(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-15
(45)【発行日】2022-02-24
(54)【発明の名称】培養上皮シートの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20220216BHJP
C12N 5/074 20100101ALI20220216BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20220216BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20220216BHJP
【FI】
C12N5/071 ZNA
C12N5/074
C12N1/00 F
C12N15/12
(21)【出願番号】P 2018513195
(86)(22)【出願日】2017-04-19
(86)【国際出願番号】 JP2017015704
(87)【国際公開番号】W WO2017183655
(87)【国際公開日】2017-10-26
【審査請求日】2020-04-07
(31)【優先権主張番号】P 2016084471
(32)【優先日】2016-04-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(73)【特許権者】
【識別番号】300061835
【氏名又は名称】公益財団法人神戸医療産業都市推進機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中村 隆宏
(72)【発明者】
【氏名】木下 茂
(72)【発明者】
【氏名】横尾 誠一
(72)【発明者】
【氏名】山上 聡
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-046058(JP,A)
【文献】特開2005-229869(JP,A)
【文献】特開2010-022327(JP,A)
【文献】特開2015-155400(JP,A)
【文献】国際公開第2015/016371(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/068505(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/021706(WO,A1)
【文献】特開平08-243156(JP,A)
【文献】KINOSHITA, Shigeru and NAKAMURA Takahiro,Development of Cultivated Mucosal Epithelial Sheet Transplantation for Ocular Surface Reconstruction,Artificial Organs,2004年,vol. 28, no. 1,page. 22-27
【文献】YOKOO, Seiichi et al.,Human Coneal epithelial equivalents for Ocular Surface Reconstruction in a Complete Serum-Free Culture System without Unknown Factors,Investigative Ophthalmology & Visual Science,2008年06月,vol. 49, no. 6,page. 2438-2443
【文献】MIYASHITA, Hideyuki et al.,Long-Term Maintenance of Limbal Epithelial Progenitor Cells Using Rho Kinase Inhibitor and Keratinocyte Growth Factor,Stem Cells Translational Medicine,2013年,vol. 2,page. 758-765
【文献】ILMARINEN, Tanja et al.,Towards a defined, serum- and feeder-free culture of stratified human oral mucosal epithelium for ocular surface reconstruction,ACTA OPHTHALMOLOGICA,2013年,vol. 91,p. 744-750,全体
【文献】横尾誠一,基礎研究と臨床とのつながり 再生医療 角膜上皮培養法の進歩,臨床眼科,vol. 66, no. 11,2012年,p. 331-334,全体
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-28
C12Q
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS/CAPLUS/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
口腔粘膜上皮細胞由来の細胞を、無血清培地中、基材上で培養する工程を含む、上皮幹細胞マーカー、増殖細胞マーカー及び角膜上皮細胞マーカーであるケラチン12を発現し、かつ、幹細胞としての特性を維持している細胞が存在している上皮細胞シートの製造方法であって、前記無血清培地が
(i)EGFタンパク
質、
(ii)B-27サプリメント
、
(iii)ROCK阻害剤
、
(v)カテキン類
、
(iv)多糖類、
及び
(vi)コルチコイド
を含む無血清培地である、方法。
【請求項2】
請求項
1に記載の方法により得られる、上皮幹細胞マーカー、増殖細胞マーカー及び角膜上皮細胞マーカーであるケラチン12を発現し、かつ、幹細胞としての特性を維持している細胞が存在している上皮細胞シート。
【請求項3】
(i)EGFタンパク
質、
(ii)B-27サプリメント
、
(iii)ROCK阻害剤
、
(v)カテキン類
、
(iv)多糖類、
及び
(vi)コルチコイド
を含む、口腔粘膜上皮細胞由来の細胞を材料として、上皮幹細胞マーカー、増殖細胞マーカー及び角膜上皮細胞マーカーであるケラチン12を発現し、かつ、幹細胞としての特性を維持している細胞が存在している上皮細胞シートの製造するための無血清培地。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に、培養上皮シートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
角膜再生医療に用いる培養上皮シート(cultivated oral mucosal epithelialcell sheets(COMECS))の作成方法が報告されている(特許文献1、非特許文献1~3)。該方法で得られる培養上皮シートは、難治性角結膜疾患の治療に活用され、高い治療実績が得られている。我が国においては、「培養自家口腔粘膜上皮シート移植術」(Cultivated Oral Mucosal Epithelial Sheet Transplantation (COMET))が先進医療として実施されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Nakamura T, Endo K, Cooper LJ et al. Investigative ophthalmology & visual science 2003; 44:106-116.
【文献】Nakamura T, Inatomi T, Sotozono C et al. The British journal of ophthalmology 2004; 88:1280-1284.
【文献】Nakamura T, Takeda K, Inatomi T et al. The British journal of ophthalmology 2011; 95:942-946.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来から知られている培養上皮作成方法では、マウス由来の3T3フィーダー細胞及びウシ胎児血清を使用している。しかしながら、安全性及び倫理面への配慮の観点から、培養系から異種由来物質の除去が必要である。そこで、本発明者はフィーダー細胞及び血清を用いない培養方法(培養技術)の開発を試みた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討を行ったところ、驚くべきことに、(i)EGFタンパク質またはKGFタンパク質、(ii)B-27サプリメント、及び(iii)ROCK阻害剤を含む無血清培地を使用することで、上記課題を解決することができることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいてさらに検討を重ねることにより完成したものである。
【0007】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を包含する。
【0008】
項1、口腔粘膜上皮細胞由来の細胞を、無血清培地中、基材上で培養する工程を含む上皮細胞シートの製造方法であって、前記無血清培地が
(i)EGFタンパク質またはKGFタンパク質、
(ii)B-27サプリメント、及び
(iii)ROCK阻害剤
を含む無血清培地である、方法。
【0009】
項2、上記培地が、
(iv)多糖類、
(v)カテキン類、及び
(vi)コルチコイド
からなる群から選択される少なくとも1種をさらに含む請求項1に記載の方法。
【0010】
項3、請求項1または2に記載の方法により得られる上皮細胞シート。
【0011】
項4(i)EGFタンパク質またはKGFタンパク質、
(ii)B-27サプリメント、及び
(iii)ROCK阻害剤
を含む、口腔粘膜上皮細胞由来の細胞を材料として上皮細胞シートの製造するための無血清培地。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、フィーダー細胞及び血清を用いない培養方法が提供される。また、本発明により提供される培養上皮シートは、難治性角結膜疾患の治療に用いるために優れた性質を有する。このような本発明により、難治性角結膜疾患の治療技術のさらなる向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】COMECS(cultivated oral mucosal epithelial cell sheet)の位相差顕微鏡像及び組織学検査の結果を示す。(A-C)培養7日目の位相差顕微鏡像、(D-F)HE(hematoxylin and eosin)染色したCOMECSの断面を明視野顕微鏡像:アスタリスクはdenuded amniotic membrane.を示す、(G-I)培養条件の模式図。バー:100μm。
【
図2】コロニー形成効率の評価結果を示す。(A-D)Control及びFFSF培養による口腔粘膜上皮細胞のコロニー形成プレートの代表例及び位相差顕微鏡像。(E)コロニー形成効率の測定結果。(F)細胞数の測定結果。
【
図3】Control COMECS及びFFSF COMECSの形態学的及び細胞生物学的特徴。(A-F)透過電子顕微鏡像;(G-V)抗体染色像、核はPI(propidium iodide)で染色した。バー:50μm。
【
図4】FFSF COMECSにおける角膜特異的マーカーの発現解析の結果を示す。(A)PCR結果;(B-F)K12の抗体染色の結果、propidium iodide(PI)との共染色:(B)生体内(in vivo)のヒト口腔粘膜上皮(human oral mucosa(HO))、(C)生体内(in vivo)のヒト角膜上皮(human cornea(HC))、(D)Control COMECS、(E)培養角膜上皮細胞シート、(F)FFSF COMECS。バー:50μm。
【
図5】クローナル解析(clonal analysis)の結果を示す。(A)Holoclone型のOriginal clone、(B)Meroclone型のOriginal clone、(C)Paraclone型のOriginal clone。(D)Holoclone型のIndicator dish、(E)Meroclone型のIndicator dish、(F)Paraclone型のIndicator dish。(G)Holoclone型のp75の免疫染色、(H)Meroclone型のp75の免疫染色、(I)Paraclone型のp75の免疫染色。
【
図6】COMECの異種移植の結果を示す。(A、D)フルオレセイン未処理及び処理の、移植前のウサギ眼のスリットランプ写真、(B、E)フルオレセイン未処理及び処理の、移植後7日目のウサギ眼のスリットランプ写真、(C、F)フルオレセイン未処理及び処理の、移植後14日目のウサギ眼のスリットランプ写真。(G)移植領域における抗ヒト核抗体染色。(H、I)HE染色。(J)desmoplakin、(K)Collagen 7、(L)Keratin 3(K3)、(M)Keratin 12(K12)、(N)Ki76、(O)p76について抗体染色。核はpropidium iodideで共染色した。バー:100μm。
【
図7】FFSF COMECSの遺伝子発現プロファイルを主成分分析(Principal component analysis(PCA))により示す。
【
図8】
図3G-Vの白黒反転像。抗体染色像(Marker)及び核(PI(propidium iodide)染色像を別個に示す。
【
図9】
図4B-Fの白黒反転像。K12の抗体染色像及び核(PI(propidium iodide)染色像を別個に示す。
【
図10】
図5G-Iの白黒反転像。p75の抗体染色像及び核(PI(propidium iodide)染色像を別個に示す。
【
図12】
図6J-Oの白黒反転像。抗体染色像(Marker)及び核(PI(propidium iodide)染色像を別個に示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の無血清培地は、
(i)EGFタンパク質またはKGFタンパク質、
(ii)B-27サプリメント、及び
(iii)ROCK阻害剤
を含むことを特徴とする。
【0015】
本発明で用いられている無血清培地の基礎培地としては、公知の無血清培地、特に幹細胞の培養に用いるための無血清培地を使用することができる。具体的には、MEM培地(Minimum Essential Medium)、DMEM(Dulbecco's modified Eagle's medium)、ハムF12培地(Ham's F12 medium)、BME培地(Basal Medium Eagle)、IMDM培地(Iscove's Modified Dulbecco's Medium)、RPMI培地(Roswell Park Memorial Institute medium)、Defined Keratinocyte-SFM(Defined Keratinocyte Serum Free Medium)など、及びこれらの混合培地が挙げられる。
【0016】
増殖因子であるEGF(epidermal growth factor)タンパク質またはKGF(keratinocyte growth factor)タンパク質は、いずれも公知のタンパク質である。異種由来物質を用いないとの観点から、ヒト由来であることが好ましい。EGFタンパク質またはKGFタンパク質としては、組み換えタンパク質(リコンビナントタンパク質)を使用することができる。
【0017】
EGF(epidermal growth factor)タンパク質またはKGF(keratinocyte growth factor)タンパク質の配合量は、終濃度で、1~100 ng/ml程度、好ましくは2~50 ng/ml程度、より好ましくは5~20 ng/ml程度とすることができる。
【0018】
B-27(商標)サプリメントは、公知の無血清サプリメントであり、市販品を使用することができる。B-27サプリメントは、例えば、神経細胞の培養及び維持に使用する培地に添加する用途が知られている。B-27サプリメントは、ビオチン、L-カルニチン、コルチコステロン、エタノールアミン、D(+)ガラクトース、還元型グルタチオン、リノール酸、リノレン酸、プロゲステロン、プトレッシン、レチニル酢酸、セレン、トリオド-l-チロミン、ビタミンE、ビタミンE酢酸塩、ウシアルブミン、カタラーゼ、インスリン、スーパーオキシドジスムターゼ、及びトランスフェリンを含む。
【0019】
B-27(商標)サプリメントの配合量は、終濃度で、0.2~20%(w/v)程度、好ましくは0.5~10%(w/v)程度、より好ましくは1~5%(w/v)程度とすることができる。
【0020】
ROCK阻害剤は、Rho結合キナーゼ(ROCK)の機能を特異的に阻害する化合物であれば特に限定されない。例えば、Y27632((R)-(+)- trans-N-(4-pyridyl)-4-(1-aminoethyl)-cyclohexanecarboxamide)、Y39983((R)-(+)-N-(4-1H-pyrrolo[2,3-b] pyridin-yl)-4-(1-aminoethyl)-benzamide)、塩酸ファスジル(1-(5-Isoquinolinesulfonyl)homopiperazine Hydrochloride)などがあげられる。
【0021】
ROCK阻害剤の配合量は、終濃度で、1~100μM/L程度、好ましくは2~50μM/L程度、より好ましくは5~20μM/L程度とすることができる。
【0022】
本発明の無血清培地は、さらにカテキン類を含むことができる。カテキン類としては、カテキン、エピカテキン、ガロカテキン、エピガロカテキン、没食子酸エピカテキン、没食子酸エピガロカテキンなどが挙げられる。中でも、没食子酸エピガロカテキン(epigallocatechine gallate)が好ましい。配合量は、終濃度で、0.5~100 ng/ml程度、好ましくは1~50 ng/ml程度、より好ましくは2~20 ng/ml程度とすることができる。
【0023】
本発明の無血清培地は、さらに多糖類を含むことができる。多糖類としては、デキストラン、セルロース、マンナン、スターチ、アガロースなどが挙げられる。中でも、デキストラン(例えば、平均分子量約40,000のDextran 40)が好ましい。配合量は、終濃度で、0.1~20%(w/v)程度、好ましくは0.2~10%(w/v)程度、0.5~5%(w/v)程度とすることができる。
【0024】
本発明の無血清培地は、さらにコルチコイドを含むことができる。コルチコイドとしては、コルチゾン、ヒドロコルチゾン、コルチステロンなどが挙げられる。中でもヒドロコルチゾンが好ましい。配合量は、終濃度で、0.01~5%(w/v)程度、好ましくは0.05~2%(w/v)程度、0.1~1%(w/v)程度とすることができる。
【0025】
本発明の無血清培地は、上記以外に任意の成分を含むこともできる。例えば、緩衝剤、無機塩類、抗生物質(例えば、ペニシリン、カナマイシン、ストレプトマイシン等の1種または2種以上)等、幹細胞の培地に通常用いられる成分を含有させることができる。
【0026】
なお、本明細書において、「%(w/v)」は重量容量百分率を示す。「%(v/v)」は容量百分率を示す。
【0027】
本発明の上皮細胞シートは、上記の無血清培地を用いる以外は、公知のCOMETで使用するための上皮シートの製造方法と同様にして製造することができる。本発明の上皮場細胞シートの製造方法は、具体的には、口腔粘膜上皮細胞由来の細胞を、本発明の無血清培地中、基材上で培養する工程を含む。
【0028】
なお、本発明の方法においては、いわゆるフィーダー細胞の存在下での培養は行わない。また、培地に血清成分等のタンパク質成分は添加しない。
【0029】
口腔粘膜上皮由来の細胞は、例えば口腔内縁粘膜上皮部、口唇部、口蓋部、頬部の細胞などから採取できる細胞である。好適には、口腔粘膜上皮幹細胞及び/または口腔粘膜上皮前駆細胞を含む。
【0030】
口腔粘膜上皮由来の細胞は、上皮細胞シートの移植対象者自身に由来(自家細胞)であっても他の個体に由来するもの(他家細胞)であってもよい。拒絶反応を低減できるとの観点から、自家細胞であることが好ましい。
【0031】
口腔粘膜上皮由来の細胞は、結合組織などの不純物を除去するために、ディスパーゼ、トリプシンなどの酵素による処理、フィルター処理などを施すことが好ましい。
【0032】
基材は、上皮細胞シートの基質となることができる基材であれば特に限定されない。基材として、コラーゲンを主成分とする膜を使用することができる。好ましい態様においては、基底膜は羊膜または上皮を除去した羊膜(denuded amniotic membrane)である。上皮を除去した羊膜については公知であり、例えば文献:Koizumi N et al. Invest Ophthalmol Vis Sci. 2000 Aug;41(9):2506-13.の記載に準じて製造することができる。
【0033】
口腔粘膜上皮由来の細胞を基材上での培養に供することで、基材上に上皮細胞シートが形成される。口腔粘膜上皮由来の細胞は、例えば細胞密度が約1×103個/cm2以上、好ましくは約1×103個/cm2~約1×107個/cm2、さらに好ましくは約1×104個/cm2~約1×106個/cm2となるように基材上に播種することが好ましい。
【0034】
上記培養は、例えば上記の無血清培地を用いて、当業者に公知の手法で行なうことができる。好適な培養を行なう手法として、約37℃程度および二酸化炭素濃度約5~10%(v/v)程度の条件下で培養する手法が例示されるが、これに限定されるものではない。上記条件での培養は、例えば公知のCO2インキュベータを用いて行なうことができる。
【0035】
培養期間は、例えば、7日~3週間程度とすることができる。
【0036】
本発明の培養方法は、得られる上皮細胞シートが、重層化した細胞層からなるものとするために、細胞層の最表層を一時的に培養液外に露出させる工程を含むことが好ましい。例えば、培養液の一部を一時的に除去することや、細胞層を基底膜ごと持ち上げることにより細胞層の最表層を一時的に培養液外に露出させることができる。細胞層の最表層を空気に接触させる時間は、例えば3日~2週間程度、好ましくは1週間以内、さらに好ましくは3日以内とすることができる。
【0037】
本発明の培養方法により得られる上皮細胞シートは、難治性角結膜疾患の患者に対する移植材料として使用することができる。難治性角結膜疾患としては、Stevens-Johnson症候群、眼類天疱瘡、アルカリ腐食などの角膜上皮幹細胞が不可逆的な機能不全に陥っている、または消失している疾患が挙げられる。
【0038】
具体的な移植方法として、以下に例を示す。まず、角結膜疾患患者の角膜輪部で瘢痕組織を切開する。続いて、角膜上に侵入した瘢痕結膜組織を切除して角膜実質を露出した後、輪部よりもやや内側で角膜上皮シートを縫着する。該方法は、高い治療実績を有するCOMETと同様であり、その手法は極めて安定して施行できると期待される。
【0039】
本発明の培養方法により得られる上皮細胞シートは、後述の実施例で示すとおり、上皮幹細胞マーカー(例えば、p75 neurotrophine receptor: p75NTR, CD271)及び増殖細胞マーカー(例えば、Ki76)の発現を検出でき、幹細胞としての特性を維持している細胞が存在していると考えられる。角膜上皮細胞マーカー(例えば、ケラチン12、ケラチン3)も発現も検出できる。また、遺伝子の発現パターンも、公知の上皮細胞シートに比して、角膜上皮細胞との類似度が高い。このような特質を備えるため、難治性角結膜疾患の患者に対する移植材料として高い有用性を有する。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明する。ただし、本発明はかかる実施例に何ら限定されるものではない。
【0041】
1.細胞シートの作製
<材料>
口腔組織は、提供ボランティアから及び口腔外科手術を受けた患者由来の余剰組織として取得した。すべての試料は採取後1~2時間以内に処理をした。
<培養>
口腔粘膜上皮細胞を、公知の方法に従って培養した(非特許文献1~3)。
【0042】
簡潔には、局所麻酔を施し、口腔粘膜の小型生検を行った。得られた口腔粘膜組織を1.2 IUのディスパーゼを用いて4℃で5時間インキュベートし、次いで0.05%(w/v) Trypsin-EDTA溶液で10分間処理を行い、上皮細胞を分離した。
【0043】
得られた口腔粘膜上皮細胞(1-2 × 105cell/ml)をカルチャーインサート(Culture insert)の上に広げたdenuded amniotic membrane (AM)(羊膜コラーゲンシート)上に播種した。
【0044】
本発明のFFSF(feeder-free and serum-free)システムの培地の組成は以下の通りとした。
【0045】
FFSF(feeder-free and serum-free)
・培地
幹細胞用培地
・添加成分
recombinant human EGF (10ng/ml) (Life Technologies)
Rho-associated protein kinase (ROCK) inhibitor Y-27632 (1μl/ml) (Abcam Plc., Cambridge, MA)
B27 (2%(w/v)) (Life Technologies)
hydrocortisone (1μl/ml) (Lonza)
(-)-EPIGALLOCATECHINE GALLATE (10ng/ml) (Sigma-Aldrich, St. Louis, MO)
Dextoran40 (1%(w/v)) (Tokyo Kasei Kougyou, Tokyo)
Penicillin-Streptomycin (50IU/ml) (Life Technologies)。
【0046】
対照として、下記の組成での培養も行った。
【0047】
対照1(KSFM)
・培地
幹細胞用培地:defined K-SFM (Life Technologies)
・添加成分
添付のconcomitant supplement。
【0048】
対照2(KGM + 3T3(Control))
・培地
keratinocyte growth medium (KGM: ArBlast Co., Ltd., Kobe, Japan)
・添加成分
5%(w/v) FBS(Fetal bovine serum、ウシ胎児血清)(Hyclone, Tauranga, New Zealand)
・フィーダー細胞(Feeder cell)(共培養)
NIH-3T3 fibroblasts(mitomycin C(MMC)による不活化処理済み)。
【0049】
図1に培養結果(
図1A~F)及び培養スキーマの模式図(
図1G~I)を示す。
【0050】
位相差顕微鏡像により、すべての培養条件下で、denuded amniotic AM(上皮を除去した羊膜)上で培養開始後3日以内にコロニーを形成することが観察できた。培養開始後7日目には、コンフルエントな口腔粘膜上皮細胞の初代培養がAMの全体を覆うように形成された(
図1A-C)。しかし、KSFMとControl及びFFSFとの間では、細胞の形態が明確に異なった。Control及びFFSFの条件下では、口腔粘膜上皮細胞は敷き石状(cobblestone-like)の形態であった(
図1B、C)。一方、KSFMの条件下では、主に伸長及び肥大した(elongated and enlarged)形状の細胞が観察された(
図1A)。
【0051】
2週間培養後には、Control及びFFSFの条件下では、4~5層の重層化構造が観察でき、分化が十分進行し(
図1E、F)角膜上皮と似た形態が観察できた。一方、KSFM条件下では単層構造が観察されるに止まった(
図1D)。
【0052】
以上の結果により、重層化細胞シートを得ることができる本発明のFFSF(feeder-free and serum-free) COMECSの確率が実証された。
【0053】
2.コロニー形成効率
取得した上皮細胞シートを構成する細胞について、コロニー形成効率(Colony-forming efficiency、CFE)を評価した。
【0054】
具体的には、実施例1のControl及びFFSF培養条件で得られた細胞(2 × 103)を6 well plateに播種した(N=4)。培養7日目に細胞を回収して固定し、0.1%(w/v) truidine blueで染色した。3名の研究者が独立して細胞数を計測し、得られたデータの平均値を求めた。
【0055】
結果を
図2に示す。位相差顕微鏡観察により、培養7日目には楕円形状及び球状(ovoid and round)の細胞が観察された(
図2A~D)。CFEはFFSF細胞でControlに比して高い傾向が観察された(21.2 ± 5.5% vs 17.15 ± 5.9%, N = 4)(
図2E)。さらに、同一ドナー由来の細胞を用いて実施したFFSF及びControlについて総細胞数を測定したところFFSFの方がControlよりも多いことがあきらかとなった(10.5 ± 2.1 × 10
5 vs 7.5 ± 1.4 × 10
5, p < 0.1, N = 4)(
図2F)。
【0056】
以上の結果は、本発明の方法(FFSF培養システム)により、ヒト口腔粘膜上皮細胞の増殖能が、少なくとも従来方法と同程度またはそれ以上に維持されることが明らかとなった。
【0057】
3.透過電子顕微鏡観察
取得した上皮細胞シートの形態を透過電子顕微鏡観察に供した。
【0058】
結果を
図3A~Fに示す。Control及びFFSF COMECSの双方において、細胞は健常であり、円柱状基底層細胞(basal columnar cells)、基底層直上立方翼細胞(suprabasal cuboid wing cells)及び表在性扁平細胞(flat squamous superficial cells)への分化が確認できた(
図3A~D)。すべての細胞層において、口腔粘膜上皮細胞は隣接する細胞と多数のデスモソームを介して密接に接着していた(
図3E、F)。
【0059】
4.抗体染色
取得した上皮細胞シートに対して、各種マーカーの抗体染色を行った。
【0060】
Propidium iodide (核染色)との共染色の結果を
図3G~Vに示す。Control及びFFSF COMECSの双方で、アピカル細胞においてタイトジャンクション関連因子であるZO-1(
図3G、H、矢印);細胞間接着因子であるDesmoplakin(
図3I、J);基底膜における基底膜構成因子Collagen7及びLaminin5(
図3K~N);口腔粘膜上皮特異的Keratin13(K13)及び角膜特異的Keratin3(K3)(
図3O~R);細胞増殖を活発に行ってる細胞のマーカーであるKi67(
図3S、T)、並びに、口腔粘膜上皮幹細胞/前駆細胞のマーカーであるp75(
図3U、V)が確認できた。
【0061】
従って、FFSF COMECSは、臨床適用及び応用に必須の特性と考えられる細胞結合、基底膜構成タンパク質、分化能、増殖能、及び幹細胞能を有する。
【0062】
5.遺伝子発現解析
RT-PCR法により、下記遺伝子の発現解析を行った。
【0063】
【0064】
使用したプライマーは以下のとおりである。
【0065】
【0066】
結果を
図4Aに示す。角膜上皮マーカーのうち、K12が特異的マーカーとして信頼度が高い。また、他の角膜上皮マーカーとしてK3、ALDH3及びTKTがある。FFSF COMECSにおいてはK12の発現が検出できたが、Control COMECSでは検出されなかった。一方、角膜上皮マーカーのK3、ALDH3及びTKTや、幹細胞/前駆細胞マーカーであるp75はいずれもにおいて検出できた。
【0067】
次に、RT-PCRの結果を抗体染色法により検証した。
【0068】
結果を
図4B~Eに示す。ヒト口腔粘膜上皮細胞(in vivo)及びControl COMECSはK12を発現しないことが明らかとなった(
図4B,C)。一方、FFSF COMECSにおいては、局所的かつ散発的にK12の発現が観察できた(
図4F)。
【0069】
なお、FFSF COMECSでのK12の発現パターンは、角膜上皮(in vivo)及び従来方法による角膜上皮細胞の培養シート(Control)とも異なる可能性がある(
図4C、E)。
【0070】
6.クローナル解析
本発明の方法で得た上皮細胞シートについて、クローナル解析(clonal analysis)を行った。解析は、文献:Barrandon Y, Green H. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 1987; 84:2302-2306.の記載に準じて行った。
【0071】
結果を
図5に示す。holocloneは典型的にはオリジナルクローンが大きく周囲がなめらかであり、主に小さい細胞を含む。また、プレート上ではholocloneは大きい、増殖が速いコロニーを形成し、5%以下の細胞が最終分化をした(
図5A,D)。paracloneは典型的にはオリジナルクローンが小さく、主に大きい分化した細胞を含む。プレート上では全くコロニーを生じないか、均一に小さい最終コロニー(terminal colony)を形成した(
図5C、F)。merocloneはholocloneとparacloneの中間の性質を示す。プレート上では増殖するコロニーと増殖しないコロニーの両方を形成した(
図5B、E)。23.6 ± 12.5%がholoclone、34.9 ± 10.5%がmeroclone及び41.5 ± 11.3%がparacloneであった。従って、皮膚や眼表面で同定されたholoclone型。meroclone型及びparaclone型の細胞が、FFSF COMECSの増殖画分をも構成することが明らかとなった。
【0072】
また、各クローナル型におけるp75の発現を免疫組織化学解析により検証した。p75はholoclone型の細胞の細胞膜では強い発現が(
図5G)、及び、meroclone型の一部の小さい細胞の細胞膜では中程度の発現が確認でき(
図5H)、paraclone型の細胞では稀にしか発現が確認できなかった(
図5I)。
【0073】
これらの結果は、本発明の方法によりp75を高発現するholoclone型の幹細胞を含むCOMECSが得られることが明らかとなった。
【0074】
7.COMECSの異種移植手術
作製した上皮細胞シートを、文献:Kobayashi M, Nakamura T, Yasuda M et al. Stem cells translational medicine 2015; 4:99-109.の記載に準じて、Albinoウサギ(2-2.5kg)に異種移植した。
【0075】
【0076】
手術前に、角膜輪部(limbal region)を含めて角膜上皮細胞をすべて除去した(
図6A)。フルオロセイン染色により、角膜上皮細胞が完全に除去できたことを確認した(
図6D)。
【0077】
本発明のヒトFFSF COMECSを角膜表面に移植し、10-0ナイロン縫合糸で固定した(N=3)。移植手術後7日目及び再度2週間後に、処置したすべての眼球において移植した角膜表面の透明(clear)及びなめらか(smooth)であることを確認し、過度な術後炎症は観察されないことを確認した(
図6B、C)。また、フルオレセイン染色により、角膜の全体が異種COMECSで覆われている事を確認した(
図6E、F)。
【0078】
術後14日目での組織学検査により、移植したCOMECSがホストの組織に良好に接着していることを確認し、上皮下への細胞浸潤は認められなかった(
図6H、I)。ヘマトキシリン-エオシン染色により、移植したCOMECSは良好に重層化し、分化した細胞を含んでいることが確認できた(
図6H、I)。抗ヒト核抗体による染色を行い、移植したヒトCOMECSの存在を確認した(
図6G)。
【0079】
移植したCOMECSにおける複数の細胞マーカーの発現パターンも確認した。細胞膜におけるDesmoplakin(
図6J)、基底膜構成タンパク質であるCollagen 7(
図6K)の発現が確認できた。Keratin 3(K3)はすべての移植したCOMECSにおいて明確に発現しており、Keratin 12(K12)も散発的に移植領域で発現が観察できた(
図6L、M)。移植したCOMECSの基底層ではKi67及びp75の発現が確認できた(
図6N、O)。従って、移植した細胞はウサギの角膜表面で増殖能及び幹細胞/前駆細胞としての特性を維持していることが明らかとなり、作成したFFSF COMECSはin vivoへの適用が良好に行うことができ、術後も良好に視機能を維持することが分かった。
【0080】
8.遺伝子発現プロファイル解析
本発明の上皮細胞シート(FFSF COMECS)、対照上皮細胞シート(Control COMECS)、角膜上皮(HC in vivo)、及び口腔粘膜上皮(HO in vivo)のそれぞれについて、Total RNAを抽出しcDNAを調整し、GeneChip Human Genome U133 Plus 2.0 (Affymetrix, Santa Clara, CA)を用いて遺伝子発現プロファイルの解析を行った。アレイデータ解析は、Affymetrix GeneChip operating software (GCOS) version 1.0を使用した。
【0081】
主成分分析(Principal component analysis(PCA))マッピングの結果を
図7に示す。生体内(in vivo)のヒト角膜上皮における遺伝子発現プロファイルは、ヒト口腔粘膜上皮のものとは大きく異なることが明らかとなった。本発明の上皮細胞シート(FFSF COMECS)及び対照上皮細胞シート(Control COMECS)のいずれもにおいて、遺伝子発現プロファイルは、ヒト角膜上皮とヒト口腔粘膜上皮との間に位置した。これらのうち、FFSF COMECSの方が、Control COMECSよりもヒト角膜上皮に近い傾向が見られた。この結果は、本発明の方法が、上皮細胞の完全性及び特性に影響を与えていることを示唆している。
【配列表】