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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-16
(45)【発行日】2022-02-25
(54)【発明の名称】環状ポリシラン化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07F 7/08 20060101AFI20220217BHJP
   C08G 77/60 20060101ALI20220217BHJP
【FI】
C07F7/08
C08G77/60
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020539615
(86)(22)【出願日】2019-08-30
(86)【国際出願番号】 JP2019034071
(87)【国際公開番号】W WO2020045614
(87)【国際公開日】2020-03-05
【審査請求日】2020-08-31
(31)【優先権主張番号】P 2018161800
(32)【優先日】2018-08-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】内藤 良太
(72)【発明者】
【氏名】遠宮 拓
(72)【発明者】
【氏名】玉木 エリ
【審査官】池上 佳菜子
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-281871(JP,A)
【文献】特開昭54-130541(JP,A)
【文献】特開2003-313190(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F 7/21
C08G 77/60
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属ナトリウム、および塩化リチウムを含む混合液に、下記式(I)で示されるシランモノマー化合物を添加して反応させる反応工程を含む、環状ポリシラン化合物の製造方法。
【化1】
(式中、RおよびRは、それぞれ独立して水素原子、炭化水素基、アルコキシ基またはハロゲン原子を表し、XおよびXはそれぞれ独立してハロゲン原子またはアルコキシ基を表す。nは1以上の整数である。)
【請求項2】
前記シランモノマー化合物を分割添加する、請求項1に記載の環状ポリシラン化合物の製造方法。
【請求項3】
前記反応工程における温度条件が-10℃以上かつ反応液の沸点未満である、請求項1または2に記載の環状ポリシラン化合物の製造方法。
【請求項4】
前記シランモノマー化合物の添加の温度条件が、-10℃以上室温以下である、請求項3に記載の環状ポリシラン化合物の製造方法。
【請求項5】
前記シランモノマー化合物の添加後の反応液の温度が20℃以上である、請求項3または4に記載の環状ポリシラン化合物の製造方法。
【請求項6】
前記混合液に含まれるリチウムの物質量が、金属ナトリウムの物質量の0.01倍以上5倍以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の環状ポリシラン化合物の製造方法。
【請求項7】
前記混合液の調製のために、平均粒径1μm以上30μm以下の金属ナトリウムを電気絶縁油に分散させた、ナトリウムディスパージョンを用いる、請求項1~6のいずれか1項に記載の環状ポリシラン化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環状ポリシラン化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化ケイ素繊維は千数百度の高温大気中においても耐熱性および耐酸化性に優れた繊維である。この特性を生かし、原子力分野および航空宇宙分野での適用が期待されている。
【0003】
炭化ケイ素繊維は、前駆体であるポリカルボシラン等の有機ケイ素高分子化合物を、紡糸、不融化および焼成することによって得られる。超耐熱性の炭化ケイ素繊維を得るには、繊維を形成する高分子化合物への酸素原子の導入を抑制する必要がある。そのため、酸素含有量が少ない有機ケイ素高分子化合物を使用し、不融化の際には酸素を導入しない方法を採用することで、超耐熱性の炭化ケイ素繊維が製造されている。ドデカメチルシクロヘキサシランなどの環状ポリシラン化合物は、酸素含有率が0.1重量%程度のポリカルボシランを得ることができることから、炭化ケイ素繊維の前駆体となる有機ケイ素高分子化合物の原料として有用である。
【0004】
ポリシラン化合物を得るために、種々の研究がなされている。例えば、特許文献1には、アルカリ金属を不活性溶媒に分散させた分散体含む反応液に添加し、ポリシラン化合物を合成する工程を含む方法が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、環状でないポリシラン化合物を得るために、金属ハロゲン化物およびアルカリ金属を含む非プロトン性溶媒下に、ジハロシランを加える方法が開示されている。
【0006】
特許文献3には、ドデカメチルシクロヘキサシランの製造方法として、キシレンと金属ナトリウムとを加熱還流し、ジクロロジメチルシランを滴下してポリジメチルシランを得て、次いで精製したポリジメチルシランと金属ナトリウムのナフタレン分散体とテトラヒドロフラン(THF)とを室温で撹拌混合した後、撹拌しながら加熱還流後、室温まで冷却後、エタノールを添加する方法が記載されている。
【0007】
特許文献4では、リチウム塩および金属ハロゲン化物の共存下で、有機ジハロシランにマグネシウムまたはマグネシウム合金を作用させることで、環状ポリシラン化合物と鎖状ポリシラン化合物の混合物を得る方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】日本国公開特許公報 特開2017-57310号公報
【文献】日本国公開特許公報 特開平10-182834号公報
【文献】日本国公開特許公報 特開昭54-130541号公報
【文献】日本国公開特許公報 特開2001-281871号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1、2および4のような技術では、高い収率で環状ポリシラン化合物を得るのは困難である。
【0010】
特許文献3のような技術についても、合成したポリジメチルシランから溶媒(キシレン)を除去するための精製操作を含んでおり、操作が煩雑であるという問題がある。
【0011】
そこで、本発明は上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、環状ポリシラン化合物を簡便かつ高い収率で得る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、金属ナトリウムおよびリチウム塩を含む溶液にシランモノマー化合物を滴下することで、環状ポリシラン化合物をより高い収率で得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、金属ナトリウム、およびリチウム塩を含む混合液に、下記式(I)で示されるシランモノマー化合物を添加して反応させる反応工程を含む、環状ポリシラン化合物の製造方法である。
【0014】
【化1】
式中のRおよびRは、それぞれ独立して水素原子、炭化水素基、アルコキシ基またはハロゲン原子を表し、XおよびXはそれぞれ独立してハロゲン原子またはアルコキシ基を表す。nは1以上の整数である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の一態様によれば、環状ポリシラン化合物を簡便かつ高い収率で得る方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
<1.環状ポリシラン化合物の製造方法>
本発明に係る環状ポリシラン化合物の製造方法は、金属ナトリウム、およびリチウム塩を含む混合液に、シランモノマー化合物を添加して反応させる反応工程を含む。
【0017】
また、本実施形態に係る環状ポリシラン化合物の製造方法では、上述の反応工程に先立って、金属ナトリウム、およびリチウム塩を含む混合液を調製する調製工程を含んでいてもよい。以下、反応工程および調製工程について、順に説明する。
【0018】
〔反応工程〕
反応工程では、金属ナトリウム、およびリチウム塩を含む混合液に、下記式(I)で示されるシランモノマー化合物を添加する。混合液にシランモノマー化合物を添加することにより、シランモノマー化合物から環状ポリシラン化合物が生成し得る。なお、混合液については後述する。
【0019】
【化2】
式(I)中、RおよびRは、それぞれ独立して水素原子、炭化水素基、アルコキシ基またはハロゲン原子を表し、XおよびXはそれぞれ独立してハロゲン原子またはアルコキシ基を表す。nは1以上の整数である。
【0020】
およびRならびにXおよびXにおけるアルコキシ基としてはメトキシ基およびエトキシ基等が挙げられ、ハロゲン原子としてはフッ素原子、塩素原子、臭素原子およびヨウ素原子等が挙げられる。これらアルコキシ基およびハロゲン原子はケイ素との電気陰性度差が大きく、シランモノマー化合物内で分子内分極を起こすため、反応性に富んでおり、反応において脱離基として機能する置換基である。このような置換基としては、シランモノマー化合物自体の安定性および安定供給の観点から、ハロゲン原子が好ましく、塩素原子がより好ましい。
【0021】
シランモノマー化合物におけるアルコキシ基またはハロゲン原子の数は、2つ以上(2つ、3つ、4つ等)であるが、分岐なく環状ポリシラン化合物を形成する観点から、2つ(XおよびX)であることが好ましい。1つのシランモノマー化合物における2つ以上のアルコキシ基またはハロゲン原子は、互いに同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0022】
およびRにおける炭化水素基としては、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基およびアリール基等が挙げられる。
【0023】
およびRは、環状ポリシラン化合物における側鎖となり得る。そのため、合成目的の環状ポリシラン化合物に合わせてシランモノマー化合物のRおよびRを選択すればよい。一例において、RおよびRは、水素原子または炭化水素基であることが好ましく、炭化水素基であることがより好ましく、アルキル基であることがさらに好ましく、メチル基であることが特に好ましい。
【0024】
およびXは、それぞれ独立してハロゲン原子またはアルコキシ基であるが、環状ポリシラン化合物の収率を高くする、という観点から、両者は同一の官能基であることが好ましい。
【0025】
は1以上の整数であるが、合成目的の環状ポリシラン化合物のケイ素数以下であることが好ましい。nは、例えば、1、2、3、4、5、6、7、8、9、10またはそれ以上であり得る。nは、シランモノマー化合物自体の安定性およびシランモノマー化合物どうしの反応性を高める観点から、1または2であることが好ましく、1であることがより好ましい。
【0026】
一例において、シランモノマー化合物は、式(I)において、RおよびRがそれぞれ独立して水素原子または炭化水素基を表し、XおよびXがそれぞれ独立してハロゲン原子を表し、nが1以上の整数であることが好ましい。さらに好ましい例では、XとXとは同一の原子である。
【0027】
一般的に、金属を含む溶液にシランモノマー化合物を添加して環状ポリシランを製造する際には、環状ポリシラン化合物、鎖状ポリシラン化合物および環状と鎖状構造をともに有するポリシラン化合物が生成される。しかし、上述の好ましいシランモノマー化合物を用いると、過剰な副反応が抑制され、環状ポリシラン化合物を生成する反応の割合が高くなる。よって、上述したシランモノマー化合物を用いることは、環状ポリシランの収率を高くする観点から好ましい。
【0028】
本実施形態における反応工程は、シランモノマー化合物の添加をする添加工程を含む。添加工程の後、反応を続けることで環状ポリシランを得ることができる。また、添加工程において後述の混合液の温度が20℃未満である場合は、添加工程の後に温度を上げて反応させる昇温工程をさらに含むことが好ましい。各工程について説明する。
【0029】
(添加工程)
添加工程において添加するシランモノマー化合物は上述の式(I)で示される化合物であるが、添加に際してはシランモノマー化合物単独でもよいし、溶媒と混合されていてもよい。一例において、シランモノマー化合物は常温で液体であるため、溶媒と混合され得る。なお、溶媒は、後述する混合液の溶媒と同一のものであることが好ましい。
【0030】
当該溶媒としては、例えば、非プロトン性極性溶媒等が挙げられる。非プロトン性極性溶媒としては、例えば、テトラヒドロフラン(THF)、1,2-ジメトキシエタン、4-メチルテトラヒドロピラン、ビス(2-メトキシエチル)エーテル、1,4-ジオキサン、およびシクロペンチルメチルエーテル等が挙げられる。これらの溶媒は、単独で用いてもよいし、2種以上の混合物として用いてもよい。中でもテトラヒドロフラン、4-メチルテトラヒドロピランおよびシクロペンチルメチルエーテルが好ましく、テトラヒドロフランがより好ましい。
【0031】
添加するシランモノマー化合物が溶媒と混合されている場合、添加した際に局所的にシランモノマー化合物の濃度が高くなることが低減される。そのため、鎖状ポリシラン化合物を生成する反応よりも、環状ポリシラン化合物を生成する反応の割合が増加し、環状ポリシラン化合物の収率が高くなる。
【0032】
シランモノマー化合物が溶媒と混合されている場合、溶媒の量は特に限定されないが、鎖状ポリカルボシランの生成抑制の観点から、シランモノマー化合物1gあたり、1mL以上50mL以下であることが好ましく、5mL以上20mL以下であることがより好ましい。
【0033】
シランモノマー化合物と溶媒とを混合するときの温度は特に制限されないが、0℃以上室温以下で混合および撹拌することが好ましい。
【0034】
添加工程におけるシランモノマー化合物の添加量は、混合液に含まれる金属ナトリウムの量との比で規定することが好ましい。金属ナトリウムの量とシランモノマー化合物の量との比は、特に限定されないが、環状ポリシラン化合物の収率の観点から、シランモノマー化合物の脱離基1つあたりの金属ナトリウム量が1.0モル当量以上となるように、シランモノマー化合物を添加することが好ましい。すなわち、例えば、1つのシランモノマー化合物の脱離基の総数がN個である場合には、シランモノマー化合物に対して金属ナトリウムがN×1.0モル当量以上となることが好ましい。また、反応後処理の観点から混合液に含まれる金属ナトリウムが、脱離基1つあたり3.0モル当量以下となるように、シランモノマー化合物を添加することが好ましい。また、副反応抑制の観点から脱離基1つあたり金属ナトリウム量が2.0モル当量以下となるようにシランモノマー化合物を添加することが好ましく、1.5モル当量以下となるように添加することがより好ましく、1.3モル当量以下となるように添加することがさらに好ましい。
【0035】
シランモノマー化合物の添加法は特に限定されないが、分割添加することが好ましく、滴下することがより好ましい。これにより、局所的にシランモノマー化合物の濃度が高まることが低減されるため、鎖状ポリシラン化合物の生成が抑えられる。そのため、環状ポリシラン化合物を生成する反応の割合が増加し、環状ポリシラン化合物の収率が高くなる。
【0036】
シランモノマー化合物の添加は、混合液中で局所的にシランモノマー化合物の濃度が高まることを低減する観点から、撹拌しながら行うことが好ましい。また、シランモノマー化合物の添加が終了した後も撹拌を続けることが好ましい。撹拌は、例えば、撹拌翼、マグネチックスターラーまたは振盪機などによって行うことができるがこれに限らない。
【0037】
添加工程における当該混合液の温度は、-10℃以上であることが好ましく、-5℃以上であることがより好ましい。
【0038】
また、混合液の温度は、シランモノマー化合物を添加した後の混合液の沸点未満であることが好ましく、50℃未満であることがより好ましく、45℃未満であることがより好ましく、40℃未満であることがより好ましく、35℃未満であることがより好ましく、30℃未満であることがより好ましい。また、発熱抑制の観点からは、室温以下であることが好ましく、25℃未満であることが好ましく、20℃未満であることがさらに好ましく、15℃未満であることがさらに好ましく、10℃未満であることがさらに好ましく、5℃未満であることがさらに好ましい。一例において、当該混合液は氷冷されており、その温度は、0℃である。ここで、「室温以下」とは、27℃以下、26℃以下、または25℃以下を意図している。
【0039】
添加工程において、混合液の温度が上述の範囲内にあることで、鎖状ポリシランの生成を抑制し、環状ポリシランの収率を高くすることができる。
【0040】
なお、以下においては特に断りのない限り、「シランモノマー化合物を添加した後の混合液」を、単に「反応液」と記載する。
【0041】
単位時間当たりのシランモノマー化合物の添加量は特に限定されず、全体の容量等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、1分当たり添加全量の0.1%以上30%以下であることが好ましく、0.2%以上25%以下であることがより好ましい。
【0042】
添加工程の時間は特に限定されず、全体の容量等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、発熱抑制の観点から1分以上であることが好ましく、3分以上であることがより好ましい。また、添加工程の時間は反応時間短縮の観点から18時間以下であることが好ましく、8時間以下であることがより好ましく、5時間以下であることがさらに好ましい。
【0043】
シランモノマー化合物の添加が終了した後に撹拌を続ける場合、添加後の撹拌時間は特に限定されないが、例えば、1時間以上10時間以下であることが好ましく、2時間以上8時間以下であることがより好ましく、3時間以上5時間以下であることがさらに好ましい。一例において、添加後の撹拌時間は3時間である。
【0044】
(昇温工程)
本実施形態に係る環状ポリシラン化合物の製造方法において、添加工程における混合液の温度を20℃未満とする場合には、添加工程の後に反応液の温度を上げて、さらに反応を続ける昇温工程を含むことが好ましい。すなわち、混合液が第1の温度である期間にシランモノマー化合物を添加した後、第1の温度よりも高い第2の温度下で、反応液における反応を継続させることが好ましい。
【0045】
これにより、添加工程を含む反応初期の発熱および過剰反応を抑制することができ、且つ、添加後には反応の進行を加速させることができる。なお、第1の温度は、上述の、混合液にシランモノマー化合物を添加する際の当該混合液の温度であり、20℃未満であることが好ましく、15℃未満であることがより好ましく、10℃未満であることがさらに好ましく、5℃未満であることが特に好ましい。一例において、当該混合液は氷冷されており、その温度は、0℃である。
【0046】
第2の温度は、0℃以上であることが好ましく、5℃以上であることがより好ましく、10℃以上であることがさらに好ましく、20℃以上であることが最も好ましい。また、第2の温度は、反応液の沸点未満であることが好ましい。一例において、当該反応液の温度は、室温(23℃~27℃)である。
【0047】
第1の温度から第2の温度へ昇温させる方法は特に限定されないが、例えば、添加工程後の反応液を所定の温度雰囲気下に置く方法、ならびにヒーター、水浴および電磁波などによって所定の温度になるまで加熱する方法などが挙げられる。
【0048】
昇温工程における昇温の時間は、特に限定されず、全体の容量等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、0.1時間以上5時間以下であることが好ましく、0.25時間以上3時間以下であることがより好ましい。
【0049】
本実施形態における環状ポリシランの製造方法は、反応工程を含み、反応工程は添加工程および、必要に応じて昇温工程を含む。反応工程全体の時間は、特に限定されないが、例えば、1時間以上35時間以下であることが好ましく、3時間以上30時間以下であることがより好ましい。
【0050】
また、添加工程の後の反応液の温度は、反応進行性の観点で20℃以上が好ましい。また、添加工程の後の反応液の温度は、反応液の沸点未満であることが好ましく、生成物の分解抑制の観点で50℃未満が好ましい。
【0051】
本実施形態における環状ポリシランの製造方法は、複数の反応を行う必要がないため、簡便であり、かつ、時間を短縮することができる。
【0052】
また、ナフタレン等の非水溶性物質を添加剤として使用しないため、得られた環状ポリシランの精製が容易である。
【0053】
〔調製工程〕
本実施形態における環状ポリシランの製造方法は、上述の反応工程に先立って、混合液を調製する工程を含んでいてもよい。
【0054】
(混合液)
本実施形態における混合液は、金属ナトリウムとリチウム塩とを含む。
【0055】
金属ナトリウムの形態は、特に限られないが、表面積を大きくして環状ポリシラン化合物の収率をより高めるという観点から、ナトリウムディスパージョンであることが好ましい。
【0056】
本明細書においてナトリウムディスパージョン(SD)とは、平均粒径1μm以上30μm以下の金属ナトリウムを電気絶縁油に分散させたものである。平均粒径は反応性および安全性の観点から、2μm以上10μm以下であることが好ましく、3μm以上5μm以下であることがより好ましい。電気絶縁油としては、流動パラフィンなど脂肪族炭化水素等が挙げられる。ナトリウムディスパージョンにおける金属ナトリウムの量は、特に限らないが、安全性の観点から、20重量%以上30重量%以下であることが好ましい。
【0057】
リチウム塩は、無機塩であっても有機塩であっても構わない。無機塩としてはハロゲン化物および無機酸の塩が、有機塩としてはカルボン酸塩、スルホン酸塩およびフェノール類の塩が、それぞれ好ましく挙げられる。ハロゲン化物の例としては、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム、およびフッ化リチウムが挙げられる。無機酸の塩の例としては、炭酸リチウム、炭酸水素リチウム、硝酸リチウム、亜硝酸リチウム、硫酸リチウム、および亜硫酸リチウムなどが挙げられる。カルボン酸塩の例としては、酢酸リチウム、ギ酸リチウム、およびクエン酸リチウムなどが挙げられる。スルホン酸塩の例としては、メタンスルホン酸リチウム、ベンゼンスルホン酸リチウム、およびp-トルエンスルホン酸リチウムなどが挙げられる。フェノール類の塩の例としては、リチウムフェノキシド、サリチル酸リチウム、およびクレゾールリチウム塩などが挙げられる。これらの中でも無機塩であることが好ましく、ハロゲン化物であることがより好ましく、塩化リチウムであることがさらに好ましい。リチウム塩は、1種類のみを単独で用いてもよく、複数種類を混合して用いてもよい。
【0058】
本実施形態における混合液に含まれるリチウムの物質量(mol)は、金属ナトリウムの物質量(mol)の0.01倍以上であることが好ましく、0.02倍以上であることがより好ましく、0.03倍以上であることがさらに好ましい。リチウム塩の含有量がこの範囲内にあることで、鎖状ポリシラン化合物の副生量を抑制することができる。
【0059】
本実施形態における混合液に含まれるリチウムの物質量は、金属ナトリウムの物質量の5倍以下であることが好ましく、1倍以下であることがより好ましく、0.2倍以下であることがさらに好ましく、0.1倍以下であることが特に好ましい。リチウム塩の含有量がこの範囲内にあることで、生成した環状ポリシラン化合物の分解を抑制することができる。
【0060】
よって、本実施形態における混合液に含まれるリチウムの物質量が上述の範囲内にあることで、過剰な副反応が抑制されて環状ポリシラン化合物を生成する反応の割合が増加し、環状ポリシラン化合物の収率が高くなる。一例において、混合液に含まれるリチウムの物質量は、金属ナトリウムの物質量の0.05倍である。
【0061】
本実施形態における混合液は、さらに溶媒を含むことが好ましい。溶媒としては、金属ナトリウムを分散させ、リチウム塩を分散または溶解させることができる液体であればよい。好ましい例としては、〔反応工程〕の項目中、(添加工程)において挙げた溶媒がこれに該当する。なお、運転操作や溶媒回収の簡略化という観点から、混合液の溶媒は、シランモノマー化合物の添加の際に用いられる溶媒と同じものであることが好ましい。
【0062】
金属ナトリウムとして上述のナトリウムディスパージョンを用いる場合には、金属ナトリウムを溶媒に溶融させる必要がないため、沸点が100℃未満、90℃未満、85℃未満、80℃未満、75℃未満、または70℃未満である溶媒を選択することができる。
【0063】
混合液における溶媒の量は特に限定されないが、鎖状ポリシラン化合物の生成抑制の観点から、金属ナトリウム1gあたり5mL以上50mL以下であることが好ましく、10mL以上40mL以下であることがより好ましい。
【0064】
(混合液の調製)
混合液は、以下のように調製することが好ましい。
【0065】
まず、溶媒に金属ナトリウムを加える。このときの溶液の温度は特に限定されないが、0℃以上室温以下であることが好ましい。一例において、溶媒に金属ナトリウムを加える温度は室温(23℃~27℃程度)である。
【0066】
また、金属ナトリウムは溶媒中に分散していることが好ましい。よって、溶媒に金属ナトリウムを加えるときは、沈降する前に撹拌することが好ましく、溶液を撹拌しながら加えることがより好ましい。
【0067】
続いて、リチウム塩を添加して混合液とする。このときの溶液の温度は特に限定されないが、-10℃以上であることが好ましく、-5℃以上であることがより好ましい。混合液の温度は、室温以下であることが好ましい。一例において、混合液は氷冷されており、その温度は、0℃である。
【0068】
<2.環状ポリシラン化合物>
本実施形態に係る環状ポリシラン化合物の製造方法によって得られる環状ポリシラン化合物は、原料のシランモノマー化合物が環状または多環状に重合した化合物であり、シランまたは有機シランの側鎖を有することもある。本実施形態で生成する環状ポリシラン化合物は、例えば、下記式(II)で示される。
【0069】
【化3】
およびRは、それぞれ原料のシランモノマー化合物におけるRおよびRと同一である。nは3以上の整数である。nは、例えば、3、4、5、6、7、8、9、10またはそれ以上であり得る。一例において、nは6であることが好ましい。
【0070】
なお、原料のシランモノマー化合物のRまたはRがハロゲン原子またはアルコキシ基である場合、側鎖を有する環状または多環状のポリシラン化合物が得られることがある。
【0071】
<3.まとめ>
以上から明らかなように、本発明は以下を包含する。
【0072】
金属ナトリウム、およびリチウム塩を含む混合液に、下記式(I)で示されるシランモノマー化合物を添加して反応させる反応工程を含む、環状ポリシラン化合物の製造方法。
【0073】
【化4】
式中のRおよびRは、それぞれ独立して水素原子、炭化水素基、アルコキシ基またはハロゲン原子を表し、XおよびXはそれぞれ独立してハロゲン原子またはアルコキシ基を表す。nは1以上の整数である。
【0074】
前記シランモノマー化合物を分割添加する環状ポリシラン化合物の製造方法。
【0075】
前記反応工程における温度条件が-10℃以上かつ反応液の沸点未満である環状ポリシラン化合物の製造方法。
【0076】
前記シランモノマー化合物の添加の温度条件が、-10℃以上室温以下である環状ポリシラン化合物の製造方法。
【0077】
前記シランモノマー化合物の添加後の反応液の温度が20℃以上である、環状ポリシラン化合物の製造方法。
【0078】
前記リチウム塩が無機塩である環状ポリシラン化合物の製造方法。
【0079】
前記混合液に含まれるリチウムの物質量が、金属ナトリウムの物質量の0.01倍以上5倍以下である環状ポリシラン化合物の製造方法。
【0080】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが参考として援用される。
【実施例
【0081】
〔実施例1〕
アルゴン置換を行った200mLの4つ口フラスコに、テトラヒドロフラン(THF)30mLとナトリウムディスパージョン(25重量%ナトリウム分散体)5.87gとを仕込み、撹拌することで混合液を調製した。THF25mLにジクロロジメチルシラン3.21gを溶解し、シランモノマー化合物溶液を調製した。
【0082】
混合液を0℃まで氷冷したのち、添加剤としてフッ化リチウム0.32gを仕込んだ。氷冷下で撹拌しながらシランモノマー化合物溶液を約5時間かけて滴下した。滴下後、さらに3時間撹拌し、次いで室温で一晩反応した。
【0083】
ガスクロマトグラフィを用いて反応液分析を行い、環状ポリシラン化合物であるドデカメチルシクロヘキサシランの生成を確認し、収率を求めた。結果を表に示す。
【0084】
〔実施例2〕
フッ化リチウムを塩化リチウム0.53gとした以外は実施例1と同様に操作を行った。
【0085】
〔実施例3〕
フッ化リチウムを臭化リチウム1.08gとした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0086】
〔実施例4〕
フッ化リチウムをヨウ化リチウム1.68gとした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0087】
〔実施例5〕
フッ化リチウムを炭酸リチウム0.92gとした以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0088】
〔実施例6〕
アルゴン置換を行った500mLの4つ口フラスコに、THF180mLとナトリウムディスパージョン(25重量%ナトリウム分散体)29.90gとを仕込み、撹拌することで混合液を調製した。THF150mLにジクロロジメチルシラン19.33gを溶解し、シランモノマー化合物溶液を調製した。
【0089】
混合液を0℃まで氷冷したのち、添加剤として塩化リチウム0.71gを仕込んだ。氷冷下で撹拌しながらシランモノマー化合物溶液を約5時間かけて滴下した。滴下後、さらに3時間撹拌し、次いで室温で一晩反応した。得られた反応液に対し、実施例1と同様の反応液分析を行った。
【0090】
〔実施例7〕
アルゴン置換を行った200mLの4つ口フラスコに、THF30mLとナトリウムディスパージョン(25重量%ナトリウム分散体)4.99gとを仕込み、撹拌することで混合液を調製した。THF25mLにジクロロジメチルシラン3.23gを溶解し、シランモノマー化合物溶液を調製した。
【0091】
23℃に保った混合液に、添加剤として塩化リチウム0.12gを仕込んだ。その後、撹拌しながらシランモノマー化合物溶液を約5分間かけて滴下した。滴下後、温度を保ったままさらに5時間撹拌し、反応した。得られた反応液に対し、実施例1と同様の反応液分析を行った。
【0092】
〔実施例8〕
添加剤とモノマーとの物質量比を変化させて、環状ポリシラン化合物の製造を実施した。具体的には、塩化リチウムを0.11g、1.07gまたは2.77gとした場合について、それぞれ、実施例2同様の操作を行った。結果を表2に示す。
【0093】
〔比較例1〕
フッ化リチウムを添加しなかったこと以外は、実施例1と同様に操作を行った。
【0094】
〔比較例2〕
フッ化リチウムを塩化鉄(II)1.57gとした以外は実施例1と同様に操作を行った。ただし、ガスクロマトグラフィの分析条件下にてドデカメチルシクロヘキサシランのピークは確認されず、収率は求められなかった。
【0095】
〔比較例3〕
塩化リチウムを用いなかったこと以外は実施例7と同様に操作を行った。
【0096】
〔比較例4〕
塩化リチウムを塩化カリウム0.21gとした以外は実施例7と同様に操作を行った。
【0097】
〔比較例5〕
塩化リチウムを塩化セシウム0.46gとした以外は実施例7と同様に操作を行った。
【0098】
〔比較例6〕
塩化リチウムを塩化マグネシウム0.26gとした以外は実施例7と同様に操作を行った。
【0099】
〔比較例7〕
塩化リチウムを塩化カルシウム0.31gとした以外は実施例7と同様に操作を行った。
【0100】
〔比較例8〕
塩化リチウムを塩化亜鉛0.37gとした以外は実施例7と同様に操作を行った。ただし、ガスクロマトグラフィの分析条件下にてドデカメチルシクロヘキサシランのピークは確認されず、収率は求められなかった。
【0101】
〔比較例9〕
塩化リチウムを塩化アルミニウム0.37gとした以外は実施例7と同様に操作を行った。ただし、ガスクロマトグラフィの分析条件下にてドデカメチルシクロヘキサシランのピークは確認されず、収率は求められなかった。
【表1】
【表2】