(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-07
(45)【発行日】2022-02-16
(54)【発明の名称】塗料剥離方法と塗料剥離装置
(51)【国際特許分類】
E04G 23/02 20060101AFI20220208BHJP
E01D 22/00 20060101ALI20220208BHJP
【FI】
E04G23/02 Z
E01D22/00 A
(21)【出願番号】P 2019023292
(22)【出願日】2019-02-13
【審査請求日】2020-12-22
(73)【特許権者】
【識別番号】508036743
【氏名又は名称】株式会社横河ブリッジ
(74)【代理人】
【識別番号】100076369
【氏名又は名称】小林 正治
(74)【代理人】
【識別番号】100144749
【氏名又は名称】小林 正英
(72)【発明者】
【氏名】笹嶋 純司
(72)【発明者】
【氏名】白水 晃生
【審査官】津熊 哲朗
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-124391(JP,A)
【文献】特開2017-140612(JP,A)
【文献】特開2008-290018(JP,A)
【文献】特開2010-043492(JP,A)
【文献】実開昭53-007458(JP,U)
【文献】特開2004-052505(JP,A)
【文献】特開2014-014933(JP,A)
【文献】特開2016-067996(JP,A)
【文献】特開2009-030342(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04G 23/02
E01D 22/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材表面の塗膜の下
にある鉛丹又は鉛を含有する有害物質含有塗料を剥離する塗料剥離方法であって、
前記鋼材を誘導加熱により加熱して当該鋼材表面の塗膜を軟化して有害物質含有塗料から浮き上がらせ、
軟化して有害物質含有塗料から浮き上がった前記塗膜をシート状又は固まりの状態で有害物質含有塗料の表面からめくりあげながら、当該シート状又は固まりの状態の塗膜と前記有害物質含有塗料
の間に蒸気を噴射
することによって、当該塗膜の裏面に付着した有害物質含有塗料及び当該塗膜がめくりあげられた後に前記鋼材の表面に残った有害物質含有塗料を湿潤させ
ると共に、噴射された当該蒸気の熱によってシート状又は固まりの状態の塗膜を再軟化させ、
前記鋼材の表面に残った湿潤した有害物質含有塗料を剥離具で擦って剥離する、
ことを特徴とする塗料剥離方法。
【請求項2】
請求項1記載の塗料剥離方法において、
有害物質含有塗料からめくりあげられた塗膜と剥離具の間に向けて蒸気を噴射する、
ことを特徴とする塗料剥離方法。
【請求項3】
鋼材表面
からシート状又は固まりの状態で剥離される塗膜の下
の鉛丹又は鉛を含有する有害物質含有塗料を剥離する塗料剥離装置であって、
蒸気噴射機と剥離具を備え、
前記蒸気噴射機は、片手持ちハンドルと、当該片手持ちハンドルの先方に設けられた噴射部と、当該噴射部の先方に設けられたノズルと、当該片手持ちハンドルに設けられたスイッチを備え、
前記剥離具は、前記噴射部に固定される柄と、当該柄の先方に設けられた擦り部を備え、
前記蒸気噴射機と剥離具は、塗膜剥離時に当該塗膜に近い方に剥離具が位置し、当該剥離具よりも塗膜から離れた位置に蒸気噴射機が位置するように、前記蒸気噴射機の下に前記剥離具が設けられ、
前記剥離具は、前記擦り部の先端が前記ノズルの先端よりも先方に突出するように前記噴射部に設けられた、
ことを特徴する塗料剥離装置。
【請求項4】
請求項3記載の塗料剥離装置において、
剥離具は噴射部に脱着可能に設けられた、
ことを特徴する塗料剥離装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は橋梁、高架道路、送電鉄塔、電波塔、鉄骨ビル等の各種分野における鋼構造物や鋼材料、鋼材部品等(以下「鋼材」という。)の表面に塗布されている錆止め層や塗膜を剥離する方法と、それらの剥離に使用される剥離装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材の表面には塗装が施されている。通常、塗装は鋼材の表面に錆止めを塗布し、その上から外塗り層(塗膜)が施されている。鋼材に採用される塗装系は、錆止めに鉛丹や鉛系錆止め塗料を用いるA系塗装及びB系塗装と、錆止めに無機ジンクリッチペイント(以下「無機ジンク」という。)を用いるC系塗装等がある。A系塗装、B系塗装、C系塗装といった呼称は、公益社団法人日本道路協会による「鋼道路橋防食便覧」と呼ばれる規準に記載されている。
【0003】
A系塗装及びB系塗装では、
図4(a)のように、ブラストされた鋼材Xの表面にエッチングプライマーが塗布され、そのエッチングプライマーの外側(上)に鉛丹あるいは鉛系錆止め塗料(以下「鉛丹塗料」という。)が塗布されて錆止め層1が形成されている。鉛丹塗料の外側にはフタル酸樹脂塗料等の樹脂塗料が塗布されて外塗り層(塗膜)2が形成されている。
【0004】
C系塗装では
図4(b)のように、ブラストされた鋼材Xの表面に錆止め用の無機ジンクが塗布され、その外側(上)から霧状のミストコートが噴霧されて無機ジンク中の空気孔が埋められて錆止め層1が形成されている。ミストコートの外側にはエポキシ樹脂やフッ素樹脂、ポリウレタン樹脂等による外塗り層2が形成されている。
【0005】
鋼材の塗装は、風雨や紫外線等の様々な要因によって腐食や劣化が生じるため、定期的に塗り替えを行う必要がある。この場合、A系塗装やB系塗装のように防錆材料として鉛含有塗料が用いられている場合、鋼材表面のすべての塗装を除去することが防錆面で好ましい。C系塗装の場合は、錆止め層の無機ジンクが犠牲防食作用を発揮するため、健全である限り、錆止め層を残したまま塗り替えを行うのが望ましいと考えられている。
【0006】
鋼材表面の塗装を剥離する工法として、従来は、グラインダーやサンダー、カップブラシで塗装を削り取る工法やサンドブラストで塗装を削り取る工法(機械的工法:特許文献1)や、剥離剤を塗布する化学的な工法(化学的工法:特許文献2)、電磁誘導加熱して塗装を剥離する工法(IH工法:特許文献3~5)が提案されている。特許文献5のIH工法では加熱により軟化させた塗膜を、工具によりシート状や粉塵にならない固まりの状態にして剥離し、その剥離跡の鋼材表面に残った錆び止め塗料をスクレーパで擦って掻き落としている(剥離している)。
【0007】
前記機械的工法やスクレーパで塗装を剥離すると、塗料粉が作業現場に飛散する。錆止め塗料(鉛丹塗料)には鉛成分や重金属等が含まれているだけでなく、外塗り層の塗料にはPCB(ポリ塩化ビフェニル)が含まれている場合もある。鉛成分やPCBは人体にとって有害成分であるため、作業現場に飛散した粉末を作業者が吸引して、有害物質が呼吸器や消化器から摂取されると、その一部が血液に混入して蓄積する。特に、鉛成分の場合は、蓄積量が増加すると鉛中毒になるとか、健康障害が発生する危険がある。鉛成分の吸引防止のため、作業員は必ず顔にフィルタ付きの全面マスクを装着して作業しているのが現状である。
【0008】
(鉛成分吸引に起因する健康障害)
高度経済成長期に作られた高速道路、河川橋等のインフラ設備の老朽化、その建て替えや修繕時に生じる鉛成分の発生、鉛成分吸引に起因する健康障害については、大きな社会的な解決課題である。
【0009】
(鉛と健康障害の問題)
土木技術資料55-2(2013)には、「鋼道路橋の塗替え時における含鉛塗料の除去について」と題するレポートが掲載され、鉛と健康障害の問題が取り上げられている。
【0010】
(厚生労働省労働基準局安全衛生部の鉛と健康障害に関する書面)
平成26年5月30日には、「鉛等有害物を含有する塗料の剥離やかき落とし作業における労働者の健康障害防止について」と題する書面が、厚生労働省労働基準局安全衛生部、労働衛生課長、化学物質対策課長名義で、都道府県労働局労働基準部健康主務課長あてに送られている。この書面によれば、
「(塗料の剥離等作業を発注する者について)
1 橋梁等建設物に塗布された塗料の剥離等作業を発注する者は、塗布されている塗料中の鉛やクロム等の有害な化学物質の有無について把握している情報を施行者に伝えるほか、塗料中の有害物質の調査やばく露防止対策について必要な経費等の配慮を行うこと。」と記載されている。
また、
「4 鉛等有害物を含有する塗料の剥離等作業を、近隣環境への配慮のために隔離措置された作業場や屋内等の狭隘で閉鎖された作業場(以下「隔離区域等内作業現場」という。)で作業を行う場合は、当該区域内の鉛等有害物の粉じんの濃度は極めて高濃度になるため、次の措置を行うこと。
(1)剥離等作業者は必ず湿潤して行うこと。湿潤化が著しく困難な場合は、当該作業環境内で湿潤化した場合と同等程度の粉じん濃度まで低減させる方策を講じた上で作業を実施すること。」と記載されている。
【0011】
(独立行政法人労働安全衛生総合研究所の災害調査報告書)
平成26年12月には、独立行政法労働安全衛生総合研究所から、「災害調査報告書」A-2014-04(一般公開版)が発行されており、それには
「9.まとめ
今回研究所が調査を行った事案については、・・・・・推定された。
一般に錆止め防止等の目的で鉛等有害物を含有する塗料が・・・・・予想されるが、閉鎖空間での塗料の剥離作業等については、特に乾式で行う場合、鉛等粉じん濃度が極めて高濃度になるため、作業は必ず湿式で行い、作業場所の集じん及び排気を十分に行うなどの工法が抜本的な見直しが必要であると考える。」と記載されている。
【0012】
(作業環境測定の基礎知識)
公益社団法人日本作業環境測定協会発行の「作業環境測定の基礎知識」の「作業環境測定」には、「作業環境中に有害な因子が存在する場合には、その有害な因子を除去するか、ある一定の限度まで低減させるか、またはこれらの対策だけでは有害な因子への労働者のばく露を十分な程度まで低減させることができない場合には、保護具や保護衣等の個人的なばく露防止のための手段を利用すること等によって、その有害な因子による健康障害を未然に防止することが必要です。」と記載されている。
さらに、この基礎知識の「測定対象物質と管理温度(作業環境評価基準 別表)」によれば、物質が「鉛およびその化合物」の場合の管理濃度は「鉛として0.05mg/m3」と記載されている。
【0013】
上記のように、人体に有害な成分、特に鉛成分の有害性(健康障害)が問題となっており、喫緊に解決すべき課題となっている。
【0014】
(IH工法による塗膜剥離)
本件発明者は先に、高周波誘導加熱による「鋼部材の塗装塗替え工法」(IH工法)を開発し、特許を取得した(特許文献5)。IH工法は塗膜の上にIHヒータを当てて塗膜を加熱し、軟化させて、下塗り層(錆止め層)から浮かし、その塗膜の下にカワハギやスクレーパ等の剥離具を押し込んで塗膜を剥離する方法である。このとき、塗膜はシート状或いは粉塵化しにくい固まりになって剥離されるため、塗膜の粉塵も、塗膜に付着して鋼材表面から剥離される下塗り層の粉塵も飛散しにくくなる。しかし、塗膜剥離後に鋼材表面に残った錆止め層を剥離するため、残った錆止め層に剥離具を押し付けながら擦っているため、錆止め層の粉塵発生を避けることはできない。錆止め層には鉛成分や鉛丹塗料、その他の有害物質(以下「有害物質」という。)等が含まれているので、作業員はその作業中、フィルタ付きの全面マスクを装着している。しかし、有害物質を含む粉塵の吸引を完全に防止することはできない。
【0015】
有害物質を含む粉塵発生を抑制するため、従来は片手に持ったスクレーパで鋼材表面を擦って塗膜を剥離しながら、もう一方の手で吸引装置(バキューム)を操作して、剥離時に発生する粉塵をバキュームのノズルで吸引をしている。しかし、一般には作業空間を負圧にして吸引しているわけではないため、ノズル先端付近しかバキュームによる吸引効果がなく、発生した粉塵を十分に吸引できない。しかも、粉塵を吸引するためには、スクレーパの先端を常に吸引ノズルの近くに持ってくる必要があり、この作業はかなり困難である。使用しているバキュームは、電子部品のクリーンルームや病院で使用されるフィルタ付きバキュームであり、排気には粉塵成分が含まれないようになっており、ホコリを舞い上げないように排気は床面に当たらないようになっている。
【0016】
粉塵対策としては、前記のように粉塵をバキュームで吸引する方法の他、加湿による方法もある。加湿による方法の例として、ビルの解体現場や工事現場等で散水している例が見受けられる。この場合、散水した水が足場に溜まって作業しにくくなるとか、作業現場が湿気過多になって作業環境が悪くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】特開2011-056333号公報
【文献】特許第3985966号公報
【文献】米国特許第7857914号公報
【文献】特開2014-014933号公報
【文献】特開2017-124391号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明の解決課題は、鋼材表面の塗膜剥離時や錆止め層の剥離時に、粉塵の発生や飛散を抑制又は防止(以下、両者を含めて「防止」という。)することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明の塗料剥離方法は、鋼材表面に塗装されている塗膜と、その塗膜の下にある鉛丹又は鉛を含有する錆止め層(以下「有害物質含有塗料」という。)を剥離する塗料剥離方法であり、鋼材を誘導加熱により加熱して鋼材表面の塗膜を軟化して有害物質含有塗料から浮き上がらせ、軟化して有害物質含有塗料から浮き上がった塗膜をシート状又は固まりの状態で有害物質含有塗料の表面からめくりあげながら、当該シート状又は固まりの状態の塗膜と有害物質含有塗料の間に高温スチーム(以下「蒸気」という。)を噴霧(噴射)することによって当該塗膜の裏面に付着した有害物質含有塗料及び当該塗膜がめくりあげられた後に前記鋼材の表面に残った有害物質含有塗料を湿潤させると共に、噴射された当該蒸気の熱によってシート状又は固まりの状態の塗膜を再軟化させ、鋼材の表面に残った湿潤した有害物質含有塗料を剥離具で剥離して、剥離時の有害物質含有塗料の粉塵発生を防止する方法である。
【0020】
本発明の塗料剥離方法は、有害物質含有塗料からめくりあげられた塗膜と剥離具の間に向けて蒸気を噴射することもできる。
【0021】
本発明の塗料剥離装置は、鋼材表面からシート状又は固まりの状態で剥離される塗膜の下にある鉛丹又は鉛を含有する有害物質含有塗料を剥離する装置であり、蒸気噴射機と剥離具を備え、蒸気噴射機は、片手持ちハンドルと、当該片手持ちハンドルの先方に設けられた噴射部と、当該噴射部の先方に設けられたノズルと、当該片手持ちハンドルに設けられたスイッチを備え、剥離具は、前記噴射部に固定される柄と、当該柄の先方に設けられた擦り部を備え、蒸気噴射機と剥離具は、塗膜剥離時に当該塗膜に近い方に剥離具が位置し、当該剥離具よりも塗膜から離れた位置に蒸気噴射機が位置するように、前記蒸気噴射機の下に前記剥離具が設けられ、剥離具は、前記擦り部の先端が前記ノズルの先端よりも先方に突出するように前記噴射部に設けられたものである。剥離具は噴射部に脱着可能に設けることもできる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の塗料剥離方法は次の効果がある。
(1)蒸気で湿潤させてから有害物質含有塗料を掻き落とすので、有害物質含有塗料の粉塵発生を防止でき、有害物質含有塗料による作業者の健康障害を予防できる。
(2)有害物質含有塗料に水を掛けると、作業足場が水浸しになって作業しにくくなったり、作業現場が水分過多になって作業環境が悪化したり、溜まった水分を外に排出したりしなければならないが、本発明では蒸気を噴射するのでそのような支障がない。
(3)有害物質含有塗料の粉塵発生を防止できるため、作業現場を粉塵拡散防止用のカバーで囲う必要がない。このため、作業現場がカバーで制約されて狭くなって剥離作業がしにくくなることもない。
(4)有害物質含有塗料の粉塵発生を防止できるため、作業現場を粉塵拡散防止用のカバーで囲い負圧をかける必要がない。このため、負圧をかける装置を導入する必要がなくなる。
(5)剥離部へ蒸気をかけるので、高温となり塗膜が軟化し、剥離しやすくなる。
【0023】
本発明の塗料剥離装置は次の効果がある。
(1)蒸気噴射機から蒸気を噴射して、有害物質含有塗料を湿潤させながら掻き落とすことができるので、有害物質含有塗料の粉塵発生を防止できる。
(2)蒸気噴射機が剥離具と一体の場合も分離している場合も、蒸気噴射機から蒸気を噴射しながら、剥離具で有害物質含有塗料を擦って掻き落とすことができるので、有害物質含有塗料の粉塵発生を防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図2】(a)は本発明の塗料剥離装置における蒸気噴射機の説明図、(b)は剥離具の説明図。
【
図4】(a)は防錆材料として鉛丹が用いられたA系塗装の概要説明図、(b)は防錆材料として無機ジンクが用いられたC系塗装の概要説明図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
(塗料剥離方法の実施形態)
本発明の塗料剥離方法の実施形態を図面に基づいて説明する。本発明の塗料剥離方法は、高架道路、橋梁、ビルの鉄骨といった鋼材X(
図4(a)(b))の表面に塗布されている外塗り層(塗膜)2とその下の錆止め層(有害物質含有塗料)1を剥離する方法であり、次のように施工することができる。
【0026】
鋼材Xの表面の塗膜2を加熱装置で加熱して軟化させてから、その塗膜2をシート状又は固まりの状態で剥離し、その塗膜剥離中又は塗膜剥離後に、塗膜2の下の有害物質含有塗料1に蒸気を噴射して有害物質含有塗料1を加湿し、湿潤させてから剥離する。
【0027】
加熱装置は塗膜2を加熱して軟化させることができ、鋼材Xから又は有害物質含有塗料1の表面から浮き上がらせることができるものであれば特に制約はないが、誘導加熱装置(IH(induction heating)加熱装置)が適する。IH加熱装置については後で説明する。
【0028】
[蒸気の種類]
噴射する蒸気も有害物質含有塗料1を湿潤させることができれば特に制約はないが、飽和蒸気、過熱蒸気等のいずれであってもよい。
【0029】
[蒸気噴射箇所]
蒸気は噴射すると短時間、例えば、噴射後瞬時に又は数秒で蒸発するので、噴射箇所は有害物質含有塗料1を効率良く湿潤できる箇所が望ましい。塗膜剥離中に噴射する場合であっても、塗膜剥離後に噴射する場合であっても、少なくとも有害物質含有塗料1又はその周囲、或いは有害物質含有塗料1とその周囲の双方に向けて直に噴射するのが望ましい。スクレーパのような剥離具3(
図1)の先端部又はその周囲が望ましい。加熱後の塗膜剥離中に噴射するのであれば、
図1のように、剥離された塗膜2の裏面と有害物質含有塗料1の間の空間4(
図1)に蒸気を噴射して、塗膜2の裏面に付着する有害物質含有塗料1と鋼材Xの表面に残った有害物質含有塗料1との双方に同時に噴射するのが望ましい。この場合は蒸気を噴射しながら塗膜2と有害物質含有塗料1との双方を同時に剥離することができる。
【0030】
剥離中の塗膜2と鋼板Xの間の空間4に蒸気を噴射することで、冷たい鋼材Xと塗膜2に触れた蒸気が効率的に結露(液化)して、鋼材表面の有害物質含有塗料1が剥離具3で掻き落とされるときに確実に湿潤状態になる。有害物質含有塗料1を湿潤状態にしながら掻き落とすことにより有害物質含有塗料1の粉塵の発生、飛散を防止することができる。
【0031】
塗膜剥離後であれば、鋼材Xの表面に残った有害物質含有塗料1を剥離具3で剥離してから、剥離具3の先端面(掻き落とし面)又はその周囲の有害物質含有塗料1に向けて蒸気を噴射して、有害物質含有塗料1を湿潤させながら剥離する。
【0032】
蒸気の噴射は散水とは違い、常温でもすぐに揮発してしまう程度の量であるため、散水した場合のように作業現場に水が溜まり、足場が悪くなって作業しにくくなるとか、足場に溜まった水を排水したりする必要もない。
【0033】
[蒸気噴射量、噴射圧力]
蒸気噴射量(吐出量)も、蒸気噴射圧力も有害物質含有塗料1を湿潤させることができる量、湿潤し易い圧力とする。
【0034】
[塗膜の剥離]
鋼材Xの表面の塗膜2は、加熱装置で加熱することにより軟化して、鋼材X又は有害物質含有塗料1から浮き上がって剥離し易くなる。また、噴射された蒸気の熱でも軟化して剥離し易くなる。しかし、塗膜2は温度が下がると硬くなって剥離しにくくなるため、加熱しながら塗膜温度が低下しないうちに剥離するのが望ましい。
【0035】
[有害物質含有塗料の剥離]
蒸気で湿潤させた有害物質含有塗料1は蒸気の熱で軟化するが、蒸気が蒸発して温度が下がると硬くなって剥離しにくくなるため、蒸気を噴射しながら又は噴射直後の湿潤中に行うのが望ましい。
【0036】
塗膜2の剥離、有害物質含有塗料1の剥離には剥離具3を使用する。剥離具3はスクレーパ、カワスキ等の工具である。それら工具を手動で擦って又は自動的に擦って有害物質含有塗料1を掻き落とす(剥離する)。
【0037】
(塗料剥離装置の実施形態)
本発明の塗料剥離装置の一例を以下に説明する。この塗料剥離装置は塗膜2と有害物質含有塗料1を擦って剥離する剥離具3と、有害物質含有塗料1に直に又はその周囲に蒸気を噴射する蒸気噴射機5(
図2(a))を備える。剥離具3と蒸気噴射機5のノズル6は一つに纏められた一体型でも、別々の分離型でもよい。
【0038】
(一体型塗料剥離装置の実施形態)
一体型塗料剥離装置は、
図1のように、蒸気噴射機5のノズル6に剥離具3を固定したものである。蒸気噴射機5には蒸気の噴射を開始・停止させるON-OFFスイッチ7、蒸気噴射量を調節可能な噴射量調節部、噴射強度を調節可能な噴射強度調節部等を備えたものが望ましい。蒸気噴射機5には既存の業務用スチームクリーナー(スチーム噴射器)を使用することができる。例えば、ケルヒャージャパン株式会社が販売している業務用スチームクリーナーが適する。この業務用スチームクリーナーは家庭用とは違い長時間の連続使用が可能な機種である。給水の必要はあるが、給水のためボイラーが冷めるのを待つ必要はない。
【0039】
剥離具3には各種機器を使用することができる。一例としては、既存の金属板状のスクレーパ(
図2(b))を使用することができる。スクレーパは蒸気噴射機5のノズル6の先端に、その先端から突出させて取り付けた一体型(
図1)が適する。
図1ではスクレーパを剥離具3とし、それを紐その他の結束具8で噴射部9の下に取り付けてある。取り付けは紐以外のものであってもよく、接着剤であってもよい。剥離具3は噴射部9の上に取り付けることも、ノズル6の中に取り付けることもできる。ノズル6は噴射部9に脱着可能であってもよい。いずれの場合も、剥離具3は塗膜2の剥離時、有害物質含有塗料1の剥離時に、それらを擦ってもぐらつかないように固定されていることが望ましい。
【0040】
(分離型塗料剥離装置の実施形態)
剥離装置は蒸気噴射機5と剥離具3が別々になっている分離型であってもよい。この場合も、蒸気噴射機5には既存の業務用スチームクリーナー(スチーム噴射器)を、剥離具3には既存の金属製板状のスクレーパやその他の工具を使用することができる。蒸気噴射機5と剥離具3は脱着可能であってもよい。この場合は、蒸気噴射機5と剥離具3に互いに脱着可能な脱着部を設けて、両者の装着時は蒸気噴射機5又は剥離具3の柄を片手に持って、蒸気噴射機5から蒸気を噴射しながら剥離具3で塗膜2を剥離したり、有害物質含有塗料1を掻き落としたりすることができる。不使用時には蒸気噴射機5と剥離具3を分離して収納ボックスに収納したり、持ち運んだりすることができる。
【0041】
(一体型塗料剥離装置の使用例)
一体型塗料剥離装置は、
図1のように蒸気噴射機5のハンドルを片手に持って蒸気を噴射させながら、剥離具3の先端(擦り面)を塗膜2の裏側に差し込んで塗膜2をシート状に剥離する。このとき、剥離された塗膜2と、鋼材Xの表面に残った有害物質含有塗料1の間の空間4に蒸気を噴射して、剥離された塗膜2の裏面に付着している有害物質含有塗料1と鋼材Xの表面に残った有害物質含有塗料1の双方を湿潤させる。この場合、蒸気は蒸気噴射機5のノズル6から粉塵発生箇所に向けて噴射するのが望ましい。粉塵発生箇所は、通常は剥離具3の先端付近又はその先方の有害物質含有塗料1である。蒸気は蒸発し易いため、噴射した蒸気は鋼板状のスクレーパの先端に当たって冷却されて蒸発するが、蒸発する前に有害物質含有塗料1を加湿(湿潤)させることができる。この加湿状態で、鋼材Xの表面に残った有害物質含有塗料1に剥離具3を押し付けて有害物質含有塗料1を擦って、有害物質含有塗料1を鋼材表面から掻き落とす。このように掻き落とすことにより、有害物質含有塗料1が軟らかいうちに剥離することができ、剥離し易くなる。また、有害物質含有塗料1の粉塵が飛散しにくくなる。作業者は蒸気噴射機5のスイッチ7を押しながら剥離具3で塗膜2の剥離と有害物質含有塗料1の掻き落としを殆ど同時に行うことができるので、作業者は加湿作業に気を取られることなく剥離作業に集中できる。
【0042】
剥離時に塗膜2を加熱して軟化させても、塗膜2は冷えると元の硬さに戻る。しかし、高温の蒸気を噴射することにより、塗膜2が再度軟化するので、スクレーパで剥離し易くなる。このため、無理に剥離しようとして、有害物質含有塗料1の表面を何度も擦る必要がなく、有害物質含有塗料1の粉塵発生、飛散を防止できる。擦っている間も有害物質含有塗料1を加湿することができるので、有害物質含有塗料1の粉塵の発生、飛散が防止される。
【0043】
(分離型塗料剥離装置の使用例)
分離型塗料剥離装置は、蒸気噴射機5のハンドルを片方の手に持って蒸気を有害物質含有塗料1に向けて噴射させながら、剥離具3を他方の手に持って剥離具3を塗膜2の裏面に差し込んで塗膜2を剥離する。剥離しながら剥離具3の先端(擦り面)を有害物質含有塗料1に押し付けて、剥離具3で有害物質含有塗料1を擦って有害物質含有塗料1を鋼材Xの表面から掻き落とす。この場合も、蒸気は剥離具3の先端又はその周囲に噴射する。蒸気による加熱により塗料が軟化して剥離し易くなり、湿潤した鉛丹塗料が加温されて擦り落ち易くなる。
【0044】
[加熱装置]
本発明で使用する加熱装置にはIH加熱装置、ヒータ、その他の各種加熱機器を使用することができるが、一例としては、本件出願人が先に特許出願したIH加熱装置10(
図3)が適する。このIH加熱装置10は加熱ヘッド11、変流器CT、高周波電源12、ハンドル13、保護ホース14、ケーブル15、増幅器16、冷媒循環装置(図示せず)等を備えている。この加熱ヘッド11を鋼材Xの表面の塗装の上に宛がうと、誘導加熱により鋼材表面が加熱され、鋼材表面の塗膜2が軟化して鋼材表面から浮き上がるようにしてある。
【0045】
塗装剥離の対象とする鋼材表面の加熱温度は100℃以上250℃未満、特に、150℃~200℃程度が適する。加熱温度が250℃を超えると過加熱により、塗装から有害成分が発生するおそれがあり、100℃未満だと加熱不足により塗装の分離が不完全になるおそれがある。ただし、これらの数値は一例であり、塗装の種類や雰囲気温度、湿度、天気等の各種状況に応じて、最適な条件を選択すればよい。IH加熱装置10は、既存のものを用いることができる。
【0046】
[IH加熱装置使用の実験]
前記したIH加熱装置10を使用し、その加熱ヘッド11を鋼材表面の塗膜2の上に宛がって、誘導加熱により鋼材表面を加熱し、塗膜2を軟化して鋼材表面から浮き上がらせ、その塗膜2の裏側に、前記した実施形態の一体型塗料剥離装置の剥離具3の先端(擦り面)を差し込んで塗膜2をシート状に剥離した。このとき発生した総粉塵量は0.63mg/m3、その粉塵に含まれる鉛量は0.17mg/m3であった。
【0047】
[吸引具での吸引実験]
前記したIH加熱装置10を使用し、その加熱ヘッド11を鋼材表面の塗膜2の上に宛がって、誘導加熱により鋼材表面を加熱し、塗膜2を軟化して鋼材表面から浮き上がらせ、その塗膜2の裏側に、前記した実施形態の一体型塗料剥離装置の剥離具3の先端(擦り面)を差し込んで塗膜2をシート状に剥離した。また、鋼材Xの表面に残った有害物質含有塗料1を剥離具3の先端で擦って掻き落とした。このとき発生した粉塵を、既存の真空掃除機で吸引した。このとき発生した総粉塵量は0.75mg/m3、その粉塵に含まれる鉛量は0.070mg/m3であった。
【0048】
[蒸気噴射による粉塵発生実験]
前記したIH加熱装置を使用し、その加熱ヘッド11を鋼材表面の塗膜2の上に宛がって、誘導加熱により鋼材表面を加熱し、塗膜2を軟化して鋼材表面から浮き上がらせ、その塗膜2の裏側に、前記した実施形態の一体型塗料剥離装置の剥離具3の先端(擦り面)を差し込んで塗膜2をシート状に剥離した。このとき、剥離された塗膜2と、鋼材Xの表面に残った有害物質含有塗料1の間の空間4に、前記一体型剥離装置の蒸気噴射機5のノズル6から蒸気を噴射して、剥離された塗膜2の裏面に付着している有害物質含有塗料1と鋼材Xの表面に残った有害物質含有塗料1の双方を湿潤させ、この加湿状態で、鋼材Xの表面に残った有害物質含有塗料1に前記剥離具3を押し付けて有害物質含有塗料1を擦って、有害物質含有塗料1を鋼材表面から掻き落とした。このとき発生した総粉塵量は0.51mg/m3、その粉塵に含まれる鉛量は0.032mg/m3であった。前記いずれの実験においても、m3は25℃、101.3kPaにおける体積を示す。この実験により、本発明の一体型塗料剥離装置を使用し、本発明の塗料剥離方法で塗膜2及び有害物質含有塗料1を剥離すると、粉塵総発生量も、それに含まれる有害物質含有塗料の量も、従来方法による剥離よりも少なくなった。この数値は、前記した公益社団法人日本作業環境測定協会発行の「作業環境測定の基礎知識」の「測定対象物質と管理温度(作業環境評価基準 別表)」に記載されている「鉛およびその化合物」の管理濃度「鉛として0.05mg/m3」よりもはるかに少ないことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の塗料剥離方法も塗料剥離装置も、各種鋼材の塗装の塗り替えに適用することができ、鋼橋の鋼桁や海洋構造物、タンク、水門、プラント、各種鉄塔といった重防食塗装が採用される各種鋼部材の塗装の塗り替えに特に適する。
【符号の説明】
【0050】
1 錆止め層(有害物質含有塗料)
2 外塗り層(塗膜)
3 剥離具
4 空間
5 蒸気噴射機
6 ノズル
7 スイッチ
8 結束具
9 噴射部
10 IH加熱装置(誘導加熱装置)
11 加熱ヘッド
12 高周波電源
13 ハンドル
14 保護ホース
15 ケーブル
16 増幅器
CT 変流器
X 鋼材