(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-17
(45)【発行日】2022-02-28
(54)【発明の名称】乗員保護装置
(51)【国際特許分類】
B60R 21/02 20060101AFI20220218BHJP
B60R 21/206 20110101ALI20220218BHJP
B60N 2/42 20060101ALI20220218BHJP
【FI】
B60R21/02
B60R21/206
B60N2/42
(21)【出願番号】P 2017161851
(22)【出願日】2017-08-25
【審査請求日】2020-07-07
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005348
【氏名又は名称】株式会社SUBARU
(74)【代理人】
【識別番号】100123696
【氏名又は名称】稲田 弘明
(72)【発明者】
【氏名】長澤 勇
【審査官】村山 禎恒
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-001445(JP,A)
【文献】特開2006-281978(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60R 21/00-21/38
B60N 2/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乗員の大腿部及び臀部を保持する座面、及び、前記乗員の上体を保持するシートバックを有するシートに着座した乗員を保護する乗員保護装置であって、
衝突の前兆を検出する衝突前兆検出装置と、
前記衝突の前兆の検出に応じて前記上体を後傾方向に傾斜させる上体傾斜手段と、
前記衝突の前兆の検出に応じて前記大腿部を前記座面に拘束する大腿部拘束手段と、
前記衝突による衝撃が入力される入力方向を検出する入力方向検出手段と、
前記入力方向が車両前後方向に対してなす角度の増加に応じて、乗員の左右方向における前記入力方向側が下がる方向に前記乗員を傾斜させる乗員傾斜手段と
を備えることを特徴とする乗員保護装置。
【請求項2】
前記大腿部拘束手段は、前記乗員傾斜手段により前記乗員が左右方向に傾斜した際に、左右の前記大腿部の拘束力のばらつきを抑制する拘束力均衡化手段を有すること
を特徴とする請求項
1に記載の乗員保護装置。
【請求項3】
乗員の大腿部及び臀部を保持する座面、及び、前記乗員の上体を保持するシートバックを有するシートに着座した乗員を保護する乗員保護装置であって、
衝突の前兆を検出する衝突前兆検出装置と、
前記衝突の前兆の検出に応じて前記上体を後傾方向に傾斜させる上体傾斜手段と、
前記衝突の前兆の検出に応じて前記大腿部を前記座面に拘束する大腿部拘束手段とを備え、
前記大腿部拘束手段は、前記衝突の前兆の検出に応じて第1の拘束力で前記大腿部を拘束し、前記衝突の発生直前又は発生後に前記第1の拘束力よりも大きい第2の拘束力で前記大腿部を拘束すること
を特徴とする乗員保護装置。
【請求項4】
乗員の大腿部及び臀部を保持する座面、及び、前記乗員の上体を保持するシートバックを有するシートに着座した乗員を保護する乗員保護装置であって、
衝突の前兆を検出する衝突前兆検出装置と、
前記衝突の前兆の検出に応じて前記上体を後傾方向に傾斜させる上体傾斜手段と、
前記衝突の前兆の検出に応じて前記大腿部を前記座面に拘束する大腿部拘束手段とを備え、
前記上体傾斜手段は、前記衝突の前兆の検出に応じて第1の傾斜角まで前記上体を後傾させ、前記衝突の発生直前又は発生後に前記第1の傾斜角よりも大きい第2の傾斜角まで前記上体を後傾させること
を特徴とする乗員保護装置。
【請求項5】
前記衝突の発生後における前記乗員の前記上体の車体に対する相対前進を拘束する上体拘束手段を備えること
を特徴とする請求項
1から請求項
4までのいずれか1項に記載の乗員保護装置。
【請求項6】
前記衝突の前兆の検出に応じて前記大腿部を臀部側が上がる方向に傾斜させる大腿部傾斜手段を備えること
を特徴とする請求項1から請求項
5までのいずれか1項に記載の乗員保護装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乗り物の衝突時に乗員を保護して傷害を抑制する乗員保護装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両において、衝突時に乗員を拘束して傷害を抑制するため、シートベルトや各種エアバッグ等の乗員拘束装置を用いることが知られている。
例えば、ステアリングホイール、インストルメントパネル等から乗員の前方側へ展開する前面衝突エアバッグや、ステアリングコラム下部で展開する膝部保護エアバッグ(ニーバッグ)、シート側部から乗員側方へ展開する側面衝突エアバッグ、サイドドアガラスに沿って展開するカーテンエアバッグなどの各種エアバッグ装置が普及している。
また、衝突時にシートベルトを引き込んで拘束力を高めるシートベルトプリテンショナも広く用いられている。
【0003】
また、衝突時に、シートバックの挙動を利用して乗員の傷害を抑制することが提案されている。
例えば特許文献1には、着席者が前面衝突時にステアリングホイール等とシートバックとの間に挟まれることを防止するため、車両に所定値以上の衝撃荷重が作用した際に、リクライニングアジャスタを自動的に解除する車両用シートが記載されている。
また、特許文献2には、前面衝突時に衝撃をセンサが感知して制御手段を作動させると、背もたれ部が後傾方向にのみ回転可能となり、エアーバッグの膨らみ及びハンドル等の運転手側への接近により上半身及び頭部と一緒に背もたれ部が後方へのみ後傾姿勢に倒れるよう構成した衝撃吸収シートが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】実開平 7- 5897号公報
【文献】特開2000-280805号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
車体に搭載された加速度センサ等によって、衝突の衝撃を検出してからエアバッグの展開膨張等を開始する既存の乗員保護装置(乗員拘束装置)においては、例えば20msec以下の短時間で最大の拘束力を発揮するようにエアバッグの展開膨張等を行う必要がある。
しかし、エアバッグの展開膨張等を急速かつ高速に行う場合、急激な拘束力の上昇は、乗員への圧迫傷害を誘発することが懸念される。
また、特許文献1,2に記載された技術は、いずれも衝突によるエアバッグの展開膨張や、ステアリングホイール等の後退に対して、シートバックをリクラインさせることによって乗員への圧迫を抑制するものであるが、シートバックは乗員への圧迫力に応じて動作するものであることから、乗員にもある程度の負担が生じることは避けられない。
上述した問題に鑑み、本発明の課題は、乗員の傷害を抑制する乗員保護装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、以下のような解決手段により、上述した課題を解決する。
【0009】
請求項1に係る発明は、乗員の大腿部及び臀部を保持する座面、及び、前記乗員の上体を保持するシートバックを有するシートに着座した乗員を保護する乗員保護装置であって、衝突の前兆を検出する衝突前兆検出装置と、前記衝突の前兆の検出に応じて前記上体を後傾方向に傾斜させる上体傾斜手段と、前記衝突の前兆の検出に応じて前記大腿部を前記座面に拘束する大腿部拘束手段と、前記衝突による衝撃が入力される入力方向を検出する入力方向検出手段と、前記入力方向が車両前後方向に対してなす角度の増加に応じて、乗員の左右方向における前記入力方向側が下がる方向に前記乗員を傾斜させる乗員傾斜手段とを備えることを特徴とする乗員保護装置である。
これによれば、衝突によるエネルギが斜め前方側から入力される場合であっても、乗員の上体が腰部に対して肩幅方向に転ぶ(背骨が左右方向に屈曲する)ことを防止し、上述した効果を適切に得ることができる。
【0010】
請求項2に係る発明は、前記大腿部拘束手段は、前記乗員傾斜手段により前記乗員が左右方向に傾斜した際に、左右の前記大腿部の拘束力のばらつきを抑制する拘束力均衡化手段を有することを特徴とする請求項1に記載の乗員保護装置である。
これによれば、乗員を左右方向に傾斜させた場合であっても大腿部を適切に拘束することができ、上述した効果を確保することができる。
【0011】
請求項3に係る発明は、乗員の大腿部及び臀部を保持する座面、及び、前記乗員の上体を保持するシートバックを有するシートに着座した乗員を保護する乗員保護装置であって、衝突の前兆を検出する衝突前兆検出装置と、前記衝突の前兆の検出に応じて前記上体を後傾方向に傾斜させる上体傾斜手段と、前記衝突の前兆の検出に応じて前記大腿部を前記座面に拘束する大腿部拘束手段とを備え、前記大腿部拘束手段は、前記衝突の前兆の検出に応じて第1の拘束力で前記大腿部を拘束し、前記衝突の発生直前又は発生後に前記第1の拘束力よりも大きい第2の拘束力で前記大腿部を拘束することを特徴とする乗員保護装置
である。
これによれば、衝突の前兆を検出してから衝突の発生直前(一例として衝突から10msec以内)あるいは衝突が実際に発生するまでは、大腿部の拘束を比較的弱い力による予備的な拘束にとどめることにより、衝突回避のための運転動作を可能とすることができる。
一方、衝突の発生の発生直前あるいは衝突が実際に発生した後は、大腿部の拘束力を高めることにより、上述した衝撃吸収効果を確実に得ることができる。
【0012】
請求項4に係る発明は、乗員の大腿部及び臀部を保持する座面、及び、前記乗員の上体を保持するシートバックを有するシートに着座した乗員を保護する乗員保護装置であって、衝突の前兆を検出する衝突前兆検出装置と、前記衝突の前兆の検出に応じて前記上体を後傾方向に傾斜させる上体傾斜手段と、前記衝突の前兆の検出に応じて前記大腿部を前記座面に拘束する大腿部拘束手段とを備え、前記上体傾斜手段は、前記衝突の前兆の検出に応じて第1の傾斜角まで前記上体を後傾させ、前記衝突の発生直前又は発生後に前記第1の傾斜角よりも大きい第2の傾斜角まで前記上体を後傾させることを特徴とする乗員保護装置である。
これによれば、衝突の前兆を検出してから衝突の発生直前(一例として衝突から10msec以内)あるいは衝突が実際に発生するまでは、上体の傾斜を比較的緩い予備的な傾斜にとどめることにより、衝突回避のためのステアリング操作等を可能とすることができる。
一方、衝突の発生の発生直前あるいは衝突が実際に発生した後は、上体の傾斜を強めることにより、上述した衝撃吸収効果を確実に得ることができる。
請求項5に係る発明は、前記衝突の発生後における前記乗員の前記上体の車体に対する相対前進を拘束する上体拘束手段を備えることを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の乗員保護装置である。
これによれば、乗員の上体が完全に起き上がってもエネルギを吸収しきれず、上体が車体に対してさらに前進しようとする場合であっても、上体拘束手段により上体を拘束することによって、乗員の傷害を抑制することができる。
請求項6に係る発明は、前記衝突の前兆の検出に応じて前記大腿部を臀部側が上がる方向に傾斜させる大腿部傾斜手段を備えることを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の乗員保護装置である。
これによれば、乗員の上体と大腿部とがなす角度を小さくし、背骨を脚部から軸力とし
て入力されるエネルギの入力方向に沿わせることによって、脚部からの入力による傷害の悪化を防止することができる。
【発明の効果】
【0013】
以上説明したように、本発明によれば、乗員の傷害を抑制する乗員保護装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明を適用した乗員保護装置の第1実施形態の構成を示すブロック図である。
【
図2】第1実施形態の乗員保護装置を有する車両の車室前部を側方から見た状態を示す模式図であって、通常状態を示すものである。
【
図3】第1実施形態の乗員保護装置の衝突時の動作を示すタイミングチャートである。
【
図4】第1実施形態の乗員保護装置を有する車両の車室前部を側方から見た状態を示す模式図であって、プリクラッシュ判定成立直後の状態を示す図である。
【
図5】第1実施形態の乗員保護装置を有する車両の車室前部を側方から見た状態を示す模式図であって、衝突直前の状態を示す図である。
【
図6】第1実施形態の乗員保護装置を有する車両の車室前部を側方から見た状態を示す模式図であって、衝突直後の状態を示す図である。
【
図7】第1実施形態の乗員保護装置を有する車両の車室前部を側方から見た状態を示す模式図であって、衝突後に乗員拘束が完了した状態を示す図である。
【
図8】本発明を適用した乗員保護装置の第2実施形態を有する車両における衝突直前の状態を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<第1実施形態>
以下、本発明を適用した乗員保護装置の第1実施形態について説明する。
第1実施形態の乗員保護装置は、例えば、乗用車等の自動車の前席(運転席又は助手席)に着座した乗員を保護するものである。
図1は、第1実施形態の乗員保護装置の構成を示すブロック図である。
図2は、第1実施形態の乗員保護装置を有する車両の車室前部を側方から見た状態を示す模式図であって、通常状態(衝突又はその前兆が検出されない状態)を示すものである。
図2において、左側が車両前方側を示している。(
図4乃至7において同じ)
【0016】
図1に示すように、乗員保護装置は、ステレオカメラ装置10、環境認識ユニット20、乗員保護装置制御ユニット30、第1インフレータ41、第2インフレータ42、第3インフレータ43、シートバック傾斜装置50、座面傾斜装置60、シートベルトプリテンショナ70等を有する。
【0017】
ステレオカメラ装置10は、カメラLH11、カメラRH12、ステレオ画像処理ユニット13等を有する。
ステレオカメラ装置10は、環境認識ユニット20と協働して、本発明にいう衝突前兆検出装置として機能する。
カメラLH11、カメラRH12は、レンズ群等の光学系や、CMOS等の固体撮像素子及びその駆動装置、画像処理エンジン、入出力インターフェイス等を有する撮像装置である。
カメラLH11、カメラRH12は、左右方向に離間した状態で、車両前方に向けて取り付けられている。
カメラLH11、カメラRH12は、例えば、ルーフ130の前端部から車室内に吊り下げられ、フロントガラス140越しに自車両前方の画像を撮像するようになっている。
カメラLH11、カメラRH12がそれぞれ撮像した画像に係るデータは、ステレオ画像処理ユニット13に逐次提供されるようになっている。
【0018】
ステレオ画像処理ユニット13は、カメラLH11、カメラRH12から逐次伝達される画像データに公知のステレオ画像処理を施し、自車両前方に存在する被写体を認識するとともに、認識された被写体の自車両に対する相対位置を、画像上の画素位置、及び、カメラLH11とカメラRH12との視差等を用いて検出する。
また、ステレオ画像処理ユニット13は、公知の画像処理、画像認識技術により、認識された被写体の種類、属性を判別することが可能となっている。
【0019】
ステレオ画像処理ユニット13は、カメラLH11、カメラRH12が撮像した画像から、例えば、他車両、歩行者、自転車や、建物、ガードレール、縁石、電柱、標識、信号機等の建造物などの被写体に相当する画素群を抽出し、各被写体の自車両に対する相対位置を実質的にリアルタイムで演算可能となっている。
また、ステレオ画像処理ユニット13は、各被写体の相対位置の履歴に基づいて、各被写体の自車両に対する相対速度を演算可能となっている。
【0020】
環境認識ユニット20は、ステレオ画像処理ユニット13による自車両前方の物体検出結果等を利用して、自車両前方の環境を認識するものである。
環境認識ユニット20は、ステレオ画像処理ユニット13が認識した他車両、建築物等のうち、自車両に対する相対位置、相対速度などから自車両と衝突する可能性が高いリスク対象物を認識する。
【0021】
環境認識ユニット20は、リスク対象物の自車両に対する相対位置、相対速度(接近速度)などから、リスク対象物と自車両との衝突が不可避であると判定した場合(プリクラッシュ判定が成立した場合)には、そのリスク対象物に関する情報を乗員保護装置制御ユニット30に伝達する。
ここで、リスク対象物に関する情報として、例えば、リスク対象物の種類、衝突予想箇所、衝突エネルギの入力方向、衝突までの予想時間、衝突時の予想相対速度等が挙げられる。
【0022】
乗員保護装置制御ユニット30は、自車両のリスク対象物(他車両等)との前面衝突の前兆等に応じて、各エアバッグインフレータ41~43、シートバック傾斜装置50、座面傾斜装置60、シートベルトプリテンショナ駆動装置70に対して指令を出し、これらを制御するものである。
乗員保護装置制御ユニット30には、加速度センサ31が接続されている。
加速度センサ31は、例えば、車体前部(例えばバンパフェイス内部)における前後方向加速度を検出する加速度ピックアップを有する。
加速度センサ31は、自車両が他車両等のリスク対象物と実際に衝突したことを検出する手段として機能する。
乗員保護装置制御ユニット30の機能、動作については、後に詳しく説明する。
【0023】
第1インフレータ41、第2インフレータ42、第3インフレータ43は、例えば火薬を用いて高温かつ高圧の展開用ガスを発生し、大腿部拘束エアバッグB1(
図4乃至7等参照)、上体拘束エアバッグB2、(
図6,7等参照)の内部にそれぞれ導入してこれらを展開膨張させるものである。
第1インフレータ41、第2インフレータ42が発生する展開用ガスは、大腿部拘束エアバッグB1に導入される。
第3インフレータ43が発生する展開用ガスは、上体拘束エアバッグB2に導入される。
第1インフレータ41、第2インフレータ42、第3インフレータ43は、乗員保護装置制御ユニット30からのガス発生指令信号に応じて展開用ガスの発生を開始する。
【0024】
シートバック傾斜装置50は、乗員保護装置制御ユニット30からの後傾指令信号に応じて、シート200のシートバック220を、通常走行時の状態に対して、上端部が下端部に対して後退する方向に回動(後傾)させるものである。
シートバック傾斜装置50は、乗員Pの上体UBを後傾方向に傾斜させる上体傾斜手段として機能する。
シートバック傾斜装置50は、シートバック220を後傾方向に駆動する電動式や火薬式等のアクチュエータを備えている。
【0025】
座面傾斜装置60は、乗員保護装置制御ユニット30からの傾斜指令信号に応じて、シート200の座面210を、通常走行時の状態に対して、前端部が後端部に対して下降する方向に傾斜(前傾)させるものである。
座面傾斜装置60は、乗員Pの大腿部Fを、臀部側が上がる(膝部側が下がる)方向に傾斜させる大腿部傾斜手段として機能する。
座面傾斜装置60は、座面210の前端部を支持するピン等の支持部材を、脱落又は破断させて無効化する電動式や火薬式等のアクチュエータを備えている。
支持部材を無効化することによって、座面210は、その自重及び乗員Pからの荷重によって前傾方向に傾斜する。
【0026】
シートベルトプリテンショナ70は、乗員保護装置制御ユニット30からの引込指令信号に応じて、シートベルト230を引き込むものである。
シートベルトプリテンショナ70は、例えば電動アクチュエータや、火薬が発生するガスの圧力を用いたアクチュエータによって、シートベルト230のウェビングを巻き上げて引き込み、シートベルト230による乗員拘束力を高める。
【0027】
図2に示すように、車室100は、フロア110、トーボード120、ルーフ130、フロントガラス140、インストルメントパネル150等を有して構成されている。
フロア110は、車室の床面部を構成する部分である。
フロア110は、車室100の下部に実質的に水平方向に沿って配置されている。
【0028】
トーボード120は、車室100の下部における前面部を構成する部分である。
トーボード120は、フロア110の前端部から上方へ立ち上げて形成されている。
トーボード120は、車室100と図示しないエンジンルームとの隔壁として機能する。
【0029】
ルーフ130は、車室100の天井部分を構成する部分である。
ルーフ130は、車室100の上部に実質的に水平方向に沿って配置されている。
【0030】
フロントガラス140は、車室100の前部において、乗員Pの上体UBの正面に設けられている。
フロントガラス140は、上端部が下端部に対して後方側となるように後傾して配置されている。
フロントガラス140の上端部は、ルーフ130の前端部に取り付けられている。
フロントガラス140の下端部は、インストルメントパネル150の上端部近傍において、図示しないカウル部に取り付けられている。
【0031】
インストルメントパネル150は、例えば計器類、空調装置、ナビゲーション装置、グローブボックス等が設けられる内装部材である。
インストルメントパネル150は、トーボード120の上部から後方側(乗員P側)に張り出して形成されている。
インストルメントパネル150には、大腿部拘束エアバッグB1、上体拘束エアバッグB2、第1乃至第3インフレータ41~43がそれぞれ収容される図示しない収容部が設けられる。
【0032】
車室100内には、前席乗員が着座するシート200が設けられている。
シート200は、図示しないシートレールを介して、前後方向に位置を調節可能な状態でフロア100の上部に固定されている。
シート200は、座面210、シートバック220を有するとともに、シートベルト230が設けられている。
座面210、シートバック220は、例えば金属製の枠状に形成されたフレームに、スプリング及びウレタンフォーム等からなるクッション部を設け、布や皮革等の表皮で覆って構成されている。
【0033】
座面210は、乗員Pの大腿部Fから臀部までが載置される実質的に平板状の部分である。
座面210において乗員Pと接する上面部は、通常時においては、水平方向にほぼ沿いかつ前端部側が後端部側よりも高くなるようわずかに傾斜している。
【0034】
シートバック220は、乗員Pの上体UBの背部を保持する背もたれである。
シートバック220は、座面210の後端部近傍から上方へ立ち上げられている。
シートバック220において乗員Pと接する前面部は、上端部が下端部に対して車両後方側となるようにやや後傾している。
【0035】
シートベルト230は、布製のウェビングにより乗員Pを拘束するものである。
シート200には、シートベルト230の図示しないバックル、リトラクタ等が設けられ、シートベルト230の拘束機能は、いわゆるインテグラルシートとして構成されたシート200単体で成立するようになっている。
シートベルト230は、乗員Pの上体UBの前部(胸部)に袈裟掛け状にかけ渡されるショルダーベルト部、及び、乗員Pの腰部に左右方向にかけ渡されるラップベルト部を有する。
【0036】
次に、第1実施形態の乗員保護装置における衝突時の機能、動作についてより詳細に説明する。
図3は、第1実施形態の乗員保護装置の衝突時の動作を示すタイミングチャートである。
以下、時系列に説明する。
【0037】
先ず、環境認識ユニット20における認識結果に基づいて、前面衝突に至るリスク可能性が所定の閾値以上であり、衝突が事実上不可避であると考えられるリスク対象物(例えば他車両等)が存在する場合には、プリクラッシュ判定を成立させる。
【0038】
プリクラッシュ判定が成立した場合、乗員保護装置制御ユニット30は、先ず第1インフレータ41にガス発生指令信号を与え、大腿部拘束エアバッグB1の予備的な展開膨張を開始させる。
図4は、第1実施形態の乗員保護装置を有する車両の車室前部を側方から見た状態を示す模式図であって、プリクラッシュ判定成立直後の状態を示す図である。
大腿部拘束エアバッグB1は、インストルメントパネル150の後端部から車両後方側(乗員P側)かつ下方側へ張り出して展開膨張するエアバッグである。
大腿部拘束エアバッグB1の下面部は、乗員Pの大腿部Fの上面部(前面部)と当接してこれを下方側(座面210側)へ押圧し、大腿部Fの予備拘束を行う。
このときの拘束力は、乗員Pがドライバである場合には、衝突回避のための運転動作(ブレーキ操作等)が可能なよう、後述する本拘束に対して弱くなるように設定されている。
このような拘束力の設定は、第1インフレータ41が発生する展開用ガスの圧力を、第2インフレータ42が発生する展開用ガスの圧力に対して相対的に小さくすることによって実現できる。
【0039】
また、プリクラッシュ判定の成立に応じて、乗員保護装置制御ユニット30は、座面傾斜装置60に傾斜指令信号を与え、座面210を前傾方向に傾斜させる。
これによって、乗員Pの大腿部Fは、膝部側が下がり、臀部側が上がる方向に傾斜(回動)する。
【0040】
次に、乗員保護装置制御ユニット30は、シートバック傾斜装置50に第1の後傾指令信号を与え、シートバック220を所定の第1の傾斜角まで後傾させる。
第1の傾斜角は、乗員Pがドライバである場合に、衝突回避のためのステアリング操作が可能な程度に設定される。
なお、プリクラッシュ判定が成立したが、その後の回避動作等によって実際の衝突が回避された場合には、大腿部拘束エアバッグB1はインストルメントパネル150内に引き込められ、座面210及びシートバック220も初期状態に復帰するようにしてもよい。
【0041】
その後、衝突直前(例えば、衝突予定時間まで10msecを切った後)になると、乗員保護装置制御ユニット30は、シートバック傾斜装置50に第2の後傾指令を与え、シートバック220を所定の第2の傾斜角まで後傾させる。
図5は、第1実施形態の乗員保護装置を有する車両の車室前部を側方から見た状態を示す模式図であって、衝突直前の状態を示す図である。
図5に示すように、第2の傾斜角は、第1の傾斜角に対して大きく設定されている。
第2の傾斜角は、衝突により乗員Pに作用する前後方向加速度によって、上体UBが確実に起き上がる(腰部回りに前傾方向に回動する)ことを考慮して設定される。
【0042】
以上の一連の処理は、プリクラッシュ判定の成立に基づいて、実際の衝突が発生する前に行われるようになっている。
加速度センサ31が衝突による衝撃を検出すると、乗員保護装置制御ユニット30は、第2インフレータ42にガス発生指令信号を与え、第1インフレータ41により予備拘束状態で展開膨張している大腿部拘束エアバッグB1に、より高圧の展開用ガスを導入する。
これによって、大腿部拘束エアバッグB1による大腿部Fの拘束力は強化され、衝突による加速度により乗員Pの上体UBが起き上がり挙動を示すときに、腰部が浮き上がらない程度に強力に大腿部Fを拘束する本拘束状態となる。
【0043】
その後、乗員保護装置制御ユニット30は、シートベルトプリテンショナ70に対して引込指令信号を与え、シートベルトプリテンショナ70にシートベルト230の引込を開始させてシートベルト230による拘束力を強化する。
次いで、乗員保護装置制御ユニット30は、第3インフレータ43にガス発生指令信号を与え、上体拘束エアバッグB2の展開膨張を開始させる。
図6は、第1実施形態の乗員保護装置を有する車両の車室前部を側方から見た状態を示す模式図であって、衝突直後の状態を示す図である。
上体拘束エアバッグB2は、インストルメントパネル150の後端部から、車両後方側(乗員P側)かつ上方側へ展開膨張する。
図6に示す状態においては、上体拘束エアバッグB2は、膨張途中の状態となっている。
【0044】
また、衝突による加速度の発生に応じて、乗員Pの上体UBは、
図6に示すように、腰部回りに前転方向に回動して起き上がる挙動を示す。
このとき、上体UBの起き上がり挙動に要するエネルギ(重力加速度に抗して上体UBを上昇させるエネルギ)は、衝突により乗員Pに作用する慣性力の一部が用いられることから、このような起き上がり挙動により、衝突により乗員Pが受けるエネルギの一部を吸収するエネルギ吸収(EA)効果が得られる。
【0045】
図7は、第1実施形態の乗員保護装置を有する車両の車室前部を側方から見た状態を示す模式図であって、衝突後に乗員拘束が完了した状態を示す図である。
最終的には、乗員Pの頭部H及び上体UBは、展開膨張を完了した上体拘束エアバッグB2によって拘束され、車体に対して過度に前進しないよう固定される。
【0046】
以上説明した第1実施形態によれば、以下の効果を得ることができる。
(1)衝突に先立ち、乗員Pの大腿部Fがシート200の座面210に拘束されるとともに、上体UBが後傾した状態とすることにより、衝突時に慣性力によって乗員Pの上体UBが起き上がって前傾方向に回動する。このとき、乗員Pの上体UBが重力加速度に抗して起き上がる際のエネルギがエネルギ吸収に寄与することによって、乗員Pの身体に局所的な傷害を与えることなくエネルギ吸収性能を高めることができる。
(2)衝突の前兆の検出に応じて、大腿部Fを臀部側が上がる方向(膝部側が下がる方向)に傾斜させることによって、乗員Pの上体UBと大腿部Fとがなす角度を小さくし、背骨を脚部から軸力として入力されるエネルギの入力方向に沿わせることによって、脚部からの入力による傷害の悪化を防止することができる。
(3)乗員Pの上体UBが起き上がった後に上体UBを拘束する上体拘束エアバッグB2を設けたことによって、乗員Pの上体UBが完全に起き上がってもエネルギを吸収しきれず、上体UBが車体に対してさらに前進しようとする場合であっても、上体拘束エアバッグB2により上体UBを拘束することによって、乗員Pの傷害を抑制することができる。
(4)プリクラッシュ判定が成立してから衝突の発生までは、大腿部拘束エアバッグB1による大腿部Fの拘束を、比較的弱い力による予備的な拘束にとどめることにより、衝突回避のための運転動作を可能とすることができる。
一方、衝突が実際に発生した後は、大腿部Fの拘束力を高めることにより、上述した衝撃吸収効果を確実に得ることができる。
(5)プリクラッシュ判定が成立してから衝突の発生直前までは、上体UBの傾斜を比較的緩い予備的な傾斜にとどめることにより、衝突回避のためのステアリング操作等を可能とすることができる。
一方、衝突の発生の発生直前以降は、上体UBの傾斜を強めることにより、上述した衝撃吸収効果を確実に得ることができる。
【0047】
<第2実施形態>
次に、本発明を適用した乗員保護装置の第2実施形態について説明する。
第2実施形態において、上述した第1実施形態と実質的に共通する箇所については同じ符号を付して説明を省略し、主に相違点について説明する。
図8は、本発明を適用した乗員保護装置の第2実施形態を有する車両における衝突直前の状態を示す模式図である。
図8(a)は自車両及びこれに衝突する他車両の位置関係を示す平面図である。
図8(b)は自車両を前方から見たときの乗員の左右方向傾斜を示す模式図(
図8(a)のb-b部矢視断面図)である。
【0048】
第2実施形態においては、シート200を左右方向(車両前後方向に沿った軸回り)に傾斜させるシート左右傾斜装置80が設けられている。
シート左右傾斜装置80は、例えば電動式等のアクチュエータによって、シート200を左右方向に傾斜させる機能を有する。
シート左右傾斜装置80は、本発明にいう乗員傾斜手段として機能する。
乗員保護装置制御ユニット30は、自車両V1に対する衝突による衝撃の入力方向に応じて、シート左右傾斜装置80に、シート200を左右方向における衝撃が入力される側へ傾斜させる。
【0049】
例えば、
図8(a)に示す例では、自車両V1から見て他車両V2が右斜め前方から衝突する。
この場合、乗員保護装置制御ユニット30は、
図8(b)に示すように、シート200を、乗員Pの頭部Hが臀部に対して右側へ変位する方向へ傾斜させる。
このときのシート200の傾斜角は、自車両V1の前後方向に対して他車両V2の進行方向がなす角度θの増加に応じて大きくなるように設定されている。
このような入力方向は、ステレオカメラ装置10、環境認識ユニット20により、他車両V2の自車両に対する相対速度(ベクトル)を検出することによって得ることができる。
ステレオカメラ装置10、環境認識ユニット20は、本発明にいう入力方向検出手段として機能する。
【0050】
また、大腿部拘束エアバッグB1は、左右の大腿部に独立して設けられている(
図8(b)におけるB1L及びB1R)。
左右の大腿部拘束エアバッグB1L、B1Rは、シート左右傾斜装置80がシート200を左右方向に傾斜させることによって、左右の大腿部Fの高さが異なった場合であっても、各大腿部拘束エアバッグB1L、B1Rの内圧を異ならせることによって、左右の大腿部Fに実質的に同等の拘束力を与えることが可能となっている。
例えば、傾斜により高さが下がる側の大腿部拘束エアバッグB1L,B1Rの内圧を、他方に対して高くなるように各エアバッグのインフレータを制御することができる。
このような左右独立の大腿部拘束エアバッグB1L,B1Rは、左右の大腿部の拘束力のばらつきを抑制する拘束力均衡化手段として機能する。
【0051】
以上説明した第2実施形態によれば、上述した第1実施形態の効果と実質的に同様の効果に加えて、以下の効果を得ることができる。
(1)衝突による衝撃の入力方向に応じてシート200を乗員Pとともに左右方向に傾斜させることによって、衝突によるエネルギが斜め前方側から入力される場合であっても、乗員の上体が腰部に対して肩幅方向に転ぶことを防止し、上述した効果を適切に得ることができる。
(2)左右独立した大腿部拘束エアバッグB1L,B1Rにより、乗員Pの傾斜時であっても左右の大腿部を実質的に均等の拘束力で拘束することにより、大腿部Fを適切に拘束することができ、上述した効果を確保することができる。
【0052】
(変形例)
本発明は、以上説明した実施形態に限定されることなく、種々の変形や変更が可能であって、それらも本発明の技術的範囲内である。
(1)乗員保護装置を構成する各部分の構成は、上述した実施形態に限定されることなく、適宜変更することができる。
例えば、実施形態においては、衝突の前兆をステレオカメラ装置10等によって検出しているが、これに限らず、衝突前兆検出手段として、ミリ波レーダ、レーザレーダ、単眼カメラ等の各種センサや、路車間通信、車車間通信等により得られる情報を用いてもよい。
(2)実施形態においては、上体拘束エアバッグB2は、加速度センサ31が実際の衝突による衝撃を検出してから展開膨張させているが、上体拘束エアバッグB2も大腿部拘束エアバッグB1と同様に、衝突の前兆の検出(プリクラッシュ判定の成立)に応じて展開膨張させてもよい。
また、実施形態では実際の衝突発生後に作動させているシートベルトプリテンショナ70を、プリクラッシュ判定の成立に応じて作動させてもよい。
(3)実施形態においては、シートの座面の前端部を降下させることによって大腿部Fを臀部側が上がる方向に傾斜させているが、このような構成に代えて、あるいは、このような構成とともに、座面の後端部を上昇させてもよい。
また、座面自体を傾斜させることに代えて、あるいは、座面自体の傾斜とともに、例えば大腿部Fの後方側の領域の下側でシートに内蔵したエアバッグを展開膨張させて大腿部Fを傾斜させてもよい。
(4)乗員Pの上体UBを前傾させる傾斜角、大腿部Fを後傾させる傾斜角、各エアバッグB1,2の拘束力等は、乗員Pの体格、体重等に応じて最適化されるよう適宜変化させることができる。
乗員Pの体格等は、例えば、シート200の前後位置、シート200に設けられた荷重センサの出力(乗員の体重)、カメラ等の撮像装置を有する乗員モニタリングシステムの認識結果、通常時におけるシートベルト230の引き出し量などから推定することが可能である。
(5)実施形態の乗員保護装置は、乗用車等の自動車に搭載されるものであったが、本発明は自動車以外の乗り物にも適用することができる。
(6)実施形態においては、実際の衝突直前に上体の傾斜角を増加させているが、これに限らず、衝突発生後に上体の傾斜角を増加させてもよい。また、実施形態においては、衝突発生後に下半身の拘束を強化しているが、衝突の直前に下半身の拘束を強化してもよい。
(7)実施形態においては、大腿部拘束エアバッグB1、上体拘束エアバッグB2をインストルメントパネル150から展開させているが、これに限らず、各エアバッグを他の箇所から展開させてもよい。
例えば、運転席に乗員保護装置を設ける場合には、大腿部拘束エアバッグをステアリングコラムの下方から展開させ、上体拘束エアバッグをステアリングホイールから展開させてもよい。
また、上体拘束エアバッグは、ルーフから下方へ展開膨張させてもよい。
さらに、大腿部拘束エアバッグ、上体拘束エアバッグ以外の他のエアバッグを設けてもよい。
(8)第2実施形態においては、乗員傾斜時に左右の大腿部を均等に拘束するために左右独立した大腿部拘束エアバッグを用いているが、左右の大腿部の拘束力のばらつきを抑制する拘束力均衡化手段はこれに限らず、他の手法により拘束力の均衡を図るものであってもよい。
【符号の説明】
【0053】
10 ステレオカメラ装置
11 カメラLH 12 カメラRH
13 ステレオ画像処理ユニット 20 環境認識ユニット
30 乗員保護装置制御ユニット 31 加速度センサ
41 第1インフレータ 42 第2インフレータ
43 第3インフレータ 50 シートバック傾斜装置
60 座面傾斜装置 70 シートベルトプリテンショナ
80 シート左右傾斜装置
B1 大腿部拘束エアバッグ B2 上体拘束エアバッグ
100 車室 110 フロア
120 トーボード 130 ルーフ
140 フロントガラス 150 インストルメントパネル
200 シート 210 座面
220 シートバック 230 シートベルト
P 乗員 H 頭部
UB 上体 F 大腿部
V1 自車両 V2 他車両