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特許7020910改変アミノアシルtRNA合成酵素およびその用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-07
(45)【発行日】2022-02-16
(54)【発明の名称】改変アミノアシルtRNA合成酵素およびその用途
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/00 20060101AFI20220208BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20220208BHJP
   C12N 15/52 20060101ALI20220208BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20220208BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20220208BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20220208BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220208BHJP
   C12P 21/00 20060101ALI20220208BHJP
【FI】
C12N9/00
C12N15/09 Z
C12N15/52 Z ZNA
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12P21/00 C
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2017506512
(86)(22)【出願日】2016-03-11
(86)【国際出願番号】 JP2016057707
(87)【国際公開番号】W WO2016148044
(87)【国際公開日】2016-09-22
【審査請求日】2019-03-04
(31)【優先権主張番号】P 2015051202
(32)【優先日】2015-03-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003311
【氏名又は名称】中外製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【弁理士】
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【弁理士】
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【弁理士】
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【弁理士】
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】太田 淳
(72)【発明者】
【氏名】山岸 祐介
(72)【発明者】
【氏名】松尾 篤
【審査官】佐藤 巌
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-528824(JP,A)
【文献】国際公開第2009/038195(WO,A1)
【文献】HARTMAN, M.C.T. et al.,Plos One,2007年,Vol.2, No.10,Article No.e972(pp.1-15)
【文献】HARTMAN, M.C.T. et al.,Proc. Natl. Acad. Sci. USA,2006年,Vol.103, No.12,pp.4356-4361
【文献】FUKUNAGA, R. and YOKOYAMA, S.,J. Biol. Chem.,2005年,Vol.280, No.33,pp.29937-29945
【文献】FUKAI, S. et al.,Cell,2000年,Vol.103,pp.793-803
【文献】STAROSTA, A.L. et al.,Cell Reports,2014年,Vol.9,pp.476-483
【文献】Valine--tRNA ligase [Thermus thermophilus],GenBank/GenPept, accession no. P96142,2015年01月10日,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/protein/P96142.2?report=girevhist, [retrieved on 2021-01-27], Retrieved from the Internet
【文献】HOUNTONDJI, C. et al.,Eur. J. Biochem.,2000年,Vol.267,pp.4789-4798
【文献】HOUNTONDJI, C. et al.,Biochemistry,2002年,Vol.41,pp.14856-14865
【文献】FUKAI, S. et al.,RNA,2003年,Vol.9,pp.100-111
【文献】LASSAK, J. et al.,Mol. Microbiol.,2015年11月05日,Vol.99, No.2,pp.219-235
【文献】YANAGISAWA, T. et al.,Chem. Biol.,2008年,Vol.15,pp.1187-1197
【文献】KOBAYASHI, T. et al.,J. Mol. Biol.,2009年,Vol.385,pp.1352-1360
【文献】生物学辞典,第1版,2010年,第451、478-479、1267及び1387頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00ー15/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
大腸菌由来の野生型ValRSの(a)43位アスパラギンに相当する部位に位置するアミノ酸がグリシンまたはアラニン、および/または(b)45位スレオニンに相当する部位に位置するアミノ酸がセリンであるValRSのアミノ酸配列を含み、N-メチルバリンによりtRNAをアシル化する活性を有するポリペプチド(ただし、ValRSのアミノ酸配列において大腸菌由来の野生型ValRSの43位アスパラギンに相当する部位に位置するアミノ酸がアラニンであり、かつ41位プロリンに相当する部位に位置するアミノ酸がグリシンであるアミノ酸配列を含むポリペプチドを除く)
【請求項2】
下記(a)および(b)で構成される群から選択される、請求項1に記載のポリペプチド。
(a) 配列番号:3、4、5、182および183からなる群から選択されるアミノ酸配列を含むポリペプチド
(b) 配列番号:3、4、5、182および183からなる群から選択されるアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド
【請求項3】
配列番号:3、4、5、182および183からなる群から選択されるアミノ酸配列を含むポリペプチド。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項5】
請求項4に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項6】
請求項4に記載のポリヌクレオチドまたは請求項5に記載のベクターを含む宿主細胞。
【請求項7】
請求項6に記載の宿主細胞を培養する工程を含む、請求項1~3のいずれかに記載のポリペプチドを製造する方法。
【請求項8】
N-メチルバリンでアシル化されたtRNAの製造方法であって、請求項1~3のいずれかに記載のポリペプチドの存在下、N-メチルバリンおよびtRNAを接触させる工程を含む方法。
【請求項9】
N-メチルバリンを含むポリペプチドを製造する方法であって、請求項1~3のいずれかに記載のポリペプチドおよびN-メチルバリンの存在下、翻訳を行う工程を含む方法。
【請求項10】
前記翻訳を行う工程が、無細胞翻訳系で行われる請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、天然型アミノアシルtRNA合成酵素(aminoacyl-tRNA synthetase;ARS)よりも、N-メチルアミノ酸を対応するtRNAにアミノアシル化する効率が上昇したアミノアシルtRNA合成酵素およびその用途に関する。より具体的には本発明は、天然型ARSよりも、N-メチル-フェニルアラニン、N-メチル-バリン、N-メチル-セリン、N-メチル-スレオニン、N-メチルートリプトファン、N-メチルーロイシンの6つのN-メチル置換アミノ酸を対応するtRNAにより効率良くアミノアシル化することができるアミノ酸配列が改変されたアミノアシルtRNA合成酵素およびその用途に関する。本発明のアミノ酸配列が改変されたアミノアシルtRNA合成酵素により、N-メチルアミノ酸を選択的に、かつ位置選択的に含有するペプチドを高効率で製造することができる。
【背景技術】
【0002】
地球上の生物は一般的に、DNA (=情報貯蔵物質)の情報が、RNA (=情報伝達物質) を介して、タンパク質(=機能物質)の構造ならびにその構造によって生じる機能を規定している。ポリペプチドやタンパク質は20種類のアミノ酸からなるが、4種類のヌクレオチドからなるDNAからRNAに情報が転写され、その情報がアミノ酸に翻訳され、それらがポリペプチドやタンパク質を構成する。
【0003】
翻訳の際、3文字のヌクレオチドの並びを1種のアミノ酸に対応させるアダプターとしての役割を果たすのがtRNAであり、tRNAとアミノ酸との結合に関与するのが、アミノアシルtRNA合成酵素(aminoacyl-tRNA syathetase;ARS)である。
【0004】
ARSはアミノ酸とtRNAとを特異的に結合させる酵素であり、生物種毎に、一部の例外を除き天然に存在する20種類のアミノ酸それぞれに対応して20種類のARSが存在し、任意のコドンに対応するアンチコドンを有するtRNAを、20種類のタンパク性アミノ酸のうちコドンに割りつけられた特定のアミノ酸で正確にアシル化する。すなわち、ある特定のアミノ酸に対応するtRNA合成酵素は、当該アミノ酸のtRNAを他のアミノ酸のtRNAから識別してこれに当該アミノ酸にしか結合させず、他のアミノ酸とは結合させない。
【0005】
mRNAのポリペプチド鎖への翻訳では、対応するアミノ酸が結合したtRNA(アミノアシルtRNA)が、mRNAの開始コドンから順に対応して、リボソーム上でmRNAと水素結合し、次のコドンに対応して結合した隣接アミノアシルtRNA上のアミノ酸にペプチジル転移する。転移によりアミノ酸が外れた、先のtRNAは、mRNAから遊離し、再び対応するアミノ酸との結合をARSにより触媒される。mRNAのストップコドンに至ると、終結因子と呼ばれるタンパク質がやってきて翻訳は終了し、ポリペプチド鎖がリボソームから開放される。生体内のタンパク質はこれらの過程を経て製造される。そして生体内でそれぞれ重要な生理機能を発揮する。
【0006】
一方、同じ生体内で生理活性を発揮する医薬品の分野では、従来の分子量500未満の低分子化合物では難しいとされてきた創薬分野への、中分子と呼ばれる分子量500~2000の化合物による、新たな医薬品創出の可能性が期待されている。例えば、天然物由来の中分子薬剤であるシクロスポリンAはその代表例であり、11残基から成る微生物が産生するペプチドで、細胞内標的であるサイクロフィリンを阻害する、経口投与可能なペプチドである。
【0007】
シクロスポリンAのペプチドの特徴として、「N-メチルアミノ酸」という非天然型アミノ酸を構成成分に含むことが挙げられる。これに端を発し、近年、N-メチルアミノ酸をペプチドに導入することでペプチドのdrug-likenessを高め、さらにそれを創薬へ応用する研究が複数報告されている(非特許文献1,2,3)。特に、N-メチルアミノ酸の導入は水素結合供与性水素の減少、プロテアーゼ耐性の獲得、コンフォーメーションの固定化につながり、膜透過性や代謝安定性に寄与することも知られるようになった(非特許文献1, 4、特許文献1)。
このことからN-メチルアミノ酸を複数含む多様なペプチドのライブラリーから医薬品の候補物質を選択する創薬方法が考えられ、なかでも無細胞翻訳系を利用したN-メチルアミノ酸含有ペプチドのmRNAディスプレイライブラリーなどは、その多様性、スクリーニングの簡便性の点から期待が集まっている (非特許文献9,10、特許文献1)。まず膨大な種類のRNAもしくはDNA(遺伝型)などとそれがコードするペプチド(表現型)がそれぞれ1対1対応を形成している分子の集まりであるディスプレイライブラリーを構築し、続いて標的タンパクなどに結合反応させた後に、洗浄にて非結合分子を除去してライブラリーに含まれる極まれな微量の所望の分子を選択した後にそのRNA(DNA)の配列を解読することによって結合するペプチドの配列情報を簡便に得ることが出来る。特に無細胞翻訳系を利用するmRNAディスプレイライブラリーやribosomeディスプレイライブラリーは1012-14の多様な種類の分子を含むライブラリーを簡便に扱うことが出来る(非特許文献11)。また最近再構成無細胞翻訳系を利用することで非タンパク性アミノ酸を含むペプチドを調製できる方法が開発され、ディスプレイ技術と組み合わせることでN-メチルアミノ酸含有ペプチドディスプレイライブラリーの構築が可能となってきた(非特許文献10)。
【0008】
mRNAの翻訳によるN-メチルアミノ酸含有ペプチドの調製方法として、これまでいくつかの方法が知られている。それらの方法は、「N-メチルアミノアシルtRNA」を予め別途調製し、これを翻訳系に添加することによる。
【0009】
まず、Hechtらが開発したpdCpA法(非特許文献5)では、化学合成した非天然N-メチルアミノ酸でアシル化されたpdCpA(5’-phospho-2’-deooxyribocytidylriboadenosine)と転写で得た3’末端のCAが欠如したtRNAをT4 RNA ligaseにより連結することで、予めN‐メチルアミノアシルtRNAを作製する。この方法を用いてN‐メチルアラニンやN‐メチルフェニルアラニンといったアミノ酸が導入されている(非特許文献6)。しかし、本願発明者らがいくつかの非天然N-メチルアミノ酸とtRNAの結合体をpdCpA法で調製して無細胞翻訳系に加えたところ、N-メチルアミノ酸を複数導入しようとすると翻訳効率が悪くなり、特に、N-メチルバリンにおいては導入し得なかった(非公開データ)。
【0010】
別の方法として、Sugaらはあらかじめエステル化により活性化したN‐メチルアミノ酸を人工RNA触媒(フレキシザイム)を用いてtRNAにアミノアシル化させる方法を報告しており(特許文献2)、複数種類のN‐メチルアミノ酸を翻訳導入させることに成功している。この方法は様々な側鎖構造に適用できるものの、非芳香族側鎖アミノ酸のアミノアシル化効率は多くの場合40-60%と決して高くなく、特にN-メチルバリンはpdCpA法同様に翻訳導入が確認できていない (非特許文献3)。
【0011】
さらに、Szostakらの方法では、大腸菌から抽出したtRNAをもとに野生型ARSを用いてアミノアシルtRNAを得た後、3ステップから成る化学的なN-メチル化反応を経てN‐メチルアミノアシルtRNAを調製する。しかし、この方法で効率よく翻訳が進行する側鎖は、バリン、ロイシン、スレオニンの3種に限られている。また、この方法では煩雑な操作が必要である上、N-メチル化反応が完全に進行しないことによって、出発物質である天然アミノ酸が微量に混入するといった、反応制御の難しさが生成物の純度に直結する(非特許文献2)。
【0012】
さらにこれらの手法では、翻訳系の外で調製されたN-メチルアミノアシルtRNAを翻訳反応液に添加する形をとるため、翻訳系内でN‐メチルアミノアシルtRNAが再生成されることはなく、翻訳過程においてN‐メチルアミノアシルtRNAは消費される一方になる。このため、大量のN‐メチルアミノアシルtRNA添加が必要になるが、大量のtRNA添加はそれ自体がペプチド収量を低下させる一因となる(非特許文献7)。さらに翻訳溶液中でのアミノアシルtRNAの不安定さが問題となる。アミノアシルtRNAはアミノ酸とtRNAがエステル結合で連結しているため、pH7.5の生理的条件下において加水分解されることが示されており(非特許論文12)、その半減期はアミノ酸側鎖に依存して短いもので30分である。またアミノアシルtRNAはアミノアシル-tRNA-延長因子Tu(EF-Tu)と複合体を形成することで加水分解が抑制されるが、翻訳系中のEF-Tuの濃度を超過したアミノアシルtRNAは加水分解されてしまう。つまり翻訳反応が進行するにつれ、翻訳開始時に添加したアミノアシルtRNAのデアシル化は進み、最終的にはN-メチルアミノを持つアミノアシルtRNAが枯渇することになる。実際、Szostakらはこれを問題視し、複数のN-メチルアミノ酸を含むポリペプチドの合成を行う場合は、N-メチルアミノアシルtRNAを2回に分けて翻訳開始時と反応途中に添加している(非特許文献2)。
【0013】
一方、N-メチルアミノ酸導入に関する上記課題は、天然型のアミノ酸に対する天然型のARSと同様の機能を有するN-メチルアミノ酸に対応するARSが存在すれば解決できるが、ARSはその厳密な基質認識能を有しており限界がある。例外として、Murakamiらは天然型HisRS、PheRSを用いて、N-メチルヒスチジンおよびN-メチルフェニルアラニンを無細胞翻訳系でペプチドに導入できることを報告している(非特許文献8、13)。またSzostakらは、天然型ARSを用いてN-メチルバリン、N-メチルロイシン、N-メチルアスパラギン酸、N-メチルヒスチジン、N-メチルリシン、N-メチルトリプトファンの6種類のN-メチルアミノ酸のアミノアシル化を同定している(非特許文献14)。しかし、無細胞翻訳系と天然型ARSを用いた後の報告では、N-メチルヒスチジンおよびN-メチルアスパラギン酸を含むペプチドの翻訳合成をマススペクトルで同定し、ある程度の収量が得られることを報告している一方、N-メチルバリン、N-メチルロイシン、N-メチルリシン、N-メチルトリプトファンの場合は、翻訳合成の効率が非常に低いことを示している(非特許論文8)。これらの報告から、天然型ARSを用いたN-メチルアミノ酸のアミノアシル化およびペプチドへの翻訳導入が確認されているのは、実質的には、N-メチルフェニルアラニンおよび N-メチルヒスチジン、N-メチルアスパラギン酸の3例に過ぎない。
【0014】
そこで、天然型のARSを改変し、非天然型アミノ酸のtRNAへの結合を触媒する機能を持たせることを考えた場合、いくつかの先行技術がある(特許文献3,4,5)。これらは非天然のアミノ酸とtRNAとの結合を触媒する改変ARSであるが、これらは、フェニルアラニンあるいはチロシンの側鎖誘導体を中心とするアミノ酸を基質としており、N-メチルアミノ酸を基質とする改変ARS、さらにはN-メチルアミノ酸を複数残基ペプチド中に導入できる改変ARSは知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】WO2013/100132
【文献】WO2007/066627
【文献】WO2003/014354
【文献】WO2007/103307
【文献】WO2002/085923
【非特許文献】
【0016】
【文献】R. S. Lokey et al., Nat. Chem. Biol. 2011, 7(11), 810-817.
【文献】J. W. Szostak et al., J. Am. Chem. Soc. 2008, 130, 6131-6136.
【文献】T. Kawakami et al., Chemistry & Biology, 2008,Vol. 15, 32-42.
【文献】H. Kessler et al., J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 12125-12133
【文献】S.M. Hecht et al., J. Biol. Chem. 253 (1978) 4517-4520.
【文献】Z. Tan et al., J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 12752-12753.
【文献】A. O. Subtelny et al., Angew Chem Int Ed 2011 50 3164.
【文献】M. C. T. Hartman et al., PLoS one, 2007, 10, e972.
【文献】S. W. Millward et al., J. Am. Chem. Soc., 2005, 127, 14142-14143
【文献】Y. Yamagishi et al., Chem. Biol., 18, 1562-1570, 2011
【文献】H. R. Hoogenboom, Nature Biotechnol. 23, 1105-1116, 2005
【文献】J. R. Peacock et al., RNA, 20, 758-64, 2014
【文献】T. Kawakami, ACS Chem Biol., 8, 1205-1214, 2013
【文献】M. C. T. Hartman et al., Proc Natl Acad Sci USA., 103, 4356-4361, 2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、N-メチルアミノ酸を基質とする反応性を高めるように改変された改変ARSを提供することを課題とする。より具体的には、本発明が解決しようとする課題は、N-メチルアミノ酸を複数含有するペプチドを効率よく製造するために、tRNAを大量に使用することなく、N-メチル非天然アミノ酸、特にN-メチル-フェニルアラニン、N-メチル-バリン、N-メチル-セリン、N-メチル-スレオニン、N-メチルトリプトファン、N-メチルロイシンをtRNAに結合させるアシル化反応を触媒する新規な改変ARS及びその用途を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
N-メチルアミノ酸に対する反応性を高めたARSを取得するため、本発明者らは異なるアミノ酸を基質とする複数のARS遺伝子を取得し、当該遺伝子に変異を導入してアミノ酸配列が改変されたARSをコードする変異ARS遺伝子を構築した。これらの改変ARSを発現させて回収し、非修飾アミノ酸またはN-メチルアミノ酸の存在下でtRNAと共にインキュベートして、アミノアシル化反応を評価した。N-メチルアミノ酸とARSと相互作用における立体構造の推定と、度重なる試行錯誤の結果、本発明者らは、フェニルアラニルtRNA合成酵素(PheRS)、セリルtRNA合成酵素(SerRS)、バリルtRNA合成酵素(ValRS)、スレオニルtRNA合成酵素(ThrRS)、ロイシルtRNA合成酵素(LeuRS)、トリプトファニルtRNA合成酵素(TrpRS)などの複数のARSに関して、野生型ARSと比較してN-メチルアミノ酸のアミノアシル化反応の活性が上昇した改変ARSを取得することに成功した。
【0019】
例えば0.1μMの野生型PheRSは、1 mMのN-メチルフェニルアラニンを添加しても、翻訳合成されたペプチドへの取り込みはほとんど観測されなかった一方、0.1μMの改変PheRSを用いた場合、0.25 mM N-メチルフェニルアラニン添加時でさえ、ペプチドへの取り込みが明確に観測された(実施例1)。MALDI-TOF MSを用いた質量分析により、ペプチドに翻訳導入されたフェニルアラニンとN-メチルフェニルアラニンの含量を調べたところ、そのピーク値の比率(N-メチルフェニルアラニンのピーク強度/フェニルアラニンのピーク強度)は、0.25 mM N-メチルフェニルアラニン添加時において野生型PheRSでは0.8であったのに対し、改変PheRSαサブユニットを用いた場合では12.4と劇的に上昇した(実施例1)。また、フェニルアラニンを2連続または3連続含む配列を翻訳させたところ、それぞれN-メチルフェニルアラニンを2連続または3連続含むペプチドが合成されることが確認され、その効率はpdCpA法を用いた場合よりも有意に高かった。またValRSにおいても、5mM N-メチルバリンの存在下で翻訳合成を行い、ペプチド産物の質量分析を行ったところ、野生型ValRSでは、非修飾バリンが取り込まれたペプチドが主生成物として検出されたのに対し、改変ValRSではN-メチルバリンが導入されたペプチドが主生成物として観測された(実施例2)。そして、ValRSの校正ドメインに変異を導入することで非修飾Valのアミノアシル化活性を低下させることで、N-メチルバリンへの選択性をより向上させることに成功した(実施例7)。また、バリンを2連続または3連続含む配列を翻訳させたところ、それぞれN-メチルバリンを2連続または3連続含むペプチドが合成されることが確認された(実施例2)。またSerRSにおいても、野生型SerRSにおいては非修飾セリンを取り込んだ翻訳産物が主生成物として検出される条件下で、改変SerRSを用いた場合は、N-メチルセリンを取り込んだ翻訳産物が主生成物として検出された(実施例3)。またThrRSにおいても、野生型ThrRSを用いた場合は非修飾Thrを取り込んだ翻訳産物が検出される条件下において、改変ThrRSを用いた場合、N-メチルThrを取り込んだ翻訳産物は観測された一方、非修飾Thrを取り込んだ翻訳産物はほとんど観測されず、野生型ThrRSを用いた場合に比べて高純度でN-メチルThrが導入されたペプチドが合成されることが示された(実施例4)。TrpRSにおいても、野生型TrpRSを用いた場合は非修飾Trpが主生成物として検出される一方、改変TrpRSを用いた場合、N-メチルTrpを取り込んだ翻訳産物が主生成物として観測されるようになった(実施例5)。LeuRSにおいては、野生型LeuRSを用いた場合はN-メチルLeuを含む翻訳産物が観測されなかったのに対し、改変LeuRSを用いた場合はN-メチルLeuを取り込んだ翻訳産物が非修飾型Leuを含むそれとほぼ程度で生成されていることが分かった(実施例6)。このように本発明の改変ARSを用いれば、野生型ARSを用いた場合に比べて、より高い効率でペプチド中にN-メチルアミノ酸を導入することが可能となる。
【0020】
従って、以下の発明が提供される。
本発明は、N-メチルアミノ酸に対する反応性を有するARSを提供する。具体的には、本発明は、天然型アミノアシルtRNA合成酵素(aminoacyl-tRNA synthetase;ARS)よりも、N-メチルアミノ酸、特にN-メチル-フェニルアラニン、N-メチル-バリン、N-メチル-セリン、N-メチル-スレオニン、N-メチルトリプトファン、N-メチルロイシンの6つのN-メチル置換アミノ酸をより効率良く取り込むことができるアミノ酸配列が改変されたそれぞれのARSおよびその用途に関する。本発明のアミノ酸配列が改変されたARSにより、これらのN-メチルアミノ酸から、任意のN-メチルアミノ酸を選択的に、かつ位置選択的に含有するペプチドを高い効率で製造することができる。
【0021】
さらに本発明は、本発明の改変ARSを用いて、非天然のアミノ酸を含有するポリペプチドを製造する方法に関する。より詳細には、アミノ酸配列が改変されたフェニルアラニン、バリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、およびロイシンのARSを用いて、それぞれ、N-メチルフェニルアラニン、N-メチルバリン、N-メチルセリン、N-メチルスレオニン、N-メチルトリプトファン、およびN-メチルロイシンを含有してなるポリペプチドを製造する方法に関する。
【0022】
すなわち本発明は、以下の発明を提供する。
〔1〕改変アミノアシルtRNA合成酵素(ARS)を含むポリペプチドであって、当該ARSはN-メチルアミノ酸を元の天然のARSより効率よく取り込む反応をすることができるポリペプチド。
〔2〕N-メチルアミノ酸によるアミノアシル化反応が増強するように改変された、アミノアシルtRNA合成酵素(ARS)活性を有するポリペプチドであって、該改変が、分子量が10以上減少するアミノ酸への置換を少なくも1つ含む、ポリペプチド。
〔3〕前記N-メチルアミノ酸が、バリン、セリン、フェニルアラニン、スレオニン、トリプトファンおよびロイシンからなる群より選択される〔1〕または〔2〕に記載のポリペプチド。
〔4〕前記ARSが、ValRS、SerRS、PheRSのαサブユニット、ThrRS、TrpRSおよびLeuRSからなる群より選択される〔1〕~〔3〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔5〕前記ValRSが、大腸菌由来のValRSの43位アスパラギンおよび/または45位スレオニンおよび/または279位スレオニンに相当する位置で改変された、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔6〕前記SerRSが、大腸菌由来のSerRSの239位グルタミン酸および/または237位スレオニンに相当する位置で改変された、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔7〕前記PheRSαサブユニットが、大腸菌由来のPheRSαサブユニットの169位グルタミンに相当する位置で改変された、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔8〕前記ThrRSが、大腸菌由来のThrRSの332位メチオニンおよび/または511位ヒスチジンに相当する位置で改変された、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔9〕前記TrpRSが、大腸菌由来のTrpRSの132位メチオニンおよび/または150位グルタミンおよび/または153位ヒスチジンに相当する位置で改変された、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔10〕前記LeuRSが、大腸菌由来のLeuRSの43位チロシンに相当する位置で改変された、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔11〕前記ValRSが、大腸菌由来のValRSの(a)43位アスパラギンに相当する位置がグリシンまたはアラニン、および/または(b)45位スレオニンに相当する位置がセリン、および/または(c)279位スレオニンに相当する位置がグリシンまたはアラニンである、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔12〕前記SerRSが、大腸菌由来のSerRSの(a)239位グルタミン酸に相当する位置がグリシンまたはアラニン、および/または(b)237位スレオニンに相当する位置がセリンである、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔13〕前記PheRSαサブユニットが、大腸菌由来のPheRSαサブユニットの169位グルタミンに相当する位置がグリシンまたはアラニンである、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔14〕前記ThrRSが、大腸菌由来のThrRSの332位メチオニンおよび/または511位ヒスチジンに相当する位置がそれぞれグリシンである、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔15〕前記TrpRSが、大腸菌由来のTrpRSの(a)132位メチオニンに相当する位置がアラニンまたはバリン、および/または(b)150位グルタミンに相当する位置がアラニン、および/または(c)153位ヒスチジンに相当する位置がアラニンである、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔16〕前記LeuRSが、大腸菌由来のLeuRSの43位チロシンに相当する位置がグリシンである、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔17〕前記ARSが、細菌由来のものである〔1〕~〔16〕のいずれかに記載のポリペプチド。
〔18〕前記細菌が、大腸菌である〔17〕に記載のポリペプチド。
〔19〕下記(a)および(b)で構成される群から選択される、〔1〕~〔18〕のいずれかに記載のポリペプチド。
(a) 配列番号:1乃至11および182乃至187からなる群から選択されたアミノ酸を含むポリペプチド
(b) 配列番号:1乃至11および182乃至187からなる群から選択されたアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド
〔20〕配列番号:1乃至11および182乃至187からなる群から選択されたアミノ酸配列を含む、単離されたポリペプチド。
〔21〕〔1〕~〔20〕のいずれかに記載のポリペプチドと他のポリペプチドとの融合ポリペプチド。
〔22〕〔1〕~〔21〕のいずれかに記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
〔23〕〔22〕に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
〔24〕〔22〕に記載のポリヌクレオチドまたは〔23〕に記載のベクターを含む宿主細胞。
〔25〕〔24〕に記載の宿主細胞を培養する工程を含む、〔1〕~〔21〕のいずれかに記載のポリペプチドを製造する方法。
〔26〕N-メチルアミノ酸でアシル化されたtRNAの製造方法であって、〔1〕~〔20〕のいずれかに記載のポリペプチドの存在下、N-メチルアミノ酸およびtRNAを接触させる工程を含む方法。
〔27〕前記接触させる工程が、無細胞翻訳系で行われる〔26〕に記載の方法。
〔28〕N-メチルアミノ酸を含むポリペプチドを製造する方法であって、〔1〕~〔20〕のいずれかに記載のポリペプチドおよびN-メチルアミノ酸の存在下、翻訳を行う工程を含む方法。
〔29〕前記翻訳を行う工程が、無細胞翻訳系で行われる〔28〕に記載の方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明の改変ARSにより、煩雑な反応を経ることなくN-メチルフェニルアラニン・N-メチルバリン・N-メチルスレオニン・N-メチルセリン・N-メチルトリプトファン・N-メチルロイシンを天然型のフェニルアラニン・バリン・スレオニン・セリン・トリプトファン・ロイシンのtRNAに効率良く連結できる。
【0024】
また本発明の改変ARSを用いた方法によれば、tRNAは化学量論量を必要とせず、N-メチルアミノ酸を複数導入するペプチド合成においても翻訳効率良く製造し、多様性の高いペプチドライブラリーを作製するのに有用である。
【0025】
また本願発明者らは、「翻訳反応中に絶えずアミノアシルtRNAを供給する」というARSの特性がもたらす翻訳効率への影響を確かめるために、本願発明で得られた改変PheRS05(配列番号2)と翻訳反応中ではアミノアシルtRNAの再生が期待できないpdCpA法の二つ方法を用いてN-メチルフェニルアラニンの導入効率の比較を行った。その結果、改変ARSを用いた場合の方が翻訳効率が高く、特にN-メチルフェニルアラニンの2連続導入、3連続導入の場合は4-8倍程度の収量にて目的ペプチドが合成された(非公開データ)。このように本発明は、従来では生産が困難であったN-メチルアミノ酸を含むポリペプチドを、より効率的に製造することを可能とするものである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】改変PheRSのアミノアシル化反応の活性を評価した図である。野生型PheRSに比べ、PheRS04およびPheRS05を用いた場合、N-メチルフェニルアラニンでアシル化された合成ペプチドのバンドがより濃く観察される(レーン8, 9 vs. 12, 13)。
図2】PheRS変異体を用いた翻訳合成ペプチドの電気泳動による確認を示す図である。野生型PheRSに比べ、改変PheRSを用いた場合、N-メチルフェニルアラニンを含有するペプチドのバンドがより濃く観察される(レーン2, 3 vs. 5, 6)。
図3-1】改変PheRSを用いた翻訳合成ペプチドの質量分析による検出を示す図である。(a) 0.1μM wt PheRS, 0.25 mM Phe, (b) 0.1μM wt PheRS, 0.25 mM MePhe, (c) 0.1μM wt PheRS, 1 mM MePhe を用いて翻訳合成した場合のマススペクトル。
図3-2】改変PheRSを用いた翻訳合成ペプチドの質量分析による検出を示す図である。(d) 0.1μM PheRS05, 0.25 mM Phe, (e) 0.1μM PheRS05, 0.25 mM MePhe, (f) 0.1μM PheRS05, 1 mM MePhe を用いて翻訳合成した場合のマススペクトル。
図4】改変ValRSを用いたアミノアシル化反応を示す図である。変異体13(ValRS13)にて野生型よりも多くN-メチルバリンでアシル化されたtRNAが観測される(レーン10)。
図5】改変ValRSを用いた翻訳ペプチドの質量分析を示す図である。(a) 野生型ValRS、(b) ValRS13、(c) ValRS04を用いて翻訳したペプチドのマススペクトル。ValRS13を用いたとき、MeValが含有されたペプチドが主生成物として観測される。
図6】ValRS13-11を用いたアミノアシル化反応を示す図である。変異体13-11(ValRS13-11)では、野生型や変異体13(ValRS13)に比べてより多くのN-メチルバリンでアシル化されたtRNAが観測される。
図7】ValRS13とValRS13-11の活性比較を示す図である。ValRS13 ((a), (c), (e) ) 及びValRS13-11 ((b), (d), (f)) を用いて翻訳したN-メチルペプチド含有ペプチドのマススペクトル。ValRS13-11を用いて翻訳した方が目的のN-メチルバリン含有ペプチドの純度が高いことがわかる。
図8】改変SerRSを用いたアミノアシル化反応を示す図である。変異体 03, 35, 37にてN-メチルセリンでアシル化されたtRNAが観測される(レーン3, 25, 27)。
図9】改変SerRSを用いた翻訳合成ペプチドの質量分析を示す図である。(a) 野生型, (b) SerRS03, (c) SerRS05, (d) SerRS35, (e) SerRS37 を用いて翻訳したN-メチルセリン含有ペプチドのマススペクトル。野生型に比べ、各改変体を用いた場合の方が純度よく目的のMeSer含有ペプチドが合成されている。
図10】改変ThrRSを用いた翻訳合成ペプチドの質量分析を示す図である。(a) 野生型, (b) ThrRS03, (c) ThrRS14を用いて翻訳したN-メチルスレオニン含有ペプチドのマススペクトル。野生型に比べ、各改変体を用いた場合の方が純度よく目的のMeThr含有ペプチドが合成されている。
図11】改変TrpRSを用いた翻訳合成ペプチドの質量分析を示す図である。(a)野生型TrpRS、(b)TrpRS04、(c)TrpRS05 、(d)TrpRS18を用いて翻訳したペプチドのマススペクトル。TrpRS04,05,18を用いたとき、MeWが含有されたペプチドが主生成物として観測される。
図12】改変LeuRSを用いた翻訳合成ペプチドの質量分析を示す図である。(a)野生型LeuRS、(b)LeuRS02を用いて翻訳したペプチドのマススペクトル。LeuRS02を用いたとき、MeLが含有されたペプチドが主生成物として観測される。
図13】校正ドメインに変異を持った改変ValRSを用いたMeValのアミノアシル化反応を示す図である。変異体13-11,66,67の3者に大きな活性の違いはない(レーン17,18,19)。
図14】校正ドメインに変異を持った改変ValRSを用いたValのアミノアシル化反応を示す図である。変異体13-11に比べ変異体66,67に活性の減弱が見られた(レーン17vs18,19)。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明はアミノアシルtRNA合成酵素の酵素-基質特異性を変えた酵素変異体を提供することを目的としたものである。より詳細には、本発明は、効率よく、選択的に、N-メチルアミノ酸を含有するポリペプチドを大量に製造することができるアミノアシルtRNA合成酵素の変異体を、天然のアミノアシルtRNA合成酵素のアミノ酸配列を改変することにより調製することを特徴とするものである。
【0028】
本発明は、N-メチルアミノ酸と反応することができるARSを含むポリペプチドを提供する。より具体的には本発明は、改変ARSを含むポリペプチドであって、当該ARSは、元の天然のARSより効率よくN-メチルアミノ酸と反応することができるポリペプチドを提供する。また本発明は、改変ARSを含むポリペプチドであって、当該ARSはN-メチルアミノ酸を元の天然のARSより効率よく取り込む反応をすることができるARSであるポリペプチドを提供する。本発明のポリペプチドは、アミノアシルtRNA合成酵素活性を有するポリペプチドであって、N-メチルアミノ酸によるアミノアシル化反応が増強するように改変されている。ここでN-メチルアミノ酸を取り込むとは、例えばN-メチルアミノ酸で対応するtRNAをアミノアシル化することを言い、当該tRNAへのN-メチルアミノ酸の結合、あるいは当該アシル化反応で生成したアミノアシルtRNAを用いた翻訳反応における合成タンパク質へのN-メチルアミノ酸の取り込みであってよい。また、ポリペプチドがアミノアシルtRNA合成酵素活性を有するとは、当該ポリペプチドが単独でアミノアシルtRNA合成酵素活性を示す場合のみならず、他の因子と共同でアミノアシルtRNA合成酵素活性を示す場合を含む。例えばアミノアシルtRNA合成酵素が複数のサブユニットから構成される場合、本発明のポリペプチドはその1つのサブユニットであってよく、他のサブユニットと合せて複合体としてアミノアシルtRNA合成酵素活性を示すものであってよい。そのような場合、本発明の改変ポリペプチドを、他の野生型サブユニットと共にアミノアシルtRNA合成酵素複合体を形成させた場合、野生型のサブユニットからなるアミノアシルtRNA合成酵素複合体に比べ、N-メチルアミノ酸によるアミノアシル化反応が増強している。すなわち本発明において、N-メチルアミノ酸によるアミノアシル化反応が増強するように改変された、アミノアシルtRNA合成酵素活性を有するポリペプチドには、複数のサブユニットからなるアミノアシルtRNA合成酵素複合体の一つのサブユニットを改変したポリペプチドであって、アミノアシルtRNA合成酵素複合体が持つN-メチルアミノ酸によるアミノアシル化反応が増強するように改変されたポリペプチドを含む。
【0029】
また改変ARSを含むポリペプチドとは、改変ARSのポリペプチド鎖を含むポリペプチドを言い、具体的には、当該ポリペプチドは、改変ARSのアミノ酸配列を含むポリペプチドである。また元の天然のARSとは、改変ARSが由来する天然のARSを言い、例えば野生型ARSであってよく、また天然に存在する多型(ポリモルフィズム)が含まれる。またN-メチルアミノ酸と反応することができるとは、改変ARSがN-メチルアミノ酸を基質として酵素反応をすることができることを言う。当該反応は、例えばN-メチルアミノ酸でtRNAをアシル化する反応であってよく、具体的には、N-メチルアミノ酸とtRNAとの結合反応を触媒する反応であってよい。例えばARSが基質とするアミノ酸に応じて、それに該当するN-メチルアミノ酸および該当するtRNAの存在下で反応を行わせ、N-メチルアミノ酸とtRNAとの結合を検出すればよい。あるいはN-メチルアミノ酸との反応は、翻訳におけるポリペプチドへのN-メチルアミノ酸の取り込みであってもよい。例えば改変ARSおよびN-メチルアミノ酸の存在下で翻訳を行わせ、翻訳されて生成するポリペプチドへのN-メチルアミノ酸の取り込みを検出することで、ARSがN-メチルアミノ酸-tRNAを生成させたことが検出できる。ポリペプチドへのN-メチルアミノ酸の取り込みが高いほど、N-メチルアミノ酸と反応性は高いと判断される。
【0030】
また、元の天然のARSより効率よく反応することができるとは、少なくともある条件において、元の天然のARSよりも高い効率で反応することであってよく、または、元のARSでは反応や反応産物が確認できないものが、確認できるようになることであってもよい。例えば、元の天然のARSよりも改変ARSを用いた場合に、N-メチルアミノ酸を取り込んだポリペプチドが多く生成されれば、その改変ARSは元の天然のARSより効率よくN-メチルアミノ酸と反応すると判断される。また、例えばN-メチルアミノ酸を含むあるポリペプチドについて、元の天然のARSを用いた場合は生成が確認できないが、改変ARSを用いた場合は生成が確認できた場合も、その改変ARSは元の天然のARSより効率よくN-メチルアミノ酸と反応すると判断される。例えば、2、3またはそれ以上連続してN-メチルアミノ酸を含むポリペプチドの生成が、元の天然のARSを用いた場合は確認できず、改変ARSを用いた場合は確認できた場合は、当該改変ARSは、元の天然のARSよりもN-メチルアミノ酸と効率よく反応すると判断される。
【0031】
また、元の天然のARSより効率よく反応することができるとは、少なくともある条件において、元の天然のARSよりも高い純度で目的反応物が精製されることであってもよい。例えば、元の天然のARSよりも改変ARSを用いた場合に、混入に由来する天然アミノ酸に比べてN-メチルアミノ酸を取り込んだポリペプチドが多く生成されれば、その改変ARSは元の天然のARSより効率よくN-メチルアミノ酸と反応すると判断される。あるいは、N-メチルアミノ酸を用いた反応効率が変わらないのに対して、天然のアミノ酸に対する反応効率が低下していることが確認できれば、その改変ARSは元のARSより効率よくN-メチルアミノ酸と反応すると判断される。例えば、天然のアミノ酸に対する反応性と比較してN-メチルアミノ酸に対する反応性が相対的に上昇する場合は、元の天然のARSより効率よくN-メチルアミノ酸に反応すると判断される。
【0032】
N-メチルアミノ酸に特に制限はないが、ARSに対応するものが適宜選択される。例えば、改変ARSがバリンのARS(ValRS)であれば、N-メチルアミノ酸はN-メチルバリンであり、改変ARSがスレオニンのARS(Thr)であれば、N-メチルアミノ酸はN-メチルスレオニンであり、改変ARSがセリンのARS(SerRS)であれば、N-メチルアミノ酸はN-メチルセリンであり、改変ARSがフェニルアラニンのARSαサブニット(PheRS)であれば、N-メチルアミノ酸はN-メチルフェニルアラニンであり、改変ARSがトリプトファンのARS(TrpRS)であれば、N-メチルアミノ酸はN-メチルトリプトファンであり、改変ARSがロイシンのARS(LeuRS)であれば、N-メチルアミノ酸はN-メチルロイシンである。
【0033】
ARSの改変部位は、例えばValRSであれば、大腸菌由来のValRSの43位アスパラギンおよび/または45位スレオニンおよび/または279位スレオニンに相当する位置が好ましい。好ましくは43位アスパラギン、45位スレオニンおよび279位スレオニンに相当する位置から選ばれるいずれか2つの位置の組み合わせ(例えば43位および45位、43位および279位、あるいは45位および279位の組み合わせ)であり、より好ましくは43位アスパラギン、45位スレオニンおよび279位スレオニンに相当する位置の組み合わせである。またSerRSの場合は、大腸菌由来のSerRSの239位グルタミン酸および/または237位スレオニンに相当する位置で改変することができ、より好ましくは、239位グルタミン酸および237位スレオニンに相当する位置の組み合わせである。PheRSαサブユニットの場合は、大腸菌由来のPheRSの169位グルタミンに相当する位置で改変することが好ましい。またThrRSの場合は、大腸菌由来のThrRSの332位メチオニンおよび/または511位ヒスチジンに相当する位置で改変することができる。またTrpRSの場合は、大腸菌由来のTrpRSの132位メチオニンおよび/または150位グルタミンおよび/または153位ヒスチジンに相当する位置で改変することができ、好ましくは、132位メチオニン、150位グルタミンおよび153位ヒスチジンに相当する位置から選ばれるいずれか2つの位置の組み合わせ(例えば132位および150位、132位および153位、あるいは150位および153位の組み合わせ)であり、より好ましくは132位メチオニン、150位グルタミンおよび153位ヒスチジンに相当する位置の組み合わせである。またLeuRSの場合は、大腸菌由来のLeuRSの43位チロシンに相当する位置で改変することができる。なおこれらの改変ARSは、他の位置がさらに改変されているものも含まれる。ここで、各ARSの位置番号は大腸菌由来の各ARSの開始メチオニンを1として表されている。具体的には、各ARSの位置番号は、ValRSはP07118(配列番号24)、PheRSαサブユニットはP08312(配列番号28)、ThrRSはP0A8M3(配列番号29)、SerRSはP0A8L1(配列番号26)、TrpRSはP00954(配列番号188)、LeuRSはP07813(配列番号189)の配列(UniProt(http://www.uniprot.org/)における一番初めのメチオニンを1として表される。また、あるARSにおいて、大腸菌由来のARSのあるアミノ酸に相当する位置とは、大腸菌由来のARSのそのアミノ酸に相当する部位に位置するアミノ酸をいい、両者の構造的類似性から同定することが可能である。例えば、目的とするARSと大腸菌由来のARSのアミノ酸配列を整列させることで、大腸菌由来のARSのアミノ酸の位置に整列されるアミノ酸として、当該相当するアミノ酸を同定することができる。本発明において大腸菌由来のARSのあるアミノ酸に相当する位置とは、好ましくは大腸菌由来のARSのあるアミノ酸に立体的に相当する位置である。立体的に相当する位置は、ARSの立体構造において、大腸菌由来のARSのそのアミノ酸の位置に対応しているアミノ酸の位置をさしている。
【0034】
立体的に相当する位置の同定は、例えばClustalW ver2.1 (http://clustalw.ddbj.nig.ac.jp)でMultiple Sequence Alignmentをデフォルトのパラメーターを用いて利用し、大腸菌ARSと知られている他生物種のARSすべてをアライメントすることで、当業者であれば容易に可能である。特に、対象となるARSについては原核生物に限られるものではない。一般的には、真核生物におけるARS配列には、触媒ドメイン以外にも様々な機能ドメインが付加され、原核生物由来のARSとの配列同一性は必ずしも高くはない。一方で、アミノ酸認識部位といった触媒部位や校正部位(Editing domain)については配列の保存性は高く、パブリックのアライメント手法を用いても容易に真核生物由来のARSについても立体的に相当する位置の同定が可能である。
例えば、大腸菌ValRSの43位および45位に相当する部位は、他生物のValRSに存在するPPP(N/Y/T)X(T/S)Gモチーフ(配列番号180;「N/Y/T」は好ましくはN;Xは任意のアミノ酸であり、好ましくはV、IまたはP、より好ましくはV;「T/S」は好ましくはT)のそれぞれ「N/Y/T」および「T/S」のアミノ酸部位であってよい。より好ましくは、大腸菌ValRSの43位および45位に相当する部位は、他生物のValRSに存在するPPPNXTGモチーフ(配列番号181;Xは任意のアミノ酸であり、好ましくはV、IまたはP、より好ましくはV)のそれぞれNおよびTのアミノ酸であってよい。例えば大腸菌ValRSの43位アスパラギンに相当する位置はHuman(Uniprot P26640)では345位のアスパラギンであり、Saccharomyces cervisiae(Uniprot P07806)では191位のアスパラギンである。
【0035】
ARSの改変は、好ましくは分子量が10以上減少するアミノ酸への置換を少なくも1つ含む。そのような改変としては、例えばThr (T) 以外のアミノ酸、例えば Gln (Q), Asn (N), Glu (E), Met (M), Tyr(Y)および His (H) からなる群より選択されるアミノ酸をAla (A) または Gly (G) に改変(好ましくはGlyに改変)すること、また、例えば、Thr (T) を Ser (S) に改変すること、また、例えば、Met (M) を Val (V) に改変することが挙げられる。
【0036】
改変するアミノ酸は適宜選択してよいが、例えばValRSであれば、大腸菌由来のValRSの43位アスパラギンに相当する位置はグリシンまたはアラニンに改変することが好ましく、大腸菌由来のValRSの45位スレオニンに相当する位置はセリンに改変することが好ましく、大腸菌由来のValRSの279位スレオニンに相当する位置はグリシンまたはアラニンに改変することが好ましい。SerRSであれば、大腸菌由来のSerRSの239位グルタミン酸に相当する位置はグリシンまたはアラニンに改変することが好ましく、大腸菌由来のSerRSの237位スレオニンに相当する位置はセリンに改変することが好ましい。PheRSであれば、大腸菌由来のPheRS αサブユニットの169位グルタミンに相当する位置はグリシンまたはアラニンに改変することが好ましい。ThrRSであれば、大腸菌由来のThrRSの332位メチオニンに相当する位置はグリシンに改変することが好ましく、大腸菌由来のThrRSの511位ヒスチジンに相当する位置はグリシンに改変することが好ましい。TrpRSであれば、大腸菌由来のTrpRSの132位メチオニンに相当する位置はバリンまたはアラニンに改変することが好ましく、大腸菌由来のTrpRSの150位グルタミンに相当する位置はアラニンに改変することが好ましく、大腸菌由来のTrpRSの153位ヒスチジンに相当する位置はアラニンに改変することが好ましい。LeuRSであれば、大腸菌由来のLeuRSの43位チロシンに相当する位置はグリシンに改変することが好ましい。
【0037】
具体的には本発明は、以下のポリペプチドが含まれる。
(a) 配列番号3~5,182および183(ValRS04、ValRS13、ValRS13-11、ValRS66およびValRS67)のいずれかのアミノ酸配列を含むポリペプチド。
(b) 配列番号3~5,182および183のいずれかのアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有し、かつ以下の(i)~(iii)に記載の少なくとも1つのアミノ酸を含むN-メチルValに対する反応性を有するポリペプチド;
(i) 配列番号3~5,182および183の43位に相当する位置のアミノ酸がGlyまたはAlaである、
(ii) 配列番号3~5,182および183の45位に相当する位置のアミノ酸がSerである、及び、
(iii) 配列番号3~5,182および183の279位に相当する位置のアミノ酸がGlyまたはAlaである。
なお当該反応性は、(i) 43位に相当する位置のアミノ酸がAsnである、および/または (ii) 45位に相当する位置のアミノ酸がThrである、および/または (iii) 279位に相当する位置のアミノ酸がThrである場合よりも高いことが好ましい。例えば本発明のValRSは、当該ValRSの43位に相当する位置のアミノ酸がAsnであり、45位に相当する位置のアミノ酸がThrであり、かつ、279位に相当する位置のアミノ酸がThrであるValRSよりもN-メチルValに対する反応性が高いことが好ましい。
【0038】
また本発明は、以下のポリペプチドが含まれる。
(a) 配列番号6~9(SerRS03、SerRS05、SerRS35、およびSerRS37)のいずれかのアミノ酸配列を含むポリペプチド。
(b) 配列番号6~9のいずれかのアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有し、かつ以下の(i)及び(ii)に記載の少なくとも1つのアミノ酸を含むN-メチルSerに対する反応性を有するポリペプチド;
(i) 配列番号6~9の 237位に相当する位置のアミノ酸がSerである、及び、
(ii) 配列番号6~9の239位に相当する位置のアミノ酸がGlyまたはAlaである。
なお当該反応性は、(i) 237位に相当する位置のアミノ酸がThrである、および/または (ii) 239位に相当する位置のアミノ酸がGluである場合よりも高いことが好ましい。例えば本発明のSerRSは、当該SerRSの237位に相当する位置のアミノ酸がThrであり、かつ239位に相当する位置のアミノ酸がGluであるSerRSよりもN-メチルSerに対する反応性が高いことが好ましい。
【0039】
また、本発明は以下のポリペプチドが含まれる。
(a) 配列番号1~2(PheRS05およびPheRS04)のいずれかのアミノ酸配列を含むポリペプチド。
(b) 配列番号1~2のいずれかのアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有し、かつ配列番号1~2のいずれかの169位に相当する位置のアミノ酸がGlyまたはAlaであるアミノ酸配列を含むN-メチルPheに対する反応性を有するポリペプチド。なお当該反応性は、当該位置のアミノ酸がGlnである場合よりも高いことが好ましい。なお上記のポリペプチドはARSのαサブユニットであるので、βサブユニットと共に複合体を形成させることで機能的なARSを取得することができる。βサブユニットとしては特に制限はなく、例えば所望の野生型サブユニットを用いることはできるが、一例を挙げればNCBI Reference Sequence WP_000672380(例えばWP_000672380.1)のアミノ酸配列(塩基配列はGenBank CP009685 (例えばCP009685.1) の1897337 - 1899721)を含むサブユニットを用いることができる。
【0040】
また本発明は、以下のポリペプチドが含まれる。
(a) 配列番号10~11(ThrRS03およびThrRS14)のいずれかのアミノ酸配列を含むポリペプチド。
(b) 配列番号10~11のいずれかのアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有し、かつ以下の(i)および(ii)に記載の少なくとも1つのアミノ酸を含むN-メチルThrに対する反応性を有するポリペプチド;
(i) 配列番号10~11の332位に相当する位置のアミノ酸がGlyである、および、
(ii) 配列番号10~11の511位に相当する位置のアミノ酸がGlyである。
なお当該反応性は、(i) 332位に相当する位置のアミノ酸がMetである、および/または (ii) 511位に相当する位置のアミノ酸がHisである場合よりも高いことが好ましい。例えば本発明のThrRSは、当該ThrRSの332位に相当する位置のアミノ酸Metであり、かつ511位に相当する位置のアミノ酸がHisであるThrRSよりもN-メチルThrに対する反応性が高いことが好ましい。
【0041】
また本発明は、以下のポリペプチドが含まれる。
(a) 配列番号184-186(TrpRS04,TrpRS05およびTrpRS18)のいずれかのアミノ酸配列を含むポリペプチド。
(b) 配列番号184-186のいずれかのアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有し、かつ以下の(i)~(iii)のいずれかに記載の少なくとも1つのアミノ酸を含むN-メチルTrpに対する反応性を有するポリペプチド;
(i) 配列番号184-186の132位に相当する位置のアミノ酸がValまたはAlaである、
(ii) 配列番号184-186の150位に相当する位置のアミノ酸がAlaである、
(iii) 配列番号184-186の153位に相当する位置のアミノ酸がAlaである。
なお当該反応性は、(i) 132位に相当する位置のアミノ酸がMetである、および/または (ii) 150位に相当する位置のアミノ酸がGlnである、および/または (iii) 153位に相当する位置のアミノ酸がHisである場合よりも高いことが好ましい。例えば本発明のTrpRSは、当該TrpRSの132位に相当する位置のアミノ酸Metであり、150位に相当する位置のアミノ酸Glnであり、かつ153位に相当する位置のアミノ酸がHisであるTrpRSよりもN-メチルTrpに対する反応性が高いことが好ましい。
【0042】
また本発明は、以下のポリペプチドが含まれる。
(a) 配列番号187(LeuRS02)のアミノ酸配列を含むポリペプチド。
(b) 配列番号187のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有し、かつ配列番号187の43位に相当する位置のアミノ酸がGlyであるアミノ酸配列を含み、N-メチルLeuに対する反応性を有するポリペプチド。
なお当該反応性は、(i) 43位に相当する位置のアミノ酸がTyrである場合よりも高いことが好ましい。
【0043】
ここで、アミノ酸配列の同一性は、好ましくは93%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは97%以上、98%以上、または99%以上である。
【0044】
本発明のN-メチルアミノアシルtRNA合成酵素は、非天然型アミノ酸としてペプチドのdrug-likenessを向上させることが知られているN-メチルアミノ酸によりtRNAを効率的にアシル化することができることを特徴とするものである。また、本発明のN-メチルアミノアシルtRNA合成酵素は、大腸菌などの細菌類、酵母、動物、植物などのいずれの生物由来のものであってもよいが、本明細書の実施例に例示されたアミノアシルtRNA合成酵素(配列番号1~11、182~187)と配列保存性が高く、それゆえに対応する変異箇所が他生物種において特定しやすいものが、汎用性があることから好ましい。例えば本発明の改変ARSを含むポリペプチドは、真核生物または原核生物のARSに由来してもよい。真核生物としては、原生生物(原生動物および単細胞緑藻類を含む)、菌類(子嚢菌および担子菌を含む)、植物(コケ植物,シダ植物,種子植物(裸子・被子)を含む)、動物(無脊椎動物,脊椎動物を含む)が挙げられ、原核生物としては古細菌(好熱菌・メタン菌を含む)および真正細菌(ラン藻類や大腸菌を含む)が挙げられる。本発明の改変ARSを含むポリペプチドは、哺乳動物(ヒト、マウス、ラット、モルモット、ウサギ、ヒツジ、サル、ヤギ、ロバ、ウシ、ウマ、ブタ等)由来であってもよい。また本発明の改変ARSを含むポリペプチドは、例えば大腸菌または酵母由来であってよく、好ましくは原核生物由来、例えば細菌由来であることが好ましい。本発明のポリペプチドは、例えば腸内細菌科(Family Enterobacteriaceae)細菌由来、例えば大腸菌由来であり、例えばEscherichia属(E. coli、E. albertii、E. fergusoniiを含む)、Shigella属(S. dysenteriae、S. flexneri、S. boydii、S. sonnei、S. enterica、S. bongoriを含む)、Citrobacter属(C. rodentium、C. koseri、C. farmeri、C. youngaeを含む)、Kluyvera属(K. ascorbataを含む)、Trabulsiella属(T. guamensisを含む)、Klebsiella属などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0045】
また、本明細書の実施例では、一例として大腸菌由来のN-メチルアミノアシルtRNA合成酵素を用いてきたために、改変位置は大腸菌の場合であって、他の生物由来のN-メチルアミノアシルtRNA合成酵素を用いる場合には、配列相同性において大腸菌由来のN-メチルアミノアシルtRNA合成酵素のアミノ酸の配列位置に相当する位置のアミノ酸が改変されるべき位置となる。ARSはあらゆる生物に備わる翻訳機構の根幹に関わる酵素であることから、一般に保存性が極めて高い。したがって、所望のARSについて本発明の方法に基づいて改変を行い、N-メチルアミノ酸の取り込み能が上昇した改変ARSを取得することができる。
【0046】
N-メチルアミノアシルtRNA合成酵素に新たに導入するアミノ酸としては、アミノ酸の親水性や水素結合、側鎖の大きさについてN-メチル基との距離や相互作用などを考慮して、例えば、その位置のアミノ酸がNメチル基と立体反発するのを防ぐ場合には、例えば、分子量の大きなアミノ酸から小さなアミノ酸に改変することで、N-メチルアミノ基との距離を調整することができる。具体的には、例えば、スレオニン(Thr)をセリン(Ser)にするなどして、分子量を小さくし、距離を調整することができる。
【0047】
また例えば、N-メチルアミノアシルtRNA合成酵素の改変対象となるアミノ酸がアスパラギンである場合は、分子量の小さなアミノ酸として、例えば、セリン、バリン、グリシン、アスパラギン酸、またはアラニンを挙げることができるがこれに限定されるものではない。また改変対象となるアミノ酸がグルタミン酸である場合は、分子量の小さなアミノ酸として、例えば、アラニン、バリン、セリン、アラニン、アスパラギン酸をあげることができるが、これに限定されるものではない。また、例えば、改変対象となるアミノ酸がThrである場合は、分子量の小さなアミノ酸として、例えば、Serが好ましく、それ以外のアミノ酸の場合は、分子量の小さなアミノ酸として、例えば、グリシン(Gly)またはアラニン(Ala)が好ましく、中でもグリシン(Gly)が好ましい。具体的な一例を示せば、ThrはSerに置換し、Gln、Glu及びAsnは、GlyまたはAlaに置換し、Met、His、Gln等はGlyに置換することができるが、それに限定されるものではない。
【0048】
より具体的に例示すれば、バリンアミノアシルtRNA合成酵素(ValRS)の改変においては、例えば配列番号24(天然のValRS)の43位および/または45位および/または279位のアミノ酸、またはそれらに相当する位置のアミノ酸の改変が挙げられる。どのアミノ酸に置換するかは限定されるものではないが、例えば上述の通り、ThrであればSer、AlaまたはGlyに置換し、それ以外のアミノ酸(例えばAsn)であればGlyまたはAlaに置換することができる。例えば配列番号24の43位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸をGlyまたはAlaに置換すること、および/または、配列番号24の45位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸をSerに置換すること、279位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸をGlyまたはAlaに置換することは好ましい。これらの置換はどちらか1つであってもよく、これらの置換のいずれかを組み合わせてもよく(例えば43位と45位の置換、43位と279位の置換、または45位と279位の置換)、これらすべてを置換してもよい。また、他の置換をさらに組み合わせてもよい。より具体的に例示すれば、配列番号24のN43および/またはT45および/またはT279、またはそれらに相当する位置のアミノ酸を置換することが好ましく、N43Gおよび/またはT45Sおよび/またはT279Aに置換することが好ましい。
【0049】
また、セリンアミノアシルtRNA合成酵素(SerRS)の改変においては、例えば配列番号26(天然のSerRS)の237位および/または239位のアミノ酸、またはそれらに相当する位置のアミノ酸の改変が挙げられる。どのアミノ酸に置換するかは限定されるものではないが、例えば上述の通り、ThrであればSerに置換し、それ以外のアミノ酸(例えばGlu)であればGlyもしくはAlaに置換することができる。例えば配列番号26の237位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸をSerに置換すること、および/または、配列番号26の239位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸をGlyもしくはAlaに置換することは好ましい。これらの置換はどちらか1つであってもよく、両者を置換してもよい。また、他の置換をさらに組み合わせてもよい。より具体的に例示すれば、配列番号26のT237および/またはE239、またはそれらに相当する位置のアミノ酸を置換することが好ましく、T237Sおよび/またはE239G(もしくはE239A)に置換することが好ましい。
【0050】
また、フェニルアラニンアミノアシルtRNA合成酵素αサブユニット(PheRS α)の改変においては、例えば配列番号28(天然のPheRS αサブユニット)の169位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸の改変が挙げられる。どのアミノ酸に置換するかは限定されるものではないが、例えば上述の通り、Thrである場合はSerに置換し、それ以外の場合はグリシン(Gly)またはアラニン(Ala)(より好ましくはGly)に置換することができる。例えば配列番号28の169位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸をGlyに置換することは好ましい。また、他の置換をさらに組み合わせてもよい。より具体的に例示すれば、配列番号28のQ169、またはそれに相当する位置のアミノ酸を置換することが好ましく、Q169G(もしくはQ169A)に置換することが好ましい。
【0051】
また、スレオニンアミノアシルtRNA合成酵素(ThrRS)の改変においては、例えば配列番号29(天然のThrRS)の332位および/または511位のアミノ酸、またはそれらに相当する位置のアミノ酸の改変が挙げられる。どのアミノ酸に置換するかは限定されるものではないが、例えば上述の通り、ThrであればSerに置換し、それ以外のアミノ酸(例えばMetやHis)であればGlyに置換することができる。例えば配列番号29の332位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸をGlyに置換すること、および/または、配列番号29の511位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸をGlyに置換することは好ましい。これらの置換はどちらか1つであってもよく、両者を置換してもよい。また、他の置換をさらに組み合わせてもよい。より具体的に例示すれば、配列番号29のM332および/またはH511、またはそれらに相当する位置のアミノ酸を置換することが好ましく、M332Gおよび/またはH511Gに置換することが好ましい。
【0052】
また、トリプトファンアミノアシルtRNA合成酵素(TrpRS)の改変においては、例えば配列番号188(天然のTrpRS)の132位および/または150位および/または153位のアミノ酸、またはそれらに相当する位置のアミノ酸の改変が挙げられる。どのアミノ酸に置換するかは限定されるものではないが、例えば上述の通り、MetであればValまたはAlaに置換し、それ以外のアミノ酸(例えばGln)であればAlaに置換することができる。また例えば配列番号188の132位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸をValまたはAlaに置換すること、および/または、配列番号188の150位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸をAlaに置換すること、および/または、153位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸をAlaに置換することは好ましい。これらの置換はどちらか1つであってもよく、これらの置換のいずれかを組み合わせてもよく(例えば132位と150位の置換、132位と153位の置換、または150位と153位の置換)、すべてを置換してもよい。また、他の置換をさらに組み合わせてもよい。より具体的に例示すれば、配列番号188のM132および/またはQ150および/またはH153、またはそれらに相当する位置のアミノ酸を置換することが好ましく、M132Vおよび/またはQ150Aおよび/またはH153Aに置換することが好ましい。
【0053】
また、ロイシンアミノアシルtRNA合成酵素(LeuRS)の改変においては、例えば配列番号189(天然のLeuRS)の43位のアミノ酸、またはそれらに相当する位置のアミノ酸の改変が挙げられる。どのアミノ酸に置換するかは限定されるものではないが、例えば上述の通り、ThrであればGlyに置換することができる。例えば配列番号189の43位のアミノ酸、またはそれに相当する位置のアミノ酸をGlyに置換することが好ましい。また、他の置換をさらに組み合わせてもよい。より具体的に例示すれば、配列番号189のY43、またはそれらに相当する位置のアミノ酸を置換することが好ましく、Y43Gに置換することが好ましい。
【0054】
本発明の特定の位置のアミノ酸が他のアミノ酸で改変されたN-メチルアミノアシルtRNA合成酵素の変異体の製造方法としては、公知の遺伝子操作技術により行うことができる。例えば、目的のアミノ酸の位置をコードする塩基配列を改変すべきアミノ酸をコードする塩基配列に置換したプライマーを用いて、改変すべきアミノ酸をコードする塩基配列に置換したDNAを増幅させて、増幅させたDNA断片を連結させて全長のアミノアシルtRNA合成酵素の変異体をコードするDNAを得て、これを大腸菌などの宿主細胞を用いて発現させることにより簡便に製造することができる。この方法において使用するプライマーとしては20~70塩基、好ましくは20~50塩基程度である。このプライマーは改変前の元の塩基配列とは1~3塩基がミスマッチとなるので、比較的長いもの、例えば20塩基以上のものを使用するのが好ましい。
また、本発明の特定の位置のアミノ酸が他のアミノ酸で改変されたN-メチルアミノアシルtRNA合成酵素の変異体の製造方法としては、前記した方法に限定されるものではなく、公知のポイントミューテーション技術や遺伝子合成技術、制限酵素により改変断片を導入する方法など、各種の遺伝子操作技術を使用することができ、発現も大腸菌に限定されず、動物細胞や無細胞翻訳系も使用することができる。
【0055】
本発明の改変ARSとしては、配列番号:1~11,182-187(PheRS05、PheRS04、ValRS04、ValRS13、ValRS13-11、SerRS03、SerRS05、SerRS35、SerRS37、ThrRS03、ThrRS14、ValRS66、ValRS67、TrpRS04、TrpRS05、TrpRS18、LeuRS02)のいずれかに記載されたアミノ酸配列を含むポリペプチド、および該ポリペプチドと機能的に同等なポリペプチドが含まれる。ここで機能的に同等なポリペプチドとは、配列番号:1~11,182-187のいずれかに記載のアミノ酸配列を含むポリペプチドと構造的に高い同一性を持つARSであって、N-メチルアミノ酸に対する反応性を有するポリペプチドである。より具体的には、配列番号:1~11,182-187のいずれかに記載のアミノ酸配列を含むポリペプチドと構造的に高い同一性を持つARSにおいて、上の記載に従ってアミノ酸が改変されたポリペプチドであって、それにより改変前のARSに比べ、N-メチルアミノ酸に対する反応性が上昇したポリペプチドである。N-メチルアミノ酸に対する反応性の上昇は、例えばN-メチルアミノ酸に対する基質特異性(例えばN-メチルアミノ酸との反応性/非修飾アミノ酸との反応性の値)の上昇であってよい。
【0056】
そのようなポリペプチドには、例えば配列番号:1~11,182-187のいずれかに記載のアミノ酸配列において、1または複数のアミノ酸(好ましくは1から20アミノ酸、例えば1から10アミノ酸、1から7アミノ酸、1から5アミノ酸、1から3アミノ酸、1から2アミノ酸、または1アミノ酸)が置換、欠失、挿入、および/または付加されているポリペプチドが含まれる。またそのようなポリペプチドは、例えば配列番号:1~11,182-187のいずれかに記載のアミノ酸配列において、1から数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されているポリペプチドであってもよい。
【0057】
また、配列番号:1~11,182-187のいずれかに記載のアミノ酸配列からなる改変ARSと機能的に同等なポリペプチドは、通常、配列番号:1~11,182-187のいずれかに記載のアミノ酸配列と高い同一性を有する。また当該機能的に同等なポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、通常、配列番号:1~11,182-187のいずれかに記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列(例えば配列番号:12~22,190-195)と高い同一性を有する。高い同一性とは、具体的には70%以上であり、好ましくは80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、97%以上、98%以上、または99%以上の同一性である。
【0058】
アミノ酸配列または塩基配列の同一性は、Karlin and AltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc.Natl.Acad.Sci.USA(1993)90:5873-7)によって決定することができる。このアルゴリズムに基づいて、BLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul et al., J.Mol.Biol. (1990) 215:403-10)。BLASTに基づいてBLASTNによって塩基配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore = 100、wordlength = 12とする。また、BLASTに基づいてBLASTXによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは例えばscore = 50、wordlength = 3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である(NCBI (National Center for Biotechnology Information)の BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)のウェブサイトの情報を参照することができる。
【0059】
また、本発明のポリペプチドとしては、下記 (a) ~ (d) のいずれかに記載のポリペプチドであって、配列番号24(ValRS)の43位、45位および279位に相当するアミノ酸が、それぞれAsn、ThrおよびThrではないポリペプチド(すなわち3箇所のうち少なくとも一箇所は異なるポリペプチド)であって、当該43位、45位および279位に相当するアミノ酸がそれぞれAsn、ThrおよびThrであるポリペプチドと比べてN-メチルValに対する反応性が上昇しているポリペプチドが挙げられる。
(a) 配列番号3~5,182および183(ValRS04、ValRS13、ValRS13-11、ValRS66およびValRS67)のいずれかに記載のアミノ酸配列と高い同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(b) 配列番号3~5,182および183のいずれかに記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸を置換、欠失、挿入および/または付加したアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(c) 配列番号14~16,190および191(ValRS04、ValRS13、ValRS13-11、ValRS66およびValRS67のDNA)のいずれかに記載の塩基配列と高い同一性を有する塩基配列によりコードされるポリペプチド、または
(d) 配列番号14~16,190および191のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAによりコードされるポリペプチド。
当該ポリペプチドは、好ましくは、(i) 43位に相当するアミノ酸がGlyまたはAla、および/または (ii) 45位に相当するアミノ酸がSer、および/または (iii) 279位に相当するアミノ酸がGlyまたはAlaであるポリペプチドである。このようなポリペプチドには天然のポリペプチドおよび人工的に改変したポリペプチドが含まれるが、好ましくは、(i) 43位に相当するアミノ酸がGlyまたはAla、および/または (ii) 45位に相当するアミノ酸がSer、および/または (iii) 279位に相当するアミノ酸がGlyまたはAlaに改変されているポリペプチドである。
【0060】
また、本発明のポリペプチドとしては、下記 (a) ~ (d) のいずれかに記載のポリペプチドであって、配列番号26(SerRS)の237位および239位に相当するアミノ酸が、それぞれThrおよびGluではないポリペプチド(すなわち2箇所のうち少なくとも一箇所は異なるポリペプチド)であって、当該237位および239位に相当するアミノ酸がそれぞれThrおよびGluであるポリペプチドと比べてN-メチルSerに対する反応性が上昇しているポリペプチドが挙げられる。
(a) 配列番号6~9(SerRS03、SerRS05、SerRS35、およびSerRS37)のいずれかに記載のアミノ酸配列と高い同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(b) 配列番号6~9のいずれかに記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸を置換、欠失、挿入および/または付加したアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(c) 配列番号17~20(SerRS03、SerRS05、SerRS35、およびSerRS37のDNA)のいずれかに記載の塩基配列と高い同一性を有する塩基配列によりコードされるポリペプチド、または
(d) 配列番号17~20のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAによりコードされるポリペプチド。
当該ポリペプチドは、好ましくは、(i) 237位に相当するアミノ酸がSer、および/または (ii) 239位に相当するアミノ酸がGlyもしくはAlaであるポリペプチドである。このようなポリペプチドには天然のポリペプチドおよび人工的に改変したポリペプチドが含まれるが、好ましくは、(i) 237位に相当するアミノ酸がSer、および/または (ii) 239位に相当するアミノ酸がGlyもしくはAlaに改変されているポリペプチドである。
【0061】
このような本発明のポリペプチドとしては、下記 (a) ~ (d) のいずれかに記載のポリペプチドであって、配列番号28(PheRS)の169位に相当するアミノ酸がGlnではなく、かつ、その部位がGlnであるポリペプチドと比べてN-メチルPheに対する反応性が上昇しているポリペプチドが挙げられる。
(a) 配列番号1~2(PheRS05およびPheRS04)のいずれかに記載のアミノ酸配列と高い同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(b) 配列番号1~2のいずれかに記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸を置換、欠失、挿入および/または付加したアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(c) 配列番号12~13(PheRS05およびPheRS04のDNA)のいずれかに記載の塩基配列と高い同一性を有する塩基配列によりコードされるポリペプチド、または
(d) 配列番号12~13のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAによりコードされるポリペプチド。
当該ポリペプチドは、好ましくは、169位に相当するアミノ酸がGlyまたはAlaであるポリペプチドである。このようなポリペプチドには天然のポリペプチドおよび人工的に改変したポリペプチドが含まれるが、好ましくは、169位に相当するアミノ酸がGlyまたはAlaに改変されているポリペプチドである。
【0062】
また、本発明のポリペプチドとしては、下記 (a) ~ (d) のいずれかに記載のポリペプチドであって、配列番号29(ThrRS)の332位および511位に相当するアミノ酸が、それぞれMetおよびHisではないポリペプチド(すなわち2箇所のうち少なくとも一箇所は異なるポリペプチド)であって、当該332位および511位に相当するアミノ酸がそれぞれMetおよびHisであるポリペプチドと比べてN-メチルThrに対する反応性が上昇しているポリペプチドが挙げられる。
(a) 配列番号10~11(ThrRS03およびThrRS14)のいずれかに記載のアミノ酸配列と高い同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(b) 配列番号10~11のいずれかに記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸を置換、欠失、挿入および/または付加したアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(c) 配列番号21~22(ThrRS03およびThrRS14のDNA)のいずれかに記載の塩基配列と高い同一性を有する塩基配列によりコードされるポリペプチド、または
(d) 配列番号21~22のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAによりコードされるポリペプチド。
当該ポリペプチドは、好ましくは、(i) 332位に相当するアミノ酸がGly、および/または (ii) 511位に相当するアミノ酸がGlyであるポリペプチドである。このようなポリペプチドには天然のポリペプチドおよび人工的に改変したポリペプチドが含まれるが、好ましくは332位に相当するアミノ酸がGly、および/または511位に相当するアミノ酸がGlyに改変されているポリペプチドである。
【0063】
また、本発明のポリペプチドとしては、下記 (a) ~ (d) のいずれかに記載のポリペプチドであって、配列番号188(TrpRS)の132位、150位および153位に相当するアミノ酸が、それぞれMet、GlnおよびHisではないポリペプチド(すなわち3箇所のうち少なくとも一箇所は異なるポリペプチド)であって、当該132位、150位および153位に相当するアミノ酸がそれぞれMet、GlnおよびHisであるポリペプチドと比べてN-メチルTrpに対する反応性が上昇しているポリペプチドが挙げられる。
(a) 配列番号184-186(TrpRS04、TrpRS05およびTrpRS18)のいずれかに記載のアミノ酸配列と高い同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(b) 配列番号184-186のいずれかに記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸を置換、欠失、挿入および/または付加したアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(c) 配列番号192-194(TrpRS04、TrpRS05およびTrpRS18のDNA)のいずれかに記載の塩基配列と高い同一性を有する塩基配列によりコードされるポリペプチド、または
(d) 配列番号192-194のいずれかに記載の塩基配列の相補鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAによりコードされるポリペプチド。
当該ポリペプチドは、好ましくは、(i) 132位に相当するアミノ酸がValまたはAla、および/または (ii) 150位に相当するアミノ酸がAlaであるおよび/または (iii) 153位に相当するアミノ酸がAlaであるポリペプチドである。このようなポリペプチドには天然のポリペプチドおよび人工的に改変したポリペプチドが含まれるが、好ましくは、(i) 132位に相当するアミノ酸がValまたはAla、および/または (ii) 150位に相当するアミノ酸がAla、および/または (iii) 153位に相当するアミノ酸がAlaに改変されているポリペプチドである。
【0064】
また、本発明のポリペプチドとしては、下記 (a)~(d)のいずれかに記載のポリペプチドであって、配列番号189(LeuRS)の43位に相当するアミノ酸が、Tyrではないポリペプチドであって、当該43位に相当するアミノ酸がTyrであるポリペプチドと比べてN-メチルLeuに対する反応性が上昇しているポリペプチドが挙げられる。
(a) 配列番号187(LeuRS02)に記載のアミノ酸配列と高い同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(b) 配列番号187のいずれかに記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸を置換、欠失、挿入および/または付加したアミノ酸配列を含むポリペプチド、
(c) 配列番号195(LeuRS02のDNA)に記載の塩基配列と高い同一性を有する塩基配列によりコードされるポリペプチド、または
(d) 配列番号195に記載の塩基配列の相補鎖とストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAによりコードされるポリペプチド。
当該ポリペプチドは、好ましくは、43位に相当するアミノ酸がGlyであるポリペプチドである。このようなポリペプチドには天然のポリペプチドおよび人工的に改変したポリペプチドが含まれるが、好ましくは、43位に相当するアミノ酸がGlyに改変されているポリペプチドである。
【0065】
本発明のポリペプチドは、天然のARSを改変したポリペプチドである場合は、改変前のARSよりもN-メチルアミノ酸に対する反応性が上昇しているポリペプチドであり、本発明のポリペプチドが天然のARSや人工的に作出したポリペプチドである場合は、N-メチルアミノ酸に対して反応性を有するポリペプチド、すなわちN-メチルアミノ酸でtRNAをアシル化する活性を有するポリペプチドである。なお改変ARSと天然のARSで反応性を比較するときに、ARSが複数のサブユニットで構成される場合は、比較するサブユニット以外にサブユニットは同じものを用いて比較する。それらは、両者のARSで同じである限り、天然(または野生型)のサブユニットでも改変されたサブユニットでもよい。
【0066】
高い同一性とは、上述の通り、例えば70%以上であり、好ましくは80%以上、85%以上、90%以上、95%以上、97%以上、98%以上、または99%以上の同一性を言う。また置換、欠失、挿入および/または付加するアミノ酸配は、1または数個であってよく、例えば1~20個、好ましくは1~15個、より好ましくは1~10個、より好ましくは1~8個、より好ましくは1~7個、より好ましくは1~6個、より好ましくは1~5個、より好ましくは1~4個、より好ましくは1~3個、より好ましくは1~2個、より好ましくは1個である。またハイブリダイゼーションにおけるストリンジェントな条件とは、例えば、「1 X SSC、0.1% SDS、37℃」程度の条件であり、より厳しい条件としては「0.5 X SSC、0.1% SDS、42℃」程度の条件であり、さらに厳しい条件としては「0.2 X SSC、0.1% SDS、65℃」程度の条件であり、さらに厳しい条件としては「0.1 X SSC、0.1% SDS、65℃」程度の条件である。ただし、上記のSSC、SDSおよび温度の条件の組み合わせは例示であり、当業者であればハイブリダイゼーションのストリンジェンシーを決定する上記もしくは他の要素(例えば、プローブ濃度、プローブの長さ、ハイブリダイゼーションの反応時間など)を適宜組み合わせることにより、上記と同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0067】
また本発明は、本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドに関する。本発明のポリヌクレオチドは、前述の本発明のポリペプチドのコード配列を含むポリヌクレオチドであれば、いかなるポリヌクレオチドをも包含し、ゲノミックDNA、cDNA、およびそれらを基に人為的に作出したDNAのいずれをも包含する。ゲノミックDNAは、エキソンおよびイントロンを含む。すなわちゲノミックDNAは、イントロンを含んでも含まなくてもよく、また、非翻訳領域(5'UTRおよび/または3'UTR)や転写調節領域等を含んでも含まなくてもよい。またcDNAは、イントロン配列の一部に由来する核酸配列であってアミノ酸配列をコードする核酸配列を含んでいてもよい。
また、該ポリヌクレオチドは、同一のアミノ酸をコードするコドンであればどのようなコドンから構成される縮重ポリヌクレオチドをも含む。また、本発明のポリヌクレオチドは、所望の生物由来のポリヌクレオチドであってよい。
【0068】
本発明のポリヌクレオチドは、いかなる方法で得られるものであってもよい。例えばmRNAから調製される相補DNA(cDNA)、ゲノムDNAから調製されるDNA、化学合成によって得られるDNA、RNAまたはDNAを鋳型としてPCR法で増幅させて得られるDNAおよびこれらの方法を適当に組み合わせて構築されるDNAをも全て包含する。本発明のポリヌクレオチドは、常法に従って本発明のポリペプチドをコードするゲノムDNAまたはRNAからクローン化し、変異を導入すること等により作製することができる。
【0069】
例えば、本発明のポリペプチドをコードするmRNAからcDNAをクローン化する方法としては、まず、本発明のポリペプチドを発現、産生する任意の組織あるいは細胞から常法に従って該本発明のポリペプチドをコードするmRNAを調製する。例えばグアニジンチオシアネート法、熱フェノール法もしくはAGPC法等の方法を用いて調製した全RNAをオリゴ(dT)セルロースやポリU-セファロース等によるアフィニティ・クロマトグラフィーにかけることによって行うことができる。
【0070】
次いで得られたmRNAを鋳型として、例えば逆転写酵素を用いる等の公知の方法(Mol.Cell.Biol., Vol.2, p.161, 1982; Mol.Cell. Biol., Vol.3, p.280, 1983; Gene, Vol.25, p.263, 1983)等によりcDNA鎖を合成し、cDNAの二本鎖cDNAへの変換し、このcDNAをプラスミドベクター、ファージベクターまたはコスミドベクター等に組み込み、大腸菌を形質転換して、あるいはインビトロパッケージング後、大腸菌に形質移入(トランスフェクト)することによりcDNAライブラリーを作製する。
【0071】
これを本発明のポリヌクレオチド(例えば配列番号:12~22,190-195)またはその一部をプローブとしてスクリーニングを行うことにより、目的の遺伝子を取得することができる。あるいは、本発明のポリヌクレオチド(例えば配列番号:12~22,190-195)またはその一部をプライマーとして用いて、PCRにより直接増幅することもできる。プローブやプライマーの部位や長さは適宜決定してよい。
【0072】
本発明はまた、上述の本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含有するベクター(組み換えベクター)に関する。本発明のベクターとしては、原核細胞及び/または真核細胞のいずれかの宿主内で複製保持または自己増殖できるものであれば特に制限されず、プラスミドベクター、ファージベクター、およびウイルスベクター等が包含される。
【0073】
クローニング用ベクターとしては例えば、pUC19、λgt10、λgt11等が例示される。なお、本発明のポリペプチドを宿主細胞内で発現し得る細胞を単離する場合には、該ポリヌクレオチドを発現し得るプロモーターを有したベクターであることが好ましい。
【0074】
本発明の組換えベクターとしては、簡便には当業界において入手可能な組換え用ベクター(プラスミドDNAおよびバクテリアファージDNA)に本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを常法により連結することによって調製することができる。
【0075】
用いられる組換え用ベクターとして、例えば、大腸菌由来のプラスミド(pBR322、pBR325、pUC12、pUC13、pUC19等)、酵母由来プラスミド(pSH19、pSH15等)、枯草菌由来プラスミド(pUB110、pTP5、pC194等)が例示される。
【0076】
また、ファージとしては、λファージなどのバクテリオファージが、さらにレトロウイルス、ワクシニアウイルス、核多角体ウイルス、レンチウイルスなどの動物や昆虫のウイルス(pVL1393、インビトロゲン製)が例示される。
【0077】
本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを発現させ本発明のポリペプチドを生産させる目的においては、発現ベクターが有用である。発現ベクターとしては、原核細胞および/または真核細胞のいずれかの宿主細胞中で本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを発現し、これらポリペプチドを生産する機能を有するものであれば特に制限されない。
【0078】
例えば、pMAL C2、pEF-BOS(NucleicAcid Research, Vol.18, 1990, p.5322等)あるいはpME18S(実験医学別冊「遺伝子工学ハンドブック」、1992年等)等を挙げることができる。
【0079】
また本発明は、本発明のポリペプチドと他の別のタンパクとの融合に関する。本発明の融合ポリペプチドは、N-メチルアミノ酸に対して反応性を持つ本発明のポリペプチドと他のポリペプチドとの融合ポリペプチドであり、N-メチルアミノ酸に対して反応性を持つ本発明のポリペプチド鎖を含む限り、融合ポリペプチド自体はN-メチルアミノ酸に対して反応性を持たなくてもよい。本発明の融合ポリペプチドは、例えば、GST(Glutathione S-transferase)との融合蛋白として調製する場合には、本発明のポリペプチドをコードするcDNAを、例えば、プラスミドpGEX4T1(Pharmacia製)中にサブクローニングし、大腸菌DH5α等を形質転換して該形質転換体を培養することにより調製することができる。
【0080】
あるいは、HA(インフルエンザ凝集素)、イムノグロブリン定常領域、β-ガラクトシダーゼ、MBP(マルトース結合タンパク質)等との融合体として調製することができる。さらには、例えば、FLAG(Hopp, T. P. et al., BioTechnology (1988) 6, 1204-1210)、数個(例えば6個)のHis(ヒスチジン)残基からなるタグ(6×His、10×His等)、インフルエンザ凝集素(HA)、ヒトc-mycの断片、VSV-GPの断片、p18HIVの断片、T7-tag、HSV-tag、E-tag、SV40T抗原の断片、lck tag、α-tubulinの断片、B-tag、Protein C の断片、Stag、StrepTag、HaloTag等の公知のペプチドとの融合体として調製することができる。
【0081】
本発明のベクターは、宿主細胞として細菌、特に大腸菌を用いる場合、該ベクターは、少なくともプロモーター-オペレーター領域、開始コドン、本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、終止コドン、ターミネーター領域および複製可能単位を含んでいることが好ましい。
【0082】
宿主として酵母、動物細胞または昆虫細胞を用いる場合には、発現ベクターは、少なくともプロモーター、開始コドン、本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、終止コドンを含んでいることが好ましい。
【0083】
また該ベクターは、シグナルペプチドをコードするDNA、エンハンサー配列、本発明のポリペプチドをコードする遺伝子の5'側および3'側の非翻訳領域、スプライシング接合部、ポリアデニレーション部位、選択マーカー領域または複製可能単位などを含んでいてもよい。
【0084】
また、所望により、遺伝子増幅および形質転換された宿主を選抜することを可能とするマーカー遺伝子(遺伝子増幅遺伝子、薬剤耐性遺伝子等)を含んでいてもよい。
【0085】
例えば、ジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)遺伝子、チミジンキナーゼ遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、グルタミン酸合成酵素遺伝子、アデノシンデアミナーゼ遺伝子、オルニチンデカルボキシラーゼ遺伝子、ヒグロマイシン-B-ホスホトランスフェラーゼ遺伝子、アスパルテートトランスカルバミラーゼ遺伝子等を例示することができる。
【0086】
細菌中で本発明のポリペプチドを発現させるためのプロモーター-オペレータ-領域は、プロモーター、オペレーター及びShine-Dalgarno(SD) 配列(例えば、AAGGなど)を含むことができる。
【0087】
例えば宿主がエシェリキア属菌の場合、例えばTrpプロモーター、lacプロモーター、recAプロモーター、λPLプロモーター、lppプロモーター、tacプロモーターなどを含むものが例示される。
【0088】
酵母中で本発明のポリペプチドを発現させるためのプロモーターとしては、PH05プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーターが挙げられる。
宿主がバチルス属菌の場合は、SL01プロモーター、SP02プロモーター、penPプロモーターなどが挙げられる。
【0089】
また、宿主が哺乳動物細胞等の真核細胞である場合、SV40由来のプロモーター、レトロウイルスのプロモーター、ヒートショックプロモーターなどが挙げられる。好ましくは、SV40、レトロウイルスである。しかし、特にこれらに限定されるものではない。また、発現にはエンハンサーの利用も効果的な方法である。
【0090】
好適な開始コドンとしては、メチオニンコドン(ATG)が例示される。終止コドンとしては、常用の終止コドン(例えば、TAG、TGA、TAA)が例示される。ターミネーター領域としては、通常用いられる天然または合成のターミネーターを用いることができる。
【0091】
複製可能単位とは、宿主細胞中でその全DNA配列を複製することができる能力をもつDNAを言い、天然のプラスミド、人工的に修飾されたプラスミド(天然のプラスミドから調製されたDNAフラグメント)および合成プラスミド等が含まれる。好適なプラスミドとしては、E. coli ではプラスミドpBR322、もしくはその人工的修飾物(pBR322を適当な制限酵素で処理して得られるDNAフラグメント)が、酵母では酵母2μプラスミド、もしくは酵母染色体DNAが、また哺乳動物細胞ではプラスミドpRSVneo (ATCC 37198)、プラスミドpSV2dhfr (ATCC 37145)、プラスミドpdBPV-MMTneo (ATCC 37224)、プラスミドpSV2neo (ATCC 37149) 等があげられる。
【0092】
エンハンサー配列、ポリアデニレーション部位およびスプライシング接合部位については、例えばそれぞれSV40に由来するもの等、当業者において通常使用されるものを用いることができる。
【0093】
本発明の発現ベクターは、少なくとも、上述のプロモーター、開始コドン、本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、終止コドンおよびターミネーター領域を連続的かつ環状に適当な複製可能単位に連結することによって調製することができる。またこの際、所望により制限酵素での消化やT4 DNAリガーゼを用いるライゲーション等の常法により適当なDNAフラグメント(例えば、リンカー、他の制限酵素切断部位など)を用いることができる。
【0094】
本発明はまた、上述した本発明のベクターで形質転換された組み換え細胞に関し、本発明の組み換え細胞は、上述の発現ベクターを宿主細胞に導入することにより調製することができる。
【0095】
本発明で用いられる宿主細胞としては、前記の発現ベクターに適合し、形質転換されうるものであれば特に限定されず、本発明の技術分野において通常使用される天然細胞あるいは人工的に樹立された組換細胞など種々の細胞、例えば、細菌(エシェリキア属菌、バチルス属菌)、酵母(サッカロマイセス属、ピキア属など)、動物細胞または昆虫細胞などが例示される。
【0096】
好ましくは大腸菌あるいは動物細胞であり、例えば、大腸菌(DH5α、TB1、HB101等)、マウス由来細胞(COP、L、C127、Sp2/0、NS-1またはNIH3T3等)、ラット由来細胞(PC12, PC12h)、ハムスター由来細胞(BHK及びCHO等)、サル由来細胞(COS1、COS3、COS7、CV1及びVelo等)およびヒト由来細胞(Hela、2倍体線維芽細胞に由来する細胞、ミエローマ細胞およびHepG2等)などが例示される。
【0097】
発現ベクターの宿主細胞への導入(形質転換(形質移入))は常法に従って行うことができる([E.coli、Bacillus subtilis 等の場合]: Proc. Natl. Acad. Sci. USA., Vol.69, p.2110, 1972; Mol. Gen. Genet., Vol.168, p.111, 1979; J. Mol.Biol., Vol.56, p.209, 1971; [Saccharomyces cerevisiaeの場合]: Proc. Natl. Acad. Sci. USA., Vol.75, p.1927, 1978; J. Bacteriol., Vol.153, p.163, 1983); [動物細胞の場合]: Virology, Vol.52, p.456, 1973; [昆虫細胞の場合]: Mol. Cell. Biol., Vol.3, p.2156-2165, 1983)。
【0098】
本発明のポリペプチドは、上記の如く調製される発現ベクターを含む形質転換組み換え細胞(以下、封入体を包含する意味で使用する。)を、常法に従って、栄養培地で培養することによって製造することができる。
本発明のポリペプチドは、上述のような組み換え細胞、特に動物細胞を培養し、培養上清中に分泌させること等により製造することができる。
【0099】
得られた培養物を濾過または遠心分離等の方法で培養濾液(上清)を得、該培養濾液から天然または合成蛋白質を精製並びに単離するために一般に用いられる常法に従って本発明のポリペプチドを精製、単離する。
単離、精製方法としては、例えば塩析、溶媒沈澱法等の溶解度を利用する方法、透析、限外濾過、ゲル濾過、ドデシル硫酸ナトリウム-ポリアクリルアミドゲル電気泳動など分子量の差を利用する方法、イオン交換クロマトグラフィーやヒドロキシルアパタイトクロマトグラフィーなどの荷電を利用する方法、アフィニティ・クロマトグラフィーなどの特異的親和性を利用する方法、逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法、等電点電気泳動などの等電点の差を利用する方法などが挙げられる。
【0100】
一方、本発明のポリペプチドが培養された組み換え細胞(大腸菌など)のペリプラズムまたは細胞質内に存在する場合は、培養物を濾過または遠心分離などの常法に付して菌体あるいは細胞を集め、適当な緩衝液に懸濁し、例えば超音波やリゾチーム及び凍結融解などの方法で細胞等の細胞壁および/または細胞膜を破壊した後、遠心分離やろ過などの方法で本発明のタンパクを含有する膜画分を得る。該膜画分をTritonTM-X100等の界面活性剤を用いて可溶化して粗溶液を得る。そして、当該粗溶液を先に例示したような常法を用いることにより、単離、精製することができる。
【0101】
本発明はまた、上述の本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド(cDNAやゲノミックDNA)またはその相補鎖にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドに関する。例えば当該オリゴヌクレオチドは、少なくとも本発明のARSの改変部位を含む塩基配列またはその相補鎖にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドである。また本発明のオリゴヌクレオチドは、本発明の改変ARSをコードするポリヌクレオチドの部分断片であって、当該改変ARSの改変部位の塩基を含む断片またはその相補鎖が好ましい。
【0102】
例えば本発明のオリゴヌクレオチドは、N-メチルValと反応性を有する本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドにおいて、配列番号3~5,182および183(ValRS04、ValRS13、ValRS13-11、ValRS66およびValRS67)に記載のアミノ酸配列の43位に相当するアミノ酸および/または45位に相当するアミノ酸および/または279位に相当するアミノ酸に対応するコドンをコードする塩基を含むオリゴヌクレオチド、またはその相補配列からなるオリゴヌクレオチドであってよい。ここで43位に相当するアミノ酸は、好ましくはGlyもしくはAla(より好ましくはGly)であり、45位に相当するアミノ酸は、好ましくはSerであり、279位に相当するアミノ酸は、好ましくはGlyもしくはAla(より好ましくはAla)である。
【0103】
例えば本発明のオリゴヌクレオチドは、N-メチルSerと反応性を有する本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドにおいて、配列番号6~9(SerRS03、SerRS05、SerRS35、およびSerRS37)に記載のアミノ酸配列の237位に相当するアミノ酸および/または239位に相当するアミノ酸に対応するコドンをコードする塩基を含むオリゴヌクレオチド、またはその相補配列からなるオリゴヌクレオチドであってよい。ここで237位に相当するアミノ酸は、好ましくはSerであり、239位に相当するアミノ酸は、好ましくはGlyまたはAla(より好ましくはGly)である。
【0104】
例えば本発明のオリゴヌクレオチドは、N-メチルPheと反応性を有する本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドにおいて、配列番号1~2(PheRS04、およびPheRS05)に記載のアミノ酸配列の169位に相当するアミノ酸に対応するコドンをコードする塩基を含むオリゴヌクレオチド、またはその相補配列からなるオリゴヌクレオチドであってよい。ここで169位に相当するアミノ酸は、好ましくはGlyまたはAlaである。
【0105】
例えば本発明のオリゴヌクレオチドは、N-メチルThrと反応性を有する本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドにおいて、配列番号10~11(ThrRS03、およびThrRS14)に記載のアミノ酸配列の332位に相当するアミノ酸および/または511位に相当するアミノ酸に対応するコドンをコードする塩基を含むオリゴヌクレオチド、またはその相補配列からなるオリゴヌクレオチドであってよい。ここで332位に相当するアミノ酸は、好ましくはGlyであり、511位に相当するアミノ酸は、好ましくはGlyである。
【0106】
例えば本発明のオリゴヌクレオチドは、N-メチルTrpと反応性を有する本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドにおいて、配列番号184-186(TrpRS04,TrpRS05およびTrpRS18)に記載のアミノ酸配列の132位に相当するアミノ酸および/または150位に相当するアミノ酸および/または153位に相当するアミノ酸に対応するコドンをコードする塩基を含むオリゴヌクレオチド、またはその相補配列からなるオリゴヌクレオチドであってよい。ここで132位に相当するアミノ酸は、好ましくはValもしくはAla(より好ましくはVal)であり、150位に相当するアミノ酸は、好ましくはAlaであり、279位に相当するアミノ酸は、好ましくはAlaである。
【0107】
例えば本発明のオリゴヌクレオチドは、N-メチルLeuと反応性を有する本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドにおいて、配列番号187(LeuRS02)に記載のアミノ酸配列の43位に相当するアミノ酸に対応するコドンをコードする塩基を含むオリゴヌクレオチド、またはその相補配列からなるオリゴヌクレオチドであってよい。ここで43位に相当するアミノ酸は、好ましくはGlyである。
【0108】
N-メチルアミノ酸と反応性を有する本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの部分断片の長さに特に制限はないが、例えば連続する少なくとも15塩基であり、好ましくは16塩基以上、より好ましくは17塩基以上、より好ましくは18塩基以上、より好ましくは20塩基以上、より好ましくは25塩基以上、より好ましくは28塩基以上、より好ましくは30塩基以上、より好ましくは32塩基以上、より好ましくは35塩基以上、より好ましくは40塩基以上、より好ましくは50塩基以上である。
【0109】
また本発明のオリゴヌクレオチドは、上記の本発明のARSをコードするポリヌクレオチドの部分断片に加え、両端または片端(5'端および/または3'端)に他の配列からなるオリゴヌクレオチドをさらに含んでもよい。本発明のオリゴヌクレオチドは、例えば500塩基以下であり、より好ましくは300塩基以下、より好ましくは200塩基以下、より好ましくは100塩基以下、より好ましくは70塩基以下、より好ましくは60塩基以下、より好ましくは50塩基以下である。
【0110】
本発明のオリゴヌクレオチドは、本発明のポリペプチドをコードする核酸の作製(例えば変異の導入)に有用であり、また、本発明のポリペプチドをコードする核酸を検出するためにも有用である。例えば本発明のオリゴヌクレオチドはまた、DNAハイブリダイゼーションまたはRNAハイブリダイゼーションの操作におけるプローブとして使用できる。当該DNAをプローブとして用いる目的においては、本発明のポリヌクレオチドにハイブリダイゼーションする、連続した20塩基以上の部分塩基配列が挙げられ、好ましくは、連続した30塩基以上の部分塩基配列、さらに好ましくは連続した40塩基上または50塩基以上の部分塩基配列、さらに好ましくは連続した100塩基以上の部分塩基配列、より好ましくは連続した200塩基以上の部分塩基配列、特に好ましくは連続した300塩基以上の部分塩基配列が挙げられる。
【0111】
本発明のポリペプチド、ポリヌクレオチド、およびオリゴヌクレオチドは、適宜担体もしくは媒体を組み合わせて組成物とすることができる。組成物の製造、当業者に公知の方法を用いて行うことができる。例えば、薬理学上許容される担体もしくは媒体、具体的には、滅菌水や生理食塩水、植物油、乳化剤、懸濁剤、界面活性剤、安定剤、香味剤、賦形剤、ベヒクル、防腐剤、結合剤等と適宜組み合わせることができる。また、これらは一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化され得る。
【0112】
また本発明は、前記したN-メチルアミノアシルtRNA合成酵素の変異体をコードするポリヌクレオチド(DNAおよびRNAを含む)を用いて形質転換された細胞を提供する。このような細胞としては、原核細胞であっても真核細胞であってもよい。
【0113】
また、細胞内で発現した本発明のN-メチルアミノアシルtRNA合成酵素の変異体を、その細胞内でそのまま蛋白質合成に使用する場合には、その目的に応じた細胞を用いることができる。形質転換する方法としては、公知の方法を採用することができる。
【0114】
また本発明は、前記してきた本発明のアミノ酸配列が改変されたARSを用いて、N-メチルアミノ酸を含有するポリペプチドを製造する方法を提供する。
また、本発明のアミノ酸配列が改変されたARSは細胞内における使用のみならず、インビトロ(セルフリー系)における使用も包含している。
いずれの場合においても、pdCpA法などの化学合成法を用いる先行技術とは異なり翻訳反応中に繰り返しtRNAをアシル化することが可能なため、NメチルアミノアシルtRNAの持続的な供給ができることと、翻訳を阻害するtRNAの大量添加を回避することが可能となる。
したがって、本発明は、非天然アミノ酸を効率よく、選択的に、特に位置選択的に、かつ大量に製造する方法を提供するものである。
【0115】
<本発明の改変ARSの一般的調製方法>
本発明の改変ARSは、上述の通り公知の遺伝子組み換え技術を用いて作製することができるが、一般的に次のように調製することができる。まず、天然型ARS遺伝子を含むプラスミドを鋳型とし、そのプライマーを用いたPCRによって特定の位置及び特定のアミノ酸に部位特異的変異を導入し、制限酵素にて鋳型プラスミドを消化した後大腸菌等に形質転換し、目的の変異導入プラスミドをクローニングする。
【0116】
二アミノ酸目のアミノ酸変異を導入する場合は、続いて、特定の位置に変異が導入されたプラスミドを鋳型とし、プライマーを用いた部位特異的変異導入を上記と同様に繰り返し、二アミノ酸置換体をコードするプラスミドDNAを構築する。さらにアミノ酸変異を導入する場合も同様に行えばよい。
【0117】
作成したDNAを、ラックリプレッサー(LacI)をコードするプラスミドpREP4等と同時に大腸菌BL21株などへ形質転換し、得られた形質転換株を単離培養した後、IPTGにて発現誘導を行う。得られた菌株は、その後破砕し、上清を、Hisタグを利用したアフィニティーカラムに通すこと等により変異ARSを精製する。
【0118】
あるいは次の方法によっても調製することができる。すなわち、特定の変異ARS配列を遺伝子合成し、発現ベクターに乗せ換えた後、タンパク発現、種々の精製タグを利用したアフィニティーカラムにより目的タンパク質を精製する。
【0119】
また、本発明の特定の位置のアミノ酸が他のアミノ酸で改変されたN-メチルアミノアシルtRNA合成酵素の変異体の製造方法としては、前記した方法に限定されるものではなく、公知のポイントミューテーション技術や遺伝子合成技術、制限酵素により改変断片を導入する方法など、各種の遺伝子操作技術を使用することができ、発現も大腸菌に限定されず、動物細胞や無細胞翻訳系も使用することができる。また精製方法もポリヒスチジンを利用したアフィニティーカラムに限定されるものではなく、様々なペプチドタグや精製カラムを用いることができる。
【0120】
<得られた本発明の改変ARSの基質特異性確認方法>
また、得られた改変体について、例えば以下の3種のいずれかのアッセイ方法を用いて基質特異性を確認することができる。
【0121】
第1の方法は、野生型ARSの代わりに改変ARSを用い、さらには天然のアミノ酸の代わりに、それがN‐メチル化されたアミノ酸を用いて再構成した無細胞翻訳系のもとで翻訳反応を行い、翻訳系内でN‐メチルアミノ酸をアミノアシル化させ、mRNA上のコドンに対応してそのN‐メチルアミノ酸がペプチド中に導入されていることを、質量分析により確認する。
【0122】
第2の方法は、放射性同位体あるいは蛍光分子で標識したアミノ酸を用いた翻訳実験により、生成したペプチドを標識し、それを電気泳動や分析カラムにて分離、可視化することでペプチドの収量を見積もるものである。この場合、改変ARSを用いた場合は野生型のARSを用いた場合と比べ、対応するN-メチルアミノ酸の翻訳導入効率が高まるため、電気泳動やクロマトグラムで観測されるペプチドの放射能や蛍光がより強く観測される。
【0123】
第3の方法は、試験管内で改変ARSと対応するtRNA、N-メチルアミノ酸の三者を反応させ、その結果生成するN‐メチルアミノアシルtRNAを、電気泳動により未反応のtRNAと分離させることで、アシル化反応の効率を定量化させるものである。改変ARSを用いた場合は野生型ARSと比べアシル化されたtRNAがより多く検出される。
【0124】
上述の通り、本発明の改変ARSは、改変前のARSに比べ、N-メチルアミノ酸に対する反応性が上昇している。N-メチルアミノ酸に対する反応性の上昇は、反応速度の上昇であってもよく、N-メチルアミノ酸でアシル化された反応生成物の量の増大、またはN-メチルアミノ酸に対する基質特異性の上昇であってもよい。またN-メチルアミノ酸に対する反応性の上昇は、定性的または定量的なものであってよい。例えば、改変前のARSまたは改変後のARSを用いること以外は同一の条件下で反応を行い、改変前のARSに比べ改変後のARSにおいて、N-メチルアミノ酸を基質とした反応性(反応速度または反応生成物の量など)が有意に上昇すれば、N-メチルアミノ酸に対する反応性が上昇したと判断される。また、たとえN-メチルアミノ酸を基質とする反応速度または反応生成物の量が有意に上昇していなくても、非修飾アミノ酸に対する反応速度または反応生成物と比較したN-メチルアミノ酸に対する基質特異性が、改変前のARSに比べ改変後のARSにおいて上昇していれば、そのような改変ARSはN-メチルアミノ酸に対する反応性が上昇したと判断される。好ましくは、本発明の改変ARSは、N-メチルアミノ酸を基質とする反応速度または反応生成物の量が、改変前のARSに比べ改変後のARSにおいて上昇している。
【0125】
例えば本発明の改変ARSは、改変前のARSおよび改変後のARSを用いてある同じ条件で測定した場合、N-メチルアミノ酸でアミノアシル化されたtRNAの量、あるいはN-メチルアミノ酸が取り込まれたペプチドの量が、有意に上昇、好ましくは少なくとも10%、好ましくは20%、好ましくは1.3倍以上、好ましくは1.5倍以上、好ましくは2倍以上、好ましくは3倍以上、さらに好ましくは5倍以上、さらに好ましくは10倍以上、さらに好ましくは20倍以上、さらに好ましくは30倍以上、さらに好ましくは50倍以上、さらに好ましくは100倍以上上昇する。あるいは本発明の改変ARSは、改変前のARSおよび改変後のARSを用いてある同じ条件で測定した場合、「N-メチルアミノ酸反応生成物/非修飾アミノ酸反応生成物」の量比が、改変前ARSに比べ、改変後のARSにおいて有意に上昇、好ましくは少なくとも10%、好ましくは20%、好ましくは1.3倍以上、好ましくは1.5倍以上、好ましくは2倍以上、好ましくは3倍以上、さらに好ましくは5倍以上、さらに好ましくは10倍以上、さらに好ましくは20倍以上、さらに好ましくは30倍以上、さらに好ましくは50倍以上、さらに好ましくは100倍以上上昇する。あるいは本発明の改変ARSは、改変前のARSおよび改変後のARSを用いてある同じ条件で測定した場合、連続するN-メチルアミノ酸を含むポリペプチドをコードする核酸を翻訳させた場合に、連続するN-メチルアミノ酸を含むポリペプチドの生成量が、改変前ARSに比べ、改変後のARSにおいて有意に上昇、好ましくは少なくとも10%、好ましくは20%、好ましくは1.3倍以上、好ましくは1.5倍以上、好ましくは2倍以上、好ましくは3倍以上上昇する。連続するN-メチルアミノ酸は、例えば2連続および/または3連続であってよい。
【0126】
N-メチルアミノ酸に対する反応性は、上記の確認方法に従って測定することができ、具体的には、例えば翻訳生成させたペプチドを電気泳動し、N-メチルアミノ酸を取り込んだペプチドやN-メチルアミノ酸を取り込んでいないペプチドのバンド強度を定性的または定量的に測定して反応性とみなすことができる。あるいは質量分析におけるピーク値を測定し、N-メチルアミノ酸を取り込んだペプチドのピーク値やN-メチルアミノ酸を取り込んでいないペプチドのピーク値を測定して反応性とみなすことができる。
【0127】
例えば本発明の改変ARSの基質特異性は、非修飾アミノ酸およびN-メチルアミノ酸の存在下でペプチド合成を行い、「N-メチルアミノ酸反応生成物/非修飾アミノ酸反応生成物」の量比を測定した場合、改変前ARSに比べ、有意に上昇、好ましくは少なくとも10%、好ましくは20%、好ましくは1.3倍以上、好ましくは1.5倍以上、好ましくは2倍以上、好ましくは3倍以上、さらに好ましくは5倍以上、さらに好ましくは10倍以上、さらに好ましくは20倍以上上昇している。
【0128】
反応条件は、改変前のARSおよび改変後のARSにおいて同一の条件を用いる限り、適宜決定すればよい。反応時の非修飾アミノ酸およびN-メチルアミノ酸の基質濃度は適宜調製してよく、いずれかの濃度条件でN-メチルアミノ酸に対する反応性の上昇が生じればよい。好ましくは、非修飾アミノ酸は、無添加(無細胞翻訳系に元から含まれる内在性アミノ酸のみ)であってよく、あるいは0.1μM~1 mM、例えば0.1~500μM、0.1~250μM、0.1~100μM、0.1~50μMの間で適宜調節して反応させてよい。N-メチルアミノ酸は、例えば 50μM~10 mM、例えば100μM~5 mM、200μM~2 mM、500μM~1 mMの間で適宜調節して反応させてよい。
【0129】
上記の調製方法により得た改変ARSを用いて、N-メチルアミノ酸を部位特異的に組み込んだペプチド及びペプチド-mRNA融合体の生産に適用することが可能となる。
【0130】
さらに、ここで使用したARSの生物種間保存性は高いことから、他の生物種のN-メチルアミノ酸tRNA合成酵素の改変に本発明の方法を広く適用することができることは明らかである。
【0131】
また、本発明の改変ARSを利用することで、原核生物の翻訳系内で、特定のアミノ酸をそのN-メチル化した非天然アミノ酸に置換したペプチドを作成することが出来る。このようなペプチドの作成は、他の生物由来のARSを本発明と同様に改変することでも可能になる。
【0132】
<本発明の改変ARSを用いたtRNAのアシル化反応>
本発明の改変ARSを用いれば、tRNAのアシル化においてN-メチルアミノ酸を基質とすることが可能となる。本発明の改変ARSは、N-メチルアミノ酸を用いてtRNAをアシル化し、N-メチルアミノ酸含有ペプチドを翻訳することを可能とする。
【0133】
本発明の改変ARSを用いてN-メチルアミノアシルtRNAを生成させるには、例えばpdCpA法などの化学合成法における反応と同様に、改変ARSとそれに対応するN-メチルアミノ酸及びtRNAを試験管内で反応させ、その生成物であるN-メチルアミノアシルtRNAをエタノール沈殿のような公知の核酸精製法にて単離し、それを翻訳系内に加えてもよい。これにより目的の位置にN-メチルアミノ酸が導入されたポリペプチド、あるいはポリペプチド-mRNA融合体が作成される。
【0134】
また、特定のtRNAとそれに対応するN-メチルアミノ酸のみを基質として含む反応液中で反応を行う必要がある化学合成法とは違い、本発明の改変ARSはtRNAやアミノ酸への基質特異性が高いことから、他のtRNAやアミノ酸を含む翻訳反応液という混合物においても、改変ARS、N-メチルアミノ酸、tRNAの3者は、正確かつ効率よく目的のN-メチルアミノアシルtRNAを生成する。従って、上記のような単離精製作業は必須ではなく、N-メチルアミノ酸でtRNAをアシル化した反応溶液をそのまま翻訳反応に使用したり、またはN-メチルアミノ酸によるtRNAのアシル化の反応と同時に翻訳反応を行わせることができる。また、pdCpAアミノ酸や活性化アミノ酸といった基質の化学合成がなく、市販の試薬を用いて実施することができるため、簡便性が高い。
【0135】
そして、もっとも重要な特徴として、本発明の改変ARSを用いてペプチド翻訳を行う場合、該当するtRNAを化学量論的な配慮を必要としないことが挙げられる。化学合成法でアミノアシルtRNAを供給する場合は反応によりN-メチルアミノアシルtRNAが減少し反応効率が低下するが、ARSを用いれば、N-メチルアミノ酸を複数導入するペプチド合成においても翻訳効率が良い。翻訳系内においてアミノアシルtRNAは加水分解反応やペプチド転移反応により絶えずデアシル化を受けるが、本発明の改変ARSは開放されたtRNAを認識して新たにN-αアミノ酸をアシル化し、翻訳系内においてN-αアミノアシルtRNAを絶えず供給することが出来る。そのため、生成されるポリペプチドに比べ、必要なtRNA量は少なくて済む。大量のtRNA添加はそれ自体がペプチド収量を低下させる一因となるため、N-αアミノ酸含有ペプチドを翻訳効率良く製造し、多様性の高いペプチドライブラリーを作製するのに本発明の改変ARSは有用である。
【0136】
さらに、本発明の改変ARSは、天然型ARSと比べN-メチルアミノ酸との反応性が向上していることから、天然のARSを用いた場合よりも低い濃度のN-メチルアミノ酸の存在下で、tRNAに対してアシル化反応を行うことができる。すなわち、ペプチド翻訳に必要なN-メチルアミノ酸の絶対量として、天然のARSを用いた場合ほど大量のN-メチルアミノ酸を必要としない。
【0137】
その上、本発明の改変ARSを用いることで、天然型ARSを用いてN-メチルアミノ酸含有ペプチドを翻訳させる場合よりも低い濃度のARSでN-メチルアミノ酸含有ペプチドを翻訳することができる。すなわち、ペプチド翻訳に必要な本発明の改変ARSの絶対量は、天然型のARSを用いてN-メチルアミノ酸含有ペプチドを翻訳させる場合よりも有意に少なくて済む。
【0138】
これらの特徴は、アミノアシル化反応の直交性を向上させるのに重要である。すなわち、N-メチルアミノ酸含有ペプチドを翻訳するために、基質である、N-メチルアミノ酸あるいはそのアミノ酸に対応するARSを、他の天然のアミノ酸あるいは他の天然のアミノ酸に対応するARSよりも高濃度に必要とすればするほど、本来N-メチルアミノ酸を基質とすべきARSが他の天然のアミノ酸をアシル化反応に使用する、あるいは、過剰に存在するN-メチルアミノ酸が他の天然のアミノ酸に対応するARSによるアシル化反応に使用されるといった非特異的な反応が起きやすくなり、結果として得られる翻訳ペプチドが、N-メチルアミノ酸含有ペプチドと該当する天然アミノ酸ペプチドの混合物になる、というペプチドライブラリーの課題が生じることになる。しかし、本発明の改変ARSを使用すれば、その問題を低減することが期待できる。
【0139】
従って、本発明の改変ARSの特徴は次のように表すことができる。
tRNAのアシル化を触媒する改変ARSであって、
(a)tRNA結合部位
(b)N-メチルアミノ酸基質結合部位、及び
(c)N-メチルアミノ酸基質からtRNAの3’末端へのアシル基転移反応を触媒する活性を有する触媒活性部位、
を含み、
tRNAおよびN-メチルアミノ酸を、翻訳反応混合物の中でも正確に認識してアシル化し、さらにアシル基転移反応後の解放されたtRNAを再利用して再びアシル化反応を繰り返すことができることを特徴とする、前記改変ARS。
【0140】
さらに、本発明の改変ARSは前記(a), (b), (c)に加えて、(d)望まれないアミノ酸でアシル化されたtRNAを加水分解する校正部位を含んでもよい。
【0141】
<本発明の改変ARSを用いたアシル化tRNAの合成>
本発明の改変ARSを用いて、所望のN-メチルアミノ酸基質でアシル化されたtRNAを合成できる。
【0142】
本発明の改変ARSによる、アシル化されたtRNAの製造方法は以下の工程を含む
(a)1つ以上の本発明の改変ARSを提供する工程;(b)tRNAを提供する工程;
(c)N-メチルアミノ酸を提供する工程;及び(d)前記改変ARSと、前記tRNA及びN-メチルアミノ酸とを接触させて、tRNAをアシル化する工程。
【0143】
また上記工程に加え、(e)アシル化されたtRNAを含む反応生成物を回収する工程をさらに含んでもよい。但し、回収する工程においては、アシル化されたtRNAを精製する必要はなく、反応混合物をそのまま回収して使用することができる。生成されたアミノアシルtRNAをARSから分離・精製しないことで、デアシル化を防ぐことができる。
【0144】
この方法において基質として用いるのは、N-メチルアミノ酸である。特に好ましくはN-メチルフェニルアラニン・N-メチルバリン・N-メチルスレオニン・N-メチルトリプトファン・N-メチルロイシンおよび/またはN-メチルセリンである。基質として用いるN-メチルアミノ酸は、ARSが基質とするもの(そのARSに該当するアミノ酸)が適宜選択される。
【0145】
本発明の改変ARSによる、アシル化されたtRNAの製造方法において、tRNAとしては該当する天然アミノ酸のARSに対応するtRNAを用いることができる。「該当する天然アミノ酸」とは、N-メチルアミノ酸に対して、そのアミノ酸がN-メチル化されていないものである。例えば、N-メチルフェニルアラニンであれば、該当するアミノ酸はフェニルアラニンであり、コドンとしてUUU, またはUUCを認識する(対応するアンチコドンを有する)tRNAのことである。またN-メチルバリンであれば、該当するアミノ酸はバリンであり、コドンとしてGUU, GUC, GUA, またはGUGを認識する(対応するアンチコドンを有する)tRNAのことである。N-メチルセリンであれば、該当するアミノ酸はセリンであり、コドンとして UCU, UCC, UCA, UCG, AGU, またはAGCを認識する(対応するアンチコドンを有する)tRNAのことである。N-メチルスレオニンであれば、該当するアミノ酸はスレオニンであり、コドンとして ACU, ACC, ACA, またはACGを認識する(対応するアンチコドンを有する)tRNAのことである。N-メチルトリプトファンであれば、該当するアミノ酸はトリプトファンであり、コドンとして UGGを認識する(対応するアンチコドンを有する)tRNAのことである。N-メチルロイシンであれば、該当するアミノ酸はロイシンであり、コドンとしてUUA, UUG, CUU, CUC, CUAまたはCUGを認識する(対応するアンチコドンを有する)tRNAのことである。その他のN-メチルアミノ酸においても、該当するアミノ酸に対応するコドンを認識する(対応するアンチコドンを有する)tRNAを用いることができる。
【0146】
溶液中で改変ARSによるtRNAのアシル化を行う場合、反応溶液をエタノール沈殿したペレットを適当な緩衝液(例えば1mMの酢酸カリウム、pH5等)に溶解し、翻訳系に添加すれば良い。一般的な反応条件としては、例えば、最終濃度で0.5~40μMのtRNA、0.1~10μMの本発明の改変ARS、0.1~10mMのN-メチルアミノ酸、0.1-10mMのATP、0.1-10mMのMgCl2を含むpH7.5、0.1Mの反応緩衝液を、37℃で5分~1時間、反応させる。
【0147】
さらに、アミノアシル化反応を行うために、例えば1~50μMのtRNA、10~200(例えば50~200) mM HEPES-K(pH7.0~8.0(例えば7.6))、1~100(例えば10) mM KCl溶液を95℃で2分間加熱し、その後室温に5分以上静置させることでtRNAのリフォールディングを行うことができる。このtRNA溶液を最終濃度1~40(例えば10)μMになるように、アシル化バッファー(最終濃度25~100(例えば50) mM HEPES-K[pH7.0~8.0(例えば7.6)], 1~10(例えば2) mM ATP, 10~100(例えば100) mM 酢酸カリウム、1~20(例えば10) mM 酢酸マグネシウム、0.1~10(例えば1) mM DTT、0.1 mg/mL Bovine Serum Albumin)を添加後、改変ARS(最終濃度0.1~10(例えば0.5)μM)およびN-メチルアミノ酸(最終濃度0.1~10(例えば1) mM)と混合し、37℃で5~60(例えば10)分間インキュベートすることで調製できる。
【0148】
このように本発明の改変ARSを用いたアシル化反応は基質や合成が必要な活性化アミノ酸を必要とせず市販のN-メチルアミノ酸で実施できるので簡便であり、基質と組み合わせてアシル化tRNAを得るためのキット化製品とすることもできる。キットの最低限の内容としては、(a)1つ以上の本発明の改変ARS、(b)N-メチルアミノ酸、及び(c)tRNAを含んでいればよいが、さらに、反応緩衝液、反応容器、使用説明書等を含んでいてもよい。ここで、(b)のN-メチルアミノ酸および(c)のtRNAは、それぞれ(a)の改変ARSの基質となるN-メチルアミノ酸およびtRNAである。すなわちtRNAは、N-メチルアミノ酸に該当する天然アミノ酸に対応するコドンを認識する(対応するアンチコドンを有する)tRNAである。
【0149】
<本発明の改変ARSを用いたN-メチルアミノ酸含有ポリペプチドの合成>
N-メチルアミノ酸結合tRNAを用いて、N-メチルアミノ酸が所望の部位に導入されたポリペプチドを製造することができる。当該方法は、目的のポリペプチドをコードする核酸を、本発明の改変ARSの存在下で翻訳させる工程を含む。
【0150】
より具体的には、例えば本発明の改変ARSを用いた、N-メチルアミノ酸含有ポリペプチドの製造方法は、(a)本発明の改変ARSを提供する工程、(b)野生型ARSの代わりに本発明の改変ARSを用いて再構成した無細胞翻訳系を構築する工程、(c)改変ARSの基質となるtRNAのアンチコドンに対応するコドンを所望の部位に有するmRNAを提供する工程、(d)前記の無細胞翻訳系に前記mRNAを加えて、N-メチルアミノ酸が所望の部位に導入されたポリペプチドを製造する工程、を含む。以下では(d)のポリペプチドの製造に特に関連する事項を説明する。
【0151】
本発明の改変ARSを用いて、tRNAをN-メチルアミノ酸でアシル化する際、N-メチルアミノ酸としてはN-メチルアラニン、N-メチルロイシン、N-メチルトリプトファン、N-メチルフェニルアラニン・N-メチルバリン・N-メチルスレオニン・および/またはN-メチルセリンを用いることが好ましく、特に好ましいのは、N-メチルフェニルアラニン・N-メチルバリン・N-メチルスレオニン・N-メチルトリプトファン・N-メチルロイシンおよび/またはN-メチルセリンである。
【0152】
ポリペプチド合成の具体的な方法は、基本的には公知の方法に準じて行えばよく、例えばWO2013100132に記載したのと同様に行うことができるが、種々の改変が可能である。一般的には、以下の記載に従って行うことができる。
【0153】
翻訳系は、PURESYSTEM(登録商標) (BioComber, Japan) に代表されるような翻訳因子が再構成された無細胞翻訳系を用いるのが好適である。これにより翻訳系を構成する因子を自由に操作することができ、例えばフェニルアラニンやそのARSを翻訳系内から除去し、代わりにN-メチルフェニルアラニンと本発明の改変フェニルアラニンARSを添加することにより、例えばフェニルアラニンがコードされるUUUあるいはUUCといったコドンに部位特異的にN-メチルフェニルアラニンを導入することができる。
【0154】
無細胞翻訳系には、リボヌクレオシドとしてATPおよびGTPは0.1-10 mMで使用されることが好ましい。またバッファーとしてHEPES-KOHは、5-500 mMかつpH 6.5-8.5で使用されることが好ましく、その他にもTris-HClやリン酸等が挙げられるが、これらに限られるものではない。塩類としては、酢酸カリウムおよび酢酸アンモニウムなどの酢酸塩、ならびにグルタミン酸カリウム等のグルタミン酸塩を使用でき、10-1000 mMで使用されることが好ましい。マグネシウム成分として酢酸マグネシウムは、2-200 mMで使用されることが好ましく、その他にも塩化マグネシウム等が挙げられるが、これらに限られるものではない。エネルギー再生系の成分として、クレアチンキナーゼは0.4 - 40μg/mLで使用されることが好ましく、クレアチンリン酸は2-200 mMで使用されることが好ましい。さらにその他のピルビン酸キナーゼとホスホエノールピルビン酸に代表されるエネルギー再生系も利用できる。ヌクレオシド変換酵素としてミオキナーゼ、ヌクレオシド二リン酸キナーゼは、それぞれ0.1-10 unit/mL、0.2-20 μg/mLで使用されることが好ましい。二リン酸分解酵素として無機ピロフォスファターゼは0.2-20 unit/mLで使用されることが好ましい。ポリアミンとしてスペルミジンは、0.2-20 mMで使用されることが好ましく、その他にもスペルミン等が挙げられるが、これらに限られるものではない。還元剤としてジチオスレイトールは0.1-10 mMで使用されることが好ましく、その他にもβ-メルカプトエタノール等が挙げられるが、これらに限られるものではない。tRNAとしては、例えばE.coli MRE600(RNaseネガティブ)由来tRNA(Roche社)を0.5 - 50 mg/mLで使用されることが好ましく、その他のE. coli由来tRNAでも代替できる。翻訳開始反応で使用されるホルミルメチオニンを合成するためのホルミルドナーおよび酵素として10-HCO-H4folateは0.1-10 mM、メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼは0.05-5μMで使用されることが好ましい。翻訳開始因子としてIF1は0.5-50μM、IF2は0.1-50μM、IF3は0.1-50μMで使用されることが好ましい。翻訳伸長因子としてEF-Gは0.1-50μM、EF-Tuは1-200μM、EF-Tsは1-200μMで使用されることが好ましい。翻訳終結因子としてRF-2、RF3およびRRFはそれぞれ0.1-10μMで使用されることが好ましい。リボソームは1-100μMで使用されることが好ましい。アミノアシルtRNA合成酵素は20種類存在するが、合成したいペプチドに含まれているアミノ酸に対応する酵素のみを加えればよく、例えばArgRS、AspRS、LysRS、MetRS、TyrRSはそれぞれ0.01-1μMで使用されることが好ましい。ペプチド合成の基質となるアミノ酸は、タンパク質を構成する天然の20種類のアミノ酸およびこれらの誘導体であり、合成したいペプチドに含まれるアミノ酸だけを0.25-10 mMで使用されることが好ましい。ペプチド合成の鋳型としてmRNAは0.1-10μMで使用されることが好ましい。一方、無細胞翻訳系中で鋳型DNAからmRNAの転写を行う場合は、T7RNAポリメラーゼ、T3RNAポリメラーゼおよびSP6RNAポリメラーゼなどの市販の酵素を使用でき、鋳型DNAのプロモーター配列に適合するように適時選択すればよく、1-100μg/mLで使用されることが好ましい。またこの場合、基質となるヌクレオシドCTPおよびUTPは0.1-10 mMで使用されることが好ましい。これらの因子を混合した溶液を例えば37℃で1時間静置することでペプチドの翻訳合成が達成され、温度や反応時間はこれらに限られるものではない。
【0155】
また、本発明の改変ARSはpdCpA法あるいはフレキシザイム法といった、他の非天然アミノ酸導入技術と組み合わせることもできる。例えば、N-メチルフェニルアラニンを改変フェニルアラニンARSを翻訳系に加えながら、N-メチルグリシンをpdCpA法により結合させたアミノアシルtRNAを同時に翻訳系に加えることで、両者が含まれるポリペプチドを合成することもできる。
【0156】
あるいは、本発明の改変ARSを、発現ベクターあるいはゲノムに挿入することにより細胞内にて改変ARSを発現し、培地に添加N-メチルアミノ酸を基質にすることにより細胞内にてN-メチルアミノ酸を含むポリペプチドを発現できる。
【0157】
tRNAとしては、N-メチルアミノ酸に該当する天然アミノ酸のtRNAを用いることができる。これらは修飾塩基を含む生体内からの精製物でもよいし、In vitro 転写反応を利用して生成させた修飾塩基を含まないtRNAでもよい。また、tRNAの中でARSに認識される部分以外に変異を加えた変異tRNAも基質にすることができる。
【実施例
【0158】
上述した発明の内容を以下の実施例によってさらに詳しく説明するが、これは例示であり本発明の範囲はこれに限定されない。明細書及び特許請求の範囲の記載に基づき種々の変更、修飾が当業者には可能であり、これらの変更、修飾も本発明に含まれる。
【0159】
なお、本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【0160】
実施例1:Nメチルフェニルアラニンを許容するARS
【0161】
<PheRS野生型および変異体のプラスミド調製>
大腸菌野生型PheRSαサブユニット遺伝子のORF配列(配列番号:27、28)を含むプラスミド(pQE-32(2)2_wtPheRS)を出発物質とし、PCR法を用いた部位特異的変異を導入により表1に記載した変異PheRSプラスミド(N末端にHis-tag(6xHis)を有する)を構築した。具体的には、10ng/μLの鋳型 2μL、2x KOD Fx buffer (TOYOBO社 KFX-101)、10μL、10μM Fowardプライマー 0.6μL、10μM Reverseプライマー 0.6μL、2 mM dNTP 4μL、 KOD FX(TOYOBO社 KFX-101) 0.4μL、HO 2.4μLを混合し、続いてその反応液を94℃ 2分加熱した後、98℃10秒、68℃7分の加熱からなるサイクルに10サイクル晒し、変異遺伝子を増幅した。なお、用いた鋳型プラスミド及びFowardプライマー、Reverseプライマーの組み合わせを表2に示す。各プライマーの配列は、「F.F02」から「F.F05」までは順に配列番号:30から33、「R.F02」から「R.F05」までは順に配列番号:34から37である。その後、PCR反応液に10U/μLのDpnI 0.5μLを添加し、さらに37℃ 1.5時間のインキュベートにより鋳型DNAを消化させ、得られた変異DNAを精製した。続いて、得られた遺伝子変異DNAとlacI遺伝子をコードするpREP4(Invitrogen、V004-50)を同時に大腸菌株XL-1 Blue(STRATAGENE、200236)に形質転換し、その形質転換株をアンピシリンとカナマイシンを含む寒天培地に撒くことで得られたクローンから目的プラスミドを精製し、変異が導入されていることを確認した。
【0162】
【表1】
【0163】
【表2】
【0164】
<PheRS野生型および変異体の小スケール発現>
続いて、得られた変異遺伝子とPheRSβサブユニットをコードした遺伝子を含むプラスミドを大腸菌に導入し、変異タンパク質ヘテロダイマーの発現を行った。まず、変異プラスミドとpREP4(Invitrogen、V004-50)を形質転換した大腸菌BL21株をカナマイシン、アンピシリンと0.5%のグルコースを含むLB培地4mLにて37℃で培養した。その後、600 nmでのOD値が0.4~0.8に達してから0.5mM終濃度のIPTGを添加し、さらに4時間37℃で培養した後、遠心分離機により菌体を集めた。
【0165】
<PheRS野生型および変異体の小スケール精製>
次に、得られた菌体を破砕し、その上清から目的の変異タンパク質を精製した。具体的には、上記菌体を600μLのCHAPS溶液(0.5 % CHAPS (DOJINDO: 349-04722)、50 % TBS (TaKaRa、T903))に懸濁し、6μLの30U/μl rLysozyme(Novagen, 71110-3)、2μLの2.5U/μLのbenzonase nuclease(Novagen, 70746-3)を混合した後、室温にて30分インキュベートし、その後終濃度15mMのイミダゾールを添加した後、遠心分離により不溶性画分を分離した。続いて、得られた上清に対し、キアゲン社のNi-NTA spin column kit(Qiagen、 31314)を用いてプロダクトマニュアルに従って変異タンパク質を精製した。最後に、脱塩カラムPD miniTrap G-25(GEヘルスケア 28-9180-07)を用い、プロダクトマニュアルに従って過剰なイミダゾールを除去した。
【0166】
<PheRS野生型および変異体の大スケール精製>
活性が確認された変異タンパク質については大量調製を行った。具体的には、αサブユニットの変異遺伝子とβサブユニットの野生型遺伝子を含むプラスミド、及びpREP4(Invitrogen、V004-50)を形質転換した大腸菌BL21株をカナマイシン、アンピシリンと0.5%のグルコースを含むLB培地3Lにて37℃で培養した。その後、600 nmでのOD値が0.4に達してから0.5mM終濃度のIPTGを添加し、さらに4時間37℃で培養した後、遠心分離機により菌体を集めた。上記菌体を1LのCHAPS溶液(0.5 % CHAPS (DOJINDO: 349-04722)、50 % TBS (TaKaRa、T903))に懸濁し、10μLの30KU/μl rLysozyme(Novagen, 71110-3)を混合し、室温で10分間攪拌した。続いて、2mLの1M MgCl、320μLのBenzonase Nuclease(Novagen, 70746-3)を添加し、室温にて20分攪拌した。その後終濃度20mMのイミダゾールを添加した後、遠心分離により不溶性画分を分離した。続いて、得られた上清をNi Sepharose High Performance (GEヘルスケア社)15mLを充填したカラムとAKTA10S(GEヘルスケア社)を利用し、イミダゾール濃度のグラジェント(初期濃度20mM,最終濃度500mM)により変異タンパク質を精製した。最後に、透析カセット(MWCO10,000、Slide-A-Lyzer G2 Dialysis Cassettes 70mL、Thermo Scientific Pierce社)を用い、3LのStock溶液(50 mM Hepes-KOH, 100 mM KCl, 10 mM MgCl, 1 mM DTT, pH7.6)を用いて3回(2時間2回、一夜1回)透析を実施し、変異タンパク質を得た。
【0167】
<PheRS野生型および変異体のN-メチルフェニルアラニンのアミノアシル化反応>
[In vitro転写反応による大腸菌tRNAPheの合成]
鋳型DNA(D-tRNAPhe (配列番号38))から、7.5 mM GMP存在下、RiboMAX Large Scale RNA production System T7(Promega社,P1300)を用いたin vitro 転写反応により大腸菌tRNA(R-tRNAPhe (配列番号39))を合成し、RNeasy Mini kit(Qiagen社)により精製した。
【0168】
D-tRNAPhe(配列番号38)
tRNAPhe DNA配列:
GGCGTAATACGACTCACTATAGCCCGGATAGCTCAGTCGGTAGAGCAGGGGATTGAAAATCCCCGTGTCCTTGGTTCGATTCCGAGTCCGGGCACCA
【0169】
R-tRNAPhe(配列番号39)
tRNAPhe RNA配列:
GCCCGGAUAGCUCAGUCGGUAGAGCAGGGGAUUGAAAAUCCCCGUGUCCUUGGUUCGAUUCCGAGUCCGGGCACCA
【0170】
<アミノアシル化反応>
アミノアシル化反応を行うために、40μM 転写tRNAPhe、10 mM HEPES-K(pH7.6)、10 mM KCl溶液を95℃で2分間加熱し、その後室温に5分以上静置させることでtRNAのリフォールディングを行った。このtRNA溶液を最終濃度10μMになるように、アシル化バッファー(最終濃度50 mM HEPES-K[pH7.6], 2 mM ATP, 100 mM 酢酸カリウム、10 mM 酢酸マグネシウム、1 mM DTT、2 mM spermidine、0.1 mg/mL Bovine Serum Albumin)を添加後、 PheRS野生型もしくは変異体(最終濃度0.5μM)およびフェニルアラニン(最終濃度0.25 mM、渡辺化学工業、G00029)もしくはN-メチルフェニルアラニン(最終濃度1 mM、渡辺化学工業、J00040)と混合し、37℃で10分間インキュベートした。反応溶液に4倍量のローディングバッファー(90 mM 酢酸ナトリウム[pH5.2]、10 mM EDTA、95%(w/w)ホルムアミド、0.001%(w/v)キシレンシアノール)を添加し、6M尿素を含む酸性PAGE (12% (w/v) polyacrylamide gel, pH5.2)で分析し、未反応tRNAとアミノアシル化tRNAを分離することでアミノアシル化活性を確認した。RNAの染色は、SYBR Gold (Life Technologies)を用い、検出にはLAS4000(GEヘルスケア)を用いた。
【0171】
アミノアシル化反応の活性を評価したところ、野生型と比較して変異体04、05においてN-メチル-フェニルアラニンのアミノアシル化活性の向上が見られた(図1)。変異体04の塩基配列を配列番号12に、アミノ酸配列を配列番号1に示す。また変異体05の塩基配列を配列番号13に、アミノ酸配列を配列番号2に示す。
【0172】
<PheRS野生型および変異体によるN-メチルフェニルアラニンの翻訳導入>
[In vitro転写反応による鋳型DNA-Fの合成]
【0173】
鋳型DNA(D-F (配列番号40))から、RiboMAX Large Scale RNA production System T7(Promega社,P1300)を用いたin vitro 転写反応により翻訳用鋳型mRNA(R-F (配列番号41))を合成し、RNeasy Mini kit(Qiagen社)により精製した。
【0174】
D-F(配列番号40)
DNA配列:
GGCGTAATACGACTCACTATAGGGTTAACTTTAACAAGGAGAAAAACATGCGTTTCCGTGACTACAAGGACGACGACGACAAGTAAGCTTCG
【0175】
R-F(配列番号41)
RNA配列:
GGGUUAACUUUAACAAGGAGAAAAACAUGCGUUUCCGUGACUACAAGGACGACGACGACAAGUAAGCUUCG
【0176】
<無細胞翻訳系>
N-メチルフェニルアラニンの翻訳導入を確かめるため、N-メチルアミノ酸とPheRSを無細胞翻訳系に加えることで、所望のN-メチルフェニルアラニンを含有するポリペプチドの翻訳合成を行った。翻訳系は、大腸菌由来の再構成無細胞タンパク質合成系であるPURE systemを用いた。具体的には、基本的な無細胞翻訳液(1mM GTP,1mM ATP,20mMクレアチンリン酸,50mM HEPES-KOH pH7.6,100mM 酢酸カリウム,9mM 酢酸マグネシウム,2mMスペルミジン,1mM ジチオスレイトール,0.5mg/ml E.coli MRE600(RNaseネガティブ)由来tRNA(Roche社),4μg/ml クレアチンキナーゼ,3μg/ml ミオキナーゼ,2unit/ml 無機ピロフォスファターゼ,1.1μg/ml ヌクレオシド二リン酸キナーゼ,0.6μM メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼ,0.26μM EF-G,0.24μM RF2,0.17μM RF3,0.5μM RRF,2.7μM IF1,0.4μM IF2,1.5μM IF3,40μM EF-Tu,44μM EF-Ts,1.2μM リボソーム,0.03μM ArgRS,0.13μM AspRS,0.11μM LysRS,0.03μM MetRS,0.02μM TyrRS(自家調製タンパクは基本的にHisタグ付加タンパクとして調製した))に、1μM 鋳型mRNA、アルギニン、アスパラギン酸、リシン、メチオニン、チロシンをそれぞれ250μMずつ加えた溶液に対して、PheRS野生型もしくは変異体とフェニルアラニンもしくはN-メチルフェニルアラニンを添加し、37℃で1時間静置することでペプチドの翻訳合成を行った。
【0177】
<電気泳動による検出>
N-メチルフェニルアラニンが翻訳導入されたペプチドを検出するためにラジオアイソトープでラベルしたアスパラギン酸を利用してペプチド翻訳実験を行った。具体的には、上述の無細胞翻訳系に1μM 鋳型mRNA(R-F (配列番号41))とアルギニン、リシン、メチオニン、チロシン(各々最終濃度250μM)、14C-アスパラギン酸(最終濃度37μM、Moravek Biochemicals社、MC139)を加えた溶液を調製し、PheRS野生型もしくは変異体05(最終濃度0.1μM)とフェニルアラニン(最終濃度250μM)もしくはN-メチルフェニルアラニン(最終濃度1mMもしくは250μM)を添加し、37℃で60分間保温した。得られた翻訳反応溶液に対して等量の2Xサンプルバッファー(TEFCO社、catNo.06-323)を加え、95℃で3分間加熱後、電気泳動(16% Peptide-PAGE mini、TEFCO社、TB-162)を実施した。泳動後のゲルは、Clear Dry Quick Dry Starter KIT(TEFCO社、03-278)を用いて乾燥させ、イメージングプレート(GEヘルスケア社、28-9564-75)に約16時間露光させ、バイオアナライザーシステム(Typhoon FLA 7000、GEヘルスケア社)で検出し、ImageQuantTL(GEヘルスケア社)で解析した。
0.1μM PheRS野生型の存在下で、0.25 mMおよび1 mM N-メチルフェニルアラニン添加時には、翻訳合成されたペプチドのバンドはほとんど観測されなかった(図2)。一方、0.1μM PheRS変異体05の存在下では、0.25 mM N-メチルフェニルアラニン添加時においても、ペプチドのバンドが観測された。これにより、PheRS変異体05のN-メチルフェニルアラニンに対するアミノアシル化活性が向上していること及びN-メチルフェニルアラニンを含むペプチド翻訳合成が高収率に進行したことを確認した。
【0178】
<質量分析による検出>
N-メチルフェニルアラニンが翻訳導入されたペプチドを検出するために、MALDI-TOF MSを用いた質量分析を実施した。具体的には、上述の無細胞翻訳系に1μM 鋳型mRNA(R-F (配列番号41))と各アミノ酸、アルギニン、リシン、メチオニン、チロシン、アスパラギン酸(各々最終濃度250μM)を加えた溶液を調製し、PheRS(最終濃度0.1μM)とフェニルアラニン(最終濃度250μM)もしくはN-メチルフェニルアラニン(最終濃度1mMもしくは250μM)を添加し、37℃で60分間保温した。得られた翻訳反応物を、SPE C-TIP(日京テクノス社)で精製し、MALDI-TOF MSで分析した。翻訳産物はマトリックスとしてα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸を用いた。
【0179】
コントロール実験としてPheRS野生型(配列番号28)もしくはPheRS変異体05(配列番号2) が0.1μM存在下において、250μMのフェニルアラニンを添加して翻訳実験を行った場合、どちらもフェニルアラニンが導入されたピーク(Calculated [M+H]+ = 1631.7)が検出された(図3(a), (d))。
【0180】
続いて、PheRS野生型に対して、0.25 mMのN-メチルフェニルアラニンを添加して翻訳合成を実施すると、N-メチルフェニルアラニンのピーク(Calculated [M+H]+ = 1645.7)およびフェニルアラニンのピークが観測された(図3(b))。この現象は、N-メチルフェニルアラニンに混入しているフェニルアラニンがPheRS野生型に認識され、アミノアシル化反応が起こり、翻訳合成が進行したと考えられる。さらに1 mM N-メチルフェニルアラニンの条件では、N-メチルフェニルアラニン由来のピーク強度が増加した(図3(c))。各アミノ酸濃度でのピーク強度比を算出したところ(計算式:ピーク強度比=N-メチルフェニルアラニンのピーク強度/フェニルアラニンのピーク強度)、0.25 mM では0.8、1 mMでは2.6となった。
次にPheRS変異体05に対して、0.25 mMまたは1 mMのN-メチルフェニルアラニンを添加して翻訳合成を実施したところ、N-メチルフェニルアラニンのピークが顕著に検出され、フェニルアラニンとのピーク強度比は0.25 mM では12.4、1 mMでは16.0であった(図3 (e), (f))。これらの結果より、PheRS野生型と比較して、PheRS変異体05はN-メチルフェニルアラニンのアミノアシル化活性が高く、その結果、N-メチルフェニルアラニンを含むペプチドの翻訳合成を促進することを確認した。
【0181】
ペプチド配列P-F1(配列番号42)
formylMetArgPheArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0182】
ペプチド配列P-MeF1(配列番号42)
formylMetArg[MePhe]ArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0183】
MALDI-TOF MS:
Calc. m/z: [H+M]+ = 1631.7(配列P-F1に対応するペプチド。)
Calc. m/z: [H+M]+ = 1645.7(配列P-MeF1に対応するペプチド。)
【0184】
<pdCpA法との比較>
N-メチルフェニルアラニンの取り込み効率をpdCpA法と比較した。フェニルアラニンを1個、2連続、または3連続含む配列を用いて無細胞翻訳系による翻訳を行い、電気泳動で合成されたペプチドのバンドを検出した。本発明のPheRS変異体(PhrRS05(配列番号2))を用いた場合とpdCpA法を用いた場合で比較したところ、いずれの場合もpdCpA法に比べ本発明のPheRS変異体を用いた方が高い量の合成ペプチドが検出され、翻訳効率が高いことが確認された。特にN-メチルフェニルアラニンを2連続、および3連続含む配列を翻訳させた場合のペプチド生成量は、本発明のPheRS変異体(PhrRS05)を用いた場合が、pdCpA法を用いた場合よりも4~8倍高いことが判明した。
【0185】
実施例2:N-メチルバリンを許容するARS
【0186】
<ValRS野生型および変異体のプラスミド調製>
大腸菌野生型ValRS遺伝子を含むORF配列(配列番号23、24)をコードしたプラスミド(PQE-32(2)2_wtVALRS)を出発物質とし、PCR法を用いた部位特異的変異を導入により表3に記載した変異を持つValRSプラスミド(N末端にHis-tag(6xHis)を有する)を構築した。具体的には、10ng/μLの鋳型 2μL、2x KOD Fx buffer (TOYOBO社 KFX-101) 10μL、10μM Fowardプライマー 0.6μL、10μM Reverseプライマー 0.6μL、2 mM dNTP 4μL、 KOD FX(TOYOBO社 KFX-101) 0.4μL、HO 2.4μLを混合し、続いてその反応液を94℃ 2分加熱した後、98℃10秒、68℃7分の加熱からなるサイクルに10サイクル晒し、変異遺伝子を増幅した。なお、用いた鋳型プラスミド及びFowardプライマー、Reverseプライマーの組み合わせを表4に示す。各プライマーの配列は、「F.V2」から「F.V19」、「F.V46」から「F.V48」、および「F.V13-01」から「F.V13-16」までは順に配列番号:43から79、「R.V2」から「R.V19」、「R.V46」から「R.V48」、および「R.V13-01」から「R.V13-16」までは順に配列番号:80から116である。その後、PCR反応液に10U/μLのDpnI 0.5μLを添加し、さらに37℃ 1.5時間のインキュベートにより鋳型DNAを消化させ、得られた変異DNAを精製した。続いて、得られた遺伝子変異DNAとlacI遺伝子をコードするpREP4(Invitrogen、V004-50)を同時に大腸菌株XL-1 Blue(STRATAGENE、200236)に形質転換し、その形質転換株をアンピシリンとカナマイシンを含む寒天培地に撒くことで得られたクローンから目的プラスミドを精製し、変異が導入されていることを確認した。
また、多段階の変異導入が必要なプラスミド構築には、上記操作を繰り返すことで目的の変異導入プラスミドを得た。その場合のプライマー及び鋳型の組み合わせを表4に示す。
【0187】
【表3】
【0188】
【表4】
【0189】
<ValRS野生型および変異体の小スケール発現>
続いて、得られた変異プラスミドを大腸菌に導入し、変異タンパク質の発現を行った。まず、変異プラスミドとpREP4(Invitrogen、V004-50)を形質転換した大腸菌BL21株をカナマイシン、アンピシリンを含むLB培地4mLにて得られた形質転換株を37℃にて培養した。その後、600 nmでのOD値が0.4~0.8に達してから0.5mM終濃度のIPTGを添加し、さらに4時間37℃で培養した後、遠心分離機により菌体を集めた。
【0190】
<ValRS野生型および変異体の小スケール精製>
次に、得られた菌体を破砕し、その上清から目的の変異タンパク質を精製した。具体的には、上記菌体を600μLのCHAPS溶液(0.5 % CHAPS (DOJINDO: 349-04722)、50 % TBS (TaKaRa、T903))に懸濁し、6μLの30U/μl rLysozyme(Novagen, 71110-3)を混合した後、室温にて10分インキュベートし、さらに2μLの2.5U/μLのbenzonase nuclease(Novagen, 70746-3)を混合した後、室温にて20分インキュベートし、遠心分離により不溶性画分を分離した。続いて、得られた上清に対し、キアゲン社のNi-NTA spin column kit(Qiagen、 31314)を用いてプロダクトマニュアルに従って変異タンパク質を精製した。最後に、脱塩カラムPD miniTrap G-25(GEヘルスケア 28-9180-07)を用い、プロダクトマニュアルに従って過剰なイミダゾールを除去した。
【0191】
<ValRS野生型および変異体のN-メチルバリンのアミノアシル化反応>
[In vitro転写反応による大腸菌tRNAValの合成]
鋳型DNA(D-tRNAVal2A (配列番号117))から、7.5 mM GMP存在下、RiboMAX Large Scale RNA production System T7(Promega社,P1300)を用いたin vitro 転写反応により大腸菌tRNA(R-tRNAVal2A (配列番号118))を合成し、RNeasy Mini kit(Qiagen社)により精製した。
【0192】
D-tRNAVal2A(配列番号117)
tRNAVal2A DNA配列:
GGCGTAATACGACTCACTATAGCGTCCGTAGCTCAGTTGGTTAGAGCACCACCTTGACATGGTGGGGGTCGGTGGTTCGAGTCCACTCGGACGCACCA
【0193】
R-tRNAVal2A(配列番号118)
tRNAVal2A RNA配列:
GCGUCCGUAGCUCAGUUGGUUAGAGCACCACCUUGACAUGGUGGGGGUCGGUGGUUCGAGUCCACUCGGACGCACCA
【0194】
<アミノアシル化反応>
アミノアシル化反応を行うために、40μM 転写tRNA、10 mM HEPES-K(pH7.6)、10 mM KCl溶液を95℃で2分間加熱し、その後室温に5分以上静置させることでtRNAのリフォールディングを行った。このtRNA溶液を最終濃度10μMになるように、アシル化バッファー(最終濃度50 mM HEPES-K[pH7.6], 2 mM ATP, 100 mM 酢酸カリウム、10 mM 酢酸マグネシウム、1 mM DTT、2 mM spermidine、0.1 mg/mL Bovine Serum Albumin)を添加後、 ValRS野生型もしくは変異体(最終濃度0.2-1μM)およびN-メチルバリン (最終濃度5 mM)と混合し、37℃で10分間インキュベートした。反応溶液に4倍量のローディングバッファー(90 mM 酢酸ナトリウム[pH5.2]、10 mM EDTA、95%(w/w)ホルムアミド、0.001%(w/v)キシレンシアノール)を添加し、6M尿素を含む酸性PAGE で分析し、未反応tRNAとアミノアシルtRNAを分離することでアミノアシル化活性を確認した。RNAの染色は、SYBR Gold (Life Technologies)を用い、検出にはLAS4000(GEヘルスケア)を用いた(図4)。
この結果、変異体13にてN-メチルバリンでアシル化されたtRNAが観測され、野生型ValRSよりもNメチルバリンに対するアミノアシル化活性が高いことが示された(図4、レーン2 vs10)。
【0195】
<ValRS野生型および変異体によるN-メチルバリンの翻訳導入>
鋳型DNA(D-V,D-V2, D-V3 (それぞれ配列番号119、121、123))から、RiboMAX Large Scale RNA production System T7(Promega社,P1300)を用いたin vitro 転写反応により翻訳用鋳型mRNA(R-V, R-V2, R-V3 (それぞれ配列番号120、122、124))を合成し、RNeasy Mini kit(Qiagen社)により精製した。
【0196】
D-V(配列番号119)
DNA配列:
GGCGTAATACGACTCACTATAGGGTTAACTTTAACAAGGAGAAAAACATGCGTGTCCGTGACTACAAGGACGACGACGACAAGTAAGCTTCG
【0197】
R-V(配列番号120)
RNA配列:
GGGUUAACUUUAACAAGGAGAAAAACAUGCGUGUCCGUGACUACAAGGACGACGACGACAAGUAAGCUUCG
【0198】
D-V2(配列番号121)
DNA配列:
GGCGTAATACGACTCACTATAGGGTTAACTTTAACAAGGAGAAAAACATGCGTGTCGTCCGTGACTACAAGGACGACGACGACAAGTAAGCTTCG
【0199】
R-V2(配列番号122)
RNA配列:
GGGUUAACUUUAACAAGGAGAAAAACAUGCGUGUCGUCCGUGACUACAAGGACGACGACGACAAGUAAGCUUCG
【0200】
D-V3(配列番号123)
DNA配列:
GGCGTAATACGACTCACTATAGGGTTAACTTTAACAAGGAGAAAAACATGCGTGTCGTCGTCCGTGACTACAAGGACGACGACGACAAGTAAGCTTCG
【0201】
R-V3(配列番号124)
RNA配列:
GGGUUAACUUUAACAAGGAGAAAAACAUGCGCGUGUCGUCGUCUGACUACAAGGACGACGACGACAAGUAAGCUUCG
【0202】
<無細胞翻訳系>
N-メチルバリンの翻訳導入を確かめるため、N-メチルバリンとValRS変異体を無細胞翻訳系に加えることで、所望のN-メチルバリンを含有するポリペプチドの翻訳合成を行った。翻訳系は、大腸菌由来の再構成無細胞タンパク質合成系であるPURE systemを用いた。具体的には、基本的な無細胞翻訳液(1mM GTP,1mM ATP,20mMクレアチンリン酸,50mM HEPES-KOH pH7.6,100mM 酢酸カリウム,9mM 酢酸マグネシウム,2mMスペルミジン,1mM ジチオスレイトール,1.5mg/ml E.coli MRE600(RNaseネガティブ)由来tRNA(Roche社),0.1mM 10-HCO-H4folate、4μg/ml クレアチンキナーゼ,3μg/ml ミオキナーゼ,2unit/ml 無機ピロフォスファターゼ,1.1μg/ml ヌクレオシド二リン酸キナーゼ,0.6μM メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼ,0.26μM EF-G,0.24μM RF2,0.17μM RF3,0.5μM RRF,2.7μM IF1,0.4μM IF2,1.5μM IF3,40μM EF-Tu,84μM EF-Ts,1.2μM リボソーム,0.03μM ArgRS,0.13μM AspRS,0.11μM LysRS,0.03μM MetRS,0.02μM TyrRS(自家調製タンパクは基本的にHisタグ付加タンパクとして調製した))に、1μM 鋳型mRNA、アルギニン、アスパラギン酸、リシン、メチオニン、チロシンをそれぞれ250μMずつ加えた溶液に対して、ValRS野生型もしくは変異体とN-メチルバリンを添加し、37℃で1時間静置することでペプチドの翻訳合成が達成された。
【0203】
<質量分析による検出>
N-メチルバリンが翻訳導入されたペプチドを検出するために、MALDI-TOF MSを用いた質量分析を実施した。具体的には、上述の無細胞翻訳系に1μM 鋳型mRNA(R-V (配列番号120))とアルギニン、リシン、メチオニン、チロシン、アスパラギン酸(各々最終濃度250μM)を加えた溶液を調製し、ValRS(最終濃度0.1-1μM)とN-メチルバリン (最終濃度5mM)を添加し、37℃で60分間保温した。得られた翻訳反応物を、SPE C-TIP(日京テクノス社)で精製し、MALDI-TOF MSで分析した。翻訳産物はマトリックスとしてα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸を用いてMALDI-TOF MSスペクトルを測定して同定した。
野生型ValRS(配列番号24)を用いて翻訳した結果、無細胞翻訳系内に混入しているバリンが導入されたペプチド配列P-V1に相当するピーク ((図5(a), Peak V1、m/z: [H+M]+ = 1583.6)が主生成物として観測された。種々の変異ValRSを用いて同様の実験を行ったところ、ValRS04(配列番号3)、ValRS13(配列番号4)を用いた場合、N-メチルバリンが導入されたペプチド配列P-MeV1に相当するピーク ((図5(b), Peak MeV1、m/z: [H+M]+ = 1597.5、図5(c), Peak MeV2、m/z: [H+M]+ = 1597.5)が主生成物として観測された。このことから、ValRS04,ValRS13は野生型ValRSよりもN-メチルバリンに対する活性が向上していることが翻訳の観点からも示された。また、翻訳系に混入しているバリンが導入されたペプチドP-V1に相当するピーク(図5(b) Peak V2, (c)Peak V3)も同時に観測されたが、そのピーク強度はValRS13の方が小さいことから、ValRS13の方がN-メチルバリンに対する活性が高いことが示唆された(図5(b), (c))。
【0204】
ペプチド配列P-V1(配列番号125)
formylMetArgValArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0205】
ペプチド配列P-MeV1(配列番号125)
formylMetArg[MeVal]ArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0206】
MALDI-TOF MS:
Calc. m/z: [H+M]+ = 1583.7(配列P-V1に対応するペプチド。)
Calc. m/z: [H+M]+ = 1597.7(配列P-MeV1に対応するペプチド。)
【0207】
<N-メチルバリンに対するアミノアシル化活性がさらに向上したValRS13-11変異体の作製>
上述のValRS13に対してさらに変異を導入することで、N-メチルバリンに対する活性の向上を目指した。目的の変異を導入したプラスミドは上述のように調製し、大腸菌での発現・精製を実施することでValRS変異体を調製した(表3)。アミノアシル化反応および翻訳合成によるスクリーニングの結果、ValRS13と比較してValRS13-11(配列番号5)がN-メチルバリンに対して高い活性を示した。
【0208】
ValRS野生型、ValRS13およびValRS13-11によるN-メチルバリンのアミノアシル化反応を確認したところ、ValRS13よりもValRS13-11のほうがアミノアシルtRNAの合成量が多いことが観測された(図6、レーン8 vs レーン9およびレーン12 vs レーン13)。特にN-メチルバリンが1.25 mMの低濃度時には、ValRS13とValRS13-11の合成量に大きな差が生じ、ValRS13-11が高い活性を持つことが示された。
【0209】
次にValRS13およびValRS13-11を用いて、N-メチルバリンを有するペプチドの翻訳合成を確認するために、MALDI-TOF MSを用いた質量分析を実施した。具体的には、上述の無細胞翻訳系に1μM 鋳型mRNA(R-V (配列番号120))とアルギニン、リシン、メチオニン、チロシン、アスパラギン酸(各々最終濃度250μM)を加えた溶液を調製し、ValRS(最終濃度4μM)とN-メチルバリン (最終濃度5mM)を添加し、37℃で60分間保温した。またN-メチルバリンが2連続もしくは3連続するペプチド配列をコードする鋳型mRNA(R-V2 (配列番号122)、R-V3 (配列番号124))を用いて、同様の実験を行った。得られた翻訳反応物を、SPE C-TIP(日京テクノス社)で精製し、MALDI-TOF MSで分析した。
【0210】
N-メチルバリンが1つ含まれる鋳型mRNA(R-V (配列番号120))を用いた場合、ValRS13およびValRS13-11によって目的のN-メチルバリンが含まれたペプチド配列P- MeV1の合成が確認された(図7(a) Peak MeV1, (b) Peak MeV2)。また無細胞翻訳系内に混入しているバリンが導入されたペプチド配列P-V1に相当するピークがわずかに観測された(図7(a) Peak V1、(b)Peak V2)。
【0211】
次にN-メチルバリンが2連続で含まれる鋳型mRNA(R-V2 (配列番号122))を用いた場合、どちらのValRS変異体でも主生成物としてN-メチルバリンが2残基含まれたペプチド配列P- MeV2の合成が確認された(図7(c) Peak MeV3、(d)Peak MeV5)。一方で、N-メチルバリン1残基とバリン1残基が含まれるペプチド配列P-MeV4(図7(c) Peak MeV4、(d)Peak MeV6)が観測されたが、ValRS13と比較してValRS13-11では、ややこのピーク強度が抑制された。
【0212】
最後にN-メチルバリンが3連続で含まれる鋳型mRNA(R-V3 (配列番号124))を用いて翻訳実験を行った。ValRS13を添加した場合、N-メチルバリン3残基を含む目的のペプチド配列P-MeV3の合成は見られるが(図7(e), Peak MeV7)、主生成物としてはN-メチルバリン2残基とバリン1残基からなるペプチド配列P-MeV5を与えた(図7(e), Peak MeV8)。またN-メチルバリン1残基とバリン2残基からなるペプチド配列P-MeV6も観察された(図7(e), Peak MeV9)。その一方で、ValRS13-11を添加した場合、主生成物としてN-メチルバリン3残基を含む目的のペプチド配列P-MeV3の翻訳合成が観察された(図7(f), Peak MeV10)。バリンを含むペプチド配列P-MeV5およびP-MeV6も観測されたが、ValRS13よりもピーク強度が抑制された(図7(f), Peak MeV11およびMeV12)。これらの結果より、ValRS13と比較してValRS13-11がN-メチルバリンに対するアミノアシル化活性が向上し、目的のN-メチルバリンを含むペプチドの翻訳合成量の増加につながったことが示された。
【0213】
ペプチド配列P-MeV2(配列番号126)
formylMetArg[MeVal][MeVal]ArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0214】
ペプチド配列P-MeV4(配列番号126)
formylMetArg[MeVal]ValArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
もしくは
formylMetArgVal[MeVal]ArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0215】
ペプチド配列P-MeV3(配列番号127)
formylMetArg[MeVal][MeVal][MeVal]ArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0216】
ペプチド配列P-MeV5(配列番号127)
formylMetArg[MeVal][MeVal]ValArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
もしくは
formylMetArg[MeVal]Val[MeVal]ArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
もしくは
formylMetArgVal[MeVal][MeVal]ArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0217】
ペプチド配列P-MeV6(配列番号127)
formylMetArg[MeVal]ValValArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
もしくは
formylMetArgVal[MeVal]ValArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
もしくは
formylMetArgValVal[MeVal]ArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0218】
MALDI-TOF MS:
Calc. m/z: [H+M]+ = 1710.8(配列P-MeV2に対応するペプチド。)
Calc. m/z: [H+M]+ = 1696.8(配列P-MeV4に対応するペプチド。)
Calc. m/z: [H+M]+ = 1823.9(配列P-MeV3に対応するペプチド。)
Calc. m/z: [H+M]+ = 1809.9(配列P-MeV5に対応するペプチド。)
Calc. m/z: [H+M]+ = 1795.9(配列P-MeV6に対応するペプチド。)
【0219】
実施例3: Nメチルセリンを許容するARSの開発
【0220】
<SerRS野生型および変異体のプラスミド調製>
大腸菌野生型SerRS遺伝子(PQE-32(2)2_wtSERRS)を含むORF配列(配列番号25、26)をコードしたプラスミドを出発物質とし、PCR法を用いた部位特異的変異を導入により表5に記載した変異SerRSプラスミド(N末端にHis-tag(6xHis)を有する)を構築した。具体的には、10ng/μLの鋳型 2.5μL、 2x KOD Fx buffer (TOYOBO社 KFX-101)12.5μL、10μM Fowardプライマー 0.75μL、10μM Reverseプライマー 0.75μL、2 mM dNTP 5μL、 KOD FX(TOYOBO社 KFX-101) 0.5μL、HO 3μLを混合し、続いてその反応液を94℃ 2分加熱した後、98℃10秒、68℃7分の加熱からなるサイクルに10サイクル晒し、変異遺伝子を増幅した。なお、用いた鋳型プラスミド及びFowardプライマー、Reverseプライマーの組み合わせを表6に示した。各プライマーの配列は、「F.S2」から「F.S8」、「F.S15」から「F.S23」、および「F.S33」から「F.S38」までは順に配列番号:128から149、「R.S2」から「R.S8」、「R.S15」から「R.S23」、および「R.S33」から「R.S38」までは順に配列番号:150から171である。その後、PCR反応液に10U/μLのDpnI 0.5μLを添加し、さらに37℃ 1.5時間のインキュベートにより鋳型DNAを消化させ、得られた変異DNAを精製した。続いて、得られた遺伝子変異DNAとlacI遺伝子をコードするpREP4(Invitrogen、V004-50)を同時に大腸菌株XL-1 Blue(STRATAGENE、200236)に形質転換し、その形質転換株をアンピシリンとカナマイシンを含む寒天培地に撒くことで得られたクローンから目的プラスミドを精製し、変異が導入されていることを確認した。
【0221】
また、多段階の変異導入が必要なプラスミド構築には、上記操作を繰り返すことで目的の変異導入プラスミドを得た。その場合のプライマー及び鋳型の組み合わせを表6に示す。
【0222】
【表5】
【0223】
【表6】
【0224】
<SerRS野生型および変異体の小スケール発現>
続いて、得られた変異プラスミドを大腸菌に導入し、変異タンパク質の発現を行った。まず、変異プラスミドとpREP4(Invitrogen、V004-50)を形質転換した大腸菌BL21株をカナマイシン、アンピシリンを含むLB培地4mLにて得られた形質転換株を37℃にて培養した。その後、600 nmでのOD値が0.4~0.8に達してから0.5mM終濃度のIPTGを添加し、さらに4時間37℃で培養した後、遠心分離機により菌体を集めた。
【0225】
<SerRS野生型および変異体の小スケール精製>
次に、得られた菌体を破砕し、その上清から目的の変異タンパク質を精製した。具体的には、上記菌体を600μLのCHAPS溶液(0.5 % CHAPS (DOJINDO: 349-04722)、50 % TBS (TaKaRa、T903))に懸濁し、6μLの30U/μl rLysozyme(Novagen, 71110-3)を混合した後、室温にて10分インキュベートし、さらに2μLの2.5U/μLのbenzonase nuclease(Novagen, 70746-3)を混合した後、室温にて20分インキュベートし、遠心分離により不溶性画分を分離した。続いて、得られた上清に対し、キアゲン社のNi-NTA spin column kit(Qiagen、 31314)を用いてプロダクトマニュアルに従って変異タンパク質を精製した。最後に、脱塩カラムPD miniTrap G-25(GEヘルスケア 28-9180-07)を用い、プロダクトマニュアルに従って過剰なイミダゾールを除去した。
【0226】
<SerRS野生型および変異体のN-メチルセリンのアミノアシル化反応>
[In vitro転写反応による大腸菌tRNASerの合成]
鋳型DNA(D-tRNASer3 (配列番号172))から、7.5 mM GMP存在下、RiboMAX Large Scale RNA production System T7(Promega社,P1300)を用いたin vitro 転写反応により大腸菌tRNA(R-tRNASer3 (配列番号173))を合成し、RNeasy Mini kit(Qiagen社)により精製した。
【0227】
D-tRNASer3(配列番号172)
tRNASer3 DNA配列:
GGCGTAATACGACTCACTATAGGTGAGGTGGCCGAGAGGCTGAAGGCGCTCCCCTGCTAAGGGAGTATGCGGTCAAAAGCTGCATCCGGGGTTCGAATCCCCGCCTCACCGCCA
【0228】
R-tRNASer3(配列番号173)
tRNASer3 RNA配列:
GGUGAGGUGGCCGAGAGGCUGAAGGCGCUCCCCUGCUAAGGGAGUAUGCGGUCAAAAGCUGCAUCCGGGGUUCGAAUCCCCGCCUCACCGCCA
【0229】
<アミノアシル化反応>
アミノアシル化反応を行うために、40μM 転写tRNA、10 mM HEPES-K(pH7.6)、10 mM KCl溶液を95℃で2分間加熱し、その後室温に5分以上静置させることでtRNAのリフォールディングを行った。このtRNA溶液を最終濃度10μMになるように、アシル化バッファー(最終濃度50 mM HEPES-K[pH7.6], 2 mM ATP, 100 mM 酢酸カリウム、10 mM 酢酸マグネシウム、1 mM DTT、2 mM spermidine、0.1 mg/mL Bovine Serum Albumin)を添加後、 SerRS野生型もしくは変異体(最終濃度0.1-2μM)およびN-メチルセリン(最終濃度1 mM)と混合し、37℃で10分間インキュベートした。反応溶液に4倍量のローディングバッファー(90 mM 酢酸ナトリウム[pH5.2]、10 mM EDTA、95%(w/w)ホルムアミド、0.001%(w/v)キシレンシアノール)を添加し、6M尿素を含む酸性PAGE で分析し、未反応tRNAとアミノアシルtRNAを分離することでアミノアシル化活性を確認した。RNAの染色は、SYBR Gold (Life Technologies)を用い、検出にはLAS4000(GEヘルスケア)を用いた(図8)。
【0230】
この結果、変異体03(配列番号6)、35(配列番号8),37(配列番号9)にてN-メチルセリンでアシル化されたtRNAが観測され、野生型SerRSよりもN-メチルセリンのアミノアシル化活性が高くなっていることが示唆された。(図8、レーン3, 25, 27)。
【0231】
<SerRS野生型および変異体によるN-メチルセリンの翻訳導入>
鋳型DNA(D-S (配列番号174))から、RiboMAX Large Scale RNA production System T7(Promega社,P1300)を用いたin vitro 転写反応により鋳型用mRNA(R-S (配列番号175))を合成し、RNeasy Mini kit(Qiagen社)により精製した。
【0232】
D-S(CT21)(配列番号174)
DNA配列:
GGCGTAATACGACTCACTATAGGGTTAACTTTAACAAGGAGAAAAACATGCGTTCCCGTGACTACAAGGACGACGACGACAAGTAAGCTTCG
【0233】
R-S(配列番号175)
RNA配列:
GGGUUAACUUUAACAAGGAGAAAAACAUGCGUUCCCGUGACUACAAGGACGACGACGACAAGUAAGCUUCG
【0234】
<無細胞翻訳系>
N-メチルセリンの翻訳導入を確かめるため、N-メチルセリンとSerRSを無細胞翻訳系に加えることで、所望のN-メチルセリンを含有するポリペプチドの翻訳合成を行った。翻訳系は、大腸菌由来の再構成無細胞タンパク質合成系であるPURE systemを用いた。具体的には、基本的な無細胞翻訳液(1mM GTP,1mM ATP,20mMクレアチンリン酸,50mM HEPES-KOH pH7.6,100mM 酢酸カリウム,9mM 酢酸マグネシウム,2mMスペルミジン,1mM ジチオスレイトール,1.5mg/ml E.coli MRE600(RNaseネガティブ)由来tRNA(Roche社),0.1mM 10-HCO-H4folate、4μg/ml クレアチンキナーゼ,3μg/ml ミオキナーゼ,2unit/ml 無機ピロフォスファターゼ,1.1μg/ml ヌクレオシド二リン酸キナーゼ,0.6μM メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼ,0.26μM EF-G,0.24μM RF2,0.17μM RF3,0.5μM RRF,2.7μM IF1,0.4μM IF2,1.5μM IF3,40μM EF-Tu,84μM EF-Ts,1.2μM リボソーム,0.03μM ArgRS,0.13μM AspRS,0.11μM LysRS,0.03μM MetRS,0.02μM TyrRS(自家調製タンパクは基本的にHisタグ付加タンパクとして調製した))に、1μM 鋳型mRNA、アルギニン、アスパラギン酸、リシン、メチオニン、チロシンをそれぞれ250μMずつ加えた溶液に対して、SerRS野生型もしくは変異体とN-メチルセリンを添加し、37℃で1時間静置することでペプチドの翻訳合成が達成された。
【0235】
<質量分析による検出>
N-メチルセリンが翻訳導入されたペプチドを検出するために、MALDI-TOF MSを用いた質量分析を実施した。具体的には、上述の無細胞翻訳系に1μM 鋳型mRNA(R-S (配列番号175))とアルギニン、リシン、メチオニン、チロシン、アスパラギン酸(各々最終濃度250μM)を加えた溶液を調製し、SerRS(最終濃度0.1-2μM)とN-メチルセリン(最終濃度5mM)を添加し、37℃で60分間保温した。得られた翻訳反応物を、SPE C-TIP(日京テクノス社)で精製し、MALDI-TOF MSで分析した。翻訳産物はマトリックスとしてα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸を用いてMALDI-TOF MSスペクトルを測定して同定した。
【0236】
野生型SerRS(配列番号25)を用いて翻訳した結果、N-メチルセリンを含有した目的のペプチドピークP-CT21MeSerに相当するピーク(図9(a)、Peak MeS1 m/z: [H+M]+ = 1585.6)は観測されたものの、主生成物としては、翻訳系に微量に混入するSerに由来したと考えられるSer含有ペプチドP-CT21Serに相当するピーク(図9(a)、Peak S1 m/z: [H+M]+ =1571.6)が観測された(図9(a))。他方、変異が導入されたSerRS改変体(Ser03(配列番号6), 05 (配列番号7))を用いて同様の実験を行った場合、同様にP-CT21Serに相当するピーク(図9(b)Peak S2,(c)Peak S3)は観測されるものの、こちらは副生成物であり主生成物はP-CT21MeSerであることが分かった(図9(b)Peak MeS2、(c)Peak MeS3)。特に、SerRS35,37を用いた場合P-CT21Serに相当するピークは観測されず、純度高くCT21MeSerが合成されることが示された(図9(d)Peak MeS4,(e)Peak MeS5)。以上のことから、これらの改変SerRSは野生型SerRSに比べMeSerに対する活性が向上していることが示された。
【0237】
ペプチド配列P-CT21Ser(配列番号176)
formylMetArgSerArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0238】
ペプチド配列P-CT21MeSer(配列番号176)
formylMetArg[MeSer]ArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0239】
MALDI-TOF MS:
Calc. m/z: [H+M]+ = 1571.7(配列P-CT21Serに対応するペプチド。)
Calc. m/z: [H+M]+ = 1585.7(配列P-CT21MeSerに対応するペプチド。)
【0240】
実施例4:N‐メチルスレオニンを許容するARSの開発
【0241】
<ThrRS野生型および変異体のタンパク質調製>
N末端にポリヒスチジン配列を有し、表7に記載した変異を含んだ発現ベクターを構築した。続いて、このベクターを発現株へと形質転換し、細胞破砕後の上清からニッケルカラムを用いて目的の変異タンパク質を精製した。
【0242】
【表7】
【0243】
<ThrRS野生型および変異体によるN-メチルスレオニンの翻訳導入>
鋳型DNA(D-T (配列番号177))から、RiboMAX Large Scale RNA production System T7(Promega社,P1300)を用いたin vitro 転写反応により鋳型用mRNA(R-T (配列番号178))を合成し、RNeasy Mini kit(Qiagen社)により精製した。
【0244】
D-T (3lib15#09)(配列番号177)
DNA配列:
GGCGTAATACGACTCACTATAGGGTTAACTTTAAGAAGGAGATATACATATGAAGGCTGGTCCGGGTTTTATGACTAAGAGTGGTAGTGGTAGTTAAGCTTCG
【0245】
R-T(配列番号178)
RNA配列:
GGGUUAACUUUAAGAAGGAGAUAUACAUAUGAAGGCUGGUCCGGGUUUUAUGACUAAGAGUGGUAGUGGUAGUUAAGCUUCG
【0246】
<無細胞翻訳系>
N-メチルスレオニンの翻訳導入を確かめるため、N-メチルスレオニンとThrRS変異体を無細胞翻訳系に加えることで、所望のN-メチルスレオニンを含有するポリペプチドの翻訳合成を行った。翻訳系は、大腸菌由来の再構成無細胞タンパク質合成系であるPURE systemを用いた。具体的には、基本的な無細胞翻訳液(1mM GTP,1mM ATP,20mMクレアチンリン酸,50mM HEPES-KOH pH7.6,100mM 酢酸カリウム,9mM 酢酸マグネシウム,2mMスペルミジン,1mM ジチオスレイトール,1.5mg/ml E.coli MRE600(RNaseネガティブ)由来tRNA(Roche社),0.1mM 10-HCO-H4folate、4μg/ml クレアチンキナーゼ,3μg/ml ミオキナーゼ,2unit/ml 無機ピロフォスファターゼ,1.1μg/ml ヌクレオシド二リン酸キナーゼ,0.6μM メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼ,0.26μM EF-G,0.24μM RF2,0.17μM RF3,0.5μM RRF,2.7μM IF1,0.4μM IF2,1.5μM IF3,40μM EF-Tu,93μM EF-Ts,1.2μM リボソーム,2.73μM AlaRS,0.13μM AspRS,0.09μM GlyRS,0.11μM LysRS,0.03μM MetRS,0.68μM PheRS,0.16μM ProRS、0.25μM SerRS(自家調製タンパクは基本的にHisタグ付加タンパクとして調製した))に、1μM 鋳型mRNA、グリシン、プロリン、アラニン、フェニルアラニン、リシン、メチオニン、セリンをそれぞれ250μMずつ加えた溶液に対して、ThrRS野生型もしくは変異体とN-メチルスレオニンを添加し、37℃で1時間静置することでペプチドの翻訳合成が達成された。
【0247】
<質量分析による検出>
N-メチルスレオニンが翻訳導入されたペプチドを検出するために、MALDI-TOF MSを用いた質量分析を実施した。具体的には、上述の無細胞翻訳系に1μM 鋳型mRNA(R-T (配列番号178))とグリシン、プロリン、アラニン、フェニルアラニン、リシン、メチオニン、セリン(各々最終濃度250μM)を加えた溶液を調製し、ThrRS (最終濃度2μM)とN-メチルスレオニン (最終濃度5mM)を添加し、37℃で60分間保温した。得られた翻訳反応物を、SPE C-TIP(日京テクノス社)で精製し、MALDI-TOF MSで分析した。翻訳産物はマトリックスとしてα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸を用いてMALDI-TOF MSスペクトルを測定して同定した。
【0248】
野生型ThrRS(配列番号29)を用いて翻訳した結果、N-メチルスレオニンを含有した目的のペプチドピークP-3lib15MeThrに相当するピーク((図10(a)、Peak MeT1)及びそのカリウム塩に相当するピーク(図10(a)、Peak MeT2)を主生成物として観測できたものの、同時に、翻訳系に微量に混入するThrに由来したペプチドP-3lib15Thrに相当するピーク(図10(a)、PeakT1)及びそのカリウム塩に相当するピーク(図10(a)、PeakT2)も観測され、翻訳生成物の純度に問題が生じることが分かった(図10(a))。一方で、変異が導入されたThrRS改変体03(配列番号10), およびThrRS改変体14(配列番号11)を用いて実験を行ったところ、P-CT21MeThrに由来するピーク(Peak MeT3-6、図10)が同様に観測された上、ペプチド配列P-3lib15Thrに相当するピークはほとんど観測されないことが分かった(図10(b), (c))。すなわち、野生型ThrRSを用いた場合に比べて高純度でMeThrが導入されたペプチドが合成されていることが示され、ThrRS改変体03及び14は野生型ThrRSに比べて、より効率よくペプチド中にMeThrを導入することができるARSであることが示唆された。
【0249】
ペプチド配列P-3lib15Thr(配列番号179)
formylMetLysAlaGlyProGlyPheMetThrLysSerGlySerGlySer
【0250】
ペプチド配列P-3lib15MeThr(配列番号179)
formylMetLysAlaGlyProGlyPheMet[MeThr]LysSerGlySerGlySer
【0251】
MALDI-TOF MS:
Calc. m/z: [H+M]+ = 1470.7, [K+M]+ = 1508.8(配列P-3lib15Thrに対応するペプチド。)
Calc. m/z: [H+M]+ = 1484.7, [K+M]+ = 1522.8(配列P-3lib15MeThrに対応するペプチド。)
【0252】
実施例5:N‐メチルトリプトファンを許容するARSの開発
<TrpRS野生型および変異体のタンパク質調製>
N末端にポリヒスチジン配列を有し、表8に記載した変異を含んだ発現ベクターを構築した。続いて、このベクターを発現株へと形質転換し、細胞破砕後の上清からニッケルカラムを用いて目的の変異タンパク質を精製した。
【0253】
【表8】
【0254】
<TrpRS野生型および変異体によるN-メチルトリプトファンの翻訳導入>
鋳型DNA(D-W (配列番号196)から、RiboMAX Large Scale RNA production System T7(Promega社,P1300)を用いたin vitro 転写反応により鋳型用mRNA(R-W (配列番号197))を合成し、RNeasy Mini kit(Qiagen社)により精製した。
【0255】
D-W (CT29)(配列番号196)
DNA配列:
GGCGTAATACGACTCACTATAGGGTTAACTTTAACAAGGAGAAAAACATGCGTTGGCGTGACTACAAGGACGACGACGACAAGTAAGCTTCG
【0256】
R-W(配列番号197)
RNA配列:
GGGUUAACUUUAACAAGGAGAAAAACAUGCGUUGGCGUGACUACAAGGACGACGACGACAAGUAAGCUUCG
【0257】
<無細胞翻訳系>
N-メチルトリプトファンの翻訳導入を確かめるため、N-メチルトリプトファンとTrpRS変異体を無細胞翻訳系に加えることで、所望のN-メチルトリプトファンを含有するポリペプチドの翻訳合成を行った。翻訳系は、大腸菌由来の再構成無細胞タンパク質合成系であるPURE systemを用いた。具体的には、基本的な無細胞翻訳液(1mM GTP,1mM ATP,20mMクレアチンリン酸,50mM HEPES-KOH pH7.6,100mM 酢酸カリウム,9mM 酢酸マグネシウム,2mMスペルミジン,1mM ジチオスレイトール,1.5mg/ml E.coli MRE600(RNaseネガティブ)由来tRNA(Roche社),0.1mM 10-HCO-H4folate、4μg/ml クレアチンキナーゼ,3μg/ml ミオキナーゼ,2unit/ml 無機ピロフォスファターゼ,1.1μg/ml ヌクレオシド二リン酸キナーゼ,0.6μM メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼ,0.26μM EF-G,0.24μM RF2,0.17μM RF3,0.5μM RRF,2.7μM IF1,0.4μM IF2,1.5μM IF3,40μM EF-Tu,84μM EF-Ts,1.2μM リボソーム,0.03μM ArgRS,0.13μM AspRS,0.11μM LysRS,0.03μM MetRS,0.02μM TyrRS(自家調製タンパクは基本的にHisタグ付加タンパクとして調製した))に、1μM 鋳型mRNA、アルギニン、アスパラギン酸、リシン、メチオニン、チロシンをそれぞれ250μMずつ加えた溶液に対して、TrpRS野生型もしくは変異体とN-メチルトリプトファンを添加し、37℃で1時間静置することでペプチドの翻訳合成が達成された。
【0258】
<質量分析による検出>
N-メチルトリプトファンが翻訳導入されたペプチドを検出するために、MALDI-TOF MSを用いた質量分析を実施した。具体的には、上述の無細胞翻訳系に1μM 鋳型mRNA(R-W (配列番号197))とアルギニン、リシン、メチオニン、チロシン、アスパラギン酸(各々最終濃度250μM)を加えた溶液を調製し、TrpRS (最終濃度5μM)とN-メチルトリプトファン(最終濃度5mM)を添加し、37℃で60分間保温した。得られた翻訳反応物を、SPE C-TIP(日京テクノス社)で精製し、MALDI-TOF MSで分析した。翻訳産物はマトリックスとしてα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸を用いてMALDI-TOF MSスペクトルを測定して同定した。
【0259】
野生型TrpRS(配列番号188)を用いて翻訳した結果、N-メチルトリプトファンを含有した目的のペプチドピークP-CT29MeTrpに相当するピーク((図11(a)、Peak MeW1)を観測できたものの、主生成物としては翻訳系に微量に混入するTrpに由来したペプチドP-CT29Trpに相当するピーク(図11(a)、PeakW1)であった。一方で、変異が導入されたTrpRS改変体04 (配列番号184), TrpRS改変体05(配列番号185)およびTrpRS改変体18(配列番号186)を用いて実験を行ったところ、P-CT29MeTrpに由来するピーク(Peak MeW2-4, 図11(b)-(d)を主生成物として観測した。すなわち、野生型TrpRSを用いた場合に比べて高純度でMeTrpが導入されたペプチドが合成されていることが示され、これらのTrpRS改変体は野生型TrpRSに比べて、より効率よくペプチド中にMeTrpを導入することができるARSであることが示唆された。
【0260】
ペプチド配列P-CT29Trp(配列番号198)
formylMetArgTrpArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0261】
ペプチド配列P-CT29MeTrp(配列番号199)
formylMetArg[MeTrp]ArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0262】
MALDI-TOF MS:
Calc. m/z: [H+M]+ = 1670.7(配列P-CT29Trpに対応するペプチド。)
Calc. m/z: [H+M]+ = 1684.7(配列P-CT29MeTrpに対応するペプチド。)
【0263】
実施例6: Nメチルロイシンを許容するARSの開発
<LeuRS野生型および変異体のタンパク質調製>
N末端にポリヒスチジン配列を有し、表9に記載した変異を含んだ発現ベクターを構築した。続いて、このベクターを発現株へと形質転換し、細胞破砕後の上清からニッケルカラムを用いて目的の変異タンパク質を精製した。
【0264】
【表9】
【0265】
<LeuRS野生型および変異体によるN-メチルロイシンの翻訳導入>
鋳型DNA(D-L (配列番号200)から、RiboMAX Large Scale RNA production System T7(Promega社,P1300)を用いたin vitro 転写反応により鋳型用mRNA(R-L (配列番号201))を合成し、RNeasy Mini kit(Qiagen社)により精製した。
【0266】
D-L (CT23)(配列番号200)
DNA配列:
GGCGTAATACGACTCACTATAGGGTTAACTTTAACAAGGAGAAAAACATGCGTCTCCGTGACTACAAGGACGACGACGACAAGTAAGCTTCG
【0267】
R-L(配列番号201)
RNA配列:
GGGUUAACUUUAACAAGGAGAAAAACAUGCGUCUCCGUGACUACAAGGACGACGACGACAAGUAAGCUUCG
【0268】
<無細胞翻訳系>
N-メチルロイシンの翻訳導入を確かめるため、N-メチルロイシンとLeuRS変異体を無細胞翻訳系に加えることで、所望のN-メチルロイシンを含有するポリペプチドの翻訳合成を行った。翻訳系は、大腸菌由来の再構成無細胞タンパク質合成系であるPURE systemを用いた。具体的には、基本的な無細胞翻訳液(1mM GTP,1mM ATP,20mMクレアチンリン酸,50mM HEPES-KOH pH7.6,100mM 酢酸カリウム,9mM 酢酸マグネシウム,2mMスペルミジン,1mM ジチオスレイトール,1.5mg/ml E.coli MRE600(RNaseネガティブ)由来tRNA(Roche社),0.1mM 10-HCO-H4folate、4μg/ml クレアチンキナーゼ,3μg/ml ミオキナーゼ,2unit/ml 無機ピロフォスファターゼ,1.1μg/ml ヌクレオシド二リン酸キナーゼ,0.6μM メチオニルtRNAトランスフォルミラーゼ,0.26μM EF-G,0.24μM RF2,0.17μM RF3,0.5μM RRF,2.7μM IF1,0.4μM IF2,1.5μM IF3,40μM EF-Tu,84μM EF-Ts,1.2μM リボソーム,0.03μM ArgRS,0.13μM AspRS,0.11μM LysRS,0.03μM MetRS,0.02μM TyrRS(自家調製タンパクは基本的にHisタグ付加タンパクとして調製した))に、1μM 鋳型mRNA、アルギニン、アスパラギン酸、リシン、メチオニン、チロシンをそれぞれ250μMずつ加えた溶液に対して、LeuRS野生型もしくは変異体とN-メチルロイシンを添加し、37℃で1時間静置することでペプチドの翻訳合成が達成された。
【0269】
<質量分析による検出>
N-メチルロイシンが翻訳導入されたペプチドを検出するために、MALDI-TOF MSを用いた質量分析を実施した。具体的には、上述の無細胞翻訳系に1μM 鋳型mRNA(R-L (配列番号201))とアルギニン、リシン、メチオニン、チロシン、アスパラギン酸(各々最終濃度250μM)を加えた溶液を調製し、LeuRS (最終濃度0.4-2μM)とN-メチルロイシン (最終濃度5mM)を添加し、37℃で60分間保温した。得られた翻訳反応物を、SPE C-TIP(日京テクノス社)で精製し、MALDI-TOF MSで分析した。翻訳産物はマトリックスとしてα-シアノ-4-ヒドロキシケイ皮酸を用いてMALDI-TOF MSスペクトルを測定して同定した。
【0270】
野生型LeuRS(配列番号189)を用いて翻訳した結果、N-メチルロイシンを含有した目的のペプチドピークP-CT23MeLeuに相当するピークは観測されず、翻訳系に微量に混入するLeuに由来したペプチドP-CT23Leu (図12(a)、PeakL1)をほぼ単一生成物として観測した。一方で、変異が導入されたLeuRS改変体02 (配列番号187),を用いて実験を行ったところ、P-CT29MeLeuに由来するピーク(Peak MeL1, 図12(b))が観測され、それはLeuを含むペプチドP-CT23Leu(Peak L2, 図12(b))のピークと同程度の強度比であった。これはすなわち、野生型LeuRSを用いた場合に比べ、より多くのMeLeuが導入されたペプチドが合成されていることを示しており、このLeuRS改変体は野生型LeuRSに比べて、より効率よくペプチド中にMeLeuを導入することができるARSであることが示唆された。
【0271】
ペプチド配列P-CT23Leu(配列番号202)
formylMetArgLeuArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0272】
ペプチド配列P-CT23MeLeu(配列番号203)
formylMetArg[MeLeu]ArgAspTyrLysAspAspAspAspLys
【0273】
MALDI-TOF MS:
Calc. m/z: [H+M]+ = 1597.7(配列P-CT23Leuに対応するペプチド。)
Calc. m/z: [H+M]+ = 1611.7(配列P-CT23MeLeuに対応するペプチド。)
【0274】
実施例7:Editing domainでのバリン加水分解能を向上させることでN‐メチルバリンへの選択性を向上させた改変ValRSの開発
<ValRS野生型および変異体のタンパク質調製>
N末端にポリヒスチジン配列を有し、N-メチルバリンへの活性を向上させる触媒ドメインの変異(N44G,T45S)及び校正ドメインの変異T279A(G)を含んだ改変ValRSの発現ベクターを構築した(表10)。続いて、このベクターを発現株へと形質転換し、細胞破砕後の上清からニッケルカラムを用いて目的の変異タンパク質を精製した。
【0275】
【表10】
【0276】
<ValRS変異体のバリン及びN-メチルバリンのアミノアシル化反応>
[In vitro転写反応による大腸菌tRNAValの合成]
鋳型DNA(D-tRNAVal1(配列番号204))から、7.5 mM GMP存在下、RiboMAX Large Scale RNA production System T7(Promega社,P1300)を用いたin vitro 転写反応により大腸菌tRNA(R-tRNAVal1 (配列番号205))を合成し、RNeasy Mini kit(Qiagen社)により精製した。
【0277】
D-tRNAVal1(配列番号204)
tRNAVal1 DNA配列:
GGCGTAATACGACTCACTATAGGGTGATTAGCTCAGCTGGGAGAGCACCTCCCTTACAAGGAGGGGGTCGGCGGTTCGATCCCGTCATCACCCACCA
【0278】
R-tRNAVal1(配列番号205)
tRNAVal1 RNA配列:
GGGUGAUUAGCUCAGCUGGGAGAGCACCUCCCUUACAAGGAGGGGGUCGGCGGUUCGAUCCCGUCAUCACCCACCA
【0279】
<アミノアシル化反応>
アミノアシル化反応を行うために、50μM 転写tRNA、10 mM HEPES-K(pH7.6)、10 mM KCl溶液を95℃で2分間加熱し、その後室温に5分以上静置させることでtRNAのリフォールディングを行った。このtRNA溶液を最終濃度10μMになるように、アシル化バッファー(最終濃度50 mM HEPES-K[pH7.6], 2 mM ATP, 100 mM 酢酸カリウム、10 mM 酢酸マグネシウム、1 mM DTT、2 mM spermidine、0.1 mg/mL Bovine Serum Albumin)を添加後、 ValRS変異体(最終濃度2μM)およびN-メチルバリン (最終濃度0.08-5 mM)またはバリン(最終濃度0.031-0.25mM)と混合し、37℃で10分間インキュベートした。反応溶液に4倍量のローディングバッファー(90 mM 酢酸ナトリウム[pH5.2]、10 mM EDTA、95%(w/w)ホルムアミド、0.1%(w/v)キシレンシアノール)を添加し、6M尿素を含む酸性PAGE で分析し、未反応tRNAとアミノアシルtRNAを分離することでアミノアシル化活性を確認した。RNAの染色は、SYBR Gold (Life Technologies)を用い、検出にはLAS4000(GEヘルスケア)を用いた。
【0280】
この結果、N-メチルバリンを基質にした場合、変異体13-11と変異体66(配列番号182),67(配列番号183)のアシル化能は各にてN-メチルバリン濃度にて大差ないことが分かった(図13 例えばlane17-19)。その一方バリンを基質にした場合、変異体13-11に比べ、変異体66,67のアシル化能が減弱していることが分かった(図14 例えばlane17-19)。このことから、新たに校正ドメインに変異を導入した変異多66,67はバリンに対するアミノアシル化活性が減弱することで、よりN-メチルバリンに対する選択性が向上した改変ValRSと言える事が分かった。
【産業上の利用可能性】
【0281】
本発明によって、天然型アミノアシルtRNA合成酵素 (aminoacyl-tRNA synthetase;ARS) よりも、N-メチルアミノ酸に対する反応性が上昇した改変アミノアシルtRNA合成酵素が提供された。本発明の改変アミノアシルtRNA合成酵素は、N-メチル-フェニルアラニン、N-メチル-バリン、N-メチル-セリン、N-メチル-スレオニン、N-メチルートリプトファン、N-メチルーロイシンなどのN-メチル置換アミノ酸を、対応するtRNAに、天然型アミノアシルtRNA合成酵素よりも高い効率でアミノアシル化することができる。本発明により、N-メチルアミノ酸を含むポリペプチドを、より効率的に製造することができる。
図1
図2
図3-1】
図3-2】
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
【配列表】
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