IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ エラスティール エスエーエスの特許一覧

<>
  • 特許-合金鋼および工具 図1
  • 特許-合金鋼および工具 図2
  • 特許-合金鋼および工具 図3
  • 特許-合金鋼および工具 図4
  • 特許-合金鋼および工具 図5
  • 特許-合金鋼および工具 図6
  • 特許-合金鋼および工具 図7
  • 特許-合金鋼および工具 図8
  • 特許-合金鋼および工具 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-17
(45)【発行日】2022-02-28
(54)【発明の名称】合金鋼および工具
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220218BHJP
   C22C 38/34 20060101ALI20220218BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20220218BHJP
   C22C 33/02 20060101ALN20220218BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/00 302E
C22C38/34
C22C30/00
C22C33/02 B
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2018545365
(86)(22)【出願日】2017-03-15
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-05-16
(86)【国際出願番号】 EP2017056170
(87)【国際公開番号】W WO2017158056
(87)【国際公開日】2017-09-21
【審査請求日】2020-03-04
(31)【優先権主張番号】1650353-4
(32)【優先日】2016-03-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SE
(73)【特許権者】
【識別番号】518301796
【氏名又は名称】エラスティール エスエーエス
(74)【代理人】
【識別番号】100091683
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼川 俊雄
(74)【代理人】
【識別番号】100179316
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 寛奈
(72)【発明者】
【氏名】サンドバーグ,フレドリック
(72)【発明者】
【氏名】ルボワ,デルフィーヌ
(72)【発明者】
【氏名】サンダン,ステファン
【審査官】櫛引 明佳
(56)【参考文献】
【文献】特開昭59-200743(JP,A)
【文献】特表平06-509842(JP,A)
【文献】特開平04-028848(JP,A)
【文献】特開2013-234387(JP,A)
【文献】特開2013-108112(JP,A)
【文献】米国特許第05525140(US,A)
【文献】韓国公開特許第10-2013-0125329(KR,A)
【文献】特表2003-534928(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 19/07
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
合金鋼であって、重量パーセント(重量%)で、
C: 0.40~1.2重量%、
Si: 0.30~2.0重量%、
Mn: 0.1~1.0重量%、
Cr: 3.0~6.0重量%、
Mo: 0~4.0重量%、
W: 0~8.0重量%、3.5重量%≦(Mo+W/2)≦8.0重量%、
Nb: 0~4.0重量%、
V: 0~4.0重量%、1.0重量%<(Nb+V)<4.0重量%、
Co: 27~33重量%、
S: 最大0.30重量%、
N: 最大0.30重量%、
を含み、残部がFeおよび1.0重量%未満の不可避の不純物である、合金鋼。
【請求項2】
28~30重量%のCoを含む、請求項1に記載の合金鋼。
【請求項3】
0.60~0.90重量%のCを含む、請求項1又は2に記載の合金鋼。
【請求項4】
0.30~1.1重量%のSiを含む、請求項1~のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項5】
3.5~5.0重量%のCrを含む、請求項1~のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項6】
0.10~0.50重量%のMnを含む、請求項1~のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項7】
2.0~4.0重量%のMoおよび2.0~4.0重量%のWを含む、請求項1~のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項8】
0.90~1.3重量%のNbおよび0.90~1.3重量%のVを含む、請求項1~のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項9】
最大で0.080重量%のSを含む、請求項1~のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項10】
粉末冶金合金鋼である、請求項1~のいずれか1項に記載の合金鋼。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか1項に記載の合金鋼を含む工具。
【請求項12】
切屑除去機械加工用に構成された切削工具である、請求項11に記載の工具。
【請求項13】
物理蒸着または化学蒸着を用いて適用されるコーティングを有する、請求項11または12に記載の工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削用途に好適する合金鋼およびこのような合金鋼を含む工具に関する。合金鋼は粉末冶金法により製造されるのが好ましい。
【0002】
合金鋼は、硬度および強度、特に高温硬度および熱安定性と合わせて、高靱性を必要とする用途での使用に好適する。このような用途には、エンドミル、被加工物のホブ切り、ねじ切削用タップ、中ぐりバイト、穴開け工具、旋盤用バイトなど用として形成された歯切工具またはフライス工具などの切屑除去機械加工用の切削工具が含まれる。合金鋼はまた、押出ダイ、熱間圧延用ローラー、金属パターンの打ち抜き用プレスローラーなどの熱間加工工具にも好適する。工具に、物理蒸着(PVD)または化学蒸着(CVD)を用いて適用されるコーティングを施してもよい。
【背景技術】
【0003】
切削および熱間加工用途に好適する合金鋼は、国際公開第93/02818号(特許文献1)により知られている。この合金鋼は粉末冶金法により製造された高速度合金鋼である。これは通常、重量パーセント(wt%)で、0.8重量%のC、4重量%のCr、8重量%のCo、3重量%のMo、3重量%のW、1重量%のNb、1重量%のV、0.5重量%のSi、0.3重量%のMn、残部はFeおよび不可避の不純物で構成されている。この合金鋼は高い靱性と優れた研削性を有する。しかし、高温硬度、すなわち、高温での硬度、および熱安定性、すなわち、高温で経時的にその特定および微細構造を維持する合金の能力は、上述の用途に対して改善できる可能性がある。これは、好ましくは、高温での良好な熱伝導率を維持しながら達成されるべきである。理由は、切削工具が自らを介して刃先から熱を伝えるためには、良好な熱伝導率が望ましいためである。さらに、合金鋼は焼入の前に十分な機械加工性を有することが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第93/02818号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
改善されたまたは少なくとも類似の熱伝導率と併せて、上記で考察した先行技術合金鋼に比べて改善された熱安定性および高温硬度を有する合金鋼を提供することが、本発明の主要な目的である。良好な熱伝導率と併せて、優れた熱安定性および高温硬度を有する工具を提供することが第2の目的である。
【課題を解決する手段】
【0006】
本発明の第1の態様では、主要な目的は、請求項1に記載の合金鋼により達成される。該合金鋼は、
C: 0.40~1.2重量%、
Si: 0.30~2.0重量%、
Mn: 最大1.0重量%、
Cr: 3.0~6.0重量%、
Mo: 0~4.0重量%、
W: 0~8.0重量%、(Mo+W/2)>3.5重量%、
Nb: 0~4.0重量%、
V: 0~4.0重量%、1.0重量%<(Nb+V)<4.0重量%、
Co: 25~40重量%、
S: 最大0.30重量%、
N: 最大0.30重量%、を含み、
残部は、Feおよび不可避の不純物である。
【0007】
本発明による合金鋼を用いて、上記のものなどのより低いコバルト量の類似の合金鋼と比較して、改善された高温硬度および熱安定性が実現できる。本発明による合金鋼は、モリブデンおよびタングステンなどの高価な合金元素を限られた量しか含まないが、それでも、熱間加工条件下で望ましい特性を有する合金鋼を実現可能である。したがって、この合金鋼は、例えば、良好な熱安定性が非常に重要な切削機械加工および熱間加工用途に好適する。本発明による合金鋼はまた、軟化焼鈍状態、すなわち、合金鋼が工具形成用の機械加工に供される状態で十分な機械加工性を有することも明らかになった。この合金鋼はまた、比較的高い熱伝導率を有し、これにより、刃先から生成した熱を伝えるのが望ましい切削用途に好適する。
【0008】
一実施形態では、合金鋼は、27~33重量%のCoを含む。これは、合金鋼の焼入に伴う問題を生じることなく、良好な高温硬度および熱安定性を達成することに役立つ。
【0009】
別の実施形態では、合金鋼は、28~30重量%のCoを含む。この範囲内で、高温硬度および熱安定性が最適化される。
【0010】
別の実施形態では、合金鋼は、0.60~0.90重量%のCを含む。この範囲内で、脆性を引き起こすことなく、微粒子構造および良好な耐摩耗性が達成できる。
【0011】
別の実施形態では、合金鋼は、0.30~1.1重量%のSiを含む。これにより、大きなMC炭化物および低下した硬度が生じる危険性を減らし、同時に、その場合でも、融解冶金プロセス中の合金鋼の流動性を維持する。
【0012】
別の実施形態では、合金鋼は、3.5~5.0重量%のCrを含む。この範囲で、Crは、焼入と焼戻し後に、鋼マトリックス中にオーステナイトが存在し続ける危険性もなく、十分な硬度および靱性に寄与する。
【0013】
別の実施形態では、合金鋼は、0.10~0.50重量%のMnを含む。このレベルで、Mnは、硫化マンガンの形成により硫黄不純物を活動できないようにでき、合金鋼の機械加工性を向上させる。
【0014】
別の実施形態では、合金鋼は、2.0~4.0重量%のMoおよび2.0~4.0重量%のWを含む。これらの量で、モリブデンおよびタングステンは、鋼マトリックスの焼入および焼戻し後の十分な硬度および靭性の形成に寄与する。
【0015】
別の実施形態では、合金鋼は、0.90~1.3重量%のNbおよび0.90~1.3重量%のVを含む。合金鋼の研削性はこれにより最適化できる。
【0016】
別の実施形態では、合金鋼は、最大0.080重量%のSを含む。この実施形態では、合金鋼を硫黄と合金化させることを意図するものではなく、Sは、合金鋼の機械的性質に影響を与えない不純物として存在し得る。
【0017】
別の実施形態では、合金鋼は1.0重量%未満の不可避の不純物、好ましくは0.75重量%未満の不可避の不純物、およびより好ましくは0.50重量%未満の不可避の不純物を含む。これらのレベル未満では、不純物は、合金鋼の特性にほとんど影響を与えない。
【0018】
別の実施形態では、合金鋼は、粉末冶金合金鋼である。好ましくは、合金鋼は、ガス噴霧法により作製された粉末冶金合金鋼の形態である。ガス噴霧法を用いると、高純度、低レベルの介在物および極めて細かい分散炭化物を有する粉末冶金合金鋼を得ることができる。ガス噴霧粉末は、球状で、例えば、熱間静水圧プレス(HIP)を用いて、均一な材料に緻密化され得る。
【0019】
本発明の別の態様では、上記第2の目的は、提案した合金鋼を含む工具により実現される。このような工具は、良好な熱安定性、高温硬度および熱伝導率を有し、したがって、熱間加工および切削用途に好適する。
【0020】
この態様の一実施形態では、工具は、切屑除去機械加工用に構成された切削工具である。
【0021】
本発明のこの態様の一実施形態では、工具は、物理蒸着または化学蒸着を用いて適用されるコーティングを有する。PVDまたはCVDコーティングは、耐摩耗性の外層を形成する。
【0022】
本発明のさらなる利点および有利な特徴は、本発明の以下の説明およびその実施形態から明らかとなろう。
以降で、添付の図面を参照しながら、本発明の実施形態を詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は、代表的合金の時効時間の関数としての硬度を示す。
図2図2は、代表的合金の時効時間の関数としての硬度低下を示す。
図3図3は、代表的合金の温度の関数としての熱伝導率を示す。
図4図4は、代表的合金の温度の関数としての高温硬度を示す。
図5図5は、Co含量の異なるいくつかの合金の焼入温度の関数としての硬度を示す。
図6図6は、本発明の実施形態による代表的合金の時効の前と後の硬度を示す。
図7図7は、本発明の実施形態による代表的合金の時効の前と後の硬度を示す。
図8図8は、本発明の実施形態による代表的合金の焼入温度の関数としての硬度を示す。
図9図9は、図8の合金の焼入温度の関数としての硬度を示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
種々の合金元素の重要性を以降でさらに詳細に説明する。
炭素(C)は、合金鋼においていくつかの機能を有する。特に、溶解温度からの冷却によるマルテンサイトの形成を通して好適な硬度を得るために、マトリックス中に一定量の炭素が必要である。炭素の量は、析出硬化が炭化物の形成により達成できるように、炭素と、一方ではモリブデン/タングステン、他方ではバナジウム/ニオビウムとの組み合わせに対し、十分でなければならない。炭化物は摩耗に対する耐性を与え、さらに粒成長も制限し、それにより、合金鋼の微粒子構造に寄与する。したがって、鋼中の炭素含有量は、少なくとも0.4重量%、好ましくは少なくとも0.6重量%、適切には少なくとも0.7重量%であるべきである。しかし、炭素含有量は脆性を引き起こすほど高くてはいけない。したがって、炭素含有量は、1.2重量%を越えるべきでなく、好ましくは0.90重量%を越えるべきではない。
【0025】
ケイ素(Si)は、鋼融解の脱酸由来の残留物として鋼中に存在し得る。ケイ素は、溶鋼の流動性を改善するが、この流動性は、融解冶金プロセスでは重要である。鋼へのケイ素の添加を増やすことにより鋼融解物はより流動性となり、このことは造粒に関連する目詰まりを回避するために重要である。この目的のために、ケイ素含量は、少なくとも0.30重量%、さらにより好ましくは少なくとも0.40重量%とするべきである。ケイ素はまた、炭素活量の増大に寄与し、ケイ素合金系の実施形態において約2.0重量%までの量で存在することができる。脆性の問題は、2.0重量%を越える含量で生じ、より低い含量で既に機械的性質に影響を与える可能性がある。したがって、合金鋼は、適切には1.2重量%を超えるSiを含有するべきではない。理由は、このレベルを超える含量では大型のMC炭化物の形成および焼入状態で硬度低下の危険性が高まるからである。シリコン含有量を1.1重量%以下に制限するのがさらにより好ましい。
【0026】
マンガン(Mn)も、主として、融解冶金プロセス由来の残留生成物として、合金鋼中に存在し得る。このプロセスでは、マンガンは、硫化マンガンの形成により硫黄不純物を活動できないようにする既知の効果を有する。この目的のために、マンガンは、好ましくは、少なくとも0.10重量%の含量で鋼中に存在すべきである。鋼中のマンガンの最大含量は1.0重量%であるが、マンガンの含量は、最大0.50重量%に制限されるのが好ましい。好ましい一実施形態では、鋼は0.20~0.40重量%のMnを含む。
【0027】
クロム(Cr)は、焼入および焼戻し後に鋼マトリックスの十分な硬度および靭性に寄与するために、少なくとも3.0重量%、好ましくは少なくとも3.5重量%の含量で合金鋼中に存在すべきである。クロムは、一次析出炭化物、主としてMC炭化物に含まれることによって、鋼の耐摩耗性に寄与することもできる。しかし、多すぎるクロムは、オーステナイトの存在が持続する危険性をもたらすことになり、変態が困難になる場合がある。したがって、クロム含量は、最大6.0重量%、好ましくは最大5.0重量%に制限される。
【0028】
モリブデン(Mo)およびタングステン(W)は、鋼マトリックスの焼入および焼戻し後の十分な硬度および靭性の形成に寄与する。モリブデンおよびタングステンは、同様に、一次析出MC炭化物に含まれ得、したがって、鋼の耐摩耗性に寄与することになる。他の一次析出炭化物も、モリブデンおよびタングステンを含有するが、同程度ではない。他の合金元素に適合させることによって適切な特性を得られるように、モリブデンおよびタングステンの含量に対する限度が選択される。原理的には、モリブデンおよびタングステンは、互いに部分的にまたは完全に置き換えることができ、このことは、半量のモリブデンでタングステンを置き換えることができ、または倍量のタングステンでモリブデンを置き換えられることを意味する。しかし経験から、およそ等量のモリブデンおよびタングステンが好ましいことが知られている。理由は、このことが製造技術に、またはより具体的には熱処理技術に一定の利点をもたらすためである。スクラップ鋼の形の原料を用いる場合は、スクラップ鋼の種類に対する制約がより少ないという理由で、およそ等量のモリブデンおよびタングステンの使用が好ましい。目的に適した特性は、(Mo+W/2)が少なくとも3.5重量%で、8.0重量%以下となるようなモリブデンおよびタングステン含量で、他の合金元素と組み合わせて達成されよう。モリブデン含量は、0~4.0重量%の範囲内とすべきであり、また、タングステン含量は、0~8.0の範囲内とすべきである。合金鋼は、2.0~4.0重量%の範囲のモリブデンおよびタングステンをそれぞれ含むのが好ましい。
【0029】
バナジウム(V)およびニオビウム(Nb)は、ある程度交換可能であり、少量で炭化物の大きさを小さく保持するのに寄与する。ニオビウムとバナジウムの量の間で適切にバランスをとることにより、一次析出MC炭化物の大きさを制限でき、それにより、合金鋼の研削性を改善できる。ニオビウムとバナジウムの合計含量は、1.0重量%<(Nb+V)<4.0重量%、好ましくは、1.5重量%<(Nb+V)<3.0重量%の条件を満たすべきである。好ましい実施形態では、鋼は0.90重量%Nbおよび0.90~1.3重量%のVを含有すべきである。NbおよびVそれぞれの元素の含量は、0~4.0重量%とすべきであり、すなわち、片方の元素を除いて、もう一方の元素でそれを置換することが可能である。
【0030】
コバルト(Co)は、切削用途に必要な合金鋼の高温硬度および熱安定性に寄与する。コバルトは合金鋼の靱性を下げることが知られており、したがって、合金鋼中の大量のコバルトは従来回避されてきた。しかし、本発明では、コバルトの量を、国際公開第93/02818号に開示のものなどの既知の合金鋼中に存在する量より増やすことができることが明らかになった。コバルトは、本合金鋼中に、少なくとも25重量%、より好ましくは少なくとも約27重量%、最も好ましくは少なくとも約28重量%の量で存在する。これにより、必要な高温硬度および熱安定性が得られる。コバルトの量は、最大40重量%までに制限されるべきである。理由は、このレベルを超えると、オーステナイトの存在が維持されることに起因して、合金鋼を所望の硬度まで焼入することが困難になるためである。この理由のため、コバルトの量は、好ましくは最大33重量%、より好ましくは最大31重量%、さらにより好ましくは最大30重量%までに制限される。
【0031】
硫黄(S)は、製造プロセス由来の残留物として、合金鋼中に存在し得る。約800ppm、すなわち、0.080重量%の量では、合金鋼の機械的性質はほとんど影響を受けない。硫黄は、合金鋼の機械加工性を改善するために、合金元素として故意に添加することもできる。しかし、硫黄は溶接性を低下させ、また、脆性を引き起こすこともあり得る。硫黄と合金化する場合、硫黄の量は、最大0.30重量%、好ましくは最大0.2重量%に制限されるべきである。硫黄を合金化した実施形態では、好ましくは、鋼のマンガン含量は、硫黄非含有合金鋼の実施形態の場合より、幾分高くすべきである。硫黄非含有の実施形態では、硫黄含量が0.080重量%を超えないように留意すべきである。
【0032】
窒素(N)は、ある程度まで、合金鋼中の炭素を置換でき、最大0.3重量%の量で存在し得るが、好ましくは、最大0.1重量%までに制限されるべきである。合金鋼の耐摩耗性に寄与する炭化物、窒化物および炭窒化物の所望量を達成するために、炭素および窒素の量をバランスさせるべきである。
【0033】
上述の元素に加えて、鋼は、鋼の融解冶金処理に由来する通常量の不可避の不純物およびその他の残留生成物を含んでよい混入元素などの不純物は、合金鋼中に、1.0重量%の最大量で、好ましくは0.75重量%の最大量で、より好ましくは0.5重量%の最大量で存在し得る。存在し得る不純物の例は、チタン(Ti)、リン(P)、銅(Cu)、スズ(Sn)、鉛(Pb)、ニッケル(Ni)、および酸素(O)である。酸素の量は、好ましくは200ppmを越えない量、より好ましくは100ppmを超えない量とすべきである。不純物は、合金鋼の製造に使用された原材料中の天然由来のものであり得、または製造プロセス由来のものであり得る。
【0034】
本発明による合金鋼は、粉末冶金法により製造され得、この方法では、高純度の金属粉末が噴霧法、好ましくは低酸素量の粉末が得られるガス噴霧法を用いて製造される。その後、粉末は、例えば、熱間静水圧プレス(HIP)を用いて緻密化される。通常、低合金鋼のカプセルに、ガス噴霧化粉末を充填する。このカプセルを密閉し、高圧および高温度下で完全密度のビレットに固める。このビレットを棒鋼に鍛造、圧延し、その後、最終形状の部品/工具を鍛造および機械加工により製造する。部品も同様に、ニアネットシェイプ法を用いて合金鋼粉末から製造できる。この方法では、合金鋼粉末を金属カプセル中に詰め、高圧、高温下で所望形状の部品に固める。部品はさらに追加の製造技術を用いて製造できる。
【0035】
本発明による合金鋼は、統合切削要素を有する切屑除去機械加工用の切削工具の形成に特に好適する。好ましくは、完成品工具には、面心立方構造を有し、20pm未満、通常5~10pmの厚さを有するPVDまたはCVDコーティングを施す。この分野でよく使用されるコーティングは、TiN、TiAlN、AlCrN、AlCrON、などの酸化物および窒化物の種々の組み合わせである。
【実施例1】
【0036】
表1に挙げた合金元素組成を有するいくつかの合金鋼試験試料を作製し、試験した。表中の組成の残部は、Feおよび不可避の不純物で、これらの合計量は0.5重量%未満である。この場合、不可避の不純物には、例えば、酸素を含む。合金Aは、本発明の一実施形態による合金鋼であるが、HSS1、HSS2およびHSS3は、本発明の範囲の外側にある比較合金である。HSS1は、国際公開第93/02818号で開示の高速度合金鋼であり、HSS2およびHSS3は、より高合金化された合金鋼で、大量のV、MoおよびWならびに大量のCを含む。HSS2およびHSS3は、切削用途用の最も高性能の粉末冶金高速度合金鋼の例である。
【0037】
【表1】
【0038】
記載した合金鋼は粉末冶金法により製造された。最初に、合金粉末をガス噴霧法を使って製造した後、粉末をカプセルに密封し、熱間静水圧プレス(HIP)により固体試料に緻密化した。緻密化試料を910℃の炉中、3時間の保持時間で軟化焼鈍し、続けて、-10℃/時間の冷却速度で670℃まで徐冷した。その後、試料を室温まで徐冷した。
【0039】
合金Aの軟化焼鈍後のブリネル硬度、すなわち、軟化焼鈍硬度(soft annealed hardness)を試料当たり2つのインデントを用いて測定した。合金Aの軟化焼鈍硬度は、450HB、すなわち、約47HRCであった。軟化焼鈍後、試料冷却中に真空炉中で急冷することにより、軟化焼鈍硬度を390HBに下げることが可能であった。
【0040】
軟化焼鈍試料の機械加工性を合金AおよびHSS2に対し試験した。試験した試料の軟化焼鈍硬度は、合金Aで425HB、HSS2で355HBであった。コート焼結炭化物ミーリングインサートを用いてフライス加工することにより、ソフトマシニングを実施した。工具のフライスヘッドに取り付けた1つのミーリングインサートで2mm深さの切込部を形成した。回転当たりの送り量を0.15mmに固定し、切削速度を80~120rpmで変化させた。ミーリングインサートが破壊するまでの切込部の数を記録し、表2に示す。
【0041】
【表2】
【0042】
上記で考察したように合金Aの軟化焼鈍硬度の方がより高いが、表2からわかるように、軟化焼鈍状態の機械加工性は、本発明による合金AとHSS2とは同等である。より高い軟化焼鈍硬度から、通常、機械加工性の低下が予測されるはずである。軟化焼鈍硬度の70HBの増加で、通常、可能な切削速度が50%低下することが予測されよう。しかし、本発明による合金Aに対し、可能な切削速度は、HSS2と同等である。
【0043】
合金A、HSS1およびHSS3由来の軟化焼鈍試料を同様に、種々の温度での焼入および焼戻しに供した。試料は3x1時間焼戻した。
【0044】
合金と熱処理のそれぞれの組み合わせからの1つの試料に対し、熱処理試料の10kg荷重を用いたビッカース硬度(HV10)を測定した。試料当たり5つのインデントを作製した。いくつかの熱処理試料に対し、30kg荷重を用いて、試料当たり10個のインデントによりビッカース硬度(HV30)をさらに測定した。30kg荷重でビッカース硬度を測定時に、明らかに気孔率の影響を受けたインデントを除外した。ビッカース硬度試験の結果を表3に示す。示した硬度値HV10およびHV30は平均硬度値である。
【0045】
【表3】
【0046】
合金Aでは、1150℃での焼入は、約0.5pmの平均寸法のMC型およびMC型の炭化物を有する微細構造を生じ、走査電子顕微鏡(SEM)画像の画像解析を用いて測定して、MC炭化物は、全体構造の約2体積%(vol%)を占め、MC炭化物は、全体構造の約2~3体積%を占める。HSS1の対応する値は、それぞれ、0.25pmならびに1.9体積%(MC)および1.7体積%(MC)である。HSS3の対応する値は、それぞれ、1.1pmならびに17体積%(MC)および5.4体積%(MC)である。
【0047】
表1に記載のそれぞれの合金由来の試料を、種々の時間にわたり焼戻し炉中で600℃の高温に曝した。この温度で保持する前に、試料を、1180℃の焼入温度ならびに560℃(全試料)および580℃(合金A試料のみ)の焼戻し温度での熱処理(上述の焼戻しも含む)に供した。試料を600℃の温度で、1時間、3時間、5時間および22時間それぞれ保持した。さらに、比較基準を得るために、合金および熱処理の組み合わせ当たり1つの試料を、高温に曝さなかった。600℃で保持後、全試料をプラスチック型にはめ込み、研削した。30kgの荷重を用いて、室温で試料当たり10個のビッカース硬度インデントを作製した。明らかに材料の気孔率の影響を受けたインデントを除外した。
【0048】
試験の結果を図1に示す。この図では、600℃での保持時間の関数として硬度値HV30を異なる試料に対しプロットしている。異なる試料の焼戻し温度は凡例中に示している。図から分かるように、合金Aは、HSS1より明らかに高い硬度を有する。
【0049】
図2は、600℃での保持時間の関数としての異なる試料に対する硬度HV30の低下を示す。ここでの低下は、600℃で保持しなかった対応する試料の硬度に対する値である。異なる試料の焼戻し温度は凡例中に示している。結果からわかるように、両方の焼戻し温度に対して、比較合金HSS1、HSS2およびHSS3に比べて、合金Aでは、硬度の低下が顕著に小さい。この本発明の実施形態による合金は、このように、全ての比較合金に比べて、改善された熱安定性を示す。
【0050】
焼入に供された試料の高温硬度も測定した。それぞれの合金、熱処理および試験温度に対して、5kg荷重で2つのビッカース硬度インデントを作製した。高温硬度試験による種々の温度に対するビッカース硬度(HV5)の結果を表4に示す。焼入は、全試料を1180℃で実施したが、焼戻しは、合金Aでは580℃で、HSS1およびHSS2では560℃で実施した。この結果から分かるように、合金Aは、HSS1比べて全温度で高温硬度の増加を示し、HSS2に対しては、650℃およびそれを超える温度で高温硬度がわずかに増加した。高温硬度はまた、図4にも示され、全3種の合金に対し、硬度が温度の関数としてプロットされている。
【0051】
【表4】
【0052】
合金AおよびHSS2由来の試料の熱伝導率をレーザーフラッシュ法を用いて測定した。測定結果を図3に示す、この図では、本発明による合金Aの熱伝導率が合金HSS2に比べて改善されることが示されている。
【0053】
1.3重量%C、4.2重量%Cr、5.0重量%Mo、6.4重量%W、3.1重量%Vを含み、それぞれ、30重量%、40重量%および50重量%のCo含量で、残部はFeである合金を用いた実験では、40重量%以上のCo含量は、合金鋼を要求される硬度に焼入することが困難または不可能にすることを示した。このような実験の結果を図5に示す。この図は、焼入温度(℃)の関数としての3種の合金に対するHRC硬度を示している。対応する焼入性の低下は、より高いCo含量によるものではなく、本発明の組成に対する結果であると思われる。
【実施例2】
【0054】
表5に示した合金元素組成を有するさらなる一連の合金鋼試験試料を作製し、試験した。示した組成の残部は、Feおよび不可避の不純物で、これらの合計量は0.5重量%未満である。不可避の不純物には、例えば、酸素、銅、およびニッケルが含まれる。示した試験試料を、実施例1に記載の通り作製した。
【0055】
【表5】
【0056】
バーの形の種々の合金MS1~MS5の軟化焼鈍試料を、表6による種々の温度と時間による焼入および焼戻しに供した。実施例1由来の合金HSS2も基準として含める。
【0057】
【表6】
【0058】
合金MS3由来の試料、すなわち、試料MS3-2、MS3-4およびMS3-6の衝撃靱性を調査し、上記実施例1に記載のHSS2の値と比較した。このために、7x10mmの寸法の試料をバーの長手方向に切断した。結果を表7に示す。この結果からわかるように、合金MS3の衝撃靱性は、類似の硬度値に対する合金HSS2の衝撃靱性と同等であることが明らかになった。
【0059】
【表7】
【0060】
3つ全ての試料MS3-2、MS3-4およびMS3-6は、比較的高い衝撃靱性を有し、1050℃で焼入した試料MS3-2は、最高値16Jを示した。比較的高い衝撃靱性は、切削用途、特に、刃先が被加工物を出入りする断続切削用に有益である。それにより、刃先に周期的に負荷が加えられたり、負荷が除去されたりするので、刃先の強度と靱性が必要となる。低強度または低靱性は、使用できる送り速度を制限する場合があり、低強度または低靱性はまた、突然のおよび予測していない刃先の破損に繋がることがある。歯切工具などの大きな工具はまた、取り扱い損傷にさらに敏感であり得、この理由で、良好な強度と衝撃靱性が同様に有利である。
【0061】
合金MS3由来の試料、すなわち、試料MS3-1、MS3-2、MS3-3、MS3-4およびMS3-5の曲げ試験も調査し、HSS2の値と比較した。このために、4.7mmの直径を有する円筒状試料を切断し、4点曲げ試験法を用いて試験した。結果を、表7に示す。曲げ強度は合金HSS2と同等であることが明らかになった。全ての試料が比較的高い曲げ強度を示し、1000℃で焼入した試料MS3-1が最高値を示した。高い曲げ強度は切削用途に特に有益である。
【0062】
表6に示したMS1-7、MS3-7、MS5-7、MS1-8、MS3-8およびMS5-8の試料を、焼戻し炉中で600℃の高温で22時間の時効に供し、時効前後に、10kg荷重のビッカース硬度(HV10)を測定した。図6図7は、560℃および580℃で焼戻した試料の時効前後の硬度HV10に対するコバルト含量の影響を示す。図1からのHSS2の硬度HV30を基準として含めた。24.8重量%、すなわち、約25重量%のCo含量の合金MS1は、約29重量%のCo含量の合金MS3およびMS5よりも、時効前後により低い硬度を有することを見ることができる。全合金類MS1、MS3およびMS5は、時効後、HSS2よりも高い硬度を有する。時効後の高い硬度は、良好な熱安定性および高温で長期間にわたって使える能力を示す。この合金から作製した刃先の場合、このことは、刃先が比較的長い時間高切削速度で使用可能であることを意味する。
【0063】
さらに、焼入温度の関数としての、硬度に対する合金の炭素含有量の影響を、2種の異なる焼戻し温度に対し調査した。このために、合金MS2(0.53重量%C)、MS3(0.77重量%C)、MS4(0.60重量%C)およびMS5(0.75重量%C)を、1100℃、1150℃または1180℃で焼入した。その後、試料を560℃または580℃で3x1時間焼戻しした。得られた硬度HV10を、それぞれ図8および9に示す。炭素含有量が合金の硬度に影響を与え、より高い炭素含有量は通常、適切な焼入および焼戻し、特に、1180℃での焼入に続く560℃での焼戻しで、より高い硬度が実現できるという結果を生じることがわかる。より良好な熱安定性を実現するために、580℃で焼戻すのが望ましい場合、炭素含有量は好ましくは、0.60重量%超に設定されるべきである。0.60重量%を超える炭素含有量は、高硬度を達成するために有益であることがわかる。切削用途に対しては、時効前に少なくとも900HV10硬度が通常望ましい。
【0064】
本発明は当然、開示実施形態に限定されず、以下の特許請求の範囲内で変更および修正してよい。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9