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  • 特許-被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-22
(45)【発行日】2022-03-03
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220224BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20220224BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20220224BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20220224BHJP
   C23C 16/32 20060101ALI20220224BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20220224BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20220224BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
B23B51/00 J
C23C16/34
C23C16/32
C23C16/36
C23C16/40
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2017241411
(22)【出願日】2017-12-18
(65)【公開番号】P2019107720
(43)【公開日】2019-07-04
【審査請求日】2020-10-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】福島 直幸
【審査官】村上 哲
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/037796(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/038762(WO,A1)
【文献】特開2019-010707(JP,A)
【文献】特開2009-078309(JP,A)
【文献】特開2016-221655(JP,A)
【文献】国際公開第2015/111752(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23C 5/16
B23B 51/00
C23C 14/00
C23C 16/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の表面上に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、
前記被覆層は、前記基材側から順に、下部層と、該下部層の表面上に形成された上部層とを含み、
前記下部層が、1.5μm以上15.0μm以下の平均厚さを有するTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層及び炭窒酸化物層からなる群より選ばれる1種又は2種以上の層からなるTi化合物層であり、
前記上部層は、1.5μm以上15.0μm以下の平均厚さを有するα型酸化アルミニウムからなるα型酸化アルミニウム層であり、
前記上部層において、前記基材側から前記基材とは反対側に向かって1.0μmまでの領域を内部領域とし、前記内部領域よりも前記反対側の領域を表面領域としたとき、前記内部領域におけるKAM値の平均値が前記表面領域におけるKAM値の平均値よりも大きく、
前記内部領域におけるKAM値の平均値が、0.40°以上1.00°以下である、被覆切削工具。
【請求項2】
前記内部領域におけるKAM値の平均値が、前記表面領域におけるKAM値の平均値よりも0.10°以上大きい、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記表面領域におけるKAM値の平均値が、0.20°以上0.60°以下である、請求項1又は2のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記被覆層は、前記上部層の前記下部層とは反対側の表面上に、Tiの窒化物からなる層を更に含み、前記Tiの窒化物からなる層の平均厚さが、0.1μm以上1.5μm以下である、請求項1~のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記被覆層の平均厚さは、3.0μm以上30.0μm以下である、請求項1~のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、請求項1~のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金からなる基材の表面に化学蒸着法により3~20μmの総膜厚で被覆層を蒸着形成してなる被覆切削工具が、鋼や鋳鉄等の切削加工に用いられていることは、よく知られている。上記の被覆層としては、例えば、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物及び炭窒酸化物並びに酸化アルミニウムからなる群より選ばれる1種の単層又は2種以上の複層からなる被覆層が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、基材の表面に形成された被覆層を備える被覆切削工具であり、被覆層は、α型酸化アルミニウム層を含み、α型酸化アルミニウム層の(116)面における残留応力値は、0より大きく、α型酸化アルミニウム層の(012)面における残留応力値は、0より小さい、被覆切削工具が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2015/068792号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工では、高速化、高送り化及び深切り込み化がより顕著となり、従来よりも工具の耐チッピング性及び耐欠損性を向上させることが求められている。特に、工具寿命の延長を達成するため、酸化アルミニウム層の厚膜化も求められている。しかしながら、従来の厚膜化を図った酸化アルミニウム層を含有する被覆切削工具を衝撃的負荷が作用する高速断続切削で用いると、その酸化アルミニウム層の靭性及び密着性が十分とはいえない。その結果、被覆切削工具の切刃にチッピングが発生しやすく、これが引き金となって、工具寿命を長くし難くなる。
【0006】
また、特許文献1では、α型酸化アルミニウム層の表面に圧縮応力を付与することで、内部に引張応力を付与している。しかしながら、α型酸化アルミニウム層と下部層との界面における歪の状態に関して、特許文献1では考慮されていない。そのような被覆切削工具を、衝撃的負荷が作用する高速断続切削の条件に用いると、α型酸化アルミニウム層と下部層との界面での剥離が生じ、その結果、耐チッピング性が不十分となる傾向にある。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた耐チッピング性及び耐欠損性を有することによって、工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、被覆切削工具において、α型酸化アルミニウム層の表面側と内部側における歪を制御することにより、被覆切削工具が優れた耐チッピング性及び耐欠損性を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は下記のとおりである。
[1]基材と、該基材の表面上に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、前記被覆層は、前記基材側から順に、下部層と、該下部層の表面上に形成された上部層とを含み、前記下部層が、1.5μm以上15.0μm以下の平均厚さを有するTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層及び炭窒酸化物層からなる群より選ばれる1種又は2種以上の層からなるTi化合物層であり、前記上部層は、1.5μm以上15.0μm以下の平均厚さを有するα型酸化アルミニウムからなるα型酸化アルミニウム層であり、前記上部層において、前記基材側から前記基材とは反対側に向かって1.0μmまでの領域を内部領域とし、前記内部領域よりも前記反対側の領域を表面領域としたとき、前記内部領域におけるKAM値の平均値が前記表面領域におけるKAM値の平均値よりも大きく、前記内部領域におけるKAM値の平均値が、0.40°以上1.00°以下である、被覆切削工具。
[2]前記内部領域におけるKAM値の平均値が、前記表面領域におけるKAM値の平均値よりも0.10°以上大きい、[1]に記載の被覆切削工具
[3]前記表面領域におけるKAM値の平均値が、0.20°以上0.60°以下である、[1]又は]のいずれか1つに記載の被覆切削工具。
]前記被覆層は、前記上部層の前記下部層とは反対側の表面上に、Tiの窒化物からなる層を更に含み、前記Tiの窒化物からなる層の平均厚さが、0.1μm以上1.5μm以下である、[1]~[]のいずれか1つに記載の被覆切削工具。
]前記被覆層の平均厚さは、3.0μm以上30.0μm以下である、[1]~[]のいずれか1つに記載の被覆切削工具。
]前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、[1]~[]のいずれか1つに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、優れた耐チッピング性及び耐欠損性を有することによって、工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0013】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、該基材の表面上に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、被覆層は、基材側から順に、下部層と、該下部層の表面上に形成された上部層とを含み、下部層が、1.5μm以上15.0μm以下の平均厚さを有するTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層及び炭窒酸化物層からなる群より選ばれる1種又は2種以上の層からなるTi化合物層であり、上部層は、1.5μm以上15.0μm以下の平均厚さを有するα型酸化アルミニウムからなるα型酸化アルミニウム層であり、上部層において、基材側から基材とは反対側に向かって1.0μmまでの領域を内部領域とし、内部領域よりも上記反対側の領域を表面領域としたとき、内部領域におけるKAM値の平均値が表面領域におけるKAM値の平均値よりも大きいものである。図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す模式断面図であり、被覆切削工具6は、基材1と、その基材1の表面上に形成された被覆層5とを備え、更に被覆層5は、基材1の表面上に形成された下部層2と、下部層2の基材1とは反対側の表面上に形成された上部層3と、上部層3の下部層2とは反対側の表面上に形成された最表面の層4とを備える。
【0014】
本実施形態の被覆切削工具は、上記のような構成を備えることで下記のような作用効果を奏するものである。ただし、作用は下記のように考えられるものの、これらに限定されない。まず、被覆層が基材側に上述の所定の平均厚さを有するTi化合物層である下部層を備えることにより、その下層(例えば基材)との密着性が高くなるので、耐欠損性及び耐チッピング性、特に耐チッピング性に優れたものとなる。また、被覆層が基材とは反対側に上述の所定の平均厚さを有するα型酸化アルミニウム層である上部層を備えることにより、被覆層が耐摩耗性にある程度優れたものとなり、欠損やチッピングが生じる前に被覆切削工具が過剰に摩耗してしまい切削が困難になることを防ぐことができる。被覆切削工具がこのような上部層を備えると、衝撃的負荷が作用する高速断続切削の条件において、亀裂の発生をより有効かつ確実に抑制する効果が得られる。
【0015】
さらに、上部層において、上記の内部領域におけるKAM値の平均値が表面領域におけるKAM値の平均値よりも大きくなることにより、内部領域におけるKAM値の平均値が表面領域におけるKAM値の平均値以下となる場合と比較して、耐欠損性及び耐チッピング性に優れたものとなる。KAM値は、走査型電子顕微鏡を利用した電子線後方散乱回折像(以下、「EBSD」という。)法に基づく結晶方位解析において、隣接する測定点の間の結晶方位の差である局所方位差を示す数値であり、塑性変形を定量的に評価するパラメータである。このKAM値が大きいほど、隣接する測定点の間での結晶方位の差が大きいことを示し、このことは塑性変形が大きくなっていることを意味する。上部層の内部領域におけるKAM値の平均値を表面領域におけるKAM値の平均値よりも大きくすると、表面領域における塑性変形(歪み)が内部領域におけるものよりも小さくなり、表面領域において塑性変形に起因する亀裂の発生を抑制すると共に、亀裂が発生してもその進展を抑制することができる。つまり、被覆層の表面領域における靱性が高まるため、本実施形態の被覆切削工具は耐チッピング性及び耐欠損性の両方、特に耐欠損性に優れたものとなる。
【0016】
(基材)
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを備える。被覆切削工具の種類として、具体的には、フライス加工用若しくは旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル及びエンドミルを挙げることができる。
【0017】
本実施形態における基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。そのような基材として、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体のいずれかであると、耐摩耗性及び耐欠損性に更に優れるので好ましく、同様の観点から、基材が超硬合金であるとより好ましい。
【0018】
なお、基材は、その表面が改質されたものであってもよい。例えば、基材が超硬合金からなるものである場合、その表面に脱β層が形成されてもよい。また、基材がサーメットからなるものである場合、その表面に硬化層が形成されてもよい。これらのように基材の表面が改質されていても、本発明の作用効果は奏される。
【0019】
(被覆層)
本実施形態における被覆層は、その平均厚さが、3.0μm以上30.0μm以下であることが好ましい。平均厚さが3.0μm以上であると、耐摩耗性が更に向上する傾向にあり、30.0μm以下であると、被覆層の基材との密着性及び耐欠損性が一層高まる傾向にある。同様の観点から、被覆層の平均厚さは、5.0μm以上27.0μm以下であるとより好ましく、7.0μm以上25.0μm以下であると更に好ましい。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層及び被覆層全体の平均厚さは、各層又は被覆層全体における3箇所以上の断面から、各層の厚さ又は被覆層全体の厚さを測定して、その相加平均値を計算することで求めることができる。
【0020】
(下部層)
本実施形態の被覆層における下部層は、Tiの炭化物層(以下、単に「TiC層」とも表記する。)、窒化物層(以下、単に「TiN層」とも表記する。)、炭窒化物層(以下、単に「TiCN層」とも表記する。)、炭酸化物層(以下、単に「TiCO層」とも表記する。)及び炭窒酸化物層(以下、単に「TiCNO層」とも表記する。)からなる群より選ばれる1種又は2種以上の層からなるTi化合物層である。被覆層がこのような下部層を備えると、基材と被覆層との間の密着性が一層向上するので好ましい。下部層は、1層で構成されていてもよく、複層(例えば、2層又は3層)で構成されてもよいが、複層で構成されていることが好ましく、2層又は3層で構成されていることがより好ましく、3層で構成されていることが更に好ましい。また、下部層は、上記の各種の層のうち、同じ種類の層を単層でのみ有していてもよく、複層で有していてもよい。下部層は、耐チッピング性及び耐欠損性がより一層向上する観点から、TiN層、TiCN層及びTiCNO層からなる群より選ばれる少なくとも1種の層を含むことが好ましい。同様の観点から、下部層は、最も基材に近い層(最下層)としてTiN層又はTiC層を有し、最も上部層に近い層としてTiCNO層又はTiCO層を有し、それらの層の間にTiCN層を有することがなおも更に好ましく、最も基材に近い層(最下層)としてTiN層を有し、最も上部層に近い層としてTiCNO層を有し、それらの層の間にTiCN層を有することが特に好ましい。
【0021】
本実施形態において、被覆層と、その下層(例えば基材)との密着性を高める観点から、下部層の平均厚さは1.5μm以上15.0μm以下である。同様の観点から、下部層の平均厚さは、3.0μm以上13.0μm以下であると好ましく、4.0μm以上12.0μm以下であるとより好ましく、5.0μm以上10.0μm以下であるとさらに好ましい。下部層が複層で構成されている場合、最も基材に近い層の平均厚さは、特にその下層(例えば基材)との間の密着性を一層向上する観点から、0.05μm以上1.0μm以下であることが好ましい。下部層が複層で構成されている場合、最も上部層に近い層の平均厚さは、特にその上層(例えば上部層)との間の密着性を更に高める観点から、0.1μm以上1.5μm以下であることが好ましい。
【0022】
(上部層)
本実施形態の被覆層における上部層は、α型酸化アルミニウムからなるα型酸化アルミニウム層(以下、単に「α-Al23層」とも表記する。)である。被覆層がこのような上部層を備えると、被覆層及び被覆切削工具の耐摩耗性が高くなる。上部層は、1層で構成されていてもよく、複層(例えば、製造工程の異なる2層又は3層)で構成されてもよい。
【0023】
本実施形態の上部層において、基材側からその基材とは反対側に向かって1.0μmまでの領域を内部領域とし、内部領域よりも上記反対側を表面領域としたとき、内部領域におけるKAM値の平均値が表面領域におけるKAM値の平均値よりも大きい。これにより、内部領域におけるKAM値の平均値が表面領域におけるKAM値の平均値以下となる場合と比較して、耐欠損性及び耐チッピング性に優れたものとなる。これは、上部層の内部領域におけるKAM値の平均値を表面領域におけるKAM値の平均値よりも大きくすると、表面領域における塑性変形(歪み)が内部領域におけるものよりも小さくなる、その結果、表面領域において塑性変形に起因する亀裂の発生を抑制すると共に、亀裂が発生してもその進展を抑制することができる。つまり、被覆層の表面領域における靱性が高まるため、本実施形態の被覆切削工具は耐チッピング性及び耐欠損性の両方、特に耐欠損性に優れたものとなる。ただし、本実施形態の被覆切削工具が耐欠損性及び耐チッピング性に優れる要因はこれに限定されない。
【0024】
内部領域及び表面領域のKAM値の平均値は、上部層を形成するときに2段階の温度で形成したり、一旦形成した上部層に対して乾式ショットブラストを施したりすることにより調整することができる。例えば、上部層を形成するときに、まず1070℃以上1130℃以下の温度で形成することにより、KAM値の平均値が比較的大きな内部領域を形成することができる。次いで、950℃以上1050℃以下の温度で形成することにより、KAM値の平均値が比較的小さな表面領域を形成することができる。このとき、内部領域を形成する際の温度から表面領域を形成する際の温度への降温速度は、0.3℃/分以上であると好ましい。また、上部層を形成した後に、その上部層に対して1.7bar以上1.9bar以下(すなわち170kPa以上190kPa以下)の投射圧力、20秒以上40秒以下の投射時間の条件で乾式ショットブラストを施すことにより、表面領域の塑性変形を緩和して、KAM値の平均値を更に低下させることができる。こうして、内部領域におけるKAM値の平均値を表面領域におけるKAM値の平均値よりも大きくすることができる。
【0025】
KAM値及びその平均値は以下のようにして測定される。被覆切削工具の試料を、その表面に対して直交する方向に研磨し断面を露出させる。そのうち、上部層における断面について、基材側から基材とは反対側に向かって1μmまでの領域を内部領域とし、内部領域よりも上記反対側の領域を表面領域とする。EBSD(TSL社製)を用いて、内部領域及び表面領域の各測定領域を正六角形の領域(ピクセル)に区切る。区切られた各領域について、試料の研磨面に入射させた電子線の反射電子から菊地パターンを得てピクセルの方位を測定する。得られた方位データを上記EBSDの解析ソフトを用いて解析し、各種パラメータを算出する。測定条件は、加速電圧15kV、測定領域の寸法は、幅を50μmとし、内部領域を基材側から1μmの厚さ分、表面領域を残りの上部層の厚さ分とし、隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)を0.1μmとする。測定中心のピクセルとの方位差が5°以上である隣接するピクセルは、測定中心のピクセルが位置する単結晶から粒界を超えたものとしてKAM値の計算から除外する。つまり、KAM値は、結晶粒内のあるピクセルと、その結晶粒から粒界を超えない範囲に存在する隣接するピクセルとの方位差の平均値として求める。そして、測定領域の全面積を構成する全ピクセルにおけるKAM値を平均する。なお、KAM値の平均値は、任意の3箇所の測定領域について、上述のようにしてKAM値を平均したものを更に平均して求めた数値とする。
【0026】
上記の作用効果をより有効かつ確実に奏する観点から、内部領域におけるKAM値の平均値は、表面領域におけるKAM値の平均値よりも0.10°以上大きいと好ましく、0.12°以上大きいとより好ましい。このKAM値の平均値の差の上限は特に限定されないが、内部領域におけるKAM値の平均値は、表面領域におけるKAM値の平均値よりも0.50以下大きいと好ましく、0.40以下大きいとより好ましく、0.30以下大きいと更に好ましい。
【0027】
本実施形態の上部層において、内部領域におけるKAM値の平均値は、0.30°以上1.50°以下であると好ましい。このKAM値の平均値が1.50°以下であると、被覆層における亀裂の発生及びその進展を更に抑制し、その結果、耐欠損性及び耐チッピング性、特に耐欠損性に更に優れた被覆切削工具を得ることができる。また、このKAM値の平均値が0.30°以上であると、上部層とその下層との近傍における被覆後のショットピーニングの影響が小さくなる。その結果、ショットピーニングによる損傷(亀裂等)がより小さくなるため、上部層とその下層との間の密着性が向上し、耐チッピング性に更に優れるものとなる。同様の観点から、内部領域におけるKAM値の平均値は、0.40°以上1.00°以下であるとより好ましい。
【0028】
本実施形態の上部層において、表面領域におけるKAM値の平均値は、0.10°以上1.30°以下であると好ましい。このKAM値の平均値が1.30°以下であると、被覆層における亀裂の発生及びその進展を更に抑制し、その結果、耐欠損性及び耐チッピング性、特に耐欠損性に更に優れた被覆切削工具を得ることができる。また、このKAM値の平均値が0.10°以上であると、ショットピーニングによる損傷(亀裂等)が、加工中に生じた亀裂とつながることを抑制できるので、耐チッピング性に更に優れるものとなる。同様の観点から、内部領域におけるKAM値の平均値は、0.15°以上1.00°以下であるとより好ましく、0.15°以上0.80°以下であると更に好ましく、0.20°以上0.60°以下であると特に好ましい。
【0029】
本実施形態において、被覆切削工具の耐摩擦性をより十分に高め、耐欠損性及び耐チッピング性を優れたものとする観点から、上部層の平均厚さは1.5μm以上15.0μm以下である。同様の観点から、上部層の平均厚さは、3.0μm以上13.0μm以下であると好ましく、3.5μm以上12.0μm以下であるとより好ましく、5.0μm以上9.0μm以下であるとさらに好ましい。
【0030】
本実施形態に係る被覆層は、上部層の下部層とは反対側の表面上に、Tiの窒化物からなる層(TiN層)を更に含むと好ましい。これにより、被覆層及び被覆切削工具の耐摩耗性が更に高まる。また、未使用の切れ刃と使用済みの切れ刃との視認性に更に優れる。この層が、被覆層の最表面の層(以下、「最上層」ともいう。)であると、被覆層及び被覆切削工具が耐摩耗性により一層優れたものとなる。この層の平均厚さは、耐摩耗性に優れるという効果をより有効かつ確実に奏する観点から、0.1μm以上2.5μm以下であると好ましく、0.1μm以上2.0μm以下であるとより好ましく、0.1μm以上1.5μm以下であると更に好ましい。その平均厚さが2.5μm以下であることにより、被覆切削工具の耐欠損性が更に高まる傾向にある。
【0031】
本実施形態において、α-Al23層である上部層での塑性変形を制御した被覆切削工具は、例えば、以下の方法によって得ることができる。
【0032】
まず、基材の表面に、下部層であるTiC層、TiN層、TiCN層、TiCO層及びTiCNO層からなる群より選ばれる1種又は2種以上の層を形成する。次いで、下部層の表面(下部層が複層である場合は、基材から最も離れた層)の表面を酸化する。その後、酸化処理した下部層の表面にα-Al23層である上部層を形成する。さらに、必要に応じて上部層の表面にTiN層である最上層を形成してもよい。
【0033】
より具体的には、下部層であるTiN層は、原料ガス組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を850~920℃、圧力を100~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0034】
TiC層は、原料ガス組成をTiCl4:1.0~3.0mol%、CH4:4.0~6.0mol%、H2:残部とし、温度を990~1030℃、圧力を50~100hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0035】
TiCN層は、原料ガス組成をTiCl4:5.0~7.0mol%、CH3CN:0.5~1.5mol%、H2:残部とし、温度を840~890℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0036】
TiCO層は、原料ガス組成をTiCl4:0.5~1.5mol%、CO:2.0~4.0mol%、H2:残部とし、温度を975~1025℃、圧力を60~100hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0037】
TiCNO層は、原料ガス組成をTiCl4:3.0~5.0mol%、CO:0.4~1.0mol%、N2:30~40mol%、H2:残部とし、温度を975~1025℃、圧力を90~110hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0038】
下部層の表面の酸化は、ガス組成をCO:0.1~1.0mol%、H2:残部とし、温度を970~1020℃、圧力を50~70hPaとする条件により行われる。このときの酸化の時間は、0.5~2分であることが好ましい。
【0039】
上部層であるα-Al23層は、原料ガス組成をAlCl3:2.0~5.0mol%、CO2:2.5~4.0mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H2S:0.25~0.45mol%、H2:残部とし、温度を950~1130℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成される。この際、内部領域及び表面領域のKAM値の平均値を上述のようにして調整すればよい。乾式ショットブラストを施す場合の、投射圧力及び投射時間の条件は上述のとおりであり、投射角度が40~50°、特に好ましくは45°になるように、投射材を投射すればよい。乾式ショットブラストにおける投射材(メディア)は、所望のKAM値の平均値を容易に得る観点から、平均粒径100~150μm、より好ましくは120~130μmであって、Al23及びZrO2からなる群より選ばれる1種以上の材質であると好ましい。
【0040】
最上層であるTiN層は、原料ガス組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を950~1000℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0041】
本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、又はFE-SEMなどを用いて観察することにより測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、刃先稜線部から被覆切削工具のすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、各層の厚さを3箇所以上測定し、その相加平均値として求めることができる。また、各層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分光器(EDS)や波長分散型X線分光器(WDS)などを用いて測定することができる。
【実施例
【0042】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0043】
基材として、ISO規格CNMG120412形状を有し、88.5WC-8.2Co-1.5TiN-1.5NbC-0.3Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金製の切削インサートを用意した。この基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0044】
基材の表面を洗浄した後、被覆層を化学蒸着法により形成した。発明品1~12については、まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表1に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表2に組成を示す下部層を、第1層、第2層、第3層の順で、表2に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、CO:0.5mol%、H2:99.5mol%のガス組成、1000℃の温度、及び55hPaの圧力の条件の下、1分間、下部層の表面に酸化処理を施した。次に、表1に示す原料ガス組成及び圧力、並びに表3に示す温度及び条件の下、表2に組成を示す上部層を、表2に示す平均厚さになるよう、酸化処理を施した後の下部層の表面に形成した。この際、まずは表3に示す第1段階の温度及び時間の条件で上部層を形成した後、表3に示す第2段階の温度まで0.3℃/分の速度で降温した後、更にその温度で上部層の形成を続けた。その後、表4に示す投射材を用いて、表4に示す投射条件の下、上部層に対して乾式ショットブラストを施した。最後に、表1に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表2に組成を示す最上層を、表2に示す平均厚さになるよう、上部層の表面に形成した。こうして、発明品1~12の被覆切削工具を得た。
【0045】
一方、比較品1~7については、まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表1に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表2に組成を示す下部層を、第1層、第2層、第3層の順で、表2に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、CO:0.5mol%、H2:99.5mol%のガス組成、1000℃の温度、及び55hPaの圧力の条件の下、1分間、下部層の表面に酸化処理を施した。次に、表1に示す原料ガス組成及び圧力、並びに表3に示す温度及び条件の下、表2に組成を示す上部層を、表2に示す平均厚さになるよう、酸化処理を施した後の下部層の表面に形成した。この際、比較例4及び5について、まずは表3に示す第1段階の温度及び時間の条件で上部層を形成した後、表3に示す第2段階の温度まで0.3℃/分の速度で降温した後、更にその温度で上部層の形成を続けた。また、比較例1、2、3、6及び7について、表3に示す温度で、上部層を形成した。その後、表4に示す投射材を用いて、表4に示す投射条件の下、上部層に対して乾式ショットブラストを施した。最後に、表1に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表2に組成を示す最上層を、表2に示す平均厚さになるよう、上部層の表面に形成した。こうして、比較品1~7の被覆切削工具を得た。
【0046】
【表1】
【0047】
【表2】
【0048】
【表3】
【0049】
【表4】
【0050】
試料の各層の厚さは下記のようにして求めた。すなわち、FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における断面での3箇所の厚さを測定し、その相加平均値を平均厚さとして求めた。得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。
【0051】
上部層の内部領域及び表面領域でのKAM値の平均値は、以下のようにして測定した。まず、被覆切削工具の試料を、その表面に対して直交する方向に研磨し断面を露出させた。そのうち、上部層における断面について、基材側から基材とは反対側に向かって1μmまでの内部領域、及び内部領域よりも上記反対側の表面領域を、EBSD(TSL社製)を用いて、正六角形の領域(ピクセル)に区切った。次に、区切られた各領域について、試料の研磨面に入射させた電子線の反射電子から菊地パターンを得てピクセルの方位を測定した。そして、得られた方位データを上記EBSDの解析ソフトを用いて解析し、各種パラメータを算出した。測定条件は、加速電圧15kV、測定領域の寸法は、幅を50μmとし、内部領域を基材側から1μmの厚さ分、表面領域を残りの上部層の厚さ分とし、隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)を0.1μmとし、隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)は0.1μmとした。測定中心のピクセルとの方位差が5°以上である隣接するピクセルは、測定中心のピクセルが位置する単結晶から粒界を超えたものとしてKAM値の計算から除外した。そして、測定領域の全面積を構成する全ピクセルにおけるKAM値を平均した。なお、KAM値の平均値は、任意の3箇所の測定領域について、上述のようにしてKAM値を平均したものを更に平均して求めた数値とした。この結果に基づいて、内部領域及び表面領域におけるKAM値の平均値の関係を求めた。結果を表5に示す。
【0052】
【表5】
【0053】
得られた試料を用いて、下記の条件にて耐欠損性及び耐チッピング性を評価する切削試験を行った。各切削試験の結果を表6に示す。
【0054】
[切削試験条件]
被削材:S45Cの1本溝入り丸棒、
切削速度:300m/min、
送り:0.30mm/rev、
切り込み:2.0mm、
評価項目:試料が欠損に至ったとき、又は最大逃げ面摩耗幅が0.2mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。また、加工開始から10分を経過したときの損傷状態を観察した。
【0055】
切削試験の工具寿命に至るまでの加工時間について、25分以上を「A」、20分以上25分未満を「B」、20分未満を「C」として評価した。得られた評価の結果を表6に示す。
【0056】
【表6】
【0057】
表6に示す結果より、発明品の切削試験の評価は「B」以上であった。一方、比較品の切削試験の評価は、いずれも「C」であった。また、加工開始から10分経過後の損傷状態は、発明品ではいずれも正常摩耗であったのに対して、比較品ではチッピングが認められるか、あるいは、そもそも10分経過する前に欠損してしまい、それ以上の加工はできなかった。また、欠損試験においては、衝撃回数3000回毎に被覆切削工具の試料を目視にて観察したところ、欠損に至ったいずれの試料も、欠損に至る前に亀裂が発生したことを確認した。さらに、亀裂の発生が早期に観察された試料ほど、工具寿命に至るのが早いことも確認した。このような亀裂の発生は、高速切削加工においてクーラントを用いたことによる熱衝撃を原因とするものと考えられる。
【0058】
以上の結果より、発明品は、耐欠損性及び耐チッピング性に優れる結果、工具寿命が長いことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の被覆切削工具は、優れた耐チッピング性及び耐欠損性を有することによって、工具寿命を延長することができるので、そのような観点から、産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0060】
1…基材、2…下部層、3…上部層、4…最上層、5…被覆層、6…被覆切削工具。
図1