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特許7023228幹細胞の製造に用いられるフィブロネクチンフラグメント
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-10
(45)【発行日】2022-02-21
(54)【発明の名称】幹細胞の製造に用いられるフィブロネクチンフラグメント
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/12 20060101AFI20220214BHJP
   C12N 5/0797 20100101ALI20220214BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220214BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20220214BHJP
   C07K 14/78 20060101ALI20220214BHJP
   C07K 17/00 20060101ALI20220214BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20220214BHJP
【FI】
C12N15/12 ZNA
C12N5/0797
C12N5/10
C12N5/0735
C07K14/78
C07K17/00
C12M3/00 A
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2018530429
(86)(22)【出願日】2017-07-28
(86)【国際出願番号】 JP2017027485
(87)【国際公開番号】W WO2018021543
(87)【国際公開日】2018-02-01
【審査請求日】2020-02-05
(31)【優先権主張番号】P 2016149495
(32)【優先日】2016-07-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】302019245
【氏名又は名称】タカラバイオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100170520
【弁理士】
【氏名又は名称】笹倉 真奈美
(72)【発明者】
【氏名】尾辻 智美
(72)【発明者】
【氏名】西江 敏和
(72)【発明者】
【氏名】加藤 梨沙
(72)【発明者】
【氏名】岡本 幸子
(72)【発明者】
【氏名】榎 竜嗣
(72)【発明者】
【氏名】峰野 純一
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-311498(JP,A)
【文献】J R Soc Interface (2013), Vol.10, 20130139, pp.1-12
【文献】Journal of Visualized Experiments (2007) Vol.7, 263, pp.1-2
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
C07K 14/00
C12N 15/00
C12N 11/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
幹細胞を、
(a)ヒトフィブロネクチンのIII-1~3リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-1~3リピートのアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドであって、ヒトフィブロネクチンのIII-1~3リピートを含む組換えポリペプチドと機能的に同等であるか、あるいは幹細胞を増殖させる機能又は幹細胞の未分化状態を維持する機能保持する組換えポリペプチド、
(b)ヒトフィブロネクチンのIII-8~10リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-8~10リピートのアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドであって、ヒトフィブロネクチンのIII-8~10リピートを含む組換えポリペプチドと機能的に同等であるか、あるいは幹細胞を増殖させる機能又は幹細胞の未分化状態を維持する機能保持する組換えポリペプチド、及び
(c)ヒトフィブロネクチンのIII-12~14リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-12~14リピートのアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドであって、ヒトフィブロネクチンのIII-12~14リピートを含む組換えポリペプチドと機能的に同等であるか、あるいは幹細胞を増殖させる機能又は幹細胞の未分化状態を維持する機能保持する組換えポリペプチド、
を同一分子内に含む、分子量100kDa以下の組換えポリペプチドの存在下で培養する工程を包含する、幹細胞の製造方法
【請求項2】
組換えポリペプチドが、配列番号19に記載のアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドであるか、あるいは配列番号19に記載のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドである、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
組換えポリペプチドの存在下で幹細胞を培養する工程が、組換えポリペプチドがコートされた固相と幹細胞とが接触した状態で実施される、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
固相が、細胞培養用器材又は細胞培養用担体である、請求項に記載の製造方法。
【請求項5】
固相が、ディッシュ、プレート、フラスコ、バッグ、ビーズ、メンブレン又はスライドガラスである、請求項に記載の製造方法。
【請求項6】
幹細胞が、ヒト由来の多能性幹細胞又は神経幹細胞である、請求項1~のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
多能性幹細胞が、人工多能性幹細胞である、請求項に記載の製造方法。
【請求項8】
(a)ヒトフィブロネクチンのIII-1~3リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-1~3リピートのアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドであって、ヒトフィブロネクチンのIII-1~3リピートを含む組換えポリペプチドと機能的に同等であるか、あるいは幹細胞を増殖させる機能又は幹細胞の未分化状態を維持する機能保持する組換えポリペプチド、
(b)ヒトフィブロネクチンのIII-8~10リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-8~10リピートのアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドであって、ヒトフィブロネクチンのIII-8~10リピートを含む組換えポリペプチドと機能的に同等であるか、あるいは幹細胞を増殖させる機能又は幹細胞の未分化状態を維持する機能保持する組換えポリペプチド、及び
(c)ヒトフィブロネクチンのIII-12~14リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-12~14リピートのアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドであって、ヒトフィブロネクチンのIII-12~14リピートを含む組換えポリペプチドと機能的に同等であるか、あるいは幹細胞を増殖させる機能又は幹細胞の未分化状態を維持する機能保持する組換えポリペプチド、
を同一分子内に含む組換えポリペプチドであって、分子量100kDa以下である、組換えポリペプチド。
【請求項9】
配列番号19に記載のアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドであるか、あるいは配列番号19に記載のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドである、請求項に記載の組換えポリペプチド。
【請求項10】
請求項又はに記載の組換えポリペプチドがコートされた固相。
【請求項11】
組換えポリペプチドがコートされた細胞培養用器材又は細胞培養用担体である、請求項10に記載の固相。
【請求項12】
組換えポリペプチドがコートされたディッシュ、プレート、フラスコ、バッグ、ビーズ、メンブレン又はスライドガラスである、請求項10に記載の固相。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の細胞への分化能力を保持した幹細胞の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
幹細胞は、分裂して自分と同じ細胞を作る能力(自己複製能)と、別の種類の細胞に分化する能力を持ち、際限なく増殖できる細胞と定義されている。幹細胞から生じた二つの娘細胞のうち、少なくとも一方が同じ幹細胞でありつづけることによって分化細胞を供給することができる。
【0003】
現在、幹細胞の作製方法に関して、盛んに研究が進められている。例えば、幹細胞の培養用基材として、マウス由来のフィーダー細胞、マトリゲル、ラミニンやフィブロネクチンなどの細胞外基質(Extracellular Matrix)、などが利用できる。
【0004】
フィブロネクチンやフィブロネクチンフラグメントを利用した、幹細胞の作製方法の研究として、例えば、非特許文献1が挙げられる。非特許文献1には、120kDaのフィブロネクチンフラグメント(以下、120k-frとする)上でヒト胚性幹細胞(embryonic stem cell:ES細胞)を培養することにより、多分化能を維持したままで、ヒトES細胞を増殖させる方法が開示されている。しかし、120k-fr上での細胞の増殖速度は、全長(full-length)フィブロネクチン上での増殖速度に比べると遅かった。また、幹細胞が再生医療において使用されるには、品質及び安全性が確保される必要があるが、全長フィブロネクチンや市販の120k-frは天然のフィブロネクチン由来のため、起源生物が保有していたウイルス等が持ち込まれる危険性が高い。
【0005】
このように、フィブロネクチンやフィブロネクチンフラグメントを利用し、短期間で充分な量の幹細胞を製造する技術は未だ確立していない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】ジャーナル オブ ザ ロイヤル ソサエティー インターフェース(Journal of The Royal Society Interface)、第10巻、第83号、20130139(2013年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、従来の幹細胞の製造方法が有していた問題を解決しようとするものであり、フィブロネクチンフラグメントを用いて、短期間に大量の幹細胞を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意研究した結果、幹細胞を新規の組換えフィブロネクチンフラグメントの存在下で培養することにより、幹細胞が効率的に増殖することを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、
[1] 幹細胞を、
(a)ヒトフィブロネクチンのIII-1~7から成る群より選択されるリピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-1~7から成る群より選択されるリピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチド、
(b)ヒトフィブロネクチンのIII-8~10リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-8~10リピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチド、及び
(c)ヒトフィブロネクチンのIII-12~14リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-12~14リピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチド、
の存在下で培養する工程を包含する、幹細胞の製造方法、
[2] 幹細胞を、(a)、(b)及び(c)の組換えポリペプチドを同一分子内に含む組換えポリペプチドの存在下で培養する工程を包含する、[1]に記載の製造方法、
[3] (a)の組換えポリペプチドが、ヒトフィブロネクチンのIII-1~3リピート又はIII-4~6リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-1~3リピート又はIII-4~6リピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドである、[1]又は[2]に記載の製造方法、
[4] 組換えポリペプチドが、配列番号19又は20に記載のアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドであるか、あるいは配列番号19又は20に記載のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドである、[3]に記載の製造方法、
[5] 組換えポリペプチドの存在下で幹細胞を培養する工程が、組換えポリペプチドがコートされた固相と幹細胞とが接触した状態で実施される、[1]~[4]のいずれかに記載の製造方法、
[6] 固相が、細胞培養用器材又は細胞培養用担体である、[5]に記載の製造方法、
[7] 固相が、ディッシュ、プレート、フラスコ、バッグ、ビーズ、メンブレン又はスライドガラスである、[5]に記載の製造方法、
[8] 幹細胞が、ヒト由来の多能性幹細胞又は神経幹細胞である、[1]~[7]のいずれかに記載の製造方法、
[9] 幹細胞が、人工多能性幹細胞である、[8]に記載の製造方法、
[10] (a)ヒトフィブロネクチンのIII-1~7から成る群より選択されるリピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-1~7から成る群より選択されるリピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチド、
(b)ヒトフィブロネクチンのIII-8~10リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-8~10リピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチド、及び
(c)ヒトフィブロネクチンのIII-12~14リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-12~14リピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチド、
を同一分子内に含む組換えポリペプチド、
[11] (a)の組換えポリペプチドが、ヒトフィブロネクチンのIII-1~3リピート又はIII-4~6リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-1~3リピート又はIII-4~6リピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドである、[10]に記載のポリペプチド、
[12] 配列番号19又は20に記載のアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドであるか、あるいは配列番号19又は20に記載のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドでる、[10]に記載の組換えポリペプチド、
[13] [10]~[12]のいずれかに記載の組換えポリペプチドがコートされた固相、
[14] 組換えポリペプチドがコートされた細胞培養用器材又は細胞培養用担体である、[13]に記載の固相、
[15] 組換えポリペプチドがコートされたディッシュ、プレート、フラスコ、バッグ、ビーズ、メンブレン又はスライドガラスである、[13]に記載の固相、
に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、幹細胞の製造方法が提供される。本発明の方法によれば、幹細胞を効率よく増殖させること、幹細胞の未分化状態を維持すること、及び幹細胞を効率よく誘導することができる。当該方法は細胞増殖率が高く、本発明により得られる幹細胞は所望の細胞への分化能を有していることから、例えば、再生医療に好適に使用される。従って、本発明の方法は、医療分野への多大な貢献が期待される。また、本発明により、新規の組換えフィブロネクチンフラグメントが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】フィブロネクチンのドメイン構造を示す模式図である。
図2】実施例5における、細胞増殖を示す図である。
図3】実施例6における、細胞増殖を示す図である。
図4】実施例7における、細胞増殖を示す図である。
図5】実施例8における、細胞増殖を示す図である。
図6】フィブロネクチンフラグメントのドメイン構造を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明について詳細に説明する。
<フィブロネクチン>
ヒト由来や哺乳動物由来のフィブロネクチンがよく研究されており、以下は、主にヒト由来血漿フィブロネクチンについての知見である。
【0013】
フィブロネクチンは血液中、細胞表面、細胞外マトリックスなどに存在する分子量約250kDa(単量体)の巨大な糖タンパク質で、細胞接着などの多彩な機能を持つことが知られている。フィブロネクチンはドメイン構造から成り(以下、図1参照)、またそのアミノ酸配列中には3種類の類似の配列が含まれている。3種類の類似の配列は、それぞれI型リピート、II型リピート、III型リピートと呼ばれ、このうち、III型リピートは87~96個のアミノ酸残基で構成されており、各リピート間でのアミノ酸配列の相同性(homology)は17~40%である。フィブロネクチン中には15個のIII型リピートが存在するが、そのうち、1番目、2番目、3番目(以下、それぞれIII-1、III-2、III-3と称する)は自己会合ドメインに、4番目、5番目、6番目(以下、それぞれIII-4、III-5、III-6と称する)はDNA結合ドメインに、8番目、9番目、10番目(以下、それぞれIII-8、III-9、III-10と称する)は細胞結合ドメインに、また12番目、13番目、14番目(以下、それぞれIII-12、III-13、III-14と称する)はヘパリン結合ドメインに含有されている。III-10にはインテグリンαβ(VLA-5ともいう)に対して結合活性を有する領域が含まれており、このコア配列はRGDである。また、フィブロネクチンのC末端側寄りの部位にはIIICSと呼ばれる領域が存在する。IIICSにはCS-1と呼ばれる25アミノ酸からなる配列が含まれており、当該配列はインテグリンαβ(VLA-4ともいう)に対して結合活性を示す。
【0014】
ヒトフィブロネクチンのIII-1~14及びCS-1のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号1~14及び15として、本明細書の配列表に示す。
【0015】
1.本発明の幹細胞の製造方法
本発明の幹細胞の製造方法は、幹細胞を組換えフィブロネクチンフラグメントであるポリペプチドの存在下で培養する工程を包含することを特徴とする。
【0016】
本発明に使用される幹細胞は、分裂して自分と同じ細胞を作る能力(自己複製能)と、別の種類の細胞に分化する能力を持つ細胞であれば限定されない。幹細胞は分化能力の違いによって、以下のように分類されるが、本発明に使用される幹細胞はいずれでもよい。
【0017】
(1)分化全能性幹細胞(totipotent stem cell):胎盤などの生体外組織を含む、一個体を形成するすべての細胞種への分化が可能な幹細胞を指す。受精卵(および4~8回の卵割まで)が例示される。
(2)多能性幹細胞(pluripotent stem cell):個体は形成しないが、三胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)に属する細胞系列すべてへ分化し得る幹細胞を指す。特に限定されないが、例えば、胚盤胞期の内部細胞隗や、そこから樹立された胚性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、胚性腫瘍細胞(EC細胞)、胚性生殖幹細胞(EG細胞)、核移植ES細胞(ntES細胞)などが挙げられる。多能性幹細胞は万能細胞と呼称されることがある。
(3)多分化能幹細胞(multipotent stem cell):分化可能な細胞系列が限定されているが、多様な細胞種へ分化可能な幹細胞を指す。特に限定されないが、例えば、造血幹細胞、間葉系幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、皮膚幹細胞などが挙げられる。一般的に胚葉を超えた分化は行えないが、例外もある。
(4)オリゴポテント幹細胞(oligopotent stem cell):数種の細胞種にのみ分化可能な幹細胞を指す。特に限定されないが、例えば、神経幹細胞などが挙げられる。
(5)単分化能幹細胞(unipotent stem cell):分化可能な細胞種が一種類に限定されている幹細胞を指す。幹細胞として分裂増殖するか、分化して幹細胞以外の別の細胞種に変化することができる。特に限定されないが、例えば、筋幹細胞、生殖幹細胞(卵祖細胞、精原細胞)などが挙げられる。単分化能幹細胞は前駆細胞と呼ばれることもある。
【0018】
本発明に使用される幹細胞の起源は特に限定されず、任意の生物、好ましくは哺乳動物に由来する幹細胞を使用することができる。生物の年齢、性別は特に限定されない。1つの実施形態において、霊長目(例えば、チンパンジー、ニホンザル、ヒト)由来の細胞が使用される。最も好ましくは、ヒト由来の細胞が使用されるが、本発明はそれに限定されない。
【0019】
本発明の好適な態様において、幹細胞は好ましくは多能性幹細胞であり、より好ましくはiPS細胞であり、さらに好ましくはヒトiPS細胞である。iPS細胞の作製に関しては種々の方法が知られているが、本発明の方法は特定の方法で作製されたiPS細胞にのみ使用可能なものではない。株化されたiPS細胞、例えば樹立されたヒトiPS細胞株(253G1株)等にも適用できる。
【0020】
ヒトへの投与を目的として本発明の方法により幹細胞を製造する場合、好ましくはレシピエントと組織適合性抗原のタイプが一致又は類似したドナーより採取された細胞が、幹細胞の製造に供される。例えばレシピエント自身より採取された細胞が、幹細胞の製造に供される。
【0021】
本発明の幹細胞の製造方法は、後述のポリペプチドの存在下での培養工程(以下、本発明の培養工程と称することがある)を包含することを特徴とする、幹細胞の製造方法である。
【0022】
本発明の幹細胞の製造方法では、ポリペプチド(a)、ポリペプチド(b)、及びポリペプチド(c)の存在下に幹細胞の培養が実施される。本発明の方法は、ポリペプチド(a)、ポリペプチド(b)、及びポリペプチド(c)の存在下に実施することができる。さらに、(a)及び(b)を同一分子内に含むポリペプチドとポリペプチド(c)の2種類のポリペプチドの混合物の存在下に、(b)及び(c)を同一分子内に含むポリペプチドとポリペプチド(a)の2種類のポリペプチドの混合物の存在下に、(a)及び(b)を同一分子内に含むポリペプチドと(b)及び(c)を同一分子内に含むポリペプチドの2種類のポリペプチドの混合物の存在下に、又は、(a)、(b)、及び(c)を同一分子内に含む1種のポリペプチドの存在下に幹細胞の培養を実施してもよい。ただし、前記の(a)、(b)、及び(c)を同一分子内に含む1種のポリペプチドは、全長フィブロネクチンとは異なる。
【0023】
ポリペプチド(a)は、ヒトフィブロネクチンのIII-1~7から成る群より選択されるリピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-1~7から成る群より選択されるリピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドである。当該ポリペプチド(a)において、「ヒトフィブロネクチンのIII-1~7から成る群より選択されるリピート」は、少なくとも1つのリピート、好適には3つのリピートであればよく、7つすべてのリピートであってもよい。当該ポリペプチド(a)は、特に好適には、III-1、III-2及びIII-3リピートを含むポリペプチド、又は、III-4、III-5及びIII-6リピートを含むポリペプチド、あるいはIII-1~3リピート又はIII-4~6リピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含むポリペプチドである。
【0024】
ポリペプチド(b)は、ヒトフィブロネクチンのIII-8~10リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-8~10リピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドである。すなわち、当該ポリペプチド(b)は、III-8、III-9、III-10をすべて含むポリペプチドである。
【0025】
ポリペプチド(c)は、ヒトフィブロネクチンのIII-12~14リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-12~14リピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドである。すなわち、当該ポリペプチド(c)は、III-12、III-13、III-14をすべて含むポリペプチドである。
【0026】
同一分子内に(a)と(b)を含むポリペプチドとして、120kDaのフィブロネクチンフラグメント(120k-fr)が例示される。120k-frは、N末端側から順にIII-1、III-2、III-3、III-4、III-5、III-6、III-7、III-8、III-9、III-10を含む、分子量約120kDaのタンパク質である。120k-frの予想されるアミノ酸配列(932アミノ酸残基)を、配列番号16として、本明細書の配列表に示す。120k-frのアミノ酸配列をコードするDNAを作製して適切な宿主-ベクター系と組み合わせることにより、120k-frを組換えポリペプチドとして製造することができる。また、市販の120k-frを使用してもよい。
【0027】
同一分子内に(b)と(c)を含むポリペプチドとして、CH-271やCH-296が例示される。
【0028】
CH-271は、N末端側から順にIII-8、III-9、III-10、III-12、III-13、III-14を含む、分子量約60kDa(549アミノ酸残基)の組換えタンパク質である。CH-271のアミノ酸配列を、配列番号17として、本明細書の配列表に示す。
【0029】
CH-296は、N末端側から順にIII-8、III-9、III-10、III-12、III-13、III-14、CS-1を含む、分子量約63kDa(574アミノ酸残基)の組換えタンパク質である。CH-296のアミノ酸配列を、配列番号18として、本明細書の配列表に示す。CH-296は、レトロネクチン(登録商標、タカラバイオ社製)として市販されている。
【0030】
例えば、前記の120k-frと、CH-271又はCH-296とを組み合わせて使用することにより、本発明の幹細胞の製造方法を実施することができる。
【0031】
同一分子内に(a)と(b)と(c)を有するポリペプチドも本発明の幹細胞の製造方法に使用することができる。本発明を特に限定するものではないが、同一分子内に(a)と(b)と(c)を含むポリペプチドとして、下記のFCH-296、DCH-296が例示される。
【0032】
FCH-296は、N末端側から順にIII-1、III-2、III-3、III-8、III-9、III-10、III-12、III-13、III-14、CS-1を含む、分子量約96kDa(881アミノ酸残基)の組換えポリペプチドである。FCH-296のアミノ酸配列を、配列番号19として、本明細書の配列表に示す。配列番号19のうち、アミノ酸番号1~298が(a)に該当し、アミノ酸番号299~307がGS linkerに該当し、アミノ酸番号308~585が(b)に該当し、アミノ酸番号586~856が(c)に該当し、アミノ酸番号857~881がCS-1に該当する。なお、配列番号19のアミノ酸番号94~111は、III-1とIII-2との間に存在する、III型リピート以外の領域である。FCH-296は、本発明において初めて製造された新規なポリペプチドである。
【0033】
DCH-296は、N末端側から順にIII-4、III-5、III-6、III-8、III-9、III-10、III-12、III-13、III-14、CS-1を含む、分子量約93kDa(851アミノ酸残基)の組換えポリペプチドである。DCH-296のアミノ酸配列を、配列番号20として、本明細書の配列表に示す。配列番号20のうち、アミノ酸番号1~268が(a)に該当し、アミノ酸番号269~277がGS linkerに該当し、アミノ酸番号278~555が(b)に該当し、アミノ酸番号556~826が(c)に該当し、アミノ酸番号827~851がCS-1に該当する。DCH-296は、本発明において初めて製造された新規なポリペプチドである。
【0034】
本発明に使用されるポリペプチド(a)~(c)は、機能的に同等であれば、あるいは幹細胞を増殖させる機能、幹細胞の未分化状態を維持する機能、又は幹細胞を誘導する機能を保持するかぎり、III-1~7から成る群より選択されるリピート、III-8~10リピート、又はIII-12~14リピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含んでいてもよい。本明細書において、「1もしくは数個」とは、特に限定はされないが、1~15個の範囲、好ましくは1~10個の範囲、更に好ましくは1~5個の範囲、特に好ましくは1~3個の範囲である。特には限定されないが、例えば、III-1(配列番号1)を含む代わりに、III-1のN末9アミノ酸が欠失したアミノ酸配列(配列番号23)、III-1のN末5アミノ酸が欠失したアミノ酸配列(配列番号24)、又はIII-1のN末3アミノ酸が欠失したアミノ酸配列(配列番号25)を含むポリペプチドも、当該ポリペプチドに含まれる。更に、(a)~(c)を含むポリペプチドとして、FCH-296のアミノ酸配列(配列番号19)又はDCH-296のアミノ酸配列(配列番号20)において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含むポリペプチドが例示され、より具体的には、限定するものではないが、N末9アミノ酸欠損のFCH-296(配列番号29)、N末6アミノ酸欠損のFCH-296(配列番号30)、N末5アミノ酸欠損のFCH-296(配列番号31)、N末3アミノ酸欠損のFCH-296(配列番号32)、N末3アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号33)、N末6アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号34)、N末9アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号35)、N末11アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号36)、N末12アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号37)、N末14アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号38)、N末15アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号39)、N末HKRHEEGH挿入のFCH-296(配列番号40)、N末HKRH挿入のFCH-296(配列番号41)、N末HH挿入のFCH-296(配列番号42)、N末HHH挿入のFCH-296(配列番号43)、N末にHis-tagを有するFCH-296(配列番号21)、及びN末にHis-tagを有するDCH-296(配列番号22)が、例示される。
【0035】
また、本発明に使用されるポリペプチド(a)~(c)は、機能的に同等であれば、あるいは幹細胞を増殖させる機能、幹細胞の未分化状態を維持する機能、又は幹細胞を誘導する機能を保持するかぎり、III-1~7から成る群より選択されるリピート、III-8~10リピート、又はIII-12~14リピートのアミノ酸配列と同一性を有するアミノ酸配列を含んでいてもよい。特に限定はされないが、III-1~7から成る群より選択されるリピート、III-8~10リピート、又はIII-12~14リピートのアミノ酸配列と80%以上、好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有するポリペプチドが例示される。
【0036】
アミノ酸の置換、欠失、挿入または付加(以下、「アミノ酸の置換等」と称する場合がある)は、本来のポリペプチドの機能が維持され得る範囲内で該ポリペプチドの物理化学的性状等を変化させ得る程度が好ましい。例えば、アミノ酸の置換等は、本来のポリペプチドの持つ性質(例えば、疎水性、親水性、電荷、pK等)を実質的に変化させない範囲の保存的なものが好ましい。例えば、アミノ酸の置換は、1.グリシン、アラニン;2.バリン、イソロイシン、ロイシン;3.アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、グルタミン;4.セリン、スレオニン;5.リジン、アルギニン;6.フェニルアラニン、チロシンの各グループ内での置換であり、アミノ酸の欠失、付加、挿入は、ポリペプチドにおけるそれらの対象部位周辺の性質に類似した性質を有するアミノ酸の、対象部位周辺の性質を実質的に変化させない範囲での欠失、付加、挿入が好ましい。
【0037】
アミノ酸の置換等は種差や個体差に起因して天然に生じたものであってもよく、また、人工的に導入されたものであってもよい。人工的な導入は公知の方法により行えばよく、特に限定はないが、例えば、公知の手法により、塩基の置換、欠失、付加もしくは挿入を前述のポリペプチドをコードする核酸に導入した核酸を使用することにより、当該ポリペプチドのアミノ酸配列に1もしくは数個のアミノ酸置換等を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドを製造することができる。
【0038】
本明細書において「機能的に同等」または「同等な機能」とは、アミノ酸置換等を導入されていない対応するポリペプチドと機能的に同等または同等な機能を意味し、すなわち、比較対象であるポリペプチドを使用して後述の幹細胞の製造を実施した場合、アミノ酸置換等を導入されていない対応するポリペプチドを使用した場合と同等の幹細胞の細胞増殖率が得られること、同等の幹細胞の未分化状態が維持されていること、又は同等の幹細胞の誘導率が得られることをいう。すなわち、後述の実施例に記載の方法に沿ってその性質の評価を実施することにより、ポリペプチドの機能を適宜確認することができる。
【0039】
本発明に使用されるポリペプチドは、幹細胞の培養における有用性を失わない範囲で、上記のIII型リピート以外のペプチドやアミノ酸残基、及び/又は上記のIII型リピート以外のフィブロネクチン中に存在する領域、例えば、CS-1等を含んでいてもよい。例えば、上記のIII型リピート以外の領域に任意のペプチドやアミノ酸残基を導入することができ、各リピートの間にリンカー(linker)としてアミノ酸残基やペプチドが挿入された本発明のポリペプチドや、組換えポリペプチドの精製に有用なペプチド(tag)が付加された本発明のポリペプチドが例示される。linkerとして、glycine-serine linker(GS linker)が例示されるが、これらに限定されない。tagとして、polyhistidine-tag(His-tag)、Flag-tagやGlutathione S-Transferase tag(GST-tag)が例示されるが、これらに限定されない。特に限定されないが、例えば、N末にHis-tagを有するFCH-296ポリペプチド(配列番号21)やN末にHis-tagを有するDCH-296ポリペプチド(配列番号22)は、本発明に使用されるポリペプチドに含まれる。
【0040】
本発明の培養工程では、幹細胞が、未分化状態を維持したままで、かつ、高い細胞増殖率で培養される。後述の実施例にも記載のとおり、本発明の幹細胞の製造方法は、公知のフィブロネクチンフラグメントである120k-fr、CH-271又はCH-296をそれぞれ単独で使用する方法と比較して、明らかに細胞増殖率が高いこと、未分化状態を高く維持できることから、非常に有用である。さらに、前記の方法を幹細胞の拡大培養に使用することにより、フィーダー細胞を使用しなくとも高い細胞増殖率、未分化状態の維持が実現できるという、大きな利点がある。
【0041】
ポリペプチドの調製に関して、フィブロネクチンに関する情報は、キミヅカ F.ら〔Kimiduka F., et al.、ジャーナル・オブ・バイオケミストリー(J. Biochem.)、第110巻、284~291頁(1991)〕、コーンブリット A.R.ら〔Kornbrihtt A. R., et al.、EMBO ジャーナル(EMBO J.)、第4巻、第7号、1755~1759(1985)〕、およびセキグチ K.ら〔Sekiguchi K., et al.、バイオケミストリー(Biochemistry)、第25巻、第17号、4936~4941(1986)〕等を参照することができる。また、フィブロネクチンをコードする核酸配列又はフィブロネクチンのアミノ酸配列については、Genbank Accession No. NM_002026、NP_002017に開示されている。
【0042】
本発明に使用されるポリペプチドは、組換えDNA技術により製造される。組換え体の製造、あるいは、取扱いの点で、本発明に使用されるポリペプチドの分子量は100kDa以下が望ましい。本明細書におけるポリペプチドにはアセチル化などの化学修飾体も包含される。
【0043】
本発明の好適な態様において、幹細胞の培養は、前記のポリペプチドがコートされた固相と幹細胞とが接触した状態で実施される。前記の固相としては、例えば細胞培養に使用される容器又は担体(マイクロビーズ等)が挙げられる。前記のポリペプチドがコートされた固相は幹細胞を安定に保持する能力を有しており、当該細胞の培養に有用である。培養容器は、細胞の維持・生存・分化・成熟・自己複製を阻害するものでなければいかなる素材、形状のものを用いることが出来る。培養容器の素材としては、例えばガラス、不織布を含む合成樹脂や天然樹脂又は金属等がある。また、培養容器の形状としては、三角柱、立方体、直方体などの多角柱や円柱、三角錐、四角錐などの多角錘や円錐、ひょうたんのような任意の形状、球形、半球形、円形、楕円形、半円形等がある。
【0044】
幹細胞の培養に使用される細胞培養用器材としては、特に限定はないが、例えば、ディッシュ、プレート、フラスコ、バッグ、メンブレン、スライドガラス、大型培養槽、バイオリアクター、中空糸型の培養装置等を使用することができる。好適には、プレートが使用され、さらに好適には、Tissue culture treated plateが使用される。
【0045】
なお、バッグとしては、例えば、細胞培養用COガス透過性バッグを使用することができる。また、工業的に大量の幹細胞を製造する場合には、大型培養槽を使用することができる。また、培養は開放系、閉鎖系のいずれでも実施することができるが、好適には得られる幹細胞の安全性の観点から閉鎖系で培養を行うことが好ましい。
【0046】
固相のコーティング、すなわちポリペプチドの固相表面への固定化は、公知の手法によって実施すればよく、例えば国際公開第97/18318号パンフレット、ならびに国際公開第00/09168号パンフレットに記載のフィブロネクチンフラグメントの固定化と同様の方法により実施することができる。ポリペプチドを固相に固定化しておけば、本発明の方法により幹細胞を得た後、該細胞と固相とを分離するのみで、該細胞と本発明のポリペプチドとを容易に分離することができ、幹細胞へのポリペプチド等の混入を防ぐことができる。
【0047】
より具体的には、ポリペプチドを滅菌蒸留水、緩衝液あるいは生理食塩水等に溶解したコーティング溶液を調製しておき、固定化に使用することができる。好適にはリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline:PBS)、特に好適には、ポリペプチドをダルベッコPBS(Dulbecco’s PBS:D-PBS)を溶媒に用いたコーティング溶液が使用される。
【0048】
コーティング溶液中のポリペプチドのモル濃度としては、特に限定はないが、例えば1~100000nM、好適には10~2000nM、さらに好適には30~1000nMが例示される。ポリペプチドとしてFCH-296を使用する場合、上記のモル濃度を重量濃度で表すと0.1~1000μg/mL、好適には1~200μg/mL、さらに好適には3~100μg/mLとなる。
【0049】
上記コーティング溶液を培養容器に添加し、適当な時間保持することでコーティングを実施することができる。コーティング溶液を保持する際の条件は適宜設定すればよいが、例えば室温で1時間、あるいは4℃で一晩、といった条件が挙げられる。
【0050】
フィブロネクチンフラグメントがコートされた容器は、そのまま使用するか又は使用時まで低温、例えば0~10℃で保存することができる。使用直前にはこれらの培養器材からコーティング溶液を除去し、例えばD-PBSで2回、次いで、必要に応じて細胞培養用培地で1回洗浄してから細胞培養に供する。
【0051】
本発明の幹細胞の製造方法は、幹細胞製造における培養の全期間、もしくは任意の一部の期間において、前記のポリペプチドの存在下での培養の工程を実施することにより行われる。すなわち、幹細胞の製造工程の一部に前記培養工程を含むものであれば本発明に包含される。
【0052】
本発明の培養工程は、幹細胞の誘導、幹細胞の維持、及び幹細胞の拡大培養、又は幹細胞の維持及び幹細胞の拡大培養を含む。したがって、本発明は、上記の組換えポリペプチド(a)、(b)及び(c)の存在下に、幹細胞を誘導し、維持し、拡大培養することを含む幹細胞の製造方法、ならびに上記の組換えポリペプチド(a)、(b)及び(c)の存在下に、幹細胞を維持及び拡大培養することを含む幹細胞の製造方法を提供する。本発明の幹細胞の製造方法においては、該方法に供する細胞の種類や、培養の条件等を適宜調整して幹細胞の培養を行うことにより、再生医療等に有用な幹細胞を製造することができる。なお、本明細書において幹細胞とは幹細胞を含有する細胞集団を意味する。
【0053】
幹細胞の誘導を目的とする場合、本発明の培養工程において、培養開始時の細胞の種類や、幹細胞の誘導方法に特に限定はない。培養開始時の細胞は、繊維芽細胞、肝細胞、脂肪細胞、心筋細胞、血球系細胞(T細胞、B細胞、造血幹細胞等)などの分化した細胞(体細胞ともいう)であってもよいし、誘導後の幹細胞とは異なる種類の幹細胞であってもよい。また、幹細胞の誘導方法は、既知の方法であれば特に限定はされず、例えば、低分子化合物を細胞に接触又は導入する方法、リプログラミング因子を細胞に導入する方法、細胞に核を移植する方法、などが挙げられる。リプログラミング因子をタンパク質として細胞に導入することもできるし、リプログラミング因子をコードする核酸(RNA、DNA)を直接又はベクターを利用して細胞に導入することもできる。上記ベクターとして、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター、センダイウイルスベクター、麻疹ウイルスベクター、エピソーマルベクター、などが挙げられる。
【0054】
幹細胞の維持及び拡大培養を目的とする場合、本発明の培養工程において、培養開始時の細胞濃度としては、特に限定はないが、例えば0.005~20×10cells/mL、好適には0.02~5×10cells/mL、さらに好適には0.05~2×10cells/mLが例示される。
【0055】
本発明の培養工程には、幹細胞の培養に用いられる種々の培地を使用することができる。多能性幹細胞を培養する場合は、例えばCellartis(登録商標) DEF-CS培地(タカラバイオ社製)を使用することができる。好適には、ウシ胎児血清(fetal bovine serum:FBS又はfetal calf serum:FCS)やヒツジ血清などの異種由来成分を含まない培地、無血清培地、未知成分を含有しない培地(defined medium)等が挙げられる。このような異種由来成分不含(xeno-free)培地は適宜調製することができるが、公知の培地や市販の培地をそのまま、あるいは改変して使用してもよい。市販の異種由来成分不含培地としては、例えばCellartis(登録商標) DEF-CS xeno-free培地(タカラバイオ社製)やDXF(PromoCell社製)、TeSR-E8培地(Stemcell Technologies社製)を使用することができる。神経幹細胞を培養する場合は、例えばRHB-A培地(タカラバイオ社製)を使用することができる。
【0056】
細胞の培養条件には特に限定はなく、通常の細胞培養条件を採用できる。前記培養条件として、温度37℃、湿度95%、CO濃度5%での培養が例示されるが、本発明はこのような条件に限定されるものではない。例えば、温度30~40℃、湿度90~98%、CO濃度3~7%、での培養が例示されるが、所望の細胞の増殖が達成できる温度であれば前記の範囲以外の温度、湿度、CO濃度で実施してもよい。培養中は、適当な時間間隔で細胞培養液に新鮮な培地を加えて希釈したり、培地を新鮮なものに交換したり、細胞培養用器材を交換することが好ましい。使用される培地や、同時に使用されるその他の成分等は、適宜設定することができる。
【0057】
本発明の好適な態様において、幹細胞の維持及び拡大培養を目的とする場合、幹細胞は本発明に使用されるポリペプチドがコートされた容器中で適切な培地を使用し、培地交換と継代を行いながら、例えば5日以上、好ましくは10日以上培養される。この培養により、幹細胞を増殖させることができる。すなわち、この培養で得られた細胞集団の80%以上、好ましくは90%以上が幹細胞である。
【0058】
また、本発明の好適な態様において、幹細胞のシングルセルクローニングを目的とする場合、段階希釈された幹細胞は本発明に使用されるポリペプチドがコートされた容器中に播種される。その後、適切な培地を使用し、培地交換を行いながら、例えば5日以上、好ましくは10日以上、コロニーが出現するまで培養される。コロニーを取得することにより、幹細胞のシングルセルクローニングをすることができる。すなわち、この培養で得られたコロニー中の細胞の80%以上、好ましくは90%以上が幹細胞である。
【0059】
本発明の培養工程により得られた幹細胞は、その形態上の特徴に基づいてそれ以外の細胞と区別することが可能である。また、多能性幹細胞の場合、アルカリフォスファターゼ、段階特異的胎児抗原(stage-specific embryonic antigen:SSEA、例えばSSEA-4等)、腫瘍拒絶抗原(tumor rejection antigen:TRA)-1-60、TRA-1-81、OCT4又はNANOG等の未分化状態の指標となるマーカー分子の発現に基づいて確認することもできる。前記の分子(ポジティブマーカー)の発現は、例えば前記の分子を認識する抗体を用いて確認することができる。アルカリフォスファターゼに関してはその酵素活性に基づいて発現を確認することもできる。一方、神経幹細胞の場合、特に限定されないが、例えばNestin等の神経幹細胞マーカー分子の発現に基づいて確認することもできる。
【0060】
本発明の培養工程により得られた幹細胞は、80%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上が上記ポジティブマーカーを発現している。
【0061】
更に、本発明の培養工程により得られる細胞集団より幹細胞を単離し、他の細胞と分離された幹細胞を取得することができる。幹細胞に特徴的な分子を認識する抗体は、本発明により得られた幹細胞を単離、精製するうえで有用である。こうして単離された幹細胞は、公知の方法により細胞株として樹立することができる。すなわち、本発明の態様の一つとして、本発明の幹細胞を含有する細胞集団の製造方法の工程及び得られた細胞集団より幹細胞を単離する工程を包含する幹細胞の製造方法が挙げられる。さらに、こうして得られた幹細胞を公知の方法で分化させることにより、種々の分化細胞を製造することも可能である。
【0062】
本発明で得られる幹細胞や当該細胞から得られる分化細胞は、例えば幹細胞の分化に関する研究や種々の疾患に関する医薬スクリーニング、医薬候補化合物の効能・安全性評価等に使用することもできる。本発明によれば、一度の操作で多くの幹細胞を取得することができることから、これまでのように細胞のロット差の影響を受けずに、再現性のある研究結果を得ることが可能となる。
【0063】
2.本発明のポリペプチド
本発明は、幹細胞の製造に有用な、新規な組換えポリペプチドを提供する。当該ポリペプチドは、「1.本発明の幹細胞の製造方法」に記載する(a)~(c)のポリペプチドを同一分子内に含む組換えポリペプチドであり、当該方法に有用である。本発明のポリペプチドは、幹細胞を増殖させる機能、幹細胞の未分化状態を維持する機能、及び/又は幹細胞を誘導する機能を有する。本発明のポリペプチドは、全長フィブロネクチンと同等な機能又は既存のフィブロネクチンフラグメントより高い機能を有する。
【0064】
本発明のポリペプチドは、下記(a)~(c)のポリペプチドを同一分子内に含む組換えポリペプチドである:
(a)ヒトフィブロネクチンのIII-1~7から成る群より選択されるリピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-1~7から成る群より選択されるリピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチド、
(b)ヒトフィブロネクチンのIII-8~10リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-8~10リピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチド、及び
(c)ヒトフィブロネクチンのIII-12~14リピートを含む組換えポリペプチド、もしくは前記のIII-12~14リピートのアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチド。
【0065】
上記組換えポリペプチド(a)、(b)および(c)については、「1.本発明の幹細胞の製造方法」に記載のとおりである。
【0066】
特に本発明を限定するものではないが、例えばN末端側から(a)、(b)、(c)を有するポリペプチドが挙げられる。また、(b)、及び(c)はそれぞれインテグリンαβ(VLA-5ともいう)への結合活性、及びヘパリンへの結合活性を有していることが好ましい。
【0067】
本発明のポリペプチドの特に好適な態様は、配列表の配列番号19又は20に記載のアミノ酸配列を含むポリペプチドである。さらに、配列表の配列番号19又は20に記載のアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドであって、かつ配列番号19又は20に記載のアミノ酸配列を含む組換えポリペプチドと同等な機能を有する、あるいは幹細胞を増殖させる機能、幹細胞の未分化状態を維持する機能、及び/又は幹細胞を誘導する機能を保持するポリペプチドも本発明に包含される。特には限定されないが、例えば、III-1(配列番号1)を含む代わりに、III-1のN末9アミノ酸が欠失したアミノ酸配列(配列番号23)、III-1のN末5アミノ酸が欠失したアミノ酸配列(配列番号24)、又はIII-1のN末3アミノ酸が欠失したアミノ酸配列(配列番号25)を含むポリペプチドも、当該ポリペプチドに含まれる。より具体的には、N末9アミノ酸欠損のFCH-296(配列番号29)、N末6アミノ酸欠損のFCH-296(配列番号30)、N末5アミノ酸欠損のFCH-296(配列番号31)、N末3アミノ酸欠損のFCH-296(配列番号32)、N末3アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号33)、N末6アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号34)、N末9アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号35)、N末11アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号36)、N末12アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号37)、N末14アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号38)、N末15アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号39)、N末HKRHEEGH挿入のFCH-296(配列番号40)、N末HKRH挿入のFCH-296(配列番号41)、N末HH挿入のFCH-296(配列番号42)、N末HHH挿入のFCH-296(配列番号43)、N末にHis-tagを有するFCH-296(配列番号21)、及びN末にHis-tagを有するDCH-296(配列番号22)が、例示される。
【0068】
本発明のポリペプチドは公知の組換えDNA技術を使用して製造することができる。宿主やベクターには公知のものが使用できる。例えば細菌(大腸菌、枯草菌等)、酵母、糸状菌、昆虫細胞、動物細胞(ヒト細胞を含む哺乳動物細胞等)を宿主とし、各宿主に適合するベクターを使用すればよい。前記ベクターには本発明のポリペプチドをコードする核酸が搭載される。前記核酸は天然の核酸(例えばヒトフィブロネクチンをコードするDNA)を改変して、あるいは化学合成して作製することができる。当該核酸を搭載したベクターが導入された宿主内で発現された、あるいは宿主の培養上清に分泌された本発明のポリペプチドは、公知のタンパク質精製方法によって所望の純度にまで精製することができる。
【0069】
3.本発明のポリペプチドがコートされた固相
本発明は、本発明のポリペプチドがコートされた固相を提供する。当該固相は、「1.本発明の幹細胞の製造方法」に記載される固相であり、当該方法に有用である。
【0070】
本発明の固相は、前記のポリペプチドが適切な固相の表面に固定化されたものである。前記固相としては細胞培養用器材又は細胞培養用担体、具体的にはディッシュ、プレート、フラスコ、バッグ、ビーズ、メンブレン、スライドガラスが例示される。これらは、本発明の幹細胞の製造方法に利用可能なものであれば特に限定はない。さらに、ポリペプチドの固相への固定化は、本発明の幹細胞の製造方法について述べた方法を利用することができる。
【0071】
本発明の固相は、幹細胞を固相表面に安定して維持することができるため、培地交換のような培養上の操作の効率を向上させることができる。また、本発明の固相を前もって調製しておくことにより、即時に本発明の幹細胞の製造方法を実施することが可能となる。
【実施例
【0072】
以下の実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例によって限定されない。
【0073】
実施例1 FCH-296の調製
N末にメチオニン残基及び6個のヒスチジン残基から成るHis-tagを有するFCH-296ポリペプチド(配列番号21)を、以下の操作により調製した。
【0074】
前記ポリペプチドをコードするDNAを人工合成し、発現プラスミドに組み込んだ。当該プラスミドで大腸菌を形質転換し、得られた形質転換体を前記ポリペプチドが発現する条件で培養した。培養物より集めた菌体を、超音波破砕機(Kubota社製)で破砕し、無細胞抽出液を得た。この抽出液を出発材料とし、Ni-Chelating Sepharose(GE Healthcare社製)、Hydroxyapatite(40μm、Bio-Rad社製)、SP-Sepharose(GE Healthcare社製)、の一連のカラムクロマトグラフィーにより、FCH-296を精製した。精製過程におけるFCH-296の確認は、SDS-PAGE/CBB染色により実施した。得られたサンプルのBufferを〔0.2g/L KCl、0.2g/L KHPO、8g/L NaCl、1.15g/L NaHPO〕に置換し、FCH-296標品6mLを得た。
【0075】
FCH-296標品は、SDS-PAGE/CBB染色で単一のバンドを示した。BCAタンパク質定量キット(Pierce社製)を用いて、FCH-296標品のタンパク質濃度を測定したところ、1.21mg/mL(分子量から計算すると12.4μM)だった。
【0076】
実施例2 DCH-296の調製
N末にメチオニン残基及び6個のヒスチジン残基から成るHis-tagを有するDCH-296ポリペプチド(配列番号22)を、以下の操作により調製した。
【0077】
前記ポリペプチドをコードするDNAを人工合成し、発現プラスミドに組み込んだ。当該プラスミドで大腸菌を形質転換し、得られた形質転換体を前記ポリペプチドが発現する条件で培養した。培養物より集めた菌体を、超音波破砕機で破砕し、無細胞抽出液を得た。この抽出液を出発材料とし、Ni-Chelating Sepharose、Hydroxyapatite、SP-Sepharose、の一連のカラムクロマトグラフィーにより、DCH-296を精製した。精製過程におけるDCH-296の確認は、SDS-PAGE/CBB染色により実施した。得られたサンプルのBufferを〔0.2g/L KCl、0.2g/L KHPO、8g/L NaCl、1.15g/L NaHPO〕に置換し、DCH-296標品3mLを得た。
【0078】
DCH-296標品は、SDS-PAGE/CBB染色で単一のバンドを示した。BCAタンパク質定量キットを用いて、DCH-296標品のタンパク質濃度を測定したところ、1.03mg/mL(分子量から計算すると11.0μM)だった。
【0079】
実施例3 各種フィブロネクチンフラグメントのヒトiPS細胞に対する接着性の評価
全長フィブロネクチン(ヒト血漿由来;SIGMA社製、F0895、終濃度50μg/ml)、120k-fr(Millipore社製、F1904、終濃度40μg/ml)、CH-271(J. Biochem., Vol. 110, p284-291 (1991)、終濃度25μg/ml)及びCH-296(レトロネクチン:タカラバイオ社製、終濃度20μg/ml)をそれぞれD-PBS(Promocell社製、C-40232)に溶解し、コーティング溶液を調製した。12 well Tissue culture treated plate(Corning社製、3513)にコーティング溶液を0.4mL/wellで加えた後、プレートに蓋をし、4℃で一晩放置した。翌日、コーティング溶液を除去したプレートを1mL/wellのD-PBSで2回洗浄し、各ポリペプチドでコートされたプレートを得た。2種のフィブロネクチンフラグメントでコーティングを行う場合には、1回目のコーティングを終えたプレートに第2のコーティング溶液を0.4mL/wellで加え、1回目のコーティングと同様に4℃での一晩放置と洗浄を行った。調製したプレートに蓋をし、使用時まで4℃で保存した。
【0080】
Cellartis(登録商標) DEF-CS培地(タカラバイオ社製、Y30010)で継代培養したヒトiPS細胞(253G1株)(京都大学iPS細胞研究所製)を、8×10cells/wellでプレートに播種し、同じ培地中で37℃、5%COで培養した。翌日から培地を毎日交換し、培養開始後6日目に細胞を観察した。結果を表1に示す。
【0081】
【表1】
【0082】
120k-fr/CH-271及び120k-fr/CH-296でコートされたプレートでは、細胞剥離が認められなかった。これらの結果より、既存のフィブロネクチンフラグメントを組み合わせることで、プレートへの細胞の接着を増強できることが示された。
【0083】
実施例4 FCH-296及びDCH-296のヒトiPS細胞に対する接着性の評価
全長フィブロネクチン、120k-fr、CH-271、CH-296、FCH-296又はDCH-296をそれぞれD-PBSに溶解し、コーティング溶液を調製した。また、CH-296については高濃度のコーティング溶液、FCH-296とDCH-296については低濃度のコーティング溶液も調製した。これらのコーティング溶液を使用し、実施例3と同様の操作で12 well Tissue culture treated plateのコーティングを実施した。
【0084】
DEF-CS培地で継代培養したヒトiPS細胞(253G1株)を、8×10cells/wellでプレートに播種し、37℃、5%COで培養した。翌日から培地を毎日交換し、培養開始後5、8、11日目に細胞を観察した。結果を表2に示す。
【0085】
【表2】
【0086】
8日目には、既存のフィブロネクチンフラグメント(120k-fr、CH-271、CH-296)でコーティングしたプレートで細胞剥離が認められた。一方、DCH-296とFCH-296でコーティングしたプレートでは8日目に細胞剥離は認められなかった。特に、FCH-296の場合、低濃度のコーティング溶液でコートされたウェルでも11日目の時点でまったく細胞剥離が認められなかった。以上より、FCH-296はヒトiPS細胞の培養において、全長フィブロネクチンと同等の細胞接着性をもつことが示された。
【0087】
実施例5 ヒトiPS細胞の長期培養(DEF-CS培地)
全長フィブロネクチン又はFCH-296をそれぞれD-PBSに溶解し、各濃度のコーティング溶液を調製した。これらのコーティング溶液を使用し、実施例3と同様の操作で24 well Tissue culture treated plate(Corning社製)のコーティングを実施した。
【0088】
ヒトiPS細胞(253G1株)をDEF-CS培地で懸濁した後、プレートに播種した。翌日から培地を毎日交換するとともに、3~4日毎に細胞を継代した。細胞増殖の結果を図2に示す。また、培養開始後35日目(10継代目)に、TRA-1-60陽性細胞率及びSSEA4陽性細胞率をフローサイトメトリーにて測定した。その結果を表3に示す。TRA-1-60及びSSEA4は、多能性幹細胞マーカーである。
【0089】
【表3】
【0090】
FCH-296でコートされたプレート上でも、フィブロネクチンでコートされたプレートと同様に、ヒトiPS細胞は多能性を保持したまま増殖した。以上より、FCH-296でコートされたプレート上で、ヒトiPS細胞を長期培養できることが示された。
【0091】
実施例6 ヒトiPS細胞の長期培養(DEF-CSゼノフリー培地)
動物やヒト由来の成分を含まない培地、すなわちゼノフリー培地中でも、FCH-296でコートされたプレート上でヒトiPS細胞を長期培養できるかどうかを調べた。
【0092】
全長フィブロネクチン又はFCH-296をそれぞれD-PBSに溶解し、各濃度のコーティング溶液を調製した。これらのコーティング溶液を使用し、実施例3と同様の操作で24 well Tissue culture treated plateのコーティングを実施した。また、DEF-CSゼノフリー培地(タカラバイオ社製)で推奨されているSynthemax(登録商標) II-SC Substrate(コーニング社製)を使用し、コーティングを実施した。
【0093】
ヒトiPS細胞(253G1株)をDEF-CSゼノフリー培地で懸濁した後、プレートに播種した。翌日から培地を毎日交換するとともに、3~4日毎に細胞を継代した。細胞増殖の結果を図3に示す。培養開始後35日目(10継代目)に、TRA-1-60陽性細胞率及びSSEA4陽性細胞率をフローサイトメトリーにて測定した。その結果を表4に示す。TRA-1-60及びSSEA4は、多能性幹細胞マーカーである。
【0094】
【表4】
【0095】
FCH-296でコートされたプレート上では、フィブロネクチン又はSynthemaxでコートされたプレートと同様に、ヒトiPS細胞は多能性を保持したまま増殖した。以上より、DEF-CSゼノフリー培地中でも、FCH-296でコートされたプレート上でヒトiPS細胞を長期培養できることが示された。
【0096】
実施例7 ヒトiPS細胞の長期培養(TeSR-E8培地)
TeSR-E8培地は、ヒトiPS/ES細胞の維持に必要な最低限の8要素だけを含むゼノフリー培地である。TeSR-E8培地中でも、FCH-296でコートされたプレート上でヒトiPS細胞を長期培養できるかどうかを調べた。
【0097】
全長フィブロネクチン又はFCH-296をそれぞれD-PBSに溶解し、各濃度のコーティング溶液を調製した。これらのコーティング溶液を使用し、実施例3と同様の操作で24 well Tissue culture treated plateのコーティングを実施した。また、TeSR-E8培地(Stemcell Technologies社製)で推奨されているVitronectin XF(コーニング社製)を使用し、コーティングを実施した。
【0098】
ヒトiPS細胞(253G1株)をTeSR-E8培地で懸濁した後、プレートに播種した。翌日から培地を毎日交換するとともに、3~4日毎に細胞を継代した。細胞増殖の結果を図4に示す。培養開始後27日目(7継代目)に、TRA-1-60陽性細胞率及びSSEA4陽性細胞率をフローサイトメトリーにて測定した。その結果を表5に示す。TRA-1-60及びSSEA4は、多能性幹細胞マーカーである。
【0099】
【表5】
【0100】
FCH-296でコートされたプレート上では、フィブロネクチン又はVitronectinでコートされたプレートと同様に、ヒトiPS細胞は多能性を保持したまま増殖した。以上より、TeSR-E8培地中でも、FCH-296でコートされたプレート上でヒトiPS細胞を長期培養できることが示された。
【0101】
実施例8 ヒト神経幹細胞の長期培養
FCH-296でコートされたプレート上でヒト神経幹細胞を長期培養できるかどうかを調べた。
【0102】
FCH-296をD-PBSに溶解し、30μg/mlのコーティング溶液を調製した。このコーティング溶液を使用し、実施例3と同様の操作で12 well Tissue culture treated plateのコーティングを実施した。また、RHB-A培地(タカラバイオ社製)で推奨されているLaminin(gibco社製、10μg/ml)を使用し、コーティングを実施した。ヒト神経幹細胞を、1.5~2.0×10cells/wellで上記のコーティングしたプレートに播種し、37℃、5%COで培養した。翌日から培地を2日毎に交換するとともに、4~8日毎に細胞を継代した。細胞増殖の結果を図5に示す。
【0103】
また、培養開始後28日目(5継代目)に、神経幹細胞マーカーであるNestinの発現を免疫染色にて確認したところ、FCH-296でコートされたプレート上でも、Lamininでコートされたプレートと同様に、細胞はNestinの発現を保持していた。以上より、FCH-296でコートされたプレート上で、ヒト神経幹細胞を長期培養できることが示された。
【0104】
実施例9 ヒトiPS細胞のシングルセルクローニング
全長フィブロネクチン又はFCH-296をそれぞれD-PBSに溶解し、各濃度のコーティング溶液を調製した。これらのコーティング溶液を使用し、実施例3と同様の操作で96 well Half area Tissue culture treated plate(Corning社製)のコーティングを実施した。
【0105】
ヒトiPS細胞(253G1株)をDEF-CS培地で懸濁した後、1cell/wellでプレートに播種し、2日後から培地を2日毎に交換した。10日目に得られたコロニーの出現率を表6に示す。
【0106】
【表6】
【0107】
FCH-296でコートされたプレート上でも、フィブロネクチンでコートされたプレートと同様に、ヒトiPS細胞のシングルセル由来のコロニーを取得することができた。また、一部のコロニーを継代、拡大培養し、16日目にTRA-1-60陽性細胞率及びSSEA4陽性細胞率をフローサイトメトリーにて測定したところ、すべて90%以上であった。以上より、FCH-296でコートされたプレート上で、ヒトiPS細胞のシングルセルクローニングが可能であることが示された。
【0108】
実施例10 ヒトiPS細胞に対する接着性の評価(F1CH-296、F2CH-296、F3CH-296)
III-1、III-2、III-3のうち、どのリピートが重要であるかを調べるために、図6に示すような、3種のポリペプチド(F1CH-296、F2CH-296、及びF3CH-296)を調製した。すなわち、実施例1と同様の操作で、N末にメチオニン残基及び6個のヒスチジン残基から成るHis-tagを有する、F1CH-296(配列番号26)、F2CH-296(配列番号27)、及びF3CH-296(配列番号28)を調製した。
【0109】
全長フィブロネクチン、CH-296、FCH-296、F1CH-296、F2CH-296又はF3CH-296をそれぞれD-PBSに溶解し、各濃度のコーティング溶液を調製した。これらのコーティング溶液を使用し、実施例3と同様の操作で24 well Tissue culture treated plateのコーティングを実施した。なお、50μg/mlのフィブロネクチンは約200nMであり、20μg/mlのCH-296、30μg/mlのFCH-296、及び24μg/mlのF1CH-296は約320nMである。
【0110】
ヒトiPS細胞(253G1株)をDEF-CS培地で懸濁した後、プレートに播種した。翌日から培地を毎日交換し、培養開始後3、6、8、10日目に細胞を観察した。結果を表7に示す(細胞剥離なし:-、細胞剥離あり:+)。
【0111】
【表7】
【0112】
3種のポリペプチド(F1CH-296、F2CH-296、及びF3CH-296)は同様の傾向を示した。すなわち、例えば、24μg/mlの条件では8日目に細胞剥離が観察される。一方、CH-296では3日目に細胞剥離が観察され、FCH-296では細胞剥離が観察されなかった。このことは、3種のポリペプチド(F1CH-296、F2CH-296、及びF3CH-296)の接着活性が、CH-296よりも高く、FCH-296よりも低いことを示す。以上より、3つのIII型リピート(III-1、III-2、III-3)が同等の細胞接着性をもつこと、及び、3つのIII型リピートをすべて含む場合に細胞接着活性が最も高くなることが示された。
【0113】
実施例11 様々なN末配列をもつFCH-296の評価
様々なN末配列をもつFCH-296を調製した。すなわち、N末9アミノ酸欠損のFCH-296(配列番号29)、N末6アミノ酸欠損のFCH-296(配列番号30)、N末5アミノ酸欠損のFCH-296(配列番号31)、N末3アミノ酸欠損のFCH-296(配列番号32)、FCH-296(配列番号19)、N末3アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号33)、N末6アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号34)、N末9アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号35)、N末11アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号36)、N末12アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号37)、N末14アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号38)、N末15アミノ酸挿入のFCH-296(配列番号39)、N末HKRHEEGH挿入のFCH-296(配列番号40)、N末HKRH挿入のFCH-296(配列番号41)、N末HH挿入のFCH-296(配列番号42)、及びN末HHH挿入のFCH-296(配列番号43)を調製した。
【0114】
実施例5~9で使用したFCH-296(His-tag付き、配列番号21)に代えて、上記の様々なN末配列をもつFCH-296のいずれかを使用して、実施例5~9に記載された内容を実施する。様々なN末配列をもつFCH-296は、FCH-296と同様の効果を有する。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明により、短期間に大量の幹細胞を製造する方法及びその方法に使用するポリペプチドが提供される。
【配列表フリーテキスト】
【0116】
SEQ ID NO:1 ; Partial region of fibronectin named III-1
SEQ ID NO:2 ; Partial region of fibronectin named III-2
SEQ ID NO:3 ; Partial region of fibronectin named III-3
SEQ ID NO:4 ; Partial region of fibronectin named III-4
SEQ ID NO:5 ; Partial region of fibronectin named III-5
SEQ ID NO:6 ; Partial region of fibronectin named III-6
SEQ ID NO:7 ; Partial region of fibronectin named III-7
SEQ ID NO:8 ; Partial region of fibronectin named III-8
SEQ ID NO:9 ; Partial region of fibronectin named III-9
SEQ ID NO:10 ; Partial region of fibronectin named III-10
SEQ ID NO:11 ; Partial region of fibronectin named III-11
SEQ ID NO:12 ; Partial region of fibronectin named III-12
SEQ ID NO:13 ; Partial region of fibronectin named III-13
SEQ ID NO:14 ; Partial region of fibronectin named III-14
SEQ ID NO:15 ; Partial region of fibronectin named CS-1
SEQ ID NO:16 ; Fibronectin fragment named 120k-fr
SEQ ID NO:17 ; Fibronectin fragment named CH-271
SEQ ID NO:18 ; Fibronectin fragment named CH-296 (RetroNectin)
SEQ ID NO:19 ; Fibronectin fragment named FCH-296
SEQ ID NO:20 ; Fibronectin fragment named DCH-296
SEQ ID NO:21 ; His-tag FCH-296
SEQ ID NO:22 ; His-tag DCH-296
SEQ ID NO:23 ; N-terminal 9a.a. deletion of III-1
SEQ ID NO:24 ; N-terminal 5a.a. deletion of III-1
SEQ ID NO:25 ; N-terminal 3a.a. deletion of III-1
SEQ ID NO:26 ; His-tag F1CH-296
SEQ ID NO:27 ; His-tag F2CH-296
SEQ ID NO:28 ; His-tag F3CH-296
SEQ ID NO:29 ; N-terminal 9a.a. deletion of FCH-296
SEQ ID NO:30 ; N-terminal 6a.a. deletion of FCH-296
SEQ ID NO:31 ; N-terminal 5a.a. deletion of FCH-296
SEQ ID NO:32 ; N-terminal 3a.a. deletion of FCH-296
SEQ ID NO:33 ; N-terminal 3a.a. insertion of FCH-296
SEQ ID NO:34 ; N-terminal 6a.a. insertion of FCH-296
SEQ ID NO:35 ; N-terminal 9a.a. insertion of FCH-296
SEQ ID NO:36 ; N-terminal 11a.a. insertion of FCH-296
SEQ ID NO:37 ; N-terminal 12a.a. insertion of FCH-296
SEQ ID NO:38 ; N-terminal 14a.a. insertion of FCH-296
SEQ ID NO:39 ; N-terminal 15a.a. insertion of FCH-296
SEQ ID NO:40 ; N-terminal HKRHEEGH insertion of FCH-296
SEQ ID NO:41 ; N-terminal HKRH insertion of FCH-296
SEQ ID NO:42 ; N-terminal HH insertion of FCH-296
SEQ ID NO:43 ; N-terminal HHH insertion of FCH-296
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
0007023228000001.app