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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-10
(45)【発行日】2022-02-21
(54)【発明の名称】脳損傷修復材
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/12 20060101AFI20220214BHJP
   A61L 31/04 20060101ALI20220214BHJP
   A61L 31/06 20060101ALI20220214BHJP
   A61L 31/14 20060101ALI20220214BHJP
   A61K 41/17 20200101ALI20220214BHJP
【FI】
A61L31/12 100
A61L31/04 120
A61L31/06
A61L31/14 500
A61L31/14 300
A61K41/17
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019541552
(86)(22)【出願日】2017-09-13
(86)【国際出願番号】 JP2017033094
(87)【国際公開番号】W WO2019053822
(87)【国際公開日】2019-03-21
【審査請求日】2020-08-31
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、[医療分野研究成果展開事業研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)]「アルギン酸を使用した再生医療技術のための新規scaffoldの開発」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】516076865
【氏名又は名称】公益財団法人田附興風会
(73)【特許権者】
【識別番号】000181147
【氏名又は名称】持田製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100149010
【弁理士】
【氏名又は名称】星川 亮
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 義久
(72)【発明者】
【氏名】谷原 正夫
(72)【発明者】
【氏名】伊佐次 三津子
【審査官】伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2005/0069525(US,A1)
【文献】特開2000-198738(JP,A)
【文献】SUZUKI,Y. et al.,Cat peripheral nerve regeneration across 50 mm gap repaired with a novel nerve guide composed of fre,Neuroscience Letters,1999年,Vol.259,p.75-78,ISSN 0304-3940, 要旨
【文献】松浦忍 ほか,シート状生体吸収素材アルギン酸ゲル・スポンジを用いた陰茎海綿体神経の再生,日本泌尿器科学会雑誌,2006年,Vol.97, No.2,p.199(267), APP-089,ISSN 0021-5287, 全文
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 31/00
A61K 47/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)エンドトキシン含有量が500EU/g以下のアルギン酸、そのエステル及びその塩からなる群から選択される少なくとも1種が、下記の一般式(I)で表される化合物およびその塩から選択される少なくとも1種の架橋性試薬で共有結合架橋された架橋体、並びに(B)ポリグリコール酸、ポリ乳酸、およびそれらの共重合体、ポリカプロラクトン、並びに、ポリジオキサノンからなる群から選択される少なくとも1種を含む、脳の損傷部に被覆および/または充填して用いられる、非管状の脳損傷修復材料。
HN-(CH-NHR (I)
[式中、RおよびRはそれぞれ独立して水素原子または式:-COCH(NH)-(CH-NHで表される基を示し、nは2~18の整数を示す。]
【請求項2】
架橋性試薬が、上記の一般式(I)で表される化合物のN-ヒドロキシコハク酸イミド塩である請求項1に記載の脳損傷修復材料。
【請求項3】
上記の一般式(I)で表される化合物のN-ヒドロキシコハク酸イミド塩が、ジアミノエタンの2N-ヒドロキシコハク酸イミド塩、ジアミノヘキサンの2N-ヒドロキシコハク酸イミド塩、N,N’-ジ(リジル)-ジアミノエタンの4N-ヒドロキシコハク酸イミド塩、および、N-(リジル)-ジアミノヘキサンの3N-ヒドロキシコハク酸イミド塩からなる群から選択される少なくとも1種である請求項2記載の脳損傷修復材料。
【請求項4】
キセロゲルの形態である、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の脳損傷修復材料。
【請求項5】
電子線及び/又はγ線が照射された、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の脳損傷修復材料。
【請求項6】
前記材料を、縦2cm×横2cmのサイズ(厚さは問わない)となるように裁断し、その裁断面の1つから5mm離れた位置で該材料を挟むようにダブルクリップで把持し(把持部A)、該材料の把持部Aに相対する裁断面(B)から10mmまでの領域を生理食塩水に15分間浸漬した後、該材料の該裁断面(B)から5mm離れた位置の中央部に、針付き縫合糸を貫通させて、縫合糸の両端を器具に固定し、該把持部Aを材料の正方形面に水平に、速度10mm/分で引っ張る引き裂き試験を行ったときの最大試験力(荷重)が、0.10(N)~10.0(N)である、請求項1ないし5のいずれか1項に記載の脳損傷修復材料。
【請求項7】
前記材料を縦1cm×横1cmのサイズ(厚さは問わない)となるように裁断した該材料4個と生理食塩水25mLを50mLの容遠沈管に入れて、恒温振とう水槽で、振とう幅を20mm、振とう数を往復120回/分、温度50℃で振とうする分解性試験を行うとき、振とう開始から72時間後の材料の残存率が10%~80%である、請求項1ないし6のいずれか1項に記載の脳損傷修復材料。
【請求項8】
前記材料中のアルギン酸、そのエステルおよびその塩からなる群から選択される少なくとも1種の含量が、アルギン酸ナトリウムに換算して、0.2mg/cm~12mg/cmである、請求項1ないし7のいずれか1項に記載の脳損傷修復材料。
【請求項9】
前記材料中のポリグリコール酸、ポリ乳酸、およびそれらの共重合体、ポリカプロラクトン、並びに、ポリジオキサノンからなる群から選択される少なくとも1種の含量が、0.05mg/cm~30mg/cmである、請求項1ないし8のいずれか1項に記載の脳損傷修復材料。
【請求項10】
前記脳損傷部が、外傷性損傷、疾患による損傷、および手術時の損傷からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1~9のいずれか1項に記載の脳損傷修復材料。
【請求項11】
前記手術時の損傷が、脳動静脈奇形(AVM)手術時の損傷、腫瘍摘出による損傷、脳動脈瘤治療におけるクリッピングによる損傷、脳損傷部の処置に伴う損傷、および脳手術時に用いられる器具による損傷からなる群から選択される少なくとも1種である請求項10に記載の脳損傷修復材料。
【請求項12】
少なくとも以下の工程を含む脳損傷修復材料を製造する方法。
(1)エンドトキシン含有量が500EU/g以下のアルギン酸、そのエステル及びその塩からなる群から選択される少なくとも1種を含む溶液と、下記の一般式(I)で表される化合物およびその塩から選択される少なくとも1種の架橋性試薬とを混合する工程、
(2)(1)で得られた混合物と、ポリグリコール酸、ポリ乳酸、およびそれらの共重合体、ポリカプロラクトン、並びに、ポリジオキサノンからなる群から選択される少なくとも1種とを型に入れて一定時間静置し、架橋体とする工程、
(3)(2)で得られた架橋体を洗浄し、その後、凍結乾燥する工程、
(4)(3)で得られた架橋体に対して、電子線および/またはγ線を照射する工程。
HN-(CH-NHR (I)
[式中、RおよびRはそれぞれ独立して水素原子または式:-COCH(NH)-(CH-NHで表される基を示し、nは2~18の整数を示す。]
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳の損傷部を修復するための脳損傷修復材料に関する。
【背景技術】
【0002】
脳は、中枢神経系の主要部であり、硬膜、くも膜および軟膜からなる3層の髄膜に包まれて頭蓋腔内にある。くも膜と軟膜の間には髄液が流れ、この髄液が脳を守るクッションの役割を果たす。脳は、大脳、間脳、中脳、小脳、橋および延髄に区分できる。脳を構成する細胞は、神経細胞とグリア細胞であり、これに血管が加わる。グリア細胞は、アストログリア、オリゴデンドログリア、上衣細胞およびミクログリアの4種からなり、神経細胞に栄養を渡したり、神経細胞を支持したり、神経細胞を電気的に遮蔽したり、神経細胞を外部環境から隔絶したりして、神経細胞の機能を補助する。
【0003】
このような脳は、柔らかく傷つきやすい組織であるため、様々な要因で損傷を受け得る。脳損傷としては、例えば、外傷性損傷、疾患による損傷、手術時の損傷などである。しかしながら、脳はいったん損傷が生じると修復が起こりにくいという問題がある。
【0004】
脳の損傷部の修復が起こりにくい理由として、次の3つが考えられる。1つは、障害部位にアストログリアの増殖が起こり、これを越えて再生軸索が伸長できないからである。2つ目は、オリゴデンドログリアから軸索の伸長を抑制する因子が分泌されるからである。3つ目は、末梢神経系の髄鞘には基底膜があり再生軸索はこの基底膜によるトンネル構造によりその伸長をガイドされるものの、脳などの中枢神経系の髄鞘には基底膜がなく、そのために再生軸索をガイドする構造がないためである。
【0005】
脳損傷は、損傷を受けた部位や範囲に応じて、麻痺や感覚障害、手足の震えなどの症状、失語、失行、失認および記憶障害を含む高次脳機能障害など、様々な症状を引き起こす。
【0006】
このため、脳の損傷部を修復することが可能な材料が求められていた。しかしながら、従来、脳損傷部に適用し、脳損傷を修復する、臨床で使用可能な材料はなかった。
【0007】
例えば、手術により生じた脳の損傷部には止血の目的でフィブリン糊が使用されていた。しかしながら、フィブリン糊には脳損傷部を修復する目的で使用されるものではない。また、脳の損傷部ではなく脳硬膜欠損部の補綴材として、医療機器(シームデュラ(登録商標)、ゴアテックス(登録商標)人工硬膜MVPなど)が販売されている。しかしながら、それらは脳硬膜の代替えとして脳脊髄液の滲出を防止できる人工硬膜であり(例えば、特許文献1~3)、脳損傷部の修復には至らない。
【0008】
また、エチレンジアミン共有結合架橋した凍結乾燥アルギン酸スポンジ材料やカルシウム架橋アルギネートハイドロゲルを用いて中枢神経である脊髄神経路を再生させる試みがなされている(例えば、特許文献4、非特許文献1~5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2004/080343号
【文献】国際公開第2005/102404号
【文献】米国特許出願公開2012/0029654号明細書
【文献】特許第4531887号明細書
【非特許文献】
【0010】
【文献】Neuro Report (1999) 10, p.2891-2894
【文献】人工臓器 (2000) 29(1), p.228-232
【文献】Journal of Biomedical Materials Research (2001) 54, p.373-384
【文献】J. Jpn. Orthop. Assoc. (2003) 77(8), S1064, 2-2-S7-4
【文献】Journal of Biomedical Materials Research (2016) 104A, p.611-619
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
このような状況の下、脳損傷を修復可能な、臨床上有用な生体適合性材料が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
従来、脳の損傷部には止血の目的でフィブリン糊が使用される。しかしながら、脳の欠損部にフィブリン糊を充填したところ、アストロサイトの突起が、欠損部の境界に密に分布し、これが障害(バリア)となって、神経軸索の伸長を阻害していると考えられた。本発明者らは、脳の欠損部に、フィブリン糊ではなく、後述の一般式(I)で表される化合物および/またはその塩で架橋したアルギン酸架橋体とポリグリコール酸(PGA)を含む平板のキセロゲル状材料を充填するように適用した。その結果、該材料を充填した脳の欠損部で神経軸索伸長が観察された。この観察結果は、アルギン酸架橋体を含む材料には、アストロサイトによるバリア形成を抑制し、神経軸索を伸長させ得る作用があることを示唆するものである。本発明者は、これらの知見に基づき鋭意検討を重ね、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0013】
(1-1)(A)低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類が、下記の一般式(I)で表される化合物およびその塩から選択される少なくとも1種の架橋性試薬で共有結合架橋された架橋体を含む、脳の損傷部に被覆および/または充填して用いられる、非管状の脳損傷修復材料。
HN-(CH-NHR (I)
[式中、RおよびRはそれぞれ独立して水素原子または式:-COCH(NH)-(CH-NHで表される基を示し、nは2~18の整数を示す。]
(1-2)さらに(B)生体内吸収性高分子を含む、(1-1)に記載の脳損傷修復材料。
(1-3)分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類が、アルギン酸、そのエステルおよびその塩からなる群から選択される少なくとも1種である、(1-1)または(1-2)のいずれかに記載の脳損傷修復材料。
(1-4)架橋性試薬が、上記の一般式(I)で表される化合物のN-ヒドロキシコハク酸イミド塩である(1-1)ないし(1-3)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-5)上記の一般式(I)で表される化合物のN-ヒドロキシコハク酸イミド塩が、ジアミノエタンの2N-ヒドロキシコハク酸イミド塩、ジアミノヘキサンの2N-ヒドロキシコハク酸イミド塩、N,N’-ジ(リジル)-ジアミノエタンの4N-ヒドロキシコハク酸イミド塩、および、N-(リジル)-ジアミノヘキサンの3N-ヒドロキシコハク酸イミド塩からなる群から選択される少なくとも1種である(1-4)に記載の脳損傷修復材料。
(1-6)キセロゲルの形態である、(1-1)ないし(1-5)のいずか1つの記載の脳損傷修復材料。
(1-7)生体内吸収高分子が、ポリグリコール酸、ポリ乳酸、およびそれらの共重合体、ポリカプロラクトン、並びに、ポリジオキサノンからなる群から選択される少なくとも1種である、(1-2)ないし(1-6)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-8)7日~270日で適用部位から消失する、(1-1)ないし(1-7)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-9)電子線及び/又はγ線が照射された、(1-1)ないし(1-8)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-10)電子線及び/又はγ線が、吸収線量1kGy~100kGyで照射された、(1-1)ないし(1-9)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-11)前記材料を、縦2cm×横2cmのサイズ(厚さは問わない)となるように裁断し、その裁断面の1つから5mm離れた位置で該材料を挟むようにダブルクリップで把持し(把持部A)、該材料の把持部Aに相対する裁断面(B)から10mmまでの領域を生理食塩水に15分間浸漬した後、該材料の該裁断面(B)から5mm離れた位置の中央部に、針付き縫合糸を貫通させて、縫合糸の両端を器具に固定し、該把持部Aを材料の正方形面に水平に、速度10mm/分で引っ張る引き裂き試験を行ったときの最大試験力(荷重)が、0.10(N)~10.0(N)である、(1-1)ないし(1-10)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-12)前記材料中のアルギン酸、そのエステルおよびその塩からなる群から選択される少なくとも1種の含量が、アルギン酸ナトリウムに換算して、0.2mg/cm~12mg/cmである、(1-3)ないし(1-11)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-13)前記材料中の生体内吸収性高分子の含量が、0.05mg/cm~30mg/cmである、(1-2)ないし(1-12)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-14)前記材料を縦1cm×横1cmのサイズ(厚さは問わない)となるように裁断した該材料4個と生理食塩水25mLを50mLの容遠沈管に入れて、恒温振とう水槽で、振とう幅を20mm、振とう数を往復120回/分、温度50℃で振とうする分解性試験を行うとき、振とう開始から72時間後の材料の残存率が10%~80%である、(1-1)ないし(1-13)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-15)前記分解性試験において、開始から72時間後の残存率が、開始から4時間後の残存率と比較して低下を示す、(1-14)に記載の脳損傷修復材料。
(1-16)前記分解性試験において、開始から4時間後の残存率が55%以上である、(1-14)または(1-15)のいずれかに記載の脳損傷修復材料。
(1-17)低エンドトキシンのアルギン酸、そのエステルおよびその塩からなる群から選択される少なくとも1種のGPC-MALSにより測定された重量平均分子量(絶対分子量)が8万以上である、(1-3)ないし(1-16)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-18)低エンドトキシンのアルギン酸、そのエステルおよびその塩からなる群から選択される少なくとも1種のM/G比が0.4~3.0である、(1-3)ないし(1-17)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-19)分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類が、100EU/g以下のエンドトキシン含有量である、(1-1)ないし(1-18)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-20)前記脳損傷部が、外傷性損傷、疾患による損傷、および手術時の損傷からなる群から選択される少なくとも1種である、(1-1)ないし(1-19)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
(1-21)前記手術時の損傷が、脳動静脈奇形(AVM)手術時の損傷、腫瘍摘出による損傷、脳動脈瘤治療におけるクリッピングによる損傷、脳損傷部の処置に伴う損傷、および脳手術時に用いられる器具による損傷からなる群から選択される少なくとも1種である(1-20)に記載の脳損傷修復材料。
(1-22)脳の損傷部が欠損部である、(1-1)ないし(1-21)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
【0014】
(1-23)(A)低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類が、下記の一般式(I)で表される化合物およびその塩から選択される少なくとも1種の架橋性試薬で共有結合架橋された架橋体、並びに(B)生体内吸収性高分子を含む、脳の損傷部に被覆および/または充填して用いられる、非管状の脳損傷部被覆材料。
【0015】
(1-24)(1-1)ないし(1-22)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料を、脳の損傷部に被覆および/または充填する工程を含む、脳の損傷部の修復を必要とする対象において、脳の損傷部を修復する方法。
(1-25)(1-1)ないし(1-22)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料、または、(1-23)に記載の脳損傷部被覆材料を、脳の損傷部に被覆および/または充填する工程を含む、脳の損傷部の治療を必要とする対象において、脳の損傷部を治療する方法。
(1-26)(1-1)ないし(1-22)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料を用いる、脳損傷部の修復において使用されるための、前記低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類。
(1-27)(1-1)ないし(1-22)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料、または、(1-23)に記載の脳損傷部被覆材料を用いる、脳損傷部の治療において使用されるための、前記低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類。
(1-28)(1-1)ないし(1-22)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料を製造するための、前記低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類及び/又は前記一般式(I)で表される化合物およびその塩から選択される少なくとも1種の架橋性試薬の使用であって、前記脳損傷修復材料が脳の損傷部を被覆および/または充填するように用いられる、前記使用。
(1-29)少なくとも以下の工程を含む脳損傷修復材料を製造する方法。
(1)低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類を含む溶液と、上記の一般式(I)で表される化合物およびその塩から選択される少なくとも1種の架橋性試薬とを混合する工程、
(2)(1)で得られた混合物と、生体内吸収性高分子とを型に入れて一定時間静置し、架橋体とする工程、
(3)(2)で得られた架橋体を洗浄し、その後、凍結乾燥する工程、
(4)(3)で得られた架橋体に対して、電子線および/またはγ線を照射する工程。
【0016】
本発明はまた、以下の態様の脳損傷修復材料を提供する。
(2-1)低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類を含む、脳の損傷部に被覆および/または充填して用いられる、脳損傷部への適用時に流動性を有し、適用後に硬化する、脳損傷修復材料。
(2-2)分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類が、アルギン酸、そのエステルおよびその塩からなる群から選択される少なくとも1種である、(2-1)に記載の脳損傷修復材料。
(2-3)架橋性試薬により硬化する、(2-1)または(2-2)に記載の脳損傷修復材料。
(2-4)架橋性試薬が2価以上の金属イオン化合物である、(2-3)に記載の脳損傷修復材料。
(2-5)前記脳損傷部が、外傷性損傷、疾患による損傷、および手術時の損傷からなる群から選択される少なくとも1種である、(2-1)ないし(2-4)のいずれか1つに記載の脳損傷修復材料。
【0017】
本発明はまた、以下の態様の神経再生誘導用材料を提供する。
(3-1)(A)低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類が、下記の一般式(I)で表される化合物およびその塩から選択される少なくとも1種の架橋性試薬で共有結合架橋された架橋体を含む、神経の損傷部の再生のために用いられる神経再生誘導用材料。
HN-(CH-NHR (I)
[式中、RおよびRはそれぞれ独立して水素原子または式:-COCH(NH)-(CH-NHで表される基を示し、nは2~18の整数を示す。]
(3-2)分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類が、アルギン酸、そのエステルおよびその塩からなる群から選択される少なくとも1種である、(3-1)に記載の神経再生誘導用材料。
(3-3)架橋性試薬が、上記の一般式(I)で表される化合物のN-ヒドロキシコハク酸イミド塩である、(3-1)または(3-2)のいずれかに記載の神経再生誘導用材料。
(3-4)上記の一般式(I)で表される化合物のN-ヒドロキシコハク酸イミド塩が、ジアミノエタンの2N-ヒドロキシコハク酸イミド塩、ジアミノヘキサンの2N-ヒドロキシコハク酸イミド塩、N,N’-ジ(リジル)-ジアミノエタンの4N-ヒドロキシコハク酸イミド塩、および、N-(リジル)-ジアミノヘキサンの3N-ヒドロキシコハク酸イミド塩からなる群から選択される少なくとも1種である、(3-3)に記載の神経再生誘導用材料。
(3-5)キセロゲルの形態である、(3-1)ないし(3-4)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料。
(3-6)非管状である、(3-1)ないし(3-5)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料。
(3-7)さらに、(B)生体内吸収性高分子を含む、(3-1)ないし(3-6)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料。
(3-8)生体内吸収性高分子が、ポリグリコール酸、ポリ乳酸、およびそれらの共重合体、ポリカプロラクトン、並びに、ポリジオキサノンからなる群から選択される少なくとも1種である、(3-7)に記載の神経再生誘導用材料。
(3-9)前記材料を、縦2cm×横2cmのサイズ(厚さは問わない)となるように裁断し、その裁断面の1つから5mm離れた位置で該材料を挟むようにダブルクリップで把持し(把持部A)、該材料の把持部Aに相対する裁断面(B)から10mmまでの領域を生理食塩水に15分間浸漬した後、該材料の該裁断面(B)から5mm離れた位置の中央部に、針付き縫合糸を貫通させて、縫合糸の両端を器具に固定し、該把持部Aを材料の正方形面に水平に、速度10mm/分で引っ張る引き裂き試験を行ったときの最大試験力(荷重)が、0.10(N)~10.0(N)である、(3-1)ないし(3-8)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料。
(3-10)前記材料中のアルギン酸、そのエステルおよびその塩からなる群から選択される少なくとも1種の含量が、アルギン酸ナトリウムに換算して、0.2mg/cm~12mg/cmである、(3-2)ないし(3-9)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料。
(3-11)前記材料中の生体内吸収性高分子の含量が、0.05mg/cm~30mg/cmである、(3-7)ないし(3-10)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料。
(3-12)前記材料を縦1cm×横1cmのサイズ(厚さは問わない)となるように裁断した該材料4個と生理食塩水25mLを50mLの容遠沈管に入れて、恒温振とう水槽で、振とう幅を20mm、振とう数を往復120回/分、温度50℃で振とうする分解性試験を行うとき、振とう開始から72時間後の材料の残存率が10%~80%である、(3-1)ないし(3-11)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料。
(3-13)前記分解性試験において、開始から72時間後の残存率が、開始から4時間後の残存率と比較して低下を示す、(3-12)に記載の神経再生誘導用材料。
(3-14)前記分解性試験において、開始から4時間後の残存率が55%以上である、(3-12)または(3-13)のいずれかに1つに記載の神経再生誘導用材料。
(3-15)低エンドトキシンのアルギン酸、そのエステルおよびその塩からなる群から選択される少なくとも1種のGPC-MALSにより測定された重量平均分子量(絶対分子量)が8万以上である、(3-2)ないし(3-14)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料。
(3-16)低エンドトキシンのアルギン酸、そのエステルおよびその塩からなる群から選択される少なくとも1種のM/G比が0.4~3.0である、(3-2)ないし(3-15)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料。
(3-17)分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類が、100EU/g以下のエンドトキシン含有量である、(3-1)ないし(3-16)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料
(3-18)末梢神経および/または中枢神経の損傷部の再生のために用いられる、(3-1)ないし(3-17)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料。
(3-19)神経の分岐部および/または神経叢部の損傷部の再生のために用いられる、(3-1)ないし(3-18)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料。
(3-20)神経の分岐部および/または神経叢部の損傷部が、前立腺、膀胱、陰茎海綿体、腕、四肢、顔面、頸、腰、仙骨、腰仙骨、陰部、心臓、腹腔、下下腹、骨盤、胸腔内及び腸壁内からなる群から選択される少なくとも1種に存在する、(3-19)に記載の神経再生誘導用材料。
(3-21)腫瘍切除、リンパ節の郭清、および/または外傷に伴う神経損傷部の再生、並びに、組織再建に伴う神経損傷部の再生、からなる群から選択される少なくとも1種の神経損傷部の再生のために用いられる、(3-1)ないし(3-20)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料。
【0018】
(3-22)(3-1)ないし(3-21)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料を神経の損傷部に適用する工程を含む、神経の損傷部の再生を必要とする対象において神経の損傷部の再生を誘導する方法。
(3-23)(3-1)ないし(3-21)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料を神経の損傷部に適用する工程を含む、神経の損傷部の治療を必要とする対象において、神経の損傷部を治療する方法。
(3-24)(3-1)ないし(3-21)のいずれか1つに記載の神経再生誘導用材料を用いる、神経の損傷部の再生において使用されるための前記低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類。
(3-25)(3-1)ないし(3-21)のいずれか1つの記載の神経再生誘導用材料を製造するための、前記低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類および/または前記一般式(I)で表される化合物およびその塩から選択される少なくとも1種の架橋性試薬の使用であって、前記神経再生誘導用材料が神経の損傷部に適用され、神経を再生するように用いられる、前記使用。
(3-26)少なくとも以下の工程を含む神経再生誘導用材料を製造する方法。
(1)低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類を含む溶液と、上記の一般式(I)で表される化合物およびその塩から選択される少なくとも1種の架橋性試薬とを混合する工程、
(2)(1)で得られた混合物と、生体内吸収性高分子とを型に入れて一定時間静置し、架橋体とする工程、
(3)(2)で得られた架橋体を洗浄し、その後、凍結乾燥する工程、
(4)(3)で得られた架橋体に対して、電子線および/またはγ線を照射する工程。
【発明の効果】
【0019】
本発明は、脳損傷を修復可能な、臨床上有用な生体適合性材料を提供する。
いくつかの態様の脳損傷修復材料は、体内消失時間がコントロールされており、脳損傷修復効果に優れる。
いくつかの態様の脳損傷修復材料は、キセロゲル状及び/又はシート状であるため、使用する患部に適した大きさに、その場で切断して使用できるため、予め脳損傷の部位や範囲に応じた規格を複数用意する必要が無い。また、内視鏡下、腹腔鏡下等で脳損傷修復材料を神経の損傷部へ適用することも可能である。
いくつかの態様の脳損傷修復材料は、生体内吸収性高分子を含むことにより、適度な強度を備え、患部への適用時に縫合糸で縫合して用いることも可能である。一方で、本発明の材料は縫合しなくても使用でき、縫合しない場合には、比較的簡易に施術を行うことができるという利点がある。
いくつかの態様の脳損傷修復材料は、生体内吸収性高分子を含むことにより、適度な強度を有し、患部への適用時に操作性に優れる。また、製造過程で、形状が変形しにくく、取扱い性に優れ、製造効率も高いという利点を有する。
いくつかの態様の脳損傷修復材料は、一定期間経過後は体内から消失するため、安全性及び生体適合性に優れる。
本発明の脳損傷修復材料は、上記のいずれか1以上の効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】坐骨神経の分岐部欠損部に対してA-3EDA・PGA50を適用した術後8週の写真である。
図2】坐骨神経の分岐部欠損部に対してA-2EDA・PGA100を適用した術後8週の写真である。
図3】坐骨神経の分岐部欠損部に対してA-2EDA・PGA100を適用した術後8週の脛骨神経側の再生軸索の染色写真である。
図4】坐骨神経の分岐部欠損部に対してA-2EDA・PGA100を適用した術後8週の腓骨神経側の再生軸索の染色写真である。
図5】坐骨神経の分岐部の欠損部にアルギン酸架橋体を適用して再生誘導効果をみる試験の模式図を示す。円筒形は神経を表し、長方形はアルギン酸架橋体を表す。実施例では、2枚のアルギン酸架橋体で神経切断部を挟むように、該架橋体を設置した。
図6】坐骨神経の分岐部欠損部に対してアルギン酸架橋体A-2EDA(試料番号1)を適用した術後8週の写真である。矢印は、再生された神経軸索が細く、十分に再生していないと考えられる箇所を示す。
図7】アルギン酸架橋体の分解性をin vitro試験で評価した結果を示すグラフである。
図8】アルギン酸架橋体の分解性をin vitro試験で評価した結果を示すグラフである。
図9】アルギン酸架橋体の分解性をin vitro試験で評価した結果を示すグラフである。
図10】皮膚線維芽細胞(NHDF)の細胞接着性および細胞増殖性を評価した結果を示すグラフである。
図11】実施例10のアルギン酸架橋体の引き裂き試験の試験方法を示す模式図である。
図12】6種のアルギン酸架橋体に対して引き裂き試験を行ったときの最大試験力(N)の平均値を示すグラフである。
図13】側頭葉の欠損部にアルギン酸架橋体を適用した術後4週の再生軸索の染色写真である(GFAP免疫染色)。
図14】側頭葉の欠損部にアルギン酸架橋体を適用した術後4週の再生軸索の染色写真である(Neuro Filament免疫染色)。
図15】側頭葉の欠損部にアルギン酸架橋体を適用した術後4週の再生軸索の染色写真である(β-Tubulin免疫染色)。
図16】側頭葉の欠損部にアルギン酸架橋体を適用した術後8週の再生軸索の染色写真である(GFAP免疫染色)。
図17】側頭葉の欠損部にアルギン酸架橋体を適用した術後8週の再生軸索の染色写真である(Neuro Filament免疫染色)
図18】側頭葉の欠損部にアルギン酸架橋体を適用した術後8週の再生軸索の染色写真である(β-Tubulin免疫染色)。
図19】側頭葉の欠損部にフィブリン糊を適用した術後4週の再生軸索の染色写真である(GFAP免疫染色)。
【発明を実施するための形態】
【0021】
1.分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類
いくつかの態様では、分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類を1種又は2種以上用いて脳損傷修復材料を作製することができる。分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類は、例えば、アルギン酸、カルボキシメチルデンプン、ヒアルロン酸、カルボキシメチルセルロース等の多糖類、そのエステルおよびその塩が挙げられる。生体内吸収性多糖類は、生体内で分解され吸収されることが好ましい。また、多糖類は、細胞接着性のない生体内吸収性の多糖類であることが好ましい。好ましくは、アルギン酸、そのエステル及びその塩から選択される少なくとも1種である。なお、本明細書において、「脳損傷修復材料」は「本発明の材料」という場合がある。
【0022】
2.アルギン酸、そのエステルおよびその塩
用いられる「アルギン酸」「アルギン酸エステル」「アルギン酸塩」は、天然由来でも合成物であってもよく、天然由来であるのが好ましい。本明細書において「アルギン酸、そのエステルおよびその塩から選択される少なくとも1種」を「アルギン酸類」と記載する場合がある。好ましく用いられるアルギン酸類は、レッソニア、マクロシスティス、ラミナリア、アスコフィラム、ダービリア、カジカ、アラメ、コンブなどの褐藻類から抽出される生体内吸収性の多糖類であって、D-マンヌロン酸(M)とL-グルロン酸(G)という2種類のウロン酸が直鎖状に重合したポリマーである。より具体的には、D-マンヌロン酸のホモポリマー画分(MM画分)、L-グルロン酸のホモポリマー画分(GG画分)、およびD-マンヌロン酸とL-グルロン酸がランダムに配列した画分(M/G画分)が任意に結合したブロック共重合体である。
【0023】
アルギン酸類のD-マンヌロン酸とL-グルロン酸の構成比(M/G比)は、主に海藻等の由来となる生物の種類によって異なり、また、その生物の生育場所や季節による影響を受け、M/G比が約0.2の高G型からM/G比が約5の高M型まで高範囲にわたる。アルギン酸類のゲル化能力は生成したゲルの性質は、M/G比によって影響を受け、一般的に、G比率が高い場合にはゲル強度が高くなることが知られている。M/G比は、その他にも、ゲルの硬さ、もろさ、吸水性、柔軟性などにも影響を与える。用いるアルギン酸類および/またはその塩のM/G比は、通常、0.2~4.0であり、より好ましくは、0.4~3.0、さらに好ましくは0.5~3.0である。本明細書において「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値および最大値として含む範囲を示す。
【0024】
用いられる「アルギン酸エステル」「アルギン酸塩」とは、特に限定されないが、架橋剤と反応させるため、架橋反応を阻害しない官能基を有していないことが必要である。アルギン酸エステルとしては、好ましくは、アルギン酸プロピレングリコールが挙げられる。
【0025】
アルギン酸塩としては、例えば、アルギン酸の1価の塩、アルギン酸の2価の塩が挙げられる。
【0026】
アルギン酸の1価の塩は、好ましくは、アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウム、アルギン酸アンモニウムなどが挙げられ、より好ましくは、アルギン酸ナトリウムまたはアルギン酸カリウムであり、とりわけ好ましくは、アルギン酸ナトリウムである。
【0027】
アルギン酸の2価の塩は、好ましくは、アルギン酸カルシウム、アルギン酸マグネシウム、アルギン酸バリウム、アルギン酸ストロンチウムなどが挙げられる。
【0028】
アルギン酸類は、高分子多糖類であり、分子量を正確に定めることは困難であるが、一般的に重量平均分子量で1000~1000万、好ましくは1万~800万、より好ましくは2万~300万の範囲である。天然物由来の高分子物質の分子量測定では、測定方法により値に違いが生じうることが知られている。
【0029】
例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)又はゲルろ過クロマトグラフィー(これらを合わせてサイズ排除クロマトグラフィーともいう)により測定した重量平均分子量は、好ましくは10万以上、より好ましくは50万以上であり、また好ましくは、500万以下、より好ましくは300万以下である。その好ましい範囲は、10万~500万であり、より好ましくは50万~350万である。
【0030】
また、例えば、GPC-MALS法によれば、絶対重量平均分子量を測定することができる。GPC-MALS法により測定した重量平均分子量(絶対分子量)は、好ましくは1万以上、より好ましくは8万以上、さらに好ましくは9万以上であり、また好ましくは、100万以下、より好ましくは80万以下、さらに好ましくは70万以下、とりわけ好ましくは50万以下である。その好ましい範囲は、1万~100万であり、より好ましくは8万~80万であり、さらに好ましくは9万~70万、とりわけ好ましくは9万~50万である。
【0031】
通常、高分子多糖類の分子量を上記のような手法で算出する場合、10~20%の測定誤差を生じうる。例えば、40万であれば32~48万、50万であれば40~60万、100万であれば80~120万程度の範囲で値の変動が生じうる。
【0032】
アルギン酸類の分子量の測定は、常法に従い測定することができる。
分子量測定にゲル浸透クロマトグラフィーを用いる場合の代表的な条件は、本明細書の実施例1に記載のとおりである。カラムは、例えば、GMPW-XL×2+G2500PW-XL(7.8mm I.D.×300mm)を用いることができ、溶離液は、例えば、200mM硝酸ナトリウム水溶液とすることができ、分子量標準としてプルランを用いることができる。
【0033】
分子量測定にGPC-MALSを用いる場合の代表的な条件は、本明細書の実施例1に記載のとおりである。検出器として、例えば、RI検出器と光散乱検出器(MALS)を用いることができる。
【0034】
用いられるアルギン酸類の粘度は、特に限定されないが、1w/w%のアルギン酸類の水溶液として粘度を測定した場合、好ましくは、10mPa・s~1000mPa・s、より好ましくは、50mPa・s~800mPa・sである。
アルギン酸類の水溶液の粘度の測定は、常法に従い測定することができる。例えば、回転粘度計法の、共軸二重円筒形回転粘度計、単一円筒形回転粘度計(ブルックフィールド型粘度計)、円すい-平板形回転粘度計(コーンプレート型粘度計)等を用いて測定することができる。好ましくは、日本薬局方(第16版)の粘度測定法に従うことが望ましい。本発明においては、より好ましくは、コーンプレート型粘度計を用いることが好ましい。この場合の代表的な測定条件は、実施例1に記載のとおりである。
【0035】
アルギン酸類は、褐藻類から抽出された当初は、分子量が大きく、粘度が高めだが、熱による乾燥、精製などの過程で、分子量が小さくなり、粘度は低めとなる。製造工程の温度等の条件管理、原料とする褐藻類の選択、製造工程における分子量の分画などの手法により分子量の異なるアルギン酸類を製造することができる。さらに、異なる分子量あるいは粘度を持つ別ロットのアルギン酸類と混合することにより、目的とする分子量を有するアルギン酸類とすることも可能である。
【0036】
用いられる分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類は、好ましくは低エンドトキシンの生体内吸収性多糖類である。低エンドトキシンとは、実質的に炎症、または発熱を惹起しない程度にまでエンドトキシンレベルが低いことをいう。より好ましくは、低エンドトキシン処理された生体内吸収性多糖類であることが望ましい。
【0037】
低エンドトキシン処理は、公知の方法またはそれに準じる方法によって行うことができる。例えば、ヒアルロン酸ナトリウムを精製する、菅らの方法(例えば、特開平9-324001号公報など参照)、β1,3-グルカンを精製する、吉田らの方法(例えば、特開平8-269102号公報など参照)、アルギネート、ゲランガム等の生体高分子塩を精製する、ウィリアムらの方法(例えば、特表2002-530440号公報など参照)、ポリサッカライドを精製する、ジェームスらの方法(例えば、国際公開第93/13136号パンフレットなど参照)、ルイスらの方法(例えば、米国特許第5589591号明細書など参照)、アルギネートを精製する、ハーマンフランクらの方法(例えば、Appl Microbiol Biotechnol(1994)40:638-643など参照)等またはこれらに準じる方法によって実施することができる。本発明の低エンドトキシン処理は、それらに限らず、洗浄、フィルター(エンドトキシン除去フィルターや帯電したフィルターなど)によるろ過、限外ろ過、カラム(エンドトキシン吸着アフィニティーカラム、ゲルろ過カラム、イオン交換樹脂によるカラムなど)を用いた精製、疎水性物質、樹脂または活性炭などへの吸着、有機溶媒処理(有機溶媒による抽出、有機溶剤添加による析出・沈降など)、界面活性剤処理(例えば、特開2005-036036号公報など参照)など公知の方法によって、あるいはこれらを適宜組合せて実施することができる。これらの処理の工程に、遠心分離など公知の方法を適宜組み合わせてもよい。アルギン酸の種類に合わせて適宜選択するのが望ましい。
【0038】
エンドトキシンレベルは、公知の方法で確認することができ、例えば、リムルス試薬(LAL)による方法、エントスペシー(登録商標)ES-24Sセット(生化学工業株式会社)を用いる方法などによって測定することができる。
【0039】
用いられる生体内吸収性多糖類のエンドトキシンの処理方法は特に限定されないが、その結果として、生体内吸収性多糖類のエンドトキシン含有量が、リムルス試薬(LAL)によるエンドトキシン測定を行った場合に、500エンドトキシン単位(EU)/g以下であることが好ましく、さらに好ましくは、100EU/g以下、とりわけ好ましくは、50EU/g以下、特に好ましくは、30EU/g以下である。低エンドトキシン処理されたアルギン酸ナトリウムは、例えば、Sea Matrix(登録商標)(持田製薬株式会社)、PRONOVATM UP LVG(FMCBioPolymer)など市販品により入手可能である。
【0040】
3.架橋性試薬
好ましく用いられる架橋性試薬は、下記の一般式(I)で表される化合物に包含されるアミン系化合物およびその塩から選択される少なくとも1種である。本明細書において、下記の一般式(I)で表される化合物は、アミン系化合物(I)という場合がある。
HN-(CH-NHR (I)
[式中、RおよびRはそれぞれ独立して水素原子または式:-COCH(NH)-(CH-NHで表される基を示し、nは2~18の整数を示す。]
具体例としては、ジアミノエタン、ジアミノプロパン、ジアミノブタン、ジアミノペンタン、ジアミノヘキサン、ジアミノヘプタン、ジアミノオクタン、ジアミノノナン、ジアミノデカン、ジアミノドデカン、ジアミノオクタデカンなどのジアミノアルカン類および/またはそれらの塩、N-(リジル)-ジアミノエタン、N,N’-ジ(リジル)-ジアミノエタン、N-(リジル)-ジアミノヘキサン、N,N’-ジ(リジル)-ジアミノヘキサンなどのモノまたはジ(リジル)ジアミノアルカン類および/またはそれらの塩などを挙げることができ、これらのジアミンおよびその塩の1種または2種以上を用いることができる。
【0041】
そのうちでも、アミン系化合物(I)および/またはその塩としては、上記の一般式(I)においてnが2~8である化合物および/またはその塩が好ましく用いられる。架橋性試薬がアミン系化合物(I)の塩からなる場合は、塩を形成する成分としては、N-ヒドロキシコハク酸イミドが好ましく用いられる。
【0042】
アミン系化合物(I)および/またはその塩からなる架橋性試薬としては、特にジアミノエタンの2N-ヒドロキシコハク酸イミド塩、ジアミノヘキサンの2N-ヒドロキシコハク酸イミド塩、N,N’-ジ(リジル)-ジアミノエタンの4N-ヒドロキシコハク酸イミド塩、N-(リジル)-ジアミノヘキサンの3N-ヒドロキシコハク酸イミド塩などが、安全性、生体適合性などが一層高く、且つ該架橋性試薬で共有結合架橋して得られる酸架橋体の脳損傷修復作用が一層良好であることから好ましく用いられる。
【0043】
4.脳損傷修復材料の作製
以下に、分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類の例として、アルギン酸類を用いたアルギン酸架橋体を含む脳損傷修復材料の作製を説明するが、他の多糖類についても下記に準じて作製することができる。
【0044】
キセロゲル状のアルギン酸架橋体は、例えば、アルギン酸類の水性溶液と、前記架橋性試薬と、水溶性カルボジイミド等の脱水縮合剤とを混合して溶解し、型に流し入れてゲル化させ、ゲルを洗浄後、凍結乾燥して得ることができる。
【0045】
架橋反応の温度は、通常4℃~37℃の範囲で行いうるが、反応効率の点から20℃~30℃の範囲で行うことが好ましい。
【0046】
脳損傷修復材料が、アルギン酸架橋体の他に他の成分を含む場合には、他の成分を含有させる工程の順は特に限定されず、例えば、他の成分を含有させる工程は、凍結乾燥前でも凍結乾燥後であってもよい。
【0047】
いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、望ましくは、キセロゲルの形態である。キセロゲルとは、ゲルが乾燥した状態ものをいう。ゲルは立体的な網目構造の中に水などの溶媒を含んだものであるが、キセロゲルは、溶媒を失って網目だけになったものをいう。本明細書において、キセロゲルは「スポンジ」という場合もある。
【0048】
アルギン酸類の溶液は、公知の方法またはそれに準じる方法により調製することができる。溶媒は、生体へ適用可能な溶媒であれば特に限定されないが、好ましくは水性溶媒であり、例えば、精製水、蒸留水、イオン交換水、ミリQ水、生理食塩水、リン酸緩衝生理食塩水、DMSOなどが好ましい。これらは、滅菌されていることが好ましく、低エンドトキシン処理されたものが好ましい。
【0049】
架橋率は、用いる架橋性試薬のモル比および架橋反応時間で制御することができる。架橋率を低くすると柔軟で含水率の高い架橋体が得られ、架橋率を高くすると強固で含水率が低くなる。架橋率は、架橋体の用途により適宜選択されうる。
【0050】
用いられる架橋性試薬のモル比は、特に限定されないが、好ましくは、アルギン酸類が有するカルボキシル基の総和に対して1モル%~50モル%の範囲であり、より好ましくは5モル%~40モル%の範囲である。
【0051】
架橋反応時間については、架橋反応は時間とともに進行するので、高い架橋率が必要な場合は反応時間を長くすることができる。反応時間は、通常6時間~96時間の範囲であり、反応効率の点で24時間~72時間の範囲であることが好ましい。
【0052】
また、架橋反応は、アルギン酸類の溶液濃度が低すぎると、十分な機械的強度を有する架橋体が得られず、また濃度が高すぎるとアルギン酸類の溶解に時間がかかり、かつ得られる架橋体の含水率が低くかつ硬くなり好ましくない。従って、アルギン酸類の溶液の濃度は、0.1%~5%の範囲にあることが好ましく、0.5%~3%の範囲にあることがさらに好ましい。
【0053】
架橋反応によって得られた架橋体は、それ自身でも実用的な強度と安定性を示すが、用途によりさらにイオン結合架橋、疎水結合架橋などの他のゲル化方法と併用してもよい。
【0054】
いくつかの態様では、脳損傷修復材料が、アルギン酸、そのエステルおよびその塩からなる群から選択される少なくとも1種(アルギン酸類)を含む場合、該材料1cmあたりのアルギン酸類の含量は、アルギン酸ナトリウムに換算して、0.2mg/cm~12mg/cmであることが好ましく、より好ましくは0.5mg/cm~7mg/cmであり、さらに好ましくは、1mg/cm~6mg/cmであり、とりわけ好ましくは、1mg/cm~5mg/cmである。本明細書において、「アルギン酸含量」の語は、該材料に含まれるアルギン酸類の量をアルギン酸ナトリウムの量に換算した値を表す。
【0055】
いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類の他に、例えば、ポリグリコール酸、ポリ乳酸、およびそれらの共重合体、ポリカプロラクトン、並びにポリジオキサノンなどの生体内吸収性高分子を1種又は2種以上含んでいてもよい。「ポリグリコール酸、ポリ乳酸、およびそれらの共重合体、ポリカプロラクトン、並びにポリジオキサノンからなる群から選択される少なくとも1種を含む」とは、これらの各成分を共重合体の一成分として含んでいてもよく、例えば、乳酸とカプロラクトンの共重合体、グリコール酸とカプロラクトンの共重合体、グリコール酸と乳酸ポリエステルの共重合体などであってもよい。ポリグリコール酸とポリ乳酸との共重合体(本明細書において「PLGA」ともいう)は、例えばポリグラクチン等として知られている。これらの高分子は、縫合糸の材料等として使用されており、生体吸収性を有し、生体適合性に優れる。これらの生体内吸収性高分子の形態は、特に限定されないが、好ましくは、不織布、織布、メッシュ、又はニードルパンチなどを用いることができ、より好ましくは不織布、メッシュ、又はニードルパンチの形態で用いられる。例えば、シート状の不織布の生体内吸収性高分子をトレイに敷き、生体内吸収性多糖類と架橋剤等を溶解した溶液をそのトレイに充填し、ゲル化させてもよい。脳損傷修復材料における、分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類と生体内吸収性高分子との配置は特に限定されない。分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類の層と生体内吸収性高分子の層とを積層したり、生体内吸収性高分子の2層の間に分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類の層を挟んだり、あるいは、1層に両者が混在していてもよい。本明細書の実施例5-(4)において、アルギン酸架橋体がPGA含有の有無に関わらず、神経再生誘導作用を発揮したことから、PGA以外の材料もPGAに替えて同様に使用することが可能である。これらの生体内吸収性高分子は、架橋体の強度を高め、脳損傷修復材料の取扱性を向上させることができる。本明細書の実施例7では、PGAを用いて作製された架橋体と同程度の含量のPLGAを用いて作製された架橋体とは同様の分解性を示したことから、これらの生体内吸収性高分子は、同様に使用できることが示唆された。好ましくは、脳損傷修復材料に用いる生体内吸収性高分子は、ポリグリコール酸を含有する高分子であり、あるいは、ポリグリコール酸および/またはポリグリコール酸とポリ乳酸との共重合体(PLGA)であることも望ましい。
【0056】
好ましい態様では、脳損傷修復材料は、0.05mg/cm~30mg/cmの生体内吸収性高分子を含有してもよく、より好ましくは、0.1mg/cm~10mg/cmであり、さらに好ましくは、0.5mg/cm~7mg/cmであり、とりわけ好ましくは、1mg/cm~5mg/cmであってもよい。脳損傷修復材料がこれらの生体内吸収性高分子を含有することにより、縫合もできる強度を備え、凍結乾燥による材料の変形を防ぎ、製造効率も高めることができる。また、本明細書の実施例において、これらの生体内吸収性高分子を含有した材料が、生体内吸収性高分子を含有しない材料と比較して、神経損傷の再生不十分な例が少ない傾向がみられたことから、生体内吸収性高分子を含有させることにより架橋体の強度が高まり、膝などの可動部においても架橋体が破断しにくく、安定的に軸索を再生させ得る可能性が示唆された。生体内吸収性高分子を含まないキセロゲル状の脳損傷修復材料を脳欠損部に適用すると、該材料が患部の水分を吸収して接着し、該材料の位置の調整ができない。一方、脳損傷修復材料が生体吸収性高分子を含有することにより、該材料が適度な強度を有し、患部に設置した後も該材料の位置を調整することが可能であり、手術時の操作性、取扱性に優れることが分かった。
【0057】
いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、その他の多糖類や高分子を、脳損傷修復材料の効果を妨げない範囲で含有してもよい。中でも、ヘパリンは、ヘパリン結合性の成長因子の徐放などの効果が確認されているため、脳損傷修復材料はヘパリンを含有することもできる。別のいくつかの態様では、脳損傷修復材料はヘパリンを含まない。
【0058】
また、いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、神経の成長に有用な因子を含んでいてもよい。神経の成長に有用な因子とは、例えば、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、神経成長因子(NGF)等が挙げられるがこれらに限定されない。しかしながら、脳損傷修復材料は、神経の成長に有用な因子を含まない場合でも神経再生の誘導効果を発揮することができる。別のいくつかの態様では、脳損傷修復材料はこれらの因子を含まない。
【0059】
架橋反応により得られたアルギン酸架橋体を含む材料は、通常、洗浄液により未反応の試薬や脱水縮合剤を除去し、精製することができる。洗浄液は、特に限定されないが、例えば、水、ECF(Extra Cellular Fluid)等を用いることができる。ECFは、精製水にCaCl(2.5mM)とNaCl(143mM)を溶解して作製しうる。ECFは、必要に応じて滅菌用のフィルターを通じた後に用いられてもよい。アルギン酸架橋体を含む材料をECFで洗浄した後は、残存するカルシウムを除去するため、水で洗浄することが好ましい。脳損傷修復材料は、凍結乾燥する前のゲル状の状態で用いられてもよい。
【0060】
アルギン酸架橋体の凍結乾燥は、当業者に知られた技術常識を用いて実施しうる。凍結乾燥の条件は適宜調節可能であり、一次乾燥工程、二次乾燥工程等を設けてもよい。
【0061】
いくつかの態様では、脳損傷修復材料の形状は特に限定されず、適用する神経の損傷部の範囲などを考慮し適宜選択することができる。例えば、キセロゲル状の形態のとき、非管状(例えば、平板状、湾曲状、凹凸のある平板状など)、および管状の形状をとることができるが、好ましくは非管状であり、より好ましくは、平板状である。脳損傷修復材料が平板状のとき、脳の損傷部の範囲に合わせて脳損傷修復材料をさらに切断して損傷部に適用することができるため、平板のサイズは特に限定されない。例えば、平板状の形状を、縦×横×高さ(厚さ)で表すと、縦と横の長さは特に限定されず、高さ(厚さ)は、好ましくは0.2mm~30mmであり、より好ましくは0.3mm~15mm、さらに好ましくは0.5mm~10mmであり、とりわけ好ましくは1mm~10mmである。さらに好ましくは、そのような高さ(厚さ)であることに加えて、縦と横の長さは、それぞれ、1mm~300mmx1mm~300mmであり、特に好ましくは、3mm~200mmx3mm~200mmであり、さらに好ましくは、5mm~150mmx5mm~150mmである。なお、厚さは均一でなくても良く、一方が厚くて他方が薄い、傾斜構造であってもよい。
【0062】
脳損傷修復材料は、滅菌処理がなされていることが好ましい。滅菌は、γ線滅菌、電子線滅菌、エチレンオキシドガス滅菌、エタノール滅菌等が挙げられ、これらに限定されない。いくつかの態様では、架橋体に電子線やγ線が照射されるため、滅菌効果も得ることができる。
【0063】
5.電子線及び/又はγ線照射された脳損傷修復材料
いくつかの態様では、低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類が、上述のアミン系化合物(I)および/またはその塩で共有結合架橋され、電子線及び/又はγ線が照射された架橋体を含む、脳損傷修復材料を提供する。この態様において、電子線及び/又はγ線を照射する対象は、生体吸収性多糖類が前記架橋剤で共有結合された架橋体のみでもよいし、脳損傷修復材料が生体内吸収性高分子や神経成長因子など他の成分を含む場合には、他の成分を含む架橋体であってもよい。また、他の成分は、電子線及び/又はγ線を照射した後の架橋体に含ませることもできる。
【0064】
電子線は、放射線の中の電荷を持った粒子線のひとつであり、滅菌などの目的で使用される。電子線は電子加速器などを用いて照射可能である。電子線は、物質を透過するので複雑な形状や閉塞部の滅菌処理も可能であり、処理後の残留物等の心配がないのが特徴である。電子線の線量には、電圧、電流、照射時間(被照射物の搬送速度)等のファクターが関係する。電子線は、γ線と比較して浸透力が弱いため、必要な浸透力をコントロールすることが可能である。線量率(時間当りの線量)はγ線に比べ5,000~10,000倍と高く、短時間(数秒~分)での処理が可能となる。
【0065】
γ線は、放射線の中の電磁波のひとつであり、滅菌などの目的で使用される。γ線は放射線源の露出装置などを用いて照射可能である。γ線は透過性が強く、γ線の線量は、熱源強度、熱源からの距離及び照射時間等のファクターが関係し、処理時間は数時間かかるため、被照射物の劣化が比較的大きい。
【0066】
電子線とγ線をいずれも使用可能であるが、照射線量を一定に制御しやすいこと、被照射物に均一な線量を照射しやすいこと、γ線の放射線源コバルト60の廃棄物処理等の観点から、より好ましくは電子線を用いることが望ましい。
【0067】
いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、電子線及び/又はγ線が1kGy~100kGyの吸収線量で照射されていることが好ましく、より好ましくは、3kGy~60kGyであり、さらに好ましくは、5kGy~40kGyであり、とりわけ好ましくは、5kGy~25kGy、またさらに好ましくは、10kGy~24kGyである。
【0068】
いくつかの態様の、電子線及び/又はγ線が照射された脳損傷修復材料は、照射されていない材料と比較して、体内の適用部位から消失するまでの時間が短い、言い換えると、体内残存時間が短いという特徴を有する。「適用部位からの消失」とは、適用部位に架橋体を置き、一定時間後に適用部位を観察したとき、肉眼による観察で架橋体が視認できないことをいう。このときの体内の適用部位は、脳損傷部位であることが好ましいが、例えば、ラット等の動物で皮下又は筋肉内での埋植試験等を行い、適用部位からの消失を確認してもよい。
【0069】
このような電子線及び/又はγ線が照射された脳損傷修復材料は、照射されていない材料と比較して、脳損傷部における神経再生誘導効果が高いという特徴を有する。
【0070】
いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、適用部位からの消失が7日~270日であることが好ましく、より好ましくは14日~180日であり、さらに好ましくは14日~150日であり、とりわけ好ましくは14日~120日である。また、いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、本明細書の実施例6の記載に従い、該材料を縦0.7cm×横1.5cm(厚さは問わない)のサイズとしてラット皮下埋植試験を行い、埋植から4週後に、埋植部位の組織染色による評価を行ったとき、材料の少なくとも一部の残存がみられることが望ましい。
【0071】
別のいくつかの態様では、脳損傷修復材料は、本明細書の実施例7の記載に従い、該材料を縦1cm×横1cmのサイズ(厚さは問わない)となるように裁断した該材料4個と生理食塩水25mLを、50mLの容遠沈管に入れて、恒温振とう水槽で、振とう幅20mm、振とう数を往復120回/分、温度50℃で振とうする、該材料の分解性試験を行うとき、振とう開始から72時間後の材料の残存率が10%~80%であることが望ましく、より好ましくは、20%~80%である。ここでの「残存率」とは、分解性試験を開始する前の材料の質量に対する、一定時間の分解性試験実施後の材料を恒量になるまで減圧乾燥(60℃)した後の材料の質量の割合をいう。また、材料の裁断面の縦と横とは垂直に交わるものとする。このとき材料の厚さは、試験対象とする材料の厚さのまま用いるが、標準的には約1mm~約10mmの厚さであることが望ましい。恒温振とう水槽は、実施例7で用いたトーマス科学器械製のT-N22S型を用いることが望ましいが、入手不可能な場合には、これとサイズや性能が同一または類似の恒温振とう水槽を用いることが望ましい。
【0072】
また、いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、前記分解性試験において、開始から72時間後の残存率が、開始から4時間後の残存率と比較して低下を示すことが好ましい。本発明の実施例では、エタノール滅菌したアルギン酸架橋体が神経再生誘導効果が十分ではないことが分かったが、これと同組成の架橋体は、実施例7の分解性試験では、開始から72時間後も残存率は100%を超えていた。
また、いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、前記分解性試験において、開始から4時間後の残存率が55%以上であり、より望ましくは60%以上であることが望ましい。本明細書の実施例において、電子線を40kGy、60kGyと高い線量で照射した架橋体は神経再生効果が十分ではないことが分かったが、これは、高い電子線量を照射した架橋体が分解性試験の開始直後(4時間後)に残存率が低下したことに示されるように、架橋体を損傷部に設置した当初から架橋体が消失してしまい、神経の足場としての役目を果たせなかったことに起因すると考えられた。
いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、前記分解性試験において、開始から4時間後の残存率は55%以上であり、その後残存率が低下し、開始から72時間後には残存率が10%~80%を示すことが望ましい。
【0073】
いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、以下に記載の引き裂き試験(実施例10に記載の引き裂き試験)を行ったとき、最大試験力が0.10(N)~10.0(N)であることが好ましく、より好ましくは0.10(N)~5.0(N)である。
引き裂き試験は、次のように実施する。対象とする材料は、縦2cm×横2cmのサイズ(厚さは問わない)となるように裁断する。ここで縦と横の裁断面は垂直に交わるものとする。このとき材料の厚さは、材料自体の引き裂き強度をみる試験であるため、試験対象とする材料の厚さのまま用いるが、標準的には約1mm~約10mmの厚さであることが望ましい。該材料の裁断面の1つから5mm離れた位置で該材料を挟むようにダブルクリップで把持する(把持部A)。該材料の把持部Aに相対する裁断面(B)から10mmまでの領域を生理食塩水に15分間浸漬する。該材料の裁断面(B)から5mm離れた位置の中央部に針付き縫合糸を貫通させて、縫合糸の両端を器具に固定する。把持部Aを、材料の正方形面に水平に、速度10mm/分で、該材料が裂けるまで引っ張り、この引っ張る荷重を試験力(N)として測定する。試験力の最大点を最大試験力(N)とする。引っ張り荷重の測定は、小型物性試験機(EZ-graph,島津製作所製)を用いて行うことが望ましいが、入手できない場合には、これに類する荷重測定機械を用いてもよい。
把持部Aに使用するダブルクリップの大きさは、把持部の幅が15mm~19mmであることが望ましい。試験に用いる縫合糸は「バイクリル(登録商標)」、糸の太さは「4-0」を用いることが好ましいが、入手できない場合には、材質が、ポリグラクチン910(グリコール酸/乳酸ポリエステル:90/10)であり、糸の太さが4-0である縫合糸を用いてもよい。針は、丸針SH-1を用いることが好ましいが、入手できない場合には、これと類似の縫合糸に合う針を用いてもよい。
好ましくは、材料の最大試験力を求める場合には、材料を裁断し、n=3~10で試験力を測定し、その最大試験力の平均値を求め、該材料の最大試験力とすることが望ましい。
【0074】
また、低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類が、上述のアミン系化合物(I)および/またはその塩で共有結合架橋された架橋体を含む脳損傷修復材料に対して、電子線及び/又はγ線を照射する工程を少なくとも含む、脳損傷修復材料の体内残存時間を調節する方法を提供する。また、(A)低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類が、上記の一般式(I)で表される化合物およびその塩から選択される少なくとも1種の架橋性試薬で共有結合架橋された架橋体、並びに(B)生体内吸収性高分子を含む架橋体に対して、電子線および/またはγ線を照射する工程を少なくとも含む脳損傷修復材料の体内残存時間を調節する方法を提供する。本発明の材料の体内残存時間を短くするには、電子線及び/又はγ線の照射線量を高くする、逆に、体内残存時間を長くするには電子線及び/又はγ線の照射線量を低くすることにより、脳損傷修復材料の体内残存時間を調節することができる。
【0075】
また、低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類と、アミン系化合物(I)及び/又はその塩とを用いて共有結合架橋した架橋体を含む材料に対して電子線及び/又はγ線を照射する工程を少なくとも含む、脳損傷修復材料を製造する方法を提供する。「架橋体を含む材料」は、分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類で作製された架橋体の他に、任意で、前述の生体内吸収性高分子や神経の成長に有用な因子などの他の成分を含んでいてもよい。具体的な好ましい態様は前述のとおりである。
【0076】
また、少なくとも以下の工程を含む脳損傷修復材料を製造する方法を提供する。
(1)低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類を含む溶液と、上記の一般式(I)で表される化合物およびその塩から選択される少なくとも1種の架橋性試薬とを混合する工程、
(2)(1)で得られた混合物と、生体内吸収性高分子とを型に入れて一定時間静置し、架橋体とする工程、
(3)(2)で得られた架橋体を洗浄し、その後、凍結乾燥する工程、
(4)(3)で得られた架橋体に対して、電子線および/またはγ線を照射する工程。
この製造方法の好ましい態様は、本明細書に記載のとおりである。
【0077】
6.患部で硬化させて用いる脳損傷修復材料
いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類を含み、脳損傷部への適用時に流動性を有し、適用後に硬化する材料であってもよい。
この態様において、分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類は、好ましくは、アルギン酸、そのエステルおよびその塩からなる群から選択される少なくとも1種であることが望ましい。
本明細書において、「流動性を有する」とは、その形態を不定形に変化させる性質を持つことを意味し、例えば、溶液にように、常に流れ動く性質を持つことを必要としない。好ましくは、シリンジ等に封入し、患部へ注入することができるような流動性を有することが望ましい。
また、この態様において「適用後に硬化する」とは、架橋剤などを用いることにより、分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類を患部へ適用した後に流動性を失った状態にすることをいう。
例えば、アルギン酸ナトリウム溶液(例えば、0.5%~5%程度)を、脳損傷部に被覆および/または充填し、その適用した溶液の表面に架橋性試薬を接触させて硬化させ、ゲル状の材料とすることが可能である。あるいは、脳損傷部への適用前にアルギン酸ナトリウム溶液と架橋性試薬を混合し、適用時には流動性を有するが、適用後に硬化する材料としてもよい。この態様で用いられる架橋性試薬は、好ましくは、例えば、Ca2+、Mg2+、Ba2+、Sr2+などの2価以上の金属イオン化合物であってもよい。いくつかの態様では、架橋性試薬は、前述の一般式(I)で表される化合物に包含されるアミン系化合物またはその塩ではない。
この態様において、用いられるアルギン酸類の好ましい分子量、M/G比、粘度、エンドトキシン量などは、前述のとおりである。
【0078】
7.使用方法
いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、外傷や腫瘍切除等により生じた脳の損傷部に適用して、脳における神経の再生および/または再建を誘導する。本発明の脳損傷修復材料は、通常神経再生に必要な数ヶ月後に吸収分解され、最終的には代謝・排出されてなくなるため、安全性に優れる。
【0079】
「脳の損傷部」とは、外傷や疾患、腫瘍切除等の手術時の損傷により脳の一部が損傷を受けるものである。脳の損傷部は、例えば、大脳、間脳、中脳、小脳、橋および延髄の一部の損傷である。いくつかの態様では、脳の損傷部は、好ましくは大脳の一部の損傷である。脳の損傷には、「欠損」や「断裂」なども含まれる。ここで、脳の一部の損傷は、例えば、大脳の損傷の場合には、大脳の表面積全体に対して、例えば0.1%~50%、好ましくは例えば0.5%~40%、より好ましくは例えば0.5%~30%の面積の脳の損傷である。大脳の体積全体に対しては、例えば、0.1%~50%、好ましくは0.5%~40%、より好ましくは0.5%~30%の体積の脳の損傷である。大脳以外の脳の部位(間脳、中脳など)についてもそれぞれの部位について同様である。
脳損傷としては、例えば、外傷性損傷、疾患による損傷、手術時の損傷などが挙げられる。
外傷性損傷としては、例えば、びまん性軸索損傷、急性硬膜外血腫(または外傷性硬膜外血腫)、急性硬膜下血腫(または外傷性硬膜下血腫)、(外傷性)脳内出血、脳挫傷などが挙げられる。疾患による損傷としては、例えば、脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血、脳腫瘍などが挙げられる。
手術時の損傷としては、例えば、脳動静脈奇形(AVM)手術時の損傷、腫瘍摘出による損傷、脳動脈瘤治療におけるクリッピングによる損傷、脳損傷部の処置に伴う損傷、脳手術時に用いられる器具による損傷などが挙げられる。より具体的には、例えば、腫瘍摘出による損傷とは、脳の深層にある脳腫瘍摘出の手術を行う際に、腫瘍摘出のために作製される脳の切断部や脳腫瘍摘出後の空洞部などであってもよい。その他の脳の病変の場合も同様である。脳損傷部の処置に伴う損傷とは、例えば、脳損傷部の一部除去、あるいは病変部や血液の除去等の処置に伴う損傷であってもよい。また、脳手術時に用いられる器具とは、例えば、脳の病変を露出するため脳を固定する器具(ヘラ等)等であってもよい。いくつかの態様では、脳損傷は、外傷性損傷、疾患による損傷、手術時の損傷からなる群から選択される少なくとも1種である。
脳の欠損は、脳の損傷のうち脳の一部が欠損しているものをいう。いくつかの態様では、修復する脳の欠損の大きさは、縦×横×高さ(厚さ)で表すと、例えば0.5mm~200mm×0.5mm~200mm×0.5mm~100mmであり、好ましくは1mm~150mm×1mm~150mm×1mm~100mmであり、より好ましくは1mm~100mm×1mm~100mm×1mm~50mmである。
これらの脳損傷部や脳欠損部の測定は、常法を用いて、例えば、脳血管造影またはCT血管撮影、MRI、などによる画像診断などが用いられてもよい。
脳の欠損は、例えば、しばしば脳動静脈奇形(AVM)の手術時に生じる。重症例や再発の危険が高い症例は外科的治療を行うことが推奨されており、その目的は,出血予防,痙攣コントロール,進行性神経障害回避などであり,最も重要視されるのは血管の破たんによる出血予防である。AVMの摘出後の周辺部には脳の欠損が生じるが、従来、止血目的でフィブリン糊などを使用する以外に処置する方法はない。
【0080】
脳の損傷部では、神経が損傷している。「神経の損傷」とは、神経軸索の連続性が失われた状態(欠損)及び、神経の連続性は保たれているが神経機能が損なわれている状態を含み、断裂等も含む。本明細書において、「(神経の)欠損部」は、「(神経の)ギャップ」、「(神経の)切断部」などという場合があり、また「(神経の)断裂」も含む。
【0081】
本明細書において「適用する」とは、脳損傷修復材料を脳の損傷部に被覆および/または充填することをいう。脳の損傷部が欠損部である場合には、脳損傷修復材料を、例えば、脳の損傷部を充填することが好ましい。
いくつかの態様では、脳損傷修復材料を脳の損傷部に被覆および/または充填した後に、その表面にフィブリン糊を適用してもよい。別のいくつかの態様では、脳損傷修復材料を脳の損傷部に被覆および/または充填した後に、その表面にフィブリン糊を適用しない。
また、いくつかの態様では、硬膜の損傷を伴う場合には、脳損傷修復材料を脳の損傷部に被覆および/または充填した後に、人工硬膜により硬膜の損傷を補填してもよい。用いられる人工硬膜は、特に限定されないが、例えば、延伸ポリテトラフルオロエチレン(Expanded Polytetrafluoroethylene)を含む人工硬膜(製品名:ゴアテックス(R)人工硬膜MVP、日本ゴア株式会社、メディカルプロダクツディビジョン)、L-ラクチドとε-カプロラクトンとから成る共重合体フィルムをグリコール酸重合体不織布で強化した人工硬膜(製品名:シームデュラ(R)、グンゼ株式会社)などが市販により利用可能である。
また、いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、脳損傷修復効果があるため、人工硬膜の脳損傷部に接する側の材料として使用してもよい。この態様における人工硬膜は、脳損傷修復材料の他にも人工硬膜として使用可能な材料を含んでいてもよく、また脳損傷修復材料の層と他の層とで構成されてもよい。人工硬膜として使用可能な材料は、特に限定されないが、例えば、延伸ポリテトラフルオロエチレン、L-ラクチドとε-カプロラクトンとから成る共重合体などであってもよい。
【0082】
脳損傷修復材料は、好ましくは非管状であり、より好ましくは平板状である。組織修復に働く線維組織は瘢痕化によって、中枢神経の正常な組織修復を損なうものである。本明細書の実施例8において、本発明のアルギン酸架橋体は、コラーゲンスポンジと比較して、線維芽細胞の接着、増殖を抑制する効果が示されており、脳損傷修復材料として好ましい性能を備えることが見出された。
【0083】
本明細書において「神経の再生の誘導」とは、神経細胞の増殖及び/又は神経軸索の伸長を促すことをいう。神経の損傷部が欠損部である場合には、神経の連続性を回復するように神経軸索の伸長を促すことをいう。神経に損傷や挫滅などによる欠損が生じると、欠損部から末梢側(切断端部から遠位)の神経軸索は神経細胞体からの連続性が断たれるため変性(末梢神経ではWaller変性という)が生じ、神経機能が失われる。欠損部から以遠の変性した神経軸索は遺残物としてミクログリアなどに貪食される。その後、中枢側断端から発芽した多数の神経軸索が末梢断端側まで伸長する。好ましくは、中枢側から伸長した軸索が末梢側の断端部につながることが望ましい。あるいは、神経の再生の誘導は、失われた神経機能や知覚を少なくとも一部回復することにより示すこともできる。本発明における神経の再生の誘導とは、必ずしも損傷前の状態に完全に回復することを意味するものではない。本発明の脳損傷修復材料は、前記のいずれか1以上の効果を達成することが好ましい。
【0084】
脳損傷修復材料の使用方法は、対象の再建すべき脳損傷部を露出させ、再建すべき脳損傷の長さや幅に応じて、適当な大きさの脳損傷修復材料とし、再建すべき神経の損傷部に適用する。「対象」は、ヒト、またはヒト以外の生物、例えば、トリおよび非ヒト哺乳動物(例えば、ウシ、サル、ネコ、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ブタ、イヌ、ウサギ、ヒツジ、およびウマ)である。
【0085】
管状の材料は、脳損傷部への適用は不可能であるが、平板状であれば、損傷部の大きさに合わせて材料を切断して適用することができる。
【0086】
脳損傷修復材料がキセロゲル状のときは、そのまま乾燥状態で適用してもよいし、生理食塩水あるいは精製水等を含ませた後にゲル状の状態で適用してもよい。すなわち、本発明の脳損傷修復材料はゲル状の形態であってもよい。
【0087】
脳損傷修復材料を脳損傷部に適用した後、脳損傷修復材料と脳の損傷部の縫合は必要ないが、必要に応じて、脳損傷修復材料と脳の損傷部を縫合してもよい。
【0088】
本発明のいくつかの態様では、本発明の「脳損傷修復材料」は「神経再生誘導用材料」でもあり、その適用可能な部位は、神経の損傷部であれば特に限定されない。末梢神経及び/又は中枢神経の損傷部の再生誘導のために用いることができ、直線状の神経、神経の分岐部及び/又は神経叢部の損傷部などに適用可能である。神経の分岐部及び/又は神経叢部の損傷部は、例えば、前立腺、膀胱、陰茎海綿体、腕、四肢、顔面、頸、腰、仙骨、腰仙骨、陰部、心臓、腹腔、下下腹、骨盤、胸腔内、腸壁内などに存在するものでもよい。中枢神経であれば、例えば、脳や脊髄の損傷部が挙げられる。また、神経再生誘導用材料は、例えば、腫瘍切除、リンパ節の郭清、外傷、又は組織再建などに伴う神経損傷部の再生に用いられてもよい。
【0089】
本発明のいくつかの態様では、本発明の脳損傷修復材料は、脳の損傷部に被覆および/または充填して用いられるため、本明細書における「脳損傷修復材料」は「脳損傷部被覆材料」「脳損傷部充填材料」などと言い換えられてもよい。
【0090】
いくつかの態様では、脳損傷修復材料は、神経の再生あるいは成長に有用な因子、生理活性物質などの液性因子、あるいは細胞と併用して用いられてもよい。併用する方法は特に限定されないが、例えば、本発明の脳損傷修復材料に、これらの因子や細胞を含有させてもよい。液性因子としては、再生組織に対して補助的に用いることができる因子であれば特に限定されないが、例えば、bFGF、NGF、肝細胞増殖因子、免疫抑制剤、抗炎症剤などが挙げられる。細胞としては、例えば、自家または他家培養による間葉系幹細胞、骨髄間葉系幹細胞、神経幹細胞、骨髄由来単核球細胞、脂肪由来幹細胞、生体内多能性幹細胞、ES細胞、神経系前駆細胞、iPS細胞、CD133+細胞、羊膜由来幹細胞などが挙げられるがこれらに限定されない。別のいくつかの態様では、脳損傷修復材料は、これらの細胞や因子と併用されない態様も好ましく、より好ましくは、CD133+細胞と併用されない。
【0091】
脳の損傷部位の神経の再生の評価方法は、特に限定されないが、例えば、本明細書の実施例11及び12に記載のとおり、常法に従い、凍結薄切切片を作成し、抗ニューロフィラメント抗体、抗GFAP抗体、または抗β-Tubulin抗体などの試薬で免疫染色する等して、脳の損傷部位のアストロサイトや神経軸索の再生を確認することができる。エポン樹脂など適切な方法で包埋したあと、透過電子顕微鏡(TEM)または走査電子顕微鏡(SEM)で再生軸索の状態を観察して評価することも可能である。
【0092】
また例えば、電気生理学的測定(electrophysiological measurement)、組織病理学的評価(histopathological evaluation)、歩行パターン(walking pattern)、 軸索輸送を調べるためのトレーサー試験(tracer detective study for axoplasmic transport)、二点識別覚検査(Two-point discrimination)などにより評価されてもよい。
【0093】
電気生理学的測定は、例えば、運動神経機能の回復の指標としてCMAP(compound muscle action potentials)、感覚神経機能の回復の指標として、SEP(somatosensory evoked potentials)などを用いることができる(例えば、Journal of Materials Science: Materials in medicine 16 (2005) p.503-509参照)。
【0094】
本発明は、また、前述の脳損傷修復材料を脳の損傷部に被覆および/または充填する工程を含む、脳の損傷部の修復を必要とする対象において脳の損傷部を修復する方法を提供する。本発明はまた、前述の脳損傷修復材料を脳の損傷部に被覆および/または充填する工程を含む、脳の損傷部の修復を必要とする対象において、脳の損傷部の修復を誘導する方法を提供する。本発明は、また、前述の脳損傷修復材料を脳の損傷部に被覆および/または充填する工程を含む、脳の損傷部の治療を必要とする対象において、脳の損傷部を治療する方法を提供する。具体的な方法は、前述の記載のとおりである。
【0095】
本発明は、さらに、前述の脳損傷修復材料を製造するための、低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類及び/又は上記の一般式(I)で表される化合物およびその塩から選択される少なくとも1種の架橋性試薬の使用であって、前記脳損傷修復材料が脳の損傷部に被覆および/または充填するように用いられる、前記使用を提供する。具体的な使用は、前述の通りである。
【0096】
本発明は、さらに、低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類が、上記の一般式(I)で表される化合物及びその塩から選択される架橋性試薬で共有結合架橋された架橋体を含む脳損傷修復材料を用いる、脳の損傷部の修復において使用されるための前記低エンドトキシンの分子内にカルボキシル基を有する生体内吸収性多糖類を提供する。
【0097】
次に、実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
尚、以下の実施例において、実施例12は、比較例である。
【実施例
【0098】
実施例1 アルギン酸架橋体の作製と性状の評価
アルギン酸ナトリウムと、架橋剤として(i)塩化カルシウム、(ii)塩化カルシウムと塩化ナトリウムの混合物、(iii)エチレンジアミンをそれぞれ用いて、キセロゲルの形態のアルギン酸架橋体を作製し、性状を評価した。
【0099】
1-(1)アルギン酸ナトリウム
アルギン酸ナトリウムは、いずれもエンドトキシン含量は50EU/g未満の低エンドトキシンのアルギン酸ナトリウム(Sea Matrix(登録商標)発売元 持田製薬株式会社)6種を用いた。
【0100】
A-1、A-2およびA-3は、アルギン酸ナトリウムのM/G比が0.4~1.8の範囲であり、B-1、B-2およびB-3は、アルギン酸ナトリウムのM/G比が0.1~0.4の範囲であった。
【0101】
各アルギン酸ナトリウムの1w/w%の水溶液の粘度および重量平均分子量を表1に示した。
【0102】
アルギン酸ナトリウムの粘度測定は、日本薬局方(第16版)の粘度測定法に従い、回転粘度計法(コーンプレート型回転粘度計)を用いて測定した。具体的な測定条件は以下のとおりである。試料溶液の調製は、MilliQ水を用いて行った。測定機器は、コーンプレート型回転粘度計(粘度粘弾性測定装置レオストレスRS600(Thermo Haake GmbH)センサー:35/1)を用いた。回転数は、1w/w%アルギン酸ナトリウム溶液測定時は1rpmとした。読み取り時間は、2分間測定し、開始1分から2分までの平均値とした。3回の測定の平均値を測定値とした。測定温度は20℃とした。
【0103】
各アルギン酸ナトリウムの重量平均分子量は、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)と、GPC-MALSの2種類の測定法で測定した。測定条件は以下のとおりである。
【0104】
[前処理方法]
試料に溶離液を加え溶解後、0.45μmメンブランフィルターろ過したものを測定溶液とした。
(1)ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)測定
[測定条件(相対分子量分布測定)]
カラム:TSKgel GMPW-XL×2+G2500PW-XL(7.8mm I.D.×300mm×3本)
溶離液:200mM硝酸ナトリウム水溶液
流量:1.0mL/min
濃度:0.05%
検出器:RI検出器
カラム温度:40℃
注入量:200μL
分子量標準:標準プルラン、グルコース
【0105】
(2)GPC-MALS測定
[屈折率増分(dn/dc)測定(測定条件)]
示唆屈折率計:Optilab T-rEX
測定波長:658nm
測定温度:40℃
溶媒:200mM硝酸ナトリウム水溶液
試料濃度:0.5~2.5mg/mL(5濃度)
【0106】
[測定条件(絶対分子量分布測定)]
カラム:TSKgel GMPW-XL×2+G2500PW-XL(7.8mm I.D.×300mm×3本)
溶離液:200mM硝酸ナトリウム水溶液
流量:1.0mL/min
濃度:0.05%
検出器:RI検出器、光散乱検出器(MALS)
カラム温度:40℃
注入量:200μL
【0107】
【表1】
【0108】
1-(2)塩化カルシウムを架橋剤としたアルギン酸架橋体の作製
以下の作業は、特に断らない限り、室温環境下(20~30℃)で実施した。表1中の各低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム凍結乾燥品をミリQ水で溶解して1w/vol%アルギン酸ナトリウム水溶液とした。塩化カルシウム無水物をミリQ水で溶解して50mM塩化カルシウム水溶液とした。アルギン酸ナトリウム水溶液1mLを入れたチューブ(Falcon2054)に50mM塩化カルシウム水溶液1mLを重層して終夜静置した後、ゲル化したものについてはミリQ水で3回洗浄し、凍結乾燥して、キセロゲル状のアルギン酸架橋体を得た。
【0109】
1-(3)塩化カルシウムと塩化ナトリウムを架橋剤としたアルギン酸架橋体の作製
表1中の各低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム凍結乾燥品をミリQ水で溶解して1w/vol%アルギン酸ナトリウム水溶液とした。塩化カルシウム無水物と塩化ナトリウムをミリQ水で溶解し、カルシウムイオン4mMとナトリウムイオン300mM含む水溶液を作製した(カルシウム-ナトリウム架橋剤水溶液)。アルギン酸ナトリウム水溶液1mLを入れたチューブ(Falcon2054)にカルシウム-ナトリウム架橋剤水溶液1mLを重層して終夜静置した後、ゲル化したものについてはミリQ水で3回洗浄し、凍結乾燥し、キセロゲル状のアルギン酸架橋体を得た。
【0110】
別途、カルシウム-ナトリウム架橋剤水溶液のカルシウムイオンを10mM、20mM、又は50mMとした架橋剤水溶液を作製し、A-1又はA-2のアルギン酸ナトリウムを用いて、同様の手順でアルギン酸架橋体を得た。
【0111】
1-(4)エチレンジアミンを架橋剤として用いたアルギン酸架橋体の作製
N-ヒドロキシコハク酸イミド23gをメタノール1000mlに溶解した。エチレンジアミン6.7mlを100mlのメタノールに溶解して、N-ヒドロキシコハク酸イミドの溶液へ添加し混合した。生じた結晶をグラスフィルター上に濾取し、乾燥させて、約27.0gのエチレンジアミン2N-ヒドロキシコハク酸イミド塩(EDA・2HOSu)を得た。
【0112】
表1中の各低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムをミリQ水に溶解して得た、1w/vol%のアルギン酸ナトリウム水溶液1mlに、EDA・2HOSu2.2mgと、1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)-カルボジイミド塩酸塩(EDC・HCl)16mgを加えて溶解した。
【0113】
混合物をFalcon2054チューブ中で、室温で2日間静置し、ゲル化させた。ゲルをECFで3回/日×約7日間、次いでミリQ水で3回洗浄後、凍結乾燥し、キセロゲル状のアルギン酸架橋体を得た。ECF(Extra Cellular Fluid)は、精製水にCaCl2(2.5mM)とNaCl(143mM)を溶解し、滅菌フィルター及びエンドトキシン除去フィルターを通じたものを用いた。
【0114】
1-(5)アルギン酸架橋体の評価
上記1-(2)~1-(4)で得られたアルギン酸架橋体をゲル化、多孔性、及びPBS(Phosphate buffered saline)中の残存性の観点から評価した。
ゲル化は、転倒法にて目視観察し、全ての溶液がゲル化した場合を3点、約半分の溶液がゲル化した場合を2点、ほとんどの溶液がゲル化しなかった場合を1点とした。
多孔性は、アルギン酸架橋体の断面を走査型電子顕微鏡を用いて、金コーティング後に、100倍で(加速電圧15kV)測定し、100μm~500μmの均一な細孔を有している場合を3点、不規則な大きさの細孔を有している場合を2点、細孔を有していない場合を1点とした。
PBS中のゲル残存性試験は、各ゲル約5mm角をPBS5ml中に入れ、37℃、1週間後のゲルの状態を観察し、ほとんど全てが残存している場合を3点、およそ半分程度が残存している場合を2点、ほとんど全てが溶解した場合を1点とした。
【0115】
その結果、(i)塩化カルシウムを架橋剤とした架橋体、及び、(ii)塩化カルシウムと塩化ナトリウムの混合物を架橋剤とした架橋体は、ゲル化の評価は一部3点もあったが、多孔性の評価、及び、PBS中のゲル残存性評価では、そのほとんどが2点又は1点であった。
【0116】
(iii)エチレンジアミンを架橋剤としたアルギン酸架橋体の評価結果を表2に示す。
【0117】
ゲル化の評価では、A-2、A-3、B-2、及びB-3はゲル化したが、A-1とB-1のゲル化は不十分であった。
【0118】
多孔性の評価は、A-1、A-2及びA-3については、孔の大きさが300μm~500μmの多孔体が得られたことが分かった。一方、B-1、B-2及びB-3については、細孔は認められず砕片状であった。
【0119】
PBS中のゲル残存性評価は、A-1は、1週間後に約1/2が残存していたのに対し、A-2、A-3、B-1、B-2、B-3は、1週間後も透明な含水ゲルのほとんど全てが残存した。
【0120】
以上より、多孔性の点から、B-1、B-2及びB-3のアルギン酸ナトリウム(M/G比が0.1~0.4)と比較して、A-1、A-2及びA-3のアルギン酸ナトリウム(M/G比が0.6~1.8)を用いることが好ましいことが分かった。
【0121】
また、A-1、A-2及びA-3のアルギン酸ナトリウムの中では、ゲル化、及びPBS中のゲル残存性の点から、A-2及びA-3のアルギン酸ナトリウム、すなわち、GPS-MALSによる重量平均分子量が9万以上のアルギン酸ナトリウムを用いることが好ましいことが分かった。
【0122】
【表2】
【0123】
実施例2 神経様細胞の生存率の評価
実施例1において作製したアルギン酸架橋体(約1.0 cm x 1.0 cm)に、PC12細胞(50,000 cells/mL)1 mLを、含浸した。神経成長因子(NGF)(final 100 ng/mL)を加えて7日間培養(3日目に0.5mLの培地追加)後、WST-8試薬(DOJINDO)を150 μL/well添加し、37℃で3時間静置した。上清100 μLずつ96穴プレートに分注し、プレートリーダー(Tecan)を用いて450 nmの吸光度を測定した。
【0124】
アルギン酸架橋体は、A-2を(i)塩化カルシウム(iii)エチレンジアミンによりそれぞれ架橋した架橋体(それぞれA-2Ca,A-2EDAという)、A-3を(i)塩化カルシウム(iii)エチレンジアミンによりそれぞれ架橋した架橋体(それぞれA-3Ca,A-3EDAという)の4種とした。組織培養用プレートをコントロールとして用いた。
【0125】
その結果、コントロールにおける神経様細胞の生存率を100%としたときの、A-2EDA、A-3Ca、及びA-3EDAにおける生存率はいずれも98%以上であった。一方、A-2Caのみ低い生存率(63%)を示した。
【0126】
A-2Caについて、神経様細胞の生存率が低かった理由は、溶出したカルシウムの毒性、溶解したアルギン酸による培地中の粘度増大に起因する酸素の供給不足が原因と推察された。
【0127】
実施例3 電子線照射したアルギン酸架橋体の評価
3-(1)アルギン酸架橋体に対する電子線照射
低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムのA-2とA-3を用いて、塩化カルシウムと塩化ナトリウムを架橋剤としたアルギン酸架橋体(それぞれA-2CaNa、A-3CaNaという)、実施例1-(4)に従い、エチレンジアミンを架橋剤としたアルギン酸架橋体(それぞれA-2EDA、A-3EDAという)を作製した。塩化カルシウムと塩化ナトリウムを架橋剤としたアルギン酸架橋体は、1%アルギン酸ナトリウム水溶液を3.15mlずつ充填したプレートを25mlのカルシウム-ナトリウム架橋剤水溶液(塩化カルシウム無水和物50mM、塩化ナトリウム300mM)に浸漬してゲル化させ、洗浄後凍結乾燥して作製した。
【0128】
各アルギン酸架橋体に対して、電子線の20kGy、40kGy、60kGyをそれぞれ照射した。
【0129】
電子線照射装置としてRDI社製ダイナミトロン型電子加速器を、線量測定装置としてCTA線量計用島津UV1800分光光度計を用いた。線量計としてCTA線量計(富士写真フィルム社製FTR-125)Lot No.459を用いた。電子線は、加速電圧4.8MV、電流20.0mAの条件で、目的の照射線量となるように照射時間を調節して照射した。
【0130】
3-(2)電子線照射したアルギン酸架橋体の崩壊時間の評価
実施例3-(1)で作製した、電子線照射されたアルギン酸架橋体、及び、電子線照射されていないアルギン酸架橋体について、生理食塩液中での崩壊時間を測定した。
【0131】
具体的には、各架橋体を約7mm×約7mmにカットし、生理食塩液25mlを入れた50mlの遠沈管に入れ、37℃の恒温器内で、遠沈管を横に寝かせた状態で、60rpmで振とうし、架橋体が完全に崩壊するまでの時間を測定した。
【0132】
結果を表3に示す。
【0133】
塩化カルシウムと塩化ナトリウムを架橋剤としたアルギン酸架橋体(A-2CaNa、A-3CaNa)は、電子線量と溶解時間までの時間に一定の関係は見られなかった。一方、エチレンジアミンを架橋剤としたアルギン酸架橋体(A-2EDA、A-3EDA)については、電子線量が高くなるに従い、溶解終了までの時間は短くなった。A-3EDAの電子線照射量が0kGyと20kGyの架橋体は、いずれも20日後も溶解しなかったが、未照射の架橋体は20日後も形状を保っていたのに対して、20kGy照射の架橋体は、スポンジの形状は保っておらず、ピンセットで掴むことはできない硬さであった。また、A-2EDAは、全体として、A-3EDAと比較して、溶解終了までの時間が短い傾向がみられた。
【0134】
【表3】
【0135】
実施例4 アルギン酸架橋体を用いたラット坐骨神経損傷部の再生誘導
ラットの坐骨神経(末梢神経)の切断部位にエチレンジアミン架橋のアルギン酸架橋体を設置し、神経再生誘導の効果を評価した。
【0136】
4-(1)エチレンジアミン架橋アルギン酸架橋体の作製
実施例1-(4)に従い、A-2とA-3の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを用いて、エチレンジアミンで共有結合架橋したキセロゲル状のアルギン酸架橋体(それぞれA-2EDA、A-3EDAという)を作製した。このとき架橋体におけるアルギン酸含量は3.0mg/cmとした。架橋体の厚さは約2mm~約8mmであった。
【0137】
4-(2)直線状の坐骨神経の切断とエチレンジアミン架橋アルギン酸架橋体による再生誘導
上記4-(1)で作製したA-2EDAとA-3EDAをエタノール滅菌して下記実験に用いた。
4週齢の雄性Wistarラットを麻酔下で、分岐していない直線状の坐骨神経の周囲の皮膜を剥離して、神経を露出させた。神経の裏側へ糸を入れて神経を糸で結んで神経を上部へ持ちあげ、神経の下の空間に1枚のアルギン酸架橋体を置いた。アルギン酸架橋体の上に位置する神経を切断して、7~8mmの幅のギャップを作製した。その後、神経の切断部位の上にもう1枚のアルギン酸架橋体を置くことにより、2枚のアルギン酸架橋体で神経の切断部を挟むように設置した。2枚のアルギン酸架橋体は、中枢側及び末梢側の両神経断端をカバーできる大きさにして用いた。アルギン酸架橋体は縫合による固定は行わなかった。開いた筋肉を縫合し、皮膚も縫合した。
【0138】
4-(3)アルギン酸架橋体の回収と再生した神経軸索の評価
上記4-(2)の施術から8週目に手術部位からアルギン酸架橋体と神経を回収し、架橋体より末梢側の神経を取り出した。取り出した神経は、2.5%グルタールアルデヒドのPBS液で1次固定し、2.0%四酸化オスミウムのPBS液で2次固定を行った。脱水、置換後、エポン樹脂に包埋した。1μmの厚さで薄切して、0.5%トルイジンブルーで染色した。光学顕微鏡下に観察し、有髄軸索の数をカウントした。
その結果、8週目の末梢側神経において、A-2EDAでは平均493本、A-3EDAでは平均524本の有髄軸索が確認され、アルギン酸架橋体の神経再生誘導効果が確認された。しかし、8週時に回収したアルギン酸架橋体と神経の部分は、アルギン酸架橋体はほとんど吸収されておらず、組織が増大し塊となっていた。
比較例として実施した、神経の切断のみ行い、アルギン酸架橋体を設置しなかった群では、軸索本数は平均156本 であった。また、神経を切断していない無処置のコントロール群の軸索本数は平均8918本 であった。
【0139】
4-(4)坐骨神経の分岐部の切断とエチレンジアミン架橋アルギン酸架橋体による再生誘導
上記4-(1)で作製したA-2EDAを下記実験に用いた。
4週齢の雄性Wistarラットを麻酔下で、坐骨神経から総腓骨神経と脛骨神経とにY字状に分岐している神経部位を確認し、周囲の皮膜を剥離して神経を露出させた。坐骨神経に糸を結んで神経を上に持ち上げ、神経の下の空間に1枚のアルギン酸架橋体を置いた。神経分岐部を含んで7~8mmのギャップが生じるように、坐骨神経と総腓骨神経と脛骨神経を切断した。その後、神経の切断部位の上にもう1枚のアルギン酸架橋体を置くことにより、2枚のアルギン酸架橋体で神経の切断部を挟むように設置した。2枚のアルギン酸架橋体は、中枢側及び末梢側の神経断端をカバーできる大きさにして用いた。アルギン酸架橋体は縫合による固定は行わなかった。開いた筋肉を縫合し、皮膚も縫合した。
【0140】
4-(5)アルギン酸架橋体の回収と再生した神経軸索の評価
4-(4)の施術から4週目に手術部位からアルギン酸架橋体と神経を回収し、架橋体より末梢側の神経を取り出した。抗ベータチューブリンクラス3抗体を軸索に対する抗体として、抗S100抗体(abcam社製)をシュワン細胞に対する抗体として用いて染色を行った。
【0141】
その結果、脛骨側断端部及び腓骨側断端部のいずれにおいても軸索の再生が認められた。架橋体を移植した部位では、ゲル表層部に再生軸索を認めた。
【0142】
実施例5 電子線が照射されたポリグリコール酸を含むアルギン酸架橋体を用いたラット坐骨神経損傷部の再生誘導
5-(1)電子線が照射されたポリグリコール酸を含むエチレンジアミン架橋アルギン酸架橋体の作製
実施例1-(4)に従い、A-2の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム水溶液にEDA・2HOSuとEDC・HClを溶解させた。得られた溶液を、シート状の不織布のポリグリコール酸(PGA)(100mg/cc,3.0mg/cmNon-woven PGA Biofelt ,Biomedical Structures (USA))を敷いたトレイに充填し、凍結乾燥することによりPGAを含むアルギン酸架橋体を作製し、A-2EDA・PGA100とした。このとき架橋体におけるアルギン酸の含量は2.0mg/cmとした。より詳細には、PGAを敷いたトレイにアルギン酸溶液を充填し、十分にゲル化が進んだ後、未反応の架橋剤および反応副生成物を除去するためにゲルの洗浄を行った。洗浄液は、ECF(Extra Cellular Fluid:精製水に CaCl2(2.5 mM、例えば0.28 g/1 L)とNaCl(143 mM、例えば8.36 g/1 L)を溶解し、0.22μmフィルター(ミリポア社製、ミリパック20等)とエンドトキシン除去フィルター(ミリポア社製、プレップスケールUFカートリッジPLGC CDUF 001 LG)を通じたものを用いた。洗浄液は適宜交換し、その後蒸留水で洗浄し、過剰の塩類を除いてから凍結乾燥した。得られた架橋体の厚さは約2mm~約8mmであった。
【0143】
同様に、A-3の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを用いて作製したアルギン酸架橋体を、A-3EDA・PGA100とした。
得られた2種類の架橋体には、電子線を吸収線量20kGyで照射した。
【0144】
5-(2)直線状の坐骨神経に対する再生誘導効果
実施例5-(1)で得られた2種類の架橋体(A-2EDA・PGA100、及びA-3EDA・PGA100)を、4-(2)、4-(3)に従い、直線状の坐骨神経のギャップに適用し、架橋体の適用から8週後に直線状の坐骨神経のギャップに対する再生誘導効果を評価した。
【0145】
その結果、いずれの群でもギャップから末梢側の断端部に向けて有髄神経の再生がみられた。再生した有髄神経の本数は、A-2EDA・PGA100では平均12001本、A-3EDA・PGA100では平均7010本であった。本明細書において、再生した有髄神経の本数は、採取した組織標本中の再生部位と判断した神経束中の有髄神経を全てカウントした。健常ラットの軸索本数は、およそ6700本程度であり、十分な数の有髄神経の再生が得られたことが分かった。
【0146】
5-(3)坐骨神経の分岐部の欠損に対する再生誘導効果
実施例5-(1)に準じて、低エンドトキシンアルギン酸ナトリウム(A-2又はA-3)と、シート状の不織布のポリグリコール酸(PGA)(50mg/cc,1.5mg/cm)を用いて2種類のPGAを含むアルギン酸架橋体を作製し、それぞれA-2EDA・PGA50、A-3EDA・PGA50とした。架橋体におけるアルギン酸含量は2.0mg/cmとした。得られた架橋体の厚さは約2mm~約8mmであった。得られた2種類の架橋体には電子線を吸収線量20kGyで照射した。実施例5-(1)で得られた2種類の架橋体(A-2EDA・PGA100、及びA-3EDA・PGA100)と合わせて計4種類のPGAを含むアルギン酸架橋体について、実施例4-(4)に従い施術を行い、架橋体の適用から8週後に坐骨神経の分岐部のギャップに対する再生誘導効果を評価した。
【0147】
8週後に外観観察したところ、いずれの群も、坐骨神経から脛骨神経と腓骨神経へと神経組織がつながっていることを認めた。その例として、A-3EDA・PGA50とA-2EDA・PGA100の術後8週の写真をそれぞれ図1図2に示した。
【0148】
また、実施例4-(3)に準じて末梢側断端部より遠位部の神経の横断切片をトルイジンブルーを用いて染色した結果を図3及び図4に示す。図3は、脛骨神経側の再生軸索、図4は腓骨神経側の再生軸索の写真を示す。その結果、脛骨神経側及び腓骨神経側において、有髄軸索の径は長く、数は多く、ミエリンは厚く、十分な再生が認められた。すなわち、本発明の神経再生誘導用材料は、神経分岐部の欠損部に使用した場合、分岐する両方の神経の再生を誘導することが示された。
【0149】
5-(4)坐骨神経の直線状または分岐部の欠損に対する再生誘導効果(2)
以下の各試料について、実施例4に従い、ラットの坐骨神経の分岐部のギャップに対する再生誘導効果を、架橋体の適用から8週後に評価した。
【0150】
実施例1-(4)に従い、A-2の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを用いてエチレンジアミン架橋したアルギン酸架橋体(アルギン酸含量2.0mg/cm)を作製し、電子線20kGy照射し、試料番号1とした。
【0151】
実施例5-(3)で用いた、A-2EDA・PDA50と、A-2EDA・PDA100をそれぞれ試料番号2、3として、実施例5-(3)で得られた結果を示す。
【0152】
実施例5-(1)に従い、A-3の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムとPGA100を用いて架橋体を作製した(A-3EDA・PGA100)。アルギン酸含量を2.0mg/cmとした架橋体を試料番号4、アルギン酸含量を4.0mg/cmとした架橋体を試料番号5とし、これらの架橋体に対しては、電子線15kGyで照射した。
【0153】
PGAを含有しないアルギン酸架橋体は、凍結乾燥時に架橋体の形状が歪み、一定の形状の架橋体を得ることが困難であったが、PGAを含有するアルギン酸架橋体は、プレートに充填した形状を維持して凍結乾燥が可能であり、製造効率を高めることができた。
【0154】
なお、神経の分岐部の切断のみ行った群を試料番号6として、神経の分岐部の切断を行っていない無処置群を試料番号7として評価した。
各群について、ギャップから末端の脛骨側と腓骨側の再生軸索本数を計数し、その平均値を算出した(n=6~8)。神経の分岐部の欠損部にアルギン酸架橋体を適用する試験の模式図を図5に示す。また、神経の分岐部の切断のみ行った群の平均再生本数が脛骨側で200本、腓骨側で138本であったことを参考に、各群において、脛骨および腓骨とも再生本数が400本以下の軸索は再生不十分として、各群における再生不十分と判断した再生部位の割合を求めた。結果を表4に示す。
【0155】
【表4】
【0156】
その結果、試料番号1~5では、いずれも脛骨側および腓骨側とも十分な神経軸索の再生を示し、試料番号6の分岐部の切断のみ行った群と比較して、再生軸索の本数が多かった。神経分岐部の切断を行わなかった無処置群(試料番号7)と比較しても、施術後8週の時点では十分な再生効果が得られたことが分かった。
【0157】
また、PGAを含有しない架橋体(試料番号1)の再生軸索の本数は、PGAを含有する架橋体(試料番号2および3)の本数と比較して有意な差がみられなかった。このことから、架橋体中のPGAの有無は神経再生効果には有意な影響を与えないことが示された。一方で、再生軸索本数が400本以下の再生不十分の軸索の割合を各群で比較すると、PGAを含有しない架橋体(試料番号1)は33%であったのに対し、試料番号2~5のPGAを含有する架橋体は0%~19%であった。すなわち、PGAを含有するアルギン酸架橋体では、PGAを含有しないアルギン酸架橋体と比較して、再生不十分の例が少ない傾向がみられた。再生不十分の例では、再生神経が、ラットの膝に近い部分で細くなっていた例もあった。これは膝の動きによって架橋体に圧力がかかってちぎれ(断裂し)、架橋体の連続性が失われ、再生が不十分となったと考えられる。PGAを含有するアルギン酸架橋体は、PGAを含有しない架橋体と比較して、強度が高く、膝などの可動部でもゲルがちぎれ(断裂し)にくく、安定的に軸索を再生させ得る可能性が示唆された。PGAを含有しない架橋体(試料番号1)を用いた場合の再生不十分の一例を図6に示す。
【0158】
また、実施例1-(4)に従い、A-2の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを用いて作製され、電子線40kGyまたは60kGy照射したPGAを含有しないアルギン酸架橋体(A-2EDA,アルギン酸含量2mg/cm)について、術後8週時の直線状の神経のギャップに対する再生効果を、実施例5-(2)に準じて評価した。その結果、再生軸索の平均本数は、それぞれ平均267本 、平均275本 と少なかった。術後8週時に患部に架橋体の残存は見られなかった。このように再生軸索本数が少なかった要因を考察すると、これまでの試験から(i)実施例5-(2)で、電子線を20kGy照射したPGAを含有する架橋体は、直線状の神経ギャップに対して十分な神経再生効果を示したこと、(ii)分岐部のギャップに対してではあるが、架橋体のPGAの有無は神経再生効果に有意な影響を与えないこと(表4)が分かっており、これらを考慮すると、電子線量を40kGyまたは60kGyと上昇させたことが、神経再生効果に影響を与えた可能性が示唆された。
【0159】
実施例6 アルギン酸架橋体の皮下埋植試験
6-(1)ラット長期間皮下埋植試験(1)
これまでの試験で、アルギン酸架橋体の体内消失速度(残存率)と神経再生効果の関連が示唆されたため、種々の架橋体について、ラット皮下埋植試験を行い、体内消失速度を検討した。
【0160】
実施例1-(4)および実施例5-(1)に従い、A-2またはA-3の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを用いて作製したアルギン酸架橋体(一部、PGAを含有する架橋体も含む)に対して、電子線量を変更して照射して、試料を作製した。試料の種類は表5のとおりである。試料番号43と44は、それぞれPGA(50mg/cc,1.5mg/cm)、PLGA(50mg/cc,1.5mg/cm)のみを試料とした。縦0.7cm×横1.5cm(厚さは問わない)のサイズの各試料を、ラット背面部の皮下に埋植し、4週間後に組織学的に評価した。組織学的評価は、次のように作製した標本により評価した。すなわち、常法に従ってパラフィン包埋ブロックを作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色、およびサフラニン-O染色を行った。試料の残存性を5段階のスコアで評価した。すなわち、各試料について、試料残存なしを0、ごくわずかに残存を1、わずかに残存を2、中等度に残存を3、顕著に残存を4として、各群n=3または6で評価しその平均値をその試料の残存スコアとした。
【0161】
結果を表5に示す。その結果、A-2の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを用いて作製したアルギン酸架橋体のA-2EDAは、同じアルギン酸含量の架橋体においては、電子線量が上昇するに従い、残存スコアは低下する傾向がみられた。また、アルギン酸含量が増加すると、残存スコアは上昇する傾向がみられた。A-3の低エンドトキシンアルギン酸ナトリウムを用いて作製したアルギン酸架橋体のA-3EDAについても同じ傾向がみられた。A-2EDAとA-3EDAとを比較すると、アルギン酸含量と電子線量が同じであれば、A-3EDAは、A-2EDAと比較して、残存スコアが上昇する傾向がみられた。
【0162】
【表5】
【0163】
実施例6-(2)ラット長期間皮下埋植試験(2)
実施例1-(4)および実施例5-(1)に従い、表6のとおり試料を作製し、6-(1)と同様にラット背面部の皮下に埋植し、8週間後と12週間後に、試料の残存性について組織学的評価を行った。組織学的評価は、次のように作製した標本により評価した。すなわち、埋植した皮下組織を摘出し、10%中性緩衝ホルマリン溶液で固定後、組織を切り出し、パラフィン包埋ブロックを作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色、およびサフラニン-O染色を行った。試料の残存性を5段階のスコアで評価した。すなわち、各試料について、試料残存なしを0、ごくわずかに残存を1、わずかに残存を2、中等度に残存を3、顕著に残存を4として、各群n=3で評価し、その平均値をその試料の残存スコアとした。
【0164】
【表6】
【0165】
その結果、各試料とも8週、12週と次第に残存スコアが低下した。試料番号51と52との残存率の比較から、PGA添加は残存率に大きな影響を与えないと考えられた。また、試料番号52と53との比較から、アルギン酸含量を増加させることにより、試料の残存率が上昇することが示された。試料番号52、53は、表4の試料番号4、5として、試料番号54は、実施例5-(3)で神経再生効果が確認された架橋体である。このように、神経再生誘導用材料を用いてラット背面部に皮下埋植試験を行うとき、埋植から8週後~12週後の患部の組織学的評価により、試料の残存が確認されることも神経再生効果にとって望ましい要素のひとつと考えられた。
【0166】
実施例7 アルギン酸架橋体の水中分解性試験
アルギン酸架橋体の分解性をin vitro試験で評価した。
【0167】
縦1cm×横1cmのサイズ(厚さは問わない)に裁断した試料4個を50mLの容遠沈管(ガラス製)に入れ、生理食塩液25mLを加えた後、恒温振とう水槽で振とうし、経時的に試料の変化を観察した。試料の縦横の裁断面は垂直に交わるように裁断した。各試料の厚さは、約2mm~約8mmであった。測定時点は開始から4時間時、1日(24時間)、2日(48時間)、3日(72時間)、4日(96時間)、5日(120時間)および6日(144時間)とした。試料は、試験開始前に秤量した。各測定時においては、測定後の液を孔径10μmのメンブランフィルター(メルク製、オムニポア)で減圧ろ過し、ろ取した残分の画像を取得した後、恒量になるまで減圧乾燥(60℃)した。残存した試料を秤量し、試験開始前の試料量に対する割合を、残存率(%)として算出した。
【0168】
恒温振とう水槽(トーマス科学器械製、T-N22S型、温調;ヤマト科学製、CTA401S)の振とう幅は20mm、振とう数は、往復120回/分とした。溶媒温度は、恒温振とう水槽の設定温度として、50℃とした。
【0169】
実施例5-(3)(4)においてラット神経再生効果が確認された試料番号61~64、および電子線を照射していない架橋体について評価した。評価した架橋体を表7に示す。試料番号66は、実施例4-(2)でラットの試験でエタノール滅菌して用いた架橋体と同じ組成である。試料68は、実施例5-(1)に準じて、PGAに替えてPLGA(50mg/cc,1.5mg/cm)を用いて同様に作製された架橋体を試料とした。
【0170】
【表7】
【0171】
結果を図7に示す。その結果、試料番号61~64の架橋体は、経時的に残存率が低下する傾向がみられ、試験開始から3日後(72時間後)の残存率は約20%~約70%の範囲を示した。一方、PGAを含有せず、電子線を照射していない架橋体である試料65と66は、残存率が上昇した。PGAまたはPLGAを含有する、電子線を照射していない架橋体である試料67と68は、残存率は経時的な低下がみられたが、試験開始から3日後(72時間後)の残存率は80%以上を示した。
以上より、当該試験において、試験開始から3日後(72時間後)の架橋体の残存率が、約20%~約80%を範囲とする架橋体が、神経再生にとって好ましいことが示唆された。
【0172】
電子線とγ線とを線量を変更して照射した架橋体について同様に評価した。評価した架橋体は、表8のとおりである。試料番号71は、実施例5-(4)でラット神経再生効果が確認された架橋体である。
【0173】

【表8】
【0174】
結果を図8に示す。その結果、電子線を照射した架橋体である試料番号71と72は、同様に経時的に残存率が低下する傾向がみられたが、開始直後の4時間後の残存率を両者で比較すると、電子線量が15kGyの試料71と比較して、電子線量が30kGyの試料72の残存率が低かった。γ線を照射した架橋体である試料番号73~75も、電子線照射した架橋体と同様に、経時的に残存率が低下する傾向がみられた。また、試料番号73~75の中では、γ線線量が50kGyの試料75は、開始直後の4時間後の残存率が約50%程度まで低下した。この結果から、電子線およびγ線は、照射線量を上昇させることにより、開始直後の残存率が低下することが示唆された。神経のギャップに架橋体を設置して神経の再生を促す場合、架橋体が設置後早い時期に消失すると、神経の再生の初期の足場となることができないと考えられる。実施例5-(4)に記載したとおり、電子線量40kGyまたは60kGyで照射した架橋体が、直線状の神経ギャップの再生効果が高くなかったのは、設置当初から架橋体が消失してしまい、神経の足場としての役目を果たせなかった可能性が考えられた。
【0175】
実施例5-(1)に従い、PGAに替えてPLGA(50mg/cc,1.5mg/cm)を用いて同様に作製した架橋体とPGAを含有する架橋体とで同様に分解性を比較した。評価した架橋体は、表9のとおりである。試料番号84は、実施例5-(3)において、試料番号85は、実施例5-(4)において、神経再生効果が確認された架橋体である。
【0176】
【表9】
【0177】
結果を図9に示す。その結果、PLGAを含有する試料は、PGAを含有する試料と同様に、残存率は経時的に低下した。PLGAを含有する試料番号81と82と、PGAを含有する試料番号83、84、85とでは、ともに電子線量が高い試料ほど開始から4時間後の残存率が低い傾向がみられ、その後は同様に残存率が低下することが示された。このように、PLGAは架橋体の材料としてPGAに替えて同様に使用できることが示唆された。
【0178】
実施例8 正常ヒト皮膚線維芽細胞に対する架橋体の効果
【0179】
実施例1-(4)に従い作製されたエチレンジアミンで架橋されたアルギン酸架橋体と市販のコラーゲンスポンジについて、正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF:Normal Human Dermal Fibroblasts)の細胞接着性および細胞増殖性を評価し比較した。NHDFなど線維芽細胞は神経再生のためのスペースに移動・増殖して神経再生を妨げると考えられる。
【0180】
試料は、(1)A-2EDA、(2)A-3EDA、(3)ウシコラーゲンスポンジ(SpongeCol(登録商標), Advanced BioMatrix社製)、(4)2Dコントロール(組織培養皿)の4群とした。各試料の大きさは、(1)および(2)は縦約5mm×横約5mm×厚さ約2mm~約7mm、(3)は直径4mm円形×厚さ約1mmとした。各試料に細胞10個を播種し、培地中で1日、4日間培養後、試料に接着していない細胞を分離するため、各試料を新しいウエルに移動した後、各試料に接着している細胞数をWST-8試薬を用いて、450nmの吸光度で評価した。培地は、10%FCS/EMEMとした。
【0181】
NHDFの接着と増殖の結果を図10に示す。その結果、培養1日後に、A-2EDAおよびA-3EDAの架橋体には、NHDFがコラーゲンスポンジと同程度接着したが、その後、細胞数は減少した。一方、コラーゲンスポンジでは、細胞数が増加したことが示された。このように、アルギン酸架橋体は、コラーゲンスポンジと比較して、神経再生を妨げる線維芽細胞の接着、増殖を抑制することが示された。
【0182】
実施例9 ラット海綿体神経叢除去モデルに対する神経再生効果
9-(1)ラット海綿体神経叢除去モデルの作製
ラットを2%イソフルランの吸入による麻酔下にて、仰臥位に固定した。下腹部を正中切開し、顕微鏡下で骨盤内を展開し、骨盤神経叢および海綿体神経を露出させた。治療群と無治療群は、海綿体神経を確保した後、網目状に分岐している神経叢を横断するように海綿体神経を約2mm切除した。左右同様に処置した。治療群は、実施例5-(1)に準じて作製したPGAを含有するアルギン酸架橋体(A-3EDA・PGA100)を、神経切除断端を十分被覆するように置き、縫合固定した。無治療群は、神経切除のみ行った。正常コントロール群は、海綿体神経切除を行わなかった。その後、下腹部の筋層および皮膚を縫合した。手術前に、ベンジルペニシリンカリウムを20000units/kg用量で筋肉内注射した。また、鎮痛剤ブプレノルフィン0.01mg/kg用量を1日2回3日間1mL/kgの容量で皮下投与した。各群n=3で行った。
【0183】
9-(2) 交尾行動の確認
9-(1)の処置から4週後、および7週後に、各群3匹は、発情を確認した雌と金網製の床網を敷いたケージで同居させた。翌日、メスの膣プラグ(copulatory plug)の有無により、交尾行動の有無を確認した。なお、プラグが確認できなかったラットは7日目まで観察を続けて判定した。
その結果、各群3匹中、交尾行動がみられた(メスの膣プラグ有り)ラットの割合を表10に示す。その結果、海綿体神経切除を行っていない正常コントロールは100%で交尾行動がみられたが、海綿体神経を切除した無治療群は、4週後および7週後とも交尾行動は全くみられなかった。一方、海綿体神経の切除後に前記アルギン酸架橋体を置いた治療群は、4週後および7週後とも2/3で交尾行動が見られた。このことから、アルギン酸を含有する架橋体は、海綿体神経における網目状構造の神経叢自体が切除された損傷部を、施術から4週後という早い時期に再生させ、正常な交尾行動を行うことができるまでに機能を回復させたことが示された。
【0184】
【表10】
【0185】
実施例10 アルギン酸架橋体の引き裂き試験
表11の6種のアルギン酸架橋体について、手術で架橋体を縫合する場合を想定し、引き裂き試験を行い、各試料の強度を比較した。
試料番号101と104は、PGAを含有しないアルギン酸架橋体であり、その他の試料は、PGAを含有するアルギン酸架橋体であり、それぞれ、実施例1-(4)、実施例5-(1)の記載に従い作製した。試料番号101~103は、電子線を照射しておらず、試料番号104~106は、電子線を15kGyで照射した。
試験方法は以下のとおりである。試験方法の模式図を図11に示す。各試料を、縦2cm×横2cmのサイズ(厚さは問わない)となるように裁断した。ここで縦と横の裁断面は垂直に交わるものとした。このとき各試料の厚さは約2mm~約8mmであった。その裁断面の1つから5mm離れた位置で該材料を挟むようにダブルクリップ(把持部の幅が約15mm)で把持した(把持部A)。該試料の把持部Aに相対する裁断面(B)から10mmまでの部分全体を生理食塩水に15分間浸漬した。該試料の裁断面(B)から5mm離れた位置の中央部に、針付き縫合糸(バイクリル(登録商標)、4-0、丸針SH-1)を貫通させ、縫合糸の両端を器具に固定した。前記把持部Aを、試料の正方形面に水平に、速度10mm/分で引っ張った。縫合糸の付近で各試料が裂けるまで引っ張り続け、引っ張る荷重を試験力として測定した。引っ張り荷重の測定は、小型物性試験機(EZ-graph,島津製作所製)を用いて行った。各試料ともn=5で測定し、試験力の最大点(最大試験力)の平均値を求めた。
【0186】
【表11】
【0187】
結果を図12に示す。その結果、電子線を照射していない架橋体(試料番号101~103)と、電子線照射した架橋体(試料番号104~106)のそれぞれにおいて、PGAを含有する架橋体は、PGAを含有しない架橋体と比較して、最大試験力(N)が高かった。また、電子線照射した架橋体(試料番号104~106)は、電子線を照射していない架橋体(試料番号101~103)と比較して、全体的に最大試験力はやや低下した。
【0188】
別途、これらの架橋体について、手術での縫合手技、架橋体の設置部位への固定を想定した縫合試験を行ったところ、PGAを含有しない架橋体(試料番号101および104)は、縫合糸を固く結ぶと架橋体がちぎれてしまい、縫合が不可能であったが、PGAを含有する試料番号102、103、105、106は十分に縫合が可能な強度を有していた。引き裂き強度の結果、アルギン酸含量の2mg/cm2と4mg/cm2は含量による差は大きくなく、引き裂き試験および縫合試験の結果は、もっぱらPGAの有る、無しの差に因ることが大きいと考えられた。これらのことから、縫合が可能な架橋体とするためには、上記試験において、試験力が0.10(N)を超える架橋体が望ましいと考えられた。
【0189】
実施例11 ラットの脳欠損部へのアルギン酸架橋体充填の効果
4週齢のWistar系ラットの雄を使用し、頭蓋骨に電気ドリル(ストライカー社製)で穴を開け硬膜を切開し、側頭葉に1mmx1mmx1mmの組織欠損を作製した。この欠損部にPGAを含むアルギン酸架橋体(A-3EDA・PGA100、実施例5で作製した試料番号4)1mmx1mmx1mmを充填し、4週後または8週後に固定を行った。
【0190】
固定は、次のように行った。心臓の左心室に針を刺し、PBSで脱血後、4%パラホルムアルデヒドで灌流固定を行い、脳を取り出した。4%パラホルムアルデヒドで一晩浸した後、15%スクロース置換した。
【0191】
凍結薄切切片作成は次のように行った。クリオスタット(Leica CM3050 S、Leica Biosystems)を使用し、20μmの厚さの切片を作成した。
【0192】
免疫染色は、表12のそれぞれ対応する一次抗体、二次抗体を用いて、次の通り行った。
切片をPBSで洗浄し、30分~1時間ブロッキングを行った。5%FBSを含むPBSをサンプルの上にのせ、室温で静置した。その後一次抗体をのせた。各抗体は使用説明書に従い希釈して用いた。4℃一夜静置した。次の日、室温でPBSに5分間浸して洗浄した。これを3回行った。その後二次抗体をのせた。室温で1~2時間静置した。室温でPBSに5分間浸して洗浄した。これを3回行った。乾燥後、MilliQで洗浄し、さらに乾燥させて、DAPI入り封入剤(VECTASHIELD mounting medium with DAPI、(VECTOR))を使用して封入した。
【0193】
【表12】
【0194】
その結果、アルギン酸架橋体を脳組織欠損部分に充填すると経時的に分解吸収が進んだことが分かった。
【0195】
4週目には、アルギン酸架橋体の脳実質との接触面に、わずかにGFAP陽性のアストロサイトの突起を認めた(図13の矢印)。また、アルギン酸架橋体と脳実質との接触面に、非常にわずかにNF陽性の神経軸索を認めた(図14の矢印)。アルギン酸架橋体には、β-Tubulin陽性の神経軸索は認められなかった(図15)。
【0196】
また、8週目には、脳実質から200μm離れたアルギン酸架橋体まで、GFAP陽性のアストロサイトの突起を認めた(図16の矢印)。また、脳実質から200μm離れたアルギン酸架橋体まで、NF陽性の神経軸索を認めた(図17の矢印)。さらに、脳実質から200μm離れたアルギン酸架橋体まで、β-Tubulin陽性の神経軸索を認めた(図18の矢印)。
【0197】
以上のように、分解吸収過程のアルギン酸架橋体内へ、脳実質から神経軸索とアストロサイトの突起が進入し、脳組織が再生していることが観察された。すなわち、脳損傷部(欠損部)にアルギン酸架橋体を充填することにより、脳損傷部が修復されることが示唆された。
【0198】
実施例12 ラットの脳欠損部へのフィブリン糊充填試験(比較例)
実施例11と同様に、4週齢のラットを使用し、側頭葉に1mm×1mm×1mmの欠損部を作成し1mm×1mm×1mmのフィブリン糊(ベリプラスト(R)(商品名))を充填した。
2週後、4週後に還流固定した。凍結薄切切片作成後、免疫染色した。免疫染色は、一次抗体、二次抗体を含めて、実施例11と同様に行った。
【0199】
その結果、4週目には、GFAP陽性のアストロサイトの突起が損傷部とフィブリン充填部の境界に密に分布しており、神経軸索のフィブリン充填部側への伸長は観察できなかった(図19)。これは、アストロサイトが、神経軸索のフィブリン充填部側への伸長を阻害しているためと考えられた。
図1
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