(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-15
(45)【発行日】2022-02-24
(54)【発明の名称】スピン流磁化回転素子、磁気抵抗効果素子及び磁気メモリ
(51)【国際特許分類】
H01L 29/82 20060101AFI20220216BHJP
H01L 21/8239 20060101ALI20220216BHJP
H01L 27/105 20060101ALI20220216BHJP
H01L 43/08 20060101ALI20220216BHJP
H01L 43/10 20060101ALI20220216BHJP
【FI】
H01L29/82 Z
H01L27/105 447
H01L43/08 M
H01L43/10
(21)【出願番号】P 2017084537
(22)【出願日】2017-04-21
【審査請求日】2019-11-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100169694
【氏名又は名称】荻野 彰広
(72)【発明者】
【氏名】塩川 陽平
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 智生
【審査官】宮本 博司
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-059679(JP,A)
【文献】特開2005-294376(JP,A)
【文献】特開2006-040960(JP,A)
【文献】特開2009-026400(JP,A)
【文献】特開2017-059594(JP,A)
【文献】特開2018-067701(JP,A)
【文献】特開2014-183319(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 29/82
H01L 21/8239
H01L 43/08
H01L 43/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁化の向きが可変な第1強磁性金属層と、
前記第1強磁性金属層の面直方向である第1方向に対して交差する第2方向に延在し、前記第1強磁性金属層に接合するスピン軌道トルク配線と、を備え
前記第1強磁性金属層が、複数の強磁性構成層と、隣接する強磁性構成層間に挟まれた複数の非磁性構成層とからなる積層構造で構成されており、
前記複数の強磁性構成層のうち少なくとも一つの強磁性構成層が他の強磁性構成層と異なる膜厚を有するか、及び/又は、複数の非磁性構成層のうち少なくとも一つの非磁性構成層が他の非磁性構成層と異なる膜厚を有し、
前記第1強磁性金属層のシート抵抗が前記スピン軌道トルク配線のシート抵抗より小さ
く、
前記非磁性構成層が、前記強磁性構成層に界面垂直磁気異方性を付与する材料である、スピン流磁化回転素子。
【請求項2】
前記複数の非磁性構成層のうちの一つの非磁性構成層を挟む二つの強磁性構成層の膜厚が互いに異なるか、又は、前記複数の強磁性構成層のうちの一つの強磁性構成層を挟む二つの非磁性構成層の膜厚が互いに異なる、請求項1に記載のスピン流磁化回転素子。
【請求項3】
前記複数の非磁性構成層のうち、前記スピン軌道トルク配線に最も近い非磁性
構成層が他の非磁性構成層に比べて最も薄い、請求項1又は2のいずれかに記載のスピン流磁化回転素子。
【請求項4】
前記複数の非磁性構成層のうち、少なくとも一つの非磁性構成層の材料が他の非磁性構成層の材料と異なる、請求項1~3のいずれか一項に記載のスピン流磁化回転素子。
【請求項5】
前記複数の強磁性構成層のうち、前記スピン軌道トルク配線に最も近い強磁性構成層が他の強磁性構成層に比べて最も薄い、請求項1~
4のいずれか一項に記載のスピン流磁化回転素子。
【請求項6】
前記複数の強磁性構成層のうちいずれかの強磁性構成層がデッドレイヤを有する、請求項1~
4のいずれか一項に記載のスピン流磁化回転素子。
【請求項7】
前記複数の強磁性構成層の各層の平均膜厚に対して、強磁性構成層の各膜厚が前記平均膜厚より±10%以上異なるか、又は、前記複数の非磁性構成層の各層の平均膜厚に対して、非磁性積層層の各膜厚が非磁性積層層の平均膜厚より±10%以上異なる、請求項1~
4、又は、
6のいずれか一項に記載のスピン流磁化回転素子。
【請求項8】
前記第1強磁性金属層が前記スピン軌道トルク配線に近づくにつれて、前記第1方向に直交する断面の断面積が大きく形成されている、請求項1~
4、
6、又は、
7のいずれか一項に記載のスピン流磁化回転素子。
【請求項9】
前記強磁性構成層の材料はFe、Co、Niのいずれかを含む強磁性金属から選択され、前記非磁性構成層の材料はTi、Cr、Cu、Mo、Ru、Rh、Pd、Ag、Hf、Ta、W、Ir、Pt、Au、Biのいずれかを含む非磁性金属から選択されたものである、請求項1~
4、又は、
6~
8のいずれか一項に記載のスピン流磁化回転素子。
【請求項10】
前記第1強磁性金属層の厚みに対する、前記第1強磁性金属層の前記第2方向に沿った長さの比が1以上である、請求項1~
4、又は、
6~
9のいずれか一項に記載のスピン流磁化回転素子。
【請求項11】
請求項1~
4、又は、
6~
10のいずれか一項に記載のスピン流磁化回転素子と、磁化の向きが固定されている第2強磁性金属層と、前記第1強磁性金属層と前記第2強磁性金属層に挟持された非磁性体層とを備えている磁気抵抗効果素子。
【請求項12】
前記複数の強磁性構成層のうち、前記非磁性体層に接する強磁性構成層の膜厚が最も薄い、請求項
11に記載の磁気抵抗効果素子。
【請求項13】
請求項
5に記載のスピン流磁化回転素子と、磁化の向きが固定されている第2強磁性金属層と、前記第1強磁性金属層と前記第2強磁性金属層に挟持された非磁性体層とを備えている磁気抵抗効果素子。
【請求項14】
請求項
11~
13のいずれか一項に記載の磁気抵抗効果素子を複数備えた磁気メモリ。
【請求項15】
磁化の向きが可変な第1強磁性金属層と、
前記第1強磁性金属層の面直方向である第1方向に対して交差する第2方向に延在し、前記第1強磁性金属層に接合するスピン軌道トルク配線と、を備え
前記第1強磁性金属層が、複数の強磁性構成層と、隣接する強磁性構成層間に挟まれた複数の非磁性構成層とからなる積層構造で構成されており、
前記複数の強磁性構成層が、前記スピン軌道トルク配線に近い側から順に膜厚が厚い強磁性構成層から薄い強磁性構成層が配置する、又は、前記スピン軌道トルク配線に近い側から順に膜厚が薄い強磁性構成層から厚い強磁性構成層が配置する、スピン流磁化回転素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スピン流磁化回転素子、特にスピン流磁化反転素子に関し、また、磁気抵抗効果素子及び磁気メモリにも関する。
【背景技術】
【0002】
強磁性層と非磁性層の多層膜からなる巨大磁気抵抗(GMR)素子、及び、非磁性層に絶縁層(トンネルバリア層、バリア層)を用いたトンネル磁気抵抗(TMR)素子が知られている。一般に、TMR素子は、GMR素子と比較して素子抵抗が高いものの、TMR素子の磁気抵抗(MR)比は、GMR素子のMR比より大きい。そのため、磁気センサ、高周波部品、磁気ヘッド及び不揮発性ランダムアクセスメモリ(MRAM)用の素子として、TMR素子に注目が集まっている。
【0003】
MRAMは、絶縁層を挟む二つの強磁性層の互いの磁化の向きが変化するとTMR素子の素子抵抗が変化するという特性を利用してデータを読み書きする。MRAMの書き込み方式としては、電流が作る磁場を利用して書き込み(磁化反転)を行う方式や磁気抵抗効果素子の積層方向に電流を流して生ずるスピントランスファートルク(STT)を利用して書き込み(磁化反転)を行う方式が知られている。STTを用いたTMR素子の磁化反転はエネルギーの効率の視点から考えると効率的ではあるが、磁化反転をさせるための反転電流密度が高い。TMR素子の長寿命の観点から、この反転電流密度は低いことが望ましい。この点は、GMR素子についても同様である。
【0004】
そこで近年、STTとは異なったメカニズムで、反転電流を低減する手段としてスピンホール効果により生成された純スピン流を利用した磁化反転に注目が集まっている(例えば、非特許文献1)。スピンホール効果によって生じた純スピン流は、スピン軌道トルク(SOT)を誘起し、SOTにより磁化反転を起こす。あるいは、異種材料の界面における界面ラシュバ効果によって生じた純スピン流でも同様のSOTにより磁化反転を起こす。純スピン流は上向きスピンの電子と下向きスピン電子が同数で互いに逆向きに流れることで生み出されるものであり、電荷の流れは相殺されている。そのため磁気抵抗効果素子に流れる電流はゼロであり、反転電流密度の小さな磁気抵抗効果素子の実現が期待されている。
【0005】
スピンホール効果は、スピン軌道相互作用の大きさに依存する。非特許文献2では、スピン軌道トルク配線にスピン軌道相互作用を生じるd電子を有した重金属であるTaを用いている。また、半導体であるGaAsでは、反転対称性の崩れから生じる結晶内部の電場によってスピン軌道相互作用が生じることが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】I.M.Miron, K.Garello, G.Gaudin, P.-J.Zermatten, M.V.Costache, S.Auffret, S.Bandiera, B.Rodmacq, A.Schuhl, and P.Gambardella, Nature, 476, 189 (2011).
【文献】S.Fukami, T.Anekawa, C.Zhang,and H.Ohno, Nature Nanotechnology, DOI:10.1038/NNANO.2016.29.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献2によると、SOT方式による反転電流密度はSTT方式による反転電流密度と同程度であると報告されている。しかしながら、現在SOT方式で報告されている反転電流密度は、高集積化や低消費エネルギー化を実現するためには不十分であり、改善の余地がある。
【0008】
また、SOT方式の磁気抵抗効果素子のスピン軌道トルク配線(SOTを誘起して純スピン流を生じさせる配線)に用いられている材料として、非特許文献2で用いられているようなTaをはじめとする重金属材料が挙げられる。こうした重金属材料は電気抵抗率が高いため、薄膜や細線にした場合、消費電力が高いことも問題となる。
【0009】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、磁化回転又は磁化反転の電流密度を低減可能なスピン流磁化回転素子、磁気抵抗効果素子及び磁気メモリを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、スピン軌道トルク配線を備えたSOT方式の磁気抵抗効果素子において、スピン軌道トルク配線に接合する磁化自由層である強磁性金属層内に侵入する電流に対し、[強磁性層/非磁性層]nの積層構造(nは繰り返しの積層回数)の強磁性金属層を用い、その積層構造を非対称構造とすることにより、純スピン流の打ち消し合いを回避し又は低減させ、その結果、発生した純スピン流を磁化回転又は磁化反転に利用する本発明に想到した。
【0011】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0012】
(1)本発明の第1態様にかかるスピン流磁化回転素子は、磁化の向きが可変な第1強磁性金属層と、前記第1強磁性金属層の面直方向である第1方向に対して交差する第2方向に延在し、前記第1強磁性金属層に接合するスピン軌道トルク配線と、を備え、前記第1強磁性金属層が、複数の強磁性構成層と、隣接する強磁性構成層間に挟まれた複数の非磁性構成層とからなる積層構造で構成されており、前記複数の強磁性構成層のうち少なくとも一つの強磁性構成層が他の強磁性構成層と異なる膜厚を有するか、及び/又は、複数の非磁性構成層のうち少なくとも一つの非磁性構成層が他の非磁性構成層と異なる膜厚を有する。
【0013】
(2)上記態様にかかるスピン流磁化回転素子は、前記複数の非磁性構成層のうちの一つの非磁性構成層を挟む二つの強磁性構成層の膜厚が互いに異なるか、又は、前記複数の強磁性構成層のうちの一つの強磁性構成層を挟む二つの非磁性構成層の膜厚が互いに異なっていてもよい。
【0014】
(3)上記態様にかかるスピン流磁化回転素子は、前記複数の非磁性構成層のうち、前記スピン軌道トルク配線に最も近い非磁性積層層が他の非磁性積層層に比べて最も薄くてもよい。
【0015】
(4)上記態様にかかるスピン流磁化回転素子は、前記複数の非磁性構成層のうち、少なくとも一つの非磁性構成層の材料が他の非磁性構成層の材料と異なっていてもよい。
【0016】
(5)上記態様にかかるスピン流磁化回転素子は、前記非磁性構成層が、前記強磁性構成層に界面垂直磁気異方性を付与する材料であってもよい。
【0017】
(6)上記態様にかかるスピン流磁化回転素子は、前記複数の強磁性構成層のうち、前記スピン軌道トルク配線に最も近い強磁性構成層が他の強磁性構成層に比べて最も薄くてもよい。
【0018】
(7)上記態様にかかるスピン流磁化回転素子は、前記複数の強磁性構成層のうちいずれかの強磁性構成層がデッドレイヤを有してもよい。
【0019】
(8)上記態様にかかるスピン流磁化回転素子は、前記複数の強磁性構成層の各層の平均膜厚に対して、強磁性構成層の各膜厚が前記平均膜厚より±10%以上異なるか、又は、前記複数の非磁性構成層の各層の平均膜厚に対して、非磁性積層層の各膜厚が非磁性積層層の平均膜厚より±10%以上異なっていてもよい。
【0020】
(9)上記態様にかかるスピン流磁化回転素子は、前記第1強磁性金属層が前記スピン軌道トルク配線に近づくにつれて、前記第1方向に直交する断面の断面積が大きく形成されていてもよい。
【0021】
(10)上記態様にかかるスピン流磁化回転素子は、前記第1強磁性金属層のシート抵抗が前記スピン軌道トルク配線のシート抵抗より小さくてもよい。
【0022】
(11)上記態様にかかるスピン流磁化回転素子は、前記強磁性構成層の材料はFe、Co、Niのいずれかを含む強磁性金属から選択され、前記非磁性構成層の材料はTi、Cr、Cu、Mo、Ru、Rh、Pd、Ag、Hf、Ta、W、Ir、Pt、Au、Biのいずれかを含む非磁性金属から選択されたものであってもよい。
【0023】
(12)上記態様にかかるスピン流磁化回転素子は、前記第1強磁性金属層の厚みに対する、前記第1強磁性金属層の前記第2方向に沿った長さの比が1以上であってもよい。
【0024】
(13)本発明の第2態様にかかる磁気抵抗効果素子は、上記態様のスピン流磁化回転素子と、磁化の向きが固定されている第2強磁性金属層と、前記第1強磁性金属層と前記第2強磁性金属層に挟持された非磁性体層とを備えている。
【0025】
(14)上記態様にかかる磁気抵抗効果素子は、前記複数の強磁性構成層のうち、前記非磁性体層に接する強磁性構成層の膜厚が最も薄くてもよい。
【0026】
(15)本発明の第3態様にかかる磁気メモリは、上記態様の磁気抵抗効果素子を複数備えている。
【発明の効果】
【0027】
本発明のスピン流磁化回転素子によれば、磁化回転又は磁化反転の電流密度を低減可能なスピン流磁化回転素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の一実施形態に係るスピン流磁化回転素子の一例の模式図であり、(a)は平面図であり、
図1(b)は
図1(a)のスピン軌道トルク配線2の幅方向の中心線であるX-X線で切った断面図である。
【
図2】スピンホール効果について説明するための模式図である。
【
図3】本発明の作動原理を説明するための模式図である。
【
図4】本発明のスピン流磁化回転素子の他の例の第1強磁性金属層の断面模式図を示す。
【
図5】本発明のスピン流磁化回転素子の他の例の第1強磁性金属層の断面模式図を示す。
【
図6】本発明のスピン流磁化回転素子の応用例であり、また、本発明の一実施形態に係る磁気抵抗効果素子でもある磁気抵抗効果素子を模式的に示した斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明について、図を適宜参照しながら詳細に説明する。以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするために便宜上特徴となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などは実際とは異なっていることがある。以下の説明において例示される材料、寸法等は一例であって、本発明はそれらに限定されるものではなく、本発明の効果を奏する範囲で適宜変更して実施することが可能である。本発明の素子において、本発明の効果を奏する範囲で他の層を備えてもよい。
【0030】
(スピン流磁化回転素子)
図1に、本発明の一実施形態に係るスピン流磁化回転素子の一例の模式図を示す。
図1(a)は平面図であり、
図1(b)は
図1(a)のスピン軌道トルク配線2の幅方向の中心線であるX-X線で切った断面図である。
【0031】
図1に示すスピン流磁化回転素子10は、磁化の向きが可変な第1強磁性金属層1と、第1強磁性金属層1の面直方向である第1方向に対して交差する第2方向に延在し、第1強磁性金属層1に接合するスピン軌道トルク配線2と、を備え、第1強磁性金属層1が、複数の強磁性構成層1Aa、1Ab、1Acと、隣接する強磁性構成層間に挟まれた複数の非磁性構成層1Ba、1Bbとからなる積層構造で構成されており、前記複数の強磁性構成層のうち少なくとも一つの強磁性構成層が他の強磁性構成層と異なる膜厚を有するか、及び/又は、及び複数の非磁性構成層1Ba、1Bbのうち少なくとも一つの非磁性構成層1Baが他の非磁性構成層1Bbと異なる膜厚を有する。
【0032】
以下、第1強磁性金属層1の面直方向もしくは第1強磁性金属層1とスピン軌道トルク配線2とが積層する方向(第1方向)をz方向、z方向と垂直でスピン軌道トルク配線2と平行な方向(第2方向)をx方向、x方向及びz方向と直交する方向(第3方向)をy方向とする。
【0033】
図1を含めて以下では、スピン軌道トルク配線2が第1強磁性金属層1の面直方向である第1方向に対して交差する方向に延在する構成の例として、第1方向に対して直交する方向に延在する構成の場合について説明する。
【0034】
本発明のスピン流磁化回転素子では、スピン軌道トルク配線に電流を流して純スピン流を生成し、その純スピン流をスピン軌道トルク配線に接する第1強磁性金属層に拡散させることで、その純スピン流によるスピン軌道トルク(SOT)効果によって第1強磁性金属層の磁化回転を起こすだけでなく、第1強磁性金属層を所定の積層構造とすることによって、スピン軌道トルク配線に流した電流のうち第1強磁性金属層内に侵入した電流によって純スピン流を発生させ、その純スピン流をも磁化回転に利用することによって、反転電流密度を低減するものである。SOT効果が十分に大きければ、第1強磁性金属層1の磁化は反転される。この場合、上記のように、本発明のスピン流磁化回転素子を、特にスピン流磁化反転素子と呼ぶことができる。
【0035】
本発明のスピン流磁化回転素子では、界面ラシュバ効果による純スピン流も利用する。界面ラシュバ効果の詳細なメカニズムについては明らかでないが、以下のように考えられる。異種材料間の界面においては、空間反転対称性が破れていて、面直方向にポテンシャル勾配が存在しているとみなされる。このような面直方向にポテンシャル勾配がある界面に沿って電流が流れる場合、つまり電子が2次元の面内を運動する場合、電子の運動方向と垂直且つ面内の方向において有効磁場がスピンに作用して、その有効磁場の方向にスピンの向きが揃う。これにより、界面にスピン蓄積が形成される。そして、このスピン蓄積は、面外に拡散する純スピン流を生じさせる。
第1強磁性金属層を構成する強磁性構成層と非磁性構成層と界面には、界面ラシュバ効果によってスピン蓄積(上向きスピン又は下向きスピンの一方が多く存在している状態)が生じ、そのスピン蓄積が純スピン流を生じさせる。この純スピン流も磁化回転に寄与するものである。
【0036】
本発明のスピン流磁化回転素子すなわち、純スピン流によるSOT効果で強磁性金属層の磁化回転を行う素子は、純スピン流によるSOTのみで強磁性金属層の磁化反転を行う磁気抵抗効果素子において用いることができ、この場合、特にスピン流磁化反転素子と言える。また、本発明のスピン流磁化回転素子は、従来のSTTを利用する磁気抵抗効果素子において強磁性金属層の磁化反転のアシスト手段あるいは主力手段として用いることもできる。
【0037】
「スピン軌道トルク配線」
スピン軌道トルク配線2は、電流が流れるとスピンホール効果によって純スピン流が生成される材料からなる。かかる材料としては、スピン軌道トルク配線2中に純スピン流が生成される構成を有すれば足りる。
スピンホール効果とは、材料に電流を流した場合にスピン軌道相互作用に基づき、電流の向きに直交する方向に純スピン流が誘起される現象である。
【0038】
図2は、スピンホール効果について説明するための模式図である。
図2は、
図1に示すスピン軌道トルク配線2をx方向に沿って切断した断面図である。
図2に基づいてスピンホール効果により純スピン流が生み出されるメカニズムを説明する。
【0039】
図2に示すように、スピン軌道トルク配線2の延在方向に電流Iを流すと、紙面手前側に配向した第1スピンS1と紙面奥側に配向した第2スピンS2はそれぞれ電流と直交する方向に曲げられる。通常のホール効果とスピンホール効果とは運動(移動)する電荷(電子)が運動(移動)方向を曲げられる点で共通するが、通常のホール効果は磁場中で運動する荷電粒子がローレンツ力を受けて運動方向を曲げられるのに対して、スピンホール効果では磁場が存在しないのに電子が移動するだけ(電流が流れるだけ)で移動方向が曲げられる点で大きく異なる。
【0040】
非磁性体(強磁性体ではない材料)では第1スピンS1の電子数と第2スピンS2の電子数とが等しいので、図中で上方向に向かう第1スピンS1の電子数と下方向に向かう第2スピンS2の電子数が等しい。そのため、電荷の正味の流れとしての電流はゼロである。この電流を伴わないスピン流は特に純スピン流と呼ばれる。
【0041】
強磁性体中に電流を流した場合は、第1スピンS1と第2スピンS2が互いに反対方向に曲げられる点は同じである。一方で、強磁性体中では第1スピンS1と第2スピンS2のいずれかが多い状態であり、結果として電荷の正味の流れが生じてしまう(電圧が発生してしまう)点が異なる。従って、スピン軌道トルク配線2の材料としては、強磁性体だけからなる材料は含まれない。
【0042】
ここで、第1スピンS1の電子の流れをJ
↑、第2スピンS2の電子の流れをJ
↓、スピン流をJ
Sと表すと、J
S=J
↑-J
↓で定義される。
図2においては、純スピン流としてJ
Sが図中の上方向に流れる。ここで、J
Sは分極率が100%の電子の流れである。
【0043】
図1において、スピン軌道トルク配線2の上面に強磁性体を接触させると、純スピン流は強磁性体中に拡散して流れ込む。すなわち、第1強磁性金属層1にスピンが注入される。
【0044】
スピン軌道トルク配線の材料としては、純スピン流を生成しえる材料からなっていればよく、例えば、複数種類の材料部分からなる構成等であってもよい。
スピン軌道トルク配線の材料としては、タングステン、レニウム、オスミウム、イリジウム、及び、それらの金属を少なくとも1つ以上含む合金からなる群から選択された材料からなるものとすることができる。また、タングステン、レニウム、オスミウム及びイリジウムは、最外殻に5dの電子を持ち、d軌道の5つの軌道が縮退している場合に、大きな軌道角運動量を持つ。そのため、スピンホール効果を生じさせるスピン軌道相互作用が大きくなり、効率的にスピン流を発生できる。
【0045】
スピン軌道トルク配線の材料は、非磁性の重金属を含んでもよい。
ここで、重金属とは、イットリウム以上の比重を有する金属の意味で用いている。
この場合、非磁性の重金属は最外殻にd電子又はf電子を有する原子番号39以上の原子番号が大きい非磁性金属であることが好ましい。かかる非磁性金属は、スピンホール効果を生じさせるスピン軌道相互作用が大きいからである。スピン軌道トルク配線は、最外殻にd電子又はf電子を有する原子番号39以上の原子番号が大きい非磁性金属だけからなってもよい。
通常、金属に電流を流すとすべての電子はそのスピンの向きに関わりなく、電流とは逆向きに動くのに対して、最外殻にd電子又はf電子を有する原子番号が大きい非磁性金属はスピン軌道相互作用が大きいためにスピンホール効果によって電子の動く方向が電子のスピンの向きに依存し、純スピン流が発生しやすい。
仮に、低抵抗部がCu(1.7μΩcm)からなるものとすると、原子番号39以上でかつCuよりも電気抵抗率が2倍以上大きい材料としては、Y,Zr,Nb,Mo,Ru,Pd,Cd,La,Hf,Ta,W,Re,Os,Ir,Pt,Hg,Ce,Pr,Nd, Sm,Eu,Gd,Tb,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Luが挙げられる。
【0046】
スピン軌道トルク配線の材料が非磁性の重金属を含む場合、純スピン流を生成しうる重金属を有限に含んでいればよい。さらにこの場合、スピン軌道トルク配線は、主成分よりも純スピン流を生成しうる重金属が十分少ない濃度領域であるか、または、純スピン流を生成しうる重金属が主成分例えば、90%以上であることが好ましい。この場合の重金属は、純スピン流を生成しうる重金属が最外殻にd電子又はf電子を有する原子番号39以上の非磁性金属100%であることが好ましい。
ここで、スピン軌道トルク配線の主成分よりも純スピン流を生成しうる重金属が十分少ない濃度領域とは、例えば、銅を主成分とするスピン軌道トルク配線において、モル比で重金属の濃度が10%以下を指す。スピン軌道トルク配線を構成する主成分が上述の重金属以外からなる場合、スピン軌道トルク配線に含まれる重金属の濃度はモル比で50%以下であることが好ましく、10%以下であることがさらに好ましい。これらの濃度領域は、電子のスピン散乱の効果が有効に得られる領域である。重金属の濃度が低い場合、重金属よりも原子番号が小さい軽金属が主成分となる。なお、この場合、重金属は軽金属との合金を形成しているのではなく、軽金属中に重金属の原子が無秩序に分散していることを想定している。軽金属中ではスピン軌道相互作用が弱いため、スピンホール効果によって純スピン流は生成しにくい。しかしながら、電子が軽金属中の重金属を通過する際に、軽金属と重金属の界面でもスピンが散乱される効果があるため重金属の濃度が低い領域でも純スピン流が効率よく発生させることが可能である。重金属の濃度が50%を超えると、重金属中のスピンホール効果の割合は大きくなるが、軽金属と重金属の界面の効果が低下するため総合的な効果が減少する。したがって、十分な界面の効果が期待できる程度の重金属の濃度が好ましい。
【0047】
また、スピン軌道トルク配線の材料としては、磁性金属を含んでもよい。磁性金属とは、強磁性金属、あるいは、反強磁性金属を指す。非磁性金属に微量な磁性金属が含まれるとスピン軌道相互作用が増強され、スピン軌道トルク配線に流す電流に対するスピン流生成効率を高くできるからである。スピン軌道トルク配線は、反強磁性金属だけからなってもよい。反強磁性金属は重金属が最外殻にd電子又はf電子を有する原子番号39以上の非磁性金属100%の場合と同等の効果を得ることができる。反強磁性金属は、例えば、IrMnやPtMnが好ましく、熱に対して安定なIrMnがより好ましい。
スピン軌道相互作用はスピン軌道トルク配線材料の物質の固有の内場によって生じるため、非磁性材料でも純スピン流が生じる。スピン軌道トルク配線材料に微量の磁性金属を添加すると、磁性金属自体が流れる電子スピンを散乱するためにスピン流生成効率が向上する。ただし、磁性金属の添加量が増大し過ぎると、発生した純スピン流が添加された磁性金属によって散乱されるため、結果としてスピン流が減少する作用が強くなる。したがって、添加される磁性金属のモル比はスピン軌道トルク配線の主成分のモル比よりも十分小さい方が好ましい。目安で言えば、添加される磁性金属のモル比は3%以下であることが好ましい。
【0048】
また、スピン軌道トルク配線は、トポロジカル絶縁体を含んでもよい。スピン軌道トルク配線は、トポロジカル絶縁体だけからなってもよい。トポロジカル絶縁体とは、物質内部が絶縁体、あるいは、高抵抗体であるが、その表面にスピン偏極した金属状態が生じている物質である。物質にはスピン軌道相互作用という内部磁場のようなものがある。そこで外部磁場が無くてもスピン軌道相互作用の効果で新たなトポロジカル相が発現する。これがトポロジカル絶縁体であり、強いスピン軌道相互作用とエッジにおける反転対称性の破れにより純スピン流を高効率で生成することができる。
トポロジカル絶縁体としては例えば、SnTe,Bi1.5Sb0.5Te1.7Se1.3,TlBiSe2,Bi2Te3,(Bi1-xSbx)2Te3などが好ましい。これらのトポロジカル絶縁体は、高効率でスピン流を生成することが可能である。
【0049】
本発明のスピン流磁化回転素子において、SOT効果を利用するためにスピン軌道トルク配線に流す電流(SOT反転電流)自体は電荷の流れを伴う通常の電流であるため、電流を流すとジュール熱が発生する。
ここで、純スピン流を生成しやすい材料である重金属は、通常の配線として用いられる金属に比べて電気抵抗率が高い。
そのため、SOT反転電流によるジュール熱を低減する観点では、スピン軌道トルク配線はすべてが純スピン流を生成しうる材料だけからなるよりも、電気抵抗率が小さい部分を有することが好ましい。この観点で、本発明のスピン流磁化回転素子が備えるスピン軌道トルク配線は、純スピン流を発生する材料からなる部分(純スピン流発生部)と、この純スピン流発生部よりも電気抵抗率が小さい材料からなる部分(低抵抗部)とからなってもよい。
この場合、純スピン流発生部の材料としては、スピン軌道トルク配線の材料として上述したものを用いることができ、低抵抗部の材料としては、通常の配線として用いられる材料を用いることができる。例えば、アルミニウム、銀、銅、金等を用いることができる。低抵抗部は、純スピン流発生部よりも電気抵抗率が低い材料からなっていればよく、例えば、複数種類の材料部分からなる構成等であってもよい。
なお、低抵抗部において純スピン流が生成されても構わない。この場合、純スピン流発生部と低抵抗部との区別は、本明細書中に純スピン流発生部及び低抵抗部の材料として記載したものからなる部分は純スピン流発生部または低抵抗部であるとして区別できる。また、純スピン流を発生する主要部以外の部分であって、その主要部より電気抵抗率が低い部分は低抵抗部として、純スピン流発生部と区別できる。
【0050】
上述した実施形態ではスピン軌道トルク配線は、第1強磁性金属層に直接接続された場合を説明したが、後述のように、第1強磁性金属層とスピン軌道トルク配線との間に、キャップ層のような他の層を介在させてもよい。キャップ層の更なる詳細については、下記の磁気抵抗効果素子の応用におけるキャップ層104に関連して説明する。
【0051】
「第1強磁性金属層」
図1に示す第1強磁性金属層1は、三層の強磁性構成層1Aa、1Ab、1Acと、隣接する強磁性構成層1Aa、1Abとの間に挟まれた非磁性構成層1Baと、隣接する強磁性構成層1Ab、1Acとの間に挟まれた非磁性構成層1Bbとからなる積層構造で構成されているが、第1強磁性金属層は、複数の強磁性構成層のうち少なくとも一つの強磁性構成層が他の強磁性構成層と異なる膜厚を有するか、又は、複数の非磁性構成層のうち少なくとも一つの非磁性構成層が他の非磁性構成層と異なる膜厚を有するか、又は、少なくとも一つの強磁性構成層が他の強磁性構成層と異なる膜厚を有しかつ少なくとも一つの非磁性構成層が他の非磁性構成層と異なる膜厚を有する構成であればよい。
【0052】
本発明のスピン流磁化回転素子において、第1強磁性金属層を構成する複数の非磁性構成層のうちの一つの非磁性構成層を挟む二つの強磁性構成層の膜厚が互いに異なるか、又は、第1強磁性金属層を構成する複数の強磁性構成層のうちの一つの強磁性構成層を挟む二つの非磁性構成層の膜厚が互いに異なっていることが好ましい。
なお、スピンホール効果による純スピン流だけを考えた場合には、非磁性構成層の膜厚を互いに異なる構成とすればよいが、界面ラシュバ効果の大きさは強磁性構成層の膜厚に依存するため、強磁性構成層の膜厚を互いに異なる構成とすることによっても、純スピン流を増大することができる。
【0053】
<強磁性構成層>
第1強磁性金属層1を構成する強磁性構成層1Aa、1Ab、1Acの材料としては、強磁性材料、特に軟磁性材料を適用できる。例えば、Cr、Mn、Co、Fe及びNiからなる群から選択される金属、これらの金属を1種以上含む合金、これらの金属とB、C、及びNの少なくとも1種以上の元素とが含まれる合金等を用いることができる。具体的には、Co-Fe、Co-Fe-B、Ni-Feが挙げられる。
【0054】
強磁性構成層1Aa、1Ab、1Acの磁化の向きを積層面に対して垂直にする場合には、各強磁性構成層の膜厚は1.5nm以下とすることが好ましい。強磁性構成層と非磁性構成層との界面で、強磁性構成層に垂直磁気異方性(界面垂直磁気異方性)を付加することができる。また、界面垂直磁気異方性は強磁性構成層の膜厚を厚くすることによって効果が減衰するため、強磁性構成層の膜厚は薄い方が好ましい。
各強磁性構成層の膜厚は1.0nm以下とすることがより好ましい。SOTによる反転電流密度は強磁性金属層の膜厚に比例するため、より強い界面垂直磁気異方性を維持しつつ、反転電流密度を低下することができる。
【0055】
本発明のスピン流磁化回転素子において、複数の強磁性構成層のうち、スピン軌道トルク配線に最も近い強磁性構成層が他の強磁性構成層に比べて最も薄いことが好ましい。
スピン軌道トルク配線に最も近い強磁性構成層を薄くすることで、スピン軌道トルク配線と強磁性構成層の間に働く界面垂直磁気異方性を大きくすることができ、より強固な垂直磁化膜にすることができる。
【0056】
本発明のスピン流磁化回転素子において、複数の強磁性構成層のうちいずれかの強磁性構成層がデッドレイヤを有してもよい。
ここで、デッドレイヤとは、非磁性構成層やスピン軌道トルク配線との界面で元素が混ざって磁化を持たない状態の領域をいう。
強磁性構成層がデッドレイヤを有することにより、強磁性構成層の実効的な膜厚が設計値から変わり、その結果、積層構造の非対称性の程度を変えることができる。
なお、デッドレイヤの存在は、磁化についての強磁性構成層の膜厚を減らしていったときに磁化がゼロになったときに残っている膜厚の分がデッドレイヤとしてあるとして確認できる。
【0057】
本発明のスピン流磁化回転素子において、第1強磁性金属層がスピン軌道トルク配線に近づくにつれて、上記第1方向(面直方向)に直交する断面の断面積が大きく形成されていることが好ましい。
第1強磁性金属層の、面直方向に直交する面で切った断面積がスピン軌道トルク配線に近いところが大きい方が、面直方向に断面積が同じ構成である素子に比べ抵抗が下がり、第1強磁性金属層内により電流が侵入しやすくなる。
【0058】
<非磁性構成層>
非磁性構成層1Ba、1Bbは、スピン流を生成する層(スピン流生成層)である。
従って、非磁性構成層1Ba、1Bbの材料としては、スピン軌道トルク配線の材料として上記したものを用いることができる。
【0059】
各非磁性構成層の膜厚は、0.3~2.0nmとすることが好ましい。0.3nm未満であると1原子層を切る膜厚となり界面垂直磁気異方性を誘起しなくなることが懸念され、2.0nmを超えると強磁性構成層間の磁気結合が切れてしまい、第1強磁性金属層が一つの強磁性金属層として振る舞わなくなることが懸念されるためである。
【0060】
本発明のスピン流磁化回転素子において、複数の非磁性構成層のうち、スピン軌道トルク配線に最も近い非磁性構成層が他の非磁性構成層に比べて最も薄くてもよい。
スピン軌道トルク配線に最も近い非磁性構成層が最も電流が流れるため、薄いことによってスピンホール効果による純スピン流生成の効果を最も引き出すことができる。
なお、非磁性構成層の抵抗率に依存する。非磁性構成層の材料は、強磁性構成層の材料の抵抗率よりも低い抵抗率を有することが好ましい。例えば、強磁性構成層の材料がFeである場合、抵抗率は8.9μΩ・cmであるので、好ましい非磁性構成層の材料としては、W(4.9μΩ・cm)、Ag(1.47μΩ・cm)、Au(2.05μΩ・cm)、Ir(4.7μΩ・cm)、 Os(8.1μΩ・cm), Mo(5μΩ・cm), Rh(4.3μΩ・cm)などが挙げられる。
複数の非磁性構成層は、スピン軌道トルク配線からの距離によって非磁性構成層に流れる電流の大きさは異なると考えられるが、現時点ではその依存性を見積もることは困難である。従って、磁化回転の大きさを計測して、各非磁性構成層の膜厚の組み合わせの最適化を図ることが好ましい。このことは、複数の強磁性構成層についても同様である。
【0061】
本発明のスピン流磁化回転素子において、複数の非磁性構成層のうち、少なくとも一つの非磁性構成層の材料が他の非磁性構成層の材料と異なってもよい。
異種材料によって構成されることによって、非対称な積層構造とすることができ、SOT効果の最大化を図ることができる。
【0062】
本発明のスピン流磁化回転素子において、非磁性構成層が、強磁性構成層に界面垂直磁気異方性を付与する材料であることが好ましい。
界面垂直磁気異方性を有する材料を用いることで第1強磁性金属層の垂直磁気異方性を向上することができる。積層構造にすることで垂直磁化膜となり、MRAMにした場合に集積度をあげることができる。
【0063】
<作動原理>
本発明のスピン流磁化回転素子の作動原理について
図1を参照して説明する。
第1強磁性金属層は金属からなるから、スピン軌道トルク配線に電流が流れると第1強磁性金属層内にも電流は侵入する。侵入した電流の一部は、非磁性構成層1Ba、1Bbも流れる(Ia、Ib)。非磁性構成層1Ba、1Bbに電流が流れれば、スピンホール効果によって、上向きスピンの電子と下向きスピンの電子は逆方向に曲げられ、純スピン流が生成され得る。
【0064】
図3は、同じ材料でかつ同じ膜厚の三層の強磁性構成層11Aa、11Ab、11Acと、同じ材料でかつ同じ膜厚の二層の非磁性構成層11Ba、11Bbからなる積層構造において、二層の非磁性構成層11Ba、11Bbに等しい電流が流れた場合のスピンホール効果によるスピンの移動を模式的に示す図である。
このような、同じ材料でかつ同じ膜厚の複数の強磁性構成層と、同じ材料でかつ同じ膜厚の複数の非磁性構成層とからなる積層構造(以下、このような積層構造を「対称な積層構造」ということがある。)では、点線の丸印で示すあたりで、逆向きのスピンの流れが出会うことでスピンの流れを打ち消し合ってしまい、その結果、純スピン流が生成しないか、純スピン流が弱くなる。
[強磁性層/非磁性層]
nの積層構造においては従来、垂直磁気異方性を生み出す方法として用いられてきた構成であるが、対称な積層構造が想定されていたために、打ち消し合いの結果として純スピン流が生成しないと認識されていた。
本発明者は、逆向きのスピンの流れが打ち消し合わないように、「対称な積層構造」を崩す(すなわち、「非対称な積層構造」とする)ことによって、純スピン流を生成させ、それを磁化回転に利用することに想到した。「非対称な積層構造」とは、異なる膜厚とすることによって、逆向きのスピンの流れが打ち消し合わない構成としたものである。「非対称な積層構造」は、異なる材料を採用することによって実現してもよいし、異なる材料と異なる膜厚の組み合わせによって実現してもよい。
【0065】
図1に示すスピン流磁化回転素子10では、非磁性構成層1Baが非磁性構成層1Bbよりも膜厚を厚い構成を採用することによって、逆向きのスピンの流れが打ち消し合わずに、純スピン流Js
2が生成する。なお、三層の強磁性構成層は同じ膜厚である。
スピン流磁化回転素子10では、スピン軌道トルク配線で生成する純スピン流Js
1と、第1強磁性金属層内で生成する純スピン流Js
2とによって、強磁性構成層の磁化回転が行う。純スピン流Js
2純スピン流Js
2は、界面ラシュバ効果に基づく純スピン流も含まれている。
【0066】
図4に、本発明のスピン流磁化回転素子の他の例の第1強磁性金属層の断面模式図を示す。図の下方にスピン軌道トルク配線が配置するとする。
図4に示した第1強磁性金属層は、強磁性構成層が三層で、非磁性構成層が二層の積層構造の場合である。強磁性構成層がCoからなり、非磁性構成層がPtである場合を例にすると、[Co/Pt]
2/Coの場合である。
【0067】
図4(a)は、三層の強磁性構成層の膜厚がすべて同じで、二層の非磁性構成層の膜厚が互いに異なる場合の例であり、
図1の例と異なり、スピン軌道トルク配線から遠い側の非磁性構成層の膜厚の方がスピン軌道トルク配線から近い側の非磁性構成層の膜厚よりも厚い場合である。
図4(a)~(d)において、t1、t2、t3は各層の厚さを示す。
【0068】
図4(b)~(d)は、二層の非磁性構成層の膜厚が同じで、三層の強磁性構成層の膜厚がすべて異なる場合の例である。
図4(b)の構成は、最上層から最下層に行くほど順に膜厚が薄くなっている例である。
図4(b)の右側に記載した膜厚の大小関係のうち、最も上の大小関係が
図4(b)であり、その他の3つの大小関係は
図4(b)の変形例である。
図4(c)の構成は、最上層から最下層に行くほど順に膜厚が厚くなっている例である。
図4(c)の右側に記載した膜厚の大小関係のうち、最も上の大小関係が
図4(c)であり、その他の3つの大小関係は
図4(c)の変形例である。
図4(d)の構成は、膜厚の並びが厚い薄いの順に並んでいない例である。
図4(d)の右側に記載した膜厚の関係のうち、最も上の関係が
図4(d)であり、その他の2つの関係は
図4(d)の変形例である。
【0069】
図5に、本発明のスピン流磁化回転素子の他の例の第1強磁性金属層の断面模式図を示す。図の下方にスピン軌道トルク配線が配置するとする。
図5に示した第1強磁性金属層は、強磁性構成層が四層で、非磁性構成層が三層の積層構造の場合である。強磁性構成層がCoからなり、非磁性構成層がPtである場合を例にすると、[Co/Pt]
3/Coの場合である。
【0070】
図5(a)~(c)は、四層の強磁性構成層の膜厚がすべて同じ場合である。
図5(a)は、三層の非磁性構成層の膜厚が最上層から最下層に行くほど順に膜厚が薄くなっている例である。
図5(a)の右側に記載した膜厚の大小関係のうち、最も上の大小関係が
図5(a)であり、その他の3つの大小関係は
図5(a)の変形例である。
図5(b)の構成は、最上層から最下層に行くほど順に膜厚が厚くなっている例である。
図5(b)の右側に記載した膜厚の大小関係のうち、最も上の大小関係が
図5(b)であり、その他の3つの大小関係は
図5(b)の変形例である。
図5(c)の構成は、膜厚の並びが厚い薄いの順に並んでいない例である。
図5(c)の右側に記載した膜厚の関係のうち、最も上の関係が5(c)であり、その他の2つの関係は5(c)の変形例である。
【0071】
図5(d)~(f)は、三層の非磁性構成層の膜厚がすべて同じ場合である。
図5(d)は、四層の強磁性構成層の膜厚が最上層から最下層に行くほど順に膜厚が薄くなっている例である。
図5(d)の右側に記載した膜厚の大小関係のうち、最も上の大小関係が
図5(d)であり、その他の3つの大小関係は
図5(d)の変形例である。
図5(e)の構成は、最上層から最下層に行くほど順に膜厚が厚くなっている例である。
図5(e)の右側に記載した膜厚の大小関係のうち、最も上の大小関係が
図5(e)であり、その他の3つの大小関係は
図5(e)の変形例である。
図5(f)の構成は、膜厚の並びが厚い薄いの順に並んでいない例である。
図5(f)の右側に記載した膜厚の関係のうち、最も上の関係が5(f)であり、その他の2つの関係は5(f)の変形例である。
【0072】
本発明のスピン流磁化回転素子において、複数の強磁性構成層の各層の平均膜厚(単純平均の膜厚)に対して、強磁性構成層の各膜厚が前記平均膜厚より±10%以上異なるか、又は、前記複数の非磁性構成層の各層の平均膜厚に対して、非磁性構成層の各膜厚が非磁性構成層の平均膜厚より±10%以上異なってもよい。
膜厚が異なる層が、平均膜厚に対して10%以上膜厚が異なることにより、より効果が大きくなる。
【0073】
本発明のスピン流磁化回転素子において、第1強磁性金属層のシート抵抗がスピン軌道トルク配線のシート抵抗より小さくてもよい。
第1強磁性金属層のシート抵抗がスピン軌道トルク配線のシート抵抗より小さいことで、第1強磁性金属層内により電流が侵入しやすくなる。
【0074】
強磁性構成層の材料はFe、Co、Niのいずれかを含む強磁性金属から選択され、前記非磁性構成層の材料はTi、Cr、Cu、Mo、Ru、Rh、Pd、Ag、Hf、Ta、W、Ir、Pt、Au、Biのいずれかを含む非磁性金属から選択されたものであることが好ましい。
【0075】
第1強磁性金属層の厚みに対する、第1強磁性金属層の第2方向に沿った長さの比が1以上であることが好ましく、5以上であることがより好ましく、10以上であることがさらに好ましい。
スピン軌道トルク配線から侵入した電流のうち、スピン軌道トルク配線から遠くを回る電流ほど抵抗が大きくなるが、第1強磁性金属層の厚みに対する、前記第1強磁性金属層の長さの比が大きくなるほど、回り道によって抵抗が高くなってしまう影響が抑制される。
【0076】
本発明のスピン流磁化回転素子は後述するように磁気抵抗効果素子に適用することができる。用途としては磁気抵抗効果素子に限られず、他の用途にも適用できる。他の用途としては、例えば、上記のスピン流磁化回転素子を各画素に配設して、磁気光学効果を利用して入射光を空間的に変調する空間光変調器においても用いることができるし、磁気センサにおいて磁石の保磁力によるヒステリシスの効果を避けるために磁石の磁化容易軸に印可する磁場をSOTに置き換えてもよい。
【0077】
(磁気抵抗効果素子)
本発明の一実施形態に係る磁気抵抗効果素子は、本発明のスピン流磁化回転素子と、磁化の向きが固定されている第2強磁性金属層と、第1強磁性金属層と第2強磁性金属層に挟持された非磁性層とを備えるものである。
ここで、磁化の向きが固定されているとは、書き込み電流を用いた書き込み前後において磁化方向が変化しない(磁化が固定されている)ことを意味する。
【0078】
第1強磁性金属層の複数の強磁性構成層のうち、非磁性体層に接する強磁性構成層の膜厚が最も薄いことが好ましい。
非磁性体層と強磁性構成層との間に働く界面垂直磁気異方性を最大にすることができるからである。
【0079】
図6は、本発明のスピン流磁化回転素子の応用例であり、また、本発明の一実施形態に係る磁気抵抗効果素子でもある磁気抵抗効果素子を模式的に示した斜視図である。なお、
図6においては、本発明のスピン流磁化回転素子の特徴部分は図示を省略している。
【0080】
図6に示す磁気抵抗効果素子100は、本発明のスピン流磁化回転素子(第1強磁性金属層101と、スピン軌道トルク配線120)と、磁化方向が固定された第2強磁性金属層103と、第1強磁性金属層101及び第2強磁性金属層103に挟持された非磁性層102とを有する。第1強磁性金属層101は上記第1強磁性金属層1と同じ構成を有し、スピン軌道トルク配線120は上記スピン軌道トルク配線2と同じ構成を有する。また、
図6に示す磁気抵抗効果素子100は、磁気抵抗効果素子部105とスピン軌道トルク配線120とを有するということもできる。
【0081】
本発明の一実施形態に係る磁気抵抗効果素子は、純スピン流によるSOTのみで磁気抵抗効果素子の磁化反転を行う構成(以下、「SOTのみ」構成ということがある)とすることもできるし、従来のSTTを利用する磁気抵抗効果素子において純スピン流によるSOTを併用する構成とすることもできる。
【0082】
図6を含めて以下では、スピン軌道トルク配線が磁気抵抗効果素子部の積層方向に対して交差する方向に延在する構成の例として、直交する方向に延在する構成の場合について説明する。
図6においては、磁気抵抗効果素子100の積層方向に電流を流すための配線130と、その配線130を形成する基板110も示している。また、第1強磁性金属層101とスピン軌道トルク配線120との間にキャップ層104を備える。
【0083】
<磁気抵抗効果素子部>
磁気抵抗効果素子部105は、磁化方向が固定された第2強磁性金属層103と、磁化方向が変化する第1強磁性金属層101と、第2強磁性金属層103及び第1強磁性金属層101に挟持された非磁性層102とを有する。
【0084】
第2強磁性金属層103の磁化が一方向に固定され、第1強磁性金属層101の磁化の向きが相対的に変化することで、磁気抵抗効果素子部105として機能する。保磁力差型(擬似スピンバルブ型;Pseudo spin valve 型)のMRAMに適用する場合には、第2強磁性金属層の保磁力は第1強磁性金属層の保磁力よりも大きいものであり、また、交換バイアス型(スピンバルブ;spin valve型)のMRAMに適用する場合には、第2強磁性金属層では反強磁性層との交換結合によって磁化方向が固定される。
【0085】
また、磁気抵抗効果素子部105は、非磁性層102が絶縁体からなる場合は、トンネル磁気抵抗(TMR:Tunneling Magnetoresistance)素子であり、非磁性層102が金属からなる場合は巨大磁気抵抗(GMR:Giant Magnetoresistance)素子である。
【0086】
本発明が備える磁気抵抗効果素子部としては、公知の磁気抵抗効果素子部の構成を用いることができる。例えば、各層は複数の層からなるものでもよいし、第2強磁性金属層の磁化方向を固定するための反強磁性層等の他の層を備えてもよい。
【0087】
第2強磁性金属層103及び第1強磁性金属層101は、磁化方向が層に平行な面内方向である面内磁化膜でも、磁化方向が層に対して垂直方向である垂直磁化膜でもいずれでもよい。
【0088】
第2強磁性金属層103の材料には、公知のものを用いることができる。例えば、Cr、Mn、Co、Fe及びNiからなる群から選択される金属及びこれらの金属を1種以上含み強磁性を示す合金を用いることができる。またこれらの金属と、B、C、及びNの少なくとも1種以上の元素とを含む合金を用いることもできる。具体的には、Co-FeやCo-Fe-Bが挙げられる。
【0089】
また、より高い出力を得るためにはCo2FeSiなどのホイスラー合金を用いることが好ましい。ホイスラー合金は、X2YZの化学組成をもつ金属間化合物を含み、Xは、周期表上でCo、Fe、Ni、あるいはCu族の遷移金属元素又は貴金属元素であり、Yは、Mn、V、CrあるいはTi族の遷移金属でありXの元素種をとることもでき、Zは、III族からV族の典型元素である。例えば、Co2FeSi、Co2MnSiやCo2Mn1-aFeaAlbSi1-bなどが挙げられる。
【0090】
また、第2強磁性金属層103の第1強磁性金属層101に対する保磁力をより大きくするために、非磁性層102に接する面の反対側の面において第2強磁性金属層103と接する層(ピニング層)として、IrMn,PtMnなどの反強磁性材料の層を用いてもよい。さらに、第2強磁性金属層103の漏れ磁場を第1強磁性金属層101に影響させないようにするため、シンセティック強磁性結合の構造としてもよい。
【0091】
さらに第2強磁性金属層103の磁化の向きを積層面に対して垂直にする場合には、CoとPtの積層膜を用いることが好ましい。具体的には、第2強磁性金属層103は[Co(0.24nm)/Pt(0.16nm)]6/Ru(0.9nm)/[Pt(0.16nm)/Co(0.16nm)]4/Ta(0.2nm)/FeB(1.0nm)とすることができる。
【0092】
非磁性層102には、公知の材料を用いることができる。例えば、非磁性層102が絶縁体からなる場合(つまり、トンネルバリア層である場合)、その材料としては、Al2O3、SiO2、Mg、及び、MgAl2O4等を用いることができる。またこれらの他にも、Al,Si,Mgの一部が、Zn、Be等に置換された材料等も用いることができる。これらの中でも、MgOやMgAl2O4はコヒーレントトンネルが実現できる材料であるため、スピンを効率よく注入できる。また、非磁性層102が金属からなる場合、その材料としては、Cu、Au、Ag等を用いることができる。
【0093】
また、第1強磁性金属層101の非磁性層102と反対側の面には、
図5に示すようにキャップ層104が形成されていることが好ましい。キャップ層104は、第1強磁性金属層101からの元素の拡散を抑制することができる。またキャップ層104は、磁気抵抗効果素子部105の各層の結晶配向性にも寄与する。その結果、キャップ層104を設けることで、磁気抵抗効果素子部105の第2強磁性金属層103及び第1強磁性金属層101の磁性を安定化し、磁気抵抗効果素子部105を低抵抗化することができる。
【0094】
キャップ層104には、導電性が高い材料を用いることが好ましい。例えば、Ru、Ta、Cu、Ag、Au等を用いることができる。キャップ層104の結晶構造は、隣接する強磁性金属層の結晶構造に合せて、面心立方(fcc)構造、六方最密充填(hcp)構造又は体心立方(bcc)構造から適宜設定することが好ましい。
【0095】
また、キャップ層104には、Ag、Cu、Mg、及び、Alからなる群から選択されるいずれかを用いることが好ましい。詳細は後述するが、キャップ層104を介してスピン軌道トルク配線120と磁気抵抗効果素子部105が接続される場合、キャップ層104はスピン軌道トルク配線120から伝播するスピンを散逸しないことが好ましい。銀、銅、マグネシウム、及び、アルミニウム等は、スピン拡散長が100nm以上と長く、スピンが散逸しにくいことが知られている。
【0096】
キャップ層104の厚みは、キャップ層104を構成する材料のスピン拡散長以下であることが好ましい。キャップ層104の厚みがスピン拡散長以下であれば、スピン軌道トルク配線120から伝播するスピンを磁気抵抗効果素子部105に十分伝えることができる。
【0097】
<基板>
基板110は、平坦性に優れることが好ましい。平坦性に優れた表面を得るために、材料として例えば、Si、AlTiC等を用いることができる。
【0098】
基板110の磁気抵抗効果素子部105側の面には、下地層(図示略)が形成されていてもよい。下地層を設けると、基板110上に積層される第2強磁性金属層103を含む各層の結晶配向性、結晶粒径等の結晶性を制御することができる。
【0099】
下地層は、絶縁性を有していることが好ましい。配線130等に流れる電流が散逸しないようにするためである。下地層には、種々のものを用いることができる。例えば1つの例として、下地層には(001)配向したNaCl構造を有し、Ti、Zr、Nb、V、Hf、Ta、Mo、W、B、Al、Ceの群から選択される少なくとも1つの元素を含む窒化物の層を用いることができる。
【0100】
他の例として、下地層にはXYO3の組成式で表される(002)配向したペロブスカイト系導電性酸化物の層を用いることができる。ここで、サイトXはSr、Ce、Dy、La、K、Ca、Na、Pb、Baの群から選択された少なくとも1つの元素を含み、サイトYはTi、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Ga、Nb、Mo、Ru、Ir、Ta、Ce、Pbの群から選択された少なくとも1つの元素を含む。
【0101】
他の例として、下地層には(001)配向したNaCl構造を有し、かつMg、Al、Ceの群から選択される少なくとも1つの元素を含む酸化物の層を用いることができる。
【0102】
他の例として、下地層には(001)配向した正方晶構造または立方晶構造を有し、かつAl、Cr、Fe、Co、Rh、Pd、Ag、Ir、Pt、Au、Mo、Wの群から選択される少なくとも1つの元素を含む層を用いることができる。
【0103】
また、下地層は一層に限られず、上述の例の層を複数層積層してもよい。下地層の構成を工夫することにより磁気抵抗効果素子部105の各層の結晶性を高め、磁気特性の改善が可能となる。
【0104】
<配線>
配線130は、磁気抵抗効果素子部105の第2強磁性金属層103に電気的に接続され、
図5においては、配線130とスピン軌道トルク配線120と電源(図示略)とで閉回路を構成し、磁気抵抗効果素子部105の積層方向に電流が流される。
【0105】
配線130は、導電性の高い材料であれば特に問わない。例えば、アルミニウム、銀、銅、金等を用いることができる。
【0106】
上述した本実施形態では、磁気抵抗効果素子100において、積層が後になり基板110から遠い側に配置する第1強磁性金属層101が磁化自由層とされ、積層が先であり基板110に近い側に配置する第2強磁性金属層103が磁化固定層(ピン層)とされている、いわゆるボトムピン構造の例を挙げたが、磁気抵抗効果素子100の構造は特に限定されるものではなく、いわゆるトップピン構造であってもよい。
【0107】
<電源>
磁気抵抗効果素子100は、磁気抵抗効果素子部105の積層方向に電流を流す第1電源140と、スピン軌道トルク配線120に電流を流す第2電源150とを更に備える。
【0108】
第1電源140は、配線130とスピン軌道トルク配線120とに接続される。第1電源140は磁気抵抗効果素子100の積層方向に流れる電流を制御することができる。
第2電源150は、スピン軌道トルク配線120の両端に接続されている。第2電源150は、磁気抵抗効果素子部105の積層方向に対して直交する方向に流れる電流である、スピン軌道トルク配線120に流れる電流を制御することができる。
【0109】
上述のように、磁気抵抗効果素子部105の積層方向に流れる電流はSTTを誘起する。これに対して、スピン軌道トルク配線120に流れる電流はSOTを誘起する。STT及びSOTはいずれも第1強磁性金属層101の磁化反転に寄与する。
【0110】
このように、磁気抵抗効果素子部105の積層方向と、この積層方向に直行する方向に流れる電流量を2つの電源によって制御することで、SOTとSTTが磁化反転に対して寄与する寄与率を自由に制御することができる。
【0111】
例えば、デバイスに大電流を流すことができない場合は磁化反転に対するエネルギー効率の高いSTTが主となるように制御することができる。すなわち、第1電源140から流れる電流量を増やし、第2電源150から流れる電流量を少なくすることができる。
また、例えば薄いデバイスを作製する必要があり、非磁性層102の厚みを薄くせざる得ない場合は、非磁性層102に流れる電流を少なくことが求められる。この場合は、第1電源140から流れる電流量を少なくし、第2電源150から流れる電流量を多くし、SOTの寄与率を高めることができる。
【0112】
第1電源140及び第2電源150は公知のものを用いることができる。
【0113】
上述のように、本発明のSTT方式及びSOT方式を併用する構成の場合の磁気抵抗効果素子によれば、STT及びSOTの寄与率を、第1電源及び第2電源から供給される電流量により自由に制御することができる。そのため、デバイスに要求される性能に応じて、STTとSOTの寄与率を自由に制御することができ、より汎用性の高い磁気抵抗効果素子として機能することができる。
【0114】
(製造方法)
本発明のスピン流磁化回転素子及びそれを備える磁気抵抗効果素子の製造方法は、特に限定されるものではなく、公知の成膜法を用いることができる。成膜法は、例えば、物理的気相成長(PVD)法として、抵抗加熱蒸着、電子ビーム蒸着、分子線エピタキシー(MBE)法、イオンプレーティング法、イオンビームデポジション法、スパッタリング法等を用いることができる。あるいは、化学的気相成長(CVD)法として、熱CVD法、光CVD法、プラズマCVD法、有機金属気相成長(MOCVD)法、原子層堆積(ALD)法等を用いることもできる。更に、原子半径の2倍以下の厚さという極薄の界面スピン生成層を形成するために、単原子層ドーピング法(デルタドーピング法)を用いることもできる。
スピン軌道トルク配線及び第1強磁性金属層は、例えば、マグネトロンスパッタ装置を用いて成膜することができる。成膜後、スピン流磁化回転素子を作成したい部分にレジストまたは保護膜を設置し、イオンミリング法または反応性イオンエッチング(RIE)法を用いて不要部分を除去する。
第1強磁性金属層について、スピン軌道トルク配線に近づくにつれて、面直方向に直交する断面の断面積が大きく形成するためには、イオンミリングまたはRIEのイオン照射方向とスピン流磁化回転素子10の相対角度(z軸からの角度θ)が変えられる機構を有する装置を利用する。スピン流磁化回転素子10に対するイオン照射の相対角度を変化させることで、角形比のよい素子や錐台形状の素子に形成することができることは公知である。
また、スピン軌道トルク配線が純スピン流発生部と低抵抗部とからなる場合、レジストまたは保護膜を設置されたスピン流磁化反転積層膜について、相対角度を30度から80度の間で固定し、スピン生成部をミリングすることで傾斜が直線状のスピン生成部を形成することができる。また、ミリング中に相対角度を変化させながらミリングすることで曲線状の傾斜を有するスピン生成部を形成することができる。その後、低抵抗部を成膜し、レジストまたは保護膜を設置し、ミリングすることでスピン軌道トルク配線形状に形成することができる。
【0115】
磁気抵抗効果素子を、例えばスパッタリング法を用いて作製する際、磁気抵抗効果素子がTMR素子の場合、例えば、トンネルバリア層は第1強磁性金属層上に最初に0.4~2.0nm程度のマグネシウム、アルミニウム、及び複数の非磁性元素の二価の陽イオンとなる金属薄膜をスパッタリングし、プラズマ酸化あるいは酸素導入による自然酸化を行い、その後の熱処理によって形成される。
【0116】
得られた積層膜は、アニール処理することが好ましい。反応性スパッタで形成した層は、アモルファスであり結晶化する必要がある。例えば、強磁性金属層としてCo-Fe-Bを用いる場合は、Bの一部がアニール処理により抜けて結晶化する。
【0117】
アニール処理して製造した磁気抵抗効果素子は、アニール処理しないで製造した磁気抵抗効果素子と比較して、磁気抵抗比が向上する。アニール処理によって、非磁性層のトンネルバリア層の結晶サイズの均一性及び配向性が向上するためであると考えられる。
【0118】
アニール処理としては、Arなどの不活性雰囲気中で、300℃以上500℃以下の温度で、5分以上100分以下の時間加熱した後、2kOe以上10kOe以下の磁場を印加した状態で、100℃以上500℃以下の温度で、1時間以上10時間以下の時間加熱することが好ましい。
【0119】
磁気抵抗効果素子を所定の形状にする方法としては、フォトリソグラフィー等の加工手段を利用できる。まず磁気抵抗効果素子を積層した後、磁気抵抗効果素子のスピン軌道トルク配線と反対側の面に、レジストを塗工する。そして、所定の部分のレジストを硬化し、不要部のレジストを除去する。レジストが硬化した部分は、磁気抵抗効果素子の保護膜となる。レジストが硬化した部分は、最終的に得られる磁気抵抗効果素子の形状と一致する。
【0120】
そして、保護膜が形成された面に、イオンミリング、反応性イオンエッチング(RIE)等の処理を施す。保護膜が形成されていない部分は除去され、所定の形状の磁気抵抗効果素子が得られる。
【0121】
(磁気メモリ)
本発明の磁気メモリ(MRAM)は、本発明の磁気抵抗効果素子を複数備える。
【0122】
各層の膜厚は例えば、TEMや元素分析のピークの周期等により測定できる。
【符号の説明】
【0123】
1…第1強磁性金属層、2…スピン軌道トルク配線、10…スピン流磁化回転素子(スピン流磁化反転素子)、100…磁気抵抗効果素子、101…第1強磁性金属層、102…非磁性層、103…第2強磁性金属層、104…キャップ層、105…磁気抵抗効果素子部、110…基板、120…スピン軌道トルク配線、130…配線、140…第1電源、150…第2電源