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特許7027676潤滑油組成物の検査方法およびその潤滑油組成物の製造方法
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  • 特許-潤滑油組成物の検査方法およびその潤滑油組成物の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-21
(45)【発行日】2022-03-02
(54)【発明の名称】潤滑油組成物の検査方法およびその潤滑油組成物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/201 20180101AFI20220222BHJP
   G01N 21/47 20060101ALI20220222BHJP
   G01N 15/00 20060101ALI20220222BHJP
   G01N 3/56 20060101ALI20220222BHJP
   C10M 177/00 20060101ALI20220222BHJP
   C10M 125/02 20060101ALN20220222BHJP
   C10N 70/00 20060101ALN20220222BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20220222BHJP
【FI】
G01N23/201
G01N21/47 B
G01N15/00 A
G01N3/56 Z
C10M177/00
C10M125/02
C10N70:00
C10N30:06
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021519457
(86)(22)【出願日】2020-05-13
(86)【国際出願番号】 JP2020019104
(87)【国際公開番号】W WO2020230815
(87)【国際公開日】2020-11-19
【審査請求日】2021-09-22
(31)【優先権主張番号】P 2019092842
(32)【優先日】2019-05-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【弁理士】
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(73)【特許権者】
【識別番号】000005979
【氏名又は名称】三菱商事株式会社
(72)【発明者】
【氏名】門田 隆二
(72)【発明者】
【氏名】坂口 泰之
(72)【発明者】
【氏名】金 眸
(72)【発明者】
【氏名】近藤 邦夫
【審査官】佐藤 仁美
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-45390(JP,A)
【文献】特開2006-113042(JP,A)
【文献】特開2011-145162(JP,A)
【文献】特開2008-164294(JP,A)
【文献】特開2003-139680(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
IPC
C10M 101/00-C10M 177/00
G01N 3/00-G01N 3/62
G01N 15/00-G01N 15/14
G01N 21/00-G01N 21/01
G01N 21/17-G01N 21/61
G01N 23/00-G01N 23/2276
G01N 33/00-G01N 33/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油とフラーレンとを含む潤滑油組成物の中に存在する粒子の粒径(r)を測定し、前記粒径(r)の測定値と前記潤滑油組成物の摩耗係数の測定値との相関によって設定された粒径(r)の所定範囲に基づいて潤滑油組成物を選別することを特徴とする潤滑油組成物の検査方法。
【請求項2】
前記粒子の粒径(r)を、動的光散乱法、レーザー回折法、または、X線小角散乱法(SAXS)法によって測定する請求項1に記載の潤滑油組成物の検査方法。
【請求項3】
前記粒径(r)が、前記潤滑油組成物の中に存在する粒子の平均粒径(R)である請求項1または2に記載の潤滑油組成物の検査方法。
【請求項4】
前記粒子の平均粒径(R)を、X線小角散乱法(SAXS)法によって測定する請求項3に記載の潤滑油組成物の検査方法。
【請求項5】
前記粒子の平均粒径(R)を、Guinierプロットの傾きから算出する請求項4に記載の潤滑油組成物の検査方法。
【請求項6】
前記粒子の平均粒径(R)を、散乱ベクトルに対して前記潤滑油組成物と前記基油の散乱強度比が最大値となる散乱ベクトルの値から算出する請求項4に記載の潤滑油組成物の検査方法。
【請求項7】
請求項1~請求項6のいずれか1項に記載の潤滑油組成物の検査方法により選別する工程を含む、潤滑油組成物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油組成物の検査方法およびその潤滑油組成物の製造方法に関する。
本願は、2019年5月16日に、日本に出願された特願2019-092842号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、高速化、高効率化、省エネルギーに伴い、自動車、家電、工業機械等に使用される潤滑油の性能向上が強く求められている。その用途に適するように特性を改善するために、潤滑油組成物には、酸化防止剤、極圧添加剤、錆び止め添加剤、腐食防止剤等様々な添加剤が配合されている。
【0003】
これらの要求に応えるため、低フリクション、トルクアップ、省燃費化といった複数の性能を同時に改善する潤滑油組成物が求められている。そのような潤滑油組成物としては、鉱油やエステル油等の潤滑基油に、ナノカーボン粒子であるフラーレン、有機溶媒、粘度指数向上剤、摩耗調整剤、清浄分散剤を配合したエンジン潤滑油用添加剤組成物が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
さらに、冷媒圧縮機に用いられる潤滑油組成物にもフラーレンが添加されることがある(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
一般に、潤滑油組成物の重要な特性として、摩耗係数等が挙げられるが、測定に手間がかかる。そのため、潤滑油組成物の製造工程においては、測定が容易な、密度、動粘度、粘度指数、流動点、全酸価等を指標として、潤滑油組成物の性状を特定している(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2008-266501号公報
【文献】国際公開第2017/141825号
【非特許文献】
【0007】
【文献】インターネット<URL:https://www.noe.jxtg-group.co.jp/english/products/lubricants/industrial.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、非特許文献1等に記載されている潤滑油組成物にフラーレンを添加した系では、上記の指標で製品管理を行っても、摩耗係数等の潤滑特性を安定して再現した製品が得られなかった。つまり、上記の指標で製品の特性を数値化し、一定範囲内に入る製品を合格とした場合であっても、潤滑特性については、許容範囲を超えてばらつくことがあった。
また、潤滑油組成物の製品の潤滑特性を測定することで、潤滑特性が許容範囲にある製品を選別することができるが、そのためには、製品ロット毎にボールオンディスク等の摩耗試験を行う必要がある。この場合、手間と時間がかかり、また試験基板等の費用が嵩むため、摩耗試験は製造ロット毎に実施するには適さない。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、フラーレンを含む潤滑油組成物であっても、比較的測定が容易な方法を用いて、耐摩耗特性を安定して再現することができる潤滑油組成物の検査方法および潤滑油組成物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
[1] 基油とフラーレンとを含む潤滑油組成物の中に存在する粒子の粒径(r)を測定し、前記粒径(r)の測定値と前記潤滑油組成物の摩耗係数の測定値との相関によって設定された粒径(r)の所定範囲に基づいて潤滑油組成物を選別することを特徴とする潤滑油組成物の検査方法。
[2] 前記粒子の粒径(r)を、動的光散乱法、レーザー回折法、または、X線小角散乱法(SAXS)法によって測定する[1]に記載の潤滑油組成物の検査方法。
[3] 前記粒径(r)が、前記潤滑油組成物の中に存在する粒子の平均粒径(R)である[1]または[2]に記載の潤滑油組成物の検査方法。
[4] 前記粒子の平均粒径(R)を、X線小角散乱法(SAXS法)によって測定する上記[3]に記載の潤滑油組成物の検査方法。
[5] 前記粒子の平均粒径(R)を、Guinierプロットの傾きから算出する方法(以下、G法ということがある)により、求める上記[4]に記載の潤滑油組成物の検査方法。
[6]前記粒子の平均粒径(R)を、散乱ベクトルに対して前記潤滑油組成物と前記基油の散乱強度比が最大値となる散乱ベクトルの値から算出する方法(以下、S法ということがある)により、求める上記[4]に記載の潤滑油組成物の検査方法。
[7]上記[1]~[6]のいずれかに記載の潤滑油組成物の検査方法により選別する工程を含む、潤滑油組成物の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、フラーレンを含む潤滑油組成物であっても、比較的測定が容易な方法を用いて、耐摩耗特性を安定して再現することができる潤滑油組成物の検査方法およびその潤滑油組成物の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】G法で得られた粒子の平均粒径(R)と摩耗係数の関係を示す図である。
図2】S法で得られた粒子の平均粒径(R)と摩耗係数の関係を示す図である。
図3】動粘度と摩耗係数の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態に係る潤滑油組成物の検査方法および潤滑油組成物の製造方法を説明する。なお、本実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0014】
[潤滑油組成物の検査方法]
本実施形態に係る潤滑油組成物の検査方法は、基油とフラーレンとを含む潤滑油組成物の中に存在する粒子の粒径(r)(以下単なる粒径(r)と称する場合がある)を測定し、前記粒径(r)の測定値と前記潤滑油組成物の摩耗係数の測定値との相関によって設定された所定範囲に基づいて潤滑油組成物を選別することを特徴とする。すなわち、本実施形態に係る潤滑油組成物の検査方法は、以下の3つのステップを含む。
第一ステップ:複数の潤滑油組成物中に存在する粒子の粒径(r)と潤滑油組成物の摩耗係数を測定し、粒径(r)と摩耗係数の相関関係(例えば、摩耗係数(B)―粒径(r)の近似直線:B=kR+c)を算出する。
第二ステップ:粒径(r)の所定範囲を設定する。
第三ステップ:検査対象となる潤滑油組成物に存在する粒子の粒径(r)を測定し、粒径(r)が所定の範囲内であれば、合格品とし、粒径(r)が所定範囲外であれば、不合格品とする。
前記粒径(r)が前記潤滑油組成物の中に存在する粒子の平均粒径(R)(以下単なる平均粒径(R)と称する場合がある)であることが好ましい。
【0015】
(潤滑油組成物)
本実施形態に係る潤滑油組成物の検査方法で検査される潤滑油組成物は、基油とフラーレンとを含む。
【0016】
(基油)
本実施形態における潤滑油組成物に含まれる基油は、特に限定されるものではなく、通常、潤滑油の基油として広く使用されている鉱油および合成油が好適に用いられる。
【0017】
潤滑油として用いられる鉱油は、一般的に、内部に含まれる炭素-炭素二重結合を水素添加により飽和して、飽和炭化水素に変換したものである。このような鉱油としては、パラフィン系基油、ナフテン系基油等が挙げられる。
【0018】
合成油としては、合成炭化水素油、エーテル油、エステル油等が挙げられる。合成油の具体例は、ポリα-オレフィン、ジエステル、ポリアルキレングリコール、ポリアルファオレフィン、ポリアルキルビニルエーテル、ポリブテン、イソパラフィン、オレフィンコポリマー、アルキルベンゼン、アルキルナフタレン、ジイソデシルアジペート、モノエステル、二塩基酸エステル、三塩基酸エステル、ポリオールエステル(トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール2-エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールペラルゴネート等)、ジアルキルジフェニルエーテル、アルキルジフェニルサルファイド、ポリフェニルエーテル、シリコーン潤滑油(ジメチルシリコーン等)、パーフルオロポリエーテル等を含む。これらの中でも、ポリα-オレフィン、ジエステル、ポリオールエステル、ポリアルキレングリコール、ポリアルキルビニルエーテルが好ましい。
【0019】
これらの鉱油や合成油は、1種を単独で用いてもよく、これらの中から選ばれる2種以上を任意の割合で混合して用いてもよい。
【0020】
(フラーレン)
本実施形態における潤滑油組成物に含まれるフラーレンは、構造や製造法が特に限定されず、種々のものを用いることができる。フラーレンとしては、例えば、比較的入手しやすいC60やC70、さらに高次のフラーレン、あるいはそれらの混合物が挙げられる。フラーレンの中でも、潤滑油への溶解性の高さの点から、C60およびC70が好ましく、潤滑油への着色が少ない点から、C60がより好ましい。C60を含む混合物の場合は、C60が50質量%以上含まれることが好ましい。
【0021】
また、フラーレンは、基油への溶解性をさらに高める等の目的で、化学修飾されたものであってもよい。化学修飾されたフラーレンとしては、例えば、フェニルC61酪酸メチルエステル([60]PCBM)、ジフェニルC62ジ酪酸メチルエステル(Bis[60]PCBM)、フェニルC71酪酸メチルエステル([70]PCBM)、フェニルC85酪酸メチルエステル([85]PCBM)、フェニルC61酪酸ブチルエステル([60]PCBB)、フェニルC61酪酸オクチルエステル([60]PCBO)、フラーレンのインデン付加体、フラーレンのピロリジン誘導体等が挙げられる。
【0022】
(添加剤)
本実施形態における潤滑油組成物は、基油とフラーレン以外にも、本実施形態の効果を損なわない範囲で、添加剤を含有することができる。
本実施形態における潤滑油組成物に配合する添加剤は、特に限定されない。添加剤としては、例えば、市販の酸化防止剤、粘度指数向上剤、極圧添加剤、清浄分散剤、流動点降下剤、腐食防止剤、固体潤滑剤、油性向上剤、錆び止め添加剤、抗乳化剤、消泡剤、加水分解抑制剤等が挙げられる。これらの添加剤は、1種を単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0023】
酸化防止剤としては、例えば、ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)、ブチルヒドロキシアニソール(BHA)、2,6-ジ-tert-ブチル-p-クレゾール(DBPC)、3-アリールベンゾフラン-2-オン(ヒドロキシカルボン酸の分子内環状エステル)、フェニル-α-ナフチルアミン、ジアルキルジフェニルアミン、ベンゾトリアゾール等が挙げられる。
粘度指数向上剤としては、例えば、ポリアルキルスチレン、スチレン-ジエンコポリマーの水素化物添加剤等が挙げられる。
極圧添加剤としては、ジベンジルジサルファイド、アリルリン酸エステル、アリル亜リン酸エステル、アリルリン酸エステルのアミン塩、アリルチオリン酸エステル、アリルチオリン酸エステルのアミン塩、ナフテン酸等が挙げられる。
清浄分散剤としては、ベンジルアミンコハク酸誘導体、アルキルフェノールアミン類等が挙げられる。
流動点降下剤としては、塩素化パラフィン-ナフタレン縮合物、塩素化パラフィン-フェノール縮合物、ポリアルキルスチレン系等が挙げられる。
抗乳化剤としては、アルキルベンゼンスルホン酸塩等が挙げられる。
腐食防止剤としては、ジアルキルナフタレンスルホン酸塩等が挙げられる。
【0024】
本実施形態における潤滑油組成物は、工業用ギヤ油;油圧作動油;圧縮機油;冷凍機油;切削油;圧延油、プレス油、鍛造油、絞り加工油、引き抜き油、打ち抜き油等の塑性加工油;熱処理油、放電加工油等の金属加工油;すべり案内面油;軸受け油;錆止め油;熱媒体油等の各種用途に使用することができる。
【0025】
(粒子の粒径(r)の測定)
本実施形態に係る潤滑油組成物中の粒子は、例えば、フラーレンの凝集体、フラーレンと基油分子の会合体等、フラーレン由来の粒子が挙げられる。上記粒子の粒径(r)の測定方法は、ナノメートル領域の粒径を測定することができる方法であればよい。具体的には、例えば、動的光散乱法、レーザー回折法、X線小角散乱法等が挙げられる。なお、本実施形態の潤滑油組成物中に存在する粒子は、粒子径が1nm~100nm領域のものが多いと推定されるため、X線小角散乱法(以下、SAXS法ということがある)を用いることが好ましい。
前記各測定法において、測定される粒径(r)が平均粒径(R)であると、粒径(r)と摩耗係数との強い相関関係を得やすく好ましい。
【0026】
X線を用いた小角散乱法は、潤滑油組成物中の粒子からの散乱X線の強度を解析することで、潤滑油組成物中の粒子の粒径や分布を求めることができる。この散乱X線が発生する領域は、例えば、Cuターゲットを用いた波長1.54ÅのX線の場合、測定角度2θは0.1~10度程度である。なお、X線小角散乱法の基本原理等については、著書「Glatter & Kratky eds(1982) Small Angle X-ray Scattering, Academic Press, London (1982), Pages 17-51.」に参照することができる。
【0027】
潤滑油組成物中の粒子の平均粒径(R)を測定するため、先ずは、SAXS法で潤滑油組成物中の粒子のX線散乱強度プロファイルを求める。粒子のX線散乱強度プロファイルの縦軸は、X線散乱強度ISAXS(Q)であり、横軸は測定角度2θと波長λに依存する散乱ベクトルQ(nm-1)である。散乱ベクトルQの大きさは下記の式(1)のように定義される。続いて、下記のG法又はS法を用いて、潤滑油組成物中の粒子の平均粒径(R)を算出する。
【0028】
【数1】
【0029】
〔G法〕
潤滑油組成物において、基油に対する粒子の電子密度差が一定であるとし、粒子の形状を球状、かつ粒径(r)が均一であると仮定すると、Q<1/rの小角領域では、Guinier近似を用いることができる。Guinier近似により、粒子の散乱強度ISAXS(Q)は下記の式(2)で表すことができる。
【0030】
【数2】
式(2)中、ISAXS(Q)は粒子の散乱強度、Δρは基油に対する粒子の電子密度差、Vは粒子の体積である。
【0031】
SAXS測定で得た潤滑油組成物中の粒子の散乱強度プロファイルをもとに、Guinierプロットという縦軸にLogISAXS(Q)、横軸にQをプロットすることで、直線の傾きから粒子の平均粒径(R)を求めることができる。
【0032】
〔S法〕
Guinier近似において、粒子の形状などの仮定を設けることがあるが、これらの仮定が要らない観点から、より簡便なS法を用いて、粒子の平均粒径を解析することが好ましい。
【0033】
S法では、SAXS法による測定された潤滑油組成物中の粒子のX線散乱強度プロファイルと、基油のX線散乱強度プロファイルが求められる。散乱ベクトルQに対して、粒子のX線散乱強度と基油のX線散乱強度の比を得て、X線散乱強度比が最大値となる散乱ベクトルQmaxを用いて、下記の式(3)により、粒子の平均粒径(R)を算出することができる。
【0034】
【数3】
【0035】
本実施形態の潤滑油組成物の検査方法では、上記のSAXS法により、X線散乱強度プロファイルから粒子の平均粒径(R)を算出する。このSAXS法からの算定値が、設定された所定範囲内にある潤滑油組成物を選別することにより、より選別の精度を向上することができる。その結果、潤滑油組成物の耐摩耗特性をより安定して予測することができる。
【0036】
本発明に係る潤滑油組成物の検査方法において、粒子の平均粒径(R)の算出は、G法単独、S法単独、あるいはG法とS法を同時に用いてもよい。同時に用いる場合、例えば、2つの方法で算出される平均粒径(R)がそれぞれ所定範囲内にあることを選別基準とすることができる。その場合、潤滑油組成物を選別する精度を向上することができる。
【0037】
[潤滑油組成物の製造方法]
本実施形態の潤滑油組成物の製造方法は、基油とフラーレンとを混合して得た潤滑油組成物を、本実施形態の潤滑油組成物の検査方法により選別する工程を含む。
【0038】
本実施形態の潤滑油組成物の製造方法は、詳細には、以下の工程を含むことが好ましい。
(1)基油とフラーレンとを混合し、フラーレンの溶解成分を基油中に溶解し、必要に応じてろ過、加熱処理等を経て、基油とフラーレンを含む潤滑油組成物を得る工程(以下、「溶解工程」という。)。
(2)SAXS法により、X線散乱強度プロファイルから潤滑油組成物の平均粒径(R)を算出し、その値が設定された範囲内にある潤滑剤組成物を合格、設定された範囲外の潤滑油組成物を不合格として、潤滑油組成物を選別する工程(以下、「検査工程」という。)。
本実施形態の潤滑油組成物の製造方法は、さらに必要に応じて、以下の工程を含んでいてもよい。
(3)「検査工程」で合格として選別され得るように、複数の異なるバッチで製造した潤滑油組成物を混合して、新たな潤滑油組成物を得る工程(以下、「再調整工程」という。)。
以下、本実施形態の潤滑油組成物の製造方法を詳細に説明する。
【0039】
(溶解工程)
原料のフラーレンを基油に投入して攪拌機等の分散手段を用いて、室温付近または必要に応じて加温しながら1時間~48時間の分散処理を施す。
基油にフラーレンを分散させるための分散手段としては、例えば、撹拌機、超音波分散装置、ホモジナイザー、ボールミル、ビーズミル等が挙げられる。
このようにして基油中にフラーレンが溶解または分散した液(「フラーレン溶液」ということがある。)を得る。
【0040】
なお、フラーレンの投入量は、フラーレン溶液中のフラーレン濃度が所望する濃度となる量であればよい。また、溶解工程中に、後述する不溶成分を除去する工程を設ける場合には、この工程によって除去されるフラーレン量も考慮して、フラーレンを多めに投入すると良い。溶媒によっても異なるが、一般に、フラーレンが不溶成分として析出しにくいフラーレン溶液中のフラーレン濃度としては、1質量ppm~1質量%の範囲が好ましい。
【0041】
また、所望するより高濃度のフラーレン溶液を得て、基油で希釈することにより、所望する濃度のフラーレン溶液を得てもよい。
【0042】
上記のようにして得られたフラーレン溶液をそのまま潤滑油組成物として用いてもよい。
さらに、不溶成分を除去する工程を、溶解工程中に設け、不溶成分を除去したフラーレン溶液を潤滑油組成物とすることが好ましい。不溶成分を除去する工程は、溶解工程において、基油にフラーレンを分散させる分散処理後に設けることが好ましい。不溶成分を除去する工程としては、例えば、(1)メンブランフィルターを用いた除去工程、(2)遠心分離器を用いた除去工程、(3)メンブランフィルターと遠心分離器を組み合わせて用いる除去工程等が挙げられる。これらの除去工程の中でも、濾過時間の点から、少量の潤滑油組成物を得る場合は(1)メンブランフィルターを用いた除去工程が好ましく、大量の潤滑油組成物を得る場合は(2)遠心分離器を用いた除去工程が好ましい。
【0043】
なお、溶解工程において、特にフラーレン溶液を加温する場合、非酸化雰囲気で行うことが好ましい。例えば、窒素ガスやアルゴンガス等の不活性ガスでフラーレン溶液を収容する容器内を置換するか、あるいは、さらに容器内のフラーレン溶液を不活性ガスでバブリングすることにより、フラーレン溶液を不活性ガスと平衡状態にすることが好ましい。
【0044】
(検査工程)
検査工程は、潤滑油組成物中の粒子の平均粒径(R)を算出し、潤滑油組成物を選別する工程である。溶解工程で得られた潤滑油組成物についてSAXS法により、X線散乱強度プロファイルから潤滑油組成物中の粒子の平均粒径(R)を算出する。その平均粒径(R)の値が所定範囲内にある潤滑油組成物を合格、所定範囲外の潤滑油組成物を不合格として選別する。この平均粒径(R)の所定範囲は、上述したように潤滑油組成物の摩耗係数と、平均粒径(R)との相関から、摩耗係数が所望の範囲になる平均粒径(R)を求めることにより設定することができる。複数の異なるバッチで製造した潤滑油組成物毎に、平均粒径(R)の測定を行う。これにより、耐摩耗特性を考慮して平均粒径(R)の所定範囲を決定し、潤滑油組成物を合格品と不合格品等に分類することができる。
【0045】
(再調整工程)
再調整工程は、不合格になった潤滑油組成物を合格品の潤滑油組成物へ適量混合することにより、合格品の潤滑油組成物を得る工程である。具体的には、新たに調整された潤滑油組成物を再度上記検査工程にて粒子の平均粒径(R)の測定をし、測定値が所定範囲に入るように適量混合し、合格品の潤滑油組成物を得る。合格品に混合する不合格品の潤滑油組成物の量は、混合後の潤滑油組成物中の粒子の平均粒径(R)を測定して判断すると良い。
潤滑油組成物を分類することにより、次のような効果が得られる。(1)粒子の平均粒径(R)が不合格となる潤滑油組成物を排除することができる。(2)粒子の平均粒径(R)が不合格の範囲に含まれる潤滑油組成物を合格品の潤滑油組成物に混合することにより、新たに合格となり得る潤滑油組成物を得ることができる。
【0046】
このように、本実施形態の潤滑油組成物の製造方法によれば、フラーレンを含む潤滑油組成物であっても、比較的測定が容易な方法を用いることにより、耐摩耗性が予測でき、潤滑油組成物が合格品と不合格品に精度高く選別されることが可能になる。上記の方法は、SAXS法による潤滑油組成物中の粒子の平均粒径(R)を測定する方法である。
【0047】
以上、本発明の好ましい実施の形態について詳述したが、本発明は特定の実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲内に記載された本発明の要旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。
【実施例
【0048】
以下、実施例および比較例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
[潤滑油組成物の作製]
鉱油A(製品名:ダイアナフレシアP-46、出光興産社製)2Lと、フラーレン(フロンティアカーボン社製、nanomTM purple SUT、C60)を下記所定量混合し、室温にて、スターラーを用いて6時間で撹拌した。攪拌終了後、0.1μmのメンブランフィルターを通して濾過することで、フラーレン溶液を得た。ここで鉱油に対してフラーレンを0.5mg、5.0mg、50.0mg加えて、フラーレン濃度が2.5質量ppm、25.0質量ppm、250.0質量ppmの3種類のフラーレン溶液を調製した。なお、溶液のフラーレン濃度がフラーレンの仕込み量より算出した。
さらに、得られたフラーレン溶液を100ml取り出し、これを250mlのステンレス製の耐圧容器に移した。次に内部を窒素ガスで置換した後に密栓し、これを熱処理しなかった。または、150℃のオイルバスに2時間あるいは15時間浸漬させて熱処理を行なった。表1に示す潤滑油組成物1~9の9種類の潤滑油組成物を得た。各種類の潤滑油組成物をそれぞれ3点調製し、すなわち、合計27サンプルを調製した。
【0050】
【表1】
【0051】
[測定方法]
(X線小角散乱測定)
潤滑油組成物に対して、X線小角散乱測定を実施した。詳細は以下となる。
測定システム:SAXSpace(AntonPaar製)
X線:波長(λ):0.1524nm
検出器:Mythen(1次元計数型検出器)
適正な露光条件(アッテネーター及び露光時間)を選定の上、潤滑油組成物と基油(バックグラウンド)の二次元散乱パターンを記録した。画像処理ソフトFit2d(Europeansynchrotron research facility)を用い、それぞれ、横軸が散乱ベクトル、縦軸が散乱強度の散乱強度プロファイルを得た。潤滑油組成物の散乱強度から、基油の散乱強度を引くことにより、粒子の散乱強度プロファイルを得ることができた。
【0052】
(摩耗係数の測定)
得られた潤滑油組成物について、摩擦摩耗試験機(Anton Paar社製、製品名「ボールオンディスクトライボメーター」)を用いて、耐摩耗特性を評価した。
摩擦摩耗試験機を構成する基板およびボールの材質を、高炭素クロム軸受鋼鋼材であるSUJ2とした。なお、ボールは直径が6mm、基板は15mm角を用いた。
まず、基板の一主面に潤滑油組成物を塗布した。次に、潤滑油組成物を介して、基板の一主面上にて、ボールが同心円状の軌道を描くように、ボールを摺動させた。基板の一主面上におけるボールの速度を20mm/秒、ボールによる基板の一主面に対する荷重を25Nとした。基板の一主面上におけるボールの摺動距離が積算15mに到達した時点で、ボールを装置より取り出し、ボールの基板との接触面を、光学顕微鏡で観察し、表面のすり減りを、すり減り面の円の最大直径をD(μm)とした。ここで最大直径Dを摩耗係数と定義した。つまり、最大直径Dの数字が小さいほど、摩耗が抑制されており、潤滑油組成物の潤滑特性として好ましい状態である。通常、円形にすり減るが、楕円を帯びる場合がある。その場合は、最大径になる部分を最大直径Dとした。なお、この測定は25±2℃の環境下で行った。
【0053】
(動粘度の測定)
約50mLの潤滑油組成物をガラス製ビーカーに取り出し、これを40℃の水浴に30分間浸漬した。
次に、日本工業規格 JIS Z8803:2011に規定されている液体の粘度測定方法細管粘度計による粘度測定方法に準ずる方法により、潤滑油組成物の動粘度を測定した。
【0054】
[実施例1]
前記潤滑油組成物の27サンプルと基油(鉱油A)について、X線小角散乱測定を行い、粒子の散乱強度プロファイルを得た。得た粒子の散乱強度プロファイルを用いて、前記G法で、平均粒径(R)を算出した。そして、潤滑油組成物27サンプルの摩耗係数測定を行い、平均粒径(R)と摩耗係数の関係を図1に示す。平均粒径(R)と摩耗係数の値を表2に示す。
【0055】
【表2】
【0056】
図1に示す結果から、平均粒径(R)と摩耗係数との相関係数が-0.80となり、平均粒径(R)と摩耗係数に相関関係が認められた。相関係数は、最小二乗法により求めた。相関係数の絶対値が0.70以上であるときに、相関関係が存すると判断した。相関関係が存する実施例1では、平均粒径(R)が特定の範囲内にある潤滑油組成物を選別することにより、摩耗係数が所望する範囲内にある潤滑油組成物を選別することができる。
【0057】
例えば、図1において、潤滑油組成物の摩耗係数が値B(=200)以下を合格品とする場合には、平均粒径(R)が値A(=1.75)以上の潤滑油組成物を合格品として選別すると良い。この場合、平均粒径(R)が値A以上を所定の範囲として設定して、値A以上の潤滑油組成物を合格品として選別すれば、摩耗係数が値Bを越える不合格品が含まれる可能性が低くなることがわかる。また、図1において、潤滑油組成物の平均粒径(R)が値A未満の場合には、摩耗係数が値Bを超える潤滑油組成物を不合格品として選別することができる。また、図1において、領域Cにある不合格品の潤滑油組成物であっても少量であれば、以下の方法で、摩耗係数が値B以下の合格品の潤滑油組成物に調整することができる。不合格品の潤滑油組成物に、領域Dにある合格品の潤滑油組成物を添加することで、平均粒径(R)が値A以上とすることができる。
【0058】
[実施例2]
粒子の散乱強度プロファイルと鉱油Aの散乱強度プロファイルを用い、前記S法で粒子の平均粒径(R)を算出したこと以外は、実施例1と同様に、粒子の平均粒径(R)と摩耗係数の関係を評価した。
平均粒径(R)と摩耗係数の値を表3に、平均粒径(R)と摩耗係数の関係を図2に示す。
【0059】
【表3】
【0060】
図2に示す結果から、平均粒径(R)と摩耗係数との相関係数が-0.89となり、その絶対値が0.70以上であることから、平均粒径(R)と摩耗係数に相関関係が認められた。よって、実施例2でも、平均粒径(R)が特定の範囲内にある潤滑油組成物を選別することにより、摩耗係数が所望する範囲内にある潤滑油組成物を選別することができることが分かった。
【0061】
例えば、図2において、潤滑油組成物の摩耗係数が値B(=200)以下の潤滑油組成物を合格品とする場合には、平均粒径(R)が値A(=13)以上の潤滑油組成物を合格品として選別すると良い。この場合、平均粒径(R)が値A以上を所定の範囲として設定して、値A以上の潤滑油組成物を合格品として選別すれば、摩耗係数が値Bを越える不合格品が含まれる可能性が低くなることがわかる。また、図2において、潤滑油組成物の平均粒径(R)が値A未満の場合には、摩耗係数が値Bを超える潤滑油組成物を不合格品として選別することができる。また、図2において、領域Cにある不合格品の潤滑油組成物であっても少量であれば、以下の方法で、摩耗係数がB以下の合格品の潤滑油組成物に調整することができる。不合格品の潤滑油組成物に領域Dにある合格品の潤滑油組成物を添加することで、平均粒径(R)が値A以上とすることができる。
【0062】
[比較例1]
前記潤滑油組成物の27サンプルについて、動粘度(mm/s)および摩耗係数を測定し、動粘度と摩耗係数の関係を評価した。動粘度と摩耗係数の測定結果を表4に、動粘度と摩耗係数の関係を図3に示す。
【0063】
【表4】
【0064】
図3に示す結果から、動粘度と摩耗係数との相関係数が0.11となり、その絶対値が0.70未満であることから、動粘度と摩耗係数に相関関係が認められなかった。このため、潤滑油組成物の動粘度から、潤滑油組成物の摩耗係数を推測して、潤滑油組成物を選別することができないことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明は、基油とフラーレンとを含む潤滑油組成物の製造工程において、潤滑油組成物中に存在する粒子の平均粒径(R)を測定することにより、耐摩耗性が予測でき、潤滑油組成物を合格品と不合格品に精度高く選別できる。従って、本発明で選別した合格品の潤滑油組成物は、自動車、家電、工業機械等の摺動部において、金属部分が傷付いたり、摩耗したりすることを抑制するために有効である。
図1
図2
図3