(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-15
(45)【発行日】2022-02-24
(54)【発明の名称】水生動物の出血を治療又は予防する方法及び水生動物用止血剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/717 20060101AFI20220216BHJP
A61K 9/06 20060101ALI20220216BHJP
A61K 9/08 20060101ALI20220216BHJP
A61K 9/14 20060101ALI20220216BHJP
A61K 9/16 20060101ALI20220216BHJP
A61K 31/19 20060101ALI20220216BHJP
A61K 31/351 20060101ALI20220216BHJP
A61K 31/7024 20060101ALI20220216BHJP
A61K 31/726 20060101ALI20220216BHJP
A61K 31/729 20060101ALI20220216BHJP
A61K 31/731 20060101ALI20220216BHJP
A61K 31/734 20060101ALI20220216BHJP
A61K 31/737 20060101ALI20220216BHJP
A61K 33/06 20060101ALI20220216BHJP
A61K 33/245 20190101ALI20220216BHJP
A61K 33/30 20060101ALI20220216BHJP
A61K 38/36 20060101ALI20220216BHJP
A61K 38/39 20060101ALI20220216BHJP
A61P 7/04 20060101ALI20220216BHJP
C08B 37/00 20060101ALN20220216BHJP
【FI】
A61K31/717
A61K9/06
A61K9/08
A61K9/14
A61K9/16
A61K31/19
A61K31/351
A61K31/7024
A61K31/726
A61K31/729
A61K31/731
A61K31/734
A61K31/737
A61K33/06
A61K33/245
A61K33/30
A61K38/36
A61K38/39
A61P7/04
C08B37/00 H
C08B37/00 Q
(21)【出願番号】P 2019126553
(22)【出願日】2019-07-06
【審査請求日】2020-06-22
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年9月15日、同年9月16日、同年9月17日、同年9月22日、同年9月23日及び同年9月24日、並びに平成31年4月21日、同年4月22日、同年4月27日及び同年4月28日に、上手健太郎が、桧原湖(福島県耶麻郡北塩原村)の湖上(船上)にて自らが発明した水生動物用止血剤及びこれを用いた水生動物の止血方法について性能確認試験を実施した。
(73)【特許権者】
【識別番号】519024979
【氏名又は名称】上手 健太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100168251
【氏名又は名称】矢上 礼宣
(72)【発明者】
【氏名】上手 健太郎
【審査官】新留 素子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2007/0254018(US,A1)
【文献】特表平11-501334(JP,A)
【文献】特開平03-035728(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K
A61P
C08B 37/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)水生動物における出血が疑われる部位に、
35質量%~100質量%
の止血有効成分
を含み、かつ固形状又は半固形状である止血剤組成物を適用すること;
(b)次いで、上記止血剤組成物が適用された水生動物を、該水生動物が生息可能な水域に投入すること、
を含
み、
上記止血有効成分が、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、及びこれらの生理学的に許容される塩からなる群から選択される少なくとも1つであり、
上記水生動物が、鰓を有する水性動物であり、
上記出血が疑われる部位が鰓である、
水生動物の出血を治療又は予防する方法。
【請求項2】
上記止血剤組成物が、
45質量%~100質量%
の上記止血有効成分
を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記止血剤組成物が、粉末状又は顆粒状の止血剤組成物である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
(p)出血が疑われる
部位を有する水生動物を、止血有効成
分と水とを含む止血剤溶液に投入することにより、上記水生動物に対して止血処理を施すこと、
を含み、
上記止血有効成分が、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、及びこれらの生理学的に許容される塩からなる群から選択される少なくとも1つであり、
上記止血剤溶液における
上記止血有効成分の濃度が
5質量%~20質量%未満であ
り、
上記水生動物が、鰓を有する水性動物であり、
上記出血が疑われる部位が鰓である、
水生動物の出血を治療又は予防する方法。
【請求項5】
上記止血剤溶液が、上記
止血有効成分、及び水を含む水溶液である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
上記止血剤溶液中における
上記止血有効成分の濃度が5質量%~19質量%である、請求項4又は5に記載の方法。
【請求項7】
上記止血剤溶液中における上記止血有効成分の濃度が7質量%以上である、請求項4~6の何れか1項に記載の方法。
【請求項8】
工程(p)
の後、
(q)上記水生動物を、上記止血剤溶液から取り出し、該水生動物が生育可能な水域に投入すること、
を更に含む、請求項4~
7の何れか1項に記載の方法。
【請求項9】
上記水生動物が、魚類又は両性類である、請求項1~8の何れか1項に記載の方法。
【請求項10】
上記
止血有効成分が、カルボキシメチルセルロース又はその生理学的に許容される塩を含む、請求項1~
9の何れか1項に記載の方法。
【請求項11】
上記止血剤組成物又は上記止血剤溶液が、さらに粘膜保護剤を含む、請求項1~
10の何れか1項に記載の方法。
【請求項12】
上記粘膜保護剤が、カラギーナン、寒天、アルギン酸、グリコサミノグリカン、フコイダン、コラーゲン及びフィブリンからなる群から選択される少なくとも1つの化合物又はその生理学的に許容される塩である、請求項1
1に記載の方法。
【請求項13】
上記止血剤組成物又は上記止血剤溶液が、さらに収斂剤を含む、請求項1~1
2の何れか1項に記載の方法。
【請求項14】
上記収斂剤が、酸化亜鉛、酢酸アル
ミニウム、硫酸アルミニウム、次硝酸ビスマス、及びタンニン酸からなる群から選択される少なくとも1つの化合物である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
上記出血が疑われる部位としての鰓が、致死的な出血を伴っている、請求項1~14の何れか1項に記載の方法。
【請求項16】
止血有効成分
を含み、
上記止血有効成分が、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、及びこれらの生理学的に許容される塩からなる群から選択される少なくとも1つであり、
請求項1~15の何れか1項に記載の方法に用いるためのものである、水生動物用止血剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水生動物の出血を治療又は予防する方法、及び水生動物用止血剤に関する。
【背景技術】
【0002】
魚類の疾患や損傷に対する有効な治療剤や治療方法は、各種のものが報告されているが、出血を伴う損傷を受けた魚類に対する有効な治療剤や治療方法は、未だ確立されているとは言えないのが現状である。
【0003】
従来技術の例を強いて挙げると、特許文献1に開示される魚類用治療剤組成物及び該治療剤組成物を用いた魚類の損傷組織を治療する方法が挙げられる。同特許文献に開示される魚類用治療剤組成物は、アロエ属に属する多肉植物の一種であるアロエ・ベラの抽出物を有効成分として含むものである。同特許文献には、該魚類用治療剤組成物は、任意に、魚類の体表に見られる天然ムコタンパク質の粘膜を模倣し得る成分として、所定の分子量を有するカルボキシメチルセルロースやポリビニルピロリドンを含有してもよいことが記載されている。さらに、同特許文献には、上記治療剤組成物の効果を確認するために、検体として金魚を用いた治療効果確認試験を行ったことが記載されており、該治療効果確認試験において、鱗を除去することにより重度の出血が確認された検体を、上記治療剤組成物を所定量添加した水において飼育したところ、飼育から28日後には損傷部位の再生が認められたこと、及び二次感染の兆候は確認されなかったこと等が記載されている。
【0004】
さらに、上述のように魚類の体表に見られる天然ムコタンパク質の粘膜を模倣し得る成分を含有する魚類用粘膜保護剤は、観賞魚の飼育目的等を主な用途として各種のものが市販されており、例えば、我が国においては、プロテクトX(登録商標)(株式会社キョーリン)、アクアセイフ(登録商標)(テトラ社)等の商品が知られている。これらの商品は、観賞魚等の飼育目的に、水槽中の水に所定の希釈倍率で添加することにより使用されるものであり、粘膜保護成分に加え、水道水のカルキ(塩素)、クロラミン、有害な重金属等を無害化する水質改善剤も含むものである。このような観賞魚等の飼育用途に用いられる市販薬剤に含まれる粘膜保護成分は、おそらく粘膜の機能を模倣し得る生体高分子又は生体適合性高分子であると考えられるが、各市販品において成分の内容表示がされていないことが多く、不明な点が多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1には、鱗を除去するなどして体表に重度の出血が確認された金魚検体において、相当程度の期間、水槽中で、同文献に開示の治療剤組成物を含む水を用いて飼育することにより治療すると、出血部位の回復が認められたことが記載されている。したがって、特許文献1に記載の治療技術によれば、魚類において出血を伴う体表組織の損傷に対しては、一定の治療効果が期待できるものと考えられる。しかしながら、主要な血管が位置する器官や組織(例えば、鰓ないし鰓血管)が損傷され、その結果、当該損傷部位において相当量の出血を伴う損傷を受けた個体においては、特許文献1に記載の治療剤組成物の組成では、直ちに損傷部位を修復することは不可能であることから、大量出血に対する止血効果も期待できず、最悪の場合、損傷個体は死に至ることが予測される。さらに、観賞魚等の飼育用途に市販されている各種粘膜保護剤についても、有効成分は、単に粘膜の機能を模倣し得る程度の効果しか期待できないものであるから、特許文献1に記載の治療技術と同様、上述のような大量出血を伴う損傷個体においては、止血効果ないし治癒効果は期待できない。
【0007】
本発明者は、鰓ないし鰓血管が損傷され、その結果、当該損傷部位において相当量の出血を伴う損傷を受けた魚類において、当該損傷部位にカルボキシメチルセルロースを適用すると、有意な止血効果が認められることを発見した。本発明は、係る知見により完成されたものである。
即ち、本発明の目的は、損傷部位において相当量の出血を伴う損傷を受けた水生動物において、有意な止血効果を発揮し得る水生動物の止血方法及び水生動物用止血剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明によれば、以下が提供される。
[1](a)水生動物における出血が疑われる部位に、1質量%~100質量%の水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩を止血有効成分として含み、かつ固形状又は半固形状である止血剤組成物を適用すること;
(b)次いで、上記止血剤組成物が適用された水生動物を、該水生動物が生息可能な水域に投入すること、
を含む、水生動物の出血を治療又は予防する方法。
【0009】
[2]上記止血剤組成物が、25質量%~100質量%の水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩を止血有効成分として含む、[1]に記載の方法。
【0010】
[3]上記止血剤組成物が、粉末状又は顆粒状の止血剤組成物である、[1]又は[2]に記載の方法。
【0011】
[4](p)出血が疑われる水生動物を、止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩と水とを含む止血剤溶液に投入することにより、上記水生動物に対して止血処理を施すことを含み、
上記止血剤溶液における水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩の濃度が1質量%~20質量%未満である、
水生動物の出血を治療又は予防する方法。
【0012】
[5]上記止血剤溶液が、上記水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩、及び水を含む水溶液である、[4]に記載の方法。
[6]上記止血剤溶液中における水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩の濃度が5質量%~19質量%である、[4]又は[5]に記載の方法。
【0013】
[7]工程(p)に後、
(q)上記水生動物を、上記止血剤溶液から取り出し、該水生動物が生育可能な水域に投入すること、
を更に含む、[4]~[6]の何れか1つに記載の方法。
【0014】
[8]上記水生動物が、鰓を有する水生動物である、[1]~[7]の何れか1つに記載の方法。
[9]上記水生動物が、魚類又は両性類である、[1]~[8]の何れか1つに記載の方法。
[10]上記水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩が、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、及びヒドロキシプロピルメチルセルロースからなる群から選択される少なくとも1つの化合物又はその生理学的に許容される塩を含む、[1]~[9]の何れか1つに記載の方法。
【0015】
[11]上記水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩が、カルボキシメチルセルロース又はその生理学的に許容される塩を含む、[1]~[10]の何れか1つに記載の方法。
[12]上記止血剤組成物又は上記止血剤溶液が、さらに粘膜保護剤を含む、[1]~[11]の何れか1つに記載の方法。
[13]上記粘膜保護剤が、カラギーナン、寒天、アルギン酸、グリコサミノグリカン、フコイダン、コラーゲン及びフィブリンからなる群から選択される少なくとも1つの化合物又はその生理学的に許容される塩である、[12]に記載の方法。
【0016】
[14]上記止血剤組成物又は上記止血剤溶液が、さらに収斂剤を含む、[1]~[13]の何れか1つに記載の方法。
[15]上記収斂剤が、酸化亜鉛、酢酸アルニウム、硫酸アルミニウム、次硝酸ビスマス、及びタンニン酸からなる群から選択される少なくとも1つの化合物である、[14]に記載の方法。
【0017】
[16]水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩を、止血有効成分として含む、水生動物用止血剤。
【0018】
[17]固形状又は半固形状の剤形として提供され、
1質量%~100質量%の水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩を含む、[16]に記載の水生動物用止血剤。
[18]25質量%~100質量%の水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩を止血有効成分として含む、[16]又は[17]に記載の水生動物用止血剤。
[19]粉末又は顆粒状の剤形で提供される、[16]~[18]の何れか1つに記載の水生動物用止血剤。
[20]溶液状の剤形で提供され、
1質量%~20質量%未満の水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩を含む、[16]に記載の水生動物用止血剤。
[21]5質量%~19質量%の水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩を含む、[16]~[20]の何れか1つに記載の水生動物用止血剤。
【0019】
[22]水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩、及び水を含む水溶液である、[20]又は[21]に記載の水生動物用止血剤。
[23]上記水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩が、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、及びヒドロキシプロピルメチルセルロースからなる群から選択される少なくとも1つの化合物又はその生理学的に許容される塩を含む、[16]~[22]の何れか1つに記載の水生動物用止血剤。
[24]上記水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩が、カルボキシメチルセルロース又はその生理学的に許容される塩を含む、[16]~[23]の何れか1つに記載の水生動物用止血剤。
[25][1]~[15]の何れか1つに記載の方法に用いるための水生動物用止血剤である、[16]~[24]の何れか1つに記載の水生動物用止血剤。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、相当量の出血を伴う損傷を受けた水生動物において有意な止血効果を発揮できる。より詳細には、本発明によれば、相当量の出血を伴い、短時間のうちに止血をしないと死に至ることが予想される損傷を受けた水生動物においても、速やかな止血効果を発揮でき、治療効果を発揮することができる。以下、本発明の態様において更に採用し得る実施形態ないし変形例を例示すると共に、本発明の利点及び効果についても言及する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】実施例に示す試験例2の結果を示す図である。である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(用語の説明)
本発明において「水生動物」とは、字義通りに解釈すれば足り、生息域を水中又は水界とする動物を意味し、もっぱら生息域を水域とする動物であってもよいし、生息域として水域と地上を行き来する動物であってもよい。
【0023】
本発明において、水生動物の例としては、魚類(軟骨魚類/硬骨魚類等);水生両生類(例えば、カエル、イモリ、サンショウウオ);水生爬虫類(例えばカメやスッポン);水生節足動物(タガメ、ゲンゴロウ等の水生昆虫、エビやカニ等の甲殻類);水生軟体動物(例えば、貝類、イカやタコ等の頭足類);水生哺乳類(例えばクジラ、シャチ、イルカ等のクジラ目)等が挙げられる。
【0024】
本発明の方法の対象とされる水生動物は、特に限定されるものでもないが、鰓を有する水生動物であることが好ましく、より具体的には、魚類であることが好ましい。その理由は、下記の通りである。即ち、鰓は、水中の溶存酸素を取りこみ、体内の二酸化炭素を排出して呼吸(ガス交換)を行うための器官に相当し、当該器官には、動脈を含む血管が密集している。鰓における血管が損傷を受けると、致死的な出血を伴うことがあるが、このような致死的な出血が生じた場合でも、本発明の方法によれば、高い治療効果及び止血効果が期待できるのである。
【0025】
更に、「出血が疑われる部位」と言う語は、字義通りに理解すればよいが、このような部位としては、例えば、水生動物における体表、口腔内、鰓等の生息する水域における水に接触する生体部位や器官を含む。加えて、「出血が疑われる水生動物」と言う語は、上述のとおり、例えば、体表、口腔内、鰓等の生息する水域における水に接触する生体部位や器官に出血が疑われる水生動物を意味する。
なお、「出血が疑われる部位」、「出血が疑われる水生動物」等の用語における「疑われる」の用語は、実際に生体の所定部位において損傷や出血が確認された水生動物を治療する実施形態の包含を意味することに加え、実際には損傷や出血が確認できない水生動物に対して治療又は予防する実施形態の包含も意味する。
【0026】
本発明において用いられ得る水溶性セルロース誘導体としては、例えば、カルボキシメチルセルロース(CMC)、カルボキシエチルセルロース(CEC)、カルボキシプロピルセルロース等のカルボキシル基を有する水溶性セルロース誘導体、硫酸セルロース、リン酸セルロース等の酸性基を有する水溶性セルロース誘導体、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、ヒドロキシプロピルエチルセルロース等のヒドロキシアルキル基を有する水溶性セルロース誘導体、メチルセルロース(MC)、エチルセルロース、プロピルセルロース、メチルエチルセルロース等のアルキル化されたセルロース誘導体が挙げられる。更に、水溶性セルロース誘導体の生理学的に許容される塩としては、対象とする水生動物の治療を可能とし、かつ治療の間、対象とする水生動物に致死的な影響を与えないものであれば、特に限定されるものでもないが、例えば、上記の各種セルロース誘導体のナトリウム塩やカリウム塩等のアルカリ金属塩や、カルシウム塩やマグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アンモニウム塩が挙げ有られる。これらの中でも、取扱いの容易さ、コスト削減、優れた止血効果を確実に確保できる点で、カルボキシメチルセルロース(CMC)、メチルセルロース(MC)、ヒドロキシエチルセルロース(HEC)、及びヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、並びにこれらの生理学的に許容される塩(例えば、ナトリウム塩やカリウム塩)が好ましく、カルボキシメチルセルロース(CMC)又はその生理学的に許容される塩(例えば、ナトリウム塩やカリウム塩)がより好ましい。
【0027】
加えて、本発明において、水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩は、2種以上の置換基を持ち合わせもった化合物であってもよい。さらに加えて、本発明において、水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩は、1種の化合物から構成されるものであってもよいし、又は2種以上の化合物を組み合せた混合物であってもよい。
以下、本発明について、具体的な実施形態を挙げて詳述する。
【0028】
<第一の態様>
本発明の第一の態様によれば、下記の方法が提供される。
(a)水生動物における出血が疑われる部位に、1質量%~100質量%の水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩を止血有効成分として含み、かつ固形状又は半固形状である止血剤組成物を適用すること;
(b)次いで、上記止血剤組成物が適用された水生動物を、該水生動物が生息可能な水域に投入すること、
を含む、水生動物の出血を治療又は予防する方法。
以下、第一の態様に係る方法について、工程(a)及び(b)の順に詳述する。
【0029】
工程(a)において用いられる止血剤組成物は、1質量%~100質量%の水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩を止血有効成分として含み、かつ固形状又は半固形状の性状を示すものである。
上記止血剤組成物において、止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩の量が100質量%である場合、つまり、上記止血剤組成物は、止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩のみからなることを意味する。さらに、上記止血剤組成物は、止血有効成分の含有量に係る1質量%~100質量%の数値範囲の条件を充足することを条件として、該止血有効成分以外の成分を任意に含むものであってもよい。さらに加えて、上記止血剤組成物は、止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩から実質的になるものであってもよい。ここで、本発明において、「実質的になる」と言う用語の意義は、上記止血剤組成物が、上述のとおり止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩のみからなる場合に加え、該止血有効成分と、止血組成物の調製工程において排除できない不純物とからなる場合が排除されないことが意図されることにある。
【0030】
上記止血剤組成物における上記止血有効成分(水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩)の含有量は、1質量%~100質量%の範囲にあることを要するが、下限値としては、好ましくは10.0質量%以上、より好ましくは15.0質量%以上、20.0質量%以上、25.0質量%以上、26.0質量%以上、27.0質量%以上、又は28.0質量%以上、更により好ましくは、28.5質量%以上、29.0質量%以上、29.2質量%以上、29.5質量%以上、29.6質量%以上、29.8質量%以上、29.9質量%以上、30.0質量%以上、35.0質量%以上、40.0質量%以上、例えば45.0%以上である。さらに加えて、上限値としては、上述の通り100質量%を包含するが、例えば、99.9質量%以下、99.0質量%以下、98.0質量%以下、97.0質量%、96.0質量%以下、95.0質量%以下が挙げられ、上述の下限値の何れか1つと、これらの上限値の何れか1つとを組み合せることにより規定される数値範囲を、上記止血剤組成物における上記止血有効成分の含有量の範囲として採用してもよく、それら数値範囲は、本明細書に実施形態として明示されるものと理解されたい。
【0031】
上記止血剤組成物は、止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩に加え、上述の通り、他の成分を含んでもよい。他の成分、特に限定されるものでもないが、例えば、上述の粘膜保護剤、収斂剤、出血改善剤等が挙げられる。
【0032】
粘膜保護剤は、その作用は字義通りに解釈すればよく、水生動物の粘膜を保護する作用を有する薬剤であれば、限定無く利用することができる。粘膜保護剤の典型例としては、カラギーナン、寒天、アルギン酸又はその生理学的に許容される塩(例えば、アルギン酸ナトリウム)、グリコサミノグリカン(例えば、ヒアルロン酸;コンドロイチン硫酸A、B、C、D及びE;ケラタン硫酸;ヘパリン)、フコイダン、コラーゲン(例えば、フィッシュコラーゲン)、フィブリン等が挙げられる。粘膜保護剤は、1種の化合物を単独で用いてもよし、2種以上の化合物を組み合せて用いてもよい。
第一の態様に係る方法で用いられる止血剤組成物において、粘膜保護剤は必須成分ではない。該止血剤組成物に粘膜保護剤を添加する場合、その含有量は、特に限定されるものでもないが、例えば、1質量%~95質量%、好ましくは1質量%~90質量%、より好ましくは1質量%~85質量%、1質量%~80質量%、例えば、3質量%~75質量%である。
【0033】
収斂剤とは、具体的には、水生動物における皮膚(体表)または粘膜組織のタンパク質を沈殿させて被膜を形成し、細胞膜の透過性を減少する薬剤を言う。収斂剤の典型例としては、酸化亜鉛、酢酸アルミニウム、硫酸アルミニウム、次硝酸ビスマス、タンニン酸等が挙げられる。収斂剤は、1種の化合物を単独で用いてもよし、2種以上の化合物を組み合せて用いてもよい。
第一の態様に係る方法で用いられる止血剤組成物において、収斂剤は必須成分ではない。該止血剤組成物に収斂剤を添加する場合、その含有量は、特に限定されるものでもないが、例えば、0.1質量%~15質量%、好ましくは1.0質量%~10質量%、より好ましくは1.0質量%~5.0質量%である。
【0034】
細血管抵抗性を増強し又は血液凝固能の上昇をもたらすことにより出血を改善する薬剤(以下、出血改善剤と言うことがある。)としては、例えば、アスコルビン酸(ビタミンC)又はその生理学的に許容される塩(例えば、アスコルビン酸ナトリウム)が挙げられる。出血改善剤は、1種の化合物を単独で用いてもよし、2種以上の化合物を組み合せて用いてもよい。
第一の態様に係る方法で用いられる止血剤組成物において、出血改善剤は必須成分ではない。該止血組成物に出血改善剤を添加する場合、その含有量は、特に限定されるものでもないが、例えば、0.1質量%~15質量%、好ましくは0.5質量%~10質量%、より好ましくは0.8質量%~8.0質量%、特に好ましくは1.0質量%~6.0質量%である。
【0035】
上記止血剤組成物において「固形状又は半固形状」とは、溶液状ではないことを意味し、具体的には、粉末や顆粒などの固形物の他、ゾルやゲル(コロイド溶液)の状態も含む概念である。このうち、上記止血剤組成物は、粉末状又は顆粒状であることが好ましい。何故ならば、第一の態様に係る方法における工程(a)において、粉末状又は顆粒状の止血組成物を採用すれば、該止血組成物を、水生動物における出血が疑われる部位に振りかけることにより、当該部位に対する該止血組成物の適用が可能となり、操作が容易になるからである。
【0036】
工程(a)において、水生動物における出血が疑われる部位に対する止血剤組成物の適用方法は、特に限定されるものでもない。上述のとおり、出血が疑われる部位に対し、該止血剤組成物を、ヘラ、スパチュラ、スプーン等の形態の器具を用いて塗布する方法であってもよいし、又は粉末状又は顆粒状の止血剤組成物を、出血が疑われる部位に対して、上方から落下させ若しくは振りかけることにより適用する方法であってもよい。あるいは、手にグローブ等の防護用品を適宜着用する等して、手で、止血剤組成物を出血が疑われる部位に直接塗布する方法も採用され得る。
【0037】
工程(b)においては、工程(a)において上記止血剤組成物を適用した水生動物を、該水生動物が生息可能な水域に投入する。ここで、「水生動物が生息可能な水域」とは、水生動物が生息可能な水が投入された水槽や生け簀であってもよいし、又は水生動物が生息可能な水で構成される水環境(例えば、湖、沼、海)であってもよい。加えて、「水生動物が生息可能な水域」は、天然の淡水若しくは海水から構成されるものであってもよいし、又は人工的に作り出した水域から構成されるものであってもよい。
なお、「水生動物が生息可能な水域」として、人工的に作り出す水域を採用する場合は、該水域は、上記止血剤組成物に含まれる止血有効成分(水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩)、粘膜保護剤、収斂剤、出血改善剤等の成分を含むものであってもよい。
【0038】
上述のとおり、工程(b)により、工程(a)の処置を受けた水生動物は、水環境に接触することになる。このように水生動物が水環境に接触すると、上記止血剤組成物における止血有効成分が、水生動物における損傷部位においてゲル化することによりマトリックス構造を構成し、損傷部位において止血効果が発揮される。加えて、損傷部位において止血効果が発揮された後は、水生動物は、該水生動物が生息可能な水域に投入されていることから、損傷部位が治癒し、やがて正常な状態を取り戻す。
なお、上記止血剤組成物による止血作用を効果的に発揮させる観点から、工程(a)において水生動物に上記止血剤組成物を適用した後は、可能な限り、早めに、工程(b)に取り掛かり、水生動物を、該水生動物が生息可能な水域に投入することが好ましい。
【0039】
<第二の態様に係る方法>
さらに、本発明の第二の態様によれば、下記の方法が提供される。
(p)出血が疑われる水生動物を、止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩と水とを含む止血剤溶液に投入することにより、上記水生動物に対して止血処理を施すことを含み、
上記止血剤溶液における水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩の濃度が1質量%~20質量%未満である、
水生動物の出血を治療又は予防する方法。
以下、第二の態様に係る方法について詳述する。
【0040】
工程(p)において、止血剤溶液は、止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩と水とを含む。
止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩は、第一の態様に係る方法について説明した通りである。
上記止血剤溶液の一成分である水は、H2Oの分子式で表される物質と理解すれば足りる。上記止血剤溶液は、上記止血有効成分(水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩)及びH2Oのみからなるものであってもよいが、対象の水生動物に対して致死的な影響を与えない範囲において、その他成分を含有するものであってもよい。なお、その他成分は、上記止血剤溶液を調製する工程において、任意に添加される成分の他、排除できない不純物や、出発材料とした人工水や天然水に混入する微量成分等であってもよい。
【0041】
上記止血剤溶液における止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩の濃度は、1質量%~20質量%未満であることを要する。
優れた止血効果を発揮させる観点では、該止血有効成分としての濃度の下限値としては、好ましくは5質量%以上、より好ましくは7質量%以上、更により好ましくは8質量%以上、最も好ましくは9質量%以上である。さらに、上限値としては、例えば、18.0質量%以下、17.0質量%以下、16.0質量%以下、15.0質量%、14.0質量%以下、13.0質量%以下が挙げられ、上述の下限値の何れか1つと、これらの上限値の何れか1つとを組み合せることにより規定される数値範囲を、上記止血剤溶液における止血有効成分の濃度の範囲として採用してもよく、それら数値範囲は、本明細書に実施形態として明示されるものと理解されたい。
【0042】
止血剤溶液に任意に含まれ得る他の成分は、特に限定されるものでもないが、第一の態様に係る方法で用いる止血剤組成物と同様に、例えば、粘膜保護剤、収斂剤、出血改善剤等であってもよい。これらの成分については、第一の態様に係る方法について上記に説明した通りである。
なお、止血剤溶液におけるこれら成分の濃度は、特に限定されるものではなく、各成分による所望の効果が得られるように適宜調整すればよい。例えば、粘膜保護剤、収斂剤、及出血改善剤の各濃度は、0.01質量%~10質量%、あるいは0.5質量%~5質量%の範囲になるように調整することができる。
【0043】
上記止血剤溶液は、止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩、及び対象となる水生動物が生息可能な水から実質的になるものであることが好ましく、止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩、及び水生動物が生息可能な自然水域(例えば、湖、沼、河川、海)等から採取した天然水から実質的になるものであることがより好ましく、例えば、水生動物が生息可能な自然水域(例えば、湖、沼、河川、海)等から採取した天然水に、単に止血有効成分としての水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩を添加したものであってもよい。このような組成による止血剤溶液は、比較的調製が容易であり、かつ止血効果を確実に発揮できると言う利点がある。
【0044】
第二の態様に係る方法に係る方法は、工程(p)の後に、任意に、下記の工程(q)を更に含んでもよい。
工程(q):上記水生動物を、上記止血剤溶液から取り出し、該水生動物が生育可能な水域に投入すること。
【0045】
工程(q)は、第一の態様に係る方法における工程(b)に相当し、「水生動物が生育可能な水域」については、第一の態様に係る方法における工程(b)について説明した通りである。
ただし、第二の態様に係る方法に係る方法において、工程(q)は必ずしも設ける必要はない。
【0046】
<水生動物用止血剤>
本発明の第三の態様によれば、水溶性セルロース誘導体又はその生理学的に許容される塩を、止血有効成分として含む、水生動物用止血剤が提供される。
本発明の水生動物用止血剤は、より具体的には、上述の本発明に係る方法に用いるためのものである。
【0047】
本発明に係る水生動物用止血剤について採用され得る具体的実施形態は、発明の概要において記載した形態、並びに第一及び第二の態様に係る方法において記載した実施形態を採用することができ、それらの実施形態は、本明細書に明示的に開示されるものである。ただし、本発明に係る水生動物用止血剤は、それらに限定されるものではない。
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0048】
[試験例1]
(1)止血剤組成(組成No.1-1)
【表1】
上記表1に示す各成分の含有量に基いて、各粉末成分を混合することにより粉末状止血剤組成物(組成No.1-1)を調製した。なお、上記の粉末成分は何れも、林純薬工業株式会社製のものを使用した。
【0049】
(2)出血モデルの準備及び止血効果確認試験
本試験例では、止血対象として、生きたクロソイ13匹を用いた。これらクロソイの鰓側方部を、鋏を用いて切断することにより、相当量の出血が認められる出血モデルを準備した。ここで、出血検体は、クロソイのエラ側方部を、小さく切断した個体(6検体)と、大きく切断した個体(7検体)とを含む。エラ側方部を小さく切断した個体は、、総じて、エラにおいて損傷する血管の数が少なく、その出血量も小さい。これに対して、大きく切断した個体は、致命的な動脈の切断を伴っており、総じて、その出血量が顕著に大きい。即ち、大きく切断した個体は、何らかの止血処置を施さないと、確実に死亡に至る程度の損傷を伴っている。
なお、上記エラ側方部の切断による出血モデルの作製法は、魚類の放血殺と同様の手法を採用するものであり、いわゆる「魚の血抜き」の手法に相当する。
【0050】
上述のとおり、各クロソイの鰓側方部を切断し、該鰓側方部から出血が認められた後、上記(1)の項で調製した止血剤粉末を、口腔から、エラ側方部の出血部位に向けて満遍なくふりかけ、直ちに、各クロソイの検体を、ライブウェル(寸法:縦約20cm、横約46cm、深さ約33cm)に予め入れておいた海水中に投入した。なお、ライブウェルに予め入れておいた海水の量は、ライブウェル容積の80%(約24L)であり、ライブウェルには、検体のクロソイが酸欠状態にならないように、エアレーション装置として、一般的な水槽用エアポンプを設けた。
【0051】
上述のとおり各クロソイの検体を、ライブウェルに投入後、目視により、各個体について、止血効果の有無を確認した。
【0052】
(3)結果
上記止血効果確認試験の結果、クロソイの検体13匹中、11匹について完全な止血が確認された。即ち、本試験例における完全止血率は、約85%となった。さらに、検体の生存率については、全検体13匹のうち1匹のみが死亡し、12匹の生存が確認され、92.5%の生存率を示した。
より詳細に結果を説明すると、エラ側方部を大きく切断した7検体については、これらのうち5検体において完全な止血が確認され、止血効果が認められた後は、何ら損傷を受けていない通常個体と同様の活動レベルにまで回復した。残りの1検体については、止血効果が確認されたものの、その活動レベルが、何ら損傷を受けていない通常個体よりも低く、いわゆる弱った状態にあった。さらに残りの1検体については、一定の止血効果は確認できたものの、死亡が確認された。一方、エラ側方部を大きく切断した7検体については、言うまでもなく、全ての個体において完全な止血が確認され、止血効果が認められた後は、何ら損傷を受けていない通常個体と同様の活動レベルに回復した。
なお、止血効果は、上述のとおり各検体に対して止血処理を施し、直ちにライブウェルに投入した後、およそ早くて1分程度、長くて3分程度で、目視により確認したものである。
【0053】
上述のとおり、本試験例により、本発明に係る粉末状止血剤組成物を出血部位に適用することにより、たとえ止血対象の出血程度が致死的なレベルにあっても、完全な止血が可能となり、何ら損傷を受けていない通常個体と同様の活動レベルにまで回復させることが可能であることが示された。
【0054】
[試験例2]
(1)各溶液状止血剤の組成
(i)CMC粉末(林純薬工業株式会社製) 下記の表2に示すCMC濃度(最終濃度)
(ii) 淡水(採取地:福島県桧原湖) 約24L(ライブウェル容積の80%)
止血効果確認試験に先立ち、上述の組成に基いて、各ライブウェルに、各CMC濃度のCMC水溶液(溶液状止血剤組成物)を調製した。
【0055】
(2)出血モデルの準備及び止血効果確認試験
本試験例では、対象として、レジャーフィッシングの釣魚対象としても知られるブラックバスの一種であるスモールマウスバス(Micropterus
punctulatus)(福島県檜原湖にて捕獲)を用いた。
上述のとおり調製した各CMC濃度のCMC水溶液(溶液状止血剤組成物)ごとに、スモールマウスバスの出血モデル10検体(n=10)を、試験例1に記載の方法により準備した。即ち、各検体全てにおいて、エラ側方部の大きく切断により、致命的な出血が認められた後、直ちに、各CMC水溶液に投入することにより、止血効果確認試験を行った。加えて、CMCを全く添加していない淡水のみ(組成No.0)予め投入したライブウェルに、出血モデル2検体を投入したものを、コントロール(mock)とした。
なお、特記無き事項については、試験例1に記載したとおりである。
【0056】
(3)結果
上記止血効果確認試験の結果を、表2及び
図1のグラフに示す。
【表2】
【0057】
表2及び
図1に示されるとおり、CMC1%水溶液及びCMC2%水溶液については、10検体のうち1検体において止血効果が確認され、その止血率は10%の値となった。さらに、CMC3%水溶液及びCMC4%水溶液については、10検体のうち3検体において止血効果が確認され、その止血率は30%の値となり、CMC5%水溶液及びCMC6%水溶液については、10検体のうち5検体において止血効果が確認され、その止血率は50%の値に到達した。さらに、CMC水溶液中のCMC濃度が増加するにつれ、止血率が増加し、CMC9%水溶液では、止血率は、80%以上となった。
一方、CMC未添加の単なる淡水(組成No.2-0)については、出血モデル検体2匹の個体は、何れも死亡した。
なお、CMCの濃度が20%以上になると、溶液が、ゲル化してしまい、水生動物の生存に必要な溶存酸素量を確保することができないため、これに水生動物を投入して利用する溶液状止血剤(止血剤溶液)としては不適であった。したがって、CMC20%の組成No.2-10については、出血モデルによる効果確認試験は行わなかった。
【0058】
[試験例3]
下記の表3に示す組成No.3-1~3-3を有する各粉末状止血剤を調製し、下記の特記事項(i)~(iv)を除き、試験例1と同様の方法により止血効果確認試験を行った。
(i)止血対象としてスモールマウスバス(福島県檜原湖にて捕獲)を用いた。
(ii)海水に代えて淡水を用いた。
(iii)各検体全てにおいて、エラ側方部の大きく切断により、致命的な出血の発生を確認した。
(iv)各粉末状止血剤について、出血処置を施していない健全個体コントロール2匹を用意し、出血モデル2匹(n=2)を用意し、かつ各コントロール個体と各出血モデル個体とは、それぞれ別々のライブウェルに投入した。
【0059】
(結果)
上記止血効果確認試験の結果を表3に示す。
【表3】
【0060】
組成No.3-2及び組成No.3-3に基づく各粉末状止血剤については、出血モデル検体(n=2)の何れにおいても、完全な止血効果が確認され、所定時間の経過後は、健全コントロールと同様の活動レベルまでに回復していた。
一方、 CMC含有量が10質量%である組成No.3-1に係る各粉末状止血剤については、十分な止血効果が得られず、何れの出血モデル検体(n=2)も死亡に至った。
【0061】
本試験例により、鰓などに存在する主要血管が損傷し、致死的な出血状態にある水生動物に対しては、CMCの含有量が10%を超えて、50%、又は90%と高い粉末状止血剤組成物を、止血対象の出血部位に直接適用する実施形態によれば、高い止血効果が実現でき、健全個体と同様の活動レベルにまで回復させることが可能であることが示された。他方、CMC含有量が10質量%である各粉末状止血剤については、致死的な出血状態にある個体に対しては、十分な止血効果が得られない可能性が示唆はされたものの、出血程度が比較的小さい場合には、治癒可能な程度の止血効果が発揮される余地はあると思料する。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明は、獣医学や動物薬に関連する産業、並びに釣り等のレジャーに関連する産業において極めて高い産業上の利用可能性を有する。