(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-07
(45)【発行日】2022-02-16
(54)【発明の名称】心臓血管疾患の決定支援および診断のため使用される対象特異的計算モデルを提供する方法およびプロセス
(51)【国際特許分類】
G16H 50/50 20180101AFI20220208BHJP
A61B 5/00 20060101ALI20220208BHJP
A61B 5/022 20060101ALI20220208BHJP
A61B 5/026 20060101ALI20220208BHJP
A61B 5/029 20060101ALI20220208BHJP
【FI】
G16H50/50
A61B5/00 G
A61B5/022 400
A61B5/026
A61B5/029
(21)【出願番号】P 2019533097
(86)(22)【出願日】2016-12-15
(86)【国際出願番号】 EP2016081175
(87)【国際公開番号】W WO2018108276
(87)【国際公開日】2018-06-21
【審査請求日】2019-08-13
(73)【特許権者】
【識別番号】519214156
【氏名又は名称】シンテフ テーテーオー アクスイェ セルスカプ
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】シーグリッド カールスタッド ダール
(72)【発明者】
【氏名】スティーグ ウルヘイム
(72)【発明者】
【氏名】パール スケトネ
(72)【発明者】
【氏名】ジョン クリスティアン モルド
(72)【発明者】
【氏名】ヨシプ ソリック
【審査官】田付 徳雄
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-534889(JP,A)
【文献】国際公開第2016/075331(WO,A2)
【文献】特表2017-535340(JP,A)
【文献】特開2016-131645(JP,A)
【文献】特開2012-024582(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0379231(US,A1)
【文献】和田 成生,医用画像と臨床診断をつなぐ生体力学シミュレーション,電子情報通信学会技術研究報告,日本,社団法人電子情報通信学会,2009年11月04日,第109巻,第270号,第21-24頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16H 10/00 - 80/00
G06Q 10/00 - 99/00
A61B 5/00
A61B 5/029
A61B 5/026
A61B 5/022
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
医療用撮像計器及びコンピューターを含み、血流および/または構造的特徴をシミュレートするための心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素の対象特異的な計算流体力学的(CFD)モデルを提供するシステムにおいて、前記モデルが、一時的幾何形状を含み、以下の:
-
前記医療用撮像計器から、前記少なくとも1つの構成要素の対象特異的測定データを獲得し、そして
-
前記コンピューターにおいて、前記対象特異的計測データに基づいて前記計算モデルを生成することにより作られ、
-
前記コンピューターにおいて、医療撮像データを表す時間依存的超音波測定値を生成するためのリアルタイム3Dにおいて心エコー検査により対象特異的測定データを取得し、そして
前記コンピューターにおいてさらにシミュレーションの実行時に、前記医療撮像データの経時で変化する幾何形状に基づいて前記一時的幾何形状から、前記モデルのための少なくとも1の境界条件またはソース項を定義付けすることを特徴とする、前記
システム。
【請求項2】
前記心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素に関係する流量および/または圧力特異的データを獲得するために流量および/または圧力測定データを使用することをさらに含む、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
前記少なくとも1つの境界条件またはソース項は、前記心臓血管系内の前記少なくとも1つの構成要素の時間依存型動作を使用し、これにより前記心臓血管系内の前記少なくとも1つの構成要素の動作間隔を決定するステップによって生成される、請求項1または2に記載のシステム。
【請求項4】
前記少なくとも1つの境界条件またはソース項を生成するために、前記心臓血管系内の少なくとも1つ以上の構成要素として、心臓壁、心臓容積、心臓弁または補綴弁の少なくとも一部分の前記時間依存型動作を使用することによる、請求項3に記載のシステム。
【請求項5】
前記少なくとも1つの境界条件またはソース項を生成するために、血管壁、血管容積または血管弁の少なくとも一部分の前記時間依存型動作を使用することによる、請求項3に記載のシステム。
【請求項6】
前記少なくとも1つの境界条件またはソース項を生成するために、前記心臓血管系内の前記少なくとも1つ以上の構成要素として、少なくとも心拍出デバイスの前記時間依存型動作を使用することによる、請求項3に記載のシステム。
【請求項7】
前記心臓血管系内の前記少なくとも1つの構成要素が心臓構成要素である、請求項1~6のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項8】
シミュレーションサイクル中に前記境界条件を動的に変化させることによる、請求項1~7のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項9】
シミュレーションサイクル中に前記ソース項を動的に変化させることによる、請求項1~8のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項10】
前記一時的幾何形状を医療用実時間撮像データに基づかせることによる、請求項1ないし9のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項11】
計算流体力学(CFD)法および/または流体構造連成(FSI)法を使用することによって前記血流をシミュレートする、請求項1ないし10のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項12】
計算構造力学(CSD)法および/またはFSI法によって前記モデルの前記構造的特徴をシミュレートする、請求項1ないし11のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項13】
血液学的サンプリング、組織サンプリング、物理化学的データおよび対象特異的メタデータのうちの1つ以上などの対象特異的データを追加することによって前記モデルを創出する、請求項1ないし12のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項14】
補綴心臓弁、心拍出デバイス、血管デバイスまたは移植片のうちの1つ以上に関係するデータを入力することによって前記モデルを創出することによる、請求項1ないし13のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項15】
矯正外科処置に関係するデータにより前記モデルを創出することによる、請求項1ないし14のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項16】
磁気共鳴(MR)、X線、コンピュータ断層撮影(CT)、陽電子放射断層撮影(PET)および超音波検査法などの異なる撮像モダリティから獲得した医療データを含む測定データを収集することによる、請求項1ないし15のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項17】
心臓血管系およびその構成要素の非対象特異的データと組合せた対象特異的データによって前記モデルを創出することによる、請求項1ないし16のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項18】
先行するシミュレーション結果、患者の病歴および術前、術中または術後の影響のうちの少なくとも1つを入力することにより、治療計画策定および/または意思決定を連続的に最適化するためおよび/または診断を目的として、機械学習モデルとして前記モデルを配設することによる、請求項1ないし17のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項19】
機械学習システムからの提案、異なる心臓血管デバイスの情報および職員および/または前記患者が行なった選択、のうちの1つ以上に基づいてどの手技をシミュレートすべきかを選択するために前記モデルをさらに配設することによる、請求項18に記載のシステム。
【請求項20】
請求項1ないし19のいずれか1項に記載のシステムによって得た前記対象特異的な計算流体力学的モデルを用いた術前、術中または術後の決定支援における、臨床治療計画策定および/または診断を
補助する方法。
【請求項21】
医療的処置の成果を予測するために使用される、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
最適化された個別の補綴具設計を設計するために使用される、請求項20に記載の方法。
【請求項23】
対象特異的心臓弁および/または心臓血管デバイスを設計するために使用される、請求項20に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血流および/または構造的特徴をシミュレートするために心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素の対象特異的計算モデルを提供する方法に関する。提供される方法は、心臓血管系用のカスタマイズされたデバイスの製作および/または交換を含めた、心臓血管疾患のより精確な診断を可能にするためならびにその治療のための決定支援を提供するために使用可能である。
【背景技術】
【0002】
弁膜心疾患(VHD)を含めた心臓血管疾患(CVD)は、来たる数十年にわたり予想される老齢人口の差し迫った増加に起因して、次世代心臓病と呼ばれている。65才以上の年齢群において約10%のVHD有病率を仮定すると、2030年までに欧州で中度ないしは重度のVHDに、新たに1000万件超の症例が出現することになる。僧帽弁逆流(MVR)が、弁膜心疾患のおよそ3分の1を占めており、最適な治療は弁修復術である。しかしながら、約10~15%の患者が、外科手術から5~10年後には不具合に苦しんでいる。不具合は、患者にとってはより高い罹患率および死亡率を伴う再手術が必要となる可能性があること、そして社会にとっては医療コストが増大することの両方の理由で、実質的な影響をもたらす。専門家の判断に基づく代替治療および弁修復術を行なうか弁置換術を行なうかについての最終的な決定は、極めて主観的である。置換術に対する修復術の件数および比率は両方共、心臓病センタ毎に著しく異なるものである。再建のタイプとなると、利用可能な研究の数が少なく科学的根拠に基づく勧告が欠如していることから、これもまた問題である。
【0003】
心臓は、循環系を通して血液を拍出する役目を担っている。心臓の解剖学および生理学は、過去何年にもわたり徹底的に研究されてきた。
【0004】
系は、全身循環路と肺循環路と呼ばれる2つの別個の循環路に分割される。心臓は、2重ポンプとして見ることができ、ここで心臓の右側は非酸素化血液を肺循環内に拍出し、左心は酸素化血液を全身循環を通して拍出する。
【0005】
肺環路内では、非酸素化血液が大静脈から右心房(RA)に入り、ここから右心室(RV)内に流入し、この右心室は収縮し肺動脈を通して肺の中に血液を強制する。肺内の血液は酸素化された状態となり、その後肺静脈(PV)を介して左心房(LA)に戻る。血液はこのとき全身性周期に入っている。左心房は血液を、最もパワフルな心腔である左心室(LV)内に誘導する。心室は血液を大動脈内に駆出し、大動脈は次に血管網を介して全身に血液を分配し、その後大静脈が血液を右心房内に戻し、ここでプロセスが再開する。
【0006】
心臓周期
一回の心拍中に心臓内で起こる事象のシーケンスは、心臓周期と呼ばれる。事象は、左右の心臓についてほぼ同時に発生する。成人における典型的な安静時の心拍数は、毎分60~90拍(bpm)である。体調が良い人は、非活動的な人に比べて心拍数が低い。
【0007】
各心拍は一般に、収縮期および拡張期という2つの主要な期に分けられる。収縮期および拡張期はそれぞれ心筋の収縮および弛緩と同義である。心房および心室の両方共が心拍毎にこれら2つの段階を通過するが、拡張期および収縮期なる用語に単独で言及する場合には、多くの場合、心室における段階を意味する。
【0008】
事象をより詳細に分析するためには、心臓周期を複数の段階に分割することができる。心室の観点から見て、次の7つの期を考慮することができる:
第1期:心房収縮;第2期:等容性収縮;第3~4期:高速および低速駆出;第5期:等容性弛緩;第6~7期:高速および低速充満。
【0009】
事象のタイミングは、RookeおよびSparks Jr.[T.W.RookeおよびH.V.Sparks Jr.The Cardiac Pump、chapter 14、pages 237~251.Lippincott;Williams & Wilkins、2003]から適応された1つの心臓周期中の左心内で発生するさまざまな事象のタイミングを示す
図1の中に見ることができる。
【0010】
僧帽弁器官
二尖弁とも呼ばれる僧帽弁は、適正に機能するためにその構成要素の全てを必要とする。構成要素とは、僧帽弁輪、2つの僧帽弁弁尖、乳頭筋(PM)および腱索(索と略される)であり、これらを合わせて僧帽弁器官と呼ぶ。PMおよび索は、弁下器官として知られている。
【0011】
僧帽弁輪は、線維組織の環であり、僧帽弁口を取り囲み支持し、2つの弁尖を固定している。生体内の正常な僧帽弁口の面積は、5.0から11.4cm2の範囲内である(平均7.6±1.9cm2)。弁輪の形状は、多くの場合3次元の鞍として描写される双曲放物面を近似する。研究により、弁輪の鞍状形状が索力分布の最適化および弁尖応力の削減において重要な役目を果たしている可能性があることが示されている。
【0012】
僧帽弁は2つの弁尖、すなわち前尖と後尖で構成される。それらのサイズおよび円周方向長さは、かなり異なっている。前尖は大動脈に隣接し、弁輪の円周の3分の1を占め、一方後尖はその残りを占める。
【0013】
前尖は最も大きく、この尖は実際、僧帽弁口を単独でカバーするのに充分なほど大きい。後尖は、むしろ支持体としての役目を有し、その動作は、腱索によってさらに抑制されている。心室充満中、軟質の弁尖は順応して、心室内に折り畳まれ、血液が自由に通過できるようにしている。心室収縮中、弁は閉鎖し、このとき弁尖は互いに向かって折畳まれ、シールを形成する。このシールは接合ゾーンと呼ばれる。先端から接合が終了する点まで測定したときの接合長さが7~8mm超である場合、弁は通常コンピテントであり、逆流は全く起こらなくなる。
【0014】
乳頭筋および腱索からなる弁下器官は、完全に左心室(LV)内に存在する。
【0015】
LV内には2つの乳頭筋;すなわち前外側乳頭筋と後内側乳頭筋が存在する。PMは、心室自由壁からLV内腔内に上向きに延在する円錐形の筋肉である。腱索は、PMの先端から終結し僧帽弁弁尖の心室表面内に進入する弦様の線維構造である。両方のPM共、両方の弁尖に対する索付着部を有する。索は分岐部に分かれる。PMからおよそ15個~32個の主要な索幹が存在し、その一方でおよそ100個の個別の索が2つの弁尖に付着させられている。
【0016】
弁下器官の主要な機能は、心室収縮時に弁尖が心房内にめくり返されるのを防ぐことにある。収縮期中、PMは収縮して腱索を締めつける。PMは、LV収縮中の僧帽弁の負荷担持において不可欠の役割を有することから、索上に弁尖が及ぼす力はこのときPMに伝達される。PMの先端と僧帽弁輪の間の距離は、収縮期中おおよそ恒常である。拡張期中、PMは弛緩し伸長する。
【0017】
血流
血液についての一般構成方程式を開発する試みが数多く行なわれてきた。しかしながら、生理学的血流の関連する全ての型を網羅する理論的に信頼性の高いモデルは、まだ存在しない。血液の動作および関連する力についての研究は、多くの場合、血行動態と呼ばれる。
【0018】
血液は、液体中に懸濁する細胞および細胞片からなるマルチパート媒質である。液体は血漿と呼ばれ、血液総体積の約55%を構成している。血漿は、水91.5%、タンパク質7%、および他の溶質1.5%で構成される。血液体積の残りの45%は、血球とも呼ばれる異なる血液細胞からなる。主たる種類の血球は、赤血球(RBC)、白血球(WBC)および血小板と呼ばれる細胞片である。生理学的条件の下で、WBCおよび血小板は、それぞれ細胞総体積のわずか600分の1および800分の1しか占めておらず、すなわちRBCが細胞血液体積の大部分を占めている。全血中のRBCの体積分率は、ヘマトクリット値と呼ばれる。
【0019】
血漿は単独で、37℃で1.2・10-3kg(m・s)の動的粘度を有するニュートン流体のように挙動する。「動的粘性」なる用語は、流れに対する流体の摩擦抵抗を特徴付ける特性を意味する。しかしながら、高い細胞含有率に起因して、全血は非ニュートン流体のように挙動する。心臓血管系は、毛細血管網内の最小の血管から大きな心腔に至るまで変動する幾何形状を有する血管の網状組織である。したがって、血液が内部を流れる環境の観点から見て血行動態特性を特徴付けることが有用である。最小の血管において、内径はRBCとほぼ同じサイズであり、4~8μmの範囲内である。血液がこれらの血管内を流れる場合、RBCは圧搾され変形され、一列縦隊で動作しなければならない。このとき、血液は、極めて非ニュートン様のものとして特徴付けされ得る。しかしながら、最大の動脈中および心腔内では、非ニュートン効果は、寸法が大きいために微弱である。このとき、血液は、ニュートン特性すなわち恒常な粘性係数を有する均質な流体とみなすことができる。正常な生理学的条件での大きい血管内の血液の動的粘度は、3.5・10-3kg/(m・s)である。別の一般的な仮定は、血液が非圧縮性の流体であるということである。非圧縮性の仮定は、生理学的に関係する圧力の範囲内では、血液の密度が圧力によって影響を受けないという事実に由来する。密度は、主としてヘマトクリット値に応じて、1050~1060kg/m3の範囲内にあるものと仮定される。
【0020】
心臓構成要素、例えば心臓弁の修復または再建の開存性を改善する目的で、特定の人についての血流および/または構造的特徴をシミュレートするために少なくとも1つの心臓構成要素の計算モデルを提供するための信頼性の高い正確な方法に対するニーズが存在する。本開示では、このようなモデルを、対象特異的計算モデルと呼ぶ。
【0021】
生物力学的問題は、最も多くの場合学際的であり、流体力学、構造力学、電気力学、科学計算、数学モデリングなどの複数の分野からの要素が関与し得る。
【0022】
コンピュータ心臓モデリングおよびシミュレーションも全く例外ではない。心臓は、流動、構造的および電気的現象が密に結合している非常に複雑な器官である。電気信号が機械的活性化を引起こし、心臓壁は収縮し、血液は肺循環路および全身循環路内に駆出される。しかしながら、これは一方向の系ではなく、血流は血管壁のダイナミクスに影響を及ぼし、組織の変形は再び電気特性に影響を及ぼす。心臓機能全体についての解を得るためには、完全一体型のモデルが最も有望なツールである。
【0023】
しかしながら、臨床的に実現可能である心臓の完全に連成された生理学的モデルはまだ存在しない。より短時間で臨床研究に踏込むことを目的として、現在、別個のアプローチがより一般的である。したがって、発明人らはなかでも心臓の左側における血行動態に重点的に取り組んだ。
【0024】
流体流が関与する問題を解決するために使用された多くの技術は、多くの場合、計算流体力学またはCFDと呼ばれている。心臓血流のCFDモデルを創出するために、異なるアプローチが示唆されてきた。全ての研究がさまざまな短所を抱えており、いくつかのモデルだけが臨床ベースで応用可能である。心臓CFDシミュレーションのいくつかの態様を提示し、簡単に論述する。
【0025】
CFDアプローチ
心臓血流の数値シミュレーションは、大まかに言って、
図2に例示されているような2つの主要な群に分類され得る。第1に、流体構造連成またはFSIモデルは、流体流と周囲の組織の間の連成を考慮する。第2に、幾何形状が規定されたCFDモデルは、CFDシミュレーション用の境界条件として規定された壁動作を使用する。
【0026】
FSIシミュレーションにおいて、流体流は、周囲の構造に対して力を加え、構造はこのとき変形し、今度は流体流に影響を及ぼす。したがって、FSI問題は、構造的問題と流動問題の連成からなる。FSIの問題は、モノリシックまたは分割アプローチを用いて解決可能である。
【0027】
図2は、心臓血流の数値シミュレーションを2つの主要な群におおよそ分類することができるということを例示する流れ図である。この流れ図は同様に、FSI問題を解決するために用いられる主要な技法の概観を示す。
【0028】
モノリシックアプローチにおいて、構造方程式および流動方程式は、単一のコードを用いて同時に解かれる。分割アプローチにおいては、構造方程式および流動方程式は、別個のコード内で解かれる。別個のコードは、組織内コードまたは既存の市販のソルバであり得ると考えられる。分割アプローチでは、流体および構造系を安定した形で連成させ妥当な時間内での収束を保証する連成アルゴリズムが求められる。
【0029】
図2に例示されているように、分割アプローチをさらに暗示的または明示的連成として分類することができる。暗示的分割アプローチ(強結合分割アプローチとしても知られる)においては、流体と構造の間の平衡が達成されるまで、各時間ステップ内で反復が行なわれる。明示的(弱連成または緩連成とも呼ばれる)分割技法においては、流動方程式および構造方程式は一回のみ、または各時間ステップ内で定められた回数だけ解かれる。各時間ステップ内での連成反復の欠如は、計算コストを削減するが、平衡は必ずしも達成されず、連成スキームは不安定になる可能性がある。したがって明示的技法は、固体と流体の間の連成が弱い場合にのみ充分なものである。連成が強い場合には、暗示的連成技法が必要とされる。連成は、例えば流体と構造の密度比が高いか、流体が非圧縮性であるかまたは構造が非常に高い可撓性を有する場合に強い。
【0030】
幾何形状が規定されたCFDシミュレーションにおいて、境界運動は先験的に知られている。幾何形状規定CFD方法は、したがって、一方向アプローチであり、これは構造との連成を考慮しない。これにより、連成された系をシミュレートすることのできる材料モデルまたは数値スキームに対するニーズが全く無くなるため、モデリングは簡略化される。しかしながら、流体ドメインの大幅な変形を取り扱うことのできる変形幾何形状およびCFDソルバが必要である。
【0031】
変形流体ドメイン
従来、CFDシミュレーションは、変形しないドメインの形で行なわれてきた。生物力学的問題においては、多くの場合これがあてはまらない。変形流体ドメイン内で流動方程式を計算するためのいくつかの技法、例えば固定格子法、移動格子法およびメッシュフリー法などが存在する。
【0032】
固定格子法は、非境界適合方法である。構造の影響は、流動運動量方程式中に運動量源により導入される。第1の非境界適合法は、Peskinにより提案されたものであり、現在、埋込み境界法として知られている[C.S.PeskinおよびD.M.McQueen.A three-dimensional computational method for blood flow in the heart.1.immersed elastic fibers in a viscous incompressible fluid.Journal of Computational Physics、81:372~405、April 1989]。別の類似のアプローチは、Glowskiらによって記述されている架空ドメイン法[R.Glowinski、T.-W.PanおよびJ.Periaux.A fictitious domain method for dirichlet problem and applications.Computer Methods in Applied Mechanics and Engineering、111:283~303、1994]である。架空ドメイン法は、有限差分(FD)の枠内で開発された埋込み境界法の有限要素(FE)バージョンと考えることができる。
【0033】
固定格子法の利点は、流体格子が変形しなくてよいことから、流動ソルバが単純かつ高速であり得るという点にある。しかしながら、主たる欠点は、流体と構造の界面近くの精度の損失にあった。
【0034】
移動格子法は、流体メッシュが計算全体を通して移動界面と共に移動する境界適合法である。一般的な1つの技法は、移動格子上でナビエ・ストークス方程式を表現するために任意ラグランジェ・オイラー(ALE)の公式を使用することにある。オイラーの公式では、格子は固定され、材料はそれを通って移動する。ラグランジュの公式では、全ての格子点が、その結び付けられた材料点と同じ速度で移動する。ALE公式では、格子および材料は異なる速度で移動できる。換言すると、格子は、必ずしも流体の速度で変形するのではなく、任意の速度で変形でき、ここからこの名称が付いている。流体-構造界面において、流体格子は、構造の速度に追従する。結果として得られる界面における格子変位は、何らかのメッシュ更新方法により流体ドメインの残りの部分まで拡大される。
【0035】
主要なクラスのメッシュフリー法では、流体は、所与の初期質量および密度でラグランジェ要素/パーセルへと離散化される。要素はこのとき、特定のトポロジまたは接続性を考慮することなく互いとの関係において自由に移動することができる。一般的な一例は、いわゆる平滑化粒子流体力学(SPH)である[Gingold R.A.、Monaghan J.J.;Smoothed particle hydrodynamics - Theory and application to non-spherical stars.Monthly Notices of the Royal Astronomical Society、vol.181、Nov.1977、p.375~389]。しかしながら、要素の運動について解く場合、系の運動量収支を解くためにラグランジェ要素が連成する隣接する粒子の足跡をたどるさらなる努力が必要となる。メッシュフリー法におけるラグランジェ要素と境界幾何形状の間の連成にも同様に、さらに注意を払う必要がある。これらの方法は、力学的境界についての問題を解決する上で極めて有望である[Kulp S.A、Ventricular blood flow simulation and analysis for cardiovascular diagnostics、PhD dissertation New Brunswick Rutgers、The State University of New Jersey、January 2015]。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0036】
本発明の目的は、心臓血流のより良い理解、描写および予測に寄与するモデルおよび方法を使用することにある。したがって、心室のための計算流体力学(CFD)アプローチが提供される。生理学的に代表的なモデルを得るために、医療撮像データから、時間的に変化する幾何形状をレンダリングすることができる。
【0037】
流体-構造界面における壁せん断応力を正確に計算できることからALE-公式を選択することによって、本発明の大きな利点が得られる。このことは、心臓CFDシミュレーションにおいて重要であり、先行技術と比較した1つの利点を構成する。
【0038】
本発明は、心臓血管系および血流の対象特異的シミュレーションモデルとして要約できる。シミュレーションモデルは例えば、心臓血管診断のためおよび代替的な治療介入を評価するためのツールとして使用され得る。本発明は同様に、解剖学的異常および生理学的異常の両方に関係する病理を検出し格付けすることを可能にする心臓血管系の非侵襲的医療用撮像にも関する。
【0039】
本発明により提供される拍出する心臓の対象特異的シミュレーションモデルは、例えば超音波、MRIまたはCTなどの医療用撮像とCFDまたは流体構造連成(FSI)アルゴリズムを連成することによって再構築される。このようなモデルは、複雑な流動現象を理解し、流れの詳細を医療用撮像単独では不可能なレベルで提供することを可能にする。
【0040】
本発明によって提供される対象特異的モデルは、外科手術に先立って診断し意思決定を行なう上での医療関係者にとっての客観的支援である臨床的意思決定のためのツールである。したがって、シミュレーションモデルは、心臓血流に対する外科的介入の成果に対する新たな洞察力を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0041】
本発明は、血流および/または構造的特徴をシミュレートするための心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素の対象特異的計算モデルを提供する方法によって定義される。モデルは、一時的幾何形状を含み、
- 前記少なくとも1つの構成要素の対象特異的測定データを獲得するステップ、および、
- 対象特異的データに基づいて計算モデルを生成し、シミュレーションの実行時にモデルの一時的幾何形状が、モデルのための少なくとも1つの境界条件またはソース項を定義付けできるようにさせるステップ、
によって創出される。
【0042】
本発明の一実施形態において、該方法は、心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素に関係する流量および/または圧力特異的データを獲得するために流量および/または圧力測定データを使用するステップを含む。
【0043】
本発明の一実施形態において、該方法は、心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素の時間依存型動作を使用し、これにより心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素の動作間隔を決定するステップによって少なくとも1つの境界条件またはソース項を生成するステップを含む。
【0044】
本発明の一実施形態において、心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素は心臓構成要素である。
【0045】
本発明の一実施形態において、該方法はさらに、少なくとも1つの境界条件またはソース項を生成するために、心臓血管系内の少なくとも1つ以上の構成要素として、心臓壁、心臓容積、心臓弁または補綴弁の少なくとも一部分の時間依存型動作を使用することによるステップを含む。
【0046】
本発明の一実施形態において、血管壁、血管容積または血管弁の少なくとも一部分の時間依存型動作は、少なくとも1つの境界条件またはソース項を生成するために使用される。
【0047】
本発明の一実施形態において、少なくとも心拍出デバイスの時間依存型動作は、少なくとも1つの境界条件またはソース項を生成するために、心臓血管系内の少なくとも1つ以上の構成要素として使用される。
【0048】
本発明の一実施形態において、境界条件は、シミュレーションサイクル中に動的に変化させられる。
【0049】
本発明の一実施形態において、ソース項は、シミュレーションサイクル中に動的に変化させられる。
【0050】
本発明の一実施形態において、一時的幾何形状は医療用実時間撮像データに基づいている。
【0051】
本発明の一実施形態において、測定データは心エコー検査により収集される。
【0052】
本発明の一実施形態において、時間依存型超音波測定値を創出するために実時間3Dで心エコー検査が行なわれる。
【0053】
本発明の一実施形態において、血流は、計算流体力学(CFD)法および/または流体構造連成(FSI)法を使用することによってシミュレートされる。
【0054】
本発明の一実施形態において、モデルの構造的特徴は、計算構造力学(CSD)法および/またはFSI法によってシミュレートされる。
【0055】
本発明の一実施形態において、モデルは、血液学的サンプリング、および/または組織サンプリング、物理化学的データおよび対象特異的メタデータなどの対象特異的データを追加することによって創出される。
【0056】
本発明の一実施形態において、モデルは、補綴心臓弁、心拍出デバイス、血管デバイスまたは移植片のうちの1つ以上に関係するデータをさらに入力することによって創出される。
【0057】
本発明の一実施形態において、モデルは、矯正外科処置に関係するデータにより創出される。
【0058】
本発明の一実施形態は、磁気共鳴(MR)、X線、コンピュータ断層撮影(CT)、陽電子放射断層撮影(PET)および超音波検査法などの異なる撮像モダリティから獲得した医療データを含む測定データを収集するステップを含む。
【0059】
本発明の一実施形態は、心臓血管系およびその構成要素の非対象特異的データと組合せた対象特異的データによってモデルを創出するステップを含む。
【0060】
本発明の一実施形態は、先行するシミュレーション結果、患者の病歴および術前、術中または術後の影響のうちの少なくとも1つを入力することにより、治療計画策定および/または意思決定を連続的に最適化するためおよび/または診断を目的として、機械学習モデルとしてモデルを配設するステップを含む。
【0061】
本発明の一実施形態は、機械学習システムからの提案、異なる心臓血管デバイスの情報および職員および/または患者が行なった選択、のうちの1つ以上に基づいてどの手技をシミュレートすべきかを選択するためにモデルを配設するステップを含む。
【0062】
本発明はさらに、上述の方法によって得た対象特異的計算モデルを用いた術前、術中または術後の決定支援における、臨床治療計画策定および/または診断を目的としたプロセスによって定義される。
【0063】
本発明の一実施形態において、プロセスは、医療的処置の成果を予測するために使用されている。
【0064】
本発明の別の実施形態において、プロセスは、最適化された個別の補綴具設計を設計するために使用されている。
【0065】
本発明のさらに別の実施形態において、プロセスは、対象特異的心臓弁および/または心臓血管デバイスを設計するために使用されている。
【0066】
本明細書中に記載の主題の好ましい実施形態についてここで、添付図面に関連して詳細な説明の部分で説明する。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【
図1】Rooke and Sparks Jrから適応させた、1回の心臓周期中に左心内で発生するさまざまな事象のタイミングを示す。
【
図2】心臓血流の数値シミュレーションを大ざっぱに2つの主要群に分類可能であることを例示する流れ図である。
【
図3】心臓周期の一過程における心内膜LVの閉鎖3D表面メッシュを示す。
【
図4】最大収縮期における生理学的僧帽弁の対象特異的3Dモデルを示す。
【
図5】完全な収縮期中の異なる過程におけるMVおよび上行大動脈(AaO)の近位部分を含むLVの完全な対象特異的3DモデルC
sを示す。
【
図6】幾何形状を確認するための、原初の心エコー検査データでの3Dモデルの再整列を示す。
【
図7】定義された角度θを有するAMLの曲率を示す。
【
図8】異なる角度θでの修正されたMVモデルを示す。
【
図9】異なる時間ステップにおけるLVの長軸像で速度流線を示す。
【
図10】断面P1~P5の場所を例示しており、ここでP1が、大動脈弁輪のレベルにあり、P2がP1の下流側XXcmのところに位置設定されている。Aaoの背側および腹側も図中に描かれている。
【
図11】それぞれC
5、C
15、C
30およびC
60についての平面A1およびA3における最大収縮期(100ms)での速度輪郭を示す。速度範囲は0~1.5m/秒である。
【
図12】それぞれC
5、C
15、C
30およびC
60についての平面AおよびA3における280msでの速度輪郭を示す。速度範囲は0~0.45m/秒である。
【
図13】λ
2の等値面の例を示す。a):C
60、λ
2=-500、t=285ms+-区分内の速度流線(およそy=0)b):C
s、λ
2=-500、t=285ms、c):C
60、λ
2=-500、t=285ms。
【発明を実施するための形態】
【0068】
膨大な量のデータを生成する医療用撮像技術における近年の進歩が、血流および/または構造的特徴をシミュレートするための例えば心臓構成要素などの心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素の対象特異的計算モデルを提供するための新しい方法およびプロセスを記述する本発明への道筋を開いた。これは、弁膜心疾患(VHD)を含む心臓血管疾患(CVD)の診断を改善しかつ/またはその治療計画を策定するために使用できる計算モデルを生成するための入力として撮像データを取扱いかつ後処理することによって可能になる。計算モデルは、より高い罹患率および社会にとっての医療コストの増加の危険性のある不具合を回避するために使用可能である。
【0069】
その上、新しい技術は、長期生存率の増大そして再手術の必要性の著しい低下をもたらす手術手技が関与する個別に最適化された治療のために作られる弁などの患者特異的設計のデバイスを設計する上での意思決定支援および補助として、本発明を促進してきた。
【0070】
前述の通り、本発明の目的は、心臓血流のより良い理解に寄与し、より精確な診断および治療計画の策定を可能にするモデルおよび方法を使用することにある。こうして心腔のために、幾何形状規定型CFDアプローチが提供される。生理学的に代表的なモデルを得るために、時間的に変化する幾何形状のいくつかが、医療用撮像データからレンダリングされる。
【0071】
定義
以下に記すのは、本開示全体を通して使用される定義のリストである。
【0072】
本明細書中で使用される「計算モデル」なる用語は、コンピュータシミュレーションにより複雑な系の挙動を研究することを可能にする計算科学における数学モデルを意味する。
【0073】
本明細書中で使用される「シミュレーション」なる用語は、実世界のプロセスまたは系の経時的作動の模倣を意味する。
【0074】
本明細書中で使用される「対象特異的」なる用語は、患者または健常人のいずれであれ、特定の人間に対して適応されている何かを意味する。「対象特異的」または「患者特異的」なる用語は、本明細書中では互換的に使用されている。
【0075】
本明細書中で使用される「非対象特異的」なる用語は、特徴と統計学的分析に基づいて生成された入力データおよび/またはテキストブック例など、多くの人間に対し適用可能である何かを意味する。
【0076】
本明細書中で使用される「心臓構成要素」なる用語は、弁、心房、心室、動脈、静脈など、心臓の任意の部分または構成要素を意味する。
【0077】
本明細書中で使用される「血流」なる用語は、例えば時間および空間的に血液の速度および圧力などにより記述される血液の運動を意味する。
【0078】
本明細書中で使用される「構造的特徴」なる用語は、生物学的構造の自然な身体的特徴を意味する。
【0079】
本明細書中で使用される「一時的幾何形状(transient geometry)」なる用語は、例えば時間の関数としての壁の座標上の場所によって記述される、時間的に変化する幾何学的形状を意味する。
【0080】
本明細書中で使用される「流動測定」なる用語は、例えば速度、圧力、乱流レベル、温度または他の数量の記録など、流体流からのデータを記録するために計器を使用することを意味する。
【0081】
本明細書中で使用される「境界条件」なる用語は、流入部、流出部、壁など、幾何学的ドメインの縁またはこのドメインの内部の内部界面における、速度、圧力、温度またはそれに類するものなどの条件を意味する。同様に、幾何学的ドメインの内部および縁の両方にある固体-流体界面における条件も含まれる。
【0082】
本明細書中で使用される「時間依存型」なる用語は、時間と共に推移する状況を意味するが、特殊なケースとして経時的に同一にとどまる状況も含まれる。
【0083】
本明細書中で使用される「動作間隔」なる用語は、完全な心臓周期またはその一部である時間的間隔中の運動を意味する。
【0084】
本明細書中で使用される「駆動圧力」なる用語は、1つの運動を結果としてもたらし得る2つの場所の間の圧力差を意味する。
【0085】
本明細書中で使用される「実時間」なる用語は、処理遅延とは無関係に同じサンプルセットを入力および出力するのにかかる時間内で出力データを生成するために入力データが連続的に分析されるデジタル信号処理(DSP)を意味する。
【0086】
本明細書中で使用される「計算流体力学」(CFD)なる用語は、流体の運動を予測するためのコンピュータの使用を意味する。
【0087】
本明細書中で使用される「計算構造力学」(CSD)なる用語は、構造の力、変形および/または運動を予測するためのコンピュータの使用を意味する。
【0088】
本明細書中で使用される「流体構造連成」(FSI)なる用語は、CSDとCFDの組合せを含めた、流体と構造の両方が関与する力、変形および/または運動を予測するためのコンピュータの使用を意味する。
【0089】
本明細書中で使用される「アルゴリズム」なる用語は、計算または計算を行なうためのレシピを意味する。
【0090】
本明細書中で使用される「血液/組織サンプリング」なる用語は、研究所内でさらに分析するための、心臓血管系の任意の部分からの血液の収集(通常はガラス管内)および組織の取出しを意味する。
【0091】
本明細書中で使用される「メタデータ」なる用語は、他のデータについての情報を提供するデータを意味する。メタデータには2つのタイプ、すなわち、データファイルの構造を定義する構造的メタデータ、およびデータが表わすものを記述する記述的メタデータが存在する。メタデータの目的は、関連する情報を見出しリソースを発見する上でユーザを補助することにある。メタデータは同様に、電子リソースを組織化し、デジタル識別を提供し、リソースのアーカイビングおよび保存を支援する助けにもなる。
【0092】
本明細書中で使用される「補綴」なる用語は、心臓弁などの天然の身体部分または構成要素の代用品として使用するためのあらゆるタイプの人工的部品または構成要素を意味する。本明細書中で使用されるように、補綴は、ブタの弁などの生物材料で作られていてよく、あるいは機械的心臓弁などように人工的に構築され得る。
【0093】
本明細書中で使用される「心臓デバイス」なる用語は、人工的弁輪環、ステントなどの、心臓疾患の治療において有用である任意のデバイスを意味する。この用語には同様に、心臓外科手術に関連して有用であるデバイス、すなわち外科手術中に使用すべき外科手術用デバイスも含まれる。
【0094】
本明細書中で使用される「矯正外科的手段」なる用語は、心臓血管系の天然の構成要素または部分、例えば膨出心臓弁、弁周囲漏洩などを矯正する目的をもつ手技を意味する。
【0095】
本明細書中で使用される「撮像モダリティ」なる用語は、非限定的にソノグラフィ、磁気共鳴(MR)、X線、コンピュータ断層撮影(CT)、および陽電子放出断層撮影(PET)などの、撮像データおよび/または測定データおよび/または測定基準を提供することのできるあらゆる様式または形態を意味する。
【0096】
本明細書中で使用される「撮像データ」は、超音波、MR、CT、PETおよび心エコー検査またはそれに類するものなどの医療用撮像計器、モダリティおよび測定基準由来の測定記録から得られるデータを意味する。
【0097】
本明細書中で使用される「医療用撮像」なる用語は、心臓血管系の撮像データおよび/または測定データおよび/または測定基準を提供するために使用可能な任意の測定原理を意味する。
【0098】
本明細書中で使用される「機械学習」なる用語は、明示的にプログラミングされることなく学習できるコンピュータの能力、すなわち自己学習システムを意味する。これは、人工知能におけるパターン認識および計算論的学習理論の研究から進化したコンピュータサイエンスのサブフィールドであり、データから学習できデータに基づいて予測を行なうことのできるアルゴリズムに依存する。
【0099】
本明細書中で使用される「シミュレーション結果」なる用語は、シミュレーションの結果または成果、すなわち入力データに基づき予測された結果を意味する。
【0100】
本明細書中で使用される「術前」、「術中」および「術後」なる用語は、それぞれ手術の前、間および後の期間を意味する。
【0101】
本明細書中で使用される「決定支援」なる用語は、決定および/または意思決定プロセスを支援するために補助するかまたは情報および/またはアドバイスを提供するために使用可能であるレシピまたはコンピュータプログラムを意味する。
【0102】
本明細書中で使用される保存方程式なる用語は、質量、運動量またはエネルギなどの保存された数量の推移を記述する方程式を意味する。
【0103】
本明細書中で使用される「ソース項」なる用語は、運動量についての保存方程式内の力などの保存された数量の生成または破壊、または、質量についての保存方程式における化学種の生成を表わす、保存方程式中の項を意味する。
【0104】
発明の態様
本発明の一態様によると、1つ以上の撮像技法からのデータが心臓ならびに血管系の生理学についての先行する知見と組合わされる。本発明は、流量、圧力マッピングおよび表面レンダリングのための新規の改良型アルゴリズムに関する。本発明は、新規の術前計画策定システムを形成する先のケースに対するデータベースコンテンツおよび履歴のマッチング、手術中の可能な再評価および例えば僧帽弁などの個人化された弁および個別に最適化された手技の設計と共に利用されてよい。さらに、本発明は、交換の必要性に通じる変性のリスクを低減させるための弁の最適化された位置付けおよび配向を査定し、他の組織、すなわち心臓または弁または血管に対するあらゆるせん断応力を補償するための方法に関する。
【0105】
したがって本発明は、主として、CVDの診断または検出においてエキスパート/専門家を補助し、かつ/または例えば僧帽弁疾患などのCVDを患う個別の各患者についての最適な治療を識別するためのツールである。患者特異的コンピュータシミュレーションモデルおよび/または履歴マッチングで患者を支援することにより、より精確な診断および/または代替的な外科的手技の成果の予測および評価が可能である。新規の手技は、外科的手技に先立つ客観的な計画策定および決定支援プラットホームを創出する。
【0106】
シミュレーション環境は、境界条件および/またはソース項(健常なおよび罹患した心筋組織または血管壁を模倣するもの)および流量パラメータ(変更された血行動態負荷に対応するもの)の融通性ある制御を提供する。これによって、モデルを容易に改変し流量が適用された変更に対してどのように応答するかをさらにチェックする機会が得られる。したがって、本発明の発明人らは、特定の対象/患者に対し仮想の外科手術を行なうことにより、臨床的意思決定において専門家を支援する潜在能力を有する対象特異的モデルを創出した。これを行なうことにより、個別の患者各々について、血流に対する代替的な外科的介入の影響に対する新たな洞察力を得ることが可能である。
【0107】
さらに、流量、圧力、組織応力および外科的選択肢を新たに理解することで、弁、移植片または他の心臓血管デバイスのあらゆる選択肢について、さらに良いことには、弁、移植片または他のデバイスを各患者にとって最適な成果が得られように設計し直す場合に、手術の結果が全般的に改善される。
【0108】
本発明に係るシミュレーションモデルは、弁または移植片のタイプを選択するため、または最適化された成果を得るように現在の弁を再設計または修復または矯正するために、使用可能である。したがって、本発明は、心臓組織全体および他の弁に対する応力を削減して、長期生存率を改善し、再手術の必要性を最小限に削減することのできる、弁または移植片の製造、再設計または修復方法を提供する。
【0109】
本発明は、ナビエ・ストークス方程式の数値解法を使用する。
【0110】
心臓CFDシミュレーションでは、心腔の時間的に変化する運動および幾何形状についての詳細な情報を伴っていれば、それは一つの利点であり得る。幾何形状規定型CFDアプローチにおいては、初期幾何形状および規定された境界運動を、モデル内で実装する必要がある。FSIアプローチにおいては、例えば血管壁などの機械的挙動を計算するための適切な材料モデルおよび初期幾何形状が必要である。FSIアプローチは、有望であるが、現在のところいかなるFSI法もこの問題を高い精度で解決していない。本発明の一実施形態においては、こうして、心臓流量の臨床的その場分析および評価を得るために、幾何形状規定型CFD法が適用される。同じ壁運動が規定されているか連成解法によって計算されるかに関わらず、血流パターンは同じであり、したがって両方のアプローチが応用可能であるということを覚えておくことが重要である。
【0111】
本発明の異なる実施形態においては、幾何形状を単純化し理想化するかまたは医療用撮像によって得ることが可能であると考えられる。複雑な幾何形状を理想化されたモデルへと単純化することによって、貴重な情報が失なわれる可能性がある。他方では、単純化されたモデルは、より高度なモデルへの進化途上における重要な先駆的ステップである可能性がある。医療用撮像データからの幾何形状をレンダリングすることにより、対象特異的CFDモデルが得られる。対象特異的CFDシミュレーションは、医療用撮像単独では不可能であるレベルで、流量の詳細を提供することができる。このような定量的情報は、正常な条件下および病的条件下の両方で発生する複雑な流動現象を理解することを可能にする。
【0112】
CFDシミュレーションは、ベルヌーイ方程式などの、流動速度および圧力についての単純化された解析式によって補足または置換され得る。これは、CFDシミュレーションの妥当性確認のため、または本発明においてCFD分析の一部分を置換するために使用可能である。これは、分析アプローチの計算コストが低いため、例えば実時間アプリケーションにおいて有用であり得る。
【0113】
本発明の1つの目的は、患者ならびに健常者集団の両方に由来するデータを用いて、関連する全ての心臓血管疾患について機械学習および人工知能を応用することにある。マルチモダリティ画像融合および生理学的データを使用することによって、各々の個別症例について高度の計算モデルを創出することが可能である。
【0114】
計算モデルは、血流および/または構造的特徴をシミュレートするための心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素を代表することができる。本発明およびモデルを説明するために、心臓血管系内の少なくとも1つの典型的な例として、心臓が使用される。しかしながら、本発明は、心臓のシミュレーションに限定されない。モデルは、心臓血管系内に含まれる他の構成要素のシミュレーションのためにも使用可能である。
【0115】
統合診断および個人化治療計画策定のためのコンピュータ援用ワークフローが提供される。したがって、本発明は、心臓血管系内および血流中の異常を査定するための新規の方法を含み、複数のステップを含む標準化された有効な決定支援システムを可能にする。
【0116】
本発明は、より詳細には、血流量および/または構造的特徴をシミュレートするための心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素の対象特異的計算モデルを提供する方法において、モデルが、一時的幾何形状を含み、複数のステップを行うことによって創出される方法によって定義される。
【0117】
第1のステップは、前記少なくとも1つの構成要素の異なるタイプの対象特異的データを獲得することである。これらのデータは、モデルのための基礎を提供することになり、本発明の一実施形態においては、例えば超音波、MRI、CT、蛍光透視法を用いて獲得した心臓血管系の撮像データを含み得る。
【0118】
一実施形態において、心エコー検査は、時間依存性超音波測定値を送出するため実時間3Dで行なわれる。
【0119】
この情報は、好ましくは、心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素が心臓構成要素である場合、0D、1D、2D、3Dまたは4D提示で表現される流量および圧力計算のための新規の画像後処理アルゴリズムを使用することにより、心臓生理学についての知見と共処理される。これらのデータは、どの症例については外科的手技を行なうべきでないかのより客観的な決定をも含めた、罹患した心臓の外科手術後の最適な機能のための全ての重要な心臓構造、弁および血管についての3D流量および圧力データと組合される正確な計算および画像表現のための基礎である。
【0120】
撮像データは、患者の医療記録から収集された関連情報(年令、肥満度指数、血圧、血液組成、他の疾患、投薬など)にリンクされる。
【0121】
少なくとも1つの心臓血管構成要素の異なるタイプの対象特異的データは、モデル内で使用するための共有基準へと変換されなければならないかもしれない。これにより、データが計算モデルの生成のために使用されている場合に同じ規模および意味を有することが保証される。
【0122】
該方法の次のステップは、対象特異的データに基づいて計算モデルを生成し、モデルの一時的幾何形状が、シミュレーションの実行時にモデルのための少なくとも1つの境界条件またはソース項を定義付けできるようにすることである。
【0123】
一時的幾何形状は、時間的に変化する幾何学的形状を意味する。これは例えば、時間の一関数としてのモデル内の壁の座標上の場所であってよい。このような座標は例えば、壁における速度境界条件を特定するために使用可能である。
【0124】
このようにして、本発明は、撮像モダリティにより得ることのできる対象特異的データに基づいて、心臓の流れのシミュレーションのための対象特異的3D境界条件またはソース項を創出するための方法を提供する。アルゴリズムは、肺動脈、LA、LV、LVOT、MVおよび弁下器官、大動脈弁および上行大動脈の最初の部分の異なるデータセットの連成のための枠組みを提供する。
【0125】
本発明の一実施形態において、該方法はさらに、心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素に関係する流量および/または圧力特異的データを獲得するために流量および/または圧力測定データを使用するステップを含む。このような流量および/または圧力特異的データは、いくつかのケースにおいて、シミュレーションモデルの精度を改善し、かつ/または対象特異的シミュレーションを実行するために必要である。他のケースにおいては、このような対象特異的データは、シミュレーション結果を妥当性検査するために必要であり得る。
【0126】
本発明の一実施形態において、少なくとも1つの境界条件またはソース項は、心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素の時間依存型動作を使用しこれにより心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素の動作間隔を決定することによって生成される。動作間隔は例えば、収縮期または収縮期などの心臓周期の一部における構成要素の動作であり得る。特定の動作および動作間隔の限界を、シミュレーションソフトウェアに入力することができる。
【0127】
本発明の一実施形態は、少なくとも1つの境界条件またはソース項を生成するために、心臓血管系内の少なくとも1つ以上の構成要素として、心臓壁、心臓容積、心臓弁または補綴弁の少なくとも一部分の時間依存型動作を使用することにある。
【0128】
本発明の別の実施形態は、少なくとも1つの境界条件またはソース項を生成するために、血管壁、血管容積または血管弁の少なくとも一部分の時間依存型動作を使用することである。
【0129】
本発明のさらに別の実施形態は、少なくとも1つの境界条件またはソース項を生成するために、心臓血管系内の少なくとも1つ以上の構成要素として、少なくとも心拍出デバイスの時間依存型動作を使用することである。
【0130】
心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素は、任意の部分であってよい。本発明の一実施形態において、構成要素は心臓である。
【0131】
本発明の一実施形態において、境界条件および/またはソース項は、シミュレーションサイクル中に動的に変化し、これはすなわち、各々の境界条件および/またはソース項が時間依存型でありかつ/またはシミュレーションの特定の時間的間隔においてのみまたはその全体において適用されかつ/または有効であり得る、ということを意味している。
【0132】
本発明の一実施形態において、一時的幾何形状は医療用撮像データ、例えば実時間超音波記録に基づいている。
【0133】
本発明の一実施形態において、血流は、計算流体力学(CFD)法および/または流体構造連成(FSI)法を使用することによってシミュレートされる。
【0134】
本発明の一実施形態において、モデルの構造的特徴は、計算構造力学(CSD)法および/またはFSI法によってシミュレートされる。
【0135】
本発明の一実施形態において、該方法は、血液学的および/または組織サンプリング、物理化学的データおよび対象特異的メタデータなどの追加の対象特異的データを入力することによってモデルを創出するステップを含む。これにより、モデルは強化され、より正確なものになる。
【0136】
モデルに対する他の入力は、補綴心臓弁、血管デバイスまたは移植片のうちの1つ以上に関係するデータであり得る。
【0137】
本発明に係る提供された対象特異的計算モデルを用いたシミュレーションを目的として、非圧縮性、圧縮性または弱圧縮性のいずれかの液体として液体をモデリングすることができ、流体を、ニュートン流体または非ニュートン流体のいずれかとしてモデリングすることができる。本発明は流体レオロジおよび圧縮性の選択により限定されない。
【0138】
生成されたモデルを用いたシミュレーションは、非限定的にホログラフィック3Dスクリーン上で、または拡張現実または仮想現実を使用することひいては考えられる代替的治療を視覚化することによって実証され得る。提示は潜在的に、データのマージング、例えばパラメトリックに機能データと構造データを組合せることによって拡張可能である。
【0139】
一例として、3Dスクリーンが、外科手術中に利用可能であり、それが表示するデータは、エコーマシンから実時間でストリーミングされ得る。弁の修復の直後に、結果は外科手術前シミュレーションを用いてテストされる。結果が満足のいくものでない場合には、修復または弁置換の矯正が行なわれる可能性がある。
【0140】
退院前に、最後の心エコー検査記録が行なわれ、その後の管理のための基礎を形成する。管理は、短期および長期結果の評価のためのワークフローの重要な部分となる。
【0141】
したがって、本発明は、心臓血管疾患における成果の最適化された査定を可能にし、
・ 全ての術前および術後データおよび実験をアセンブリングし、これらをデータベース内に収集すること;
・ 術前および術後の知見、履歴マッチングおよび他の知見に基づいて、全てのプロセスステップを改善すること;
・ 医学的成果に関してと同時に患者特異的データに基づく移植片および弁の技術的設計に関してより良い遂行を続けること;
による連続的な査定のためのシステムを提供する。
【0142】
対象特異的計算モデルのための方法
心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素の対象特異的計算モデルを提供する方法は、本発明の方法により得られる対象特異的計算モデルを用いた術前、術中または術後の決定支援における臨床的治療計画策定および/または診断目的のプロセスにおいて使用される異なる製品の形で実現および実装可能である。これらの製品および結果としてのサービスには、以下のものが含まれる:
1. 複雑な流動現象をシミュレートし、流れの詳細を提供することのできる、拍出する心臓の対象特異的シミュレーションモデル。このモデルは、超音波、磁気共鳴撮像(MRI)およびコンピュータ断層撮影(CT)および流量測定などの医療用撮像データから得られ、2D、3Dおよび4Dの流動シミュレーションのために使用され得る。モデルは好ましくは対象特異的である、すなわち、各々の人間から得たデータに基づいている。
2. 対象特異的計算モデルを生成するための入力として、医療データ、画像および血管疾患の知見を処理し、各患者についての最高の成果の予測を含めた最適な診断および治療を目的とする最適化された患者の理解を得るためにこのモデルを使用するためのワークステーション。
3. 患者、子会社を含めた保険会社、臨床医、心臓専門医、外科医、医学物理学者、技師および画像ベースの製品および解釈の他のユーザのために提供されるサービス。サービスは、対象特異的計算モデルを使用することによる各患者のための医療手技の成果の予測を含めた最適化された診断および治療を提供する。
4. 最適化された個別の補綴設計を設計するための対象特異的計算モデルを用いたシミュレーションから得たデータに基づくものである、外科的手技のための移植片、弁および他の心臓血管デバイスの個別の補綴設計。
【0143】
対象特異的モデル
本発明は、心臓内の血行動態のより良い理解に寄与することのできるモデルおよび方法に関する。生理学的な現実性を得るため、モデルは好ましくは対象特異的モデルである。
【0144】
本発明は、心腔のための幾何形状規定型CFDアプローチを含む。対象特異的境界条件を達成するため、本発明は、医療用撮像データから得た幾何形状を使用する。本発明が使用する医療用撮像データは、超音波(または心エコー検査)、磁気共鳴撮像(MRI)およびコンピュータ断層撮影(CT)であってよい。心臓血管医療用撮像、特に超音波、MRIおよびCTは、高品質の幾何学的データを提供するレベルに達している。今日、超音波(または心エコー検査)は、心臓学における第一線の撮像ツールである。超音波(または心エコー検査)の主要なメリットは、それが画像データの実時間対話型表示を可能にし、したがって治療を指導する上で一助となり得るという点にある。
【0145】
本発明が提供するモデルは、2Dおよび3Dの両方の流動シミュレーションのために、磁気共鳴(MR)、X線、コンピュータ断層撮影(CT)、陽電子放出断層撮影(PET)および超音波(例えば超音波検査法、心エコー検査)などの異なる撮像モダリティから獲得した医療データに基づいていてよい。しかしながら他の撮像モダリティも同様に使用可能である。
【0146】
僧帽弁は、複雑な3次元幾何形状および動作パターンを有する。2つの僧帽弁弁尖は、心臓周期中に大幅に変形する薄くて高速動作する構造である。したがって僧帽弁のモデリングは、困難なタスクであり、現在、このタスクを完全に解決する方法は1つもない。複雑さに起因して、僧帽弁弁尖は多くの場合心室流のシミュレーションにおいて除外されている。2つの非同期的に移動する剛性弁尖を取扱うことのできるFSIアルゴリズムを使用することにより、本発明は、僧帽弁弁尖がどのように拡張期中の心室内流動場に影響を及ぼすかについての研究を可能にする。本発明の利点は、これがシミュレーションにおける対称性の使用を回避できるようにするという点にある。前方および後方弁の長さが超音波(または心エコー検査)記録に基づく場合、本発明は、心室充満の2Dシミュレーションにおける流動場に対する弁尖の影響の分析を可能にする。
【0147】
心臓の複雑性に起因して、左心房(LA)は多くの場合、LV充満のシミュレーションおいて無視される。このとき、LAは、均一な圧力条件または一部の対称的速度プロファイルなどのいくつかの単純化された入口条件により置換される。LA内部の正常な流量分布に焦点を当てた研究は比較的少なく、したがって、心房内部の包括的流動パターンの理解は希薄である。本発明が提供するモデルは、心房内部の流れおよび結果として得られる僧帽弁口における速度分布の調査を可能にする。2Dおよび3Dの両方のシミュレーションがこの目的で使用される。したがって、本発明の充満シミュレーションは、LVへの入口の条件についての知見を獲得するものである。
【0148】
本発明は、医療用撮像データおよび流量測定から生成される対象特異的CFDモデルであり、これらのデータおよび測定値を使用して、健常なおよび病的状態の心臓血流を調査し、仮想外科手術の効果をシミュレートし、それにより治療を最適化することができる。
【0149】
本発明は、実時間3D心エコー検査(RT3DE)に基づく第1の対象特異的3D CFDモデルである。このモデルは、3D心エコー検査データからの心腔の表面トラッキング方法に基づいていてよい。本発明の3D CFDモデルは、僧帽弁の生理学的表現を含むことができる。
【0150】
本発明のシミュレーションモデルは、超音波スキャナシステム内に見い出されるRT3DEからのデータに基づく3D CFDモデルの構築を可能にするシステムを含む。このような実時間CFDシミュレーションは、臨床診療を改善し変化させる潜在性を有する。
【0151】
本発明の一実施形態においては、各人間についての流動力学に基づいて弁(人工弁、機械弁または生体補綴弁のいずれか)の最適な回転位置を選択するために、シミュレーションモデルを使用することができる。この場合、補綴心臓弁および/またはデバイスに関係するデータが、モデルに対する入力データである。これにより、石灰化のリスクまたは再手術の必要性に影響を及ぼす他の要因は削減され得る。
【0152】
本発明の別の実施形態においては、心臓の天然の構成要素または部品、すなわち膨出する心臓弁、弁周囲漏洩などを矯正する目的で、矯正外科的手技に関係する入力データを用いて、モデルを創出する。
【0153】
本発明の一実施形態において、モデルは、心臓血管系およびその構成要素の対象特異的データおよび非対象特異的データの両方からのデータを入力することによって創出され、ここで、非対象特異的データは、多くの人間に対し適用可能であるデータを表わす。これらのデータを、さらなる最適化のため、モデルの生成に先立って、またはモデルの生成中に、モデルに入力することができる。
【0154】
一実施形態において、本発明にしたがって提供されるモデルは、先行するシミュレーション結果、患者の履歴、および術前、術中または術後の影響のうちの少なくとも1つを入力することによって、治療計画策定および/または意思決定を連続的に最適化するため、および/または診断を目的として、機械学習モデルとして配設可能である。
【0155】
機械学習モデルを応用することにより、モデル自体は、機械学習システムからの提案、異なる心臓血管デバイスの情報および職員および/または患者が行なった選択、のうちの1つ以上に基づいてどの手技をシミュレートすべきかを選択することができる。
【0156】
ワークステーション:
上述の通りのさまざまなデータの収集に加えて、ワークステーションはさらに、履歴マッチングのための統計学的データおよび選択肢を伴う手段を含み得る。これは、他の場合に可能であるものよりも客観的で再現性のある最適な診断および治療の選択のための基礎を提供する。
【0157】
ステーションは、例えば、公開手術室内、心臓専門医の診療室内に、またはチーム全体またはチームの一部との術前ミーティング中に使用するように実装可能である。既存のまたは新規の撮像モダリティでの実装を目標として開発を行なうこともできる。
【0158】
提供されるサービス:
1. 患者データの収集。
2. 先行ステップ由来のデータを分析すること。
3. 圧力、流速、壁せん断応力、壁応力、壁ひずみおよび他の流動パラメータ、組織パラメータおよび電気パラメータを含み得る新規のデータを生成できるような形で、統計データおよび履歴マッチングとステップ1由来のデータを組合わせること。
4. 成果は、ステップ3内のデータに基づく新しい知識および理解の記述である。
5. 記述には、所与の患者のより最適化され客観的な診断および治療が含まれる。
6. 記述は、関係当事者に送り戻される。
【0159】
サービスは、病院から内部的に、または独立した会社によって提供されてよい。
【0160】
個人化された補綴設計
本発明から得られる情報、例えば提供されたシミュレーションモデルから、ワークステーションからおよび/またはサービスから得られた情報は、患者特異的/個人化移植片および/または弁を設計するための基礎を提供する。新規の個人化移植片/弁は、術後の影響についての術前シミュレーション/分析を行なうために、シミュレーションモデル/ワークステーション/サービスに戻されることになる。これは、再手術の回数および投薬量を減少させ、長期生存率およびクオリティオブライフを高めるために行なわれる。移植片/弁は、長期生存率および最適なクオリティオブライフのためにせん断応力、流動パターン、組織応力および全体的機能性が最適化されるような形で、金属、ポリマ、複合材料、セラミクス、生体材料(幹細胞ベースの開発を含む)などの異なる材料で製造され得る。移植片/弁は、積層造形(3Dプリンティング)または鋳造/成形を用いて生産可能である。
【0161】
医療用撮像に基づく対象特異的モデル
CT、MRIおよび超音波(または心エコー検査)などの異なる撮像モダリティが、近年、シミュレーションツールによって支援されてきている。大部分の数値研究において、MRIは、一時的幾何形状を得るために使用されてきた。MRIには、画質に関して明白なメリットがあり、解剖学的に詳細でかつ機能的に正確なデータセットを生成するという利点がある。MRIは同様に、その開始時以来、3D方法である。しかしながら、1つの欠点は、血液からの信号が高いことに起因して心臓弁の弁別性が低いという点にある。
【0162】
本発明に係るモデルを得るため、多数の心臓周期にわたって4D(3D+時間)体積の再構築が達成され、これには長い獲得時間および呼吸ゲーティングの必要性が求められる。しかしながら、長い獲得時間は、検査コストを増大させ、後続する息止めにおける異なる横隔膜の位置に起因してスライス間整列誤差が発生する可能性がある。さらに、MRI記録は、いくつかの人工心臓弁のような金属製インプラントを有する人に実施できない。このような場合、MRIは、全てのモデル構築目的で実施できない可能性がある。コストおよび複雑性が高いことから、MRIの使用は、心臓病患者については制限される可能性もある。したがって、本発明を得るための代替的な方法として、発明人らはシミュレーションモデルを構築するための心臓超音波の使用を提案している。
【0163】
多くの場合心エコー検査とも呼ばれる心臓超音波は、医師の間では、心臓を診断するために最も応用されている方法である。超音波の特別な強みは、動作する構造を実時間で記録するその能力にあり、したがって、それは、侵襲的手技の誘導を助けるために使用可能である。それは同様に、比較的容易で費用効率の高い撮像技術でもある。本発明に関して極めて貴重である心エコー検査の別の重要な利点は、心臓弁の鮮明な視覚化にある。心エコー検査は、MRIに比べて大きい対象間の画質変動を生み出す可能性があるが、それでもなお、モデル構築目的に関しては実現性が最も高いものである。
【0164】
2D超音波は、数十年にわたり市販されているものである。一方3D超音波は2002年に初めてPhilipsによって導入された。それ以来、超音波システムの他の供給業者が実時間3Dケイパビリティを有するシステムを発売してきた。3D超音波は、過去数年間で大幅に改善されてきており、今では、画質および時間分解能の両方が、高品質の3D幾何形状および変形を抽出できるようにするレベルにある。幅広い2D心エコー検査患者データが存在する。したがって、3D心エコー検査は、日常的な臨床ツールとして人気を博している。
【0165】
全てのタイプの医療用撮像が、流量測定と共に、本発明に係るモデルの構築のために適用可能である。本発明の一実施形態において、モデルは、心臓超音波(または心エコー検査)に基づいている。利用可能なこのような大量の超音波患者データが、この実施形態を特に有用なものにしている。さらに、超音波(または心エコー検査)が、心臓学における主要な撮像ツールである。さらに、MRIデータの代りに超音波データからモデルを開発すると、結果として、より広い利用分野を有するより費用効率の高い臨床的に実行可能なツールがもたらされる。例えば機械的心臓弁を有する患者からの生体内記録が必要である場合、超音波は、MRIよりもさらに適している。超音波は同様に、画像データおよび流量測定値の実時間対話型表示をも可能にし、したがって、治療を誘導する上で一助となる潜在力を有する。
【0166】
左心室
心臓の計算モデルの大部分が、LVに焦点を当ててきた。最も早期の研究作業は、主として一般的なものであり、対象特異的データに依存していなかった。過去10年間で、計算リソースおよび撮像リソースの両方が増大し、より高度な対象特異的モデルを創出する機会を可能にしてきた。
【0167】
左心房
LAのモデリングに焦点を当てた研究の数は比較的少ない。心室モデルがより高度になってきたとはいえ、左心房のモデルは、なおも大部分が単純化され過ぎたままである。LAが拡張期中の心室についての入口条件を提供するにせよ、LAは、心室内および経僧帽弁流のシミュレーションにおいて排除されることが最も多かった。このとき心房腔は、僧帽弁開口部または一部の管の端部において直接課せられる近似された入口条件により置換される。しかしながら、LAはLVに先立つ受動的輸送腔には程遠いものでる。実際、正常なLAは、左心室充満を最適化する上で重要な役割を有する。
【0168】
4D AutoLVQを用いて心房幾何形状をレンダリングすることは可能であるが、今日、左心耳のような複雑な3D LA幾何形状の細部および肺静脈の入口の場所は、このソフトウェアを用いて容易に検出できない。MRIは、LAおよびそのPVの詳細かつ完全な撮像を提供する上でより有効である。したがって、発明人らは、その心房内流の3D研究の中で、LAの3D幾何形状を提供するためにMRIを使用した。
【0169】
MRは血流および速度の非侵襲性定量化のための金字塔的存在であるものとみなされていることから、本発明の数値シミュレーションを適用する場合にシミュレーション結果に影響を及ぼす可能性のある誤差の潜在的な不確実性を克服するため、発明人らは、シミュレーションの結果をMR位相マッピングで得た生体内流量測定値と比較した。
【0170】
僧帽弁のモデリング
僧帽弁は複雑な幾何形状および動作パターンを有する。2つの僧帽弁弁尖は、心臓周期中に大幅に変形する薄くて高速動作する構造である。今までのところ、全ての問題に適用可能な方法は1つも存在しなかった。最も適した方法を発見するため、所与の問題の特徴に焦点が当てられてきた。弁の機械的挙動のみが関心の的である場合には、流体流との相互作用を考慮する必要はない。純粋に流体力学に焦点が当てられている場合には、弁尖の運動は、例えば実験データまたは機械的撮影データから規定され得る。流動駆動される弁尖を有することが重要である場合には、FSIアプローチが必要である。
【0171】
別の局面は、問題が剛性の心臓弁または可撓性の心臓弁のいずれを求めているか、または対象特異的モデルが所望されているか否かということである。大部分の公表された心臓弁モデルは、定常流中の単弁尖または双弁尖の機械的弁近くの流体の運動に焦点を当ててきた[66]。一方、僧帽弁の対象特異的モデルは、非常に困難なタスクである。対象特異的FSIモデルは、対象特異的材料パラメータを必要とし、これは、心臓弁については得ることがむずかしい、さらに不可能なことである。対象特異的幾何形状規定型モデルには、医療用撮像データからの弁のダイナミクスの詳細な情報が必要とされ、現在のところ、このような情報は得るのが困難である。技術的進歩により、心エコー検査は弁構造を識別できるようになり、心エコー検査記録中の時間分解能もまた弁尖の運動を捕捉するのに充分なものである。しかしながら、その高速動作のため、弁尖の時間依存型形状は、容易に抽出できない。弁セグメンテーションのための自動ツールは全く存在せず、したがって手動トラッキンが今日唯一利用可能な代用物である。
【0172】
これまで、発明人らは、流動駆動される剛性弁尖に焦点をあててきており、心室充満中の2つの剛性で非同期的に動作する僧帽弁弁尖をシミュレートしてきた。この目的で、発明人らは、分割FSI技法を使用した。弁尖は周囲の流体と強く相互作用することから、流体と構造の間の平衡を達成するためには、暗示的連成スキームが必要であった。本発明により提示されているように、暗示的連成スキームは、Vierendeelsらの中で展開され、Dumontらの中で正当性が立証された1つの弁尖のための連成スキームの拡張である。本発明が提供するFSIアルゴリズムは、2Dシミュレーション中でテストされ、ここで僧帽弁は、超音波(または心エコー検査)記録から得られた長さを有する2つの剛性で非対称の弁尖としてレンダリングされた。アルゴリズムは3D構造にも適用される。
【0173】
発明人らは同様に、LVの対象特異的3Dモデルにおける流体力学にも焦点を当てた。規定の心室境界条件は、RT3DEから得られた。この3Dモデルでは、MVの生理学的表現も同様に所望された。医療用撮像データからの心臓弁の3Dトラッキングは、複雑で時間のかかるタスクであることから、発明人らはMV幾何形状を表わすために、先端3D有限要素材料モデルを使用した。AbaqusでのFE MVモデルの一時的シミュレーションが、弁の時間依存型収縮期移動を提供してくれた。この規定の弁運動はその後、3D CFDモデル内で境界条件として実装された。FE MVモデルは、対象特異的ではない。しかしながら弁モデルは、例えば2D心エコー検査画像からレンダリングされた異なる対象特異的弁プロファイルに従うように修正可能である。
【0174】
さらに、僧帽弁弁尖の曲率がいかに収縮期流動野に影響を及ぼすかについての研究も同様に遂行される。この研究の中で、発明人らは、弁運動の完全な制御に焦点を当て、したがって、規定の弁尖ダイナミクスが使用された。研究は当初2Dで行なわれ、次に3Dで行なわれた。2D研究では、2つの異なるタイプの弁尖曲率がシミュレートされ、結果としての心室流動野が比較された。最初のモデルについては、正常で健康な弁尖のダイナミクスが所望された。したがって、2D超音波画像内のトラッキング構造のためのコードが書込まれ、健常な対象における弁の収縮期運動を得るために使用された。第2のモデルについては、より高い逸脱度を有するより不規則な弁曲率が研究された。この目的で、3D FE MVモデルの一時的な断面弁プロファイル[V.ProtおよびB.Skallerud.Nonlinear solid finite element analysis of mitral valves with heterogeneous leaflet layers.Computational Mechanics、42(3):353~368、February 2009参照]は、2Dシミュレーションにおける境界条件として実装された。初期3D CFDシミュレーションも同様に行なわれた。このシミュレーションのために、発明人らは、修正されたMV幾何形状を有する特定の3Dモデルを使用した。
【0175】
僧帽弁前尖曲率は、以下で説明するように左心室の流出部に影響を与える。僧帽弁(MV)は、左心房および左心室(LV)を連結している。弁は僧帽弁輪に固定され、腱索と呼ばれる一連の弦を介してLVの内壁に付着されている。弁は、2つの心腔間における一方向の血流を保証する。拡張期の間、軟質の弁尖はLV内に折畳まれて、血液が自由に通過できるようにする。収縮期の間、心室は収縮し、弁は閉じて、血液がLA内に逆流するのを防ぐ。弁は2つの弁尖、すなわち僧帽弁前尖(AML)および僧帽弁後尖(PML)で構成されている。AMLは大動脈の後壁に連結され、一方PMLは心室壁自体に連結される。AMLは長さが最も長く、PMLに比べて最大の運動を有する。PMLの移動は、腱索によってさらに制限され、弁尖は心臓周期中、むしろ支持する役割を有する。
【0176】
心室収縮中、正常な健常僧帽弁は、LA内へとわずかに逸脱する[J.B.Barlow.Perspectives on the mitral valve.F.A.Davis Company、1987]。弁尖の収縮期曲率に寄与する2つの主要な構成要素が存在する。最初の最も明白な構成要素は、弁尖の逸脱であり、第2のより微妙なものは、輪状鞍形状である[I.S.Salgo、J.H.Gorman、R.C.Gorman、B.M.Jackson、F.W.Bowen、T.Plappert、M.G.St John Sutton、and L.H.Edmunds.Effect of annular shape on leaflet curvature in reducing mitral leaflet stress.Circulation、106(6):711~717、2002]。正常な健常MV内のわずかに逸脱する弁尖および弁輪の非平面性は共に、弁尖曲率を最適化しこれにより僧帽弁弁尖内の機械的応力を削減するように作用する[T.Arts、S.Meerbaum、R.Reneman、およびE.Corday.Stresses in the closed mitral valve:A model study.Journal of Biomechanics、16(7):539~547、1983.ISSN 0021-9290;Salgoら、2002]。
【0177】
弁尖幾何形状そして特に収縮期弁尖曲率が応力分布にどのような影響を及ぼすかを理解することに対する関心は増大してきているものの(Salgoら、2002);弁尖幾何形状が血流にどのような影響を及ぼすかに焦点が当てられることは少なかった[John-Peder Escobar Kvitting、Wolfgang Bothe、Serdar Goktepe、Manuel K.Rausch、Julia C Swanson、Ellen Kuhl、Neil B.Jr Ingels、およびD.Craig Miller.Anterior mitral leaflet curvature during the cardiac cycle in the normal ovine heart.Circulation、122(17):1683~1689、2010]。発明人らは、弁尖の天然の曲率が同様に、流動ダイナミクスをも最適化することを発見した。Kvittingら(2010)は、放射線不透過性マーカーおよびビデオ蛍光観察を用いて心臓周期中のヒツジの心臓におけるAML曲率を調査した。彼らは、天然の僧帽弁弁尖曲率が収縮期流出部と拡張期流入部の両方について最適な形状を提供するという仮説を設けた。これに照らして、発明人らは、改変された弁尖幾何形状の血行動態的帰結を調査した。
【0178】
最も一般的な心臓弁異常の1つは、一方または両方の弁の弁尖が収縮期中に正常時以上に心房内へ膨出することである。このような異常は多くの場合、逸脱僧帽弁弁尖すなわちBMLという用語にひとまとめにされる。BMLについては、縁部接合は機能的に正常であり、身体条件は大部分について無害とみなされる。しかしながら、弁幾何形状が弁尖応力分布およびLV流動のダイナミクスにどのような影響を及ぼすかを根本的により良く理解することによって、BMLの帰結を査定することが可能である。弁尖曲率の変化は、MV病理または外科的介入に起因しても発生することから、この知見を外科手術の成果を最適化するために使用することができる。MVの幾何形状および運動を変化させる修復技術の応用は、過去20年間漸進的に増大してきた;[Hiroaki Sakamoto、Landi M.Parish、Hirotsugu Hamamoto、Yoshiharu Enomoto、Ahmad Zeeshan、Theodore Plappert、Benjamin M.Jackson、Martin G.St.John-Sutton、Robert C.Gormanおよび Joseph H.Gorman 3rd.Effects of hemodynamic alterations on anterior mitral leaflet curvature during systole.The Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery、132(6):1414~1419、2006]。このような修復技術の使用の増加に伴って、弁尖曲率の構造的および血行動態的関与をより良く理解することが所望される。これは、本発明に係るシミュレーションモデルによって得られる。
【0179】
発明人らは、弁尖曲率とLV流動ダイナミクスの関係を定量化し確認するために、計算流体力学(CFD)を使用した。CFD-シミュレーションは、医療用撮像単独では不可能なレベルで流量の詳細を提供することによって、新しい根本的な洞察力を提供する。予備的CFD研究(Xiongら(2008)、Dimasiら(2012)、Dahl(2012))は、AML収縮期曲率がLV流出部プロファイルひいては、大動脈弁輪近傍の流動パターンに影響を及ぼすことを示している。参考[Fangli Xiong、Joon Hock Yeo、Chuh Khiun Chong、Yeow Leng Chua、Khee Hiang Lim、Ean Tat OoiおよびWolfgang A.Goetz.Transection of anterior mitral basal stay chords alters left ventricular outflow dynamics and wall shear stress.The Journal of Heart Valve Disease、17(1):54~61、2008];[Annalisa Dimasi、Emanuele Cattarinuzzi、Marco Stevanella、Carlo A.Conti、Emiliano Votta、Francesco Maffessanti、Neil B.Jr IngelsおよびAlberto Redaelli.Influence of mitral valve anterior leaflet in vivo shape on left ventricular ejection.Cardiovascular Engineering and Technology、3(4):388~401、2012];[Sigrid Kaarstad Dahl.Numerical simulations of blood flow in the left side of the heart.PhD thesis、Norwegian University of Science and Technology、2012]。
【0180】
以前のCFD研究は、時間的に変化する心臓幾何形状の複雑性を回避するために、単純化された幾何形状を頻繁に使用してきた。Dimasiら(2012年)は、移動する壁の効果をシミュレートするために壁における変位速度と共に静的心臓壁を使用した。Xiongら(2008年)は、静的心臓壁および心尖近くの架空の血液入口を使用した。動的移動メッシュを使用することにより、本発明は、収縮期全体を通して正確な予測を可能にする。
【0181】
本発明に係るCFDモデルを使用することにより、収縮期AML曲率がLV流動ダイナミクスにどのように影響を及ぼすかをさらに詳細に調査し定量化することが可能である。この目的で4つの異なるAML曲率が調査されることになる。本発明に係るCFDモデルは、実時間3D心エコー検査(RT3DE)に基づき、心臓の時間的に変化する幾何形状に適応する動的な移動メッシュを使用する。このモデルは、RT3DEに基づくLVの第1の対象特異的3D CFDモデルである。
【0182】
LV内の血行動態に関する論文の大部分において、一時的幾何形状を抽出するためにMRIが使用されてきた。しかしながら、MRIが高画質の画像を提供するにせよ、心臓弁は多くの場合血液からの信号が高いことに起因して弁別性が低い。一方、心エコー検査は、心臓弁の明確な視覚化を提供する。弁構造を識別するその能力に起因して、心エコー検査が、本発明のこの実施形態における撮像モダリティとして選択された。3Dモデルは、同じRT3DE記録に基づく僧帽弁の収縮期モデルを含む。したがって、本発明に係るモデル、およびXiongら(2008年)およびDimasiら(2012年)において開発されたモデルは、撮像モダリティ、LV、MVおよびAML曲率のモデリング、境界条件および流動様式に関して、異なるものである。したがって、本発明は、先行技術に比べた利点を表わす。
【0183】
AML収縮期曲率と心室流出部の関係をより良く理解することが、臨床的に有用である。BMLのような病的または異常な僧帽弁弁尖の診断および治療を容易にし得る実用的な洞察力を提供することにより、本発明は査定のための新規のツールである。
【0184】
正常な僧帽弁を伴う対象特異的3Dモデルにおける流れのシミュレーションおよび妥当性検査は、異なる度合の逸脱するAML曲率を伴うモデルと比較される。こうして、本発明は、弁尖幾何形状の改変の血行動態的帰結を分析するための方法を提供する。
【0185】
本発明は、特定の対象/患者に対し仮想外科手術を行なうことにより、臨床的意思決定において専門家を支援する潜在力のある対象特異的モデルを提供する。こうすることによって、代替的な外科的介入が血流に対して及ぼす影響に対する新たな洞察力を、個別の患者各々について得ることができる。
【0186】
本発明は、改良型モデルを使用することによって、医学的手技の成果を予測するための確かで改良されたツールを提供する。これは、特定の患者についての手術結果全般を改善することができ、例えば心臓弁などの最適化された個別の補綴設計を設計するためのツールである。
【0187】
モデルは、履歴マッチングを行なうことによってテストされ査定され得、これはすなわち、モデルからのシミュレーション結果が履歴データと比較されることを意味する。これは、モデルおよびモデルに基づく特定の補綴設計の最適化に寄与する連続的かつ反復的なプロセスであり得る。
【0188】
本発明の一実施形態において、該方法は、少なくとも機械学習システムからの提案、そして任意には弁を含めた異なる心臓血管デバイスの情報および人、例えば医療エキスパート、専門家または患者が行なった選択に基づいてどの手技をシミュレートすべきかを選択するためにモデルを配設するステップを含む。その後、選択された手技を、その手技が特定の対象にとって最良の手技であるか、または別の手技を選択すべきかをテストするために、シミュレートすることができる。
【0189】
本発明に係るモデルは、さらに、組織(例えば索)の除去、縫合または追加などの矯正手技を行なうべきか否かを決定するために適したツールでもある。
【0190】
モデルは同様に、物体を3Dプリントする前に個別の補綴物体のための最適な対象特異的3D設計を製作するためにも適している。
【実施例】
【0191】
アルゴリズムは、拡張期充満中の僧帽弁の2Dシミュレーションにおいてテストされ、ここで弁は2つの剛性非対象弁尖としてモデリングされる。結果は、対称な弁尖を用いることによっては、または特に心拍静止期および心房収縮中のLAについての適切なモデルが不在である場合には、拡張期流動場の重要な特徴を予測できないということを示している。
【0192】
アルゴリズムは、3D構造にも同様にあてはまる。
【0193】
心臓の複雑性に起因して、LAおよびMVは多くの場合心室充満のシミュレーションにおいて無視される。しかしながら、このような制限が結果としての流動パターンに対しどのような影響を及ぼし得るかを知ることが重要である。拡張期心室流動パターンに対して左心房入口条件および流動駆動型僧帽弁弁尖が及ぼす影響の定性的調査が行なわれた。3つの2Dモデルが創出された。基準モデルには、LAおよび流動駆動型弁尖の両方が含められ、一方、他の2つのモデルでは、LAまたは弁尖のいずれも除外された。LAの一時的幾何形状は、2D心エコー検査記録からレンダリングされ、3つのモデル全てにおいて、同じ壁運動が実装された。調査対象の2Dモデルは実際の充満プロセスをシミュレートできないものの、いくつかの定性的情報を得ることはできる、という点を指摘しておくことが大切である。
【0194】
発明人らは、LAおよび一部の静脈流入部が含まれているモデルにおいて、拡張期中にLAの内部で渦が発生することを発見した。心房渦は、僧帽弁開口部を横断して不均一な速度プロファイルをひき起こし、これが今度は弁尖の力学および心室内流動パターンに影響を及ぼした。遠端に入口がある管として流入部領域がレンダリングされたモデルにおいては、入口幾何形状に渦は全く生成されず、結果としての僧帽弁速度プロファイルは、ほぼ均一であった。これらの観察事実に基づいて、発明人らは、僧帽弁口における速度プロファイルの生理学的表現を達成するためにLV充満およびMVダイナミクスのシミュレーション内に心房のリアルな表現を含めるべきであることを発見した。心房内流動場および僧帽弁平面における速度分布の定量的情報のためには、3Dシミュレーションが必要である。
【0195】
弁尖の影響は、2D研究において有意であった。弁尖は、流入管を形成し、これが心室腔内へと流れを誘導し、前弁尖の存在に起因して大動脈流出路内の再循環を削減した。
【0196】
LAおよびそのPVの解剖学に基づく3D CFDモデルを、MRIデータから開発し、拡張期中の流動場を調査するために使用した。心房内の流れおよび結果としての僧帽弁平面における速度分布に対する静脈進入場所の影響を調べるために、2つの追加のモデルを構築した。心房内の流れは、非対称の腔内に流れ込む4つの交叉する噴流で構成され、したがって複雑なものである。本発明は、PVの場所が、心房内の流れおよび僧帽弁速度プロファイルに対して有意な影響を及ぼすということを例証する。発見事実は、非対称に位置設定されたPVが流動場内の不安定性を防止する可能性があると考えられるということを示している。発明人らは、PVが非対称に位置設定されている解剖学的に代表的なモデルにおいて、静脈噴流が、顕著な衝突なく、僧帽弁平面に向かって流れることを観察した。したがって本発明は、PVの場所の異なるバージョンがどのようにして異なる成果をもたらすかを例証できるモデルを提供する。発見されたのは、1つのモデルが、同じ高さにPVが位置設定されていた2つの他のモデルを比べて、より低い最高速度で、より均一に分布した僧帽弁流量プロファイルを有する、ということである。解剖学的に代表的なモデルにおける僧帽弁平面速度プロファイルは、MRI流量測定値と定性的に良好な一致を示した。
【0197】
その複雑性に起因して、噴流が形成される条件について一般的演繹を行なうことによって、僧帽弁噴流の性質を予測することは非常に困難である。PV数および分岐パターンの患者間変動は大きく、そのため、僧帽弁速度プロファイルを、対象特異的特性とみなすべきである。本発明は、こうして、PV数および分岐パターンの変動性が血流に対しどのように影響を及ぼすかを査定するための手段を提供する。この知見により、本発明は、外科手術前計画策定における有用なツール、そして外科手術内ツールとして応用可能なシミュレーションツールとして有用なツールになる。LAおよびPVの両方の代表的な幾何形状は、LV充満およびMVダイナミクスの生理学的シミュレーションにとって不可欠である。したがって、本発明は、経僧帽弁流および弁内流に関する将来のCFD研究に影響を及ぼす可能性がある。
【0198】
心室内流のシミュレーションのための対象特異的3D境界条件を創出する技術が開発されてきた。したがって、本発明は、撮影モダリティによって得ることのできる対象特異的データに基づいて、心室内流のシミュレーションのための対象特異的3D境界条件を創出するための方法を提供する。アルゴリズムは、LV、LVOTおよびMVの異なるデータセットの連成のための枠組みを提供する。
【0199】
本発明の一実施形態においては、時間依存型超音波画像ひいてはLV壁の幾何形状を提供するために実時間3D心エコー検査が使用された。我々の知るかぎり、これは、RT3DEからレンダリングされた最初の対象特異的3D CFDモデルである。実時間で行なわれるシミュレーションは、データクラウドを介してストリーミングされたデータに基づくものであり得る。
【0200】
医療用撮像データから僧帽弁弁尖の3Dダイナミクスを得るのは困難である。したがって、3D FE MVモデルが、弁の弁尖の幾何形状および動作を表現するためLV格子トポロジ内に含められた。FE MVモデルは、Abaqueで予めシミュレートされたが、心臓周期の収縮期のみが計算された。規定の弁運動および最終的収縮期曲率は、例えば2D心エコー検査画像からレンダリングされた異なる対象特異的弁曲率にしたがうように修正可能である。
【0201】
この第1のモデルと心エコー検査記録の間の相関関係を調べるために、モデルを原初の心エコー検査データと再整列させた。合理的一致が得られた。
【0202】
心室収縮中の血流の予備CFDシミュレーションが行なわれた(Dahl、2012中の付録A)。妥当性検査の第1のステップとして、LVOTからの最大速度を、MR期マッピング走査からの生体内速度測定値と比較した。MR収集はRT3DE収集と同日に同一対象において行なわれた。速度を直接比較することはできなかったにせよ、生体内流量測定との比較により、結果が生理学的範囲内であることが判った。
【0203】
本発明は、シミュレーションモデル内の流体力学と共に適用されるべき対象特異的データを得ることによる、例えば逸脱する僧帽弁弁尖などの心臓弁の異常を診断するための撮影モダリティの使用を含む。撮影モダリティは、超音波、MRおよび/またはCTであり得る。好ましくは、それは心エコー検査であり得る。本発明はさらに、心臓生体構造、特に左心房セグメントおよび/または左心室セグメントおよび/または僧帽弁を含む対象特異的計算流体力学モデルである。さらに、本発明は、人工弁および/または移植片の製造における対象特異的CFDモデルの使用に向けられている。対象特異的心臓弁または移植片を記述されたCFDモデルから得た情報に基づいて製作する方法も同様に、本発明において具体化されている。
【0204】
さらに、本発明は、心臓血流の数値シミュレーション、および心腔および/または左心室および/または左心房および/または僧帽弁および/または時間的に変化する幾何形状の動的移動メッシュを含む対象特異的モデルである。
【0205】
以下は、本発明に係る対象特異的計算モデルを提供するためのLVの3D心エコー検査およびセグメンテーションを用いた実施例を表わす。
【0206】
心内膜LVの連続的セグメンテーションを伴う実時間3次元(3D)心エコー検査(RT3DE)(4次元(4D)心エコー検査としても公知)が、我々の対象特異的CFDモデルを構築する上での予備的ステップである。
【0207】
30才の女性ボランティアの3D心エコー検査LV容積を、中心周波数2.4MHzの3Vマトリクスプローブを用いるVivid E9スキャナを使用して収集した(GE Health care Vingmed、Horten、Norway)。4心臓周期にわたる無呼吸中、心尖部窓から、高調波モードで容積を収集し、一心臓周期あたり1つのQRSトリガされた下位容積を収集した。フレームレートは、一周期あたり27であった。
【0208】
我々の研究のためには、Auto LVQツール(Hanse-gardら、2009)、Echo PACワークステーション(バージョンBT11)、GE Vingmed Ultrasound、Horten、Norwayを用いて、心内膜縁が生成された。AutoLVQは、変形可能なモデルとしてLV境界を表わし、それを進化させるために3Dエネルギ最小化に依存する。内部力、外部力および時間力の組合せが、特定の3Dエコー記録にモデルを適応させながら、形状の連続性を保証する。心内膜輪郭プロセスを、拡張末期(ED)および収縮末期(ES)の両方における長軸像(例えば4腔像)内の心尖および僧帽弁の付着点の手作業による位置付けによって初期化した。手作業での選択後、心内膜縁は心臓周期を通して自動的に生成される。提案された輪郭を次に3D容積の短軸および長軸の両方の切断面内で評価した。必要な場合には、モデルを心内膜に向かって引張る追加のアトラクタ点を追加することによって、ボーダをさらに精緻化することができる。この場合、限定数のアトラクタを置くことによって縁を調整した。乳頭筋および主トラベキュラは、LV腔内に含められた。
【0209】
心内膜LV壁のセグメンテーションは、結果として、各時間枠について1つずつの27の閉鎖型3次元表面メッシュをもたらした。27メッシュの各々は、1946のノードと3888の三角セルからなっていた。
【0210】
図3は、心臓周期の1過程における心内膜LVの閉鎖型3D表面メッシュを示す。結果としてのメッシュは、エクスポートされ、LV幾何形状および収縮期の動作を再構築するために使用された。
【0211】
この研究の焦点は、大動脈弁(AoV)の開放の開始から収縮末期におけるAoV閉鎖までの心臓周期の収縮期部分にある。すなわち、収縮始期における等容性収縮は含められていない。特定の心臓におけるこの期間の長さを、962msの心臓周期内で285msまで測定した。RT3DE記録から得たフレームレートは、周期全体について27であり、ここで9フレームが問題の期、すなわちAoV開放からAoV閉鎖までの期に属していた。開始幾何形状は、AoV開放時におけるセグメント化されたLV壁から再構築された。
【0212】
以下では、対象特異的僧帽弁および上行大動脈の幾何形状の再構築について説明する。
【0213】
AutoLVQから得られたセグメント化されたLV壁は、MVも大動脈も含まない。したがって、発明人らは、LV壁の場合と同じRT3DE記録から生理学的MVおよび上行大動脈(Aao)を再構築し、それらを原初のセグメント化されたLV表面メッシュ内に含めなければならなかった。この目的で、組織内ソフトウェアが書込まれた。
【0214】
MV幾何形状は、最大収縮期におけるその生理学的形状から再構築され、シミュレーション全体を通して静的であるように設定された。
【0215】
図4は、最大収縮期における生理学的僧帽弁の対象特異的3Dモデルを示す。図を見れば分かるように、正常かつ健全な僧帽弁弁尖の曲率は最大収縮期においてほぼ平坦である。
【0216】
上行大動脈は、LV基部の上部部分に始まる大動脈の最初の区分である。Aaoの形状および傾斜角度は、記録内にトレースされ、LVに付着される。シミュレーション中、Aaoは、LV基部に応じて変形する。Aaoの最初の部分であるそのValsalva洞と共に大動脈起始部は、1本の管に単純化される。Aaoの長さは、問題の流動場に対する流出部条件の影響を最小限に抑えるように設定された。
【0217】
図5は、完全収縮期中の異なる過程におけるAaoの近位部分およびMVを含むLVの完全な対象特異的3Dモデルを示す。図(a)は収縮始期からのものであり、(b)は最大収縮期からのもの、すなわちAoV開口部からシミュレーション内へ100msのところのものであり、(c)は収縮末期(285ms)からのものである。図(d)は、心房から見たモデルを示し、ここでは僧帽弁スマイリ(smiley)が明確に見える。
【0218】
AutoLVQから得られた時間的に変化する3D心内膜表面メッシュを用いて、収縮期全体を通した規定の対象特異的LV移動を創出した。AutoLVQからの表面メッシュは、各々1946のノードと3888の三角セルからなっていた。しかしながら、CFDシミュレーションにおいて合理的な精度を得るためには、精密な表面メッシュが求められた。精密なメッシュは、結果として、原初のメッシュの一部ではない開始幾何形状内の新規の中間ノードをもたらすことになる。このことはすなわち、後続する時間フレームについて、そのノード位置が不明であることを意味する。新規精密メッシュのノードの並進は、原初のセグメント化されたメッシュから補間されなければならなかった。これは、Dahlら(2011)中に記載の重心座標を使用することによって達成された。
【0219】
本発明のCFDシミュレーションにおける時間ステップは、記録されたフレーム間の時間ステップよりも著しく小さい。これにより、全てのCFD時間ステップにおいてセグメント化された時間フレーム間で新しい中間メッシュを計算することが必要となった。本発明によると、これは、スプライン補間によって行なわれた。
【0220】
本発明に係るCFDシミュレーションにおいて、規定のLV壁動作は、FLUENTユーザ定義関数(UDF)として実装され、境界条件として使用された。Aaoは、LVにしたがって変形するように設定され、一方MVはシミュレーション全体を通して静的であるように設定された。
【0221】
一時的な対象特異的3Dモデルの幾何形状を確認するため、モデルは、
図6(a)中の1つの時間フレームについて示されているように、収縮期全体を通して各時間枠において原初のRT3DEデータと再整列された。(b)および(c)中の黄色のラインは、それぞれに収縮始期および最大収縮期における属する超音波画像内の3Dモデルの輪郭を示す。
図6を見れば分かるように、モデリングされた幾何形状とRT3DEデータの間の合理的一致が得られた。
【0222】
僧帽弁前弁尖曲率の修正
AML曲率が流動場にどのように影響を及ぼすかを調査するために、3つの新たなモデルが創出された。モデルは、AMLの逸脱度に関して、他と全く異なっていた。
【0223】
図7は、定義された角度θを有するAML曲率を例示している。対象特異的3DモデルCsは、前弁尖の逸脱度を調整することによって修正した。我々は、角度θによって逸脱度を定義することを選択した。最初に、
図7中に点線で示されているように、心尖部長軸像中前方側の弁輪から後方側の弁輪までラインを引いた。次に、
図7に示されているように、AML曲率の角度θをこのラインから測定した。
【0224】
モデルC
S内の対象特異的AML曲率の角度を-2度に測定した。15、30および60度の角度で3つの修正されたモデルを創出し、これをそれぞれC
15、C
30およびC
60と呼ぶ。3つのMVモデルは
図8に示されている。
【0225】
シミュレーションにおいては、動的4面体メッシュを使用した。メッシュサイズは異なるケース間において768~920kセルの間で変動した。LVの幾何形状は、前弁尖と後弁尖間の接合ゾーンおよび前弁尖から大動脈内への遷移を除いて平滑である。最大速度勾配もここで見られ、したがって、大きな速度勾配を有する領域内でメッシュを集中させるためにサイジング機能を用いた。サイジング機能は、モデル内のメッシュサイズの下限および上限、および連続するセルサイズ間の成長率を規定する。この研究において、我々は、下限および上限メッシュサイズとしてそれぞれ0.3mmおよび3.0mmを使用した。セルサイズの20%の変化が許容された。サイジング機能は、僧帽弁および上行大動脈に付着された。したがって、格子分解能は、最高の勾配を有する領域内で最高となる。計算された解に対するセルサイズの影響を調査するメッシュ依存性研究を、対象特異的モデルについて行なった。初期メッシュサイズを0.3mm未満に削減しても、達成された解に対しほとんど影響を及ぼさないことが判った。例えば0.15mmという初期メッシュサイズを使用しても、(壁せん断、圧力および速度プロファイルの計算された分布から判断されるように)流動場は著しく変化しなかった。CFL数が0.1未満となるように、時間ステップを調整した。
【0226】
本発明の方法により提供される対象特異的モデルを用いた流動シミュレーションを、市販の有限容積パッケージAnsys Fluent15.0(Ansys Inc.)を用いて行なった。シミュレーション中の3Dモデルの収縮期動作を含めるために、専用UDFを用いてCFDソルバを拡張した。規定の対象特異的壁運動は、流れを駆動する。移動する格子上でナビエ・ストークス方程式を表現するために、ALE公式を使用した。規定の壁運動を使用するため、必要なのは絶対圧力ではなくむしろ圧力勾配を計算することだけであり、これは、圧力勾配が絶対変数ではなく相対変数であることから適切である。基本圧力は、血行動態に影響を及ぼさないため、任意の値に設定可能であり、我々のシミュレーションでは、基本圧力をゼロとして選択した。しかしながら、血行動態の働きを推定したいかまたは流体構造の相互作用を計算したい場合、絶対圧力が重要である。
【0227】
シミュレーションは、大動脈弁(AoV)開放の開始から始まり、AoVの閉鎖で終了する。この期間の長さは285msであり、RT3DE記録から得られる。層流が仮定された。大きな腔内の血流として合理的に優れた近似値であるρ=1050kg/m3の密度および3.5・10-3kg/msの速度を有する非圧縮性のニュートン均質流体として血液をモデリングした(Ku、1997)。壁においては、滑り無しの条件が課せられた。流体は、AoV開放時点で休止状態にあるものと仮定された。
【0228】
流動場の一般的特徴を論述する場合、流れが極めて一時的であること、および関与するタイムスケールがかなり小さいこと(この研究中で考慮されている対象について、収縮期は285ms持続する)を念頭に置くべきである。収縮期中、定常または準定常流の期間は全く存在しない。流れは加速中または減速中のいずれかであり、最大収縮期が2つの状態を分離している。心筋の収縮によって、バルク流が起動され、心室壁を移動させて心室の容積を変化させる。早期収縮中、容積はさほど変化せず、概して80mmHgの範囲内にある大動脈内の拡張末期の圧力を超えるまで心室内で圧力が増大する。心室内部の圧力がひとたび大動脈内の拡張末期の圧力を超えた時点で、大動脈弁が開放し、心室および大動脈の内部の流れは、心臓の収縮により生成される圧力勾配に起因して加速し始める。本研究作業においては、流体は、大動脈流弁が開放した時点で休止状態にあるものと仮定されている。拡張期中の心室内の流れを特徴付けするために相当の努力が払われてきており、この一連の研究作業から、複雑な流動構造が収縮期の開始時に心室内に存在するということは明白である。しかしながら、収縮期中に心室により生成される全体的な流れの特徴を理解するために、我々の仮定が流動挙動を査定するための優れた出発および基準点として役立つものと我々は考えている。
【0229】
全体的流れは、心尖から大動脈に向かうものである。
図9は、5つの異なる時間ステップ、すなわち10、100、150、200、285msにおけるLVの長軸像内の速度流線を示す。4つの縦列は、それぞれC
S、C
15、C
30およびC
60である。包括的速度は0~1.55m/sの範囲内にある。
【0230】
流線は、壁に直交するものとして開始し、その後、大動脈壁に平行して大動脈から外に流出する。
図9中の流線は、流速の規模に基づいて着色されている。ここで分かるように、流れは、大動脈により表わされる収縮を通して移動するにつれてかなり加速する。AMLの逸脱およびMVの接合ゾーンの周りの流れは、流線を混乱させていることが分かる。今度はこれらの流動特徴について以下で論述する。
【0231】
図10は、横断面P1~P5の場所を示しており、ここでP1は、大動脈弁輪のレベルにあり、P2はP1の下流側XXcmのところにある。上行大動脈(Aao)の後方側および前方側も同様に図中に描かれている。
【0232】
図9および11を見れば分かるように、最大収縮期前の4つのケースの間には極めてわずかな差異しか存在しない。全てのケースにおいて、大動脈の入口にわずかに捩れた速度が見られる。しかしながら、流れが大動脈を通って上昇するにつれて、流動プロファイルは急速に安定する。最大収縮期の後、退行圧力勾配が形成し(流体は減速中)、これが、AMLとAaoの間の遷移における流線の強い曲率と組合わさって、「後方大動脈壁」に沿った流れの分離および渦構造の形成を結果としてもたらす。逸脱が増大するにつれて、流線曲率は増大し、ひいては流線に対し垂直な圧力勾配も増大する。圧力勾配は、およそρv
2/r
curvであり、したがって、1m/sの速度および例えば1cmといった流線の曲率半径について、およそ100m/s
2の加速または10倍の重力が得られる。
【0233】
図11を見れば分かるように、考慮対象の全てのケースについて、収縮期内の任意の所与の時点において、例えば横断面P1およびP3内の最大速度にはわずかな変化しかない。所与のケースC
S、...C
60についての横断面P1~P5の間の経時的な最大速度の変動は、任意の所与の横断面におけるケース間の変動よりもはるかに大きい。したがって、大動脈全体を通した任意の横断面内の最大速度に関しては、逸脱の影響はわずかなものでしかない。
【0234】
しかしながら、
図12から、Aao内の流れの分布および流れの分離には逸脱が実際影響を及ぼしていることが明白である。これは、上述の通り、AMLからAaoへと遷移する領域における流線の曲率に起因する。反対側、すなわち心室壁とAaoの間の遷移内の流線は、非常にわずかな曲率しか示さず、したがって、流れの分離を開始するためにほとんど何の働きもしない。その臨床的意味合いについて、以下で論述する。
【0235】
逸脱するAMLとMVの接合ゾーン内の流動特徴について、以下で説明する:
【0236】
PMLの付着部域の下で心室壁により生成される流れは、MVの接合ゾーンによって閉塞される。流れは、接合ゾーンの周囲に強制されて、AML側に渦構造を生成する。この渦構造は経時的に成長し、その末端は大動脈に向かって対流させられ、
図13に見えるように収縮期の終りでU字形渦構造を創出する。
図13(b)および(c)は、大動脈弁の閉鎖直前の収縮期の終りにおけるそれぞれケースC
SおよびS
60についての渦構造を描いている。
図13(a)は、
図13(c)と同じケースを描いているが、異なる視野角からのものであり、渦コアの周りで流れがどのように渦巻くかを示すため、流線は心尖平面内(90°)にある。垂直構造は、いわゆるλ
2基準を用いて視覚化された(Jeong and Hussain、1995年)。λ
2基準は、SおよびΩを速度勾配テンソル▽uの対称部分および反対称部分として、テンソルS
2+Ω
2の第2の固有値に基づく。このテンソルS
2+Ω
2の第2の固有値λ
2は、乱流および低レイノルド数過渡流の両方の中の渦構造の圧力最小値を正しく捕捉することが証明されている。AMLの逸脱は渦サイズを拡大させる傾向をもつ。大動脈起始部における流線曲率および収縮および大動脈中の流れの分離を担う退行圧力勾配も同様に、収縮期の終りにおいて大動脈の中に渦構造が形成するという結果をもたらす。C
SおよびC
60についての渦構造の発生は、
図13に示されている。ここで分かるように、渦度は、退行圧力勾配が形成し領域内の流れが削減される収縮後期まで、接合ゾーンの先端で生成される。
【0237】
CFDモデルが生理学的範囲内の結果を提供するか否かを管理するために、RT3DE収集と同じ日に記録された同じ心臓のMR位相マッピング走査から得た流量測定値とCFDの結果を比較することによって、3Dモデルの初期妥当性検査を行なった。シミュレートした速度は、測定された流量データに合致しており、本発明に係るモデルが生理学的範囲内にある結果を提供することを示していた。
【0238】
CFDの結果は同様に、速度および圧力を推測するために連続性およびベルヌーイ方程式を用いる近似解析法を使用することによっても妥当性検査された。
【0239】
臨床的展望
本研究に基づいて、我々は、AML曲率がポンプとしての心臓の全体的性能を実質的に変化させないと考える。わずかな効率損失しか識別できず、計算できなかった。その上、全体的流動パターンに対してはわずかな変化しか発見されなかった。我々は実際これらの変化の1つだけが生理学的に重要なものであると考えており、それは、大動脈と僧帽弁の接合部における流線曲率の変化である。AML曲率が増大するにつれて、流線曲率がこの領域内で増大する。我々の計算は、これらの湾曲した流線により形成される圧力勾配が、この領域内の流れの分離を増強することを示している。大動脈弁は、3つの弁尖で構成される。これらの弁尖の各々の上の正味上昇は、弁尖を横断する静圧差、摩擦力および流線曲率に起因する力からなる力平衡の結果である。最初の2つがAML-曲率と無関係であると仮定した場合、流線曲率に起因する変化が、弁尖のダイナミクスに影響を及ぼす可能性がある。血流が大動脈に入るにつれて幾何学的収縮に起因する問題に固有の非対称性が存在するという我々の先の観察事実に基づくと、AML曲率(すなわち逸脱)は、この非対称性を悪化させることになる。流線曲率は、弁尖の心室側により低圧の領域を創出し、その結果、大動脈と僧帽弁の接合部の近くで弁尖(複数?)がより早く閉鎖し得る。高速の流れは同様に、この弁尖の表面に付着する傾向も有し、このことは同様に弁尖の動的挙動およびその機能も改変し得ると考えられる。我々は、これらの機序を通したAML曲率が大動脈弁の機能に不利な影響を及ぼす潜在性を有するという仮説を立てている。これが、改変した応力および歪に応えたセル状構造の再モデリングによるものであるか、または流体流中の改変された輸送プロセスに起因するものであるかを結論付けるのは、時機早尚である。
【0240】
僧帽弁の接合ゾーンの先端の周りの流れにより形成される渦構造は、前弁尖および後弁尖の接合に影響を及ぼし得ると考えられる。流線曲率が、接合ゾーン上の力平衡に影響を及ぼし得ると考えられる。僧帽弁前弁尖の膨出に続発する収縮期LVOT流動パターンの変化は、仮説上、エネルギ損失および効率的駆出の低下、膨出僧帽弁に作用する局所的せん断力に起因する僧帽弁弁尖の再モデリング、そして、最後に、上行大動脈の近位部分に位置設定された再循環噴流および大動脈流動プロファイルの混乱をひき起こし得る。エネルギ損失は、我々のシミュレーションに基づくと取るに足らないものである。唯一我々が推測できるのは、僧帽弁の膨出を伴う臨床的状況においてせん断力の増大が重要であるまたは関連性をもつかということである。このことは、例えば僧帽弁の修復後に重要なことであり、外科手術の数年後の修復不具合の理由となり得る。さらに、二尖大動脈弁および僧帽弁前弁尖の伸長の間の結び付きも報告されている。我々のシミュレーションは、上行大動脈の近位部分に位置特定された再循環噴流の増加を実証している。二尖大動脈弁を有する患者において、これは理論的には、大動脈硬化症を加速し得る。CFDモデルを応用した追跡研究により、これらが重要な機序であるか否かが明らかになると考えられる。さらに、この新たなアプローチは同様に、我々が後の事象を予測する上で一助となり得る。
【0241】
心臓弁は、再モデリングによる負荷パターンの改変に対する応答性をもつ活動的な構造である(Grande-Allen,2004年)。再モデリングは、負荷改変に対する適応として開始され得るものの、結果としての弁組織は、正常な長期機能を提供することができない可能性がある。弁組織は、この再モデリング能力を有することから、弁幾何形状、組織の微細構造、材料特性および負荷環境の間の関係は相互依存性を有する。
【0242】
要約
大部分の生体力学的問題と同様、本発明は学際的主題を網羅するものであり、これには、科学計算、数学モデリング、流体動力学、構造力学および生理学が関与する。本発明は、血流および/または構造的特徴をシミュレートするための心臓血管系内の少なくとも1つの構成要素の対象特異的計算モデルを提供するための異なる枠組を提供する。このモデルは、例えば、左心内の血行動態をシミュレートするために使用可能である。したがって、本発明は、心臓モデリングのための計算方法に寄与する。本発明において具体化される主要な発見事実および開発は、2つの剛性弁尖の分割FSIシミュレーションのための暗示的結合アルゴリズムを提供している。このアルゴリズムは、2つの弁尖の非同期的運動を可能にし、したがって、二弁尖の機械的心臓弁をシミュレートするのに好適である。弁尖間の相互作用は、完全2×2ヤコビ行列を含めることによって結合反復において説明され得る。完全ヤコビ行列と対角ヤコビ行列の収束率の差異が比較された。結果は、結合反復内に完全ヤコビ行列を含み入れることにより収束率ひいてはシミュレーション速度が著しく増強される、ということを示している。全体として、合計計算時間は22.5%短縮された。