(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-17
(45)【発行日】2022-02-28
(54)【発明の名称】表面処理アルミニウム合金材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C25D 11/04 20060101AFI20220218BHJP
C22C 21/02 20060101ALI20220218BHJP
C22F 1/043 20060101ALI20220218BHJP
C25D 11/06 20060101ALI20220218BHJP
C25D 11/18 20060101ALI20220218BHJP
B21B 3/00 20060101ALI20220218BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220218BHJP
【FI】
C25D11/04 302
C22C21/02
C22F1/043
C25D11/04 101C
C25D11/04 304
C25D11/06 A
C25D11/18 312
B21B3/00 J
C22F1/00 613
C22F1/00 623
C22F1/00 627
C22F1/00 640A
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 694A
(21)【出願番号】P 2018055155
(22)【出願日】2018-03-22
【審査請求日】2020-12-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】菊池 美穂子
(72)【発明者】
【氏名】三村 達矢
(72)【発明者】
【氏名】波多野 和哲
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 博紀
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-067844(JP,A)
【文献】特開2013-163849(JP,A)
【文献】特開2010-018875(JP,A)
【文献】特開2015-202503(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 11/00-11/36
C22C 21/02
C22C 21/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Siを
5~20質量%含有するAl-Si系合金からなる基材と、アルカリ性液体中での交流電解処理により前記基材の一部又は全部の表面に形成された酸化皮膜層と、を有
し、前記酸化皮膜層の上に樹脂層が被覆されるプリント配線板の基板として用いられる、表面処理アルミニウム合金材であって、
前記酸化皮膜層は、表面側に形成された厚さ20~1000nmの多孔性アルミニウム酸化皮膜層と、基材側に形成された厚さ3~50nmのバリア型アルミニウム酸化皮膜層とを有し、
前記多孔性アルミニウム酸化皮膜層内には、直径3~50nmの小孔が多数存在すると共に、Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物の円相当径が平均15μm以下であり、当該晶出物が15%以下の面積率で存在している、表面処理アルミニウム合金材。
【請求項2】
請求項1に記載の表面処理アルミニウム合金材を製造する方法であって、
前記基材の化学成分を有するスラブを鋳造により作製し、該スラブに少なくとも熱間圧延を加えて前記基材を作製し、その後、該基材に交流電解処理を施して前記酸化皮膜を有する前記表面処理アルミニウム合金材を得るにあたり、
前記鋳造は、前記スラブの表面から100mmの位置の冷却速度が0.5℃/sec以上となる条件で行い、
前記熱間圧延は、複数の圧延パスのうち、最終パスの圧下率を20%~70%の範囲内で行い、
前記交流電解処理は、前記基材からなる電極と、対電極とを用い、ph9~13で液温35~80℃であるアルカリ性水溶液を電解液として、周波数10~100Hz、電流密度4~50A/dm
2および電解時間2~600秒間の条件で行う、表面処理アルミニウム合金材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理アルミニウム合金材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム材は軽量で、かつ適度な機械的特性を備え、様々な構造部材に広く適用されている。これらのアルミニウム材の一部又は全体に表面処理を施すことで、耐食性、密着性、絶縁性、抗菌性、耐摩耗性等の性質を付与させ、或いは、これらの性質を向上させて使用されることも多い。Al-Si系合金からなるアルミニウム合金材は、従来ダイキャスト等の鋳物用として多く使用されているが、圧延により板状に成形して使用する場合には、Al-Si系合金が低融点という特徴を生かして、熱交換器用材料のろう材として用いられることが多い。また、近年ではAl-Si系合金からなるアルミニウム合金材が有する低熱膨張率や耐熱性、陽極酸化処理時の発色性(合金発色)を利用して、板材の構造部材への適用が検討されている。このようなアルミニウム材を用いた構造部材は特に、自動車、航空機などの輸送材や、電子基板、IT機器などの電子部材に多く適用されており、更なる軽量化、機能性向上のために、樹脂材料と組み合わせて使用されることもある。
【0003】
例えば、特許文献1において示されているように、Al-Si系合金板は、プリント配線板の基板に用いられることがある。このプリント配線板は、基板となるAl-Si系合金板の表面に陽極酸化皮膜が形成され、その陽極酸化皮膜の上に樹脂層としての絶縁接着剤層が形成され、さらにその上にCu箔が配置される構成となっている。
【0004】
このようなプリント配線板においては、基板と樹脂層との接着性あるいは密着性が重要であるが、この特性は基板の表面の酸化皮膜の特性によって左右される。一般に、Al-Si系合金は、合金中に含まれるSiが陽極酸化皮膜の形成を阻害するため、酸化皮膜形成が不均一になり、所望の性能が得られない場合が多い。
【0005】
一方、特許文献2には、Al-Si系合金の表面に酸化皮膜を形成する方法として、特許文献1のような硫酸浴での直流電流を用いた陽極酸化方法ではなく、アルカリ性溶液中で交流電解処理を行う方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平6-41667号公報
【文献】特開2015-67844号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献2の交流電解処理方法は、特にSi含有量が1.7質量%以下のAl-Si系合金に対応するものとして示されおり、Si量が1.7質量%を超えて増えた場合には、均一な酸化皮膜の形成が阻害されるとされている。また、Si量が1.7質量%以下の場合であっても、完全に均一な酸化皮膜が形成されない場合も考えられる。
【0008】
しかしながら、樹脂層との密着性及び接着性に優れることを目的とした場合、完全に均一な酸化皮膜の形成が必ずしも必要であるとはいえない。そこで、樹脂層との密着性及び接着性に優れる酸化皮膜層の構成がどのような要件を満たせばよいかを見極めることが重要である。
【0009】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、Siを含有するアルミニウム合金からなる基材の表面に設ける酸化皮膜層として、確実に樹脂層との密着性及び接着性を向上させることができる構成を有する表面処理アルミニウム合金材を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一態様は、Siを5~20質量%含有するAl-Si系合金からなる基材と、アルカリ性液体中での交流電解処理により前記基材の一部又は全部の表面に形成された酸化皮膜層と、を有し、前記酸化皮膜層の上に樹脂層が被覆されるプリント配線板の基板として用いられる、表面処理アルミニウム合金材であって、
前記酸化皮膜層は、表面側に形成された厚さ20~1000nmの多孔性アルミニウム酸化皮膜層と、基材側に形成された厚さ3~50nmのバリア型アルミニウム酸化皮膜層とを有し、
前記多孔性アルミニウム酸化皮膜層内には、直径3~50nmの小孔が多数存在すると共に、Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物の円相当径が平均15μm以下であり、当該晶出物が15%以下の面積率で存在している、表面処理アルミニウム合金材にある。
【発明の効果】
【0011】
Siを含有するアルミニウム合金に対してアルカリ性液体中での交流電解処理を施して形成される酸化皮膜層には、Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物が含まれ、これらを完全になくすことは現在のところ困難である。しかしながら、本態様の表面処理アルミニウム合金材は、前記多孔性アルミニウム酸化皮膜層内に存在するSiを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物が、円相当径で平均15μm以下であり、かつ、その晶出物が15%以下の面積率で存在しているという条件を具備するものである。本発明者らは、多くの検討の結果、この構成を有する限り、確実に樹脂層との密着性及び接着性を向上させることができることを見出した。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例における、アルミニウム酸化皮膜が形成された表面処理アルミニウム合金材の断面構成を示す説明図。
【
図2】実施例における、交流電解装置の構成を説明図。
【
図3】実施例における、表面処理アルミニウム合金材と熱可塑性樹脂片を接合する試験片の断面図。
【
図4】実施例における、表面処理アルミニウム合金材の表面を走査型電子顕微鏡(SEM)にて観察した図面代用写真。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1に示すように、本願にかかる表面処理アルミニウム合金材1は、Siを含有するアルミニウム合金からなる基材2と、アルカリ性液体中での交流電解処理により基材2の一部又は全部の表面に形成された酸化皮膜層3と、を有する表面処理アルミニウム合金材である。酸化皮膜層3は、表面側に形成された厚さ20~1000nmの多孔性アルミニウム酸化皮膜層31と、基材2側に形成された厚さ3~50nmのバリア型アルミニウム酸化皮膜層32とを有する。多孔性アルミニウム酸化皮膜層31内には、直径3~50nmの小孔4が多数存在すると共に、Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物が円相当径で平均15μm以下であり、その晶出物5が15%以下の面積率で存在している。
以下、さらに詳説する。
【0014】
<基材>
基材としては、Siを含有するアルミニウム合金(Al-Si系合金)を用いる。Si含有量の下限値は特に制限はないが、特許文献2において好ましくないとされている1.7質量%を超え、特に2.0質量%以上の場合に、上記構成を取ることが有効である。より好ましくは、3.0質量%以上、さらには4.0質量%、さらには5.0質量%とすることができる。一方、Si含有量の上限値については、一般的なAl-Si系合金の範囲であれば特に制限はないが、Si含有量が多すぎる場合には、Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出部の制御が難しくなるため、好ましくは20質量%以下、さらには、12質量%以下とするのがよい。
【0015】
Si以外の元素については、上記表面処理アルミニウム合金材を適用する用途の要求特性に応じて適宜添加することができる。
例えば、プリント配線板の基板等に用いる場合には、例えば、Si:5~20質量%、Fe:0.5~2.0質量%、Cu:0.1~0.5質量%を含み、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を採用することができる。
【0016】
<酸化皮膜層>
酸化皮膜層は、表面側に形成された厚さ20~1000nmの多孔性アルミニウム酸化皮膜層と、基材側に形成された厚さ3~50nmのバリア型アルミニウム酸化皮膜層とからなる。また、酸化皮膜層は、基材における表面改質すべき部分に設ければよく、基材の表面の一部のみに設けてもよいし、全面に設けてもよい。また、基材が平板状の場合には、一方の表面のみに酸化皮膜層を設けてもよいし、両方の表面に酸化皮膜層を設けてもよい。
【0017】
<多孔性アルミニウム酸化皮膜層>
多孔性アルミニウム酸化皮膜層の厚さは、20~1000nmであり、好ましくは50~500nmである。多孔性アルミニウム酸化皮膜層の厚さが20nm未満では、厚さが十分でないため、後述する小孔構造の形成が不十分になり易く、樹脂層との接着力や密着力が低下する。そのため、より好ましくは50nm以上とするのがよい。一方、多孔性アルミニウム酸化皮膜層の厚さが1000nmを超えると、多孔性アルミニウム酸化皮膜層自体が凝集破壊し易くなり、樹脂層との接着力や密着力が低下する。そのため、より好ましくは500nm以下とするのがよい。
【0018】
多孔性アルミニウム酸化皮膜層の厚さの測定には、一例として透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察を用いることができる。具体的には、ウルトラミクロトーム等により多孔性アルミニウム酸化皮膜層部分を薄片に加工し、TEM観察することによって測定される。なお、一つの観察視野における複数箇所の測定値の算術平均値をもって、多孔性アルミニウム酸化皮膜層の厚さとする。
【0019】
図1に示すように、多孔性アルミニウム酸化皮膜層31は、その表面から深さ方向に向かう小孔4を備えるポア構造を有する。小孔4の直径は3~50nmであり、好ましくは5~30nmである。この小孔4は、樹脂層や接着剤などとアルミニウム酸化皮膜層3(31)との接触面積を増大させ、その接着力や密着力を増大させる効果を発揮するものである。小孔4の直径が3nm未満では、接触面積が不足するため十分な接着力や密着力が得られないおそれがある。一方、小孔4の直径が50nmを超えると、多孔性アルミニウム酸化皮膜層全体が脆くなって凝集破壊を生じ、接着力や密着力が低下するおそれがある。
【0020】
多孔性アルミニウム酸化皮膜層の表面積に対する小孔の全孔面積の比については、特に制限されるものではないが、多孔性アルミニウム酸化皮膜層の見かけ上の表面積(表面の微小な凸凹などを考慮せず、長さと幅の乗算で表される面積)に対する小孔の全孔面積の比として25~75%が好ましい。この比が25%未満では、接触面積が不足して十分な接着力や密着力が得られない場合がある。一方、この比が75%を超えると多孔性アルミニウム酸化皮膜層全体が脆くなって凝集破壊を生じ、接着力や密着力が低下する場合がある。
【0021】
上記ポア構造における小孔の直径及び面積占有率の測定には、一例として電界放出形電子顕微鏡(FE-SEM)による表面観察及び画像解析ソフトA像くん(旭化成エンジニアリング社製ver. 2.50)による粒子解析を用いることができる。具体的には、電界放出形電子顕微鏡(FE-SEM)により、加速電圧2kV、観察視野1μm×0.7μmで複数個所撮影した二次電子像を、画像解析ソフトに取り込み、多孔性アルミニウム酸化皮膜層の表面において観察される小孔部分を粒子とみなした各箇所における粒子解析を実施するものである。
【0022】
<多孔性アルミニウム酸化皮膜層内のSiを含む金属間化合物もしくは単体Si>
多孔性アルミニウム酸化皮膜層内には、Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物の円相当径が平均15μm以下であり、当該晶出物が15%以下の面積率で存在することができる。多孔性アルミニウム酸化皮膜層内のSiを含む金属間化合物もしくは単体Siの晶出物(以下、適宜、Si系粒子という)は、基材中に存在していたSiを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物が、交流電解処理後において多孔性アルミニウム酸化皮膜層内に残存するものである。
【0023】
多孔性アルミニウム酸化皮膜層内に残存したSi系粒子が存在する部分は、上述した小孔が形成されないため、樹脂層との密着性及び接着性の向上にあまり寄与しない。そのため、Si系粒子は、それ自体の大きさを小さくすることが重要であり、円相当径の平均値で15μm以下とする必要があり、好ましくは12μm以下であり、より好ましくは10μm以下とするのがよい。Si系粒子の円相当径の下限値としては、小さいほど好ましいが、実質的には、2μm以上となりやすく、5μm以上となる場合があるが、上記上限値を維持すれば問題はない。
【0024】
そして、多孔性アルミニウム酸化皮膜層内の前記Si系粒子は、15%以下の面積率で存在するよう制御する必要がある。Si系粒子が存在する面積率が15%を超える場合には、接着に関与する小孔を備えた部分の面積が減少し、樹脂層に対して十分な接触面積を得られずに接着力及び密着力が低下する。多孔性アルミニウム酸化皮膜層内の前記Si系粒子の面積率は小さいほど望ましいが、1%未満とすることは、実際上難しい。
【0025】
前記Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物(Si系粒子)の面積率の測定は、一例として電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)による表面観察を用いることができる。具体的には、FE-SEM(日立ハイテクノロジーズ製 SU8200)にて加速電圧1kV、観察視野126μm×85μm(約1000倍)で5視野撮影し、円径相当0.01μm以上のSiを含む金属間化合物もしくは単体Si粒子の表面積および個数を求め、観察視野に存在するSiを含む金属間化合物もしくは単体Si粒子の全表面積を計算する。算出したSiを含む金属間化合物もしくは単体Si粒子の全表面積を視野全面積で除し、Siを含む金属間化合物もしくは単体Si粒子のアルミニウム合金に対する面積率を算出する。
【0026】
<バリア型アルミニウム酸化皮膜層>
バリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さは、3~50nmであり、好ましくは5~30nmである。この厚さが5nm未満では、多孔性アルミニウム酸化皮膜層とアルミニウム素地との間の介在層として、両者の結合に十分な結合力を付与することができず、特に、高温・多湿などの過酷環境における結合力が不十分となる。一方、この厚さが50nmを超えると、その緻密性ゆえにバリア型アルミニウム酸化皮膜層が凝集破壊し易くなり、却って接着力や密着力が低下する。バリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さの測定にも、多孔性アルミニウム酸化皮膜層と同じく透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察を用いることができる。具体的には、ウルトラミクロトーム等によりバリア型アルミニウム酸化皮膜層部分を薄片に加工し、TEM観察することによって測定する。なお、一つの観察視野における複数箇所の測定値の算術平均値をもって、バリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さとする。
【0027】
<基材の製造方法>
基材は、所望の化学成分を有するスラブを鋳造により作製し、少なくともこのスラブに熱間圧延を施すことにより製造することができる。必要に応じて、冷間圧延等を加えることができる。
【0028】
ここで、上記の鋳造においては、スラブの表面から100mmの部位の冷却速度を0.5℃/sec以上で鋳造を行い、かつ、スラブを熱間圧延にて圧延する際の最終パスの圧下率を20%~70%の範囲内で行うことが有効である。これらの2つの要件を具備することによって、まずは、基材中に含まれるSiを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物(Si系粒子)の存在状態を好適な範囲に制御することが可能となる。
【0029】
基材中に含まれるSiを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物の大きさ及び数等の存在状態を好適な範囲とすることによって、その後の交流電解処理によって得られる多孔性アルミニウム酸化皮膜層内に存在する、Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物の状態を、前記特定の範囲に制御することができる。
【0030】
基材中に含まれるSiを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物の好適な存在状態は、交流電解処理前の表面観察において、円相当径で平均15μm以下の晶出物が15%以下の面積率で存在しているような状態である。
【0031】
鋳造時におけるスラブの表面から100mmの部位の冷却速度は、上述したごとく、0.5℃/sec以上とする。好ましくは1℃/sec以上がよい。なお、冷却速度の上限は特に制限がないが、実質的に20℃/sec以上にすることは製造装置の制約上通常は困難である。冷却速度が0.5℃/sec未満では、Siを含む金属間化合物もしくは単体Si粒子の粒子径が大きくなりすぎるおそれがある。
【0032】
スラブ表面から100mmにおける鋳造時の冷却速度は、デンドライト2次アーム間隔(Dendrite Arm Spacing:以下、単にDASと記す)を測定して算出する。アルミニウム合金の冷却速度Cα(℃/秒)と、公線法で測定したDAS、dr(μm)には下記の関係がある。
冷却速度とDASの関係:dr=41Cα-0.32
【0033】
DASは、鋳造後のスラブの断面観察によって求めることができる。すなわち、同一条件で鋳造したスラブを、鋳造方向に沿って表面から100mmの部分を切断し、厚さ方向に沿ってスラブ中央部分を切断後、切断した縦断面及び横断面において、断面研磨した後に、板厚中央断面の金属組織を光学顕微鏡により倍率500倍で観察して交線法によりDASを求める。なお、DASの関係式及び測定法自体については「アルミニウムのデンドライトアームスペーシングと冷却速度の測定法」、軽金属学会研究部会報告書No20(1988年)、46~52頁の記載に従う。
【0034】
また、上述したごとく、熱間圧延の最終パスの圧下率は、20~70%とし、好ましくは30~60%とする。熱間圧延の最終パスの圧下率が20%未満では、基材中に含まれるSiを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物としてサイズの大きい粒子が残存してしまうおそれがある。一方、熱間圧延の最終パスの圧下率が70%を超えると、圧延時に割れが生じやすくなり、基材の製造が困難となる。
【0035】
<交流電解処理>
基材表面の酸化皮膜層は、アルカリ性液体中において基材に交流電解処理を施すことによって形成する。具体的な方法としては、基材を一方の電極とすると共にこれに対向する対電極を準備し、pH9~13で35~80℃のアルカリ性水溶液を電解溶液とし、周波数20~100Hz、電流密度4~50A/dm2及び電解時間5~600秒間の条件で、両電極間に交流電流を通電することにより行う。
【0036】
基材からなる電極と対電極の形状は特に限定されるものではないが、両電極間の距離を均一にして安定的処理を行うために、板形状のものを用いることが好ましい。具体的には、
図2に示すように、基材2からなる電極61と2枚の対電極62、63を用意し、同図に示すごとく、これらを交流電源71に接続する。交流電源71と一方の対電極63との間には、通電状態をオンオフする接続スイッチ72が設けられる。
【0037】
各電極は、アルカリ性水溶液の電解溶液8が入れられた電解槽内に、対向配置された一対の対電極62、63の間に基材2からなる電極61を挟むように配置し、これら3枚の電極61~63が等間隔で略平行となるように配置する。対電極62、63は、基材2からなる電極61と同等以上の寸法を用いることが好ましく、すべての電極を静止状態として電解操作を行なうのが好ましい。なお、基材2の一方の表面のみを処理する場合には、接続スイッチ72をオフにすることによって、基材2からなる電極61の対電極62に対面する側の表面のみを処理することができる。
【0038】
交流電解処理に使用する対電極62、63は、例えば、黒鉛、アルミニウム、チタン電極等の公知の電極を用いることができるが、電解溶液のアルカリ成分や温度に対して劣化せず、導電性に優れ、更に、それ自身が電気化学的反応を起こさない材質のものを使用する必要がある。このような点から、対電極としては黒鉛電極が好適に用いられる。これは、黒鉛電極が化学的に安定であり、かつ、安価で入手が容易であることに加え、黒鉛電極に存在する多くの気孔の作用により交流電解工程において電気力線が適度に拡散するため、多孔性アルミニウム酸化皮膜層及びバリア型アルミニウム酸化皮膜層が共により均一になり易いためである。
【0039】
電解溶液8として用いるアルカリ水溶液は、水酸化ナトリウム及び水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;りん酸ナトリウム、りん酸水素ナトリウム、ピロりん酸ナトリウム、ピロりん酸カリウム及びメタりん酸ナトリウム等のりん酸塩;炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム等の炭酸塩;水酸化アンモニウム;或いは、これらの混合物を含む水溶液を用いることができる。後述するように電解溶液のphを特定の範囲に保つ必要があることから、バッファー効果の期待できるりん酸塩系物質を含有するアルカリ水溶液を用いるのが好ましい。このようなアルカリ水溶液に含まれるアルカリ成分の濃度は、電解溶液のphが所望の値になるように適宜調整されるが、通常、1×10-4~1モル/リットルで、好ましくは1×10-3~0.8モル/リットルである。なお、これらのアルカリ性水溶液には、アルミニウム合金材表面の清浄度を上げるために界面活性剤等を添加してもよい。
【0040】
電解溶液8としてのアルカリ水溶液のphは9~13であり、好ましくは9.5~12.5である。Phが9未満では電解溶液のアルカリエッチング力が不足するため、多孔性アルミニウム酸化皮膜層のポア構造の成長速度が遅くなる結果、多孔性アルミニウム酸化皮膜層厚さが薄くなり、密着耐久性が低下する。一方、phが13を超えると、アルカリエッチング力が過剰になるため多孔性アルミニウム酸化皮膜層のポア構造が溶解してしまい、所望の密着性が得られない。
【0041】
電解溶液8の電解溶液の温度は、35~80℃とし、好ましくは40~75℃とする。電解溶液の温度が35℃未満の場合には、アルカリエッチング力が不足するため多孔性アルミニウム酸化皮膜層の形成が不定形となり、密着耐久性が低下する。一方、電解溶液の温度が80℃を超える場合には、アルカリエッチング力が過剰になるため、多孔性アルミニウム酸化皮膜層の小孔の密度が小さくなり、樹脂等との密着性に必要なアンカー効果が得られ難くなり、密着耐久性が低下する。
【0042】
電解時間は2~600秒間とし、好ましくは5~300秒間、より好ましくは10~60秒間とする。電解時間が2秒未満の場合には、多孔性アルミニウム酸化皮膜層のポア構造の形成が不足し、樹脂等との密着性が低下する。一方、電解時間が600秒を超えると、多孔性アルミニウム酸化皮膜層のポア構造が再溶解し、また、生産性も低下する。
【0043】
交流周波数は10~100Hzであり、好ましくは20~80Hzである。交流周波数が20Hz未満では、電気分解としては直流的要素が高まる結果、多孔性アルミニウム酸化皮膜層のポア構造の形成が進行せず、樹脂等との密着性が低下する。一方、交流周波数が100Hzを超える場合には、陽極と陰極の反転が速すぎるため、アルミニウム酸化皮膜全体の形成が極端に遅くなり、多孔性アルミニウム酸化皮膜層のポア構造の所定厚さを得るには極めて長時間を要することになる。なお、交流電解における電解波形は特に限定されるものではなく、正弦波、矩形波、台形波、三角波等の波形を用いることが出来る。
【0044】
電流密度は4~50A/dm2とし、好ましく、5~40A/dm2とする。電流密度が4A/dm2未満では、アルミニウム酸化皮膜のうち、多孔性アルミニウム酸化皮膜層の成長速度が遅いため、バリア型アルミニウム酸化皮膜層しか得られない。一方、電流密度が50A/dm2を超えると、電流が過大になるため多孔性アルミニウム酸化皮膜層及びバリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さ制御が困難となり処理ムラが起こり易くなる。その結果、多孔性アルミニウム酸化皮膜層が極端に厚い部分においてアルミニウム素地から脱落する場合がある。
【0045】
電解溶液に含有される溶存アルミニウム濃度は、5~1000ppmとするのが好ましい。溶存アルミニウム濃度が5ppm未満の場合は、電解反応初期におけるアルミニウム酸化皮膜の形成反応が急激に生起するため、処理工程のばらつき(Al-Si系合金基材表面の汚れ状態やAl-Si系合金基材の取り付け状態など)の影響を受けることがある。その結果、局部的に厚いアルミニウム酸化皮膜が形成されることとなる。一方、溶存アルミニウム濃度が1000ppmを超える場合は、電解溶液の粘度が増大して電解工程においてAl-Si系合金基材の電極表面付近の均一な対流が妨げられるのと同時に、溶存アルミニウムがアルミニウム酸化皮膜形成を抑制する方向に作用する。その結果、局部的に薄いアルミニウム酸化皮膜が形成されることになる。このように、溶存アルミニウム濃度が上記範囲から外れると、アルミニウム酸化皮膜の厚さが局部的に厚くなったり、アルミニウム酸化皮膜の形成が抑制されるため、得られるアルミニウム酸化皮膜の接着力及び密着力の低下が起こる場合がある。
【0046】
<樹脂層>
前記表面処理アルミニウム合金材の処理面に樹脂層をさらに被覆して樹脂被覆表面処理アルミニウム合金材とすることにより、更に多くの用途に使用できる。ここで、樹脂層としては、熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂のいずれを用いてもよく、上述した特定構造のアルミニウム酸化皮膜と相まって、様々な効果を付与できる。
【0047】
通常、アルミニウム材と樹脂層との接合体は、アルミニウム材に比べて樹脂の熱膨張率が大きいことから、アルミニウム材と樹脂層との界面において、剥離、クラック、切れなどの損傷が発生し易い。しかしながら、前記表面処理アルミニウム合金材においてはAl-Si系合金からなる基材を用いている。このAl-Si系合金は、他のアルミニウム合金材に比べて熱膨張率が低いため、被覆される樹脂層の膨張に追従し難く、表面処理アルミニウム合金材と樹脂層の界面において前記損傷が発生し難い特徴を備える。そのため、前記表面処理アルミニウム合金材に積層させる樹脂層としては、その線膨張係数が、80×10-5K-1以下が好ましく、50×10-5K-1以下がより好ましい。
【0048】
特に、樹脂層に熱可塑性樹脂を用いた樹脂被覆表面処理アルミニウム合金材は、軽量、高剛性を有する輸送機器用の複合材料として、具体的には航空・宇宙分野、自動車、船舶、鉄道車両などの構造部材に好適に用いられ、更に、高意匠性や高絶縁性を必要とする電子機器にも好適に用いられる。樹脂層の被覆方法としては、熱可塑性樹脂部材を熱圧着する方法、熱可塑性樹脂部材を射出成形で製造する際に、射出成形の金型内に表面処理アルミニウム合金材をインサートして接合させる方法などが一般に用いられる。また、表面処理アルミニウム合金材が板状である場合には、熱可塑性樹脂フィルムを積層してもよい。
【0049】
熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン;ポリ塩化ビニル;ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレートなどのポリエステル;ポリアミド;ポリフェニレンスルファイド;ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトンなどの芳香族ポリエーテルケトン;ポリスチレン;ポリテトラフルオロエチレン、ポリクロロトリフルオロエチレンなどのフッ素樹脂;ポリメタクリル酸メチルなどのアクリル樹脂;ABS樹脂;ポリカーボネート;熱可塑性ポリイミドなど;を用いることができる。
【0050】
樹脂層に熱硬化性樹脂を用いた樹脂被覆表面処理アルミニウム合金材は、意匠性塗装板、電子材料の絶縁被覆用途などに好適に用いられる。樹脂層の被覆方法としては、熱硬化性樹脂を流動状態とし、これを多孔性アルミニウム酸化皮膜層に接触・浸透させ、その後に熱硬化性樹脂を加熱硬化させる方法が用いられる。熱硬化性樹脂としては、フェノール樹脂;ビスフェノールA型及びノボラック型などのエポキシ樹脂;メラミン樹脂;尿素樹脂;不飽和ポリエステル樹脂;アルキド樹脂;ポリウレタン;熱硬化性ポリイミドなど;を用いることができる。
【0051】
なお、前記熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂は、それぞれを単一で用いてもよく、複数種の熱可塑性樹脂又は複数種の熱硬化性樹脂を混合したポリマーアロイとして用いてもよい。また、前記熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂にそれぞれ各種フィラーを添加することにより、樹脂の強度や熱膨張率等の物性を改善することができる。このようなフィラーとしては、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維等の各種繊維;炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、シリカ、タルク、ガラスなどの無機物質;粘土;などの公知物質を用いることができる。
【実施例】
【0052】
以下、実施例及び比較例に基づいて、本発明における好適な実施の形態を詳細に説明する。
【0053】
基材2に用いるAl-Si系アルミニウム合金として、表1及び表2に示すSi含有量を有するものを溶解・鋳造し、熱間圧延後、冷間圧延を施し最終板厚さ1.0mmの圧延板とした。このとき、製造条件としては、鋳造時の冷却速度と熱間圧延時の最終パスの圧下率は表1及び表2に示す条件を採用し、これら以外は公知の通常の条件とした。そして、縦600mm×横50mm×板厚1.0mmに切断加工した基板を作製した。
【0054】
【0055】
【0056】
図2に示すように、得られた基板を一方の電極61に用い、対電極62、63として縦150mm×横100mm×厚さ2.0mmの平板の黒鉛電極を2枚用い、同図に示すように結線した。電解溶液8としては、表1及び表2に示すph及び温度を有する、ピロりん酸ナトリウムを主成分とするアルカリ性水溶液を使用した。pHは、1モル/リットルのNaOH水溶液で適宜調整した。電解質濃度は、0.1モル/リットルとした。そして、表1~3に示す周波数、電流密度、電解時間の条件で交流電解処理を実施した。ここで、比較例5及び6では、1モル/リットルの硫酸水溶液でphを8.5と3にそれぞれ調整した。なお、アルミニウム合金板の電極61及び黒鉛対電極62、63の縦方向を電解槽の深さ方向に一致させた。また、比較例15については、比較のため、基材からなる電極を陽極として直流電流を流した。
【0057】
以上のようにして作製した表面処理アルミニウム合金材の試料について、以下の測定と評価を行なった。
【0058】
まず、酸化皮膜層の評価として、酸化皮膜層の[構造]が、「多孔性アルミニウム酸化皮膜層とバリア型アルミニウム酸化皮膜層」である場合を「二層」、いずれか一方の場合を「一層」とした。
【0059】
また、酸化皮膜層における、多孔性アルミニウム酸化皮膜層については、「多孔性アルミニウム酸化皮膜層の厚さ(nm)」、「多孔性アルミニウム酸化皮膜層内に内在するSi系粒子(Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物)の平均円相当径(μm)及び面積率(%)」、「多孔性アルミニウム酸化皮膜層内に存在する小孔の直径(nm)」を測定した。
【0060】
また、酸化皮膜層における、バリア型アルミニウム酸化皮膜層については、「バリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さ(nm)」を測定した。
【0061】
また、基材については、「基材中に内在するSi系粒子(Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物)の平均円相当径(μm)及び面積率(%)」を測定した。
【0062】
具体的な測定方法は、次の通りである。
【0063】
[多孔性アルミニウム酸化皮膜層及びバリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さ]
表面処理アルミニウム合金材の試料に対し、TEMによりアルミニウム酸化皮膜の縦方向に沿った断面観察を実施した。具体的には、多孔性アルミニウム酸化皮膜層及びバリア型アルミニウム酸化皮膜層のそれぞれの厚さを測定した。これらの酸化皮膜層の厚さを測定するために、ウルトラミクロトームを用いて試料から断面観察用薄片試料を作製した。次に、この薄片試料において観察視野(1μm×1μm)中の任意の100箇所を選択してTEM断面観察により、それぞれの酸化皮膜層の厚さを測定した。結果を表4~6に示す。なお、これらの酸化皮膜層の厚さについては、100箇所の測定結果の算術平均値とした。この測定の結果に基づいて、酸化皮膜層の構造も判断した。
【0064】
[多孔性アルミニウム酸化皮膜層に内在するSi系粒子の粒子径測定]
表面処理アルミニウム合金材の試料に対し、FE-SEMによる表面観察(観察視野:126μm×85μmの10箇所)により、Si系粒子の粒子径を測定した。粒子径については、観察視野における10箇所の測定値の算術平均値とした。
【0065】
[多孔性アルミニウム酸化皮膜層に内在するSi系粒子の面積率]
表面処理アルミニウム合金材の試料に対し、FE-SEMによる表面観察(観察視野:126μm×85μmの10箇所)により、Si系粒子の面積を計算した。計算した値を観察視野の面積で割り、Si系粒子(Si/Al)の面積率を算出した。Si系粒子の面積率については、観察視野における10箇所の測定値の算術平均値とした。
【0066】
[多孔性アルミニウム酸化皮膜層の小孔直径の測定]
表面処理アルミニウム合金材の試料に対し、FE-SEMによる表面観察(観察視野:0.7μm×1μmの10箇所)により、多孔性アルミニウム酸化皮膜層の小孔の直径を測定した。小孔直径については、観察視野における10箇所の測定値の算術平均値とした。
【0067】
また、各実施例及び比較例においては、電解処理を同一条件で3つの基材に対して行い、これらの3つの算術平均値を評価用の値とした。上述した、酸化皮膜層及び基材の各評価結果は表3~5に示す。
【0068】
【0069】
【0070】
【0071】
また、表面処理アルミニウム合金材の酸化皮膜層の代表として、実施例1を表面から観察した写真を、
図4に示す。同図の写真には、多数の粒状物Aが観察され、これらが、多孔性アルミニウム酸化皮膜層31内に存在するSi系粒子(Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物)である。
【0072】
次に、上述した各実施例及び比較例の表面処理アルミニウム合金材の酸化皮膜層の上に、樹脂層を配置し、樹脂被覆表面処理アルミニウム合金材を作製した。まず、上記のように作製した表面処理アルミニウム合金板の試料から縦45mm×横18mmに切断した供試材12を20枚用意した。樹脂層6としては、ガラス繊維含有PPS樹脂(DIC社製)を用い、インサート成形によって、表面処理アルミニウム合金板の供試材12との接合試験片を20組作製した。具体的には、図示しない射出成形金型内に表面処理アルミニウム板の供試材12をインサートし、金型を閉めこれを160℃まで加熱後、PPS樹脂を射出温度320℃で射出して成形した樹脂層6と接合することで、
図3に示す接合試験片Sを得た。接合試験片は、ISO19095-2のタイプBの形状に従った。同図に示すごとく、接合試験片Sは、重ね合わせ接合された接合部16を有するものとした。接合部16は、表面処理アルミニウム板の試料端部の縦10mm×横5mmの部分である。
【0073】
以上のようにして、実施例1~37及び比較例1、2、4~14では、表面処理アルミニウム合金板と樹脂層との接合体からなる上記の接合試験片Sを得た。なお、比較例15では、樹脂層を接合することができず、接合体を得ることができなかった。
【0074】
[熱可塑性樹脂の接合評価]
接合評価は、ISO19095-3の5.2.1.2 Specimen retainerに従い、上記のように作製した合試験片Sの10組を引張試験機にて5mm/min.の速度でせん断方向に引っ張り、接合部における熱可塑性樹脂の凝集破壊率を測定し、下記の基準で評価した。
◎:凝集破壊率が95%以上のもの
○:凝集破壊率が85%以上95%未満のもの
△:凝集破壊率が75%以上85%未満のもの
×:凝集破壊率が75%未満のもの
結果を表3~5に示す。同表には、10組の接合体試料のうちの前記◎、○、△、×の個数をそれぞれ示すが、全てが◎又は○からなる場合を合格、それ以外を不合格と判定した。
【0075】
[密着耐久性評価]
上記のようにして作製した接合体試料の10組を塩水噴霧試験方法(JIS Z 2371)に記載の中性塩水噴霧試験にかけて1000時間後に取出し、引張試験機にて5mm/min.の速度でせん断方向に引っ張り、接合部における熱可塑性樹脂の凝集破壊率を測定し、下記の基準で評価した。
◎:凝集破壊率が80%以上のもの
○:凝集破壊率が65%以上80%未満のもの
△:凝集破壊率が50%以上65%未満のもの
×:凝集破壊率が50%未満のもの
結果を表3~5に示す。同表には、10組の接合体試料のうちの前記◎、○、△、×の個数をそれぞれ示すが、全てが◎又は○からなる場合を合格、それ以外を不合格と判定した。
【0076】
[総合評価]
前記アルミニウム酸化皮膜における熱可塑性樹脂の接合性評価及び密着耐久性評価の両方が合格であったものを総合評価が合格とし、これら各評価の少なくともいずれか一つが不合格のものを総合評価が不合格とした。
【0077】
表3~5に示すように、実施例1~37では、酸化皮膜層が、「多孔性アルミニウム酸化皮膜層と、バリア型アルミニウム酸化皮膜層との二重構造であり、多孔性アルミニウム酸化皮膜層の厚さが20~1000nmの範囲にあり、バリア型アルミニウム酸化皮膜層の厚さが3~50nmの範囲にあり、かつ、多孔性アルミニウム酸化皮膜層内には、直径3~50nmの小孔が多数存在すると共に、Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物の円相当径が平均15μm以下であり、当該晶出物が15%以下の面積率で存在している」という要件をすべて具備するため、樹脂層との接着性に優れ、かつ、密着耐久性も良好であり、総合評価が合格であった。
【0078】
これに対して比較例1~15では、少なくとも、製造方法が所望の条件を具備していないため、上述した望ましい形態の酸化皮膜層を得ることができず、それが故に、樹脂層との接合において、接合強度と密着耐久性の少なくともいずれか一方が不合格であり、総合評価が不合格であった。
【0079】
具体的には、比較例1では、鋳造時の冷却速度が遅すぎたため、基材中に晶出したSiを含む金属間化合物および単体Si粒子の粒子径が大きくなった。そのため、交流電解処理によって、多孔性アルミニウム酸化皮膜層の厚みは所望範囲内に収まったものの、多孔性アルミニウム酸化皮膜層内に含まれるSi系粒子の円相当径が大きくなりすぎ、樹脂層との接合性及び密着耐久性評価が共に不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0080】
比較例2では、熱間圧延時の圧下率が低すぎたため、基材中のSi系粒子が小さくならず、大きな粒子が残存してしまった。そのため、交流電解処理によって、多孔性アルミニウム酸化皮膜層の厚みは所望範囲内に収まったものの、多孔性アルミニウム酸化皮膜層内に含まれるSi系粒子の円相当径が大きくなりすぎ、樹脂層との接合性及び密着耐久性評価が共に不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0081】
比較例3では、熱間圧延時の圧下率が高すぎたため、板に割れが生じてしまい、製造自体ができなかった。そのため、接合性および密着耐久性は評価不可とし、総合評価が不合格とした。
【0082】
比較例4では、電解溶液のpHが高過ぎたため、多孔性アルミニウム酸化皮膜層における小孔の直径が大きくなり過ぎて、熱可塑性樹脂層とアルミニウム酸化皮膜との接合面の接触面積が減少した。その結果、密着耐久性が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0083】
比較例5では、電解溶液のpHが中性付近のため、多孔性アルミニウム酸化皮膜の皮膜成長が遅く、薄い多孔質酸化皮膜が形成し、熱可塑性樹脂層とアルミニウム酸化皮膜との接合面が減少した。その結果、接合性及び密着耐久性が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0084】
比較例6では、電解溶液のpHが小さ過ぎたため、薄い多孔性アルミニウム酸化皮膜を形成し、小孔の直径が極端に大きくなり、熱可塑性樹脂がアルミニウム酸化皮膜中へほとんど流入できなかった。その結果、接合性及び密着耐久性が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0085】
比較例7では、電解溶液の温度が低過ぎたため、多孔性アルミニウム酸化皮膜層の小孔の直径が極端に小さくなり、Al/Siの面積率が0%となり、熱可塑性樹脂が皮膜中へほとんど流入できなかった。その結果、接合性及び密着耐久性が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0086】
比較例8では、電解溶液の温度が高過ぎたため、多孔性アルミニウム酸化皮膜が薄く、小孔の直径が大きくなり、Al/Siの面積率が規定の値よりも低くなり、熱可塑性樹脂層とアルミニウム酸化皮膜との接合面が減少した。その結果、接合性及び密着耐久性が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0087】
比較例9、アルカリ交流電解における周波数が低過ぎたため、多孔性アルミニウム酸化皮膜層における小孔の直径が極端に大きくなった。その結果、熱可塑性樹脂層との接触面積が小さくなり、接合性及び密着耐久性が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0088】
比較例10では、アルカリ交流電解における周波数が高過ぎたため、多孔性アルミニウム酸化皮膜層における小孔の直径が極端に小さく、熱可塑性樹脂層とアルミニウム酸化皮膜との接合面が減少した。その結果、接合性及び密着耐久性が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0089】
比較例11では、アルカリ交流電解における電流密度が小さ過ぎたため、多孔性アルミニウム酸化皮膜層における小孔の大きさが極端に小さくなった。そのため、熱可塑性樹脂が小孔内にほとんど流入できなかった。その結果、接合性及び密着耐久性が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0090】
比較例12では、アルカリ交流電解における電流密度が大き過ぎたため、小孔の大きさが極端に大きくなった。そのため、熱可塑性樹脂層とアルミニウム酸化皮膜との接合面積が減少した。その結果、密着耐久性が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0091】
比較例13では、アルカリ交流電解における電解時間が短過ぎたため、バリア型アルミニウム酸化皮膜層が薄くなり、熱可塑性樹脂層とアルミニウム酸化皮膜との接合面が減少した。その結果、接合性及び密着耐久性が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0092】
比較例14では、アルカリ交流電解における電解時間が長過ぎたため、多孔性アルミニウム酸化皮膜層及びバリア型アルミニウム酸化皮膜層が厚くなり、熱可塑性樹脂の皮膜中への流入が少なかった。その結果、接合性及び密着耐久性が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【0093】
比較例15では、アルカリ交流電解に代えて直流電解を用いた。直流電解では、バリア型アルミニウム酸化皮膜層のみが形成され、多孔性アルミニウム酸化皮膜層及びその小孔が形成されなかった。熱可塑性樹脂層を接合することができなかった。その結果、接合性及び密着耐久性の評価ができなかった。
【0094】
比較例16では、Si含有量が多かったため、基材中のSi系粒子が多く存在し、それに伴い、晶出物の面積率が規定値よりも大きくなった。Si系粒子の存在により熱可塑性樹脂層との接合面が減少した。その結果、接合性及び密着耐久性が不合格となり、総合評価が不合格となった。
【符号の説明】
【0095】
1 表面処理アルミニウム合金材
2 基材
3 酸化皮膜層
31 多孔性アルミニウム酸化皮膜層
32 バリア型アルミニウム酸化皮膜層
4 小孔
5 Si系粒子(Siを含む金属間化合物もしくは単体Siからなる晶出物)
61 電極
62 対電極
71 交流電源
72 電源スイッチ
8 電解溶液
9 樹脂層(熱可塑性樹脂片)