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特許7026404化学蒸着用原料、ならびに、化学蒸着用原料入り遮光容器およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-17
(45)【発行日】2022-02-28
(54)【発明の名称】化学蒸着用原料、ならびに、化学蒸着用原料入り遮光容器およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/40 20060101AFI20220218BHJP
   C07F 5/00 20060101ALI20220218BHJP
   C07F 17/00 20060101ALI20220218BHJP
【FI】
C23C16/40
C07F5/00 J
C07F17/00
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019523516
(86)(22)【出願日】2018-06-04
(86)【国際出願番号】 JP2018021318
(87)【国際公開番号】W WO2018225668
(87)【国際公開日】2018-12-13
【審査請求日】2021-03-09
(31)【優先権主張番号】P 2017113957
(32)【優先日】2017-06-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000143411
【氏名又は名称】株式会社高純度化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】水谷 文一
(72)【発明者】
【氏名】東 慎太郎
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-088324(JP,A)
【文献】特開平02-163930(JP,A)
【文献】特開平03-190123(JP,A)
【文献】特開平01-094613(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/00-16/56
C07F 5/00-5/06
C07F 17/00-17/02
H01B 13/00-13/34
H01L 21/205
H01L 21/365
H01L 21/285
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)(C541-In;R1は炭素原子数1~4のアルキル基を表す。)を主成分として、
アルキルシクロペンタジエン(C552;R2は炭素原子数1~4のアルキル基を表す。)、ジアルキルシクロペンタジエン((C5532;R3は炭素原子数1~4のアルキル基を表す。)、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)((C5443-In;R4は炭素原子数1~4のアルキル基を表す。)、およびトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)のいずれか一種以上を副成分として含有し、
実質的に溶媒を含まないことを特徴とする化学蒸着用原料。
【請求項2】
前記R1~R4の炭素原子数が等しい、請求項1に記載の化学蒸着用原料。
【請求項3】
23℃において液体である、請求項2に記載の化学蒸着用原料。
【請求項4】
1~R4の炭素原子数が全て2である、請求項1に記載の化学蒸着用原料。
【請求項5】
1H-NMRで測定した、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)のH量(積分値)に対して、アルキルシクロペンタジエン、ジアルキルシクロペンタジエン、およびトリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)のH量の合計が0.01以上0.5未満である、請求項1~4のいずれか一項に記載の化学蒸着用原料。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の化学蒸着用原料を充填した、化学蒸着装置に取り付け可能な化学蒸着用原料入り遮光容器。
【請求項7】
前記化学蒸着用原料に含まれるInメタルの量が0.5重量%以下である、請求項6に記載の化学蒸着用原料入り遮光容器。
【請求項8】
主成分であるアルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)(C541-In;R1は炭素原子数1~4のアルキル基を表す。)に、副成分として、アルキルシクロペンタジエン(C552;R2は炭素原子数1~4のアルキル基を表す。)、ジアルキルシクロペンタジエン((C5532;R3は炭素原子数1~4のアルキル基を表す。)、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)((C5443-In;R4は炭素原子数1~4のアルキル基を表す。)、およびトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)のいずれか一種以上を共存させた原料を調製する工程1と、その原料を不活性ガス中、化学蒸着装置に取り付け可能な遮光した容器に充填する工程2とを有することを特徴とする、化学蒸着装置に取り付け可能な、化学蒸着用原料入り遮光容器の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学蒸着(CVD:chemical vapor deposition)により、インジウムを含有する酸化物の膜を形成するための化学蒸着用原料、該原料を充填した遮光容器およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
透明導電膜は、導電性、および可視光線に対する優れた光線透過性を有することから、太陽電池、液晶表示素子、その他各種受光素子の電極等に利用され、さらに、近赤外線領域での反射吸収特性を生かして、自動車や建築物の窓ガラス等に用いられる反射膜や各種の帯電防止膜等にも利用されている。
【0003】
上記透明導電膜には、一般に、アルミニウム、ガリウム、インジウムまたはスズをドーパントとして含む酸化亜鉛や、スズ、タングステンまたはチタンをドーパントとして含む酸化インジウム等が利用されている。特に、スズをドーパントとして含む酸化インジウム膜はITO膜といわれ、低抵抗の透明導電膜として工業的に広く利用されている。
【0004】
このような透明導電膜の製造方法には、物理蒸着(PVD:physical vapor deposition)や化学蒸着(CVD)が挙げられるが、化学蒸着(CVD)の一種である、原子層堆積(ALD:atomic layer deposition)によれば、原子レベルで均一な厚さの被膜を凹凸のある表面に形成することができる。
【0005】
例えば、非特許文献1では、シクロペンタジエニルインジウム(I)と、酸素源として水および酸素の二種類を用いて、ALDにより、シクロペンタジエニルインジウム(I)、水および酸素の順に暴露を行うことにより、均一な透明導電性インジウム酸化物膜を形成している。
【0006】
特許文献1では、常温で液体であるインジウム化合物を用いて、ALDにより、インジウムを含有する酸化膜を形成しており、シクロペンタジエニルインジウム(I)は固体であるため、大面積の透明基材には適さないとしている。
【0007】
特許文献2では、シクロペンタジエニルインジウム(I)またはアルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)をインジウムの前駆体として用いて、有機金属気相成長(MOVPE:metalorganic vapor phase epitaxy)法により、基材上にエピタキシャルInP層を形成しており、常温で液体であるエチルシクロペンタジエニルインジウム(I)を例示している。しかしながら、このエチルシクロペンタジエニルインジウム(I)には、熱、光、大気に敏感という課題がある。
【0008】
シクロペンタジエニルインジウム(I)の安定性に関して、非特許文献2には、シクロペンタジエニルインジウム(I)をトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)と共にTHF中に存在させると、トリスシクロペンタジエニルインジウム(III)がシクロペンタジエニルインジウム(I)を安定化させることが開示されている。しかしながら、この方法で安定化させるには、他のインジウム化合物と共にTHF中に保存しなければならず、使用するときに取り扱いが容易とはいえない。
【0009】
このように、シクロペンタジエニルインジウム(I)をインジウムの前駆体として用いると、良好なインジウムを含有する酸化物の膜が形成できるが、シクロペンタジエニルインジウム(I)は、熱、光、大気に極度に敏感であり、安定的な保存や取り扱いが容易ではないという課題がある。一方、大面積の基材に適用するには、前駆体は常温で液体であることが好ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特表2015-506416号公報
【文献】米国特許第4965222号明細書
【非特許文献】
【0011】
【文献】ECS Transactions, 41 (2) 147-155(2011)
【文献】Organometallics, 21(22)4632-4640 (2002)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、原子層堆積(ALD)等の化学蒸着(CVD)により、インジウムを含有する酸化物の膜を製造するための原料であって、安定的に保存でき、化学蒸着(CVD)を行うに際して、取り扱いが容易な原料およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記した従来技術における問題を解消しうるインジウム化合物について検討した結果、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)(C541-In)が、アルキルシクロペンタジエン(C552)、ジアルキルシクロペンタジエン((C5532)、またはトリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)(In(C5443)を共存させることで、安定に存在しうることを見出し、本発明を完成させた。
【0014】
本発明は以下の事項からなる。
本発明の化学蒸着用原料は、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)(C541-In;R1は炭素原子数1~4のアルキル基を表す。)を主成分とし、アルキルシクロペンタジエン(C552;R2は炭素原子数1~4のアルキル基を表す。)、ジアルキルシクロペンタジエン((C5532;R3は炭素原子数1~4のアルキル基を表す。)、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)(In(C5443;R4は炭素原子数1~4のアルキル基を表す。)、およびトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)のいずれか一種以上を副成分として含有し、実質的に溶媒を含まないことを特徴とする。
【0015】
副成分としては、アルキルシクロペンタジエンまたはジアルキルシクロペンタジエンを含むことが好ましく、このときのR2またはR3は、R1と同一であることが好ましい。
また、副成分として、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)を含むことも好ましく、このときのR4はR1と同一であることが好ましい。
さらに、R1~R4の炭素原子数が同一であり、該炭素原子数は2であることが好ましい。
前記化学蒸着用原料は23℃において液体であることが好ましい。
前記化学蒸着用原料は、1H-NMRで測定した、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)のH量(積分値)に対して、アルキルシクロペンタジエン、ジアルキルシクロペンタジエン、およびトリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)のH量の合計が0.01以上0.5未満であることが好ましい。
【0016】
本発明の遮光容器は、前記化学蒸着用原料を充填した、化学蒸着装置に取り付け可能な容器である。この化学蒸着用原料に含まれるInメタルの量は0.1重量%以下であることが好ましい。
【0017】
本発明の化学蒸着装置に取り付け可能な、化学蒸着用原料入り遮光容器の製造方法は、主成分であるアルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)(C541-In)に、副成分として、アルキルシクロペンタジエン(C552)、ジアルキルシクロペンタジエン((C5532)、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)(In(C5443)、およびトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)のいずれか一種以上を共存させた原料を調製する工程1と、その原料を不活性ガス中、化学蒸着装置に取り付け可能な遮光した容器に充填する工程2とを有することを特徴とする。なお、R1~R4はそれぞれ炭素原子数1~4のアルキル基を表す。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、主成分である、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)(C541-In)中に、副成分として、アルキルシクロペンタジエン、ジアルキルシクロペンタジエン、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)、またはトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)を共存させることで、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)が安定化し、不活性ガス雰囲気下、遮光すれば、室温(23℃)下においても保存可能となる。したがって、本発明の化学蒸着用原料は、化学蒸着(CVD)により、インジウムを含有する酸化物の膜を形成するのに、取り扱いが容易である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】実施例1におけるTG分析結果を示す。
図2】実施例2におけるTG分析結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の化学蒸着用原料は、下記式(1)で表される、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)(C541-In)を主成分とし、下記式(2)で表される、アルキルシクロペンタジエン(C552)およびジアルキルシクロペンタジエン((C5532)、下記式(3)で表されるトリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)(In(C5443)、ならびにトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)のいずれか一種以上を副成分として含有する。ただし、R1~R4はそれぞれ独立に炭素原子数1~4のアルキル基を表す。
【化1】
【化2】
【0021】
【化3】
【0022】
以下、この化学蒸着用原料について詳細に説明する。
本発明の化学蒸着用原料は、化学蒸着法により、インジウムを含有する酸化物の膜を製造するための原料であって、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)(C541-In)を主成分とする。
1~R4はそれぞれ独立に炭素原子数1~4のアルキル基を表す。炭素原子数1~4のアルキル基は、エチル基、n-プロピル基、n-ブチル基であることが好ましく、エチル基であることが特に好ましい。
なお、η5-シクロペンタジエニルインジウム(I)(In(C55))、すなわち、上記式(1)において、R1がアルキル基でなく、水素原子に該当するとき、融点は約170℃であり、蒸留は困難である。
【0023】
上記化学蒸着用原料は、実質的に溶媒を含まないことを特徴としている。
ここで、非特許文献2に、シクロペンタジエニルインジウム(I)およびトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)の両方をTHF中に存在させると、トリスシクロペンタジエニルインジウム(III)がシクロペンタジエニルインジウム(I)を安定化し、該THF溶液は20℃で4ヶ月以上も黄白色を維持するが、シクロペンタジエニルインジウム(I)のみのTHF溶液は、最初は黄白色であるが、-196℃から20℃まで温度を上げた後、さらに20分後には茶色となり、やがて黒色に近い濃茶色となることが報告されている。
非特許文献2では、In(C553およびIn(C55)を含有するTHF溶液では、In(C553とIn(C55)のC55部位が、インジウム(II)種であるTHF・(C552In-In(C552・THFを経由して交換されるために、In(C55)が分解しにくいと、考察している。
【0024】
本発明では、実質的に溶媒を使用することなく、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)(C541-In)を安定化させていることから、上記文献に記載の安定化メカニズムとは明らかに異なるといえる。
【0025】
上記化学蒸着用原料は、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)を安定化させるのに、アルキルシクロペンタジエン、ジアルキルシクロペンタジエン、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)、およびトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)のいずれか一種以上を副成分として含有する。
【0026】
ここで、上記化学蒸着用原料の安定化のメカニズムを説明する。アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)(C541-In)は、室温下では、光や熱によって、以下のような不均化反応を起こす。
3(C541-In)→2In+In(C5413
しかしながら、上記副成分である、アルキルシクロペンタジエン、ジアルキルシクロペンタジエン、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)、またはトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)をここに共存させると、上記不均化反応の進行を抑制する効果を発揮し、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)を安定化することができる。
【0027】
上記の不均化反応は、比較的活性化エネルギーの低い吸熱反応であり、上記の副成分が存在すると、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)は活性化状態まで励起されても、ほとんど不均化の方向に進行せず、もとのアルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)に戻るものと考えられる。このため、R2~R4はR1と同一であることが好ましい。さらに、R1~R4はすべてエチル基であることがより好ましい。
【0028】
アルキルシクロペンタジエン、ジアルキルシクロペンタジエン、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)、およびトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)は、いずれか一種を添加してもよいし、二種以上を添加してもよい。
【0029】
上記化学蒸着用原料中に、アルキルシクロペンタジエンまたはジアルキルシクロペンタジエンを添加する場合の含有量は、1H-NMRで測定した、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)のH量(積分値)に対して、アルキルシクロペンタジエン、およびジアルキルシクロペンタジエンのH量の合計が0.01以上0.5未満である。
【0030】
また、上記化学蒸着用原料中に、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)またはトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)を添加する場合の含有量は、1H-NMRで測定した、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)のH量(積分値)に対して、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)のH量の合計が0.01以上0.5未満である。
【0031】
上記化学蒸着用原料中に、アルキルシクロペンタジエンおよび/またはジアルキルシクロペンタジエンと、トリスシクロペンタジエニルインジウム(III)とを添加する場合の含有量は、1H-NMRで測定した、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)のH量(積分値)に対して、アルキルシクロペンタジエン、ジアルキルシクロペンタジエン、およびトリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)のH量の合計が0.01以上0.5未満である。
【0032】
上記化学蒸着用原料の主成分であるアルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)は、公知の方法により合成することができる。例えば、R1がエチル基である場合には、不活性ガス雰囲気下に、ブチルリチウムと等モル量のエチルシクロペンタジエンとを反応させて、エチルシクロペンタジエニルリチウムを合成した後、ジエチルエーテル中で等モル量の一塩化インジウム粉末を添加して反応させることにより、エチルシクロペンタジエニルインジウム(I)を合成する。なお、エチルシクロペンタジエニルインジウム(I)は光に極めて敏感であるため、一塩化インジウム添加後は反応系を遮光する。その後、得られた粗生成物を減圧下に蒸留精製して、ドライアイス冷却した受器に黄白色のエチルシクロペンタジエニルインジウムを得る。
【0033】
上記化学蒸着用原料の製造方法は、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)に、副成分として、アルキルシクロペンタジエン、ジアルキルシクロペンタジエン、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)、およびトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)のいずれか一種以上を共存させる工程1と、その副成分とアルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)とを不活性ガス中、化学蒸着装置に取り付け可能な遮光した容器に充填する工程2とを有することを特徴とする。
【0034】
工程1において、副成分である、アルキルシクロペンタジエン、ジアルキルシクロペンタジエン、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)、またはトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)を共存させる方法に特に制限はないが、主成分を蒸留精製した直後に添加することが効果的である。
【0035】
一般に化学蒸着用原料は、室温においても蒸気圧を持つので、蒸留精製物は、冷却して捕集することになるが、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)の場合、ドライアイスを使用するなどして-79℃以下の低温で捕集すると、低温で固体の間は比較的不均化反応が起こりにくいが、温度が上がり液体になると一気に不均化反応が進む。
【0036】
したがって、アルキルシクロペンタジエン、またはジアルキルシクロペンタジエンは、蒸留精製直後の固体状態の時に添加するのが好ましく、あらかじめ蒸留前に添加して、アルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)と一緒に捕集することもできる。
【0037】
また、蒸留精製したアルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)と水が反応すると、
541-In+HO→InOH+C541
の反応により、アルキルシクロペンタジエンが生成するが、InOHは固体なので、その上澄み液を用いることで、このときに生成したアルキルシクロペンタジエンおよび/またはそのアルキルシクロペンタジエンが二量化したジアルキルシクロペンタジエンを共存させることができる。
【0038】
トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)またはトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)を添加する場合は、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)等は不均化によって生成するので、わざわざ別途合成して添加しなくても、不均化させた混合物の上澄みを用いることができる。
【0039】
工程1で、副成分として、アルキルシクロペンタジエン、ジアルキルシクロペンタジエン、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)、またはトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)を共存させたアルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)は、工程2で、不活性ガス中、化学蒸着装置に取り付け可能な遮光した容器に充填される。
【0040】
このとき、工程1を経ず、安定化させていないアルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)を工程2で直接、化学蒸着用原料の容器に充填しても、充填後に不均化させて安定化させることはできるが、充填時に不均化で析出するInメタルによる閉塞が起こりやすく、取り扱いが容易ではない上に、容器内に多量のInメタルが析出するという問題もある。
本発明の方法によって充填した場合、容器内のInメタルの量は、充填直後には実質的に0であり、蒸発用原料として使用する直前には0.5重量%以下である。すなわち、容器内のInメタルの量は、長時間経過しても0.5重量%以下である。
【0041】
このような工程1を経て得られる本発明の化学蒸着用原料は、溶媒を含まず、実質的に主成分および副成分のみからなり、工程2において、容易に、不活性ガス中、化学蒸着装置に取り付け可能な遮光した容器に充填される。また、前記化学蒸着用原料は23℃、常圧下において液体である。
【0042】
本発明の化学蒸着用原料は、副成分として、アルキルシクロペンタジエン、ジアルキルシクロペンタジエン、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)、およびトリスシクロペンタジエニルインジウム(III)のいずれか一種以上を含有するが、アルキルシクロペンタジエンおよびジアルキルシクロペンタジエンは低温で蒸発してしまうため、化学蒸着で使用する前に全て蒸発させれば、成膜には支障を及ぼさない。また、トリスアルキルシクロペンタジエニルインジウム(III)、および、不均化で生成するInメタルについては、主成分であるアルキルシクロペンタジエニルインジウム(I)が蒸発する温度領域の蒸気圧がほとんどないので、化学蒸着には問題ない。ただし、化学蒸着用原料の容器に充填後の保存状態によっては、副生成物によって、主成分の蒸気圧がわずかながら変化する可能性があるので、蒸気圧変化の影響を受けにくいALD(原子層堆積)法により好適に使用できる。
【実施例
【0043】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明するが、本発明は下記実施例により制限されるものではない。
【0044】
[実施例1]
ヘキサン中で、ブチルリチウム(BuLi)と等モル量のエチルシクロペンタジエン(C54EtH)とを反応させて、エチルシクロペンタジエニルリチウム(C54EtLi)を合成した。合成後、溶媒のヘキサンを減圧留去し、固体のエチルシクロペンタジエニルリチウムを得た。次に、ジエチルエーテルを添加して懸濁液とし、そこに1.2倍モル量の細かく粉砕した一塩化インジウム(InCl)粉末を添加して反応させ、エチルシクロペンタジエニルインジウムを合成した。一塩化インジウム添加後は、工程チェック時以外は遮光して反応を行った。得られた懸濁液から、ジエチルエーテルを減圧留去した後、減圧蒸留することによって、ドライアイス冷却した受器に黄白色固体のエチルシクロペンタジエニルインジウムを得た。
なお、エチルシクロペンタジエニルインジウムは光と熱および大気に極めて敏感と予想されたため、上記の合成は不活性ガス中で行った。
【0045】
この受器を不活性ガス中、室温で数日間遮光保存したところ融解し、赤褐色に着色して、インジウムメタルの析出が見られた。このインジウムメタルが析出した液体を不活性ガスを充填したアンプルに移して数日間遮光保存してもインジウムメタルの析出は見られなかった。この赤褐色の液体の1H-NMR(400MHz、Varian社製 UNITY INOVA 400S型)を測定したところ、エチルシクロペンタジエニルインジウムの信号に加えて、エチルシクロペンタジエンを測定して得られる信号と同様の信号が得られ、エチルシクロペンタジエニルインジウム(I)のH量(積分値)に対する、エチルシクロペンタジエンおよびジエチルシクロペンタジエンのH量(積分値)は0.2であった(図1)。また、このインジウムメタルが析出して赤褐色になった液体を100℃で真空蒸留したところ、黄白色固体のエチルシクロペンタジエニルインジウムが得られ、釜残には褐色のトリス(エチルシクロペンタジエニル)インジウムと見られる液体があった。これらのことから、不均化によって生成したトリス(エチルシクロペンタジエニル)インジウムとの共存によって、エチルシクロペンタジエニルインジウムが安定化されたことがわかる。
【0046】
次にこの赤褐色液体のTG分析(BRUKER AXS社製、TG-DTA 2000S型)を行ったところ、図2のようになり、エチルシクロペンタジエニルインジウムの蒸発以外に起因すると考えられる重量減少は観測されなかった。ここで、100%重量減少していない原因は、全ての副成分が測定した温度範囲で蒸気圧を持たないことによる。
【0047】
[実施例2]
実施例1と同様にして、ドライアイス冷却した受器に黄白色のエチルシクロペンタジエニルインジウムの固体を得た。
次に、この受器を不活性ガス中、室温で数日間保存して、融解させ、赤褐色の液体を得た。このとき、インジウムメタルの析出が見られた。さらに、この赤褐色の液体にエチルシクロペンタジエンを添加して減圧蒸留することによって、ドライアイス冷却した受器にエチルシクロペンタジエニルインジウムとエチルシクロペンタジエンの混合物の固体を得た。この混合物を融解させた黄色~赤褐色の液体の1H-NMRを測定したところ、エチルシクロペンタジエニルインジウムの信号に加えて、常温で保存したエチルシクロペンタジエンを測定して得られる信号と同様の信号が得られ、減圧蒸留によってエチルシクロペンタジエニルインジウムとエチルシクロペンタジエンの混合物の液体が得られたことが確認された。この混合物を数日間遮光保存しても、インジウムメタルの析出は見られなかった。
【0048】
次にこの液体のTG分析を行ったところ、図3のようになり、エチルシクロペンタジエニルインジウムの蒸発以外に起因すると考えられる重量減少は観測されなかった。ここで、エチルシクロペンタジエンあるいは二量化したジエチルシクロペンタジエンは測定開始前に全て蒸発してしまっていると考えられる。また、重量減少が100%に到達していないのは、サンプル調整時のわずかな水のリークや、不均化の影響と思われるが、実施例1と比較すると、100%に近くなっている。
【0049】
[比較例1]
実施例1と同様にして、ドライアイス冷却した受器に黄白色のエチルシクロペンタジエニルインジウムの固体を得た。この固体を不活性ガス中で融解させたところ黄色液体となったが、すぐにインジウムメタルの析出が見られた。この黄色液体を不活性ガス充填したアンプルに移したところ、すぐにメタルの析出が見られ、さらに翌日まで保存したところ、析出物が増え、色が濃くなった。
【0050】
この黄色液体は、純度の高いエチルシクロペンタジエニルインジウムと考えられるが、エチルシクロペンタジエン、あるいはトリス(エチルシクロペンタジエニル)インジウムと共存していないため、すぐに不均化が起こり、メタルが析出するため、化学蒸着装置に取り付け可能な遮光した容器に充填する際に、管やバルブの閉塞が起こりやすく、化学蒸着用原料としての使用は難しい。
図1
図2