【0048】
その結果、メチル化剤としてヨウ化メチルを用いた場合には、添加剤が無い場合、リチウムエノラートに対して5当量を加えたとしても、モノメチルケトン(2)は収率81%であり、その他に多メチルケトン(3,4)が15%副生することが分かった(試験1)。これに対し、添加剤としてHMPAを5当量添加した場合には、モノメチルケトン(2)が96%という高い収率で得られたが、なお多メチルケトン(3,4)も3%副生した(試験2)。一方、HMPA5当量の他にトリフェニルスズクロリドやジメチル亜鉛を添加した場合には、多メチルケトン(3,4)の生成を完全に抑えられることが分かった(試験3、4)。しかしながら、HMPAは人体にとって発がん性の危険性が指摘されており、トリフェニルスズクロリドについても、生体に対して毒性が高いという問題がある。
【0049】
一方、メチル化剤としてより活性なメチルトリフラート(CH3OTf)をリチウムエノラートに対して2当量を加えた場合、添加剤が無い場合でもモノメチルケトン(2)が98%と高収率で得られ、多メチルケトン(3,4)は僅かに2%となった(試験5)。さらに、添加剤としてジメチル亜鉛を1当量以上添加した場合、驚くことに多メチル体の副生は完全に押さえられ、反応性が低下することがなくメチルケトン(2)のみが定量的(100%)に得られた(試験6、7)。このようにジメチル亜鉛の共存により多アルキルケトンの生成をもたらす水素交換反応が完全に抑えられ、かつ、ジメチル亜鉛共存エノラートはメチルトリフラートに対して十分な反応性を持つことが分かった。
【0050】
この発明は上記発明の実施の態様及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明であるα,β-不飽和ケトンへの置換基導入方法を利用することにより、5,6-デヒドロPGE2誘導体(8)を合成することができる。、また、すべての天然PG類およびプロスタグランジン炭素骨格C6-C9環内二重結合を有する二環状構造を形成することにより、プロスタグランジンの頂点化合物を化学的に安定化したイソカルバサイクリンを効率的に合成できる。さらにイソカルバサイクリンのω側鎖を切断して側鎖を変換すれば脳内IP2受容体に特異的に結合する15R-TIC、15-deoxy-TICやPGI2の標的受容体(IP1)の捕獲・同定に有効な15S-APNICにも導くことができる。加えて、PG関連化合物以外にも拡張でき、原理的に、有用有機化合物の安全かつ高効率的な炭素骨格の合成にも広く利用することができる。
なお、薬効および副作用発現の個人差の一因になると考えられている薬物トランスポーターの機能の評価可能な方法論を確立する課題において、15R-TICの11C標識化合物は、陽電子放射断層撮影法によるヒトでの組織中薬物濃度の時間推移の定量的解析から薬物の組織移行及び排泄に関わる素過程の輸送能力の分離評価により胆肝系輸送に関わるトランスポーター機能を評価するための有効なPETプローブであることが示されている。