(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-15
(45)【発行日】2022-02-24
(54)【発明の名称】栽培植物の養液栽培方法
(51)【国際特許分類】
A01G 31/00 20180101AFI20220216BHJP
A01G 22/15 20180101ALI20220216BHJP
【FI】
A01G31/00 601A
A01G22/15
(21)【出願番号】P 2019564716
(86)(22)【出願日】2019-01-09
(86)【国際出願番号】 JP2019000333
(87)【国際公開番号】W WO2019139031
(87)【国際公開日】2019-07-18
【審査請求日】2021-07-09
(31)【優先権主張番号】P 2018004568
(32)【優先日】2018-01-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】521089498
【氏名又は名称】株式会社エコタイプ次世代植物工場
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹葉 剛
【審査官】田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-153151(JP,A)
【文献】特開昭62-029921(JP,A)
【文献】特開2017-221177(JP,A)
【文献】特開2012-183062(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104770180(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 31/00-31/06
A01G 22/15
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
播種から収穫までの期間、植物の生育に必要な肥料成分を含む培養液を用いて
葉物野菜類を栽培する栽培植物の養液栽培方法であって、
前記期間を、育苗装置にて播種から発芽まで栽培する期間である発芽期間、前記育苗装置にて発芽した苗を所定の大きさに成長するまで該育苗装置で栽培する期間である育苗期間、前記所定の大きさに成長した苗を前記育苗装置から生育装置に移植し、該生育装置にて収穫するまで栽培する期間である生育期間に分けたとき、
前記育苗期間において、マグネシウムイオンの濃度が24ppm~120ppmの範囲にあり、硝酸性窒素の濃度が4~23ppmの範囲にある育苗用培養液を用い
、
前記生育期間において、マグネシウムイオンの濃度が48ppm~120ppmの範囲にあり、硝酸性窒素の濃度が150ppm~200ppmの範囲にある生育用培養液を用いるものであり、
前記育苗用培養液がアンモニア態窒素を含まない、栽培植物の養液栽培方法。
【請求項2】
請求項
1に記載の養液栽培方法を用いて葉物野菜類を栽培することにより高マグネシウム葉物野菜類を製造する方法。
【請求項3】
播種から収穫までの期間、植物の生育に必要な肥料成分を含む培養液を用いて
葉物野菜類を栽培する栽培植物の養液栽培方法であって、
前記期間を、育苗装置にて播種から発芽まで栽培する期間である発芽期間、前記育苗装置にて発芽した苗を所定の大きさに成長するまで該育苗装置で栽培する期間である育苗期間、前記所定の大きさに成長した苗を前記育苗装置から生育装置に移植し、該生育装置にて、収穫時よりも所定時間前まで生育する期間である生育期間、該生育装置にて前記収穫時よりも所定時間前から該収穫時まで栽培する期間である収穫前期間に分けたとき、
前記育苗期間において、マグネシウムイオンの濃度が24ppm~120ppmの範囲にあり、硝酸性窒素の濃度が4~50ppmの範囲にある育苗用培養液を用い、
前記生育期間において、マグネシウムイオンの濃度が48ppm~120ppmの範囲にあり、硝酸性窒素の濃度が150ppm~200ppmの範囲にある生育用培養液を用い、
前記収穫前期間において、窒素を含有せず、カルシウムを含有する養液を用い、さらに波長が490nm以下の可視光を照射する
ものであり、
前記育苗用培養液がアンモニア態窒素を含まないことを特徴とする栽培植物の養液栽培方法。
【請求項4】
請求項
3に記載の養液栽培法方を用いて葉物野菜類を栽培することにより高グルタチオン葉物野菜類を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、野菜や花卉等の栽培植物の養液栽培方法及びこれに用いられる養液栽培用培養液に関する。
【背景技術】
【0002】
マグネシウムは、タンパク質合成(リボソーム粒子の会合)、DNA合成、RNA合成、300以上の酵素活性の調節、ATPの安定化に関与する元素であり、また、クロロフィルの構成元素である等、生命活動を支える必須の元素であることが知られている。
【0003】
植物では、細胞が分裂する部位が茎頂分裂組織と根端分裂組織に局在しているため、高い細胞分裂の活性を維持するためには、それらの組織にマグネシウムが比較的高濃度で供給される必要がある。特に、細胞分裂に直接関わるDNAポリメラーゼは、その触媒活性に比較的高濃度のマグネシウムイオンを必要とすることが判明している(参考として、Taq DNAポリメラーゼの触媒活性に必要なマグネシウムの至適濃度は 4mM(=96ppm))。従って、茎頂分裂組織および根端分裂組織へのマグネシウムの供給が不十分であれば、細胞の分裂速度は遅くなり、ひいては植物個体としての成長速度が小さくなる。逆に、上記組織にマグネシウムが十分に供給されれば、植物個体の成長速度は大きくなる。
【0004】
マグネシウムは根から吸収される。根から吸収されたマグネシウムの多くは、茎頂分裂組織および根端分裂組織に直接運搬されるのではなく、まずは、蒸散流によって葉に移行し、その後、篩管流に乗って茎頂分裂組織および根端分裂組織に供給される。篩管流は溶質濃度の高い側から低い側へと流れるため、分裂組織(シンク側)で必要とされるマグネシウム濃度よりも、供給側である葉(ソース側)の方が高いマグネシウム濃度が必要となる。つまり、高い細胞分裂活性(ひいては速い成長速度)を維持するためには、シンク側とソース側のマグネシウム濃度の落差が必要となる。
【0005】
野菜や花卉等の栽培植物の栽培方法の一つに養液栽培がある(例えば特許文献1)。養液栽培で用いられる培養液処方には、園芸試験場処方、山崎処方、大塚ハウスA処方などがあるが、これらの処方の成分組成はいずれも、栽培植物の生育に必須の三要素(窒素、リン酸、カリウム)を中心に、対象となる栽培植物の種類に応じた適宜の肥料成分を組み合わせて構成される。マグネシウムは、植物の成長に大きく寄与するという理由から、三要素に次いで培養液処方に多く含まれる肥料成分の一つである。
【0006】
各処方の肥料成分の組成は、各肥料成分に関する栽培植物の分析結果や根からの吸収速度などを参考に、経験的に定められたものであり、通常の発育が確認される組成とされている。特に、必須の三要素である窒素、リン酸、カリウムは、古くから様々な種類の植物の肥料成分として用いられている。養液栽培の事業者の間には、従来の処方は経験的にベストな処方であり、それ以外の処方を試す余地はないという強い思い込みがあったため、従来の培養液処方が見直されることなく、使用され続けているのが実状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2003-174827号公報
【文献】特開2017-221177号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、野菜や花卉等の栽培植物の成長の促進に有効な成分組成の養液栽培用培養液及びそれを用いた養液栽培方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、野菜類の品質の向上、及び野菜類の生育期間(栽培期間)の短縮を目標に、野菜類の養液栽培において従来から用いられてきた培養液処方を見直した結果、見い出したものである。野菜類の品質を表す指標には様々なものが考えられるが、本発明者は、まずは、抗酸化成分増加、残留硝酸塩の低下を目標とした。また、生育期間を30~50%短縮することを目標とした。その結果、養液栽培用培養液に含まれるマグネシウムイオンが野菜類の成長を促進すること、さらには、野菜類の成長の時期によっては、培養液に含まれる硝酸イオンの存在がマグネシウムイオンによる成長促進作用を低下させることを見い出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明に係る栽培植物の栽培方法の第1態様は、播種から収穫までの期間、植物体の生育に必要な肥料成分を含む培養液を用いて栽培する方法であって、
前記期間を、育苗装置にて播種から発芽まで栽培する期間である発芽期間、前記育苗装置にて発芽した苗を所定の大きさに成長するまで該育苗装置で栽培する期間である育苗期間、前記所定の大きさに成長した苗を前記育苗装置から生育装置に移植し、該生育装置にて収穫するまで栽培する期間である生育期間に分けたとき、
前記育苗期間において、マグネシウムイオンの濃度が24ppm~120ppmの範囲にあり、硝酸性窒素の濃度が4~50ppmにある育苗用培養液を用いることを特徴とする。
【0011】
栽培植物とは、一般的には野菜類、花卉類、果樹類、飼料作物等をいうが、本発明においては、その性質上、野菜類、花卉類等の養液栽培が行われる栽培植物を指す。育苗装置は、培養液を用いて、栽培植物を種子から発芽させ、所定の大きさの苗まで成長させることができる装置であればどのようなものでも良い。また、生育装置は、育苗装置において所定の大きさまで成長した苗を、培養液を用いて、収穫可能な状態まで生育させることができる装置であればどのようなものでも良い。さらに、本発明に係る養液栽培方法は、固定培地耕、水耕、噴霧耕のいずれの養液栽培にも適用可能である。なお、本明細書では、「ppm」は重量比の濃度を表す。
【0012】
本発明において注目すべきは、育苗用培養液に含まれる硝酸性窒素の濃度を従来処方よりも低くしたことである。野菜類や花卉類の養液栽培に用いられる一般的な従来処方の養液栽培用培養液における、硝酸性窒素の濃度は60~240ppmの範囲にあり、特に、果菜類、葉菜類、花卉類の養液栽培に広く使用されている大塚A処方(OATアグリオ株式会社)による培養液(EC=1.8)の硝酸性窒素の濃度は161ppmであるところ、本発明に係る栽培植物の栽培方法では、育苗用培養液の硝酸性窒素の濃度は4~50ppmと従来処方よりも低濃度の範囲にある。また、前記育苗用培養液のマグネシウムイオンの濃度は24ppm~120ppmの範囲にある。野菜類や花卉類の養液栽培に用いられる一般的な従来処方の養液栽培用培養液におけるマグネシウムイオンの濃度は10~40ppmの範囲にあるから、本発明に係る栽培植物の栽培方法で用いられる育苗用培養液のマグネシウムイオンの濃度範囲の下限付近の値は、従来処方の濃度範囲に含まれる。
【0013】
しかしながら、本発明では、育苗用培養液に含まれる硝酸性窒素の濃度が従来処方よりも低いため、マグネシウムイオンの濃度が従来処方と同程度であっても、従来処方よりも植物の成長を促進することができ、さらに、マグネシウムイオンの濃度が従来処方よりも高濃度であるときには、成長促進作用が増大する。
これは、培養液中に含まれる硝酸イオンを少なくすることで、分裂組織において細胞分裂が進んだことが理由であると考えられる。つまり、培養液中に硝酸イオンが多く含まれると、植物にとって優先順位の高い硝酸の吸収・還元に多くのエネルギーが消費され、細胞分裂に必要なエネルギーが不足する結果、分裂組織における細胞分裂が抑えられるため、植物に取り込まれたマグネシウムイオンによる細胞分裂の促進作用が発揮されない。しかし、分裂組織において細胞分裂が進むと、植物に取り込まれたマグネシウムイオンによって細胞分裂が速められ、その結果、成長が促進される。
【0014】
なお、植物に取り込まれたマグネシウムイオンは茎頂分裂組織及び根端分裂組織に独立的に作用して地上部の成長及び根の伸長を促進する。このとき、地上部の成長促進作用を発揮するマグネシウムイオンの至適濃度と根の伸長促進作用を発揮するマグネシウムイオンの至適濃度が異なる。
従って、地上部の成長促進が望まれる栽培植物(例えば葉物野菜)、或いは根の成長が望まれる栽培植物(例えば根菜類)によって、前記育苗用培養液のマグネシウムイオンの濃度を調整すると良い。また、マグネシウムイオンの濃度だけでなく、硝酸性窒素の濃度についても、栽培植物の種類によって調整すると良い。
【0015】
ところで、植物が大きく成長すると光合成が活発になるため、硝酸の吸収・還元にエネルギーが消費されても、細胞分裂に必要なエネルギーが不足することがない。しかも、窒素は、植物の葉の成長に必要な肥料成分であることから、生育期間で用いる培養液には十分な量の窒素が含まれることが望ましい。
【0016】
そこで、本発明に係る栽培植物の養液栽培方法の第2態様は、播種から収穫までの期間、植物の生育に必要な肥料成分を含む培養液を用いて栽培する方法であって、
前記期間を、育苗装置にて播種から発芽まで栽培する期間である発芽期間、前記育苗装置にて発芽した苗を所定の大きさに成長するまで該育苗装置で栽培する期間である育苗期間、前記所定の大きさに成長した苗を前記育苗装置から生育装置に移植し、該生育装置にて収穫するまで栽培する期間である生育期間に分けたとき、
前記生育期間において、マグネシウムイオンの濃度が48ppm~120ppmの範囲にあり、硝酸性窒素の濃度が150ppm~200ppmの範囲にある生育用培養液を用いることを特徴とする。
上述の硝酸性窒素の濃度範囲は、経験的に植物の生育効率が優れているとされている範囲(つまり従来処方の濃度範囲)である。一方、マグネシウムイオンの上記濃度範囲は、従来処方の濃度範囲よりも高濃度の範囲である。培養液中の硝酸性窒素及びマグネシウムイオンの濃度範囲を上記濃度範囲にすることにより、従来処方の培養液を用いたときよりも生育期間を短縮することができる。
【0017】
なお、上述の育苗用培養液及び生育用培養液には、マグネシウムイオン及び硝酸性窒素以外に、育苗期間における栽培植物の生育に必要な元素が必要に応じて含まれる。例えば、上記育苗用培養液及び生育用培養液には窒素以外の肥料の三要素であるリン、カリウムが含まれていても良い。また、硝酸性窒素だけでなく、アンモニア性窒素が含まれていても良い。さらに、マグネシウム以外の金属元素(カルシウムやホウ素、鉄、亜鉛、マンガン、銅、セレン、ニッケル、モリブデン等)のイオンが含まれていても良い。
【0018】
また、育苗用培養液は、育苗期間の全期間において用いても良いが、一部の期間にのみ用いても良い。同様に、生育用培養液は、生育期間の全期間において用いても良いが、一部の期間にのみ用いても良い。
【0019】
また、栽培植物の根から吸収されたマグネシウムイオンは蒸散流によって葉まで運ばれるため、葉に含まれるマグネシウムの含有量の増加を期待できる。従って葉を食用とする葉物野菜であって、葉に含まれるマグネシウムの含有量の増加が望まれる植物を栽培する場合に、本発明に係る栽培方法は有効である。
【0020】
葉に含まれるマグネシウムの含有量の増加が望まれる植物の例として、コマツナを含むアブラナ科の野菜類が挙げられる。コマツナは本来、マグネシウムの含有量が多いところ、本発明に係る養液栽培方法を用いることにより、マグネシウム含有量を一層多くすることができる。また、コマツナ以外にも、チマサンチュ、コスレタス、グリーンバタビア等、種々の葉物野菜を上述の栽培方法を用いて栽培することにより、葉に含まれるマグネシウムイオンの量を高めた葉物野菜を得ることができる。
【0021】
また、本発明に係る栽培植物の養液栽培方法の第3態様は、播種から収穫までの期間、植物の生育に必要な肥料成分を含む培養液を用いて栽培する方法であって、
前記期間を、育苗装置にて播種から発芽まで栽培する期間である発芽期間、前記育苗装置にて発芽した苗を所定の大きさに成長するまで該育苗装置で栽培する期間である育苗期間、前記所定の大きさに成長した苗を前記育苗装置から生育装置に移植し、該生育装置にて、収穫時よりも所定時間前まで生育する期間である生育期間、該生育装置にて前記収穫時よりも所定時間前から該収穫時まで栽培する期間である収穫前期間に分けたとき、
前記育苗期間において、マグネシウムイオンの濃度が24ppm~120ppmの範囲にあり、硝酸性窒素の濃度が4~50ppmの範囲にある育苗用培養液を用い、
前記収穫前期間において、窒素を含有せず、カルシウムを含有する養液を用い、さらに波長が490nm以下の可視光を照射することを特徴とする。
【0022】
また、本発明に係る栽培植物の養液栽培方法の第4態様は、播種から収穫までの期間、植物の生育に必要な肥料成分を含む培養液を用いて栽培する方法であって、
前記期間を、育苗装置にて播種から発芽まで栽培する期間である発芽期間、前記育苗装置にて発芽した苗を所定の大きさに成長するまで該育苗装置で栽培する期間である育苗期間、前記所定の大きさに成長した苗を前記育苗装置から生育装置に移植し、該生育装置にて、収穫時よりも所定時間前まで生育する期間である生育期間、該生育装置にて前記収穫時よりも所定時間前から該収穫時まで栽培する期間である収穫前期間に分けたとき、
前記生育期間において、マグネシウムイオンの濃度が48ppm~120ppmの範囲にあり、硝酸性窒素の濃度が150ppm~200ppmの範囲にある生育用培養液を用い、
前記収穫前期間において、窒素を含有せず、カルシウムを含有する養液を用い、さらに波長が490nm以下の可視光を照射することを特徴とする。
【0023】
第3及び第4態様の栽培方法においては、前記波長が490nm以下の可視光を含む光の強度が、1平方メートル当たり80μmol以上であることが好ましい。
【0024】
第3及び第4態様の栽培方法における発芽期間、育苗期間、生育期間は、第1及び第2態様の栽培方法におけるそれらの期間と同じである。また、第3及び第4態様における収穫前期間は、1日間から5日間程度である。
第3及び第4態様の栽培方法は、収穫前期間を設けた点が、第1及び第2態様の栽培方法と異なる。詳しくは後述するように、収穫前期間における養液栽培は、収穫された栽培植物に含まれる抗酸化成分の含有量を増大させるために行われる。収穫前期間を設けたことにより、第3及び第4態様の栽培方法の栽培期間は、第1及び第2態様の栽培方法の栽培期間よりも長くなる。しかしながら、第3態様の栽培方法では育苗期間において上記育苗用培養液を用いたことにより、従来処方の培養液を用いて育苗期間の養液栽培を行った場合よりも生育期間が短縮される。また、第4態様の栽培方法では生育期間において上記生育用培養液を用いたことにより、従来処方の培養液を用いて生育期間の養液栽培を行った場合よりも生育期間が短縮される。第3態様及び第4態様のいずれの栽培方法においても、生育期間の短縮分により収穫前期間による延長分が相殺されるため、栽培期間全体としてみると、従来の栽培方法による栽培期間と同じか、もしくは従来の栽培方法による栽培期間よりも短縮することができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明の第1態様の栽培方法では、硝酸性窒素の濃度を、従来処方の養液栽培用培養液よりも低くし、且つマグネシウムイオンの濃度を、従来処方の養液栽培用培養液と同程度か、それよりも高くした育苗用培養液を用いて育苗期間の養液栽培を行ったことにより、マグネシウムイオンによる植物の地上部の成長及び根の伸長の促進作用を有効に発揮することができる。特に、培養液に含まれるマグネシウムイオンの濃度を従来処方の培養液に含まれるマグネシウムイオンの濃度よりも高くしたときは、マグネシウムを多く含む植物を作り出すことができる。
【0026】
本発明の第2態様の栽培方法では、硝酸性窒素の濃度を、植物の生育効率が優れている濃度範囲とし、且つ、マグネシウムイオンの濃度を、従来処方の養液栽培用培養液よりも高くした生育用培養液を用いて生育期間の養液栽培を行ったことにより、従来処方の養液栽培用培養液を用いたときよりも育成期間を短縮することができる。しかも、マグネシウムイオンの濃度を高めることで植物の成長を促進したため、植物の成長促進に加えて、マグネシウムを多く含む植物を作り出すことができるという効果が得られる。
【0027】
また、本発明の第3及び第4態様の栽培方法は、第1及び第2態様の栽培方法において、さらに、収穫前に、窒素を含有せず、カルシウムを含有する養液を用い、さらに波長が490nm以下の可視光を照射して養液栽培を行う期間(収穫前期間)を設けたものである。このような収穫前期間を設けたことにより、本発明の第3及び第4態様の栽培方法では、上述した第1及び第2態様の栽培方法によって得られる効果に加えて、グルタチオンに代表される抗酸化成分を多く含む植物を作り出すことができるという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明の一実施例に係る養液栽培方法の栽培期間の説明図。
【
図2A】実験1の結果を示すものであり、Mg濃度が12ppmの培養液を用いて養液栽培した4種類の野菜(チマサンチュ、コマツナ、コスレタス、グリーンバタビア)の播種から2週間後の発育の様子を示す写真。
【
図2B】実験1の結果を示すものであり、Mg濃度が24ppmの培養液を用いて養液栽培した4種類の野菜(チマサンチュ、コマツナ、コスレタス、グリーンバタビア)の播種から2週間後の発育の様子を示す写真。
【
図2C】実験1の結果を示すものであり、Mg濃度が36ppmの培養液を用いて養液栽培した4種類の野菜(チマサンチュ、コマツナ、コスレタス、グリーンバタビア)の播種から2週間後の発育の様子を示す写真。
【
図2D】実験1の結果を示すものであり、Mg濃度が48ppmの培養液を用いて養液栽培した4種類の野菜(チマサンチュ、コマツナ、コスレタス、グリーンバタビア)の播種から2週間後の発育の様子を示す写真。
【
図2E】実験1の結果を示すものであり、Mg濃度が96ppmの培養液を用いて養液栽培した4種類の野菜(チマサンチュ、コマツナ、コスレタス、グリーンバタビア)の播種から2週間後の発育の様子を示す写真。
【
図3】実験1の結果を示すものであり、コマツナの地上部(a)と根(b)の生重量と培養液中のマグネシウムイオン濃度との関係を示すグラフ。
【
図4】実験1の結果を示すものであり、Mg濃度と根及び地上部の発育促進効果の関係を示す図。
【
図5】実験2の結果を示すものであり、Mg濃度が48ppm、硝酸性N濃度が3.05~78.2ppmの培養液を用いて育苗装置で養液栽培したコマツナの成長の様子を示す写真(a)~(f)。
【
図6A】実験2の結果を示すものであり、Mg濃度が12ppm、硝酸性N濃度が4.6~184ppmの培養液を用いて育苗装置で養液栽培したコマツナの成長の様子を示す写真。
【
図6B】実験2の結果を示すものであり、Mg濃度が24ppm、硝酸性N濃度が4.6~184ppmの培養液を用いて育苗装置で養液栽培したコマツナの成長の様子を示す写真。
【
図6C】実験2の結果を示すものであり、Mg濃度が48ppm、硝酸性N濃度が4.6~184ppmの培養液を用いて育苗装置で養液栽培したコマツナの成長の様子を示す写真。
【
図7】実験2の結果を示すものであり、N
+濃度と根の伸長促進効果の関係を示す図。
【
図8】実験3の結果を示すものであり、生育期間におけるチマサンチュの成長量を示すグラフ。
【
図9】実験4の結果を示すものであり、生育期間におけるチマサンチュの成長量を示すグラフ。
【
図10】実験5の結果を示すものであり、生育期間におけるチマサンチュの成長量を示すグラフ。
【
図11】実験6の結果を示すものであり、生育期間におけるチマサンチュの成長量を示すグラフ。
【
図12】実験7の結果を示すものであり、生育期間におけるコマツナの成長量を示すグラフ。
【
図13】実験8の結果を示すものであり、生育期間におけるコスレタスの成長量を示すグラフ。
【
図14】実験9の結果を示すものであり、生育期間におけるグリーンバタビアの成長量を示すグラフ。
【
図15】実験10の結果を示すものであり、生育装置で3週間養液栽培した後、収穫した4種類の葉物野菜(チマサンチュ、コマツナ、コスレタス、グリーンバタビア)のMg含有量とその増加倍数を示す図。
【
図16】実験11の結果を示すものであり、生育期間におけるコマツナの成長量を示すグラフ。
【
図17】実験12の結果を示すものであり、生育期間におけるグリーンウェーブの成長量を示すグラフ。
【
図18】実験13の結果を示すものであり、実験区及び比較区のコマツナのORAC値と、抗酸化成分の含有量を示すグラフ。
【
図19】実験13の結果を示すものであり、実験区及び比較区のグリーンバタビアのORAC値と、抗酸化成分の含有量を示すグラフ。
【
図20】通常の栽培方法で得られた野菜に含まれるグルタチオンの含有量。
【
図21】特許文献2に記載されている方法を用いてコマツナ、コマツナ紫、チマサンチュを養液栽培したときの、培養液中のCa量と収穫後のコマツナ、コマツナ紫、チマサンチュのORAC値との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明に係る栽培方法及び養液栽培用培養液について、野菜類を用いた実施例を参照しつつ説明するが、本発明は、野菜類、花卉などの養液栽培が可能な栽培植物全般に適用可能である。
【実施例】
【0030】
実施例では、野菜類として葉物野菜であるチマサンチュ、コマツナ、コスレタス、グリーンバタビア、チンゲンサイ、リーフレタス、シュンギク、グリーンウェーブを用いた。チマサンチュ、コスレタス、グリーンバタビア、リーフレタス、シュンギク、グリーンウェーブはキク科の野菜であり、コマツナ、チンゲンサイはアブラナ科の野菜である。
【0031】
(1)栽培装置
育苗装置:この装置は、培養液が貯留される容器本体と、その上に配置される複数の育苗ベースと、容器本体に接続された培養液の供給路及び排出路並びにポンプを備えて、供給路及び排出路によって容器本体内に対する培養液の供給や排出が行われる。各育苗ベースには播種用の穴を有し、その穴に1個ずつ種が収容される。育苗ベースはその下部が培養液内に浸漬しており、前記穴に入れられた種は培養液中に浸漬する。育苗装置は、野菜類の栽培期間のうち播種から発芽までの期間(発芽期間)及び発芽から所定の大きさに成長するまでの期間(育苗期間)、用いられる。
【0032】
生育装置:この装置は、培養液が貯留される容器本体と、該容器本体の上に配置されるプラスチック製のパネルと、容器本体に接続された培養液の供給路及び排出路並びにポンプを備えている。育苗装置と同様、培養液の供給路及び排出路によって容器本体内に対する培養液の供給や排出が行われる。パネルは多数の孔を有し、各孔の上に上記育苗ベースが配置される。育苗ベースで成長した植物体の根は孔を通して培養液中に浸漬される。上述の育苗装置にて所定の大きさに成長した苗は生育装置に移植され、該生育装置にて収穫まで栽培される。つまり、生育装置は、野菜類の栽培期間のうち、所定の大きさに成長した苗を収穫するまで栽培する期間(生育期間)、用いられる。
【0033】
(2)培養液の調製
本実施例では、培養液として、大塚アグリテクノA処方(以下「大塚A処方」)を標準処方として、この大塚A処方による培養液(以下「大塚A処方培養液」という)、大塚A処方培養液のマグネシウム(Mg)濃度を変更した培養液(以下「Mg調整A処方培養液」という)、及び本発明者の独自の処方による培養液(以下「TO処方培養液」という)を用いた。以下の表1に大塚A処方の窒素(N)濃度及びMg濃度を示す。なお、表1中、ppmは、重量比率を示す。また、各処方による培養液に含まれるマグネシウムはイオン(Mg2+)として存在するが、本明細書では、便宜上、マグネシウム及びマグネシウムイオンの両方を「Mg」と表記することとする。
【0034】
【0035】
Mg調整A処方培養液は、A処方培養液に塩化マグネシウムを添加してMg濃度を変更した。また、TO処方培養液は、以下に示す薬剤を用い、以下の手順で調製した。
【0036】
(2-1)ストック養液の調製
2種類のストック養液を調製した。各ストック養液の成分組成は以下の通りである。
<第1ストック養液>
・KNO3 5g/L
・K2SO4 50g/L
・リン酸カリウム 30g/L
・EDTA-Fe(Na) 20g/L
・微量元素溶液 10mL/L
なお、微量元素溶液は、銅、亜鉛、マンガン等の肥料成分として一般的な元素を含有する。
【0037】
<第2ストック養液>
・大塚ハウス2号 X g/L
・MgCl2・6H2O Y g/L (X+Y=140g/L)
【0038】
(2-2)TO処方培養液の調製
XとYの比率を異ならせた複数の第2ストック養液を調製し、該第2ストック養液と1種類の第1ストック養液を同量ずつ水に加えて、各ストック溶液を約150倍に希釈することにより、様々なMg濃度の培養液を調製した。
例えば、以下の表2に示すように、大塚ハウス2号を100g/L、80g/L、60g/L、MgCl2・6H2Oを40g/L、60g/L、80g/L含有する3種類の第2ストック養液(第2-1~第2-3養液とする)を調製する。そして、約9Lの水に、第1ストック養液及び第2ストック養液をそれぞれ67mLずつ加えた後、全量が10Lとなるように水を追加する。この結果、第1ストック養液と第2-1~第2-3ストック養液を用いて調製された培養液中のMg濃度は、それぞれ、31.9ppm、47.8ppm、63.7ppmとなり、硝酸性N濃度は、いずれも4.6ppmとなる。
【0039】
【0040】
一方、TO処方培養液中の硝酸性N濃度は、上述した方法でMg濃度を調整する際に、KNO3を適量追加することにより調整するか、もしくは、第1ストック養液中のKNO3濃度を調整することにより行った。
【0041】
なお、本実施例では、大塚ハウス2号とMgCl2・6H2Oの比率を変更した複数種の第2ストック養液を作製し、これらと1種類の第1ストック養液を水で150倍に希釈することにより、種々のMg濃度の培養液を作製した。第1ストック養液を1種類にした理由は、マグネシウムによる野菜類の促進効果に対する第1ストック養液に含まれる成分組成の影響を抑えるためであるが、上述した以外の方法で培養液を調製しても良い。例えば、それぞれ1種類の第1ストック養液及び第2ストック養液を調製し、第1ストック養液と第2ストック養液を同量ずつ水で希釈する場合の希釈倍率を異ならせる方法、それぞれ1種類の第1ストック養液及び第2ストック養液を調製し、培養液中に含まれる第1ストック養液の量と第2ストック養液の量を異ならせる(つまり、第1ストック養液と第2ストック養液の希釈倍率を異ならせる)ことにより、Mgの濃度や硝酸性Nの濃度が異なる培養液を調製する方法、等が挙げられる。
【0042】
(3)栽培期間
図1に示すように、栽培期間を、播種から発芽までの期間(発芽期間)、発芽から移植までの期間(育苗期間)、移植から収穫までの期間(生育期間)に分けた。例えばコマツナを従来の一般的な成分組成の培養液で養液栽培した場合、発芽期間は約3~5日間、育苗期間は約9~10日間、生育期間は4週間程度であり、播種から収穫までは約6週間である。ただし、複数の種子を育苗装置に播種した場合、全ての種子が一斉に発芽するわけではない。
【0043】
そこで、以下の実験では、栽培日数を揃えるため、播種から4日目までを発芽期間とし、播種後4日目から14日目までを育苗期間とした。そして、播種後14日目に育苗装置で成長した植物体を該育苗装置から生育装置に移植し、その後3週間ないし4週間、生育装置で養液栽培した。つまり、播種後14日目からの3~4週間が生育期間となる。また、実験13では、生育期間の後、さらに3日間、所定の収穫前処理養液を用いて養液栽培を行った(収穫前期間)。収穫前処理溶液については後述する。発芽期間では、発芽種子に対する培養液の成分組成の影響を揃えるため、水を用い、育苗期間及び生育期間ではTO処方培養液、A処方培養液、又はMg調整A処方培養液を用いた。
【0044】
<実験1>
(1)条件
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)にわたり、4種類の野菜(チマサンチュ、コマツナ、コスレタス、グリーンバタビア)の養液栽培を行った。
育苗期間の培養液として、Mg濃度が12ppm、24、36、48、96ppm、120ppmのTO処方培養液を用い、生育期間の培養液としてA処方培養液(EC=1.8)を用いた。TO処方培養液の硝酸性N濃度は4.6ppm、A処方培養液の硝酸性N濃度は161ppmである。
なお、栽培期間の全てにおいて、蛍光灯照明による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培した。
【0045】
(2)結果
図2A~
図2Eは、育苗期間においてMg濃度が12ppm~96ppmのTO処方培養液を用いて養液栽培を行った4種類の野菜の、播種から2週間経過した時点における発育の様子を示す写真である。
図2A~
図2Eから明らかなように、Mg濃度が12ppmのTO処方培養液を用いた場合より、Mg濃度が24~96ppmのTO処方培養液を用いた場合の方が地上部及び根の両方の発育が良かった。
【0046】
図3(a)、(b)は、生育期間を経て収穫したコマツナ(つまり、生育装置に移植した後、3週間目に収穫したコマツナ)の地上部と根の生重量と、育苗期間に用いたTO処方培養液中のMg濃度との関係を示している。
図3(a)、(b)のグラフにおいて横軸はMg濃度(ppm)を、縦軸は地上部又は根の移植後3週間目の生重量(g)を表している。グラフ上の各点は3個体の平均値である。
【0047】
図4は、
図3(a)、(b)の結果から求めた、Mg濃度と根及び地上部の発育促進効果の関係を示す。
図4では、Mg濃度が12ppmのTO処方培養液を用いたときの発育量を基準とし、これに対する相対的促進度を「+」の数で表した。
【0048】
実験1では、育苗期間(発芽から移植まで)においてTO処方培養液を用い、生育期間においてA処方培養液(Mg濃度=24ppm)を用いた。つまり、生育装置に移植後の3週間は全ての野菜をMg濃度が同じ培養液で養液栽培しているにもかかわらず、育苗期間に用いた培養液のMg濃度の違いによって地上部及び根の発育量が異なる結果となった。このことから、育苗期間において根から取り込まれたMg(マグネシウムイオン)は、移植後の植物体の成長・発育にも関与していることが推測された。
【0049】
また、地上部については、Mg濃度が12~72ppmの範囲においてMg濃度の増加に伴い生重量が増加し、72~120ppmの範囲においてMg濃度の増加に伴い生重量が減少した。また、根についてはMg濃度が12~48ppmの範囲においてMg濃度の増加に伴い生重量が増加し、48~120ppmの範囲においてMg濃度の増加に伴い生重量が減少した。つまり、発育促進効果を示す至適Mg濃度は根と地上部とで異なることが分かった。このことは、地上部に対するマグネシウムイオンの成長促進作用が根に及ぶのではなく、また、その逆でもないこと、言い換えると、地上部の分裂組織及び根の分裂組織のそれぞれにマグネシウムイオンが作用して成長が促進されることを意味すると思われた。
【0050】
従って、根の成長が地上部の成長に優先する時期、あるいはその逆の時期に応じて、培養液のMg濃度を適切な値に設定することにより、野菜の発育速度を調整することが可能であり、播種から収穫までの期間を短縮することができることが推測された。
【0051】
<実験2>
(1)条件
上述した育苗装置を用いて、発芽期間及び育苗期間、コマツナを養液栽培した。育苗期間では、Mg濃度を12ppm、24ppm、48ppmに調整するとともに、硝酸性N濃度を3.05ppm(KNO3=3.8g/L)、4.6ppm(KNO3=5g/L)、13.8ppm(KNO3=15g/L)、23ppm(KNO3=25g/L)、41.4ppm(KNO3=45g/L)、78.2ppm(KNO3=85g/L)、184ppm(KNO3=200g/L)に調整したTO処方培養液を用いた。
なお、発芽期間及び育苗期間では、蛍光灯照明による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培した。
【0052】
(2)結果
図5は、Mg濃度が48ppmであり、且つ硝酸性N濃度が3.05ppm、4.6ppm、13.8ppm、23ppm、41.4ppm、78.2ppmである6種類の培養液を用いたときの、種子の播種から2週間経過後のコマツナの成長の様子を示す写真である。これらの写真に示すように、地上部の成長量については、硝酸性N濃度が3.05ppm、41.4ppm、78.2ppmのときに大きく、硝酸性N濃度が4.6~23ppmのときに小さかった。一方、根の伸長量については、硝酸性N濃度が4.6ppm~23ppmのとき(
図5の(b)~(d))に大きく、硝酸性N濃度が3.05ppm、41.4ppm、78.2ppmのとき(
図5の(a)、(e)、(f))に小さかった。
【0053】
図6A~
図6Cは、Mg濃度が12ppm、24ppm、48ppmであり、且つそれぞれのMg濃度について硝酸性N濃度が4.6ppm(5g/L)、13.8ppm(15g/L)、23ppm(25g/L)、41.4ppm(45g/L)、78.2ppm(85g/L)、184ppm(200g/L)である18種類の培養液を用いたときの、種子の播種から2週間経過後のコマツナの成長の様子を示す写真である。
【0054】
これらの写真から分かるように、Mg濃度に着目すると、低濃度(12ppm、24ppm)のときに比べて、高濃度(48ppm)のときの方が、全体的に地上部及び根の両方の成長量が大きくなる傾向がみられた。一方、硝酸性N濃度に着目すると、根の伸長量は、硝酸性N濃度が低いとき(4.6ppm、13.8ppm)の方が、高いとき(23ppm~184ppm)よりも大きくなる傾向がみられ、逆に、地上部の成長量は、硝酸性N濃度が低いとき(4.6ppm、13.8ppm)の方が、高いとき(23ppm~184ppm)よりも小さくなる傾向がみられた。
【0055】
図7は、
図5及び
図6Cから求められた、硝酸性N濃度と根の伸長量との関係を示している。
図7では、硝酸性N濃度が184ppmのときの根の伸長量を基準とし、これに対する相対的伸長量を「+」の数で表した。
図5~
図7より、Mg濃度が同じであっても、硝酸性N濃度によって地上部及び根における成長量が異なることが分かった。特に、硝酸性N濃度が41.4ppm~184ppmという高濃度のときのコマツナの成長量が小さかったことから、種子の播種から2週間という初期の成長においては、高濃度の窒素(あるいは硝酸イオン)は不要であることが推測された。
【0056】
その理由として、(1)培養液中に硝酸イオンが多く含まれると、植物にとって優先順位の高い硝酸還元にエネルギーが消費され、細胞分裂に必要なエネルギーが不足した結果、細胞分裂が抑制されること、(2)窒素が十分量存在するときは根を伸長させない機構が存在すること、が考えられるが、詳細は不明である。
【0057】
<実験3>
(1)条件
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)にわたり、チマサンチュの養液栽培を行った。
実験区(+Mg区)では、育苗期間にMg濃度を48ppmに調整したTO処方培養液を用いた。一方、比較区(Cont区)では、Mg濃度を12ppmに調整したTO処方培養液を用いた。実験区及び比較区のいずれにおいても培養液中の硝酸性N濃度は4.6ppmである。
また、実験区及び比較区のいずれにおいても、生育期間はMg濃度を24ppmに調整したMg調整A処方培養液(EC=1.8、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。なお、栽培期間の全てにおいて、蛍光灯照明による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培した。
【0058】
(2)結果
図8に、生育装置に移植した後の経過時間(週)と、チマサンチュの成長量との関係を示す。
図8から明らかなように、実験区は比較区よりも移植後の成長及び発育が早く、実験区では移植後2.5週間目ほどで収穫ラインを超えたのに対して、比較区では移植後3.5週間を経過した時点で収穫ラインを超えた。以上の結果から、育苗期間における培養液中のMg濃度を増加させることにより、生育装置に移植してから収穫までの期間を短縮できることが分かった。
【0059】
<実験4>
(1)条件
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)にわたり、チマサンチュの養液栽培を行った。
第1実験区(+Mg区)では、育苗期間にMg濃度が48ppmのTO処方培養液を用い、生育期間にA処方培養液(EC=1.8、Mg濃度=24ppm)を用いた。
第2実験区(++Mg区)では、育苗期間にMg濃度が48ppmのTO処方培養液を用い、生育期間にMg濃度を48ppmにしたMg調整A処方培養液(EC=1.8)を用いた。
比較区(Cont区)では、育苗期間にMg濃度が12ppmのTO処方培養液を用い、生育期間にA処方培養液(EC=1.8、Mg濃度=24ppm)を用いた。
また、第1実験区及び比較区では、栽培期間の全てにおいて、蛍光灯照明による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培し、第2実験区では、栽培期間の全てにおいてLED(レイトロン株式会社製)照明による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培した。
【0060】
(2)結果
図9に、生育装置に移植した後の経過時間(週)と、チマサンチュの成長量との関係を示す。
図9から明らかなように、第1及び第2実験区は比較区よりも移植後の成長及び発育が早かった。また、第1実験区よりも第2実験区の方が、移植後の成長及び発育が早く、第2実験区では移植後2週間目ほどで収穫ラインを超えたのに対して、第1実験区では移植後2.5週間を経過した時点で収穫ラインを超えた。以上の結果から、育苗期間において培養液中のMg濃度を増加させることにより、チマサンチュの収穫時期を早めることができることが分かった。また、育苗期間及び生育期間の両方において培養液中のMg濃度を高めることにより、チマサンチュの収穫時期をさらに早めることができ、特にこの場合は、生育装置に苗を移植した後の、収穫までの栽培期間を半減できることが分かった。
【0061】
<実験5>
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)にわたり、チマサンチュの養液栽培を行った。
実験区(++Mg区)では、育苗期間にMg濃度が48ppmのTO処方培養液(硝酸性N濃度=4.6ppm)を用いた。また、生育期間は、Mg濃度を48ppmにしたMg調整A処方培養液(EC=1.8、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
比較区(Cont区)では、Mg濃度が12ppmのTO処方培養液を用いた。また、生育期間は、A処方培養液(EC=1.8、Mg濃度=24ppm、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
また、実験区及び比較区のいずれにおいても、栽培期間の全てにおいて、LED(株式会社フィリップス・ジャパン製)照明による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培した。
【0062】
(2)結果
図10に、生育装置に移植した後の経過時間(週)と、チマサンチュの成長量との関係を示す。
図10から明らかなように、実験区は比較区よりも移植後の成長及び発育が早く、実験区では移植後2週間目ほどで収穫ラインを超えたのに対して、比較区では移植後3.5週間を経過した時点で収穫ラインを超えた。
【0063】
<実験6>
(1)条件
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)にわたり、チマサンチュの養液栽培を行った。
第1実験区(+Mg区)では、育苗期間にMg濃度が48ppmのTO処方培養液(硝酸性N濃度=4.6ppm)を用い、生育期間にA処方培養液(EC=1.8、Mg濃度=24ppm、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
第2実験区(++Mg区)では、育苗期間にMg濃度が48ppmのTO処方培養液(硝酸性N濃度=4.6ppm)を用い、生育期間(移植後)にMg濃度を48ppmに調整したMg調整A処方培養液(EC=1.8、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
比較区(Cont区)では、育苗期間にMg濃度が12ppmのTO処方培養液(硝酸性N濃度=4.6ppm)を用い、生育期間にA処方培養液(EC=1.8、Mg濃度=24ppm、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
また、第1実験区、第2実験区、及び比較区では、栽培期間の全てにおいて、蛍光灯照明による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培した。
【0064】
(2)結果
図11に、生育装置に移植した後の経過時間(週)と、チマサンチュの成長量との関係を示す。
図11から明らかなように、第1及び第2実験区は比較区よりも移植後の成長及び発育が早かった。一方、第1実験区と第2実験区とでは、第2実験区の方が移植後の成長及び発育がやや早かったものの、その差はわずかであり、いずれも、移植後、2.5週目ほどで収穫ラインを超えた。これに対して比較区では、移植後3.6週間目ほどで収穫ラインを超えた。
【0065】
また、実験4~6の結果から、照明器具によっても生育装置に移植してからの成長量が異なることが分かった。具体的には、実験4~6の++Mg区はいずれも育苗期間、及び生育期間にMg濃度が48ppmの培養液を用いているが、照明器具として蛍光灯を用いた場合(実験6、
図11)よりもLEDを用いた場合(実験4、
図9、実験5、
図10)の方が成長量が大きく、また、レイトロン株式会社製のLEDを用いた場合(実験4、
図9)よりも株式会社フィリップス・ジャパン製のLEDを用いた場合(実験5、
図10)の方が成長量が大きかった。
【0066】
<実験7>
(1)条件
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)にわたり、コマツナの養液栽培を行った。
実験区(++Mg区)では、育苗期間にMg濃度が48ppmのTO処方培養液を用い(硝酸性N濃度=4.6ppm)、生育期間(移植後)にMg濃度を48ppmとしたMg調整A処方培養液(EC=1.8、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
比較区(Cont区)では、育苗期間にMg濃度が12ppmのTO処方培養液(硝酸性N濃度=4.6ppm)を用い、生育期間にA処方培養液(EC=1.8、Mg濃度=24ppm、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
実験区及び比較区では、栽培期間の全てにおいて、蛍光灯照明による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培した。
【0067】
(2)結果
図12に、生育装置に移植した後の経過時間(週)と、コマツナの成長量との関係を示す。
図11から明らかなように、実験区では比較区よりも移植後の成長及び発育が早く、実験区では移植後2.7週間目ほどで収穫ラインを超えたのに対して、比較区では移植後3.5週間を経過した時点で収穫ラインを超えた。以上の結果から、育苗期間及び生育期間の両方においてMg濃度の高い培養液を用いることにより、コマツナの収穫時期を早めることができることが分かった。
【0068】
<実験8>
(1)条件
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)にわたり、コスレタスの養液栽培を行った。
実験区(++Mg区)では、育苗期間にMg濃度が48ppmのTO処方培養液(硝酸性N濃度=4.6ppm)を用い、生育期間(移植後)にMg濃度を48ppmとしたMg調整A処方培養液(EC=1.8、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
比較区(Cont区)では、育苗期間にMg濃度が12ppmのTO処方培養液(硝酸性N濃度=4.6ppm)を用い、生育期間にA処方培養液(EC=1.8、Mg濃度=24ppm、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
実験区及び比較区では、栽培期間の全てにおいて、蛍光灯照明による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培した。
【0069】
(2)結果
図13に、生育装置に移植した後の経過時間(週)と、コスレタスの成長量との関係を示す。
図13から明らかなように、実験区では比較区よりも移植後の成長及び発育が早く、実験区では移植後3.2週目ほどで収穫ラインを超えたのに対して、比較区では移植後4週目で収穫ラインを超えた。以上の結果から、育苗期間及び生育期間の両方において培養液中のMg濃度を増加させることにより、コスレタスの収穫時期を早めることができることが分かった。
【0070】
<実験9>
(1)条件
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)にわたり、グリーンバタビアの養液栽培を行った。
実験区(++Mg区)では、育苗期間にMg濃度が48ppmのTO処方培養液(硝酸性N濃度=4.6ppm)を用い、生育期間(移植後)にMg濃度を48ppmとしたMg調整A処方培養液(EC=1.8、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
比較区(Cont区)では、育苗期間にMg濃度が12ppmのTO処方培養液(硝酸性N濃度=4.6ppm)を用い、生育期間にA処方培養液(EC=1.8、Mg濃度=24ppm、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
実験区及び比較区では、栽培期間の全てにおいて、蛍光灯照明による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培した。
【0071】
(2)結果
図14に、生育装置に移植した後の経過時間(週)と、グリーンバタビアの成長量との関係を示す。
図14から明らかなように、実験区では比較区よりも移植後の成長及び発育が早く、実験区では移植後3.7週目ほどで収穫ラインを超えたのに対して、比較区では移植後4週間を経過した時点でも収穫ラインを超えなかった。以上の結果から、育苗期間及び生育期間の両方において培養液中のMg濃度を増加させることにより、グリーンバタビアの収穫時期を早めることができることが分かった。
【0072】
実験1~9の結果から、程度の差はあるものの、種々の葉物野菜の養液栽培において従来、一般的に用いられてきたA処方培養液のMg濃度及び硝酸性N濃度と比べて、育苗期間に用いる培養液のMg濃度を高く、且つ、硝酸性N濃度が低くすることにより、生育装置に移植した後の成長量を高めることができることが確認された。さらに、育苗期間において上述した高Mg濃度・低硝酸性N濃度の培養液を用いた場合であって、生育期間において用いる培養液のMg濃度を高くし、且つ、硝酸性N濃度はA処方培養液と同程度もしくはそれ以上にすることにより、生育装置に移植した後の成長量を高めることができることが確認された。ここでは、チマサンチュ、コマツナ、コスレタス、グリーンバタビアを用いて実験を行ったが、これら以外の葉物野菜においても同様の効果が期待できることが推測された。
【0073】
<実験10>
(1)条件
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)にわたり、チマサンチュ、コマツナ、コスレタス、グリーンバタビアの養液栽培を行った。
いずれの葉物野菜も、育苗期間にはMg濃度を48ppmにしたTO処方培養液(硝酸性N濃度=4.6ppm)を用い、生育期間にはMg濃度を48ppmにしたMg調整A処方培養液(EC=1.8、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
【0074】
(2)結果
図15は、生育装置に移植してから3週間目に4種類の葉物野菜を収穫し、各葉物野菜に含まれるMgの量(mg/100g生重量)をICP(Inductively Coupled Plasma)発光分析装置で測定した結果を示す。
図15には、日本食品標準成分表(2015年)に掲載されている各野菜のMgの量、及び、日本食品標準成分表に掲載されているMgの量に対する本実験で収穫された各葉物野菜のMgの量の比率(増加倍数)を示している。
図15から分かるように、全ての葉物野菜においてMgの含有量の増加が確認された。
【0075】
<実験11>
(1)条件
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)にわたり、コマツナの養液栽培を行った。
この実験では、育苗期間にMg濃度が48ppmのTO処方培養液を用い、生育期間にMg濃度を24-120ppmとしたMg調整A処方培養液(EC=1.8、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
実験では、栽培期間の全てにおいて、蛍光灯照明による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培した。
【0076】
(2)結果
図16は、生育期間を経て収穫したコマツナ(つまり、生育装置に移植した後、3週間目に収穫したコマツナ)の成長量(生重量(g fw/3W)と、生育期間に用いた培養液中のMg濃度との関係を示している。グラフ上の各点は3個体の平均値である。
図16から分かるように、生育期間に用いられる培養液中のMg濃度が24ppm~72ppmの範囲ではMg濃度の増加に伴い成長量が増加したが、72ppm~120ppmの範囲ではMg濃度の増加に伴い成長量が低下した。
【0077】
上述したように、従来処方の培養液中のMg濃度は10~40ppm、硝酸性N濃度は60~240ppmであることから、少なくとも
図16において、Mg濃度が40ppmのときの成長量よりも多ければ、従来処方よりも成長が促進されたと考えられる。つまり、生育期間においては、Mg濃度が48ppm~120ppmの培養液を用いることにより、従来よりもコマツナの成長を早めることができることが推測された。
【0078】
また、コマツナの収穫ライン(収穫に適した生重量)は約80gであるところ、本実験において3週間目の生重量が収穫ラインを超えるMg濃度は48ppm~120ppmの範囲であった。このことより、生育期間においてMg濃度が48ppm~120ppmの培養液を用いれば、通常は4週間の収穫期間を3週間もしくはそれよりも短い期間に短縮することができることが分かる。
【0079】
<実験12>
(1)条件
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)にわたり、リーフレタス(キク科)の一種であるグリーンウェーブの養液栽培を行った。
実験区(++Mg区)では、育苗期間にMg濃度が48ppmのTO処方培養液(硝酸性N濃度=4.6ppm)を用い、生育期間にMg濃度を72ppmに調整したMg調整A処方培養液(EC=1.8、硝酸性N濃度=161ppm)を用いた。
比較区(Cont区)では、育苗期間にMg濃度が12ppmのTO処方培養液(硝酸性N濃度=4.6ppm)を用い、生育期間にMg濃度が24ppmのA処方培養液(EC=1.8)を用いた。
実験区及び比較区では、栽培期間の全てにおいて、LED(レイトロン株式会社製)照明による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培した。
【0080】
(2)結果
図17に、生育装置に移植した後の経過時間(週)と、グリーンウェーブの成長量との関係を示す。
図17から明らかなように、実験区は比較区よりも移植後の成長及び発育が早く、実験区では移植後2.3週間目ほどで収穫ラインを超えたのに対して、第1実験区では移植後3.7週間を経過した時点で収穫ラインを超えた。以上の結果から、育苗期間及び生育期間の両方において培養液中のMg濃度を増加させることにより、グリーンウェーブの収穫時期を早めることができることが分かった。
【0081】
<実験13>
(1)条件
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、発芽期間、育苗期間、生育期間、及び収穫前期間(3日間)にわたり、コマツナ及びグリーンバタビアの養液栽培を行った。
この実験では、上述した実験7の実験区(++Mg区)と同じ条件で、発芽期間、育苗期間及び生育期間の栽培を行った。そして、収穫前期間は、生育期間と同じ生育装置を用い、培養液及び照明条件を変更して養液栽培を行った。
【0082】
(2)収穫前期間の条件
培養液として、上述したA処方培養液から硝酸性窒素及びアンモニア性窒素を除去するとともに、塩化カルシウムを添加して、窒素をほとんど含まず、カルシウムの含有量が30、50、100、120、140mg/Lである養液(収穫前処理養液)を用いた。ここで、「窒素をほとんど含まない」とは、窒素の含有量が2.2g/mL以下であることをいう。なお、収穫前処理養液に含まれる窒素の量はできるだけ少ないことが好ましい。従って、生育期間から収穫前期間に移行する際は、生育期間に用いた培養液に含まれていた窒素が生育装置に残存しないように、生育装置の容器本体及び供給路を十分に洗浄した。
また、青色LEDを用いて波長が490nm以下の可視光を24時間、連続的に照明した。このときの光量子束密度は200μmol/m2/秒であった。
【0083】
(3)結果
上述した収穫前処理液を用いて収穫前期間、養液栽培を行った後、収穫したコマツナ及びグリーンバタビア(以下、「実験区」)の地上部の生重量、ORAC(Oxygen Radical Absorbance Capacity:活性酸素吸収能力)値、及び抗酸化成分の量を測定した。また、比較のため、生育期間を経て(つまり、収穫前期間を経ずに)収穫したコマツナ及びグリーンバタビア(以下「比較区」とする)の地上部の生重量、ORAC値、及び抗酸化成分の量を測定した。
その結果、地上部の生重量は、コマツナ及びグリーンバタビアのいずれについても、実験区と比較区の間で大きな差はなかった。一方、ORAC値及び抗酸化成分の量は、実験区の方が比較区よりも大きかった。
【0084】
図18及び
図19に、実験区の例として、カルシウムの含有量が50mg/Lの収穫前処理養液を用いて収穫前期間、養液栽培を行った後、収穫したコマツナ及びグリーンバタビアに含まれていた抗酸化成分の量及びORAC値を示す。
図18及び
図19には、比較区のコマツナ及びグリーンバタビアに含まれていた抗酸化成分の量及びORAC値も示している。
【0085】
図18及び
図19から明らかなように、実験区のコマツナ及びグリーンバタビアは、いずれも比較区に比べて抗酸化成分が多く含まれており、抗酸化成分の中でも特にグルタチオン(還元型)の量が増大していた。
なお、
図18及び
図19では、カルシウムの含有量が50mg/Lの収穫前処理養液を用いた例を示したが、カルシウムの含有量が50~120mg/Lの範囲であれば、ほぼ同様の結果が得られた。
【0086】
図20は、通常の栽培方法で得られた野菜に含まれるグルタチオンの含有量を示している。この
図20に示されている数値から、本実験で得られたコマツナ及びグリーンバタビアに含まれるグルタチオンの含有量は、通常の野菜に比べて非常に多いことは明らかである。
【0087】
グルタチオン(還元型)は、過酸化物や活性酸素種を還元して消去する機能、解毒作用等を有することが知られており、以下に示す作用を有する医薬品、化粧品及びサプリメントに利用されている。
(a)医薬品:
慢性肝疾患における肝機能の改善
急性湿疹、慢性湿疹、皮膚炎、じんま疹などの炎症抑制
角膜炎、老人性白内障、角膜損傷の治療
パーキンソン病の治療
(b)化粧品成分
メラニン色素の形成抑制(美白効果)
ビタミンCの再生
アンチエイジング
(c)サプリメント
肝臓の解毒作用を高める
アルコールによる二日酔い防止
【0088】
実験13で得られたコマツナ及びグリーンバタビアはグルタチオンを多く含むことから、これらの野菜は、上述した医薬品、化粧品、サプリメントの材料として有用であり、また、これらの野菜自身が機能性野菜として有用となる。さらに、実験10の結果より、実験13で得られたコマツナ及びグリーンバタビアは、従来の野菜に比べてMgを多く含むことが見込まれる。このことから、実験13で得られたコマツナ及びグリーンバタビアは、グルタチオン及びMgの両方を多く含む、優れた機能性野菜となり得る。
【0089】
図21は、コマツナ、コマツナ紫、チマサンチュを、一般的な従来処方による培養液を用いて育苗期間(播種後4日目から14日目まで)と生育期間(移植後4週間)栽培した後、3日間、収穫前処理を施したときのカルシウム量(Ca量)と抗酸化能力(ORAC(Oxygen Radical Absorbance Capacity)値)の関係を示している(特許文献2参照)。収穫前処理で用いた培養液は、Ca量が0~140mg/L、窒素量が2.0mg/Lとなるように、硫酸カルシウムを水に溶解して調製されたものである。
【0090】
図21から分かるように、一般的な従来処方による培養液を用いて育苗期間及び生育期間の養液栽培を行った場合でも、収穫前期間に収穫前処理養液を用いた養液栽培を行うことにより、コマツナ以外の野菜(チマサンチュ)についても、抗酸化成分が増加した。このことから、コマツナ、グリーンバタビア以外の野菜であっても、実験13と同様の結果が得られることが推測された。
【0091】
<その他>
本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、適宜の変更が可能である。
例えば、上記実施例では、チマサンチュ、コマツナ、コスレタス、グリーンバタビア、チンゲンサイ、リーフレタス、シュンギクを用いたが、これら以外の葉物野菜にも本発明は適用可能である。また、葉物野菜に限らず、ダイコン、ニンジン、カブ、ゴボウ、レンコン、ショウガ、ジャガイモ、サトイモ、サツマイモ、ヤマイモ、タマネギ等の根菜類、キュウリ、カボチャ、スイカ、メロン、トマト、ナス、ピーマン、オクラ、サヤインゲン、ソラマメ、エンドウ、エダマメ、シシトウ等の果菜類等、野菜類全般に適用可能であり、野菜以外の例えば花卉にも適用可能である。要するに、植物生理学の原理を考えると、本発明は、養液栽培が可能な栽培植物全般に適用可能である。
【0092】
葉物野菜の葉に含まれるMgの量が多くなると、食したときに苦みを感じることが多い。従って、葉物野菜を養液栽培する場合であって、生育期間において従来処方よりもMg濃度が高い培養液を用いる場合は、例えば生育期間の前半にのみMg濃度の高い培養液を用い、後半(例えば収穫前の1週間程度)は従来処方のMg濃度の培養液を用いるようにしても良い。このようにすることで、収穫された葉物野菜の葉に含まれるMgの量を抑えることができる可能性がある。