(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-07
(45)【発行日】2022-02-16
(54)【発明の名称】調節眼内レンズ
(51)【国際特許分類】
A61F 2/16 20060101AFI20220208BHJP
【FI】
A61F2/16
(21)【出願番号】P 2018187629
(22)【出願日】2018-10-02
【審査請求日】2020-09-17
(31)【優先権主張番号】P 2017193278
(32)【優先日】2017-10-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】517344251
【氏名又は名称】株式会社MIRAI EYE
(74)【代理人】
【識別番号】100114764
【氏名又は名称】小林 正樹
(72)【発明者】
【氏名】飽浦 淳介
【審査官】安田 昌司
(56)【参考文献】
【文献】特表2004-523316(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0260310(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2007/0005136(US,A1)
【文献】国際公開第2014/185136(WO,A1)
【文献】特開2014-140626(JP,A)
【文献】国際公開第2016/093896(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2008/0154364(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2006/0100703(US,A1)
【文献】特表2016-501620(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 2/00- 2/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
眼科手術において前嚢切開された水晶体嚢内に設置される調節眼内レンズであって、
光学部と、該光学部の周囲に配置され、該光学部を支持する一ないし複数の支持部とを備え、
前記支持部は、前嚢の内面に接する態様で設けられる前方支持部と、後嚢の内面に接する態様で設けられる後方支持部とからなり、前記支持部が有する弾性力により前記前方支持部が前嚢を押圧するとともに、前記後方支持部が後嚢を押圧するものとなされ、
前記前方支持部は、前記後方支持部に接続されている基端部から径方向内側前方に向けて延びたあと、径方向内側後方に向けて延びて、先端部が前記光学部の周縁部に接続され、
水晶体嚢が遠方視の状態の場合、前嚢による前記前方支持部に対する押圧力が増大すると、前記前方支持部が基端部の径方向の位置を維持しながら後方に撓むことによって、前記前方支持部の先端部が径方向の位置を維持しながら
水晶体嚢赤道部の中心位置より後方に移動し、それに伴って前記光学部が後方に移動する一方、
水晶体嚢が近方視の状態の場合、前嚢による前記前方支持部に対する押圧力が低下すると、前記前方支持部が弾性力により基端部の径方向の位置を維持しながら前方に戻ることによって、前記前方支持部の先端部が径方向の位置を維持しながら
水晶体嚢赤道部の中心位置より前方に移動し、それに伴って前記光学部が前方に移動することを特徴とする調節眼内レンズ。
【請求項2】
前記支持部は、前記前方支持部の基端部が径方向の位置を維持するための規制部材が設けられている請求項1に記載の調節眼内レンズ。
【請求項3】
前記規制部材は、隣り合う前記前方支持部の基端部同士を連結する態様に形成されている請求項2に記載の調節眼内レンズ。
【請求項4】
前記規制部材は、前記支持部の外面における水晶体嚢赤道部の高さ位置で径方向外側に突出する態様で形成されている請求項2または請求項3のいずれかに記載の調節眼内レンズ。
【請求項5】
前記前方支持部は、長さ方向に延びる孔部が形成されている請求項1から請求項4のいずれかに記載の調節眼内レンズ。
【請求項6】
前記前方支持部は、前記後方支持部よりも薄肉に形成されている請求項1から請求項5のいずれかに記載の調節眼内レンズ。
【請求項7】
前記前方支持部は、水晶体嚢が近方視の状態の場合、先端部が水晶体嚢赤道部の中心位置より前方に位置する一方、水晶体嚢が遠方視の状態の場合、先端部が水晶体嚢赤道部の中心位置より後方に位置する請求項1から請求項6のいずれかに記載の調節眼内レンズ。
【請求項8】
前記前方支持部は、周方向に延びる一ないし複数の切り欠きが形成されている請求項1から請求項7のいずれかに記載の調節眼内レンズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白内障手術、屈折矯正手術あるいは老視矯正手術として行われる水晶体嚢外摘出手術のような眼科手術において前嚢切開された水晶体嚢内に挿入される調節眼内レンズに関するものである。
【背景技術】
【0002】
通常、人の眼の焦点調節は、水晶体の厚みを変化させることによって行われている。
【0003】
水晶体Lは、
図11に示すように、直径が約9~11mm、厚みが約4~5mmの凸形状をした透明なレンズであり、虹彩Iの後方において透明な水晶体嚢Sに包まれた状態でチン小帯Zを介して毛様体Cに固定され、調節時に毛様体Cの動きに応じて、主に水晶体Lの前面の曲率を変化させることにより焦点を調節している。
【0004】
具体的な調節のメカニズムを説明すると、例えば遠方を見る場合では、
図11(b)に示すように、毛様体Cの毛様体筋Cmは弛緩しており、毛様体Cが水晶体嚢Sから離間する方向に引っ込んだ位置にある。この状態であることにより、毛様体Cと水晶体嚢赤道部Seの間に位置するチン小帯Zには比較的強い張力が生じる。このことによって、水晶体嚢赤道部Seは径方向外側に引っ張られるため、これに伴って水晶体嚢S内の水晶体Lの前面の曲率が小さくなることによって、遠方視時における焦点調節を行っている。
【0005】
一方、近くの物を見るように調節努力すると、
図11(a)に示すように、毛様体Cの毛様体筋Cmは収縮して毛様体Cが求心性(水晶体嚢赤道部Se方向)に突出し、毛様体Cが水晶体嚢Sに近接する方向に位置する。これによりチン小帯Zの張力が弱まるため、水晶体Lが本来持つ弾力性により前面の曲率が大きくなることによって、近方視時における焦点調節を行っている。
【0006】
このように毛様体Cの毛様体筋Cmが収縮および弛緩することに応じて、主に水晶体Lの前面の曲率を変化させ、眼に入る光を屈折させることによって焦点調節を行っている。なお、この調節のメカニズムにおいて、毛様体Cの毛様体筋Cmによる収縮機能および弛緩機能は、高齢になっても比較的よく保たれていることがわかっているが、その一方で水晶体Lの内容物である皮質や核は高齢になると硬化して柔軟性が失われ、水晶体Lの前面の曲率が変化しにくくなるため、遠方視時から近方視時にかけて随意に焦点を調節する力が失われてしまうこと(これを老視という)がわかっている。
【0007】
ところで、上記水晶体Lに生じる病気には、主に加齢が原因となって混濁する白内障という病気があり、多くの患者がこの白内障を治療するための白内障手術を受けている。この手術は、通常前嚢Sfに円形状の孔を切開して、そこから超音波水晶体乳化吸引術により混濁した水晶体Lの内容物を摘出し、切開した状態の透明な水晶体嚢Sだけを残してこの水晶体嚢S内に眼内レンズを挿入するという方法が適用されている。この方法による白内障手術は、現在日本で年間100万人以上、米国で年間300万人以上の患者に対して施されており、ここに用いられる眼内レンズには様々なものが提案されている
【0008】
例えば、特許文献1に記載の眼内レンズは、いわゆる調節眼内レンズと呼ばれるものであって、光学部(光学レンズ42)と支持部(光学レンズ位置決め部品46)からなり、該支持部は前方部分、後方部分、前方部分および後方部分を連結する湾曲部を備え、光学部と支持部の前方部分が触覚腕を介して連結されている。これにより、遠方視および近方視のときの水晶体嚢の動きに応じて支持部が撓むことによって、光学部が前後方向に移動するようになっている(特許文献1の
図7、
図8参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記調節眼内レンズは、支持部(特に湾曲部)が水晶体嚢の動きに応じて、単純に径方向に広がったり狭まったりする構造に過ぎないため、微弱な焦点調節機能しか発揮できず、読書から車の運転までメガネなしで見ることのできる実用的な焦点調節機能を発現させにくかった。このため、毛様体筋の収縮や弛緩という微弱な力でひき起こされる水晶体嚢の微小な動きを捉えて、それを光学部の比較的大きな動きに増幅して実用的な焦点調節機能を発現する調節眼内レンズが切望されていた。
【0011】
このことをさらに具体的に説明すると、生理的に正常な水晶体の水晶体嚢は、最もよく動く所(前嚢の中央部)でも最大0.4mmぐらいしか動かず、手術によって前嚢中央部が直径5mm程度の大きさで円形に切除され、残った水晶体赤道部に近い水晶体嚢はよく動いても0.25mmぐらいしか動かないことがわかっている。したがって、調節眼内レンズの光学部が水晶体嚢の動きに単純に従って動くだけでは弱い調節力しか生み出せない。
【0012】
例えば、グルストランドの横型眼の水晶体全体および等質核水晶体を、調節眼内レンズの屈折力として典型的である22ジオプタの屈折力に置き換えて光線追跡法で計算すると、調節眼内レンズの光学部が0.25mm動くとき、0.5ジオプタの調節力しか生み出せないことが分かる。
【0013】
読書に適する眼前33cmの距離から無限遠までの焦点調節を行うには3ジオプタ必要である。一方、人間の眼には、瞳孔の収縮によるピンホール効果や角膜の多焦点性質などによる偽調節力が2ジオプタ程度あるとされている。このため、調節眼内レンズが生み出す焦点調節力は1ジオプタあればよく、偽調節力の2ジオプタに調節眼内レンズの1ジオプタを加えれば3ジオプタになり、読書からパソコン作業、車の運転まで実用的な最小限の焦点調節力が得られる。
【0014】
典型的な22ジオプタの屈折力をもつ調節眼内レンズが1ジオプタ以上の調節力を生み出すのに必要な調節眼内レンズの光学部の移動量をグルストランド模型眼を使って光線追跡法で計算すると、光学部は0.5mm以上動かなければならないと確認できる。
【0015】
したがって、調節眼内レンズが実用的な焦点調節力を発揮するためには、0.25mm程度の水晶体嚢の微小な動きを提えて、それを0.5mm以上の光学部の移動に増幅する何らかの増幅機能を持つ必要がある。
【0016】
本発明は、上述の技術的背景に鑑みてなされたものであって、水晶体嚢の微小な動きを捉えて、光学部の大きな移動に増幅することができ、ひいては実用的な焦点調節機能を発揮することが可能な調節眼内レンズを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、上記目的を達成するために、眼科手術において前嚢切開された水晶体嚢内に設置される調節眼内レンズであって、光学部と、該光学部の周囲に配置され、該光学部を支持する一ないし複数の支持部とを備える。前記支持部は、前嚢の内面に接する態様で設けられる前方支持部と、後嚢の内面に接する態様で設けられる後方支持部とからなり、前記支持部が有する弾性力により前記前方支持部が前嚢を押圧するとともに、前記後方支持部が後嚢を押圧するものとなされる。前記前方支持部は、前記後方支持部に接続されている基端部から径方向内側前方に向けて延びたあと、径方向内側後方に向けて延びて、先端部が前記光学部の周縁部に接続される。水晶体嚢が遠方視の状態の場合、前嚢による前記前方支持部に対する押圧力が増大すると、前記前方支持部が基端部の径方向の位置を維持しながら後方に撓むことによって、前記前方支持部の先端部が径方向の位置を維持しながら後方に移動し、それに伴って前記光学部が後方に移動する。一方、水晶体嚢が近方視の状態の場合、前嚢による前記前方支持部に対する押圧力が低下すると、前記前方支持部が弾性力により基端部の径方向の位置を維持しながら前方に戻ることによって、前記前方支持部の先端部が径方向の位置を維持しながら前方に移動し、それに伴って前記光学部が前方に移動する。
【0018】
これによれば、支持部の弾性力により、前方支持部が前嚢の内面を押圧するとともに、後方支持部が後嚢の内面を押圧することによって、水晶体嚢赤道部の周辺部分が前後方向に伸展拡張しようとして水晶体嚢赤道部が広がると同時に、水晶体嚢赤道部が求心性に移動して、水晶体嚢赤道部の径が縮まる。これによりチン小帯は水晶体嚢側と毛様体側の両方向に引っ張られ、チン小帯に緊張が持続的に付与される。このため、チン小帯が毛様体の毛様体筋の僅かな収縮および弛緩を水晶体嚢に伝達することができる。
【0019】
また、水晶体嚢が遠方視の状態の場合、前嚢による前記前方支持部に対する押圧力が増大すると、前記前方支持部が後方に大きく撓むことによって、前記前方支持部の先端部が前嚢の移動量よりも大きく後方に移動し、それに伴って前記光学部が後方に大きく移動することができる。一方、水晶体嚢が近方視の状態の場合、前嚢による前記前方支持部に対する押圧力が低下すると、前記前方支持部が弾性力により元の状態に戻ることによって、前記前方支持部の先端部が前嚢の移動量よりも大きく前方に移動し、それに伴って前記光学部が前方に大きく移動することができる。このため、水晶体嚢の微小な動きを捉えて光学部の大きな移動に増幅することができ、実用的な焦点調節機能を発現させることが可能となる。
【0020】
また、前記支持部は、前記前方支持部の基端部が径方向の位置を維持するための規制部材が設けられていてもよい。例えば、前記規制部材は、隣り合う前記前方支持部の基端部同士を周方向に連結する態様に形成されていることが挙げられる。あるいはまた、前記規制部材は、前記支持部の外面における水晶体嚢赤道部の高さ位置で突出する態様で形成されていることが挙げられる。これによれば、前方支持部が基端部の径方向外側に移動することが規制されるため、前方支持部が基端部の径方向の位置を維持しながら後方に撓んだり、前方に戻ったりすることを確実に行うことができる。
【0021】
また、前記前方支持部は、長さ方向に延びる孔部が形成されていてもよい。これによれば、前方支持部は、前記後方支持部に比べて剛性が小さくて撓み易い形状となるため、基端部の径方向の位置を維持しながら後方に撓んだり、前方に戻ったりすることを確実に行うことができる。
【0022】
また、前記前方支持部は、前記後方支持部よりも薄肉に形成されていてもよい。これによれば、前方支持部は、後方支持部に比べて剛性が小さくて撓み易い形状となるため、基端部の径方向の位置を維持しながら後方に撓んだり、前方に戻ったりすることを確実に行うことができる。
【0023】
また、前記前方支持部は、水晶体嚢が近方視の状態の場合、先端部が水晶体嚢赤道部の中心位置より前方に位置する一方、水晶体嚢が遠方視の状態の場合、先端部が水晶体嚢赤道部の中心位置より後方に位置してもよい。これによれば、光学部が後方または前方により一層大きく移動するため、焦点調節機能をより一層効果的に発現させることができる。
【0024】
また、前記前方支持部は、幅方向に延びる一ないし複数の切り欠きが形成されていてもよい。これによれば、前方支持部が切欠きにより容易に撓んだり、元の状態に戻ったりするため、水晶体嚢の微小な動きにより焦点調節機能をより一層効果的に発現させることができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、支持部の弾性力により、前方支持部が前嚢の内面を押圧するとともに、後方支持部が後嚢の内面を押圧することによって、水晶体嚢赤道部の周辺部分が前後方向に伸展拡張しようとして水晶体嚢赤道部が広がると同時に、水晶体嚢赤道部が求心性に移動して、水晶体嚢赤道部の径が縮まる。これによりチン小帯は水晶体嚢側と毛様体側の両方向に引っ張られ、チン小帯に緊張が持続的に付与される。このため、チン小帯が毛様体の毛様体筋の僅かな収縮および弛緩を水晶体嚢に伝達することができる。
【0026】
また、水晶体嚢が遠方視の状態の場合、前嚢による前記前方支持部に対する押圧力が増大すると、前記前方支持部が後方に大きく撓むことによって、前記前方支持部の先端部が前嚢の移動量よりも大きく後方に移動し、それに伴って前記光学部が後方に大きく移動することができる。一方、水晶体嚢が近方視の状態の場合、前嚢による前記前方支持部に対する押圧力が低下すると、前記前方支持部が弾性力により元の状態に戻ることによって、前記前方支持部の先端部が前嚢の移動量よりも大きく前方に移動し、それに伴って前記光学部が前方に大きく移動することができる。このため、水晶体嚢の微小な動きを捉えて光学部の大きな移動に増幅することができ、実用的な焦点調節機能を発現させることが可能となる。
【0027】
而して、水晶体嚢に緊張が付与され、水晶体嚢が柔軟性を保って変形可能な状態のもと、毛様体の毛様体筋の微弱な収縮および弛緩がチン小帯を介して水晶体嚢に伝達され、近方視・遠方視のいずれの際も、水晶体嚢の微小な動きを捉えて光学部の前後方向の大きな移動に増幅することができ、実用的な焦点調節機能を発現させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る調節眼内レンズの斜視図である。
【
図5】
図1の調節眼内レンズの近方視と遠方視の状態を示す縦断面図である。
【
図6】第2の実施形態に係る調節眼内レンズの斜視図である。
【
図7】第3の実施形態に係る調節眼内レンズの縦断面図である。
【
図8】第4の実施形態に係る調節眼内レンズの斜視図である。
【
図9】第5の実施形態に係る調節眼内レンズの縦断面図である。
【
図10】第6の実施形態に係る調節眼内レンズの縦断面図である。
【
図11】人の眼における焦点調節時の動きを示す縦断面図である。
【
図12】調節眼内レンズのコンピュータシミュレーションを示す縦断面図である。
【
図13】
図12のコンピュータシミュレーションの結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
<第1の実施形態>
次に、本発明に係る調節眼内レンズ(以下、本レンズ1という)の第1の実施形態について
図1~
図5を参照しつつ説明する。なお、各図面の上方を人の眼の前方とし、各図面の下方を人の眼の後方として説明する。
【0030】
本レンズ1は、
図1~
図4に示すように、光学部10と、該光学部10の周囲に配置され、該光学部10を支持する9個の支持部20とを備え、
図5に示すように、眼科手術において前嚢切開された水晶体嚢S内に設置されるものである。
【0031】
前記光学部10は、シリコン、アクリル、ハイドロジェル、PMMA、HEMA、あるいはヒドロ・ポリマー等の合成樹脂素材からなり、直径w1が4~7mmの平面視円形の凸状レンズである。なお、光学部10の形状や材質は、これらに限定されるものではなく、その他の形状や材質であってもよい。
【0032】
前記支持部20は、いずれも前嚢Sfの内面に接する態様で設けられる前方支持部21と、後嚢Sbの内面に接する態様で設けられる後方支持部22とからなり、本レンズ1の周方向に沿って一定間隔を空けながら並んで配置されている。
【0033】
また、前記支持部20は、いずれも本レンズ1の周方向の幅が1mm、本レンズ1の前後方向の全体の高さが3.5mm、厚みが0.2mmに形成されている。この本レンズ1の高さは、本レンズ1が水晶体嚢S内に設置された際に僅かに前後方向に撓む程度の高さである。
【0034】
また、前記支持部20は、所定の弾性力を有する可撓性の素材(例えば、ゴム硬度(Aスケール)が20~90度、好ましくは40~70度)からなり、水晶体嚢S内に設置された際、前方支持部21が水晶体嚢Sの動きに応じて後方に撓むものとなされている。この支持部20の具体的な撓み動作については後述するが、毛様体筋の力が2gfと言われているため、前方支持部21と前嚢Sfが接している部分を0.5mm動かした場合の反力が0.5~5gfが最適であり、これをバネ定数で表すと9.8~98N/mになる。
【0035】
前記前方支持部21は、後方支持部22に接続されている基端部21aから径方向内側前方に向けて緩やかに湾曲しながら延びたあと、屈曲部21cにおいて急峻に湾曲し、径方向内側後方に向けて緩やかに湾曲しながら延びて、先端部21bが光学部10の周縁部に接続される態様に形成されている。この前方支持部21は、前後方向の高さh1(基端部21aから湾曲部21cまでの高さ)が1.25~2.25mm、径方向の奥行w2(基端部21aから先端部21bまでの奥行)が1.0mm~2.75mmの大きさに形成されている。
【0036】
前記後方支持部22は、前方支持部21に接続されている基端部22aから径方向内側後方に向けて緩やかに湾曲しながら延びる態様に形成されている。この後方支持部22は、前後方向の高さh2(基端部22aから先端部22bまでの高さ)が1.0~2.0mmの大きさに形成されている。なお、後方支持部22は、隣り合うもの同士において先端部22bが互いに連結部23を介して連結されており、水晶体嚢S内に設置された際、後嚢Sbの内面に安定良く設置されるようになっている。
【0037】
前記前方支持部21(基端部21a)と前記後方支持部22(基端部22a)の境界部分は、支持部20において径方向で最も外側に位置する部分を指す。この前方支持部21と後方支持部22の境界部分付近が前後方向に直線状になっている場合には、当該直線状の部分の中央部が境界部分となる。なお、
図4および
図5では、当該境界部分を明確にするための仮想線を図示している。
【0038】
次に、本レンズ1を水晶体嚢S内に設置する方法について説明する。
【0039】
眼科手術において前嚢Sfが切開された水晶体嚢S内にインジェクターやピンセットにより本レンズ1を挿入したあと、本レンズ1の前方支持部21(前嚢接触部21d)が水晶体嚢Sの前嚢Sfの内面に接し、かつ後方支持部22が水晶体嚢Sの後嚢Sbの内面に接するとともに、光学部10が水晶体嚢Sの赤道部付近の高さ位置において前後方向に垂直となるように設置する。このとき前方支持部21における前嚢接触部21dは湾曲部21cより基端部21a側に位置している。
【0040】
この際、本レンズ1は、長さが水晶体嚢Sの前後方向の長さよりも僅かに長くなるように形成されているため、
図5に示すように、水晶体嚢S内において僅かに前後方向に撓む状態となり、支持部20が有する弾性力によって、前方支持部21が前嚢Sfを押圧するとともに、後方支持部22が後嚢Sbを押圧する。
【0041】
而して、水晶体嚢赤道部Seの周辺部分が前後方向に伸展拡張しようとして水晶体嚢赤道部Seが広がると同時に、水晶体嚢赤道部Seが径方向内側の求心性に移動して、水晶体嚢赤道部Seの径が縮まる。これによりチン小帯Zは水晶体嚢S側と毛様体C側の両方向に引っ張られ、チン小帯Zに緊張が持続的に付与され、その結果、水晶体嚢Sに緊張が付与される。このため、チン小帯Zが毛様体Cの毛様体筋Cmの僅かな収縮および弛緩を水晶体嚢Sに伝達することができる。
【0042】
次に、本レンズ1の遠方視および近方視の状態の場合の動作について、
図5を参照しつつ説明する。
【0043】
なお、
図5において、上図は本レンズ1の近方視の状態を示す縦断面図であり、下図は本レンズ1の遠方視の状態を示す縦断面図である。また、
図5の上図の点線は、遠方視の状態の水晶体嚢Sの仮想線を示し、
図5の上図および下図の一点鎖線は、前方支持部21の基端部21aと先端部21bの径方向の位置が一致することを示す。
【0044】
水晶体嚢Sが遠方視の状態の場合、
図5の上図に示すように、毛様体Cの毛様体筋Cmが収縮して径方向内側に求心性に突出し、チン小帯Zの緊張の度合いが低下した状態(近方視の状態)から、
図5の下図に示すように、毛様体Cの毛様体筋Cmが弛緩して毛様体Cが径方向外側に位置することによりチン小帯Zを介して水晶体嚢Sを引っ張ることによって、チン小帯Zの緊張の度合いが高まった状態になる。このため、水晶体嚢赤道部Seの周辺部分の緊張が高くなり、前嚢Sfおよび後嚢Sbによる前方支持部21および後方支持部22の押圧力が増大し、水晶体嚢Sが径方向に広がりながら前嚢Sfが後方に移動しようとする。
【0045】
この際、前方支持部21の前嚢接触部21dが前嚢Sfから径方向内側後方に向かって押圧力を受けると、前方支持部21の基端部21aが支点となって、前嚢接触部21dが前嚢Sfに押されるようにして径方向内側後方に移動していく。このとき、水晶体嚢S内において前方支持部21の基端部21aが径方向および前後方向の位置を維持し、かつ前方支持部21の先端部21bが光学部10により径方向の位置を維持しているため、前方支持部21の全体が後方に大きく撓んだ状態となって、前方支持部21の先端部21bが前嚢Sfの移動量よりも大きく後方に向かって移動し、それに伴って光学部10も大きく後方に移動することができる。
【0046】
一方、水晶体嚢Sが近方視の状態の場合、
図5の下図に示すように、毛様体Cの毛様体筋Cmが弛緩して毛様体Cが径方向外側に位置することによりチン小帯Zを介して水晶体嚢Sを引っ張ることによって、チン小帯Zの緊張の度合いが高まった状態(遠方視の状態)から、
図5の上図に示すように、毛様体Cの毛様体筋Cmが収縮して径方向内側に求心性に突出し、チン小帯Zの緊張の度合いが低下した状態になる。このため、水晶体嚢赤道部Seの周辺部分の緊張が弛むため、前嚢Sfおよび後嚢Sbによる前方支持部21および後方支持部22の押圧力が低下する。
【0047】
この際、本レンズ1の前方支持部21は、前方支持部21の基端部21aが支点となって、前嚢接触部21dが前方支持部21の弾性力により前嚢Sfを押し返すようにして径方向外側前方に移動していく。このとき、水晶体嚢S内において前方支持部21の基端部21aが径方向および前後方向の位置を維持し、かつ前方支持部21の先端部21bが径方向の位置を維持しているため、前方支持部21が元の状態(
図5上図の近方視の状態)に戻ることによって、前方支持部21の先端部21bが前嚢Sfの移動量よりも大きく前方に向かって移動し、それに伴って光学部10も大きく前方に移動することができる。
【0048】
この点、従来の調節眼内レンズでは、水晶体嚢Sが遠方視または近方視の状態の場合、前嚢Sfが支持部20に対する径方向内側後方の押圧力が増大または低下すると、支持部20全体が径方向に広がったり狭まったりして、水晶体嚢Sの微小な動きをそのまま光学部10に伝達するだけで、本件発明のように水晶体嚢Sの微小な動きを光学部10の移動に増幅する構造ではなかった。このため、光学部10が後方または前方に大きく移動することができず、実用的な焦点調節機能を発揮させることができなかった。
【0049】
しかしながら、本レンズ1では、上述のように前方支持部21の先端部21bが前嚢Sfの移動量よりも大きく前後方向に移動し、それに伴って光学部10も大きく前後方向に移動するため、水晶体嚢Sの微小な動きを捉えて光学部10の前後方向の大きな移動に増幅することができ、実用的な焦点調節機能を発揮させることが可能となる。
【0050】
本実施形態における図面上の計算によると、本レンズ1では、2~2.5倍の増幅機能を有しており、0.25mmの前嚢Sfの動きが0.5~0.625mmの光学部10の動きに増幅され、光学部10の度数が一般的な22ジオプタの時、実用的な調節力である1.0~1.25ジオプタの調節が得られる。
【0051】
特に本実施形態では、前記前方支持部21は、水晶体嚢Sが近方視の状態の場合、先端部21bが水晶体嚢赤道部Seの中心位置より前方に位置する一方、水晶体嚢Sが遠方視の状態の場合、先端部21bが水晶体嚢赤道部Seの中心位置より後方に位置する。このため、光学部10が後方または前方により一層大きく移動するため、焦点調節機能をより一層効果的に発現させることができる。
【0052】
なお、前方支持部21の基端部21aが径方向の位置を維持する状態は、径方向の位置を完全に維持する状態だけでなく、本レンズ1の全体径の10%の範囲内で径方向に移動する場合も含まれるものとする。また、前方支持部21の基端部21aが前後方向の位置を維持する状態は、前後方向の位置を完全に維持する状態だけでなく、本レンズ1の前後方向の全体高さの10%の範囲内で前後方向に移動する場合も含まれるものとする。さらに、前方支持部21の先端部21bが径方向の位置を維持する状態は、径方向の位置を完全に維持する状態だけでなく、本レンズ1の全体径の8%の範囲内で径方向に移動する場合も含まれるものとする。
【0053】
<第2の実施形態>
次に、本レンズ1の第2の実施形態について
図6を参照しつつ説明する。なお、以下では上記の実施形態と異なる構成についてのみ説明することとし、同一の構成については説明を省略して同一の符号を付すこととする。
【0054】
本実施形態では、前方支持部21は、後方支持部22に接続されている基端部21aが径方向の位置を維持するための規制部材25が設けられている。この規制部材25は、隣り合う前方支持部21の基端部21a同士を周方向に連結する態様に形成されている。
【0055】
これによれば、前方支持部21が基端部21aの径方向外側に移動することが規制されるため、前方支持部21が基端部21aの径方向の位置を維持しながら後方に撓んだり、前方に戻ったりすることを確実に行うことができる。
【0056】
<第3の実施形態>
次に、本レンズ1の第3の実施形態について
図7を参照しつつ説明する。
【0057】
本実施形態では、前方支持部21は、後方支持部22に接続されている基端部21aが径方向の位置を維持するための規制部材26が設けられている。この規制部材26は、前記前方支持部21の外周面における水晶体嚢赤道部Seの高さ位置で径方向外側に突出する態様に形成され、水晶体嚢赤道部Seに接するように配置される。
【0058】
これによれば、前方支持部21が基端部21aの径方向外側に移動することが規制されるため、前方支持部21が基端部21aの径方向の位置を維持しながら後方に撓んだり、前方に戻ったりすることを確実に行うことができる。
【0059】
<第4の実施形態>
次に、本レンズ1の第4の実施形態について
図8を参照しつつ説明する。
【0060】
本実施形態では、前方支持部21は、長さ方向に延びる孔27が形成されている。
【0061】
これによれば、、前方支持部21は、後方支持部22に比べて剛性が小さくて撓み易い形状となるため、基端部21aの径方向の位置を維持しながら後方に撓んだり、前方に戻ったりすることを確実に行うことができる。
【0062】
<第5の実施形態>
次に、本レンズ1の第5の実施形態について
図9を参照しつつ説明する。
【0063】
本実施形態では、前記前方支持部21は、前記後方支持部22よりも薄肉に形成されている。
【0064】
これによれば、前方支持部21は、後方支持部22に比べて剛性が小さくて撓み易い形状となるため、基端部21aの径方向の位置を維持しながら後方に撓んだり、前方に戻ったりすることを確実に行うことができる。
【0065】
<第6の実施形態>
次に、本レンズ1の第6の実施形態について
図10を参照しつつ説明する。
【0066】
本実施形態では、 前方支持部21は、後方支持部22に接続されている基端部21aの内面、急峻に湾曲している湾曲部21cの内面と、光学部10に連結されている先端部21bの外面(光学部10が存在している側の面)とにおいて、周方向に延びる切り欠き21eが形成されている。
【0067】
これによれば、各切り欠き21eがヒンジのように機能することにより、前方支持部21が容易に撓んだり、前方に戻ったりするため、水晶体嚢Sの微小な動きより焦点調節機能をより一層効果的に発現させることができる。
【0068】
以上、図面を参照して本発明の実施形態を説明したが、本発明は、図示した実施形態のものに限定されない。図示された実施形態に対して、本発明と同一の範囲内において、あるいは均等の範囲内において、種々の修正や変形を加えることが可能である。
【実施例】
【0069】
上記実施形態に係る本レンズ1を
図12に示すようにコンピュータシミュレーションを行った。なお、
図12において、本レンズ1の上側に2つの曲線が描かれているが、これらはグルストランド(Gullstrand)の模擬眼から得た前嚢の形と接触位置の移行状態を表わしたものである。
【0070】
前嚢と前方支持部21が接触する作用点の前後方向の移動量L1と、光学部10の前後方向の移動量L2を測定したところ、
図13に示すように、作用点の移動量L1に比べてレンズ光学部の移動量L2が大きいことを確認し、また切り欠き21eがある場合の方が切り欠き21eがない場合に比べてレンズ光学部の移動量L2がさらに大きいことを確認した。
【符号の説明】
【0071】
1…本レンズ
10…光学部
20…支持部
21…前方支持部
21a…基端部
21b…先端部
21c…湾曲部
21d…前嚢接触部
22…後方支持部
22a…基端部
22b…先端部