(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-09
(45)【発行日】2022-02-18
(54)【発明の名称】電気音響変換器
(51)【国際特許分類】
H04R 9/02 20060101AFI20220210BHJP
【FI】
H04R9/02 102D
(21)【出願番号】P 2017189165
(22)【出願日】2017-09-28
【審査請求日】2020-06-01
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(ACCEL)「濃厚ポリマーブラシのレジリエンシー強化とトライボロジー応用」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005821
【氏名又は名称】パナソニック株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504182255
【氏名又は名称】国立大学法人横浜国立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100109210
【氏名又は名称】新居 広守
(72)【発明者】
【氏名】平岡 英敏
(72)【発明者】
【氏名】辻井 敬亘
(72)【発明者】
【氏名】榊原 圭太
(72)【発明者】
【氏名】中野 健
【審査官】西村 純
(56)【参考文献】
【文献】特開昭54-077127(JP,A)
【文献】特開2003-032791(JP,A)
【文献】国際公開第2015/170724(WO,A1)
【文献】辻井 敬亘,柔らかいナノサイズのブラシで機械の摩擦を低減,超低摩擦で機械製品の革新に挑む,JST news 2017年 6月号,2017年06月
【文献】辻井 敬亘,濃厚ポリマーブラシとトライボロジー,SEN’I GAKKAISH(I 繊維と工業),Vol.64, No.5,2008年
【文献】猿渡欣幸、松岡和義,超親水性コーティング材の開発,2013 年 大阪工研協会 大阪工研協会 技術賞 受賞,2013年
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 1/00-31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動部を有し、前記摺動部に低摩擦材料を備える電気音響変換器であって、
前記低摩擦材料は、液体で膨潤された高分子化合物により成る応力集中緩和構造を備え、
前記応力集中緩和構造は、第一三次元架橋高分子と前記第一三次元架橋高分子よりも柔らかい第二三次元架橋高分子からなる海島構造であり、成分比として前記第二三次元架橋高分子は、前記第一三次元架橋高分子の20倍以上である
電気音響変換器。
【請求項2】
振動により音を発生させる、または、音により振動する振動板と、
前記振動板の振動を1軸方向にガイドするガイド機構とを備え、
前記ガイド機構は、
前記振動板に結合される第一部材と、
前記第一部材との間で前記摺動部を形成し、前記1軸方向に前記第一部材をガイドする第二部材とを備える、
請求項1に記載の電気音響変換器。
【請求項3】
前記振動板に対向する磁気ギャップを有する磁気回路と、
前記振動板と前記磁気回路とを保持する基礎部材と、
一端部が前記磁気ギャップ内に配置され、他端部が前記振動板に結合されるボイスコイル体とを備え、
前記ボイスコイル体を前記第一部材として用い、かつ、前記磁気回路を前記第二部材として用い、
前記低摩擦材料は、前記ボイスコイル体の外周面、前記ボイスコイル体の内周面、前記磁気ギャップの外周面、および、前記磁気ギャップの内周面の少なくとも1つに取り付けられる
請求項
2に記載の電気音響変換器。
【請求項4】
前記振動板に対向する磁気ギャップを有する磁気回路と、
前記振動板と前記磁気回路とを保持する基礎部材と、
一端部が前記磁気ギャップ内に配置され、他端部が前記振動板に結合されるボイスコイル体とを備え、
前記第一部材は、前記振動板またはセンターキャップから前記磁気回路に向かって延在する棒状であり、
前記第二部材としても機能する前記磁気回路は、前記第一部材を1軸方向にガイドする案内部を備え、
前記低摩擦材料は、前記第一部材、および、前記案内部の少なくとも一方に取り付けられる
請求項
2に記載の電気音響変換器。
【請求項5】
前記磁気ギャップのギャップ長は、前記ボイスコイル体の厚さの1倍より長く、3倍以下である
請求項
3に記載の電気音響変換器。
【請求項6】
前記磁気ギャップと前記磁気ギャップに挿入される前記ボイスコイル体の部分とのクリアランスは0.01μm以上80μm未満である
請求項
3に記載の電気音響変換器。
【請求項7】
摺動部に表面処理を施した
請求項1から請求項
6のいずれか一項に記載の電気音響変換器。
【請求項8】
前記表面処理は、シリカコートである
請求項
7に記載の電気音響変換器。
【請求項9】
ボイスコイル体と、基礎部材とをダンパーにて支持した
請求項1から請求項
8のいずれか一項に記載の電気音響変換器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、スピーカなどの電気を音響に変換する装置、および、マイクロフォンなどの音響を電気に変換する装置を含む電気音響変換器に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1には、磁性流体を用いた電気音響変換器の1つであるスピーカが開示されている。磁性流体は、磁気回路が有する磁気ギャップ内に配置されるボイスコイルと、当該磁気回路を構成するプレートとの間に配置されている。このように、従来のスピーカでは、ボイスコイルとプレートとの間に磁性流体を配置することで、できる限りボイスコイルを一軸方向にのみ振動させて高音質化を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
昨今では電気音響変換器の小型化、軽量化、高音質化、良好な音の再現性などの高性能化が望まれているが、従来の磁性流体を用いたスピーカでは、限界があった。
【0005】
そこで、本発明は、高性能な電気音響変換器の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様に係る電気音響変換器は、摺動部を有する電気音響変換器の摺動部に低摩擦材料として液体で膨潤された高分子化合物を備えて構成したものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明に係る電気音響変換器は、摺動部に液体で膨潤された高分子化合物を備えて構成することにより、摺動部を低摩擦で摺動させて良好にガイドさせることができ、摺動部のギャップを小さくさせることで高性能化を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施の形態1に係るスピーカを示す断面図である。
【
図2】濃厚ポリマーブラシを模式的に示す斜視図である。
【
図3】濃厚ポリマーブラシの取り付け箇所のバリエーションの一つを示す断面図である。
【
図4】濃厚ポリマーブラシの取り付け箇所のバリエーションの一つを示す断面図である。
【
図5】濃厚ポリマーブラシの取り付け箇所のバリエーションの一つを示す断面図である。
【
図6】実施の形態2に係るスピーカを示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(本発明の基礎となった知見)
電気信号と音響とを相互に変換する場合、振動板を正確に1軸方向に振動させることが望まれている。一方、振動板を1軸方向に振動させるためには、振動板の直動をガイドする必要が生じる。
【0010】
従来、振動板のガイドとして摺動部に磁性流体が用いられている。本発明者は、磁性流体が用いられているスピーカに関し、以下の問題が生じることを見出した。
【0011】
即ち、磁性流体は液体状であるため、振動板の振動により発生する風圧やボイスコイル体の振動により飛散する可能性がある。特にスピーカの使用環境やボイスコイルで発生するジュール熱などにより磁性流体の温度が上昇すると粘度が低下して飛散の可能性が高まる。飛散を回避するために磁性流体の粘度を上げると、ボイスコイル体との摩擦が大きくなり、出力音圧が低下することを見出した。
【0012】
また、磁気回路の製造時や経時変化により発生した隙間に毛細管現象によって磁性流体が引き込まれることで、磁性流体が減少したり、外部に漏れ出したりすることも見出した。
【0013】
本発明は、上記知見に基づきなされたものである。つまり、本開示の一態様に係る電気音響変換器は、摺動部を有する電気音響変換器の摺動部に液体で膨潤された高分子化合物を備えて構成したものである。特に高分子化合物は、応力集中緩和構造を備えることが望ましい。具体的に応力集中緩和構造とは、例えば直鎖状の高分子化合物がブラシ状に並んだ構造、柔らかさの異なる複数種類の高分子が形成する海島構造などである。詳細には、電気信号と音とを相互に変換する電気音響変換器であって、振動により音を発生させる、または、音により振動する振動板と、前記振動板の振動を1軸方向にガイドするガイド機構とを備え、前記ガイド機構は、前記振動板に結合される第一部材と、前記第一部材との間で前記摺動部を形成し、前記1軸方向に前記第一部材をガイドする第二部材とを備える。
【0014】
これによれば、第二部材に対して第一部材が低摩擦で摺動し、振動板の1軸方向の振動を低摩擦でガイドすることができる。従って、振動板の横揺れなどを抑制して原音に忠実な電気信号に変換し、また、原音に忠実な音を再生することが可能となる。
【0015】
なお、「摺動」とは、異なる二つの部材がすりあわさって動くことを意味するが、本明細書、および、特許請求の範囲において「摺動」には、異なる二つの部材が直接的ばかりでなく間接的にすりあわさって動くことも含むものとしている。間接的にすりあわさるとは、例えば、二つの部材の間に、低摩擦材料などの別部材が介在した状態で一方の部材が他方の部材に沿って動くことを意味している。また、「摺動部」とは、異なる二つの部材がすりあわさって動く部分を意味するが、本明細書、および、特許請求の範囲において「摺動部」には、異なる二つの部材が非接触状態であるが、二つの部材の相対的な動作によりすりあわさって動く場合がある部分も含むものとしている。
【0016】
また、振動板の横揺れなどが抑制されると同様にボイスコイル体の横揺れも抑制されるため、ギャップ長の短い磁気ギャップを備える磁気回路を用いることが可能となる。従って磁束の漏れを抑制して磁気効率の良い磁気回路とすることができ、出力音圧を向上させることが可能となる。これに伴い、振動板を小さくすることができ電気音響変換器の小型化を図ることが可能となる。また、磁束の漏れが抑制されるため、磁気ギャップに必要な磁束密度を得るための磁石やヨークを小さくすることができ、この場合にも電気音響変換器の小型化や軽量化を図ることが可能となる。
【0017】
また、前記ボイスコイル体を前記第一部材として用い、かつ、前記磁気回路を前記第二部材として用い、前記低摩擦材料は、前記ボイスコイル体の外周面、前記ボイスコイル体の内周面、前記磁気ギャップの外周面、および、前記磁気ギャップの内周面の少なくとも1つに取り付けられれば効果を奏する。
【0018】
これにより、磁気ギャップを有する磁気回路とボイスコイル体とがガイド機構を構成し、磁気ギャップがボイスコイルの往復動を、低摩擦材料を介してガイドするため、磁気ギャップのギャップ長をボイスコイル体の厚さ程度に設定することが可能となる。従って、前述のギャップ長を短くする効果をより顕著に発揮できる。
【0019】
前記第一部材は、前記振動板、または、振動板に接続されるセンターキャップから前記磁気回路に向かって延在する円柱などの棒状であり、前記第二部材としても機能する前記磁気回路は、前記第一部材を1軸方向にガイドする案内部を備え、前記低摩擦材料は、前記第一部材、および、前記案内部の少なくとも一方に取り付けられてもよい。
【0020】
これによれば、振動板を一軸方向にガイドする第一部材をボイスコイル体とは別に独立して設けるため、第一部材の形状、材質などを任意に設定でき電気音響変換器の設計の自由度を向上させることが可能となる。また、使用する低摩擦材料の量を抑制することが可能となる。
【0021】
また、前記磁気ギャップのギャップ長は、前記ボイスコイル体の厚さの3倍以下であってもよい。
【0022】
また、本開示の一態様に係るイヤフォンは、マイクロスピーカとして上記電気音響変換器を備える。
【0023】
上記態様によると、本開示の一態様による電気音響変換器と同様の効果が得られる。
【0024】
次に、本願発明に係る電気音響変換器の実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、以下の実施の形態は、本願発明に係る電気音響変換器の一例を示したものに過ぎない。従って本願発明は、以下の実施の形態を参考に請求の範囲の文言によって範囲が画定されるものであり、以下の実施の形態のみに限定されるものではない。よって、以下の実施の形態における構成要素のうち、本発明の最上位概念を示す独立請求項に記載されていない構成要素については、本発明の課題を達成するのに必ずしも必要ではないが、より好ましい形態を構成するものとして説明される。
【0025】
また、図面は、本願発明を示すために適宜強調や省略、比率の調整を行った模式的な図となっており、実際の形状や位置関係、比率とは異なる場合がある。
【0026】
(実施の形態1)
図1は、実施の形態1に係るスピーカを示す断面図である。
【0027】
同図に示すように電気音響変換器100は、電気信号を音に変換するスピーカであって、振動板110と、磁気回路120と、基礎部材130と、ボイスコイル体140と、低摩擦材料として濃厚ポリマーブラシ150とを備えている。また本実施の形態の場合、振動板110の中央部分にセンターキャップ160が備えられている。なお、電気音響変換器100において、電気音響変換器100から音が放出される方向を前方とし、その反対方向を後方とする。
【0028】
振動板110は、ボイスコイル体140が結合される部材であり、ボイスコイル体140の振動に基づいて中立位置を基準に前後方向(図中Z軸方向)に変位することにより空気を振動させて音を発生させる部材である。本実施の形態の場合、振動板110の形状は、前側(図中Z軸正側)から後側に向かって徐々に径が小さくなるいわゆるコーン型である。振動板110の外周部は、振動板110の形状よりも柔軟性、および、復元性を有するエッジ111を介して基礎部材130の端縁部に結合されている。
【0029】
なお、振動板110の形状などは、特に限定されるものでは無く、円錐形、楕円錐形、角錐形を例示することができ、また、円板、楕円板、平板など平らな形状でもかまわない。
【0030】
振動板110を構成する材料は、特に限定されるものではないが、例えば、紙、樹脂などを挙示することができる。
【0031】
また本実施の形態の場合、振動板110には、ダンパーが取り付けられていない。これは、後述の濃厚ポリマーブラシ150の効果により、ボイスコイル体140が前後方向(図中Z軸方向)に直動することによりダンパーが不要となるからである。また、ダンパーレスとすることにより、スピーカである電気音響変換器100の最低共振周波数を低下させることができ、音質の向上を図ることが可能となる。さらに、ダンパーレスとすることにより、部品点数の削減と組立工数の削減を図ることができ、低コスト化を実現させることができる。
【0032】
また、当実施の形態はダンパーレスとしているが、必要に応じてダンパーを追加しても良い。ダンパーはボイスコイル体140と基礎部材130とを支持することで、ボイスコイル体140の中心保持力をより強化させることができる。よって、高耐入力タイプの電気音響変換器100や振幅ストロークの大きい電気音響変換器100に適用した場合に、より信頼性の高い振動を実現させることができる。
【0033】
磁気回路120は、ボイスコイル体140により電気信号に基づいて変化する磁束に作用する定常的な磁束を発生させる部品である。磁気回路120は、振動板110の後方に位置するように基礎部材130に固定され、振動板110に対向する環状の磁気ギャップ121を備えている。磁気ギャップ121は、ボイスコイル体140に発生する磁束と交差する方向に定常的な磁束を発生させる空隙である。本実施の形態の場合、磁気ギャップ121のギャップ長は、磁気ギャップ121に挿入されるボイスコイル体140の部分の厚さの1倍より長く、3倍以下である。また、磁気ギャップと磁気ギャップに挿入されるボイスコイル体の部分とのクリアランスは0.01μm以上200μm未満である。
【0034】
本実施の形態の場合、磁気回路120は、外磁型であり、前後方向に着磁された円筒状のマグネット122と、マグネット122の振動板110側の面に配置される円環状のトッププレート123と、マグネット122に対しトッププレート123と反対側に配置される円板状のベースプレート124と、ベースプレート124の中央部からトッププレート123の貫通孔に挿入され、トッププレート123との間で磁気ギャップ121を形成するセンターポール125を備えている。また、ベースプレート124とセンターポール125とは一体に形成されている。
【0035】
トッププレート123、ベースプレート124、センターポール125とは、磁性体材料によって構成されている。マグネット122は、高い磁気エネルギーを有する例えばネオジム系マグネットなどを使用するのが好ましい。これにより、マグネット122の厚みを薄くでき、電気音響変換器100全体の厚みを薄くすることができる。さらに、軽量化も実現させることができる。
【0036】
なお、電気音響変換器100が備える磁気回路120の形式は特に限定されるものでは無く、内磁型の磁気回路120を採用してもかまわない。
【0037】
マグネット122は、円形板状で中央にセンターポール125が挿通される貫通孔が形成されている永久磁石である。マグネット122は、厚み方向(前後方向)の一端がN極であり、他端がS極である。マグネット122の一方の極側の面には、トッププレート123が固定されており、他方極側の面には、ベースプレート124が固定されている。トッププレート123、マグネット122、ベースプレート124の固定方法は特に限定されるものでは無いが、本実施の形態の場合、接着剤により固定されている。なお、ネジ、リベットなどの締結部材を用いて固定されていてもよい。
【0038】
基礎部材130は、電気音響変換器100の構造的基礎となる部材であり、磁気回路120、および、振動板110を所定の位置に配置されるように保持している。基礎部材130は、例えば、金属、樹脂などにより構成される。
【0039】
ボイスコイル体140は、後側端部が磁気回路120の磁気ギャップ121内に配置され、前側端部が振動板110に結合される部品であり、入力される電気信号に基づき磁束を発生させ、磁気回路120との相互作用により前後方向に振動する部品である。
【0040】
ボイスコイル体140の巻き軸(中心軸)は、振動板110の振動(振幅)の方向(図中Z軸方向)に配置され、磁気ギャップ121内の磁束の方向と直交している。
【0041】
本実施の形態の場合、ボイスコイル体140は、金属性の線材が複数回環状(円筒形状)に巻回されることにより構成されるコイルとコイルが巻き付けられるボビンとを備えている。ボビンはアルミニウムや樹脂等の材料から構成される筒状の部材であり、前側端部が振動板110に結合され後側端部は磁気ギャップ121内に配置されている。なお、電気音響変換器100が備えるボイスコイル体140は、上記に限定されるものでは無く、例えば、マイクロスピーカに使用されるようなボビンを備えないボイスコイル体140を用いてもかまわない。
【0042】
図2は、濃厚ポリマーブラシを模式的に示す斜視図である。
【0043】
濃厚ポリマーブラシ(Concentrated Polymer Brushes:CPB)は、複数の高分子鎖151が基体152の表面に化学的または物理的に固定化され、液体153により膨潤した部材である。濃厚ポリマーブラシ150は、高分子鎖151が互いに接触する状態で基体152の表面に固定化されたものであり、具体的には高分子鎖151の表面占有率が10%以上である。濃厚ポリマーブラシ150は、液体153により膨潤した状態では、個々の高分子鎖151が基体152の表面から垂直方向に伸張された構造となる。
【0044】
表面占有率が10%に満たないポリマーブラシは、分子鎖が折れ曲がっており、理想的なブラシ構造と成らず、液体で膨潤しても低摩擦性が劣る。
【0045】
高分子鎖151は、リビングラジカル重合法などの精密重合法により、モノマーを直鎖状の高分子となるように合成したものであり、モノマーの種類や組み合わせなどは要求される性能などに応じて適宜選択される。高分子鎖151としてはメタクリル酸エステル重合体を例示でき、具体的な一例としては、ポリメタクリル酸メチルを挙示することができる。高分子鎖151の長さも特に限定されるものでは無いが、具体的な一例としては、1μm程度の長さである。また、濃厚ポリマーブラシ150としての高分子鎖151の間隔の一例は、4nmである。
【0046】
高分子鎖151の間に浸潤する液体153は、特に限定されるものでは無いが、常温で1mPa・s以上、2000mPa・s以下の範囲の高流動を示す液体が好ましい。これにより、高分子鎖151の表面に存在する液体による滑りで、低摩擦性を実現するとともに、三次元架橋していない高分子鎖151の柔軟性により、応力集中が起きず、靭性が高いことから低い摩擦特性が得られると考えられる。また、ブラシ状に並んだ高分子鎖151の液体保持性から、低摩擦性能を持続させることができると考えられる。また、液体153の融点は-40℃以下が望ましい。これは、電気音響変換器100の使用環境を考慮したものである。また、沸点は180℃以上が望ましい。これは、電気音響変換器100、特にスピーカの場合、ボイスコイル体140に発生するジュール熱などを考慮したものである。
【0047】
このような特性を備えた液体153としては、例えばイオン液体を例示することができる。このイオン液体は、無機塩を構成する無機イオンを、無機イオンよりも大きいある種の有機イオンに置換し、常温でも液体として維持される物質であり、不揮発性、不凍性、高い沸点などの性質を有している。このイオン液体により高分子鎖151を膨潤させることで、環境安定性の高い濃厚ポリマーブラシ150を形成することができる。また、ボイスコイル体140から発生するジュール熱によりイオン液体が加熱されたとしても沸騰することなく安定する。
【0048】
本実施の形態の場合、濃厚ポリマーブラシ150は、センターポール125の振動板110側端部の外周表面に設けられている。濃厚ポリマーブラシ150の基体152は、センターポール125となっており、高分子鎖151の一端がセンターポール125の外周の表面に固定化され、高分子鎖151は、ボイスコイル体140に向かって延在している。また、ボイスコイル体140は、濃厚ポリマーブラシ150を介してセンターポール125と接触した状態となっている。つまり、振動板110に結合されるボイスコイル体140が第一部材として機能し、センターポール125が基礎部材130に保持される第二部材として機能し、ボイスコイル体140とセンターポール125との間の摺動部に配置される濃厚ポリマーブラシ150により、振動板110の振動を前後方向(図中Z軸方向)の1軸方向にガイドするガイド機構を形成している。
【0049】
次に、上記実施の形態の電気音響変換器100についてその動作を説明する。ボイスコイル体140に電気信号が入力されると、ボイスコイル体140に電気信号に対応した磁束が発生し、磁気ギャップ121に定常的に存在している磁束との相互作用によりボイスコイル体140が、前後方向に振動する。
【0050】
ここで、ボイスコイル体140は、濃厚ポリマーブラシ150を介してセンターポール125に接触しているため第一部材として機能し、センターポール125の延在方向である前後方向にのみ振動する。また、ボイスコイル体140に結合される振動板110もよれや横揺れが抑制された状態で前後方向に振動する。また、ボイスコイル体140と濃厚ポリマーブラシ150とが摺動するが、濃厚ポリマーブラシ150は低摩擦であり、摩擦力がボイスコイル体140の振動にほとんど影響を及ぼさない。従って、ボイスコイル体140のコイルに入力される電気信号に正確に対応した振動を振動板110に伝えることができ、原音に忠実な音を発生させることが可能となる。
【0051】
また、センターポール125に従ってボイスコイル体140が1軸方向にのみ振動するため、磁気回路120の磁気ギャップ121のギャップ長を、非常に短くすることができる。従って、磁気ギャップ121に発生する磁束の漏れを抑制して、磁束密度を高めることができるため、高い音圧を発生させる電気音響変換器100とすることができる。
【0052】
また、振動板110の小型化、マグネット122の小型化などをした場合でも所望の音圧を発生させる電気音響変換器100を提供することができ、電気音響変換器100の小型化を図ることが可能となる。
【0053】
なお、濃厚ポリマーブラシ150を設ける箇所は、ボイスコイル体140とセンターポール125とが摺動する箇所、および、ボイスコイル体140とトッププレート123とが摺動する箇所の少なくとも一方であればよい。即ち、ボイスコイル体140と磁気回路120とが摺動する箇所に濃厚ポリマーブラシ150を設ければ良い。具体的に例えば、
図3に示すように、濃厚ポリマーブラシ150は、ボイスコイル体140の外周面に設けられても良く、
図4に示すように、ボイスコイル体140の内周面、および、磁気ギャップ121の内周面であるセンターポール125の外周面にそれぞれ濃厚ポリマーブラシ150を設けてもかまわない。また
図5に示すように、磁気ギャップ121の外周面である、トッププレート123の内周面、および、ボイスコイル体140の外周面のそれぞれに濃厚ポリマーブラシ150を設けてもかまわない。
【0054】
また、摺動部であるセンターポール125やボイスコイル体140などの高分子化合物を設ける部分に表面処理を施してもかまわない。これにより、濃厚ポリマーブラシ150等の高分子化合物をセンターポール125やボイスコイル体140などの表面により強固に固着させることができ、摺動部の寿命を向上させることが可能となる。
【0055】
センターポール125やボイスコイル体140などの高分子化合物を設ける部分に行う表面処理としては、高分子を重合する際の開始基の固定に作用するSi-OR構造と反応して共有結合させることができる表面にすることが望ましい。具体的に例えば、摺動部の表面にSi-OH構造が並んで配置されるように表面処理を行う。
【0056】
スピーカのセンターポール125等の摺動部となる基材表面は、亜鉛メッキ3価クロメート被膜にて処理されている。しかし、この表面状態では高分子化合物(ポリマーブラシ)の結合を担う、Si-OH構造との反応性は低い。よって、理論上最も反応性の高いSi-OH構造を持つシリカコートを施すことが望ましい。シリカコートとは、二酸化ケイ素(シリカ)などのガラス粒子で表面をコーティングする処理である。
【0057】
(実施の形態2)
続いて、電気音響変換器100の他の実施の形態について説明する。なお、前記実施の形態1と同様の作用や機能、同様の形状や機構や構造を有するもの(部分)には同じ符号を付して説明を省略する場合がある。また、以下では実施の形態1と異なる点を中心に説明し、同じ内容については説明を省略する場合がある。
【0058】
実施の形態2の場合、電気音響変換器100は、センターキャップ160に一端部が結合され磁気回路120に向かって延在する丸棒状の第一部材161をボイスコイル体140とは別に備えている。第一部材161は、センターキャップ160を介して振動板110に接続されている。また、第二部材としても機能する磁気回路120のセンターポール125には、第一部材161を1軸方向にガイドする貫通孔状の案内部162を備えている。
【0059】
また本実施の形態の場合、濃厚ポリマーブラシ150は、第一部材161、および、案内部162の両方に対向状態で設けられている。
【0060】
実施の形態2の場合、ガイド機構の一つとして機能する第一部材161の材料や表面性状の選定の自由度が高いため、濃厚ポリマーブラシ150の固定や濃厚ポリマーブラシ150との摺動に適した材料や表面性状を任意に選択できる。
【0061】
実施の形態2も実施の形態1と同様に、第一部材161は、2層の濃厚ポリマーブラシ150を介して案内部162の内周面に接触しているため、案内部162の延在方向である前後方向にのみ案内される。従って、第一部材161に結合されている振動板110も前後方向の振動にのみ規制される。ボイスコイル体140の振動により振動する振動板110は、よれや横揺れが抑制された状態で前後方向に振動し、原音に忠実な音を発生させることが可能となる。
【0062】
また、振動板110を介してボイスコイル体140も案内部162の延在方向である1軸方向にのみ振動が規制されるため、磁気回路120の磁気ギャップ121のギャップ長を、非常に短くすることができる。従って、磁気ギャップ121に発生する磁束密度を高めることができるため、高い音圧を発生させる電気音響変換器100とすることができる。
【0063】
なお、濃厚ポリマーブラシ150を設ける箇所は、第一部材161、および、案内部162のいずれか一方でもかまわない。
【0064】
なお、本開示は、上記実施の形態に限定されるものではない。例えば、本明細書において記載した構成要素を任意に組み合わせて、また、構成要素のいくつかを除外して実現される別の実施の形態を本開示の実施の形態としてもよい。また、上記実施の形態に対して本開示の主旨、すなわち、請求の範囲に記載される文言が示す意味を逸脱しない範囲で当業者が思いつく各種変形を施して得られる変形例も本開示に含まれる。
【0065】
例えば、前記実施の形態では、電気信号を音に変換する電気音響変換器100を例示したが、電気音響変換器100は、音を電気信号に変換するマイクロフォンやセンサであってもかまわない。
【0066】
また、1本の第一部材161をセンターキャップ160の中央に結合させる場合を例示したが、センターキャップ160のない場合などは振動板110に第一部材161を直接結合させてもかまわない。また、振動板110、まはは、センターキャップ160に複数の第一部材161を結合させてもかまわない。
【0067】
また、振動板110や磁気回路120、ボイスコイル体140の形状を平面視円形のものとして説明したが、これに限らず、平面視が楕円形状や、矩形状のものであってもかまわない。
【0068】
また、磁気回路120は、外磁型や内磁型の磁気回路120に限られず、内磁型と外磁型とを組み合わせた構造でもよい。
【0069】
また、磁気回路120に用いられるマグネットは、サマリウム鉄系マグネット、フェライト系マグネット、ネオジムマグネットなど任意のマグネットを採用することができる。
【0070】
さらに、電気音響変換器としては、自動車用途やAV用途等に広く使用されるコーン型のスピーカを中心に説明したが、スマートフォンや携帯電話、パーソナルコンピュータ、ヘッドフォン、イヤフォン等に使用される小型のマイクロスピーカやレシーバ等に適用することもでき、同様の効果を発揮させることができる。
【0071】
尚、以上説明した低摩擦材料の高分子化合物として、濃厚ポリマーブラシ150ではなく、ポリマーブラシであっても良い。ポリマーブラシであっても効果は低減する可能性はあるものの、機能的には実現可能である。また、高分子化合物の応力集中緩和構造としては、三次元架橋していないポリマーブラシのほか、第一三次元架橋高分子と前記第一三次元架橋高分子よりも柔らかい第二三次元架橋高分子からなる海島構造であり、成分比として前記第二三次元架橋高分子は、前記第一三次元架橋高分子の20倍以上の部材を採用してもかまわない。この海島構造の高分子化合物に液体153を膨潤させることにより、全体として柔らかいゲル状となり、比較的柔らかい高分子化合物により応力の集中を緩和して靭性を発現し、液体153により高い摺動特性を発現し、比較的硬い高分子化合物により、耐熱性や形状保持性を発現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明は、高音圧のスピーカ、小型スピーカ、軽量スピーカ、高性能マイク、高性能なセンサなどとして有用である。
【符号の説明】
【0073】
100 電気音響変換器
110 振動板
111 エッジ
120 磁気回路
121 磁気ギャップ
122 マグネット
123 トッププレート
124 ベースプレート
125 センターポール
130 基礎部材
140 ボイスコイル体
150 濃厚ポリマーブラシ
151 高分子鎖
152 基体
153 液体
161 第一部材
162 案内部