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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-21
(45)【発行日】2022-03-02
(54)【発明の名称】色漆資材及び色漆スリット糸
(51)【国際特許分類】
   B32B 9/02 20060101AFI20220222BHJP
   B32B 15/02 20060101ALI20220222BHJP
   B32B 29/00 20060101ALI20220222BHJP
   D02G 3/08 20060101ALI20220222BHJP
   D02G 3/12 20060101ALI20220222BHJP
【FI】
B32B9/02
B32B15/02
B32B29/00
D02G3/08
D02G3/12
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020531271
(86)(22)【出願日】2019-07-11
(86)【国際出願番号】 JP2019027513
(87)【国際公開番号】W WO2020017425
(87)【国際公開日】2020-01-23
【審査請求日】2021-01-06
(31)【優先権主張番号】P 2018137019
(32)【優先日】2018-07-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】517008489
【氏名又は名称】有限会社橡
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 貴彦
(72)【発明者】
【氏名】松原 義美
【審査官】南 宏樹
(56)【参考文献】
【文献】実開昭61-90866(JP,U)
【文献】実開昭58-105480(JP,U)
【文献】特開平11-226490(JP,A)
【文献】特開平4-359077(JP,A)
【文献】特開平11-172540(JP,A)
【文献】特開平2-145400(JP,A)
【文献】特開平7-89295(JP,A)
【文献】特開2008-274056(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
D02G 1/00-3/48
B44C 1/00-3/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a) ベースシートと、
b) 該ベースシートの上に積層された光反射層と、
c) 該光反射層の上に積層された漆層と
d) 前記光反射層と前記漆層の間に形成された、タンニンを含有する水性エマルジョン層と、
を備え、
前記光反射層が、金属粉末を含有する、透光性材料から成ることを特徴とする色漆資材。
【請求項2】
前記漆層が、染料が混入された漆から成ることを特徴とする請求項に記載の色漆資材。
【請求項3】
前記ベースシートが和紙又は洋紙であることを特徴とする請求項1又は2に記載の色漆資材。
【請求項4】
前記漆層を構成する漆が精製漆から成ることを特徴とする請求項1~のいずれかに記載の色漆資材。
【請求項5】
請求項1~のいずれかに記載の色漆資材を一定の幅に裁断してなる色漆スリット糸。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、着物や和装小物等に用いられる織物や編物の原糸となる漆糸に関する。
【背景技術】
【0002】
着物や和装小物等に用いられる織物や編物等の原糸として用いられる糸の一つに漆糸がある。漆糸は、和紙の上に漆を薄く塗工し、これを一定幅に細く裁断したものを芯糸に巻き付けて形成される。細く裁断したものは漆スリット糸とも呼ばれ、該漆スリット糸は漆糸の材料として用いられる他、漆スリット糸のまま織物や編物に織り込まれることもある。
【0003】
漆は、樹木から採取された樹液を原料とする茶褐色透明の天然樹脂である。漆を和紙の上に塗工し、乾燥させて漆層を形成した場合、漆層の厚みが或る大きさに達するまでは漆層は柔らかい状態で存在し、その大きさを超えると漆層は硬く割れやすくなる。漆糸または漆スリット糸の場合は、和紙に漆を薄く塗工して柔らかい漆層を形成することで、折り曲げても割れない漆糸、漆スリット糸を得ている。
【0004】
漆は、そのまま和紙に塗工しても茶褐色の漆糸または漆スリット糸しか得ることができない。そこで、漆に顔料を混ぜたものを和紙に塗工することで、漆糸や漆スリット糸に様々な色彩を付与することが行われている。しかしながら、顔料を含有する漆は漆単体に比べて和紙に対する接着力が低下する。そこで、接着力の低下を補うために、下地として顔料の含有量が少ない漆を和紙の上に置き、その上に顔料を多く含有する漆を重ねて漆層を形成する手法が広く採用されている。ところが、この手法では、顔料を含まない通常の漆層よりも厚みが大きくなり、漆層が硬くなる。このため、漆層が変形し難くなり、漆糸や漆スリット糸の柔軟性が低下する。なお、漆本来の色とは異なる色を有する漆糸および漆スリット糸をそれぞれ本明細書では色漆糸および色漆スリット糸と呼ぶこととする。
【0005】
また、特許文献1には、和紙の上に漆を塗工し、その上に、開繊させて薄く延ばした繊維体(霞状透視性ウェブ)を接着し、さらにその上に透明フィルムを接着したものを細く裁断した装飾糸が開示されている。この装飾糸では、霞状透視性ウェブを通して漆層が見えるため、漆層が、霞んだような深みのある色となる。しかしながら、この装飾糸は、和紙の上に漆層、霞状透視性ウェブを含む接着剤、フィルムが積層されており、一般的な漆糸又は漆スリット糸に比べて厚みが大きくなるため、柔軟性に欠ける。
【0006】
一方、着物や和装小物では、金属光沢を有する糸が織り込まれた織物が用いられることがある。金属光沢を有する糸は、和紙の表面に金箔や銀箔を漆等で張り付けたもの、あるいは、ポリエステル製フィルムの上にアルミニウム等の金属を蒸着したものを細く裁断することで作製され、金銀糸(金糸および銀糸)とも呼ばれる。金銀糸が織り込まれることによって華やかな雰囲気の織物が得られる。しかしながら、金銀糸の金属光沢は表面的なものであるため、漆糸や漆スリット糸とともに金銀糸が織り込まれた場合でも、漆の色が変化するわけではなく、また、金銀糸の金属光沢によって漆自身の色彩が損なわれてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】実開昭58-105480号公報
【文献】特開平04-359077号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、柔軟性を低下させることなく、また、漆自身の色彩を損なうことなく、内面的な金属光沢を有する色漆スリット糸および色漆糸が得られる色漆資材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係る色漆資材の第1の態様は、
a) ベースシートと、
b) 該ベースシートの上に積層された光反射層と、
c) 該光反射層の上に積層された漆層と、
を備え、
前記光反射層が、金属粉末を含有する透光性材料から成ることを特徴とする。
【0010】
本発明においては、ベースシートの上に光反射層と漆層が積層されているだけであるため、色漆資材の柔軟性の低下を抑えることができる。また、光反射層に入射した光が金属粉末によって様々な方向に反射され、漆層を通して外部に放出されるため、変化に富んだ金属光沢が漆層の内側から付与される。本発明では、透光性材料として、例えば接着剤、目止め材等として用いられる水溶性樹脂、油溶性樹脂を用いることができる。また、光反射層には、1種類の透光性材料が含まれていてもよく、複数種類の透光性材料が含まれていてもよい。さらに、光反射層には、1種類の金属粉末が含まれていてもよく、2種類以上の金属粉末が含まれていてもよい。透光性材料は、主に、ベースシートの上に金属粉末を接着するために用いられる。したがって、透光性材料の中に金属粉末が完全に埋もれるほどの量を使用する必要はない。つまり、金属粉末の透光性材料から金属粉末の一部が突出した状態にあってもよい。このような状態(光反射層の上面が凸凹な状態)であっても、光反射層の上に漆層を積層することにより色漆資材の上面は平坦面となる。また、光反射層の上面が凸凹となることによって該光反射層と漆層の接触面積が大きくなり、両者の接合強度が向上する。さらに、光反射層の厚みを薄くすることができるため、色漆資材の柔軟性の低下をより一層抑えることができる。
【0011】
本発明において、前記色漆資材は、さらに、前記光反射層と前記漆層の間に形成された、タンニンを含有する水性エマルジョン層を有することが好ましい。
前記水性エマルジョン層を設けた目的は、光反射層と漆層の接着性を高めることである。したがって、上記目的を達成することができるように、水性エマルジョン層の厚みや水性エマルジョン層を形成する範囲を設定すればよい。タンニンは、多くの植物に含まれることが知られており、タンニンを含む代表的な植物材料として、柿の果実、茶葉、ゴボウの根、マンゴー樹皮がある。
【0012】
また、本発明では、前記漆層が、染料が混入された漆から構成されていることが好ましい。
染料を混入させることにより漆層を着色することができる。また、染料は、水、有機溶剤等の媒体中に溶解する。このため、媒体に不溶である顔料と異なり、漆に染料を混入させても、その接着力がほとんど低下しない。したがって、漆層の厚みを大きくしなくても漆層と光反射層を十分接合させることができるため、漆層を着色したことにより該漆層の柔軟性が低下することがない。また、染料が溶解した状態で漆層の中に存在するため、漆本来の透明度を維持したまま漆層を着色することができる。したがって、光反射層の上に着色された漆層を積層したことにより、光反射層による反射光量が低下することを抑えることができる。
【0013】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る色漆資材の第2の態様は、
a) ベースシートと、
b) 該ベースシートの上面に積層された光反射層と、
c) 該光反射層の上面に積層された漆層と、
を備え、
前記漆層が、染料が混入された漆から成ることを特徴とする。
【0014】
上述したように、染料が混入された漆から漆層を構成することにより、漆層の厚みを大きくしなくても漆層と光反射層を十分接合させることができる。したがって、本発明の第2の態様においても、漆層を着色したことにより該漆層の柔軟性が低下することがない。また、染料が溶解した状態で漆層の中に存在するため、漆本来の透明度を維持したまま漆層を着色することができる。したがって、光反射層の上に着色された漆層を積層したことにより、光反射層による反射光量が低下することを抑えることができる。
【0015】
本発明において、前記ベースシートには、紙製シート、樹脂製シート、木製シート、金属製シート等、様々な材質のシートであって、様々な厚みのもの、様々な硬さ・柔らかさのものを用いることができる。ベースシートとして、洋紙や和紙、樹脂製フィルム等の薄いシートを用いた場合は、折り曲げや切断等の加工が容易な色漆資材を提供することができる。特に、ベースシートを和紙から構成すると、柔らかな色漆資材を得ることができるため、色漆資材を細く切断して色漆糸を作製する場合に好適である。
【0016】
本発明においては、前記色漆資材から前記ベースシートを除いた厚みが、該ベースシートの厚みよりも小さいことが好ましい。この構成により、ベースシートの上に光反射層と漆層を、あるいは光反射層と水性エマルジョン層と漆層を、この順に積層することによって、ベースシートの触感や質感が大きく損なわれることがない。また、色漆資材から前記ベースシートを除いた厚みを小さくしたことの結果として漆層の厚みも小さくなるため、色漆資材を曲げたときに漆層にひびが入りにくくなり、見映えがよい。また、環境(温度や湿度等)の変化に伴い色漆資材に生じる歪みを小さくすることができる。そのため、日本のような温帯地域だけでなく、乾燥地域や高湿地域、高温地域においても、良質な色漆スリット糸や色漆糸、布を提供することができる。
【0017】
また、本発明において、漆層を構成する漆が精製漆から成ることが好ましい。精製漆の規格については日本工業規格K-5950に規定されており、従来一般には、精製漆は原料漆液または生漆に所定の処理を施した後、ごみ等の固形物を除去することにより得られる。本発明では、従来の一般的な方法で得られた精製漆の他、特許文献2に記載されている方法で得られた精製漆を用いることができる。特許文献2に記載されている方法で得られた精製漆は「MR漆(登録商標)」として株式会社佐藤喜代松商店より市販されており、一般的な精製漆に比べて乾燥硬化が速い、塗膜の耐候性に優れる、塗膜の硬度が高い、耐沸騰水性に優れる、といった特徴を有する。したがって、MR漆を用いることにより、耐候性や耐沸騰水性、加工性に優れた、丈夫な色漆資材を得ることができる。また、MR漆は乾燥硬化が速いため、色漆資材の製造時間を短縮できるという効果もある。
【0018】
上述した第1の態様および第2の態様の色漆資材は様々な用途に利用することができる。例えば、前記色漆資材は、包装用シート、壁紙用シート等として使用することができる。また、前記色漆資材を適宜の大きさの正方形のシートに切断して日本の折り紙のように使用することができる。前記色漆資材を折り紙のように使用するときは、できるだけ薄くて柔らかなベースシートを用いることが好ましい。また、前記色漆資材は、適宜の形状や大きさに切断して装飾品や工芸品に加工することができる。また、前記色漆資材を一定の幅に裁断することにより、色漆スリット糸が得られ、該色漆スリット糸を芯糸に巻き付けることにより色漆糸が得られる。すなわち、本発明に係る色漆スリット糸は、上述した第1の態様又は第2の態様の色漆資材を一定の幅に裁断して成ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明の第1の態様においては、柔軟性の低下を抑えつつ、漆自身の色彩を生かした内面的な金属光沢を有する色漆資材が得られるため、このような色漆資材から作製される色漆スリット糸および色漆糸も柔軟で且つ漆の色彩に内面的な金属光沢を付加したものとなる。また、本発明の第2の態様においては、着色された漆層を備えた構成であっても、強い内面的な金属光沢を有する、柔軟な色漆資材が得られるため、このような色漆資材から作製される色漆スリット糸および色漆糸も、強い内面的な金属光沢を有する、柔軟なものとなる。そのため、上記色漆スリット糸や該色漆スリット糸から形成される色漆糸を用いることにより、漆自身の色彩を損なうことなく優れた金属光沢色を有する、しなやかな織物や編物を作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】色漆資材の作製手順を示す図。
図2】色漆資材から色漆スリット糸を作製する様子を示す説明図。
図3】環境試験前のスリット糸片の引張強さ及び伸び率試験の結果を示すグラフ。
図4】環境試験後のスリット糸片の引張強さ及び伸び率試験の結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明する。
<ベースシート>
本発明の色漆資材に用いるベースシートは、色漆資材の用途に応じた適宜の厚さ、柔らかさの材料から成るシートを用いることができる。一般的には、前記ベースシートは、厚みが0.1mm以下の薄い洋紙、和紙、樹脂フィルムが好ましく、特に、色漆資材を一定の幅に細く裁断して色漆スリット糸にしたり、該色漆スリット糸を芯糸に巻き付けて色漆糸にしたりする場合は、0.05mm以下の非常に薄い和紙を用いることが好ましい。
【0022】
<光反射層>
光反射層は、金粉や銀粉、アルミ箔粉等の金属粉末を含有する透光性材料から構成することができる。透光性材料に対する金属粉末の比率(重量%)は20~40重量%程度が好ましい。透光性材料は、ベースシートの上に金属粉末を固定することができる量があればよく、金属粉末の間の隙間を完全に埋めるほどの量が無くてもよい。透光性材料が金属粉末の間の隙間に充填されておらず、光反射層の上面に金属粉末の一部が露出している状態(つまり、光反射層の上面が凸凹な状態)であっても、光反射層の上に形成される漆層、あるいは水性エマルジョン層と漆層によって光反射層の上面の凸凹が埋まるため、光反射層の機能上、問題がない。
【0023】
また、光反射層は、ベースシートの上に、金や銀、アルミニウムなどの金属を真空蒸着したり、金や銀、アルミニウムなどの金属を圧延してなる金属箔を貼り付けたりすることにより構成することができる。
【0024】
<水性エマルジョン層>
水性エマルジョン層は、光反射層の上に水性エマルジョンを塗布することにより形成される。水性エマルジョン層は、光反射層と漆層を強く接着させるために設けられる。水性エマルジョン層は、光反射層の上面全体に形成されていることが好ましいが、光反射層の上面に水性エマルジョン層で覆われていない領域が存在していても構わない。
【0025】
水性エマルジョンは、例えばタンニンを含む植物材料を圧搾して得られた絞り汁をそのまま用いたり、或いは、絞り汁に酵母菌を加えて発酵させたりしたものを用いることができる。水性エマルジョンの例として柿渋液が挙げられる。渋柿(果実)の搾り汁には水分、タンニン、果実片、金属イオンが含まれており、この絞り汁を静置すると不純物が塊状になって沈澱し、タンニン成分の溶け込んだ透明な上澄み液が得られる。この上澄み液が「柿渋液」と呼ばれるものであり、この上澄み液は、そのまま(原液で)、あるいは水で薄めて使用することができる。
【0026】
<漆層>
漆層は、光反射層の上に直接、或いは光反射層の上に水性エマルジョンを塗布し、その上に漆を塗布することにより形成される。
漆層は漆単独で構成しても良く、染料が混入された漆から構成しても良い。
【0027】
漆に混入する染料としては、油溶性染料及び水溶性染料のどちらでも使用することができる。ただし、漆は油性成分であるウルシオールを主体とし、このウルシオールの中に水溶性成分が分散状態で存在する油中水滴型エマルジョンであるため、漆に染料を混入する場合は、該染料として、ウルシオールに可溶な油溶性染料を用いることが好ましい。漆に対する染料の混合比率(重量%)は、漆自身の色の濃さや漆に付与したい色の種類や濃さに応じて適宜の値に設定するとよく、一般的には1重量%~20重量%程度が好ましい。漆自身が茶褐色であることから、茶系の着色を漆に施す場合は染料の混合比率が小さくても十分な発色が得られる。一方、茶褐色の反対色である青緑系の着色を漆に施す場合は、十分な発色を得るためには染料の混合比率を大きくする。ただし、染料の混合比率が大きくなると漆の硬化時間や乾燥時間が長くなる。また、漆の硬化時間や乾燥時間は、漆の種類(漆を採取した樹木の種類、該樹木の生育地等)によって異なり、さらには、周囲環境(温度、湿度)の影響を受ける。したがって、色漆資材を製造する毎に、複数の混合比率で染料を漆に混入したものを調製し、それらの硬化時間・乾燥時間や漆層の発色から、適切な混合比率を求めるようにするとよい。
【0028】
漆層には、一種類の漆を用いてもよいが、複数種の漆を混合したものを用いてもよい。複数種の漆を混合することにより、硬化時間、乾燥時間を調整することができる。
また、漆層には精製漆を用いるとよく、特に、MR漆と呼ばれる精製漆を用いることが好ましい。MR漆は3本ロールミルを用いて精製された漆であり、主成分であるウルシオールの中に水溶性成分(水分、糖タンパク質、水溶性多糖類)が微細な粒子として分散している。漆の硬化に寄与するラッカーゼは水溶性成分の中に存在しており、水溶性成分の粒子が小さいことによりラッカーゼとウルシオールの接触面積が大きくなる。そのため、通常の漆や従来の精製漆よりもウルシオールの重合反応が起き易くなり、硬化時間を短縮することができる。また、MR漆は、ウルシオール中に存在する水溶性成分の粒子が小さいため、漆の透明度が高いという特徴がある。
【0029】
金属粉末を含有する水溶性材料、水性エマルジョン、漆の塗布は手作業で行っても良く、エアーブラシやコーター等、適宜の塗装装置を用いても良い。
【実施例
【0030】
次に、本発明の具体的な実施例を示すが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
<材料>
本実施例に係る色漆資材および色漆糸に用いた材料とその販売会社若しくは製造会社は以下の通りである。
(1)ベースシート
和紙:日本製紙パピリア株式会社
厚み:31μm、長さ:500m
(2)光反射層
金属粉末:ラミックF220、シルバーC、大日精化工業株式会社
F No2(エナメル樹脂)
溶剤Y(うすめ液)
水溶性接着剤PVA(目止め材):都化成株式会社
(3)水性エマルジョン層
柿渋液:株式会社岩本亀太郎本店
(4)漆層
MR漆:株式会社佐藤喜代松商店
油溶性染料:OIL RED TR-71(赤色)、OIL BLACK 109(黒色)、OIL PINK 330(桃色)、OIL VIOLET PB(紫色)、OIL BLUEBOM(青色)(中央合成化学株式会社)
【0031】
<色漆資材の作製手順>
図1を参照しつつ、色漆資材の作製手順を説明する。
まず、エナメル樹脂にうすめ液を添加してエナメル樹脂の粘度を調整した後、そこに金属粉末を混ぜて金属粉末液を調製する。そして、金属粉末液を和紙10の上に捺染方式で塗工し、乾燥させて金属粉末層20を形成する(図1(a))。この状態では、金属粉末21と和紙10、金属粉末21同士がエナメル樹脂によって接合されているが、金属粉末21の間には隙間が存在する。
【0032】
次に、水溶性接着剤PVAを水に溶解してPVA5%水溶液を調製し、これを金属粉末層20の上に塗布して乾燥させる。これにより、金属粉末21とエナメル樹脂、うすめ液、及び水溶性接着剤PVAからなる光反射層30が形成される。金属粉末層20の上に塗布された水溶性接着剤PVAは、金属粉末21の間の隙間に入り込み、和紙10と金属粉末21、及び金属粉末21同士を強く接合する。ただし、この状態では、光反射層30の上面は粗面となっている。
続いて、光反射層30の上に柿渋液を塗布し、乾燥させて柿渋層40を形成する。このとき、光反射層30の上面が粗面であるため、柿渋層40と光反射層30の接触面積が大きくなり、両者は強く接合される(図1(c))。
【0033】
次に、MR漆に油溶性染料を、その濃度が1重量%、2重量%、5重量%、10重量%となるように添加して着色MR漆を作製した。
続いて、着色MR漆を柿渋層40の上に塗布し、2日~4日かけて自然乾燥させ、漆層50を形成した(図1(d))。
以上により、ベースシートである和紙10の上に、光反射層30、柿渋層40、漆層50がこの順に積層されてなる色漆資材1が得られた。
【0034】
得られた色漆資材1の厚みを計測したところ50μmであった。和紙10の厚みが31μmであることから、光反射層30、柿渋層40、および漆層50を合わせた厚みは19μmとなり、和紙10の厚みより小さかった。この結果は、着色MR漆に含まれる油溶性染料の濃度が1重量%、2重量%、5重量%、10重量%のいずれであっても、ほぼ同じであった。
【0035】
また、色漆資材1の色を視認したところ、MR漆の色(茶褐色)と反対色(補色)に近い青色、緑色の油溶性染料をMR漆に添加したものは、油溶性染料の濃度が5重量%、10重量%のときに、着色が確認された。一方、MR漆の色と近い色(赤色)の油溶性染料をMR漆に添加したものは、油溶性染料の濃度が1重量%でも着色を十分、確認することができた。このことから、MR漆を着色したい色に応じて、MR漆に添加する油溶性染料の量を調整することが好ましい。
【0036】
また、図2に示すように、色漆資材100を1mm幅に裁断して色漆スリット糸110を作製した。この色漆スリット糸110は、折り曲げてもヒビが入ることがなく、しなやかな糸であった。また、絹糸ないし化学繊維糸を経糸に、色漆スリット糸110を緯糸にして織物を作製したが、途中で緯糸が切れることはなかった。また、得られた織物は金銀箔スリット糸ないし金銀糸を緯糸として用いた場合と同様にジャガード織に対応でき、仕上がりも同程度の柔らかさであった。
【0037】
次に、上記色漆スリット糸110を、500mmの長さに切断したスリット糸片を20本用意し、これら20本のスリット糸片のうち10本については以下の環境試験を行ってから、残り10本については、環境試験を行わずに、それぞれ引張強さ及び伸び率試験を行った。引張強さ及び伸び率試験は、地方独立行政法人京都市産業技術研究所にて行われた(受付番号201702288、試験完了日:2017年12月4日)。
【0038】
<環境試験>
以下の(1)-(4)までを1サイクルとし、これを6回繰り返した(6サイクル)。
(1) 温度10℃、湿度50%RHの環境下に3時間放置する。
(2) 1時間かけて、温度を40℃に、湿度を90%RHに調温調湿。
(3) 温度40℃に、湿度90%RHの環境下に3時間放置。
(4) 1時間かけて、温度を10℃に、湿度を50%RHに調温調湿。
【0039】
<引張強さ及び伸び率試験>
JIS L1013 8.5.1に準じた測定。
試験機の種類:定速伸長形
つかみ間隔:20cm
引張速度:20cm/分
容量:50N
【0040】
上記環境試験前後のスリット糸片の引張強さ及び伸び率試験の結果を図3及び図4に示す。図3及び図4は、いずれも、10本のスリット糸片について引張強さ及び伸び率試験を行ったときの変位(mm)と試験力(N)との関係を示している。これらの図から、環境試験前のスリット糸片の強度(平均値)は1.72N、伸度(平均値)は2.6%であった。一方、環境試験後のスリット糸片の強度(平均値)は1.78N、伸度(平均値)は2.7%であった。このように、環境試験の前後で、スリット糸片の強度及び伸度に大きな違いはなかった。このことから、上記実施例で得られた色漆スリット糸110は過酷な環境下でも強度及び伸度が変化しないことが分かる。
【0041】
なお、上記の実施例では、いずれも油溶性染料を漆に混入して漆層を形成した、水溶性染料を漆に混入して漆層を形成することも可能である。本発明者は、3色の水溶性染料(INK RED34、INK YELLOW 27、INK BLUE 12(いずれも中央合成化学株式会社製))をそれぞれ漆に混入したものを和紙の上に塗工し、塗膜ができることを確認している。
【符号の説明】
【0042】
10…和紙(ベースシート)
20…金属粉末層
21…金属粉末
30…光反射層
40…柿渋層
50…漆層
100…色漆資材
110…色漆スリット糸
図1
図2
図3
図4