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特許7029127冷間鍛造用の金属基体の表面潤滑処理方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-22
(45)【発行日】2022-03-03
(54)【発明の名称】冷間鍛造用の金属基体の表面潤滑処理方法
(51)【国際特許分類】
   B21J 3/00 20060101AFI20220224BHJP
   C23C 22/78 20060101ALI20220224BHJP
   C23C 22/62 20060101ALI20220224BHJP
   C23C 22/82 20060101ALI20220224BHJP
【FI】
B21J3/00
C23C22/78
C23C22/62
C23C22/82
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019127653
(22)【出願日】2019-07-09
(65)【公開番号】P2019166574
(43)【公開日】2019-10-03
【審査請求日】2020-10-19
(73)【特許権者】
【識別番号】519096080
【氏名又は名称】有限会社昭和ケミカル静岡
(73)【特許権者】
【識別番号】519094824
【氏名又は名称】昭和化工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001416
【氏名又は名称】特許業務法人 信栄特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 正徳
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 隆之
(72)【発明者】
【氏名】富永 宏
【審査官】永井 友子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭55-110778(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/0255818(US,A1)
【文献】特開昭61-291687(JP,A)
【文献】特開2001-335955(JP,A)
【文献】特開昭62-227969(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21J 3/00
C23C 22/78
C23C 22/62
C23C 22/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属基体を、タンニンと、水、アルコールまたはこれらの組み合わせである溶媒と、を含み、pHが3.8~5.0である前処理液によって処理する第1工程と、
前記第1工程によって処理された前記金属基体を、アルミニウムイオンと、水またはアルコールと水との混合物である溶媒と、を含み、pHが11.0~13.0であるアルカリ性後処理液によって処理する第2工程と、
前記第2工程によって処理された前記金属基体を、金属石けん、潤滑油またはそれらの組み合わせによって処理する第3工程と、
を含む、冷間鍛造用の金属基体の表面潤滑処理方法。
【請求項2】
前記前処理液がカルボン酸化合物を含む、請求項1に記載の冷間鍛造用の金属基体の表面潤滑処理方法。
【請求項3】
前記前処理液が鉄イオンを10ppm以上1000ppm以下で含む、請求項2に記載の冷間鍛造用の金属基体の表面潤滑処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷間鍛造用の金属基体の表面潤滑処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、冷間加工用鋼の表面潤滑処理剤および表面潤滑処理方法が開示されている。また、同文献はタンニン酸溶液からなる冷間加工用鋼の表面潤滑処理剤を開示している。また、同文献は鋼の表面をタンニン酸溶液で処理し、さらにその表面に、金属石けんおよび/または潤滑油からなる潤滑皮膜を形成する、冷間加工用鋼の表面潤滑処理方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭55-110778号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の方法では、工業的に量産処理した時に、プレス加工時の金型寿命が短く、現行のリン酸亜鉛皮膜+金属石鹸の方法に比べて、優位性があまり発揮されていない。
【0005】
本発明は、工業的な冷間鍛造加工に耐え得る良好な潤滑性を付与できる冷間鍛造用の金属基体の表面潤滑処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)
上記課題を解決することのできる本発明の冷間鍛造用の金属基体の表面潤滑処理方法は、
金属基体を、タンニンと、溶媒と、を含む前処理液によって処理する第1工程と、
前記第1工程によって処理された前記金属基体を、アルミニウムイオンと、溶媒と、を含む、アルカリ性後処理液によって処理する第2工程と、
前記第2工程によって処理された前記金属基体を、金属石けん、潤滑油またはそれらの組み合わせによって処理する第3工程と、
を含む。
(2)
上記(1)の表面潤滑処理方法は、
前記前処理液がカルボン酸化合物を含む、と好ましい。
(3)
上記(2)の表面潤滑処理方法は、
前記前処理液が鉄イオンを10ppm以上1000ppm以下で含む、と好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、工業的な冷間鍛造加工に耐え得る良好な潤滑性を付与できる冷間鍛造用の金属基体の表面潤滑処理方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。まず、本実施形態に係る冷間鍛造用の金属基体の表面潤滑処理方法に用いられる前処理液を説明する。当該前処理液は、タンニンと、溶媒と、を含む。タンニンは、天然の多価フェノールの総称であり、加水分解性タンニンと、縮合型タンニンと、に大別される。加水分解型タンニンとしては、例えば、五倍子タンニン、没食子タンニン等のタンニン酸等を挙げることができる。縮合型タンニンとしては、例えば、ミモザタンニン、柿タンニン等のカテコール重合体等を挙げることができる。本実施形態においてはどちらの種類のタンニンも採用し得るが、加水分解性タンニンが潤滑性の観点で好ましい。
【0009】
前処理液中のタンニンの濃度は、化成処理する対象の形状により、その浸漬状態や水切れのしやすさ等を考慮して決定する。例えば0.01g/L以上40g/L以下とすることができ、潤滑性の観点から0.1g/L以上20g/L以下が好ましく、1g/L以上10g/L以下がより好ましい。
【0010】
前処理液はカルボン酸化合物を含むと好ましい。本実施形態におけるカルボン酸化合物は、1つ以上のカルボキシ基を有する有機酸である。カルボン酸化合物としては、脂肪族カルボン酸化合物および芳香族カルボン酸化合物のいずれも採用し得る。カルボン酸化合物が有するカルボキシ基の数は特に限定されるものではないが、例えば1~5としてもよく、潤滑性の観点から1~3が好ましく、1または2であるとさらに好ましい。カルボン酸化合物の分子サイズは特に限定されるものではないが、例えば分子量45g/mоl以上1000g/mоl以下のものを採用してよく、潤滑性の観点から分子量70g/mоl以上400g/mоl以下のものが好ましく、分子量80g/mоl以上200g/mоl以下のものがさらに好ましい。脂肪族カルボン酸化合物においては、潤滑性の観点から分子量70g/mоl以上120g/mоl以下のものが特に好ましい。芳香族カルボン酸化合物においては、潤滑性の観点から、分子量120g/mоl以上200g/mоl以下のものが特に好ましい。カルボン酸化合物の炭素数は特に限定されるものではないが、例えば1以上20以下のものを採用してよく、潤滑性の観点から2以上15以下のものが好ましく、2以上10以下のものがさらに好ましい。
【0011】
本実施形態において採用し得るカルボン酸化合物の具体例としては、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸、カプロン酸、エナント酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸等の飽和脂肪族モノカルボン酸;オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸、ソルビン酸等の不飽和脂肪族モノカルボン酸;シュウ酸、マロン酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、フマル酸、マレイン酸等の脂肪族ジカルボン酸;乳酸、リンゴ酸、クエン酸等のヒドロキシ酸;安息香酸、フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、サリチル酸、没食子酸、メリト酸、ケイ皮酸等の芳香族カルボン酸、等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。ただし、本発明において採用し得るカルボン酸化合物のうち、カルボキシ基以外の官能基を有さない脂肪族カルボン酸およびカルボキシ基以外の官能基を有していてもよい芳香族カルボン酸が潤滑性の観点から好ましく、カルボキシ基以外の置換基を有さない脂肪族多価カルボン酸およびカルボキシ基以外の官能基を有していてもよい芳香族カルボン酸がさらに好ましく、カルボキシ基以外の官能基を有さない脂肪族多価カルボン酸が特に好ましい。
【0012】
前処理液中のカルボン酸化合物の濃度としては、0.01g/L以上20g/L以下とすることができ、0.1g/L以上15g/L以下が好ましく、1g/L以上10g/L以下がより好ましい。
【0013】
本実施形態における前処理液の溶媒は、水、メタノール、エタノール、プロパノール等のアルコール、アセトンまたはこれらの組み合わせである。溶媒は、水、アルコールまたはこれらの組み合わせであると好ましい。
【0014】
前処理液は、鉄イオンを10ppm以上1000ppm以下で含むと好ましく、200ppm以上500ppm以下で含むとより好ましい。鉄イオンの濃度が10ppm以上であると、優れた潤滑性を発揮する金属を生産性良く製造することができる。鉄イオンの濃度が10ppmより小さいと潤滑性のさらなる向上を達成することが困難である。また、鉄イオンの濃度が1000ppmより大きいと皮膜の機械的耐久性が下がる恐れがある。鉄イオンの濃度を1000ppm以下とすることで、形成される皮膜の機械的耐久性を保つことができる。
【0015】
前処理液は、上記の成分の他に、種々の添加成分を含んでもよい。例えば、酸化防止剤、防腐剤、pH調整剤、界面活性剤、還元剤を含んでも良い。添加成分の濃度は、本発明の効果を損なわない範囲において、添加成分による所望の効果を得られる濃度を選択できる。
【0016】
前処理液は各成分を溶媒に溶解させることで調製できる。前処理液のpHは特に限定されるものではないが、1.2~7.0の間に設定すると、潤滑性の観点で好ましい。前処理液のpHを2.5~6.0の間に設定するとより好ましく、3.8~5.0の間に設定すると、特に好ましい。
【0017】
次に、本実施形態に係る冷間鍛造用の金属基体の表面潤滑処理方法に用いられる後処理液を説明する。後処理液は、アルミニウムイオンと、溶媒と、を含むアルカリ性の溶液である。後処理液は、アルミニウム金属やアルミニウム塩をアルカリ性の溶液に溶解させて調製されてもよい。また、溶媒に溶解すると塩基性を示すアルミニウム塩を溶媒に溶解させて調製されても良い。このようなアルミニウム塩としては、水酸化ナトリウム等とアルミイオンとが形成する塩などが挙げられる。本実施形態における後処理液の溶媒は、水またはメタノール、エタノール、プロパノール等のアルコールと水との混合物である。溶媒は、水であると好ましい。アルミニウムイオンの濃度は、潤滑性の観点から、0.1g/L以上20g/L以下であると好ましく、0.5g/L以上15g/L以下であるとより好ましく、1g/L以上10g/L以下であると特に好ましい。
【0018】
後処理液は上記の成分の他に、種々の添加成分を含んでもよい。例えば、酸化防止剤、防腐剤、pH調整剤、界面活性剤、還元剤を含んでも良い。添加成分の濃度は、本発明の効果を損なわない範囲において、添加成分による所望の効果を得られる濃度を選択できる。後処理液のpHは8.0~14.0の間に設定すると、潤滑性の観点で好ましい。後処理液のpHを9.0~13.0の間に設定するとより好ましく、11.0~13.0の間に設定すると、特に好ましい。
【0019】
続いて、本実施形態に係る冷間鍛造用の金属基体の表面潤滑処理方法を説明する。当該表面潤滑処理方法は、金属基体を上述した前処理液によって処理する第1工程と、第1工程によって処理された金属基体を上述した後処理液によって処理する第2工程と、第2工程によって処理された金属基体を、金属石けん、潤滑油またはそれらの組み合わせによって処理する第3工程と、を含む方法である。本実施形態に用いられる金属基体としては、亜鉛、ニッケル、マグネシウム、鉄、アルミニウム、銅またはこれらの合金などが挙げられる。
【0020】
まず、第1工程について説明する。前処理液による金属基体の処理は、金属基体を前処理液に浸漬する方法、金属基体に前処理液を塗布する方法、金属基体に前処理液を噴霧する方法など、種々の手段を採用し得る。なお、上記前処理液による処理を行う前に、金属基体には脱脂処理、必要に応じて酸洗処理、水洗を行う。
【0021】
金属基体を前処理液に浸漬する場合、同じ前処理液を再利用して次の金属基体に皮膜を形成することができる。前処理液中の鉄イオンの濃度は、金属基体の材質によっては処理を重ねるにつれて上昇する。鉄イオンが上昇しすぎると皮膜の機械的耐久性が低下する恐れがある。そこで、再利用される前記前処理液中の鉄イオンの濃度を10ppm以上1000ppm以下に調整すると好ましく、200ppm以上500ppm以下に調整するとより好ましい。その場合は、使用中の前処理液に未使用の鉄イオンを含まない前処理液を追加することで、鉄イオンの濃度を下降させることができる。また、最初に用意した前処理液に鉄イオンが含まれていない場合には、金属基体をいくつか浸漬するか、鉄イオン含有剤を添加することによって、鉄イオンの濃度を上昇させることもできる。
【0022】
次に、第2工程について説明する。第1工程を経た金属基体の後処理液による処理は、前処理液による処理において説明したものと同様、浸漬、塗布、噴霧等の種々の手段を採用し得る。なお、後処理液による処理は、第1工程で金属基体を水洗した後すぐに行うと好ましい。後処理液による処理の後、金属を水洗して乾燥させることで、皮膜付き金属が得られる。第2工程によって得られた皮膜付き金属は、アルミニウムを含むタンニン由来の有機性の皮膜を備える金属である。
【0023】
次に、第3工程について説明する。第3工程での処理では金属石けん、潤滑油またはそれらの組み合わせによって金属基体を処理する。金属石けんは、ステアリン酸、オレイン酸、パルミチン酸などの脂肪酸とナトリウム、リチウム、カルシウム、アルミニウム、亜鉛などの金属からなる塩などが挙げられる。処理においては、上記の金属石けんを溶媒に溶解した水溶液を用いると好ましい。金属石けんの濃度としては、2%以上6%以下が好ましい。潤滑油としては、鉱油、合成油等、各種潤滑油を採用できる。第1工程~第3工程を経て、表面が潤滑化された皮膜付き金属を得ることができる。
【0024】
本発明者らは、特許文献1に開示のタンニン溶液による処理では工業的に量産処理した時に、プレス加工時の金型寿命が短く、現行のリン酸亜鉛皮膜+金属石鹸の方法に比べて、優位性があまり発揮されないという問題点を解決すべく検討した。その結果、タンニンを含む溶液での処理の後、更にアルカリ性アルミニウム溶液で処理する事により、金属表面にタンニン酸アルミの被膜が生成される事によって、後の金属石鹸等による処理によって潤滑皮膜が良好に生成される事を見出した。上記実施形態に係る方法で金属基体を処理した場合、現在主流のリン酸亜鉛皮膜+金属石鹸で生成されたステアリン酸亜鉛等に比べて潤滑性の良いステアリン酸アルミを生成させる事が可能となった。
【0025】
現在、鋼の冷間鍛造加工において、鋼表面にリン酸亜鉛皮膜+金属石鹸による潤滑被膜のステアリン酸亜鉛を生成させる方法が一般的である。しかしこの方法は、リン酸亜鉛処理温度が70℃~80℃と高温で、しかも大量の廃棄スラッジの発生が問題であった。上記実施形態に係る方法の前処理液は、処理温度40℃と低温で、スラッジ発生がほとんど無く処理できるという優位性がある。
【実施例
【0026】
以下、本発明を実施例に基づいて詳細に説明する。ただし、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0027】
金属基体として酸洗鋼板を試験片とした。試験片の表面を脱脂処理して、水洗した。水洗した試験片を直ちに、2g/Lのタンニン酸(市販試薬1級、和光純薬株式会社製)を含み、pHが3.8~5.0に調整された水溶液(前処理液1)に40℃で120秒間浸漬した。その後、30秒間、試験片を水洗して、10g/Lの水酸化アルミニウムを含み、pHが11~13に調整された水溶液(後処理液)に室温(約20℃)で30秒間浸漬した。その後、30秒間試験片を水洗し、続いて、60℃で3分間乾燥させて、皮膜付き金属(試料1)を得た。
【0028】
次に、前処理液1に代えて、2g/Lのタンニン酸(市販試薬1級、和光純薬株式会社製)と、2g/Lの安息香酸と、300ppmの鉄イオンと、を含み、pHが3.8~5.0に調整された、水溶液(前処理液2)を用いた以外は、前記と同様の方法に従って、皮膜付き金属(試料2)を得た。
【0029】
その後、試料1および試料2の鋼表面へのアルミニウム取り込み量を測定するため、WDX(波長分散型X線分析装置、株式会社リガク製、ZSX Primus II)にて定量分析を行った。結果を表1に示す。
【0030】
【表1】
【0031】
上記結果が示すように、タンニン酸溶液単独で処理して、アルカリ性アルミニウムに浸漬した場合と、タンニン酸+カルボン酸溶液で処理して、アルカリ性アルミニウムに浸漬した場合とでは、鋼表面へのアルミニウム金属の取り込み量が6~8倍の差がある事が確認された。