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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-08
(45)【発行日】2022-02-17
(54)【発明の名称】卵巣由来幹細胞の減数分裂誘導法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/075 20100101AFI20220209BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20220209BHJP
   A01K 67/02 20060101ALN20220209BHJP
【FI】
C12N5/075
C12N5/074
A01K67/02
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2017217115
(22)【出願日】2017-11-10
(65)【公開番号】P2019083793
(43)【公開日】2019-06-06
【審査請求日】2020-11-10
(73)【特許権者】
【識別番号】517394430
【氏名又は名称】川島 一公
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100131392
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 武司
(74)【代理人】
【識別番号】100151596
【弁理士】
【氏名又は名称】下田 俊明
(72)【発明者】
【氏名】河村 和弘
(72)【発明者】
【氏名】川島 一公
【審査官】福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-514760(JP,A)
【文献】特表2007-537754(JP,A)
【文献】Farini, D. et.al.,Growth factors sustain primordial germ cell survival, proliferation and entering into meiosis in the absence of somatic cells,Developmental Biology,2005年,Vol.285,pp.49-56
【文献】Tedesco, M. et.al.,Minimal concentrations of retinoic acid induce stimulation by retinoic acid 8 and promote entry into meiosis in isolated pregonadal and gonadal mouse primordial germ cells,Biology of Reproduction,2013年,Vol.88, No.6,Article 145, pp.1-11
【文献】Park, E.S. et.al.,Bone morphogenetic protein 4 promotes mammalian oogonial stem cell differentiation via Smad1/5/8 signaling,Fertility and Sterility,2013年,Vol.100, No.5,pp.1468-1475
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-15/90
C12Q 1/00- 3/00
CA/MEDLINE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Genbank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を、アクチビンA及びBMP4存在下で培養する工程;
(ii)フォルスコリン、5-{4-[(1-メチルシクロヘキシル)メトキシ]ベンジル}-1,3-チアゾ
リジン-2,4-ジオン、2-アミノ-4-[3,4-(メチレンジオキシ)ベンジルアミノ]-6-(3-メトキシフェニル)ピリミジン、及び2-アミノ-6-クロロ-α-シアノ-3-(エトキシカルボニル)-4H-1-ベンゾピラン-4-酢酸エチル存在下で培養する工程;及び
(iii)5-{4-[(1-メチルシクロヘキシル)メトキシ]ベンジル}-1,3-チアゾリジン-2,4-ジオ
ン、2-ヒドロキシグルタル酸、ホルボール-12-ミリステート-13-アセテート、及び2-アミノ-6-クロロ-α-シアノ-3-(エトキシカルボニル)-4H-1-ベンゾピラン-4-酢酸エチル存在
下で培養する工程、
を含む、卵巣由来幹細胞の減数分裂を誘導する方法。
【請求項2】
卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞が凍結保存した細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
(i)工程の前に、単離された卵巣組織を酵素処理し、卵巣細胞を溶媒中に分散させて卵
巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を得る工程を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
アクチビンA及びBMP4を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法に用いるため
卵巣由来幹細胞の減数分裂誘導培養用の添加剤。
【請求項5】
フォルスコリン、5-{4-[(1-メチルシクロヘキシル)メトキシ]ベンジル}-1,3-チアゾリ
ジン-2,4-ジオン、2-アミノ-4-[3,4-(メチレンジオキシ)ベンジルアミノ]-6-(3-メトキシフェニル)ピリミジン、及び2-アミノ-6-クロロ-α-シアノ-3-(エトキシカルボニル)-4H-1-ベンゾピラン-4-酢酸エチルを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法に用いるための卵巣由来幹細胞の減数分裂誘導培養用の添加剤。
【請求項6】
5-{4-[(1-メチルシクロヘキシル)メトキシ]ベンジル}-1,3-チアゾリジン-2,4-ジオン、2-ヒドロキシグルタル酸、ホルボール-12-ミリステート-13-アセテート、及び2-アミノ-6-クロロ-α-シアノ-3-(エトキシカルボニル)-4H-1-ベンゾピラン-4-酢酸エチルを含む、
請求項1~3のいずれか1項に記載の方法に用いるための卵巣由来幹細胞の減数分裂誘導培養用の添加剤。
【請求項7】
(i)卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を、アクチビンA及びBMP4存在下で培養する工程;
(ii)フォルスコリン、5-{4-[(1-メチルシクロヘキシル)メトキシ]ベンジル}-1,3-チアゾ
リジン-2,4-ジオン、2-アミノ-4-[3,4-(メチレンジオキシ)ベンジルアミノ]-6-(3-メトキシフェニル)ピリミジン、及び2-アミノ-6-クロロ-α-シアノ-3-(エトキシカルボニル)-4H-1-ベンゾピラン-4-酢酸エチル存在下で培養する工程;及び
(iii)5-{4-[(1-メチルシクロヘキシル)メトキシ]ベンジル}-1,3-チアゾリジン-2,4-ジオ
ン、2-ヒドロキシグルタル酸、ホルボール-12-ミリステート-13-アセテート、及び2-アミノ-6-クロロ-α-シアノ-3-(エトキシカルボニル)-4H-1-ベンゾピラン-4-酢酸エチル存在
下で培養する工程、
を含む、卵母細胞又は卵子の機能を有する卵子様細胞の作製方法。
【請求項8】
(i)卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を、アクチビンA及びBMP4存在下で培養する工程;及び(ii)フォルスコリン、5-{4-[(1-メチルシクロヘキシル)メトキシ]ベンジル}-1,3-チアゾ
リジン-2,4-ジオン、2-アミノ-4-[3,4-(メチレンジオキシ)ベンジルアミノ]-6-(3-メトキシフェニル)ピリミジン、及び2-アミノ-6-クロロ-α-シアノ-3-(エトキシカルボニル)-4H-1-ベンゾピラン-4-酢酸エチル存在下で培養する工程、
を含む、卵巣由来幹細胞の体細胞分裂を誘導する方法。
【請求項9】
フォルスコリン、5-{4-[(1-メチルシクロヘキシル)メトキシ]ベンジル}-1,3-チアゾリ
ジン-2,4-ジオン、2-アミノ-4-[3,4-(メチレンジオキシ)ベンジルアミノ]-6-(3-メトキシフェニル)ピリミジン、及び2-アミノ-6-クロロ-α-シアノ-3-(エトキシカルボニル)-4H-1-ベンゾピラン-4-酢酸エチルを含む、請求項8に記載の方法に用いるための卵巣由来幹細胞の体細胞分裂誘導培養用の添加剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、卵巣由来幹細胞の減数分裂を誘導する方法、同方法に用いられる添加剤、同方法により得られる卵母細胞又は卵子様細胞等に関する。
【背景技術】
【0002】
卵子は胎児期の限られた時期に卵巣内で形成され、生後は新たに卵子が作られることはなく、年齢を重ねるごとに卵子数は減少する。近年の社会構造の変化により、女性の初婚年齢は高齢化し、卵子数減少に起因する卵巣機能不全患者が増えている。その結果、不妊を呈する患者が急増し、体外受精に限ってみても、2013年には35万件を超え、今後も拡大していくと予測されている。しかし、卵子の枯渇による不妊に対する治療法は、現状においては提供卵子を用いた体外受精胚移植のみであり、自らの卵子での妊娠は不可能である。この限界を克服するためには、何らかの方法により自己の細胞から卵子を再生することが必要となるが、これまでマウスではiPS/ES細胞より卵子様細胞の再生に成功しているが、ヒトではまだ十分なエビデンスがない。そのため、ヒト卵巣組織から卵子様細胞を再生する方法の開発が望まれていた。
【0003】
近年、ハーバード大学のTilly等の研究グループは、卵巣内に卵子の機能を有する卵子様細胞への分化能を有する細胞があることを示した(特許文献1)。Tilly等は、卵巣組織を分散させた後、細胞集団の中から(i)DDX4遺伝子の表面抗原抗体を用いて、卵子様細胞への分化能を有する幹細胞(卵子様幹細胞)を単離する手法、(ii)ヒト卵子様幹細胞を血清を含む培養液下で4種類(GDNF, LIF, EGF, bFGF)の成長因子により卵子様細胞へと分化する培養法を開発し、報告した(非特許文献1)。
【0004】
しかし、(i)に関しては、非特許文献2、3によって再現性が否定され、(ii)に関しては非特許文献4によって卵子様細胞への分化能を否定されている。その他多くの研究グループも卵子様幹細胞の存在を否定しており、Tilly等の研究グループの研究に再現性がないことが示されている。
【0005】
Tilly等は、DDX4抗体を用いて卵子様幹細胞を単離したが、その単離に使用される抗体に問題があり、卵子様幹細胞を特異的に回収していないという報告がなされている。それ以外に卵子様幹細胞を単離する手法は報告がなく、卵子様幹細胞を単離可能な抗原も見つかっていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】US 2006/0010508
【非特許文献】
【0007】
【文献】Oocyte formation by mitotically active germ cells purified from ovaries of reproductive-age women. White YA, Woods DC, Takai Y, Ishihara O, Seki H, Tilly JL. Nat Med. 2012 Feb 26;18(3):413-21. doi: 10.1038/nm.2669.
【文献】Characterization of extracellular DDX4- or Ddx4-positive ovarian cells. Nat Med. 2015 Oct;21(10):1114-6. doi: 10.1038/nm.3966. Hernandez SF et al.
【文献】Adult human and mouse ovaries lack DDX4-expressing functional oogonial stem cells. Nat Med. 2015 Oct;21(10):1116-8. doi: 10.1038/nm.3775. Zhang H et al
【文献】FACS-sorted putative oogonial stem cells from the ovary are neither DDX4-positive nor germ cells. Sci Rep. 2016 Jun 15;6:27991. doi: 10.1038/srep27991. Zarate-Garcia L, Lane SI, Merriman JA, Jones KT.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ヒト卵巣組織から卵子の機能を有する卵子様細胞を作出することを最終目的に、卵巣内に存在する卵巣由来幹細胞の減数分裂を誘導する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上記の課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、本発明者等は、卵巣由来幹細胞の卵巣組織からの単離を行わず、卵巣体細胞を含むその他の体細胞と共培養下において卵巣由来幹細胞から卵母細胞又は卵子の機能を有する卵子様細胞を分化誘導する方法を開発し、本発明を完成した。
すなわち、本発明は以下に関する。
【0010】
〔1〕 (i)卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を、アクチビン及び/又はBMP4存在下で培養する工程;
(ii)PKAアゴニスト、RXRアゴニスト、Wntアゴニスト及びAktアゴニスト存在下で培養する工程;及び
(iii)RXRアゴニスト、NFκBアゴニスト、Caアゴニスト及びAktアゴニスト存在下で培養する工程、
を含む、卵巣由来幹細胞の減数分裂を誘導する方法。
〔2〕 卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞が凍結保存した細胞である、〔1〕に記載の方法。
〔3〕 (i)工程の前に、単離された卵巣組織を酵素処理し、卵巣細胞を溶媒中に分散させて卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を得る工程を含む、〔1〕に記載の方法。
〔4〕 (i)工程におけるアクチビンがアクチビンAである、〔1〕~〔3〕の何れかに記載の方法。
〔5〕 (ii)工程におけるPKAアゴニストがフォルスコリン、RXRアゴニストが5-{4-[(1-メチルシクロヘキシル)メトキシ]ベンジル}-1,3-チアゾリジン-2,4-ジオン、Wntアゴニストが2-アミノ-4-[3,4-(メチレンジオキシ)ベンジルアミノ]-6-(3-メトキシフェニル)ピリミジン、及びAktアゴニストが2-アミノ-6-クロロ-α-シアノ-3-(エトキシカルボニル)-4H-1-ベンゾピラン-4-酢酸エチルである、〔1〕~〔4〕の何れかに記載の方法。
〔6〕 (iii)工程におけるRXRアゴニストが5-{4-[(1-メチルシクロヘキシル)メトキシ]ベンジル}-1,3-チアゾリジン-2,4-ジオン、NFκBアゴニストが2-ヒドロキシグルタル酸、Caアゴニストがホルボール-12-ミリステート-13-アセテート、及びAktアゴニストが2-アミノ-6-クロロ-α-シアノ-3-(エトキシカルボニル)-4H-1-ベンゾピラン-4-酢酸エチルである、〔1〕~〔5〕の何れかに記載の方法。
【0011】
〔7〕 アクチビン及び/又はBMP4を含む、卵巣由来幹細胞の減数分裂誘導培養用の添加剤。
〔8〕 PKAアゴニスト、RXRアゴニスト、Wntアゴニスト及びAktアゴニストを含む、卵巣由来幹細胞の減数分裂誘導培養用の添加剤。
〔9〕 RXRアゴニスト、NFκBアゴニスト、Caアゴニスト及びAktアゴニストを含む、卵巣由来幹細胞の減数分裂誘導培養用の添加剤。
〔10〕 (i)卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を、アクチビン及び/又はBMP4存在下で培養する工程;
(ii)PKAアゴニスト、RXRアゴニスト、Wntアゴニスト及びAktアゴニスト存在下で培養する
工程;及び
(iii)RXRアゴニスト、NFκBアゴニスト、Caアゴニスト及びAktアゴニスト存在下で培養する工程、
を含む、卵母細胞又は卵子機能を有する卵子様細胞の作製方法。
〔11〕 (i)卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を、アクチビン及び/又はBMP4存在下で培養する工程;及び
(ii)PKAアゴニスト、RXRアゴニスト、Wntアゴニスト及びAktアゴニスト存在下で培養する工程、
を含む、卵巣由来幹細胞の体細胞分裂を誘導する方法。
〔12〕 PKAアゴニスト、RXRアゴニスト、Wntアゴニスト及びAktアゴニストを含む、卵巣由来幹細胞の体細胞分裂誘導培養用の添加剤。
【発明の効果】
【0012】
先行技術として、ヒト卵巣由来幹細胞から体外培養にて卵子様細胞を作出する方法が特許申請(特許文献1)されているが、再現性がなく、多くの疑義が報告されている。本発明者等は、特許申請された方法とは異なる体外培養法により、卵巣組織から卵子様細胞を再生する方法の開発を試み、卵巣組織中の細胞を減数分裂に移行させる方法を開発した。
【0013】
本発明により、先行技術のように卵巣由来幹細胞を卵巣組織中から単離することなく、卵子様細胞への分化に必要な減数分裂誘導を可能とする培養法が開発された。さらにその際に必要となる、先行技術とは異なった成長因子及びアゴニストを同定し、卵巣組織中の細胞を卵子様細胞へと効率よく減数分裂誘導する体外培養の至適条件を決定した。
【0014】
従って本発明により、卵巣組織細胞から体外培養下で安定した卵子の機能を有する細胞を作出することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、実施例で用いた減数分裂誘導培地と減数分裂誘導のプロトコールを示す図である。
図2図2は、生殖細胞特異的な遺伝子マーカーの発現変化を示す図である。Aは、in vivo(組織分散前)、培養開始前(分散後、培養0日目)、第一段階の培養後(培養6日目)、第二段階の培養後(培養12日目)におけるPRDM1遺伝子発現の測定結果を示す。Bは、in vivo(組織分散前)、培養開始前(分散後、培養0日目)、第一段階の培養後(培養6日目)、第二段階の培養後(培養12日目)におけるDAZL遺伝子発現の測定結果を示す。Cは、in vivo(組織分散前)、培養開始前(分散後、培養0日目)、第一段階の培養後(培養6日目)、第二段階の培養後(培養12日目)におけるSYCP3遺伝子発現の測定結果を示す。Dは、培養開始前(分散後、培養0日目)の細胞におけるPRDM1遺伝子発現の観察結果である(図面代用写真)。Eは、第一段階の培養後(培養6日目)の細胞におけるDAZL遺伝子発現の観察結果である(図面代用写真)。Fは、第二段階の培養後(培養12日目)の細胞におけるSYCP3遺伝子発現の観察結果である(図面代用写真)。
図3図3は、第三段階の培養によるSYCP3の核移行を示す図である。Aは、第二段階の培養後(培養12日目)、Cocktail Aを用いた第三段階の培養後(培養18日目)、Cocktail Bを用いた第三段階の培養後(培養18日目)におけるSYCP3の核移行細胞の割合を示す。Bは、Cocktail Aを用いた第三段階の培養後(培養18日目)、Cocktail Bを用いた第三段階の培養後(培養18日目)におけるSYCP3遺伝子発現の観察結果である(図面代用写真)。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本明細書中で使用する略号及びその意味を説明する。
BMP4: 骨成長因子4(Bone Morphogenetic Protein 4)
PKA: プロテインキナーゼA(Protein Kinase A)
RXR: レチノイドX受容体(Retinoid X Receptor)
NFκB: 核内因子κB(Nuclear Factor kappa B)
PMA: ホルボール-12-ミリステート-13-アセテート(Phorbol-12-Myristate-13-Acetate)2-HG: 2-ヒドロキシグルタル酸(2-hydroxyglutarate)
PBS: リン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline)
HBSS: ハンクス平衡塩溶液(Hanks' Balanced Salt solution)
MEMα: イーグル最小必須培地 α改変型(Minimum Essential Medium Eagle, Alpha Modification)
IU: 国際単位(International Units)
以下、本発明について説明する。
【0017】
(卵巣由来幹細胞の減数分裂誘導方法)
本発明の一形態は、(i)卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を、アクチビン(Actibin)及び/又はBMP4存在下で培養する工程(第一段階の培養);(ii)PKAアゴニスト、RXRアゴニスト、Wntアゴニスト及びAktアゴニスト存在下で培養する工程(第二段階の培養);及び(iii)RXRアゴニスト、NFκBアゴニスト、Caアゴニスト及びAktアゴニスト存在下で培養する工程(第三段階の培養)、を含む、卵巣由来幹細胞の減数分裂を誘導する方法(以下、「本発明の減数分裂を誘導する方法」と称する)に関する。本発明の減数分裂を誘導する方法により、卵巣由来幹細胞の減数分裂を段階的に誘導し、卵母細胞及び卵子の機能を有する卵子様細胞へと分化誘導し得る。
【0018】
また、本発明のさらなる一形態は、(i)工程の前に、単離された卵巣組織を酵素処理し、卵巣細胞を溶媒中に分散させて卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を得る工程を含み、同工程により得られた卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を、本発明の第一段階~第三段階の培養工程(i)~(iii)により培養する工程を含む、卵巣由来幹細胞の減数分裂を誘導する方法に関する。
【0019】
本発明において培養対象となる、減数分裂を誘導するための卵巣由来幹細胞は、卵巣内に存在し、卵母細胞及び卵子の機能を有する卵子様細胞への分化、成熟する能力を有する幹細胞である。なお、本明細書において、「卵巣由来幹細胞」を「卵子様幹細胞」又は「卵巣幹細胞」と称することがあるがいずれも同義である。
【0020】
ここで卵母細胞とは、第一減数分裂期の卵母細胞(一次卵母細胞)及び第二減数分裂期の卵母細胞(二次卵母細胞)を意味し、卵母細胞が受精以降の過程が可能となった状態を卵子という。ヒト等では通常、卵母細胞の減数分裂が第二減数分裂中期まで進行し、受精可能となる。
【0021】
本発明の減数分裂を誘導する方法においては、卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を含む卵巣細胞群として共培養する。ここで、卵巣体細胞は、卵巣に含まれる体細胞であって、卵巣由来幹細胞と共培養することで卵巣由来幹細胞の減数分裂を誘導できる細胞であれば、限定されない。卵巣体細胞としては、例えば、卵丘細胞、顆粒膜細胞、莢膜細胞等の卵胞を形成する細胞、卵巣上皮細胞、卵巣間質細胞、これらの細胞の前駆細胞等が挙げられる。
【0022】
(細胞の分散)
以下、卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を含む卵巣細胞群の調製方法について説明する。
卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を含む卵巣細胞群は、例えば、卵巣組織を採取し、卵巣組織を酵素処理し、組織から細胞を分離させ、溶媒中(例えば酵素処理を培養液中で行った場合、培養液中)に分散させることにより得ることができる。必要に応じて、細胞が溶
媒中に分散した細胞懸濁液より、細胞の単離、回収、洗浄、精製等を行ってもよい。なお、本発明の方法においては、卵巣由来幹細胞を細胞群から単離することなく、卵巣由来幹細胞と卵巣体細胞が共存したまま、培養することが可能である。得られた細胞は、凍結保存することも可能であり、用時に解凍し培養に用いることもできる。凍結、解凍の方法は、通常用いられる手法を適用できる。
【0023】
卵巣組織は、卵巣を動物から採取し、調製することができる。卵巣を採取する動物としては、卵巣を有する動物であれば限定されるものではなく、特に哺乳動物、例えばウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスター、ラット、マウス又はヒト等が挙げられる。
【0024】
単離された卵巣を、PBS等で洗浄する。卵巣を1mm以下のサイズにハサミで裁断して、組織培養液に移す。組織培養液としては、HBSS、MEMα等の通常の組織培養に用いられる培地を使用できる。
【0025】
続いて、培養液中の組織をさらに裁断し、酵素で卵巣組織を処理し、個々の細胞に分離して培養液中に分散させる。使用する酵素としては、コラゲナーゼ、ディスパーゼ等が挙げられるが、組織中において、接着または凝集している細胞同士を分離する酵素活性を有するものであれば、特に限定されない。かかる酵素は、それぞれ単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。また、例えば、DNase等の細胞同士を分離する酵素活性以外の酵素活性を有する酵素を合わせて用いてもよい。
【0026】
酵素処理の反応温度は、酵素の種類、酵素の使用量、組織の体積などに応じて適宜決定することができる。反応温度は、酵素を十分に作用させるとともに細胞の生理学的機能を維持する観点から、通常、生体内部の温度に近い温度、例えば32~38℃、好ましくは36~37.5℃、より好ましくは37℃程度である。
【0027】
反応時間は、酵素の種類、酵素の使用量、組織の体積等に応じて適宜決定することができる。反応時間は、通常5分~24時間、好ましくは1~10時間、より好ましくは2時間程度である。
【0028】
組織溶解のための酵素液として、酵素を上述の組織培養液に溶解させたものを用いることができる。組織溶解酵素液は、組織を十分に浸漬させることができる量を用いることができる。組織:組織溶解酵素液は重量比で、通常1:5~1:50、好ましくは1:10~1:40、より好ましくは1:30程度である。組織溶解酵素液における酵素濃度は、組織の体積、酵素の種類等に応じて、適宜決定することができる。より具体的には、例えば、酵素として、コラゲナーゼを用いる場合、酵素液におけるコラゲナーゼ濃度は、通常0.1ユニット/mL以上、好ましくは1.0ユニット/mL以上であり、通常800ユニット/mL以下、好ましくは400ユニット/mL以下であり、より好ましくは40ユニット/mL程度である。ここで1ユニットとは、FALGPA分解活性測定の方法によって測定される値である。すなわち、pH 7.5、25℃、カルシウムイオンの存在下で1分間に1.0 μmoleのFALGPAを加水分解する酵素量を1 FALGPA unitとする。
【0029】
卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を含む卵巣細胞群を採取した後、同卵巣細胞群中に、卵巣由来幹細胞が含まれ、生殖細胞の形成が誘導されていることを、生殖細胞特異的な遺伝子の発現等により確認することが好ましい。生殖細胞特異的な遺伝子としては、特に限定されないが、PRDM1等が挙げられる。PRDM1は、通常、胎児期の始原生殖細胞でのみ発現し、生殖細胞の形成に不可欠な遺伝子である。遺伝子の発現の確認は、通常の生物学手法、分子生物学的手法等に基づいて行うことができる。
【0030】
本発明の減数分裂を誘導する方法では、例えば上述のようにして得られる、卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を含む卵巣細胞群を、三段階の培養方法により培養することで、卵巣由来幹細胞の減数分裂を誘導することが可能である。
以下、各段階の培養方法について説明する。
【0031】
(第一段階の培養)
本発明の減数分裂を誘導する方法における第一段階の培養工程は、(i)卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を、アクチビン及び/又はBMP4存在下で培養する工程である。
【0032】
例えば上述のようにして採取した卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を含む卵巣細胞群を、培養液を添加した培養皿に播種する。培養は、接着条件、非接着条件のいずれも可能であるが、非接着条件が好ましい。
【0033】
卵巣細胞群の培養用の培養液は、本発明の分化誘導因子を添加する以外は、通常の幹細胞培養に使用されているものを用いることができる。例えばMEMα、DMEM、GMRM、RPMI-1640、Ham's F-12、IMDM等が挙げられる。培養液には通常の細胞培養で使用される添加剤等を、本発明の効果を妨げない限り、特に限定されず使用することができる。特に、血清や、血清代替品を使用することが好ましい。添加剤としてさらに、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸ナトリウム、アミノ酸、抗生物質、N-アセチルシステイン等が挙げられる。
【0034】
卵巣細胞群の培養用の培養液には、本発明の分化誘導因子を添加する。(i)工程における分化誘導因子としては、アクチビン及び/又はBMP4を用いる。分化誘導因子のアクチビンとしては、アクチビンAが好ましい。培養液における分化誘導因子濃度は、細胞源、細胞数、培養液量等に応じて適宜変更でき、限定されないが、分化誘導因子の合計量として、通常1~1,000 ng/mL、好ましくは10~200 ng/mLであり、より好ましくは50 ng/mL程度である。これらの因子は、試薬等として市販されているものを用いることができる。
【0035】
培養皿あたりの細胞の個数は、細胞源、培養液量、培養皿の種類などに応じて変更することができ、例えば96ウェル等の用量の培養皿においては、培養液量を通常100~500 μL、1ウェルあたりの細胞数を通常20,000~200,000個程度とすることができる。
【0036】
培養に使用するインキュベーターは、一般に動物細胞培養に使用されるものであればよい。培養条件は、例えば37℃~39℃、5%炭酸ガス95%空気の気相で、高湿度条件等が挙げられ、このような条件を設定可能なインキュベーターを使用する。
【0037】
培養期間中、2~4日に一度、培養液の一部を新鮮なものに交換することが好ましい。培養期間は、使用する動物種及び採取した細胞の状態等により変更可能であるが、一般的に数日から1週間程度である。
【0038】
培養中あるいは培養後に、生殖細胞が分化誘導され、減数分裂が誘導されていることを、減数分裂前に特異的に発現する遺伝子の発現等により確認することが好ましい。減数分裂前に特異的に発現する遺伝子としては、特に限定されないが、DAZL等が挙げられる。遺伝子の発現の確認は、通常の生物学手法、分子生物学的手法等に基づいて行うことができる。なお、生殖細胞の分化誘導、減数分裂の誘導の程度に応じて培養期間を変えることも可能である。
【0039】
(第二段階の培養)
本発明の減数分裂を誘導する方法における第二段階の培養工程は、(ii)PKAアゴニスト、RXRアゴニスト、Wntアゴニスト及びAktアゴニスト存在下で培養する工程である。Wntは分泌性糖タンパク質であって、β-カテニン経路と平面内細胞極性(planar cell polarity
: PCP)経路、カルシウム経路の3種類の経路の活性化に関与する。β-カテニン経路は、転写促進因子として機能するβ-カテニンのタンパク質レベルを調節することにより、シグナル伝達が制御され細胞の増殖や分化を制御する。Aktは、セリン/スレオニンキナーゼであって広範囲に影響を及ぼすシグナル伝達ネットワークに関与し、別名プロテインキナーゼB(Protein kinase B: PKB)とも呼ばれる。
【0040】
上述の(i)工程の培養終了後、培養液を除去し、必要により洗浄し、(ii)工程で使用する培養液を培養皿に添加する。
【0041】
卵巣細胞群の培養用の培養液は、本発明の分化誘導因子を添加する以外は、通常の幹細胞培養に使用されているものを用いることができる。好ましい培養液、添加剤は、(i)工程において上述したものを使用することができる。
【0042】
卵巣細胞群の培養用の培養液には、本発明の分化誘導因子を添加する。(ii)工程における分化誘導因子としては、少なくともPKAアゴニストを用いる。好ましい形態は、さらにRXRアゴニスト、Wntアゴニスト及びAktアゴニストを用いる形態である。特に限定されないが、例えばPKAアゴニストとしては、フォルスコリン、CW 008(4-フルオロN - [5-フルオロ-6-(5- メチルピラゾール [1,5- A ]ピリジン-3-イル)-1 H -ピラゾロ[3,4- B ]ピリジン-3-イル]ベンズアミド)、8-Bromo-cAMP(8-ブロモアデノシン-3 ',5'-環状一リン酸ナトリウム塩)等を使用できる。特に限定されないが、例えばRXRアゴニストとしては、シグリタゾン(5-{4-[(1-メチルシクロヘキシル)メトキシ]ベンジル}-1,3-チアゾリジン-2,4-ジオン)、レチノイン酸等を使用できる。特に限定されないが、例えばWntアゴニストとしては、Wntアゴニスト(2-アミノ-4-[3,4-(メチレンジオキシ)ベンジルアミノ]-6-(3-メトキシフェニル)ピリミジン)、IM-12(3-(4-フルオロフェニルエチルアミノ)-1-メチル-4-(2-メチル-1H-インドール-3-イル)-1H-ピロール-2,5-ジオン)等を使用できる。特に限定されないが、例えばAktアゴニストとしては、SC79(2-アミノ-6-クロロ-α-シアノ-3-(エトキシカルボニル)-4H-1-ベンゾピラン-4-酢酸エチル)、HY-N1412(1,3ジカフェオイルキナ酸)等を使用できる。
【0043】
細胞源、細胞数、培養液量等に応じて適宜変更でき、限定されないが、培養液における分化誘導因子濃度は、PKAアゴニストであれば通常1~100 μg/mL、好ましくは1~10 μg/mLであり、あるいは通常1~100 μM、好ましくは1~10 μMであり、より好ましくは5 μM程度である。RXRアゴニストであれば通常1~100 μg/mL、好ましくは1~10 μg/mLであり、あるいは通常1~100 μM、好ましくは1~10 μMであり、より好ましくは5 μM程度である。Wntアゴニストであれば通常1~100 μg/mL、好ましくは1~10 μg/mLであり、あるいは通常1~100 μM、好ましくは1~20 μMであり、より好ましくは10 μM程度である。Aktアゴニストであれば通常1~100 μg/mL、好ましくは1~10 μg/mL、より好ましくは4 μg/mL程度であり、あるいは通常1~100 μM、好ましくは1~10 μMである。これらの因子は、試薬等として市販されているものを用いることができる。
【0044】
培養皿あたりの細胞の個数、培養条件は、(i)工程において上述したものを使用することができる。
【0045】
培養期間中、2~4日に一度、培養液の一部を新鮮なものに交換することが好ましい。培養期間は、使用する動物種及び採取した細胞の状態等により変更可能であるが、一般的に数日から1週間程度である。
【0046】
培養中あるいは培養後に、生殖細胞が分化誘導され、減数分裂が誘導されていることを、減数分裂期に特異的に発現する遺伝子の発現等により確認することが好ましい。減数分裂期に特異的に発現する遺伝子としては、特に限定されないが、SYCP3等が挙げられる。
遺伝子の発現の確認は、通常の生物学手法、分子生物学的手法等に基づいて行うことができる。なお、生殖細胞の分化誘導、減数分裂の誘導の程度に応じて培養期間を変えることも可能である。
【0047】
(第三段階の培養)
本発明の減数分裂を誘導する方法における第三段階の培養工程は、(iii)RXRアゴニスト、NFκBアゴニスト、Caアゴニスト及びAktアゴニスト存在下で培養する工程である。
【0048】
上述の(ii)工程の培養終了後、培養液を除去し、必要により洗浄し、(iii)工程で使用する培養液を培養皿に添加する。
【0049】
卵巣細胞群の培養用の培養液は、本発明の分化誘導因子を添加する以外は、通常の幹細胞培養に使用されているものを用いることができる。好ましい培養液、添加剤は、(i)工程において上述したものを使用することができる。
【0050】
卵巣細胞群の培養用の培養液には、本発明の分化誘導因子を添加する。(iii)工程における分化誘導因子としては、RXRアゴニスト、NFκBアゴニスト、Caアゴニスト及びAktアゴニストを用いる。RXRアゴニスト、Aktアゴニストとしては(ii)工程において使用したものを使用できる。特に限定されないが、例えばNFκBアゴニストとしては、2-HG、ベツリン酸等を使用できる。特に限定されないが、例えばCaアゴニストとしては、PMA、ブリオスタチン等を使用できる。
【0051】
培養液における分化誘導因子濃度は、細胞源、細胞数、培養液量等に応じて適宜変更でき、限定されない。RXRアゴニスト、Aktアゴニストの濃度としては(ii)工程において使用した量と同程度で使用できる。NFκBアゴニストであれば通常1~100 mg/mL、好ましくは1~10 mg/mLであり、あるいは通常1~100 mM、好ましくは1~50 mMであり、より好ましくは20 mM程度である。Caアゴニストであれば通常0.1~100 μg/mL、好ましくは0.5~10 μg/mLであり、あるいは通常1~100 μM、好ましくは1~10 μMであり、より好ましくは1 μM程度である。これらの因子は、試薬等として市販されているものを用いることができる。
【0052】
培養皿あたりの細胞の個数、培養条件は、(i)工程において上述したものを使用することができる。
【0053】
培養期間中、2~4日に一度、培養液の一部を新鮮なものに交換することが好ましい。培養期間は、使用する動物種及び採取した細胞の状態等により変更可能であるが、一般的に数日から1週間程度である。
【0054】
培養中あるいは培養後に、生殖細胞が分化誘導され、減数分裂が誘導されていることを、減数分裂期に特異的に発現する遺伝子の発現等により確認することが好ましい。減数分裂期に特異的に発現する遺伝子としては、特に限定されないが、SYCP3等が挙げられる。第三段階の培養では、例えばSYCP3が核内に移行することを確認することで減数分裂期への移行を確認できる。遺伝子の発現の確認は、通常の生物学手法、分子生物学的手法等に基づいて行うことができる。なお、生殖細胞の分化誘導、減数分裂の誘導の程度に応じて培養期間を変えることも可能である。
【0055】
(添加剤)
本発明のさらなる一形態は、アクチビン及び/又はBMP4を含む、卵巣由来幹細胞の減数分裂誘導培養用の添加剤に関する。また、本発明のさらなる一形態は、PKAアゴニスト、RXRアゴニスト、Wntアゴニスト及びAktアゴニストを含む、卵巣由来幹細胞の減数分裂誘導
培養用の添加剤に関する。また、本発明のさらなる一形態は、RXRアゴニスト、NFκBアゴニスト、Caアゴニスト及びAktアゴニストを含む、卵巣由来幹細胞の減数分裂誘導培養用の添加剤に関する。以下、これらを「本発明の添加剤」と称する。
【0056】
本発明の添加剤は、本発明の卵巣由来幹細胞の減数分裂を誘導する方法における、各段階の培養の培地にそれぞれ用いられる。
【0057】
本発明の添加剤としては、例えば研究開発目的(例えば、in vitro又はin vivoの研究開発)に用いられる試薬、医薬品の製造材料としての添加剤等が挙げられる。
【0058】
本発明の添加剤は、卵巣由来幹細胞の減数分裂を誘導する作用を有するため、卵巣由来幹細胞の培養における減数分裂を誘導するための試薬、卵巣由来幹細胞から卵母細胞又は卵子の機能を有する卵子様細胞を作製するための試薬、卵巣由来幹細胞から卵母細胞又は卵子の機能を有する卵子様細胞を作製するための医薬品の製造材料等として好適に用いることができる。本発明の添加剤を、試薬、医薬品の製造材料として用いる場合には、有効成分の分化誘導因子である化合物等の他に、例えば安定化剤や溶剤等の追加の成分が含有されていてもよい。また、本発明の添加剤は、分化誘導因子である化合物自体であってよい。また、本発明の添加剤は、分化誘導因子である化合物を1種又は2種以上含む剤を組み合わせて使用するようにしてもよく、化合物を全て含むようにしてもよい。
【0059】
さらに、本発明の添加剤に、本発明の卵巣由来幹細胞の減数分裂を誘導する方法における、上述の各段階の培養の培地の成分を含ませることもできる。この場合、水等に溶解するだけで、本発明の方法に使用する培地を与えるようにすることもできる。この場合には、添加剤に含まれる各種分化誘導因子である化合物の配合量は、希釈した際、培地における各化合物の最終濃度が上述の本発明の卵巣由来幹細胞の減数分裂を誘導する方法における、上述の各段階の培養の培地における分化誘導因子の濃度と同じになるように調製する。本発明の添加剤は、通常の製剤学的手法、薬学的手法等に従って、製造することができる。
【0060】
(卵母細胞又は卵子の機能を有する卵子様細胞の作製方法)
本発明のさらなる一形態は、(i)卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を、アクチビン及び/又はBMP4存在下で培養する工程;(ii)PKAアゴニスト、RXRアゴニスト、Wntアゴニスト及びAktアゴニスト存在下で培養する工程;及び(iii)RXRアゴニスト、NFκBアゴニスト、Caアゴニスト及びAktアゴニスト存在下で培養する工程、を含む、卵母細胞又は卵子の機能を有する卵子様細胞の作製方法(以下、「本発明の卵母細胞又は卵子様細胞の作製方法」と称する)に関する。
【0061】
本発明の卵母細胞又は卵子様細胞の作製方法に用いられる卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞、(i)~(iii)の各段階の培養における培養条件等については、上述の本発明の減数分裂を誘導する方法における細胞、培養条件等を参照できる。
【0062】
本発明の卵母細胞又は卵子様細胞の作製方法によって、卵巣組織から、卵巣由来幹細胞の分化誘導を促し、減数分裂を段階的に誘導し、卵母細胞及び卵子の機能を有する卵子様細胞へと分化誘導し得る。卵子様細胞の作製は、上述の減数分裂期に特異的に発現する遺伝子の発現等により確認することができる。また、顕微鏡を用いた細胞の形態の観察等により確認することができる。また、本発明の卵母細胞又は卵子様細胞の作製方法によって卵巣由来幹細胞の分化誘導により得られた卵母細胞を、必要に応じて、通常の卵母細胞の成熟培養方法等により、さらに成熟させることもできる。
【0063】
(卵巣由来幹細胞の体細胞分裂誘導方法、添加剤)
本発明のさらなる一形態は、(i)卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞を、アクチビン及び/又はBMP4存在下で培養する工程;及び(ii)PKAアゴニスト、RXRアゴニスト、Wntアゴニスト及びAktアゴニスト存在下で培養する工程、を含む、卵巣由来幹細胞の体細胞分裂を誘導する方法(以下、「本発明の卵巣由来幹細胞の体細胞分裂を誘導する方法」と称する)に関する。
また、本発明のさらなる一形態は、PKAアゴニスト、RXRアゴニスト、Wntアゴニスト及びAktアゴニストを含む、卵巣由来幹細胞の体細胞分裂誘導培養用の添加剤に関する。
【0064】
本発明の卵巣由来幹細胞の体細胞分裂を誘導する方法に用いられる卵巣由来幹細胞及び卵巣体細胞、(i)~(ii)の各段階の培養における培養条件等については、(ii)工程の培養期間を除き、上述の本発明の減数分裂を誘導する方法における細胞、培養条件等を参照できる。
本発明の卵巣由来幹細胞の体細胞分裂を誘導する方法における(ii)工程の培養期間は、上述の本発明の減数分裂を誘導する方法よりも長く設定する。すなわち、(ii)工程の培養により卵巣由来幹細胞において減数分裂期に必須なタンパク質が誘導された状態で、(ii)工程の培養を引き続き行うことで、卵巣由来幹細胞の減数分裂が誘導されず、体細胞分裂が誘導される。
(ii)工程の培養期間は、使用する動物種及び採取した細胞の状態等により変更可能であるが、一般的に1週間~2週間程度である。
【実施例
【0065】
以下に実施例を挙げて本発明の詳細を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0066】
<材料及び方法>
ヒト由来卵巣組織は、治療に使用する摘出卵巣の卵胞を含む皮質を除いた卵巣髄質部分を回収し調製した。
培養細胞のPRDM1、DAZL、SYCP3遺伝子発現の測定は、Real-time PCRによるmRNA発現量測定により行った。また、培養細胞のPRDM1、DAZL、SYCP3タンパク質発現分布の観察は、培養細胞を抗PRDM1抗体、抗DAZL抗体、抗SYCP3抗体、抗DAPI抗体(対比染色用)及び免疫蛍光染色用二次抗体を用いて蛍光染色し、蛍光顕微鏡により観察することにより行った。
【0067】
<実施例1>ヒト卵巣組織の分散
Collagenase (Worthington Biochemical Corporation、(40U/mL)とDNase(0.1mg/mL)をHBSSに溶かした組織溶解液を用いた。卵巣組織は1mm以下のサイズにハサミで裁断し、重量比で組織:組織溶解液が、約1:30となる量を添加し、2時間37℃のインキュベーターで反応させた。
【0068】
2時間でおよそ組織の半分程度が溶解した。この半溶解液を2~3回ピペッティングし、HBSS上清をピペットで吸い取り、40 μmのセルストレーナーのフィルターを介して、50 mLチューブに回収した。残った未溶解の組織には、HBSSをはじめの量と同量加え、ピペッティングを10回程度行い、再度上清を回収した。この作業を3~5回繰り返し、単離した細胞を回収した。
【0069】
回収した細胞を含む懸濁液は、300G、4℃、15分遠心し、遠心後は上清を捨てた。さらに同量のHBSSを添加し、遠心、上清を捨てるを3回繰り返し洗浄した。細胞の洗浄が完了後、一定量の細胞懸濁液を回収し、細胞数をカウントし、PRDM1、DAZL、SYCP3遺伝子発現の測定及び観察を行った。残りは、後述の細胞培養に用いるか、凍結保存する。図2A,Dはセルバンカー1(Nippon zenyaku kogyo CO)を用いて凍結保存した細胞を用いたデータである。凍結保存には2×106個の細胞に対して、1mLのセルバンカー1を用い、-80
℃の冷凍庫で凍結し保存を行った。
【0070】
コラゲナーゼによる卵巣組織分散によって、組織分散3時間後に卵巣構成細胞群中の卵巣由来幹細胞から、生殖細胞特異的な遺伝子であるPRDM1陽性細胞が分化誘導されることを見出した(図2A:real-time PCRによるPRDM1 mRNA発現量をハウスキーピング遺伝子B2Mの発現量を用いてLog相対表記した発現量として測定,D:免疫蛍光染色によるPRDM1染色,右の写真はPRDM1及び対比染色(DAPI)のマージ画像)。
【0071】
<実施例2>減数分裂の誘導
第一段階の培養(DAZL誘導培養)
I)MEM-Aを作製
基礎培養液のMEMαをベースに、4%のKSR (KockOut Serum replacement(登録商標))と、L-Alanyl-L-Glutamine (2000 μM)、2-Mercaptoethanol Solution (100 μM)、Sodium Pyruvate (1000 μM)、MEM non-essential Amino Acids Solution、N-acetyle-L-Cysteine (100 μg/mL)に抗生物質のAntibiotic-Antimycotic Mixed Solution (Penicillin, Streptomycin, Amphotericin B))を加えたものを用いた。分化誘導には、サイトカインのBMP4とActivin Aをそれぞれ50 ng/mL添加した。
【0072】
II)回収した細胞を培養する
実施例1で回収し、細胞を培養に用いた。培養Dishには96Well の非接着タイプを用いた。回収した細胞は1wellに5万個(あるいは回収後に凍結保存した細胞を用いることも可能であり、凍結細胞の場合は7万個)の細胞を均一にまき、MEM-Aを添加 (100 μl/well) して6日間培養を行った。また、培養3日目でMEM-Aを交換した。培養6日後に、PRDM1、DAZL、SYCP3遺伝子発現の測定及び観察を行った。
【0073】
卵巣組織分散により得られたPRDM1陽性細胞群を含む卵巣由来細胞群をBMP4 [50 ng/mL](WAKO)及びActivinA [50 ng/mL](WAKO)を含む培養液(MEM-A)で6日間培養したところ、減数分裂前に発現するDAZL遺伝子の陽性細胞が出現した(図2B:real-time PCRによるDAZL mRNA発現量をハウスキーピング遺伝子B2Mの発現量を用いてLog相対表記した発現量として測定,E:免疫蛍光染色によるDAZL染色,右の写真はDAZL及び対比染色(DAPI)のマージ画像)。
【0074】
第二段階の培養(SYCP3誘導培養)
I)MEM-Bを作製
基礎培養液のMEMαをベースに、4%のKSRと、L-Alanyl-L-Glutamine (2000 μM)、2-Mercaptoethanol Solution (100μM)、Sodium Pyruvate (1000 μM)、MEM non-essential Amino Acids Solution、N-acetyle-L-Cysteine (100 μg/mL)に抗生物質のAntibiotic-Antimycotic Mixed Solutionを加えたものを用いた。分化誘導には、アゴニストのForskolin
(WAKO) (PKA agonist) [5 μM]、5-{4-[(1-methylcyclohexyl)methoxy]benzyl}-1,3-thiazolidine-2,4-dione (Ciglitazone, WAKO) (RXR agonist) [5 μM]、2-Amino-6-chloro-α-cyano-3-(ethoxycarbonyl)-4H-1-benzopyran-4-acetic acid ethyl ester (SC79, Merck) (Akt agonist) [4 μg/mL]、2-Amino-4-[3,4-(methylenedioxy)benzylamino]-6-(3-methoxyphenyl)pyrimidine (Wnt agonist, Santa Cruz Biotechnology) (Wnt agonist)
[10 μM]を添加した。
【0075】
II)回収した細胞を培養する
MEM-Aによって6日間培養された細胞群を用いた。新しいDishにMEM-B(100 μl/well)を添加し、細胞群を6日間培養した。また、培養3日目でMEM-Bを交換した。第二段階の培養6日後(第一段階からの培養12日後)に、PRDM1、DAZL、SYCP3遺伝子発現の測定及び観察を行った。
【0076】
第一段階の培養により得られたDAZL陽性細胞を含む細胞群をCocktail A:Forskolin (PKA agonist) [5 μM]、Ciglitazone (RXR agonist) [5 μM]、SC79 (Akt agonist) [4 μg/mL]、Wnt agonist [10 μM]を添加した培養液(4% KSR)で6日間培養することで、減数分裂期に必須なSYCP3を発現誘導できた。しかし、タンパク質の局在は細胞質にあり、減数分裂過程においてSYCP3が機能するための核移行は認められなかった(図2C:real-time
PCRによるSYCP3 mRNA発現量をハウスキーピング遺伝子B2Mの発現量を用いてLog相対表記した発現量として測定,F:免疫蛍光染色によるSYCP3染色,右の写真はSYCP3及び対比染色(DAPI)のマージ画像)。
【0077】
第三段階の培養(SYCP3核移行培養)
I)MEM-Cを作製
基礎培養液のMEMαをベースに、4%のKSRと、L-Alanyl-L-Glutamine (2000 μM)、2-Mercaptoethanol Solution (100 μM)、Sodium Pyruvate (1000 μM)、MEM non-essential Amino Acids Solution、に抗生物質のAntibiotic-Antimycotic Mixed Solutionを加えたものを用いた。分化誘導には、アゴニストのPMA (WAKO)(Ca agonist) [1 μM]、Ciglitazone (RXR agonist) [10 μM]、SC79 (Akt agonist) [4μg/mL]、2-HG (Cayman Chemical)(NFκB agonist) [20 mM]を添加した。
【0078】
II)回収した細胞を培養する
MEM-Bによって6日間培養された細胞群を用いた。新しいDishにMEM-C (100 μl/well)を添加し、細胞群を6日間培養した。また、培養3日目でMEM-Cを交換した。第三段階の培養6日後(第一段階からの培養18日後)に、PRDM1、DAZL、SYCP3遺伝子発現の測定及び観察を行った。
【0079】
第二段階の培養により得られたSYCP3陽性細胞を含む細胞群をCoktail B:PMA (Ca agonist) [1 μM]、Ciglitazone (RXR agonist) [10 μM]、SC79 (Akt agonist) [4 μg/mL]、2-HG (NFkB agonist) [20 mM]を添加し6日間培養すると、SYCP3が核へ移行して減数分裂の開始が観察された。また、Coktail Aで継続して培養を行うと、SYCP3は核移行をせず、SYCP3陽性細胞は体細胞分裂した。したがって、Cocktail Aは生殖細胞の増殖を促す効果があり、Coktail BはSYCP3の核移行を促し、減数分裂期への移行を誘導する効果があることが明らかになった(図3:免疫蛍光染色によるSYCP3染色, A: SYCP3陽性細胞中のSYCP3核移行を示した細胞の割合、B:SYCP3染色、cacktail BによってSYCP3シグナルが核内に認められる)。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明は、研究用試薬等に適用できる。
図1
図2
図3