(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-15
(45)【発行日】2022-02-24
(54)【発明の名称】圧縮着火式エンジンの制御装置
(51)【国際特許分類】
F02P 5/15 20060101AFI20220216BHJP
F02B 23/08 20060101ALI20220216BHJP
F02B 23/10 20060101ALI20220216BHJP
F02B 31/08 20060101ALI20220216BHJP
F02D 41/02 20060101ALI20220216BHJP
F02D 41/40 20060101ALI20220216BHJP
F02D 43/00 20060101ALI20220216BHJP
F02D 45/00 20060101ALI20220216BHJP
F02P 9/00 20060101ALI20220216BHJP
【FI】
F02P5/15 B
F02B23/08 C
F02B23/10 320
F02B31/08 524J
F02D41/02
F02D41/40
F02D43/00 301B
F02D43/00 301J
F02D45/00 368S
F02P9/00 305A
F02P9/00 305Z
(21)【出願番号】P 2018088662
(22)【出願日】2018-05-02
【審査請求日】2021-04-13
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067828
【氏名又は名称】小谷 悦司
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100133916
【氏名又は名称】佐藤 興
(72)【発明者】
【氏名】松本 浩太
(72)【発明者】
【氏名】漆原 友則
(72)【発明者】
【氏名】丸山 慶士
(72)【発明者】
【氏名】末岡 賢也
(72)【発明者】
【氏名】大野 諒平
(72)【発明者】
【氏名】原田 雄司
(72)【発明者】
【氏名】宮本 亨
(72)【発明者】
【氏名】井上 淳
(72)【発明者】
【氏名】徳永 達広
(72)【発明者】
【氏名】大浦 拓也
(72)【発明者】
【氏名】河合 佑介
(72)【発明者】
【氏名】西田 智博
(72)【発明者】
【氏名】朴 啓太
(72)【発明者】
【氏名】山口 陽大
【審査官】三宅 龍平
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-002637(JP,A)
【文献】特開2002-155780(JP,A)
【文献】特開2001-003771(JP,A)
【文献】特開2003-049691(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 9/00 - 45/00
F02P 5/145- 5/155
F02P 15/10
F02B 23/08
F02B 23/10
F02B 31/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
気筒と、気筒に燃料を噴射するインジェクタと、インジェクタから噴射された燃料と空気とが混合された混合気に点火する点火プラグとを備え、前記混合気の一部を前記点火プラグを用いた火花点火によりSI燃焼させるとともにその他の混合気を自着火によりCI燃焼させる部分圧縮着火燃焼が可能な圧縮着火式エンジンを制御する装置であって、
前記気筒内の圧力である筒内圧力を特定する筒内圧力特定部と、
前記インジェクタによる燃料の噴射動作を制御する噴射制御部と、
前記点火プラグによる点火動作を制御する点火制御部とを備え、
前記点火制御部は、前記部分圧縮着火燃焼の実行時、圧縮行程後期または膨張行程初期に火花を発生させてSI燃焼を開始させる主点火と、主点火よりも早いタイミングで火花を発生させる先行点火とを前記点火プラグに実行させ、
前記噴射制御部は、前記部分圧縮着火燃焼の実行時、前記先行点火よりも前の時点で前記気筒内に燃料が存在するようなタイミングで前記インジェクタに燃料を噴射させ、
圧縮行程を3等分した場合の各期間を前から順に前期、中期、後期と定義したとき、前記先行点火の時期は、
吸気行程中または圧縮行程の前期もしくは中期に設定されるとともに、前記筒内圧力特定部により特定された筒内圧力が高いときは低いときに比べて遅角側の時期にされる、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
前記先行点火のエネルギーは前記主点火のエネルギーよりも小さい、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
前記先行点火のエネルギーおよび時期は、
当該先行点火によってOHラジカルを含む中間生成物が生成されるように、前記点火プラグから発生した火花の周囲に850K以上1140K未満の高温部が形成されかつ混合気の火炎伝播が生じないようなエネルギーおよび時期に設定される、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
前記点火制御部は、前記筒内圧力が高いほど前記先行点火の時期が遅角側の時期になるように前記点火プラグを制御するとともに、前記筒内圧力に対する前記先行点火の時期の変化率を、筒内圧力が低い領域の方が高い領域よりも大きく設定する、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項5】
請求項
1~4のいずれか1項に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
前記先行点火および主点火は、前記気筒ごとに、1つの点火回路を有する1つの点火プラグによって実行される、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項6】
請求項1~
5のいずれか1項に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
1サイクル中の前記先行点火の回数は3回以下に設定される、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項7】
請求項1~
6のいずれか1項に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
前記筒内圧力特定部は、前記筒内圧力を検出する筒内圧センサである、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項8】
請求項1~
6のいずれか1項に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
前記筒内圧力特定部は、値が大きいほど前記筒内圧力が高くなる所定のパラメータに基づいて前記筒内圧力を推定するものであり、
前記パラメータは、吸気通路を通じて前記気筒に導入される吸気の流量、吸気通路に設けられたスロットル弁の開度、排気通路から吸気通路に還流されるEGRガスの流量、エンジン負荷、アクセル開度、の少なくとも1つ以上である、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項9】
請求項1~
8のいずれか1項に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
前記気筒に連通する吸気ポートに設けられた開閉可能なスワール弁をさらに備え、
前記先行点火および主点火が実行される運転領域では、前記気筒内のスワール比が1.5以上になるように前記スワール弁の開度が制御される、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項10】
請求項1~
9のいずれか1項に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
1サイクル中の全熱発生量に対するSI燃焼による熱発生量の割合の目標値である目標SI率をエンジンの運転条件に応じて設定する設定部をさらに備え、
前記点火制御部は、前記設定部により設定された目標SI率に基づいて前記主点火の時期を設定する、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項11】
請求項1~
10のいずれか1項に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
前記点火制御部は、前記部分圧縮着火燃焼が実行される運転領域における低負荷側の一部でのみ前記先行点火および主点火を実行する、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項12】
請求項1~
11のいずれか1項に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
前記先行点火および主点火が実行される運転領域では、前記気筒内の空気と燃料との割合である空燃比が20超35未満となるA/Fリーン環境下で前記部分圧縮着火燃焼が実行されるか、もしくは、前記気筒内の全ガスと燃料との割合であるガス空燃比が18超50未満となりかつ前記空燃比が理論空燃比に略一致するG/Fリーン環境下で前記部分圧縮着火燃焼が実行される、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項13】
請求項1~
12のいずれか1項に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
前記噴射制御部は、前記先行点火よりも前に燃料を噴射する第2噴射と、当該第2噴射よりも前に燃料を噴射する第1噴射とを前記インジェクタに実行させる、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項14】
請求項
13に記載の圧縮着火式エンジンの制御装置において、
前記噴射制御部は、前記第1噴射による燃料の噴射量の方が前記第2噴射による燃料の噴射量よりも多くなるように前記インジェクタを制御する、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【請求項15】
気筒と、気筒に臨むように配設されたインジェクタおよび点火プラグとを備えたエンジンを制御する装置であって、
前記気筒内の圧力である筒内圧力に関連するパラメータを検出する筒内圧力関連値センサと、
前記気筒内の温度である筒内温度を調整する温度調整デバイスと、
前記インジェクタ、点火プラグ、筒内圧力関連値センサ、および温度調整デバイスと電気的に接続され、前記筒内圧力関連値センサによる検出信号を受け付けるとともに前記インジェクタ、点火プラグ、および温度調整デバイスに制御信号を出力するコントローラとを備え、
前記コントローラは、
エンジンの運転状態に応じた所定時期に前記インジェクタを駆動して燃料を噴射させる噴射制御部と、
前記インジェクタから噴射された燃料と空気との混合気が前記点火プラグによる火花点火により火炎伝播燃焼し、この火炎伝播燃焼の開始後に圧縮自己着火燃焼が起きるように前記筒内温度調整デバイスを駆動して筒内温度を調整する筒内温度調整部と、
前記インジェクタによる燃料噴射の後に前記点火プラグを駆動して火花点火を行わせる第1点火制御部と、
前記第1点火制御部による火花点火の後に前記点火プラグを駆動して火花点火を行わせ、当該火花点火により混合気を火炎伝播燃焼させる第2点火制御部と、
前記筒内圧力関連値センサの出力値に基づいて、前記第1点火制御部による火花点火の時期を、筒内圧力が高いときは低いときに比べて遅角側の時期にする点火時期設定部とを有
し、
圧縮行程を3等分した場合の各期間を前から順に前期、中期、後期と定義したとき、前記第1点火制御部による火花点火の時期は、吸気行程中または圧縮行程の前期もしくは中期に設定され、
前記第2点火制御部による火花点火の時期は、圧縮行程後期または膨張行程初期に設定される、ことを特徴とする圧縮着火式エンジンの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、混合気の一部を火花点火によりSI燃焼させるとともにその他の混合気を自着火によりCI燃焼させる部分圧縮着火燃焼が可能な圧縮着火式エンジンの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、空気と混合されたガソリン燃料を十分に圧縮された燃焼室内で自着火により燃焼させるHCCI燃焼が注目されている。HCCI燃焼は、混合気が同時多発的に燃焼する形態であるため、通常のガソリンエンジンにおいて採用されるSI燃焼(火花点火燃焼)に比べて、混合気の燃焼速度が速く、熱効率の面で非常に有利だと言われている。しかしながら、HCCI燃焼は、気温などの外部因子により混合気の燃焼開始時期(混合気が自着火する時期)が大きく変動するなどの問題があり、また、負荷が急変するような過渡運転時の制御が難しいという問題もあった。
【0003】
そこで、混合気の全てを自着火により燃焼させるのではなく、混合気の一部については点火プラグを用いた火花点火により燃焼させることが提案されている。すなわち、火花点火をきっかけに混合気の一部を火炎伝播により強制的に燃焼(SI燃焼)させ、その他の混合気を自着火により燃焼(CI燃焼)させるのである。以下では、このような燃焼のことを部分圧縮着火燃焼という。
【0004】
上記部分圧縮着火燃焼に類似したコンセプトを採用したエンジンの一例として、下記特許文献1のものが知られている。この特許文献1のエンジンは、補助燃料噴射によって点火プラグ(点火栓)周りに形成された成層混合気を火花点火により火炎伝播燃焼させるとともに、当該燃焼(火炎)の作用により高温化された燃焼室に主燃料噴射を行い、この主燃料噴射により噴射された燃料を自着火により燃焼させるものである。
【0005】
一方で、圧縮着火燃焼を用いない別の方法によってエンジンの熱効率を向上させることも提案されている。例えば、下記特許文献2には、点火プラグによる火花点火を1サイクル中に2回実行するようにした火花点火式エンジンが開示されている。具体的に、同文献の火花点火式エンジンでは、燃焼室内の混合気全体が着火、燃焼しない程度の(局所的に火種が形成される程度の)小さい点火エネルギーを供給する先行点火が圧縮行程中に実行されるとともに、この先行点火よりも遅れた適宜のタイミングで、先行点火よりも大きい点火エネルギーを供給する主点火が実行される。このように、主点火よりも早い段階で先行点火による火種を形成することにより、混合気の失火を防止できるだけでなく、燃焼速度を速めることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2009-108778号公報
【文献】特許第4691373号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ここで、部分圧縮着火燃焼では、CI燃焼の燃焼速度が熱効率を左右する。CI燃焼は燃料成分が自発的に化学反応する現象であるので、火炎伝播により燃焼領域が徐々に拡大するSI燃焼よりも本来的に燃焼速度は速いといえる。しかしながら、例えばCI燃焼の前に燃料を反応性の高いものに改質することができれば、CI燃焼の燃焼速度がより速まって熱効率がさらに向上し、燃費性能とトルク性能とを両立できると考えられる。
【0008】
反応性を高めるための燃料の改質は、例えば混合気の温度を所定の温度域まで高めることによって実現できる可能性がある。すなわち、混合気の高温化によって燃料成分(炭化水素)を開裂させることにより、反応性の高いOHラジカルを含む中間生成物を生成するのである。本願発明者は、このような燃料改質(中間生成物の生成)のための高温化の手段として、例えば上記特許文献2と同様に、火花点火を複数回実行すること、つまり主点火よりも前に補助的な先行点火を行うことによって混合気を高温化することを考えた。しかしながら、本願発明者の研究によれば、上記特許文献2のように混合気の一部が燃焼するような時期に先行点火を実施した場合には、その燃焼によって中間生成物の多くが消費されてしまい、CI燃焼の燃焼速度を速める効果が十分に得られないことが分かった。
【0009】
本発明は、上記のような事情に鑑みてなされたものであり、燃焼速度が速く熱効率に優れた部分圧縮着火燃焼を実現することが可能な圧縮着火式エンジンの制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するためのものとして、本発明は、気筒と、気筒に燃料を噴射するインジェクタと、インジェクタから噴射された燃料と空気とが混合された混合気に点火する点火プラグとを備え、前記混合気の一部を前記点火プラグを用いた火花点火によりSI燃焼させるとともにその他の混合気を自着火によりCI燃焼させる部分圧縮着火燃焼が可能な圧縮着火式エンジンを制御する装置であって、前記気筒内の圧力である筒内圧力を特定する筒内圧力特定部と、前記インジェクタによる燃料の噴射動作を制御する噴射制御部と、前記点火プラグによる点火動作を制御する点火制御部とを備え、前記点火制御部は、前記部分圧縮着火燃焼の実行時、圧縮行程後期または膨張行程初期に火花を発生させてSI燃焼を開始させる主点火と、主点火よりも早いタイミングで火花を発生させる先行点火とを前記点火プラグに実行させ、前記噴射制御部は、前記部分圧縮着火燃焼の実行時、前記先行点火よりも前の時点で前記気筒内に燃料が存在するようなタイミングで前記インジェクタに燃料を噴射させ、圧縮行程を3等分した場合の各期間を前から順に前期、中期、後期と定義したとき、前記先行点火の時期は、吸気行程中または圧縮行程の前期もしくは中期に設定されるとともに、前記筒内圧力特定部により特定された筒内圧力が高いときは低いときに比べて遅角側の時期にされる、ことを特徴とするものである(請求項1)。
【0011】
本発明によれば、部分圧縮着火燃焼の実行時に、圧縮行程後期または膨張行程初期に(つまりトルクを発生させるタイミングで)火花を発生させてSI燃焼を開始させる主点火と、主点火よりも早くかつ気筒内に燃料が存在する吸気行程中または圧縮行程の前期もしくは中期のタイミングで火花を発生させる先行点火とが行われるので、この先行点火を利用して火花(アーク)の周囲を適切な温度まで上昇させることにより、混合気の火炎伝播を抑制しつつCI燃焼時の熱効率が高くなるように燃料を改質することができる。詳しくは、燃料成分(炭化水素)を高温化により開裂させて過酸化水素(H2O2)やホルムアルデヒド(CH2O)を生成し、これらの成分から生じるOHラジカルを生成することができる。OHラジカルは、酸化作用が強く反応性が高いので、このようなOHラジカルを含む中間生成物が先行点火後の気筒内に生成されることにより、燃料成分が自発的に化学反応する現象であるCI燃焼の燃焼速度を速めることができ、熱効率を向上させることができる。
特に、本発明では、吸気行程中または圧縮行程の前期もしくは中期、つまり圧縮上死点から十分に進角されたタイミングで先行点火が実行されるので、先行点火によって意図せず火炎伝播が発生するのを防止しながら、噴射後の燃料を先行点火により確実に改質してCI燃焼の高速化を図ることができる。
【0012】
ここで、前記のように先行点火によって燃料を改質する(火炎伝播を十分に抑制しつつOHラジカル等の中間生成物を生成する)には、気筒内の種々の環境に応じて先行点火の時期を適正に調整する必要がある。この点について本願発明者が鋭意研究したところ、点火時期を進角させると火炎伝播は生じにくくなり、火炎伝播が生じる点火時期の限界時期(限界時期:この限界時期よりも点火時期を遅角させると火炎伝播が生じる点火時期)は、筒内圧力が高くなるほど遅角側の時期になること(ただし筒内圧力以外のパラメータは一定とする)、換言すると、火炎伝播が生じない点火時期の範囲のうち最も遅角側の時期は筒内圧力が低いほど進角側の時期になることが分かった。つまり、筒内圧力が低いほど火炎は伝播しやすく、筒内圧力が低いときには点火時期をより進角させて気筒内の流動が高い時期に点火を行わないと、火炎が吹き消されることなく成長して火炎伝播が生じてしまうことが分かった。
【0013】
これに対し、本発明では、筒内圧力特定部により特定される筒内圧力が高いときは低いときに比べて先行点火の時期が遅角側の時期にされるので、筒内圧力が高く火炎伝播が生じ難くなるときは先行点火の時期を遅角させ、筒内圧力が低く火炎伝播が生じ易くなるときは先行点火の時期を進角させることにより、火炎伝播性の相違に応じた適切な時期に先行点火によるエネルギーを混合気に付与することができる。これにより、混合気の火炎伝播が生じないかほとんど生じない範囲で、燃料が十分に改質されるような温度帯まで混合気を適切に加熱することができ、CI燃焼の高速化に寄与する中間生成物を確実に生成することができる。
【0014】
前記先行点火により燃料を適切に改質するには、前記先行点火のエネルギーは前記主点火のエネルギーよりも小さくすることが好ましい(請求項2)。より詳しくは、前記先行点火のエネルギーおよび時期は、当該先行点火によってOHラジカルを含む中間生成物が生成されるように、前記点火プラグから発生した火花の周囲に850K以上1140K未満の高温部が形成されかつ混合気の火炎伝播が生じないようなエネルギーおよび時期に設定するのが好ましい(請求項3)。
【0015】
これらの構成によれば、十分な量の中間生成物を先行点火により生成しつつ、その中間生成物が主点火の前に(先行点火による意図しない火炎伝播により)消費されてしまうのを回避することができる。
【0016】
ここで、火炎伝播が生じる先行点火の時期の限界時期(以下、単に限界時期ともいう)と筒内圧力との関係に関するより詳しい知見として、筒内圧力に対する当該限界時期の変化率が、筒内圧力が低い領域の方が高い領域よりも大きくなることが分かっている。そこで、前記点火制御部は、前記筒内圧力が高いほど前記先行点火の時期が遅角側の時期になるように前記点火プラグを制御するとともに、前記筒内圧力に対する前記先行点火の時期の変化率を、筒内圧力が低い領域の方が高い領域よりも大きく設定することが好ましい(請求項4)。
【0017】
この構成によれば、前記のような限界時期の変化特性に合わせた適切な時期に先行点火を行うことができ、燃料を十分に改質してCI燃焼の高速化を図ることができる。
【0020】
前記のように吸気行程中または圧縮行程の前期もしくは中期に先行点火が実行される場合、先行点火から主点火までの間には十分な間隔が確保され易い。このため、前記先行点火および主点火は、前記気筒ごとに、1つの点火回路を有する1つの点火プラグによって実行することが好ましい(請求項5)。
【0021】
この構成によれば、既存の点火プラグを用いた簡単な方法により先行点火および主点火を実行することができる。
【0022】
前記先行点火の回数は1サイクル中に1回に限定する必要はなく、複数回の先行点火を実行してもよい。ただし、本願発明者の研究によれば、3回を超えて先行点火を実行したところで、先行点火が3回である場合と比べて得られる効果はほとんど変わらない。このため、1サイクル中の前記先行点火の回数は3回以下とすることが好ましい(請求項6)。
【0023】
この構成によれば、CI燃焼を高速化するという先行点火による効果を担保しつつ、点火プラグの電極の消耗を抑制することができる。
【0024】
前記筒内圧力特定部は、前記筒内圧力を検出する筒内圧センサとすることができる(請求項7)。
【0025】
この構成によれば、筒内圧センサを用いた直接の検出によって筒内圧力を精度よく特定することができる。
【0026】
なお、前記筒内圧力特定部は、値が大きいほど前記筒内圧力が高くなる所定のパラメータに基づいて前記筒内圧力を推定するものであってもよい。この場合、前記パラメータは、吸気通路を通じて前記気筒に導入される吸気の流量、吸気通路に設けられたスロットル弁の開度、排気通路から吸気通路に還流されるEGRガスの流量、エンジン負荷、アクセル開度、の少なくとも1つ以上とすることができる(請求項8)。
【0027】
好ましくは、前記気筒に連通する吸気ポートに設けられた開閉可能なスワール弁をさらに備え、前記先行点火および主点火が実行される運転領域では、前記気筒内のスワール比が1.5以上になるように前記スワール弁の開度が制御される(請求項9)。
【0028】
この構成によれば、先行点火により生成された中間生成物をスワール流によって短時間のうちに気筒内の広い範囲に分散させることができるので、この分散した中間生成物を利用して、気筒内の各所で同時多発的に開始されるCI燃焼の燃焼速度を効果的に速めることができる。
【0029】
好ましくは、1サイクル中の全熱発生量に対するSI燃焼による熱発生量の割合の目標値である目標SI率をエンジンの運転条件に応じて設定する設定部をさらに備え、前記点火制御部は、前記設定部により設定された目標SI率に基づいて前記主点火の時期を設定する(請求項10)。
【0030】
このように、目標SI率に適合する部分圧縮着火燃焼が実現されるように主点火の時期を調整するようにした場合には、例えば燃焼騒音が過大にならない範囲でできるだけCI燃焼の割合を増やす(つまりSI率を低くする)ことができる。このことは、先行点火による燃料の改質による効果(CI燃焼の高速化)と相俟って、部分圧縮着火燃焼による熱効率を可及的に高めることにつながる。
【0031】
ここで、主点火よりも前に実行される先行点火は、OHラジカルを含む中間生成物を生成する(それによってCI燃焼の燃焼速度を速める)働きをするだけなので、先行点火のエネルギーや時期が変化しても、SI率は特に影響を受けない。このことは、目標SI率を達成するための主点火の時期を、先行点火のエネルギーや時期とは独立して一義的に特定できることを意味する。すなわち、前記構成によれば、十分な中間生成物が生成されるように先行点火を行いつつ、目標SI率を実現するための主点火の時期を高い精度で特定することができる。
【0032】
好ましくは、前記点火制御部は、前記部分圧縮着火燃焼が実行される運転領域における低負荷側の一部でのみ前記先行点火および主点火を実行する(請求項11)。
【0033】
この構成によれば、先行点火によるCI燃焼の高速化によって異常燃焼が引き起こされるのを有効に回避することができる。すなわち、部分圧縮着火燃焼の実行領域において一律に先行点火および主点火を実行した場合には、同領域の高負荷側において、CI燃焼の燃焼速度が速くなり過ぎて、ノッキング等の異常燃焼が起きる可能性が高くなる。これに対し、前記構成では、部分圧縮着火燃焼の実行領域における低負荷側の一部でのみ先行点火が実行され、高負荷側では先行点火が禁止されるので、ノッキング等の異常燃焼を有効に回避することができる。
【0034】
好ましくは、前記先行点火および主点火が実行される運転領域では、前記気筒内の空気と燃料との割合である空燃比が20超35未満となるA/Fリーン環境下で前記部分圧縮着火燃焼が実行されるか、もしくは、前記気筒内の全ガスと燃料との割合であるガス空燃比が18超50未満となりかつ前記空燃比が理論空燃比に略一致するG/Fリーン環境下で前記部分圧縮着火燃焼が実行される(請求項12)。
【0035】
この構成によれば、先行点火によるCI燃焼の高速化(それによる熱効率の向上)を図りながら、混合気の燃焼温度を低く抑えることができ、燃焼に伴うNOxの発生量を効果的に抑制することができる。
【0036】
好ましくは、前記噴射制御部は、前記先行点火よりも前に燃料を噴射する第2噴射と、当該第2噴射よりも前に燃料を噴射する第1噴射とを前記インジェクタに実行させる(請求項13)。
【0037】
この構成によれば、第1噴射および第2噴射による燃料の噴射量/噴射時期をエンジンの運転条件に応じて設定することにより、各運転条件において適切な部分圧縮着火燃焼が実現されるように混合気の成層度合(もしくは均質度合)を調整することができる。
【0038】
前記構成において、より好ましくは、前記噴射制御部は、前記第1噴射による燃料の噴射量の方が前記第2噴射による燃料の噴射量よりも多くなるように前記インジェクタを制御する(請求項14)。
【0039】
このように、噴射時期の早い第1噴射による噴射量を相対的に多くした場合には、燃料が成層化され過ぎてエミッション性能が低下するのを有効に回避することができる。
【0040】
また、本発明は、気筒と、気筒に臨むように配設されたインジェクタおよび点火プラグとを備えたエンジンを制御する装置であって、前記気筒内の圧力である筒内圧力に関連するパラメータを検出する筒内圧力関連値センサと、前記気筒内の温度である筒内温度を調整する温度調整デバイスと、前記インジェクタ、点火プラグ、筒内圧力関連値センサ、および温度調整デバイスと電気的に接続され、前記筒内圧力関連値センサによる検出信号を受け付けるとともに前記インジェクタ、点火プラグ、および温度調整デバイスに制御信号を出力するコントローラとを備え、前記コントローラは、エンジンの運転状態に応じた所定時期に前記インジェクタを駆動して燃料を噴射させる噴射制御部と、前記インジェクタから噴射された燃料と空気との混合気が前記点火プラグによる火花点火により火炎伝播燃焼し、この火炎伝播燃焼の開始後に圧縮自己着火燃焼が起きるように前記筒内温度調整デバイスを駆動して筒内温度を調整する筒内温度調整部と、前記インジェクタによる燃料噴射の後に前記点火プラグを駆動して火花点火を行わせる第1点火制御部と、前記第1点火制御部による火花点火の後に前記点火プラグを駆動して火花点火を行わせ、当該火花点火により混合気を火炎伝播燃焼させる第2点火制御部と、前記筒内圧力関連値センサの出力値に基づいて、前記第1点火制御部による火花点火の時期を、筒内圧力が高いときは低いときに比べて遅角側の時期にする点火時期設定部とを有し、圧縮行程を3等分した場合の各期間を前から順に前期、中期、後期と定義したとき、前記第1点火制御部による火花点火の時期は、吸気行程中または圧縮行程の前期もしくは中期に設定され、前記第2点火制御部による火花点火の時期は、圧縮行程後期または膨張行程初期に設定される、ことを特徴とするものである(請求項15)。
【0041】
本発明によれば、上述した発明と同様に、圧縮自己着火燃焼の燃焼速度が速くなるように燃料を改質することができ、熱効率を向上させることができる。
【発明の効果】
【0042】
以上説明したように、本発明の圧縮着火式エンジンの制御装置によれば、燃焼速度が速く熱効率に優れた部分圧縮着火燃焼を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【
図1】本発明の一実施形態にかかる圧縮着火式エンジンの全体構成を概略的に示すシステム図である。
【
図2】エンジン本体の断面図とピストンの平面図とを併せて示した図である。
【
図3】気筒およびその近傍の吸排気系の構造を示す概略平面図である。
【
図4】エンジンの制御系統を示すブロック図である。
【
図5】エンジンの運転領域を燃焼形態の相違により区分けした運転マップである。
【
図6】エンジンの各運転領域で行われる燃焼制御を概略的に説明するためのタイムチャートである。
【
図7】SPCCI燃焼(部分圧縮着火燃焼)時の熱発生率の波形を示すグラフである。
【
図8】エンジンの第1運転領域において設定される目標空燃比の具体例を示すマップ図である。
【
図9】第1運転領域において設定される目標スワール開度の具体例を示すマップ図である。
【
図10】負荷が一定の条件下で回転速度を変化させた場合の目標スワール開度の変化を示すグラフである。
【
図11】スワール比を測定するリグ試験装置の概略を示す図である。
【
図12】スワール開度とスワール比との関係を示すグラフである。
【
図13】エンジンの温間時の燃焼制御の具体例を示すフローチャートである。
【
図14】
図13のステップS10の制御の詳細を示すサブルーチンである。
【
図15】先行点火のエネルギーを決定するためのマップ図である。
【
図16】基本先行点火時期を決定するためのマップ図である。
【
図17】基本点火時期を補正するためのマップ図であり、(a)は空燃比に応じた第1進角量を、(b)はエンジン水温に応じた第2進角量を、(c)は筒内圧力に応じた第3進角量を、それぞれ示している。
【
図18】第1運転領域で先行点火および主点火が行われるときの点火プラグの電気的な状態を燃焼波形と併せて示したタイムチャートである。
【
図19】混合気の温度と中間生成物の生成量との関係を示すグラフである。
【
図20】先行点火の点火時期を演算により決定する場合の具体例を説明するための図である。
【
図21】先行点火の回数を増やした場合の具体例を示すタイムチャートである。
【
図22】先行点火の回数と燃費改善代との関係を示すグラフである。
【
図23】SI率の種々の定義方法を説明するための
図7相当図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
(1)エンジンの全体構成
図1および
図2は、本発明の制御装置が適用された圧縮着火式エンジン(以下、単にエンジンという)の好ましい実施形態を示す図である。本図に示されるエンジンは、走行用の動力源として車両に搭載された4サイクルのガソリン直噴エンジンであり、エンジン本体1と、エンジン本体1に導入される吸気が流通する吸気通路30と、エンジン本体1から排出される排気ガスが流通する排気通路40と、排気通路40を流通する排気ガスの一部を吸気通路30に還流する外部EGR装置50を備えている。
【0045】
エンジン本体1は、気筒2が内部に形成されたシリンダブロック3と、気筒2を上から閉塞するようにシリンダブロック3の上面に取り付けられたシリンダヘッド4と、気筒2に往復摺動可能に挿入されたピストン5とを有している。エンジン本体1は、典型的には複数の(例えば4つの)気筒を有する多気筒型のものであるが、ここでは簡略化のため、1つの気筒2のみに着目して説明を進める。
【0046】
ピストン5の上方には燃焼室6が画成されており、この燃焼室6には、ガソリンを主成分とする燃料が、後述するインジェクタ15からの噴射によって供給される。そして、供給された燃料が燃焼室6で空気と混合されつつ燃焼し、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。なお、燃焼室6に噴射される燃料は、主成分としてガソリンを含有していればよく、例えばガソリンに加えてバイオエタノール等の副成分を含んでいてもよい。
【0047】
ピストン5の下方には、エンジン本体1の出力軸であるクランク軸7が設けられている。クランク軸7は、ピストン5とコネクティングロッド8を介して連結され、ピストン5の往復運動(上下運動)に応じて中心軸回りに回転駆動される。
【0048】
気筒2の幾何学的圧縮比、つまりピストン5が上死点にあるときの燃焼室6の容積とピストン5が下死点にあるときの燃焼室の容積との比は、後述するSPCCI燃焼(部分圧縮着火燃焼)に好適な値として、13以上30以下、好ましくは14以上18以下に設定される。より詳しくは、気筒2の幾何学的圧縮比は、オクタン価が91程度のガソリン燃料を使用するレギュラー仕様の場合に14以上17以下に設定し、オクタン価が96程度のガソリン燃料を使用するハイオク仕様の場合に15以上18以下に設定するのが好ましい。
【0049】
シリンダブロック3には、クランク軸7の回転角度(クランク角)およびクランク軸7の回転速度(エンジン回転速度)を検出するクランク角センサSN1と、シリンダブロック3およびシリンダヘッド4の内部を流通する冷却水の温度(エンジン水温)を検出する水温センサSN2とが設けられている。
【0050】
シリンダヘッド4には、燃焼室6に開口する吸気ポート9および排気ポート10と、吸気ポート9を開閉する吸気弁11と、排気ポート10を開閉する排気弁12とが設けられている。なお、当実施形態のエンジンのバルブ形式は、
図2に示すように、吸気2バルブ×排気2バルブの4バルブ形式である。すなわち、吸気ポート9は、第1吸気ポート9Aおよび第2吸気ポート9Bを有しており、排気ポート10は、第1排気ポート10Aおよび第2排気ポート10Bを有している(
図3参照)。吸気弁11は、第1吸気ポート9Aおよび第2吸気ポート9Bに対しそれぞれ1つずつ設けられ、排気弁12は、第1排気ポート10Aおよび第2排気ポート10Bに対しそれぞれ1つずつ設けられている。
【0051】
図3に示すように、第2吸気ポート9Bには開閉可能なスワール弁18が設けられている。スワール弁18は、第2吸気ポート9Bにのみ設けられており、第1吸気ポート9Aには設けられていない。このようなスワール弁18が閉方向に駆動されると、スワール弁18が設けられていない第1吸気ポート9Aから燃焼室6に流入する吸気の割合が増大するため、気筒軸線Z(燃焼室6の中心軸)の回りを旋回する旋回流、つまりスワール流を強化することができる。逆に、スワール弁18を開方向に駆動すればスワール流を弱めることができる。なお、当実施形態の吸気ポート9はタンブル流(縦渦)を形成可能なタンブルポートである。このため、スワール弁18の閉時に形成されるスワール流は、タンブル流とミックスされた斜めスワール流となる。
【0052】
吸気弁11および排気弁12は、シリンダヘッド4に配設された一対のカム軸等を含む動弁機構13,14により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。
【0053】
吸気弁11用の動弁機構13には、吸気弁11の開閉時期を変更可能な吸気VVT13aが内蔵されている。同様に、排気弁12用の動弁機構14には、排気弁12の開閉時期を変更可能な排気VVT14aが内蔵されている。吸気VVT13a(排気VVT14a)は、いわゆる位相式の可変機構であり、吸気弁11(排気弁12)の開時期および閉時期を同時にかつ同量だけ変更する。これら吸気VVT13aおよび排気VVT14aの制御により、当実施形態では、吸気弁11および排気弁12の双方が排気上死点を跨いで開弁するバルブオーバーラップ期間を調整することが可能であり、また、このバルブオーバーラップ期間の調整により、燃焼室6に残留する既燃ガス(内部EGRガス)の量を調整することが可能である。なお、吸気VVT13aおよび排気VVT14aは、請求項にいう「温度調整デバイス」の一例に該当する。
【0054】
シリンダヘッド4には、燃焼室6に燃料(主にガソリン)を噴射するインジェクタ15と、インジェクタ15から燃焼室6に噴射された燃料と燃焼室6に導入された空気とが混合された混合気に点火する点火プラグ16とが設けられている。シリンダヘッド4には、さらに、燃焼室6の圧力(以下、筒内圧力ともいう)を検出する筒内圧センサSN3が設けられている。なお、筒内圧センサSN3は、請求項にいう「筒内圧力特定部」または「筒内圧力関連値センサ」の一例に該当する。
【0055】
図2に示すように、ピストン5の冠面には、その中央部を含む比較的広い領域をシリンダヘッド4とは反対側(下方)に凹陥させたキャビティ20が形成されている。また、ピストン5の冠面におけるキャビティ20よりも径方向外側には、円環状の平坦面からなるスキッシュ部21が形成されている。
【0056】
インジェクタ15は、その先端部に複数の噴孔を有した多噴孔型のインジェクタであり、当該複数の噴孔から放射状に燃料を噴射することが可能である(
図2中のFは各噴孔から噴射された燃料の噴霧を表している)。インジェクタ15は、その先端部がピストン5の冠面の中心部(キャビティ20の底部中央)と対向するように、燃焼室6の天井面の中心部に配置されている。
【0057】
点火プラグ16は、インジェクタ15に対し吸気側に幾分ずれた位置に配置されている。点火プラグ16の先端部(電極部)の位置は、キャビティ20と平面視で重複するように設定されている。
【0058】
図1に示すように、吸気通路30は、吸気ポート9と連通するようにシリンダヘッド4の一側面に接続されている。吸気通路30の上流端から取り込まれた空気(新気)は、吸気通路30および吸気ポート9を通じて燃焼室6に導入される。
【0059】
吸気通路30には、その上流側から順に、吸気中の異物を除去するエアクリーナ31と、吸気の流量を調整する開閉可能なスロットル弁32と、吸気を圧縮しつつ送り出す過給機33と、過給機33により圧縮された吸気を冷却するインタークーラ35と、サージタンク36とが設けられている。
【0060】
吸気通路30の各部には、吸気の流量を検出するエアフローセンサSN4と、吸気の温度を検出する第1・第2吸気温センサSN5,SN7と、吸気の圧力を検出する第1・第2吸気圧センサSN6,SN8とが設けられている。エアフローセンサSN4および第1吸気温センサSN5は、吸気通路30におけるエアクリーナ31とスロットル弁32との間の部位に設けられ、当該部位を通過する吸気の流量および温度を検出する。第1吸気圧センサSN6は、吸気通路30におけるスロットル弁32と過給機33との間(後述するEGR通路51の接続口よりも下流側)の部位に設けられ、当該部位を通過する吸気の圧力を検出する。第2吸気温センサSN7は、吸気通路30における過給機33とインタークーラ35との間の部位に設けられ、当該部位を通過する吸気の温度を検出する。第2吸気圧センサSN8は、サージタンク36に設けられ、当該サージタンク36内の吸気の圧力を検出する。
【0061】
過給機33は、エンジン本体1と機械的に連係された機械式の過給機(スーパーチャージャ)である。過給機33の具体的な形式は特に問わないが、例えばリショルム式、ルーツ式、または遠心式といった公知の過給機のいずれかを過給機33として用いることができる。
【0062】
過給機33とエンジン本体1との間には、締結と解放を電気的に切り替えることが可能な電磁クラッチ34が介設されている。電磁クラッチ34が締結されると、エンジン本体1から過給機33に駆動力が伝達されて、過給機33による過給が行われる。一方、電磁クラッチ34が解放されると、上記駆動力の伝達が遮断されて、過給機33による過給が停止される。
【0063】
吸気通路30には、過給機33をバイパスするためのバイパス通路38が設けられている。バイパス通路38は、サージタンク36と後述するEGR通路51とを互いに接続している。バイパス通路38には開閉可能なバイパス弁39が設けられている。
【0064】
排気通路40は、排気ポート10と連通するようにシリンダヘッド4の他側面に接続されている。燃焼室6で生成された既燃ガスは、排気ポート10および排気通路40を通じて外部に排出される。
【0065】
排気通路40には触媒コンバータ41が設けられている。触媒コンバータ41には、排気通路40を流通する排気ガス中に含まれる有害成分(HC、CO、NOx)を浄化するための三元触媒41aと、排気ガス中に含まれる粒子状物質(PM)を捕集するためのGPF(ガソリン・パティキュレート・フィルタ)41bとが内蔵されている。なお、触媒コンバータ41の下流側に、三元触媒やNOx触媒等の適宜の触媒を内蔵した別の触媒コンバータを追加してもよい。
【0066】
排気通路40における触媒コンバータ41よりも上流側の部位には、排気ガス中に含まれる酸素の濃度を検出するリニアO2センサが設けられている。リニアO2センサは、酸素濃度の濃淡に応じて出力値がリニアに変化するタイプのセンサであり、このリニアO2センサの出力値に基づいて混合気の空燃比を推定することが可能である。
【0067】
外部EGR装置50は、排気通路40と吸気通路30とを接続するEGR通路51と、EGR通路51に設けられたEGRクーラ52およびEGR弁53とを有している。EGR通路51は、排気通路40における触媒コンバータ41よりも下流側の部位と、吸気通路30におけるスロットル弁32と過給機33との間の部位とを互いに接続している。EGRクーラ52は、EGR通路51を通じて排気通路40から吸気通路30に還流される排気ガス(外部EGRガス)を熱交換により冷却する。EGR弁53は、EGRクーラ52よりも下流側(吸気通路30に近い側)のEGR通路51に開閉可能に設けられ、EGR通路51を流通する排気ガスの流量を調整する。なお、EGR弁53は、請求項にいう「温度調整デバイス」の一例に該当する。
【0068】
EGR通路51には、EGR弁53の上流側の圧力と下流側の圧力との差を検出するための差圧センサSN9が設けられている。
【0069】
(2)制御系統
図4は、エンジンの制御系統を示すブロック図である。本図に示されるECU100は、エンジンを統括的に制御するためのマイクロプロセッサであり、周知のCPU、ROM、RAM等から構成されている。なお、ECU100は、請求項にいう「コントローラ」の一例に該当する。
【0070】
ECU100には各種センサによる検出信号が入力される。例えば、ECU100は、上述したクランク角センサSN1、水温センサSN2、筒内圧センサSN3、エアフローセンサSN4、第1・第2吸気温センサSN5,SN7、第1・第2吸気圧センサSN6,SN8、差圧センサSN9、およびリニアO2センサSN10と電気的に接続されており、これらのセンサによって検出された情報(つまりクランク角、エンジン回転速度、エンジン水温、筒内圧力、吸気流量、吸気温、吸気圧、EGR弁53の前後差圧、排気ガスの酸素濃度等)がECU100に逐次入力されるようになっている。
【0071】
また、車両には、当該車両を運転するドライバーにより操作されるアクセルペダルの開度を検出するアクセルセンサSN11が設けられており、このアクセルセンサSN11による検出信号もECU100に入力される。
【0072】
ECU100は、上記各センサからの入力情報に基づいて種々の判定や演算等を実行しつつエンジンの各部を制御する。すなわち、ECU100は、吸気VVT13a、排気VVT14a、インジェクタ15、点火プラグ16、スワール弁18、スロットル弁32、電磁クラッチ34、バイパス弁39、およびEGR弁53等と電気的に接続されており、上記演算の結果等に基づいてこれらの機器にそれぞれ制御用の信号を出力する。
【0073】
具体的に、ECU100は、演算部101、噴射制御部102、点火制御部103、スワール制御部104、吸気制御部105、およびEGR制御部106を機能的に有している。
【0074】
噴射制御部102は、インジェクタ15による燃料の噴射動作を制御するための制御モジュールである。点火制御部103は、点火プラグ16による点火動作を制御するための制御モジュールである。スワール制御部104は、スワール弁18の開度を制御するための制御モジュールである。吸気制御部105は、燃焼室6に導入される吸気の流量や圧力を調整するための制御モジュールであり、スロットル弁32およびバイパス弁39の各開度や電磁クラッチ34のON/OFFを制御する。EGR制御部106は、燃焼室6に導入されるEGRガス(外部EGRガスおよび内部EGRガス)の量を調整するための制御モジュールであり、吸気VVT13aおよび排気VVT14aの各動作やEGR弁53の開度を制御する。演算部101は、これら各制御部102~106による制御目標値を決定したりエンジンの運転状態を判定するといった各種演算を実行するための制御モジュールである。なお、演算部101は、請求項にいう「設定部」または「点火時期設定部」の一例に相当し、点火制御部103は、請求項にいう「第1/第2点火制御部」の一例に該当し、EGR制御部106は、請求項にいう「筒内温度調整部」の一例に該当する。
【0075】
(3)運転状態に応じた制御
図5は、エンジンの温間時に使用される運転マップであり、エンジンの回転速度/負荷に応じた制御の相違を示す図である。なお、以下の説明において、エンジンの負荷が高い(低い)とは、エンジンの要求トルクが高い(低い)ことと等価である。
【0076】
図5に示すように、エンジンが温間状態にあるとき、エンジンの運転領域は、燃焼形態の相違によって3つの運転領域A1~A3に大別される。それぞれ第1運転領域A1、第2運転領域A2、第3運転領域A3とすると、第3運転領域A3は、回転速度が高い高速領域であり、第1運転領域A1は、第3運転領域A3よりも低速側の領域から高負荷側の一部を除いた低・中速/低負荷の領域であり、第2運転領域A2は、第1、第3運転領域A1,A3以外の残余の領域(言い換えると低・中速/高負荷の領域)である。以下、各運転領域で選択される燃焼形態等について順に説明する。
【0077】
(3-1)第1運転領域
低・中速/低負荷の第1運転領域A1では、SI燃焼とCI燃焼とを組み合わせた部分圧縮着火燃焼(以下、これをSPCCI燃焼という)が実行される。SI燃焼とは、点火プラグ16から発生する火花により混合気に点火し、その点火点から周囲へと燃焼領域を拡げていく火炎伝播により混合気を強制的に燃焼させる燃焼形態のことであり、CI燃焼とは、ピストン5の圧縮により高温・高圧化された環境下で混合気を自着火により燃焼させる燃焼形態のことである。そして、これらSI燃焼とCI燃焼とを組み合わせたSPCCI燃焼とは、混合気が自着火する寸前の環境下で行われる火花点火により燃焼室6内の混合気の一部をSI燃焼させ、当該SI燃焼の後に(SI燃焼に伴うさらなる高温・高圧化により)燃焼室6内の他の混合気を自着火によりCI燃焼させる、という燃焼形態のことである。なお、「SPCCI」は「Spark Controlled Compression Ignition」の略である。
【0078】
SPCCI燃焼は、SI燃焼時の熱発生よりもCI燃焼時の熱発生の方が急峻になるという性質がある。例えば、SPCCI燃焼による熱発生率の波形は、後述する
図6または
図7に示すように、SI燃焼に対応する燃焼初期の立ち上がりの傾きが、その後のCI燃焼に対応して生じる立ち上がりの傾きよりも小さくなる。言い換えると、SPCCI燃焼時の熱発生率の波形は、SI燃焼に基づく相対的に立ち上がりの傾きが小さい第1熱発生率部と、CI燃焼に基づく相対的に立ち上がりの傾きが大きい第2熱発生部とが、この順に連続するように形成される。また、このような熱発生率の傾向に対応して、SPCCI燃焼では、SI燃焼時に生じる燃焼室6内の圧力上昇率(dp/dθ)がCI燃焼時のそれよりも小さくなる。
【0079】
SI燃焼によって、燃焼室6内の温度および圧力が高まると、これに伴い未燃混合気が自着火し、CI燃焼が開始される。後述する
図6または
図7に例示するように、この自着火のタイミング(つまりCI燃焼が開始するタイミング)で、熱発生率の波形の傾きが小から大へと変化する。すなわち、SPCCI燃焼における熱発生率の波形は、CI燃焼が開始するタイミングで現れる変曲点(
図7のX2)を有している。
【0080】
CI燃焼の開始後は、SI燃焼とCI燃焼とが並行して行われる。CI燃焼は、SI燃焼よりも混合気の燃焼速度が速いため、熱発生率は相対的に大きくなる。ただし、CI燃焼は、圧縮上死点の後に行われるため、熱発生率の波形の傾きが過大になることはない。すなわち、圧縮上死点を過ぎるとピストン5の下降によりモータリング圧力が低下するので、このことが熱発生率の上昇を抑制する結果、CI燃焼時のdp/dθが過大になることが回避される。このように、SPCCI燃焼では、SI燃焼の後にCI燃焼が行われるという性質上、燃焼騒音の指標となるdp/dθが過大になり難く、単純なCI燃焼(全ての燃料をCI燃焼させた場合)に比べて燃焼騒音を抑制することができる。
【0081】
CI燃焼の終了に伴いSPCCI燃焼も終了する。CI燃焼はSI燃焼に比べて燃焼速度が速いので、単純なSI燃焼(全ての燃料をSI燃焼させた場合)に比べて燃焼終了時期を早めることができる。言い換えると、SPCCI燃焼では、燃焼終了時期を膨張行程内において圧縮上死点に近づけることができる。これにより、SPCCI燃焼では、単純なSI燃焼に比べて燃費性能を向上させることができる。
【0082】
上記のようなSPCCI燃焼の具体的形態として、第1運転領域A1では、点火プラグ16から火花を複数回発生させた上で最後の火花点火をきっかけに混合気をSPCCI燃焼させる制御が実行される。当実施形態の場合、火花点火の回数は2回とされる。このような2回点火によるSPCCI燃焼を実現するため、第1運転領域A1では、ECU100によってエンジンの各部が次のように制御される。なお、以下の説明では、燃料噴射や火花点火の時期を特定する用語として、~行程の「前期」「中期」「後期」といった用語や、~行程の「前半」「後半」といった用語を用いることがあるが、これは、次のことを前提としている。すなわち、本明細書では、吸気行程や圧縮行程等の任意の行程を3等分した場合の各期間を前から順に「前期」「中期」「後期」と定義する。このため、例えば圧縮行程の(i)前期、(ii)中期、(iii)後期とは、それぞれ、(i)圧縮上死点前(BTDC)180~120°CA、(ii)BTDC120~60°CA、(iii)BTDC60~0°CAの各範囲のことを指す。同様に、本明細書では、吸気行程や圧縮行程等の任意の行程を2等分した場合の各期間を前から順に「前半」「後半」と定義する。このため、例えば吸気行程の(iv)前半、(v)後半とは、それぞれ、(iv)BTDC360~270°CA、(v)BTDC270~180°CAの各範囲のことを指す。
【0083】
第1運転領域A1での運転時、点火プラグ16は、圧縮上死点から十分に進角された時期に火花を発生させる先行点火と、先行点火よりも圧縮上死点に近い時期に火花を発生させる主点火とを実行する。先行点火は、圧縮行程前期または中期のいずれか(BTDC180~60°CA)に実行され、主点火は、圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内(BTDC60~ATDC60°CA)に実行される。
【0084】
例えば、第1運転領域A1における低負荷側の運転ポイントP1において、点火プラグ16は、
図6のチャート(a)に示すように、圧縮行程前期に先行点火を実行するとともに、圧縮行程後期に主点火を実行する。同様に、運転ポイントP1よりも負荷が高い運転ポイントP2において、点火プラグ16は、
図6のチャート(b)に示すように、圧縮行程前期に先行点火を実行するとともに、圧縮行程後期に主点火を実行する。ただし、高負荷側の運転ポイントP2における先行点火の時期は、低負荷側の運転ポイントP1における先行点火の時期よりも進角側に設定される。これは、後述する第2噴射(1サイクル中の最後の燃料噴射)の時期に連動したものである。すなわち、第2噴射から先行点火までのクランク角期間が略一定に維持されるように、第2噴射の時期に連動して先行点火の時期が高負荷側ほど進角されるようになっている。
【0085】
上記のように圧縮上死点から十分に進角された時期に実行される先行点火は、混合気の火炎伝播を生じさせない。詳細は追って説明するが、この先行点火は、火花(アーク)の周囲の混合気を850K以上1140K未満という狙いの温度にまで上昇させることにより、燃料成分(炭化水素)を開裂させてOHラジカルを含む中間生成物を生成することを目的として行われる。また、火炎伝播が生じるのを確実に防止するため、先行点火のエネルギーは、主点火のエネルギーよりも小さくされる。したがって、このような先行点火が行われても、混合気には実質的に火炎が形成されず、SI燃焼は開始されない。
【0086】
一方、圧縮上死点に比較的近い時期に実行されるエネルギーの大きい主点火は、混合気の火炎伝播を生じさせ、SI燃焼を引き起こす。SI燃焼が開始されると、燃焼室6が高温・高圧化し、そのことがCI燃焼を引き起こす。すなわち、主点火をきっかけにSPCCI燃焼が開始され、燃焼室6内の一部の混合気が火炎伝播により燃焼(SI燃焼)し、その他の混合気が自着火により燃焼(CI燃焼)する。
【0087】
インジェクタ15は、1サイクル中に噴射すべき燃料を複数回に分けて噴射するとともに、少なくとも一部の燃料を吸気行程中に噴射する。当実施形態の場合、燃料噴射の回数は2回とされる。すなわち、第1運転領域A1での運転時、インジェクタ15は、上述した先行点火よりも早い所定の期間内に、第1噴射と第2噴射との2回に分けて燃料を噴射する。例えば、第1運転領域A1における低負荷側の運転ポイントP1において、インジェクタ15は、
図6のチャート(a)に示すように、吸気行程前半に第1噴射を開始するとともに、吸気行程後半に第2噴射を開始する。同様に、運転ポイントP1よりも負荷が高い運転ポイントP2において、インジェクタ15は、
図6のチャート(b)に示すように、吸気行程前半に第1噴射を開始するとともに、吸気行程後半に第2噴射を開始する。ただし、高負荷側の運転ポイントP2における第2噴射の開始時期は、低負荷側の運転ポイントP1における第2噴射の開始時期よりも進角側に設定される。言い換えると、第2噴射の時期は、第1運転領域A1内で負荷が増大するほど進角されるようになっている。
【0088】
上記のような分割噴射によりインジェクタ15から噴射される燃料の量(総量)および分割比は、エンジンの要求トルクに応じて可変的に設定される。具体的に、燃料の総量、つまり第1噴射による燃料の噴射量と第2噴射による燃料の噴射量との合計は、要求トルクが高くなる高負荷側ほど多くなるように設定される。また、第1・第2噴射の分割比、つまり、(第1噴射による燃料の噴射量):(第2噴射による燃料の噴射量)は、高負荷側ほど第1噴射の割合が小さくなるように設定される。例えば、第1・第2噴射の分割比は、第1運転領域A1内における低負荷側から高負荷側にかけて、概ね9:1から6:4まで変化するように設定される。
【0089】
スロットル弁32の開度は、理論空燃比相当の空気量よりも多くの空気が吸気通路30を通じて燃焼室6に導入されるような開度に設定される。すなわち、吸気通路30を通じて燃焼室6に導入される空気(新気)と、上記第1・第2噴射によって燃焼室6に噴射される燃料との重量比である空燃比(A/F)が、理論空燃比(14.7)よりも大きくなるように、スロットル弁32の開度が比較的高めに設定されて、理論空燃比相当の空気量よりも多くの空気が吸気通路30を通じて燃焼室6に導入される。このように、当実施形態では、第1運転領域A1での運転時に、燃焼室6内の空燃比が理論空燃比よりも大きくなる環境(以下、これをA/Fリーン環境という)を形成しつつ混合気をSPCCI燃焼させる制御が実行される。
【0090】
第1運転領域A1における空燃比(A/F)は、20超35未満の範囲内で可変的に設定される。
図8は、第1運転領域A1における空燃比(A/F)の目標値である目標空燃比の設定例を示すマップ図である。本図に示すように、第1運転領域A1での目標空燃比は、概ね、第1運転領域A1内で負荷(要求トルク)が高くなるほど大きくなるように設定されている。より詳しくは、目標空燃比は、第1運転領域A1の上限負荷(つまり第1運転領域A1と第2運転領域A2との境界の負荷)の近傍に設定された領域a1において最も高い値(31以上)をとり、当該領域a1から離れるほど小さい値をとるように設定されている。ただし、第1運転領域A1内のいずれの位置においても、空燃比が20以下になることはない。なお、当実施形態において、目標空燃比が最大になる領域a1は、第1運転領域A1の上限負荷からやや低負荷側に離れかつ第1運転領域A1の下限速度から高速側に離れた帯状の領域、つまり第1運転領域A1内の中・高速/高負荷の領域に設定されている。領域a1が上限負荷に近いことから、第1運転領域A1内で領域a1から最も遠いのは、回転速度および負荷が共に最低となるアイドル領域であり、このアイドル領域での目標空燃比が最も小さくなる。
【0091】
過給機33は、
図5に示される過給ラインTの内側領域でOFF状態とされ、過給ラインTの外側領域でON状態とされる。過給機33がOFF状態とされる過給ラインTの内側領域、つまり第1運転領域A1の低速側では、電磁クラッチ34が解放されて過給機33とエンジン本体1との連結が解除されるとともに、バイパス弁39が全開とされることにより、過給機33による過給が停止される。一方、過給機33がON状態とされる過給ラインTの外側領域、つまり第1運転領域A1の高速側では、電磁クラッチ34が締結されて過給機33とエンジン本体1とが連結されることにより、過給機33による過給が行われる。このとき、第2吸気圧センサSN8により検出されるサージタンク36内の圧力(過給圧)が、エンジンの運転条件(回転速度や負荷等の条件)ごとに予め定められた目標圧力に一致するように、バイパス弁39の開度が制御される。例えば、バイパス弁39の開度が大きくなるほど、バイパス通路38を通じて過給機33の上流側に逆流する吸気の流量が多くなる結果、サージタンク36に導入される吸気の圧力つまり過給圧が低くなる。バイパス弁39は、このように吸気の逆流量を調整することにより、過給圧を目標圧力に制御する。
【0092】
吸気VVT13aおよび排気VVT14aは、SPCCI燃焼に適した燃焼室6の温度(以下、筒内温度ともいう)が実現されるように、第1運転領域A1内の多くの領域において、燃焼室6に既燃ガスを残留させる内部EGRを実行可能なタイミングで吸気弁11および排気弁12を駆動する。すなわち、吸・排気VVT13a,14aは、排気上死点を挟んで吸・排気弁11,12の双方が開かれるバルブオーバーラップ期間が形成されるように各弁11,12を駆動し、排気上死点を過ぎるまで(吸気行程初期まで)排気弁12を開弁させる。これにより、排気ポート10から燃焼室6へと既燃ガスが引き戻されて、内部EGRが実現される。バルブオーバーラップ期間は、所望のSPCCI燃焼の波形(後述する目標SI率および目標θci)を得るのに適した筒内温度が実現されるように、言い換えれば当該温度を実現するのに必要な量の内部EGRガスが燃焼室6に導入されるように調整される。このようなバルブオーバーラップ期間の調整によって実現される内部EGR率、つまり燃焼室6内の全ガス量のうち内部EGRガスが占める割合は、概ね、第1運転領域A1内の低負荷側ほど大きくなる傾向にある。
【0093】
EGR弁53は、SPCCI燃焼に適した筒内温度が実現されるように、第1運転領域A1内の多くの領域において開弁される。すなわち、EGR通路51を通じて燃焼室6に排気ガスを還流する外部EGRが実現されるように、EGR弁53が開弁される。詳細は後述するが、EGR弁53の開度は、所望のSPCCI燃焼の波形(後述する目標SI率および目標θci)を得るのに適した筒内温度が実現されるように、言い換えれば当該温度を実現するのに必要な量の外部EGRガスが燃焼室6に導入されるように調整される。このようなEGR弁53の開度調整によって実現される外部EGR率、つまり燃焼室6内の全ガス量のうち外部EGRガスが占める割合は、概ね、第1運転領域A1内で回転速度または負荷のいずれかが高くなるほど大きくなる傾向にある。
【0094】
スワール弁18の開度は、半開(50%)よりも低い低開度に設定される。このようにスワール弁18の開度が低減されることにより、燃焼室6に導入される吸気は、その大部分が第1吸気ポート9A(スワール弁18が設けられていない側の吸気ポート)からの吸気となり、燃焼室6内に強いスワール流が形成される。このスワール流は、吸気行程中に成長して圧縮行程の途中まで残存し、燃料の成層化を促進する。つまり、燃焼室6の中央部の燃料濃度がその外側の領域(外周部)に比べて濃くなるという濃度差が形成される。なお、具体的なスワール弁18の開度設定については後述の(4)において詳しく説明する。
【0095】
(3-2)第2運転領域
低・中速/高負荷の第2運転領域A2では、1回の火花点火によって混合気をSPCCI燃焼させる制御が実行される。言い換えると、第2運転領域A2では、上述した第1運転領域A1における先行点火が省略されて、主点火のみが実行される。このような1回点火によるSPCCI燃焼を実現するため、第2運転領域A2では、ECU100によってエンジンの各部が次のように制御される。
【0096】
点火プラグ16は、圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内に1回の火花点火を実行する。例えば、第2運転領域A2に含まれる運転ポイントP3において、点火プラグ16は、
図6のチャート(c)に示すように、圧縮行程後期に1回の火花点火を実行する。そして、この火花点火をきっかけにSPCCI燃焼が開始され、燃焼室6内の一部の混合気が火炎伝播により燃焼(SI燃焼)し、その他の混合気が自着火により燃焼(CI燃焼)する。
【0097】
インジェクタ15は、吸気行程中に少なくとも1回の燃料噴射を実行する。例えば、第2運転領域A2に含まれる運転ポイントP3において、インジェクタ15は、
図6のチャート(c)に示すように、1サイクル中に噴射すべき燃料の全量を供給する1回の燃料噴射を吸気行程中に実行する。なお、運転ポイントP3以外(例えば第2運転領域A2内においてP3よりも低負荷側にある運転ポイント)では、吸気行程中に2回に分けて燃料が噴射されることもある。
【0098】
スロットル弁32の開度は、理論空燃比相当の空気量が吸気通路30を通じて燃焼室6に導入されるような開度、つまり、燃焼室6内の空気(新気)と燃料との重量比である空燃比(A/F)が理論空燃比(14.7)に略一致するような開度に設定される。一方、後述するように、第2運転領域A2では、EGR弁53が開弁されて外部EGRガスが燃焼室6に導入される。このため、第2運転領域A2では、燃焼室6内の全ガスと燃料との重量比であるガス空燃比(G/F)は理論空燃比(14.7)よりも大きくなる。このように、当実施形態では、第2運転領域A2での運転時に、ガス空燃比(G/F)が理論空燃比よりも大きくかつ空燃比(A/F)が理論空燃比に略一致する環境(以下、これをG/Fリーン環境という)を形成しつつ混合気をSPCCI燃焼させる制御が実行される。
【0099】
過給機33は、過給ラインTの内側領域と重複する低負荷かつ低速側の一部においてOFF状態とされ、それ以外の領域でON状態とされる。過給機33がON状態とされて吸気が過給されているとき、バイパス弁39の開度は、サージタンク36内の圧力(過給圧)が目標圧力に一致するように制御される。
【0100】
吸気VVT13aおよび排気VVT14aは、内部EGRが実質的に停止されるようなタイミングで吸気弁11および排気弁12を駆動する。
【0101】
EGR弁53は、第2運転領域A2でのSPCCI燃焼に適した量の外部EGRガスが燃焼室6に導入されるように適宜の開度まで開弁される。このときのEGR弁53の開度は、上述した第1運転領域A1のときと同様、所望のSPCCI燃焼の波形(後述する目標SI率および目標θci)を得るのに適した筒内温度が実現されるように調整される。
【0102】
スワール弁18の開度は、第1運転領域A1での開度と同程度の値か、もしくはこれよりも大きい所定の中間開度に設定される。
【0103】
(3-3)第3運転領域
上記第1・第2運転領域A1,A2よりも高速側の第3運転領域A3では、比較的オーソドックスなSI燃焼が実行される。このSI燃焼の実現のために、第3運転領域A3では、ECU100によってエンジンの各部が次のように制御される。
【0104】
点火プラグ16は、圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内に1回の火花点火を実行する。例えば、第3運転領域A3に含まれる運転ポイントP4において、点火プラグ16は、
図6のチャート(d)に示すように、圧縮行程後期に1回の火花点火を実行する。そして、この火花点火をきっかけにSI燃焼が開始され、燃焼室6内の混合気の全てが火炎伝播により燃焼する。
【0105】
インジェクタ15は、少なくとも吸気行程と重複する所定の期間にわたって噴射を噴射する。例えば、上記運転ポイントP4において、インジェクタ15は、
図6のチャート(d)に示すように、吸気行程から圧縮行程にかけた一連の期間にわたって燃料を噴射する。なお、運転ポイントP4は、かなり高速かつ高負荷の条件であるため、1サイクル中に噴射すべき燃料の量がそもそも多い上に、所要量の燃料を噴射するのに要するクランク角期間が長期化する。運転ポイントP4における燃料の噴射期間が既述の他の運転ポイント(P1~P3)のいずれよりも長いのはこのためである。
【0106】
過給機33はON状態とされ、過給機33による過給が行われる。このときの過給圧は、バイパス弁39によって調整される。
【0107】
スロットル弁32およびEGR弁53は、燃焼室6内の空燃比(A/F)が理論空燃比もしくはこれよりもややリッチな値(λ≦1)となるように、それぞれの開度が制御される。
【0108】
スワール弁18は全開とされる。これにより、第1吸気ポート9Aだけでなく第2吸気ポート9Bが完全に開放されて、エンジンの充填効率が高められる。
【0109】
(4)スワール制御
次に、第1運転領域A1でのスワール制御の詳細について説明する。
図9は、第1運転領域A1において設定されるスワール弁18の開度の目標値(以下、目標スワール開度ともいう)の具体例を示すマップ図であり、
図10は、負荷が一定の条件下で(
図9のラインVに沿って)回転速度を変化させた場合の目標スワール開度の変化を示すグラフである。これらの図に示すように、第1運転領域A1では、目標スワール開度が概ね20~40%の範囲で可変的に設定され、その値は高速側または高負荷側ほど高くされる。
【0110】
具体的に、目標スワール開度は、第1運転領域A1内における最も低速かつ低負荷の第1領域b1において一律に20%に設定され、この第1領域b1よりも回転速度または負荷が高い第2領域b2において、回転速度または負荷が高くなるにつれて漸増するように設定されている。第2領域b2では、第1領域b1に近い低速・低負荷側ほど目標スワール開度が20%に近くなり、第1領域b1から遠い高速・高負荷側ほど目標スワール開度が20%より大きくされ、最大で約40%まで増大される。例えば、第1領域b1→第2領域b2の順に横切るように(
図9のラインVに沿って)回転速度が増大した場合、目標スワール開度は、
図10に示すように、回転速度が第1領域b1に含まれる間は20%に維持され、第2領域b2に移行した後は回転速度の増大とともに略一定の割合で増大する。
【0111】
ECU100(スワール制御部104)は、第1運転領域A1での運転時、上記のとおり設定された目標スワール開度のマップ(
図9および
図10)に従ってスワール弁18の開度を制御する。
【0112】
スワール弁18の開度が低いほど、燃焼室6には強いスワール流が生成される。上記
図9および
図10のマップが使用される当実施形態では、第1運転領域A1での運転時に、回転速度および負荷が低いほどスワール弁18の開度が低くされるので、これに応じて(回転速度および負荷が低いほど)スワール流は強められる。これは、着火性の厳しい低速かつ低負荷の条件下で混合気の成層化を促進し、着火性を改善するためである。
【0113】
すなわち、当実施形態では、燃焼室6の天井面の中心部に配置されたインジェクタ15から放射状に燃料が噴射されるが、噴射された燃料の各噴霧は、スワール流によって運ばれて燃焼室6の中心部を指向するように移動する。このとき、スワール弁18の開度が低いほど(言い換えるとスワール流の初期速度が速いほど)、圧縮行程のより遅い段階までスワール流が残存するので、燃焼の開始直前まで燃焼室6の中央部に燃料濃度の濃い混合気が形成される結果、混合気の成層化が促進される。このことを利用して、当実施形態では、第1運転領域A1の中でも低速かつ低負荷の条件であるほど、スワール弁18の開度を低下させてスワール流を強化し、もって混合気の成層化および着火性の改善を図るようにしている。
【0114】
ここで、スワール流の強さについて定義する。本明細書では、燃焼室6に生成されるスワール流の強さを、「スワール比」で表す。スワール比は、吸気流の横方向角速度をバルブリフト毎に測定して積分した値を、クランク軸の角速度で除した値として定義される。吸気流の横方向角速度は、
図11に示すリグ試験装置を用いた測定により特定することができる。本図に示すリグ試験装置は、シリンダブロック203とシリンダヘッド204とを含む試験用エンジンを対象として吸気流の横方向角速度を測定するものであり、試験用エンジンの下側に配置される基台210と、試験用エンジンの上側に配置されるインパルスメータ211とを有する。試験用エンジンは、上下反転した姿勢とされ、そのシリンダヘッド204が基台210の上に載置される。シリンダヘッド204には吸気ポート205が形成されており、この吸気ポート205には図外の吸気供給装置が接続されている。シリンダブロック203の内部には気筒202が形成され、当該気筒202には、上記吸気供給装置から供給される吸気が吸気ポート205を介して導入される。
【0115】
インパルスメータ211は、シリンダブロック203の上面に取り付けられるハニカム状ロータ211aと、ハニカム状ロータ211aの上側に位置するメータ本体部211bとを有している。気筒202の直径であるシリンダボア径をDとしたとき、インパルスメータ211の下面は、シリンダヘッド204とシリンダブロック203との合わせ面から1.75Dだけ離れたところに位置している。上記吸気供給装置から吸気が供給されると、これに応じて気筒202の内部にスワール流(
図11の矢印参照)が発生し、このスワール流がハニカム状ロータ211aに作用することにより、ハニカム状ロータ211aに回転方向のトルクが発生する。このトルクは、メータ本体部211bによって計測されるとともに、計測されたトルクに基づいて吸気流の横方向角速度が求められる。
【0116】
図12は、当実施形態のエンジンにおけるスワール弁18の開度と、上記の定義によるスワール比との関係を示している。本図に示すように、スワール弁18の開度が低くなるほど、スワール比は増大する(つまりスワール流が強化される)。例えば、スワール弁18の開度が40%であるとき、スワール比は1.5を少し超えた値をとる。これに対し、スワール弁18が全閉(0%)まで閉じられると、スワール比は約6まで増大する。
【0117】
ここで、当実施形態では、上述したとおり、第1運転領域A1での運転時に、スワール弁18の開度が概ね20~40%の範囲内で制御される(
図9、
図10参照)。このことから、当実施形態では、第1運転領域A1でのスワール弁18の開度が、燃焼室6内のスワール比が1.5以上となるような値に設定されているといえる。
【0118】
(5)SI率について
上述したように、当実施形態では、SI燃焼とCI燃焼とを組み合わせたSPCCI燃焼が第1運転領域A1および第2運転領域A2において実行されるが、このSPCCI燃焼では、SI燃焼とCI燃焼との比率を運転条件に応じてコントロールすることが重要になる。
【0119】
ここで、当実施形態では、上記比率として、SPCCI燃焼(SI燃焼およびCI燃焼)による全熱発生量に対するSI燃焼による熱発生量の割合であるSI率を用いる。
図7は、このSI率を説明するための図であり、SPCCI燃焼が起きたときの熱発生率(J/deg)のクランク角による変化を示している。
図7の波形における点X1は、SI燃焼の開始に伴って熱発生率が立ち上がる熱発生点であり、この熱発生点X1に対応するクランク角θsiを、SI燃焼の開始時期として定義する。また、同波形における点X2は、燃焼形態がSI燃焼からCI燃焼に切り替わるときに現れる変曲点であり、この変曲点X2に対応するクランク角θciを、CI燃焼の開始時期と定義する。そして、このCI燃焼の開始時期であるθciよりも進角側(θsiからθciまでの間)に位置する熱発生率の波形の面積R1をSI燃焼による熱発生量とし、θciよりも遅角側に位置する熱発生率の波形の面積R2をCI燃焼による熱発生率とする。これにより、(SI燃焼による熱発生量)/(SPCCI燃焼による熱発生量)で定義される上述したSI率は、上記各面積R1,R2を用いて、R1/(R1+R2)で表すことができる。つまり、当実施形態では、SI率=R1/(R1+R2)である。
【0120】
CI燃焼では、混合気が自着火により同時多発的に燃焼するため、火炎伝播によるSI燃焼と比べて圧力上昇率が高くなり易い。このため、特に、負荷が高く燃料噴射量が多い条件下で不用意にSI率を小さくする(つまりCI燃焼の割合を増やす)と、大きな騒音が発生してしまう。一方、CI燃焼は、燃焼室6が十分に高温・高圧化しないと発生しないので、負荷が低く燃料噴射量が少ない条件下では、SI燃焼がある程度進行してからでないとCI燃焼が開始されず、必然的にSI率は大きくなる(つまりCI燃焼の割合が多くなる)。このような事情を考慮して、当実施形態では、SPCCI燃焼が行われる運転領域(つまり第1・第2運転領域A1,A2)において、SI率の目標値である目標SI率がエンジンの運転条件ごとに予め定められている。具体的に、目標SI率は、低負荷側の第1運転領域A1において、概ね負荷が高いほど小さくなるように(つまり負荷が高いほどCI燃焼の割合が増えるように)設定されている。一方、高負荷側の第2運転領域A2での目標SI率は、概ね負荷が高いほど大きくなるように(つまりCI燃焼の割合が低くなるように)設定されている。さらに、これに対応して、当実施形態では、目標SI率に適合する燃焼が行われた場合のCI燃焼の開始時期である目標θciが、やはりエンジンの運転条件ごとに予め定められている。
【0121】
上述した目標SI率および目標θciを実現するには、点火プラグ16による主点火の時期、インジェクタ15からの燃料の噴射量/噴射時期、EGR率(外部EGR率および内部EGR率)といった制御量を運転条件ごとに調整する必要がある。例えば、主点火の時期が進角されるほど、多くの燃料がSI燃焼により燃焼することになり、SI率が高くなる。また、燃料の噴射時期が進角されるほど、多くの燃料がCI燃焼により燃焼することになり、SI率が低くなる。あるいは、EGR率の増大に伴って筒内温度が高くなるほど、多くの燃料がCI燃焼により燃焼することになり、SI率が低くなる。さらに、SI率の変化はθciの変化を伴うので、これらの各制御量(主点火時期、噴射時期、EGR率等)の変化は、θciを調整する要素となる。
【0122】
上記のような傾向に基づいて、当実施形態では、SPCCI燃焼の実行時に、主点火時期、燃料の噴射量/噴射時期、およびEGR率(ひいては筒内温度)等が、上述した目標SI率および目標θciを実現可能な組合せになるように制御される。
【0123】
(6)SPCCI燃焼時の制御
図13は、エンジンの温間時に実行される燃焼制御(主にSPCCI燃焼時の制御)の詳細を示すフローチャートである。本図に示す制御がスタートすると、ECU100の演算部101は、ステップS1において、アクセル操作状態に基づいてエンジンの要求トルクを算出する。すなわち、アクセルセンサSN11の検出値から特定されるアクセルペダルの操作量(踏込み量)と操作速度とに基づいて、エンジンから出力すべき目標トルクである要求トルクを算出する。要求トルクは、アクセルペダルの操作量および操作速度が大きいほど高く算出される。
【0124】
次いで、演算部101は、ステップS2において、エンジンの現運転ポイントが
図5に示した第1運転領域A1に含まれるか否かを判定する。すなわち、演算部101は、クランク角センサSN1により検出されるエンジン回転速度と、上記ステップS1で算出された要求トルクとに基づいて、現時点のエンジンの運転ポイントを
図5の運転マップ上で特定し、当該マップ中の第1運転領域A1に現運転ポイントが含まれるか否かを判定する。
【0125】
上記ステップS2でNOと判定されてエンジンの現運転ポイントが第1運転領域A1に含まれていないことが確認された場合、演算部101は、ステップS20において、現運転ポイントが第2運転領域A2に含まれるか否かを判定する。
【0126】
上記ステップS20でYESと判定されてエンジンの現運転ポイントが第2運転領域A2に含まれることが確認された場合、ECU100の各制御部102~106は、この第2運転領域A2に対応する制御として、点火プラグ16による1回の火花点火によって混合気をSPCCI燃焼させる制御(ステップS21)を実行する。なお、ここでの制御の内容は上述した(3-2)で説明したとおりであるので、詳細な説明はここでは省略する。
【0127】
一方、上記ステップS20でNOと判定された場合、つまりエンジンの現運転ポイントが第3運転領域A3に含まれることが確認された場合、ECU100の各制御部102~106は、この第3運転領域A3に対応する制御として、SPCCI燃焼ではなくSI燃焼によって混合気を燃焼させる制御(ステップS22)を実行する。なお、ここでの制御の内容は上述した(3-3)で説明したとおりであるので、詳細な説明はここでは省略する。
【0128】
次に、上記ステップS2でYESと判定された場合、つまりエンジンの現運転ポイントが第1運転領域A1に含まれることが確認された場合の制御について説明する。この場合、ECU100の演算部101は、ステップS3において、エンジンの要求トルク(負荷)および回転速度に基づいて、燃焼室6内の空燃比(A/F)の目標値である目標空燃比を決定する。すなわち、演算部101は、上記ステップS1で算出したエンジンの要求トルクと、クランク角センサSN1により検出されるエンジン回転速度と、
図8に示した目標空燃比のマップとに基づいて、現運転ポイント(回転速度/負荷)に適合する目標空燃比を決定する。
【0129】
次いで、演算部101は、ステップS4において、上記ステップS1で算出されたエンジンの要求トルクに基づいて、インジェクタ15から噴射すべき燃料の噴射量および噴射時期を決定する。なお、ここで決定される燃料の噴射量/噴射時期は、上述した目標SI率および目標θciを実現するためにエンジンの運転条件ごとに予め定められた噴射量/噴射時期である。
図6(a)(b)に示したように、第1運転領域A1では、第1噴射および第2噴射に分けて燃料が噴射され、かつ第1噴射の方が第2噴射よりも噴射量が多くなるように、燃料の噴射量/噴射時期が決定される。
【0130】
また、演算部101は、ステップS5において、上記ステップS3で決定された目標空燃比に基づきスロットル弁32の開度を決定する。すなわち、演算部101は、上記ステップS4で決定された量の燃料が燃焼室6に供給されることを前提に、この燃焼室6に対し上記目標空燃比に相当する量の空気(新気)が導入されるようなスロットル弁32の開度を算出し、これをスロットル弁32の開度目標値として決定する。
【0131】
さらに、演算部101は、ステップS6において、エンジンの要求トルク(負荷)および回転速度に基づきスワール弁18の開度を決定する。すなわち、演算部101は、上記ステップS1で算出したエンジンの要求トルクと、クランク角センサSN1により検出されるエンジン回転速度と、
図9に示したスワール開度のマップとに基づいて、現運転ポイント(回転速度/負荷)に適合するスワール弁18の開度を特定し、これをスワール弁18の開度目標値として決定する。
【0132】
第1運転領域A1での運転中は、以上のような噴射量/噴射時期等の決定と並行して、火花点火やEGR(外部EGR/内部EGR)に関する制御目標値が決定される。すなわち、上記ステップS2でYESと判定されて現運転ポイントが第1運転領域A1に含まれることが確認された場合、演算部101は、ステップS10に移行して、点火プラグ16による先行点火の時期およびエネルギーを決定する。この決定のプロセスは、後述する
図14の制御フローにおいて詳しく説明する。
【0133】
次いで、演算部101は、ステップS11において、上記ステップS1で算出したエンジンの要求トルクに基づいて、目標SI率および目標θciを決定する。上述した(5)で説明したように、第1運転領域A1における目標SI率は、概ね、要求トルクが高い高負荷側ほど小さくなるように(つまり高負荷側ほどCI燃焼の割合が増えるように)決定される。また、この決定された目標SI率に付随して目標θciも決定される。
【0134】
次いで、演算部101は、ステップS12において、上記ステップS11で決定された目標SI率および目標θciに基づいて、点火プラグ16による主点火の時期を決定する。すなわち、演算部101は、目標SI率および目標θciに適合する燃焼を実現するのに必要なSI燃焼の開始時期(
図7に示すθsi)と、このSI燃焼の開始時期θsiから所定の着火遅れ時間(主点火から着火までに要する時間)の分だけ進角させたクランク角を特定し、これを主点火時期の目標値として決定する。なお、主点火は、点火プラグ16の点火回路に含まれるコンデンサの電圧を最大電圧まで高めた上で行われる通常の火花点火である。このため、先行点火のときとは異なり、条件に応じて点火エネルギーを決定することは不要である。
【0135】
次いで、演算部101は、ステップS13において、目標SI率および目標θciを実現するために主点火の時点で必要とされる筒内温度を算出し、これを主点火時点の目標筒内温度として決定する。
【0136】
次いで、演算部101は、ステップS14において、上記ステップS13で算出された主点火時点の目標筒内温度に基づいて、燃焼室6の圧縮が実質的に開始される吸気弁11の閉時期(以下、IVCともいう)において達成すべき筒内温度、つまりIVC時点の目標筒内温度を算出する。このIVC時点の目標筒内温度は、上記主点火時点の目標筒内温度と、IVCから主点火までの間のピストン5の圧縮代から推定される筒内温度の上昇量とに基づいて算出される。
【0137】
次いで、演算部101は、ステップS15において、上記ステップS14で算出されたIVC時点の目標筒内温度に基づいて、EGR弁53の開度および吸・排気弁11,12のバルブタイミングを決定する。すなわち、演算部101は、上記IVC時点の目標筒内温度を実現するのに必要な外部EGR率および内部EGR率を、IVC時点の目標筒内温度と第1吸気温センサSN5による検出温度(つまり新気の温度)との差に基づいて算出する。そして、算出された外部EGR率を実現するのに必要なEGR弁53の開度を算出し、これをEGR弁53の開度目標値として決定するとともに、算出された内部EGR率を実現するのに必要な吸・排気弁11,12のバルブタイミングを算出し、これをバルブタイミングの目標値として決定する。
【0138】
次いで、ECU100の各制御部(噴射制御部102、点火制御部103、スワール制御部104、吸気制御部105、EGR制御部106)は、ステップS16において、上述した各ステップで決定された種々の制御目標値に基づいて、インジェクタ15、点火プラグ16、スワール弁18、スロットル弁32、EGR弁53、および吸・排気VVT13a,14aを駆動する。
【0139】
例えば、噴射制御部102は、上記ステップS4で決定された量の燃料が、決定された時期にてインジェクタ15から噴射されるように、インジェクタ15を制御する。
【0140】
点火制御部103は、先行点火として、上記ステップS10で決定されたエネルギーを有する火花が、決定された時期にて点火プラグ16から発生するように、点火プラグ16を制御する。また、この先行点火に続く主点火として、点火制御部103は、上記ステップS12で決定された時期に点火プラグ16から火花が発生するように、点火プラグ16を制御する。
【0141】
スワール制御部104は、スワール弁18の開度が上記ステップS6で決定されたスワール開度に一致するように、スワール弁18を制御する。
【0142】
吸気制御部105は、スロットル弁32の開度が上記ステップS5で決定されたスロットル開度に一致するように、スロットル弁32を制御する。
【0143】
EGR制御部106は、EGR弁53の開度が上記ステップS15で決定された開度に一致するようにEGR弁53を制御するとともに、同じくステップS15で決定されたバルブタイミングに一致するタイミングで吸・排気弁11,12が開閉されるように、吸・排気VVT13a,14aを制御する。
【0144】
以上のような各制御により、ステップS16では、燃焼室6に噴射された燃料と空気との混合気が先行点火および主点火を受けた後にSPCCI燃焼によって燃焼する。
【0145】
(7)先行点火の時期/エネルギーの決定
次に、上述したステップS10において先行点火の時期およびエネルギーを決定する際の具体的な手順について説明する。
図14は、上記ステップS10の制御の詳細を示すサブルーチンである。この制御がスタートすると、ECU100の演算部101は、ステップS31において、先行点火のエネルギーを決定する。本実施形態では、先行点火のエネルギーはエンジンの運転条件に応じて予め設定されており、演算部101は、現在のエンジンの運転条件に対応した値に先行点火のエネルギーを設定する。
【0146】
例えば、演算部101には、
図15に示すマップが記憶されておりこのマップを用いて先行点火のエネルギーを決定する。
図15のマップは、エンジン回転速度を一定にした場合、詳しくは、エンジン回転速度を第1運転領域A1内の低速、中速、高速のいずれかの回転速度に維持した場合の、エンジン負荷と先行点火のエネルギーとの関係を示している。
図15に示すように、本実施形態では、先行点火のエネルギーは、エンジンの回転速度および負荷(要求トルク)から特定され、概ね、エンジン回転速度および負荷が高いほど大きくなるように設定される。詳細には、エンジン回転速度が一定の条件下では、エンジン負荷が極めて高い領域(第1運転領域A1の上限負荷の近傍)を除いた大部分の負荷域において、負荷が高くなるほど先行点火のエネルギーも高くなる。ただし、エンジン負荷が極めて高い領域では、逆に、負荷が高くなるほど先行点火のエネルギーは低くなる。このような傾向は、エンジン回転速度が低速、中速、高速のいずれに保持された場合でも同様である。
【0147】
本実施形態では、ステップS31において、先行点火のエネルギーは、現時点のエンジン負荷(要求トルク)/回転速度を上記
図15のマップに当てはめることにより、決定される。このとき、マップに規定のない先行点火のエネルギーは、例えば線形補間により求めることができる。すなわち、
図15では、エンジン回転速度が低速、中速、高速のいずれかである場合の先行点火のエネルギーの特性(エンジン負荷と点火エネルギーとの関係)が規定されているが、エンジン回転速度が上記3つの回転速度のいずれでもない場合は、値が近い2つの規定値を用いた線形補間により、先行点火のエネルギーを決定することができる。なお、この線形補間の精度を上げるために、
図15において、上記3つのエンジン回転速度(低速、中速、高速)とは異なる別の回転速度に対応する特性を追加してもよい。
【0148】
次いで、演算部101は、ステップS32において、先行点火の時期の基本値である基本先行点火時期を決定する。
【0149】
図16(a)(b)は、上記ステップS32において基本先行点火時期を決定する際に用いられるベースマップの具体例を示している。本図に示すように、基本先行点火時期は、エンジンの回転速度および負荷(要求トルク)から特定されるものであり、概ね、エンジン回転速度が高いほど遅角側の時期とされて負荷が高いほど進角側の時期とされるように設定されている。なお、
図16(a)(b)の各マップは、いずれも、エンジン回転速度、エンジン負荷、および基本先行点火時期の三者の関係を規定しており、それぞれ同一の関係を表している。このため、
図16(a)(b)のいずれかのマップがあれば足りるが、ここでは理解を容易にするために、横軸を負荷にした場合のマップ(
図16(a))と、横軸を縦軸にした場合のマップ(
図16(b))とを併記している。
【0150】
具体的に、
図16(b)のマップは、エンジン負荷を一定にした場合、詳しくは、エンジン負荷を第1運転領域A1内の低負荷、中負荷、高負荷のいずれかの負荷に維持した場合の、エンジン回転速度と基本先行点火時期との関係を示している。本図に示すように、エンジン負荷が一定の条件下では、エンジン回転速度が高くなるほど基本先行点火時期は遅角側の時期になる。この場合の回転速度と基本先行点火時期との関係は、略正比例の関係、つまり回転速度に応じて1次関数的に基本先行点火時期が遅角側の時期になる関係とされる。このことは、エンジン負荷が低負荷、中負荷、高負荷のいずれに保持された場合でも同様である。
【0151】
また、
図16(a)のマップは、エンジン回転速度を一定にした場合、詳しくは、エンジン回転速度を第1運転領域A1内の低速、中速、高速のいずれかの回転速度に維持した場合の、エンジン負荷と基本先行点火時期との関係を示している。本図に示すように、エンジン負荷が一定の条件下では、エンジン負荷が高くなるほど基本先行点火時期は進角側の時期になる。この場合のエンジン負荷と基本先行点火時期との関係は、略正比例の関係、つまりエンジン負荷に応じて1次関数的に基本先行点火時期が進角側の時期になる関係とされる。このことは、エンジン回転数が低速、中速、高速のいずれに保持された場合でも同様である。
【0152】
上記ステップS32において、基本先行点火時期は、現時点のエンジン負荷(要求トルク)/回転速度を上記
図16(a)(b)の各マップのいずれかに当てはめることにより、決定される。このとき、ステップS31と同様に、マップに規定のない基本先行点火時期は、例えば線形補間により求めることができる。すなわち、
図16(a)では、エンジン回転速度が低速、中速、高速のいずれかである場合の基本先行点火時期の特性(エンジン負荷と基本先行点火時期との関係)が規定されているが、エンジン回転速度が上記3つの回転速度のいずれでもない場合は、値が近い2つの規定値を用いた線形補間により、基本先行点火時期を決定することができる。同様に、
図16(b)では、エンジン負荷が低負荷、中負荷、高負荷のいずれかである場合の基本先行点火時期の特性(エンジン回転速度と基本先行点火時期との関係)が規定されるが、エンジン負荷が上記3つの負荷のいずれでもない場合は、値が近い2つの規定値を用いた線形補間により、基本先行点火時期を決定することができる。なお、この線形補間の精度を上げるために、
図16(a)において、上記3つのエンジン回転速度(低速、中速、高速)とは異なる別の回転速度に対応する特性を追加してもよいし、同様に、
図16(b)において、上記3つのエンジン負荷(低負荷、中負荷、高負荷)とは異なる別の負荷に対応する特性を追加してもよい。
【0153】
ここで、先行点火の目的は、十分に圧縮される前の混合気に火炎伝播を生じさせないようにエネルギーを付与することにより、燃料を改質することである。この目的のためには、先行点火による火花(アーク)の周囲の混合気を850K以上1140K未満の温度にまで上昇させる必要がある。このような温度帯の混合気の層(以下、高温部ともいう)を形成することにより、燃料成分(炭化水素)を開裂させてOHラジカル等の中間生成物を生成することができ、その後の反応性を高めることができる。上記ステップS31で用いられる先行点火のエネルギーのマップおよび上記ステップS32で用いられる基本先行点火時期のマップは、このような先行点火の目的に合致するように、つまり火花の周囲に850K以上1140K未満の高温部が形成されるように予め定められたものである。
【0154】
しかしながら、火炎伝播の生じ易さは、燃焼室6の環境(温度や圧力等)によって変化するので、このことを考慮した上で先行点火の時期を調整する必要がある。もちろん、上記ステップS32で決定される基本先行点火時期は、エンジンの負荷/回転速度に応じて変化する燃焼室6の環境を予め考慮したものであるが、実際のエンジンでは、様々な要因によって燃焼室6の環境が想定よりもずれることが多々ある。そこで、このような変動があっても適切な時期に先行点火が行われるように、以下のステップS33~S37による先行点火の時期の補正が行われる。
【0155】
演算部101は、まずステップS33において、燃焼室6内の混合気の空燃比を推定する。当実施形態では、第1運転領域A1での運転時、インジェクタ15から燃料の噴射量およびスロットル弁32の開度が、
図8に示した目標空燃比を実現し得る値にそれぞれ制御されるが、実際の空燃比は、空気量の変動等に起因して目標空燃比からずれる可能性があるので、実際値に近い正確な空燃比を把握するべく、種々の条件に基づいて混合気の空燃比を推定する。具体的に、演算部101は、筒内圧センサSN3により検出されるIVC時点(吸気弁11の閉時期)での筒内圧力と、IVC以前にエアフローセンサSN4により検出された吸気(新気)の流量と、IVC以前に差圧センサSN9により検出されたEGR弁53の前後差圧と、吸・排気VVT13a,14aにより設定される吸・排気弁11,12のバルブタイミングとを含む各種パラメータに基づいて、燃焼室6に実際に導入される空気(新気)の量を算出する。そして、算出した空気量と、上記ステップS4で決定されたインジェクタ15からの燃料噴射量とに基づいて、空気と燃料との重量比である空燃比(A/F)を算出し、これを燃焼室6内に実際に形成される混合気の空燃比の推定値として決定する。
【0156】
なお、演算部101は、上記ステップS33による空燃比の推定処理と併せて、リニアO2センサSN10を用いた学習処理を常時実行する。すなわち、演算部101は、上記ステップS33で推定された空燃比と、リニアO2センサSN10の検出値から特定される空燃比とを比較し、両者に誤差が生じる場合には、当該誤差が縮小される方向に推定用の演算式を修正する。このような学習処理は、空燃比の推定精度の向上につながる。
【0157】
次いで、演算部101は、ステップS34において、燃焼室6内の混合気の空燃比(A/F)に応じた第1進角量dt1を決定する。この第1進角量dt1は、混合気の空燃比に応じて先行点火の時期を補正するための係数であり、0未満の値から0より大きい値まで変化する。第1進角量dt1が0より大きい(小さい)ことは先行点火の時期が上記基本先行点火時期に対し進角側(遅角側)の時期に補正されることを表している。
【0158】
第1進角量dt1の決定にあたっては、
図17(a)に示すマップが使用される。本図に示すように、第1進角量dt1は、混合気の空燃比が大きいほど(つまり燃料リーンなほど)小さい値に設定される。このことは、空燃比以外の種々の条件が同一である場合に、空燃比が大きいほど先行点火の時期が遅角側の時期にされることを意味する。また、
図17(a)の線図の傾きから理解されるように、空燃比に対する第1進角量dt1の低下率は、空燃比が大きい領域の方が小さい領域よりも小さくなるように設定されている。演算部101は、上記ステップS33で推定された混合気の空燃比をこの
図17(a)のマップに当てはめることにより、現時点の空燃比に適合する第1進角量dt1を決定する。
【0159】
次いで、演算部101は、ステップS35において、エンジン水温に応じた第2進角量dt2を決定する。この第2進角量dt2は、エンジン水温に応じて先行点火の時期を補正するための係数であり、0未満の値から0より大きい値まで変化する。第2進角量dt2が0より大きい(小さい)ことは先行点火の時期が上記基本先行点火時期に対し進角側(遅角側)の時期に補正されることを表している。
【0160】
第2進角量dt2の決定にあたっては、
図17(b)に示すマップが使用される。本図に示すように、第2進角量dt2は、エンジン水温が高いほど大きい値に設定される。このことは、エンジン水温以外の種々の条件が同一である場合に、エンジン水温が高いほど先行点火の時期が進角側の時期にされることを意味する。また、
図17(b)の線図の傾きから理解されるように、エンジン水温に対する第2進角量dt2の増加率は、エンジン水温が低い領域の方が高い領域よりも小さくなるように設定されている。演算部101は、水温センサSN2により検出されたエンジン水温をこの
図17(b)のマップに当てはめることにより、現時点のエンジン水温に適合する第2進角量dt2を決定する。なお、エンジン水温は筒内温度との相関性が高いので、
図17(b)のような態様で第2進角量dt2を決定することは、筒内温度が高いほど先行点火の時期を進角側の時期にすることと等価である。また、ここでいう低下率とは、先行点火の時期が遅角側に変更されるときの変化量をプラスとした場合の値であって、この低下率が大きいほど先行点火の点火時期がより大きく遅角されることを表している。
【0161】
次いで、演算部101は、ステップS36において、IVC時点(吸気弁11の閉時期)の筒内圧力に応じた第3進角量dt3を決定する。この第3進角量dt3は、IVC時点の筒内圧力に応じて先行点火の時期を補正するための係数であり、0未満の値から0より大きい値まで変化する。第3進角量dt3が0より大きい(小さい)ことは先行点火の時期が上記基本先行点火時期に対し進角側(遅角側)の時期に補正されることを表している。
【0162】
第3進角量dt3の決定にあたっては、
図17(c)に示すマップが使用される。本図に示すように、第3進角量dt3は、IVC時点の筒内圧力が高いほど小さい値に設定される。このことは、筒内圧力以外の種々の条件が同一である場合に、IVC時点の筒内圧力が高いほど先行点火の時期が遅角側の時期にされることを意味する。また、
図17(c)の線図の傾きから理解されるように、IVC時点の筒内圧力に対する第3進角量dt3の低下率は、筒内圧力が大きい領域の方が小さい領域よりも小さくなるように設定されている。演算部101は、筒内圧センサSN3により検出されたIVC時点の筒内圧力をこの
図17(c)のマップに当てはめることにより、現時点の筒内圧力に適合する第3進角量dt3を決定する。
【0163】
次いで、演算部101は、上記基本先行点火時期と上記各進角量dt1~dt3とに基づいて先行点火の時期を決定する。すなわち、演算部101は、上記ステップS32で決定された基本先行点火時期に対し、上記ステップS34~S36で決定された第1~第3進角量dt1~dt3をそれぞれ適用する演算を行い、当該演算により得られた値を最終的な先行点火の時期として決定する。このとき、各進角量dt1~dt3は、いずれも同じ重みを有するものとして、これら進角量dt1~dt3を単純に足し合わせてトータルの進角量とし、基本先行点火時期からこの進角量分進角させた時期(トータルの進角量が0未満の場合は、基本先行点火時期からトータルの進角量の絶対値分を遅角させた時期)を先行点火の点火時期とすることも可能であるが、空燃比、エンジン水温(筒内温度)、および筒内圧力の三者がそれぞれ火炎伝播性に与える影響は、相互に異なる可能性がある。この場合、上記三者の影響度の相違を考慮して、それぞれの影響度に応じた異なる重み付けを各進角量dt1~k3に対し与えることが望ましい。例えば、各進角量dt1~dt3にそれぞれ異なる係数をかけて、得られた値を足し合わせ、この合計値分だけ基本先行点火時期から進角させた時期(合計値が0未満の場合は合計値の絶対値分を遅角させた時期)を先行点火の時期としてもよい。なお、この場合、基本先行点火時期に対する補正方向および補正量は、各進角量dt1~dt3の値およびその重み付けに依存するが、少なくとも、第1~第3進角量dt1~dt3がいずれも0より大きければ、先行点火の時期は基本先行点火時期よりも進角側の時期に補正されることになり、逆に、第1~第3進角量dt1~dt3がいずれも0より小さければ、先行点火の時期は基本先行点火時期に対し遅角側の時期に補正されることになる。
【0164】
以上のようにして決定される先行点火の時期は、既に述べたとおり、主点火よりも小さくかつ燃料の改質(OHラジカル等の生成)が起きるような時期、より詳しくは、先行点火による火花(アーク)の周囲に850K以上1140K未満の高温部が形成されるような時期とされる。
【0165】
(8)先行点火/主点火の具体的動作
上述したとおり、当実施形態では、第1運転領域A1での運転時に、エネルギーの小さい先行点火とエネルギーの大きい主点火とが1サイクル中に実行される。このようなエネルギーの異なる2回の火花点火(先行点火および主点火)を点火プラグ16に実行させるため、点火プラグ16は例えば次のように制御される。
【0166】
当実施形態では、1つの気筒2に対し1つの点火プラグ16が設けられ、1つの点火プラグ16には、コイルやコンデンサ等を含むLC回路からなる1つの点火回路が備わっている。このため、点火プラグ16に2回の火花点火を行わせるには、コンデンサの充放電を繰り返す必要がある。
【0167】
図18は、第1運転領域A1で先行点火および主点火が行われるときの点火プラグ16の電気的な状態を燃焼波形と併せて示したタイムチャートであり、(a)はSPCCI燃焼による熱発生率の波形を、(b)は点火プラグ16への通電指令の波形を、(c)は点火プラグ16からの放電電流の波形を、それぞれ示している。
図18(b)において波形W1,W2で示すように、先行点火および主点火の前には、それぞれ点火プラグ16への通電が行われるが、通電時間(いわゆるドエル時間)を比較すると、先行点火のときの通電時間(波形W1)の方が主点火のそれ(波形W2)よりも短い。また、
図18(c)において波形Y1,Y2で示すように、点火プラグ16からの放電(火花の発生)は、点火プラグ16への通電を停止した時点で開始される。このとき、先行点火用の通電時間が主点火用の通電時間よりも短いことから、先行点火のときの放電エネルギー(波形Y1)は、主点火のときの放電エネルギー(波形Y2)よりも小さくなる。このことは、波形Y1の面積が波形Y2の面積よりも小さいことからも理解される。
【0168】
図18の例では、先行点火用の通電(波形W1)により蓄えられたエネルギーが先行点火により全て放出されている。このことは、先行点火の後のコンデンサの電圧が実質ゼロまで低下していることを意味する。このため、主点火のための十分なエネルギーを点火プラグ16に蓄えるには、主点火用の通電(波形W2)の際に、コンデンサの電圧がゼロから最大電圧まで上昇するように通電を比較的長く継続する必要がある。一方、小さいエネルギーしか要しない先行点火では、コンデンサの電圧が最大電圧に達するよりも前に通電を停止することができる。先行点火用の通電時間が主点火用の通電時間よりも短いのはこのためである。
【0169】
ここで、少なくとも先行点火は、それ以前に蓄えたエネルギーを全て放出するものである必要はなく、蓄えたエネルギーの一部だけを放出するものであってもよい。すなわち、点火プラグ16からの放電中に点火プラグ16への通電を再開すれば、その時点で放電は停止されるので、本来必要なエネルギーよりも大きいエネルギーを通電により蓄えた上で、放電の途中で通電を再開する(それによって放電を停止させる)ことにより、蓄えたエネルギーの一部だけを点火プラグ16から放出させるようにしてもよい。この方法による先行点火を実施した場合には、主点火用の通電時間を短くできるので、先行点火から主点火までの間隔が比較的短いケースにおいて有効である。
【0170】
(9)作用効果
以上説明したように、当実施形態では、SPCCI燃焼が行われる第1運転領域A1において、圧縮行程後期または膨張行程初期に火花を発生させてSI燃焼を開始させる主点火と、主点火よりも早くかつ燃料の噴射よりも遅いタイミングで火花を発生させる先行点火とが実行される。このような構成によれば、燃焼速度が速く熱効率に優れたSPCCI燃焼を実現できるという利点がある。
【0171】
すなわち、上記実施形態では、主点火よりも早いタイミングで先行点火が実行されて、この先行点火による火花(アーク)の周囲に850K以上1140K未満の高温部が形成されるので、先行点火により混合気の火炎伝播を生じさせることなく、CI燃焼時の熱効率が高くなるように燃料を改質することができる。詳しくは、上記温度帯までの加熱により燃料成分(炭化水素)を開裂させて過酸化水素(H2O2)やホルムアルデヒド(CH2O)を生成し、これらの成分から生じるOHラジカルを生成することができる。OHラジカルは、酸化作用が強く反応性が高いので、このようなOHラジカルを含む中間生成物が先行点火後の燃焼室6に生成されることにより、燃料成分が自発的に化学反応する現象であるCI燃焼の燃焼速度を速めることができ、熱効率を向上させることができる。
【0172】
図19は、本願発明者が行った数値シミュレーションから得られた、混合気の温度と中間生成物の生成量との関係を示すグラフである。このグラフに示すように、中間生成物の生成量は、総じて混合気の温度が高いほど多くなる。グラフの縦軸に表記された閾値αは、有意な効果を得るのに必要な中間生成物の生成量を表しており、この閾値α以上の中間生物が燃焼室に存在すれば燃焼速度に有意な差が生じることを表している。グラフより、閾値α以上の中間生成物を得る(つまり燃焼を有意なレベルで高速化する)には、混合気の温度を少なくとも850Kまで上昇させる必要がある。中間生成物の量は、混合気の温度が850Kを超えて以降も増加するが、温度が1140Kに達すると急激に(ほぼ垂直に)低下する。これは、混合気の温度が1140Kに達すると混合気が燃焼して火炎が発生し(つまり熱炎反応が起き)、中間生成物がほとんど消費されてしまうからと考えられる。
【0173】
これに対し、上記実施形態では、先行点火のエネルギーおよび時期が、火花(アーク)の周囲に850K以上1140K未満の高温部が形成されるようなエネルギーおよび時期に調整されるので、この先行点火によって反応性の高いOHラジカルを含む中間生成物を確実に生成することができ、CI燃焼の燃焼速度を速めて熱効率を向上させることができる。
図18(a)には、このように適切なエネルギーおよび時期に調整された先行点火を実行した場合の熱発生率の波形(実線)が、先行点火を実行しなかった場合の熱発生率の波形(破線)と比較する形で示されている。これら2つの燃焼波形の比較からも明らかなように、先行点火を実行したときの方が、先行点火を実行しなかった場合よりも、CI燃焼が開始されて以降の(点X’より遅角側での)熱発生率の立ち上がりが急になっており、CI燃焼の燃焼速度が速くなっていることが分かる。なお、先行点火により生成された中間生成物は、CI燃焼よりも前のSI燃焼によってその一部が消費されるが、SI燃焼の開始時点では既に燃焼室6の広い範囲に中間生成物が分散しており、SI燃焼の領域の外側にも中間生成物は残存しているので、この残存した中間生成物の作用によりCI燃焼の高速化は支障なく達成される。
【0174】
ここで、上記のように先行点火によって燃料を改質する(火炎伝播を生じさせることなくOHラジカル等の中間生成物を生成する)には、気筒2内の種々の環境に応じて先行点火の時期を適正に調整する必要がある。この点について本願発明者が鋭意研究したところ、次のような知見が得られた。
【0175】
・筒内圧力を変化させたとき、詳しくは、筒内圧力以外のパラメータを一定に維持しつつ筒内圧力のみを変化させたとき、火炎伝播が生じる点火時期の限界時期は、筒内圧力が高いほど遅角側の時期になる。
【0176】
・筒内温度を変化させたとき、詳しくは、筒内温度以外のパラメータを一定に維持しつつ筒内温度のみを変化させたとき、火炎伝播が生じる点火時期の限界時期は、筒内温度が低いほど遅角側の時期になる。
【0177】
・燃焼室6内の燃料濃度を変化させたとき、詳しくは、燃料濃度以外のパラメータを一定に維持しつつ燃料濃度のみを変化させたとき、火炎伝播が生じる点火時期の限界時期の下限値は、燃料濃度が薄いほど遅角側の時期になる。
【0178】
・燃焼室6内を流動するガス(空気およびEGRガス)の流速を変化させたとき、詳しくは、流速以外のパラメータを一定に維持しつつ流速のみを変化させたとき、火炎伝播が生じる点火時期の限界時期は、流速が速いほど遅角側の時期になる。
【0179】
上記実施形態で説明した先行点火の時期の決定方法(
図14、
図16、
図17)は、上記のような知見に基づき案出されたものであって、この方法によれば、先行点火による火炎伝播の発生を回避しつつ確実に燃料の改質を図ることができる。
【0180】
すなわち、上記実施形態では、筒内圧センサSN3により検出されるIVC時点の筒内圧力が高いほど、先行点火の時期が遅角側の時期にされるので(
図17(c)参照)、筒内圧力が低く火炎伝播が生じ易くなるときは点火時期を進角側の時期にし、筒内圧力が高く火炎伝播が生じ難くなるときは点火時期を遅角側の時期にすることにより、火炎伝播性の相違に応じた適切な時期に先行点火により混合気にエネルギーを付与することができる。これにより、混合気の火炎伝播が生じない範囲で、混合気が十分に改質されるような適切な温度帯の高温部(つまり850K以上1140K未満の高温部)を火花の周囲に形成することができ、CI燃焼の高速化に寄与する中間生成物を確実に生成することができる。
【0181】
同様の趣旨により、上記実施形態では、水温センサSN2により検出されるエンジン水温が高いほど、言い換えると筒内温度が高くなる条件であるほど、先行点火の時期が進角側の時期にされる(
図17(b)参照)。また、複数のセンサSN3,SN4,SN9の検出値等から推定される混合気の空燃比が大きいほど、言い換えると燃焼室6内の燃料濃度が薄くなる条件であるほど、先行点火の時期が遅角側の時期にされる(
図17(a)参照)。さらに、クランク角センサSN1により検出されるエンジン回転速度が高いほど、言い換えると燃焼室6内の流速が速くなる条件であるほど、先行点火の時期が遅角側の時期にされる(
図16(b)参照)。これらの構成により、やはり燃料を十分に改質してCI燃焼の高速化を図ることができる。
【0182】
ここで、火炎伝播が生じる点火時期の限界時期(以下、単に限界時期ともいう)と筒内圧力との関係については、筒内圧力に対する当該限界時期の変化率が、筒内圧力が低い領域の方が高い領域よりも大きくなることが分かっている。このような事情を反映して、上記実施形態では、
図17(c)に示すように、筒内圧力に対する先行点火の点火時期の変化率が、筒内圧力が低い領域の方が高い領域よりも大きくなるように設定されている。これにより、上記のような限界時期の変化特性に合わせた適切な時期に先行点火を実施することができ、燃料を十分に改質してCI燃焼の高速化を図ることができる。
【0183】
同様の理由により、上記実施形態では、エンジン水温に対する先行点火の時期の変化率が、エンジン水温が高い領域の方が低い領域よりも大きくなるように設定され(
図17(b)参照)、空燃比(A/F)に対する先行点火の時期の変化率が、空燃比が大きい領域の方が小さい領域よりも小さくなるように設定され(
図17(a)参照)、エンジン回転速度に対する先行点火の時期の変化率が、エンジン回転速度とほぼ正比例の関係になるように設定されている(
図16(b)参照)。これらの特性は、筒内温度、燃料濃度、および流速に対する上記限界時期(火炎伝播が生じる点火時期の限界時期)の変化について予め調べられた特性に基づいて設定されたものであり、当該特性に従って先行点火の時期を調整することにより、燃料を十分に改質してCI燃焼の高速化を図ることができる。
【0184】
また、上記実施形態では、先行点火の時期が圧縮行程前期または中期に設定されるので、吸気行程中に燃料が噴射された後で、かつ圧縮上死点から十分に進角されたタイミングで先行点火を実行することができる。これにより、先行点火によって意図せず火炎伝播が発生するのを防止しながら、噴射後の燃料を先行点火により確実に改質してCI燃焼の高速化を図ることができる。
【0185】
また、上記実施形態では、第1運転領域A1での運転時に、スワール比が1.5以上確保されるような開度までスワール弁18が閉じられるので、先行点火により生成された中間生成物をスワール流によって短時間のうちに燃焼室6の広い範囲に分散させることができる。そして、この分散した中間生成物を利用して、燃焼室6の各所で同時多発的に開始されるCI燃焼の燃焼速度を効果的に速めることができる。
【0186】
また、上記実施形態では、SPCCI燃焼の実行時(第1・第2運転領域A1,A2での運転時)に、1サイクル中の全熱発生量に対するSI燃焼による熱発生量の割合であるSI率が、エンジンの運転条件に応じて予め定められた目標SI率に一致するように、点火プラグ16による主点火の時期が調整されるので、例えば燃焼騒音が過大にならない範囲でできるだけCI燃焼の割合を増やす(つまりSI率を低くする)ことができる。このことは、先行点火による燃料の改質による効果(CI燃焼の高速化)と相俟って、SPCCI燃焼による熱効率を可及的に高めることにつながる。
【0187】
ここで、主点火よりも前に実行される先行点火は、OHラジカルを含む中間生成物を生成する(それによってCI燃焼の燃焼速度を速める)働きをするだけなので、たとえ先行点火のエネルギーや時期が変化しても、SI率もしくはCI燃焼の開始時期(θci)は特に影響を受けない。このことは、目標SI率を達成するための主点火の時期を、先行点火のエネルギーや時期とは独立して一義的に特定できることを意味する。すなわち、上記実施形態によれば、十分な中間生成物が生成されるように先行点火を行いつつ、目標SI率を実現するための主点火の時期を高い精度で特定することができる。
【0188】
また、上記実施形態では、上記先行点火および主点火が実行される運転領域が、SPCCI燃焼の実行領域(第1・第2運転領域A1,A2)における低負荷側の一部、つまり第1運転領域A1のみに限定されており、高負荷側の第2運転領域A2では先行点火が実行されないので、先行点火によるCI燃焼の高速化によって異常燃焼が引き起こされるのを有効に回避することができる。すなわち、高負荷側の第2運転領域A2において、仮に先行点火を行ってOHラジカル等の中間生成物を生成したとすると、CI燃焼の燃焼速度が速くなり過ぎて、ノッキング等の異常燃焼が起きる可能性が高くなる。これに対し、上記実施形態では、高負荷側の第2運転領域A2での先行点火が禁止されるので、ノッキング等の異常燃焼を有効に回避することができる。
【0189】
なお、第2運転領域A2で先行点火を行った場合でも、例えば主点火の時期をリタードさせれば、異常燃焼を回避することはできる。しかしながら、主点火のリタードはトルクの低下につながるので、これを補うために燃料噴射量を増やす必要が生じ、結局は先行点火による効果(CI燃焼の高速化による燃費改善効果)が相殺されてしまう。このように、第2運転領域A2で先行点火を禁止することは、制御を簡素化しつつ同等の結果を得ることにつながるので、第2運転領域A2ではやはり先行点火を禁止した方が望ましい。
【0190】
また、上記実施形態では、少なくともエンジンの温間時における第1運転領域A1での運転時に、燃焼室6内の空気と燃料との割合である空燃比(A/F)が理論空燃比よりも大きくなるA/Fリーン環境を形成しつつSPCCI燃焼を行わせる制御が実行されるので、先行点火によるCI燃焼の高速化(それによる熱効率の向上)を図りながら、混合気の燃焼温度を低く抑えることができ、燃焼に伴うNOxの発生量を効果的に抑制することができる。
【0191】
また、上記実施形態では、先行点火および主点火が行われる第1運転領域A1において、先行点火よりも前のタイミングで(吸気行程中に)第1噴射および第2噴射の2回に分けてインジェクタ15から燃料が噴射されるので、第1噴射および第2噴射による燃料の噴射量/噴射時期をエンジンの運転条件に応じて設定することにより、各運転条件において適切なSPCCI燃焼が実現されるように燃焼室6内の混合気の成層度合(もしくは均質度合)を調整することができる。
【0192】
例えば、第1運転領域A1における低負荷側の運転ポイントP1では、第2噴射の時期が相対的に遅角され(
図6(a)参照)、第1運転領域A1における高負荷側の運転ポイントP2では、第2噴射の時期が相対的に進角されるので(
図6(b)参照)、着火性およびエミッション性の双方を考慮した適切な混合気を燃焼室6内に形成することができる。すなわち、負荷が低く1サイクル中の燃料の噴射量が少ない条件のときに第2噴射の時期が遅角されるので、燃焼室6の中央部の燃料濃度が濃くなるように混合気を成層化することができ、低負荷側での着火性を改善することができる。また、負荷が高く燃料の噴射量が多い条件のときに第2噴射の時期が進角されるので、局所的に過度にリッチな混合気が形成されないように混合気を均質化することができ、エミッション性能を良好にすることができる。
【0193】
ただし、第1運転領域A1では、負荷の高低にかかわらず(運転ポイントP1,P2のいずれであっても)、第1噴射による燃料の噴射量の方が第2噴射による燃料の噴射量よりも多くされる。これにより、燃料が過度に成層化されることがなく、良好なエミッション性能を確保することができる。
【0194】
(10)変形例
上記実施形態では、先行点火の時期の基本値である基本先行点火時期を
図16(a)(b)のベースマップを用いてエンジン負荷/回転速度から特定するとともに、特定した基本先行点火時期を
図17(a)~(c)のマップに基づく進角量dt1~dt3を用いて補正し、補正後の値を最終的な先行点火の時期として決定するようにしたが、先行点火の時期を決定する方法はこれに限られない。
【0195】
例えば、
図20に示すように、エンジン回転速度およびスワール開度から推定される燃焼室6内の流速と、燃焼室6内の混合気の空燃比(A/F)と、エンジン水温と、IVC時点での筒内圧力とを入力要素とし、先行点火の時期を出力要素とする所定の演算式を用いて、先行点火の時期を決定するようにしてもよい。この場合の演算式は、火炎伝播が生じ易い条件であるほど点火時期が進角側の時期となるように予め設定すればよく、このような演算式を用いることで、
図16および
図17の各マップを用いた上記実施形態と同様の傾向をもった点火時期を決定することができる。なお、
図20のように演算式を用いる例において、エンジン回転速度としてはクランク角センサSN1による検出値を用いることができ、スワール開度は
図9に示したスワール開度のマップから特定した値を用いることができ、混合気の空燃比は
図14のステップS33と同様の方法で推定した値を用いることができ、エンジン水温は水温センサSN2による検出値を用いることができ、筒内圧力は筒内圧センサSN3による検出値を用いることができる。
【0196】
また、上記実施形態では、第1噴射および第2噴射による燃料噴射が完了した後、圧縮行程前期または中期に先行点火を実行するようにしたが、先行点火の時期は燃焼室6に燃料が存在するタイミングであればよく、例えば吸気行程中に先行点火を実行してもよい。さらに、先行点火の回数は1サイクル中に1回とは限られず、2回以上に増やしてもよい。
【0197】
例えば、
図21(a)に示すように、第1噴射および第2噴射による燃料噴射が完了した後、圧縮行程の前期から中期にかけて2回の先行点火を実行してもよいし、
図21(b)に示すように、第1の噴射から第2噴射までの間に1回目の先行点火を実行し、かつ第2噴射が完了した後に2回目の先行点火を実行してもよい。このときは、各先行点火の点火時期をそれぞれ上記で説明したように筒内温度、筒内圧力、燃焼室6内の燃料濃度、燃焼室6内のガスの流速に応じて設定すればよい。
【0198】
ただし、先行点火の回数は3回以下とすることが望ましい。このことを
図22を用いて説明する。
図22は、先行点火の回数と燃料消費率(g/kWh)の改善代との関係を示すグラフである。本図に示すように、先行点火を1回行えば燃料消費率は十分に改善するが、先行点火の回数を2回、3回と増やしていけば、少しずつではあるが燃料消費率はさらに改善する。しかしながら、先行点火の回数を3回から4回に増やしても、燃料消費率の値は実質同一である。このように、先行点火の回数を4回以上に増やしてもほとんど効果が得られないことから、先行点火の回数は3回以下とすることが望ましい。
【0199】
また、上記実施形態では、IVC時点の筒内圧力を筒内圧センサSN3により検出し、検出した筒内圧力に用いて先行点火の時期を決定したが、IVC時点の筒内圧力を特定する方法はセンサにより直接検出する方法に限られない。例えば、値が大きいほど筒内圧力が高くなる所定のパラメータに基づいてIVC時点の筒内圧力を推定してもよい。この場合のパラメータは、例えば、吸気通路30を流通する吸気の流量、スロットル弁32の開度、EGR通路51を流通するEGRガスの流量、エンジン負荷、アクセル開度、の少なくとも1つ以上とすることができる。
【0200】
また、上記実施形態では、筒内温度を代表する値であるエンジンの冷却水の温度を水温センサSN2により検出し、検出したエンジン水温を用いて先行点火の時期を決定したが、例えば、値が大きいほど筒内圧力が高くなる所定のパラメータに基づいて、1サイクル中の特定の時点の筒内温度を演算により推定してもよい。この場合のパラメータは、例えば、エンジンの冷却水の温度(水温)、エンジンの潤滑油の温度(油温)、吸気通路30を流通する吸気の温度、排気通路40を流通する排気ガスの温度、エンジン負荷、アクセル開度、の少なくとも1つ以上とすることができる。
【0201】
また、上記実施形態では、エンジンが温間状態にあり、かつ負荷および回転速度が低い第1運転領域A1でエンジンが運転されているときに、燃焼室6内の空気と燃料との重量比である空燃比(A/F)が理論空燃比(14.7)よりも大きくなるA/Fリーン環境、詳しくは空燃比が20超35未満になる環境を形成しつつ、混合気をSPCCI燃焼させる制御を実行したが、第1運転領域A1でSPCCI燃焼を実行するときの筒内環境はこれに限られない。例えば、理論空燃比相当の空気(新気)に加えてEGRガスとを燃焼室6に導入することにより、空燃比(A/F)が理論空燃比に略一致しかつ燃焼室6内の全ガスと燃料との重量比であるガス空燃比(G/F)が理論空燃比よりも大きくなるG/Fリーン環境を形成し、その状態でSPCCI燃焼を実行するようにしてもよい。なお、このようにG/Fリーン環境下でSPCCI燃焼を実行する場合におけるガス空燃比(G/F)の値は、18超50未満とすることが好ましい。また、同じ第1運転領域A1でSPCCI燃焼を実行する場合に、着火性が確保され易いエンジンの温間時はA/Fリーン環境を形成し、これより温度が低い条件(例えば準温間時)ではG/Fリーン環境を形成するというように、温度条件に応じて2種類の環境を使い分けるようにしてもよい。
【0202】
また、上記実施形態では、SPCCI燃焼による全熱発生量に対するSI燃焼による熱発生量の割合であるSI率を、
図7の燃焼波形における面積R1,R2を用いて、R1/(R1+R2)と定義し、このSI率が予め定められた目標SI率に一致するように主点火の時期を調整するようにしたが、SI率を定義する方法は他にも種々考えられる。
【0203】
例えば、SI率=R1/R2としてもよい。さらに、
図23に示すΔθ1、Δθ2を用いてSI率を定義してもよい。すなわち、SI燃焼のクランク角期間(変曲点点X2よりも進角側の燃焼期間)をΔθ1、CI燃焼のクランク角期間(変曲点X2よりも遅角側の燃焼期間)をΔθ2としたときに、SI率=Δθ1/(Δθ1+Δθ2)、もしくはSI率=Δθ1/Δθ2としてもよい。もしくは、SI燃焼の熱発生率のピークをΔH1、CI燃焼の熱発生率のピークをΔH2としたときに、SI率=ΔH1/(ΔH1+ΔH2)、もしくはSI率=ΔH1/ΔH2としてもよい。
【0204】
また、上記実施形態では、先行点火のエネルギーをエンジン回転速度とエンジン負荷とに応じて設定した場合について説明したが、先行点火のエネルギーをエンジンの運転条件によらず一定として、先行点火の時期の調整のみで火花の周囲に850K以上1140K未満の高温部が形成されるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0205】
2 気筒
13a 吸気VVT(温度調整デバイス)
14a 排気VVT(温度調整デバイス)
15 インジェクタ
16 点火プラグ
18 スワール弁
30 吸気通路
32 スロットル弁
40 排気通路
53 EGR弁(温度調整デバイス)
100 ECU(コントローラ)
101 演算部(設定部、点火時期設定部)
102 噴射制御部
103 点火制御部(第1点火制御部、第2点火制御部)
106 EGR制御部(筒内温度調整部)
SN3 筒内圧センサ(筒内圧力特定部、筒内圧力関連値センサ)