(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-16
(45)【発行日】2022-02-25
(54)【発明の名称】歪ゲージ用薄膜抵抗体
(51)【国際特許分類】
H01C 10/10 20060101AFI20220217BHJP
H01C 7/00 20060101ALI20220217BHJP
【FI】
H01C10/10 B
H01C7/00 230
(21)【出願番号】P 2018098885
(22)【出願日】2018-05-23
【審査請求日】2021-04-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】特許業務法人快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山寺 秀哉
(72)【発明者】
【氏名】島岡 敬一
(72)【発明者】
【氏名】横山 賢一
【審査官】北原 昂
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-270201(JP,A)
【文献】特開平6-300649(JP,A)
【文献】特開2015-031633(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2009-0081195(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01C 10/10
H01C 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロム(Cr)と酸素(O)と窒素(N)を含んでおり、一般式Cr
100-x-yO
xN
yで表され、組成比x、yは、原子%において、3.0≦x≦15.0の関係と、1.0≦y≦10.0の関係を満たしており、前記クロムが(110)配向のbcc構造を有している、歪ゲージ用薄膜抵抗体。
【請求項2】
ゲージ率が10以上である、請求項1に記載の歪ゲージ用薄膜抵抗体。
【請求項3】
抵抗温度係数が±100[ppm/℃]以下である、請求項1又は2に記載の歪ゲージ用薄膜抵抗体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書が開示する技術は、歪ゲージ用薄膜抵抗体に関する。
【背景技術】
【0002】
歪ゲージ用薄膜抵抗体は、圧力センサ等に用いられる。歪ゲージ用薄膜抵抗体では、センサの感度を決定する主要因であるゲージ率が重要である。ほとんどの金属でゲージ率は2.0程度であり、より高いゲージ率を有する材料が望まれていた。特許文献1―4には、クロムに他の物質を少量添加することにより、高いゲージ率が得られることが開示されている。
【0003】
特許文献1に、クロム(Cr)を主成分とし、窒素(N)と酸素(O)を含む歪抵抗膜が開示されている。特許文献1によれば、その歪抵抗膜は、一般式Cr100-x-yNxOyで表される。x、yは原子%を単位とする組成比を示しており、0.0001≦x≦30、0≦y≦30、0.0001≦x+y≦50の関係を満たす。そして、その歪抵抗膜は、熱処理によるA15型構造のbcc構造への変化により、bcc構造またはbcc構造とA15型構造との混成組織からなるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第3642449号公報
【文献】特許第1938853号公報
【文献】特許第2141235号公報
【文献】特許第2562610号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された歪抵抗膜は、ゲージ率が一桁台であり、抵抗温度係数(TCR)は数百[ppm/℃]である。本明細書は、従来よりもさらにゲージ率の高い歪抵抗膜(歪みゲージ用薄膜抵抗体)を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本明細書が開示する歪みゲージ用薄膜抵抗体は、クロム(Cr)と酸素(O)と窒素(N)を含んでおり、一般式Cr100-x-yOxNyで表される。その組成比x、yは、原子%において、3.0≦x≦15.0の関係と、1.0≦y≦10.0の関係を満たしている。そして、本明細書が開示する歪みゲージ用薄膜抵抗体は、クロムが(110)配向(優先配向)のbcc構造を有している。(110)配向したCr-O-N膜は、高いゲージ率を有しており、従来よりも高感度な歪抵抗素子を実現することができる。なお、「(110)配向」とは、(110)優先配向を指す。
【0007】
本明細書が開示する歪ゲージ用薄膜抵抗体の一例は、ゲージ率が10以上である。また、その抵抗温度係数は、±100[ppm/℃]以下である。本明細書が開示する技術の一つによると、高いゲージ率と低い抵抗温度係数を両立した歪ゲージ用薄膜抵抗体を実現することができる。
【0008】
本明細書が開示する技術の詳細とさらなる改良は以下の「発明を実施するための形態」にて説明する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】作成したサンプルと比較例のゲージ率と抵抗温度係数とX線回折強度比を比較した表である。
【
図2】
図1の表のグラフである(横軸は酸素含有率)。
【
図3】
図1の表のグラフである(横軸はクロム含有率)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
温度特性改善のため、クロム(Cr)に窒素(N)または酸素(O)を添加すると、ゲージ率が低下する。これは、クロムに窒素または酸素Oを添加すると、bcc構造のクロムの結晶性が低下し、本来のbcc構造のクロムが有するピエゾ抵抗効果が十分に発揮されないためであると推定する。即ち、クロムを主成分とする従来の歪ゲージ用薄膜抵抗体では、ゲージ率と抵抗温度係数は背反する特性であった。
【0011】
発明者らは、クロム(Cr)に酸素(O)と窒素(N)を添加し、かつ、好適な熱処理を施すと、bcc構造のクロムにおいて、(110)配向性が高まることを発見した。すなわち、好適な熱処理を施すと、クロムは、ピエゾ抵抗係数の高い(110)面に優先配向する。その結果、ゲージ率を高めることができることが解った。また、bcc構造のクロムに酸素と窒素を添加し、かつ、良好な熱処理を施すと、bcc構造のクロム粒界に金属伝導を妨げる散乱体であるクロムの酸化物および窒化物が生ずることを発見した。そのため、通常の等方性bcc構造のクロムは高い抵抗温度係数を有するが、(110)配向したクロムでは、抵抗温度係数をゼロ近くまで低下させることができることが判明した。
【0012】
一般に、(110)配向していない等方性のbcc構造のクロムのゲージ率は10以下である。一方、(110)方位に優先配向したbcc構造のクロムでは、高いピエゾ抵抗係数を有するために10以上の高いゲージ率が得られる。
【0013】
(110)配向のbcc構造のクロムに3乃至15[原子%]の酸素を添加するとともに、1乃至10[原子%]の窒素を添加すると、抵抗温度係数が±100[ppm/℃]以下の、抵抗温度特性に優れた歪ゲージ用薄膜抵抗体を提供できる。上述の組成では、(110)配向のbcc構造のクロムの結晶性を変えることなく、粒界金属伝導を妨げるクロムの酸化物および窒化物の散乱体が適度に生じる。そのため、クロムの高い抵抗温度係数を低下させることができる。
【0014】
酸素が3[原子%]以下、または、窒素が1[原子%]以下であると、bcc構造のクロムが(110)方位に優先配向することがない。それゆえ、この場合、ゲージ率は10以上に高くならない。また、添加元素が少ないと、純クロム金属に近い、高い抵抗温度係数(+100[ppm/℃]以上)になるため、抵抗温度特性に優れなくなる。
【0015】
一方、酸素が15[原子%]以上、または、窒素が10[原子%]以上であると、bcc構造のクロムの結晶性が低下するため、ゲージ率は10以下に低下する。
【0016】
また、添加元素が多いと、電気伝導が半導体的になり負の抵抗温度係数(-100[ppm/℃]以下)になるため、抵抗温度特性に優れなくなる。
【0017】
本発明の歪ゲージ用薄膜抵抗体を使用した歪抵抗素子は、以下の方法で製造した。まず基板となるガラス板にアルゴン(Ar)と窒素分子(N2)の反応性スパッタリング法により、200[nm]のクロム-酸素-窒素(Cr-O-N)の薄膜を形成した。酸素(O)を導入しないのは、クロムが残留ガス中の酸素(O)と反応するため、導入しなくとも必要な酸素(O)を添加できるためである。
【0018】
得られた薄膜の組成をXPS法により分析したところ、Cr85O10N5であった。次に歪ゲージの両端に、200[nm]の厚みのニッケル(Ni)と、50[nm]の厚みの金(Au)の2層膜からなる電極を形成し、その後、温度300[℃]の窒素分子(N2)の雰囲気ガスの中で30分間熱処理を施した。この熱処理は、bcc構造のクロムの(110)配向性を高めるためである。この配向性を確認するために、熱処理後の試料を、X線回析により解析した。配向性の評価は、Bcc構造のクロムの最強回折線(110)と第2強回折線(211)の強度比(P=I(110)/I(211))で評価した。なお、無配向のbcc構造のクロムの粉末のX線データでは、P=3.33であった。
【0019】
歪抵抗素子の評価は次のように実施した。歪抵抗素子に歪(ε)を0~10-3のオーダで印加し、歪抵抗素子の抵抗値(R)を測定し、(1)式からゲージ率を算出した。歪量は、既知の歪ゲージで較正した。
【0020】
K=(R-R0)/ε (1)
【0021】
数式(1)において、記号R0は、歪ゼロのときの抵抗値である。次に、同じ抵抗素子を歪量ε=0の状態で、温度(T)を25[℃]から150[℃]の間で変えて、抵抗(R)を測定し、(2)式から抵抗温度係数(TCR)を算出した。
TCR=dR/dT (2)
【0022】
数式(2)において、dRは抵抗変化量を表しており、dTは温度変化量を表している。いくつかのサンプルについての評価結果を、X線回折の解析結果とともに
図1-
図3に示す。
図1-
図3には、(110)配向していない比較例についての評価結果も載せている。なお、
図2、
図3は、
図1の表をグラフにしたものである。
図2、
図3において、黒丸がサンプルの結果を示しており、ばつ印が比較例の結果を示している。縦軸はゲージ率である。
図2の横軸は、酸素含有量であり、
図3の横軸はクロム含有量である。
【0023】
図1の結果から、サンプル1-5は、いずれも10以上の高いゲージ率と±100[ppm/℃]未満の低い抵抗温度係数を示している。また、X線回折結果では、配向性を表す(110)方位と(211)方位の強度比p=I(110)/I(221)は10以上であり、bcc構造のクロムが(110)方位に配向(優先配向)していることが示された。サンプルが高いゲージ率を示したのは、bcc構造のクロムが(110)に優先配向したために、クロムの(110)面の高いピエゾ抵抗効果が発現されたためであると推定される。特に、
図3に示されているように、クロムの含有率が低下しても、ゲージ率は高い値を保持することがわかった。クロムを主成分とする従来の抵抗体では、クロムの含有率が下がるにつれてゲージ率が低下しているのに対して、(110)配向したサンプルでは、クロムの含有率の変化によらず高いゲージ率が得られている。
【0024】
また、サンプルが低い抵抗温度係数を示したのは、(110)配向したbcc構造のクロムの結晶粒界に金属伝導を妨げるクロムの酸化物および窒化物の散乱体が適度に生ずるため、クロムの高い抵抗温度係数を低下させることができたからであると推定される。
【0025】
一方、比較例では、10以下の低いゲージ率と、±100[ppm/℃]以上の高い抵抗温度係数しか得られなかった。また、bcc構造のクロムの配向性を示すp=I(110)/I(221)は10以下で、無配向の数値3.3に近かった。比較例のゲージ率が低いのは、bcc構造のクロムが(110)方位に配向していないために、クロムの(110)面の高いピエゾ抵抗効果が発現されなかったためであると推定される。また、比較例1の抵抗温度係数が特に高いのは、その組成が、含有率100[%]の純粋なクロムに近かったためであると推定される。比較例2、3で抵抗温度係数が高いのは、添加元素が多すぎて半導体的な電気伝導になったためであると推定される。
【0026】
比較例1は、窒素(N)が1[原子%]未満のケースであり、比較例2、3は、窒素(N)が10[原子%]を超えるケースである。また、比較例2は、酸素(O)が3[原子%]未満のケースでもあり、比較例3は、酸素(O)が15[原子%]を超えるケースでもある。比較例1-3は、いずれも、ゲージ率Kが10.0を下回っている。
【0027】
以上のことから、クロムを主成分とし、酸素(O)を3乃至15[原子%]、かつ、窒素(N)を1乃至10[原子%]含有し、クロムが(110)配向のbcc構造の薄膜抵抗体は、10以上のゲージ率と、±100[ppm/℃]以下の特性を示す。この薄膜抵抗体(歪ゲージ用薄膜抵抗体)を歪ゲージに適用することで、従来よりもさらに高感度かつ温度特性に優れた歪抵抗素子を実現することができる。
【0028】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。